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【王権決死戦】星芒は散るか、破滅主義
●√
集結。
それは何かを成すために行われるものであって、徒に集まるものではない。
ということは、だ。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、なるほどと理解した。
「んで、あんたが戻ってきたってだけじゃあ、今、俺達が集まるのはリスキーが過ぎるよな。あるんだろ? こうもEDENの連中にコテンパンにされた俺等が盤面ひっくり返せるような何かが」
彼の言葉に『心と可能性を探求する者』が静かに頷く。
宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』において、中心であったのは言うまでもなく『アンドロスフィンクス』だった。
しかし、それも絶対死によって喪われた。
今ここにあるのは、己たちの計画を邪魔するEDENたちへの憎悪のためであった。少なくとも『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男にとってはそうだ。
他の簒奪者がどうか走らないが。
「気に食わねーんだよな」
彼の苛立ちとは裏腹に『心と可能性を探求する者』が呼びかけると、空間が切り裂かれ、その内側から飛来するものがあった。
数にして十四。
彼はそれを具に把握していた。
「剣……いや、これは」
「……白い劍。清羅は白い劍を追って……気づいたら、異空間に着いてた……」
切り裂かれ、開かれた空間から姿を表したのは、十四の劍だけではなかった。
現れたのは、骸纏ノ姫『清羅』だった。
彼女は語る。
「その、異空間が……『ペンタクルム・ゲート』の中枢……アンちゃんが、開きたかった、扉……」
「白い劍ってのは、王劍『縊匣』か。しかし、これはあれだろ。小王劍ってやつだ。これはアンタが?」
「そう……清羅はゲートを守るために、少しだけ……みんなの分だけ奪ってきたの」
彼女はわずかに申し訳なさそうな顔をしたが、十分と言えば十分な戦果とも言えた。
「いやいや、俺なんかあれだよ? そっこーでボコにされて、戻ってくるだけで成果らしい成果もあげられてねーんだって。誇っていーぜ。んで、やるんだろ?」
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は笑った。
そう、この期に及んでまだ笑ったのだ。
ここが『ペンタクルム・ゲート』の分水嶺。
退路はない。あるのかもしれないが、彼の中にある悪意が膨れ上がっていく。
「……アンちゃんがしたいこと、できなくなっちゃう……」
「なら、やろーぜ。やりつくしてやろーぜ。そんでもって、EDENの連中に一泡吹かせてやろーな。ああ、それがいい。連中が度肝を抜くような、反吐が出るような顔を見てみたい」
彼はそう言って、飛来した小王劍を手にした。
奮える。
そう、震えではなく、奮えたのだ。
殺してやろう。
思う存分に。
悪意のままに――。
●悪意
つまり、話を要約するとこうだ。
王劍『縊匣』は、おそらく『アンドロスフィンクス』の計画が頓挫しかかっていることで、『ペンタクルム・ゲート』に見切りをつけた。
そして王劍『縊匣』にエネルギーが奪われたせいで、『ペンタクルム・ゲート』の本体とも言うべき『5つの扉のある異空間』が、消滅しかかっている。
これを消滅させないことが、まず第一。
方法は単純明快。
「エネルギー源、つまりは大量のペンタクルム・パールが必要になるってことだ。これが消えちまうと、俺等のそもそもの目的も丸潰れってわけだ」
「然り」
手にした『邪剣・禍骨』は肯定する。
簒奪者の男は、ふむ、と頷く。
「んで、こっちね。問題は」
「小王劍。これにより、人間を殺害することで悪意を育てることなくペンタクルム・パールを生成することができよう」
「これまでの苦労は何だったのって感じだよな。いやまあ、なんなら、最初から王劍『縊匣』の小王劍を狙ってた方が早かったまであるんじゃね?」
「詮無きこと」
「左様で。んじゃま、獲物をえり好みしなくて済むってわけだ。つまり」
「数多くを殺せば良い。さすれば、得られん」
「ま、なら、俺等の目的は簡単だ。ぶっ殺して、ぶっ殺して、ぶっ殺す。ついでに、王劍『縊匣』も追いかけて見つけ出すってわけだ。そんでもって、あとのことは、他の連中に任せよっと」
「王劍『縊匣』あらば、簒奪されしエネルギーと王劍が持つインビジブルを組み合わせて完全な形で『ペンタクルム・ゲート』は成就される。これにより、5つの扉で5つの√を絆ぐ望みは果たされよう」
「ハッ、そう簡単に上手く事が運ぶもんかね? いやまあ、そうなんだって言われたら、そうなのかも? って思ってしまうような説得力ある説明どうもね。ま、どっちだっていいや」
簒奪者の男は、やはり酷薄に笑う。
そう、己に大切なことは、多くを殺すこと。
多くの悪意を育てること。
ただそれだけなのだ――。
●星詠み
それは冷たい水面のような青い瞳だった。
黒髪が揺れて、星詠みである鍵宮・ジゼル(人間(√汎神解剖機関)の怪異解剖士・h04513)は、冷静さこそが常であるような平らな表情で集まったEDENたちに呼びかけた。
「お集まりいただき、ありがとうございます。宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』が各地で一般人の襲撃を開始したようです」
彼女の表情は変わらない。
宿敵旅団の簒奪者『邪剣・禍骨』。
これを持つ男は、なんと王劍『縊匣』の小王劍を手にしている。
彼らが如何にしてこれを手にしたのかは不明だが、それにより生み出される被害は甚大なものとなるだろう。
「彼らはこれまでと違い、一般人を殺すことでペンタクルム・パールを生み出しているようです。以前のようにただちに戦闘力が強化されるということはないようですが、ペンタクルム・パールを溜め込むことで何かを利用しようとしているんかも知れません」
彼女はそう告げて、√EDENを示す。
「どうやら、彼は白昼堂々とスクランブル交差点に現れ配下と共に虐殺を開始するようです。目につくものを片端から、です。老若男女問わず、です。この虐殺を止めねば、彼らの目論見を果たさせてしまうことでしょう。そして何よりも、これは……『決死戦』です。Ankerとのつながりの断たれた状態……つまり、絶対死領域にあるのです」
危険性は言うに及ばず、だ。
だが、これを見逃せば、簒奪者たちは虐殺の限りを尽くして、ペンタクルム・パールを生成するだろう。
それを止めねばならない――!
これまでのお話
第1章 冒険 『何者かに追われる一般人』
「見ものだな、これは」
どこを見ても人がいる。
誰も彼もが平穏な今を信じ切ったように、ある種弛緩したよな表情を浮かべたまま行き来している。
スクランブル交差点。
その交差する中央に立つ『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、薄く笑う。
手にした二振りの刃。
それを見た一般人達は、一瞬、ぎょっとしたが、しかし、すぐに『忘れようとする力』によって何事もなかったかのように通り過ぎていく。
だが、これから起こるのは、何事か、である。
「俺たちはやる気満々だ。誰彼構わず殺す。殺して、殺して、殺す。それをEDENはどうする? まあ、止めるよな。止めようとするよな。であれば、だ」
手にした白い小王劍を『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は振るう。
首が一つ、二つ、三つ。
そして、白昼堂々、鮮血がスクランブル交差点に吹き上がり、人々を染め上げていく。
一瞬の間の後に、響くは悲鳴。
突如として現れた通り魔。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の姿を認め、人々はパニックに陥りながら、まるで蜘蛛の子を散らすように、けれど、混沌めいた様相でスクランブル交差点から離れようとする。
だが、それを簒奪者の男は狙う。
逃げ惑う者を、どうしていいかわからないまま呆然と立ち尽くす者は捨て置きながら、己から離れようとする者を優先的に二振りの刃をふるいながら、哄笑と共に鮮血で彩る――。
鮮血が舞う。
散るそれは、あまりにも美しくて宝石のようにキラキラと白昼に輝いていた。
その中で、凄惨たる光景を生み出した主であるところの『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は笑っていた。
楽しげに笑っていた。
手にした小王劍。
振るう度に、悪意を育み丁寧に収穫することでしか得られなかった『ペンタクルム・パール』が手に入るのだから、これが笑わずにはいられないのだろう。
そんな簒奪者の男の前にアネリス・コーネリウス(真紅・h09190)は飛び出していた。
彼女にとって、この状況はどうしたって許せるものではなかった。
逃げ惑う人々を襲う凶刃。
その閃きの前に卒塔婆を片手にして、斬撃を受け止めた。
殺戮を許すわけにはいかなかった。
彼女は、これまでの経験を経て、以前であれば己も逃げ惑うしかない一般人側だったことを痛感していた。
少しは戦えるようになった、という自負があった。
「できることがあるというのなら、今、私は動かなきゃ」
そう思う。
そうしなければ、という衝動が胸にある。
この殺戮を前にして、自分が何をするのかなど言うまでもない。
「それがEDEN衝動だってか? なんともおめでたいな。こいつらは、あんたにとって、見知らぬ誰かだろう? 別にだいじょうぶだって。こいつらが死んだところで、『なんで助けてくれなかったんだ』なんていうやつはいねーんだからさ」
「だとしても!」
「あ、それかあれか? もしかして、ノブレス・オブリージュ。そういうやつ? 力を持ち得ているから、戦わなきゃ、みたいな義務感? 強いやつの特権的な?」
「違います!」
強い弱いではない。
力のあるなしではない。
これはエゴだ。
自分にできることをしないで何かが喪われるのを見たくないという、その衝動なのだ。
霊的防護で身を守りながらも、振るわれる斬撃が鋭いことを痛みと共に彼女は知っただろう。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、EDENに対して一般人を殺すよりも執着を見せているだろう。
己を囮、とするのならば、そは十分のように思えた。
だが、問題は。
「じゃあ、なんだよ。あんたが抱える衝動が義務感ではなくて、なんだってんだ? そうあるべきという自分の中の固定観念に取り憑かれて……ああ、それともあれか? √能力者だから死後蘇生ができるとか思ってんのか? なら、それは見当違いってやつだ。わかるだろ、Ankerとのつながりが断絶しているのを! 今、死ねば、あんたはもう戻れない!」
「だとしても! 私は、戦わねばならないのです!」
「つまんねーな! EDEN! そんなんじゃあよぉ!!」
弾き返される身。
だが、注意は引きつけられている。
アネリスは弾き飛ばされながらも、体勢を整え、戦いの意思を見せる瞳で『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の注意を引きつけ続ける。
それが恐ろしく危険な行為であると知りながら――。
鮮血が池のように広がっていくスクランブル交差点。
その中心にて駆けつけたEDENに小王劍を振るう『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男。
彼は、笑っていた。
楽しげだった。
これが遊びのようにも思えていたのだろうし、また同時にやりがいというものも感じていた。
これまでのように成果が目に見えぬほどに微々たる歩みであったのに対して、明確だったからだ。
一般人を小王劍で殺す度に『ペンタクルム・パール』が生まれる。
