⑧乙女心のアポトシス
再び、こうして先輩と同じ戦場に立つなんて――思ってもいませんでした。
私に下った任務は『王劍戦争の全勢力の妨害』。ええ、適任ですよね。私がいるだけで、人は勝手に壊れていく。私がそこに居るだけで、自死の空気が広がっていく。それに。……本国の、|遥か上の方々《大統領含め》からしてみれば、私を外に出すこと自体が『厄介払い』の意味もあるんでしょう。
でも、それでもいい。裏で様々な思惑があったことくらい、ちゃんと分かっています。それでも久しぶりの外の風を感じて、少しでも、先輩と同じ場所に立てるなら。それだけで、私は嬉しかった。
だって、|ヴァージン・スーサイズ《私の√能力》は、私が好きな人には効かないのですから。だからこそ、先輩の背を追えているんです。……困りましたね。心が動くのは、災厄よりずっと恐ろしい。
ねえ、そこのあなた。怯えながらも私に近づこうとするなんて、勇気がありますね。
自死を選ぶその前にで、いいんです。少しだけ、話をしませんか。
あなたの片思いを。あなたの、誰かを想う気持ちを。
私、先輩以外とこうして話すのなんて、もう久しくしていないんです。だから……ほんの少しでいい。恋を、憧れを、共感を、私に聞かせてくれないでしょうか。
誰かの話を聞くことで、私もほんの一瞬だけ、普通の女の子の気分になれる予感がするんです。
……。
ああ、少しだけでも駄目ですか。
少しだけ、教えてくれてもよかったのに。そうですか。抗えない衝動が、すぐ足元へ。
……申し訳ございません、こればかりは、私でもどうにも。どうか、安らかに。
●暗転。
「えっ、あの、何すか今の?? 何すかあの、砂糖の塊みてーな片思い??」
甘すぎて歯ぁ溶けそうっすけど!?と。そう年相応に騒ぐ少女は、星詠み、|三奈木《みなづき》・|二藍《にあ》(Missing In action-1・h08865)。彼女含め、予兆で見た人も多いだろう。|連邦怪異収容局《FBPC》の秘匿戦力たる男の後を歩く、若き人間災厄の淡い想いを。
しばらくわーきゃーと騒いで、二藍は一つ咳払い。今度ばかりは表情が、はっきりと真剣な顔に変わる。
「皆さん、自死の衝動に抗う気はあるっすか?」
意を決した様子で、そう一言告げた。
「秋葉原ダイビル近くに、√汎神解剖機関の『封印指定人間災厄』、リンゼイ・ガーランドってお姉さんが来てるんすよ。で、そのリンゼイさんの√能力が……ちょっと、いや、だいぶ厄介というんすか……」
ヴァージン・スーサイズ。彼女に近づく者は簒奪者や|EDEN《きみたち》でも問答無用に『自殺』する、無制御・無差別の力。戦場の攪乱にはこれ以上ないほどの適任。
「|勿論《もち》、何も知らない民間の人達も含まれるっす。……放っておけないっすよね」
「近づくためには、自殺衝動の抑制が必要っす。どうにか、自分が自分を殺してしまわないよう頑張ってほしいんすよ。……まあ、サクッと死ぬ方が楽な人もいるかもっすけど……蘇生までのタイムラグは出てしまうって思った方が|良《いい》っすね」
そうして、二藍は少し言い淀む。心なしか口角が上がっている気がする。
「それと、……なんかあの、『好意を持った相手には効かない』っての、あるらしいんすよ。一瞬好かれるだけでもOKらしいんすよ。」
好意は多義に及ぶ。何も恋愛だけではない。
彼女の恋への共感、理解、同調、憧れ。そういったものも、彼女を取り巻く災厄を鈍らせる。リンゼイに一瞬でも、『通じる』ものを聞かせること。想い人を除き、無差別に死にゆく人の声ばかりを聴いていたであろう|人《災厄》への干渉の形は、意外と種類があるものだ。
「今は、|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》とかいう怪異たちと談笑……つうか、恋バナっすね……まあそういう話をしながら、来る人を待っているみたいっす。当然っすね、リンゼイさんが何もしなくても、能力は動くんすから」
「『好意を持った相手には効かない』方面で、衝動解除へ動くんなら……なんか、話をする余力を、持って行ったら良いんじゃないっすかね。共感してもらえたとして、リンゼイさんとの戦闘はあるかもっすけど。」
だって、ほら、あれですよ。
好きな人の想いを後押しせずして、何が恋、って感じでしょう。故に、彼女にも覚悟はあると。
「秋葉原荒覇吐戦」サイド秋葉原ダイビル。
目標:封印指定人間災厄『リンゼイ・ガーランド』への接敵、及び鎮圧。
君たちは手を振る少女に送り出され、死の空気渦巻く秋葉原ダイビル前へ向かうだろう。
マスターより
呼子鳥なにも 恋に 限らなくても いいじゃないですか。
一途な 後輩の リンゼイちゃんが いたって いいじゃないですか。
という訳で、「一瞬好かれるだけでも」の門戸を少しばかり広げるべくゆっくり書かせて頂こうかと。呼子鳥です。
本シナリオは1章構成です。
舞台は秋葉原、ダイビル前。
|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》を連れた人間災厄、リンゼイ・ガーランドとの対峙になります。
プレイングボーナスは、自分の自殺を防ぐこと。
一瞬、リンゼイに好かれるだけでも効果があります。
このシナリオ特有のものとして、『好かれる』は多義に渡ります。片思いへの共感、理解、自分の場合も似たようなことがある……など、そういった声をリンゼイに届けることなどでも、効果はあります。
断章、及びプレイング募集期間を設置予定です。詳細はタグにてご確認のほどよろしくお願いします。
10
第1章 ボス戦 『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』
POW
|希死念慮《タナトス》
60秒間【誰にも拘束・監視されない自由な時間】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【突発的感染性自殺衝動】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
60秒間【誰にも拘束・監視されない自由な時間】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【突発的感染性自殺衝動】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
SPD
怪異「|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》」
【|自殺少女隊《ヴァージン・スーサイズ》】と完全融合し、【自殺衝動の超増幅】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
【|自殺少女隊《ヴァージン・スーサイズ》】と完全融合し、【自殺衝動の超増幅】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
WIZ
|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》
【様々な自殺方法の紹介】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【ヴァージン・スーサイズによる自殺衝動】に対する抵抗力を10分の1にする。
【様々な自殺方法の紹介】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【ヴァージン・スーサイズによる自殺衝動】に対する抵抗力を10分の1にする。
横断歩道の陰から、静かに佇む少女たちが見える。
全員が黒髪で、同じような黒い服。両目は布で覆われ、表情は伺えない。
ただ、互いに顔を向け合いながら。中心に、リンゼイ・ガーランドを据えながら。まるで放課後の様に笑い声を零していた。
(で、結局リンゼイ様、どうするんですか? 言うんですか?)
