ヤルダバオート
●旋律
人間の――人類の――罪の重さについては、最早、何者だろうと羽根のようには出来ない。いや、唯一、羽根のように軽くする方法が『ある』のだとした場合、悉くは物理的な沙汰へと堕ちていく。おお、聞こえてくる。何が聴こえてくるのかと問われれば、第三番だ。慈悲深くも思えるその非常識は、人類に『新たなステージ』とやらを魅せてくる。「きみたち、どうしてこうも、汚く踊ってくれるんだい」「そんな常識に縛られているから、きみたちは生涯『きみたち』の儘なんだ……さあ、ぼくに、頭を開いて……」。こんなにも簡単だった。こんなにも簡単だったなら、如何して、人類はしなかったのだろう。
ぐちゃぐちゃになった鼻汁の種、耳糞の代わりとして滝となった。
●精神ジュースの啜り方、その酸っぱさについて
「ウーム……まったく。芸術家気取りの輩は、まったく、こうも人の話を聞かないとはねぇ! 何? 我輩も人の話を聞かない災厄? アッハッハ! いやはや、その通り!」
星詠みである暗明・一五六は手を叩くかのように呵々と笑った。
「さて、能力者諸君! 君達には√汎神解剖機関で苦しんでもらうことになる! いや、我輩が『視た』時点でけっこうな手遅れ感が出ていてねぇ。如何やら、怪異が『精神に干渉してくる』事は確定しているのだよ。ああ、もちろん、我輩は、君達になら『耐えられる』とは思っているんだけどねぇ。まあ、最悪、頭の中身がグチャグチャになってぶち撒けられるだけ! 君達は死ぬけど、死なないから、いっそ、そっちの方が楽かもしれないねぇ! あ、怪異と直接戦うって事になったら死ぬのは赦されない、それはいつもと変わらないさ! それじゃあ頑張ってくれ給え! アッハッハ!」
第1章 冒険 『怪異の精神干渉』

怪異によって齎された悪夢は――悪夢よりも凄惨な洗浄は――即座に、√能力者その他の脳髄に染み込んだ。如何様な衝動が、衝撃が奔ったのかと、疑問を投げかける事すらもおぞましい。ああ、開きたい。頭のてっぺんから、ぱかりと、脳髄をまるごと洗い流したい。いいや、洗い流す程度では物足りない。此処はやはり、物理的にもシェイクして、素敵な素敵なスムージーとしてぶち撒けたい。アナタはこの狂気に抗っても良いし、抗わず、スッキリとした頭蓋を晒しても良い。発生源を探したい場合? より耳を澄ます必要性が出てくるだろう。思考の隅っこから舌の上に至るまで、この、特上の旋律に悶えると好い……。
膝をつく理由などない。屈する為の術すらも知らない。
忘れ物をしている。何を忘れたのかは不明だが。
それ以外はしっかりと記憶している。
人と獣の違いとは何だろうか。答えは幾つか存在しているが、そのひとつ、音楽の有無こそが『現』に不可欠な沙汰である。ゆっくりと、じっくりと、脳髄を蝕むかの如くに波打つ『もの』はヤケに聞き慣れた『ながれ』に思えた。うっわ……なにこれ……。気持ちが悪い。鼓膜を震わせ、思考を揺らし、ひとつの狂気の類へと集中させてくる粘着質。ああ、今すぐに、あたまを開いたら楽になれる……? ぶんぶんと、シェイクになりかけた味噌を正しいカタチに戻す。んなわけあるかバカ! 死んでも死なない? ああ、√能力者の『理屈』を考えれば、きっとそちらの方が楽だ。一瞬は苦しいかもしれないが、解放感の方が強いだろう。だけど……ひとり残った息子が脳ミソぶちまけてたら|彼岸《あっち》に行った家族もいい気がしないと思うんだよな。それに、何より……そんな無様さらしたくない。そうとも、晒してやるべきは怪異の臓腑だ。こっちの臓腑は大切に抱えてやらなくちゃいけない。なあ、俺はな……あいにく諦めは悪いんだよ。思考の片隅から落っこちたもの。人間にとって大切であろう『それ』は何処までも、何処までも、オマエを怪物的な精神にしてくれた。明らかに怪しい夢なんかに従ってたまるか! 笑え、嗤われても尚、そうしてやれ。
無辜にしてやる所以もない、味わい深いメロンも応援してくれている。
この程度の『怪奇』でこの程度の『干渉』で錯乱できるほど、己がマトモではない事くらいは把握している。こんな、わけのわからない『演奏』に耳を傾けてやるものか。いや、違う。なかったことにはしない。なかったことになんてしてやるものか。じっとりと粘ついた『波』を只の『現象』に落とし込む。誰が、どこからこんな気色の悪い『こと』やらかしてんのか、つきとめてやるんだからな! おそらくはピアノだ。ピアノの音だ。それも、この具合からして『独奏』とも考えられる。独創性のあるものだとしても、毒素でしかない。常識に縛られているのは何方だったか。
楽譜の何処かに記された作曲者の意図、
糸を手繰るかの如くになぞってやれば、理解も出来るだろうか。
してはいけない。するはずが、ないでしょう。
神が――造物主が――贋作なのだとした場合、我々人類は、知的生命体は贋作のこれまた『贋作』と謂うことになる。そうなったとして、オマエ、偽りの臓腑を抱える者は逆説的に本物なのではないか。寵愛を受け取った存在の幽霊めいた色合い、共振する今にこそ価値を見出せる。音……? 音だ。波のように、或いは、嘘のように、戦慄的な旋律に髄を鷲掴みにされた。僕は、音楽には、疎いので……。聞き慣れていないのであれば『それ』を辿れば良いのだ。きっと、気分はあまり『宜しくなくなる』だろうけど、誰かの為ならば耳朶の奥までも行使すると好い。|見えない怪物《インビジブル》は、できる? 出来るのだろう。何故ならば、オマエの声に応えてくれているのだから。
教え方がお上手ではないか。
死を望んでいた筈だ。己に価値などないと、己の命に価値などないと、口遊んでいた筈だ。だと謂うのに今では可能な限り『いのち』を大切にしている。耳飾りは最早おかざりではなく霊的な力を――防護を――展開している。あとは手伝ってもらうだけだ。ふわふわと嗤っている、ふよふよと踊っている、水母。彼等の触手を頼りに『狂気』を|探索《さぐ》れ。大丈夫。僕は、慣れてきた。このくらいの『音』なら、誰かさんの哄笑に比べたら……。ピアノはきっとストリートに置いてあるものだ。大勢、人が集まりそうな場所を当てると好い。交差点なんて謂うのは如何だろう。
音楽は、あまり、耳にしていませんので……。新鮮さこそが精神に必要だ。精神に必要不可欠な栄養素だ。真っ暗いヴェールに呑まれるかの如くに、ずぶりと、嵌まっていくかのような……これは……危ういでしょうか。あらかじめ、能力を使っておいたのは、正解、でしたね……。忘れようとする力の発揮。それこそ、目の前で頭を開かれて、死なれても困るし……。咲き誇るべきは忘却の花、用心深く嗅いでくれ。
脳味噌がシェイクされても、スムージーと見做されても、最初から液状なのであれば問題など欠片としてない。赫々と、紅々と煌めく目の玉――重なっているのは――暈を成しているのは――ご家庭にあったブローチか。
握り締めたお守りの効力、抜群がすぎて神も仰天するほどだ。
鼻汁を作る部位ではない。盲目さを維持する為の部位だ。
頭を開く。オマエにとってこの一言は、強制的なまでの音楽は、何度か経験した事である。いや、むしろ、頭を開くだけの事であれば、どこぞの、塗りたくってきた男よりかは正気にも思えた。それは兎も角――自分の事をよく分かっていて、それでいて、治さないのがあの|星詠み《エ※本》のいやらしいとこよねぇ。まぁ指定したところで、指差したところで、それこそ耳を貸そうとも……耳もなかったわね? 分かってて治さないのと分からなくて治せないのとどっちがマシかしら……どっちも悪いわね。嗚呼、きっと、オマエは思ってもいないだろうが。オマエは後者そのものであり、オマエの義妹に関していえば何処ぞの星詠みよりも手遅れである。……お義姉ちゃんの悪口言わなかった? 言ってません。
不意を打ってきた誰かさんのぷんすかは置いておいて、現状の把握こそが最重要である。まぁ、それはさておき精神干渉ねぇ。アタシの頭の中は、アタシの頭蓋骨の中身は、愛しい義妹のことで一杯なの。幸か不幸か|催眠《ほうせき》がたっぷり。詰め放題にしてやられたオマエ、ひとつの隙間もなく音楽を跳ね返した。ぶち撒けるなんてありえないわね。たとえ、ぶち撒けることになったとしても、それは、義妹からのお願いが原因となろう。と、いうわけで……ちゃっちゃっと駆け抜けてやれ。まるで、竜の威容だ。ダンジョンの奥地にて坐しているドラゴンの神威だ。原因はこの音かしら。それにしても……陰湿な音よね。一歩一歩確実に近寄っていく。狂気には狂気をぶつけよ、それこそが正攻法である。常識なんてものを期待してはいけない。
光の柱だ。光の柱がひとつ、ストリート・ピアノの位置を弄る。
肉色の墨が蠢動するかの如くに、空隙が埋め尽くされた。
頭蓋を晒してぬりたくりたい、そんな情念を抱えた男の末路、果たしてオマエは記憶しているだろうか。男はきっと歓喜して、狂喜して、そのまま逝ったに違いないが、そう易々と続くほどオマエの灰色は無様ではない。何を糧に咲いていようと、何を養分として閃いていようと、嗚呼、唯一、この皺くちゃだけは譲れないか。脳味噌……アタシ、脳味噌だけは駄目なの。頭を開くのなんて……頭の中身をスムージーにされるなんて、嫌よ。わかっておいでかしら。いいえ、わかっていたのなら、こんなことはしない筈よね。代えが効かないの。ハラワタその他のぶち撒けであったのならば、少しは割腹してやっても良かったのかもしれない。されど、嗚呼、これだけは、文字通りに死に絶えても大事にしている。アタシがアタシのままでいるために。アタシが、|狂気《アタシ》のままで在るために……。耳障りな旋律だ。それでいての戦慄、此処まで届くだなんて想定外だ。いや、想定はできている。第一に――鼓膜が、耳の奥がいけないのよ。押し寄せてくる震動、振盪、こんな音に嘲笑されるなんてまったく脆弱な伽藍洞。生ぬるい、しめっぽい狂気だ。頭を割ろうだなんて、痛めつけようとするなんて、烏滸がましい……。え? 玉蓮、脳みそ開きたくなっちゃうの? ぼく、脳みそないけどどうしよう。ねえ、玉蓮、たいへんだ。ぼくの中身がこぼれちゃう。そしたら困るでしょ? 玉蓮が困るなら、ぼく、我慢するよ……?
