⚡️紅涙最終決戦〜うしみつのロイクラトン
⚡️最終決戦:|東京百鬼夜行《トウキョウデモクラシィ》
これは大規模シナリオの最終決戦です。
5/25朝8:30までに成功した全ての最終決戦シナリオの舞台に『絶対防衛領域』が完成します。
絶対防衛領域の内部では、不思議な力によって、簒奪者に民間人が殺される事がなくなります。
また、その時点での「戦勝数」によって、各「絶対防衛領域」の広さが決まります!
戦勝数=作戦1〜5の成功シナリオ数÷2+最終決戦の成功シナリオ数
5/25朝8:30までに成功した全ての最終決戦シナリオの舞台に『絶対防衛領域』が完成します。
絶対防衛領域の内部では、不思議な力によって、簒奪者に民間人が殺される事がなくなります。
また、その時点での「戦勝数」によって、各「絶対防衛領域」の広さが決まります!
戦勝数=作戦1〜5の成功シナリオ数÷2+最終決戦の成功シナリオ数
※つまり、現存する作戦1〜5を攻略する事も、勝利に貢献します!
※到達した戦勝数までの全結果を得られます。つまり戦勝数80なら全ての結果をゲット!
※到達した戦勝数までの全結果を得られます。つまり戦勝数80なら全ての結果をゲット!
絶対防衛領域の広さ
戦勝数50:各シナリオの舞台の「マニアックな個人商店ひとつ」。戦勝数60:各シナリオの舞台の「最も有名な建物ひとつ」。
戦勝数70:各シナリオの舞台の「最も有名な建物から最寄り駅までの道及び周辺建物」。
戦勝数80:√EDENの同じ地域も絶対防衛領域になる。
●魍魎浪漫
美濃紙から溢れる油がめらめらと、ぎらぎらと、危うげなひかりを放って明滅する。
赤黒い炎はまるでそれそのものが生き物であるかのようにゆらめいて――いや、いいや。その炎はまさしく、げらげらと可笑しげな笑い声を上げながら縦横無尽に街中を飛び回っているではないか。
あやし、あやかし、百鬼夜行。
誰もいないはずの夜闇に、紅蓮の火花が爆け飛ぶ。
老いも若きも男も女も。踊れや踊れ、浮かぶ月までも紅く染め上げてくれようぞ。
●幻燈綺譚
|東京百鬼夜行《トウキョウデモクラシィ》。
それはかつて古妖たちを退け封印せし妖怪たちの一致団結、この|東京《まち》に張り巡らされた百鬼夜行そのものであるとゲルダ・ドレッセル(烏夜・h06809)は辿々しくも懸命に集まったEDENたちへ語り聞かせた。
「みんながたくさん、たくさんがんばってくれたから。めざめのときをむかえた妖怪大将さんたちが、|百鬼夜行《デモクラシィ》をはじめてくれて……えっと、その。私も、実際にそれを見るのははじめてなのだけれど……ほんとうに、すごい光景なの」
飲めや歌えや、国を挙げての乱痴気騒ぎ。彼らはそれぞれの|お祭り騒ぎ《賑やかし》をしてもらうことでちからをどんどんと増していき、やがては古妖たちをも退ける強大な行進となり――それらを全て成すことで絶対防衛領域を敷くことが叶ったなら。この領域の中ではひとも、あやかしたちも。誰ひとりとて古妖たちの手に掛かることのない安全圏を構築することが出来るのだと言う。
「ここ、等々力渓谷にも頼もしい妖怪さんたちが集まってくれているの。みんなの周りにも……ほら、みえる?」
ゆらめくあおいともしびは儚い輝きに非ず。鬼火と呼ばれる彼らは青白い火を焚きながら『お祭り騒ぎ』のはじまるときを今か今かと待ち侘びているようだった。
世田谷区に存在する等々力渓谷とは、東京23区内で唯一渓谷と名がつくスポットである。自然豊かなその場所で、蛍や獣たち、よわい妖怪をいじめてまわっているのはあかい炎を宿した提灯お化けたち。本来であれば仲良く共存しあっていた彼らは、紅涙の強大な妖気にあてられて一時的に邪悪な側面を強化されてしまっているのだとか。
今はまだ悪戯の範疇で済まされている悪さも、放っておけばいのちを喰らうほどの邪悪へ、大妖怪へと成長する危険を多分に孕んでいる。だからこそ、みんなのちからを貸して欲しいのだとゲルダは己の胸の前でぎゅっと手を組むと改めてEDENたちを仰いだ。
「スカイランタン……天燈のような要領で、鬼火さんをともしてあげてほしいの」
此度は戦うことに不慣れなひとも、本来なら武器を振るうちからを持たないひとたちも不安になることはない。
提灯お化けの中に鬼火たちを宿せば、清浄なる炎のちからで邪気ごと彼らは天へと昇り、帰るべきところへと帰っていくことができる。つまりは鬼火たちを提灯お化けのすぐそばまで導くことさえ出来れば彼らの目を覚ますことが叶うのだ。
「渓谷で燃えるあかいろを全部あおいろに塗り替えることができたなら。きっと……静かな夜が帰ってくるから」
こんなにも摩訶不思議な夜ならば、説明のつかない『奇妙な奇跡』さえ起こり得る。天高く昇る炎は、きっと、星にも届くから。折角ならば、そらへ還っていくあかりにねがいごとをかけてみるのもいいのかも。
あなたも良ければ、この狂い咲かんばかりの宴に乗せてねがいを燈してみてはどうだろうかと。ゲルダは清流へ続くみちを指し示し、やわらかく目を細めた。
第1章 集団戦 『提灯お化け』
●あやかしブルー
げらげら、けらけら、気が触れたかのような笑い声が夜の渓谷に響き渡る。
提灯お化けたちがその身に宿したあかい炎に照らされながら、月夜見・洸惺 (北極星・h00065)と集真藍・命璃(生命の理・h04610)は奇々怪々なその光景をぱちぱちと目を瞬かせながら見上げていた。
「わあ、本当に縦横無尽に飛び交ってる!」
「提灯お化けさんたちが縦横無尽に飛んでて無法地帯になってるねえ」
見れば、邪気にあてられた提灯お化けたちは眠っていた獣たちを無理矢理起こしてまわったり、臆病な小鳥たちを追いかけ回して楽しんでいるではないか。
元々は気のいい妖怪だったに違いない彼らが悪さをして回っているなんて、動物たちにとっても提灯お化けたちにとっても、きっと望まないことだと思うから。
「ちゃんと鬼火さんたちを近くに案内してあげないとっ。洸惺くん、えいえいおー! だよっ」
「うんうん、悪戯で済んでいるうちに解決してあげないとっ。えいえいおー! だね!」
ふたりの掛け声に合わせ、鬼火たちも意気揚々と炎の勢いを高めていく。寄り添う彼らもこころは同じ。それならば自分たちがきちんとあるべきところへ導かなくてはと、洸惺は差し伸べたてのひらから夜更け鶏を招き出す。
『うわぁ! なんだぁ!?』
夜のしじまに響き渡った鶏鳴に驚いただけではない。天地がひっくり返ったような――いや、実際に彼らだけがひっくり返っているのだ。東天紅の引力に引っ張られた提灯お化けたちがわあきゃあと騒ぎ出すのに合わせ、命璃も『えいや!』と念動力のちからで無理矢理に宙に戻ろうとするお化けたちを鬼火たちに引き寄せていく。いやだいやだと暴れようとする提灯お化けの懐に、鬼火たちが吸い込まれるように潜り込んでいき、
――ばちん!
