⑨ザ・サン・サイン『挨拶』
●九州産業大学
挨拶、とは。
何かを考えた時、それは詰まるところ、『人間らしさ』の根源なのではないか。
挨拶の重要性は言うまでもない。
社会的儀礼の一つでありながら、単なる形式的な言動ではない。
ただ一言。
それを発するだけで関係が構築され、維持され、緊張を緩和する。
コミュニケーションという場において、挨拶は不可欠な役割を果たしていると言えるだろう。そして、それは同じ言語を操る者のコミュニティに所属しているという強烈な帰属意識にもなり得る。
人間は極めて短時間で他者への印象を形成する。
故に、挨拶は初手なのだ。
シグナルと言っても良い。それが基盤となって関係性を円滑なものへと変えていく。
円滑な関係性というものを考えれば、まず生存戦略が浮かぶだろう。
他者との接触は脅威の判定でもある。
つまり、挨拶は礼節でありながら非攻撃性のシグナルでもあるのだ。
そして、同時に確認でもある。
他者が己にとって如何なる存在であるのか、のだ。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちは」
九州産業大学のキャンパスに存在する建造物の如何なるものよりも巨大に膨れ上がった怪異は、ただ只管に単語を紡いでいた。
『こんにちは』
それは問いかけであった。
挨拶でありながら、他者を慮る言葉であった。
だが、その怪異はただ、発するだけだった。
『こんにちは』ご機嫌いかがですか。良い天気ですね。
などと言った挨拶の文頭ですらなかった。
丁寧さを持ち得ながら、しかし、そこにあるのは一方的な問いかけ。シグナルでしかなかった。
理解には程遠い。
「類に『挨拶の概念を授けた』といわれる、正体不明の怪異『こんにちは』! 私達の√だけに存在するものと思っていましたが、人に概念を授ける√能力の持ち主ならば、私達が認識できなかっただけで、全√の全人類の傍らに『最初からずっといた』のだとしても、不思議ではないのかもしれません」
そんな巨大に膨れ上がる怪異『こんにちは』を見上げながら、簒奪者『聖ポメラニアン』はうめいた。
彼女は、あの怪異が如何なるものなのかを知っていたのだろう。
「私は既に一定の目的を果たしましたが……『こんにちは』がここまで膨れ上がった様子を、私は見たことがありません。果たして、見捨てて帰還して良いものなのでしょうか……」
彼女は迷っていた。
このまま当初の目的を果たしたのだから自らの√に帰還を果たすべきなのだろう。
だが、あの怪異『こんにちは』の膨れ上がるさまは不気味であり、放置しておけば如何なる影響を及ぼすかわからなかった。
なぜなら、彼女は知っていたからだ。
『こんにちは』は、その挨拶を聞き続けた者に遅かれ早かれ何らかの『不可解かつ致命的な災厄』をもたらす。
極めて強大な怪異。
彼女は迷っていた。
しかし、振り切るようにして彼女は一歩を踏み出した。
踏み出したのだ。
「決めました。今、私が。決断が遅くてごめんなさいね。ですが、このかわいい名前が示すのは神品復活者。誓いましょう、今ここに。『こんにちは』を退ける。私が父と子と聖霊に誓った時、それは必ず果たされるのです――」
その様子を星写す黒い瞳が見た。
亜麻色の髪が揺れて、 星詠みであるレビ・サラプ・ウラエウス(人間災厄「レッド・アンド・ブルー」の不思議おかし屋店主・h00913)は、共にあるEDENたちを見た。
「どうやらあれが挨拶の概念をもたらしたという怪異『こんにちは』のようだね。あっちにいるのは、簒奪者の、ええと、なにさんだったかな。ああ、そうだ。『聖ポメラニアン』、カワイイ名前の簒奪者だ」
彼に緊張感はなかった。
だが、この状況が緊迫し、また逼迫した事態であることをEDENたちは理解っていた。
「彼女がどうしてここにとどまって、あの怪異に戦いを挑んでいるのか。その経緯は僕には伺いしれないが、一時的にも共闘してもいいんじゃないかな。見た所、あの怪異は以上な肥大化状態にあるようだし」
何が起こるかわからない。
なら、食い止めるために嘗ての敵と共闘するのもやぶさかではないだろう、とレビは告げる。
恐らくEDENたちも同じ思いであっただろう。
不可解なる怪異。
元より、怪異とはそのようなものだ。
これを退ける為にEDENたちは戦う。理由なんて、それでいい――。
第1章 ボス戦 『『こんにちは』膨張体』
膨れ上がる異形。
その姿は、あまりにも巨大すぎて己の遠近感がおかしくなったのではないかと思うほどであった。いや、そもそも、すでにもうあの怪異『こんにちは』の影響を己が受けているのではないか。その可能性を否定できずにボルト・スミス(負け犬讃歌・h13250)は、九州産業大学のキャンパスにて一瞬たりとて無駄にできないということを思い出していた。
