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⚡装宴
ユーカリが丘冒険王国。
今その最奥部では、封印されていた大魔王の遺体を獲得したヘッドスライムが、恐るべき力を我がものとしていた。
大魔王復活。それは、決して見過ごすことのできない脅威である。
この異変に気づいたのはEDENだけではなかった。
他の√からも、強大な力を狙う簒奪者たちが、続々とユーカリが丘へ向かっているのだ!
その中に、ひときわ異様な存在があった。
「感じるぞ……!」
ずるずる。
「この先から、実に素晴らしい気配を感じるぞ……!」
何かが近づいてくる。
それは、およそ人間の理解を超えた存在だった。
人の形をしているようにも見える。だが、果たしてそれを人と呼んでよいものか。無数の触手が蠢いているようにも、幾千もの瞳がこちらを見つめているようにも思える。もっとも、実際のところはよく分からない。
何故なら、その全身には丁寧にモザイクがかけられていたからだ。
見る者を狂気へと誘う、冒涜的な姿。
その恐ろしさたるや、モザイクなしでは直視することすら許されない。
「和装! 洋装! 中華服! 民族衣装!」
何やら楽しそうな声がする。
「可憐なドレスもよい! 凛々しい軍服もよい! メイド服も捨てがたい! いや、ナース服という選択肢もあるな……!」
楽しそうな声がする。
「だが、待て。待つのだ、我よ。まずは対象を見極めねばならん。衣装とは、ただ纏わせればよいというものではない! その者の魅力を最大限に引き出してこそ、真の着せ替えというもの!」
モザイクの向こうで、何かが大きく頷いた。
自分の発言に、深く感銘を受けたらしい。
そう。
彼こそは、着せ替え大好き異界の神!
衣装に対する愛しさと切なさ、そして溢れんばかりの情熱を語れば、周囲一帯を己の理想とする着せ替え空間へと変貌させることができる。ひとたびその領域へ踏み込めば、誰もが異界の神の趣味嗜好に基づいた衣装を纏わされることになるのだ!
「ふはははは! 待っているがよい、ユーカリが丘の者ども!」
高らかに笑う。モザイクが揺れる。
「我が彼の地へ辿り着いた暁には、全ての者に最高の衣装を与えてくれよう! もちろん、着替えは一着で終わりではないぞ! 何着でも! 何十着でも! 我が満足するまで着せ替えてくれるわ!」
恐ろしい宣言だった。
実に恐ろしい宣言だった。
「む? そういえば我は何をしに向かっていたのだったか」
他√の簒奪者として、この地へ赴く本来の目的。
「――まあ、よいか。今は何より、着せ替えだ!」
こうして、ユーカリが丘に新たな脅威が――脅威が、迫っていた!
✦
「……変な奴が来たな」
ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)は、少しばかり困った顔をした。
封印された大魔王の力をヘッドスライムが手に入れたことにより、今、この地では大規模な戦いが始まろうとしている。
その脅威に引き寄せられた他√の簒奪者たちも続々と接近中だ。彼らの侵入を許せば、ダンジョン内部での戦いはさらに混迷を極めることだろう。
「よく来てくれた。おまえたちには今から、ユーカリが丘線の防衛に向かってもらいたい」
机上の地図に指を滑らせ、ジャンが告げる。
「ユーカリが丘線は、冒険王国の最終防衛ラインだ。ここで敵を食い止めて、ダンジョンの中へは絶対に入れないようにする。そういう作戦だな」
線路上には迎撃電車『こあら号』も配備されており、搭載された兵器を使って敵を迎え撃つことも可能だ。
本来ならば、激しい攻防戦が繰り広げられるはずの場所である。
だが。
「今回の敵は……『着せ替え大好き異界の神』という奴らしい」
ジャンは一度、手元の資料を見直した。
「名前からしてふざけてるけど、これでもちゃんとした敵だ。星詠みで確認した限り、すごく強い力を持っている。直視したら発狂するような姿をしてるらしい」
なんでも、あまりにも冒涜的な姿をしているため、全身にモザイクがかかっているのだという。
「ともかく、そいつは着せ替えが大好きなんだ。とにかく大好きなんだ。何よりも好きなんだ」
和装、洋装、中華服。異国情緒溢れる民族衣装に、優雅なドレス、格好いい軍服。果てはメイド服やナース服まで、その趣味は実に幅広い。
そして困ったことに、この異界の神は、目に入った者を片っ端から着せ替えようとする性質を持っている。
「気に入った衣装を着せるまでは攻撃をやめないらしい。嫌がっても駄目。逃げても駄目。何なら嫌がる姿も楽しむらしい」
実に厄介な相手である。
「だけどな。こいつには、ひとつ大きな弱点がある」
ジャンは、そこで勿体ぶるように一度言葉を切った。
「……着せ替えが大好きなんだ! つまり! おまえたちが着せ替えられてやればいい!」
それは先ほども聞いた気がする。
しかし、ジャンは自信満々に続けた。
「こいつは衣装を着せることに夢中になると、他のことがどうでもよくなるらしいんだ。だったら、その気が済むまで着せ替えに付き合ってやればいい! そうすれば、ダンジョンに向かうどころじゃなくなるだろ?」
つまり。
――今回の作戦は、「異界の神が満足するまでひたすら着せ替えられる」ことだ!