笑わずにいられるだろうか、これが。
「――、と」
彼は己が身に叩き込まれた√能力、|霊振《サイコクエイク》、その霊能震動波を受けて身を駆け抜ける震動に振り返った。
「まーたお前か」
「そりゃこっちのセリフってね」
「まったくわかりやすいやつだな」
霊能震動波を放った折木・龍也(伏龍・h13162)は、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の言葉に肩をすくめた。
「今回は随分と容赦ねえな」
「そりゃあ、総決算ではねーけどさ、起死回生っていうの? ここまで俺等を追い込んだあんたらにも責任ってのがあるんじゃねーの?」
「バカ言うな。ともあれ、これ以上好きにはやらせねえよ」
「そうかい!」
踏み込む『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男を前に龍也は足止めすべく、踏み込んだ。
彼らの目的はただ一つ。
一般人を殺害することによって得られる『ペンタクルム・パール』の収穫だ。
ならば、と彼は、その一般人を逃がすために叫ぶ。
「止まるな! 振り返らず走れ! とにかく逃げろ!」
「ハハハハッ! こっちに集中しなくていいのかよ? それとも、気もそぞろで俺とやりあえると思ってたんならぁ!!」
走る剣閃。
龍也の体躯を袈裟懸けに切り裂く一撃。
それは熱と痛みとを龍也に与えただろう。
「グッ……! ハッ、よく笑うな! いたずらして飴をもらって、随分と! 楽しそうだな、ハロウィンパーティのつもありかよ、えぇ!?」
「それもいいかもな! ハロウィンの馬鹿騒ぎに乗じて、『ペンタクルム・パール』を奪う。ナイスアイデア! そうしよう。あんたらを殺したあとでな、そうしよう。それがいい。うん。人は集まるしな。馬鹿面引っ提げた連中を殺し尽くして、ついでに『縊匣』もぶっ壊す。一石二鳥ってやつだ!」
「させるかよ……!」
「ハッ、できるか? 正義の味方のつもりで!」
「そうは言ってねぇ……目の前で好き勝手殺されてるのを眺めてる趣味もねえんだよ、それだけだ」
龍也はこぼれる血潮を見ることなく、睨めつける。
己が足止めしなければならない。
少しでも多くを救う。
犠牲を出させない。
これ以上は、という思考が痛みと共に駆け抜け、龍也は足に力を入れる。
『邪剣・禍骨』は、これ以上になく殺意と悪意とに満ちているのだから――。
殺戮の宴。
これだけのことが起こっても、人が凄惨な出来事を『忘れようとする力』によって忘れてしまう。
喪われた生命。
それは戻らない。
√能力者であれば死後蘇生で戻ってくることができるだろうが、それも絶対ではない。
絶対は、絶対死領域にある。
こと、この場に至って√能力者とて、死から舞い戻るための座標たるAnkerは喪われている。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、囮と足止めに終始するEDENたちを前にして、やはり笑う。
「なるほどなるほど。囮。足止め。となれば、お次は」
彼の瞳が、ぐるりと周囲を睨めつける。
そして、彼は酷薄な笑みを浮かべ、頬を釣り上げた。
「そっちがそのつもりなら、俺もやるだけやってみようかな! なあ、そういうことだろう! アハハハハ!!」
振るう斬撃。
それは小王劍から放たれ、宙に奔る。
逃げ惑う人々を両断し、まるで裁断するかのように生命を奪っていく。
殺された一般人から浮かび上がる『ペンタクルム・パール』は、次々と『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の手元に集まっていく。
「殺しに夢中の今なら、一撃取れるはず」
真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)は、スクランブル交差点の上空に移動し、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男を視界に収めた。
煌めく√能力の奔流。
それは防御不能たる『ナノ・クオーク』の奔流。
|レベルX兵装・疑似時空歪曲《アンカー・アトラクション》。
それによって彼の体が浮かぶ。
いや、違う。
「ハッ、おもしれーことすんじゃん。天地をひっくり返えす……いや、違うな。これ、俺だけか!」
「そうです。そして! 人の命を、アナタの好きなようにはさせませんよ!」
彼女は見ただろう。
己が√能力を当てられたのは、『邪剣・禍骨』が一般人の殺害に意識を割いたからだ、と。
そして、空へと落下していく彼へとレーザーを放つ。
少しでも『邪剣・禍骨』にダメージを与えようとしたのだろう。だが、放たれるレーザーを邪剣と小王劍で切り払いながら、簒奪者の男は哄笑する。
「そうかい、だろーな。そういう連中だよ。だがよぉ、どこまでやれるかな? ここは、絶対死領域だぜ? 自分の命と他人の命、どこまで釣り合うかな? その天秤、あんたの生命の値打ちってのは、どれほどのものだい? 教えてくれよ、EDEN。自分と見ず知らずの他人! 一体、何人までなら許容できるんだ?」
時間にして一分。
自由落下として、空気の抵抗も含めれば、おおよそ4kmほど。
その間に、どれだけの人を逃すことができるだろうか?
しかし、やらねばならないのだ。
一般人が多く殺されれば、殺されるほどに『ペンタクルム・パール』は生まれ、収奪されていく。
この絶対死領域の中にあって、EDENたちは、まさしく危機と窮地の間に立っている――。
殺戮の宴は続くように、悲鳴と困惑とがスクランブル交差点を中心にして波及していく。
誰もが理由もなく殺されていく。
いや、理由はあるのだろう。
殺される理由はないが、殺す理由はある。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、愉快そうだった。
笑いも止まらないのも頷けるところであった。これまでEDENたちに散々に邪魔をされてきた。
『ペンタクルム・パール』を得るためには、一般人に悪意を植え付け、育てねばならない。だが、今やどうだ。
小王劍の力で、ただ殺すだけで『ペンタクルム・パール』は生まれる。
「楽しくってしかたねーよ」
故に笑っているのだ。
その混乱の中、空地・海人(フィルム・アクセプターポライズ・h00953)は変身ベルトから、内在する『こぱんだ妖怪』たちを呼び出し、逃げ惑う人々の避難誘導を命じていた。
「後は頼んだぜ、こぱんだ妖怪たち!」
逃げ遅れた者もいるだろう。
パニックに陥る者もいるだろう。
恐怖に動けなくなる者もいるだろう。
海人は、ベルトを構えた。そう、ここで助ける為に走らなければ、己がヒーローである所以すら失う気がした。
目の前にあるのは、絶対死領域。
死すれば、戻ることのできない黄泉路。
恐怖がないわけではない。だが、その恐怖を噛み殺す。拠り所たるAnkerとのつながりも断絶している。
だが、それでも。
それでもだ。己が一歩を踏み出さない理由にはなっていないのだと彼は走った。
「現像!」
「はっ、来るかよ、EDEN! しょうもこりなく! いや、それは俺等か? まあ、どっちだっていいさ!」
海人は、フィルム・アクセプターポライズ √ウォーゾーンフォームへと変身し、駆け抜けた。
身を覆う装甲。
迫る刃を前にしては心もとない。
だが、それでも走った。
灰白色の装甲。
「させるかッ!」
白刃が閃く中、割って入るようにして海人は『邪剣・禍骨』の凶刃を受け止めた。
ネガシールドで受け止める。火花が散り、しかし、刃が食い込み、腕部にまで到達している。だが、止まった、と海人は刃の主である簒奪者の男を見据えた。
「久しぶりだな、邪剣男! お前たちが多くを殺すなら、俺達は一人でも多く救い続けてやるよ!」
「その多く、の中にあんたらもいるんだけどな。そいつは、いいのか? 生命が惜しくはないのか? 死後蘇生もできない、絶対死。その恐怖にあんたらは打ち勝てるのか?」
「それがお前の悪意だってことは、わかってる!」
振り抜く閃光剣と露光銃剣。
互いに二刀。
振り抜くままに打ち合う刃と刃。
激震するような痛みが体に走り抜け、海人は呻く。
「お前の悪意は、俺達が止めるッ……!」
「できねーことは、言わねー方がいいぜ! みっともねぇからな!」
「例え、そうだとしても! この足を、この歩みを、止めることはない! お前のは、ただの言葉だ! 俺達を謗る言葉も、翻弄する物言いも、結局、なんの力もない言葉だ! お前の言葉一つで止まるEDENなんていない! その言葉に力は宿らない!」
「ハッ、鈍感なだけだろ! 問題を見ようともしていないだけだろ。いざ、自分たちが死ぬ、という段階に至って、歪むあんたらの顔が楽しみだよ!」
散る剣閃。
その剣戟は、スクランブル交差点に響き渡った――。
「全く、命がけなんてガラじゃないんだけどね」
ユウリ・スプリングス(暴食の姫・h13492)は、殺戮の痕が痛ましい血の色をスクランブル交差点にて見た。
言動通りなのなばら、本来彼女はこのような死地にやってくることはないのだろう。命をかける。そのことにたいして、ガラではない、と言うのならば、何故ここにいるのか。
その理由は喪われた記憶の中にあるのかもしれない。
らしくないと思いながらも、己の中にある何かが、喪われた虚が、彼女を突き動かすようにして、この場に歩ませたのかもしれない。
「逃げ惑う一般人を傷つけさせはしないわよ!」
√能力。
それは瞳に揺らめくインビジブルの孤影から引き出されたエネルギーと共に彼女の周囲を決闘空間へと変貌させた。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、笑っている。
楽しげであった。
「それで? この空間がなんだってんだ?」
「私の√能力医で、一般人はこの空間に近づけない。なら、あなたはもう、一般人を殺すことができないわよ」
「そうかい。でも、√能力の主である、あんたを殺せば、能力は解除されるだろ? なら、話はシンプルだ。あんたを殺す。殺して、そんで一般人も殺す。一本道だ。やりやすい」
「できるかしらね!」
ユウリは、上段の蹴りを『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の顔面に叩き込んだ。
しかし、その一撃は邪剣の刀身で受け止められていた。
「できるさ。できねーって思っているのは、きっとあんただけだぜ?」
「そう!」
わかりやすい、と思われたかも知れない。
彼女のやることは囮だ。一般人を逃がす。そのために、彼女は己が身を危険に晒す。
何をやっているんだか、と己自身でも思う。
振るわれる斬撃がユウリの体を切り裂く。
血潮が飛ぶ。
鮮血が舞い散り、そこかしこにある血痕に落ちる。
まるで雨のようだった。
銃撃と蹴撃。
ユウリは、距離を取るつもりであったが『邪剣・禍骨』は早かった。
邪剣と小王劍の二刀流であるがゆえか、手数とリーチを簒奪者の男の疾さが、さらに脅威を底上げしていた。
「時間稼ぎのつもりなのかもしれないけどさあ、土台無理な話なんだよ! あんたらは、ただの√能力者! 俺達は簒奪者だぜ? 引き出せるエネルギーの総量、出力ってのが違うんだ! わかんだろ!」
振るう斬撃が次々とユウリの体に傷を刻んでいく。
「でも、一般人は逃げちゃってるわよね? 簒奪者ってほんと、弱いものイジメしかできない小物ばかりね」
「ハッ、その小物とやらに良いようにやられてるのは、どこの誰さんだよ? なあ、EDEN! そういうのはな、なにか手があるやつがいうことだぜ!」
ユウリは我が身を囮とし、その身に傷を刻む度に、また一人と一般人たちが凶刃から逃れることを知るのだ――。
「『邪剣・禍骨』、なんてことを……!」
目の前に広がるのは、アスファルトの黒と白線の色、そして何よりもおびただしい血痕であった。
血溜まりが広がっている。
そこかしこにあるのは、『邪剣・禍骨』によって惨殺されし人々の骸であった。