「何度見ても悍ましい相手でありますな」
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこん――」
響き渡る挨拶。
単語を連ねただけの単純な言葉。
それがあまりにも狂気的過ぎる。
「当方、痛いのは嫌です……ですが、このままでは人々が死ぬ。それを黙って見過ごせません。痛くても、怖くとも」
退く、という思考は彼の中にはなかった。
楽観的になれない。
なんとかなるさ、とも思えない。
自分だけでどうにかもできない。
なら、どうするか。
楽観的思考を捨て去った先にあるのは、悲観的思考か。
なら、そこにあるのは諦めでしかないはずだ。諦観が、彼にはない。恐ろしくとも痛くとも、歩みを止めないという意思のみが彼を踏み出させていた。
「『聖ポメラニアン』殿、今だけは休戦し、共に戦わせていただきたいであります」
「EDEN。なるほど。貴方達も、『こんにちは』の脅威を悟りましたか。いえ、当然と言えば当然ですね。であれば、共闘は」
「この一時であっても」
「ならば、合わせていただきます。あの怪異は――」
その言葉が終わるか終わらぬかの内に放たれるのは、やはり挨拶だった。
『こんにちは――』
響いた瞬間、ボルトの身が硬直する。
麻痺、と理解した瞬間、彼の瞳は√能力にきらめいていた。
インビジブルの孤影。
引き出したエネルギーによって彼は光の弾丸を放った。
しかし、麻痺の硬直によって『こんにちは』にはいたらず、キャンパスに叩き込まれる。
それは一瞬で幾重もの光条となって『こんにちは』の巨体に降り注ぎ、さらには光が『聖ポメラニアン』にも注いだ。
「これは……」
「攻撃力、会心率上昇と照準補正であります! 強化されたあなたならば!」
「なるほど。援護、と。ごめんなさいね、理解が遅くて」
「構いません! チャージをさせぬように」
「おまかせを。であれば、こちらも!」
放たれるは水銀の弾丸。
苛烈なる彼女の√能力は、一瞬で『こんにちは』の巨体に襲いかかり、貫く。
大きく傾ぐ膨張した『こんにちは』。
だが、まだ足りない。
「強化された√能力であれど……」
「まだ間断なく参りましょう! 油断も慢心も、今ここには必要ないのであります!」
ボルトは如何に『聖ポメラニアン』が強大な簒奪者であろうとも、楽観的思考をしない。敵を倒しきるまで。目標が沈黙するまで。
一時足りとて油断はないと言わんばかりに『聖ポメラニアン』を援護し、戦いの趨勢を此方に傾けさせるために走るのだった――。
巨大である、ということはそれだけで脅威だ。
九州産業大学のキャンパスの建造物を超えるほどに肥大化した怪異『こんにちは』。
それを見上げ、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は冷静に判断した。たとえ、己達EDENと矛を交えた簒奪者である『聖ポメラニアン』とて、この状況をよしとしなかったのだ。
であれば、共闘を果たさなければならない。
すでに彼女は水銀の弾丸を『こんにちは』に叩き込んでいる。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんに――」
響き渡る声。
『こんにちは』は、チャージを続けている。
そう、この後に放たれる強烈なる一撃は凄まじい威力になるであろうことは想像に固くない。
「まずいですね。まさかここまで……」
「手伝うよ、よろしく!」
クラウスは『聖ポメラニアン』に短く伝える。
たとえ、簒奪者と言えど目的が一致しているのならば戦える。背中から撃つつもりもなければ、撃たれるつもりもない。
その意思を込めた言葉に『聖ポメラニアン』は頷いた。
「で、どうすればいい?」
「あのチャージが終われば、凄まじい攻撃が来ます。それは分かりますね?」
「ああ、でもどこを狙えば良いのか見当もつかない。あれは顔なのか?」
「そうとも見えますが、果たして正しいのかもわかりません。ただ、此方の攻撃は今は無効化されます。本命は」
「やはりチャージの後、か!」
クラウスは、レイン砲台と二丁拳銃を操り、巨体に弾丸を叩き込む。
『聖ポメラニアン』も同様だ。
彼女も生えた腕を用いて、苛烈なる一撃を叩き込んでいるが、肥大化した怪異である『こんにちは』はビクともしない。
それどころか、詠唱の如き声ばかりが響き渡っている。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――」
「……まずい! 早く倒さないといけないのに!」
クラウスは焦る。
もし、チャージされた『こんにちは』が放たれるのが無差別なら?