お互いの耳朶をひくつかせたら揺らぎ、擽ってきたのは意地の悪いものか心地の良いものか。穏やかで、やけに誘って来たのかと思えば、激的な荒れ狂い。僅かに添えられたのは常識とやらへの叛旗、ある種の悲哀の念か。ああ、綺麗だ。綺麗なピアノの啼き声だ。だと謂うのに……神経を……脳髄を掻き撫でるかのような演奏……不協和音! CC、アタシを運んでちょうだい。その頭が弾けても歩みを止めないで。アタシ、これから耳を潰すから……代わりになってくれると、嬉しいの。そっか。わかったよ玉蓮。ぼくは皮を剥いで、もっと直接聞く事にするね。音の振動にのって、※※※※※※に触れて、脳味噌の代わりにスムージーになるよ。手を叩くよりも素早いお姫様抱っこ、お姫様抱っこよりも上手な鼓膜のぱちん。……そういえば玉蓮、俺の光についてはどうし……あっ、聞こえてないよね? つう、と、流れたのは頭脳ではない。
血液だ。甘ったるいほどに魅力的な耳の汁だ。
くい、と、目玉に近づけたのはメス。丁寧に、丁寧に、刳り貫く事が出来たならば元に戻す事も可能かもしれない。良い、CC? 今回ばかりはアタシ、大目に見るつもりよ。何をしても構わないから、アタシを元凶の元へと導きなさい。え? 目玉をくり抜いちゃうの? それはだめだめ! せっかく、せっかく玉蓮がぼくの近くにいるんだもの、ぼくのことをずっと、ずうっと、見てて……! ぼやけて這入り込んだ光、この治癒とやらは慈悲なのか無慈悲なのか。CC……? まあ、良いわ。重要なのは思い知らせること。思い報せなくちゃいけない。頭を開くのは、お前の方なのだと。脳味噌を晒すのはお前の方なのだと。
玉蓮! 見てる? ぼくのこと見てくれてるかな?
目に入ってなどいない。入れるべきは冒涜者の脳漿だ。
イーヴィル・ハットを受け皿に漿液が満ちる。
満ちたものがこぼれるか、こぼれないかの瀬戸際、寸前で留まった。
蓄えられた栄養を、蓄えてきた養分を、他人に渡すなど、
誰がするものか……。
伊勢で獲れた海老を複数、大ぶりの貝類を複数、これで機嫌麗しい蛸神様の完成だ。欣喜雀躍とした腕はびちびち、オマエを抱くように踊って魅せる。いや、勿論、こうやって供物を捧げたのにはちゃんとした所以があった。今回、星詠みに依頼された仕事の内容がヤケに『不安』にしてくる代物だったからだ。住んでる√の事件だし、それに、放っておいたら兄ちゃんが危ないかもしれないし……。渋々ながらに参加する『しか』なかったのだ。万が一が起きてしまったら幼げなオマエの大切な人は惨事に遭ってしまうに違いない。ぶらりと、狂気が発生すると言われた『現場』に足を運ぶ。足を運んだ、足を踏み入れた刹那の内だ。何かが聴こえてくる。何か、手招きするかのような、蛸壺を砕くかのような――パンドラを開くかのような――なんだ、これ……頭が、いたい……? 常識的に考えたならば頭痛だろう。だが、非常識に紐解いてみたら如何か。これは滂沱。頭蓋の内に秘められていた、解脱への渇望。あらゆる肉や骨、皮への否定的な宣言。開きたい。開いて、脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて終いたい……。兄ちゃん、兄ちゃん、俺、兄ちゃんのためにもちゃんと演奏できるように……? ぎゅるん。目の玉が嗤った。この回転は狂気の沙汰か。文字通りの常識の反転か。
確かに反転、狂気の沙汰だろう。されど、別の狂気によって『起こされた』横に長い瞳孔だ。まったく不甲斐ない、ひどく脆い依代ではないか。常人の範疇から決して外れる事のない、出来ない、赦されない、人の中の人ではないか。ぶちりと、機嫌麗しかった蛸神様も斜めっていく。不満げにびちびちと蠢かせたのならば――さあ。索敵のお時間である。子守唄を歌うならば、そう、子守唄らしく。心地の良いものにしてくれなければダメだろうと。血を啜るかのように地を這って往く。
海底、沈むべきは罪とせよ。
黄金色にきらめくエネルギー、舞踏の如く旋回した大自然の誘い。
何処かで耳にした、目にした、懐かしの宣誓。
――丹を服用する為には如何程の時が必要か。
何もかもが竜頭蛇尾――そのような力であったならば、音響であったならば、対処も余裕だった筈だ。されど、相手は怪異の中の怪異、易々と臓腑を晒してはくれないだろう。むしろ、此方が脳味噌を晒す破目になるかもしれない。精神干渉ですかー。殴れば解決するもの、叩けば潰せるもの、そういう、物理的な訴えが効かない相手は厄介でしかない。めんどーなのです。いや、これは星詠みの言の葉に従って、死んでも生き返るのであれば『耐えない』という選択肢も悪くはない。だけど……それで良いやって、死を受け入れるのも違うよね。まったく常識的な、人間的な能力者ではないか。それに、何よりも、甘受するだけでは成長などありえない。ああ、何も得られない『楽』ならば、いよいよ不要。あえて茨の道を、針の筵に坐す事こそが練達への第一歩なのではなかろうか。いや、でも……? 二転三転とする思考。真正面から耐えるのも……まぁ、分が悪そうなのです。重要なのは成長と突破だ。我慢して我慢して我慢して、最期、錯乱してしまったら一兎も狩れない。なのでここは第三の選択を、ね……? まるで神様へのお祈りだ。百会に籠めて、流して、掴め。
小周天から大周天へ――人の身体から天地へ、天地から宇宙へ――意識を向けていく。流れてきた音を、響いてきた音楽を、世界の一部として認めてやる。これが同調だ。まるで世界の回転の一部となっていくかのように……如くに……干渉する側へと身を置いた。この発想の逆転こそが、立場の逆転こそが勝利への鍵なのです! まぁ失敗しても? 正気を失くしても? 最悪を選べば良いだけ、気楽にいくですにゃー! ぐわりと鷲掴みにしたピアノ線、低音だろうと高音だろうと、最早、オマエの指先、気儘に。
――猫を踏み付けろ。
常識に縛されているのは怪異の方だ。
ところでお友達に訊いてみた案は何処に投げ棄てた。内勁で頑張って抗い耐える? いやいや、そんな大変そうなの選ぶわけないにゃ。
淘汰されるべきは何か。無辜など欠片として赦されず、
傲慢さばかりが肉を受け取る。
聖なる哉、聖なる哉、紐解いた書物には如何様な句が並んでいる。圧倒的なまでの、冒涜するかのような衝動、慟哭のようなザマでは正義を貫こうとしても滑稽か。たとえば……良心や善性、罪悪感。そのような、そうして御立派な代物が出てくるなら、流れてくるなら、頭と謂わず胸でも肚でも、魂でも、捌くに否やはありませんが……。残酷な事に、残念な事に現実、オマエの内には魔性の繭しか存在していない。生憎、開いたところで何も無いのは既知です。本来の目的を蔑ろにして、怪異の解体を放置して、時間を無駄にする事は善ではないでしょう。ならばひとつ解いてやると宜しい。ならばひとつ問うて魅せると宜しい。見様見真似な|造物主《ヤルダバオート》の奴隷、贋作の意地とやらを……。
ひどい天地の逆転だ。海で太陽が嗤ったならば天では水母が踊るのだろう。誘いに乗るのも、歌声を合わせるのも、まったく癪だと唾を吐いてやれば悦ばしい。これは気合いだ。気合いだが、ただの根性ではない。加えられた一滴の|真実《妄執》は何を拓いてくれるのか。道だ。狂気へと導く音の只中でも、尚、嵐の中心として静寂をやめない。他者と遭遇するかは不明ですが――それを何故に期待しているのかも不明ですが――生きていれば、治癒も観察も有効かと。自傷中の誰かさんへの脳震盪、脳味噌垂れ流すよりかはマシとした。
……はあ? なあ、きみ。ぼくのことを莫迦にしているのか?