華やかなドレスに身を包むもよし。
普段は袖を通さない民族衣装に挑戦するもよし。
可愛らしいメイドさんになってみるもよし。
もちろん、格好いい騎士服や、きりりとしたスーツ姿だって歓迎されるだろう。
異界の神は、ありとあらゆる可能性に情熱を燃やしている!
「自分から『こういう服を着てみたい』って言ってみるのもいいかもな。あいつ、衣装の話だったらいくらでも乗ってくるみたいだから」
気に入った衣装を持参して、着こなしを披露してもいい。
あるいは、異界の神に全てを任せ、見たこともない自分と出会ってみるのも悪くないだろう。
仲間同士で衣装を選び合う、なんていうのも楽しそうだ。
「普段とは違う格好をするのも楽しいだろ? せっかくだから、おまえたちも楽しんでくればいいさ」
ジャンは笑って、それから地図へと視線を戻した。
「それと、もうひとつ。今回の戦いでは、おまえたちに決めてもらいたいことがある」
ユーカリが丘迷宮戦は、これ一度きりの戦いでは終わらない。
大魔王の力を得たヘッドスライムの撃破を目指し、各地では今も様々な作戦が進められている。
「この先どこで何をするか。それは、現地に行ったおまえたち自身に選んでもらうことになっている」
ジャンは地図に記された五つの作戦を順に指差した。
「どれも大切な作戦だ。一緒に戦う仲間と相談して、次はどこへ行きたいか、意見を聞かせてくれ」
その選択がこれからの戦況を左右することになる。
やがて訪れる最終決戦の行方にも繋がっていくだろう。
「ま、おまえたちなら大丈夫だろ。どんな服を着たって、きっと似合うさ」
王様は、そう言って笑った。
さあ、出発だ!
迫り来る異界の神。
脅かされる冒険王国の平和。
そして、待ち受ける数々の衣装!
世界を守るために必要なのは、勇気か、知恵か。
それとも圧倒的な着こなし力か。
これまでのお話
第1章 ボス戦 『着せ替え大好き異界の神』
ユーカリが丘線の沿線に現れた異界の神は、今日も今日とて絶好調!
