ピーピング・ハント
「わざわざ、私の店まで来て貰ってありがとう。それじゃ、早速本題に入るわね」
√妖怪百鬼夜行においては随分とハイカラな、むしろ√EDENの住人の方が相応しそうなミニスカ和装に身を包み。|玖珠葉《くすは》・テルヴァハルユ(年齢不詳の骨董小物屋・h02139)は会計卓の向こうに座して姿勢を正す。そうしていると、明るく気さくな人気店(寄り合い所的な意味で)の若店主から一転、星詠みとして相応の威厳が滲む。
そう広くない店内に配した椅子に、集まった√能力者達に座って貰い。年齢の判然としない美貌の星詠みは、その内容を語り始めた。
「事の発端は√マスクド・ヒーローにある、優良企業と評判の地方の一企業から。使途不明金の疑いがある支出が、とある記者のすっぱ抜きで話題になった事なのよ」
使途不明金。簡単に纏めると、支出金額や支払先は分かっているが、その具体的な使途目的が不明な企業支出の事を言う。関係者の些細なうっかり、例えば領収書の提出忘れ程度でも発生する可能性はあるが……今回記事となった件は、金額の桁が違う。これだけ大きな金額であれば、脱税その他の違法行為の可能性も充分にある……のだが。
「実はこの使途不明金。幾つかの企業が連携して行ってる、地元のヒーローチーム達へ活動資金を提供する為の、支援金だったの」
ここで、幾人かの能力者が首を傾げる。ヒーロー達への資金援助に、何故後ろ暗い真似と取られかねない様な方法をとるのか。堂々と寄付すれば良いのでは、と。
そう思うわよね。分かるわ……と、緑髪の星詠みも深い溜息を吐く。
「でもね、思い出して欲しいの。ヒーロー達が皆、素顔を隠して活動してる理由を」
仮に大っぴらに寄付として、資金を提供されたヒーロー達が居たとする。しかし明確に援助金として提供されたそれは『足の付いた金』つまり『明瞭に後を追う事の出来る金』という事でもある。そして執拗に金の流れを追い続けていれば、資金を提供されたヒーロー達の正体へ辿り着く事も十分に可能なのだ。件の企業達がリスクを背負ってまで、複雑な資金運用を行っていた理由が此処にある。
「で、話は少し戻って……例のすっぱ抜きをした記者なんだけど。この記者の情報源、実はプラグマに連なる秘密組織の物なのよ」
先程とは別の意味でキナ臭くなってきた話に、能力者達は居住まいを正す。
「ちなみに、組織の連中に騙されたり、操られてる訳じゃ無いわ。この『使途不明金』がヒーロー達への支援金である可能性を知った上で、このすっぱ抜きを行ったの」
大きく溜息を吐き、軽くこめかみを揉んだ後。半人半妖の星詠みは言を継ぐ。
「この記者、大学生の頃に詐欺グループの幹部をやっててね。秘密結社と手を組んで荒稼ぎしようとした挙げ句、ヒーロー達に盛大に阻止されたのよ」
結果、結社は壊滅。提携していた詐欺グループのメンバーは、芋づる式に全員逮捕と相成って。当然この記者も刑務所入りした訳であるが……どうやら反省も更生もしなかったらしい。むしろこの件でヒーロー達に恨みを抱き、彼らの権威を貶める機会をずっと狙っていた様である。
「ま、早い話が逆恨みね。それで組織と手を組んで情報提供を受け、今回の記事を書いたって訳」
秘密組織としては、ヒーロー達の弱体化と正体の把握が見込め。記者の方は復讐ついでに名を売る事が出来る。連中にとってはWIN-WINの関係という訳だ。
「幸い、記事が掲載されたのが三流週刊誌だったから。今の所大きな騒ぎには発展してないわ。ただ件の記者がネットで執拗に煽ってるから、一部の拗らせた『住人』が感化されて、SNSで記事や記者を支持し始めてるみたい」
まあそっちは、此方で伝手を頼って何とかするわと。溜息交じりにだが、緑髪の星詠みが請け負ってみせる。
「皆には、この記者と秘密組織との繋がりを暴く物証を確保して欲しいの。それを流せば記者も記事も信用を失って、騒ぎはすぐに収まるわ」
その機会は数日後だ。記事と煽動の報酬を渡す為、組織の構成員と記者とが直接接触する。そこで今後の相談と、記者の組織への勧誘が行われ。記者は二つ返事で承諾する事も分かっている。このやり取りの一部始終を、記録或いは収録して頂きたい。最悪スマートフォンでの動画撮影でも、音質がクリアなら声紋鑑定で充分な証拠になる。
「事が隠密に、スマートに進めば。その場の構成員達を蹴散らして、記者を確保する事で今回の首謀者を釣り出せるわ。ただ万一見つかったり、堂々と名乗りを上げたりしたら。用心棒の怪人が出張ってきて、記者の確保も数段難しくなるから気をつけて」
尤も最終的に、どちらを選ぶかは現場の√能力者達に一任される。現場でやり易い方を選んで頂ければ良いだろう。
「拗らせたピーターパンのお陰で、一見複雑に見えるけど……要は秘密組織とお馬鹿さんの取引現場を押さえて、幹部怪人をぶっ飛ばせば終了よ。どうか上手くやって頂戴ね」
地元の平和を祈る企業達と、身体を張って地元の平和を守り続けるヒーロー達の絆の繋がりは、√能力者達の行動如何にかかっている。
マスターより

『初めまして』の方が大半でありましょう。本シナリオを担当させて頂きます、雅庵幽谷と申します。
ここまでOPを読み進めて頂きまして、有り難う御座いました。
何やら一見、小難しいシナリオに感じられるかも知れませんが……要するに逆恨みを拗らせたピーターパンと組織の繋がりを暴いた後、奴を唆した悪の組織の手下を纏めてぶっ飛ばせば終了です。お気軽にどうぞ(笑)
以下、OPの纏め及び補足です。
●第一章
色々拗らせた自称特ダネ記者と、秘密組織との繋がりを暴いてください。
証拠確保の基本方針はOPをご確認願います。
ちなみに能力値毎による選択肢は、どうしても行動の選択に困ったという時の参考程度に考えて下さい。選択肢の内容に沿ったり、従う必要は全くありません。むしろフリーハンドで考えた方がプレイングし易いと思います。
●第二章
第一章での行動の如何により、集団戦とボス戦の二択に分岐します。
詳しくはOPをご確認下さい。
●第三章
分岐無しのボス戦一択です。勿論交渉などの余地は全くありませんので、全力で倒して頂ければそれで万事OKです。
それでは。皆様の素敵なプレイング、お待ちしております。
10
第1章 日常 『悪質なすっぱ抜き』

POW
パパラッチに対し、肉体的手段で対抗する
SPD
記録媒体を盗んだり、すり替えて使えないようにする
WIZ
偽ルートの情報や注目を集める囮を作って誤魔化す
√マスクド・ヒーロー 普通5 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
某県某所、如何にもといった風情の廃工場の只中。そこで人目を忍び、密会が行われようとしていた。
片方は街中に居れば大して目立たぬ風情の黒スーツの男達が数人。もう片方は高級ブランドのスーツをこれ見よがしに着込み、しかし着こなしがまるで為っておらず、かえって品のない印象を与える男が虚勢を張ってふんぞり返っている。
男の視線は相手の顔を一応は捉えているが、先程からチラチラと、相手の一人が持つアタッシュケースに注がれている。その中身が気になって仕方ない風情だが、さもありなん。男が今日この場所に来た理由の半分が、それを受け取る事なのだから。
「それでは、少々商談もある。早速話を始めさせて頂こうか」
黒スーツの男の一人が、口を開いた。だが、男達の誰が言を発したかは判然としない。が……男にとってはどうでも良かった。彼らは『そういう輩』だと知っていた所為もある。
しかし最大の理由は、やはりアタッシュケースの中身に関心の大半を持って行かれていたからであろう。やや小振りのケースの中に詰まっているであろう、大量の現金に。
「ま、まあ俺にかかれば。あの程度は容易い物さ。ヒーローなんかに肩入れする奴らもザマぁ無いね」
それを皮切りに、中身の無い言葉がダラダラと続く。が、誰もそれを止めようとはしない。関心が無いのだ。全く。だから苦痛に感じる事も無い。
何故ならこの場には男以外、人間は一人も居ないのだから。