――傷のある手首をレースの手袋で隠した少女が言う。
「ええー……む、無理ですよぅ……心の準備が……」
(またそれ言って。もう何回目です? 前あの人が来られた時の「先輩、お疲れ様です」、明らかに♡でもつく勢いだったじゃないですか)
――首元を彩る黒いリボンから鬱血痕を覗かせた少女が言う。
「あれはあの……業務連絡で……」
(連絡じゃ留まらないって一番わかってるじゃないですかあ)
――空の薬瓶を握りしめた少女が。喉に大きく空洞を作った少女が。少女が、少女が、少女が。
くすくすと笑い合い、風のように声を重ねるそれは、自死者たちの談笑にしてはあまりにも温かい。
輪の中心で、リンゼイ・ガーランドがふと顔を上げた。ジャケットの裾を風に揺らしながら、彼女は静かに此方を見据える。
「あら。あなたたちも、来てしまいましたか。ええ、先輩からある程度は伺っています」
「ここに立つということは、ヴァージン・スーサイズの衝動に晒されるということ。どうされます?」
少しの沈黙の後、彼女は微笑んだ。
「精神力で抗いますか?
そのまま壊れゆく心を、自ら選ぶ死を正面から受け止めるのもいいでしょう。
……それとも、」
「少しだけ……お話を、してくれるのですか?」
「あなたの思う『好き』の話について」
===
MSからの留意事項
本シナリオでは、シナリオ外他PCへの感情(恋慕・友情・憧憬など)を描写する場合があります。希望される場合、事前または都度の同意を得ることを推奨します。
※無許可での関係付け・同意の無い一方的なロール付与はご遠慮ください。恋愛・絆・対立などのテーマを扱う為、PL間の信頼を優先とします。
同意確認の明示方法
感情・関係性ロールについては、相手PC様の同意を得た際に双方のステシ一言欄へ『🤝』絵文字等の明記で「了承済み」と示していただけると助かります。
(無理に絵文字を使わなくても構いませんが、第三者(MS)に分かりやすい形が望ましいです)
少人数採用シナリオです。各キャラクターの描写を丁寧に拾うため、進行・描写の都合上、参加枠を制限しております。
セシリア・ナインボール片思い…あり得ませんね、私があの人…ビリヤードの師に片思いをしていたなんて。
そもそもあの人…ハスラー・ナインボールは羅紗魔術士としてもいい加減で、そして何より酒癖が悪くて、大人の男としても最低な人です。
ビリヤード以外に良い所は一つもありません。
何故なら成人したばかりの私に、負けたらバニーを着ろと言って勝負を持ちかけてくるんですよ!?
あり得ないとは思いませんか、あんなのセクハラです、セクハラ。
リンゼイさん、貴女もそう思いませんか!?
ま、その時不思議な事が起こってけちょんけちょんにしてやりましたが。
…てしてしと何ですか、リトル?
は?図星?そんな訳がないでしょう。
後あの人の事は皆には内緒ですからね。
秋葉原ダイビル前の道路。自殺衝動の空気は、地面から靄のように立ち昇っていた。リンゼイ・ガーランドが|いるだけで《・・・・・》勝手に命が自ら潰えてしまう、『災厄』たる所以の能力。
きっと、それに当てられたのだろう。セシリア・ナインボール(羅紗のビリヤードプレイヤー・h08849)の指先は、自意志に反して震えていた。
羅紗で彩られたビリヤードキューの先端が、ボールではなく自らの喉元へと吸い寄せられるように傾いていく。自分が自分じゃないようなその動きに、セシリアは心がゆっくりと崩れていくのを感じていた。
(……、思った以上ですわね、これは)
抗っているつもりでも、命を自らの|手《趣味》で以て潰してしまいたいという衝動はすぐそこまで迫っている。そんな彼女の前で、|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》たちがくすくすと小鳥のように笑い声を零していた。彼女等それぞれの死の香りをまとった黒服の影がどこか明るく映って、笑い交じりの囁き声は次第に『自身にとって最適な自殺』の話題へと変わる。
その中心で、リンゼイ・ガーランドの目が静かにこちらを見据えていた。
「お話、しませんか?」
問われた瞬間、セシリアの持つキューが喉へ突き刺さる寸前で停止する。まるで『話してくれたら、能力が効かなくなるかも』と告げられたように。それにセシリア自身にはひとり、思い当たる人物がいる。だが、目の前の彼女のような片思いかと言われると勢いよく、それはもう、全力で首を横に振りたくなるような。そんな、存在。
まあ、だとしても解除のための|話題《突破口》にはなるだろうか。意を決してセシリアはリンゼイの目を見返した。深く息を吸い込み、羅紗魔術師は静かにスカートの裾を整える。
「では……その、少しだけ。セシリア・ナインボールと申します。リンゼイさんは、先輩に片思いをされているのですよね。……私はどうだったかなと思いまして」
|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》の首を彩る黒いリボンが揺れる。数人が聞き耳を立てる気配がした。
「片思い、と申しますの? 私はそんな事ありませんよ。あの人、私のビリヤード師……ハスラー・ナインボールという名なのですが」
彼の名を口にした瞬間、セシリアの胸奥に降り積もっていた想いが堰が切れたように零れ始めた。
「あの人ってば、人間としても羅紗魔術士としても本当にいい加減で……。酒癖も悪くて、大人の男としては最低だと思える程。もう、呆れることばかりなのですよ」
リンゼイが、え、と小さく瞬きする。少女霊隊が興味深げに布下に隠れた視線を送る。その反応に背中を押されたのか、セシリアの愚痴は自然と口をついた。
「聞いてくださいます? 成人したばかりの私に、ビリヤードで勝負して……負けたら“バニーを着ろ”などと言いましたの。あれなど完全なハラスメントでしょう?セクハラです。……リンゼイさん、貴女もそう思われますわよね?」
リンゼイは即答した。
「……思います。ええ、それは……引きます。かなり」
少女霊隊も(うわドン引き)(普通に最低では)(バニー……)と小声で囁き合っている。その反応に、セシリアは胸の奥に少しだけ温度が戻っていくのを感じた。自殺衝動の冷たさが後退し、キューを握る手に紛れもない自身の力が戻ってくる。直後、小さなシチリア島の怪異たちが、ぱたぱたとセシリアの周りへ集まった。そのうちの一体、シチリアレモンの形をしたリーダーが彼女の肩をてしてしと音を立ててつつく。
(ねぇねぇ、その言い方、ちょっと愚痴だけじゃない気配がするんだけど?)
とでも言いたげに。
それを目で追うリンゼイも気づいた。もしかして、だけれども。
「……あの、セシリアさん。愚痴だけにしては……その、少し……」
少女霊隊が(ちょっと好きでしょ)(ナインボールって名前も、もしや……?)(師匠さんと同じ苗字?)と|気ままに《女子校めいた空気で》口を挟む。その度にさわさわと空気が揺れた。
「苗字は、違いますからね? これはその、ビリヤードの九番球から取っただけでして。あの人の名を借りたなど……」
それにしたって他にもやりようはあるのでは、という少女達の追及には聞かない振りをした。セシリアは咳払いし、姿勢を正す。
「まあ、勝負自体はその時不思議な事が起こってけちょんけちょんにして差し上げましたけれど……」
嗚呼すっきりしました、と思い出しながら話すセシリアの頬を、リトルがてしてしと突く。
「……何ですの、その顔は。図星だと言いたいのですか? そんな訳、ありませんわよ」
リンゼイは静かに微笑んだ。少女霊隊は声を殺して笑い合っていた。通じたのだ。他者の想いに|触れた《共感した》瞬間から、リンゼイの能力は確かに弱まっていた。
セシリアはキューをゆっくり降ろし、深く息を吐いた。自死の衝動は依然渦を巻いているけれど、もうセシリアは喉を狙う気にならない。
「……セシリアさん。貴女の誰かを思う形、受け取りました」
「だから違いますって……。内緒ですからね、あの人のことは」
リトルたちにもよ~く言い聞かせておきますので。そう声を潜めたセシリア。それに応じるリンゼイの声は、災厄とは思えぬほどにこやかだった。
🔵🔵🔴 成功
吉住・藤蔵リンドーの後輩け。
なら、前の戦場でリンドーにしたみたいに、まずは胃袋から掴むべよ。
おーい嬢ちゃんら。張り込み大変だべ。
あんぱんの差し入れだぁよ。
心配なら俺が先に食べて半分こすっかんな。
リンゼイの嬢ちゃんの放つ自殺衝動に対しては【精神抵抗】でどうにか耐えるだよ。んで嬢ちゃんのリンドーを慕ってる気持ちを肯定する感じで行くだよ。リンドーは仕事熱心だし、話し合いの余地もある。ノリもええ。後輩にも恵まれててやっぱりええ男だな。……だからこそ何とか日本とも協力できねえもんかね、と俺は悩んでる。
戦闘に備えて【霊震】放つ準備はしとくだよ。震度は5。このくらいなら身動き取りにくい拘束状態になるんでねえか?