勢いよく飛び散った火花に、わっと洸惺と命璃が飛び上がったのも束の間。燃え上がるあおい浄化の炎がみるみる邪気を追い払い、凶悪に歪んでいた提灯お化けの表情が穏やかなものへと変わっていく。するとどうだろう、先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように皆が皆眠るように目を閉じて、するすると空に昇りはじめたではないか。
「……命璃お姉ちゃん、うまくいったみたいっ」
「やったね! ふふっ、帰り道をちゃんと示してあげなくちゃね。ご案内もしますとも!」
くるくる、ふわふわ。柔らかな裾を翻しながら宙に舞う命璃を先導に、あおい炎に包まれた提灯お化けたちはそらへ、そらへと昇っていく。ユーレイって浮けるから、こういうとき便利だよねぇ、なんて。くすくすと笑う命璃があんまり楽しそうなものだから、洸惺も嬉しくなってその姿を懸命に追いかけた。
「本物のスカイランタンみたいっ」
「うん、とっても綺麗! えへへ、いつか本物も見に行きたいねっ!」
いっぱいのひかりがそらへ昇って。めらめら、ゆらゆら、燃え移らぬやさしい炎は何処か波間のようにも感じられた。いつか。そう遠くない未来に、ふたりで本物の天燈をそらへ昇らせることが出来たなら。それはとっても楽しい思い出になるに違いないと、命璃と洸惺は笑みを交わし合うのだった。
「あのね、洸惺くん」
「? どうしたの、……わっ、大変!」
不意にぽつりと溢れた言葉に首を傾いだ洸惺は、たくさんの提灯お化けに囲まれて動けなくなっている命璃に気付いて短く声を上げた。
「……助けて?」
なんとなくこうなる気はしていたのだけれど、本当に戻れなくなってしまうなんて。慌てて宙を蹴った洸惺に命璃が救出されるまで――あと、数十秒。
●あなたとのぞむ
元々悪戯好きな子たちだったとしても、誰かを傷つけることはきっと望んでいないはず。悪戯だって本来なら相手を泣かせるようなものではなくて、きっと笑わせるためのものだと思うから。
「何とかして助けてあげないとね」
怖くはない? と傍へ視線を落としながらルミオール・フェルセレグ(星耀のアストルーチェ・h08338)が問えば、『あなたより子どもじゃないわ』とシルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)が唇を尖らせる姿に青年の瞳が甘く細まる。言葉にしなくとも何を考えているかなんて大体わかってしまうから、シルフィカは今はそこには言及しないけれど。
「鬼火さんたち、一緒に頑張りましょうね」
「俺たちにも協力させて。君たちがちゃんと元いた場所に帰れるよう、力を貸すよ」
こほんとちいさな咳払いをひとつ。鬼火たちへと向き直れば、応えるように青い炎がその勢いを増していく。彼らにとっても友が望まぬ変貌を遂げてしまうことは悲しいことに違いない。だからこそ、シルフィカはきゅっと胸の前でてのひらを握り込んで決意も新たに頷きを返す。
「空までの道は、わたしたちが開くわ」
だからどうか迷わず、飛んでいって。
竜の娘の願いを聞き届け、鬼火たちはぱちぱちとあおい火花を散らすのだった。
『ぎゃはは! 人間だ。人間がいるぞ!』
『人間はおもしろい! とびきり『びっくり』してくれるから、おもしろい!』
こちらをからかってくる姿に面食らったのも束の間。なるほど、彼らはそもそも『おどろき』を糧にしているのか。それ自体は他愛無いものに違いないが、今は落ち着かせるのが先だ。竜漿魔眼を解き放ち、剣を振り上げた――その時だった。
『ばぁ!』
「うわっ!?」
べろべろと伸ばした舌を揺らしながら暗がりから唐突に顔の間近に飛び出してきた提灯お化けに思わず身構えてしまうけれど、驚かせるばかりで周りに注意など払わないお化けたちの隙をルミオールが見出すのに苦労は要さなかった。
いや、いや。ぞわっとした悪寒に襲われたのは事実だが、シルフィカが見ている手前無様を晒すことなどするまい。
「闇に隠れ直すなんてさせないよ」
破邪の力を乗せた鋒が提灯お化けを捉えると同時、重ねるように引き金を引いたシルフィカの光の弾丸が舞い散る花弁の如く弾け飛ぶ。ぎゃっ、と短い悲鳴を上げて右往左往し始めたその姿に、素早くルミオールは鬼火たちを導いていく。
「もう大丈夫よ、行ってらっしゃい」
シルフィカの声に合わせ、あおい炎が次々に満ちていく。泣き叫ぶ赤子がすっと眠りに落ちていくように、邪気を祓われた提灯お化けたちは釣り上がった目をゆっくりと閉じていった。
星空を彩る無数の青。それは姿かたちを変えども天燈そのもののよう。そらへと昇っていく彼らが見せてくれるやわらかなひかりを浴びながら、シルフィカとルミオールは暫し言葉を忘れてその光景を真っ直ぐに見上げていた。
「この綺麗な景色を、シルフィカと一緒に見られてよかった」
また逢えて。一緒に居ることが出来て。
涙が出そうなほどの幸福は何にも変え難い喜びに違いなくて――だから、自分の願いはもうとっくに叶っているのだと。淡く微笑んだルミオールを見詰め、シルフィカも柔らかく目を細めた。
「……シルフィカは?」
「願いは、……そうね。わたしもきっと、叶っているわ」
すべてを失っても、彼が居てくれた。
それ自体が今のシルフィカにとっては奇跡と呼んで良いものに違いなかったから。多くは願わずとも、それだけで胸は満たされていく。
「そっか、よかった」
何方からともなく結ばれたてのひら同士をあおいひかりは包み込むように隠してくれるから。今この瞬間、ふたりの間に多くの言葉はきっと必要なかったのだろう。
●恩返しは夜明けのあとに
全身を使って可笑しがるその姿は崩れてしまいそうなほど。疳高い笑い声を上げながら飛び回る提灯お化けたちを見上げながらエレノール・ムーンレイカー(蒼月の守護者・h05517)はふむ、と短い思案を挟んだ。
「鬼火さんたちを護衛しつつ、化け提灯へ近づけさせる必要がありそうですね……」
悪戯好きの提灯お化けたちはとにかく数が多い。だが、集ってくれた正義の鬼火たちも負けてはいない――その分、ある程度の護衛の数も必要か。思い至れば行動は素早く、ピュイ、と高らかに指笛を響かせたエレノールの呼び声に応じて翼を広げた梟の群れがあおい炎に添うていく。提灯お化けが近付けば攻勢に転じてくれる彼らの特性を活かせば簡単な護衛くらいは務まるだろう。
「今回は時間稼ぎさえ出来れば良いですから。……さあ、参りましょうか」
寡黙な彼らは多くの主張こそしないが、邪気に囚われた友を救いたいと願う真っ直ぐな気持ちを迷わぬように届けたい。羽ばたく梟たちに合わせ、ゆらりと宙を泳ぎ出した鬼火を導くように、エレノールはその細くしろいゆびさきで道を指し示した。