他人を一切信用してないので、自分から誰かと絡んだり行動することは無いです。
作戦行動に付随する対話や、同伴指示は受けますが雑談はしない感じ。
√能力の歌で自分自身が注目を引くデコイになるつもりで、余計なもの引っ張らなければいいけど…あとは交戦がメインの手段ではまだないので頃合いを見つつ陽動しておくね。
証拠を掴む人間やフォローする人間は別の実力者に任せて、私自身は注目を集めて仕事をしやすくするだけで十分だと思う…
「ライヴじゃないけど…注目を集めるだけなら、嫌じゃないから…やるね」
「……しゃべる事、無いから…作戦終わった? それじゃね…」
(作戦終了後は感想戦も無しにさっさと引き上げます)

(完全に逆恨みだな……)
そもそも自分が詐欺を働こうとしたのが発端なのに、阻止した相手を恨むのは筋違いだろう
酷い奴もいるんだな
隠密用の布を被って隠の徒で感知を断って現場に潜み、小型ドローンのカメラ機能を使って取引現場を撮影・録音する
取引現場の真上や床下等、直接潜める場所があるならそこからドローンを手に持って撮影
接近が難しそうなら画像や音が入るギリギリの位置までドローンを飛ばしてそこから撮る
バレそうになったら場所を変えたりドローンを引かせたりと、最大限発見されないように気を付けながら証拠を掴みに行く
自分勝手な奴は好きじゃない
記者の目論見は何としても阻みたいところだね
※アドリブ、連携歓迎です

この√の人々とヒーローたちの絆を汚すわけにはいかない……。必ず証拠を押さえてみせる!
とりあえず、以下の2点を撮影できれば証拠として十分のはずだ。
・男が裏取引を行っている瞬間
・取引相手の構成員や用心棒が怪人であると判明する瞬間
決定的瞬間を逃さず激写してやろう。
まずは、廃工場の外にある物陰から、望遠レンズを付きの私物のフィルムカメラで取引現場を隠し撮り。
次に、深紅の装甲を纏った『フィルム・アクセプターポライズ √マスクド・ヒーローフォーム』へ変身。敢えて堂々とヒーロー姿を晒して、怪人様のご登場を期待しよう。
そして、怪人が姿を現す瞬間、もう一度連続でシャッターを切る。
これでミッションコンプリートだ!

