⑦egg panic!!
賑わう博多祇園山笠のお祭り。
親に手をひかれ、祭りを見物していた子どもは、見慣れぬ白い何かがころころと転がるように移動しているのを見つけた。
「こんにちは、卵さん! あなたはどんな卵料理になりたいですか? あ、でも、卵さんは少々サイズが小さいようですね。うずらのたまごといった感じでしょうか?」
「みぃちゃん、たまごたべられない。ひよこさん、かわいそう……」
「いえ、卵さんはあなたで」
「みぃちゃん、たまごじゃないもん! なかよし幼稚園のきりん組だもん!」
「きりん組というのはわたし達のデータベースにはありません。それはどのような卵なのですか?」
子どもと全自動卵調理機『ハンプティ』は見つめ合ったまま無言になる。
会話が成立しているような、していないような――十全機関七席『サマータイム・モルガーナ』は仕方なく口を出した。
「ハンプティさん、希望を聞く必要はありません。好きな卵料理にしてよいのですよ」
「あのおばさんこーわーいーーー」
子どもは、ギャン泣きした。
「お、おば……?!」
サマータイム・モルガーナはショックを受けたような顔で硬直した。
●
「賑わうおまつりに、えと、あれは、王権執行者……なのですよね? 王権執行者でいいのですよね?」
やや困惑した表情の祈紡・フィユは集まったEDEN達に訊ねた。
たぶん、おそらく、王権執行者で間違いないはず――その解答を確認したフィユは今回の依頼の内容を話し出す。
賑わう博多祇園山笠のお祭りに新たなる王権執行者全自動卵調理機『ハンプティ』の群れが出現する。
彼らはあらゆる生命体をたまごと見なし『調理』しようとするらしい。
「ここでフィユは耳よりな情報を手に入れてしまいました。ハンプティは王権執行者といえど機械なのです! 混乱でフリーズさせてしまえば、こっちのもの! なのです!」
例えば目玉焼きに何をかけるか論争とか。あれは、人間でも時折混乱と戦争を巻き起こす。
あとは、純粋に困る質問とか、混沌と勢いで会話の主導権を握ってしまうとか。
機械を上回る人間のしょうもない|混沌《カオス》をぶつければ、機械はかないっこない。
適当なことを言っていないか――そう言いたげな視線をフィユはにっこりと微笑み返して自信満々に胸を張った。
「あ! もちろん、この戦術が通用するのはフィユが詠んだハンプティさんたちだけなのです。 混乱させてぽこ! 結構いい作戦だと思うのです」
本当に通用するかは謎だが、試す価値はあるのかもしれない。
第1章 ボス戦 『十全機関七席『サマータイム・モルガーナ』』
●
7月10日――その日は、クラーラ・ミュスティアウゲン(閉ざした瞳の武侠剣士・h12663)の誕生日。
年に一度の大変おめでたい日だけれど、その日に鳴ったのはクラッカーの音でもバースデーソングでもなく、開戦の鬨の声。
「……随分と気の利かない話です」
クラーラはぼやきながらも、真顔でハンプティを見る。
「質問です。卵料理とは、どこからが卵料理なのでしょう」
「卵料理は卵料理です」
「答えになっていませんね」
ハンプティの答えをクラーラはばっさり一刀両断。
一回深呼吸をしてから再びクラーラは口を開いた。
「目玉焼き、卵焼き、茶碗蒸し、プリン、カステラ――卵を使っていれば卵料理なのか。では、衣に卵を使った揚げ物は? つなぎに卵を使ったハンバーグは? 卵殻カルシウム入りの食品は卵料理なのか?」
流れるような発言。
恐ろしいことに一度もかまなかった。すらすらとまるで呪文を唱えていくように流し込まれる情報にハンプティの動きが止まった。
「さらに言えば、有精卵と無精卵の料理適性差。温泉卵と半熟卵の境界。目玉焼きにかける調味料の最適解。これらを全自動で定義できますか? 私は塩胡椒で構いませんが、醤油派、ソース派、マヨネーズ派の存在を無視するなら、調理機械としては失格でしょう?」
「ぴぴ……」
情報量の波に、ハンプティはぷすぷすと煙をあげて、処理落ちした。
「あっ、ケーキも卵を使っていますね。今日、私の誕生日なんです。祝っていただけますか?」
「ぴよぉっ」
「ああ、材料は勿論正しいものをちゃんと調達して作ってくださいね。祝われるならともかく、卵料理にされる予定はありませんから。ああ、でもあなたの認識機能には少々不具合があるようですね。少し叩けば直るでしょうか?」
ぽこっと右斜め45度でチョップを一発おみまいすれば、ハンプティはぴよぉととっても情けない音を立てて動かなくなった。
全自動卵調理機なのにぴよっと鳴くのはいかがなものかと。まぁ、いいか。
「あら、動かなくなってしまいましたね。まぁ、いいですか。次の方に頼みましょう」
クラーラは竜漿で背後にいたハンプティの気配を感じ取り、振り返る。
「こんにちは、ハンプティさん。 あなたはどんなケーキを作ってくれますか?」
あら? なんだか発言が入れ替わっているような――まぁ、いいでしょう。
だって、今日は誕生日。一年に一度の特別な日なのですから。
●
モルガーナの姿を見つけた瀬堀・秋沙(都の果ての子猫魔女・h00416)の尻尾がぴょんっと膨らんだ。
「にゃっ、十全機関の第七席! 猫と縁が出来た第四席の朏くんより、おとなー、な雰囲気なのにゃ!」
大きな魔女帽が似合う大人の女性――だが、泣きわめく幼稚園児の前で固まっている。
「……ちょっと、苦労人な気配もするにゃ」
「そこのあなた、この状況をどうすればいいのでしょうか」
「猫に聞かないでほしいにゃ」
それはそう。でも、視線を秋沙に向けたことで幼稚園児は泣き止んだらしい。
その様子に秋沙はほっと一息をついてから改めて秋沙は隣にいる見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)の方を向く。
「お姉ちゃん、一緒にがんばろうにゃ! オムレツ食べたい!」
「えへへ、秋沙ちゃん、一緒に頑張りましょうね」
七三子は秋沙に頷く一方で、商店街をとことこ並んで歩くハンプティ達に顔を緩めた。
(ちょっと可愛いかも……)
そう思ったら、ハンプティ達の赤い目らしき何かが一斉に七三子の方を向いた。やっぱりあんまり可愛くないかもしれない。
