獣妖「アクジキジハンキ」の来歴について
私の本名の一部である「地祇」の文字を見て、お察しの方もいるとは思いますが、私は一応までに神の末席に座しておりました。妖怪百鬼夜行には元々、妖怪しかおりませんから、神なぞ無意味に等しくありましたが……それでも与えられた土地を守る役割を持つ「土地神」という存在だったのです。けれど今は「獣妖」の肩書きが示す通り、神ではなく妖怪の一種。そうなった経緯などを書き連ねていく場所です。
私以外の書き込みを禁じます。

土地神としての私の役割は以下参照
https://tw8.t-walker.jp/thread/club_thread?thread_id=5364
ここでは、人間が√妖怪百鬼夜行に現れ始めてからのことを綴りましょう。
「大正」と呼ばれる時代。人間が流入してきたことは妖怪たちに大きな変化をもたらしました。
例外なく、私にも転機が訪れました。
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私の土地神としての姿は「川の氾濫を始め、あらゆる災厄を食べることに特化したもの」でした。
それは、手足もなく、口も鼻も目もない、ただただ大きな口があるだけの異形。氾濫する川の水を呑み込むことが多かったためか、汚泥にまみれ、どろどろと気色の悪い黒く蠢く巨大なナニカ。
その姿は、確かにおぞましいものだったのでしょう。けれど、私にとっては、何も恥ずかしいことのない、私のありのままの姿でした。私が汚泥にまみれているのは、違うことなく土地神の務めを果たしてきた証です。誇りにこそ思えど、何を恥じることがあるというのでしょう。
けれど、「見た目は人型に寄っていた方がいい」という妖怪の変化に置いて行かれた私は、人間に謗られたのです。
ちゃんと、務めを果たしていただけだった。増水する川に近づいた人間の子どもを、危ないですよ、と諭しただけだった。
それを見た人間が、私を「化け物」と。
化け物と呼び、石を投げたのです。
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石など、これまで何百年、もしくは何千年と呑み込んできた濁流や嵐や雷に比べれば、蚊に刺されたほどの影響もないもの。
けれど、私の心は、どんなに不味い|災害《しょくじ》を呑み込んだときより、苦しく、痛く、締め付けられました。
人間皆そういう者ばかりでないということは、今ならわかります。お互い、出会う時分が悪かった。
でも、私は初めて出会った人間に、石を投げられて、その人間に呼応するように私を忌避し、果てには「お前のせいで災害が止まないんだ」と心無い言葉を投げられ、
正気でいられなくなりました。
「それならあなたたちの望む通り、化け物になってあげましょうか!?手始めにこの口で、誰か丸呑みにしてくれましょう!!」
憤りのまま、そう叫んだ記憶があります。
そんな私を咎めたのは、私と対立していた竜神殿の一人でした。
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対立していた、といっても、仲が悪かったわけではないのです。
土地を川の氾濫などの災害から守る役割を持つ私と土地に恵みの雨などをもたらす役割を持つ竜神殿は、相反する存在なれど、どちらも土地にとって必要不可欠でした。争い合わねばならぬことを「ままならぬものよ」と笑い、盃を交わす仲でした。
「深雪御前や。お前さんの思うところもわからぬとは言わん。だが、人喰いはやめろ。人を喰ったら仕舞いだ。どんな世界に行こうとお前さんは真にただの忌み物と化す」
「私を忌み物と扱ったのは人間たちでしょう!人間が正しいと云うのなら、私が正しくないと云うのなら、私は、私は、私は!!」
当時、何と叫びたかったのかは、今となっても判然としません。ただ、身を浸す悔しさだけが記憶にこびりついて離れぬまま。
我を失った私を見て、竜神殿はきっと、憐れんでくだすったのでしょう。
「ならば、仕方なし。竜神の名の下、深雪御前を神籍より追放す」
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そうして、「神」の名を奪われた私は、罰であるかのように、本当の姿とはまた違った異形の姿に変えられました。
巷では「モンゴリアンデスワーム」と呼ばれるのでしたか。阿呆ではないかと思うほどの大きさの、蚯蚓の姿です。まあ、よく考えると、あれも口しかないので、状況はあまり変わっていませんね。
私は神から「獣妖」という人間から程遠い姿の「妖怪」に落とされました。