|はーゆ《玖珠葉さん》の予見から察するに…記者は最近急に羽振りが良くなったようだねえ。
だとすれば…高級クラブなんかにも出入りするようになってそうだ。
まずは治安の悪い地域で情報収集、関係者を通じて『アンチヒーローが集まる高級クラブ』の所在を突き止める。
クラブには多少身なりを整えた姿で入店。己の風貌を活かしヒーロー嫌いの客を演じる。
記者を視認したら酔った客を装い接触、如何にヒーローに恨みがあるかを(なんか適当に想像して)語り、隣席を確保。
意気投合したら肩を組む等のボディタッチを行い、その際にバレぬようさりげなく盗聴器を仕込む。
あとはこれで、記者が勝手に喋ってくれるのを待つだけ。ふふふ、ご苦労さま。
某県某所、時間は草木も眠る丑三つ時。郊外にある廃工場にて、その陰鬱な雰囲気に相応しい、明るさとは無縁のやり取りが開始されようとしていた。
そして、その目論見をご破算にしてやろうと企む、√能力者達の行動も開始される。その胸中に過る想いは様々なれど、とりあえずの達成目標はひとつ。差し当たってはそれで充分であろう。
自身より離れた場所、しかし何とか視界に入る位置に、自分と同じく隠密偽装用の布を被り、物陰に身を潜めている|星空・雪兎《ホシゾラ・ユキト》(言霊の舞剣士・h03124)の姿を確認しつつ。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は自身の隠密用の布を被り、更に√能力《|隠の徒《ナバリノト》》を用いて肉視以外の探知を困難にして、万全の状態で身を隠しながら心中で独りごちた。
「(完全に逆恨みだな……)」
渦中の男、一応現在は『記者』という事になっている者の事を思い返し、クラウスは僅かに眉をひそめる。
「(そもそも、自分が詐欺を働こうとしたのが発端なのに。それを阻止した相手を恨むのは筋違いだろう……酷い奴もいるんだな)」
実際、詐欺を犯す手合いには利己的な思考の持ち主が多いが……しかしこうも露骨で下劣な者は、そう多くはないだろう。そして記者の思考法に憤りを感じている者は、他にも居る。
「(この√の人々と、ヒーロー達の絆を汚すわけにはいかないからな……必ず証拠を押さえてみせる!)」
クラウスとは、工場の敷地のほぼ対角線上に位置するコンテナの影に隠れ、望遠レンズをセットした愛用のフィルムカメラを手にしつつ。|空地・海人《そらち・かいと》(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)もまた、心を熱く燃やしていた。
一方で如何なる理由や心境を以て、この場に参したのか不明瞭な者達も居る。黙々と偽装用の布を被り、己に求められた出番まで淡々と物陰に潜んでいる雪兎もその一人だが。今一人、ルメル・グリザイユ(半人半妖の古代語魔術師ブラックウィザード・h01485)もまた、この現場に参した動機は今ひとつ不明分だった。或いは当人に直接尋ねても、明瞭な答えは返って来ないかも知れない。
そんな四者四様の思惑を、夜の闇はただ包み込む。それを肯定も否定もする事は無く。
相当に、否、病的なまでに注意深い者が居たならば。或いは工場内に遺棄された資材や機材の僅かな隙間に紛れ、表面を艶消し加工された小さな丸い物体に気付いた……かも知れない。工場の中央部、そこだけポッカリと何も無い場所の中央にドラム缶が立てて置かれ、即席のテーブルの役を果たしていた。それを囲んで、記者と数人の男達が雁首を揃えており。そこから少し離れた場所に、コートと目深に帽子を被った、男と思しき者が立っている。その『取引場』と、資材や機材が乱雑に置かれたギリギリのライン上に、その球体は存在していた。
無論、それは単なるボールの類では有り得ない。クラウスの使役するカメラ搭載型の小型ドローンだ。電波だけで無く思念でも操作できるそれを、彼は慎重に操って、得られた取引の経過情報を随時手にした端末へ転送記録・保存していた。無論ドローン自体にもデータの記録保存機能は存在するが、万一ドローンが破壊されたら終わりである。ここは慎重を期する必要があった。幸い、取引の相手が何の力も持たぬ一介の記者という事もあり、警備や投入された設備も最低限である。手持ちの機材で十分に対応可能だった。
一方、遠目に何処か楽しげに見えるルメルの事を、とりあえず脇に置いて。海人も望遠レンズをセットし、シャッター音をサイレント仕様にした一眼レフを構える。シャッター音の小気味よさでは機械式シャッターの方に軍配が上がるのだが、そちらは構造上どう頑張ってもシャッター音が消せないという欠点がある。故に今この場に海人が持ち込んでいるカメラも、電子式シャッターを採用していた。
また機能的な意味合いで言うなら、フィルムカメラは『フィルムの物理的な巻き上げ』が必要な為、機械構造的に連写には向かない。その為『ここぞ』という場面で的確に、シャッターボタンを押す必要があるが……そこはカメラマンの『技倆』という奴であろう。
海人は身を隠しつつ腹ばいになり。片手でカメラ本体を、逆手で望遠レンズを支え。遺棄された様々な物資の隙間を縫って、撮影の為の視界を通す。苦労した甲斐あって、海人の現在位置と『取引場』との間に、一本の視界のラインが通った。流石に音声は、海人の位置からではクリアに聞こえる、という訳には行かないが。近距離からドローンで撮影と同時に録音もしていると聞いている。その成果を信じて、彼は彼に出来る事を成す為、今は凝と機会を待ち続ける。
(「みんな、頑張ってるねぇ~」)
そんな海人の様子を此方も遠望しながら、ルメルは何処か楽しそうに手元の機械を弄んでいた。一見すれば携帯オーディオプレーヤーにでも見える。実際彼は、両耳にワイヤレスのイヤホンを嵌めており。端から見れば、所在無しに立ち尽くしながら、手元の再生機で音楽でも聴いている様にしか見えない。一応は『敵』から見つからぬ様に物陰に隠れているが、その気楽な様子はとても、最終的には生命のやり取りも行う場に来ているとは思えない。そんな彼の様子に、誰一人として異を唱える事すらしなかったのは、或いは彼らの誰もが『何かしらが絶対的に欠けている』その所為であったろうか。
(「ま……『俺』のは仕込みどころか、大体全部終わった後だしね……」)
後は仕上げをご覧じろ、ってね……と、心中でそう呟きながら。ルメルはごく僅かな、そして恐ろしく凶悪な笑みを、口元に履いた。
雪兎はクラウスから借用した隠密用の布を被り、自身の出番を凝と待っている。
特に苦痛に感じる事は無い。最初に自身で想定していた行動とは中々にかけ離れた行動を依頼はされたが、依頼された自身の行動はそれはそれで、それなりに理に適っていたからである。自分の我を通す程に、自身の案に確固たる自信があった訳では無いし、拘泥する理由も特に無い。それでも尚、他者との摩擦の機会を増やす程、雪兎は人間関係に対して、やる気のある性格と思想の持ち主では無かった。
状況を鑑みて、自身に不利益が存在しないのなら。他人を表向き立てておけば、それだけ余計な摩擦が減少する。摩擦が減れば、それだけ他者と関わり合いになる機会が減るという事であって、彼女にとってはそれなりに、悪くない話という訳だった。
(「とは言え。このままで居るだけ……というのも芸が無いかな」)
やる気を起こした、と言うよりは気紛れを起こした、というべき心境に従って。雪兎は自身のスマートフォンを起動して、録音用アプリを立ち上げた。
その周囲には様々な廃棄物が存在するとは言え、それなりに広い空間と高い天井が確保されているだけあって、深夜から未明という時間も合わさって、工場内で発した音は意外と大きく響く。それは話し声も同様であって、自身の言葉に煽られてエキサイトしていく記者の発する声は、そこまでの大声では無いにも拘わらず、殆ど工場中に響いていた。
それだけ鬱憤が溜まっていたのだろう事には同情の余地が無いでもなかろうが、残念ながら発言の内容を聞く限り、鬱憤の大半は逆恨みと嫉妬、夢想に終わった利益に対する執着とが主成分の様であり。長々と拝聴し続けるには、あまりにも語り草の格調と品位が高すぎた。これを黙然と聞き流し続けられる黒服の男達は、やはり只者では有り得ない。
その精神性に、ほんの僅かだけ誰かが羨望を感じた時。漸く状況が動いた。
「お喋りは、もう良いだろう。此方からも、お前に話がある。そうだろう?」
コートの男が、初めて口を利いたのだ。最後の言は恐らく、黒服の男達に向けた物だろうが……その途端、場の空気が帯電したかの様に引き締まり、記者の男も酢を飲んだ様な表情で口を閉じる。
(「やはり、アイツか……」)