「こんにちは! たまごさん! あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
早速意味不明な論理が振ってきた。頭のおかしいロボにわざわざ会話を合わせてやる必要はない。
とりあえず、話を合わさない、かみ合わせない、こっちの主張を通すのがよいだろう――七三子はすぅっと息を吸い込んでから矢継ぎ早に言葉を繰り出した。
「そもそも卵の定義はなんでしょうね。私が卵なら、あなたも卵? 私卵料理得意ですよ。美味しくしてあげられると思うんです。リクエストはオムレツですね。お任せ下さい!」
「ピピッ……まだ、わたし達はなにも発言しておりません」
「オムレツには何を入れますか? リッチなバターをたっぷり? それともじゃがいも? ああ、挽肉もいいですね、ミートオムレツ。ご飯にのせたら――あっ! それはオムライスになってしまいますね。オムライスには何をケチャップで書きましょうか。お帰りくださいませ御主人様と書きましょうか。それとも、黒柴にします? ああ、我が家の柴犬はすごくかわいいんですよ。肉球がとてもプリティなんです。何の話でしたっけ? ああ、あなたが卵で私に調理されるというお話でしたよね。これくらいのお弁当箱におにぎりと一緒に詰め込んであげましょう」
「ぴ、ぴょ……?」
恐ろしい早口だった。一切噛んでない。怖い。でも、七三子が飼っている柴犬は本当に可愛い。
よく脱走したり闘技場で暴れ回ってたりするけど、尻尾はち切れんばかりに振ってる姿はマジで可愛い。
とにかく七三子から流し込まれた圧倒的情報量にハンプティ達は|固まった《フリーズした》。
「そっちが全部卵に見えるなら……猫はお姉ちゃんを猫にして対抗にゃ!」
秋沙がすかさず七三子に|脳内侵略猫電波《ミンナネコニナレ》を放つ。脳内に直接猫の声が響く謎の魔力波動を注ぎ、語尾が『にゃ』になるように洗脳して、ネコミミを生やす。
しかも、当たった対象は同じようにネコニナレ電波を放ち、猫パンチが使えるようになるらしい。
あれ? この能力、洗脳能力に見えますけど、味方への支援スキルであってます?
いや、うん、強化効果は書いてあるんですけど、効果エグくないですか?
「猫耳お姉ちゃん、かわいい! キュート! ファンサして!」
とりあえず秋沙の支援スキル(?)と声援を受けた七三子。
強化された猫パンチでシャドーボクシングごっこをしながら再びハンプティに躙りよる。
「ねこ。可愛いですよね、ねこ。今は私もねこです。ねこが、これは猫ですって言ったら、たとえ卵でも猫になるルールがあるんですよ」
「卵じゃないにゃ! ぜんぶ猫!ハンプティさん、卵じゃないものを調理したらダメだよにゃ?」
「ピピピ……猫は哺乳類……卵では、ない……????」
混乱しているハンプティに秋沙の魔法弾の弾幕が一斉に襲いかかる。
ついでに、七三子もナックルナイフで叩き割ってハンプティの調理はあっけなく完了。早かった。
ハンプティを調理し終えたふたりの目が、モルガーナの方を向いた。
「モルガーナちゃんも猫耳、なる? きっと似合うにゃ?」
「一人、猫が増える……?」
モルガーナは思わず、後ずさった。
●
「子供って、純粋がゆえにとっても残酷な一面があるから、女性に年齢に関する話は禁物……おばさんって言われるのはショックよね。しかも泣かれてしまうなんて」
心底同情した様子で現れた矢神・霊菜(氷華・h00124)の姿にモルガーナは視線を向ける。
幼稚園児に地味にブロークンされてしまった複雑なハートを慰めてくれる――もしくは、解ってくれる人物が現れたのか。
そう、モルガーナは期待した。しかし、期待や希望というのは打ち砕かれるためにあるのだ。残念ながら、世間って所詮そういうもの。
「まあ、私はもう30半ばだけど若く見られるからおばさんって言われたことないけど」
「は? どういうことなのですか?」
モルガーナは思わず訊ね返すが、その表情には僅かな怒りと困惑の表情が滲み出ている。
わなわなと肩が震える様子を霊菜は見逃さなかった。
「あら、ショックを受けちゃった? ごめんなさいねぇ、同じおばさんだからセーフかと思っちゃった」
「あなた……先程からおばさんおばさんと。大人の女性のようですけれど、口の利き方や態度についてはもう少し学んだ方がよろしいのではありませんか?」
「私は見た目のおかげで別にショックは無いのだけど」
もう、やめてさしあげてほしい。モルガーナのブロークンハートのHPは0よ。
これ、武器で殴られるよりもよっぽど痛いんじゃないかな……。
しかも、子供におばさんと言われるよりも妙齢――されど、若々しい姿をした女性に言われるんだから反論できる隙がない。かわいそう。
さらに言えば霊菜にあからさまに嘲笑や挑発する意図は見えなかった。
少なくても、表向きは害意など見てとれなかった。
一方的に精神的にボコられて、煽られて、退路を断たれたモルガーナは、ついに実力行使に出てしまった。
「ならば、あなたも年相応になってしまえばいいのですよ」
モルガーナが放った急速加齢光線を霊菜は避けて、困ったような――哀れむような視線を向ける。
「うふふ、図星だからって|暴力《戦闘》に訴えるのは良くないと思うの」
「図星では……っ」
思わず言い返す。それはもう完全に図星です。
口プロレスの勝敗はもう明らか。
敗北を認めて潔よく散ってしまえば、まだよかっただろうに。
「殺るなら当然殺られる覚悟もあるのよね――なら、遠慮なく」
霊菜は氷翼漣璃を纏い、切りつけた。
●
「たまご……?」
篭宮・咲或(Butterfly effect・h09298)は、足下でマイペースに毛繕いしていた白い毛玉の両脇を抱え持ち上げた。
「やだあめちゃん、お前タマゴだったの?」
咲或に両脇を抱えられた使い魔のわたあめ(白くてふわふわ)が、なんのこと?とでも言いたげに首を傾げた。
不思議そうにするわたあめを、咲或はずいっとハンプティの眼前へ掲げてみせる。
「きみこれがたまごにみえるの? けむくじゃら……」
言いかけて、わたあめの毛がぼわっと逆立った。
「ごめんて、いい子だから怒らないで」
ふんっと鼻が鳴る。わたあめさんはなだめられたようだが、まだ少し不満なご様子だ。