「ふはははは! よくぞ来た、若き乙女たちよ! 我が至高の着せ替え空間へようこそ!」
どこからともなく鳴り響くファンファーレ。足元には柔らかな絨毯が広がり、宙には幾つもの姿見が浮かび上がる。色とりどりの布地が花びらのように舞い、リボンやレースが渦を描いたかと思えば、あっという間に立派な衣装室の出来上がりだ。
もっとも、その中央にいるのは、全身にモザイクのかかった得体の知れない存在なのだが。
「……ねえカレン、カレンは着てみたい服ってある?」
そんな異様な光景を前にしても、世良・きらら(星の魔法少女『スター・トゥインクル』・h12884)の声は明るかった。
「私は……うーん。これっての、そんなないかも」
「いや、私もないけど。なるべく無難なやつが……って、きらら?」
篠杜・カレン(祈りの魔法少女『オリゾン・ライト』・h12997)は、隣の少女を振り返った。
着たい服は特にないと言っていたはずのきららが、今や興味津々といった様子で神へ話しかけている。
「ねえ、異界の神。本当にどんな服でも着せられるの?」
「無論ッ! 古今東西、あらゆる衣装を我は網羅しておる! 清楚! 華麗! 勇壮! 可憐!」
「へえ、すごいね! じゃあ、まずは可愛いのがいいな。普段は着られないような、ちょっと特別なやつ!」
「きらら!?」
話が違う。世界の平和を守るためとはいえ、カレンはもう少し慎重に事を進めるつもりだったのだ。
しかし、異界の神は待ってましたとばかりに腕を振り上げた。
「ふははは! よかろう! まずはそなたからだ!」
次の瞬間、きららの足元から星屑のような光が舞い上がった。
黒い髪に結ばれるのは、深い夜空の青をしたリボン。ふんわりと広がるスカートは黒を基調に、裾へ向かって群青から淡い青へと色を変え、細かな銀糸で星座の刺繍が施されている。白いレースを幾重にも重ねたパニエが柔らかな膨らみを生み、胸元には小さな星形のブローチ。袖口を彩るフリルも、編み上げの靴に飾られたリボンも、どこまでも繊細で愛らしい。
夜空をそのまま仕立てたような、星降るゴシックロリータだった。
「わあ……! すごい、星がいっぱい! ねえカレン、見て見て!」
きららの碧い瞳が輝く。くるり、と少女がその場で回れば、スカートが大きな花のように広がった。銀糸の星々が光を受けて瞬き、まるで本物の星空が揺れているようだ。
「えへへ、似合う?」
「うん、似合ってる。……けど、ちょっと、そんなに回ったら」
「わっ!」
勢い余ってふらついたきららの腕を、カレンが慌てて掴む。
「ほら、言わんこっちゃない」
「えへへ、ごめん。でも、すごく綺麗なんだもん」
「……それは分かるけどさ」
カレンは小さく息をつきながらも、思わず頬を緩めた。きららがあんなふうに目を輝かせていると、こちらまで楽しい気持ちになってくる。
「……ほんと、こういうの似合うよな」
「カレンも着てみる?」
「いや、私は遠慮しとく」
思わず素の口調が零れる。そんなカレンを見上げて、きららはくすくすと笑った。
――しかし、いつまでも見物人でいられるわけではない。
「さて! 次はそなたの番だな!」
とうとう異界の神の関心が、カレンへと向けられた。
「……できれば、普通の服でお願いします」
「承知した! まずはそなたの好みを見せてもらおう!」
意外にも、最初の衣装はカレンにとって馴染み深いものだった。
深いカーキ色のショート丈ミリタリージャケット。肩には小ぶりなエポレットが付き、袖には黒いベルトがあしらわれている。中には白いロゴ入りのシャツを合わせ、ボトムスはゆったりとした黒のカーゴパンツ。膝や太腿に設けられた立体的なポケットが機能的な印象を与え、足元の厚底スニーカーが全体を軽快に引き締めていた。
腰には細いチェーンが揺れ、黒髪に混じる赤と白のインナーカラーが、落ち着いた色合いの中で鮮やかなアクセントとなっている。
「……ふぅん。悪くないじゃん」
鏡に映る自分を眺め、カレンはジャケットの袖を軽く引いた。動きやすく、肩も凝らない。これなら普段着としても十分使えそうだ。
「わあ、カレン、かっこいい!」
「そう?」
「うん! なんか、すっごくカレンらしい!」
「まあ、こういうのは好きだから」
照れ隠しにポケットへ手を突っ込むと、きららがまた笑った。
