⑰Boundary Line
●サイコブレイドとギルベルト
「行き交う人々が、俺の剣に反応を示さない……。
忘れようとする力? いや、お前が記憶を『奪って』いるのか」
「やめなさい、簒奪者よ。
貴方は心の中で『誰も殺したくない』と思っている。
それが例えAnkerの為だとしても、いずれは貴方が壊れてしまう」
「……初対面だが、俺はお前を知っている。
ギルベルト・キルシュバウム。俺が永劫の時をかけて探し続けた存在に『Anker』という名を付けてくれた……つまりは俺の生涯の恩人だ。だが、その願いは聞き入れられない。俺は赦されざる悪。この街の人間を皆殺しにする……!」
●すべてが壊れる前に
「サイコブレイドの襲撃と、謎の味方――ギルベルト。事態は混迷を極めているね」
三日月・遊星(焔と雨・h02510)は現状を語る。
外星体『サイコブレイド』は何者かの命令に従って西鉄福岡駅に出現し、大量虐殺を行おうとしている。彼のAnkerが人質に取られていることを、現場に現れた謎の√能力者『ギルベルト・キルシュバウム』も知っている状態だ。
「どんな事情があろうと虐殺は阻止しないとね。味方になってくれるギルベルトはそれなりに強いみたいでね、敵や味方の短期記憶を奪う√能力をこちらの指示通りに使用してくれるみたいだ」
ギルベルトの協力を得て、サイコブレイドを止める。それが今回の戦いだ。
短期記憶忘却が作用するのは直前の攻撃動作や、数十秒程度の記憶消去程度だが、戦闘であればそれは大きな利点になる。
「どう協力するかは皆次第。人々の命より重いものなんて此処にはない。だから……必ず、守ってきて」
壊れてしまいそうな危うさを抱えるサイコブレイドのことも。
遊星は最後まで口にしなかったが、虐殺を起こさせていけないことだけは確かだ。
そうして、EDENは戦場に赴くことになる。未だ見通せない謎はあるが、目の前の命を救うことこそがきっと――全てへの近道だ。
第1章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』
●この場を守るため
西鉄福岡駅には異変が起きている。
行き交う人々を背にして、桂木・伊澄 (|普通《・・》の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h07447)はサイコブレイドを真正面から見据えた。
「ったく、『赦されざる悪』とか言って捻くれていいのは中学二年生までだよ……」
軽口のようでいて、その声色には一切の揺らぎがない。
伊澄はサイコブレイドを見つめたまま、思いを言葉にしていく。
「あんたの事情で無関係の人達を殺さなければならないっていうなら、俺達能力者を攻撃しなよ。そして俺達能力者は、あんたをコテンパンにする……そうすれば、あんたは誰一人殺す事はない」
それは挑発とも宣言ともつかない言葉。
そうして、伊澄は隣に立つ謎の√能力者に視線を向けた。
「――ってことでいいですよね? ギルベルトさん」
「はい、その通りです」
「俺は桂木伊澄。ここは共闘しましょう」
「ギルベルト・キルシュバウムです。ええ、この場の命を守るためなら喜んで」
彼は静かに頷くだけだったが今はそれだけで十分だ。
伊澄は踵を返し、避難する人々とは逆方向へ駆け出す。狙いはただひとつ、サイコブレイドを人のいない後方に誘って一般人への被害を断つことだった。
敵の視線が自分に向いた瞬間、伊澄は二丁拳銃による連続射撃を放つ。
銃声が戦場を駆け抜けていき、サイコブレイドの意識を逸らす。ギルベルトはその隙を見逃さず√能力を発動した。
一瞬だけ生まれる認識の綻び。
刹那の間を逃さず、伊澄は位置を変えながら射撃を重ねた。敵の進路を避難経路から切り離せばサイコブレイドの姿がふっと霞む。
此方への暗殺態勢に入ったのだろう。
気配は消えて視界からも存在感が薄れる。それでも伊澄は立ち止まらなかった。
「見えなくても、来るなら前だ!」
全身を覆うオーラ防御を展開し、一気に踏み込む。
次の瞬間、敵の一撃が閃いた。
伊澄は交差するように身を滑り込ませて二丁拳銃のグリップを握り直す。