どうなるかなど予想もできない。
周囲を巻き込むことを是としないクラウスはレイン砲台と共に巨体に走った。
「何をするおつもりです!?」
「チャージが止められないなら、解放した√能力を打ち消す! 援護を!」
「理解が遅くてごめんなさいね。そうであるのならば!」
クラウスは走った。
もはや一刻の猶予もない。
放たれる『こんにちは』。
それは衝撃波と共に解き放たれ、すさまじき災厄となってクラウス目掛けて走った。
超威力。
言葉にするのも難しいほどのエネルギーの奔流。
これが全て災厄を引き起こすトリガーとなっているのだろう。
光条のごとく迫る√能力をクラウスは一か八かで右掌を突き出した。
「ルートブレイカー!」
触れた掌の感じるエネルギーは凄まじかった。
指がひしゃげる。腕が軋む。
けれど、その手は伸ばすことをやめられなかった。
強烈な奔流の如きエネルギーをかき消すクラウスの右手は引きちぎれそうだった。
だが、彼の瞳は輝いている。
インビジブルの孤影によって引き出されたエネルギー。
これによってチャージされたすさまじき力を打ち消し、クラウスは叫んだ。
「今だ! 行け、『聖ポメラニアン』!」
その言葉に応えるように銀閃が『こんにちは』の巨体、その頭上から振り下ろされた――。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこ――」
再び響き渡る声。
それは九州産業大学のキャンバスを遥かに超える巨大さに膨れ上がった怪異『こんにちは』から放たれていた。
一度目の√能力は打ち消された。
だが、再び放たんとチャージを開始しているのだ。
恐るべきことである。
あれだけの巨体であるから、一撃で此方が仕留めきれないことを理解しているのか、『こんにちは』は悠長とも取れるような動きでもって、その場から一歩も動かなかった。
ただ、そこにあるだけで早かれ遅かれ致命的な災厄をもたらす怪異であるという自負が周囲を圧倒するのだ。
「あいさつがデカいってのは、そういう意味じゃねえだろ……」
折木・龍也(伏龍・h13162)は、WZ『ユーサネイジア』の中で呆れたようにつぶやいた。
「挨拶ってのは、心がこもってねえと――」
いや、と頭を振る。
これ以上はなんというか。
「……なんか説教くせえな。説教が効くタイプとも思えないヤツであるし。それに何より、オッサン臭くなるから、この話はここまでだ」
「それがよろしいでしょう。敵の動きはなくとも、全方位に撒き散らされる災厄は如何にかしなければなりませんから」
その言葉に龍也は頷く。
簒奪者『聖ポメラニアン』。
第一戦線では敵対した存在である。
だが、今は『こんにちは』を如何にかせんとする共闘の構えを取っている。
「宗旨変えってわけじゃあなさそうだな」
「ええ、依然、私の誓いは父と子と聖霊とに。ですが、目的が同じだというのなら」
敵対なく、共に戦う。
そう言っているのだ。
なら、と龍也は狙撃銃を構え直した。
「前衛を任せるぜ。後ろは任せておけ」
「そうさせていただきます!」
共に戦うのならば、ここからが腕の見せ所であった。
銀の武器を手にした『聖ポメラニアン』が振るう斬撃は、確かに『こんにちは』を捉えている。
だが、チャージを行っている間は致命傷にはならない。
効果を発揮していないわけではないのだ。
「やっぱりあのチャージが終わらねぇとこっちの攻撃が適応されねぇ……なら! 今の無防備な内にダメージを蓄積させる!」
龍也は『ユーサネイジア』と共に一気に間合いに飛び込む。
一点突破。
『聖ポメラニアン』との共闘でもって傷をつけ、そこに|制圧用拡張装置《コントロールエクステンション》の成魚シートを貼り付けた狙撃銃がショットガンへと変貌する。
銀の武器が十字に叩きつけられた、その交わり。
その一点に『ユーサネイジア』の手にしたショットガンの銃口が突きつけられる。
「長々と聞かされる前に、とっとと黙ってもらおうぜ。それにな、挨拶は一回で十分だ。続きは帰ってから一人でやってくれ」
炸裂する弾丸。
そして放たれる『こんにちは』。
その戦いの激しさは言うに及ばず。
苛烈なる衝撃波と共に放たれた『こんにちは』を受けながら龍也は、己たちが与えた傷が『こんにちは』に適応されたことを認め、一歩また勝利に近づいたことを実感するのだった――。
「『聖ポメラニアン』。先程まで貴方を撃っていた身で恐縮なんですが、こちらを受けていただけますか」
その言葉に即応したのは、簒奪者『聖ポメラニアン』であった。
修道服を身にまとった五本腕の女性は、銀髪を翻しながら言葉に呼応するようにして背を向けた。
その背中が言っているように思えた。
無論、と。
フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)は、先程まで殺し合っていた簒奪者との共闘というものに対して戦場が流動的なものであるということを実感していた。
予定通りなどない。予定調和もない。
あるのは偶発的な連続した結果の連なりだけである。
予測がつくわけがない。