そう言われると悪い気はしない。むしろ少し背筋を伸ばしてしまう自分がいる。まったく、調子が狂う。
「ふむ。実に良い。だが――そなたには、まだ秘められた可能性がある!」
「……は?」
「今こそ、その扉を開く時!」
嫌な予感がした。大いにした。
「ちょっと待――」
「変身ッ!」
抗議が終わるより早く、カレンの身体を桃色の光が包み込んだ。
カーキ色のジャケットが消え、代わりに現れたのは、淡いピンクのワンピース。胸元には大きなサテンリボンが結ばれ、首元には小粒のパールを連ねたチョーカーが輝いている。肩をふんわりと覆うシフォンのパフスリーブには、透けるようなレースが重ねられ、細いウエストから広がるスカートには、苺の花と小さなハートの刺繍が散りばめられていた。
その下には何層ものチュールとオーガンジー。動くたびに柔らかな布が空気を含み、まるで砂糖菓子のようにふわふわと揺れる。
どこからどう見ても、甘く可憐なお姫様スタイルの完成だった。
「なっ……! ちょ、これは私には――!」
カレンの顔が、みるみる赤く染まっていく。
魔法少女の衣装ですら、最初は気恥ずかしくて仕方がなかったのだ。ようやく人前で堂々と着られるようになったというのに、これは、その何倍も甘い。
どこを見ても可愛い。可愛い。可愛い。
そして何より。
「きゃー! きゃー! きゃー!」
隣から、とんでもなく高い歓声が上がった。
「カレン! 何これ、すごい可愛い! とっても可愛い!」
「き、きらら、声が大きい!」
「だって、だって! すごいよ! こんなに似合うなんて! ねえ、普段からこういう服着ないの? もったいないよ!」
「着ない! 絶対着ない!」
カレンは真っ赤になりながら言い返した。しかし、きららは止まらない。右から左から覗き込んでは、可愛い、可愛いと繰り返す。その度にカレンの顔は熱を増し、ついには耳まで赤くなってしまった。
「異界の神! 私でばっかり遊ばないで!」
「むむ?」
「次はきらら! きららも着せ替えて!」
「えっ、私?」
突然の指名に、きららが瞬きをする。
「ふははは! よかろう! ならば今度は、そなたの新たな一面を引き出してくれようぞ!」
異界の神が腕を振り上げると、きららの服が光の粒となってほどけていく。
現れたのは、濃紺のテーラードジャケットだった。肩の線をきりりと整えた端正な仕立てに、銀色のボタンが二列。中には白いシャツを合わせ、首元には細身の黒いネクタイ。腰から足首へ向かってすとんと落ちるスラックスは、少女の小柄な体格に合わせて絶妙な丈に整えられ、足元には磨き上げられた黒のレースアップシューズが光っている。
長い黒髪は低い位置でひとつに束ねられ、前髪が少しだけ横へ流された。耳元に光る小さな銀の星が、唯一の可愛らしい飾りだ。
それは、夜空のような色合いを纏った、凛とした少年風の装いだった。
「……あれ?」
きららが、固まった。
先ほどまで軽やかにスカートを翻していた少女が、今度はぴくりとも動かない。
「……きらら?」
「…………」
「おーい」
カレンが顔を覗き込むと、きららは俯いたまま小さく震えていた。長い髪の隙間から覗く耳が、真っ赤に染まっている。
「……絶対、こんなの似合わないよ……」
「え?」
「だって、私、こういうの着たことないし……」
きららはネクタイの先を指で弄びながら、ますます顔を伏せてしまう。
あれほど自信満々に可愛らしい衣装を着こなしていたのに。カレンは一瞬ぽかんとして、それから堪えきれずに笑ってしまった。
「……ふっ」
「カレン!?」
「だって、さっきまであんなに楽しそうだったのに」
「だ、だって! こういうのは違うんだもん!」
むきになって言い返すきららの姿が、なんだか妙に可愛らしい。いつもは朗らかな少女が、こんなふうに恥ずかしがるなんて。思いもよらない一面を見つけた気がして、カレンは笑みを深めた。
「そんな恥ずかしがることないって。似合ってるよ。なあ?」
カレンが異界の神へ同意を求める。
「無論ッ! その端正な装い! そなたの碧眼を引き立てる深き紺! 長い髪を束ねたことで生まれる凛々しさ! いずれも見事な調和である!」
「ほら、神様もこう言ってる」
「で、でも……」
「私だって、この服は恥ずかしいんだから」