それとも、自分はさも常識人みたいな面して、ぼくを局外者にするって謂うのかい?
ズカズカと思考に這入ってくる黒幕の|音楽《ことば》。想定していたよりも早く『干渉』される事に成功した。……何を謂っているのでしょう。僕は、あなたみたいに、赤子のような事はしないので……。くそ……! くそ! こういう、縛られている奴は、頭が固いから面倒なんだ……! 助け合う心だって? この偽物め……。
生命の本質とは|善《悪》である。
嫌がらせのように、波打つグノーシス。
イヤリングに触れた。ふわりとおどった濡れ烏。
スプーンを構える必要はないと脳が謳い、只、人らしい狂気を以て狂気を睨む。邪悪に向かっていく意志は本物だ。人を食い物にするならば、食い物にされてしまえ。躊躇した方の負けなのだ。握り締めた粗暴で熱を孕むと良い。おそれるものか。おそれてなるものか。
メンタルに突き刺さった真理は元のカタチを失くしていた。失くしてしまった輪郭を探すかの如くに、ブヨブヨと、ヤケに柔らかな脂肪を掻き出す。書き出された不滅の所以については最早――何処の√に迷い込んでも、歩み続けても、無きに等しい。オバケなんて居ない、バケモノなんて居ない、とは言いませんが……精神を弄るのは、脳味噌をまさぐるのは厄介ですね。まるで淫魔だ。淫魔を――夢魔を彷彿とさせる、おぞましいほどの旋律だ。……なるほど。意思の弱い人はコレで保たないのですね。まったく常識的ではないのだ。まったく異常なのだ。漆黒色の宝石ふたつは欠片としてブレずに己の狂気とやらを湛えてくれる。ここまでして……身を投げ出す理由……。つぷりと、覚悟とやらを身に染み込ませる。ナイフの行方は己自身の左腕だ。忘れようとする力で以てしても、忘れる事だけはない。
記憶にない誰かの面影が――様々な、こびりついた思い出の幻想が――不明点を炙り出そうと試みた。分かりませんね。ええ、私には何も分かりません。ですが、何もかもは、やらなければならないのです。焦りではない。焦りよりも強烈で強大な何かに突き動かされている。鎖の如くに嘲笑したロゴスは――音よりも尚、反響していた。
元より命を投げ出す覚悟、元よりこの身は地獄を巡る覚悟、汚染されている水が如何して他者からの汚染に応えるのか。脳漿をぶちまけることに、どんな利益があるのでしょうか? 気持ちが良い? 全てを放棄してしまう心地は、途轍もなく、よろしい……? もしかしてあなた、わたしを莫迦にしているの? 締約の為だ。結んだ紐を引き千切る行為など、冒涜的な行為など――頑固な頭蓋が赦さない。
衝撃的だった。人の文化が齎す嬉々こそを、阿修羅が如何して知り得よう。
得難かった人々の娯楽こそ、嗚呼、護るべき日常なのではないか。
笑え――嗤え――咲い飛ばしてしまえば、嘲笑など、あらゆる困難の前には塵に等しい。異物を退けるかの如くに、恐怖を愉しむかの如くに、跳梁、跋扈するが儘に爛々と肉を成す。精神の敗北が――狂気への甘受が――死に繋がる事態とは、己を保つ良い修練になりそうだ。そうともオマエ、それこそ、狂乱めいた出自から落ちた者、易々と堕ちていては地獄とやらに示しがつかない。羅睺機の操者として、呆気なく折れてはいられんのだ……。そうでなければ、呵々と成さねば、こいつによって殺されてしまうからな。ハッハッハッ! 膨大な生命力によって滂沱される末路、この道に立って後、覚悟くらいは出来ていた。開け……開け、頭を開いて、偽りの神からの脱却を……。神? 神だと? それも、偽りの神と来たか。いや、残念だが――そういう『もの』には興味がなくてだな。渇くことも餓えることもなく、只、最果てが知りたいだけの脳髄。俺の、狂気への狂気的な心構え。その頑丈さを今こそ試すとしよう……! まるで酩酊者の列だ。矛盾しているかの如くに整っている。
情念だ。圧倒的なまでの愛情表現だ。されど独りよがり、縋っているものの思考すらも己の欲に従わせる。……度し難い。度し難いが、人間的で、嫌いではない。
うむ……! 土足で踏み躙られた廊下、地の這いずりによって叩き落される不快な感覚。この、頭蓋の内を擽ってくるかのような負荷……。やはり、精神の修練とはこうでなくては。常識外れの耐久性だ。これには、きっと奏者もお手上げする他にない。いかんな……つい、楽しんでしまった。本当なら、もう少し味わっていたいものだが……。意識的に切っていた霊的な防護、この、投身するかのような獅子の血の有り様は怪異ですら敬遠するものか。確か、彼方がより『強かった』。発生源はおそらく、いや、確実に人が密集しているところ。ストリートに撒かれた獣の醜態こそを如何にかして叩かねばならない。
第2章 冒険 『*奇妙な現象が起こっている。*』

√能力者――君達が――目にしたのは惨事であった。
人々は既に|頭を開いた《●●●●●》後であり、ひとり、ふたり、と斃れている。スムージーにされた脳味噌がぐったりと、地面に広がっていた。さて、広がっていた|脳味噌《スムージー》なのだが、何故か、びちゃびちゃ、ぴちゃぴちゃと這いずり回っている。君達は直感しても良い。あの脳味噌は――スムージーは――文字の通りなのだ。おそらく、怪異の『力』を元に戻す為の栄養分なのだ。思考の隅っこを、あなた自身を頼りに、舌にのせる。
君達がすべきこと。それは脳味噌をきれいサッパリ無くす事だ。
或いは君達自身の脳味噌を贄として――怪異の思考を乱す事である。
清掃は√汎神解剖機関において重要なもの、そうだろう?
