⑱暗澹に告げる咆哮よ
●金牛宮の審判
漸く――漸くだ。
「……|運命の石よ開闢せよ《アクセプト》」
雄々しい牛頭の男、ゾーク十二神が一柱。重々しい|暴牛辰砂甲《アーマーオブファラリス》を脱ぎ去った『星神ドロッサス・タウラス』の言葉が実を結んだ。
黒々と燃え上がる石から溢れるように広がるのは夜闇か、果たして宇宙そのものか。輝かしい星々が力を得たタウラスを祝福するように瞬いている。正当なる『ゾディアックの継承者』、その存在が喜ばしいのだと謳うように。
「……ゾディアックの継承者が行う星詠みは、予知能力ではない……それは『未来を決定する力』だ。我の言葉はいずれ現実となる」
世界を塗潰す宇宙の中で朗々とした声はよく響いた。
聞く者の心へ、佇む建物へ、流れる時間へ。世界へ深く滲んで、何ひとつ取り去ることは出来ない。
「……いま此処に宣言しよう。『我は主神ゾークになる』」
男が手にした|王劍『ファルの心髄』《ハート・オブ・ファル》を強く握り込む。黒い刀身を掲げて、告げられた言葉はやがて訪れる事実だ。
覆しようはない。
そうなるのだと、既に定められてしまった。
「……我が全√のゾディアックを掌握してゆく様を、ただ眺めているがよい」
これは予言を超越したもの。
何人たりとも抗えぬ運命の支配者である。
●拒絶
「勝手にあれこれ決められちゃうのって嫌よね」
手にした煙管をくるりと回して、僥・楡 (Ulmus・h01494)は笑っている。
戦いも大詰めとなった今、『星神ドロッサス・タウラス』が手に入れた力は非常に厄介だった。彼の進化した星詠み能力は、こちらの都合などお構いなしに未来を決定してしまう。予想だにしないハプニングで死を宣言されたならその通りに、傷を拒む言葉があれば刃は一ミリたりともタウラスへ届かない。
「せいぜい宝くじを当てるぐらいの可愛さでいて欲しいわ。……まぁでも、完全無敵の能力というわけでは無いと思うのよ」
それは未だ彼が主神に成り得ていないせいか。付け入る隙はあるのだと星詠みは続ける。
例えば隕石が降ると宣言されたとて、その発動時間が指定されていないのであれば。それが起こるまでのタイムラグは有効に使える。
何より。
言葉全てが現実になるというのであれば――それそのものを打ち砕いてやればいい。
「勝手な牛さんの言葉なんて、こっちが大きい声を出して掻き消してあげましょう。だって聞こえなければ、アタシ達にとって『無い』ものになるでしょう?」
酷い屁理屈だ。
けれど相手の宣言が叶う前に倒すなら結果は同じ事。話を聞こうが聞くまいが、打ち破ることになんら違いはない。
「将来の夢、望んだ未来。自分や誰かの幸せなんでのもいいし、明日食べたい晩御飯なんてのも良いわね。相手のつまらない言葉より、より強く未来を望んだ方が勝ち。シンプルでしょう?」
そうして足掻き、掴み取る世界の方が余程健全だ。普段なかなか口に出せないようなことでも、死ぬよりマシだと思えば根性が出るんじゃないか、なんて理屈にもならないかもしれないが。
声を出すのが苦手なら大きな音の鳴る楽器でも持ち込めばいい。随分と適当だと呆れる者に、楡は変わらずからりと笑ったままだった。
「いいのよ。だってアタシ達が負けるなんて宣言はされてないもの」
だから貴方達は必ず勝てる筈。今までがそうであったように、これからだって己の手で未来を選び取っていこう。
頑張ってらっしゃい。祈られた幸運は、不確定な未来を望んで皆へと降っていた。
第1章 ボス戦 『ゾーク12神『星神ドロッサス・タウラス』』
●賑やかに枯れ
それは星の神だという。
未来を定め、固定してしまう言の葉の力。商業施設の真ん中で、世界を宙のように塗り替えようとしている牛頭の異形は純粋な脅威だ。
「タウラスくん!!」
だが白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)は怯まなかった。普段はそう叫ぶこともない生き方をしているが、持ち前の背丈に備わった心肺機能は体格通りに強い。発せられる声量は十二分に空気を揺らす。
強敵であればこそ対策を練った緻密な作戦も必要になるだろう。けれど相手の虚をつくようなものであるなら、シンプルな力押しは時に力を発揮するものだ。
「今日の君の夕飯、何ー!?」
口の横に両手を当てて問いかける男の姿はどこか愛嬌すらあった。戦場には場違いな和かさで、レンズの奥の銀色は笑っている。
「僕は焼肉の気分!!」
初めはやっぱりネギ塩牛タンからかな!? 続ける言葉はだいぶ目の前の存在に思考が引っ張られていた。
それに研究職とはいえ、夏にはやっぱりスタミナも欲しくなる。最近暑いよね!! と叫んだところで蓮華は一旦咽せた。駄目だ。こんな大声ばかり仕事はしていないのもあって、喉が早速限界を訴えてきている気がする。
それを隙とみたか、それとも律儀に夕飯でも答えてくれるつもりだったのか。タウラスの視線が強まり、口を開きかけるその前に。
「おっと、君に夕飯以外の未来は語らせないよ!」
遮るように蓮華が叫べば、清涼な花の香りが蓮華から溢れ出す。
はい深呼吸をして。もう決まった夕飯のメニューは変える気なんて無いんだから。君もおいしいご飯のことだけ考えて、つまらない未来を決めるのは一旦忘れてくれまいか!