当時は人間が憎かった。けれど、人間を殺すには、私の魂が積んできたのは善行ばかりで力とならなかった。人間を庇護する妖怪の増えた√妖怪百鬼夜行では旗色が悪いと判断し、私は他√へ逃げました。人間を喰らい、蹂躙するための力を手にするために。
今では簒奪者と呼ばれる古妖どもと、変わらぬ思考回路でいたのです。
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私が迷い込んだのは、幸か不幸か、妖怪とどこか似通った「怪異」という存在が跋扈する√汎神解剖機関でした。その頃には昭和に変わっていましたかね。人類が黄昏を迎え始めるくらいのことです。
√能力の発展は、太古より古妖の跋扈あった√妖怪百鬼夜行に比べれば微々たるもので、少し力を使えば、簡単に溶け込めてしまいました。人間を憎む心ゆえか、人の姿にはなれませんでしたが、怪異に紛れて存在することくらいはできたのです。
怪異に、世界に紛れるため、私はその地の文化を学びました。土地神には祀るための祠が与えられ、人間はそこに賽銭や供物を与えることで、神への畏敬を伝えているとのこと。非常に興味深い仕組みでした。
神でなくなった今更、祠を得て賽銭を求めるのは滑稽がすぎると思い、祠でなく、人間から自然に金銭を奪える方法がないか考え、辿り着いたのが「自動販売機」という箱でした。
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飲料の自動販売機が普及したのは、昭和の中期頃。その前、私は煙草の自販機に扮し、「釣銭を落とさない自販機」として、現れては消えてを繰り返しておりました。
釣銭を落とさない自販機には当然癇癪を起こす人間もいて、自販機を蹴ろうとする輩も数多おりましたが、蹴られる前に、私はふわりと消えてやったのです。そのときの人間の顔ときたら!お笑い草でございました。
……なんて、私もだいぶそちら側の気に充てられ、変貌しようとしていたのでしょう。長年相手にしていたのが【自然環境】だっただけあって、【環境適応力】および【順応力】に秀でていたのでしょうね。怪異の存在が認められるようになった世界。情報文化も発達し、怪異の噂は瞬く間に広まるようになった。
【釣銭を落とさない神出鬼没の自販機】の噂も広まり、私は怪異として力を得ようとしていた。
神だったことも、妖怪であることも捨て、ただ人を害す怪異になろうとしていたのです。
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その日も、私は人を脅かしてやろうと、自販機の姿で佇んでいました。そこにやってきたのは学生服の少年。バンカラマントに学帽を揃えて、少々古風には見えましたが、人畜無害そうな面構えに、私は内心でせせら笑いをしておりました。
少年は何も不審がることなく、自販機に小銭を入れると、それまで誰も買うことのなかった「あずきミルクセーキ」を購入し、物珍しそうに眺めておりました。
百円のミルクセーキを買うのに、百円しか投入しなかった愚かな子どもに「お釣、くれないんですか?」と声をかけました。
すると子どもは答えます。
「ええ。釣銭を落とさない自販機と聞きましたので、釣銭のないように購入したら、どうするのかと思って。どうなさいますか?」
挑発のように聞こえました。まあ、実際、挑発だったのでしょう。
私は応じます。
「では、お腹も空いておりますし、あなたをいただきますね」
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私は、自販機から、元々の口しかないへどろの姿になりました。別な異形の姿を与えられただけであって、元々の姿を奪われたわけではなかったので。
食べることに適した姿ですし、人間におぞましいと言われた姿でしたから、人間を脅かすのにちょうどいいと思ったのです。
けれど、少年は、怯えるどころか、目をきらきらとさせて、私を見つめておりました。
「それがあなたの本当の姿なのですね!なんて素晴らしい異形なのでしょう。一つしかない大きな口。手足も変な触手もなく、非常に潔い構成。人間の噂から生じることの多い怪異にしては、外見的な具体性に欠けるその姿。妖怪とお見受けしますが、如何ですか?」
「な」
「いえ、妖怪にしても、具体性に欠けますね。妖怪の姿も人間の口伝や動物等の特徴が大きいですから。もっと大いなるモノ、それでいて有名でない……土地神、では?」
私は、息を飲みました。
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どうして、という声が吐息のように零れると、少年はふふっと笑いました。
「僕は長く旅をして、様々な存在と関わってきましたから。不安定で、不確定で、定まるために道を踏み外そうとする存在ならごまんと目にしてきたんですよ。今のあなたのような」