強烈なめまいの所為で嘔吐するかとも思ったが、その代わりだ。
代わりにしてしまった所為で、より、症状は重くなる。
圧し掛かってきた頭部、玩具箱へと転落しそうだ。
人間よりも神様の方が幾らか、お約束事というものに執心しているのかもしれない。目の玉がぐりんと、ぎゅるんと、横長になってしまったオマエ、何度目かのぐるりをやってみせた。脳味噌だ。それも、たくさんぶち撒けられた、晒されたスムージーだ。スムージーの大渦が孕もうとしているのは常識外れの儀式である。そうとも儀式。他の神、怪異に捧げられた汁気を如何して貪食する事ができよう。ぴちぴちと、食欲旺盛であろうオマエは珍しく『観察』に徹していた。まったくお上品――カトラリーを忘れてしまった貴族のような。
しかし、嗚呼、それにしても。此方が冒涜していないから、此方が傍観しているから、それを無視して、ナンセンスにして、勝手に食事を始めると謂うのは如何な沙汰か。こうも冒涜的にさせられてしまっては、我慢するのにも限度というものがある。そう、まるで、いつの日にか起きた依代との投身を彷彿とさせる――赦してなるものか。嗚呼、許してあげるものか。ぬるりと、腸のようにこぼれたオマエの触腕。ビタビタ、ビタビタ、俎板の上の鯉を嘲笑うかの如くに――不届き者への嫌がらせを決行せよ。
ぷっくりと膨れた器官、不吉の象徴としての黒。
ご馳走だ。ご馳走だという事くらいは、この依代の内側に存在していても把握できる。そうだ。オマエにとっての『ごちそう』の儘で、不届き者にとっての『如何物』とするのは如何に。烏賊ではないが蛸らしく、神らしく、怪異らしく――蛸墨とやらで冒してやれ。使い物にならない、おいしいだけのスムージーの完成だ。スパゲッティの絡み具合としても上出来だ。ぐてり、身体が……依代がひどく重たくなった。怠いと脳髄が訴えてくる。どくん、どくん、脈動していて、やかましい。
構うものか。二本の足で支えられなくなったところで、八本の腕がある。
致命的ではないのだ。
贄になるには、先がつかえているので、貴方にまで回す余裕はないのです。
牧場でのびのびと暮らす牛のように|脳《ひと》はその時を迎える。
箱の中に詰め込まれた無数の猫、充満する毒物の有無についてはおそらく、たとえ神様で在ろうとも観測する事など出来ない。掃除……? 嗚呼、掃除だ。汎神解剖機関の職員であれば隠語として『掃除』の二文字を使うだろう。だが、その言の葉はあまりにも命を大切にしていないのではないだろうか。そこまで狂ってしまうのであれば、いっそ、生命の色とやらに触れてしまった方がマシなのかもしれない。いや、埋葬がしたいです。死者の冒涜……死後の冒涜は……僕は、認めることが……できないから……。スカベンジャーどもに伝えてやるといい。グールどもに教えてやるといい。人間の精神と謂うものは一筋縄ではいかないのだと。ああ、しかし、死は『死』だ。怪異の養分には成るだろうが、回復するとは考えられ――待って――? まったく何方が冒涜的なのか、それを思い付いてしまうとは、能力者……。
脳味噌は呼吸をしない。それこそ、スムージーにされた脳味噌、魂など欠片として残されていない。ならば脳味噌は……スムージーは……アレは「無機物」なのではないだろうか。ぞくりと、オマエの背中を這い回っている冷や汗。これ以上進んでしまっては、まるで、黄泉の食物に接吻するかのような、禁忌的な沙汰に首を突っ込む破目に成るのではないか。元に戻せるのではないか? 元のカタチにくらいなら、戻せるのではないか。ああ、こんな使い方をした者がかつて『存在した』だろうか。わからない。わからないし、仮に直せたとしても、回収するという別の仕事が発生するけど……。
カレーのように混沌としている現状、如何にして国を産むべきか。
後悔してはいけない。いいや、やらない後悔よりも、やって後悔してしまいたい。柘榴の芳醇さが舞い上がった。蠢いていた彼等が、彼女等が、異質さを忘れたかの如くに――空隙やら、皺やらを戴く事と成った。祈りは届いた。届いてしまった。ぷるんと美味しそうな、頭部のサイズのそれ……。僕には、拾う事しか、できませんが。
十分だ。一苦労する価値はあった筈だ。
宙、浮かんでいたインビジブル。
邪悪さに染まることなく、何処かへ、彼方へと、喪失した。
お化粧すること、叶わない。
棺すらも用意されず、飯の種として嘲笑された。
致命的なお話だ――手遅れの三文字が相応なお戯れだ――故に、この程度の惨劇であれば容易に想像がつく。いや、想像が付いていたからと謂って、普通、常識的な人物であれば嘔吐のひとつだって『する』筈だ。されど、嗚呼、√能力者、君達の脳髄からすればこの沙汰、日常茶飯事とやらに密接している。うーん、遅かったみたいね。こうなったらアタシにはどうしようもないかしら。如何しようもない、一言だけで片付けられる所以は、おそらくオマエの興味とやらの所為だ。何せオマエの興味は只のひとつ、あの、可愛い可愛い、目に入れても痛くない義妹だけにしか『ない』のだから――おとなしく、成仏のお手伝いをしてあげるくらいかしらね。おお、清掃! オマエの精神にこそ『清掃』の響きはやってくる。
脳味噌を木っ端微塵にしてやれ。スムージー状態となった彼等を、彼女等を、食い物ではなくしてしまえ。ああ、それにしても、人身事故。電車で飛び込みとか片付ける人って大変よねぇ。自殺か他殺かの違いだが似たような有り様だ。そんな手間を省いてあげるアタシ優しい。脳震盪に|脳震盪《シェイカー》を重ねて何秒後か。最早、散り散りとなった思考回路は宙を舞う魚類へと至る――え、犠牲者の皆さんに謂うこと?
うーん……。悩まない。悩んでなどいない。なんとなく、間を埋めようとしているだけ。運が悪かったわね、来世に期待ってことで。元凶はぶん殴っとくからおとなしく成仏してね。√能力者も簒奪者も基本的には死なないし、死ねない。故にこそインビジブルは――邪悪とやらに誘われ易い。化けて出たら、アンタが、アタシにぶっ飛ばされるかもしれないからオススメはしないわよ。それじゃあね。バイバイだ。ひどく呆気ないサヨウナラだ。
ああ……望むなら、身体も木っ端微塵にしてあげるけど。不意に頭を殴られたかのようなイメージ。木っ端微塵の方がマシだった。誰の身体が真っ二つにされている……? ……遺族的には身体くらい残っててほしいかな、と……思ったから……。
気が変わりそうだ。
反吐が出るほどの悪だ。
悪徳が肉を得たのかと想うほどに、思うほどに、わかりやすい。
わかりやすいから、正義側として十分に模倣が出来そうだ。
結局のところ簒奪者は――手段を選ばない連中は――目的さえも見失っているに違いない。何度も、何度も、同じ事を繰り返して、反芻して、その甘ったるい部分だけを啜る。まるで他√に対しての寄生行為。いや、簒奪者の中でも、特に『怪異』の類どもは自身の√の民に対しても寄生しているのだ。カタツムリを餌食とするレインボーなワーム、悪趣味で外道、非常識な輩には相応な罰を与えねばならない。見た目からしてやな感じー。こーゆーのは燃やすのが一番! つまりは火葬こそが正解、埋めるよりかは楽な方法だろうか。だが、しかし、誰が如何してそのような施設を用意できる。……火の用意はないからなー。手持ちのアイテムで使えそーなのは……? 仮面だろうか霊験あらたかな剣だろうか。ぺらり、ひとつを捲ったとして、果たして全てを灰燼と帰せるのか、否か。呪符は流石に効率悪いかなー。まぁ、熱処理すれば結果は同じと信じて! 何を持ち込んできたのかと謂えば別√の――√ウォーゾーンの――決戦気象兵器だ。怪異も……災厄も、この破壊力の前では人の肉に等しい。レーザー射撃で焼いていくですよー。猫の手も借りたい現状、より高火力で破壊的な『もの』を揮う他ない。容易な事だ。単純明快だ。焦げ肉を誰がおいしくいただけよう。
焦げた肉だって? 細胞のひとつも見当たらない。
追加でエンチャントしたのは――貼り付けたのは――悉くの呪符だ。お呪いが発揮したのは『火気』そのものであり、威力の減少とやらをひっくり返す。これも内勁とゆーか仙術のちょっとした応用ですにゃ。ちょっとした事で反転する趨勢、神威は神意に成れず、只、音だけが響く不快程度とされた。塵も残してやらないっぽい! あ、でも、被害者へのお祈りは忘れてないよ。ちゃんと黒幕倒して証明するですにゃ。
火と硫黄――あの悪徳に、教えてやらねばならない。
慾の坩堝として顕現した音となれば、これを燃やさねばならない。
常識とやらを踏んづける冒涜者には真っ黒い口上を。
――天使みたいなことをしてるんだな。
大前提――神の類に――怪異の類に――上位者を気取っている輩に、理を求めてはいけない。反吐が出る事を平然とした顔で行い、それを悦ぶからこその人間臭い化け物と謂えよう。……品性の欠片も無いですね。何方かといえば、あなたの脳味噌こそ、開いて洗い流すべきでしょう。掃除を命じられたのだ。お片付けを命じられたのだ。やれ、と謂われたならば『やる』しかない。まったく癪な話だけれども、この世の中には救いようのない沙汰と謂うものもある。まぁ……やりますか。竜漿を湛えた箒も、まさか、このような掃除をする羽目になるとは思っていなかっただろう。びちゃりと粘着したものを、ぬちゃりと嗤ったスムージーを如何にかして一箇所に集めていく。ふぅ……雑巾とかの方が楽だったのかもしれないですね。淡々と、ああ、淡々と。まるで、情など無いのかと思われるほどに淡々と。作業は最終段階へとようやく登るか。あとは焼きゃ……いいえ。火葬ですね。磔にされた脳味噌たちの悲鳴が聞こえる。何もかもは妄想だ。あの楽曲の所為で涌いた、不可視の絶望だ。
棺はない。
悔やみの言の葉ではなく、祈りを――破壊の炎がゆっくりと拡がり、スムージーだけではなく|死体《がらんどう》も巻き込んだ。ひとつ、ひとつが塵へと失せる度、復活は最早要らないと彼等、彼女等が嘆く。こんなにも、こんなにも痛い思いを、苦しい思いをするのなら――戻ってくる事などない筈だ。ふと、空を見上げれば無数の光線。未だ転がっている犠牲者を天国篇へと導くかの如くに。おや……あれは……露木さん……?