すでに『ペンタクルム・パール』は収奪されている。
哄笑が響いている。
楽しくて、愉しくて、たまらない。
そういうかのように笑い声が響いている。
笑い声の主は、言うまでもなく『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男であった。
彼の笑い声は、生命を弄ぶ者の悪辣さをにじませていた。
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は、正義だとかそういったことを語るつもりはなかった。
更々なかった。今更、とも言えた。
だが。
「ええ。この光景を前に、何も思わず見過ごせるはずもありません。行きましょう、シンシアさん」
神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)の言葉にシンシアは頷いた。
同じ思いである。
なら、恐れることはない。
看過できない。ただそれだけで、己たちの胸から衝動が溢れ出すように思えてならなかったのだ。
「境華さん、行きましょう!」
その言葉に頷いた境華から霊布が奔る。それは逃げ遅れた人々を巻き取るようにして、避難退路へと導くものであった。
未だEDENたちが『邪剣・禍骨』を足止めし、我が身を囮としているのだろう。
この間に多くの一般人をスクランブル交差点から遠ざけなければならない。
そのために彼女は走った。
そして、シンシアは細剣を手にし、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男へと斬り掛かった。
「おっと……気が早いんじゃねーの? お二人さん!」
「これでも遅いくらいです……! 人を襲い、その欲望のままに刃を振るう! そのような真似!」
「させないってか? それこそ御大層なお題目だな……っと!」
小王劍の刃がシンシアを切り裂く。血潮が飛ぶ。傷の痛みが前身に走り抜け、苦痛に顔が歪む。
「多少の痛みなど!」
迫る霊布を切り裂き、『邪剣・禍骨』を振るう。
その視線の先には、境華がいた。
二人は、連携し、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男を押し留めていた。
「あなたの好きにはさせません。私も、シンシアさんを信じています」
そう、シンシアは境華を信じてる。
それと同じように境華もシンシアを信じている。
今すべきことがなにか。
二人は、絶対死領域にありて、目的を見失っていなかった。
「どいつもこいつも、なんとまあ。よくもまあ、見ず知らずの人間のために生命を張れるもんだ」
「必ず二人で帰る。そのためには!」
「互いを喪わせず、この場を!」
「切り抜けられるとでも? それこそ、大見得がすぎるってなもんじゃあないか? なあ、できると思ってるか? 今までのように死ぬような状況になってもまあ、大丈夫なんてことはないんだぜ? それでもやれるか? やってみせるってか? なあ!!」
嵐のような斬撃。
それらが二人の身を切り裂く。
痛苦が、死を実感させる。
迫りくるような死の気配は、彼女たちの足元に迫っていた――。
斬撃の嵐は、二振りの剣ゆえであった。
剣閃が奔る度に、血潮が飛ぶ。
スクランブル交差点は、血潮に濡れぬ場所などないというように、そこかしこに血の痕が残されていた。
まるで血風荒ぶ様相。
その中で哄笑だけが鳴り響く。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男である。
彼は、邪剣と共に小王劍を振るい、一般人を惨殺していた。
浮かび上がる『ペンタクルム・パール』は、収奪され、彼らの目的をまた一歩と前進させる。
そんな悪辣なる惨劇の主へと ディラン・ヴァルフリート(義善者・h00631)は、語りかけた。
「どうも、お初に。随分と……愉しそうですね」
「ハッ、そりゃね! やりたいこと、やれること、全部やってるわけだから、そりゃあ、楽しいに決まってるさ! あんたはそーじゃねーの?」
その言葉にディランは弱者の姿を思い出した。
弱者は強者のためにある。
強者が弱者を生み出すのであって、弱者自身の気持ちなどわかろうはずもない。わからなければならない謂れもない。
その愉悦はディランには身近なものだった。
「そのような考えで、簒奪者同士とはいえ。よく、お仲間と仲良くできたものです。よく、殺したくならなかったものだ、と」
「あんたは殺したくなる性分だった、ってだけの話だろ。俺とあんたを一緒くたにするんじゃあねーよ。俺は俺なりに。連中は連中なりに。思うところがあった、それが真っ向からぶつかることもなかった、それだけのこったろ。それで?」
どうするのだ、というように剣閃が舞う。
邪剣と小王劍。
この二振りによる斬撃をディランは真っ向から挑んだ。
√能力による群れ成す実体無き魔影の傀竜。
召喚された、その影は、投影転移でもって逃げ遅れた民間人を逃した。
その瞬間に、斬撃が彼の体に叩き込まれる。
傷が、浅からぬ一撃となって身に刻まれる。
痛みよりも早く、ディランは己が第六感による先読み以上の速度で斬撃が見舞われる様を見ただろう。
簒奪者とは、そのエネルギー総量が通常の√能力者とは異なる。
首と胴が繋がっているのは、反応速度ゆえであった。
可測するようにして斬撃と見えざる刃が乱舞する。
「殺す、殺さないじゃねーんだよなぁ。だって、そうだろ。俺が、俺達が求めていたのは、悪意だよ。それなんだよ。ならさあ、殺意なんてものは、俺にとっては不純物みてーなもんだ。俺が見たいのは、俺の殺意が向く先ではなくて、悪意が膨れ上がって咲かせる、光景なんだからさ!」
その言葉と共にディランは知るだろう。
目の前の簒奪者、この手合いがまさかほだされてしまったのかと思っていが、そうではなかったのだ。
この簒奪者の男は、どこまでも他人を嘲笑う存在なのだ。
その底抜けの悪意のみが、彼を突き動かし、このような事態にまで発展したのだ。
大剣で切り結ぶ度に、身を斬撃の熱とは裏腹なる冷たい悪意が肌を伝っていく。
ディランは、その気配に何を思っただろうか――?
宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』。
これまでのそれは、蠢動であったのだと二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は理解しただろう。
これまで確かに『ペンタクルム・ゲート』の簒奪者たちは動いていた。
だが、王権決死戦を仕掛けてくることはなかった。
それも今回は、宿敵旅団全ての簒奪者が、小王劍を手にし、絶対死領域を展開している。
生命の危険。
死の気配。
スクランブル交差点は血に塗れ、濃密な死を連想させた。
「来たるべき時が来たって感じかな」
そう感じても、既に初動で遅れていることは否めない。急がなければならないと利家は、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男へと切り込むようにして飛び込んだ。
あの凶行を止めねばならないと思ったからだ。
振るわれる凶刃の閃きは、恐ろしく剣呑だった。
「星詠みの予知では、犠牲は止められない……零れ落ちる生命も救えない」
「開き直りか? それとも居直ってるのか? それにさあ、今、その零れ落ちる生命ってやつに、自分の生命を勘定していないのは、傲慢だよな!」
受け止めた邪剣ごと振り抜かれ、利家は吹き飛んだ。
身を翻す。
さらに肉薄する敵の剣閃を再び弾きあげるようにして受け止めた。
「まーだからって何も変わらねーよ。変えられねーんだから。そう思うのも無理ないか! 俺も、あんたも、ここでは等しく、他の連中一般人とおんなじだ! 殺せば死ぬ! それだけのこった!」
「だからって、できる限りを尽くさない理由にはなり得ないだ!」
「おいおい、急にどうしたよ、やる気を出して! ケツに火でもついたってか? なあ、おい!」
「最初っからそうだよ。行くぜ、リビングデッド。諦観に囚われ、あらんばかりの悪意を撒き散らす広域災害野郎」
仙術のエネルギーを利家は逃げ惑う一般人に注ぎ込み、そして己は『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男に斬りかかる。
打ち合う剣戟の音は、剣呑そのもの。
だが、利家は踏み込み続けた。
兎にも角にも、一般人を優先し、彼らを避難させ続ける。
敵の目論見が、一般人の虐殺だというのならば、これを止める。それが今できることだと利家は身を切り裂く斬撃の痛みすら無視して、血風と共に走るのだった――。
多くに手を伸ばすには、人間の手は少なく、そしてどこまでも届くものではなかった。
喪われるものがある。
指の間からこぼれ落ちていくものがある。
これはどうしようもないことであったが、それでも惜しむ気持ちを否定できるものではなかった。
「人が多すぎる……」
白昼堂々たる惨殺劇。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男が狙ってか狙わずかはわからないが、このスクランブル交差点での惨劇は、EDENたちにとって不利な洗浄だった。
避難もままならぬ。
できることは囮や、足止め。
できうる限りを守らねばならぬとしながらも、しかし足りない。
それを自覚しながらも、久瀬・八雲(焔剣・h03717)は、死地へと飛び込んだ。
Ankerとのつながりが途絶する。
死の気配。
それを五感で覚えながら、八雲は、その瞳にインビジブルの孤影を写した。
引き出したエネルギーと共に彼女は√能力|灯籠《トウロウ》による焔を以て、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男へと攻撃を仕掛けた。
傷を負わせる、というよりも足止めに終始するような攻撃に『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、焔が消えぬことを知る。
「ハッ、コソコソと! やるんなら、真正面から来いよな!」
「ならば、そうします!」
八雲は踏み込み、振り下ろされた斬撃を手にした霊剣で受け止めた。
軋む腕。
骨身にすら到達する衝撃に八雲は呻いた。
骨が、と思えたのも僅かな間だけであった。振り抜かれる蹴撃に八雲の体が、くの字に折れ曲がり吹き飛ぶ。
背に衝撃が走る。
それでも彼女は意識を失うわけにはいかなかった。
頭上に翻るは、剣閃。
邪剣の刀身が眼前に迫る中、彼女は霊剣ごと身を打ち出すようにして『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男へと組み付いた。
掴みかかり、持ち得る怪力の全てを発揮し、その体を地面に叩きつける。
だが、直ぐ様に簒奪者の男は体勢を整えて笑う。
「ちっとはやるようになったか? だけどさ、これまでとは違うぜ? まったくもってな。わかるだろ。Ankerとの繋がり、その断絶を。もう、ここは絶対死領域だぜ? あんたはどれだけ生命を張れるんだ?」
「あなただってそうでしょう」
「ハッ、覚悟だけは一丁前ってか?」
「関係ありません。わたしは、わたしのために! 守れるだけ守ります!」
「それ、守られなかった連中の手前でも言えるのかなぁ! なあ!」
嗤う。
それは八雲の善意を笑い、己が悪意の正しさだけを肯定する笑いだった。
故に哄笑。
嘲り、簒奪者の男は、惨劇の主たる様を見せつけるように二振りの剣を振るうのだった――。
「逃げろ」
それは短く響いた声だった。
ジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)は、命令するようでもあったし、事実そのつもりだった。
このスクランブル交差点においては、惨劇だけが広がっている。
血の痕。
生々しいまでの悲劇。
グロテスクな赤と黒と白。
その中で、平静でいられるものが、どれほどいただろうか?