己の首を絞める手には、生物なら持ちうる恐怖心や躊躇のようなものは無い。歩道の先に立つ少女達から与えられる自殺衝動に揺さぶられて指に力が入るその度に、|吉住《よしずみ》・|藤蔵《とうぞう》(毒蛇憑き・h01256)は「おっと」と小さく声を漏らしては、その手をもう片方でそっと外す。
彼のよれた白衣のポケットの奥には偶然片づけ忘れたメスの一振りが冷たく沈んでいた。ダイビル前へ足を踏み入れる直前、危ないやつだと判断して咄嗟に奥に押し込んだ。取り出すのがたとえ自分であっても手に取り自らに刺すには時間がかかるくらいに。代わりに片手に提げていたのは小さな買い物袋だった。重みはほとんどないが、吉住はその持ち手を大事に握り直す。
(ふむ……あの嬢ちゃん、リンドーの後輩け。ほだなら……まずは、胃袋からだべな)
そんな田舎訛りの独白を胸にしまい、吉住は一歩進み出た。リンゼイ・ガーランドがいち早くその動きに気づき、小さく首を傾げる。彼女の周囲には、傷痕の上から黒いリボンを纏う|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》が依然として集い、和気藹々と話を弾ませている。その在り様がとっくに|亡《無》くなった、或いはあり得ざる日常のようでいて、故に吉住はそっと目を伏せた。一呼吸で、人の良いおじさんさながらの表情へと切り替える。
「……嬢ちゃんら、大変だべな」
ゆったりと近づきながら声をかけると、自殺少女霊隊たちは一斉に振り向いた。誰も彼も生者らしい温度こそないのに、その反応は妙に女子校の温度を宿す。
(おじさんだぁ)(あの白衣って機関の人?)(目が死んでない)(いや死んでる?)(眠いだけ?)
そう、ざわざわと好き勝手に分析してくる。
「まぁまぁ。別に俺は敵対しにきたわけじゃねえからよ」
勝手気ままな少女達に苦笑し、吉住は買い物袋をそっと揺らした。
「……嬢ちゃんら、あんぱんは食うけ?」
その瞬間、何ならリンゼイより先に。黒い少女たちは一斉にざわめいた。
(えぇ~気になる!)(リンゼイ様食べてくださいよ!)(うちら無理げなんで!)(食べよ食べよー!)
わいわいと騒ぐ少女達の圧に押されるようにして、リンゼイは戸惑いがちに目を瞬かせた。
「えっ……あ、あんぱん……?」
「変なもんは入ってねえよ。心配なら俺が先に食べるし、半分こすっかんな。それで良いけ?」
吉住は、買い物袋からつぶあんパンを取り出した。その様子にリンゼイの目元が、危険な能力を持つ彼女に似つかわしくないほど仄かに緩む。少女達の黒く細い腕が(早く食べて早く)(絶対美味しいやつ)(ほらほらほら)と好き勝手に押してくる。
その様を穏やかに見守って、吉住は「はいよ」と包装を切り、ふかふかのパンを半分に割った。
「……うん。普通のつぶあんだなぁ。毒も呪いとかもねぇし、安心して食え」
片方を食べる。その、あまりに淡々とした安全確認に、リンゼイは少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
そして、おそるおそる、半分のあんぱんを受け取る。もくもくと小動物のように口へ運べば、ほの甘い気配がわずかに広がった。
「……おいしい……」
吉住はリンゼイの嬉しそうな様子をぼんやり眺めながら、空になった買い物袋をくるりと畳む。
「ああ、そういやな。それと同じもんを、ちょっと前もリンドーに持ってったんだぁよ」
その一言に、リンゼイの肩がぴくりと動いた。
「……先輩に、ですか」
「おうよ。あんがい甘いもん好きだべ。随分と感銘を受けとったみてぇだなぁ」
そう吉住が話を紡ぐ視界の奥では、(ほら出た)(今の話への食いつき見た?)としたり顔で囁く少女達。
「先輩、いつも忙しいですから。好きな物が増えたのなら……良かった、です」
吉住はリンゼイのそんな素直さに苦笑を返し、道路に広がる死の空気を少し踏み均すように近づく。
「ええ男だべ、リンドーは。仕事熱心だし、話し合いの余地もある。後輩に恵まれるのも分かる気がするべな。……こうして体調を心配してくれる嬢ちゃんもおるわけだし」
「そ、そんな……!」
思わず首を横に振るリンゼイの後ろ、少女霊隊が(あのねおじさん、この態度は図星)(完全にそういうやつ)(見れば分かる)と頷いている。吉住もまた、その慌てぶりをどこかゆるい目で見守っていた。
「……だからこそ、だべな」
ふっと声のトーンを落とした吉住は自身の手に視線を落とす。いまは力が抜けてただそこに在るだけの手。つい先ほどまで勝手に己の首を締めつけようとしていたとは思えないほど、静かだった。
「何とか、あちらさんと日本……俺たちの方もよ。協力できねえもんかね。悩んでる」
「そうですね……特に今回は、連邦怪異収容局だけの独断ではなく、上の人々からもお達しがあったので……。私個人がどう思っていても、難しいところです」
少女霊隊が(大人の事情ってヤツですよ)(局の人事ってさぁ……)とめいめい勝手に話す中、リンゼイは眉を下げて微笑んだ。その表情は災厄ではなく、普通の女の子に見えた。
リンゼイは空になったあんぱんの包装をそっと小さく畳む。
「ありがとうございました。あの……包装紙、どちらに」
「ええよ、俺が捨てておくべ。任せとけ。……ときに嬢ちゃん」
「なんでしょう」
「俺はどうにも、怖ぇって感情をどうも忘れてしもうてる。だから真をついた事は聞けんがね。嬢ちゃん自身は戦う意志っちゅうのは、あまり無いのけ?」
「……。これは、意志というより……義務ですので。それこそ先輩がいなければ、異国で沢山殺すなんて罰ゲーム同然でした。……私が戦おうと思っても、思っていなくても。私がいるだけで、誰かが沢山死んでしまいますので」
目を伏せたリンゼイの紡ぐ、自嘲の色濃い言葉。一番、能力を自覚している側の一声。しかし。
「……最も、現状『例外』は続いていますけれど」
そう告げた時の表情は、かすかに柔らかい。
🔵🔵🔴 成功
|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》達は度重なる来訪者を見送り、ようやく「彼女たちだけの内輪」に帰っていった。
少女らしく密やかでころころと色を変える話題。局の人事、局員伝いに聞くくらいの案件、本来なら遠巻きにしか見られなかった日本の街並みの感想。そして、|彼女等の主《リンゼイ》が想う先輩について。からかい半分、応援半分、恋の後押しになりそうでならない、
宛先のない話がゆっくり回っていく。少なくともリンゼイにはそう聞こえていた。まるで、彼女が何処かで望んでいた普通の女の子の会話のように。
だがリンゼイ以外が一旦この黒い少女たちの囀りに耳を傾けたなら、その言葉は途端に「最適で最高な自殺の手段へ誘う響き」へ変わるだろう。甘やかで、優しくて、それでいてどこまでも危険な青春の残滓。
――でも。
まだ、人がビルから落ちてこない。まだ、首を括って揺れる影もない。まだ、車中で炎に包まれる人も現れていない。
これは偶然の累積だろうか。それとも、ここからも同じなのだという前触れなのか。いや、「災厄に降る幸運なんていつ終わるか分からない」の悪い知らせなのかもしれない。
答えは分からない。分からないけれど。今のところ、何も起きていない。
ただそれだけの事実が、リンゼイの肩に乗っていた重さをほんの少しだけ緩めている。そんなとき。
不忍・ちるは蜚廉さん(h07277)思い浮かべていますが
好き自覚曖昧なのでふわっとで大丈夫です
応戦必要な場合のみ能力使用し
共感応援自問内心ぐるぐる恋バナに伺います
リンゼイさんの好きって
尊敬や憧れとは違う…何かがあります?
