⑯劇空間グロンバイン
●√EDEN:みずほPayPayドーム?
青空に聳える鋼鉄の巨躯、グロンバインPD。
彼の合体ロボの頭部を目指す者たちは、突如として巨兵の内部に放り込まれた。
無数の配管や金属製の床を、半ば滑り落ちるようにして通り抜ける。
その先に在ったのは――。
菱形に並ぶ四つのベース。間を走る白線。外周を縁取るフェンス。
「さあ! 野球しようぜ!」
は?
誰しもが困惑する中、グロンバインPDのものと思しき声が響く。
「このボディは、野球っていう愉快なゲームに使われるんだろ?」
まあ、確かにそうだが。
「じゃあ! 野球しようぜ!」
つくづく戦闘機械群とやらの思考回路は理解しがたい。
しかし、グロンバインは本当にそのつもりらしい。
此処は紛れもなく野球場。みずほPaypayドームそっくりだ。
ホーム側である一塁ベンチには多数のミニミニグロンバインが陣取っている。
どうやら彼らが相手のようである――が、それよりも目を引いたのは。
客席を埋め尽くす、おびただしい数の透明なカプセル。
中に囚われているのが、この事件に巻き込まれた人々であることは一目瞭然。
言葉を失うEDENたちに、グロンバインは朗々と語る。
「打球の行方にはご注意ください――って言うんだろ? 打ち損じてファールになったり、うっかり飛ばしすぎてホームランを打っちゃったりしたら……ガシャーン! ドーン! ってなっちゃうな!」
愉しげにとんでもないことを宣うが、しかし人質とはそういうものか。
「さあ、バッターボックスに立つんだ! ミニミニグロンバインに打ち取られたらお前たちの負け! でも見事に得点出来たら……ホームベースをしっかり踏むといいぞ! そうするとオレのヘッドユニットにダメージが来る仕組みだからな!」
なんで?
疑問を余所にミニミニグロンバインが移動を始め、電光式のスコアボードが灯る。
「よーし、プレイボール!!」
●星詠みの語るところによれば
「っつーわけで野球してきてくれ。頼んだ」
|獺越《おそごえ》・|雨瀬《あませ》(行雲流水・h05081)は、かき氷を食べながら言った。
上にみかんがたっぷり乗っている。
暑い日にはうってつけだが――そんなことはどうでもよく。
「まあ、一応説明しておく。かき氷でも食いながら聞いてくれ」
レリギオス・グロンバインの統治者たるヘッドユニットは、みずほPayPayドームをボディとして取り込み、合体ロボット『グロンバインPD』へと巨大化した。
これを撃退するには機体を駆け上がり、頭部まで辿り着かなければならないのだが。
「お前たちはどうやっても途中で内部に取り込まれる。星がそう言ってる」
避けがたい未来。つまりは|運命《さだめ》というやつだ。
取り込まれた先に在るのは野球のフィールド。
「試合に勝たなきゃ、お前たちは外に出られない。星がそう言ってる」
全部それで済ませる気だろうか。
そんな抗議の視線も意に介さず、雨瀬は言葉を継ぐ。
「試合っつったって、まさか9回フルでやるわけもない。こっちがそのつもりだって向こうが飽きる。星がそう言ってる。第一、都合よく9人集まるとも限らんのだからな」
では、勝敗は如何にして決めるのか。
「お前たちが攻める、向こうが守る。投手役のミニミニグロンバインが投げてくるボールをうまく打ち返して、ベースを一周して帰って来られたら勝ち。守備に就いているミニミニグロンバインたちがボールを拾って返してくる間の、何処かでアウトになったら負け。簡単だろ?」
かんた――んではない!
それは言い直せば「ランニングホームランを打ってこい」ということだ。
「なーに、背中に51番つけておきゃいけるって」
雨瀬はかき氷をかき込み、間を取ってから言葉を継ぐ。
「……ま、真面目な話をするとだ。気を付けるべきは『打ち損じて観客席にファールボールを入れる』『張り切りすぎてホームランを観客席に叩き込む』の二点で、√能力の使用が禁じられている訳じゃない。何某か都合のいい能力を使って、打って、走ってくりゃいいんだ。協力プレイもありだと星は言ってる。打つだけ打って走るのは足の速いやつにやらせるとか、守備に就いてるミニミニグロンバインをぶちのめすとか、やりようは幾らでもある……あるはずだ、うん」
それでいいのか。
「それでいいんだ。相手は血も涙もない戦闘機械群だぞ? 向こうだってバット振る寸前で揺れを起こしたり、ベースランニング中にレーザーで狙ってきたり、殺人タックルばりの噛みつき攻撃で狙ってくるに違いないんだ。いいか。やられる前に、やるんだ」
強い意志を込めた眼差しで言った後、雨瀬はおもむろに手袋を取り出した。
「意外と手のひらを痛めるものだからな。そうでなくても、怪我には充分気を付けてやれよ。ポンコツメカとの野球で残りのシーズンを棒に振るなんてことのないようにな」
第1章 ボス戦 『合体ロボット『グロンバインPD』』
もはや、この舞台のための存在と言っても過言ではない。
そんな男がやってきた。
チーム・EDEN対チーム・グロンバインの野球対決。
先頭打者を担うのは――。
「オレに任せな!」
アフロヘアに革ジャン、サングラス。
金属バットを携えて悠然と歩み出た、ワイルドな男。
その名も――|満塁《みつるい》・|一発《いっぱつ》(|逆転!一発男《たたかえイッパツマン》・h04601)。
惜しむらくは、がら空きの塁上と|一発《ホームラン》を期待してはいけない状況か。
もっとも、それで気勢を削がれるほど、ヤワな男ではない。
「イッパツで仕留めてやるぜ」
堂々たる宣言と共にバッターボックスへ入れば、百八十八センチ、百キロの体躯が放つ威圧感に、捕手役のアイセンサーが忙しなく明滅した。
『その図体で金属バットはおかしくないか!?』
「木製じゃなきゃダメなんてレギュレーションは聞いてないぜ」
いいから投げろ――とばかりに、片手を差し出して挑発する一発。
グロンバインPDの苛立ちが鈍い振動として伝わる。
だが、此処はグロンバインの内部に広がる野球場。
巨腕振りかざして殴りつけるというわけにもいかない。
『ピッチャーグロンバイン! ぶちかましてやれー!』
憂さ晴らしを託された投手マシーンが、マウンド上でアイセンサーを輝かせる。
そして、振りかぶる。
金属の指先から放たれた白球は、唸りを上げて外角へ――!