少年は微笑みを浮かべて、私に手を差し伸べました。
「自己紹介が遅れました。僕の名前は球磨川・実。怪異命名師です。名前という定形を持たぬモノに名前を与えたりして、その存在を救ったり、救わなかったりしています」
「……救わなかったりするのですか?」
「ええ」
マコトと名乗った少年は、悪戯めいた笑みを浮かべて、答えました。
「名前はこの世で最も短い|呪《シュ》。祝詞であり、束縛です。祈りも束縛も、嫌う人は嫌うでしょう?気軽に与えていいものでもないですし。だから僕は救われたいと願うモノを救います。
大切なのは、本人の意志ですから。——それで、あなたはどうしますか?」
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差し出された手。私に眼球に相当する見目は存在しませんが、それを見つめていました。
手を差し伸べられたのは、いつ以来でしょう。
この少年が人間なのかは明らかではありませんでしたが、その手は人間のカタチをしていました。それだけは確かだったのです。
人間のことは、憎いです。けれど……差し伸べられた手を振り払うほど、拒絶したいわけじゃなかった。
いいえ、むしろ、私は……
——受け入れて、ほしかったんです。
「ああ、そういえば、あなたに手はありませんでしたね。言葉だけで大丈夫ですよ。どうしますか?」
私の様相を思い出したようで、マコトは手を引っ込めようとします。私は咄嗟に、体のヘドロを伸ばしました。
どろ、と手に絡む気色の悪いそれを、マコトは気味悪がることもなく、握り返してさえくれた。
それだけで、私の心がどれだけ救われたことか。
きっと目があったなら、泣いていた。
「私を救ってください」
蚊の鳴くような声ですがりました。
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そっと、五指が私のヘドロを握り返します。
マコトはふわりと微笑みました。
「いいですよ。あなたに名前を差し上げましょう」
噂はかねがね伺っております、とマコトは私の噂について語りました。釣銭を落とさない奇妙な自販機があるという噂。噂が膨れて、「釣銭を食べる自販機なのではないか」「やがて人を食うようになるのではないか」というものに変貌しようとしていた、とのこと。
「怪異とは噂により補強されるものが多い。√汎神解剖機関は僕の故郷でもなんでもないですが、怪異命名師を名乗っていますから、不干渉というわけにも参りません。けれど、一期一会という言葉を思えば、あなたと出会えてよかったと思いますよ」
滔々とそう語ると、マコトはにこりと微笑んで、告げました。
「あなたはあらゆるものを食べることに特化した自販機。食べ物の美醜は問わない悪食。
『アクジキジハンキ』なんていかがですか?」
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そうして、私は。
「アクジキジハンキ」というまるで怪異のような名を戴きました。
マコトはにこりと笑っておりました。
「これ以上噂が広がり、尾ひれ端ひれがつくと、あなたは変質してしまう。妖怪から、怪異に。自販機の怪異というのは面白いですが、人喰いというのはナンセンスです。
だから、あなたは悪食。アクジキジハンキです」
いかがですか?とマコトは問います。
否やなんて、ありません。
「ありがとうございます。大切に致しますね」
それから、私は獣妖としての名に「アクジキジハンキ」を据え、人の姿を得るため、化術の修行を経ました。
アクジキジハンキという名を得てから、人への恨めしいとか憎たらしいといった感情が薄まったように思います。きっと、「悪食」の裏に込められた「人喰いではない」というのが、悪しき感情を、抑え込んでくれたのでしょう。
マコトには、感謝しかありません。
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マコトは、煙のような子で、あれから顔を合わせて会うことはありませんでした。けれど、時折、手紙が届くことがありました。化術のコツや、補助道具の贈り物が届いたこともあります。
もしかしたら、人の形に見えたマコトも、化術で変化したナニカだったのかもしれません。
それでも、私は人の姿をしたモノに救われた。
だから、私は気紛れに人を救います。
マコトと再会できたら、伝えるのです。
怪異にならずに済んだこと、この名が好きなこと。
怪異命名師の力で、私は幸せになれていることを。
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