捲し立てる言葉と、漂う香気を受けたタウラスの体がぐらりと揺らいだ。けれどまだ諦める気は無いらしい。大きな足が床を踏みしめ、王劍を握り込むのが見えた。
心底やめて欲しい。眉を寄せた蓮華の背後から、一対の巨大な手が現れた。白く嫋やかな美しいその加護の手が、合わされ、離れて。
星神の神託が行われる前に、強く打ち鳴らされる。
「うわこれ僕もうるさい!!」
耳栓でも持ってくればよかった。白衣のポケットを探ったところで使えそうなものは見つからないし、先程から大音量で独り言を喋っているせいで、いよいよもって喉が限界だ。そう長くはやっていられない。
「タウラスくん!」
今一度、相手の名前を蓮華は叫んだ。
花の香りは漂ったままで、巨大なましろの腕は強く拳を握り込む。
「じゃんけんしよう!! いくよ、最初はグー!!」
言い終わるよりほんの少しだけ早く、加護の手は星神の巨体を盛大に殴り飛ばした。花香のせいで碌に踏ん張ることも出来なかったのだろう。見事に吹き飛ばされて、遠くの壁へと叩きつけられる。
騙し討ちとは言うなかれ。
戦場とは常に無情なものである。
「喉が痛い……声帯も筋肉なんだっけ」
呟く声は既にかすれ始めている。帰りに喉飴でも買うべきだろうか、蜂蜜なら部屋にあったっけ。明日以降の喉の調子を考えれば、少々はしゃぎ過ぎたかもしれない。
「慣れないことはするものじゃないね……」
溜息と共に、またひとつ小さな咳が転がり落ちた。
●舞台の上で銀は弾けて
「大声、大音量、それ即ちBig Voice……任せな、大得意でございましてよ」
一文字・伽藍(|Q《クイックシルバー》・h01774)の青い瞳が、宙の星々を反射して強く輝いた。
今日ばかりはと持ち込んだマイクスタンドは今日も真っ直ぐな佇まい。テステスと小さく呟けば、繋いだスピーカーから拡張された声が響く。全てオールオッケー。準備はばっちりだ。
「対戦よろしくお願いしまーす!」
腹の底から叫んだ挨拶も発声練習代わり。ハウリングするマイクのノイズで出力の最終調整もしたならば、星神ドロッサス・タウラスが何かを言う前にシャウトを先ずは一発ぶちかまそう。
贅沢なスペシャルライブのセトリは、勿論ド派手なロックで埋め尽くした。今日の観客に画面向こうの|あなた《リスナー達》はいない。
目の前にいる牛頭の神様だけに向けて、その心を揺さぶってあげると伽藍は不敵に笑う。
「存分にエモ散らかしてってね!」
こっちを向いて、耳を傾けて――他者の未来なんて考える隙間なんて与えてあげない。走るギターの音に合わせた楽曲に、乗せる声は力強い。ドラムの音にも負けぬと全力で、タウラスの脳へ、もっと奥へと入り込む。
踏み出してこようとした巨体から少し力が抜ける。もっと乗って行こうよと煽る伽藍の細めた視線の前で銀光が弾けた。打ち出された釘のいくつかが、避ける気力を奪われたタウラスの足へと突き刺さる。
その痛みの悲鳴か、攻撃自体を止めさせようとしたか。爆音の音楽が響く中で口を開いたのならそれが運のつき。
歓声以外は無粋の極み! 観客は大人しく、ステージの音を甘受して口を噤め。指差す伽藍のはその口元。そこへ目掛けて放たれる釘の鋭さが、縫い付けるようにして飛来する。
飛び交う|封印石《リア・ファル》が幾つかを落せど、鈍った思考では細かな攻撃を打ち落とすのは難しかったのだろう。顔面にピアスのように穴をあけて、それでもタウラスは王劍を振りかぶった。
振り下ろす衝撃で、封印石が伽藍自身へと放たれる。的が大きいのに動かず歌って、狙いやすいと思ったのだろう。
「クイックシルバー!」
けれどそれは大きな勘違いだ。彼女を守る護霊の銀の軌跡が弾き落とす。衝撃までは殺せなかった風圧が伽藍を襲うが――ガランが舞台の上で膝をつくなんてことはありえない。
「主神も王劍もうるせー! 知らねー!」
長い間奏にアドリブでシャウトを決める女の瞳は強い意志でより強く輝いていく。
「そう簡単に人の運命決められると思うな!」
ロックの反骨精神を舐められては困る。
世界を自分のものだと勘違いしたその思い上がりも、未来を下らない形に押し込む言葉も。その全部を全否定してやる。
ガツン、と地面へ打ち鳴らされるヒールの音が二曲目の始まりだ。息はまだまだ上がらない。配信で培った発声と喉の強さには自信ばかりが溢れている。
折れる気など微塵もない、勝負強さなら溢れる程。
さぁ根競べだ。この銀を生者達の|奇跡《願い》だとその目に焼き付けてもらおうか。
●空に重ねて、海に奏でて
「お前ごときが因果に干渉するなんて生意気ね」
ふん、と鼻を鳴らしてララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)は想紅花一華の花眸はタウラスを睨め上げた。牛頭から伸びる二本の角は厳めしく、巨体は鍛え抜かれている。
だがそれだけだ。成ったばかりの神など怖れるに足らずと、少女の冷めた眼差しは雄弁だった。
未来は不確定だからこそ面白い。誰かが決めただけの世界であるなら、それは虚しいばかりでしかないのに。
「……彼の女神が聞いたら何と仰るか」
並び立つ夕星・ツィリ(星想・h08667)もまた、嘆くようにこめかみを押さえた。未来を定め、確かな形へと変える力など――運命を紡ぐ|神《モイライ》の権能にも等しい。どの|世界《√》にも似通った神々はいるかもしれないが、全√のゾディアックを掌握するなどと傲慢が過ぎる。
何よりもやはり、誰かに後付けの運命を決められるなんてお断りだ。
「お前の嘯く絵空事、凡て覆してあげる」
「……ぬかせ」
タウラスが何かを言葉を発しかけたその時だった。
――ピィィ!
高い音が響き渡る。
全員がその音の出所を見れば、横笛を構える迦楼羅の雛女の姿。
「迦楼羅は笛をふくもの……ララだって笛をふくのが好きなのよ」
腕前の事は一旦伏せておく。得手不得手は誰にでもあることだし。これからもっと上手になる伸びしろがあるだけだし。練習すればきっと皆に自慢できる可能性はあるし。
それに何よりこれは大事なパパがララの為に作ってくれた逸品だ。春の薫りが漂う竜骨を削って、桜と神鏡が舞うように揺れる妖麗な横笛。
ツィリはどんな楽器を持ってきたのかと窺えば、彼女の手には少々大きなサイズの笛がひとつ。
「私も大きい声をだすのは不得手だから楽器の力に頼りたいと思います!」
「はじめてみたわ。それはなあに?」
「オーボエです!」
「おーぼえ」
ぱちぱちとララの大きな瞳が瞬きをして物珍し気に覗き込む。何だか複雑な形をしているのもその筈。世界一難しい木管楽器と言われるのがこの笛だ。
しかして吹けぬものを持ち込むこともなかろう。せーので息を吹き込めば小鳥の囀りのように高い音が響き渡った。
――ピョォ……ピ!ピ!
迦楼羅と海神の雛女二人。高く澄み渡る空と、深く穏やかな海が奏でるアンサンブル。タウラスの言葉などすべて掻き消して、舞うように攻撃を回避して。いつの間にやら集まってきたツィリの|お手伝い《眷属たち》がハンドベルを涼やかに鳴らせば、星屑が零れるような音がする。
それならララだって。三毒の化身『貪』たる光の金鶏を呼び出せば、何よりも強い一鳴き。元気な一羽が加われば、囀りはさらに音を重ねて清らかに響き渡っていく。
――明日のランチデザートはパンケーキ。
それは声か、それとも演奏に乗せた思念か。
ほんの少し先――この戦いに勝利した未来を描く歌うような音色で紡がれる。
――いい未来ね、ツィリ。
笑って目を細めた迦楼羅の、白虹の髪がふわりと揺れる。
――明後日は期間限定巨大パフェ食べたいな。
――お茶会にはララもご一緒したいのよ。
手を取るように笛の音色が重なって、いくつもの愛らしい夢は広がっていく。そんな二人のこれからを彩るように眷属達は泳いで、飛んで、高らかな音を鳴らし続ける。
――女子会なお茶会ご一緒ぜひ!
――うな重も持参するわ。
――うな重ランチ楽しみにしてる……!