「初球からイッパツだぜ!!」
一発が全身を捻る。
力強い踏み込み。鋭い腰の回転。
それでいて最終的には怪力任せのフルスイングが白球を捉え、凄まじい勢いで投手の顔面に叩き返す。
直撃。
頭部が割れ砕け、仰向けに倒れる機体。
打球はその装甲を跳ねて、三塁側へ点々と転がっていく――が、そんなことよりも。
一発のフォロースルーは、キャッチャーグロンバインをも打ち砕いた。
『アウト! 暴力行為! 退場――』
「甘いな! 野球はボールを使った格闘技! そんな戯言はグラウンドの上では通用しないぜ!」
ボールでなくバットで粉砕したばかりであることには、目を瞑ろう。
そうこうしているうちに一発は走り出し、俊足を飛ばして一塁を蹴った。
ついでにファーストグロンバインもショルダータックルで弾き飛ばした。
またもボールとは無関係な格闘炸裂。
しかしツッコミ不在。そもそもツッコんでいる場合でもない。
ここでようやく、慌てたサードグロンバインがボールを拾いに向かう。
その間に一発は二塁ベースを踏んで――なおも加速。
勿論、セカンドグロンバインは強肩の餌食となった。
この場合の強肩とは、遠投力ではなく単なる物理的頑健さを指す。
どんどん野球からかけ離れていくが、そもそも最初からまともな野球ではない。
それを証明するかのように、フィールドが揺れた。
ミニミニグロンバインチームの劣勢を察した本体、グロンバインPDが変形機構を動作させ、自軍の援護を試みたのだ――が、しかし。
「おっと、そいつは走塁妨害だぜ!!」
「走塁妨害!?」
「当ったり前だぜ! ランナーが走れなきゃ、野球にならねえよな!?」
そう言われたら、確かにそうだとしか返せない。
走りながらの猛抗議。まともな審判役すら存在しないにも拘らず、その声は妙に正しく響いた。
とにかくすごい自信だ。
その凄まじい自信に気圧されて、グロンバインPDの演算回路は反論を見失う。
地揺らしを続ければ反則。反則なら試合不成立。試合不成立なら野球ができない。
「それは困る!」
何故か納得してしまったグロンバインPDは、即座に変形を中止した。
しかし半端な動作をしたせいか、守備機械群だけが折り重なるように倒れ込む。
もっとも、外野手三機は未だ蚊帳の外。
投手と捕手と一塁手と二塁手は、既に戦線離脱済みである。
残るは、こぼれ球を拾ったサードグロンバインと、やむなくがら空きの本塁に入ったショートグロンバイン。
なんとしても得点を食い止めねば――と、白球を握って三塁上へ戻った機体は腹部ヘッドを開き、噛みつかんと待ち構える。
――そこへ滑り込む靴底。
人工芝を削るどころか抉り取るような、豪快にして合法的なスライディング。
合法――ということになっている。なにせ違法と叫ぶ者がいないのだから。
踵を揃えたそれが別の意図を持っていることは明白だが、止めようがない。
両脚を受けた機体は三塁ベースごと撥ね飛ばされ、防球ネットへ深々と突き刺さった。
その足元に、白球がぽとりと落ちる。
転倒していたレフトグロンバインが拾えるはずもない。
悠々と立ち上がった一発は、革ジャンに付着した土を払いながら――ホームベースを踏んだ。
直後、響き渡る轟音。
フィールド全体を震わせる衝撃。
「ぐおおおおおお!?」
EDENチームの得点によって頭部にダメージを受け、グロンバインPDが苦鳴を漏らす。
だが、それすらも掻き消したのは、三塁側ベンチから沸き起こるEDENたちの歓声。
「イッパツだったな!」
アフロを揺らして胸を張り、その喝采へと身を委ねる一発。
この勝負の勝者は、もはや誰の目にも明らかだった。
「野球ね……まあ、音楽は任せてちょうだい」
|虚峰《ウロミネ》・サリィ(人間災厄『ウィッチ・ザ・ロマンシア』・h00411)が構えた真っ白なエレキギター型魔術触媒、魔導弦『ホワイトスター・トップテン』から、張り詰めた音が響く。
瞬間、甲子園の応援席もかくやという熱気が立ち込めた。
しかし奏者がバッターボックスに立ち、ギターを抱えたままバットを構えている光景については、誰も深く考えないことにした。
そもそもサリィは打撃に全く自信がない。
ギターなら振り回してきたが、バットなど握ったことがあるかも定かでない。
|応援歌《ヒットナンバー》は連発できても|安打《ヒット》は打てないだろう。
ならば、狙うはただひとつ。
投じられた白球に、そっとバットを添える。
力の抜けた打球は三塁線へ転がり――僅か数メートルで勢いを失った。
猛然と捕球に走るサードグロンバイン。
拾って投げれば、最悪でも内野安打で済む。
『得点にならなければオレたちの勝ち――!』
「まだ終わりじゃないわぁ」
不敵に宣うサリィは――やはり、歌う。
乙女の想いを叩き付ける一直線の応援歌。
“|吶喊・一直線乙女44マグナム《マグナムヴァージンマグナムフォーティフォー》”にて、魔導砲撃モードへと変形したホワイトスター・トップテンから、魔力弾を放つ。
一発、二発、三発。
白球に青春を捧げた者たちを全力で応援するような、そんな激励にも似た魔力弾を受けるたび、ボールは芝を跳ねて再加速した。
『なっ……反則! 反則だぞ!!』
「なぜ?」
『公認野球規則5.09(a)(8)だ! 要するに――打った後の球をもう一度打ったらアウトだ!」
「打ってないわよぉ」
『打ってるじゃないか!!』
「撃ったのよ」
『へ……屁理屈!!」
「その規則とやらに“バントしたボールに魔力弾を当てて何十メートルも転がしちゃいけない”、なんてルールはないでしょ?」
あるわけがない。
あまりにも例外的すぎる状況に、グロンバインPDは言葉を失う。
その間にもボールはサードグロンバインを通り過ぎ、慌てたショートグロンバインが捕球に飛び込むが、その目前で白球に次弾が直撃。跳ね上がった球と魔力弾をまとめて顔面に浴び、遊撃機は芝の上を転がった。
間違えてはいけないが、狙われているのはあくまでボール。
ただし拾おうとすれば、当然、魔力弾の射線上に入る。
卑怯ではない。いわゆる巻き込まれ事故である。
『そ、そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ!』
不満と焦燥を抑えきれないグロンバインPDは『DX合体変形グロンバイン!』を発動。
フィールドが傾き、ベースが波打つように揺れ始めた。
しかし、加速したサリィは、乱れる足場すら舞台装置のように踏み越える。
そうして歌声を途切れさせぬまま一塁、二塁、三塁へ。
その間も白球は弾幕に追い立てられ、守備機械群を次々と撥ね飛ばして外野フェンスにまで転がっていく。
それになんとかミニミニグロンバインが辿り着くのと、サリィがダイヤモンドを一周するのと、どちらが先かなど考える間でもない。
サリィの足がホームベースを踏んだ瞬間、轟音と共にグロンバインPDの巨体が震えた。
「ぐおおおおおお!!」
歓声とは程遠い苦鳴。
サリィは涼しい顔でホワイトスター・トップテンを掲げた後、魅力的な唇を綻ばせる。
「いい音、鳴らしてたでしょ? バットじゃなく、ギターだけど」
「ルール無用とか、何だよその……」
打ち切り漫画の如き状況。
|薄野《すすきの》・|実《みのる》(金朱雀・h05136)は、呆れ半分で呟く。
そんな彼の眼前では、既に十数機のミニミニグロンバインが破壊されていた。
先んじたEDENによる一方的な蹂躙の結果である。
そして凄惨な現場は淡々と機械的に処理され、また新たな小型機が守備に就く。
この光景から分かることは明確だ。
守備妨害は取られない。加えて√能力の使用もオールオッケー。