そして、そんな場にいることがどこか自らの存在意義というものを体現しているように思えて、彼は√能力を発露した。
「早急的援護を|開始《スタート》。|広域援護機構弾《コンフェデレート・マネジメント》」
放たれた弾丸は、『聖ポメラニアン』の背を撃つ。
しかし、それは傷を与えるものではなかった。
筋力の増強、近く力の鋭敏化、反応速度の上昇。
いわゆるバフというやつである。フォーは、己が√能力によって、簒奪者である『聖ポメラニアン』を援護したのだ。
「援護ありがとうございますね。ですが、『こんにちは』は」
「承知してます。潜在的不全点を確認。脆弱性を|標記《マーキング》。|脆弱性顕現試行《ワン・アヘッド・リーディング》」
重ねるようにして弾丸をフォーは放つ。
巨大な怪異である『こんにちは』には、狙いをつけるまでもないだろう。
九州産業大学のキャンパスの建造物よりも巨大な存在に対して、その弾丸は強制的に弱点を発生させる。
引き金を引き、フォーはコンパウンドボウに切り替えた。
アシスタントAIが彼のバイザーから情報を伝達する。
「……さて中華の羿を気取るわけではありませんが銃より弓の方が神秘性を人を感じるそうです。神秘の力も借りてみるとしましょう」
太陽を射抜く。
というのならば、その言葉もあながち間違いではないだろう。
しかし、発せられる『こんにちは』。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――」
それは一瞬でフォーと『聖ポメラニアン』の身を硬直させた。
麻痺。
脅威である。
強制的な√能力。防ぎようのない言葉による強制力は、二人の身を固くさせただろう。
「巨大であるということは、当然こちらを視界も広い、ということ……人間のそれとは理屈が違いますか」
「ですが、おかげさまで動けます」
強化された身体能力によって『聖ポメラニアン』は麻痺を振り切るようにして『こんにちは』へと斬りかかる。
フォーの生み出した弱点。
これに手にした銀の武器を叩きつけているのだ。
フォーは、その姿を見ながら打ち出したフックショットでもって硬直する我が身をワイヤーで引き上げながらキャンパスの屋上へと舞い上がるようにして移動する。
転がるようにして物陰に飛び込めば、彼はコンパウンドボウを構える。
狙うは、己が露出させた弱点。
そして、『聖ポメラニアン』が攻撃を叩き込んで傷を広げる裂傷。
「民を救うために太陽を撃ち落とす――気取るつもりはないと言いましたが、今はその神秘性こそが効果を持ち得る」
太陽を射落とす英傑。
それにあやかるように一念を込めた一射をフォーは『こんにちは』へと叩き込んだ――。
『挨拶という概念を授けた』怪異。
それが『こんにちは』である。
それはあまりにも理不尽とも言える存在であろう。
「なんか果てしない存在だな……」
祭囃子・桜(百妖を宿し者・h01166)は、九州産業大学のキャンパスに存在する膨張し続ける怪異である『こんにちは』の異形を見上げた。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――」
響く声。
それは致命的な災厄をもたらす言葉であった。
コミュニケーションの信号ですらない。
ただ只管に災厄をもたらすためだけの言葉。
「ぐっ……!」
桜の身に襲う強烈な震動波。
それは彼女の身を地面に押さえつける。
これもまた『こんにちは』の怪異としての力なのだろう。
強烈無比なる振動波によって彼女は膝を折った。
「なんっ、つー……出力! だけど!」
「無理はなさらずに。ここはおまかせを」
声に桜は面を上げた。
そこに居たのは、簒奪者『聖ポメラニアン』であった。彼女とは第一戦線にて戦った相手であった。
如何なる理由からかはわからないが、彼女は怪異『こんにちは』を捨て置けなかったのだろう。
それ自体はありがたい。
理由はどうあれ、あの怪異を倒すために協力できるというのであれば、ありがたいことであった。
「まかせっきりになんてできるかよ。協力っていうんなら、やることはやらないとな!」
桜の瞳がインビジブルの孤影に揺らめく。
引き出されたエネルギーと共に彼女は、語る。
「此れよりは注視されませぬように。どうか街には気を付けて――|怪談総括『見ヅノ怪』《カイダンソウカツ「ミヅノカイ」》!」
見てはいけないとされる怪談。
語られるそれは、周囲を塗りつぶす。
彼女の語りに反映された注視してはいけないモノが並び立つ街へと変わっていく。
「塗り替えた中なら……その視界にあるものに震動波を与える能力は負荷になるだろ!『聖ポメラニアン』!」
桜の声に応えるように『聖ポメラニアン』は、手にした銀の武器に香炉から溢れる香りを注ぎ込み、審判天使へと変貌させる。
その強烈な光は神聖光線。
「|聖香浄天《トゥリブルム・プルガティオ》――」
放たれる無数の光線。
それが『こんにちは』の巨体を穿つ。
「まったく。怪異には怪異を。恐怖には恐怖を。その身、萎んだら取り込んでやる」
桜は視線を惹きつけ続ける。
身にかかる負荷は、押し問答のようなものだった。
一歩でも退いたのならば、『こんにちは』に飲み込まれる。