ジェイドは、√能力によって己の体内の爆弾と融合し、破壊の炎を無尽蔵に放出し続けた。
覚悟。
そう、ここからは覚悟しかできない。
目の前に迫る白刃にして凶刃。
その閃きは、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男によって繰り出されたものであり、その鋭さというものを、ジェイドはこれまで身を以て知っていた。
「もう大丈夫だ……とは気休めにしかならないけど」
「気休めで、どうする? なあ、どうするよ! 自分と他人の生命、どっちに天秤が傾く? なあ、あんたの生命の重さはどれくらいだよ!」
炎を噴出させながら、ジェイドは簒奪者の男の視界を白く染める。
黒鞘でもって受け止める刃が火花を散らしながら、衝撃を体に伝える。内蔵がひっくり返るような、そんな思いをするかのような苦しさがジェイドに血を吐かせた。
「それが今更おしゃべりしたいこと?」
「ハッ、今更じゃねーとは思うんだよなぁ。あんたらにはさんざん邪魔されてきたんだし、もう、殺意マシマシよ」
「殺意?」
ジェイドは、弾き返しながら目の前の簒奪者の男を見据えた。
「あんたらどうせ最初から、EDENも一般人も皆殺しって腹だろ? なら、順番はおれらが先でもかまわねーよな!」
「まあね。ていうか、先で構わないっていうか、邪魔。最初に片付けとくべき相手って感じかな!」
迫るジェイドを前に『邪剣・禍骨』が翻り、その一撃を叩き込む。
食らいつくようにしてジェイドは鎖鎌を放つ。
吹き飛ばぬように、己がここに立っていられるように、と彼は踏み出し続ける。
己が標的になっている間は、一般人を殺せはしまい、とジェイドは負傷を厭わずに戦う。
「ここ、絶対死領域だぜ? 死ぬぜ? そんな無為無策みてーな突進じゃあさ!」
「無策じゃないよ。わかってんでしょ。おれが、どうしてこんなに猪突猛進なのかは」
「ハッ、まだ見知らぬ誰かの生命のほうが重いってか? 大したもんだ。褒めてやるよ。だが、自分の命が喪われる段階になって、戦意喪失なんて、みっともねー真似だけはしねーでくれよ? なあ!」
斬撃が飛ぶ。
その一撃が身に傷を刻み込み、血潮を舞わせる。
だが、その血潮さえもジェイドの炎は蒸発させていく。
まるで恐れるものなど何一つないというように、他を守るためだけに、さらに、さらにと死の気配濃密なる戦場に足を踏み出すのだった――。
第2章 集団戦 『病魔・黒死病』
「はぁ~……まったくあんたらの熱意ってのには、毎度驚かされるよ。こっちまで熱くなっちまうわな」
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、距離を取った。
とは言え、確かにEDENたちに見事に一般人たちを逃されてしまった。
目の前のEDENたちとは因縁浅からぬ者もいる。
であれば、己が執着してしまうのも無理なからぬことだと、彼は反省したようだった。
「一端クールになろうな。お互いに。うん。それがいい。なら、こいつらに相手をしてもらいなよ」
その言葉と共に彼の影が溢れるようにしてアスファルトに広がっていく。
いや、広がっているのではない。
それは駆け抜けている。
そう、それは。
「ええと、なんだっけ?『病魔・黒死病』だっけ? 人の生命力を喰らい、増殖する悪性インビジブル……だよな? まあ、今は見る影もないくらい小さくなっちまったが」
視線の先にある駆け抜ける影は、小さな……それこそネズミ大。いや、ネズミそのものの姿をしていた。
過去には世界に広がるほどの強大な存在ではあったが、対処法の確立による根絶、根治によって、死に絶える寸前であったはずだ。
だが、簒奪者の男は、『病魔・黒死病』を操り、これらを走らせたのだ。
「こいつらの相手をしてなよ。その間に俺は」
やはり、酷薄に嗤う。
EDENたちは『病魔・黒死病』を捨て置けないだろう。
だからこそ、彼はこの期に及んで、彼らを使役する。
この間に稼がれる時間に、彼はまた一般人を追い、これを殺すだろう。
無理に突破せんとすれば、当然のように数に物を言わせる『病魔・黒死病』に取り囲まれ、絶対死領域において取り返しのつかない窮地に追い込まれてしまう。
「まあ、せいぜい、自分の生命は大切にしなよ」
じゃあな、と嘲る笑い声と共に『邪剣・禍骨』は見知らぬ誰かの生命を奪うために身を翻し、そして、EDENたちの眼前には膨大な数の『病魔・黒死病』が影の大波となって迫る――。
間に合うのか、間に合わないのか。
問題としては、至極シンプルだった。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』を繰り出し、EDENたちの前に走らせた。
彼らの目的は、EDENがそうしたように彼らの足止めである。
その隙に『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、退避させた一般人を追いかけ、これを殺す。鏖殺する。
そうなれば、当然『ペンタクルム・パール』は数多く生み出され、これを収奪した『邪剣・禍骨』の目的へとまた一歩と前進するだろう。
一手。
そう一手で立場が逆転した。
『邪剣・禍骨』を持つ男は、背を向け走り出す。
「いえ、やらせはしません!」
真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)の瞳にインビジブルの孤影が揺らめく。
引き出されたエネルギー。
これにより、彼女の√能力が発動する。
彼女は、ドローンのカメラアイを己が目として視界を展開する。
眼前に迫る『病魔・黒死病』たち、その黒いネズミめいた姿が大波なって迫る様を、俯瞰して見ていた。
狙うは、『邪剣・禍骨』――ではない。
もとより、既に狙える距離ではない。
故に彼女は演算を行う。
彼の凶刃が、一般人に届くまでの概算を、だ。
彼女がさせまいとしたのは、一般人の殺戮だ。だが、同時に目の前に迫る『病魔・黒死病』にも対処しなければならない。
「あなたの下は、私が定めます――|レベルX兵装・疑似時空歪曲《アンカー・アトラクション》!」
彼女の視界に収まる全ての敵に防御不能であるナノ・クォークの奔流を放つ。
それらは一瞬で『病魔・黒死病』たちの『下』を規定する力となって、彼らを『邪剣・禍骨』に向かって落下させる。
とは言え、数が数だ。
彼女の視界の内の『病魔・黒死病』たちの『下』を規定したとしても、視界外はカバーできない。
例え、ドローンと視覚を共有していたとしても、その演算処理が間に合わない。
彼女の視界の内、処理できるだけの『病魔・黒死病』たちは、一気に『邪剣・禍骨』を襲い、そして、範囲に収めきれなかった『病魔・黒死病』たちが彼女に迫る。
いや、と彼女は目を剥いただろう。
それは増殖していた。
彼女の√能力によって落下していった『病魔・黒死病』たちの穴を埋めるようにして、彼らは彼らの√能力によって増殖したのだ。
影のように埋め尽くすネズミの黒い影。
それらが一気に観千流に迫るのだ。
攻撃が己に届かないまでも、彼女の視界内にある『病魔・黒死病』たちを認識する処理が追いつかない。
仮に、それら全てを視界に収めていたのだとしても、彼女の処理速度と彼らの増殖速度。それらの均衡が崩れた瞬間、どちらかが飲み込まれてしまう。
「……一手で複数の問題を解決する。これが戦術というものです! ゴリ押しだけでやらせるものか!」
彼女は足を止める。
そうしなければ、増殖速度に抗することができなかったからだ。
自らを礎にする。
他のEDENたちが走る道を確保するために、彼女は己が持ち得る演算脳力の全てを用いて、並み居る『病魔・黒死病』たちが増殖して迫る大波を、食い止めるのだった――。
照準器の十字すらわからなくなるほどの影が眼前に迫っていた。
『病魔・黒死病』。
それは『邪剣・禍骨』が呼び寄せた邪悪なインビジブルであった。
かつて、猛威を振るった病魔。
しかし、今はその鳴りを潜めているのは、多くの戦いがあったからであろうことが伺える。
「チッ、ヤロウを追いてえところだが……仕方ねえ、行くぞ『ユーサネイジア』!」
折木・龍也(伏龍・h13162)は己のWZで己たちから離れ、避難した一般人を追う『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の背中を睨めつけた。
その睨めつける視線は、黒い大波のような大群であるネズミめいた影によって覆われた。
「クソッ、バカみてえに増えやがって! あのヤロウ、これを狙ってやがったな!」
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は存外冷静であった。
彼はEDENたちが己を足止めし、囮になることで注意を惹きつけようとしていた意図を理解していたのだ。
意趣返しのように彼は、己が配下たる邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』の特性を利用して、EDENたちの足止めを敢行したのだ。
それはまるでEDENたちが彼にしたことと同じだった。
「炸裂弾装填、撃つ!」
|制圧用拡張装置《コントロールエクステンション》によって集合した制御シートによって、WZ『ユーサネイジア』が構える武装がショットガンへと変貌する。
腕部に装填されたグレネードが飛び、『病魔・黒死病』の成す大波に風穴を開けるように爆風が荒ぶ。
だが、それを埋めるように増殖した『病魔・黒死病』たちが龍也に迫る。
「チッ……増殖しやがる。このままじゃ、ヤロウを見失う、か……無人機も爆撃しちゃいるが……! こっちの退路を塞がれたら、一巻の終わりだぞ!」
変貌したショットガンの引き金を引く。
弾かれるようにして放たれた散弾が『病魔・黒死病』の群れを吹き飛ばす。
「数が多すぎるか! ヤロウを追うにしても、まずは道を作らねえと話にならん!」
龍也は外部スピーカーで他のEDENたちに声を飛ばす。
彼らが、この言葉を聞いていてくれることを祈るしかない。
だが、もしかしたのならば、彼の言葉を聞いたEDENたちが行動を共にしてくれるかもしれない。
そうなれば、敵の群れに穴を開け、突破することもできるはずだ。
「こっちも数と面で押すぞ! まとめて潰せ!」
制圧の範囲を広げる。
この効率化によって、『病魔・黒死病』の黒い波を押し返し、『邪剣・禍骨』を追撃する道をこじ開けることができるはずだ。