だとすれば、漫然と打席に立つ意味はない。
実は掌の上に宝石を生み出す。
|虚構の希石《ディセプション・ミラクル》。仮初めの輝きが全身に巡れば、視界も四肢の感覚も、普段より鮮やかに研ぎ澄まされた。
元より、身体を動かすことには自信がある。
まして望まぬ改造によって得た身体能力は、今なお失われずその身に残っている。
断じて野球選手になるための改造ではなかったはずだが……此処では有効活用させてもらうべきだ。
「背番号十一番、と言いたいところだけど……ホームランは駄目なんだよね」
野球の華を封じてしまうとは勿体ない。
その辺りは、ゲームの魅力よりも人質の利用に重きを置いたグロンバインの冷酷さであろうか。
だが、たとえ打ち上げたとしてもスタンドに入れなければいいのだ。
実は投じられた白球の中心を見切り、武器で受け流す要領でバットを振り抜く。
打球は高く高く舞い上がって――しかし、観客席へは届かない。
『フライだ! 捕れー!』
外野に殺到するミニミニグロンバイン。
しかし白球は不自然な風に押されて流れ、伸ばされた金属の腕をするりと躱した。
取り損ねれば機械といえど焦り、その焦燥が落下点に駆け込んだ機体同士の衝突を生む。
そうしてミニミニグロンバインたちが折り重なる間に、実はバットを握ったまま一塁を蹴る。
『何をやってる! はやく捕れ! 拾えー!!」
グロンバインPDの咆哮に応じて各所から増援が飛び出し、頭部アイセンサーを明滅させながら包囲を狭めた。
どう考えてもグラウンドは九機以上の野手で溢れているが、ルール無用は|敵方《あちら》も同じ。
群がる小型機に拾われた白球は二塁へ送られた――が、その軌道も忽然と吹いた横風に煽られ、ボールはベースカバーに入っていた機体の腹部を直撃。
そのまま、また明後日の方向へと逸れていく。
『ど、ドーム球場なのに風……!? おい、どういうカラクリだ!!』
|機械《カラクリ》のお前がそれを言うのか、という台詞を聞き流して。
実はなおも走る。
三塁上では、腹部ヘッドを開いた機体が待ち構えていた。
「守備妨害はOKって事なんだよね?」
再度の確認から、返答を待たずに跳躍。
膝蹴りをまともに受けた三塁機が仰向けに倒れて痙攣する。すかさずカバーに入っていた遊撃機が食らいつこうと迫るが、実はバットを横薙ぎに一閃。
あんぐりと開いた口にフルスイングを受けた機体は、防球ネットにまで殴り飛ばされて、煙を吐きながら沈黙した。
そうしてダイヤモンドを一周した実は、悠々と本塁を踏む。
瞬間、巨兵の内部を衝撃が貫き、グロンバインPDは苦悶の叫びを上げる。
その傍ら、実は両手を頭の横へ掲げ、軽く手首を折り曲げて踊り出した。
続けて身体の前で手を上下させたり、両掌を開いて顔の横で揺らしながらステップを踏んでみたり。
いつの間にやらすっかりおなじみ、キツネダンスである。
「北海道のチームを応援している身としては、これを踊っておかなきゃね」
『何の儀式だ、それは!?』
「知らないんだ? 勝った後の作法だよ」
無論、それは事実と異なる。
しかし中途半端な知識しか持たないグロンバインPDは言い返すこともできず、倒れ伏したミニミニグロンバインたちのアイセンサーは、いつしか妙に正確なリズムで明滅を始めるのであった。
ああ懐かしき青春の日々。
白球追いかけ、土を蹴り。
一打一投に夢をかけ。
仲間と流した、汗と涙は。
今なお胸に、熱く燃ゆ。
ああ、ああ、栄冠は。
角に輝く。
「――という感じで野球に明け暮れていた記憶が」
「ないでしょ」
「ないです」
あっけらかんと宣う|野分《のわけ》・|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)。
緇・カナト(hellhound・h02325)はバットを振った。
時雨は蹲った。
「はい、一点」
「違う……絶対違う……!!」
「違うの? だってバットでボコボコにすれば……あ、あー……そっか、ボール使ってないや……ごめん……」
「いやたぶんそこじゃないとおもう……!!」
どうにも曖昧な言葉ばかりが並ぶのは、二人とも野球のルールを大して知らないからである。
「というかどういうルールであれ、ぼくをタコ殴りにするのは絶対違うと思うんですが!!」
「まァいいじゃないそういうの」
カナトは面倒くさそうに答えると、鷹印の包装紙で包まれた|揚げ物《フライ》を齧った。
「どこからもってきたんですか……!」
「え? そこで貰ってきたけど」
バットで指し示した方にはファーストフード店のような一角で忙しなく働くミニミニグロンバインたちが見える。どうやらグロンバインPDのPayPayドームに対する理解が進むにつれ、そうした設備も再現されはじめているようで――。
「……いやおかしいでしょ……なんでお弁当とかハンバーガーとか作ってるの……?」
「まァいいじゃないそういうの」
カナトは面倒くさそうに答えると、九つに仕切られたお弁当を綺麗に平らげた。
「これで3500円だって。どう思う? 牛くん」
「知りませんよそんなこと!!」
激昂した時雨は帽子を叩きつけるような仕草と共にカナトへ掴みかかった。
ここまでが準備運動である。
「と、とにかく、ひとが死なないように頑張らないとなので!」
「任せなって」
うっかり常識人枠に収まってしまったが為に早くも疲弊気味の時雨へと答え、幾つかの空容器を片付けたカナトがいよいよバッターボックスに立つ。
その足元からぬるりと湧いてひとつになる影は、悪運、或いは運命。
「有能なわんちゃんに抜かりなし……!」
シンプルなスイング。狙いも曖昧なそれがボールを捉えることはない――はずが、白球の方が吸い寄せられるようにして芯を喰い、鋭い打球は三遊間を抜けていく。
「先輩、ナイス!」
手を打って歓声上げる時雨。
その場に立ち尽くすカナト。
「なんで!」
「……あ、一周してこなきゃいけないんだっけ? 猛牛くんやっといて~」
「なんで!?」
「走るのは足の速いやつにやらせてもいいんでしょ? 牛くん足速そうだから」
「ぼくもこのあと打席に立つんですが!」
「え~」
「え~じゃないんですよ! 走ってわんちゃん! ゴー!」
「しょうがないなァ……」
まあどちらでもいいんだけども、と呟きながらも動き出したカナトが一塁に到達したところで、外野からボールが返ってきた。
レフト前ヒット。ノーアウト、一塁。
「ちゃんと走ってたらもう一つ先までいけたでしょうに」
不平を溢しながら打席に立つ時雨。
渦巻く想いをバットに託してホームラン――といけたら爽快だったのだろうが、生憎とそれは出来ない。観客席には無数のカプセルが配置されており、そのひとつひとつに罪なき人々が囚われているのだ。
「うっかりで打ち上げちゃっても怖いですからね」
とにかく転がせ、となれば……もっとも安全なのはバント。
カナトが一塁にいるため、最悪ならダブルプレーで二人ともアウトになるかもしれないが……ちらりと見やった先輩はベースから離れたり戻ったりまた離れて走り出すふりをしたりと、忙しないわんちゃんムーブを披露していた。
「なんで今日はあんなに落ち着きないのあの|犬《ひと》……ん?」
「がんばれ牛く~ん!」
「……そんな……先輩がぼくに純粋な声援を……!?」
槍でも振るんじゃねえか。
驚きのあまり打席を外した時雨の耳に聞こえてくるのは――頑張れ牛くんの大歓声。
太鼓とラッパの音が響き、数万の声が一身に降り注ぐ。
ふと振り返れば、ベンチには苦難を共にしたチームメイトの姿。
いけ時雨! やれるぞ時雨! お前が打たなきゃ誰が打つ!