何だかお腹が空いてきそう。育ち盛りの二人は顔を見合わせて肩を震わせた。
楽しいことはこれからも沢山彼女達を囲んでいる。だから今日は独りよがりな星神にはご退散願おうか。ピィと一際高い笛の音が二つ重なったのなら、金鶏の光が一際輝かしく弾けた。白く眩しく塗りつぶされたそこで、演奏と羽ばたきの音だけが聞こえる。
――運命の糸は自分で紡いでこそ意味があるの。
決められた世界なんて必要ない。
――明日の白紙を彩るのはララ自身なの
自由に羽ばたく翼が、未来を願う気持ちが誰しもにあるのだから。
●大喝一声
言の葉が真実となる。
宣言したとおりに未来が確定されるというのは随分と興味深い。己の顎をさすりながら、モリス・ガルニエ(deferlant・h09495)は眼前の星神ドロッサス・タウラスを見上げた。自身も決して小柄な方ではないけれど、主神に成るという彼は尚上背がある。
その体格だからだろう。先程の宣言も通りの良い声だった。ただ欠点があるとするならば、少々勿体つけた喋り出しをしていた事だろうか。
今だってほら、何かを喋ろうとしている割りに謎の溜めがある。意味深強者に多い気がするこの挙動は一体何なんだろう。彼の能力的に早口の方がいいのではないか、などと逸れた思考が一瞬通り過ぎていく。
しかしてそれが此方の利益につながるのなら良いことだ。ゆっくりと口を開くタウラスより早く、モリスが拡声器を取り出す方が早いのだから。
「待ちたまえ!」
耳鳴りがしそうな音圧が星神の言葉をかき消した。
しかしそれを除けば、こちらもまた穏やかに低く良い声ではある。いつまでも聞いていたいような心地よさが、常ならば発揮されてもいたか。
しかして最大音量へと拡張された場合はそれどころではない。震わす空気が波となり、その衝撃がモリスを中心に広がっていく。他者の発言を全て打ち消すほど、強力に。
それを察したのだろう。衝撃に抗いながらもタウラスは息を吸い込み、次の言葉を紡ごうとはするが。
「それはまかり通らないとも!!!」
二度目の喝が阻む。
課の者達からは不評な道具ではあったが、意外に使えるのかもしれない。帰還したら再度実戦投入を検討してもらおう。今回のデータを添えれば皆納得もしてくれるだろうか。
作ったものは使用されてほしい製作者魂だ。よって今回がレアケースであるということは一旦端に置かれた。
「何故なら、君の能力は非常ーに強いが!!」
空いた腕を大きく横に振り、演説じみた調子でモリスは続ける。放たれた音響弾が空気が揺らして、周囲の音全てを消し去っていた。戦場になった商業施設の窓が、男が言葉を発するたびに大きく揺れて細かな罅が走り出す。
「それを直さぬ限り、な弱点がある!!」
人差し指を突きつけてそう断言すれば、タウラスの首が傾いだ。動いた口の形は流石に牛のもので読めないが、なんだと、と言った気がする。
神の頂に立とうとする者にとって、欠点などというのは見過ごせなかったのだろう。完璧である自負があればこそ、神託じみた言葉を打ち消されることも不愉快だろう。
それでいい。
完全を求める思想こそが何よりの隙だった。意識がモリスへ、発する言葉へ向けられたのなら忍び寄る糸に気付く事は出来ぬ。
はったりじみた演説をする男の影から伸びた頑丈なそれが、タウラスの四肢へと絡みつく。暴れる前にきつく締めつけたのなら、流し込むは痺れを伴う毒だ。
「しばらく大人しくしておきたまえ!!」
ここから殴りかかるのも手ではあったが、そのような若さは置き去りにしてきた。己の|特性《・・》を顧みれば拘束に専念した方が良いだろう。こういった際に少々不便を感じるが仕方がない。
ひとと共に生きるとはそういうことだ。支配しようなどという、星神とは違う。
未だ鮮やかな景色は数多に散らばっている。
興味深いばかりの世界を勝手に定められることは許容しない。そういう道を、男は選んで生きているのだから。
●星を落とすは
「適当言ってそれらしく人を動かす術なら、楡も似たようなこと出来ンじゃねえか」
「惑さんもできますよ、それだけ顔が良ければ」
神託めいた言葉の力を、詐欺か何かだと思っている。
仕方がない。随分と冷めた目をした五槌・惑(大火・h01780)も、常と変わらぬ笑みを浮かべる焦香・飴(星喰・h01609)も現実主義だ。なまじ双方星が詠める故に、半端な占いなど必要とすらしていない。特に厄介な事件などを追っていれば、未来が読めるだの、世界の真実がどうのだのといった話に出くわすことだって珍しくない。
よってタウラスの力が事実だろうと偽りだろうと、興味は必然と薄くなる。
「……なんか俺毎回顔の良さを言ってるな。正直面食いなんですよ」
「正直も何もとっくに知ってる」
俺の事詳しいんですね、嬉しいなぁ。いい笑顔を浮かべる災厄に還す溜息もいつも通りだ。そろそろ短いとはいえない付き合いになってきた以上、相手の趣味も把握できてきている。
例えばそう。星神ドロッサス・タウラスがいかに頑丈そうな体躯であろうと、飴の好みからは大きく外れていることだとか。
「美術品収集でも趣味にすればどうだ」
「美術品はお喋りしてくれないでしょう?」
一人を寂しがるような歳ではない癖に、子供のような性質ばかりを持っている。構えば構う程碌でもないはしゃぎ方をするのも分かっている。手加減がいらぬと判断された過去が運のつきではあるが、覆すのは未来予知より難しい話だ。
にこにことした災厄の笑顔を無視して、惑は周囲に呪いを遠慮なくぶちまける。圧倒的な醜美はある種生き物以外にも力を及ぼすものだ。怜悧な美しさが、戦場である商業施設そのものへ染みこむ様に支配を広げていく。
そうして無機物すら跪けたなら、放送機器達が一斉に呪詛の声で喚き始めた。
「んふ、ほら惑さん、機械まで落としちゃった」
「この程度で敵が眩むとは思わねえが、まア何ぞ警戒してくれたなら御の字だ」
宇宙に包まれているのもあいまって暗く、廃ビルを模したお化け屋敷にすら感じられる。|馴染みのある世界《√汎神解剖機関》では、やはり見慣れた光景でもあるが。
「飴は自分で対策しろ」
「えっ、そんな」
しかして自由な二人が隠れる気も無いなら、敵とてその存在に気が付く。少し離れた遠くで、何かを言っているだろうか。口を動かすのが見えても、施設内の音量が大きすぎて分からない。
だから返事の代わりに飴は弓を構える。弦を引けば、ぱっと弾ける黒い星の光が鋭く周囲へと同時に放たれた。
星はそちらもお好きでしょう――こちらは輝く星座などではなく、禍々しい凶星だけれど。
「お疲れ様でした!」
何かを言い募ろうとするタウラスを遮って、矢と共に放たれるのは無難な言葉。曲り無しにも公務員である以上おかしなことは言えはしなかった。社会性があるというには少々場違いな台詞ではあったが、最終的には倒してしまうのだし間違いでは無いだろう。
いびつで暗い星の輝きが、あちらに精神を蝕む効果がどれほどあったかは分からない。ただ、見定める。敵の姿から飴の緑の眼差しは逸らされない。仕返しとばかりに飛んでくる|封印石《リア・ファル》の威力は厄介だけれど、友人を巻きこめばそれは楽しい遊びへと変わるだけだ。
咄嗟に身近な柱に身を隠した惑の舌打ちは、彼自身が鳴らす音が掻き消している。おかしな真似をしてくれるなとは琥珀の視線が告げていて、ひらりと手を振る災厄は無茶振りに応えただけだと暗に。自主性を重んじた結果に、二度目の舌打ちが出るのも仕方が無い話だろう。