膨張した巨体は、桜を睥睨し続けている。少しでも、と彼女は力を振り絞って身にかかる震動に耐え忍び、『こんにちは』に叩き込まれる光線の乱舞を見上げるのだった――。
膨張し続ける怪異『こんにちは』――それは、この世界に挨拶という概念をもたらした存在である。
概念。
それのみにて存在するもの。
高次元の、とも表現できるかもしれない。
次元が違えば、コミュニケーションだと断絶したも同然である。
その存在は言葉以上に怪物的であった。
「挨拶の概念の大元……じゃあこの世のあらゆる概念にあんな化け物が潜んでるかもしれないってこと!?」
太曜・なのか(七曜天騎ウェザリエ・h02984)は恐るべき事実に目を見開いた。
あり得る話である。
如何なる概念にも、あのような怪異が生まれる。いや、生まれるのではなく、自分たちが気づく可能性がある。
認識すれば、あのような怪異は己たちの常に傍らにあるのだという事実が顕在化してしまうだろう。
それが杞憂であってほしいと願うのは当然のことだった。
「でも、概念存在だろうと、やれるだけのことはやってやる!」
彼女の瞳は絶望に彩られてはいなかった。
眼の前にはキャンパスの建造物を超えるほどに膨張した怪異『こんにちは』。
あの浮かぶ顔は穏やかな顔をしながら、どこか狂気的であったし、それにあれは太陽を模しているようにしか思えなかった。
「太陽に対抗するなら雨! 風雨のレイニーフレーム! 白南風バッジ・フォーキャスト! 吹き散らせ颯惑の風!」
風を纏う。
しかし、怪異『こんにちは』は、穏やかな笑みを浮かべる太陽の顔から言葉を発する。
「「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこん――」
それは、なのかの身を硬直させる。
麻痺。
体が軋む。
だが、彼女は振り切るようにして走った。
すでに簒奪者『聖ポメラニアン』と共にEDEN達は戦っている。
「ポメちゃん、私からもう二本手を貸すよ!」
「可愛らしい渾名ですね。では、お言葉に甘えて」
即応する『聖ポメラニアン』。
彼女は、声を発した。
こんにちは、が挨拶なら。
出会いがある。出会ったのなら、別れる。もしかしたらという思いがあったのだ。
「さようなら! またいつか!」
挨拶の概念といううのならば、己の挨拶に応えてくれるかもしれない。そう思ったのだ。
それが効果があったのかなかったのかは定かではない。
けれど、なのかは麻痺を振り払うようにして声を張り上げた。
「本日の福岡のお天気は雨。強い俄雨を伴う雨雲が太陽を覆い隠すでしょう! 白南風の後の強い嵐にもご注意ください!」
フォーキャスター・ガンモード。
彼女の手にしたソードブレイザーが変形し、暴風雨のごとき弾丸が飛ぶ。
それは強風と共に雨を弾丸として『こんにちは』の巨体に注ぐのだ。
そして、追い風を受けた『聖ポメラニアン』もまた水銀の弾丸を叩き込む。
「よい予報です」
「五本腕の嵐のような乱打を期待しちゃうけど?」
「それならば、応えなければなりませんね」
その言葉に笑むようにして『聖ポメラニアン』は、なのかの援護を受けて弾雨と共に『こんにちは』の巨体に挑むのだった――。
肥大化していく巨体。
見上げるほどの巨躯は、怪異『こんにちは』の強大さを示しているようであった。言ってしまえば、無法である。
挨拶の概念を授けた権化。
そのような規格外の存在を前にして、見上げることしかできなかっただろう。
だが、それだけではない。
立ち向かうという選択肢を手にすることができたのならば、それはまた別の意味を持ち得たはずだ。
「いやァ、怪異ってのはどいつもこいつもデカいねェ」
ケヴィン・ランツ・アブレイズ(“総て碧”の・h00283)ぼやいた。
しかし、ぼやいたところで事態が好転するわけでもないことは言うまでもない。
「面だけ見れば無害そうだが、アレでも簒奪者だ。嘗めてかからねェ方が良いだろうなァ」
それはすでに戦っているEDEN達を見ればわかる。
容易い相手ではない。
そもそも概念という存在なのだ。
途方もないことである。これをそもそも殺し切れるのか。ケヴィンにはわからなかった。わからなかったが、しかし、やらねばならない。
共闘を果たしている簒奪者『聖ポメラニアン』が如何なる思惑を持ち得ているのかもわからない。
だが、少なくとも敵対の意思はない。
お互い様に、だ。であれば、とケヴィンは己がお膳立てに徹することを決めた。同じ√能力者であってもEDENと簒奪者とでは、そのエネルギーの総量と出力が違う。
口惜しいことだが、あの『聖ポメラニアン』を攻撃の主軸を任せるしかない。
故にケヴィンは走った。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――」
響き渡る言葉。
それは確かに挨拶の言葉であったかもしれないが、ケヴィンにはとてもではないが、そうは思えなかった。
ただ言葉の羅列。
意味があるとは思えない。だが、あれはチャージなのだと理解しただろう。
溜め込んでいる。なら、放たれたのなら、どうなるか?