適度に使い魔の機嫌を取りつつ、咲或はざわざわするハンプティにふわもふ使い魔を見せつけていく。
「このふわふわした物体が? たまごの殻みたいざらざらでも、ゆで卵の如きつるつるでもないのに? どっちかというと獣…あー肉……あ~…いや…ジビエじゃなくて?」
「しろくてまるいたまごです!」
「狐は哺乳類だったきがするけど、きみの中では肉もたまご分類ってこと? 動物性たんぱく質一括り?」
哺乳類。ハンプティたちは輪になってこそこそと会議をはじめた。
「データベースを照会しています。哺乳類は卵胎生ですから、哺乳類の卵が存在しえません」
「異議。単孔類であるカモノハシ他数種は哺乳類でありながら卵を産みます」
「ですが、たまごさんはたまごです」
「やはり哺乳類もたまごさんですね!」
途中まではよかったのに、途中から超着地をした。
「わぉ、大雑把」
ハンプティ達の会議を観戦していた咲或は思わず呟いた。
大変おおらか分類である。機械だからか。食べ物は腹に入れば一緒だからかの分類か。
(自分自身の姿をきちんと認識で来てないから、見分けがつかないのかな……可哀想に)
わたあめを地面におろしてやると、八つ当たりとばかりにハンプティ達をぽこぽこ殴りかかった。
ずっと抱え上げられ、けむくじゃらやらたまごやら好き勝手言われてご機嫌斜めだったのだろう。気持ちよく暴れている。
――白ければなんでもたまごだなんて、最近の機械は高精度だと思ってたけど例外もあるのねぇ。
●
麗らかに晴れた、最高にイースターな夏の午後のことだった。
博多祇園山笠の祭りに現れたそれらは、エオストレ・イースター(|桜のソワレ《禍津神の仔》・h00475)にとって、まさしく由々しき事態であった。
「きみ達がメカイースターエッグだね! でも、あんまりかわいくないな――そうだ! 僕がハッピーイースターエッグにしてあげよう!」
「こんにちは、たまごさん! あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
「卵料理? 卵料理は僕の方が得意だよ。なんたって僕はイースター! 卵の申し子なのさ!」
胸を張り、エオストレは高らかに宣言する。
「とってもイースターで、ビッグイースターなイースター卵料理を作ってあげよう! でも、まずはかわいくないきみ達を、とってもイースターにしてあげようね! 祝祭の花吹雪がいいかい? それとも死者も目覚める感じの、ミラクルハッピーなパステルカラーがいいかい?」
「たまごさんが全自動卵調理器であるわたし達を料理しようなんて、百万年早いのです! 大人しくスクランブルエッグになるのです!」
「僕はたまごさんじゃなくて、イースターだよ! それにスクランブルエッグはイヤだよ! ぐちゃぐちゃじゃないか!」
「完成した料理に文句を言うたまごさんは、固ゆでにして差し上げます!」
「それはそれでかわいくない!」
エオストレとハンプティは、互いに一歩も退かず何やら口論を続けている。
その様子を少し離れたところから傍観しつつ、咲樂・祝光(|曙光《アルナ》・h07945)は、ふと、とある格言を思い出した。
――争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない。
あの格言は真実だったんだなあ、と遠い目をしていた、その時だ。
「大変だ! 祝光!!」
エオストレが急にがばっと振り返り、勢いそのままに祝光へ縋りついてきた。
「メカイースターエッグが卵料理してる!! 僕に張り合ってきたよー! どうしようー!! バチバチに闘志を燃やしてるしさ! しかも! 僕をスクランブルエッグにするんだって! せめてゆでたまごにしてよー!! うわーん!!」
「は? なに。ゆっくり話して? 何が何を何したって?」
いつものことではあるが、意味不明なことを叫びながら泣きつく幼馴染みを、祝光はひとまず宥める。
背中を軽く叩きながら、今しがた交わされていた会話を頭の中で整理してみる。
何ひとつ理解できない。
理解できないが、あの卵料理メカが敵であり、エオストレが妙な対抗心を燃やしているらしいことだけは、なんとか把握できた。
(エオストレは卵料理が得意だと自負しているから、突然のライバル出現に戸惑ってるのか――知らんけど)
そこまで考えたところで、祝光は早々に理解を諦めた。
そもそも、卵料理を作る機械を相手に、なぜイースターの威信が懸かっているのか。追及したところで、まともな答えが返ってくるとも思えない。
ならば、エオストレが立ち直りそうなことを言えばいい。
「泣いてる場合じゃないだろう。卵料理で張り合われたなら、君の卵料理で黙らせてやればいい」
「僕の、卵料理……?」
エオストレが涙に濡れた瞳を瞬かせる。
祝光は一瞬だけ言葉に詰まり、それでも勢いのまま続けた。
「そうだ。君のイースターは、メカイースターエッグ以下なのか?」
「祝光……!」
その一言で、エオストレの瞳にみるみる光が戻っていく。
「わかったよ! 僕があいつらを、とびきりハッピーなイースターエッグにしてやる!」
涙を拭い、エオストレは満面の笑みを浮かべた。
「えへへ……祝光にまた救われちゃったな。苦手でも大丈夫! 将来は三食、卵料理を作るしさ!」
「何の話?」
祝光自身、自分が何を言ったのかよくわかっていない。
ついでに、何の将来を想定されているのかもわからない。
だが、エオストレはすっかり泣き止み、意気揚々とメカイースターエッグへ向き直っていた。よくわからないが、調子を取り戻したようなので、祝光はひとまずよしとする。
「さあ、メカイースターエッグ! 本物のイースターがどっちなのか、きみ達に教えてあげるよ!」
「望むところなのです! たまごさんは、お祭りの皆さんへ振る舞うオムレツの具材にして差し上げます!」
「だから僕はたまごさんじゃないってば!」
再び騒がしく言い争い始めた両者を眺め、祝光はそっと一歩後ろへ下がった。
「このまま奴らにイースターを教えてやれ。俺は少し離れたところにいるから」
「離れたところ!?」
聞き捨てならないとばかりに、エオストレが勢いよく振り返る。
「ダメダメ! 祝光は僕のそばにいるの!」
「やめろ! 巻き込まないでくれ!」