そうして不満の代わりに放つ銃弾は持ち主よりよほど雄弁だ。途切れぬ発砲音は規則正しく喚いて、けれども精度は気にしない。肉体がある相手だ、毒を穿つ銃弾は掠めただけでも効果は期待出来る。
「アンタの弓、置物じゃなかったンだな」
「ああ、惑さんはうちで見てましたね」
落す言葉は弾倉の入れ替えの短い間。慣れた手つきに、銃弾を放つ音はすぐに再開される。
反して飴はいつもの刀と違って弓を使うことはあまりない。随分昔に身につけて、今もまだ扱い方だけは覚えているだけの。
「昔取った杵柄だから精度は運任せです。惑さんの銃に合わせますから、エスコートして下さい」
「俺が適当にばら撒いてる間によく狙って当てろ。長生きした分の腕はあるだろ」
「ジジイって言ってます?」
「耄碌してないなら証拠が出せるな」
ではまだ若いとお見せしましょう。絶え間ない銃弾の向こうに見える巨体は、的としては有難い大きさだ。
力いっぱい弦を引く、弓が解放を求めて大きくしなる。
番えた凶星がうねり、鋭くその身を尖らせていく。
「存分に遊んで来なさい」
そうして、先に駆けて行く銃弾を追いかけて放たれる。
宙を裂くなら眩く白い輝きでなくとも、それは流星と言えたか。神託を打ち破るための一条は迷いなくタウラスの体へと突き刺さる。
誰かが定める未来など、きっと誰も望みをかけなどしない。そんなつまらないものは不要だとばかりに、銃弾と矢は降り注いでいく。
●空に響け応援歌
宙に降る言葉が真実ならば、いっそ一思いに吹き消そう。
すっかり夜のような暗さに包まれた商業施設。人気の無くなった廊下の片隅で、長い黒と銀の髪が作戦会議をするように揺れていた。
「なるほど、予言を聞こえないように邪魔しちゃえばいいんですね?」
「力業にも程があるけどそれが有効ってんならやるしかないわな」
納得したように頷く見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)の横で、アストラガルス・シニクス・グリーヴァ(|戦場駆ける銀蓮華《トリガ・ハッピィ》・h09567)は訝しげに首を傾げている。
別に発した言葉そのものは消えないのでは。過る考えは概ね正しい。
「だいじょうぶ、大きな音を出すのも牽制攻撃みたいなものです!」
「それもそうや」
しかして結局は倒さねばいけない相手。戦いにおいて主導権を渡さずにおくことは重要だ。からからと陽気な笑い声る男とて、そう細かいことを気にする|気質《タチ》でもない。
「よし。ではこんなこともあろうかと」
互いの方針が決定したなら成すべきことを為すだけだ。皆さん、と七三子が呼びかければ、仮面をつけた戦闘員達の姿が音もなく現れる。
普段よりも数が少ないのはご愛敬。何せ楽器が得意な者達を選び抜いて呼んだのだ。
「はい、あなたはシンバル。あなたはトロンボーン、あ、テューバお願いできますか?」
知ってる楽器から知らない楽器まで。てきぱきと配りゆく彼女を、アストラガルスの赤い眼差しが感心したように眺めていた。
「えらい準備ええな。七三子チャンは?」
「私は……パーカッションかな」
「お、ブラスバンド結成やな!」
小さな拍手に、スネアドラムを取り出す七三子が照れたように笑う。どこにそんな大量の楽器を持ち歩けるのかと思うこと無かれ。例え自認が下っ端戦闘員であっても、彼女とて立派な改造人間。見かけによらぬ怪力の持ち主だ。
「アスさんはこちらを!」
だから更に追加も出てくるのも自然な話。ぴかぴかの金色をした、吹奏楽なら誰もが思い浮かべるその楽器。例え音楽に馴染みが無くたって、名を知らぬ人は少ないだろう。
「ん? 俺トランペットでええの?」
「えへへ、応援といえば花形はやっぱりトランペットですからね!」
主役ですよ、と差し出されたそれを大きな手が受け取ったなら、各々が顔を見合わせてひとつ頷く。
そうして床を蹴り、飛び出すは外へ――星神ドロッサス・タウラスの目の前へ!
着地は各々完璧だった。驚くような気配を見せる牛頭の神は、彼らが手にした楽器の意図を掴み取り損ねたせいだろうか。何だって構うまい。その隙こそが狙ったものなのだから。
綺麗に整列したその真ん中で七三子が景気よくドラムロールを響かせる。テンポは早め、威勢の良さに他の戦闘員達も続いていく。
「よっしゃ、ほんなら全部吹き飛ばす位のでっかい演奏聞かせたろか!」
息を吸い込み景気よく。アストラガルスの吹くトランペットが主役の音色を強く鳴れば、即興の応援歌は高らかに宇宙じみた空間を揺らしていた。
この季節なら白球が飛び交う場が似合ったか。否、否。怖ろしいものを吹き飛ばすための力強い演奏は、戦いの場にだって相応しい。
「アスさんお上手!」
「はは、おおきに!」
声なんて聞こえようもない大音量。それても笑顔で顔を見合わせたなら、何を伝えたいかだって確り分かる。
七三子のスネアドラムがビートを刻むその格好良さにアストラガルスだって負けじとトランペットを吹く。戦闘員達だって期待に応えて、随分楽しそうに音を奏でていた。
足音一つ、牛の吼え声だって聞こえない。タウラスは何かを言っただろうか。分らなくたっていい。聞いてやる義理など、最初から無いんだから。
(予言が成立しないなら、あとはもう普通の牛さんです!)
「総員、ごーです!」
一際大きく鳴ったドラムを合図に、戦闘員達がタウラスへと飛び掛かる。器用に楽器を吹いたまま蹴りを放つ者、シンバルで挟み鳴らそうとする者。その背を押すように七三子が鳴らす音はさらに一つテンポを速めて。
「後は殴るだけやな」
ほら、おまけや。アストラガルスが放つリコリス――大型の|回転式多銃身機関銃《ガトリングガン》の銃声だって笑って燥ぐように降り注いでいく。
「自分の描く未来なんぞ、ぜぇーんぶ掻き消したるわ!」
銀の軌跡が星々と違う煌めきで瞬く。
身勝手な未来を否定し、己達の手で新たに描くように。
●一砕合砕
願いを持つことは、悪いものではない。
これから先、将来の夢。自分が何になりたいか、なんて小学生の文集でも良くある題材だ。彼らは伸び代があり愛らしいが――さて。いい大人がわざわざ大層ぶって宣言するのは、なんだか少しばかり滑稽にも見えた。
「まぁ頑張ってなったら良いのではないかしら」
主神になると告げたタウラスの言葉は、佐野川・ジェニファ・橙子(かみひとえ・h04442)にとって他人事に過ぎない。期限を区切らないのであれば大体のものは叶うものだと知っている。そして本当に成す者であるならば、既にそれを遂げてから口にするだろう。
暗に邪魔をしろと言っている? ならば受けて立ちましょう。
何かを答えようとしたタウラスを遮る様に、橙子がホイッスル咥えて強く吹く。
可愛らしいとは程遠い120dB。災害用に適した爆音仕様。耳栓は事前にはめてきているし、ついでに落ちづらいリップも塗ってきた。抜かりない。
相手の声をかき消すならば別に大声を出したって構わないだろうけど、こちらの方が当然手軽。両手が塞がることもない道具なら、いつもの頑丈な卒塔婆も二本しっかり両手で握り込める。確りと構えたなら、広がる夜空の空間をヒールが強く蹴った。
手近なベンチへ武器を振りかぶって息を吐く。ただそれだけの動作で景気の良い笛の音が鋭く鳴った。タウラスへと派手に殴り飛ばされたそれを、王劍が払い落とす。派手な破壊音が続いたなら次はゴミ箱、窓、目につくものを壊して橙子は距離を詰めていく。
商業施設の管理者が見たら悲鳴を上げるだろうけれど、世界平和のためだ。許して欲しい。否、許せ。請求があるならあの牛へどうぞ!