最優先とか、隣に立ちたいとか、特別で在りたい…とか…
私もよくわからなくて…立場的にずずいとお話し伺いたい姿勢
誰かと付き合うとか特別なことをするとか
所謂な恋愛は全然分かりますけど(人間女子基準)
私は別に何かを望んでいるわけではなくて
居てくれたら嬉しいとは思いますけど…
"好き"って思ってもいいんですかね…?
…思ったところで、どうしましょうリンゼイさん~…
(ほんの少し特別を伴った片想い感消化中)
斎川・維月恋バナしたいです!(ドカーン!)
良いですね良いですね甘酸っぱい恋!
て言うか恋未満でも良いんですよ分かりますよスミスさん大人の男性の包容力と渋みがこれでもかって感じで見目より魂がイケメン感ありますよねあの広い背中をそっと見るだけで心に温かみがて事ですね分かります!
(一息で言ってから、じっと見る)
何してるんです語って!
こんなものじゃないでしょもっと語るんですよカモーン!!
あ、お菓子とジュース持って来たんでどうぞ。
やっぱトークには必要でしょ。自殺少女霊隊の皆も食え食え。古霊さん達もどうぞ。
(わいわい)
ボクもでーすね。恋じゃ無いですがお兄ちゃん大好きなので、後お兄ちゃんすっげえ老け顔なんで色々共感するのでーすよー。
一緒に居れる。『ボクら』みたいな存在でも、隣に在れる。拒否しないでくれる。受け入れてくれる。それがとっても幸せ。
それだけで好きな訳じゃないけど。でもやっぱりそれは嬉しいんです。
リンゼイさんも、そうじゃないですか?
ん?
死にませんよ。
嫌いでしょ?死なれるの。
ボクもそうです。おそろいですね。
だれも死なないという安堵は、|彼女《リンゼイ》ひとりだけのものではなかった。
足音が響く。軽やかで明るくてまるで危機の真ん中に不釣り合いのリズム。少女たちがいっせいにその方を向けば、カラフルなメッシュの入った金髪と、満面の笑みが目線を返す。
「良いですね良いですねっ! 甘酸っぱい恋!」
恋バナ、しましょうしましょう! そう話に元気よく飛び込んできたのは、|道化師《ピエレッタ》のような色彩豊かな大道芸人、|斎川《さいかわ》・|維月《いつき》(幸せなのが義務なんです・h00529)の姿。手には何かでぱんぱんに膨らんだビニール袋を持っている。何ならお菓子が若干覗いている。
(((わ~~なんかめっちゃ元気じゃん!)))
|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》の声が一気に跳ね、周囲の空気へ鮮やかな色が差した。彩と黒のガールズトークは唐突に、しかし必然みたいに始まり、リンゼイはその勢いに一瞬目を瞬く。
「……て、いうか。そもそも、恋未満でも無自覚でも良いんですよっ!」
うんうんと頷きながら矢継ぎ早に話す維月の声が、ガールズトークの輪の外にも届いていた。
「……無自覚、でも」
その呟きは、|不忍《しのばず》・ちるは(ちるあうと・h01839)の唇から落ちた。
彼女は揺れる胸の内をかかえ、ゆっくりと鞄の口を閉じたところだった。
一瞬だけ。|偶然残っていた《自殺衝動が無意識に残した》コンパスの鋭い針に「嫌な使い道」が浮かんだ。まるで|虫の《・・》標本に刺してある様を連想させるくらい、案外鋭い針。あの鋼の先端なら私の頭にも喉にも、簡単に突き立ってくれる。刺してこんな自分を終わらせられる。そんな衝動が、一滴の毒のように心へ下る。
そう思った自分を怖いと思うより先に、ちるはの頭は「彼」を思い浮かべた。普段から慕っており、会話も、背を追うだけでなく一緒に歩くこと自体も、共に祭りへ足を運んだことも楽しくて、思い出すだけで心が温かくなる彼。そう思い出を手繰っていると、内心の荒波は、自分でも驚くほどすうと静まっていった。意を決し、一歩、輪の方へ踏み出す。ぐるぐる、自問自答を続けながら。
「分かりますよ~! スミスさんってば大人の男性の包容力と渋みがこれでもかって感じで、見目より魂がイケメン感あるんですよね! あの広い背中をそっと見るだけで心に温かみが、って事ですね分っかります!!」
一息も入れず、声も手振りも全力。こくこくと頷きながら、維月は話す。少女霊隊も(めっちゃわかる)とノリノリで頷く一方、リンゼイは目を瞬かせる一方で、体を引き気味に固めてしまう。
「えっ、あ、はい……? あの……?」
「リンゼイさーん! はい抜けてますよ、そこのあなた! 語って! カモーン!!」
「ちょっとまとめる時間をください~!」
「おおっと、まとめるくらい語るポイントあるってことですね??」
ぱん、と手を打つ維月に半ば急かされるようにして、リンゼイは思わず背筋を伸ばした。慣れないテンポに乗り遅れる姿が、少女霊隊には(リンゼイ様はよ語って)(語れるぐらい話題あるでしょ)(普段からうちらに話してるんだから)と盛大に囃し立てられまくる。
ちるはがその明るい輪の外でぽかんと様子をみていると、維月がふと振り返り、満面の笑みで手招きした。
「ほらほらこっち、恋バナ輪っか広いですから〜! 一緒にどうぞ〜!」
その気軽さがふんわりと背中を押す。ちるはも、恋とも名がつかない思いを胸にぎゅっと抱え込んだまま、一歩、輪の中へ踏み込んだ。
(第二波くる?)(恋バナは人数が多いほど良い)
少女霊隊がわいわいと席を詰める。ちょっとしたピクニックのよう。維月がビニール袋をぱんと軽快に開けば、そこにはお菓子やジュースが詰まっている。
「トークといえばこれでしょうっ!少女霊隊のみんなも食べられます? 古霊さん達もいけますし、どうですかねー?」
(いけますー)(味はふいんきで補います)(へんかんできない)