浄化された提灯お化けたちは遊び疲れたように目を閉じて、緩やかにそらへと昇っていく。赤から青へ、そのいろを変えたひかりを受けながらエレノールは果てなきそらを仰いでいた。
「……願い事、でしたか」
神にあらず。然れど、ひとでもあらず。人の情念や『恩』に拘る彼らは、ひょっとしたら何かしらのさいわいを齎してくれるかもしれない。そんな話だったことを思い出し、月花の双眸が穏やかに細められていく。
「(この百鬼夜行の完遂を。そして、この世界の平穏を願いましょう)」
願わくば。『お祭り騒ぎ』をこよなく愛する気のいい彼らに、笑顔ばかりが浮かびますように――それから。
「……ついでに、お腹いっぱい美味しいもの食べれるように、も」
ちょっぴりだけ欲張ってみても許されるだろうか。誰にも聞かれていないかときょろきょろと周囲を見回して、薄く頬を染めた娘は人知れず微笑みを浮かべるのだった。
●ねがいのありか
ひとりぼっちじゃ立ち向かえない。
だけど、ここには目が眩んでしまうほどのひかりが満ちている。
「わあ……! 頼もしい鬼火たちがたくさん!」
アンジュ・ペティーユ(ないものねだり・h07189)の周囲に寄り添うように鬼火たちはあおい炎をゆらめかせている。不思議と熱くはないそのともしびにてのひらを翳せば、ゆらり、と応えるように一層そのひかりは強く輝いた。
「これなら大丈夫そうかも。みんな、力を貸してくれる?」
あかく燃え盛る『わるいけはい』を打ち祓うためには鬼火たちの協力が不可欠だから。願えばぱちぱちと火花を散らしながら応じる鬼火たちの姿に頷きを返し、アンジュはきっ、と縦横無尽にそらを飛び回る提灯お化けたちを強く見据える。
この赤い炎が夜空で瞬く青色の炎になったなら、きっと美しくて素敵な景色を取り戻せるに違いない。だから。
「だからあたしも頑張る! ……コラー! 弱いものイジメはダメー!」
蛍を追い掛け回して、あまつさえ食べようとする大きな口を押し留めるように割り込んだアンジュのてのひらの上で、空想宝石と鬼火のひかりが共鳴する。
誰一人、悲しむことがないように。この場に、笑顔の花が咲きますように。
燈りに託して。少女の想いを乗せて宙を游いだ鬼火の炎が、提灯お化けの内へ、内へと吸い込まれていく。びくりと身を震わせた提灯たちが、ぼふ、ぼふ、と鬼火を追い出そうと空気を自分の中へ送ろうとするけれど。酸素を受けて鬼火たちがより強く燃え上がるのを到底止められやしなかった。
「……うまく、いった? わあっ、やった!」
この願いはアンジュ自身の願いであって、それと同時に彼女を生み出した『誰か』の願いなのかもしれない。どちらが本当かなんてきっと関係なくて。少女は夢みがちなひかりを瞳に宿したまま、そらを見上げることが出来る。――出来た。
「どうか、どうか。みんなが笑顔になりますように」
この願いがそらに届くなら。
どうか――『キミ』にも笑顔を齎せますように。
「ふふ。……なんてね!」
●アニュス・デイ
夜があかあかと燃えている。まるで気狂いだけを掻き集めた酒宴のようだ。
渓谷を飛び交うあかい炎に囚われた提灯たちを見上げ、藤代・玲慈(桜香の守り手・h12755)は対のひかりを宿すあおい鬼火へと静かに手を伸ばした。
「(戦わずに済むなら、それでいい)」
風向きを読み、提灯の不規則な軌道に遮られぬよう。逃げ道を塞がず、ただ真っ直ぐに提灯の傍へと導いていく。覚束ない燈りは赤黒いひかりを放つ提灯たちの直ぐ傍まで辿り着くと、ぼっと火の粉を爆いて勢いよく燃え上がる。目玉の如く明るくなったその炎は見る間に邪気を燃し尽くし、燻る煙を吐き出しながら目を閉じた提灯お化けはしゅるしゅると音を立てながらそらへ、そらへと昇り始めた。
星まで届くというのなら、願いのひとつくらい届くのだろうか。
愛など知らぬ。そんなもの、疾うに欠片も信じられなくなってしまった。ひとの心など容易く掌握出来るこの身にとって、願いなど酷く脆く危ういものにしか過ぎない。そんな自分が、何を今更願うというのか――ああ、いや。
ならば、それならば、どうか。
「誰かの祈りに耳を澄ませられるような者の願いが叶えばいい」
人を信じられる者たちが、一人でも報われればいい。
例えば。空から落ち、全てを忘れてもなお愚直に祈り続けるあの少女のように。
「(僕の願いは、……俺のようなものには、誰も見向きもしないでほしい)」
感情は、願いは、祈りは。自分を避けて通ってくれたならいい。
あおい燈りを見送る桜花の双眸が苦く細まる。それは願いを託したというよりも、真っ直ぐな祈りから身を隠すためのものだったのかもしれない。
哄笑は次第に静まり、水の流れが周囲に満ちていく。
静かな夜が戻るまで。今はただ、この火を導き続けよう。
「……どうか、相応しい誰かのところへ」
天に昇るあおいともしびたちは言葉を返さない。
それでも玲慈を照らすひかりは、どこまでも柔らかであたたかいものだった。
●人、人、ひとならざる
「や! 久しぶりのお仕事に酒落込もうとしたらば、なんだかお祭り騒ぎではないですか!」
凶暴な提灯お化けに正義感に満ち溢れた鬼火とは、如何にも愉快奇々怪々と笑い声を立てる四百目・百足(回天曲幵・h02593)は此度の大行進を面白がる側の、何方かと言えば『あやかし』寄りの存在であった。面白いものが見れそうですねと浮き足立つ様子にくすりと笑みを溢すは羅刹鬼がひとはしら。櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)もまた、天地を埋め尽くさんばかりの二対の炎の対比に目を細めながら胸の奥底から血が湧き立つような心地を感じていた。
|百鬼夜行《デモクラシィ》。
初めて経験するはずなのに何処か身に覚えがある感覚は、この身に眠る悪路王の記憶であろうか。それでも不思議と今はその高揚が心地良く感じられるようだった。
「さて……兄、久々の仕事だ。緩く頑張っていこうじゃないか」
「然り、然り。湖武丸、作法は其方にお任せしますですよ!」
楽しむ術は存じているでしょうと六つの肢を広げ歩み出た広い背に、湖武丸は唇の端を微かに持ち上げる。飲めや歌え、踊れや笑えのお祭り騒ぎ。その真髄を御覧じろと、鬼火を連れて踊る対の目が、妖しく夜のとばりをぎらりと睨めつけた。
「――ではでは。貴方様方の腹の底、見せて下さいますですか?」
ひい、ふう、み。
浮かび上がる視線を、見た。見た。――お前も、見た。
百足の邪視に囚われた提灯お化けが宙空でびくりと身を震わせ、次々とその動きを止めていく。偉大なる古妖の呪い、何するものぞ。力比べと洒落込んだなら、ああ、中々如何して。こんなにも他愛無い!