何かを喋ろうとする度にホイッスルがなるものだから、そあまりのうるささに思わず肩が揺れる。そうして吐き出された笑いすらまた鳴るものだから本当にうるさい。
身を低くして辿り着く、星神の懐。果たして彼は何か予言をしただろうか。何一つ、女へは届かぬままこの距離だ。飛び交う十二の封印石がその進行を止めようとも、握る卒塔婆が勢いよく振りかぶられて打ち弾く。
その勢いのまま、橙子が体を捻ってもう一本を振りかぶる。長い黒髪が美しく靡いて、流れて。力を入れて地面を踏み締める踵の音が宣告だ。
今からお前をぶち殴る。
青い瞳が強く見開かれて、狙うは膝。
――お前に勝って! 良い肉を!! 食う!!!
一際高く、長く、笛の音が高らかに響く。
渾身の一打は打上の食欲と共に。やけに鈍く確りとした手応えを、女に伝えていた。
●頼もしきは美味と友
ちりん、と涼やかな音色が宙を揺らす。
音の出所を思わずと目で追って、猫・桃花(梦想厨师・h13139)の瞳が瞬いた。並び立つ友人の手首に、見慣れぬ大きな鈴が一つ、リボンで丁寧に結ばれている。
「桃花もつける?」
その緑の眼差しに気付いたのだろう。暁・蓮月(霧中之蓮・h12991)が別の鈴を彼女へと差し出した。
戦闘になれば一所に留まることはおそらく無い。動き回るほどに鈴は賑やかにその音を奏でるだろう。隠密行動を推奨される場合なら良くないが、今回は大きな音を出す方が有利らしい。
ぱちぱちと瞬きをして、桃花は蓮月と鈴を一度見比べる。
「では、せっかくなので!」
ぱっと花咲くような笑顔で受け取ったなら、くるりと薄紅の色で手首へと。常からついている鈴に並んで大きな一つは存在感がたっぷり。
「いつもより鈴増し増しでこれなら大きな音を出せそうなのですっ♪」
元気よく腕を上げれば、意気込みと共に鈴達が鳴り響いた。
さぁ準備は万端。けれど向かう先、窓の外に見える星神ドロッサス・タウラスの姿はその名に恥じぬ佇まい。果たして未来を決める力とはどんなものか、そんなものに勝てるのだろうか。なんて不安は過ってしまうものだけれど。
「強そうな牛だね、でも俺達ならきっと大丈夫」
動じぬ蓮月の声が、怯みそうになる少女の背を押す。
言葉を聞かなきゃいいだけだしね。そう続ける彼の言葉は静かで、気遣うような優しい響きが籠められていた。
青い瞳が笑って、ほんの少し細められながら桃花を覗き込む。
「普段は大きい声出す機会ないし、折角だから楽しんじゃおう」
「はいっ! ……あ、でも私はいつも賑やかかもです!」
「ふふ、じゃあお手本にさせてもらおうかな」
はっとした様子で口元を押さえる桃花に、青年も気が解れたのだろう。肩を揺らしてタウラスの前へ踏み出す一方は力強くも軽い。こちらに気づいた牛頭と目が合って、けれど相手が口を開くより、吸い込んだ息と共に銃弾を放つ方が速かった。
「ごま団子! 桃のパフェ!」
「帰ったらフルーツ大福食べたーい!」
よく通る蓮月の声が美味しい食事を並べたなら、桃花の明るい声が続く。
食事は未来に続くために必要なもので、美味しいは時に人の希望にもなる。そういったものを作って誰かを笑顔にできたらいい。その為にも今は元気よく暴れていこう。少女が弓を引けば空気が震え、束になった風が矢となり飛んでいく。
「小籠包! 杏仁豆腐!」
「マンゴープリン! 蛋撻! 豆花!」
追い風に背を押された銃弾はより速く。着弾と共に明滅する様は広がる宇宙の星々にだって負けはしない。振り回される王劍の仄暗い剣戟にだって、互いに勇気づけてくれる人がいるなら怖がる必要も無いだろう。大きな声で叫ばれる美味しい料理の方が、神託よりもずっと強いのだから。
「えっと、桃花のおすすめ教えて!」
「私のオススメは特製の猫饅頭!」
途中でネタ切れをしたって大丈夫。メニューは少女の頭の中にしっかりある。そしてそれは、今後も品数を増やしていくのだろう。耳を付けて顔を描いた特別製の桃饅頭を、いつか立派な創作料理へと進化させる日だってそう遠くはない。
そう彼女自身が信じている、
「帰ったら食べたいもの全部作るので一緒に食べましょ~!」
甘いものも辛いものも、とっておきの分厚いお肉だって焼いちゃおう。仕事終わりの素敵なパーティを思い浮かべて、また風が吹き荒れた。それは強く空気を割いて、神託の言葉すら掻き消しゆく。
その風の流れに乗って蓮月は駆けた。叫ぶ言葉に、手元の鈴が喝采を送る様に凜と鳴り響き続ける。背後から聞こえる友人の声が頼もしくて、ただ前を見るだけでいいと思えた。タウラスが何事かを発しようとするのを遮るように、また風の矢が飛べば青年の耳を追い風が覆ってくれる。
「お前の言葉は聞かないよ! 猫饅頭ー!」
友人ほど調理は得意ではないけれど、飛び切りの火力をご覧に入れよう。
狙うは牛頭。引鉄をひけば銃口から飛び出すのは炎を纏った弾丸だ。夏に似合いの熱さは続けざまに二発。光を纏って、揺らめきの奥には暗さを宿して明滅している。そこに桃花からの風が吹き込めば、命を得たかのように膨れ上がる。
爆発音にも似た着弾は、立派な右角で二回。衝撃に揺らぐタウラスの頭に、けれど追撃は閃く昏い切っ先に阻まれる。無駄な踏み込みなどしないまま、蓮月は大きく後ろへと退避した。
薄紅の、花のような少女がやりましたね! と軽い足音を立てて駆け寄ってくる。一人で戦うことが多かったけれど、こうして共に戦う誰かがいる。緊張ばかりが広がる戦場に置いて、その安心感に蓮月も思わずと笑みを零す。
「……友達と一緒だとこんなにも心強かったんだね」
「えへへっ♪ 私も一緒に居てもらえて心強かったのですよっ♪」
こつんと拳を付き合わせた二人の腕から、同じ鈴の音がちりちりと転がるように囁く。
まだいけそう? いけますとも! 未来の美味しいに向かって、弾丸も矢も衰えることなく飛び交っていた。
●英雄と超爆発
「ドロッサス・タウラス!!!!」
口を開きかけた星神の言葉を遮るようにして、空地・海人(フィルム・アクセプターポライズ・h00953)はその名を叫んだ。しっかりと腹から出された声量が、周囲の空気を震わせる。
(なるほど……大声でドロッサス・タウラスの言葉を遮ってしまえばいいのか……! 目から鱗だぜ!)