銃把が剣身に叩きつけられ、鈍い衝撃が火花を散らした。互いの勢いが真正面からぶつかりあうことで金属音が周囲へ轟く。
弾き返された反動の中、伊澄はすぐに体勢を立て直す。そのまま視線だけをギルベルトへ向けて問いかけた。
「あなたはサイコブレイドのAnkerを知っているのですか?」
「彼とは初対面だよ」
戦いの最中で短い返答が返ってくる。それならばこれ以上は聞かなくていい。今は真実よりも優先すべきものがある。
伊澄は再び拳銃を構え、サイコブレイドを見据えた。
戦いはまだ終わらない。
それでも、この場の流れが変わりはじめているのは間違いなかった。守るべき人々は自分たちの背中の向こうにいる。
だからこそ、此処は一歩たりとも退けない。
●断ち切るべき未来
駅の構内には殺戮者が現れている。
本来なら人々は逃げ惑い、混乱の渦が広がるのだろう。だが、それは先んじて駅に現れたギルベルト・キルシュバウムの能力によって抑えられている。
その最中、ライラ・カメリア(白椿・h06574)が最優先にするの人々の命。
(――守らなきゃ)
ライラは状況を的確に判断していく。
サイコブレイドの視線や足運び、剣先の向き。そのすべてを読み取り、彼が進もうとする方向へ先回りするように駆けた。
剣士として敵を討つより先に一人でも多く生き残らせる。
それが今のライラの戦い方だ。
やがてサイコブレイドが標的を定めて剣を構える。その瞬間、ライラは背後に立つ青年に向けて叫んだ。
「ギルベルトさん、お願いします! この街の人々を必ず守りたいの。それに……あの人に、もうこれ以上誰かを殺させたくない」
「承知しました。彼の攻撃動作の記憶を奪います」
ギルベルトは頷き、淡々とした言葉を返す。
刹那、彼が巡らせた力がサイコブレイドに届いた。振り下ろされるはずだった刃が一瞬だけぴたりと止まる。
「……俺は、何を」
「今です」
何をしようとしていたのか、自らの動作だけが霧の中へ消え失せたような空白。其処にギルベルトが合図を送る。その一瞬こそ、ライラが待ち望んだ隙だった。
白椿の花弁が嵐となって彼女を包み込む。
お覚悟を、と告げたライラは踏み込んだ。加護を受けた身体は風を置き去りにする勢いで加速し、純白の軌跡を描いた。そして、そのまま必殺の剣舞を繰り出す。
幾重もの鋭い斬撃がサイコブレイドへ襲いかかった。
それは反撃を許さないほどのもの。ギルベルトが作り出した一瞬の空白を一秒たりとも無駄にはしないための一閃だ。
斬り込み、離れて再び踏み込む。白椿の花弁が吹雪のように舞い、銀の剣閃が夜の駅前を何度も切り裂いた。
「あなたが誰かを殺してしまう未来なんて、ここで断ち切ってみせる!」
その声には怒りではなく、救いたいという強い願いが宿っていた。
過去は変えられない。
人質となったAnkerの状況も、サイコブレイドが背負う絶望も、消し去ることはできない。それでも未来は違う。これから流れるはずだった血は止められる。
これから積み重なるはずだった悲劇は、この剣で断てるはずだ。
ライラは白椿を纏い、刃を構え直した。
「やれるものならやってみるといい」
サイコブレイドもまた剣を握り直す。彼の瞳に宿る揺らぎは消えてはいない。
大切なものを守る者。
壊れることを止めたい者。
想いが交錯する戦場で、二人の刃はどちらも譲らずに向かいあっていた。
●阻止すべき理由
サイコブレイドの刃は本来ならば悲鳴や混乱を生むもの。
だが、今は忘却の力によって人々の意識は危険から遠ざけられている。ギルベルト・キルシュバウムの力を感じ取りながら、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)はサイコブレイドへと呼びかける。
「言葉で止まらないなら……。でも、言葉をかけること自体はやめないよ」
「……」
相手は此方に気付いているのだろうが、返事はない。
冷たい殺気だけが辺りを覆っていた。
「どうしてあなたはそこまで……」
暗殺、虐殺。
すべては大切なもののため、命令に従っているだけ。EDENが戦いを止めろと言われて止まらないように、サイコブレイドにも強い意志があるのだろう。