カレンは自分のスカートを少し摘んでみせた。
「……でも、きららが似合うって言ってくれたのは、嬉しかったよ」
思いがけない言葉に、きららが顔を上げる。
カレンは少しだけ目を逸らした。自分で言っておきながら、こんな台詞はやっぱり照れくさい。
「だからさ。私が似合うって言ってるんだから、もうちょっと自信持ちなよ」
「……カレン」
その言葉は、何よりもまっすぐだった。
きららはしばらく黙っていたが、やがてそっと鏡へ視線を戻した。そこにいるのは、いつもの自分とは少し違う少女。可愛らしいフリルも、ふんわりしたスカートもない。けれど、すっきりとした襟元も、背筋を伸ばした姿も、思っていたほど悪くはないのかもしれない。
異界の神が大仰に両腕を広げると、周囲を彩っていた布地やリボンが、名残惜しそうに宙へ舞い上がった。
「今日のところは、これにて満足としよう!」
満足げな高笑いを残して、モザイクの塊はどこかへと去っていく。
カレンはその背中を見送りながら、長い息を吐いた。
「……結局、私たち、何しに来たんだっけ」
カレンは自分の甘いピンクのスカートと、隣に立つきららの凛々しいスーツ姿を見比べて、思わず吹き出してしまう。
確かに、戦いは終わったのだ。
世界の平和は、今日もこうして守られている。
……少なくとも、二人の新しい一面が、無事に見つかったことだけは確かだった。
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『普段と違う装いに挑むなら、まずは得意な色をひとつ残すがよい! カレンの赤、きららの夜空の青のようにな! 馴染みの色があれば、初めての衣装もぐっと自分らしく着こなせるぞ!』
着せ替え大好き異界の神。
その恐るべき名を前にして、緇・カナト(hellhound・h02325)は少しばかり首を傾げた。
「着せ替え大好き異界の神! ……なんだって?」
世界の平和を守るために着せ替えられてこいというのだから、随分と奇妙な話である。もっとも、深く考えるのも面倒なので、カナトはすぐに笑って頷いた。
「ま、イイか。それじゃあ牛鬼くんを着せ替えて遊ぼ~」
「おやおや。ぼくは玩具ではありませんが?」
隣から聞こえた抗議は野分・時雨(初嵐・h00536)のものだった。その口元には、薄い笑みが浮かんでいる。
ユーカリが丘線の沿線には、いつの間にか豪奢な衣装室が出現していた。天井にはシャンデリア、壁一面には色とりどりの衣装。宙を漂う布地の向こうでは、巨大なモザイクの塊が誇らしげに揺れている。
「ふはははは! よくぞ来た! 我が至高の着せ替え空間を堪能するがよい!」
「お洋服って、自分で選ぶと同じものになりがちだよね~」
時雨は並んだ衣装を眺めながら、のんびりと言った。
「自分で選ぶのは面倒臭いけど、人のを選ぶのは楽しいんだよね」
「分かる分かる。じゃあ、まずは時雨くんの服を選ぼっか」
「おや?」
「普段は和装の印象が強いけどさぁ、洋装とか中華風とか、色々あると思うんだよね。個人的にはスチームパンク風とか~。産業革命感のある、歯車ガチャガチャのやつ!」
「すちーむぱんく。産業革命。……ごちゃごちゃしてない? 動きにくいのは嫌ですよ?」
「そうそう、ゴーグルとか付けたらオシャンだよねぇ」
時雨の懸念は綺麗に聞き流されたが、異界の神は勢いよく身を乗り出した。
「案ずるな! 機能性と意匠の両立こそ、我が腕の見せ所よ!」
神が腕を振り上げると、時雨の周囲を琥珀色の光が包み込んだ。
現れたのは、深い焦茶色のシャツと細身の黒いトラウザーズ。上から重ねられた短丈のベストには銅色の刺繍が走り、腰には小さな革ポーチと懐中時計のチェーンが揺れている。
足元は柔らかな革のロングブーツ。片肩を覆う短いケープには真鍮の留め具が光り、背中に隠した蜘蛛脚や野牛の角を妨げないよう、細部まで巧みに仕立てられていた。
そして最後に、額へ乗せられたのは真鍮製のゴーグル。丸い琥珀色のレンズには、小さな歯車の飾りが添えられている。
「おお~! いいじゃん、牛鬼くん!」
「……ふむ」
時雨は鏡の前で肩を回した。思ったよりも軽く、腰を捻っても布地が突っ張らない。
「意外と悪くないね。ごちゃごちゃしてる割には」
「でしょ? ゴーグルも似合ってるよぅ」
「これは好きかも」