「ハイ提灯の皆様方! 無駄な抵抗は辞めるのです! ……やや! 今の中々カミガリらしく振る舞えましたですね」
如何でしょう! と声を上げる百足の様に笑いを堪えながら、それでも湖武丸とて何もせぬ訳では無い。邪視に囚われてもなお抵抗をせんとする提灯お化けが無為に妖力を放出せぬよう、禍祓いの手で触れたなら。最早動くことさえ侭ならぬ彼らに鬼火を宿すことなど造作もなかった。
「……俺は青い方が好きだな」
提灯お化けたちは話の通り本来であればこんなに凶暴ではない。『驚かすこと』が好きで多くは他愛無い悪戯にしか興じないのだが、こうも禍々しい邪気にあてられては狂いもするか。もう無理に暴れる必要などないのだと告げれば、じわり、じわりとあおく染まりゆくその表情が穏やかなものへ変わっていくことにちいさく安堵する。
「兄、願い事は考えていたか? 叶うかもしれないぞ」
「ほう、願い事も出来る」
しがらみから解放されて、ふわふわと宙へ昇り始めた提灯たちを背に湖武丸は卒塔婆を誘導棒が如く振りながら鬼火たちを導く百足を仰ぐ。そう言えば忘れていたとばかりに目を瞬かせた百足は上腕のひとつを顎元へ運び、ふうむ、と短い逡巡を挟んで見せた。
「俺はもう叶っているんだが欲を出してみようか。……あ、言う気はないぞ?」
「クァハ! 承知、承知。では俺もこっそり願いますですよ」
……と、言いつつも。大体のことは今現在既に叶っている。
今更何か願うことなど――ああ、いや。
「(湖武丸の願いが叶うようにお願いするといたしましょう……ナムナム)」
欲しかった友達は出来た。けれど、一度満ちることを知ればそれ以上を望み始めるのは生き物の性というものだろうか。
「(兄と長く居られたらいい)」
面白可笑しく。願わくば、この先も。
願いを乗せて、想いを抱いて。あおいともしびが星のように空に満ちていく様を、ふたつの長い影は何時までも見守っていた。
●葡萄酒の雫
「等々力渓谷ってのは初めて来たなぁ」
そこはまるで別天地。
多摩川に向かう谷沢川の流れに沿う遊歩道はここが都会であることを、街中に先ほどまで居たことさえもまるで嘘のように感じさせた。緑も豊かで、水の流れは澄んでいる。ひとにとっても、あやかしにとっても。勿論動植物にとってもこの場所は憩いの地に違いないのだろうと常磐・兼成(酒侵讃歌・h10142)は風に揺れる葉のざわめきを聞きながら赤黒い無数の炎を見上げていた。
「心地よい静かな場所に戻す為にも、手伝うとしようかな」
夜明けを迎えれば鴉、次いで小鳥たちが歌い出す筈で。今は燈りを失った蛍たちだって、追い回されることがなければ夜のとばりを優しく照らしてくれるだろう。こんなにも伸びゆくいのちに満ちたこの場所を嘆きや怨嗟で穢すわけにはいかない。炎に託された願いたちが潰えることのないようにと、兼成はつい、と幼子に手を差し伸べるように片方のてのひらを宙へと伸ばした。
「(天燈……スカイランタンとも言うんだっけ?)」
数多あるヒトの風習の中でそんな祭りを見掛けた事もあったかもしれない。
星、ひかり。或いは炎。あかりの類に願いを懸けるのはきっとヒトらしさなのだろう。自分自身は鬼火たちを宿す手伝いが出来ればそれ以上は望まないが――ああ、それにしても、抱かれた人々の願いの何と眩い事だろうか。
帰り路の思い浮かぶような夕焼けもあかいろではあるが、こんなにも禍々しいものでは決して無い。邪念渦巻く赤黒い炎に塗り潰されてしまうよりも、静かなあおいろに満たされている方がこの渓谷の風景には似合っているような気がするから。暴れん坊になってしまった提灯お化けたちの癇癪を鎮める為に、雨を招ぼう。
「……雨あめ降れふれ、」
どうぞ溺れて。何方様も酔い痴れて。
――狂喜乱舞の宴には、酒精の雫が何よりお似合いでしょうから。
●アケルナーへ弓引いて
あれは流れ星だろうか。蠍の火よりもずっと、ずっとあかいその炎は。
「提灯お化けだ!」
あかいひかりを辿るように駆けながら、ノーチェ・ノクトスピカ(Nachtsängerin・h06452)は夜天を埋め尽くす『げらげら笑い』たちの姿に目を瞠った。
元々は無邪気で他の妖怪たちと面白可笑しく毎日を過ごしていたのであろう彼らが、今はぎょろぎょろと妖しく輝く目を彼方此方に彷徨わせながら他者を追い掛け回してはそのあわれな姿を嘲笑うかのように大きな声を上げている。
「……提灯達だってこんなことを望んでるわけじゃないよね」
驚かせることはあったって、皆はともだち同士だったんだ。だから――これ以上の乱暴を働かせる訳にはいかない。
「デネブ! いこう!」
青白い炎は星灯のよう。君たちがいてくれるから、きっと、きっと大丈夫。
静かに燃える鬼火を手に、ばさりと宵の翼を大きく広げる。尖り帽子を落とさぬように確りと被り直し、幾百ものあおいひかりを連れてノーチェは夜の只中へと飛び立った。
|「うお座の慈愛」《『アルリシャに 結ばれて』》
愛をうたおう。皆がそのこころを取り戻せるように。
そらを翔けながら歌い奏でるは慈愛の旋律。導くように振るわれたタクトの軌跡を辿って、鬼火たちは提灯お化けたちのもとへと辿り着く。
大丈夫だよ。怖く無い。落ち着いてと伝えるように、ノーチェは遠く、何処までもあまやかな歌声を響かせていく。
「(もし……ねがいをかけるなら)」
僕の手で誰かを救いたい。
それはまるで償いにも似た、裡に抱いた願いと祈り。
「何故かは、わからないんだけどさ」
誰に呟くでも無いことのはが、夜のそらへと溶けていく。邪気を浄めて、あかいろをあおいろに染め上げて。輝く星花蝶の導きに寄り添いながら、ノーチェは尚も歌い続ける。
「デネブ、次はその子? 今行くよ!」
星よ、ひかりよ。
この願いが届くなら――僕に■■を。どうか。
●さいわいのかたち
本物の『悪』になってしまう前に。
彼らがみな、もう一度手と手を取り合うことが出来るように。
「優しいあおいろに染めにいきましょう、ララさん」
夜のとばりに淡い輪郭を浮かび上がらせたセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)がしるべのように煌めくちいさな迦楼羅の翼へと視線を向ければ、翼の持ち主であるララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)は『そうねセレネ』と友の決意を後押しするようにこくりと頷いた。
「提灯お化けだってこんなこと望んでいないはず」
燃えるような赤色ももちろんうつくしいけれど、今は清廉な青の気分なの、なんて。ぱちりと片目を瞑ってみせる姿が愛らしくて、知らず強張ってしまっていたセレネの口元が淡く綻ぶ。