知り合いがいたのであれば合流するのに丁度良い頃合いか。
オマエも同じく証明しなくてはならない。
――石を投げているのは罪人だけだ。
死体を糧として咲く花、その妖艶さ。
光が――眩んでしまうほど。
便利な便利な乗り物が――CCが――聖なる光が停止した。すん、と、最初に鼻腔を抜けたのは、貫いたのは嗅ぎ慣れたひとつのものであった。……ついたの? そう、善い子ね、お前。何も見えないけれど、何も聞こえないけれど、他の感覚は残っているもの。うん、ついてるよ! ぼく、転ばずにちゃんと走れたよ! でも、玉蓮は今、見る事も聞く事もできないんだっけ? あ、その前に降ろすからね! ぺたりと靴裏が、足の裏が『地面』についた。足を左右に動かしたならばべたつく心地、いいや、失態を晒す事はないが滑り気の地獄。そう……この、舌の上に乗っている甘ったるさは、ケーキに似ているこれは……脳味噌ね。すごいや! やっぱり玉蓮は物知りだなぁ。真実は明らかとなった。いや、真実と謂うものは見なくても、聞かなくても、わかってしまうものだが、治癒のおまけとしては上物である。……CC、光が漏れているね。その光、脳味噌に中ってしまうかもしれないわ。脳味噌は欠片として反応を示さない。いや、考え方によっては元に戻っていたのかもしれないが、はて、さて――あれ? 脳みそってぴちぴち跳ねたりしないの? なあんだ。つまんないの。
……ぐらり。失態を晒すつもりはなかった。なかったのだが、如何にも足元が不安定でたまらない。……玉蓮! ぎゅっと、ぎゅっと、貴女の手を取った。ぐい、と引っ張る事で転倒を如何にか回避する。大丈夫……? ああ、お姫様を最後までエスコートするのが王子様の役目だ。ぼくの役目だ。俺の役目だ。この役目を、誰かに掻っ攫われたら、いけない。CC……良かったわ。お前が居てくれて本当に良かった。でも……アタシ、イヤよ。お掃除なんてイヤ。でも、アタシの脳味噌をあげるのはもっとイヤ。不意に始まったイヤイヤ期だ。そうだよね。ぼくも、玉蓮の脳みそ、あんなのになんか渡したくないよ。……火車を呼びつけましょ。ほら、あの時みたいに、ぺちゃんこにするのよ。ぺちゃんこ! ぼく、またぺちゃんこにできたら面白いって思ってたんだよね。
お前の好きな死体がごろごろと転がっているの。
猫又がやってきた。猫又使いの荒いご主人様とやらの為に、しっかりとスムージーを回収していく。この爆走は望外を極めてはいたが、しかし、バラバラが過ぎて面倒臭い。あら……猫又でも回収しきれない量なのね。だったら……。屍のお掃除は屍に任せるのが宜しい。朽ちゆく異形の群れが朽ちたものを啜る有り様……グロテスクさ……カニバリズムの火種。CC、綺麗な上澄みを掬って頂戴。アタシたちも三時のオヤツ……惨事のオヤツを楽しみましょう。……え? ほんとう? おやつの時間? うん、しよう!
コンクリートに触れていない、埃を被っていない、具合の良いスムージーを両手で掬う。包み込んでやって、ほんの僅か、味見だけはしておこうか。あまったるいや。玉蓮の言うことに間違いはない。間違いはないのだから、これはとっても美味しいものだ。はい、玉蓮。おやつをどうぞ。なかなか、悪くはない。
メインディッシュを捌きに行け、肚はまったく満ちていない。
同胞へと、友人へと、慈しみの雨を齎す。
すりへった正気に蜜を含ませ、逝くべき道を示してあげよう。
邪悪の連鎖を断ち切らなければならない。
口腔――上顎――貼り付いたメロン味が、キャラメルが、諦めを知らないオマエが、べったりと訴えてくる。強烈なまでの、強大なまでの悪心が、邪悪な獣性の如くに臭ってみせた。目の前だ。目の前、広がっている惨状こそが現実だ。何者かは三時のオヤツだと表現していたが、成程、まったく惨事でしかない。間に合わなかった……何も、出来なかった。最悪だ。さいあくがすぎる。星詠みは確かに『手遅れ』と口にしてはいたが、まさか、此処までの手遅れとは想定外だ。こんな……こんな、わけわかんないことに、ひとの命を使うなよ……! 崇高な想いがあったとしても、普通、やらない。崇高な想いとやらがあるならば、もっと上品にやるはずだ。これは最早、テロだ。テロリストのやり方だ。しかも、教唆する側の手口である。ああ、眩暈。暴力的なまでの眩暈に囚われたが、それでも、揮うしかない。
ぐっと、こらえた。前を見て進め。進むしかない。
進む事しかしらない。
能力者になって色々見てきた。こういう現場での耐性だって、きっと、付いてきていた筈。だと謂うのに――こんなにも――度し難さに蝕まれた事はなかった。きっつい……。ごくりと、酸っぱいものを流し込みながら友好的な彼等に指示を送る。空へと、宙へと、攫われたスムージーは如何様な消失に抱かれるか。……こぼれている。持ち帰ろうとしたところで、幾つか、こぼれている。花のような痣によって、燃やし尽くすしか方法を思いつかない。……彼等は、彼女等は、ちゃんと|彼岸《むこう》に行けるのだろうか。脳髄に染み込んだ疑問を祈りによって拭い取る。操られてただけで、狂わされてただけで、死にたかった人なんていないだろうに。ほんとに掃除しなくちゃいけないのは、ほんとに解体しなきゃならないのは、この人たちをこんな風にした黒幕だ。
幕こそを開けよ――解脱の強制を打ち砕く為に。
聖なる哉、聖なる哉、英霊は唇を結び、只、死者へと慈愛をおとす。
ぬくもりにあふれた抱擁が、骸を、魂を謳い、煉獄や地獄を遠退ける。
――オマエの眼には何が映っている。羨望か、或いは苛立ちか。
理解者の数こそが剣だ。精神の良し悪しこそが盾だ。
ご馳走だ――嗚呼、ご馳走だ――文字の通りに、神秘とやらが詰まりに詰まったご馳走だ。皺くちゃな部分にカトラリーを通したのならば糸を引き、それを、ぐちゃぐちゃにして終えばたっぷりのスムージー。焦らしてくれるご馳走への感謝、いいや、怪異は感謝などとは無縁である。……毎日二人の脳を喰らうのは何処の偏食家だったか。思い出そうとしても名前は浮かばない。名前は浮かばないが、しかし、その食事風景とやらはヤケに鮮明だ。踊り食いなら器に戻す目もあるかもしれませんが……。ある筈がない。そもそも、ちゃんと完食するのか如何かも不明なのだ。これは『まずい』と道端に捨ててくる可能性だって考えられる。さて、異なるアプローチを試みるなら、燃やさずに『やる』なら、頃合いでしょうか。たとえば投身の大行列、足跡すらも失くした鬼面像への狂信。信仰には信仰で、お迎えしましょうか。ああ、繋げ。記憶と記録、その狭間に乱立する嘗ての正義の影……。正しい処置をさせると好い。