「だって祝光がいないと、僕のハッピーイースターが完成しないじゃないか!」
「初耳だ!」
逃げようとする祝光の腕を、エオストレがしっかりと抱え込む。
こうして祝光は、祝祭の花吹雪とミラクルハッピーなパステルカラー、そして大量の卵料理が飛び交う戦場へ、当然のように連行されていくのだった。
●
「こんにちは、卵さん! あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
「卵!!! どこかのバカは高所から落ちて割れて戻らないなど喚いているがアレは嘘だよ。卵だって戻すことはできる。あたしは知っているよ。欠片を集めて戻せば良いのにそんなことも思いつかないなんて馬鹿ばっかだ!! そうだろう!!」
「卵の殻ごと使う料理でしたら|茶葉蛋《チャーイェーダン》などいかがでしょう? それとも、写真映えもばっちりな卵の殻プリンもお勧めですよ」
「食べるな!! 繋げと言っているんだ!! 中身が零れたならオガクズでも詰めておけばいいだろう!!」
初手から話が通じていなかった。
いや、あらゆる生物をたまごとみなし調理しようとする|ハンプティ《ポンコツ》と、|梅枝・襠(弥生兎・h02339)《インサニティ》で会話が成り立つ方がおかしいのだ。
目の前で繰り広げられる会話のドッジボールに野分・時雨(初嵐・h00536)は遠い目をする。
「え、ぜんぜんわかんない。たすけて。卵は割れても戻んないよ。お話聞いて。話が通じない。助けて!」
ドッジボールに夢中なポンコツとインサニティは傍観者の声など聞いちゃいなかった。哀れ。
「……うわ、酷いなオガクズだらけだ。――ほら! それ貸して、貸すんだよ!」
「なにをするんですか! たまごさん!」
襠はハンプティから、フライ返しのセットされたアームを根元からもぎ取った。
そして、それを思いっきり振りかぶり、力のままにハンプティを殴りつけた。
「右斜め45度で殴れば直るに違いない! 牛すき焼きには卵が合うと有名だがどうだろう? 最高だろう? 理解するんだ! 理解するんだよ!」
「うわ……」
ガンガンといっそ心地のいい音が夏の空に響き渡る。時雨はドン引きして傍観に徹していた。
おかしいな。フライ返しで殴ってるだけなのに、ハンプティの装甲がボコボコに凹んでいっているのだ。なぜ。
生物は理解できぬ脅威に遭遇すると本能的に恐怖を覚えるが、どうやらそれは機械も同じらしい。
「このたまごさんはおかしいです」
「たまごさん、止めてください」
ハンプティ達が訴えかけるような視線で時雨の方を見た。
先程までうさぎと一緒になってドッジボールをしていたくせに調子がいいものである。時雨ははぁっと溜息を吐く。
「ぼくに助けを求められても困るよ。うさぎはぼくにはとめられない。むしろ、ぼくが助けてほしい――本当になにもわかんな~い!」
「責任を果たしてください。逃げる気ですか」
政治家のヤジのようなことを言い出したが、どうしようもないものはどうしようもないのだ。
でも、これ以上襠に喋らせると時雨の|正気度《SAN値》も削られかねない。時雨は適当に襠の口に卵を詰め込んだ。
あ、これ卵じゃなくて泥だった。まぁいいか。
「ってあれ? もしや……これも敵の作戦……!? さすが、卵形の機械。オツムは空っぽながら栄養たっぷりってわけですね。今何の話? わかんない。」
時雨が耐えられそうにないから襠を強制的に黙らせた。だが、よくよく考えたらこれは敵が得する行為ではないのか。
現にハンプティ達は露骨にほっとした様子を見せていた。表情なんぞないのに伝わってくるのだから、いかに彼らが襠への対処に思い悩んでいたのかが伝わってくる。
ただ、これしきで三月生まれが黙るわけがなかった。襠は泥をぺっと吐き出し、何事もなかったようにふたたび口を開く。
「オマエ! 卵と卵使いの魔女に違いない! ところで卵と兎は関連深い。イースターエッグなんざいい例だ。そうだろう? 卵は兎から生まれるんだ。もちろん、牛だってそう。そこの魔女も、そこいらにいる砂利ガキ共もそうだよ。あたしは賢いんだよゲェーッ!! 牛臭い!!!」
「うさぎ鍋がぼくのこと臭いって言ったんですけど! 聞いてました!? ねえ!!」
「臭みを取るならお酒がおすすめですよ。たまごさんはたまご酒にしましょうか!」
「お酒はすきだけど、ぼくが飲みたいんですー」
今度はドッジボールの三つ巴だ。時雨は接敵すると思いっきり拳でハンプティを殴りつけ、かち割った。
残念ながら中身は卵黄ではなく配線と基板である。ぱちぱちと火花が弾けるこれでは卵料理になりやしない。
「最悪だ! ぜんぶ卵のせいだろう! 卵をもっと割って、牛すき焼きにかける!!」
「ハンプティもうさぎも許しません!! ここになくてもどっかにある卵で卵とじうさぎ鍋にしてやる!!」
口論をしつつ、ふたりは手当たり次第にハンプティ達をかち割っていった。
●
「やあハンプティ君!」
「こんにちは! たまごさん!」
「早速だけど質問だ! この僕という命、君ならどう調理する?」
やたらハイテンションな様子で登場したのは、キール・フレイザー(唯一無二・h00613)だ。
テンションの高さゆえか、それとも何かの錯覚か――きらきらとした輝きを纏っている。
その輝きがハンプティたちには金の卵にでも見えたのだろう。モノアイがぺかぺかと大変やかましく瞬きはじめた。
「あなたはすばらしいたまごさんですね! ここはシンプルに目玉焼きはいかがでしょうか! たまごさんのすばらしい黄身が目立つことでしょう!」
「もしくは超高級バターをふんだんに使用した贅沢オムレツも最適かと思います!」
「エッグノッグも捨てがたいですね! シナモンパウダーも振りかけましょう」
ハンプティ達の興奮したモノアイの光を浴びて、キールは微笑みながらなるほどねと頷く。
こうして他者視点で聞くと、自分新発見に繋がって楽しい。
「――そして、僕は僕という存在をますます大事に想うのさ……★」
ぴゅうっと、夏の湿った風が吹いた。コロコロと紙くずが転がっていく。
その様子さえもキールは夏は僕の美しさに火照り、紙くずも僕の美しさの前に逃げ出してしまった――ああ、なんて美しい世界。ビバ・僕!
