【K.K】迷子の子猫は、
寂れた廃遊園地。奇妙に世界が重なり合うその場所に、迷い込んでしまった。響き渡る童謡。今はどうしようもなく聞きたくない。身を縮こまらせるように、硬く耳を塞いだ。
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耳を塞いでどれくらい経っただろう。いつしかひび割れた音の童謡は止んでいた。頭がぼんやりする、どうして何も分からなかったんだろう、頭が、どうして、…どうして?……|なにが《・・・》?
『あははははは!』
「っ!!」
ぼんやりし始めた頭に、響き渡る笑い声が脳を揺さぶる。
▷殴る / 殴らない
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叩きつけるみたいに胸を殴った。痛い。さっきも痛かった。痛いのは内側からだったけど、えぐるように痛かった。
忘れないで。忘れないで!分からなかったのが痛かったんだよ!はっきりと知らしめないと消えてしまいそう。どうしてこんなに揺らいでしまうんだろう。
『ははっ!あはははははっはははは!』
「──うるさい!!」
聞こえていたとしても、構わない方がいい。分かっているのに今は怒鳴らずに居られなかった。アクマの高笑いに神経を逆撫でられる。
『あはははははははは!』
「あんたのせいなの!?」
…笑い声が止む。不気味なほど場が静かになって、背筋がヒヤリとした。ずるり、と影が蠢く。この黒をなんと言えばいいのか未だに分からない。底の見えない黒。笑うように影の一部が裂ける。
『教えて欲しい?』
ああ、まただ。いつだってこう。どうしたら面白いかな?呼んだ?欲しい?このアクマの言葉は問いかけから始まる。
▷問う / 問わない
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問わない方がいい、と頭のどこかで警鐘が鳴る。……落ち着け、と息をする。さっきのは、ほとんど勢いだった。このアクマに聞く以外にも知る方法はあるはず。
──でも誰も分からなかったらどうするの。私だって私のことがわからないのに?
ぐるぐる考え込む中、『あはは!』と楽しそうな声が頭に響く。
『教えてあげるよ。どんな風に教えて欲しい?』
ぐ、と喉が鳴る。問うか悩んでたのを見透かされたようだった。
重ねられた問いかけに、ザワザワと落ち着かない心地がする。選ばされてる気分だ。実際そうなんだろう…毒食わば皿まで。使い慣れない頭を使って、答えを捻り出す。
▷「かんたんに」 / 「ウソをつくな」
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「かんたんに、でも分かりやすく、私に分かるように、説明して」
『いいよ!』
今度は問いかけはなかった。いつも通りのアクマの声からは、これが及第点なのかも分からない。
ゆらり、とアクマが私から離れる。まるで両手を広げるみたいに、影が広がった。
鏡の迷宮の鏡に像が映る。さっき見た──私のよく行く本屋が、家が、お母さんが、学校が、ともだちが──見えて、クレヨンの黒で塗りつぶされるみたいに影に染まって、見えなくなる。
……あれ、私、いま|何を見たっけ《・・・・・》?…/ヒュッと喉が笛みたいに音を立てる。また。まただ!頭を振る。ただ像が見えなくなっただけで、アクマが私に何かをした感覚はないのに、頭の中まで塗りつぶされたみたい。
『ねぇ、聞きたい?』
アクマが笑う。笑い声がなくても笑っているのが分かる。
▷ 解答する / 解答しない
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「…さっき言った!!説明して!!」
それがすごく腹立たしくて、噛みつくみたいに怒鳴る。
『あはははははは!そうだったね!いいよ!説明するね!きみに分かるように、分かりやすく、かんたんに────それはきみの欠落』
『きみからこぼれ落ちてしまったもの』
『√能力者になったから、欠けたもの』
『きみは、√能力者になる以前の居場所が“見えない”“分からない”“気付かない”』
『見えなかったのも分からなかったのも気付かなかったのも、見えなくて分からなくて気付かなかったね』
『見えて分かって気付いちゃったね!おめでとう!ねぇ、今、どんな気持ち?』
流れる水みたいにアクマが話して、内容が染み込む前にまた笑う。
▷ 「さいあく」 / 「さいてい」
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「さい、てい…」
最低だ、腹が立つ。本当に腹が立つ。|自分《・・》に。
違和感はいつでもあったはずなのに、どうして、見えないままだったんだろう。“私”が怒るのも分かる。
『ねぇ、知ってる?欠落って死に戻っても元に戻らないんだよ!』
「──うるさい!!」
ほとんど反射で叫んだ。なんで居るの、なんで言うの、なんでつきつけるの!このアクマ!…いや、このアクマが全部の原因かもしれない。そうかも。そうだ。きっとそうだ。だから怒っていい。こんなやつ、こんな相手、…私を平気で踏み躙ってくるやつに、言い返して何が悪いの!