大きな声で叫ぶのもまたヒーローの資質。弱き者へ助ける為の、そして悪しき者へ鉄槌を下す宣言をするために。それならば青年とって自信のある要素の一つでしかない。
「お前の言葉なんて! 俺たちには聞こえない! 聞こえなければ、無いのと同じらしいぜ!!」
相手を指差し、それから自分の胸を拳で叩く。普段よりも張り切って声を出しているせいだろうか、身振り手振りも心なしか大きく分かりやすいものになっている気がする。
しかしてそれはそれで、何だか楽しくあるものだ。己を鼓舞するようで、海人は強く一歩を踏み出す。その手にはカメラ型の変身ベルトがひとつ。腰へと巻いたなら、勢いよくルートフィルムを装着し、叫ぶ。
「これで未来を決定することはできないな! ――現像!!!!」
決め台詞は何よりも大きく! タウラスがその声量に思わずと耳を押さえた。
そんな相手などお構いなしに、青年の姿が瞬く間に変化する。生身の人間から、灰色の装甲を纏うフィルム・アクセプターポライズ――√ウォーゾーンフォームへと。 普段ならば強化すべきは攻撃に必要なものだが、今日ばかりは喉の耐久を重視だ。あーあーあー、と小さく呟き咳払いをひとつ。よし、問題ない。
更にネガフィルムセルから作られた、一抱えもあろう特大ワイヤレスメガホンを設置すれば準備は万端。
「ここからはただの爆音じゃないぜ! メガホンを使った超爆音だ!!」
わぁんと己の鼓膜すら揺らす音量が空気を揺らす。顔を顰めたタウラスが何かしらを喋ったようだが何一つ聞こえない。それが神託なのか、ただの苦情なのかは分からないが、そんなことは些事だ。今回の作戦はそもそも人の話を聞かないという前提で作られているので。
あちらもそれを察したのだろう。|封印石《リア・ファル》を海人へと差し向ける。
「おっと、未来決定だけじゃなく、攻撃にもちゃんと対処しないとな! ――フルバーストだ!」
騒音に負けじと飛ぶその礫を飛び退って回避した、青年の装甲が輝きだす。褪せた灰から白銀へ。超進化を遂げたならば、蹴り上げる大地から飛び出すように海人は駆けた。
ぐんと上がった移動速度に、振り下ろされた王劍はその切先が掠ることすら叶わない。ちらりと見えた牛頭の顔は顰められて、何かを言っていたようだけれど。
「何も聞こえなかったぜ!!!」
若干己の耳の耐久も上げた方が良かったかと思うほどの爆音声。けれどいい、鼓膜の違和感も叫び続ける喉の痛みも忘れてしまえ。無かったことにすれば痛みなど存在しないも同じなのだから。
足も声も止めない、止める必要がない。目の前に悪がいる限り、海人が立ち止まることはありえない。夜空を駆ける流星のように、白銀のヒーローが叫ぶ。
「くらえッ! 必殺ッ! フルバーストアクション!!!」
銃にドローン、エネルギー砲からミサイルランチャーまで。持ち得る武器、全ての銃口がタウラスへと向いたのなら、一斉に火を噴いた。
轟音が、拡声器を通して全てをかき消してゆく。
空間そのものが大きく揺れて膨らむような射撃の雨は、未だしばし止むことは無い。
●空を満たすその色は
時間の先に果てはなく、道はどこまでも続いている。
あらゆる生命の終着点は未定のまま生まれてくる。そして誰もが目指すその先、より良い未来というのは人事を尽くして手に入れるべきものだ。
「口に出しただけで叶うなんて、ちょっと都合がよすぎじゃない?」
「まったくもってその通りだ」
肩をすくめる久瀬・彰(|宵深《ヨミ》に浴す|禍影《マガツカゲ》・h00869)に、オルテール・パンドルフィーニ(Signor-Dragonica・h00214)も深く頷きを返す。
神を名乗るならばその予知めいた神託も可能なのだろうか。否、世界の掌握などに乗り気な以上、かの者は打ち倒すべき悪神に他ならない。大きな力の前に、こちらが無抵抗のままだと思っているなら大きな勘違いだ。好き勝手にできるという驕りごと、倒してやらねばなるまい。
如何なる予言も、叶わなければただの戯言になり下がるのだから。
「悲劇は塗り替えていかねばな」
思惑に修正を入れてやろう。長い指先でくるりと回すペンを弾いたなら、オルテールの手の中に現れるのは一本の剣。重い両手剣を片手で試すように一振りをし、踏み出すは前へ。宙に染まった床を蹴りつけて、竜は牛頭の神へと接敵する。
下から上へ振り上げるような大ぶりの一撃はあいさつ代わりに。がら空きになった青年の胴めがけて飛来する|封印石《リア・ファル》は返事代わりだが、残念。当たってやる気は少しも無い。追って伸ばされた彰の影が弾き逸らせばおあいこだ。
その連携を厄介と見たか、竜を通り過ぎて行こうとするのは随分つれない。引き留めるのは少々乱暴な足払いで、タウラスの動きは阻害される。その拍子に長い爪が頬をひっかこうとも、打撃の強い蹄でもないなら気にする必要はない。戦いの場において前に出るというのは傷を厭わぬ盾であり、後衛たる友もまた、オルテールの背を守る頼もしい存在だ。
だから絶対に守らねばならない。親しい誰かが傷つくような――それが自分の不注意でなどと、|許せるはずもない《・・・・・・・・》。そんな未来は、望めるはずがない。
(とはいうものの)
薄らと滲むような悩みがオルテールの胸中に浮かぶ。
果たして明るい将来とは一体何か。喜劇作家としてならいくつもの話で書いてはきた。しかして自身はどうか。首をひねろうとも逆さになろうとも、さっぱり浮かんでこないのだから困りものだ。如何なものだろうとは自分ですら思う。
読者が知れば驚かせてしまいそうなほどに、オルテールは未来を楽観的に考えたことはない。
当然不幸が好きかと問われれば首を横に振るだろう。可愛い妹達が笑って暮らしていく幸せは、兄として絶対に守らねばなぬこと。失った記憶の奥底から、絶えず湧き出る憎悪が世に仇名さんとするなら、それを振り切り、知らぬ顔をせなばならぬこと。暮らしていくうちに出来た、沢山の友人達を心からの笑顔にして平和な世界を守ること。
今、こうして共に戦う|友人《アキラ》が望む未来があるなら、その背だってめいっぱい押してやらねばならない。
成し遂げなくてはいけない義務ばかりを、オルテールはその両手に抱えている。それはいつだって輝かしく大切で輝いていた。手放すなんておそろしい考えは、一度たりとも浮かんだことすらない。
ではそこに、自身の望みは?