「救いにいきましょう」
「……はい!」
あなたがいてくれるから。それを信じることが出来るから。
大丈夫、と溢れたことのはは、きっと自分自身にも向けられたもの。
どうか。どうか、届きますように――。
祈りは月へ。少女の切なる想いはひかりの翼となって具現化する。現れ出づる月の使者の導きに従うように、花焔を纏うたララがたん、とん、と軽やかに鬼火を連れてインビジブルたちの助けを得ながら宙を蹴っていく。
「おいたをしてはいけないわ」
邪気に澱んだ炎に囚われた提灯お化けたちが鮮烈なる月のひかりに目を眩ませていく。軽やかに舞うララをかじろうとするけれど、視界を奪われてしまってはそれさえかなうことはない。
「セレネとっても綺麗ね」
浄化の加護を重ねた鬼火が、あかい炎を消し去っていく。じわり、じわりと。波紋のように広がるあおいろが、夜のしじまに満ちていく。
「ええ、とても綺麗です。……ララさんの浄化の力も、とても」
ひとりとて取りこぼさぬように。この祈りが、ひかりが、遍くすべてを照らすことができるようにと、少女たちは夜を翔け続けた。
天へと吸い込まれていくひかり。
天を舞うしろい翼。
うつくしいその光景にララは迦楼羅翼をはためかせるけれど、翼より零れるは星灯と飛べぬ戒め。それを苦くも思うけれど、今のララにとっての願いはそれだけではない。
「……もし……空が、星が願い事を叶えてくれるというなら。ララさんは何を願いますか?」
光を、炎をそらへと送る。
数多のあおい輝きは、きっと星にも届くはずだからと。ことりと首を傾いだセレネへ、ララは誇り高き天の雛女らしく胸を張って答えてみせる。
「ララは自分の翼で飛ぶわ。その時はセレネにも来てもらうわ」
「自分の翼で……素敵です、ね」
それは願いよりももっと強い決意。いつか必ず自分の手で叶えてみせるのだと笑う少女の姿に、セレネは柔らかに目を細めた。
「ぜひ、その時はご一緒させてください」
「ふふ。一緒に空のお散歩よ」
セレネの願いは? と。
問われれば、少しだけ困ったように眉を下げながら天の乙女は唇を震わせる。
「私は、皆さんが幸せでありますようにと。……私自身で、成すことは難しいですから」
己は無力で、何かに願い、祈るばかり。力不足を悔いるばかりだと俯きかけたセレネの手を、ララはきゅっと握りしめてあまく微笑んで見せた。
「セレネの願いはひとつ叶っているわ」
「え?」
――だってララは幸せだもの。
だから、一緒に。
促す言葉に顔を上げて、セレネはふわりと赤を染めゆく青の焔へ希望を託す。
このあおいろが、少しでも力を貸してくれますように。少女たちの願いを乗せて浮かび上がったあおいひかりは、やがて星と同化するように宵のそらへと溶けていった。
●翳したてのひらの向こう側
本来は共存していたはずの彼らがこれ以上悲しい想いをしないように。彼らにとって望まぬ別れが、決定的なものになってしまうよりも前に。
「鬼火さんたちを提灯まで運ばなきゃ、だね……!」
「ええ、しっかり案内しないとね」
揺れるしろい耳が彼女の想いの強さを表しているよう。鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)の足元で鼻を鳴らした白玉までもがやる気に満ちていて、知らず兎沢・深琴(星華夢想・h00008)の口元も柔らかく緩む。
「白玉ちゃんもお手伝い偉いわ」
言葉は通じずとも伝わっているのだろう。『わん!』と元気いっぱいの返事をする姿の愛らしさにとうとうくすりと笑みを溢しながらも、深琴はつい、とてのひらを差し伸べて鬼火たちを導くように歩き始めた。
「はいはーい! こっちですよーう!」
迷わないように、襲われないように。ぎゃあぎゃあ、げらげらと騒ぎ立てる提灯お化けたちに負けないように声を張ったラズリがぴょんぴょん跳ねれば、白玉も一緒に綿雲のようなからだを懸命に跳ねさせる。
「鬼火さんたち、あそこでぴょんぴょん跳ねてる可愛い子のところがゴールよ」
ふたりとも真剣だ。それなのに笑ってしまうなんて不謹慎かしら、なんて。深琴を咎めるものはここにはいない。それこそが『お祭り騒ぎ』のスパイスになるというのだから、百鬼夜行なんて名前の禍々しい響きに身構えることなんてなかったのかも。
「逸れないようについてきてね」
応じるように火花を散らした鬼火たちが揺れている。深琴とラズリ、それから白玉。ふたりと一匹のちからで整列したあおいひかりははじめは危うげなひかりであったけれど――提灯お化けに、赤黒い邪気に触れたその瞬間に、めらめらとその勢いを増して見る間にあかいろを燃し尽くしていく。
「わ……!」
はじめは踠くように震えていた提灯たちの表情がやさしいものへと変わっていく様子に、固唾を呑んで見守っていた少女たちの表情も和らいでいく。ふわりといましめから解き放たれた燈りがそらへと昇っていく姿は、きっと彼らに帰る場所があることの証左なのだろう。
「これできっと大丈夫ね」
「うん!」
あおい炎を宿して天へと昇りゆく彼らのなんとうつくしいことだろう。夜空の深みへ炎が溶けゆく様子を見上げ、ほう、と息を吐いた深琴の横顔をラズリはそうっと覗き込む。
「深琴。私達も少しだけ便乗してお願い事をしてみる?」
「いいわね、お願いしてみましょうか」
揺らめく青が星々まで届くように祈りを込めて。折角なら、自分たちもこの輝かんばかりの夜空に願いをかけてみるのもいいのかも、なんて。微笑むラズリへ、深琴もこくりと頷いてみせた。
「……そうね、シンプルだけれど」
むずかしい願いではなくて。手を伸ばせば叶えられるような、そんな、やさしい願いがいい。
「明日も私は私のまま。深琴と、皆と一緒に過ごせますように!」
「ふふ。願いは私も同じようなものよ」
これからも、皆と思い出を積み重ねていけますように。
結局は普通の日常を過ごすのが一番難しくて、けれどそれが何よりも大切なことだと痛感するばかり。だからこそ、この普遍的な願いが叶えばいい。何かを願って空へ託してみることも、きっと素敵なことだと思うから。
「だからね、今日は誘ってくれてありがとう」
「此方こそありがとう……!」
深琴の願いも。もちろんラズリの願いも。天まで高く、どこまでも昇っていく燈火と共に、星まで届いていきますように。あおく、あおく――どこまでも澄んだ炎の煌めきが、ふたりの姿をいつまでも照らしていた。
●明日も、その先も
邪気に囚われても性根までは腐りきっていないのか、『子どもの遊び』の領域を出ない提灯お化けたちの姿に日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)はけらけらと可笑げな笑い声を上げていた。