維月のそば、カラフル帽子の古霊たちがふわふわと相槌を打つ。それに少女霊たちが笑い声を返し、甘い香りが漂った。
そのお菓子を頂きつつ。ちるはは小さく息を吸い、視線を足元に落とした。
「……あの。リンゼイさんには、尊敬や憧れとは違う…何かがありますか?最優先とか、隣に立ちたいとか、特別で在りたい、とか。言っている私もよくわからなくて。
……誰かと付き合うとか、特別なことをするとか。私にはそういう恋愛は分かるんですけど……」
呼吸の揺れとともに、ほんのり沈んだ声が落ちる。
「私は……あの方に何かを望んでるわけじゃないんです。ただ、居てくれたら嬉しいのは、分かるんです。でも、それだけで『好き』としていいのか、よく分からなくて」
少女霊隊は布の奥でにこにこと笑いながら、彼女の言葉をそっと受け止めていく。リンゼイもまた首肯を返した。指針ではなく、同意の意味。
「……それは、私もです。偶に、能力が効かないから好きなのか、先輩を好いているから能力が効かないのか。考えたことはあります。ですが確かめたことも、確かめる気も無いんですよね。怖いから。多分、尊敬、敬愛、憧れ……の混ざった、『好き』なんです。少なくとも私は、そう表そうと思って。……で、先輩本人には言えてないんですけど」
何とか「能力が効かないのは先輩の存在あってこそ」とは、察して貰えている。ただ好きとは言えていない。そう付け足したリンゼイのその言葉に、維月がぐいとラムネ片手に身を乗り出した。
「いや、隣に居れるだけで嬉しいってね、それだけで特別な存在なんですよ? 一緒に居れる。『ボクら』みたいな存在でも、拒否しないでくれる。それだけで好きな訳じゃないけど。でもやっぱりそうだと嬉しくなるんですよね」
維月の声は明るくて、どこかあっけらかんとした優しさがあった。彼女もまた兄の事が浮かんでおり、様々な点で共通点、共感はある。
「恋じゃないですが、ボクもお兄ちゃん大好きなので。後、お兄ちゃんすっっげえ老け顔なんで……写真見ます?このお兄ちゃんなんと26なんですよ」
先月26になったばっかりなんですよ、と見せれば、目を丸くしたリンゼイから、くすくすと声が返ってきた。
リンゼイは、それぞれが語る『好き』のかたちを聞きながら、そっと唇を押さえていた。先輩へ向ける感情を恋だと理解してはいる。けれど、災厄である自分がそんな想いを抱くなど、名付けてしまうにはあまりにも眩しすぎる。故にずっとふせたままにしていた。
なのに。
「……一緒にいるだけで嬉しいって、好きって思っても、いいんですかね……」
雨粒のように細いちるはの声が、ぽつりと落ちた。その揺れは、あまりにも自分とよく似ていた。
リンゼイは気付けば、小さく頷いていた。まるで反射のように、心が先に動いてしまった。
「……例外が、本当に続きますね」
ぽつりと声が落ちる。
「まさか、ここまで普通の子みたいに話せるなんて。……おふたりも、死なないんですね」
驚きとも安堵ともつかない声。ちるはは笑みを返し、維月は肩をすくめて明るく言ってのけた。
「ん? リンゼイさんだって、嫌いでしょ? 死なれるの。」
かく言うボクもそうなんです。おそろいですね。
その一言は冗談めいた軽さで、けれどやさしく響く。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功
三珂薙・律アドリブ◎
相手は亡き両親と行方不明の弟
両親へは家族愛と尊敬
弟へは劣等感と憧れ
狂暴で残忍な面がある大妖怪の血が己にも流れてるのは心底嫌だが、父は自分の子供には優しく好きだった
両親共に偉大な存在
父の妖力、母の退魔の力を両方持つ己が昔は少し誇らしく
母似の弟に比べたら祓う力は劣る(己はどちらかといえば父似
己より人格者で天才
よく羨んでた
珠月で袈裟斬り
√能力使い配下妖怪でも支援
俺は…戀を知らんからなぁ
愛ならば幾分か語る口を持ってるかもしれん
刃を交えつつ聞いてくれるか?
…父も母も
もう思い出の中にしかないからこそ
より鮮明に刻まれてるのだろう
理解らなくても善い
この話が君にとって
少しでも思う事があったのなら本望よ
|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》から気ままにころころと転がってくる話題は、男兄弟で育った身の|三珂薙《みかなぎ》・|律《りつ》(はずれもの・h01989)には珍しく響く。馴染みが全く無いとは言い切れない。現に押しかけ弟子のような羊角の少女もまた、普段なら同年代の少女達と交友関係を築いている筈の存在だった。
とめどない雑談を半ば聞き流しながら、律は近隣の建物から静かにダイビル側を伺っていた。自死を誘う災厄へ無闇に接近する気など毛頭ない。呼吸ひとつにも気を配り、珠月の柄へ手を掛けたまま注意深く。
〔落ちたら痛いよね〕〔でも風切るのは気持ちいいよ〕〔うわ~〕
――経験者は語る、ってやつだぁ。
*
歩道へ降りていく途中、律の足が止まる。スマホを見ながら壁に寄りかかっていた青年が、窓をやや急いで開けたのだ。人が外気を吸いたい時の動きではない。そこに妙な引っかかりを覚えた。
「……あれは、不味いな」
考えるより先に身体が動いた。律は青年の腕を掴んで引き戻す。
「大丈夫かい、換気には少し寒いだろう」
「え、あ……すみません」
正気が戻ったのか、青年は首を振りながら歩き去っていく。その背を見送った律の背に、妙に冷たい汗が滲んだ。
まるで誰かに手招きされたみたいな、突発的な自死。脳裏に過った黒い少女達の会話。|経験者は語る《・・・・・・》。ああ、注意を引くに手っ取り早い謳い文句!