「これが……青春……!?」
ただの幻覚である。どこからか? カナトの声援からだ。
とはいえ所詮、この世など夢と現の区別もつかぬ曖昧で儚きもの。
真実など己の胸にしか宿らぬのだ――とすれば、今の時雨は紛うことなき青春を背負ったひとりの|球児《ヒーロー》。
ありったけの力でバットを握り、ピッチャーグロンバインの投げた白球に渾身のバントを見舞う。
ともすれば|デッドボールもやむなし《痛くても我慢》という大胆な構えから放たれたボテボテのゴロは、もはや奇跡と呼ぶしかないほど美しく三塁線上を転がっていく。
「先輩、走っ――」
走って、と呼びかけようとした。
すっかり高校球児気分の時雨が猛ダッシュをかけたところで目にしたのは、一塁へと吸い寄せられていくチーム・グロンバインの守備選手たちと、それをバットでボコボコに殴りつける先輩の姿。
とんでもない不祥事の現場を見てしまった。
「あ、ボールもつかわなきゃだよね」
そう言いながらもカナトが取り出したのは精霊銃。
いやそれ弾。球ちゃう……いや弾でもないわ。雷や!
そう訴える者もいない。いないというか、消されていく。
「わんちゃん!!」
時雨は怒った。
これは野球への冒涜である。白球に青春を捧げた者への侮辱である。
「もっと純粋に野球楽しもうよ。青春を楽しもうよ……!」
瞬く間に怒りを通り越し、悲痛とさえ言える声で時雨は訴える。
「見て、このロボたちの熱い眼差し! 熱意! 甲子園へかける思い!」
「牛くん危ないよ~」
「えっ?」
ふと視線を巡らせた時雨をグロンバインの光線が焼いた。
幸いにして矮躯の牛は痛みを我慢できる強い子だったので苦鳴を溢して悶えるようなことはなかったが、人質を半ば燃料として放つレーザーことグロンバインキャノンは時雨の|青春《まぼろし》を燃やし尽くして、雰囲気に呑まれていた猛牛に真の野生を目覚めさせた。
「やってやろうじゃねえかよこのやろう!!」
そこからはもう殴る蹴る|金剛杭《プルパ》を打つの大乱闘。
そうでなくっちゃとばかりにカナトもバットを振り回し、白球の代わりにグラウンドを飛び交うのはネジや金属片。
大乱闘には一塁ベンチから控え選手や監督コーチに扮したミニミニグロンバインも加わってくるが、所詮は有象無象の子機軍団。物の数ではない。
荒ぶる犬と牛は一塁付近で瓦礫の山を築いた後、ふと思い出したように二塁、三塁、本塁と回ってグロンバインPD本体にも痛打を与える。
「いや~、いい汗かいたね!」
爽やかに額を拭って後輩の肩を叩く。
そんなカナトに、時雨は至極複雑な表情で答えた。
「先輩……」
「ん?」
「ぼく……|野球《こっち》より|暴力《そっち》の方が好きかも……」
かくして二人は|不良《ワル》の道に堕ち、後に熱血指導者の薫陶を受けて競技へと復帰すると、過去の悪事に足を引っ張られながらも甲子園を目指していくなんてことにはなーらーない!!