クラウスが表情を引き締め、海人はファインダー越しにコートの男を睨み付ける。最初から予測できていた事ではあるが、間違いなくこの男が『用心棒役の怪人』だ。此奴の正体と記者とを、上手く映像や画像に収める事が出来れば。事の大半は成就するだろう。唯一にして最大の問題は、その方法だが……実の所、手が無い訳では無い。が、今はまだ早い。まずは現金の受け渡しの場面から、確と抑えるべきだろう。
逸る気持ちを抑え、クラウスと海人、絵を抑える役の二人は、それぞれの機器を慎重に扱い続ける。雪兎とルメルも、場の空気が変化した事を察し。念入りに気配を消し、廃物の影に隠れ続ける。自身の出番が到来するまで。その時がそう遠くない事を、察しつつ。
「は、話があるのは分かってるよ。その前に、順番があるだろ!?」
つい先程まで流暢に回っていた記者の口が、急激に回転数を落とす。『相手』が自分よりも、あらゆる意味で『格上』である事を、一応は理解しているらしい。その『格差の隔絶』までは、√能力者ならぬ身では想像する事も出来まいが。
さて置き、記者の言に一理ある事は、黒服の男達も認めたらしい。アタッシュケースをドラム缶の上に無造作に乗せ、その開口部を記者の側に向けて見せた。自分で開けて確認しろ、という事らしい。いそいそとケースに手を掛け……記者は不意に、半笑いの表情で男達に与太を飛ばした。
「まさか……開けたらドカン! なんて事は無いだろうな?」
無論、男達は無言。コートの男も含めてだ。むしろ、決定的な場面を無駄に先延ばしにされた、クラウスと海人が舌打ちを全力で堪える羽目になった。
自身の『渾身の冗談』に、何の反応も無かった事に内心不平を鳴らしつつ。記者は改めてケースに手を掛け、留め金を外して開封。ケースを開ける。
「ぅほっ……!」
下品な奇声を上げつつ、記者は詰められていた新札の札束を両手で掴む。その光景を映像に、或いはフィルムに収めながら、二人は推測する。記者が掴んでいる札束の厚さは、おおよそ一センチ。つまり一束百万円の札束という訳だ。ケース内の総額から考えれば、一千万円の札束でも構わなかったろうが、流石に一束十センチの札束は、様々な意味で扱い辛い。怪人共なりの『配慮』という奴だろう。
一通り、中に収められていた札束を弄り倒して満足したらしい記者は、札束を無理矢理アタッシュケースに詰め直して片手に提げる。
「あ、あんた達の『誠意』は受け取ったよ。あの件はこれから、もっと大騒ぎにしてやるからよ。任せてくれ」
ニヤニヤ嫌らしい笑みを履きながら、記者が請け負ってみせる。黒服達も、コートの男も無言。それを自分の都合の良い様に解釈したのだろう。笑みを大きくしつつ、自身の台詞の先を急く。
「それで……俺の秘密結社入りの話は、どうなんだよ? あんたら……その、『アレ』なんだろう?」
その言葉に、クラウスや海人は勿論。雪兎やルメルですら緊張を表に示してしまう。どうやら漸く『次の段階』へと、移る頃合いに来た様である。
「……あまりその件については、軽々に触れないで頂こうか。何処で誰が聞いているか分からないからな」
黒服の男、その内の誰かが珍しく、能動的に発言した。放つ威は明らかな『殺意』。アッという間に震え上がった記者は汗を拭う事も忘れ、アタッシュケースを両手で抱き締めながらガクガクと頭を上下に振る。そこで自身の無様さに気付いたのだろう、記者は徐ろに居住まいを正して口を開き……そのまま呆然と、硬直した。
歌が、聞こえてきたのだ。それも放送や録音の類では無い、肉声の歌が。
それは仮の隠れ家から抜け出して、連中の前に姿を現した雪兎による物だった。それも只の歌では無い。√能力の《世界を変える歌》がそれである。場の空気を一変させ、√能力者達が主導権を握る為の、最初の一手がこれであった。
「ライヴじゃないけど……注目を集めるだけなら、嫌じゃないから。やるね」
最初、雪兎は単なる囮になる為にこれを行おうとしていたのだが……集った√能力者達の行動指針を合わせ持って検討した結果、この役割を雪兎が担う事に相成ったのである。
尤も、中々に扱いの難しい√能力ではある。効果範囲が非√能力者に限定されるのは良いのだが、今回の様な『非√能力者の行動を極力制限したい』場合でも、歌が続く限り非√能力者の行動の成功率は飛躍的に高まってしまうからだ。故にそれに気付かせない為の、演技なりハッタリなりが必要だった。
ちなみにクラウスは、ドローンによる撮影と録音を継続している。このやり取りの一部始終を記録する事。それが彼の役割だった。
(「自分勝手な奴は好きじゃない。記者の目論見は、何としても阻みたい所だね……頼むよ、皆」)
地味ではあるが、今回の案件で最も重要な仕事でもある。彼はドローンが発見されぬ様、慎重に操作を行いながら、同行者達へ自身の想いを託していた。
さて、もう一人の撮影者である海人はと言えば。
「フィルム・アクセプター ポライズ! 貴様等の悪事、ここで叩き潰してみせる!」
廃棄材の一際高い場所に器用に陣取り、深紅の装甲も鮮やかなヒーローフォームへ変身を遂げ。堂々と名乗りを上げて見せた。あからさまに自己を曝け出して見せ、自分へ意識を集中させる事で相手の思考を限定する。つまる所のハッタリである。但しハッタリだけの意味合いでは無い。
「フン。この取引を嗅ぎ付けるとはな……この地のヒーローも中々やる」
嘯くと同時に、コートを脱ぎ捨てる男。その下にある姿は『悪に堕ちたヒーロー』とでも称すべきか、何処かヒロイックな改造人間のそれだった。
すかさず、海人=ポライズはカメラを取り出し、素早くシャッターを切る。勿論クラウスが全てを撮影している為、あまり意味の無い行動なのだが……これもハッタリの一環である。
「そこの記者と怪人達との関係、全て|記録《フィルム》に収めたぞ!観念するんだな!」
乗せられた事に気付き、僅かに舌打ちする怪人。一方、記者の方は気死寸前と言った有様であった。
が、気の毒な事に……記者への追い打ちは、此れだけでは済まなかった。
「やあ、どうしたんだい。兄弟? 随分狼狽えちゃってさぁ?」
会心のニヤニヤ笑いを顔に貼り付けて、ルメルが場に現れる。妙な台詞に√能力者達の方が疑問符を脳裏に浮かべる一方、記者は異常に目覚ましい反応を見せる。ルメルを震える指で指し示し、『驚愕』という名の彫像と化して、咄嗟に声も出ない有様である。
「お……お前、あのクラブで会ったあの時の……!」
「あ、覚えてた? 良かった~。忘れられてたら、折角の仕込みが勿体ないもんねぇ」
驚愕と怒りに震える記者に対し、ルメルの方は涼しい物だ。この時点で√能力者達は概ねの事情を朧気ながら察したが、当の記者は違った様である。或いは気付いていて、認めたくないだけかも知れないが。
「やぁ~君のヒーロー嫌いも筋金入り……だけど、ちょっとみっとも無かったねぇ」
「お、お前もヒーローに恨みがあるって……!」
「ん、勿論それ嘘」
罪悪感ゼロの清々しい笑顔で、ルメルは顔色を赤黒くした記者に追撃を掛ける。
「え~確か、俺が結社に入ったらアッという間に幹部に上り詰めて。この近辺のヒーローとかイキってる奴等を一掃してやる……だっけ?」
わざとらしくニヤニヤと笑みながら、ルメルは口真似を交えて記者を煽る。
「き、汚ぇぞ! 人を騙すなんて、それでもヒーローなのかよ!?」
「そ~言われてもなぁ。僕、そもそもヒーローじゃ無いしぃ?」
事実である。ルメルはあくまで√能力者であって、ヒーローでは無い。が、その違いは非能力者には中々に、判然としない事だろう。無論ルメルは、それが分かっていて相手をおちょくっているのだが。
そろそろ最後の種明かしの時間かと、最後にクラウスも隠れ家から出て、一部始終を記録した端末と、最大の功労者であるドローンを手元に呼んで手に取り撫でてやる。
「まあ、こういう訳で。お前達の取引やら何やらの一部始終は、全部纏めて記録させて貰ってる。怪人共の方は兎も角として、お前の方は年貢の納め時……って奴だろうな」
今度は顔色を真っ青に変えた記者に向け、更に雪兎が追撃を掛ける。
「音声の方は、私の方でも録音してる。これも多分証拠になるね」
「画像は、俺の方でも抑えてあるし……」
海人がこれ見よがしに、カメラを指し示してやると
「ついでに~君の一張羅の襟の裏、見てみると良いよ?」
爽やかな笑顔で、ルメルが忠告してやる。慌てて襟の裏を確認した記者は、そこに盗聴用の集音マイクを発見。様々な感情が混線して、泡でも吹きそうな記者に向け
「駄目だよ~?大事な一張羅には、ちゃんとブラシを掛けとかないとぉ」
ルメルはトドメの一撃を放ち。
「身だしなみは重要だよな。TPOって奴は気をつけないと、買い出しの効率に障る」
√ウォーゾーンから√EDENへの食料買い出し任務を思い出し、クラウスは神妙な顔で何度も頷くのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第2章 ボス戦 『『デュミナスシャドウ』』