違和感が、遅れて自分自身へ跳ね返ってきた頃には。閉めた筈の窓を開けて、気付けば視界は窓の外にあった。
〔魔が差すってあるよね〕〔はんぶんが妖怪の人でも差すんかな、魔〕
黒いリボンを揺らす少女たちが、揃いも揃って月光色の眸の男の話題。誘いも脅しもないただの女子同士の雑談として耳に届く、それがいっそう恐ろしい。
向かいのビルのガラスに映った影が三つに増えた。もう既に亡い両親と音信不通の弟によく似た影が揃って、律だけのいない家族の影。それが、身を乗り出した律と重なる。
吸い寄せられるように体がそのままビルの外へ。寸前、【百鬼夜行】より出た配下妖怪の黒い爪がするりと伸びて、律の肩を確かに掴んだ。
息を整え、律はようやく前へ進む。リンゼイたちの前へ姿を現せば、彼女は驚いたように目を瞬いた。先ほどの一部始終を見ていたのだろう。だが責めもせず、ただ静かに言葉の隙を探すような目を向けていた。
律は肩の力を抜き、ふっと笑みを作る。
「俺は……生憎、|戀《こい》を知らんからな。愛ならば、幾分か語れる口かもしれん」
(愛の話?)(聞く聞く~)
「……軽いな」
「そういう子たちなんです」
少女達がくるり振り向いて、リンゼイが苦笑を律へ返した。
黒い囲いが半円状に広がって言葉を待つ。刀を見ても尚クスクスと笑う以外に先程までの不気味さはそこになく、ただの少女のような気配。彼女等の声が|普通《・・》に聞こえるようになった時が、自殺衝動の緩和のサインなのだろう。
律は少しだけ視線を落とし、掌を軽く開いた。
「『好き』を向けていた相手は、両親と弟でね。……両親は、もう思い出の中にしかいない。だからこそ、より鮮明に刻まれてるのだろう」
ぽつりと落とした言葉に、少女霊隊が(家族愛だね)(思う人がいるのうらやましい)と小さく揺れた。
尊敬も、羨望も、届けたかった言葉も未だ沢山ある。
「大事に思うという事は、相手がいなくなって、記憶を抱えるだけになっても変わらない。……理解らなくても善い」
けれど、リンゼイや少女たちにとって、少しでも思う事があったのなら本望だと。そう話せば、いつしか衝動は残り火すらも消えていることに気が付く。
リンゼイは唇を押さえ、少しだけ俯いた。その沈黙に、律がそっと問いを落とした。
「戦うに向かない性分だろう。なら、すぐに退けばよかったんじゃないか」
少女霊隊が一瞬だけ黙る。リンゼイは困ったように笑って、静かに首を振った。
「私が決められることなら、直ぐにそうしてます。けれど私は『居るだけ』で効果範囲に入る災厄。だからこそ、上は私を攪乱の為に置いたんです」
殆ど『装置』の使われ方。
(ずっと例外ばかり来るけどねー)(リンゼイ様、逆らえないもんね)
自死の影が遠ざかると、少女たちの存在もまた、普通の霊に近づくのだと理解る。
「多分そろそろ、『退くように』と、言われるはずなのですが。……民間人の被害こそ出ていないので、現状、安心しているのも事実です」
分不相応にも。
🔵🔵🔴 成功
神咲・七十アドリブ・連携お任せ
こんにちは、綺麗なお姉さん♫
んぅ、好きの話ですか?
お姉さんみたいに好きな人の話となると……
やっぱりカリアさんですかね
私のAnkerでよく怒られちゃうんですけど、とても優しくていい人なんですよ♫
ふふ、お姉さんは好きな人ができた時何か変わりました?
私は、カリアさんに会って好きになってから色々なものが変わりました。
カリアさんに会わなきゃ、ずっと簒奪者として動いてたかもです。
今みたいに歌を歌ったりもしてなかったでしょうね。
いつも我儘言って怒らせちゃうんですけど、それでもあの人が大好きです♥
お姉さんも好きな人に少しだけ我が儘を言ってみたらどうですか?
何もかもが大きく変わるかもですよ?
赤いモッズコートが、夕風にふわりと揺れた。|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》が佇む歩道の端を、ひとりの少女がぽてぽてと走る。黒い少女達もまたその気配に反応して、一斉に布越しの目線を向けた。
(きた)(あの子かわいい)(なんか甘い匂いする)
少女たちの囁きは、もはや自死へ誘う黒い響きとは程遠い。落ち着いた空気を保っているリンゼイの側へ、|神咲《しんざき》・|七十《なと》(本日も迷子?の狂食姫・h00549)は迷いなく駆け寄った。
「こんにちはっ、綺麗なお姉さん♫」
あまりに自然な呼びかけに、リンゼイは反射のように返していた。
「……あ、はい。こんにちは」
七十は片方の頬をぷくりと膨らませ、時折口の中で何かをころころと転がす。その様子に、少女霊隊が(飴?)(何味?)とざわついた。
「これですか? おいしいキャンディです♪ 好きなひと……カリアさんってひとが、持たせてくれたんですよ~」
えへへと緩んだ笑みを浮かべた七十は、飴袋の封を開けてリンゼイへひとつ差し出す。
「あっ、お姉さんもいりますか? 試供品……? だった気がしますので」
「……では、いただきます。ありがとうございます」
七十の満面の笑みと飴袋の差し出し方が、七十自身17の少女とはいえども、どこかお菓子メーカーの街頭サンプリングにしか見えない。この場にいないカリアが知れば、間違いなくこめかみを押さえるような様。(うちはお菓子メーカーじゃないのよ……?)(あとね、試供品じゃないの。|あなた《七十》が食べる想定なの|それ《飴》は)と彼女が常々頭悩ます事柄を、無邪気さがさらに加速させていく。
七十は飴を頬張ったまま、ふにゃりと首を傾けた。
「お姉さんは好きな人ができた時、何か変わりました?」
その問いに、リンゼイはわずかに肩を揺らした。『好き』という言葉は、あまりにも慎重に扱ってきた。
けれど七十の純度の高い赤青の眼差しに、ほんのり熱のようなものが落ちる。
「……変わった、かどうかは……分かりません。けれど、楽しみが増えた気はしています」
多忙で、けれど話す時間は作ってくれて、落ち着いている物腰で、けれど何処か無理しがちな人。そんな先輩に向けて自分が何かを望むという発想自体、リンゼイは長く封じていた。言葉を探す一方で、少女霊隊が(そういうそっちは?)(聞きたい~)と嬉しそうに揺れる。
「私は、変わりましたよ」
七十は飴を転がしながら無邪気に続けた。
「カリアさんに会って好きになってから、本当にいろんなものが変わりました」
七十の声には、どこか澄んだ強さが混じっている。
「仮に会わなきゃ、ずっと簒奪者として動いてたかもです。今の私のように歌ったり、おいしいお菓子を食べたり、笑ったりしてなかったかもしれませんね」
リンゼイはその言葉を静かに受け取った。誰かひとりとの出会いで変わる。国管轄の災厄として扱いを受ける存在である自分にも、そんな可能性が残っていたのだろうか。
「いつも我儘言って怒らせちゃうんですけど、それでも。私はあの人が大好きです」
(怒るのも愛情があるからで)(わかる)と女子会の勢いが強まる中、七十はリンゼイを見上げ、少しだけ声を落とす。
「お姉さんも、好きな人に少しだけ我が儘を言ってみたらどうですか?」
「わがまま……ですか。考えたことがありませんでした」
「たとえば、“もうちょっとだけ、長くお話したい”とか!」
言い切る七十の笑顔は、何の曇りもない。その無邪気さが痛いほどまっすぐで、だからこそリンゼイは一瞬だけまばたきを忘れた。喉奥に息が詰まる心地。望むことそのものが難しい己が、多忙な先輩にそんな願いを口にしていいのだろうか。けれど、七十の言葉は残酷ではなく、ただ温かい。