神に依って――邪悪な存在に依って――汚染された都市を浄化した彼等の召喚。それが成したのは、そうとも、オマエが想像していた以上の光ではあった。おお、洪水だ。光そのものが洪水となって穢れや狂気、スムージーだった『もの』を溺死させていく。救済だ。肉や骨や血はもちろん、魂の隅々にまで至るほどの救済だ。そうして、彼等の祈りの言の葉が逝くべき道を照らしていく。……僕は、これらを、知っています。何もかもは、精神に刻み込まれた既知。ですが……後学の為にも一部始終を見届けておきましょう。消化不良を起こさないのが善い化け物の条件だ。正義の味方らしく覚えておくのがよろしい。さて……片付けは終わりでしょうか。そろそろ、黒幕も貌を出してくれるでしょう。周囲の警戒を……? 眼を開く必要などない。何故ならば、音はより、強く、強く……! 高潔さに叩きつけられたのは毒物だ。政敵による謀殺、まさしく、このようなザマだったに違いない。
第3章 ボス戦 『人間災厄『グノシエンヌ』』

音が大きくなった。
音が広がった。
音が波打ち、似たような沙汰を反芻した。
あーあ、きみたち、どうして、ぼくの食事を邪魔するんだい? せっかく、ぼくがここまで『すえぜん』をしてやったのにさ。きみたち、頭を開こうとしないなんてね。
黒幕は――人間災厄「グノシエンヌ」は――お子様のように、邪気をたっぷりに言の葉を散らかしてみせた。外見だけを知ったならば、大きく、魅力的な女。だが、如何だ。アレが内包しているのは――只の狂ったメモ書きだ。
仕方ないな。きみたち、ぼくの演奏を聞きたかったんだろ? 聴きたいんなら、そこでおとなしく傾聴していればいいのさ。ほら……頭を開いて……。
まごついている暇はない。
|造物主《デミウルゴス》の戯言を拒絶せよ。
削り取られた頬の肉、べとりと嗤笑した吸盤。
餌はオマエだ。オマエこそが餌だ。
それも、上等ではない餌なのだ。
聖なる哉、聖なる哉――聖なる夜に流れて往く、橇のように流れて往くキャロルは如何様な冒涜性に変容するのか。何度貌を変えようとも、何度カタチを変えようとも、神が神で在る事に変わりはない。ずるずる、ぺたぺた。|依代《八手・真人》を引き摺っている蛸神様はようやく『音』の調子に気が付いた。……きみ、なんだいその脳味噌は。まるで脳味噌をしていないじゃないか。ぼくの前で脳味噌を騙るなら、せめて、格好くらいはちゃんとしてくれよ。何を謂っているのかは判らないが、理解しようともしていないが、兎にも角にも、敵の啼き声だけは知っている。やる気十分なご様子ではないか。何せ、大事な大事な依代に対しての暴力行為――これを『して』いいのは己だけか。うんともすんとも謂わないな。なあ、おい、聞こえてるんだろ? ぼくは寛容だけれども、きみ、ムカついてくるな……。ムカムカしているのは此方だと、苛々しているのは此方だと表現してやれ。ぐったりと重たい依代をまるっと包み込み、呑み込む、ああ、何もかもの反転だ。反転したところで蛸神様、自由気儘とやらを踊らせてみた。はあ……? その程度の神性でぼくとやろうって謂うのか? まったく、ふざけてるよ。ふざけているのは何方か、じっくりと教えてやると好い。……依代の健康状態? いやいや、大義に殉じる事ができて、喜んでくれているに違いない。
幻影だ。幻影の鍵盤から放たれた第二番。外出するなと、驕り昂るなと、実にブーメランな音波が場を満たす。蛸神様はその攻撃を――連撃的な代物を――躱そうともしなかった。なんだ。きみも頭を開こうとしているんじゃないか。だったら、おとなしく……? な、なぜ……どうして、動けるんだ……? 簡単な事だ。神を殺すのであれば相応の力を揮わなければならないと謂うこと。ああ、青々とした海の底、心臓を抉られようとも、頭部を潰されようとも――何回かは問題なく、触腕を謳わせる事ができた。だ、だけど……きみ、そんな腕じゃあ、家から一歩も出れや……っ……? 幻影が掻き消えると同時に「グノシエンヌ」、その豊満な身体が渦に囚われる。これは……空間に干渉して……! ぎゅうと締め付けられた人間災厄、上位者気取りの末路のひとつとして――イーヴィル・ハットはお似合いか。
独断と偏見、それこそが人間災厄の武器であり、弱点であった。
世界の片隅で――思考の末端で――前菜の味わい方とやらを、何度も何度も改めていた。湛えていた感情は最早マイナスの方向にしか在らず、言の葉にするならば未曾有の恐怖か。貴女が……貴女様が、|偽の神様《ヤルダバオート》……? それとも……神様擬き? ぼくが神様にでも視えたのか? そうまでして神格化したって、きみは常識に執着をしているんだろう? キラキラと煌めいた幻影、鍵盤ひとつひとつが十色の音を発生させ、古典的な戯言を垂れ流す。……また、音楽に頼ってる……。頼る? ぼくが? 音楽に……? 何を宣うのかと思えば、きみ、きみだって、ひとつやふたつ、縋っているものだってあるだろうに……。神様なんて信じていない。仏様なんて信じていない。信じていないのだから、正直、如何でも良い会話なのだろうけども。罪のない人を殺す事は……赦さない……! おいおい、熱くなるなよな。そんなに火照ったなら、ぼくが抱いてもいいんだぜ……? ぶちりと。何かが千切れた。ぶわりと。何かが熱を帯びた。……貴女様も、死んで、くださいな? 頭皮をめくって、頭蓋を開き、中身をしっかりと取り除く。迷える子羊による報復は果たして上手にできるのか否か。これではまるで魔王だ。魔王のような掻っ攫いだ。
近距離だろうと遠距離だろうと変わらない、グノシエンヌ第一番。背を這うべくして作られたレーザーの鞭が|舌《ぜつ》の代わりとして狂い出す。……おいで。うっわ、なんだよそれ。かわいくないな……。召喚した羅鱶に対しての唐突な悪態。……僕を守って、ね。大丈夫、あんな『の』の言葉に乗せられたり、しない、から……。狂って死ぬ事はない筈だ。耐性はバッチリと鍛えられている。……くそ。くそっ。きみ、ぼくじゃない何かに、唾を付けられてないかな……? 唾……? 貴女様は、うちの店長様より、質が悪くないようですから……っ! 常識からの脱却はとっくの昔に出来ていた。自然的ではなく超自然的に、只、宇宙的なまでに――より上から――未曾有として。構えよ、タロットカード。ぺらりと捲ったその絵柄は――隠者の逆位置――お似合いだよ……貴女様。
むかつく……! むかつく……!