言うまでもない強力無比なる攻撃である。
ならばこそ、彼は距離を詰めたのだ。
「こんにちは――」
放たれる凄まじいエネルギーの奔流。
ケヴィンはバリアと盾を構えて、それを受け止めた。砕けるバリアと盾。鎧があっても身に走る痛みは、苛烈であった。
「だったらなァ!」
ルートブレイカーたる右掌が突き出される。
砕ける盾の合間から飛び出した右掌は、√能力を無効化する。しかし、苛烈なる一撃を前にしてケヴィンは己のガントレットが弾け飛ぶのを見ただろう。
打ち消してなお、迫る奔流。
まるでエネルギーの濁流であった。
「一発は、ぶん殴らせてもらうぜ!」
ひしゃげた掌を握りしめる。
ルートブレイカーによって切り裂くようにしてケヴィンは『こんにちは』の巨体へと飛び込み、その振りかぶった拳を叩き込む。
「ほらよ、聖女サマ! お前サンの出番だ!」
その言葉に呼応するようにして『聖ポメラニアン』は銀の武器を振りかぶる。
ただ共闘するという意思。
それだけで彼女はケヴィンが切り開いた光条の中を駆け抜け、痛烈なる一撃で持って『こんにちは』の巨体を傾がせたのだった――。
頭の中で理屈と理屈がスタックする。
この場合の理屈とは、聖人蘇生庁の行い、文字通りの蘇生であること。それと怪異『こんにちは』がもたらす災厄を防ぐことである。
それが エキドナ・デ・イリオス(狂信の神聖祈祷師・h02615)の中で行動に移すという行為の栓になっていた。
彼女の信仰、教義が導き出す答えの門は非情に狭い。
つまり、彼女がやらなければならないこととは、一つ、不幸を取り除くことである。
しかし、聖人蘇生庁の行いは彼女にとっては許しがたいことであった。
なのに許しがたい聖人蘇生庁の簒奪者『聖ポメラニアン』が、√EDENを護るために災厄である怪異『こんにちは』と戦闘を繰り広げている。
第一戦線にて相対していたにも関わらず、である。
矛盾である。
だが、彼女は第一に考えねばならぬこと――つまりは、√EDENを守るということに関してのみ整合性を発露する。
そのためには彼女の中で絶対である信仰と教義とを横に置くことができた。
器用、と言う言葉は誹りにも等しいものであったが、彼女の中ではすでに折り合いが付けられたことであった。
「こんにちは」
注ぐ叫び。
単一の言葉。
けれどそれは『こんにちは』の放つ√能力そのものであった。
身を硬直させる麻痺の力。
それは『こんにちは』の視界にあることで効果を発揮する。であれば、どうするのか。簡単な話だ。
あの怪異の視界から逃れれば良い。
どうやって?
それも単純明快であった。
「|竜の御使い《エージェント・オブ・ドラグナー》……一瞬で『こんにちは』の視界から逃れますか」
『聖ポメラニアン』は水銀の弾丸を放ちながらエキドナが竜の翼を羽ばたかせながら一直線に上空遥か高さまで飛び上がったのを認識していた。
「ですが、『こんにちは』の認識する視界は、天にもあるのですよ」
「であれば――」
硬直する体。
だが、エキドナは少しも同様していなかった。
遥か上空に逃れても√能力が効果を及ぼすのならば、ただ落下するだけだ。そう、『こんにちは』の頭上に、だ。
その勢いのままに彼女は手にしたブレイドを両手で握りしめた。
目指したのは天ではない。
そう、元より狙いは。
「『こんにちは』の頭上――!」
「援護を、ポメ氏」
「それって渾名ですか?」
どっちでもいい、と言わんばかりにエキドナは手にしたブレイドと共に一直線に『こんにちは』の直上から弾丸のように落ちた。
手にしたブレイドは『こんにちは』の頭部と思わしき両目に叩きこまれる。
込めた膂力。
拳は、力任せにブレイドを杭打ちのように叩き込む。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちは」
「そうですか」
たとえ、致命的な災厄をもたらすのだとしても。
エキドナは使命のみを抱えて、己のなすべきことをなすというように拳を『こんにちは』の両目に鉄槌のように叩きつけた――。
失ったものは取り戻せない。
どうしたって取り戻せないのだ。結果として確定したことを覆せないから、時間は前に進んでいく。それはどうしようもないことであり、過去になってしまった以上、取り返すことのできないかけがえのないものという教訓だけを、その心に刻み込むことになる。
そういうものだ。
納得を、した。
したけれど、納得だけで動くのは理屈だけだ。
感情は、動かない。
どうしたってぐつぐつと煮えたぎるようにして感情がどこか湧き上がってくるのだ。
過去。