それに自分一人での手では足りない。
なら、どうするかなど龍也にとっては単純明快な答えでしかなかった。
だが、それが正しい。
自らで全てを成すことはできない。
であればこそ、他者を頼る。他者と共に戦う。
それが己の欲望のみにて戦う簒奪者と異なるEDENの特性でもある。
異なる思想、異なる種族、異なる出自。
それらが同じ目的に対して顔を向けている。
宿敵旅団の簒奪者が、同じ目的を持ちながらもこうもバラバラに行動するのとは違う。
「行くぞ! ここからだ! 焦るよりも、目の前のことを一つ一つ片付けていくぞ!」
その言葉と共になすべきことを龍也は示してみせた――。
乾いたような笑い声が響いた。
眼前には黒い大波のような邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』の群れ。
ネズミの大群だ。
一欠したところで、増殖する。
圧倒的な物量。
これを前にしてEDENたちは、避難した一般人を鏖殺せんとする『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の背中を追わねばならなかった。
しかし、問題は眼前の『病魔・黒死病』の群れであった。
これを突破しようにも、増殖する彼らは穴を穿てど塞ぐ。
さらに悪いことには、その名の由来の通り、彼らはこちらの行動の成功率を半減させる。数で質を圧倒するようでもあった。
だが、ジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)は、からからと乾いた笑い声を上げた。
お誂向きだった。
この場において、彼がもっとも嫌がるのは、簒奪者の単騎による圧倒であった。
だが、そうではない。
目の前にあるのは物量でもってこちらを圧倒せんとする『病魔・黒死病』たちである。
「必死こいて突破してほしいって、ラブコールに聞こえるぜ」
なら、と彼の瞳にインビジブルの孤影が揺らめく。
「なら、話は早いよな! 使えるもんは全部使って戦う。戦場じゃ当たり前のことだぜ!」
ジェイドは外付け爆弾を取り出し、投げ放つ。
例え、こちらの行動成功率を下げられていたとしても、ジェイドは構わなかった。
なにせ、敵は大群。
言ってしまえば、当たるのだ。狙わずとも、当たる。
そして何より、彼の放った外付け爆弾は広範囲にわたって爆発を炸裂させる。
「病原体には、焼却爆破。これが一番。燃やしてふっとばす! それに、派手にやらしてもらってもかまわないだろ!」
炸裂する爆発。
煌々と舞い上がる爆発は、スクランブル交差点の全てを照らし出すようであった。さらに一度、二度、と爆発が重なる。
これもまた√脳力に寄る作用であった。
「全部滅却してやんよ」
爆発の中から『病魔・黒死病』が飛び出す。
それをジェイドは鎖鎌を投擲し、切り裂く。いや、潰すというのが正しいだろう。
「人間爆弾の先輩が鼓舞してくれたんだ。きっちり応えねーとな!」
ジェイドは、先んじたEDENの言葉を聞いた。
そう、一般人の窮地に焦って散発的な攻撃になるのは、敵の思う壺だ。
だからこそ、面と数。
これを集中させる。
道を開く。
全てを根絶する必要はない。必要なのは、道を開くこと。ジェイドは、外付け爆弾を投げ放つ。
爆発が彼の皮膚すら焦がすだろう。
だが、構わない。
彼にとって、自らの生命が一番軽い。
そう、誰もが己の生命がもっとも大切だという生物の在り方を真っ向から、疑うことなくジェイドは斬り捨てる。
「見知らぬ一般人の生命のほうが思いに決まってんだろ。これ以上は、やらせねーよ!」
その言葉と共に彼は、我が身が焦げるのも厭わずに爆発を巻き起こし続けた――。
捨て置けないものが多すぎる。
人の手は二本しかないというのに、この両腕で囲える範囲は少なすぎた。
それを憂う。
だが、憂うだけでは意味がない。
行動しなければ、その憂いさえ無意味になってしまうから。
「……私達は、捨て置けません」
多くに手を伸ばしてしまう。
それが全て手にすることができないと知りながらも、どうしても手を伸ばしてしまう。それがEDENだというのならば、この衝動はきっと正しいのだろう。
アネリス・コーネリウス(真紅・h09190)には、そう思えてならなかった。
手にした旗槍。
白銀の切っ先が中に翻り、弧を描く。
「だからこそ、戦いましょう。今も、心に戸惑いと不安と恐怖とを抱える人達の希望になれますように!」
アネリスは、迫る黒い大波の如き邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』たちを見据えた。
孤影が揺らめく。
インビジブルから引き出されたエネルギーを愛用の白い羅紗に注ぎ込み、羅紗魔術を発露する。
「怖い……ですけど!」
立ち止まってはいられない。
立ち止まれば、それだけ遅れる。遅れれば、取り返しのつかないことが起こってしまう。
ならばこそ、彼女は翻した旗槍の切っ先で『病魔・黒死病』を穿つ。
群れとなった大波のごときネズミの体躯がアネリスへと迫る。
彼女は知っただろう。
傷が一つ増える度に痛みがましていく。
そして、迫る爪を躱したとて、己の行動の全てが減ぜられていくことを。
けれど、彼女は手にした旗槍を翻す。
「だからこそ、自分にできることを堅実にやるしかないんです。一つ一つ! 全部はできないというのなら、一つでも多くできるようにやらねばならないのです!」
黒い大群に飲み込まれる。
己一人の力では、できることに限りがある。
傷が増えていく。
だが、それでもアネリスは立つ。
毅然と、決然と、だ。
彼女は旗を掲げる。
自らを続くEDENたちの為に、その導を示すのだ。
そして何よりも。
「彼の言葉を借りるのならば、『見知らぬ誰か』の希望になれますように」
掲げる。
掲げて、示す。
それは彼女にとってできることの精一杯だった。
自らの放つのは、希望である。なら、自分自身がそれを捨ててはならないのだ。いつだってそうだ。
人の希望は紡がれていく。
託されていくこともあるだろうし、繋がっていくこともである。
「貴方の自由にはさせません。その悪意が人の本質であるというのならば、それもまた一つの側面であると、他ならぬ、わたしたちが示さねばならないのです!」
アネリスは旗槍を横薙ぎにふるいながら、戦い続ける。
その瞳には、強い光が宿っていた――。
黒い大波のように溢れる影――『病魔・黒死病』。
それは『邪剣・禍骨』が呼び寄せた邪悪なインビジブルであった。眼前に迫るそれらは、明らかにEDENたちを阻むようにしてスクランブル交差点に大挙していた。
「目に見える時間稼ぎですが……」
「ええ、ここで手を止め、数に飲み込まれては、救えるものも救えません」
「無視をして通れるでもなし。であれば!」
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)と神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)は、互いに顔を見合わせた。
それも僅かな時間だけだった。
すでに状況は動いている。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男が狙うは、避難させた一般人たちだ。
彼らが再び襲われれば、殺戮の宴は再演するだろう。
それは阻止しなければならない。
故に彼女たちは迅速さを求められた。
そして、彼女たちの耳にも他のEDENの声が聞こえただろう。
全て一人でできることは多くはない。
たしかに自分たちは√能力者だ。√能力という万能にも思える力を行使することができるのだとしても、どうしたって救えないものがある。
ならば、協力する。
それは自分たちがしてきたことだ。シンシアと境華。
二人でできたのならば、その手を他に伸ばすことだってできるはずだ。
「勇気ある先達の皆さんの後に! 私たちは一人ではないのです!」
シンシアは思う。
例え、個々では小さな力でも。
同じ方向を見ているものたちがいる。己たちの精一杯が、巨大で強大な存在に太刀打ちできないのだとしても。それでも積み重ねていけば届きうることを知っている。
「私もそう信じられるようになったので!」
「ええ、そのとおりです。怖くても、旗を振るう方もいます。私達も、あの光に応えなければ!」
境華ははためく印を見た。
あれは勇気の証だ。
一人ではないとわかる。自分一人ではないということは、孤独ではないこと。それはどれだけ心を支えるだろうか。境華は理解していた。
「まずは数を削ります! 物語を我が手に、雲海を統べし嵐神よ、その雷霆の一撃を、いま我が手に宿したまえ――|御伽「リグ・ヴェーダ 雷霆万鈞ノ章」《インドラ》!」
嵐の属性の弾丸が飛ぶ。
彼女の√能力は、一気に射出され雷鳴と共に黒き大波を穿つようにして『病魔・黒死病』たちの体躯を打ち据えていく。
そして、風が荒ぶ。
それはシンシアの背中を押すものであった。
彼女は、境華の√能力に後押しされるようにして一気に駆け抜け、雷霆の最中に手にしたレイピアの切っ先を振るう。
それは流星のような閃光だった。
振るう細剣の切っ先が、星のように瞬き、『病魔・黒死病』たちの群れ、その黒い大波を穿つのだ。
無策ではなかった。
彼女がえぐる大波は、貫くには至っていなかった。だが、彼女の背には追い風がある。そして、それはきっと自分だけではない。
この戦場に集ったEDENたちにもまた宿るものであっただろう。
多くの力が集まっていく。
結実していく。
それを実感できる。
「これが心強いということ……この強い意志と共に、道を切り開きましょう!」
「ええ、続く皆さんのためにも! 確実に!」
二人は視線だけで通じ合う。
雷鳴と風。
そして、光が大波を切り裂き、道を示した――。
「まーじか」
二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は、黒い大波の様相を呈する邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』の向こう側に消える『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の背中を見た。
この期に及んで、『逃げた』と利家は感じた。
これが作戦だというのだろうか?