「少々の悪さだなんて可愛らしいですねぇ」
悪いことというものは勢い全開で、ブレーキを踏み抜くほどのフルパワーでやらかす方が面白いというのに。いやはやまったく、と腹を抱えるその様を、茶治・レモン(魔女代行・h00071)は生暖かい目で見守っていた。
「まぁまぁ少々の悪さも、あっ君に比べれば可愛いものでしょう」
彼らが完全なる邪悪へと染まりきってしまう前に鬼火を灯してあげなくてはと意気込むレモンのてのひらの上で鬼火たちも浄化の炎をぱちぱちと散らし、まるで応と返事をしているかのようだった。
「あっ君、これが鬼火ですよ! 青い炎が色鮮やかで素敵ですね」
「成る程、この鬼火をあの提灯に近付けてやればいいと」
作法は分かったが数が多い。誰をどれに宿したら良いものかと、レモンと芥多は首を捻りながら縦横無尽に宙を飛び交う提灯お化けたちを仰ぎ見る。
「ええと、どの提灯に近付ければ……?」
「マッチングの相性とかありそうですよね」
もしも相性が最悪だったりしたらどうなるのだろうか。豪快に大爆発して辺り一帯が死屍累々の大惨事にでもなったりしたら――、
「はは、そうなったらめっちゃウケま「……相性、無かったです!」」
食い気味であった。
「誰でも大丈夫そう! おおらかで良いことです」
今日一番、誰より素早かったかもしれないレモンのてのひらの先で導かれた鬼火が今まさに提灯お化けを浄化していく姿に芥多はなあんだ、と殊更につまらなそうに肩を竦め、ついでにこれ見よがしに盛大な溜息を吐いた。
「……何も起きないじゃないですか、拍子抜けですねえ」
死屍累々の火の海は笑い事ではなく大惨事である。いやいや、古妖に毒された妖怪ならそのくらいの規模の惨事を引き起こすポテンシャルは秘めているのかもしれないけれど――いやいやいや。
「あっ君、絶対暑くなりますよ。イヤでしょう?」
「それもそうか。いやあ、手間がないのは良いことです」
どうやら思い直してくれたらしいことを知ればレモンは大きな安堵の息を吐く。まったく、味方が一番注意しなければならない存在なのは如何なものか。それでも何だかんだで付き合いが良いものだから、そこが彼の魅力とも言えるのだけれど。
ゆらゆらと揺らめく無数のあおい炎が星空に吸い込まれるかのように天高く昇っていく。
レモンにとってスカイランタンははじめてのことで、その光景はまるきり想像が出来なかった。だけれど、実際に見る鬼火たちの清浄なる炎の、なんと神秘的でうつくしいことか。時間を忘れてしまいそうだと目を細める少年の情緒など置き去りに、芥多はひょいとその横顔を覗き込む。
「しかし魔女代行くん、ボケっと眺めているつもりですか?」
「え?」
この『お祭り騒ぎ』の本懐を忘れているんじゃあありませんかと。首を傾げるその姿に、ぱちり、ぱちりと檸檬色の瞳が瞬いて――やがて、至る。
「……はっ、そうか願い事!」
「よくできました。ほらほら、早く唱えないと時間切れになってしまいますよ」
折角の機会を棒に振るのも勿体無い。教えてくれるのはありがたいけれど、面白がるように目を細める芥多が語尾をどんどん早めていくものだから、どんどん呂律が回らなくなってしまう。
「はい3、2、1、」
「急かさないで、待って待って! えー……明日も良い日になりますように!」
なんとか噛まずに言えた願いは昇りゆく火まで辿り着く。一層強く輝いたあおいともしびは、もしかしたらレモンの声を聞き届けてくれたのかも、しれない。
●今日の超邪悪兵器
新しく出来た友達と遊びに出かけること。それ自体は何でもないことだけれど、すこしの緊張を上回るワクワクが何処までも背を後押ししてくれるから、茶藤・梓希(Variable Error・h11552)の足取りは軽くなっていくばかり。
「カラオケ? ゲーセン?」
その心持ちのまま、戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)は何処に連れて行ってくれるんだろうな〜なんて軽い気持ちで問い掛ければ、少女はきょとんと目を丸くするものだから。何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げる姿は鏡合わせ。
「私、遊びに誘ったっけ? 今日は……、」
純粋に命を削り合うような戦いではまだまだ自分は胸を張れる自信がない。それでも誰かのちからになりたい気持ちはあるから、自分でも役に立てそうな此度のお祭り騒ぎへ赴かんとふたりに声を掛けたのだけれど――。
「え、鬼火でお化け退治? √能力者って放課後の寄り道感覚で凄いことに誘うんだな!?」
「えっ、えっ」
「俺も遊びに行くって聞いたぞ!」
「誘ってないですよね!?」
一際元気な声を上げたのは皮崎・帝凪(Energeia・h05616)、そのひとである。
ちなみにくるりの名誉のために添えておくが、彼女は『遊びに行こう』とは言っていない。いないが、超絶演算能力を搭載した魔王・ブレインはそのように解釈したのだから、恐らく誰も悪くはない、はず。
「まあ、だが……提灯に火を灯して回るなど、ちょっとした観光のようではないか?」
炎に、燈りに願いを託すなど如何にも人の子らしい可愛らしい催しではないかと。お祭り騒ぎの核に触れるその様は妙に説得力がある。くるりも梓希も咄嗟に『そっかぁ』と思ってしまったのだから、もしかしたら帝凪は本当に統べるものたるカリスマ性を秘めているのかもしれない。
「さて、この魔王を満足させられる願いとな。何を願ってやろうか……」
ひとり悪い顔をしている本人のことは、とりあえず置いておいて。
「そういえば梓希くんって何が得意な同志?」
「え? うーん……」
危険は多くないとはいえ、戦いの場で肩を並べることははじめてのこと。互いを邪魔しないようにしなければと問い掛けたくるりへ、目を瞬かせた梓希は己のちからの何たるかを如何に説明したものかとちいさな唸り声を上げた。
「俺の得意なことは……ち、力を借りる、とか? くるりさんは?」
曖昧な言い回しになってしまったのは、梓希自身もその記憶が不鮮明なものであったから。上手く言えないことばかりだけれど、概ね前に出て戦うことが出来る、と。ふわふわとしたその言葉も、同じくして自分のちからや内に秘められた可能性がそもそも存在しているのかさえ分からないくるりにはしっかり伝わっているようだった。大丈夫、と微笑む少女に痩せ我慢のいろはない。
「私はねぇ……霊震がちょっとだけ使える女子高生だよ」
手を伸ばす。そのものが掴めなくとも、この目がとらえてさえいればいい。
――PsychoQuake!