(参ったな、こんなに空っぽだったとは)
どれだけ比べても些事ばかりだ。記憶をひっくり返し、幾ら漁ってもこれぞというモノは終ぞ出てこない。
その考えが迷いと出たか。ぶつかり合った剣が、竜の意図せぬ方へと大きくずらされた。体勢を崩した背へ重ねられる封印石の攻撃を、しかして影がオルテールを抱え上げて回避させる。
「難しく考えないでいいんだ」
やさしく背を押すような、柔らかな声だった。
真に誰かの悩みを理解することは出来ない。けれど彰だって、世界や大事な人々の幸福を迷いなく言葉にできても、己のことになれば深い霧の中にいるようになってしまう。自暴自棄とは違うのに、ずっと迷子になっているような感覚だ。目的地に至る地図さえ持ち合わせていないなら、動くことすらままならない。
それならよく、知っている――そして大人であるからこそ、どう考えればいいかも分かっていた。
「『そうしなきゃいけない』って気持ちは、そうあってほしいって希望の裏返しなんだと思う」
家族に、友に、愛情を注ぐこと。
それが彼らの幸福を芽吹かせて花開くなら、きっとそれは己の望んだ幸福と少しは似た色をしている筈だ。
「空っぽなんかじゃないよ、大丈夫」
影から地面に降ろされたなら、先程よりも確りと地面に立っている気がする。重く感じていた体が随分軽いのだから、いやはや親しい誰かの言葉はかくも頼もしい。
「君は優しいな、アキラ」
深呼吸をして剣を握りこむ。手のひらから伝わる感触を手放さず、再度地面を蹴ってタウラスへ横凪の一閃を見舞おう。
未だ自身の望みは不確かで、その輪郭の端すら掴めずとも。この手で成さねばならぬ幸いの形は目を瞑っていたって描けるだろう。
そしてそれこそが、今オルテールの持つ望みだというのなら。
焔の瞳が熱く燃え上がる。
「悲劇の後味が一筋も残らぬ大団円を」
纏う炎の気配が竜を包む。
「妹たちの幸いを、友人の笑顔を」
緑の髪の上で遊ぶように、火花は飛び跳ねて彼の言葉を祝福するかのように。
「何より、今は友を守って無事に帰ることを!」
振りぬき、返す切っ先は冴え冴えと。
神託ごと、両手剣の刃が貫いて切り裂いていく。
打ち消された言の葉に、しかしてぶつかり合うは刃同士。金属がぶつかりあった轟音は大きく、しかして竜の力の方が勝った。牛頭の巨体が吹き飛ばされて、商業施設の壁に激突する鈍い音はいっそ晴れやかな心地を与えてくれた。
一息吐いた竜が、背後の友人へと笑いかける。
「それから――アキラ、今日は何か食って帰ろう」
「――はは、もちろん歓迎だ」
大きな夢を持つのは良いことかもしれないが、日々に寄り添うような望みを持つのだって悪くはない。
いいや、極論としてそのぐらいのものが一歩として丁度いい筈だ。細やかな毎日は代り映えはしないかもしれない。けれど少しずつ積み上げた先に待っているのが未来だ
「さ、そうと決まれば――押し付けられる未来の方に負けちゃいられないね」
土煙のあがる中から、ゆっくりと巨体がその身を起こすのが見える。お互い折れる気が無いのは知れているからこそ、どちらかが倒れるまで勝敗を決めねばならない。
剣は鈍らず、影はそこに。いまだ竜も人も膝をつく気など当然ない。
「今はこの場を喜劇で終わらせなくては!」
誰かの為に描かれるハッピーエンドこそ、彼らが望む終幕なのだから。
●信念ひとつ携えて
宙を青銀の星が駆けた。
戦場にやって来たそれが果たして何であるか。
「その弾は当たらない」
星神ドロッサス・タウラスが理解したのは、放たれた攻撃へ言葉が先に出てからだっただろうか。巨体へと向かったロケット弾が奇妙な軌跡を描いて商業施設の壁へと着弾する。
「……なるほど」
あまりに不自然な動きだった。確かに厄介な能力だ。
だから今、避けられたこと自体を青銀の星――深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)はさして残念だとは思っていない。今回の戦いに必要なのは|爆発音《・・・》の方なのだから。
爆風が吹き荒れる只中に、マントを靡かせながらタウラスの巨体は佇んでいる。構わない。次を、その次を。深雪の撃つ弾丸が相手に当たらねど、気にすることは無い。
爆炎。爆音。飛び散る破片が周囲へと金属の雨を降らせていく。
そして星神は、|この音も景色を無いものと宣言しなかった《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
人のものよりタウラスの獣の耳は、さぞ敏感だろう。爆撃の残響に劈かれたのなら、小さな少女がその懐へ入り込むのに気付けはしない。
巨体の足元で低く身を屈めた深雪の、切りそろえられた銀髪が焔に赤く照らされる。
「――チェーンソーユニット、安全装置解除。工作モードから戦闘モードに移行します」
工具から武器へ。長く振り回しやすい、大剣状に伸びた刃を構えた。そこでようやく存在に気付いたのだろうタウラスの目と、青の眼差しがかち合った――けれどもう遅い。
突き刺す刃は、咄嗟に挟み込まれた左腕に食らいつく。同時、エンジンの轟音は雄叫びがあがった。並びの良い刃がチェーンと共に回転し始め、その肉を裂いて骨を削り裂く。
痛みで神託の言葉も出てこないだろう。ただ、振り払おうとする力は強い。それに抵抗するように、深雪は武器を手放さずに堪える。
どの世界であっても争いは絶えない。人は常に競い合うから、その行く末を誰が楽観視など出来るだろうか。例え強大な力を持った簒奪者がいなくとも、破局的な戦争は起こり得る。結果として√EDENが自滅する可能性だって低くはない。
誰かが、未来を定めて導けば哀しみは減るだろうか。
否。それは可能性の否定でしかない。
行く先が破滅なのだとしても、世界を護らない理由には何一つ足り得ない。
「|大切な人《Anker》が暮らす世界から、破滅の要因を一つでも減らすために――私は、全てを懸けます!」
希望は、今を生きる者達の権利だから。
タウラスの腕が半ばから斬り落とされる。流れ出る赤が鮮やかに、彼の命の存在を示している。
力業で神託の打ち破る、あまりにも強引な作戦だ。
(しかし嫌いではありません)
命を賭した極限の戦闘では、強い意志を持った者こそが生き残る。
それもまた、一つの真実なのだから。
●似て非なる
他者の運命を決めつける。
あまりにも身勝手な能力だ。未来など白紙であるからこそ面白いというのに、勝手に書き込む言葉など全くもって失礼極まりない。
そして何より。
「キャラが被ってます!」
タウラスの前に走り込む小さな人影――野分・時雨(初嵐・h00536)は相手が何かを発するよりも先に不満を述べた。その背後では細い尾も不服そうに大きく揺れている。
彼の頭に生えるのも立派な野牛の角が一対。お揃いだね、なんて暢気なことを言える相手で無いなら、向けるは互いに暴力しかない。
「困ります、こっちは生まれて二十数年牛キャラでやってるんですよ。もう!!」
時雨が振りかぶった拳を叩きつける。ある種一方的な主張を退けようと飛翔する|封印石《リア・ファル》は呼び出した|金剛杭《プルパ》で撃ち落とした。ひとつふたつ、みっつによっつ。五つ目からは駆けて一回転。曲芸のように跳びはねて躱してさようなら。最後の一つが避けきれなくたって、足を掠める程度であれば大したダメージではない。せいぜい顔を顰める程度で耐えてみせましょう。不愉快さは、次の一打に上乗せしてやればいいだけなので。
不平不満を口に出して叫びながら、体格を活かして時雨は戦場を駆けまわった。それを捉えようと王劍が振り下ろされるが、残念。力自慢はそちらだけの特権ではない。確りと受け止めれば足元へ衝撃だけが抜けていく。