「でもね。それを止めるためにあたしはここにいるんだ。だから、絶対に止めるっ!」
宣言したエアリィは、近くに立つギルベルトへ素早く視線を送る。
「ギルベルトさん。サイコブレイドさんの意識が一般の人に向いたら、すぐ√能力を使ってほしいの。あとは、足止めはするから避難誘導をお願い!」
「承知しました。人々は私が守ります」
「ありがとう。それじゃ行くよっ!」
ギルベルトが頷いたことに笑みを見せ、エアリィは駆けた。
次の瞬間、精霊銃が鋭い音を響かせる。放たれた魔力弾はサイコブレイドの足元を正確に撃ち抜き、砕けた地面がその機動を乱した。
エアリィは精霊剣を抜き放ち、一気に間合いへと飛び込む。
鋭い斬撃が火花を散らし、彼女の刃とサイコブレイドの刃が激しく衝突した。互いに距離を詰めたまま、エアリィは高速詠唱をはじめる。
「六芒星に集いし精霊達よ、あたしに力を……。全力で行かせてもらうよっ!」
背中に二対の魔力翼が展開され、光が周囲を照らす。
――|六芒星増幅撃《ヘキサドライブ・アクセルブースト》。
爆発的な加速がエアリィを包んだ。視界すら置き去りにする速度で肉薄したエアリィは、渾身の一撃を叩き込む。その衝撃でサイコブレイドの身体がよろめいた。
「ぐ……!」
だが、それだけでは終わらない。
エアリィは迷いなく魔力弾を自らの片脚へ撃ち込んだ。激痛が全身を駆け抜けたが、彼女は膝を折らない。
代償と引き換えに生まれた再行動の機。勢いのまま更に斬撃を重ねて押し込む。
「あなたも同じでしょ?」
痛みに顔を歪めながらも、エアリィの瞳は真っ直ぐだった。
「……同じ、か」
「これがあたしの覚悟! 傷ついても止めるから!」
幾筋もの光刃が弧を描き、サイコブレイドを穿っていく。その背後ではギルベルトの√能力が広がり、避難する人々の助けになっていた。
鋭い刃と精霊の輝きは尚も激突を続ける。決着には程遠い。それでも確かに、誰かの未来は奪われずに済んだ。
傷ついた脚で剣を構えるエアリィ。
その姿は小さくとも揺るがぬ光となり、勝利への道筋を作っていた。
●蒼薔薇と宇宙の光
何を賭しても取り返したいものがある。
己の欠落を埋める唯一の存在――Anker。
そのためなら、自らの心が壊れても構わないと彼は言った。
だからこそ弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)は、静かに剣を握る。
「その願いを否定はしません。ですが……心まで壊してしまうのなら、私は何度でも貴方を止めます」
赦されざる悪に、本当に堕ちてしまわないように。
その言葉と同時に風が花の香を運んだ。
「空に咲いた花、流れた風よ。どうか、この剣をお導きください」
|神秘の花風剣《ミスティック・ブレイブ》。
天上界より吹き抜ける神秘の風が結希の身体を包み込み、その姿が一瞬で戦場から消えたように見えた。だが、それは速すぎて見えないだけのこと。
結希は空中を蹴るように疾走し、一直線にサイコブレイドへと迫る。
剣には青い雷光を纏わせ、花風に導かれた魔力で刃を鋭く研ぎ澄ませていく。
魔法剣・花信風。青い稲妻を纏った一閃が相手を穿ちにかかる。サイコブレイドは即座に迎撃ではなく、防御を選んだ。剣を立てて衝撃を受け流す構えだ。
だが、その瞬間。
「今です」
「承知しました」
結希の声に応じるように、離れた位置に立つギルベルトが能力を行使した。
「忘れなさい」
続けて放たれた言葉は短い。だが、それだけで十分だった。
サイコブレイドの短期記憶が結希が踏み込んだ瞬間から切り落とされる。防御の理由を失った身体は構えをほどいてしまう。
「……っ!」
生まれた一瞬の空白。
その隙を花信風が貫いた。神秘の刃がサイコブレイド胸元を裂き、青い雷光が激しく炸裂する。しかし、彼は止まらない。
「邪魔をするな」
傷を負った直後、サイコブレイドはもう剣を振り返していた。
火花が散る。
結希はそのまま着地し、剣戟へ移った。サイコブレイドの剣は恐ろしく速い。だが、結希の瞳は速度そのものではなく、攻撃の起こりを見ていた。