POW
ケルベロスライブラフォーム
【ケルベロス+天秤座の強化フォーム】に変身する。自身の【機動力と攻撃回数】が2倍になり、新武器【ケルベロスソーサー】を入手する。
【ケルベロス+天秤座の強化フォーム】に変身する。自身の【機動力と攻撃回数】が2倍になり、新武器【ケルベロスソーサー】を入手する。
SPD
デュミナス・キック
騎乗する【シャドウ・ヴィークル】から跳躍し、着地点の敵1体に【闇の炎をまとったキック】による威力3倍攻撃を放つ。また、跳躍中に【動きを加速させる炎の輪を展開】すると命中率半減/着地点から半径レベルm内の敵全員を威力3倍攻撃。
騎乗する【シャドウ・ヴィークル】から跳躍し、着地点の敵1体に【闇の炎をまとったキック】による威力3倍攻撃を放つ。また、跳躍中に【動きを加速させる炎の輪を展開】すると命中率半減/着地点から半径レベルm内の敵全員を威力3倍攻撃。
WIZ
シャドウ・ジャッジメント
敵に攻撃されてから3秒以内に【右腕の爪】による反撃を命中させると、反撃ダメージを与えたうえで、敵から先程受けたダメージ等の効果を全回復する。
敵に攻撃されてから3秒以内に【右腕の爪】による反撃を命中させると、反撃ダメージを与えたうえで、敵から先程受けたダメージ等の効果を全回復する。
完全に気死して、へたり込む記者の事など綺麗に無視して、怪人は√能力者達の前に歩み出る。
「中々やるな、ヒーロー。ここまで徹底的に叩かれては、この計画は頓挫したと思わざるを得まい。が……」
闘気と殺気とを絶妙にブレンドして、怪人『デュミナスシャドウ』は構えを取る。
「このまま、ヒーロー共に後れを取る我らだと思うな。さあ、俺と勝負しろ。このまま退けるなどと思うなよ!」

「元より退くつもりなんて無いさ」
へたり込んでいる記者と比べたら、こっちの方が余程大物だな
流石は怪人と言ったところだろうか
ダッシュで距離を取りながらフレイムガンナーを起動
弾道計算+スナイパーで火炎弾を撃って炎上でダメージを与えていく
基本的には射撃主体で立ち回るけど、敵に接近されたらナイフでの不意打ちで対処する
敵からの攻撃は見切りで回避
デュミナス・キックは跳躍中にクイックドロウで銃弾を撃ち込んで着地点をずらそうと試みるよ
記者を戦闘に巻き込まないように気を付けて戦って、必要なら庇うか目が届く範囲に逃がす
こいつにはしっかり反省してもらわないといけないしね
※アドリブ、連携歓迎です

【WIZ】
他PCは信用してないし、弱者は後ろから撃たれる可能性さえあるからそこだけ警戒しつつ戦闘する。
記者さんは…放置でいいのかな、最悪飛び火しそうなら"かばう""武器受け"で逃げる時間稼ぎくらいはしてあげる。
怪人相手には√能力【古龍降臨】で自己強化しつつ、自分が危険だと判断するギリギリまで闘うつもり。
回復も何も無いし、一人で立ち回りするなら死ぬ前に何とかできればって感じで。
「死人が出たら、今回の件が有耶無耶になっちゃう……逃げるなら逃げて。」
「迅龍よ力を貸して…出来る限り、闘ってみせる…」

※ルメルさん(h01485)と共闘
事前に盗聴器を仕掛けるなんて、さすがルメルさんだ。
ここまで追い詰めたんだ。この勝負、俺たちが必ず勝つ!
赤い装甲の『√マスクド・ヒーローフォーム』に変身したまま戦闘に突入し、閃光剣・ストロボフラッシャーで応戦。
デュミナスシャドウが跳躍した瞬間、無理に追わず、一度距離を取る。
その後の『デュミナス・キック』への対処はルメルさんに託そう。
待機中、閃光剣の光のエネルギーを最大解放し、光の刃を極大化。
「──待ってたぜ! |この時《シャッターチャンス》を!」
デュミナスシャドウが攻撃を外し、隙を晒した瞬間、一気に駆け寄る。
閃光剣を振りかざし、斬り込みを仕掛ける。