(ガチでそれ)(言えばいいじゃんって)
少女霊隊の声まで柔らかくて、リンゼイは小さく笑った。
「……ふとした切っ掛けで、何もかもが大きく変わるかもですよ? おすすめです、ちょっと我が儘言ってみるの」
七十の言葉は風のように軽いのに、胸へと静かに沈む。
リンゼイは飴を握ったまま、小さく頷く。
「……そうかもしれませんね」
(甘いね〜)(飴のせい?)(『好き』のせい?)(どっちもでしょ)
黒い少女の囀りを聴きながら、七十は飴をころころと転がして微笑んだ。一欠片を噛むのも、惜しい気がした。ただ好きな人の話をするだけでこんなにも肩の荷が軽くなるのだとするなら。それも、良いかもしれない。
🔵🔵🔴 成功
早乙女・伽羅同行:魄(h00181)
生来楽観的であり、己を嫌いだと思ったこともなく
希死念慮だとか何かに苛まれての自傷だとかには一切縁がない
自分に縁がないだけであって理解できないわけではないけれども
魄、君は気を付けたほうがいいな
死への憧憬があるとは思わぬが
……君、少し痛いくらいが好きだろう
そういうのはエスカレートしやすい
魄の手が彼の頸に触れる前に自分の手を挟んで阻む
俺は…、むしろ
ひとを助ける快感に酔って己の命を軽んじることになりそうだ
掴んだ魄の手を自分の喉に当てて
√虚飾
どこまで抗えるかはわからぬが
“手当て”を、俺にも、彼にも
いずれにせよ長居は無用
必ず生きると強い意志で狂気に抵抗*し
サーベルを抜いて斬りかかる
目・魄伽羅(h00414)と ※アドリブ歓迎
この揺さぶられる感覚、ふいに襲ったあの時の感覚と似ている
己の急所の首に無意識に手が伸びるが、あいの手に留まり
それには否と言いずらいな……伽羅も無茶はしない様に。
伽羅の動きに冷静になったお礼にと撫で返し
狂気耐性により抵抗をしながら彼女と向き合おうか
敵の隙を見落とさぬ様に視線をそらさず
好く相手の側に居るのはどれほど良いか、共感をにじませ
俺も好く相手が居る。だからあなたがここに居座ると困るんだ。
痛みなど感じない、それほどに慣れてしまっている
得物の鬼斧を手に√能力を乗せながら、早業特攻を仕掛け
撤退を促すが、否であれば相応の対応で返そう
引いてくれると良いのだけど。
街灯が灯りはじめていた。ビル前の歩道では|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》が、路肩に腰を下ろしたり、縁石に頬杖をついたりしながら過ごしている。彼女たちにとってここでの会話は、生の延長にあるただの雑談だ。陰惨さもない。むしろ楽しげ。その無邪気さが、逆にこの場の異様さを際立たせている。
三桁ほどの歳月を生きてきた猫又、|早乙女《さおとめ》・|伽羅《きゃら》(元警察官の画廊店主・h00414)の精神は太くしなやかで、希死念慮というものに一度も侵されたことがない。今日もきっと同じはずだ。
だが、共にここへ来ている白髪の青年のことは、無意識に観察してしまう。尻尾の端の毛がふっと逆立った。わずかな違和感。それに警戒しながらも。リンゼイの傍にいる少女霊隊の声音が魔が差すための隙間を生むのだと知りつつも。彼女等に歩み寄る。
(猫ちゃん来た)(冬毛?)(でっけぇ)(ふわふわ)
そんな雑談|の筈《・・》の声に、|目《かなめ》・|魄《はく》(❄️・h00181)だけが耳を塞ぎかけるような動作をしたものだから。伽羅は僅かに琥珀色の目を見開いた。
*
呼吸が一拍だけ止まる。
――もし、大事な相手の前で自死ができたら、死を見るのが大事な相手ならどれほど安らぐだろう。魄の白い喉を通り抜けて胸の奥へ落ちていく甘美な衝動。魔が差すという感覚は厄介だ、不意に己へ降り注ぐ。
少女霊隊の声がころころ変わり、縄痕の覗く少女の声がふと魄の脳に刺さる気がした。
〔せーの、で一瞬だよね〕〔んで、相手にはちゃんと残るわけ。思い出が〕〔それを言うなら傷じゃん、トラウマ的な〕〔あはは〕
ただの雑談。流行の遊びを話す温度。声音そのままの『最適な自殺』。己の手は確かに、首へ無意識に伸びていた。
*
「……魄、君は気をつけたほうがいい」
伽羅は軽く笑った声で言いながら、しかし目は真剣に彼の様子を見つめている。別にこの相手が死に憧れているとは思わないけれど。でも。
「君、少し痛いくらいが好きだろう。そういうのは、エスカレートしやすい」
魄の指先が首へ振れる寸前、伽羅のふわりとした掌が、その間にすべり込んだ。
(あはは)(いいなあ)(ふわふわの感触)
声はすっかりただの感想へ戻っていて、魄が何を聞いたか問う余地もない。それが余計に質が悪かった。
止めた手の上から、伽羅はもう一方の手でそっと魄の手を包む。
「俺は元からこういった衝動には縁が無い。そもそも『己が嫌い』と思わない時点で土台が無いのだろうな」
淡々と、それでも柔らかい声音のまま。
「むしろ……ひとを助ける快感に酔って、己の命を軽んじるようになりそうだ。だから、無理をするつもりも無いよ。俺も案外、脆い」
掴んだ魄の手を自分の喉へ添える。ゆっくりと、猫爪でも傷つけない手つきで。
「……君を止めて安心して、次は俺が無茶をするかもしれん」
(猫ちゃん優し~)(喉ゴロゴロ鳴ってない?)
気儘な黒い少女たちとは対照的に、リンゼイは困ったように、しかし真剣に伽羅を見つめていた。
魄はそこでようやく息を整え、伽羅の手の温度をしっかりと感じ取る。
「……ああ。ありがとう、伽羅」
礼として、そっと喉元を撫で返した。
「はは、エスカレートしやすいのは……否とは言いづらいな。でも伽羅こそ、無茶はしないように」
(この一人と一猫ちゃんあったけぇ~)(ね~)
黒い少女のざわめきが、小さな波のように弾む。
「……特徴的な単位だね、一|猫ちゃん《・・・・》って」
「見たままの感想だろう」
黒いの輪の中心に佇むリンゼイは、ふと瞳を震わせた。魄はその揺らぎに、これまでの会話に、静かに共感をにじませる。
「誰かを好ましく思う。その側に居たいと思う。……それは誰しもが持ち得ることだ」
視線は少女霊隊へ向けられたまま。
「俺にも、好く相手が居る。可能ならば、膝に来てほしいぐらいね。……だからこそ、自死の衝動を撒く君達は、これ以上誰かを巻き込んではならない」
(なんで?)(うちらリンゼイ様とお話してるだけだよ)(猫ちゃん見てただけ)
ああ、自分がどういうものなのかも不明という。黒い少女の返答と、目を伏せたリンゼイ。その様子に藍色をした瞳は、静かに鋭く結ばれていく。
伽羅は魄の視線に応じて右掌を開き、空を払うようにひと振りした。
「どこまで抗えるかは分からないが、やれるだけやってみようか」
【虚飾】の気配が、少女霊隊の自死誘う声を淡く散らしていく。そうして魄の手が鬼斧へ伸び、構えた瞬間――
空気がぱりと音を立てて張り詰めた。【|禍夢《まがゆめ》の鬼】。魄を異常状態を斬り払う気が渦を巻いて、リンゼイ等の周囲の空気が更に引き戻される。
少女たちは驚いたように、しかしどこか嬉しそうに一歩だけ後退した。魄は彼女たちの手前で、地面へ向けて斧を振り下ろす。
空気が罅割れ、砕けた欠片が小さく跳ねるようだった。
「長居は無用だ。俺にも、君たちにとっても」
「……退く意志は?」
ふたりがそう問えば、少女たちの視線が同時にリンゼイへ向く。
(リンゼイ様どうする?)(帰る?)(猫ちゃん見る?)