野球に懸けた|青春《まぼろし》は、ここでおしまい。
電光式スコアボードに、対戦チーム名が表示された。
――EDENメイドパンダーズ。
「これはもう勝ちましたね」
満足げに宣う|不忍《shinobazu》・|ちるは《chiruha》(ちるあうと・h01839)。
その傍ら、|空地《そらち》・|海人《かいと》(フィルム・アクセプターポライズ・h00953)は華麗な二度見を披露した。
ちらりとスコアボードを見やって「いい響きの名前だな」と頷き、ちるはに視線を向けようとした瞬間にもう一度スコアボードへと直る、これ以上なく完璧で芸術点の高い二度見。逃さずフィルムに収めてストップモーションアニメにでもしたいくらいのものだったが、生憎とこの球場には中継スタッフもスポーツ紙のカメラマンも不在であった。
「……メイド?」
「はい。野球のチーム名は場所+企業+動物だと伺いましたので」
「そこは『らくえん』にしない?」
「もう登録されてしまいました」
無情にも訂正を受け付ける窓口はない。
闘技処の看板を掲げる機会は永遠に失われ、海人はEDENメイドパンダーズの名を背負って野球に臨むこととなった。
もっとも、海人自身は打席には立たない。
“フィルム・アクセプターポライズ”へと変身することもなく、生身のままで軽く準備運動をしながら出番を待つ。
代わって打者を務めるのは、ちるは。
野球に関しては知識も乏しい素人だが、チーム名を拵えるだけでなく、少し大きめのヘルメットを被ってバットを握り、悠然と打席に入って投手役のミニミニグロンバインと対する。
一瞬の静寂。
18.44メートル離れたマウンドで、全身の関節を軋ませながらピッチャーが振りかぶる。
投じられた白球は低く鋭く外角へ。
見送っても良い厳しいコース。けれども、ちるははバットを振る。
形式上、そうしなければ不自然であるからだ。
空を切るバット。快音は響かない。
だが――ボールは高々と舞い上がり、ライトスタンドに向かっていく。
ざわめくミニミニグロンバインたち。彼らのアイセンサーには、まるで見えない何かがボールを跳ね返したように映っただろう。
そして、それは“正しい”。
ちるはが使役する九体の色彩り綿毛獣“ぽん”。ほわほわと可愛らしいそれの幾つかが透明化した状態で潜み、物理学的にもっともボールが飛ぶ45度角で接触するように仕向けられていたのだ。
ただし、それはあくまでも単純かつ理想的な条件での理論値である。ボールのスピンはもちろん、多大な影響を与える空気抵抗については考慮されていない。
故に、一見して打った瞬間のホームランと思われた打球は、最後の最後で失速して、フェンス上段に直撃。外野手グロンバインのところに点々と転がっていく。
「海人さん、ごー!」
「よしきた! ちるはちゃんに代わりまして、代走、空地・海人……行くぜ!」
海人が一塁へ駆け出す。
同時にグロンバインの巨体が振動し、外野壁面や照明の隙間から無数の砲塔がせり出した。
野球には全く必要なそれの狙いは明らか。
照準光が疾走する海人の背中へと殺到した――その瞬間。
「こぱんだ達! 砲塔の向きを変えるんだ! カプセルの方には絶対向けるなよ!」
変身ベルトに棲みつくこぱんだ妖怪達が、海人の声に応じて一斉に飛び出した。
もふもふのそれらは砲身にしがみつき、先端にぶら下がり、或いは何体かで力を合わせ、ぐぐぐと横へ押し曲げる。
合体ロボットの兵装に対して、あまりにも素朴な抵抗。
しかし、もふもふは強い。
放たれたレーザーは海人の頭上を通過し、観客席とは正反対の天井へ。
続く光条も外野フェンスの上を横切り、三塁側ベンチの手前で床を焦がす。
人質のカプセルには掠りもしない。完璧な砲塔制圧。
その成果に反して、絵面だけはこぱんだ達がレーザー砲で遊んでいるようにしか見えなかったが、重要なのは結果だ。
海人は一塁を蹴り、迷わず二塁へ。
そこで打球を拾い上げた外野手グロンバインが、機械仕掛けの腕を振りかぶる。
レーザービームも斯くやという鋭い返球が――放たれたはずが、ボールはまたしても宙で見えない壁にぶち当たり、ミニミニグロンバインの顔面にヒットして点々と転がっていく。
ぽんの仕業であることは疑いようもない。野球にあるまじき現象は不正として検証されても仕方のないものだが、しかしグロンバイン側もレーザーなんぞ持ち出してしまったのだから、糾弾する資格はない。
「海人さん、いけますいけます!」
打席を離れたちるはが、両手を口元に添えて応援する。
傍らでは、打撃という大任を果たした後のぽんがほわほわと浮かび、こぱんだ達の奮闘を見守っている。
こぱんだに負けじと、海人は二塁を回る。
そこで待ち構えていたのは、ショートとサードのグロンバイン。
腹部ヘッドの歯を剥き出しにして立ちはだかる様はもういよいよ野球ではありえないディフェンスになってきたが、相手もそれだけ必死ということ。
ならばこちらも全力で当たらねばなるまい。
「こぱんだ!」
「ぽん、ごー!」
二人の主の呼びかけに応じて、数体のこぱんだが守備陣の足元へ殺到する。
一体が脛に抱きつき、もう一体が頭に飛び乗り、残る者たちは左右から押す。
そこに雪崩れ込んできたぽんが大きさと弾力を変え、ぼよんぼよんとグロンバインを内野から押し出してしまえば、海人の激走を阻むものはない。
「よし、抜けた!」
海人はいよいよ三塁ベースを蹴る。
残るはホームまでの一直線。捕手役のミニミニグロンバインが最後の砦として待ち構えるが、その足元には先回りしたぽんが柔らかく潜り込んで――弾力解放。
トランポリンにでも乗せられたかのように舞い上がったそれは、大きく山なりの軌道を描きながら落下して、まだ生き残っていた投手役のミニミニグロンバインと衝突、哀れ小型兵器は金属片に成り下がった。
遮るものは、もう何もない。
海人は速度を緩めることなく駆け抜け、白い五角形を確かに踏み締める。
「よしっ、ホームインだ!」
自ら手を叩いて言えば、電光式スコアボードに追加の一点が灯り、途端に球場全体が大きく揺れた。
遥か天井よりも先、頭部ユニットのあるべき方向から、何かが拉げるような音が響く。
グロンバインPDがダメージを負ったのだ。得点する度にそうなるという単純かつ奇妙な仕組みがどうして採用されているのかは、工学かのちるはの頭脳を以てしても読み解けないが、此処で大事なのは過程よりも結果。
「おかえりなさい」
「イエーイッ!」
掲げられた掌が、乾いた音を響かせる。
主たちの喜び具合に感化されたか、続いてこぱんだ達も列を作り、ぽん達に小さな手を差し出した。
カラフルな綿毛に触れるたび、白黒の顔もほわりと緩む。
そのまま何度もハイタッチ。ハイタッチ。
サヨナラ勝ちでも収めたのかというくらいの盛り上がりで、EDENメイドパンダーズの面々はベンチへと退っていった。
エレノール・ムーンレイカー(蒼月の守護者・h05517)は、やや不安げな顔で三塁ベンチを振り返った。