海人くん(h00953)と。
海人くんこそあの登場シーン、まさしくヒーローで格好良かったよ~。
あ、兄弟は僕が責任持って縛っておくねえ、逃げられでもしたら面倒だし。
敵を煽り散らしながら[ダッシュ]で突っ込んで行き、ターゲットが自身にのみ向くよう仕向け、単体攻撃を誘発する。
炎のキックは真正面から受け止める……振りをして、被弾直前に転移魔術で回避。敵の背後からナイフで[貫通攻撃]し、そのまま[怪力]で中身を抉る。
その間、自身に炎が燃え移ろうがお構いなしで攻撃を続行。予め飲んでおいた霊薬で損傷に耐える。
ふう…、僕の仕事はこんなとこかな~。やっぱ怪人のトドメはヒーローが刺さなくっちゃね。
「元より、退くつもりなんて無いさ」
特に気負った様子も無く、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は事もなげに、『デュミナスシャドウ』の合気の声に応じて見せた。実際この場の誰もが、ベクトルの差違こそあれど、この怪人を放置して撤退する事は考えていない。第一それが、可能であるとも思えない。相手は練達の者を含めた、複数の√能力者を同時に相手取れるだけの、実力者なのだから。
「とりあえず、|兄弟《記者》は僕が責任持って縛っておくねぇ。逃げられでもしたら面倒だし」
言いながら既に、ルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)は実に手際よく、記者の身体を縄で縛り上げていく。特別に捕縛術の類を学んでいる訳では無いが、縄抜けなどの特殊な技能を会得している訳でも無い一般人を縛り上げるだけなら充分だろう。
「こいつには、しっかり反省して貰わないといけないしね」
縛り上げられる様を見やりつつ、クラウスも彼の処遇に同意する。後は戦闘の影響が及ばない場所に転がしておけば、何とでもなるだろう。いざとなればその時、手の空いている者が庇ってでもやれば良い。
「それじゃ、この人は外に連れ出しておく。死なれたりしたら、今回の件が有耶無耶になりかねないから」
剣士としての膂力を発揮して記者の襟首を掴み、|星空・雪兎《ホシゾラ・ユキト》(言霊の舞剣士・h03124)がズルズルと、記者を引きずって工場の建物の外へ連れ出していく。差し当たってはこれで、彼の当面の安全は確保できたろう。尤も最早、社会的には死亡した事確実であるが。それはまた別の話である。
(「事がバレたらアッサリへたり込んだ記者と比べたら、あっちの方が余程大物だな。流石は怪人と言った所だろうか」)
記者の処遇に関するアレコレを、腕を組んで黙然と見やるままの怪人を見やり、クラウスは感嘆に近い感情を抱く。立ち塞がる障害であり、倒すべき敵ではあるが。それと感嘆の念とは立派に並立しうる。
一方、引っ立てられていく記者を見やりながら、|空地・海人《そらち・かいと》(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は深紅の装甲に身を包んだまま、場違いな程に明るい声を上げる。
「それにしても、事前に盗聴器を仕掛けるなんて。さすがルメルさんだな!」
賞賛されて悪い気がする筈も無く、ルメルも海人の肩を叩きつつ賞賛を返す。
「海人くんこそ、あの登場シーン。まさしくヒーローで格好良かったよ~」
互いに笑みを交わし合い、腕を打ち合わせる二人を、感情の篭もらない……と言うより感情を殺した瞳で、雪兎がチラリと見やり。すぐに視線を逸らした。
その間『デュミナスシャドウ』は、√能力者達に襲い掛かるでも無く、記者を始末しようとするでも無く。ただ自身の『シャドウ・ヴィークル』を身近に呼び寄せてそれに寄りかかり、彼らが戦う体勢が整うのをただ待っている。
油断では無いし、慢心とも違う。彼は敵との、特に強敵との正面からの戦いを欲しているのだ。そしてそれを倒して、己の強さを更なる高みへ到達させようとしている。例え戦いの果て、己が身が滅する事になろうとも。それがこの怪人の『特性』である。
恐らく今回、必ずしも必要とは思われない『用心棒役』を引き受けたのも、戦いの僅かな可能性を欲しての事だったろう。
雪兎が蓑虫と化した記者を『丁重に』建物の外へ放り出し、他の三人の後ろ側に立って『迅龍の霊刀』を取り出し。他の面々もまた各々が身構えた所で、漸く『デュミナスシャドウ』は動きを見せた。
「準備は良い様だな。ならば始めるぞ……戦いを!」
朗々と響き渡る声で、まるで謳う様に宣言し。背後の『シャドウ・ヴィークル』のエンジン音が、高らかに響き渡る。開幕のファンファーレの様に。
『デュミナスシャドウ』の雄叫びを合図とした様に、四人はそれぞれ動き出す。
まず最初に仕掛けたのはクラウスだった。怪人と距離を取りつつ、万一のCQCに対応する為、逆手に艶消しのナイフを構え、順手で形見の拳銃を引き抜く。更に√能力《フレイムガンナー》を起動して、銃弾を着弾箇所に延焼を引き起こす特殊な火炎弾に変更。ある意味焼夷弾頭に似て実際には異なるそれを、慎重に弾道計算した上で狙い撃ち放つ。
元が拳銃弾とは言え、√能力で変異強化されたそれはライフル弾をも超える威力を持つ。着弾した幾つかの弾頭は『デュミナスシャドウ』の装甲を貫き、その内部構造まで傷付け。貫通しきれなかった物も、着弾の衝撃でダメージを重ねる。更に火炎は着弾先の怪人に延焼して燃え上がり、更なる負傷を怪人に強いた。距離を取り動き回りつつの片手での速射の為、百発百中とは行かなかったが、戦果としては充分であろう。
だが『デュミナスシャドウ』も、黙って的になっている筈は無い。被弾しつつも急所は腕でガードして致命傷を避け、更に『シャドウ・ヴィークル』を至近に呼び寄せる。自動操縦機能なりが搭載されているのだろう大型バイクは、騎乗者無しで怪人の元へ馳せ参じ。『デュミナスシャドウ』は駆けつけた愛車に飛び乗り、更にシートを足場にして大きく跳躍した。
「受けてみるが良い!」
怒号と同時に、怪人は闇の炎を纏ってクラウスが付与した延焼を振り払い、更に跳躍の勢いのまま飛び蹴りを放つ。
「黙ってやられる訳は……!」
クラウスは拳銃を連射し、怪人の飛び蹴りの着弾点を逸らそうと試みた、が。
「そんな弾では、俺の技を破る事は叶わぬ!」
素晴らしい早業で撃ち放たれた弾丸は、しかし『デュミナスシャドウ』には一発も届かなかった。怪人の纏う闇の炎が銃弾に触れるが否や、銃弾は気化し消滅してしまったのである。驚愕しつつも身体は自動的に反応し、蹴りの軌道から体を躱そうとする。
「ぐぅ……っ!」
身体は動いた。躱す方向も適切だった。しかし怪人の飛び蹴りがクラウスに届く方が早かったのである。ただ軌道を見切って体を躱した甲斐はあり、ダメージの幾らかを軽減する事はできた。
まずは双方共に技あり、といった感であろうか。痛み分けと言った所で、双方は再び距離を取った。
「やっぱり、あの蹴り技は厄介だねぇ」
その様を観察していたルメルは、数瞬の間黙考する。そうして海人の元へ近寄ると、二人は一言二言相談を交わし。
「面白そうだ。その案、乗った!」
海人の了承を以て、二人の作戦は定まった。
だが次に動いたのは、二人ではなく雪兎だった。彼女は『太古の神霊「古龍」』を身に纏い、自身の移動速度を飛躍的に高める。
「迅龍よ、力を貸して……出来る限り、闘ってみせる……」
祈る様に、誓う様に呟き。霊刀を構える。そして遠間から一気に間合を詰め、クラウスと間合いを取ったばかりの『デュミナスシャドウ』へ、一気に斬りかかる。
雪兎の扱う『霊剣術・古龍閃』は、常の二倍の威力を発揮し。更に敵の装甲を貫通する事ができる。斬撃が決まれば、如何な強敵とて甚大な被害は免れぬだろう。
二つの影が交差し、そして離れた時。しかし傷を負っていたのは、雪兎の方であった。
「……カウンター」
鉤爪で受けた傷以上に、傷を受けたという事象自体に衝撃を受け、雪兎は僅かに顔をしかめた。間合を離しつつ敵を見やれば、自身の与えた傷は全く見受けられない。怪人の√能力が全き発動した証である。
「お前は確かに速かった。だがそれだけだ。攻めに逸りすぎて、護りが疎かだった」
怪人が嘯く様に言い放った、それが全てであったろう。
『攻撃を受けて三秒以内に右腕の鉤爪による攻撃を相手に命中させれば、相手にダメージを与えた上で先程の自身のダメージを全回復できる』
たがが三秒、されど三秒という事だ。相手の移動速度に惑わされず、攻撃を受けたとほぼ同時に、カウンターで相手に攻撃を命中させる事が叶えば、この√能力の発動条件は成立する。
せめて自身の攻撃の後、反撃の一撃を凌ぐ為の方策を講じる等していれば。結果は違った物になったかも知れない。その程度なら思考を整理すれば、連撃を用いずとも可能な筈で。然るべき対価を極力支払う事無く、それなりの働きをしたいというのであれば、思考と行動をより整理し工夫を加える努力が、どうしても他者よりも多く必要になる。結果とは、必ず何処かで相応の代償を要求してくる、貪欲な存在なのだから。
「流石に手強いな……だが、ここまで追い詰めたんだ。この勝負、俺たちが必ず勝つ!」
気合を入れ直し、海人が合気と誓いの言を放つ。同時に『フォトシューティングバックル』のレンズ部分から『閃光剣・ストロボフラッシャー』の柄を掴み出し、光の刃を形成して構えてみせる。
「次はお前の番か……良いだろう、来るが良い!」
海人の気合に触れ、『デュミナスシャドウ』もまた雄叫びを上げる。が、そこに割り込んだ者が居た。
「つれないなあ……僕とも遊んで欲しいな。プラグマの怪人さん?」
飄々とした笑みを浮かべつつ、ルメルが怪人へ語りかける。が、『デュミナスシャドウ』の方も気を悪くした風も無く
「二人同時でも一向に構わぬ。さあ、お前達の力を見せてみろ!」
傲然として言い放った。傷を負っているとは言え、現状どちらかと言えば彼の方に勢いがある。自信の程も致し方なし、といった所か。それを聞き、ルメルの笑みが深くなる。
「何? そんなに急いで決着付けたい? もしかして、実は結構イッパイイッパイとか?」
「何だと……?」
(「煽るなあ……作戦通りだけど」)
ルメルの言葉に、初めて怪人が怒気を表した。それを感じ、海人は心中で独りごちる。ルメルの発言が、心にも無い事だと海人には分かる。怪人の余力はまだ充分にある事は海人にも察せられ、それが分からぬルメルでは無い事も海人は知っているからだ。
「まだまだ余裕あるならさぁ。まずは僕と遊んでよ。ヒーローと怪人との対決は、クライマックスまで取っとかないとぉ」
嘯きながら、ルメルは唐突に前に出た。手には短剣『レクイエム・ファング』。ここで前置き無しに攻勢に出るとは思わなかったのだろう、『デュミナスシャドウ』の動きが本当にほんの僅か、遅れる。その間隙を突き、閃く短剣。それを右腕の鉤爪で受け止めつつ、怪人が吼えた。
「良いだろう。まずは貴様から、葬ってくれる!」
怪人が跳躍し、その先にあるのは『シャドウ・ヴィークル』。再び闇の炎の蹴り《デュミナス・キック》を放つつもりなのは、明白だった。
「うはー、来た来た!」
どこか戯けた風に、ルメルが嘯き。そんな彼を、闇の炎を纏った飛び蹴りが襲う。ルメルはそれを、真正面から受け止め……る事は無く。
「貰ったよ」
飛び蹴りの直撃寸前、√能力《|Translatio Percussor《トランスラティオ・ペルクッソル》》を起動。転移魔術で『デュミナスシャドウ』の直背後へ跳躍し、その背後から短剣で突き刺した。装甲を貫き、更に内部構造を抉ってみせる。
「貴様ぁっ!」
傷を受けた事より、挑発に乗ってルメル一人を相手取ってしまった事に気付き、怪人は怒声を上げる。右手の鉤爪をルメルへ叩き付けるが、しかし彼は離れない。
「まあ……僕の仕事はこんなとこかな~」
「何?」
ルメルの独語に、思わず誰何する怪人。それに構わず、ルメルは続ける。
「やっぱ怪人のトドメは、ヒーローが刺さなくっちゃね」
√能力の反動で、肋骨の幾本かが折れつつも、飄々とした笑みを浮かべる彼を放置し。『デュミナスシャドウ』は残る一人、つまり海人の方へ向き直り。
ルメルが怪人の気を惹いている間、着々と準備していた『閃光剣・ストロボフラッシャー』を構えた深紅の戦士を見出した。
その光の刀身は、太さも長さも倍以上に膨れあがって、内包する威力を視覚的にも窺わせる。これを準備する時間を捻出する為に、ルメルが囮となったのだ。咄嗟に怪人はルメルを振り解こうとして、果たせない。短剣がそれだけ深く、突き刺さっていた。
「さあ海人くん。決めちゃって!」
「──待ってたぜ! |この時《シャッターチャンス》を!」
ルメルの檄に、海人は雄叫びで応え。必殺の威力を宿した閃光剣を振りかぶりつつ跳躍する。
「この一撃で、お前も|記憶《フィルム》に収めてみせる!」
海人の合気のシャウトに、『デュミナスシャドウ』も雄叫びで応じて見せ。
「見事、だ……」
肩口から両断された身体で、最期の一言を残し。彼は爆発四散して果てた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第3章 ボス戦 『朧魔妲姫』