目を伏せたリンゼイは、己が送られてきた車の音を思い出しながら、車内におそらく居るであろう『先輩』を見ているような表情だった。
「本来なら、退かないでおくべきなのでしょう。これが、結果的に先輩への助力になるのなら、私は。」
言い切ってから、ふと息が揺れる。
「……でも、どうしたらいいのでしょうね。好きだと思う相手にだけ、私の√能力が効かなくなる。鈍くて、役に立たない体質です」
そこへきて、本来は対抗している筈の面々にさえにも何もできていない、その事実。
「だから困っているんです。皆さんの『好き』の形を聞いていると……どう振る舞えば正しいのかすら、分からなくなってしまって」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
紬・レン※対象:Anker(同背後PC)
誰かを好きな気持ちか
残念ながら、恋愛関係の話はとんと縁が無いんだけど。誰かに憧れる気持ちならずっと抱いているよ
俺は一度、死にかけたことがあったんだ。この心臓を、刃で貫かれてな(胸元に手を当て)
その時、戦う術も持たなかった俺は…死を受け入れるしか無いのかと絶望してた
そんな時に俺を助けてくれた人がいた。俺の親友であり、剣の師でもあるAnkerだ
誰かに救われた命。此処で死ねない理由としては、それだけで十分だろ?
君の想い人も…きっと、そんな風に君を助けてくれたことがあったんだろうな
俺達は、本質的には同じなんだろうって気がしてくるよ。違うのはお互いの立場だけ…残念な事にな
戦闘開始したら√能力使用
今必要な能力は、彼女に自由な時間を与えない「速度」。霊剣"花霞"を持ち、間断なく攻め続ける
併せて宝石蝶を展開し、彼女の位置を索敵して目を離さないように
自殺衝動は「死ねない理由」を強く意識して[精神抵抗]する
君の力には、何があろうと抗うぜ。アイツに合わせる顔が無いからな…!
〔一回くらい“引っ張り戻された”こと、ある?〕〔助けられたじゃなくてね、あるある〕
〔割とあるよね、タイミング次第〕〔予後が悪いと地獄なのもあるある〕〔わっかる。扉破って来た時の救急隊がすーごいイケメンで……〕
〔イケメンはあとで聞くとして。まあ、あるじゃん〕
〔引っ張り戻されて、で、もう一度やるの〕
確かに一度、生かされた筈なのに。
*
その|もう一度《・・・・》が、妙に胸の奥で反響した。胸元を、痛覚の残滓を指で押されたみたいに。
|紬《つむぎ》・レン(骨董品店「つむぎや」看板店主・h06148)は、独り言のようにぽつりと零した。
「……あれ等がどう思おうとも。|引っ張り戻された《死に損なった》なんて、俺はそう捉えたくは無いな」
思い出す。ふと迷い込んだ|√妖怪百鬼夜行《別の路地》、古妖に心臓を穿たれた瞬間。刃が肉を絶ち骨を押し分けて入ってくる鈍い音。肺が上手く動かず、血巡らせる|根っこ《心臓》にぽっかりと穴が開き、まともに空気すら吸えなくて、世界が遠のくような感覚。
忘れたくても忘れられない体の記憶が、リンゼイと黒い少女たちの声に応じて鮮明さを増す。視界の端に未撤去のフェンスが見えた。
鉄の角が、鋭い切っ先が、あの日の刃の形と重なった。喉の少し下が、|心華《しんか》が警鐘鳴らすように疼く。今はインビジブルに補われたその場所、刺さったものの形だけが、皮膚の裏側を抉るように浮かび上がるような心地。
〔あの子はどうなんだろうね〕
真っ黒な砂糖菓子のような声が足元をどろりと掴んで、レンの体がぐらりと傾いだ。甘い囁きは湿って重たくて、簡単に背中を押す。押したつもりが一切無くても。
ああ、傾ぐ。まるで自分の重心が、自分のものではないみたいに。
けれど。
「……死んじまったら、アイツに合わせる顔が無いからな」
搾りだすような声が、蝕む衝動を押し返した。同時に【|宝石衛星群"蝶"《スターライトバタフライ》】がレンのそばを軽やかに飛んで、先への道行を薄明かりで縁どる。指し示したのは前方、黒い輪の中心。そこにリンゼイの気配が映る。
レンは深く息を整え、黒いマスクを直すと静かに歩み寄った。
「やあ。……まだ、話せそうか?」
時間はあるかと聞く落ち着いた声音に、リンゼイは少し驚いたように顔を上げた。
(恋バナ?)と聞く少女の一人に、レンは苦笑で否定を返す。
「残念ながら。そういう話はとんと縁が無いんだけど……俺はね、誰かに憧れる気持ちならずっと抱いているよ」
青色の目を僅かに伏せて、春の色した胸元に手を添えた。
「|俺も《・・》さ、」
敢えて、黒い少女へも向けるようにこういう言い方をする。けして、『損なった』訳ではないという意志を込めて。
「一度、死にかけたことがあったんだ。心臓を刃で貫かれてな」
リンゼイが息を呑む音がした。ああ、つくづく災厄に向いていない。
レンの声は落ち着いているが、それは慣れたのではなく、その時の感覚を、落ち着いて言葉に変える術を覚えただけ。
「戦う術も無かった俺は、死を受け入れるしかなかった。絶望したよ。……でも、助けてくれた奴がいた。師で、親友で、尊敬してる大事な奴」
(向こうも大事とかそーいうやつだ)(じゃなきゃ、迷わず助けないよね)(咄嗟に手を伸ばす人、いるいる)
「誰かに救われた命。ここで死ねない理由としては、それだけで十分だろう?」
周囲を舞い飛ぶ宝石蝶の光がひとつ、またひとつと強くなる。引っ張り戻されたとも、死に損なったとも思いたくない。二度目の誘いを押し返すような微かな抵抗の輝きが、レンの正気を繋ぎとめる。
「……君の想い人も、きっと、君を助けてくれたことがあったんだろうな」
その言葉に、リンゼイの瞳が揺れた。寂しさを隠しきれず、それでいて確かに何かを肯定している目。それに、レンは僅かに笑みを返す。
「俺達は、本質的には同じなんだろうって気がしてくるよ。……違うのは、お互いの立場だけ。残念なことにな」
リンゼイはゆっくりと目を閉じ、息を吐いた。
「……本当に。残念ですね」
寂しさ半分で微笑む彼女に、もう濃い影は無い。ああ本当に、例外ばかりだ。少女霊隊も主の意図を察したようで、死に誘っていた筈の会話はぬるい雑談へと溶けていく。
道路のずっと遠くで、車の走行音が低く響いた。迎えの車。リンゼイの胸を揺らしたその音は、妙にレンの耳にも残った。
リンゼイが、ほんの一瞬だけ音の方を見やる。そうして、安堵と諦めが半々に混じったような笑顔を浮かべた。
「……迎えが来たようです。おそらく、先輩でしょう」
「ああ、効かないんだもんな、彼には」
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功