そうであったのというのならば、スタンドプレイが過ぎる。
まるでEDENたちを前にして、これを殺すことだけを楽しむようでもあった。
もっともっと、と。
EDENたちの衝動を、嘲るためだけに行動しているようにさえ思える。
これまでの行動とて、全て宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』の都合であって、今この時においては、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男にとっては、ついででしかないのかもしれない。
利家にはそう感じられたのだろう。
「敵意は容易く悪意に転じ、軽蔑は無理解の証左である。なら……俺達は、この場で足すべきあいつの心の内側を理解しなきゃいかんのか?」
利家は迫る『病魔・黒死病』の群れを見た。
考える暇があるのかと問いかけるようであった。
大群は放っておけば、容易く何もかもを飲み込むだろう。
病魔、とはすなわちそういうものだ。
全て。
生命の全てを蝕むようにして迫るものである。
「『深淵を覗く時、深淵もまた此方側を覗いている』……それこそ、害悪だ……!」
利家は目の前に迫る大波を前にして√能力、エレメンタルバレット『雷霆万鈞』 を打ち込む。
射出された雷の弾丸は、爆発を巻き起こし『病魔・黒死病』の体躯を吹き飛ばす。
さらに帯電した雷は利家の体を巡り、さらに射出される雷の弾丸の威力を底上げしていくのだ。
だが、それ以上に数が多い。
こちらが雷の弾丸を放ち、爆発を起こす端から『病魔・黒死病』たちは、そのネズミの体躯でもって利家に覆いかぶさるようにして迫るのだ。
「チッ、数が多いか……だけど、こっから先には行かせられねーんだよね!」
迫る爪を受け止め、弾きながら利家は呻く。
敵の攻勢は凄まじい。
数に物を言わせたような侵攻であるのだから、当然と言えば当然だ。躱そうとしても、次から次に爪が迫る。
恐ろしく数の多い敵を前に雷の爆発は、さらに帯電を呼び込む。
「数で押し負けるものかよ!」
利家は、インビジブルからエネルギーを引き出し、融合を果たしながら、さらにこれを打倒していくのだった――。
冷静に、冷静にならなければならない。
空地・海人(フィルム・アクセプターポライズ・h00953)は、黒い大波の如き邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』の奥に消えゆく『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の背中を見た。
「クソッ、待ちがやれ!」
だが、そういったところで待つような男ではない。
海人は己の心が一瞬で沸騰するかのような感覚を覚えた。
だが、彼は頭を振った。
冷静にならなければ、と。
そう、このまま迫る『病魔・黒死病』の群れを無視して進もうものなら、敵の思う壺であったからだ。
これだけの数である。
一人で突破などできようはずもない。
数の暴威を覆すことができるのは、圧倒的な個であり、質である。
現状、EDENはそれらを個で兼ね備える者はいない。
なぜなら、インビジブルから引き出せるエネルギーの総量が簒奪者のそれとは大きく劣るからだ。
だからこそ、今、すべきことを海人は思い直した。
そう、やるべきことは『病魔・黒死病』の排除。そして、生命を救うことだ。
全て一度にできることではない。
「なら、このフォームだ! 現像!」
海人は、√汎神解剖機関フォームへ変貌し、迫る『病魔・黒死病』たちの爪の一撃を受け止めた。
本来であれば、病に侵されるところである。
しかし、このフォームは状態異常への耐性が高い。
そして何よりも、その力がフォームチェンジによって底上げされているのだ。そして、『病魔・黒死病』の群れを蹴散らすようにして『空撮爆弾・ハイアングルボマー』が飛来する。
「一匹たりとて逃さないぜ!」
『空撮爆弾・ハイアングルボマー』に飛び乗った海人は、さらに√能力を発露させる。
周囲のインビジブルと完全に融合を果たし、彼は一気に黒い大波を思わせる『病魔・黒死病』へと突っ込む。
「お前らの瘴気を俺の瘴気で上書きしてやるよ!」
特装圧縮銃を構え、空から海人は『病魔・黒死病』たちを撃ち抜いていく。
「悪意も病魔も、増殖なんてさせてたまるかよ!」
放つ銃撃。
それらに引き寄せられるようにして『病魔・黒死病』は海人に迫ってくるだろう。
数は圧倒的だ。
直ぐ様に海人は取り囲まれてしまう。
しかし、彼には考えがあった。
「程よく集まってきたな……けどな、それは惹きつけられたってことだぜ! 全て……吹き飛ばすッ……!」
覚悟はできている。
自らを巻き込むかもしれない攻撃。
だが、それでも自分がやらなければならないことを海人は理解していた。
敵を追うためには、この大波のような群れを穿たねばならない。
ならばこそ、この大技こそがふさわしいと海人は判断したのだ。
「ポライズ……エクスプロージョン!」
その声と共に覚悟を纏った爆発が瘴気と共に炸裂し、大波を穿つようにして『病魔・黒死病』を吹き飛ばすのだった――。
案の定、というのがディラン・ヴァルフリート(義善者・h00631)の抱いた感想だった。
それは彼にしかわからないことであるし、また同時に彼が何を欲しているのかを示すものでもあった。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男。
彼から得られるものはもうない。
むしろ、と彼が視線を巡らせたのは、ともに戦うEDENたちだった。
ここは絶対死領域。
死すれば戻ることのできぬ死地。
そこにあってなお、有象無象の生命と己とを天秤に乗せている。
ここに臨むEDENたちのほうがむしろ、彼にとっては興味の対象であった。
とは言え、だ。
やらねばならぬことがある。
迫る大波の如き邪悪なインビジブル『病魔・黒死病』。
これらを如何にかして退け、あの背を追わねばならないのだ。
「さて、僕も“正義の味方”として真面目に励むとしよう」
殊更に強調すべきところでもなし。ディランは迫るネズミめいた体躯を持つインビジブルを√能力の発露であるインビジブルの孤影から引き出したエネルギーに煌めかせ、電衝波で打ち据える。
そして、一撃で屠れないと見るや砕竜撃で粉砕するのだ。
それは交互に繰り返される連打であった。
増殖する『病魔・黒死病』であるが、これらを退けるためには、増殖を上回る速度でもってこれらを排除する必要がある。
合わせて、浄化の聖炎を噴出させながら、ディランはこれ以上先へと行かせぬとばかりに攻撃を繰り出し続けた。
「本来……あまり、繰り返すものでも……ありませんが」
こうも数が多いのならば、圧倒される。
しかし、彼の気はそぞろだった。
なぜなら、すでに興味の対象はEDENに移っている。
無辜の人々を守るために戦う者たち。もしかしたら、個々の理由があるのかもしれない。
どちらにしても、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男よりはよほど興味深い。
周囲に見える彼らの動きに足並みを揃える。
それは消極的な理由であったが、ディランにとっては、さしあたって当面の指針になるのだ。
彼は彼らを見やりながら黒い大波を穿つために拳を振るい続けるのだった――。
「今度は鼠……!? どこまでも悪辣な……!」
焦りが込み上げてくるのを久瀬・八雲(焔剣・h03717)は感じただろう。
事態は刻一刻と変化していく。
それは止めようがないものであった。
何より、生命が喪われていく。それが彼女にとっては耐え難いものであった。しかし、焦るわけにはいかない。そうなれば、あの『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の思惑通りにことが進むことになる。
であればこそ、焦りは禁物。
目の前の黒い大波の如く迫る『病魔・黒死病』を確実に穿ち、道を開かねばならないのだ。
「包囲されては、一巻の終わり……なら!」
走る。
距離を取る。
アスファルトを踏み抜くような踏み込みでもって八雲は、背に『病魔・黒死病』たちを背負う。
「追ってきますか、やはり……なら!」
踏み砕いたアスファルトを蹴り飛ばし、牽制としながら八雲は浄化の炎を放つ。
だが、その炎すら飛び越えて『病魔・黒死病』たちは迫るのだ。
焼却すら間に合わぬ速度の増殖。
「霊剣・緋焔――紅蓮剣匣!」
それは意思ある霊剣の過去の姿。
十二の霊剣が収まった匣であり、八雲の念を受けて宙を舞う。
「征け!」
それを蹴り飛ばすようにして放ち、十二振りの霊剣が飛ぶ。
大波を切り裂く。
だが、それを直ぐ様に塞ぎながら『病魔・黒死病』は八雲に迫るのだ。
「これでも数が減りませんか……ならば!」
霊剣を振り抜き、熱波を叩き込む。
突破口をこじ開けるために一網打尽を狙った斬撃である。そして、八雲は踏み込む。
飛翔する霊剣を己が周囲に舞わせながら、一気に駆け抜ける。
傷が身に刻まれていく。
血潮が飛ぶ。
病魔の瘴気が身を災難で行く。
それでも彼女は踏み込んでいった。
仲間のEDENたちがえぐり、数を減らした大波は、道を作っていた。
「何度だって邪魔すると言ったはずです! 悪意のままにはさせませんよ!」
八雲は霊剣を振るう。
その勢いのまま、彼女はEDENたちと共に大波を突破し、『邪剣・禍骨』を追うのだった――。
第3章 ボス戦 『邪剣・禍骨』
●小王劍
『どれだけ生きるのだとしても、土に帰る。
己は土塊。
なれど歩き回り、考えうる限りを考える土塊。
例え塵だから、塵に帰るのだと言われても、己の一片も奪われることはない』
「ハッ、しつこいのは知ってるけどさ、大概でしょ」
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、己の背に迫るEDENたちを見た。
彼らの瞳に強い意志を感じた。
なんとしてでも、という強烈なものだ。それはキラキラきらめいているようにも思えてならなかった。
破れかぶれでもなければ、死後蘇生があるから、という驕りもない。
それはそうか、と彼は笑った。
手にした小王劍。
その力が解放される。
EDENたちは己の『欠落』を埋め得る存在、Ankerとのつながりが途絶したのを直感的に理解しただろう。
寄る辺もなく、寄す処もない。
ただ独り海原に漂うかの如き不安が襲い来る。
故に『絶対死領域』。
「さって、追いつかれちゃったのなら腹をくくるしかねーよな。やるぜ、『邪剣・禍骨』。連中をすべからくぶち殺して」
「さらなる悪意を世にもたらさん。気高き理想の果てに、訪れる瓦解の様こそ、我らが悪意の結実であるがゆえに」
「ああ、そのためのEDEN衝動ってやつだ。さあ、EDENよ、見せてくれよ。あんたらがどれだけ、見ず知らずの誰かの為に生命を賭けられるのか。その理想の高さってやつを――!」
――――!!!警告!!!――――
※このシナリオに参加希望の方は、プレイングの冒頭に【死を覚悟する】と記載してください(【 】も必要)。記載がない場合は採用できません。