黄昏・剱(鋼焔の後継・h09087)は簒奪者によってクラスメイトを失った経験がある。
それは彼の過去に影を落とすものであった。
もしも、だ。
今回のように誰かが助けてくれたのならば、何かが違っていたのだろうと考えないことはない。
なぜなら、あの時劔は、傍観者にも救命者にもなれなかった。
ただ、状況を知ることしかできなかった。
「そう考えると敵なんだけれど嫌いになれない」
あれは簒奪者だ。
わかっているのだ、と『聖ポメラニアン』が怪異『こんにちは』と戦う姿を認める。
信頼するしかない。
そうするしかない。
納得が理屈となって、感情を押さえつける。
「あんな滅茶苦茶な怪異を相手にするには、僕だけでは駄目だ。だから」
劔の姿が巨躯の鬼へと変貌する。
それはくろがねの武者。
外骨格を纏うことによって彼は、焔をまといながら大剣を構えた。
「燃やし尽くそう」
揺らめく焔の影にインビジブルがたゆたう。
大剣から焔の波が立つ。
「助力感謝いたします。しかし――」
『聖ポメラニアン』の言葉が終わるか終わらないか。劔は感じただろう。己の身に降り注ぐ凄まじい力というものを。
それは震動波となって彼の体躯のみならず『聖ポメラニアン』を襲う。
凄まじい震動。
「ぐっ……外骨格でも振りほどけない……!」
劔は理解しただろう。敵の√能力の凄まじさというものを。強烈という言葉以外が見つからない。それほどまでの震動の中、劔は外骨格の力を振り絞るようにして焔を噴出させながら、震動を振り払うようにして前に進む。
その先にあったのは『聖ポメラニアン』であった。
この場における彼女の力は、『こんにちは』を打ち倒すのに決定打となり得るだろう。だからこそ、彼は彼女を震動から救うようにして担ぎ上げ『こんにちは』の√能力の範囲から逃れたのだ。
「ハッ、ハァッ、ハァッ……! 無事!?」
「ええ、お陰様で。では、後はわかりますね?」
「ああ、一気に踏み込む! その隙は」
「私が作り出しましょう。あなたは渾身を。いいですね?」
その言葉と共に劔は一気に走り出す。
勝機というものを見出すのならば、その一瞬しかないと理解したのだ。
『聖ポメラニアン』は、その手にした銀の武器を審判天使へと変貌させ、神聖なる光線を解き放った。
それは目もくらむような光線の乱舞。
その中に劔は走った。
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――」
声が響く。
震動がまた外骨格を軋ませた。
だが、それでも踏み込んだのだ。焔の波。大剣が描く軌跡は、彼の力の奔流であった。
「|焔の波濤《フレイム・ウェーブ》!」
乱舞する光線、その光の最中に劔は『こんにちは』の眼前に飛び込んでいた。
彼女が生み出した隙。
逃さず大剣を叩き込む。
それで終わらない。
劔の放つ大剣の斬撃は、二連撃。間断なく放たれる斬撃は『こんにちは』の頭部と思わしき黄金の太陽を切り裂く。
「過去は変えられない。変わらない。どうしたって、変えられない。なら、今を変えていく。今、ここで動かなければ、僕はずっともうあの時から一歩も進めていないってことになる。だから」
踏み出す為に、と彼は嘗ての学び舎を想起しながら、万感の思いを込めて『こんにちは』の巨体に一文字の傷跡を刻み込むのだった――。
言葉という知性の発露。
それは重なる世界である√においては、当然前提として存在する概念であった。
深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は決戦型WZ『レギンレイヴ』の内部コンソールを指で叩きながら、理解を深めていた。
主要な√。
√EDENを始めとした、多くの√において共通しているのは言語能力を持つ生物が文明を形成している、という点だ。
そして、それ故に怪異『こんにちは』の強大さの意味も理解できる。
√汎神解剖機関だけにとどまらない脅威。
そのレベルというものは深雪の想像の範疇を遥かに超えるものであった。
「紛れもなく全ての√にとって脅威……持てる力を尽くして沈静化しましょう」
モニターに映るのは、九州産業大学のキャンパス、その建造物よりも遥かに巨大に肥大化した『こんにちは』であった。
奇妙な姿だ。
怪異という言葉でなければ表現しきれないだろう。
そう思えるほどの巨体にありながら、微動だにしない。
ただ、膨張し続けているのだ。
その『こんにちは』もEDENと共闘を果たす簒奪者『聖ポメラニアン』によって徐々に消耗の色が見える。
「もう一押し……ならば」
『レギンレイヴ』の背面ユニットの翼が展開し、ジェット噴射の光と共に宙に舞い上がる。