がくん、と宙空で大きく揺れた提灯お化けたちが慌て出す。なんだ、なんだと喚き散らす様を見上げ、頬を伝う汗を拭う余裕こそ持たないけれど、くるりは掴み取った確かな隙をふたりに受け渡すことが叶う。
「あとよろしく!!」
「おお、くるりさんかっけー!」
ただのツッコミ大好き迷子系文学少女じゃなかったんだ! と続いた言葉は今は聞かなかったことにしよう。長くは持たないからと声を上げるくるりに応じ、梓希もまた虚空へと手を伸ばす。
「Re-Creation "藍の盟約"」
呼び声に応じ現れ出づるは墨色の刃。共に駆け抜ける日々を願うて閃く刀を手に、全霊を込めた刺突の一撃が提灯お化けを真っ直ぐに捉えた。
「どうよ、俺の俺の乾坤一擲!」
「わ……わぁ! すごい! 梓希くんかっこいいー!」
「いや二人とも自信なさげだった割にカッコよく決めるな!?」
少年少女たちの奮戦を見守っていた帝凪はすこし。ほんのすこしだけ、お遊び気分100%でいた己を省みる。なんだかその反省する姿が妙に小さく見えたから、ふ、と梓希とくるりは顔を見合わせて笑い合う。
「あれっ、どうしようやばい囲まれちゃった!? ……でもほら、私たちには頼れる同士がいるので!!」
ぴくっ。
「そうそう、あとはやっちゃってくださいよダイナ様ー、無敵の発明品が見って見たいー!」
ぴくぴくっ。
「助けて! 天才科学者かつ魔王様の帝凪さーん!」
カッ!
「……よいだろう!」
ちなみに、前者ふたつが帝凪の尖り耳がそれぞれ反応した様で、最後が伏せられた魔王様の瞳が開眼した様である。勢いよくがばりと身を起こした帝凪の肩に担ぎ上げられるは巨大な|大砲《ハウリングキャノン》、その重さをまるで感じさせぬよう軽やかに跳躍した彼の姿は――まさしく悪を統べる魔王の名に相応しい!
「トドメを期待されたならば、応えぬのは魔王様ではないな! ……発射!」
世界の果てまで、この宙の果ての果てまで飛んでいけ。充填された鬼火たちをひとまとめに、膨大なエネルギーを蓄えた大砲が轟音と共に炸裂する。
「おお! 今日は発明品がポンコツしてない! えらい!」
「さっすが魔王様! いやー、俺らだけだったらどうなってたか」
まるで流れ星のよう。撃ち放たれた鬼火たちの鮮烈なあおを浴びながら――魔王・ブレインは急速に回転を早めていた。そう、何か忘れている気がする、と。
「――あ! くるり! 梓希! 願い事だ! 着弾する前に、早く言っ――」
「んえ? 願い事って、」
「え? お願い事、……あっ、そうだった! ええと、ええと、……次はみんなで遊びにいきたいっ!」
少女の願いがそらに放たれるとほぼ同時、超新星爆発よろしく弾け飛んだひかりの中に帝凪は提灯お化け諸共消えていく。
「ちょ、ダイナ様ー!?」
斯くして邪悪で超クールな魔王様の願いは発される前に潰えたのだった。
――煤で真っ黒になった帝凪(無傷)が帰ってくるまでそう時間は掛からなかったとは、後のふたりの言葉である。
●星海の彼方まで
「本当にすごい数の提灯のお化け……!」
ひとつひとつは他愛無いひかりに過ぎないのだとしても、この全てが悪戯の範疇を超えた悪事を働く大妖怪になってしまったらきっと大変なことになる。夕星・ツィリ(星想・h08667)のことのはに、ラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)もこくりと頷いた。
「こんなにたくさん、目が回ってしまいそうです……! 悪い方々ではないそうなのですが……」
元々彼らも性根までもが邪悪そのものであったわけではない。他者の驚きを糧に他愛無い悪戯を働いては笑いを振り撒くような、如何にも妖怪らしい妖怪だった筈で。
「元に戻すお手伝い頑張らなくちゃ!」
「ええ、彼らに元に戻っていただかなくては……!」
それならば、これ以上誰かを傷付けたりしてしまう前に悪い夢から醒ましてあげなければ。ツィリとラデュレは視線を交わし、頑張らなくてはと頷き合う。
「それにしても、大勢ですね。わたくしの魔法では、全員は……」
数え切れないほどの提灯お化けは群れと呼ぶに相応しい。世界中の提灯を集めたかのような光景はほんとうなら幻想的なもののようにとらえることも出来たかもしれないけれど、この場にはあまりにも邪気に満ちている。
「魔法で一度に灯してしまえたらいいけど、いまの私じゃただ燃やしちゃう……」
すべてに火を灯し終えるには時間が掛かり過ぎてしまう。その前に動物や蛍たちが食べられてしまうことだってあるかもしれない。どうすれば――そう思案するふたりの足元を、淡く、清浄なるあおい炎が照らし始めた。
「まあ、あなた方が鬼火さん……!」
ラデュレの声に顔をはっと上げたツィリも、無数のあおいろが明滅する姿を見た。
「……わ、こんなにたくさん!」
「お力添えをいただけるのですね」
そらはこんなにもあかいろに満ちているのに、それでもなお折れない鬼火たちはやる気に満ち満ちて、少女たちを鼓舞するようにその勢いを増していく。彼らの誰も傷付けない浄化の炎がふたりにも伝わってくるから、恐れることはもうなにもない。
「ツィリさま、さあ。お化け提灯さんへと燈してまいりましょう」
「うん! ふふじゃあどうぞよろしくお願いします……!」
赤黒い炎たちが、渦巻きどよめく悪しき邪念が、静寂なるうみのいろへと変じていく。ふわふわと浮かび上がり始めた提灯お化けたちの表情は憑き物が落ちたかのように穏やかなものへと変わり、あおい燈を宿したものからそらへ、そらへと昇っていく。
「……空へ旅立っていったね」
「遠い星空へまで届くのでしょうか」
もしも星まで届いたのなら。家族もこの光景を見るのだろうか? ちくりと微かに痛んだ気がするのは、こんなにもそらがうつくしいあおいろに満ちているから?
