⑱この未来は今
「未来は決まっている。抗うことなど無意味だ」
誰かがそう言う。
「未来が決まっていようと、それがどうした」
誰かが答える。
誰の言葉だろうか。難しい物理学ならなんて言うとか、哲学ならどう答えるとか。そんなことはどうでもいい。たとえ未来を決められるものがいたとしても、その者の想像力以上のことは起きない。そんなことすら関係はないのだ。
未来が決められた時、あなたはどうしたい。それはきっと、あなたは本当は何をしたいとか、あなたが本当になりたいものは何とか。
心の中に、心の一番奥の方にあるものがためらいがちに言っていることなんじゃないかって思う。
「ゾディアック継承戦争を引き起こした『ゾーク12神『星神ドロッサス・タウラス』』がキャナルシティ博多にいる。ドロッサス・タウラスは『未来を決定する力』を持っているそうだ。その能力はドロッサス・タウラスが口にした言葉は全て現実になるというものだ」
リダー・ルー(キング・アプリコット・h12452)は集まったEDEN達を前に話しはじめる。
「でもな、それがどうした。描ける未来はそいつが頭に描けるまでと決まっている。想像の上をいけばいい。ドロッサス・タウラスの想像を上回ればいい。ただそれだけのことだ。信じて進め。お前の意志が一番尊いものだ。もちろん賢く立ち回るのもいいだろう。でもな、生き様を見せてやれ。世界の中に一人だけなら、自分の言葉だけで好きにできるだろう。でもな、誰も一人だけの世界には生きていない。誰かの頭の中の世界だって、そいつが見たり聞いたりしたものの影響を受けている。言葉さえ自由に吐けないくらいにしてやれ。それができると俺は信じているよ」
そう言うとリダーはEDEN達を送り出した。
「いま此処に宣言しよう。『我は主神ゾークになる』」
『ゾーク12神『星神ドロッサス・タウラス』』はそう宣言した。でも、未来は気まぐれに姿を変える。それをつかみ取るのは本当の意味で未来を信じるものなのではないだろうか。キャナルシティ博多に星が輝いている。だがその星は誰のものだろうか。
この未来を掴むものは誰なのだろうか。
第1章 ボス戦 『ゾーク12神『星神ドロッサス・タウラス』』
言葉には力がある。そして言葉は発したものに帰ってくる。良いことを願えば良いことが、悪意を込めれば悪意が帰ってくる。「主神ゾークになる」、そう宣言したドロッサス・タウラスには言葉を具現化する力がある。それは言葉が持つ力を強めたものと言えるかもしれない。
「斯波君、花園君、準備いいかな? 牛肉の回収行くよ。僕があの牛肉を止めたら頼むね」
北條・春幸(汎神解剖機関 食用部・h01096)は同行する斯波・紫遠(くゆる・h03007)と花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)に目配せする。春幸は怪異を使った料理を作ることに取り憑かれている。そんな春幸にとっては牛頭の怪人であるドロッサス・タウラスはただの牛でしかない。
「牡牛座から『牛肉』に繋がっちゃう北條はすごいよね、それに普通にのる斯波も。牡牛座の私はちょっと複雑だよ。まぁ、二人ともいつも通りだけどね」
春幸と紫遠の様子を見て樹は苦笑する。
「お前達は何だ? 我の元に来るとはよほど死にたいと見える。我が王劍『ファルの心髄』によってお前達は無残に斬り刻まれ死ぬ」
星神ドロッサス・タウラスは哀れな犠牲者を見る目で3人を見る。
「それはいいとして。……主神ゾークになる。なるほど。じゃあ今から君の名前は『主神ゾーク』君ね。無事に『主神ゾーク』になった所で。今から君を『攻撃』して僕らのBBQの食材とさせていただこう! そう、これは攻撃じゃ無くて解体だから!」
ニコリと笑って春幸が言うとドロッサス・タウラスは怪訝な顔をする。
「なぜお前は我に力を与えようとする? 言葉は現実になる。それは我が言葉だけにとどまらないものだ。お前がそう言えば、我の力もまた増える。お前の言葉だけで主神ゾークの力が得られるわけではないが、その時は早まるだろう」
ドロッサス・タウラスがファルの心髄を無造作に振り下ろす。その一撃は春幸の胸を抉るが恐怖心が欠落した春幸は何食わぬ顔で√能力の準備を始める。
「未来視って言うけどそんな抽象的じゃパチモンの占い師と同じじゃない? それにキミが未来を叶えに来たらマッチポンプじゃん」
「おもしろいことを言う。未来視とは未来を見ることだろう。だが我の能力は未来を『決定』させるものだ。だからな、我が未来を叶えに来るというのはあながち間違いではない。未来の我とお前達がそうなるように動くということだ。現在が定められた未来へ向かって歩むと言うこと、それが我の力だ」