足先へ力が乗る瞬間や、腕の僅かな開き。
体幹の揺らぎ。視線が刃筋へ流れる、その癖。
攻撃とは剣が動いた瞬間ではない。動こうと決めた瞬間からはじまっている。その全てを見逃さず、結希は花が風に舞うような動きで以て刃を受け流していく。
力を衝突させるのではなく流れを変えるだけ。鋭い剣戟は幾度となく空を裂きながらも、決定打には至らなかった。
すると、ギルベルトが結希に向けて称賛を送る。
「見事ですね」
「ありがとうございます。でも――」
まだ終わりではない。その意志を宿した結希の瞳がサイコブレイドに向けられた。相手が大きく距離を取り、剣を天井に掲げる。
その途端に淡い宇宙の輝きが刀身へ集まりはじめた。
おそらくギャラクティックバーストが発動されるのだろう。それは六十秒の蓄積を経て放たれる、外宇宙の閃光。
結希は息を整え、時計の針を心の中で数えはじめた。
そして――。
「この祈りが、花開くことを」
|蒼穹の薔薇水晶《ブルー・ローズ》。
結希はそのまま動かない。ただ祈るだけ。そうすれば透き通った水晶の薔薇が一輪、また一輪と空中へ咲いていく。
戦場に幻想的な青が広がったことで、サイコブレイドは意図を察したのだろう。
相手はチャージを維持したまま、強引に踏み込んできた。
「余計なことはさせない」
だが、その瞬間。
「ギルベルトさん!」
「ああ」
結希の呼びかけによって再び短期記憶が奪われる。結希が詠唱をはじめた、その時点から――サイコブレイドが何故に攻撃しようとしていたのか。何を止めようとしていたのか、そういった目的だけが綺麗に失われた。
つい足が止まる。その数秒が、決定的なものとなる。
されどサイコブレイドの刀身から銀河を思わせる光が奔流となって解き放たれる。世界を呑み込むような閃光だ。
だが、その前には幾重にも咲き誇る青薔薇がある。
結晶の花弁が光を受け止め、鏡のように軌道を変えた。跳ね返された宇宙の光が天を白く染め上げ、雲を貫いて彼方へ消えていく。
刹那、静寂が戻る。
砕け散った青薔薇の欠片が雪の如く降り注ぎ、結希は静かに剣を構え直した。
サイコブレイドもまた剣を下ろさない。傷だらけのまま、それでも前を向いていた。結希はその姿を強く見据え、凛と告げる。
「貴方はまだ、戻れます」
「…………」
返事はない。ただ刃だけが光を受け、鈍く輝いていた。
戦いは終わっていない。
それでも今、この瞬間は確かなものだ。
互いの信念は重ならずとも、この戦場に鋭く刻み込まれていた。
●いつかまた会う日まで
西鉄福岡駅を包むのは緊迫した空気。
その中で、深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は静かにサイコブレイドを見据えていた。
その姿からは敵意だけが感じられるわけではない。
追い詰められても尚、前に進まなければならない悲壮な覚悟が滲んでいる。
だが――だからこそ、止めなければならない。
「Ankerとの繋がりは欠落する希望と人間性を埋め合わせ、EDENの自覚が戦場における非情さを抑制します」
深雪は隣に立つギルベルト・キルシュバウムに視線を向けた。
彼は1978年に欠落を埋める存在の総称、Ankerの名付けと定義を行った者。どうしてギルベルトが味方になってくれているかは謎だが、協力体制が取れるのはありがたい。
「ギルベルトさんが二つの概念を定義しなければ、私は心の縁を見つけることが出来なかったかもしれません」
この感謝の気持ちは共闘を以て伝えたい。
深雪の思いを感じ取ったのか、ギルベルトは静かに口元を緩めた。
「ならば、その想いを未来へ向けましょう」
「はい」
頷いた深雪はそっと息を吸う。
――アナイアレイターモジュール展開。
――|従霊《フュルギャ》各機、システムオールグリーン。
起動と共に六基の浮遊砲台が背後から展開し、深雪の意思に呼応するように空中に散開していった。前後左右、そして上空。
逃げ場を残さぬ包囲陣形が瞬く間に完成していく。
次の瞬間、幾筋ものレーザーが四方八方からサイコブレイドに降り注いだ。そうすれば閃光が駅構内を白く染める。