「野球のルールはよく分かりませんが……このバットで打って、走ればいいんですよね?」
だいたい合っている。
少なくとも今回の野球に関しては、それで全部である。
EDENの面々が頷くのを見やって、エレノールはバッターボックスに入った。
銀髪を揺らして静かに息を整えれば、全身から立ち昇るのは|黄金の闘気《スピリッツ・オブ・ゴールド》。
眩い闘気はエレノールの身体を包み、握り締めたバットにまで流れ込んでいく。
神々しい。勇壮である。
およそ野球用具から放たれてよい光量ではない。
『おおっ、光るバット! カッコいいな!』
グロンバインPDから無邪気な歓声が響いた。
『でもこっちも負けてないぞ! いけ! ミニミニグロンバイン!』
内外野へ展開したミニミニグロンバインたちが、アイセンサーを一斉に明滅させる。
その輝きを背に、投手役のミニミニグロンバインが大きく振りかぶった。
鋼鉄の腕から投じられる白球。
速く、鋭い。
しかも打者の手元で微妙に沈む。
初心者相手に変化球をぶち込んでくる加減のなさ。
だが、エレノールの琥珀色の瞳は、その軌道を冷静に捉えていた。
「――ここです!」
黄金に輝くバットが唸り、“星薙ぎの一閃”が白球を上から叩きつけるように捉えた。
鋭い打球は芝を削るほど低く飛び、投球を終えたばかりの投手役を貫く。
さらには捕球姿勢をとった二塁手、そのカバーに入っていた遊撃手も次々と破壊すると、よもや自分のところまで転がってくるとは思っていなかったであろう中堅手までも撃破。
一振りで四枚抜き、センターラインを壊滅させてしまった。
攻城兵器じみた打球を放ったエレノールは、輝くバットを握ったままで駆け出す。
俊足という言葉を軽々超えた速さで、あっという間に一塁を踏み、二塁へ。
ボールが外野から返ってくる気配はなく、もはや得点は確実――と、そんな状況であればチーム・グロンバインは非常手段をとるしかない。
守備を放棄した一塁と三塁のミニミニグロンバインが、腹部ヘッドの歯を剥いてエレノールを挟み込む。
それだけならまだしも、ベンチや外野フェンスの脇からもぞろぞろと援軍が現れた。
「……ルール違反では!?」
幾ら野球を知らずともそれを疑う光景。
しかし、真っ当な審判がいる訳でもなし。完全に乱闘モードへと移ったミニミニグロンバインはエレノール目掛けて猛然と迫ってくる。
これは一刻も早く本塁まで駆け抜けるしかない。
エレノールは前から飛び込んできた三塁手の体当たりを直感的に潜り抜け、後ろから猛追する一塁手を激走で突き放す。
そのまま三塁を蹴れば――捕手役のミニミニグロンバインが、ベンチからの増援を伴って壁の如く立ちはだかった。
『絶対に通すな!』
「押し通ります!」
エレノールは一直線に本塁へ突入――と見せかけて寸前で鋭く切り返し、稲妻のような軌道で捕手の脇を突いて滑り込むと、神々しい闘気を纏った左手でベースに触れた。
瞬間。
『ぐわーっ!』
頭上から降り注ぐグロンバインPDの悲鳴。
球場全体を重い振動が揺さぶる中、電光式スコアボードに一点が追加される。
何故そんな仕組みになっているのかはさっぱりだが、しかしエレノールの得点によってグロンバインPDがダメージを受けたことは間違いない。
「わたしにも出来ました……!」
|一塁から本塁まで《ダイヤモンド》を黄金の残光で結んだエレノールは、確かな達成感と共に三塁ベンチへと退き、EDENたちの祝福に出迎えられるのであった。
「あー、安打で行けってこと。だから51番なんですねぇ」
佐野川・ジェニファ・橙子(かみひとえ・h04442)は得心したように頷いた。
51番。それは日本が誇る伝説の安打製造機が背負った番号である。
ホームランを打ってはならないとする今回の状況にはぴったりだが、さておき。
「野球は守備の方が面白いと思うんですけど……まあ、どっちでもいいか」
呟きながら橙子が取り出したのは、卒塔婆。
鉄製で握りやすい作りだが、バットではない。
しかし握って、振れるのであれば、それもまたバットであろう。
事実としてミニミニグロンバインは何も言わなかった。公認野球規則に従うなら“なめらかな円い棒”でなければならないのだが、そこまでルールが読み込めてないのかもしれない。
何にせよ、ダメと言われてないのならそれでよい。
「普段から振るもん振ってますから、割と得意ですよ」
橙子は助っ人外国人ばりにブンブンと素振りをしてからバッターボックスに入る。
バット代わりの卒塔婆を肩に担ぐ姿は神々しく――同時に、どう見ても殴り込み。
しかし気合いばかりでなく、状況への理解も充分だ。
ホームランが人質を危険に晒すというなら打ち上げなければよい。
打ち上げないようにするには――。
一、球を破壊。
二、打球を水平に飛ばして野手を破壊。
三、美しい黒髪で球を掴んでルールを破壊。
こうしていずれかの方法で何らかをぶっ壊せばよい。
それは野球の経験でなく|喧嘩《あらごと》の経験から導き出された、極めて明快な結論であった。
「さ、来なさい!」
卒塔婆を立てながら突き出して、闘志露わに投球を待つ。
守備位置を埋める機械たちがアイセンサーを輝かせる。
マウンド上。振りかぶって、投球。
100マイルの剛速球が、橙子の胸元目掛けて鋭く迫る。
威嚇するようなインハイ。
「いい球じゃん」
むしろかかってこいとばかりに踏み込んで、一閃。
神気溢れる腕を振り抜けば、卒塔婆の平たい面が白球を捉えた。
打球は浮かず、弾丸ライナーとなってピッチャーのグロンバインを襲う。
粉砕。爆砕。アイセンサーなど欠片も残らないほどに打ち砕かれた小型機は哀れ、マウンドの星となって散る。
ボールは点々と転がって……捕球に走ったのは二塁手グロンバイン。
どうにも位置が悪い。このままでは一塁を回ったところで奴と鉢合わせてしまう。
タッチアウトはゲームセットと同義だ。
「っつーわけだから、そいつは貰っとくわね」
グロンバインのグローブを遮って、ボールを掠め取る長い黒髪。
そのままライト方向へと、にょきにょき伸ばして、フェンス際でぽとりと落とす。
ボールを持っていなければ二塁手も遊撃手も単なる障害物である。
「邪魔よ!」
卒塔婆の一振りで叩きのめして、しっかりベースを踏みながら二塁を通過。
残るは半周。
何としても止めたいチーム・グロンバインは此処で増援を投入。
一塁側ベンチから飛び出した小型機たちが次々と三塁線上を走り抜け、スクラム組むかの如く壁を築いて行く手を阻む――が、ボールさえ持っていなければいくら接触しようと構わない。
「邪魔だっつってんでしょうが!!」
橙子はもう一本の卒塔婆を取り出した。
それは二本一組であった。
両手に卒塔婆を握って、猛然と迫る橙子の姿は万夫不当の豪傑、或いは鬼神の如く。ミニミニグロンバインを一薙ぎで叩き潰し、二薙ぎで吹き飛ばす。
もはや誰の目にも乱闘としか映らないが、ダメと言われた訳でもなし。如何にきっかけを作ったのが橙子といえど、先に集団をけしかけたのはチーム・グロンバインであるのだから、さもありなん。