「星に願いを、でしたね」
「願いかぁ……」
うっとりと天を仰いでいたラデュレの唇から溢れたことのはに、ツィリは瞳にあおいひかりを受けながらゆっくりと瞬いた。
「……家族と同じ景色を見れますように、かな?」
もしも叶うなら。今は会えなくても。
このそらの続いた先で――どうかと、願わずにはいられない。
「わたくしの願いは……探し物をしながら様々な景色が見られますように、でしょうか……?」
探し物にも、素敵な景色にも。両方とも出逢えたらいいね、と微笑むツィリの表情に憂いはない。はい、と頷くラデュレも、眩しげに目を細めながら祈りのかたちに手を組んだ。
「ツィリさまの、わたくしのお願いごと。お星さまへと届きますように」
ちかり、と一際強く輝いた星はあおくひかりを宙に弾けさせた。
それはもしかしたら、散り散りになったひかりと一緒にふたりの願いをせかいに届けてくれたしるしなのかも、しれない。
●胸裡の花
あかく、あかく。混沌とした炎が渦巻き、飛び跳ねながら夜の渓谷を舐め尽くさんとしていた。
「百鬼夜行……こうしてまた参加するとは思いませんでしたね」
見知った顔や風景に懐かしさを覚えつつも。嫋やかに、したたかに。提灯お化けたちの悪戯をひらりと避けながら、御狐神・芙蓉(千歳洛陽花・h04559)は花唇を人知れず綻ばせた。
「あらまあ、おいたが少しばかり過ぎていますね」
どうしましょう。少し小突いて正気に戻してあげましょうか、なんて。言葉とは裏腹に楽しげに咲う芙蓉は上機嫌で――ああ、これもこの身に流れる血の定めか。
ふわりと空へ舞い上がったなら、鬼火たちも芙蓉が導く真紅の軌跡に寄り添うようにひとつ、またひとつと宙へ浮かび上がっていく。
「楽しんでいってらっしゃい」
今宵は宴。何者にも邪魔されぬあやかしたちの百鬼夜行。先達として鬼火を送り出したなら、めらめらと勢いづいて燃えるあおいろが渦巻く邪気を燃し尽くしていく。
そうして、提灯たちがわるいゆめから覚めたなら――。
「目が覚めた? ふふ、後でお仕置きですよ」
そんな冗句を交えて見せたなら、ひゃああ、と情けない声を上げて皆々ただの提灯に擬態しようとするものだから、まあ、なんておかしいこと!
「私の願い事?」
ゆらり、ゆらり。炎を揺らめかせながら投げ掛けられた鬼火からの問いに思い起こすは幾つもの優しい面影たち。
古妖であった芙蓉に人の心を教えてくれた、あたたかい、もう逢えない人間たちの声までもが蘇ってくるようで。知らず目が細まるのを、今は誰も咎めはしない。
「……そうですねえ。強いて言えば……人の心を教えてくれてありがとう、と」
昇りゆくひかりは天上の彼らにも届くだろうか。愚かにも気恥ずかしくて、終ぞ伝えられなかったこの想いごと、どうか。
こんなにも賑やかしい夜だもの。
もしかしたら――彼らも此岸のひかりをみつけてくれるのかも。
●ねがいぼしが浮かぶ夜に
「都会にこんな場処が在るんだねぇ」
水の流れや虫の声が地の底から湧き立っているようだった。ともすれば、ここが都会の中心地であることを忘れてしまいそうなほどだとノイル・リースロス(闇に揺蕩い影に詠う・h08142)は狂った宵の空を仰いだ。
「水も豊かだ。流れがあると涼やかで、清々しい気持ちになるね」
川水を照らす筈の白んだ月のひかりが、今は真っ赤に塗りつぶされていることだけが少し惜しいか――いや、なに。これから全てを塗り替えるのだから、この異様な夜さえもいとおしい。木漏れ日の中で散歩を楽しんだって気持ち良いだろうけれど、静寂を取り戻した夜に水音を聞きながらゆっくりと歩むことも乙なものだ。
「さあ、散歩がてら提灯お化けたちの悪夢を醒ましに行こうか。スコル、ハティ。マーナガルムも出ておいで」
伸びゆく影が意思を持つ。揺らめいたノイルの影から現れ出づる眷属たちが呼び声に応じて遠吠えをしようとするのを、差し出した人差し指がしい、と咎めた。
「ふふ。眠っている子たちを起こさないように。他のヒトに迷惑を掛けない程度に、御前達も好きに走り廻って来て良いよ」
つまりはつまり。『あそびのおゆるし』を得られたのだと、知れば厳しい顔をしていた闇狼たちの尾っぽが一斉にぶんぶんと大きく揺れ始める。此度は相手の喉笛を狙う必要がないらしいと駆け出した闇狼たちは、がふ、がふ、と呼気を弾ませながら我先にと水嵩の浅い清流や茂みの中を喜び勇んで跳ね回る。
元気な眷属たちの姿にくすくすと笑みを溢しながら、ノイルは差し伸べたてのひらから黒蒼の蝶たちを誘い出す。蛍たちを喜んで追い回す提灯たちを誘き寄せるなら、きっとこの子たちが似合いだろう。
「あ、こら。追い立てたら逃げちゃうじゃないか、こっちに連れておいで」
先程までは自分が小動物たちを追い掛けていたのに、何時の間にか自分よりも何倍もおおきな狼に追われていることが分からずに、『やめろ〜!』と半泣きになっている提灯お化けたちをこちらへ、と招けば後は鬼火を近付けるだけ。元々素直な性質であるらしい提灯たちが然したる手間もなくノイルの元へと自分から近寄ってくれたのは、闇狼たちのお手柄――とも、言えるかもしれない。
わるいゆめはもう終わり。
ふわふわと天に昇っていく灯りを見上げ、ノイルは眩しげに目を細めていた。
「嗚呼、綺麗だね」
あおいひかりに照らし出されながら、ふと思う。そういえば、何か願いをかけるという話だったか。
「願い、願いか……」
今更大仰な願いがあるわけでもない。|悪友《とも》と再会も出来たし、可愛い子たちとの新しい出会いもあって毎日を楽しく過ごしている。今は満ち足りていて、それ以上を望むことなどないかとも思ったけれど。
「そうだね、……こんな日が穏やかに続けば良いなと想うよ」
ここにいる皆の願いが叶えられたなら、それはノイルが大切に思う存在たちの平穏無事も続いていくこととほぼ同義であったから。
停滞ではなく安寧を。
どうか届けておくれと告げたその先で、青白い星が強く、確かに煌めいた。
夜のとばりに、しじまが満ちる。
願いを乗せて。祈りを乗せて。昇りゆくあおいひかりはいつまでも輝き続けていた。