高温のガスを排出して大気を揺らめかせ、空に線を描くようにして『レギンレイヴ』は飛ぶ。
機体のセンサーには、『こんにちは』はアンノウンとして表記しかされないだろう。
だが深雪は確かに認識している。
なぞるようにしてモニターに映るアンノウン表記を削り、彼女は『HELLO』と表記を改めた。
概念であるというのならば、認識することで実体を持ち得る。
実体があるのならば。
「打ち倒すこともできるはず」
「こんにちは。こんにちはこんにちはこんにちはこんにちは――」
瞬間、走る機体硬直。
「馬鹿な、この距離で――」
麻痺。機体の制御が喪われる中、深雪は操縦桿とコンソールを打ち直し、さらに試行を走らせた。
√能力による機体硬直。
エラーを吐き出すシステムを修正し、深雪は即座に対WZマルチライフルを電極針弾投射形態へと変貌させた。
「プログラム修正完了。パッチの適応確認――は、後回しに。電極針弾モジュール接続。今は」
打ち込む、と彼女は両眼を潰され顔の中心線を切り裂かれた『こんにちは』を照準に捉えた。
放たれた弾丸が電流を迸らせながら一直線に叩き込まれる。
それは凄まじい電流を着弾と同時に荒れ狂わせ、『こんにちは』の叫びを中断させる。
「これならば。標的確認。チェック、チェーンソーユニット、安全装置解除。工作モードから戦闘モードに移行します」
対WZ用大鎖鋸<滅竜>を振りかぶり、潰れた両目へと刀身を叩き込む。
鎖鋸の躍動と共に『こんにちは』の顔面を切り裂きながら、背面ユニットから噴射した推進力と共に『レギンレイヴ』は一気に地面に駆け下りる。
そして、モニターに捉えたのは『聖ポメラニアン』であった。
外部スピーカーをオンにし、音量を引き上げる。
「聞いてください、ポメラニアンさん」
「EDENの声。親しげですが……」
「私たちEDENは『こんにちは』への対処が最優先事項であることを理解し、√EDENの平和に資するあなたの行動を尊重します」
「それはすでに貴方たちの行動で受け止めていますよ。共闘、というのは一時的に過ぎないのだとしても」
「それでも確約というものは互いに認識すべきです。『こんにちは』の鎮圧と事後の撤退を実施する間、あなたには攻撃を行わず、共闘に徹すると約束しましょう。これで双方の同意は得られたと認識しますが」
「格式張っていますが、お嬢さん。それでよしとしましょう。であれば」
「あなたという最大火力を最大限に活かすように動きます。後はどうすれば」
「あの巨体です。これを残らず滅殺するには」
彼女の周囲に水銀の弾丸が形成されていく。
圧倒的な物量だ。
だが、まだ足りない。
「ええ、まだ足りません。ですから」
「あの巨体の体内深くまで攻撃を尽きさせるように」
「そのとおりです。飲み込みが早くて助かります」
その瞬間、『レギンレイヴ』のアイセンサーが煌めく。
「吼えていただきます、ノートゥング。空戦補助システム起動――|空中戦闘機動《エアー・コンバット・マニューバリング》」
唸りを上げる大鎖鋸。
同時に『レギンレイヴ』が跳躍する。
それは、一瞬の出来事だった。
インビジブルとの位置を入れ替える√能力によって、本来ならばありえぬ戦闘機動を『レギンレイヴ』は行うのだ。
その速度で持って彼女は『こんにちは』の巨体を駆け回るようにして大鎖鋸を振るう。
切断、というよりも解体である。
触手でもって構成された体躯。
それを切り裂き、引き剥がし、さらには抉る。
「他のEDENたちが生み出した弱点部位……であれば、ここが」
振り抜いた大鎖鋸にまとわりつく粘液を拭うようにしながら『レギンレイヴ』のアイセンサーが残光を描く。
「あそこが弱点です。ポメラニアンさん、今こそ聖人たる力を示してください」
「無論――父と子と聖霊に誓いしは、|聖刻印弾《スティグマ・アルゲントゥム》。今ここに、概念をも穿つ弾雨という名の奇跡は描かれるのです」
『聖ポメラニアン』の周囲に浮かぶ水銀の弾丸。
それらの全てが『こんにちは』の体躯に殺到する。
それはまさしく雨であり、土砂降りだった。
響き渡る声などかき消すような、雨鳴り。
圧倒的な出力で持って奏でられる水銀の弾雨は、『こんにちは』の巨体を滅ぼし尽くし、まさしく聖人としての力で持って圧倒する。
その様を見やり、深雪は『レギンレイヴ』の中でつぶやいた。
「状況終了……というわけですね」
共闘は終わりを告げる。
しかし、圧倒的な概念の怪異。
こんなものが本当に滅ぼせるのか。
その疑念を抱きながら、これが対処療法でしかないことを彼女は知るのだった――。