しかしサイコブレイドはハンターズ・ロウの力を発動し、気配そのものを世界から切り離すかのように姿を眩ませた。
相手が視界から消えたが、深雪は決して慌てない。
「ギルベルトさん」
「ええ、ここは任せてもらおうか」
深雪が名を呼び、彼の√能力が発動する。
サイコブレイドの短期記憶から、つい先ほど確認した砲台の位置が消え去る。死角を把握できないまま動いた彼に、新たなレーザーが横合いと背後から突き刺さった。
「……っ!」
焼かれながらも、サイコブレイドは止まらない。
一直線に深雪との距離を詰めたサイコブレイドは刃を振りあげる。
「――虐殺の邪魔だ」
「その攻撃は予測済みです」
鋭い斬撃が迫ったが、深雪は即座に跳躍した。
背部ダイダロスユニットによって深雪は空中を滑るように高速移動する。刃は紙一重で空を裂き、その勢いが削がれた。
同時に深雪はs対WZマルチライフルを構え、ビームバルカンを連続発射する。無数の光弾がサイコブレイドへ降り注ぎ、その身体を容赦なく撃ち据えた。
「まだだ……!」
だが、彼は前進し続ける。
おそるべき命中精度を誇る斬撃は、一撃ごとに深雪の回避を削り取っていく。光学迷彩を展開して煙幕へ紛れようとも、その剣先だけは迷わず深雪を捉えていた。
このままでは避けきれない。
その瞬間だった。
「――今だ」
ギルベルトが深雪に向けて合図を送る。
サイコブレイドの意識から、攻撃しようとしたという直前の記憶が失われたのだ。
「俺は……何を……?」
僅かな一瞬。ほんの刹那の空白だったが、深雪はその機会を逃さない。
――電極針弾モジュール接続。
ライフルが鋭く変形したが、その照準はぶれない。反応速度と弾道計算能力が導き出していくのは、今の最適解。放たれた電極針弾は一直線に飛翔し、サイコブレイドの身体へ深々と突き刺さった。
「……ッ!」
激しい放電と雷光が彼の全身を駆け巡り、筋肉が悲鳴をあげる。
麻痺によって動きを封じられたその隙に、六基の従霊が一斉射撃を開始した。四方から重なるレーザーに加え、深雪自身もビームバルカンを撃ち込む。
ギルベルトも間断なく追撃を加えており、爆煙が幾重にも重なった。
やがて、煙の向こうでサイコブレイドは剣を支えに立ち上がる。傷だらけの身体は痛々しいが、彼の瞳の奥に宿る意志だけは消えていなかった。
「……今回は、ここまでか」
低く呟くと、サイコブレイドは大きく後方に跳躍する。
「撤退するのですか?」
「次は必ず――」
深雪が問いかけても彼は明確な答えを口にしなかった。そして、傷だらけの姿は駅の外へと消えていき、静寂が戻る。
深雪はライフルを下ろし、その背に語りかけた。
「サイコブレイドさん。あなたにならば私たちと同じ道を見出せるはずです」
遠ざかる彼に向けた言葉は届いただろうか。
ただひとつわかるのは、また彼と戦うときが訪れるだろうということ。
「その日が来るまでは、何度でも止めてみせます」
戦いは終わった。
これは未来に繋ぐための一歩。大きな被害は一切なく、街の人々も危機を認識していない。勝利を確信した深雪はギルベルトに向き直る。
「お疲れ様でした、ギルベルトさん」
「こちらこそ。皆、見事な連携だった」
深雪は柔らかく微笑み、ギルベルトも首を縦に振る。
「実は、私のAnkerはあなたと似た忘却の力を持っているんです。今日の戦いでも彼女との経験が活きましたね」
「そうだったのか……」
ギルベルトは興味深そうに少しだけ目を細めた。
そして、彼は言葉を続ける。
「忘却……つまり、忘れる力は失うためだけのものではない。人は忘れるからこそ、もう一度立ち上がることもできる」
「ええ、その通りです」
「それじゃあ、また」
「はい、またいつか」
深雪は深く頷き、去っていくギルベルトを見送った。
此処で彼を追ったり深く事情を聞くようなことはしなくていい。EDENが存在したことを喜んでいた彼ならば、再び巡り会うこともあるのだろうから。
西鉄福岡駅を吹き抜ける風は、戦いの熱を少しずつ攫っていく。
守るべき命があり、繋ぐべき想いがある限り、EDENたちは何度でも戦場に立つ。
覚悟と信念。
それらの思いを忘れない限り、世界はきっと――守られる。