見事に三塁防衛軍を突破した橙子は悠々とホームへ帰還――と、思われたところ。
ライトから飛んでくる白い球。
位置関係的に乱闘には加われず、それ故に未だ野球の心を失っていなかった右翼手グロンバインが、律儀にバックホームを試みたのだ。
レーザービームめいた送球は橙子の走塁を上回って先着。最後の砦を任された捕手グロンバインが、あからさまに走路を塞ぐ形で立って待ち構える。
これは万事休すか。
三塁側ベンチからEDENたちが固唾を飲んで見守る中――橙子は、塁間で思いっきり両腕を振り抜いた。
刹那、三塁線に沿って飛ぶ卒塔婆。
鋼鉄の矢として放たれたそれは、接触プレーに備えてがっちりと低めの体勢を維持していた捕手を貫く。
ぐしゃりと機械が拉げる音。火花が散り、びりびりと電気が奔って。
爆発。
舞い飛ぶ金属片。革が捲れるだけでなく、球状を保てないほどに変形破損しながら転がるボール。
微かに炎が揺らめく中、すらりと長い脚でホームベースを踏んだ橙子は、拾い上げた卒塔婆を両手に持って宣う。
「――セーフ!!!」
テレマークじみたポーズと同時に電光式スコアボードが追加点を示し、頭上からはグロンバインPDの悲鳴が降った。
何故ホームベースを踏んだらヘッドユニットがダメージを受けるなどという仕組みにしてしまったのか。
橙子の知った事ではないが、しかしこれでいいというのならダイヤモンドをあと何周か回ってくることも吝かでない。
「必要なら代走も承りますよ~」
バット置き場に卒塔婆を立てかけながら、橙子はベンチで待つEDENの面々に声掛けた。
バッターボックスの土を肉球が踏み締める。
「ユニコーンアーマー、装着!」
吠えたイヌマル・イヌマル(|地獄の番犬《ケルベロス》・h03500)の身体を覆うのは、ドリルとブースターを備えた犬用装甲服。
背には堂々たる『11』の数字。わんわん。
わんわんを着込むわんわんである。非の打ち所がない。完璧だ。
そして口には横一文字に咥えたバット。
もちろん誰かがその辺に転がしていたのを拾ってきたのではない。
今日のイヌマルはバットドッグではないのだ。
凛々しく猛々しく鋭い眼光(イヌマル比)で好球必打を狙う。
一意専心のシルバースラッガードッグなのである。
『おおっ、やる気満々だな! それじゃあ行くぞ!』
投手役のミニミニグロンバインが振りかぶる。
脚を上げ、胸を張り、全身の機構を連動させた本格的な投球フォームから放たれた白球は――イヌマルの遥か頭上を通過した。
電光掲示板に『BALL』の青いライトが灯る。
『……あれ?』
グラウンドにグロンバインPDの困惑が降った。
しかし、落ち着いて考えてみよう。
――そう。そうだ。その通りだ。
イヌマルくんはバセットハウンドである。
胴長短足(!)である。
もちろん四本足を地につけて立っている。
人間を相手にするつもりで投げれば、当然ながらストライクゾーンなど掠りもしない。
それは“打者の肩の上部と、ユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、ひざ頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間”なのである。
規則そのままに裁定を下せば、イヌマルのゾーンは極狭、極小。
よほどのことがなければストライクを取るのは難しい。
『なら、もっと低く!』
二球目。
低い。しかしイヌマル目線ではまだ高く、頭上を通過。BALL。
『もっと低く!』
三球目。
さらに低い。イヌマルの目線くらいにはなってきたが、しかしBALL。
『じゃあここだ!!』
四球目。地面すれすれ――いや、低すぎる。イヌマルの前でバウンドしてBALL。
BALL FOUR。
フォアボール。四球。
『なんでだよ!?』
機械の絶叫が球場に響いた。
イヌマルは一度もバットを振っていない。
いやー、やる気は充分だったのになー。フルスイングする準備は出来てたのになー。でもピッチャーがなー。まともにストライク入らないんじゃどーしよーもないよなー。
などとぶつくさ言ったりはしない。
何はともあれ出塁。イヌマルはバットを離すと、てとてと一塁へ向かっていく。
それを見送り、次のEDENが打席に入る。
しかし、イヌマルの出番はまだ終わっていなかった。
否、むしろここからが本番である。
投手役のミニミニグロンバインがセットポジションから第一球を投じた、その瞬間。
「二盗!」
ユニコーンアーマーのブースターが熱を吐き、イヌマルは芝の上を滑るように駆ける。
否、それはもはや飛んでいるというべきか。
けれども四本の脚は空中で忙しなくちょこちょこと動いている。
慌てているようだとか、溺れているようだとか言ってはいけない。
その細かな動きは、ベースの踏み忘れを危惧してのもの。
『盗塁だ! 二塁へ!』
捕手役のミニミニグロンバインが即座に送球。
白球が低い軌道を描き、二塁へと一直線に飛ぶ。
決して遅くはない。
むしろ盗塁阻止の送球としては申し分ない速さだった。
だが、遅い。
ボールが二塁へ届くより早く、イヌマルの肉球がベースを踏んだ。
『セーフ!』
『はやっ!?』
驚愕する守備陣。
だがイヌマルは止まらない。
二塁は終点ではない。
次だ。
「三盗!」
『走った!? 三塁! 三塁へ回せ!』
二塁手が捕球するや否や、その腕を振り抜く。
今度こそ先回りするように三塁へ送球。
白球は鋭く飛ぶ。イヌマルも飛ぶ。
白球が二塁と三塁の中程を過ぎる。イヌマルも過ぎる。
白球が三塁へ迫る。イヌマルはもっと迫る。
『……ボールが追いつけない、だと……!?』
野手から野手へと必死に繋がれる白球。
その少し前を、茶白の犬がちょこちょこちょこちょこと走るように飛んでいく。
見た目だけなら懸命に駆ける愛らしいバセットハウンド。
実態はブースターを噴かして送球より先に塁間を駆け抜ける高速飛翔体。
三塁手がグラブを構える。
白球が迫る。
それに僅か、先んじて。
ぽすん。
肉球が三塁ベースを踏んだ。
『セーフ!』
『なんで球より速いんだよ!?』
ごもっともである。
しかし、驚いている暇はない。
イヌマルはもう三塁を蹴っていた。
「三盗からのー、ホームスチール!」
『そんなばかな!?』
『ホーム! ホームへ投げろぉ!!』
三塁手が必死に投じた白球が本塁へ飛ぶ。
イヌマルも本塁へ走る。
もはや走者を刺すための送球ではない。
逃げるイヌマルを、白球が必死になって追い掛けている――が、しかし。
『駄目だ! 追いつかない!』
『投げても無理だ! こうなったら直接止めろぉ!!』
遂に、グロンバインたちは真っ当な野球を諦めた。
ベンチから、内野から、果ては何処に潜んでいたのかさえ分からぬところから、小型機械兵が続々と殺到する。
アイセンサーがイヌマルを捉え、進路を塞ぎ、腹部のヘッドユニットが牙を剥く。
走者を刺せないなら物理的に塞げばいい。
合理的である。野球としての正しさは二の次どころではないが。