前頭葉を貫いてやれ、道徳など皺ひとつとして無かったが。
肉の行方など知らず、守護霊、心配で成仏も出来やしない。
頭を開けと――脳味噌をスムージーにせよと――人間災厄「グノシエンヌ」は姉妹みたいに執拗く迫ってきた。たとえば、悪魔のように、獣の数字の如くに、玩具箱をひっくり返すだけの凶暴であれば流す事も容易だったか。……なんかムシャクシャするわ。思い出せそうで思い出せない感じ。ノックをされても、強打されても、息絶えても、決して戻ってこないであろう幾つかの記憶。これが果肉や果汁の類なのであれば、嗚呼、甘ったるい馳走の一部とも考えられる。何で邪魔するかって? アンタが邪魔で、何より、気に食わないからよ。頭を開きたかったら、スムージーを飲みたかったら、自分の開いて、自分の食べて、死んでちょうだい。……なんでかな。なんで、今日に限って、食べかけのばっかり来るんだい。丁寧だった音が、繊細だった音が、運命に倒されたのかと思うくらいに爆音となった。あー、もう、うるさいわね。でも、おあいにくさま。|義妹《サーシャ》のピアノなら兎も角、アンタのなんて欠片も興味がないの。だまれ……黙れ、黙れ! 黙って、きみはもっと、解放されてなくちゃあいけないんだ。そうだ。ぼくがきみのことを優しく、弄ってやるって言ったら、どうかな……。洗脳が齎してくれた精神抵抗。その頑固さを打ち砕かんとして囁かれた甘い甘い腐敗。だからアンタは偽物なの、良い? 莫迦も休み休み言いなさい。怒りが頂点に達したところで何者かの到来、人のカタチをしている|それ《インビジブル》は何処か懐かしいようで、見た事も、触れた事もない……。
ん……? アンタか。また、力を貸してくれるの? まるで寝取られたかのような想いだ。誰が『それ』を抱いているのかは最早、不明の領域に到達してはいるが、死人に口なしを真とするのみ。ありがとね、それじゃ、いっしょに吹っ飛ばしましょっ……! 馬鹿にしたな。ぼくのことを莫迦にしたな。許さない。赦さない。ゆるせない……。赦せないのはアタシの方。アンタはアタシの|義妹《いもうと》を侮辱したの。わかってる……? 言の葉よりも素早くグノシエンヌへと肉薄したオマエ。|頭蓋《ふた》諸共に中身を木っ端微塵にしてやると宜しい。アンタは一度死んでも、二度殺しても、足りないほどにはムシャクシャさせてくれたのよ。次、また会った時は――殺す程度では終わらない。
因果応報――目には目を歯には歯を――塵は塵に。
狩られるのは何方か、嗚呼、印など要らない。
鬱々とした奈落の底にて、焼け野原、スムージーの群れの無念だけが溢れている。あふれ、こぼれた『おもい』を如何にかして掬ってやりたいが、救ってみせたいが、その前に、やるべき沙汰が浮かび上がる。人語を操るだけの害獣ですか……獣の数字、と、人間を表現することはありますが、あれは、表現するだけではダメそうですね。駆除して終うのが道理です。なんだって、むしゃくしゃする科白を口にしてくれるね。きみ、ぼくを嘘吐き呼ばわりするつもりかい? 嘘吐きでしょうか。あなたは、獣ですので、嘘を吐く事も出来ないのではありませんか? 淡々と突き刺した言の葉は『合流』の為の時間稼ぎだ。時間を稼げば稼ぐほど『共闘』する時間が増えていく。きみ、頭が固いってよく謂われないか? だったら、今すぐにでも頭を開いた方が良いよ……。開きたいなら貴女自身のを開いてください。……はわー、廓さんなのにゃ! 偶然だけどナイスでグッドなタイミングなのです! 露木さん、偶然ですね。偶然のついでで申し訳ありませんが、これから一緒に『あれ』を蹂躙してくれますか。阿吽の二文字だ。あ、うんと呼吸する間もなく質と数を欲張っていけ。
距離が離れていたのを『埋める』為に、まず行ったのは決戦気象兵器による支援射撃だ。相手はおそらく遠距離、中距離の√能力を得意としている。ならば、ああ、死角とやらを無理やり捻じ込んでやればよろしい。アシスタントAI君もなかなか、わかっているっぽい! ……楽土を気取るには些か品が足りませんね。芸術家のセンスは大衆に迎合しないものが多いといいますが……さて……。抉り込むようにして突き刺したナイフ。ぼ……ぼくの、ぼくの腕に……なんてことを……! ピカソの青の時代のようなものならまだしも、これはただの害悪でしかなく、芸術以前のものですよ……? まるで自ら爆弾を落とし、それを嘆くかのようなマッチ・ポンプ。此処までの反吐に遭遇するとは、忌々しくて仕方がない。
きみ……きみだけは、きみだけは絶対に、生かして帰さない……! 廓さん、選手交代ですにゃー! 連携の精度を高める為に、間合いを合わせる意味でも『無手』で挑んだのは正解だった。ガムシャラに放たれたのは鍵盤を打っ叩く『肘』からの音。するりと身体を滑り込ませたのであれば――ライフで受ける構え。痛いものは痛いですにゃー。でも。おかげで、反撃することができるのにゃ! 握り拳による頭蓋の陥没だ。べこ、と、人間災厄「グノシエンヌ」の|脳味噌《しこう》が無様に啼いた。へ……?
理にかなった攻撃、流石です。流石ですけど……露木さん、今度は、自分を大切にしてくださいね。好機に重なった好機――陥没したところに追い打ちを仕掛け、そのまま、押し倒す。倒れたならば斃れるまで、息絶えるまで、|乾坤一擲《ナックルレイン》を決めると好い。……開く必要はありませんね。もれてる、もれてるですよ。
自覚はしている。翼の模様を誇っていた。
英雄を――正義の味方を――殺す事など簡単だ。大言壮語だと嗤う者も存在するかもしれないが、現に、我々は容易に『連中』を屠ってきた。勿論、真の意味での『死』ではない。そう。連中の精神を蹂躙する為には、先ず、血縁者や友達を狙うのだ。そんな外道を、そんな邪道を、情け容赦なくやってのけたのは何時かの同僚だ。しかし、ああ、同僚も今ではしっかりと屍をしているのかもしれない。兎も角……。ああ、良いね。痛い目に遭わせなさいと、殺すだけでは物足りないと、脳が云う。謳う襞の……皺の雀躍の具合はまさしく怪人の細胞のソレか。何かが思考にちらついてようやく、目の前の『演奏』に意識を向けた。わたくしとて音楽には心得が有るとも……もっとも、ここからでは届きもしないがね。まったく客席が遠すぎるのではないか。√を挟んでのマスクド・ヒーロー、元幹部怪人としての余裕とやらはしっかりと湛えられている。いや、聞こえはしないが、確かに受け取るさ。わたくしにはその権利があり、しかし、義務はない。義務はなくても、成程、タダ聞きは失礼だ。おお、悪の美学。美学の『び』の字もしらない女に教えてやれ。最初に仕掛けるべきは混沌なのだと。チケットの代わりを差し上げよう。なぁに、ちょっとした挨拶だ。
ねえ、ぼくはこんな客、望んでないんだけど? 人間災厄「グノシエンヌ」が視認したのはスワンプマン、暴力的なまでに大量発生した|戦闘員《ざこ》だ。一体一体が奇声を散らかしながら各々の得物を手に獲物へと集らんとする。ふざけるなよ、きみたちはさっさと退場してくれ。ぼくの……|グノシエンヌ《ぼく》を聞く姿勢がなってない。最初の内は捌けていた。裁かれてしまった戦闘員数名が己の頭を開いて、スムージーを地に叩きつけている。……彼らがどれだけの数発狂するか? 知った事ではない。正義の味方気取りどもに蹴散らされるよりはマシだ。それに……所詮、あれらは仮初の命。……なんだこれ。まっず! とても食えたもんじゃないよ! 味見をしたグノシエンヌのペッペ、それが押し寄せる隙となった。ちょ……ちょっと待て。まだ、口直しもしてないってのに……!
仮初の命にも響くとは、いやはや、ヤルダバオートとは言い得て妙。
拍手喝采を送ろうじゃないか!
――汚い鳴き声をしやがって――。
脳髄が潰れ、拉げてしまいそうな状況だ。
たらふく喰らってしまったが、壊れるのだけは我慢せよ。
恐怖や狂気に中てられ、目を回すのは後にでも可能なのだ。
間の抜けたリコーダーが恥辱にまみれた。塞ぎようのない穴の数々、何度も、何度も、指の先を伸ばした記憶だ。そうか……お前が……人間くさい、女みたいなお前が……ぜんぶの原因か。身長だけで見たならばオマエと殆ど変わらないだろうか。肉付きのたいへんよろしい女体が、その舌を利用してスムージーを舐っていく。誰が演奏を聞きたいなんて言った? 誰が頭を開きたいって言った? 俺は音楽なんてさっぱりでさ、学校での成績もよくなかったし、家でもあんまり聞いてなかったけど……コレが「あっちゃいけないモノ」だってのくらいは、わかる。おいおい、ぼくの話を、|グノシエンヌ《ぼく》を知らないってのか。また随分と時代旧れな、何も知らないオコサマもいたもんだね……。何言ってんの? お前の方が時代旧れだろうし、それに、お前なんかに開く頭も心も、持ち合わせたりしてないんだよ! ぎろりと、じろりと、じっとりとした視線に視線を重ねる。逃げない。逃げてたまるものか。諦めない。諦める事など出来ない。落ちるかのように、落とすかのように、身体を前へ、前へ、前へ。なんだ? ぼくを前にしてもう気でも狂ったのかい? 毒を呑み乾してでも、甘味を腐らせてでも、確実に――邪悪な簒奪者を葬らなければならない。
考えなしのきみにはお似合いな末路だよ。強烈な音波が、強大な連打が、オマエの脳髄をシェイクしていく。痛みの類は殆ど覚えなかったが、この苦しみは、この狂いは――途轍もない恐怖として積もるだろう。だが、構うものか。たとえ己の生命を、精神を、悉く冒涜されようとも蓄える事だけは止めないし、止められない。俺は、前を向くんだ。前に進むんだ。……腹立つなぁ! 諦めの悪い人間、ほんっとうに、めんどくせ! 青色の橘がおどる時、滂沱、膨大な威力の反撃がグノシエンヌを拒絶した。
だれが……だれが! 大人しく耳なんか傾けてやるもんか!