※前章までのご自身のキャラクターのリプレイにおける状態、🔴の数をよくご確認ください。ですが、それも宛にはできません。
※難易度をよくご確認ください。『至難』です。
※このシナリオは王権決死戦です。参加者には『絶対死』の危険性があります。
※絶対死したキャラクターは殆どのコンテンツが使えなくなり、二度と蘇ることはありません。覚悟のうえで、王権決死戦にご参加ください。
――――!!!警告!!!――――
●√
誰かの瞳に写った亀裂走る世界を視るのは『欠落』。
『欠落』を抱えるのは、その心が健全ではないからだ。
健やかな心には、忌むべき真実の記憶は刻まれない。
真実は時として人を不幸にする。
なら目指すべき約束の場所――楽園を知りながら、√能力者は皆等しく不幸である。
君は否定するだろう。
しかし、厳然として眼の前には真実しかない。現実は偽らない。偽るのは己の心だけだ。
それでも忘れることはできない。
√能力者は『欠落』得て、知ってしまったからだ。
正道ではない己を。
王道ではない己を。
さりとて邪道でもない己を。
ただ不幸にも異端に成ってしまった己を。
故に、君は視るだろう。
数多に重なった√を。
死することのできぬ運命は、今、『王劍』によって断絶された。
選べ。
その手で。
生か、死か。その√を――。
※修正。
※難易度は『難しい』でした。
「ああ、そうだな。だとすると、あんたの殺し方っていうのは、希望も一切合切見えぬような暗闇の中、というのがふさわしいのかもしれないな――」
語る言葉は世界を塗り替える。
折木・龍也(伏龍・h13162)は、追いすがった『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男が振り返り、そう語った言葉を聞いた。
刹那、怖気が背筋を走り抜けた。
まずい、と思ったのもまた刹那。
であれば、彼が取るべき行動はただ一つであった。
すなわち、防御。
暗転。
龍也は己が纏うようにして駆るWZ『ユーサネイジア』が激しく揺れたのを感じただろう。
「ヤロウ……絶好調だなッ」
「まだ慣らし運転のつもりなんだけど、あんたがそう感じるんなら、それは力の差ってヤツじゃあないか? それとも本気じゃないって言い訳でもするかい、死んだ後でもさぁ!」
「ずいぶんと、煽ってくれるじゃねえか!」
「煽りもするさ、殺し合いだからさ!」
機体が揺れる。
暗転した世界の中で龍也は己に迫る凶刃、邪剣の閃きを視た。
「チッ、破壊工作屋のお株を奪うようなことしてくれやがって!」
周囲は暗転し、惨殺空間がすでに広がっている。
攻撃は全て必中。
そして、WZの装甲すら切り裂くほどに鋭いのだ。
「一人で首狩りなんてガラじゃねえ……だが、目の前で好き勝手されるのが気に食わねえだけだ」
「あんたらのご高尚な衝動とやらは、生命だって簡単に賭けてしまえるんだろ? ならさあ、死ぬだろ。あっさりと!」
「理想ってのは、誰だって抱くものだ。それを!」
弾かれるようにして『ユーサネイジア』が距離をトランとする。
だが、距離を取ることは許さぬと凶刃が翻り、装甲を切り裂いていく。まるでバターか何かだ。
恐ろしく鋭く、また同時に二刀で振るわれる小王劍の斬撃もまた同様なのだ。
放たれる牽制射撃。ドローンを使っての特攻。
これらの弾幕すら容易く切り裂いて肉薄するのだ。
「どうしたよ! 接近戦は苦手ですって宣伝でもしてんのかな、なあ!」
「うる、せえなあ!!」
√能力。
最大震度でもって『邪剣・禍骨』を襲う霊能震動波。
それでもなお振り抜かれた邪剣が投擲となって迫る。とっさに片腕を掲げ、その投擲が腕部を両断する。
宙を翻り、腕部を両断した青い刀身が残光を描いて『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の手元に戻る。
なんとかコクピットと銃は守れたが、腕部を失ってしまっている。
ブースターで再び距離を撮りながら、射撃を叩き込む。
その中で、龍也は叫んだ。
「命を懸けるなとはいわねえ! だが、捨てるんじゃねえぞ! 俺には俺にできることをやる。削って、繋いで、次へ渡す」
龍也は己の限界を見極める。
まだ戦える。
戦えるのか。
この死と間際にある瀬戸際において、己は戦えるのか。
そうした思考を振り切り、彼は叫んだ。
続く者たちへ。
「それで全員帰れりゃ、上等だ――!」
「ハッ、全員、ねぇ? それで上等だってんなら、そりゃあ、あんたらはあまりにも俺のことを低く見積もっているんじゃあないか――?」
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、土煙が舞い上がる中、牽制射撃を切り払いながらも身に受けた震動が未だ体から抜けぬことに舌打ちした。
それもつかの間である。
僅かな苛立ちなど、すぐさま消して見せる。
彼は、頭を振って未だ震える手を見た。
腹立たしいし、苛立つが、それもコントロールできる感情の一つでしかなかった。
「悪意の連鎖を断ち切りましょう」
白銀の切っ先、旗槍が突きつけられる。
アネリス・コーネリウス(真紅・h09190)は手にした力を思う。
「悪意の連鎖なんてのは終わらねーよ。終わるわけがねーんだよ。俺等が人間である以上な。いや、知性がある以上とでも言えばいいかな? 悪意ってのは、どうあっても生まれるものなんだよ」
「だとしても、その連鎖はつなげてはならないものです」
アネリスは毅然と言い放った。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、その青い刀身の邪剣で空を切るようにして宙を斬った。
纏うのは、これまで惨殺せし犠牲者たちの怨霊である。
力が膨れ上がり、重圧が底抜けにましていくのを感じただろう。
「そう、私は見ず知らずの誰かのために生命を賭けられるから来ました。きっと今日助けた人達は一生縁のない人が大半です」
「そりゃあ、やりがいがないってもんじゃあないか? EDEN! 誰にも感謝されず、顧みることなく死んでいくことに未練は? 惜しさはないか? あるだろ。ないわけがないよな? だって、生きているんだ。誰だって報われたい。そういう人生でありたいと思うもんな!」
そのために己の生命を投げ出すのかと『邪剣・過骨』を持つ簒奪者の男はアネリスに斬り掛かった。
鮮血が舞う。
傷がましていく。
痛みが体の芯へと走っていく。
「そうかもしれません。誰だって報われたい。けれど、今までも誰かが――特定の英雄ではなくて、それこそ今も共に戦ってくれているEDENの皆さんのような、たくさんの勇気ある人達がそれぞれの方法で道をつなげてくれたから、今私はここに立てているのでしょう」
「勇気? そりゃあ、違うぜ、勘違いだ。そりゃ、蛮勇っていうんだ。無謀とも言うぜ! 事実、あんたは、ここで死ぬ。誰に見られることなく、この暗闇の惨殺空間で、血を失いながら死ぬんだ!」
広がる惨殺空間。
暗闇が視界を奪う中、アネリスは飛ぶ。
暗闇の中を駆けるは、|Heavenly Star《ヘブンリー・スター》。
星に手が届かないと知ったのは、いつだろうか。
そして、それでも諦めきれぬと手を伸ばすのは、憧憬ゆえか。
けれど、手を伸ばすことをやめないのを決めたのもまた自分なのだ。アネリスは、翼を得て飛翔する。
インビジブルと位置を入れ替え、飛ぶ度に青い剣閃が暗闇に翻り、彼女の体に傷を与えていく。
手にした旗槍で弾くこともできない。
恐ろしく疾い剣閃に翻弄されるしかない。霊的防護も意味をなさなかった。
無視できない痛みがアネリスの体から徐々に精彩を奪っていくようだった。だが、その瞳が。
「その目、気に入らねぇな! まだキラキラしちゃってさぁ!」
生きる。
死を覚悟してなお、生きることをやめない。
死ぬのは怖い。
当然のように恐ろしい。もっと上手くやることもできたはずだ。けれど、アネリスは不器用ながらも踏み出した。
その瞳に竜漿が集まっていく。
「生きているんです! 煌めくでしょう! 懸命に生きているんです! 輝かぬわけがないでしょう! だから、あの日憧れたんです!」
冒険者に。
彼らの背中に。
そして、その背中もまた彼女の中に連なりを示す。紡がれた意思は、彼女の竜漿魔眼に集約されたインビジブルから引き出したエネルギーによって暗闇の中で青い剣閃の隙を見出す。
「今の私が示せるものがあるのなら! それは」
「なんだよ! 破れかぶれの自暴自棄か!?」
「いいえ、覚悟です! そして、共に戦う仲間に道を繋げられると信じること! それが私の最善です!」
振るう旗槍の切っ先が迫る青い剣閃を弾き、火花を散らしながら『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の肩を貫いた――。
「チッ――なんとまあ、面倒なことだぜ、これはッ」
迫る旗槍の銀閃。
鋭き一撃が肩をえぐる。舌打ちが飛び、血潮も飛沫となって飛んだ。
しかし、『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、手にした小王劍を掲げた。
膨大なインビジブルを収奪する王劍。
小王劍とて、白き刃の煌めきを導べとして、インビジブルを集約させ得るのだ。
圧倒的な出力。
エネルギー総量。
通常の√能力者と簒奪者。
これらの間に横たわる溝は深い。
敗北に対しての要因は、ほぼ存在しない。
負けることなどありえない。
だが、それでもこれまで『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、EDENたちに敗北を喫してきた。
それは事実だ。
故に彼は油断しない。
「よぉ、邪剣と付属品」
「ハ? 誰だあんた」
「見覚えない? ああ、そうかそうかもな」
その言葉に ジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)は、己がインビジブル化しているのだと思い出した。
死の淵。
その縁に立っている。
自覚が力を膨れ上がらせ、己の姿が変容しているのだと理解する。
少女めいた容姿。
もしも、生きていたのならば、己のAnkerたり得たであろう存在のことを思う。
どちらでもいい。
そう思った。
「いや、改めて見るとあんたら見目はご立派なもんだ」
「わけのわからねーことを言うな。おべっか使っても良いことなんもねーぞ」
「んな余裕あるわきゃねーだろ」
ジェイドは言い放った。
死を覚悟してなお、実力差は明白。
とは言え、互いに命がけである。
「だったら、なんだってんだ? 悠長にお話でもしにきたか?」
「わーってるわーってる。終わらせに来たんだ」
引き抜くサバイバルナイフ。
剣呑な輝き。
しかし、それ以上に悍ましきは、これまで惨殺してきた怨霊を纏う『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の速さであった。
剣閃が走る。
二刀は十字に交差し、ジェイドが反応できたのは、そこまでだった。
どれだけ集中しても、瞬き一つ禁じても、それでも己に迫った斬撃を躱すことはできない。できないのだ。なら、どうする? どうすればいい?