そう。これはもはやベースボールにおける守備ではない。
突撃してくる兵器から陣地を守ろうとする、グロンバインたちの防衛戦である。
ならば。
「ミニマル軍団、出動!」
イヌマルを模した小型ロボット〈ミニマル〉たちが、一斉に戦場――もといグラウンドへ躍り出た。
ミニミニグロンバインが噛みつけば、ミニマルも噛みつく。
引っ掻けば、引っ掻き返す。
転がり、組み合い、芝生の上で小型機械軍団が壮絶極まる鉄団子を形成していく。
野球につきものの集団乱闘である。
ということは、これはまだ、野球なのである。
そして乱闘を収めるのは野球犬の大事な仕事のひとつである。
イヌマルはそれを√仙術サイバーにて経験していた。
その経験はミニマル軍団へとフィードバックされ――小さな機械犬たちは凶悪犯を取り押さえるかの如く、次々とミニミニグロンバインを制圧していく。
『ホームを守れ! 絶対に踏ませるな!』
残ったミニミニグロンバインたちは本塁前へ殺到した。
折り重なる鋼鉄。牙を剥く腹部ヘッド。
幾重にも連なった、噛みつく機械の壁。
しかし、その横腹にもミニマル軍団が雪崩れ込んだ。
金属同士のぶつかる硬質な音が連続し、守備陣が横へ横へと押し流される。
もう野球じゃなくてラグビーのスクラムじみてきたが、さておき。
一瞬だけ開いた中央へと、イヌマルが飛び込む。
「今だー!」
ブースターの熱。
イヌマルの身体が芝生すれすれを一直線に奔る。
耳が後ろへ流れる。尻尾が伸びる。装甲の隙間を風が鳴らす。
そして脚だけは最後まで、律儀なほどにちょこちょこと動き続けていた。
白球が後ろから迫る。
ミニミニグロンバインが前から手を伸ばす。
そのどちらよりも早く。
イヌマルの前脚が、ホームベースを踏んだ。
『セーフ! セーフ!!』
次の瞬間、球場全体を震わせる重い衝撃。
得点を検知した機構から、そのままグロンバインPDのヘッドユニットへとダメージが伝達されたのだ。
照明が明滅し、内壁が震え、遥か頭上から巨大な装甲の軋む音が降ってくる。
『ぐわああああっ!?』
悲鳴を上げる合体ロボット。
その足元では、背番号11のヒーロードッグが胸を張るように、身体をうんと伸ばしていた。
ふと気づけば九人以上が揃っていた。
伝説の野球チーム・EDENナインは文句なしの完成である。
なお、チームとして練習したことはない。サインも決めていない。
そもそも|深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)に至っては、つい先ほどまで野球のルールすら知らなかった。
「まさかグロンバインが、野球場という施設を理解していたなんて……」
バッターボックスへ向かう仲間を見送りながら、深雪は無表情に呟く。
「てっきり√EDEN式の天蓋大聖堂と解釈しているものかと」
偏見――でもない。空を覆い隠し、重力すらも制御するというのが“|天蓋大聖堂《カテドラル》”であるなら、みずほPayPayドームをそれと認識しても不思議ではなかった。
……空気調和設備ならともかく、さすがに重力制御機構までは付いていないが。
ともあれ、試合は進む。
その間、深雪が行っていたのは応援でも素振りでもない。
義体の電脳を通信網へ接続し、野球のルール、打撃理論、走塁技術……それから“プロ選手たちのモーションデータ”を片っ端から収集。踏み込み。腰の回転。重心移動。インパクト。打撃に関する知識と、知識化された経験をこれでもかと脳に流し込み、身体制御へと落とし込んでいた。
結果。
野球歴零分の少女は、全世界の野球選手が追い求めたであろう、完璧にして理想の打撃フォームを爆誕させた。
『次だ! さあ来い! まだまだ野球しようぜ!』
「良いでしょう。あなたがそのつもりなら――野球で抹殺して差し上げます」
『おうよ! ……抹殺!?』
物騒な単語に怯んだグロンバインを尻目に、深雪は打席へと入る。
|殲滅兵装形態《アナイアレイターモジュール》、展開。
六連装思念誘導砲『|従霊《フュルギャ》』、システムオールグリーン。
知覚領域拡大。
「さあ、いつでもどうぞ」
『……なんか横に浮いてないか?』
「お気になさらず。さあ」
六基の浮遊砲台を気にするなというのも難しいが、しかし。
投手ミニミニグロンバイン、振りかぶって。
投げた。
その一投は、相手の野球経験など顧みない。
硬球というより砲弾に近い勢いで迫る白球。
その軌道を青い瞳が追う。
回転。僅かな変化。到達点。
全てを読み切り――バットを振るう。
乾いた打球音。
白球は一、二塁間を痛烈に破り、そのまま外野の芝を転がっていく。
絶妙だった。
打球が遅ければ内野に処理される。しかし強すぎれば人質満載の観客席へ飛び込む。
その狭間を撃ち抜いた、完璧なヒットである。
『うおおお! センター! ライト! 追えー!!』
「では、排除します」
返球を待たずして、野球の概念は脆くも崩れ去った。
“従霊”六基が旋回。守備へ走るミニミニグロンバインの足元をレーザーが正確に薙ぐ。
一塁手が倒れ、二塁手が吹き飛び、外野手が捕球すら出来ないまま芝の上に転がる。
もっとも、グロンバインPDも黙ってはいない。
『そ、そっちがその気ならこっちもやるぞ! DXグロンバインキャノン!』
球場各所から迫り出す砲塔。
狙う先は、一塁へ駆け出した深雪。
光が奔る。
しかし、閃いたのは“従霊”のレーザーだった。
一門、二門、三門。
走者を射抜かんと首を巡らせた砲塔が次々に焼かれ、光線を放つことなく沈んでいく。
そして――深雪も次のフェーズへと移行する。
「アサルトモジュール展開完了」
多数の推進装置を備える装甲を装着した『|強攻突撃形態《アサルトモジュール》』。
装盾杭打機『|鉄甲《ヤルングレイプル》』を構え、一塁を蹴る。
その速さは、俊足で鳴らしたプロ選手たちでも影さえ踏めぬほど。
一塁ベースを蹴って、二塁へ。
ベースカバーに入ったミニミニグロンバインを防盾で弾いて、三塁へ。
今度は二体が立ちはだかった。
片方を防盾で弾き、もう片方を杭打機で貫き、最短距離を一切崩さずベースを踏む。
そこでようやく、外野からの返球が宙を飛んだ。
捕手役ミニミニグロンバインが両手を広げる。
レーザー砲塔も再度、照準を合わせる。
だが、深雪は止まらない。
「……私は記憶にも記録にも残らない選手ですが」
砲塔を“従霊”が撃ち抜き、捕手を防盾が押し退ける。
返球がミットへ届く、その寸前。
「あなたを排除した結果は残ります」
少女の足が、ホームベースを踏み抜いた――瞬間。
球場全体を震わせる衝撃が走った。
『うおおおおおお!?』
ヘッドユニットへのダメージが限界まで蓄積して、ボディユニット内に築かれた野球場が崩落を始める。
深雪とEDENの面々は、ベンチ裏に開いた脱出路を駆け抜け、福岡の地へと戻っていく。
かくして、グロンバインPDは敗れた。
決勝打はレーザー砲撃および杭打機併用によるランニングホームラン。
野球史には、たぶん残らない。
残してはいけない。