怪力も被っている? ああ嫌だ。全くもってつまらない。せめて豚か羊でいてくれたらなら良かったのに。牛属性はこちらで独り占めさせていただきますので。
それに未来を決めるならもっと楽しい何かであっていい筈だ――例えばそう。
「|ご主人さま《Anker》の衣食住を全てぼくが整えて! 健やかに過ごしてもらって! 褒めてもらいた~い!!」
こんな素敵な未来とか。
独り善がりの欲深さ。けれど口に出して確定して貰わなくて結構、こういうのは当人の意思も大事であるわけで。黙っていてと告げる代わりの金剛杭はタウラスの顔面へと投げつけられた。
鈍い音が響けば受け止めていた王劍の重みが退く。振り払って踏み込みながら、時雨は続けていく。
「あとは仲良しさんとたくさん美味しいご飯を食べます! お腹いっぱい食べさせます!」
屈めた身から、回し蹴りの要領で相手の巨体を掬い上げる。鈍い音がして、倒れ込む姿を踏みつけんと跳躍すれど相手も大人しくはしていない。踵は地面を抉るに終わる。
「あれ? でもこれ叶いますね。ぼくが望んで行えば必ず訪れる未来なので!」
だからお前はやっぱりいらないよ。飛び交う金剛杭と共に、距離を開けられぬよう時雨は更に前へ出る。
その背で、長い影が蠢くことを果たして星神を名乗る牛頭は気が付けただろうか。
「牛さんじゃなくて、蜘蛛の方も味わいますか?」
これだけはお揃いじゃなくて安心です。
笑った顔で、金の瞳が凶悪に輝く。折りたたまれた白い蜘蛛脚が広がるように動いて、振りかぶられたなら。
叩きつける四連撃が、タウラスを見事に吹き飛ばした。
●青の閃く先へ
抜き放たれた大太刀は深い海底のような色をしていた。
並んだ姿だけならば令嬢とその付き人にも見えたか。いずれにせよ戦場には不釣り合いに見える女の、使用人の姿をしたツェツィーリエ・モーリ(視えぬ淵の者・h00680)が刃を抜き放って前へと躍り出た。駆ける足音は品の無い音など立てない。小さな靴音が規則正しく刻まれれば、長いスカートの裾が、汚れの無いエプロンと共にはためく。
赤青の瞳はひどく静かだ。
「どうぞ、予言はお好きになさいませ」
立ち向かう、星神ドロッサス・タウラスの能力を知って尚、涼やかな声はそう告げる。だがそれは捨て鉢になっている訳ではない。挙動に一切の迷いも無駄も見られぬまま、何かを告げようとした牛頭の顎を閉じさせるように大太刀は斬り上げられる。
切っ先が微かに掠めた手応えだけがある。浅くとも構わない、最初から一撃で落とせるとは思っていない。深追いをしない程度に踏み込めば、長い銀の髪が柔らかに揺れた。背後にいる友人――アルティア・パンドルフィーニ(Signora-Dragonea・h00291)へと攻撃を通さず守ること。それが今ツェツィーリエが目指すべき行動だ。
舞うように翻り続ける大太刀は脅威だろう。タウラスが手負いでなくとも、無視など到底できやしまい。
「あなた、人間の料理は食べたことあるかしら」
その戦いから離れた場所。一歩も動かぬままの女が静かに星神へと問いかけた。揺れて燃え上がる焔の瞳が、目を逸らすことなく攻防を見つめて|言葉《呪文》を紡いでいく。
「私は人間が作った料理はまだまだ食べ足りないし、自分で作る探求だって終わってないわ!」
緑の髪から、小さく火の粉が舞い上がる。夜空のような空間で、まるで花火のように炎が弾けていた。
それと遊ぶよう女の足元から伸びるのは、みずみずしい緑の蔓が幾つも。
「ツィーリと一緒に色んな景色を見て、写真に残して、二人で後から見返して笑い合う予定もあるもの!」
これは希望の宣言だ。誰かが定めるような運命ではない、アルティアが願う未来への詠唱。渦巻く魔力が炎に、蔓に宿っていく。
そうして瞬きを一度。焔の瞳が先程よりもつよく揺らいだのはその奥底に怒りが渦巻いているから。
「あなたの身勝手な悲劇の未来なんか掻き消してあげる!」
その声に応じるように、生み出された火球がタウラスへと飛んだ。今まさにツェツィーリエへと振り下ろされようとした王劍を阻んで、弾き飛ばす。
戦いの前線に立てぬ歯がゆさは今だにある。けれど友人を信じている。その強さを、彼女の信を。今ここで詠唱を中断をすればその信を裏切ることに他ならない。
それはツェツィーリエとて同じこと。飛翔する|封印石《リア・ファル》が後方に飛ぶならばその身を呈して対処する。大太刀で受け止めて、無理なら体で。背後にいる彼女が信じてくれているからこそ、攻撃を通すわけにはいない。
「……お前たちの未来を語ろう」
痛みに怖気づくなと、己を鼓舞するように足に力を入れる。美味しいものを一緒に食べて、手を取り合って、世界の綺麗な景色を見に行きたい。先程アルティアが言ったことはツェツィーリエだって叶えたい未来だ。
大切なものを諦めて手放すなんてしないなら、視線も切先も下げはしない。たとえ向かい来る封印石が直撃すると言われたても、覚悟さえ決まれば怖れるものは、なにも。
だが衝撃は来ない。アルティアの操る蔓が絡めて受け止めたなら、石はツェツィーリエにはかすかに触れる程度。仕返しとばかりにそれらはタウラスの元へ火球付きで投げ返される。
「それに――世界の果てを一緒に見に行く約束を果たすのと同じくらい。ツィーリが心から望む幸福を見届けなくちゃね」
だから今回の戦いは二人で勝ちましょう。優しい声がツェツィーリエの背中を押す。
(|境界《現象》はただ在り、終わらぬものなれば……わたくしもきっと長く生きるでしょう)
その時は果たしてどのような姿になっているだろうか。想像すらつかない。
けれど――何十年経ったって、姿形が変わってしまったって。今と変わらず隣で笑い合えている未来だけは揺らがない。他愛ないお喋りであふれる、ささやかに煌めく日々の延長線上。その道を親友と共に歩んでいけることを願っている。
それはアルティアとて同じこと。かつて竜だった記憶はどこかに落として未だ見つからねど、己が思うよりもこの命の終わりは遠い。最期に至るその途中で、竜に戻ってしまうことが無いとは言い切れないないだろう。けれどツェツィーリエならばどんな自分にも気が付いてくれると信じている。彼女がそうであっても、竜の娘が気が付くのと同じようにして。
身勝手に定められる死や滅びに怯えることに、果たして何の意味があるだろう。凍えるような寒さを打ち消す、愛しい未来への想いが二人の胸に灯っているのに。踊るような蔓と赤々と燃える火球が、何かを告げるタウラスの口を塞いで、空気が震える前に言葉を焼き尽くす。
「貴方の描く稚拙な言葉で作家の筆を覆せると思わないことね」
悲劇を綴ることが得意であるならば、正反対の幸福だって良く存じている。
「世界を掌握した気になる前に、私たちの覚悟を掻き消す方法を考えた方がよろしくてよ!」
燃ゆる焔の瞳が、纏う火の粉が、アルティアの胸の裡で描くこれからを照らしている。
人非ざる者同士でなければ背負い合えない悲しみや喜びを、分け合って手をつなげる一番の友達がいるなら。悲観なんてしている暇はない。
赤くはじける火球を追って、深蒼の刃が翻る。色違いの瞳が、意志を以てタウラスを見据える。
――願え、幸福を。向けられた想いと同じだけ、彼女のもとにも夢見た輝かしい未来があってほしいと!
刃を携えたツェツィーリエの背を、溢れるような感情が強く押す。どれだけ言葉を重ねても、喉がかれるほど叫んだのだとしても尽きやしない。強く握った刃の柄、指先の感覚がしびれるほどに力を籠める。
届かぬと言われるなら何度だって、届くまで。今までもこれからも、ただ諦めるだけのか弱さなど無くていい。
「世界を意のままにさせたりはしませんわ」
予言なんて戯言ごとを、斬り捨てて未来を掴むための強さを彼女達は持っているのだから。
想いを乗せた一閃は深く青い軌跡を描いて――数多の世界で生きる皆の、自由な未来を切り拓いて掴み取った。