「にゃー!!」
間抜けに過ぎる、という自覚はある。
だが、それは√能力だった。
叫んだ瞬間、視界内の対象を麻痺させる√能力。しかし、瞬きをすれば、その効果が喪われてしまうだろう。
それを禁じるために目を見開き、出力を上げる。
乾いていく眼球。
しかし、そこに揺らめくはインビジブルの孤影。引き出されたエネルギーが一瞬で枯渇する。だが、インビジブル化した体は、肉体を生きたまま変貌させている。
死ぬことなく、死を超える。
「バカ見てーなことを……クソッ、こんなので……動けないってのは! なんとかしろよ!」
「これま息を止めるような√能力よ。であれば、限界が来る」
「そうだろーな! けどさ、その間にできることがあるだろ!」
踏み込むジェイド。
手にしたサバイバルナイフの一撃が『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男に叩き込まれる。
無防備な体。
そこに刻まれた傷。
血が舞う。
だが、麻痺は長くは保たない。瞼を閉じた刹那、ジェイドは我が身に走る激痛に呻いた。
苦しい。
痛い。
熱い。
だが、ジェイドは少女の見た目ながらも踏みこらえた。
何一つして、無駄にしてはならない。
無駄にしない。
無駄にならない。
それをもう知っていいる。なぜなら、共に戦うEDENたちが示している。次につなげること。その意味を。
「無駄だったなぁ! ええ? ほんの僅かしか、俺の気を逸らすしかできなかった! 何もかも!」
「そうはならない。おれの生命も、この一撃も、だ。次に繋げるんだ。だから!」
サバイバルナイフは、渾身の力を持って振るわれた。
痛みが、さらに走り抜け、激痛が脳の神経を焼き尽くす。
「粗末にはしても、無駄にはしない。そう在りたいよな。そう在れるって証明しなくちゃ、この|悼傷痛《ムダニシナイ》はッ!!」
「ハッ……なんだよ、そりゃ……ッ!?」
押し込むようにして放たれた一撃だった。
苦痛など、どうにでもなる。
「腕の一本でも寄越せよ、付属品ッ!!」
繋げる。つなげる。次につなげる。
その強靭なる意思は、さらに紡がれるようにして『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男の右腕の力を奪った――。
「片腕が……動かねーか。しくじったなぁ……とは言え」
目の前に翻るのは、『邪剣・禍骨』。
青い刀身が残光を揺らめかせるようにして宙に舞う。簒奪者の男は、白い刀身の小王劍を手にした。
片腕はもう使い物にならないだろう。
それはEDENたちが為したことだ。
恐るべきことに、これだけのインビジブルを集め、圧倒的なエネルギー総量を誇ってなお、EDENたちは迫る。
肉薄している。
追いすがっている。
これを恐るべきことと言わずして、なんと言う。
油断はなかった。これまでの敗北を糧にしてきた。だというのに、彼は追い詰められている事態を冷静に分析する。
数の問題か?
いや、それも違う。
如何に数が多かろうが、有象無象であれば意味がない。それは証明されていることでもあった。
であれば、何が違う?
衝動の有無か? 果たしてそうなのか?
「物語は我が手に―― 共に歩み、重ねた頁よ。花水木の揺れる場所へ――綴りましょう」
「2人綴るは花水木寄り添う旅路」
言葉が重なる。
意思が重なる。
その重なり合ったものが、煌めきとなってインビジブルの孤影から引き出されたエネルギーと共に発露し、√能力へと姿を変えた。
|花水木の収斂《フロリレギウム》。
旅路を語る。
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)と神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)のこれまでの歩みを。そして、これからの歩みを。
それらが彼女たちの戦う力へと変わる。
花水木の揺らぐ箱庭へと変貌した戦場の中で、主人公は二人いる。
『邪剣・禍骨』を持つ簒奪者の男は、やはり舌打ちした。
苛立ち、だろうか。
それとも別の感情だろうか。それは彼にしかわからないことだった。
「だとしてもだ。旅路ってのは、終わりを迎えるものだ。それが今であるかもしれないってことに想像をはせることができないのは、それはそれで欠陥じゃあないのか? そうとは考えられないか? EDEN。あんたたちの歩みが、今日終わるかもしれないってことを、想像もできないか!」
「楽しい思い出も、厳しい戦いも。無力感に苛まれたことも。あなたと戦ったのだって一度や二度ではなく」
迫る邪剣は剣閃となってシンシアを襲う。
だが、その一撃を境華は携えた霊刀で弾いた。互いに視線が交わることはなかった。ここにあって、彼女たちの斬撃は必中。
慌てることはない。
ただ、互いを守ることに注力するのではなく、互いの死角をカバーすることに力を注ぐ。
弾く。
剣戟が響き渡りながら境華は簒奪者の男へと斬り掛かった。
小王劍と火花を散らす霊刀。
押し負ける、と思った。
「一人だけでも、二人だけでもなく。連なる皆さんと――どんな悪意にも、抗って見せます」
「悪意に抗うだ? そんなもの、なんの足しになる。絶対的な力の前には、そんなもの、屈するほかないんだぜ? それで何を守るってんだ?」
「誰かの日常を。それが確か願いです」
「滑稽だな! 自分より他人を優先するだなんて! それはさ、偽善っていうんじゃあねーのか?」
「確かにそうかもしれません。この期に及んで、私は……シンシアさんと二人で生きて帰りたい。でも」
「どっちもは許さねーよ! 許されるわきゃねーだろ!」
「どちらかを捨てるつもりはありません。欲張りで結構。それだけの価値がある望みです!」
「だったら、その価値ごとぶった切ってやるよぉ!!」
弾き飛ばされる境華。
しかし、入れ替わるようにして邪剣を弾いたシンシアが踏み込む。
背に邪剣が迫るも、今度は境華が受け止めた。
「私達の、そして誰かのささやかな日常を守ることこそが、いま私達が貴方に立ち向かう理由だと思うのです」
「それはつまんねー動機だよな! そんなもんか、EDEN衝動ってのは、そんなつまらねーもんなのか? そんなありきたりなもんで! 俺を、悪意を止められるとでも!」
「二人でも、こんなにも心が湧き上がるのです。内側から! この衝動が止まらないのです。なら、もっと多くの人達とだって……!」
「できるものかよ! それが、その繋がりが! 誰も彼もと得られるんなら、人間、もっと平和的なもののはずだぜ! 善意なんてのはな、悪意の裏返しでしかねーんだよ! それを知らず、ただ衝動のままに戦うあんたらには!」
「形容する言葉など、なんだってよいのです」
己を突き動かす思いがある。
だからこそ、戦える。
陽炎に消えるようにして邪剣と簒奪者の男の姿が薄れていく。
「物語は我が手に──糸に歩みと意志を結び記した古き結縄よ。二筋の糸に互いの感覚を束ね、いま一時、迷わぬ導きをお貸しください」
境華は互いの意思と動きを繋ぐ金銀の撚り合わさった糸を放つ。
それはシンシアとだけではない。
この場に至ったEDENたち全てに絆がれていた。
そして、それはシンシアからも放たれている。
「結縄は確かに歩みと意志を伝えて」
絆がる。
それは、確かな力だった。
ただ、繋がるというだけなのならば、ただの力でしかない。
単純な力だ。
だが、もしも。それを互いのうちに感じることができたのならば、さらに強大な力に押しつぶされぬ強固なものへと変わりゆくだろう。
シンシアと境華は理解していた。
己達が紡いだのは、金銀の撚り合わさった糸だけではないのだ、と。
この衝動、すなわち――Endless Desire for Essential Nexus――つながりを求める限り無き欲望は、見えぬものを見る。
煌めく瞳は、燦然と闇を照らす。
「きっと大丈夫です。隣にいてくれる人を、そして共に戦う皆さんを信じられる」
それはきっとEDEN衝動を持ち得る者たちが感じ取れる力。
その糸が紡がれ、悪意の狡猾さを照らした――。
●√
理想は掲げられるものだ。
それが眩いものであると信じているからでもある。
そして、同時に眩きものは暗澹たる未来を照らしてもくれるだろう。
未来を信じられない。
悪意に満ちた世界を歩くことも恐ろしさというものを、知っているから。
だから、止めねばならないのだ。
世界は重なり合っている。
もしかしたら、それはどれもが他愛のないものであるかもしれない。本来なら、知るべきものではないのかもしれない。
悪意は、人の中にある。
それはどうしようもないものである。
だが、他者がいなければ向けようのないものだ。剣の切っ先とて、振るうべきものがいなければ無用の長物に他ならない。
きっと、そういうものなのだと思う。
眩い光が、悪意を照らす。
そして、虚無主義は人の心を欠落させる。
贖うためか。
それとも補うためか。
簒奪せしものは、虚のごとき穴に注ぎ込まれていく。そして、際限がない。だからこそ、飽くなき欲望こそが正しいのかもしれない。
未知を既知にするのが、人の歩みだというのならば、決して照らすことのできぬ闇があることもまた知らねばならない。
だから、よかった、と思ったのだ。
ここで倒さねばならぬ悪意の形を見た。
欲するを得る。
それは生命体として当然の欲求であった。
欠けたものを埋める。それは理解できるものであった。
だがしかし、理解できえぬものもあっただろう。理解と偽りながらも、そこにあるのは羨望の眼差しでもあった。
それを手放した身からすれば、あまりにも安易。
さりとて、譲る道筋もなく。
ただ、対決するしかない。
悪意と、ではない。結局、そこにあるのは敵ではなく、己の似姿めいた他者であるから。
そして、思うのだ。
他者と己との違いを。
どうしてこうも他者と己は違うのかを。
そして、その違いを認識するために、他者を傷つけるというのならば、それは方法を違えたとしかいいようがないだろう。
人を思う。
他者を思う。
似ているようでいて、違う。
誰かの営みを穢し、損なうことでしか、実感できぬ己があるというのならば、それこそ道を開けてもらう他ない。
結局、人の環に加われぬものは、去るしかないのだ――。