POW
朧魔解放
【朧魔鬼神から与えられた邪悪な闘気 】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【朧魔狐爪撃】」が使用可能になる。
【朧魔鬼神から与えられた邪悪な闘気 】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【朧魔狐爪撃】」が使用可能になる。
SPD
狐妖尾乱舞
【鞭のように伸縮する狐の尻尾 】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
【鞭のように伸縮する狐の尻尾 】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
WIZ
朧魔覇獣:災餓天金狐
【邪悪な力を纏った焔 】のブレスを放つ無敵の【災餓天金狐】に変身する。攻撃・回復問わず外部からのあらゆる干渉を完全無効化するが、その度に体内の【朧魔鬼神から与えられた邪悪な闘気】を大量消費し、枯渇すると気絶。
【邪悪な力を纏った焔 】のブレスを放つ無敵の【災餓天金狐】に変身する。攻撃・回復問わず外部からのあらゆる干渉を完全無効化するが、その度に体内の【朧魔鬼神から与えられた邪悪な闘気】を大量消費し、枯渇すると気絶。
「あらあら。やられちゃったのね、彼」
『デュミナスシャドウ』が四散して果てた、その直後。唐突に女の声が工場内に響き渡った。特に大声で無いのに良く響く声は美しいが、どこか危険な物を秘める様に感じる。
「上手くいったら儲けもの、くらいに考えてたんだけど……思った以上に完膚無きまでに、失敗しちゃったみたいね」
姿を現した女は、やはり人間では有り得なかった。九尾の尾を持つ人妖妖狐の如き容姿を持つ『朧魔妲姫』、それが彼女の呼称である。
「邪魔してくれたのは、貴方達かしら? それなら、丁重にお礼をしないとね~」
美しく明るい声に、酷く物騒な気配を乗せ。『朧魔妲姫』は腕を組んで√能力者達を睥睨した。

「悪いけど、そのお礼は受け取ってやれないな」
企みが成功した時の被害を考えると、むしろこちらが『お礼』をしたいくらいだよ
ダッシュで踏み込んで接近戦
真っ向から挑んで、光刃剣での居合やグローブでの2回攻撃で攻撃していく
朧魔解放を使われたら一旦防戦に切り替える
盾受けで攻撃を凌ぎながら隙を探して、隙を突けたら不意打ちで右手を伸ばし、右掌で触れてルートブレイカーを発動
朧魔解放を無効化して、その隙に畳み掛けよう
こいつを倒せば、ヒーロー達への支援金も続けられるかな
頑張るヒーロー達とそれを支える企業のために、全力を尽くそう
※アドリブ、連携歓迎です

海人くん(h00953)と
おやおやあ、随分と麗しい黒幕さんが出てきたね~。朧魔妲姫…帝の寵姫、か。…ふうん。
ねえねえ海人くん。この子、僕が貰っちゃって良い?
|ただの《・・・》狐の姿になった敵を内心残念に思いつつ、[ダッシュ]で近付きながら[高速・多重詠唱]。敵を[爆破]し、自身への陽動を開始する。
キミのその力…誰かに分け与えられたもののようだねえ。でも、ああ…退屈だなあ。
その程度の力しか出せないってことはあ…キミって結局、その人にとってはただの道具なんじゃないの~? 可哀想に、そんなんじゃ捨てられちゃうよ。
「Void Walker」で全てのブレスを呑み込み、海人が安全に攻撃できる場を整える。

ルメル(h01485)さんと
いやぁ〜…俺も狙ってたんですけどねぇ。でも、俺じゃ手綱を握れなさそうな相手なんで、ルメル先輩に譲りますよ
冗談はそこそこに、敵が狐の姿になったら、ルートフィルムを換装
まだ使い慣れてない力だけど……そっちが姿を変えるなら、こっちも変わってやる。現像!
青い『√妖怪百鬼夜行フォーム』に変身
ひとまず、そのままルメルの戦闘を見守る
ルメルが敵のブレスを呑み込んだら、3倍の速度で接近
右腕に装備した透鏡籠手・焦点覇迅甲で[2回攻撃]の殴打を開始
敵の闘気が枯渇したら、冷気をまとったパンチ乱打の[属性攻撃]「ポライズ乱打拳・氷」でトドメを狙う
熱いブレスを吐いた分、しっかり冷やしてやるよ!

