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moon mermaid

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 大人の仕事は、社会を回す歯車になることだ。誰がそう言ったかなんて覚えていないけど、まぁそうなんだろう、とおれは思う。
 今日も必死に残業を重ね夜のコンビニに寄って、半額のうまくもない弁当と冷えすぎた麦茶のペットボトル、それからエナジードリンクを買う。前者ふたつは今夜の夕食で、後者は明日の戦友になるのだった。
「……」
 なんとなく目についたスイーツは、この夏の新商品らしい。おれ自身はそんなに甘いものを食べるわけでもないけれど、いつの間にかカゴに放り込んでいた。

 帰り着く先、汐のにおいがする。海辺のアパートを選んだ理由は、別に眺めがよかったからとかではない。古いわりにインターネットは繋がっているから、寝て起きるだけのひとり暮らしには十分だと思ったのだ。
 もっと言えば、本当に死にたくなったらあっさり入水できるんじゃないかとか、学生の頃からのそういった希死念慮が続いている。
 ぼんやり、砂浜へと足が向く。死んでいった貝の亡骸ばかりが集まって、踏むたびに独特の音がする。鳴き砂とはよく言ったもので、この海は職場のある街よりもずっと綺麗なものだった。
「こんばんは」
 声をかけられるより先に、その姿が目に留まった。月明りだけなのに、今日も彼女の顔がよく見えて。
「今日も月がきれいですね」
「えっと……はい」
 その言葉の意味を知らないんだろう。もし知っていたら、この人がおれに告げるとは思えなかったから。
 はじめて会ったのはひと月ほど前。何気なく夜の海を散歩していれば、同じようにひとり歩いている姿に驚いたのだ。それから、こうしてぽつぽつと話をするようになった。
「……あの、疲れていませんか?」
「あはは、やっぱりそう見えますか。さっき仕事から帰ってきたばかりで……」
 へら、と誤魔化すように笑ったものの、心配してくれているのか不安そうにしている。だから、そっとコンビニの袋を見せる。
「すこし、付き合ってもらえますか?」

 街に来たことがないという彼女は、ソーダ色のゼリーパフェを食べて目を瞠る。
「おいしいですか?」
「はい、はじめて食べました……!」
 よかった、とおれはコンビニの弁当を適当に口へ放る。どうやらお菓子や甘いものがすきらしいとわかって、また買ってきてあげるのもいいな、と思う。
「あなたは食べなくていいんですか?」
「ああ、はい。おれはこれで」
 ごちそうさまでした、と軽く手を合わせて、残ったそれを袋へ戻す。食が細いのは元からだが、そろりと彼女の視線が向く。
「これ、あなたもどうぞ」
「え」
 すい、と出されたスプーンに乗ったソーダ色。いや、でも、とまごつくおれを、じぃっと宵色の目が見つめるから。仕方なくひと口わけてもらえば、懐かしいサイダーの味がした。
「おいしいですよね」
「……はい」
 ああ、嫌だ。変に意識してしまっていることが、ばれていないだろうか。

「あの、今日はわたし、あなたにお話したいことがあって」
「なんです?」
 街の話を聞きたがる彼女に、おれがかいつまんで話すことがほとんどだったから、意外だった。
 突然、ふっと彼女が海へ歩き出す。ざぶざぶと波が揺れて、まさか、とおれは彼女を追う。
「ちょっ!? は、はやまらないで、」
 どの口が言うんだ、という台詞だが、必死に手を伸ばす。ようやく掴んだ腕はほそくしろくて、強引にでも浜辺へ引き上げようとした時。
 ざぷん。足をひっかけたおれは、思いっきり海中に潜る羽目になる。けれど同時に、彼女の姿を眼にすることができた。
 ――え?
 月光に揺れる海の青のなかで、その人の脚は螺鈿のような鱗をもった魚の尾に変わっている。
 がぼ、と慌てて変に海水を飲み込んだおれが水中から顔を出せば、彼女も顔を出す。
「だいじょうぶですか!? 怪我は」
「だ、大丈夫です……というか、あの、あなた」
 おれが無事であることを確かめてほっとした様子の彼女は、ふんわりはにかんだ。
「……わたしの、秘密です。あなたには、たくさんのことを教えてもらったから」
 人魚姫が本当にいるのなら、きっとこういう姿なんだろう。幼い頃に読んだお伽話を思い出す。
「ないしょに、してくださいね」
 ばくばくと心臓がうるさい。海のつめたさもわからなかった。
「わたし、思ったんです。あなたと一緒なら、地上での生活も楽しいのかもって」
「え、」
 途端、彼女はしろい頬をあかく染めて、あ、とちいさく声をもらす。
「ごめんなさい……その……わ、忘れてください……はずかしいので」
 でも、本心ですから、ね。ちらとあわい言葉が続いて、ぎゅっと心の奥が痛い。
「……あの。誰にも、言いません。秘密に、します」
 必死に探し当てた言葉は色気のないもので、だけど彼女はうれしそうにわらってくれた。

 ずぶ濡れで帰ったアパートから見える月夜の海は綺麗で、おれは明日も逢いたいと願ってしまった。
 彼女もそう想ってくれていたら、とか、考えながら。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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