ドロッサス・タウラスが間合いを詰め、ファルの心髄を振りかぶろうとする。だが春幸の【チョコラテ・イングレス】がドロッサス・タウラスの動きを止める。樹が飛び込み、霊剣でドロッサス・タウラスの首元を狙う。首を切られたドロッサス・タウラスは樹を睨みつけたように見えた。だがまだその体は動く気配を見せない。紫遠が腕を斬り落とそうとドロッサス・タウラスに鋼糸を巻き付ける。鋼糸はドロッサス・タウラスの腕に食い込みダラダラと血が流れる。
「なかなかおもしろいことをする。我に未来を語らせぬとは。だがな、そこの男よ。礼を言おう。今の我には口は動かずとも言葉は紡げる。……我は動ける!」
ドロッサス・タウラスの言葉がキャナルシティ博多に響いた。体の自由を取り戻したドロッサス・タウラスは紫遠に『牡牛座のリア・ファル』を飛ばす。
「その石はお前を撃ち抜く」
リア・ファルが紫遠を吹き飛ばすが紫遠も意地でドロッサス・タウラスの腕を斬り落とす。
「やったぁ! 食材が増えたね。この未来は流石に見えなかったかな」
紫遠はそう言ってにやりと笑うと膝をつく。樹が死角からドロッサス・タウラスへと飛び霊剣を突き立てる。ドロッサス・タウラスはそれをファルの心髄で受けようとするが間に合わず腹を貫かれる。
「かつては私も『人間として普通に生きる』という未来を決めた。でもあの時決めた未来がそのままだったら……二人にも出会えなかった。後悔? 勿論していないよ」
樹は紫遠を助け起こした。
「己で未来を決める覚悟のあるものか。相手にとって不足はない」
高らかに笑うとドロッサス・タウラスはファルの心髄を構えた。
未来を作るとは未来に一つ絵を描けるようなものだ。未来の全てをそれで埋め尽くすなどと言うものではない。未来を描くためには絵筆を用意しなければいけないし、描くものが頭になければいけない。つまり、ドロッサス・タウラスがいかに自分を強大だと思おうが出来ることと言えばドロッサス・タウラスが思い描いたことを言うくらいでしかない。それは未来の一点にある星を指さすようなものだ。そこに行くまでの経路は決められていないし、それまでにドロッサス・タウラスがどうなるかも決められていない。
「未来を決定づける力なんてすごいけど、そんなものを持ったら慢心するよね。だから隙は絶対にあるんだ。それを逃さないようにしないと」
七豹・斗碧(白翔テイルアンシア・h00481)は注意深くドロッサス・タウラスを見る。斗碧は世界そのものを蝕むことができる。決められた未来が蝕まれた時、どんな未来ができるかなんてわからないだろう。そうでなくとも、ドロッサス・タウラスは名うての将棋指しのように先の先を読むことなどできないだろう。自らの描く未来が自らに牙を剥くことだってあるだろう。
「ドロッサス・タウラスの力は未だ完全ではありません。真に全知全能の力を得たならば、手始めにEDENを全て消し去るはずですが……私たちはまだ存在していますので。この状況がいつまで続くかは分かりません。一刻も早く決着をつけましょう」
決戦型WZ『レギンレイヴ』に搭乗した深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)はキャナルシティ博多へと急ぐ。ドロッサス・タウラスの放つ言葉にはいくらでも隙がある。たとえば主神ゾークになると言ったが、『いつ』なるとは言っていない。そうでなくとも自らの持つ『未来を決定する力』を過信しているきらいがある。自らの力を見誤っているうちはいくらでも勝機があるだろう。だがその力が増せば、その力によって決定的な状況を作ってしまう可能性もある。
「世界にいるのはお前だけじゃないぜ、ドロッサス・タウラス。現在いまを瞬間瞬間必死に生きてる人々がいるからこそ、未来はできあがっていくんだ。お前一人に勝手に決められてたまるかよ……!」
空地・海人(フィルム・アクセプターポライズ・h00953)は目の前に立つドロッサス・タウラスに決然と宣言する。
「超現像!」
海人が叫ぶ。【フィルム・アクセプターポライズ √EDENフォーム】へフォームチェンジした海人は金色に輝く装甲を纏う。
「使用する√能力の効果を底上げする、俺の最強フォームだぜ」
「我はすでにお前達とは違う領域に生きる者。お前達が現在というものと、我が未来と呼ぶものは同じ。いや、自由にできるだけ我にとっては容易いもの。現在に藻掻くお前達が我を倒せる道理はない。お前達は我が力によって無残に死ぬ」
ドロッサス・タウラスは高笑いする。
「そう、お前は我が剣によって心臓を貫かれ、赤い血をまき散らして大地に倒れるのだ」
海人はその言葉をしっかりと記憶する。世界は、未来は、決まって一つじゃない。この瞬間にもいくつもの可能性がせめぎ合い、未来を掴もうと無数の意志が未来に手を伸ばしているだろう。それに、過去もまた『1つ』ではない。
「言葉を、本当にできるのはあなただけじゃないよ」
ドロッサス・タウラスは斗碧の言葉をつまらなそうに聞き流す。