「私が√能力者になったのも、欠落したのも、あんたのせいじゃないの!?あんたが全部やったんでしょう!」
アクマは、
01〜30:笑った(F)
31〜60:嗤った(L)
61〜00:わらった(T)
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『はは、』『あははは!』『あはははは!あははははははははははははははははははははっあはははははははあははははははあははははははははっあはははははははははははははははは!』
ぐわん、と頭が揺れた。それは老若男女も分からないあんまりにも大きな音。出したかった悲鳴が喉奥で消えた。
アクマのつんざくような笑い声だと気付いた時には、血の気が引いていた。
あ、これ、
『はは。……そう思うんだぁ』
……やばい。
何がアクマの琴線に触れたのか分からない。でも、これは、やばい。とガタガタ足が震えて止まらない。
アクマは私を殺さない。決定的には傷つけない。…だって何かするなら、もっと簡単に、私のことを壊せるはずなのに、そうしなくて力を貸してやろうかと手を出すんだから…そうだよね?
アクマにとってどういう意味があるのかは何も知らないけれど、それは事実としてあって、──だからって安全な訳がない、と分かっていたはずなのに。
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『どうして?』
ドロリとした声が身体にまとわりつく。ゾワ、と怖気が走った。待って、やだ、わたし、
『どうして?』『きみが家族に会えないのは』『どうして?』『どうしてアクマがやったと思うの』『どうして?』『どうして?』『きみがともだちに会えないのは』『どうして?』『欠落の起こりは呪いからだと思うの』『どうして?』『きみが過ごした場所にいけないのは』『どうして?』『どうして?』『呪われたら√能力者になるって思うの』『どうして?』『どうして?』『どうしてきみが起因じゃないって思うの』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』『どうして?』
──かんがえたくないのに。
反響する。反芻する。思考がぼんやりとする反面、考えなきゃ、と私に知らしめる。
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『どうして?そうじゃないと困るから。アクマのせいだと都合がいい』
問いかけた癖に、アクマが断定して言う。私のことを全部わかってるみたいに言う。
『自分のせいだって思ったら、誰も責められない。自分のせいじゃないって、思いたい』
背景がなにも読み取れない声で、内側をくすぐるみたいにそう言ってから、
『欠落したのはきみがきみだから。もう元には戻れない』
突きつけられたくなかった言葉を言う──それは確かに呪だった。
ぼたり、とずっと耐えてた涙がこぼれた。理由がありすぎてなんで落ちたのかもう分からない。分からない。アクマの前で泣きたくないのに、落ちた涙が止まらない。
『呪ってあげようか?』
楽しそうにアクマが言う。
『見えなくて分からなくて気付かなくならないように、呪ってあげようか?』
わたしは────
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お母さん。お父さん。お兄ちゃん。中学のともだち。高校のともだち。図書館の司書さん。本屋のおじさん。
私の居場所。好きだよ。今日も好き。明日もきっと好きだ。会えなくなったのがふつうだなんて思いたくない。
でも、会えなくなったことを、おかしいとすら、思えなかった。見えなかったのが、分からなかったのが、気付かなかったのが、こんなに痛い。
「わすれ、たくないよぉ…!」
この痛みが分からないのがふつうでありたくない。涙でぐちゃぐちゃの視界の中で、アクマが、
『…呪ってあげるね』
今までで一番やわらかい声で、そう言った。
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