閉幕だ。アンコールはない。
邪悪に屈する事なく、世の為人の為、自己を犠牲にしてまで祈り続けた者の勇姿、脳裡にしっかりと焼き付けたか。救うべき者は無く、聖者の出番は終わり、残るは討つべき怪異……晒すべき臓腑のみ。ああ、相手は簒奪者だ。それも、人間のように悪辣な簒奪者だ。次は……復讐者に倣うとしましょう。ええ、丁度、犠牲も出ていた事ですし。……きみ、正義の味方ごっこは愉しいのかい? いや、違うな。きみにとって『それ』は苦しい事なのではないかい? 問答をしている暇はないと、問答をしたところで水かけだと、沈黙を以て返答とするが良い。はらたつっ! なあ、いい加減、常識から外れなくちゃダメじゃないか! ……常識から外れる? 頭を開くのが貴女の手口でしたか。では、そのように。目には目を、歯には歯を。最早、何度も見てきた、口にしてきた言の葉に現実味をこぼしてやれ。犠牲者の痛みに、怨みに共感し――共鳴し――勇者の魂が義憤に燃える。燃えると同時に底無しの悪性――魔障の封こそ解かれたならば、大罪、憤怒のカタチを明確にする。日も月も星も、貴女のような化け物も、いずれ、沈む。沈むと謂うのならば、今だろうと、明日だろうと同じ事だと思いませんか。きっしょ! きもい! きみ、なんだいそのかっこうは! 八岐大蛇を彷彿とさせる変貌、黄昏を招く翼は果たして不老不死の夢を見るのか、或いは……。
鞭を打たれようとも、光線を撃たれようとも、水銀の流動性を捉える事はできない。貴女の言葉の通りではありませんか。これが、スムージーと、呼ばれる『もの』ですね。打っても撃っても損傷する事のないオマエ、ああ、これにはグノシエンヌも苛立つばかりだ。……インビジブルの捕食は……今回だと不適切でしょうか。除外するとして……。まったく適切なタイミングでの並列処理だ。完全に動きを見切ってしまえば、あとは食い尽くすのみ。貴女のように食わず嫌いではありませんので、欠片も、残さないと、宣言しておきましょう。復讐を果たします……。死因の再現だ。脳髄のカタチをした翼こそが執行者としての振る舞いだ。……まじかよ。脳髄の翼が鍵盤の如くに、ピアノの如くに、勢いよく……。
グノシエンヌの頭部を巻き込む、閉ざされた。
……我ながら程遠いですね。
心理の動きはなぞれた筈ですが。
岩石を破砕するほどの拳だ。
人間災厄の歪だって構わず屠るに違いない。
衝撃的な光景であった。人類の文化や営み――あらゆる軌跡――奇跡を、冒涜するかのような有り様に呆然とする他なかった。先の惨状を前に動く事すらも出来なかった己は、俺のような獣は、やはり未熟者なのだろう。古巣で固まった価値観と、新たな場所で培った倫理観が、ああいう時に互いを喰い合って、足を、頭を、泥濘に縫い留めるのだ。ただの残骸として、ただの肉片として、消し飛ばせれば――どれだけ楽だったか。ぶおん、ぶおんと、風のように嘲笑う第一番~第三番。情けも容赦もしらない、獣よりも醜いなにかの戯言が感傷とやらも舐り取ってくる。それにしても、開け開けと、晒せ晒せと、囀る音が鬱陶しい……。身動きすらできなかったのによく謂うね。きみもぼくも同じようなものだってのに、自分だけ、正気を装えると思うなよ……? ……ぁあ゛……人が柄にもなく感傷に浸っているんだ……。少しは、口を閉じたり、できないのか。……静かにしてもらおう……ッ! 何方が沈黙しているのか。何方が狂暴をしているのか。最早、行方すらも知れない怪物性の顕現。
狂気を以て狂気を穿て、戦士の魂に揺らぎなど要らない。
恐れ知らずの――ドレッドノートの――阿修羅の――血肉を抱擁したのは羅睺であった。イアルダバオスと共に吶喊したオマエは持て余していた『感情』をそのままに能力を発揮させる。獣風情が……狂わせるまでもない気狂いが……ぼくの技巧を破れるとは思うなよ……! 幻想より齎された鞭、鍵盤より放たれた音色が『きたい』を鳴らす。これでぼくの勝ち……? 化身拳に敵はない。いいや、相手を選ばないと謂うべきだ。オマエの技の冴えは決して衰えず、たとえ、精神的に、肉体的に、ダメージを負っていても――この一連の流れと謂うものは覆せない。受け流したのは一本目、二本目の行き先は機体の『手の内』か。ぐい、と、絶対的なまでの膂力、綱引き――バランスその他を持っていかれたグノシエンヌ。くそ……これだからのーきんは……! 籠められた覇気によるモツ貫き――スムージーを作るには材料が僅かであった。
吼えるかの如くに、殴殺だ。
十本ほどの塩気、鉄の味、小さいそれは努力の証だ。
類は友を呼ぶ――脳裡に過ぎったのは、そのような諺であった。蓄えてきた知識に、溜め込んできた狂気に、導かれるかの如くに耳と目、ばっちりと癒えた儘か。逢いたかったわ、お前に。とっても、とっても、逢いたかったの。煩くて、煩くて、蠅のようにやかましくて、お前の頭蓋骨をノックしにきたんだから……。怪異を相手にするならば、人間災厄を相手にするならば、嗚呼、オマエのような人間は不可欠だろう。そのメスの捌きに狂いはなく、狂ってしまうとすれば、それは、怪異側の方だろう。……うっそだろ。きみ、ぼくの好みのタイプじゃないか。今からでもベッドに誘ってやりたいね。いくら音色が美しくとも、いくら見た目が美しくとも、いつまでも頭に響かされちゃ、口説かれちゃ、ただのノイズだわ。迷惑よ、ご近所さん、いいや、お前の場合は不審者ね……。口説かれている。目の前で『俺のもの』が取られそうになっている。ああ、彼女に限って、玉蓮に限って、そんな沙汰はあり得ないだろうけども……ムカムカしてくるのには変わらない。人間災厄? 俺と一緒! 一緒だけれども、おともだちにはなれないね。脳みそを開くのは勿論だけど、俺の玉蓮を『もの』にしようとしているのが、腹立つ。俺の脳みそはいいけど、玉蓮のはダメ! ……ぼくの邪魔をするって謂うのか? この、くそったれなご同輩……! ぎゃあぎゃあ、わあわあ、両手に花と引っ張られている解剖士。……お前のいう通りね、CC。アタシのは駄目だし、偽物の『もの』になるなんて、御免よ。それに、|お前たち《怪異》の頭こそ、アタシにひらかれるべきなのだから。ぼく、開かれたい! 玉蓮になら開かれたい! まさか一人称まで被るなんてね。まあ、いいさ。ぼくはきみとは違って、変態じゃあないんだから!
……ねえ君、君には脳みそあるの? 人間災厄「グノシエンヌ」は快楽を得る為に『肉』を倣っている。その模倣は殆ど完璧であり、成程、アルコーンに相応しい。俺はね。感覚器官は用意したけど脳みそと称せるものがないの。俺という現象に伴った人格を――光を――脳というシステムで疑似的に、贋物として、構築しているだけ。君が脳みそを持つというなら、欲しいな。君が……ヤルダバオートが……どうやって自己を成立させているのか。俺、とっても興味があるよ! ……きみ、ぼくとそんなに変わらないなら、できるだろ。贋作! 贋作! 贋作! 周囲を見渡したって本物など見つけられやしない……!
なあに、CC。お前は脳味噌が欲しいの? それなら、あの子を、あの娘をエスコートなさい。導いて、跪かせて、アタシの元に導いてごらんなさい。生きたまま、綺麗なまま、やさしく……頭をひらいてあげるから。妖艶な言の葉の雫に舌を垂らして、思考をゆだねる。うん! 任せて玉蓮! 上手にエスコートしてみせるよ。でも、ぼくは本当は玉蓮をエスコートしたいんだけどね! 真実だ。真実はいつだって頭の中に存在している。音速ではなく光速――只、ヴェールを剥ぎ取ったかの如くに、膨大な情報を輝かせる。
ぼくは……ぼくは……|俺《●》は……。
彼女の傍に……?
最後の最後で抵抗はした。抵抗を試みたが、精々が、甘噛みする子犬程度だ。あら、暴れちゃ駄目。惡い子の指は全て切り落とされてしまうのよ。善い子になさい。悪い子だったグノシエンヌ――盲目とされるが儘に――まるごと――脳髄を摘出された。
至福でしょう。とっても嬉しいね……あんまり嬉しくないや。
ねえ、玉蓮! 次はぼく! ぼくの番!!!
……CC、まずは脳味噌を移植してからよ。
ヤルダバオートは零落し、からっぽな頭をこすりつける。