「我の力はまじないや予知ではない。因果律を掌握した、真の未来を呼ぶ力だ。確定した未来の前ではそんなものは大河の中の一滴の水を自由にできるようなもの。我の敵ではない。お前の攻撃は通用しない。お前の頭は我が拳が握り潰す」
「あなたの言う未来にはなりませんよ。たとえあなたがお前はすぐに死ぬと言ったとしても。私は戦い続けるでしょう」
深雪の言葉がかんに障ったのかドロッサス・タウラスはファルの心髄をレギンレイヴの頭部に叩きつける。
「ならば今すぐ死ね!」
だが深雪はドロッサス・タウラスの剣を容易く躱す。確定していない言葉では未来を決めることはできないのだ。忌々しげにファルの心髄を引き上げたドロッサス・タウラスがもう一度言葉を吐く。
「お前は、今すぐに死ぬ。この石によって」
リア・ファルがレギンレイヴの頭部装甲を撃ち抜く。それは確実に深雪の額を撃ち抜いていた。だが深雪が止まることはなかった。深雪は電脳と機体の演算補助システムを融合していたのだ。期待に残る意志がレギンレイヴを駆動させ続ける。
「なぜ、動けるのだ。お前はすでに死んでいるだろう」
混乱したドロッサス・タウラスが叫ぶ。確かに深雪は倒れている。だがそれでも戦える仕掛けを用意していただけのことだ。
ドロッサス・タウラスの動きに迷いが生まれる。ドロッサス・タウラスの想像を超えた現象がドロッサス・タウラスの思考を止める。レギンレイヴの持つ対WZマルチライフルから帯電した針が撃ち出される。電流がドロッサス・タウラスを痺れさせ、その自由を奪う。
「我が体は動く」
ドロッサス・タウラスはそう言葉にするが、それが今である保証はない。空間が圧縮され、ドロッサス・タウラスはレギンレイヴの元へと引き寄せられる。
「我は!」
だがその言葉は最後まで形になることはなかった。レギンレイヴの左腕に装備された対WZ用大鎖鋸<滅竜>がドロッサス・タウラスの喉に突き刺さる。回転する刃がドロッサス・タウラスの喉を裂き、その声を奪う。
「……新たな力に驕りましたね。思考するより先に剣を振るっていれば、弾を防げたかもしれませんが
この結果があなたの限界です」
レギンレイヴの動きが止まった。深雪の体がインビジブルとなってどこかへと消えていったのだろう。ドロッサス・タウラスは悔しそうにヒューヒューと息を吐く。こうなってしまえば今すぐに傷を癒やすということはできないだろう。
「星は好き? ならとっておきの流れ星だよ」
高々と空を舞った斗碧が空中から影の杭を落としていく。
「この攻撃は通用しないと言われてるから無理だろうね。でも本命は!」
言葉は吐けずともすでに言葉にした未来は現実になる。影の杭はドロッサス・タウラスを避けるように地面に突き刺さる。ドロッサス・タウラスは内心冷や汗を垂らす。
「反撃が絶対に当たるなら、それこそ反撃自体出せなくすればいい!」
斗碧は空間をもう一つ浸食する。斗碧は浸食した空間を蹴りぐるりと回転する。そのままひねりを加えるとドロッサス・タウラスの頭に向かってかかとを振り下ろす。ドロッサス・タウラスの能力は未来を作る能力だ。現実を変える能力ではない。
「そのご自慢の角が折れないように祈っておきなよ。どれだけ万能を誇っても絶対は無いって、刻みつけてあげる」
斗碧のかかとがドロッサス・タウラスの眉間に吸い込まれる。どう、とドロッサス・タウラスは倒れる。頭を振りながらなんとかドロッサス・タウラスは立ち上がる。
「俺は撮り続けたい、人々が生きているこの世界を。いま目の前にある現実を、写真として残していきたいんだ」
ラジカムシャッターを構えた海人が光を撃ち出す。その光はフィルムを刊行するフラッシュのようにドロッサス・タウラスを釘付けにする。
「未来しか意識していない、お前に見せつけてやるよ。俺たちの現在いまと過去が、お前の想像を超えるところを! 文字通り、過去からの力を使ってな……!」
「我が未来は破られぬ」
かろうじて声を取り戻したドロッサス・タウラスが擦れる声で叫ぶ。
「過去などに、断じて! お前のお前の運命は決まっている」
ドロッサス・タウラスの持つ王劍『ファルの心髄』が海人の胸に迫る。キャナルシティ博多に光が乱反射する。縫い止められた人形のようにドロッサス・タウラスの動きが止まる。「ドロッサス・タウラスの未来決定のタイミング」の直前まで時間が巻き戻されたのだった。確定した未来が未確定へと上書きされる。
「未来を掴むのは……俺たちだ!」
海人の両足が自らの限界を乗り越えていく。海人は空高く飛び上がると『ゾーク12神『星神ドロッサス・タウラス』』に向かって落下する。
「くらえッ……超・ポライズ……キックフラッシュ!」
海人の右足が輝き、ドロッサス・タウラスの頭を射抜く。
「我の、未来を……。上回るとは」
ドロッサス・タウラスはドサリと倒れた。