√能力の【セラフィムコール】の詠唱で3秒に1度、相手に負荷を与える動きを中心に…周りの人達が何とかするだろうから、その時間稼ぎと疲労させるのを第一に動くよ。
私は大して強くも無いし、決定打も無いから…誰かと協力なんて望めなくても、自分に出来る事は1つでもしておくよ。
相手の攻撃は武器受けで防げればいいけど…セラフィムコールを攻撃側に回す、反射に使うからあんまりアグレッシブに攻めれないかな。
「随分と余裕そうだね…確かに、こっちにそこまで悠長に構える余裕はなさそう」
「一回でも、こっちへの対処に手を打たせれたら…それで十分…かな」
「悪いけど、そのお礼は受け取ってやれないな」
肩を竦める様な口調で、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は『朧魔妲姫』に返答を返す。
「そっちの企みが成功した時の被害を考えると、むしろこちらが『お礼』をしたいくらいだよ」
口調こそ冗談口の延長線上に存在するが、しかし声色に怒りが滲む。実際、彼女の計画が成功していたならば、秘密組織が大した手を出さずとも少なからず社会は混乱し、それを抑える筈のヒーローも弱体化して。組織は楽にその勢力を伸長する事が叶っただろう。多少面倒が発生し、組織の存在が露呈しそうになったなら、件の記者を切り捨てれば済む事だ。彼らの懐は特に傷む事は無い。
「そう言わずに、受け取って頂戴な。これでも結構、下準備は必要だったのよ? それをぶち壊しにしてくれたんだもの。せめて、これ位は受け取って貰わないと。申し訳無くて仕方ないわ~」
『朧魔妲姫』の側もヌケヌケと言ってのけつつ、言の端々に棘が混じる。計画を邪魔された怒りと言うよりは、遊びを邪魔された子供の様な感ではあったが。つまる所、√能力者達を『対等の相手』ではなく『邪魔な障害』としか捉えていないのだろう。『敵』としては面倒な相手だとは思っていても、強化も改造もされていない手合いを『自身と対等の存在』だと思ってはいないのだ。
「随分と余裕そうだね……確かに、こっちにそこまで悠長に構える余裕はなさそう」
自身の√能力を鑑みて後衛に下がりつつ、|星空・雪兎《ホシゾラ・ユキト》(言霊の舞剣士・h03124)が、呟く様な口調で相手を検分する。実際、多分に傲慢の気はあるにせよ、一人で複数の√能力者を相手取れる手合いだ。用心に如くはなし、である。
尤も、雪兎をチラリと見やって『朧魔妲姫』が妙に意味ありげな笑みを浮かべるが。雪兎はそれを戦いには関係無いと、意識の外に遮断した。実際『戦いその物』には関係の無い『朧魔妲姫』個人の趣味嗜好の問題だ。確かに雪兎が気にする必要は無い。
一方、一見すると気楽一方の者達も居る。
「おやおやぁ、随分と麗しい黒幕さんが出てきたね~。朧魔妲姫……帝の寵姫、か。……ふうん」
矢鱈と根明に、ルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)は、まるで彼女を歓迎するかの様に両手を広げて笑みを履き。その後、口の中でひとしきり呟いた後
「ねえねえ海人くん。この子、僕が貰っちゃって良い?」
などと言い出した。
問われた|空地・海人《そらち・かいと》(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)も答えて曰く
「いやぁ~俺も狙ってたんですけどねぇ。でも、俺じゃ手綱を握れなさそうな相手なんで、ルメル先輩に譲りますよ」
と言ってのけた。
「あらあら。随分楽しげな相談ね~。私の事、そう易々と手玉に取れるとでも?」
『朧魔妲姫』が二人の話に割り込んだ。声色は明るいが、芯には硬く鋭い物が潜む。
「やれると思うのなら、やってみると良いわ~。さあ、魅せてあげる!」
眦を釣り上げつつ声を高めると、『朧魔妲姫』は一際大きく叫び声を上げる。すると彼女の姿は麗しい女性の姿から変化を始め、その身体から邪気に塗れた闘志が溢れ出る。
その闘気は巨大な獣の姿を取り、変化を始めた『朧魔妲姫』の身体を完全に覆い尽くしていく。彼女の身体が完全に闘気に覆われると、邪気と等しき闘気は急激に生物的な生々しさを帯び。次の瞬間には、壮年期の灰色熊より巨大な九つの尾を持つ妖狐が、そこに現れた。
『災餓天金狐』の顕現である。
「おやおや~。随分大きな狐さんだねぇ」
軽口を叩きながら、ルメルが唇の端で笑みを浮かべる。とりあえず、最初の挑発には乗せる事が出来た。『朧魔妲姫』の『災餓天金狐』形態は強力だが、朧魔鬼神とやらから与えられたらしい、邪悪な闘気が体内から枯渇すると、その場で気絶してしまうという強烈な欠点も合わせ持つ。この形態の間、ダメージ自体を与える事は不可能だが、攻撃自体は闘気の残量を削りその枯渇を早めるという意味では、決して無駄にはならない。
つまり『朧魔妲姫』は『災餓天金狐』形態を取った以上、自身の闘気が尽きる前に、この場の四人の√能力者全員を倒さねばならないという、強烈な制約を自ら負ってしまったのだ。その認識は、事前に作戦を練っていたルメルと海人以外の二人にも、数瞬の差を置いて理解され。継続した詠唱の必要な√能力を使う雪兎を後衛に庇い、『朧魔妲姫』の真正面にはルメルが、その左右に若干距離を取ってクラウスと海人がそれぞれ立って前衛を固める。
「狐狩りだな。ちょっとばかりデカいが」
クラウスが軽く肩を竦めてみせ
「時間稼ぎと、相手を疲労される事くらいなら、私にも……」
√能力《|光翼の加護《セラフィムコール》》の詠唱を行いつつ、独りごちる様に言葉を漏らし。
そして海人は
「まだ使い慣れてない力だけど……そっちが姿を変えるなら、こっちも変わってやる!」
『フォトシューティングバックル』を前に倒して、中の赤い√マスクド・ヒーローの『ルートフィルム』を取り出し、青い√妖怪百鬼夜行の『ルートフィルム』を新たに装填してバックルを閉じる。
「現像!」
そして合気の一声と共に、纏っていた深紅の装甲は、現像を逆回しするかの様に朧気になって。新たに青い装甲が滲み出る様に現れて海人の全身を覆った。右腕に専用武器『透鏡籠手・焦点覇迅甲』を纏った、格闘能力に秀でる『√妖怪百鬼夜行フォーム』へのフォームチェンジである。
瞬き幾つかの間に完全に戦闘態勢を整えた√能力者達に、純粋に戦意を覚えたか。或いは乗せられた事に勘付いたか。『災餓天金狐』は裂帛の咆吼を放った。
まず雪兎は詠唱に専念し、自身の周囲を舞う『セラフウィング』を召喚し続ける。『自発的に動く』だけでなく『誰かに動かされる』だけでも召喚が無に帰してしまう√能力だが、逆に言えば『確と護られて』さえいれば、時間経過と共に非常に強力になっていく能力でもある。当人は、
(「一回でも、こっちへの対処に手を打たせれたら……それで十分、かな」)
などと考えているが、これは謙遜という物だろう。
一方でルメルは『ただの狐』になってしまった相手の姿を残念に思いつつ、一気に間合いを詰めつつ高速多重詠唱で爆炎を幾つも生み出し『ただの狐』に纏めて叩き付けた。が、彼の真の仕込みはここからである。
「キミのその力……誰かに分け与えられたモノの様だねえ。でも、ああ……退屈だなあ」
爆炎を更に叩き付けつつ、彼は肩を竦める。
「その程度の力しか出せないってことはあ……キミって結局、その人にとってはただの道具なんじゃないの~? 可哀想に、そんなんじゃ捨てられちゃうよ」
『朧魔妲姫』に異論ないし反論があるにしろ、現状彼女からはそれらの類は一切発せられない。『災餓天金狐』形態では喋られないのか、言葉が出ない程に感情が昂ぶっているのか。いずれにしろ『災餓天金狐』から発せられたのは、言葉の類ではなく灼熱のブレスだった。邪悪な力を纏ったそれは、呪詛を纏いつつルメルに迫る。
思わずクラウスが飛び出しかけるが、それを海人は手振りで止める。まだルメルの『作戦』は継続中なのだ。
「おいで、僕の中へ」
呟くと同時に、ルメルは自身の√能力《|Void Walker《ヴォイド・ウォーカー》》を起動。空間魔術で構築した『周囲を呑み込む虚空』が、その効果範囲を一気に広げ。ルメルに向け放たれたブレスを呑み込んでいく。驚愕の趣を見せる『災餓天金狐』。
が……実はこれは、あまり分の良くない時間稼ぎに類する行為だった。√能力の力で範囲効果化されてはいるが、元々この『虚空』は通常行動による魔術で構築された存在であって、√能力その物で織られた『災餓天金狐』のブレスとは、拮抗していられる時間は限られる。仕掛けるに絶好の機会だが、しかし急ぐ必要はあった。
「行くぞ!」
裂帛の合気と共に海人が飛び出し、遅れじとクラウスも駆ける。雪兎も召喚した『セラフウィング』の大半を放って攻撃に回す。
クラウスが手にした光刃剣による斬撃や、グローブでの連続攻撃を叩き込んで『災餓天金狐』の外皮を幾重も傷付け、更に雪兎の操る熾天使の羽が放つ光線が灼き続ける。
そして満を持して、√妖怪百鬼夜行フォームの力を纏い、右腕に『透鏡籠手・焦点覇迅甲』を装備した海人が、その鉄甲を連続して叩き付けた。本来なら装甲を貫通する一撃を繰り出す事も可能だったが、『災餓天金狐』には通用しない為、今は温存の一手である。
そうして攻撃の可能な三人で、熾烈な攻撃を仕掛ける√能力者達だったが……敵の『朧魔鬼神から与えられた邪悪な闘気』とやらは意外と膨大なのか、中々それが尽きる様子がない。其れ処か、ルメルが『虚空』を維持する限界点の方が、先に徐々に見え始めている。威力頼みで必殺の一撃を先に入れる方が良いかと、海人が悩み始め。『取っておき』を使うのは今かと、クラウスが逡巡した次の刹那。
雪兎の周囲を舞っていた熾天使の羽の内の六枚が、不意に光の珠となってルメルの正面、丁度『災餓天金狐』のブレスを受け止めている場所へ舞い降りた。更に光の珠同士が光のラインで繋がり合って、複雑な文様を描き。高度な術式を紡ぎ上げ――次の瞬間、虚空に呑み込まれていたブレスが、光の紡ぎ出す文様に弾き返され、反射して。その強烈な威力そのままに『災餓天金狐』自身を襲い、一気に灼き焦がした。悶絶する巨大な妖狐。
「ブレスの『反射』……出来るかは、賭けだったけど」
両腕を前に突き出したまま、ポツリと雪兎は呟いた。その前方で、再び人型を取る『災餓天金狐』……いや『朧魔妲姫』。しかし気を失っては居ない様だ。どうやら邪悪な闘気が完全に枯渇する前に、人型を取り直したらしい。が、甚大な被害を受けているのは間違いなかった。
「くっ……こんな、事って……!」
人型を取り戻した途端、流暢に喋り出す『朧魔妲姫』……と称すると皮肉が過ぎるだろうか。が、ひたすら破壊の力を放つのみだった『災餓天金狐』の時と比較すれば、圧倒的に人間味を感じるのも確かだった。
『災餓天金狐』形態の特性のお陰か『朧魔妲姫』に戻った今、ブレスによる火傷を含めた外傷は見当たらない。恐らく現状、邪悪な闘気やら生命力その物やらを猛烈に消耗している状態なのだろう。
他方、大量の汗を掻き肩で息をして、更に片膝を付き。それでもヘラりと笑ってみせるのは、いっそ彼の矜持か。
「や~流石に疲れちゃった。後は宜しく~」
ルメルは気軽に言ってのけ、更にフラリと手を振ってみせる。そんな彼に海人はサムズアップで応じて見せ、クラウスも頷いてみせる。雪兎は特にリアクションを見せなかったが、今更その必要性を感じなかったのだろう。ここまで追い詰めておいて、出来る事があるのに何もしない方がどうかしている。
「しかし……まだ。まだよ!」
最期の足掻き、或いは矜持か。しかし『朧魔妲姫』もただ、倒されるのを待っては居なかった。持てる闘気の最後を振り絞り、もうひとつの√能力を起動させたのだ。移動能力が一気に三倍に跳ね上がり、『朧魔狐爪撃』による一撃は、装甲を貫通する。
「つまり……俺の√妖怪百鬼夜行フォームと同じ力か」
瀕死とは言え、格上の相手であり。更に√能力もほぼ同一という事で、海人の緊張と昂奮のボルテージは上がっていく。が、ここでクラウスに耳打ちされ。数瞬の後に頷きを返した。彼の策に乗ったのだ。雪兎とは距離が遠く、咄嗟の相談は出来なかったが……彼女にはアドリブで併せて貰えると良いと期待する事にする。
本来なら間合の外である距離から一瞬で間を詰めて、その爪で斬りかかってくる『朧魔妲姫』だが、それを主に迎え撃つのは海人。そしてその死角からクラウスが斬りかかって不意打ちを仕掛ける。差し込む隙間があれば、雪兎が『セラフウィング』で攻撃を行う。そんな立ち会いが幾度も繰り返された。
そしてそれが何時かパターンと化してきた頃、『朧魔妲姫』は不意に狙いを、海人でも無くクラウスでも無く……後衛で熾天使の羽を操り続けていた雪兎へ向けた。実はこれを狙っていたのだろう。必勝の勢いと、自身の性癖『美しい女性の苦悶の表情』への渇望とに突き動かされ。前衛の二人の脇をすり抜けんとした、その刹那。
『朧魔妲姫』の纏っていた闘気が、消え失せた。それに起因していた√能力も、また然り。それを成したのは……クラウスの右掌。
《ルートブレイカー》それが、クラウスが隠し持っていた『奥の手』だったのだ。
『移動速度上昇』は、あくまで『物理的に移動する速度が上昇する』のであって『咄嗟の反応速度や反射神経が上昇する訳では無い』事が、勝敗を分けたのだった。
身体を動かしていた途中で、身体の各所の筋力バランスが崩れた事で体勢を大きく崩した『朧魔妲姫』に、ルメル以外の全員の攻撃が殺到する。
雪兎の操る『セラフウィング』による光線が『朧魔妲姫』の肢体を幾重も貫き。
満を持して繰り出された、海人の√妖怪百鬼夜行フォームによる、氷の属性を纏った『ポライズ乱打拳』が九尾の女妖を叩きのめし。
狙い澄ましたクラウスの光刃剣が、女怪人の心臓を貫き通す。
次の一瞬、『朧魔妲姫』は粉々にした灰の様に細かく砕け、静かに舞い散って消えた。
結局、記事の元ネタが秘密組織からの物であり、記者自身もヒーローに怨恨のある人物であったという多重のネガティブ要素もあって。記事は闇に消えて誰の口の端にも上らなくなり。ネットの方でも某芸能人のスキャンダルの方が話題となって、記事も記者も存在自体が一過性のネタとして消失していった。
少々現実の方に目を向ければ、記者の方は様々な罪状に引っ掛かって再度壁の向こうに姿を消し、秘密組織の方も陽が当たる前に一時的に地下へと潜った。問題の『使途不明金』も何とか、法の範囲内で話を付ける事が出来た……という事になったらしい。実際には『本当の用途』を一部に明かす事で片が付いた、というのが事実の様である。
『単純明快な善行』を行うにも手管が要るという、大人の世界とは実に複雑怪奇で面倒だが。そんな中で他人を護ろうとする者や、そんな者達を助けようとする者達も居る。理想だけで世の中が回らないのは確かだが、理想無しに世の中を回しても存在している意味が無い。
希望と絶望とを、複雑に織り上げながら。人は今日も生きていく。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功