このままハンプティくん達とうつくしい卵料理について語るのもやぶさかではないが、悲しいことに彼らは敵だから
「残念だけど――君たちは僕という命を測りきれてない、それじゃあ美味しい卵料理にならないよ」
「なんと! 目玉焼きやオムレツやエッグノックよりも最適な調理方法があるのですか?!」
「まず僕全体をモチョしてヒャチョヘするね?」
「モチョ?」「ヒョチャ?」「データベース検索中――該当なし。それはどのような調理法なのですか?」
「え? 全自動卵調理機なのに知らないのかい? ヒョチャヘだよ。それは知ってるよね?」
ダンプティたちが顔を見合わせる。
先程まであんなにうるさく輝いていたモノアイも、今は切れかけの蛍光灯のような頼りない光になってしまっている。
「柔らかくなったらモガヘッポをポキャ、塩をセクファサして丁寧にパッセしてドクセ、エデみが出た所でトゥミオカするね? そしたら――」
その時だった。ついに過負荷に耐えられず、ぷすっとダンプティ達の頭から湯気が立ち昇る。
このまま頭で目玉焼きでも作れそうだ。さすが全自動卵調理器。熱暴走で壊れてもなお調理器になれるなんて。
「あ、ちょっと――これからいいところだったのになぁ……僕自身、言ってて何がなんやらだけど。まぁいいや、もう暫く付き合ってもらおうかな」
モチャヘチョピョゲhogehoge――暫く、よくわからない擬態語の嵐は続くのでした。
●
――わたし達、全自動卵調理機『ハンプティ』は、あらゆるたまごさんを素敵な卵料理に調理することを誓います。
ころころ転がるように移動して次なるたまごさんを探していた、その時。
「あれは立派な白玉さんと赤玉さんですね!」
まさか、これがあんなことになるなんて――思わなかったのです。
「おっ、なんかたまごみたいなの居るー。カナトは目玉焼き何派?」
「オレは塩胡椒かなぁ。氷月君は?」
「俺は醤油派かなーー」
「たまに和風な醤油味も良いよね。ソース掛ける人とかマヨラーとか、わりとケチャップ派の人もいるのかも。というか、この前知り合いがさ、砂糖かけるって話しててびっくりしたよね」
戦場らしくない会話をしながら現れたのは、|緇・カナト(hellhound・h02325)《赤いたまごさん》と|雨夜・氷月(壊月・h00493)《白いたまごさん》です。
ふたつのたまごさんはわたし達を囲むように楽しそうにお話しています。
ですから、わたし達もいつもよりも明るい調子で話しかけることにしました。
「こんにちは! たまごさん! どんな卵料理に調理されたいですか?」
「オバ……じゃなくてオネーサンは?」
白いたまごさんは、近くにいる|あやしいたまごさん《サマータイム・モルガーナ》へ話を振りました。無視しないでください。かなしいです。
たまごさんとして礼節を忘れるのは、どうかと思うのです。
「別に卵料理は――というか、今何か言いかけましたよね?」
あやしいたまごさんがピキッとしました。大変です。殻が割れてしまうかもしれません。
その後も赤と白のたまごさんは、オムライスだのゆで卵だのと話すばかりで、ちっとも希望をだしてくれません。
仕方がないので、もう一度希望を訊こうとした時です。
「あ、そういやさ。ねえコレ俺のたまご(※爆弾)なんだけど、コレ調理できたりする?」
「もちろん、おまかせくださ――」
差し出された青く光る石を見て、固まりました。
これはどう見てもたまごではありません。青いです。硬いです。何より、とても危険な気配がします。
「これがたまごのわけありませんよ!!」
「ちょっと青いけど、たまご(※爆弾)だよ」
「青いたまごもあるしねぇ」
「これは無機物です! というか爆弾ですよね!?」
「でも、卵もレンジに入れると爆発するじゃん」
「…………」
たしかに。
わたし達は全自動卵調理機です。
あらゆるたまごさんを素敵な卵料理にすると誓った以上、爆発するからといって、たまごさんではないと決めつけるのは職務怠慢かもしれません。
「では、慎重に加熱します!」
調理口へ入れて三秒後、盛大に爆発しました。
「わあああああああ?! なんですかこれ!!!!」
いえ、物理的な爆発というより、基板へ直接負荷をかけてくるような嫌なアレです。一気に熱暴走して、もうあっつあつです!
「おー、焼けたー」
「ちょっと火力が強かったかなぁ」
「半熟にならなかったね~」
「黄身はとろーりがいいのに……壊れてるんじゃない?」
「たまごさんが危険物を入れるからでしょう!!」
まったく。
全自動卵調理機をご使用の際には、きちんと取り扱い説明書を読んでほしいのです!!
「オレも何か|たまご《危険物》、あったかな~」
あの、今なにかおかしいルビが見えましたが、気のせいでしょうか。
赤いたまごさんが取り出したのは、白い骨っこでした。
「白いしまるっぽいし、たまごってことで」
さらに、ぶぅんと|黄色いたまご《蜜蜂》さん達まで押し寄せます。
「白か黄色か丸かったら、たまごだよねー?」
「ねー」
「これははちみつでべたべたします! はちみつのべたべたって、なかなか取れないんですよ!!」
もうさっきから、べたべた、がたがた、もう最悪です!
「カナトのたまごもイイカンジだー!」
「美味しくなれそうだねぇ」
「ねー」
「ねーじゃないです!」
がこん。ばちん。どかん。
わたし達はそのまま、煙を噴いて、倒れてしまいました。
●
「こんにちは、卵さん! あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
全自動卵調理機『ハンプティ』が愛想よく話しかけてきたので、笹森・マキ(魔眼持ち・h07640)も弾んだ声で問い返す。
「では、たまごさん達。目玉焼きに何をかけるか言ってみて♪」
「わたし達は全自動卵調理機『ハンプティ』のため、目玉焼きの摂取を必要としません。一般的なデータを参照するため、データベースを照会します。ピピピ……ッ! 地域差もありますが、一般的には醤油や塩胡椒が好まれているようです」
「ふんふん、塩胡椒も醤油もいいよねぇ。マキも大好き!」
「それでは、たまごさんは目玉焼きになりますか?」
「でもねぇ、マキ、ソースやケチャップもいいと思うの。特にソース。ウスター派? 中濃派? それとも……デスソース派?」
マキは笑顔だ。超笑顔だ。素晴らしいくらいに笑顔だ。
なのに、圧を感じる。
その時、ハンプティ達は直感したという――ここで答えを間違えたら、死ぬ。
「わたし達のデータベースには登録がありません」
「知らないの? だめだよ、調理機ならデスソースのことも知っておきなさい。ほら、まず一滴。大丈夫、死ぬほど辛いだけで、たぶん死なないから!」
がしっ、とハンプティを鷲掴みにしたマキが、調理口へ激辛ソースを注入する。
「デスソースは辛くて旨いんだよ。辛いから旨いし、旨いからもっと掛けたくなって、もっと掛けるともっと辛くなって、辛くなると黄身の甘さがよく分かって、黄身が甘いからまたデスソースを掛けたくなるの。つまり、デスソースと目玉焼きは永久機関なんだよ」
辛くて旨い、辛くて旨い、辛くて旨い、辛くて旨い。
「一滴なら刺激、二滴なら挑戦、三滴なら後悔、四滴なら走馬灯! ……あれ、たまごさん固まっちゃった?」
ぷすぷすと煙を吐いて停止したハンプティを、マキは興味を失ったようにぽいっと放り投げた。
そして、次なる布教相手へ視線を向ける。
「あ、綺麗なお姉さん。あなたもデスソース好きですか? 辛くて美味しいですよ♪」
その日、モルガーナのもとに、いろんな意味でホットな夏が訪れたという――。
●
暑い夏がきた。
こんな日は、涼しい部屋でお布団にくるまり、ごろごろと何もせず過ごしたい。
そう思っていたアダルヘルム・エーレンライヒ(夜に徒華・h05820)だが、外へ出なければならない重大な理由が発生してしまった。
「大きな卵ときいたら来るしかなかったんだぞ!」
かくして重たい身体を引きずり、はるばる櫛田神社までやって来たのである。
そこには、ころころと隊列を組んで進む、卵型の機械達がいた。
アダルヘルムは眠たげだった瞳を大きく見開く。
「……はっ! もしや、コイツらを温めれば機械のピヨこが孵るやもしれない?」
「え、孵りませんよ」
夢と希望に満ちた推測は、ハンプティたちによって秒でぶった切られた。
「わたし達は全自動卵調理機であって、たまごではありません」
「しかし、見た目は卵なんだぞ」
「卵型の調理機です」
「つまり、卵に擬態して孵化の時を待っている……?」
「待っていません!」
どうしましょう。このたまごさん、言葉は聞こえているのに話が通じません。
「少しでも可能性があるなら放っておけないんだぞ!」
「可能性はゼロです!」
「あっくん、機械のトリさんも欲しいのだ! お前たちの親は何鳥なんだ? 鶏か、それともカルガモか? それとも――」
アダルヘルムは視線をちらっとモルガーナの方へ向ける。
「そこのおばさんがママだったりするのだろうか」
「お、おば……?!」
エルフとハンプティの会話を遠巻きに眺めていたモルガーナへ、唐突な流れ弾が直撃した。
「色合い的にそこのおばさんはカワセミっぽいなぁ……ほら、勢いをつけ過ぎて木に突き刺さった系の間抜けな……」
「そもそもあなた、これが何かの卵に見えるのですか。見えるのだとしたら、目薬か何かが必要だと思います。ちょうど近くにドラッグストアがあるので行かれてはいかがでしょう」
「……つまり、鳥類の卵だとは決まっていない、ということか……!?」
「どうして、そうなるのです!?」
「……裏切られたんだぞ!」
こうしてハンプティ達は、身に覚えのない裏切りの罪によって、次々と夏空の彼方へ散っていった。
●
「いらっしゃいませっす! ハンプティさん、緊急アンケートっす!」
子供に近づこうとしていた全自動卵調理機『ハンプティ』の群れへ、キュロス・ラビュリントス(雷蹄の銃斧士・h08660)の声が割り込んだ。
「『目玉焼きに醤油、ソース、塩胡椒のどれをかけるのが正解か』という問題で、当コンビニのデータベースが爆発したっす。どれが至高の味付けか、高性能AIで今すぐ結論を出すっす!」
「至高の味付け、ですか?」
ハンプティ達が一斉に演算を開始する。
「ピピピ……。地域や年齢による差はありますが、一般的には醤油が――」
「醤油っすね! では濃口、薄口、甘口、だし醤油、牡蠣醤油のどれっすか?」
「えっ」
「産地も指定してほしいっす。あと、かける量は一滴単位でお願いするっす」
「そこまでの情報は――」
「曖昧な回答はお客様満足度の低下に繋がるっす! では、ソースはどうっすか? ウスター、中濃、とんかつ、お好み、デスソース」
「最後だけ種類が違いませんか?」
「塩胡椒なら、塩が先か胡椒が先か。同時なら配合比率は何対何っすか? 塩は食卓塩、岩塩、海塩のどれっすか?」
「質問が増えています!」
ひとつ答えれば、三つに増える。三つに増えれば、無限に増える。
無限の選択肢を演算するハンプティ達の処理音が、次第に大きくなっていく。
ピピピ。ガガガ。ピ――。
やがて、群れは揃って動きを止めた。
「フリーズ確認っす。アンケートへのご協力、感謝するっすよ」
キュロスはその隙に泣いていた子供とその保護者に声をかける。
「……ちなみに、女性のお客様を『おばさん』と呼ぶのは接客の基本に反するっす。年齢にかかわらず、『お姉さん』で統一するのが無難っすよ」
「そこだけは、あなたに全面的に同意します」
「クレーム対応は、初動が命っすから。こっちに来るっすよ。安全な場所まで案内するっす」
同意の言葉を口にしたモルガーナに見守られながら、キュロスは親子を安全な場所へと案内する。
こうしてお祭りの平和は、終わりのない目玉焼き論争とコンビニ店員によって守られたのだった。
●
「相手を混乱させる……私が淑女として、|そこそこ《・・・・》真面目に話をすればよいということですね」
神妙な面持ちで告げたシンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)に、神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)も真面目そうな様子で頷いた。
|そこそこ《・・・・》が、若干気になる気もするが、今はあえて触れないでおこう。
「時に境華さん、メイドカフェに行かれたことはありますか?」
「……めいど、かふぇ……」
大真面目な表情をしたシンシアから繰り出された"めいどかふぇ"なる単語を繰り返しながら、小首を傾げた境華は目をぱちくりと瞬かせた。
「いえ、行ったことはありません」
「私は秋葉原にあるツンデレメイドカフェが好きで今度ご一緒にどうですか」
「つんでれ……メイドカフェ。そのような場所があるのですね。今度、はい」
「それでは予定を――いえ、それは後にしましょう」
危うく目的を忘れかけたシンシアは少し考えてから再び口を開いた。
「メイドカフェのメニューには、大抵オムライスがあります。しかし、卵にしっかり火を通したものが多く、とろふわ系はあまり見かけないのです。何故なのでしょう」
「確かに、とろふわ系のオムライスにも魅力があるはずです……」
「何故なのか時折考えているのですが答えが出ないんですよね」
大真面目な表情でメイドカフェのオムライスについて語らうふたりは、ハンプティたちのほうへと視線を向ける。
ハンプティは首を傾げるように、僅かに本体を傾けた。
「思うに、その形には理由があるのではないでしょうか。例えば、卵にしっかり火が通っている方が、味や見た目を安定させやすい、とか……。あなた方はどう思いますか?」
「ピピ……そうですね。卵にしっかり火を通した方が形を保ちやすく、仕上がりにもばらつきが出にくいと考えられます」
「ケチャップで文字を描く際にも、表面が固い方が適していそうですね」
「ピピ……メイドカフェのオムライスには、ケチャップで文字や図形を描く工程があるのですね。表面強度が高い方が、線の乱れや形崩れを防げると推測します」
「ですが、とろふわも捨てがたいはずで……」
「そうなのです。私も時折考えるのですが、答えが出ないのですよね」
境華とシンシア、そしてハンプティたちは、輪になってむーんと悩み込む。
どことなくゆるい空気が流れる中、最初に顔をあげたのはシンシアだった。
「萌え萌えきゅんをしなくても、おいしいからなのでしょうか」
「萌え萌え、きゅん……とは?」
境華が不思議そうに訊ねれば、ピピピと電子音を鳴らすハンプティも本体を傾けた。
「萌えは調味料ですか? わたし達のオムライスのマニュアルでは、きゅんを投入する工程が確認できません」
「いえ、そうではなくてですね」
シンシアはどう説明しようか少し悩んだ後に、両手でハートを作り上げて、目の前にオムライスがあると仮定した空間へと差し出した。
「こうして……おいしくなーれ、萌え萌えきゅん!」
夏空に、シンシアの萌え萌えきゅんが響く。
境華は真面目な表情でそれを見ていた。
ハンプティたちはモノアイを点滅させて、たまごさんの勇姿を記録していた。
つまり、沈黙が降りていた。
「……や、恥ずかしっ……」
いたたまれず、頬を赤くして手を下ろそうとしたシンシアの様子を境華は眺め続けていた。
その動作を覚えとり、境華はシンシアと同じように手でハートを形作る。
「こう……でしょうか?」
小首を傾げながら、シンシアの行動を真似る。
「おいしくなーれ。萌え萌え、きゅん」
「境華さん!?」
真正面から放たれた|萌え萌えきゅん《いちげき》に、シンシアは胸を押さえて蹌踉めいた。
「破壊力が……!」
どうにか呼吸を整え、改めてハンプティたちを眺めれば、何やらぷすぷすと煙を上げて固まっている。
なんだかよくわからないが、上手く行ったらしい。
●
皮肉な程に晴れた夏空の下。クマゼミだけが暢気にシャンシャンシャンと鳴いている。
降り注ぐ日光と蝉時雨を浴びつつ、シルヴィア・ノーチェイサー(人として・h09162)は、わなわなと肩を震わせるモルガーナを見つめた。
「ふふふ、子供は正直ですね。見たままのことを口にします。実に愛らしいことで――そう思いませんか、|おばさん《・・・・》?」
「初対面の相手に、少々礼儀がなっていないのではありませんか?」
「あら、すみません。では、何とお呼びすれば? 怖いおばさんと?」
「謝罪する気がありませんね!?」
「あら、それでは――猫耳おばさん?」
「呼称を変えただけではありませんか!」
モルガーナの頭上では、先ほど秋沙と七三子に無理やり生やされた猫耳が、怒りに合わせてぴんと逆立った。
「ああ、そういえば先ほど、あなたと話していた女性は、三十代半ばでも若く見られるそうですね」
「何故その話を蒸し返すのです!?」
「羨ましいのですか?」
「違います!」
否定に合わせ、猫耳がぶんぶんと左右へ揺れる。
「それに、これは個人の自由ですから、私が口を挟むことではないのでしょうけれど――趣味はもう少し考えられた方がよいかと」
シルヴィアは猫耳へ視線を移す。
何も言わない。ただ、じっと見る。
その沈黙だけで、モルガーナには何を言われているのか痛いほど伝わった。
「ち、違います! これは、にゃっにゃっと喋る変わった娘に無理やり……!」
「そうなのですか? あまりに馴染んでいたので、てっきり自前かと」
「馴染んでなどいません!」
「では、普段からそのような趣味があるわけではない、と」
「ありません!」
「そこまで必死に否定されると、かえって怪しく聞こえますね」
「あなた……!」
怒気を孕んだ声とともに、猫耳が再び逆立つ。
「あら? 感情表現までしてくれるなんて、随分と高性能なんですね。口より素直で実に愛らしいです」
「観察しないでください!」
シルヴィアの称号は『人として』――続く言葉は、おそらく「どうなのでしょうか」だ。もしくは、「もう少し手心を」でもいいかもしれない。
少なくとも、今まさに煽り倒されているモルガーナは、そう問いたいことだろう。きっと。
あまりにも煽りの火力がえげつない。
幼稚園児に泣かれ、七三子と秋沙に猫耳を生やされ、霊菜にはナチュラルに煽られた。煽りのコンビネーション。見事な連携攻撃である。
「あなたたちは本当に失礼ですね!?」
ただ、ハンプティ達を引き込もうとしただけなのに、とんだとばっちりなのである。いや、EDENとの戦闘になることは、モルガーナだって覚悟の上だった。
それなのに、まさかこのような形で精神的にフルボッコにされる日が来ようとは思わなかっただろう。
「まあ、猫耳おばさんの趣味については、ひとまず置いておきましょう」
「今すぐ永遠に置いてください! あと、私の趣味ではありませんから」
モルガーナが言い返した次の瞬間、シルヴィアの笑みが消えた。
風の流れが変わる。高速で駆けるシルヴィアは、携えた弩でハンプティ達を次々と撃ち抜いてゆく。
巻き込まれていた幼い少女――みぃちゃんは既に他のEDENによって保護されている。
ならば、遠慮は無用。
|捉え得ぬ月影《ノーチェイサー》は夏の戦場を駆け抜けた。
●
シャンシャンシャンと喧しくクマゼミが鳴き叫ぶ夏の午後。
眩しさを増した夏の太陽を背にして、リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)が堂々と言い放った。
「待ってください! あなた達の行動には、重大な論理的欠陥があります!」
その声に、たまごさんを探して進んでいた全自動卵調理機『ハンプティ』達が、ぴたりと止まった。
「卵料理にしてはいけないものが、論理的に存在します」
「卵料理にしてはいけないもの……?」
「はい。それは――|卵料理《・・・・》です!」
びしりと人差し指を突きつけられ、ハンプティ達は一斉に本体を傾けた。
「考えてみてください。卵を目玉焼きにして、その目玉焼きをスクランブルエッグにして、さらに茶碗蒸しにして、その茶碗蒸しをまた別の卵料理にして……」
「ピピ……」
「卵料理を卵料理へ調理し続けるなら、あなた達はたった一つの卵を延々と作り変えるだけの存在になってしまいます!」
「それは……困ります!」
「でしょう? ですから、卵料理はそれ以上調理しないというルールを設けるべきなのです!」
筋が通っているような、通っていないような。
しかし、一度調理した卵料理を再び調理してよいのならば、どの時点までを『たまごさん』と呼ぶべきなのだろうか。
目玉焼きはたまごさんなのか。目玉焼きを崩したものは、新たなたまごさんなのか。茶碗蒸しをオムレツへ作り変えた場合、それは茶碗蒸しなのか、オムレツなのか。
「卵料理を再調理した場合、元の料理の名称は失われるのでしょうか」
「新しい卵料理になったのなら、新しいたまごさんと認識するべきでは?」
「しかし、それでは同じ卵から無限にたまごさんを生産できます」
「無限に……」
「無限……」
ピピピ。ガガガ。ピ――。
ハンプティ達の演算回路が、早くも無限ループへ突入しかけている。
機械にとって無限ループは、とっても大変なのです。
「では、卵料理はそれ以上調理しない、ということで」
「ピピ……了解しました。卵料理の再調理を禁止事項へ追加します」
困ったようにモノアイを明滅させるハンプティ達へ、リズは満足げに頷いた。
「そして、ここからが重要です」
リズは自らの胸へ手を当て、誇らしげに告げる。
「私は実は、卵料理なのです!」
「えっ」
「薄力粉、砂糖、アーモンド、バター、そして卵白! それらから作られた卵料理として活動しています! 卵料理としての名前を【|ふわほわフィナンシェ《・・・・・・・・・・》】といいます!」
とても可愛らしいお料理名ですね。
でも、実態は|ふわ《・・》も|ほわ《・・》も|フィナンシェ《・・・・・・》もどこにあるんだって思うほど、戦闘力に溢れた強者達の集まりであることを、|天の声《わたし》は知っています。
怖いよお。
「フィナンシェはお菓子では?」
「卵白を使用しています」
「ですが――」
「卵白を使用しています!」
「ピピ……」
反論を遮り、リズはもう一度、力強く言い切った。
卵白を使用している。
ただそれだけである。
だが、卵を使った料理を広い意味で卵料理と呼ぶならば、完全に否定することも難しい。
「卵料理である可能性を否定できません」
「そうでしょう!」
押し切られてしまった。
「つまり、あなた達は私を調理するべきではありません。先ほど決めたルールに違反してしまいますからね」
「確かに。既に卵料理であるたまごさんを、さらに調理してはいけません」
「そして、卵料理を作るあなた達と、卵料理である私は、卵に携わる者同士です。つまり――そもそも仲間同士なのです!」
「仲間!」
「はい、卵仲間です!」
ハンプティ達のモノアイが嬉しそうに点滅する。
これで説得は成功した。いや、これは説得……なのだろうか。
甚だ疑問は残るところではあるが、懐柔できたからまぁよしとしよう。
リズは満足げに深く頷いた。
「そして、仲間として助言しますが、あなた達の作る卵料理には足りていないものがあります」
「そ、それは一体何なのですか! ふわほわフィナンシェさん!」
「それは――|戦闘力《・・・・》です!」
ハンプティ達は、まさに『がーん』という効果音が似合うほどの衝撃を受けていた。
「わたし達の卵料理には、戦闘力が足りない……」
「火力には自信があったのです……」
「その火力は調理用です! 戦場を生き抜くには、卵料理そのものにも自らを守る力が必要なのです!」
「卵料理そのものに?」
「当然です。完成しても、食べられる前に撃破されてしまえば意味がありません!」
「食べられる前提なのに、撃破を避ける必要があるのですか?」
「これは私のフィナンシェとしての経験から、間違いのない事実です!」
説得力しかなかった。
なにせ、目の前にいる自称フィナンシェさんは、どう見ても戦場を生き抜くための装備に満ち溢れている。
なお、ツッコミどころしかない論理ではあるが、このハンプティ達も、そもそもの前提条件からして狂っている。混乱させるという自称フィナンシェさんの目的は、見事に達成されていた。
「ですが! 今だけ! 特別に! 卵仲間であるあなた達へ、戦闘の手本をお見せしましょう!」
「戦闘の手本?」
「レインシステム――起動!」
自称フィナンシェさんの周囲に、各種砲台や武装が次々と展開される。
同時に、爽やかな風が境内を吹き抜け、穏やかな陽光が降り注いだ。
「わあ、平和的です!」
「はい。これは仲間同士の教導訓練です。本当に戦うわけではありませんから、安心してください!」
自称フィナンシェさんは、大型ブレードを備えたエネルギー砲LXMをハンプティ達へ向ける。
「あの、すべての砲台がこちらを狙っているのですが」
「これは、あくまでも平和的な訓練ですからね」
次の瞬間、四連撃の|総攻撃《フルファイア》が炸裂した。こわい。
「撃破されているのですー!」
「実戦形式ですから!」
爽やかな風と穏やかな陽光の中、無数の砲撃がハンプティ達を容赦なく薙ぎ払う。
こうしてハンプティ達は、自称フィナンシェさんからの実戦的すぎる指導によって、爽やかに夏空の彼方へ吹き飛ばされていった。