時雨はゴーグルを下ろし、レンズ越しにカナトを覗いた。金色の瞳が琥珀の硝子越しに悪戯っぽく細められる。
「どうです、カナトさん。機械の修理でも承りましょうか」
「似合う似合う。なんか秘密の発明とかしてそうだねぇ」
「お代は高くつきますよ?」
軽口を交わしながら、時雨はくるりと踵を返した。なるほど、人に選んでもらうのも案外悪くない。
「さて、次はカナトさんの番だね」
「オレは何でも似合うからなぁ。何にしようね」
「そうだなあ……うーん、カナトさんの中華服って見たことないかも」
「あれ、中華テックだったら着たことあるよ?」
「テックじゃないやつ! きっちり着込みがちだし、騎士みたいなのも似合いそうだけど……せっかくだから~」
時雨は神へ向かって、ひょいと片手を上げた。
「神様~! 中華いっちょ出前頼みます!!」
「承ったァ!」
景気のよい返事とともに、カナトの足元へ紅い光が広がった。
「出前って、服も頼めるんだねぇ」
「便利な世の中になったものです」
そんな呑気なやり取りの間に、衣装が形を成していく。
カナトを包んだのは、濃い墨色を基調とした伝統的な中華風の長袍だった。立ち襟から胸元へ並んだ盤扣は黒い組紐で結ばれ、袖口と裾には銀糸による雲紋の刺繍。重ねられた深紅の袖なし外套には、控えめな龍の文様が織り込まれている。
腰には幅広の帯と黒朱の飾り房。足元は柔らかな黒革の長靴で、髪には銀の飾りが月明かりのように輝いていた。
長い布の流れと端正な立ち襟が、カナトの柔和な面差しにどこか近寄り難い気品を与えている。
「おや。ずいぶん立派になっちゃったね、カナトさん」
「思ったより本格的だねぇ」
カナトが袖を広げれば、紅と墨色が美しい弧を描いた。
「どこかの若様みたいですよ」
「じゃあ時雨くん、護衛でもしてくれるかい?」
「お給金次第だねえ」
「食べ放題付きなら?」
「それ、カナトさんの方が喜ぶ条件では?」
指摘されても、カナトは楽しそうに笑うばかりだった。
さて、互いの最初の衣装は無事に披露された。となれば、次はもう少し冒険してみたい。
「そういえば、ぼく、着てみたいものがあるんですよ」
「ほう! 申してみよ!」
「ほら、あれ。空気の着ぐるみみたいな、ティラノサウルスのやつ。着たまま走ったりするでしょう?」
「……ティラノサウルスの着ぐるみとか着てみたいの?」
「うん。あれ面白そうじゃない? わんちゃんどうよ」
時雨は至って楽しそうだった。
「ほほう……よい! 実によい発想だ!」
異界の神が指を鳴らす。
次の瞬間、時雨の姿は巨大な茶緑色のティラノサウルスへと変貌していた!
丸々と膨らんだ胴体に、ぎざぎざの白い歯が並ぶ大きな口。背中には小さな棘が連なり、長い尻尾が床の上をゆらゆらと揺れている。軽く光沢のあるナイロン生地は腹側だけ淡いクリーム色で、短い前脚には小さな爪まで付いていた。
内蔵された送風機は、低い音を立て続けている。
「…………」
カナトが黙った。
先ほどまで洒落たスチームパンク姿だった牛鬼の男は、もういない。そこにいるのは、どう見てもティラノサウルスである。
「どうです、カナトさん」
「……ふっ。あはははは! 牛鬼くん、それは反則!」
時雨は構わず短い前脚をぱたぱたと振り、よたよたと歩き出したかと思えば、勢いをつけて走り始めた。
ぼふっ、ぼふっ、と膨らんだ足が絨毯を踏み、長い尻尾が左右に揺れる。
「おお、意外と走れる!」
「ちょ、時雨くん、こっち来ないで、あはは!」
「がおー」
カナトは腹を抱えた。気品ある中華服姿のまま笑い転げるものだから、その落差がまた可笑しい。
「これは楽しいねえ。見た目の割に身軽ですよ」
「それ、暑くないの?」
「送風機が頑張ってくれてるからね。快適、快適」
「へえ~。いいなぁ」
時雨は恐竜の大きな頭を傾けた。
「ねー、カナトさんもティラノ着なよ」
「いやいや、オレはいいよ。せっかくだから別のがいいなぁ」
「残念。二頭で走ったら絶対楽しいのに」
心底惜しそうな時雨へ、カナトは笑って手を振った。
「次は何を着ようかなぁ。全然違う雰囲気の服がいいよねぇ」
「エジプトっぽいのとか?」
「それも楽しそうだけど、オレは露出度が高すぎないなら何でもいいな~……じゃあ、お任せで!」
「よかろう! 最後は我が選び抜いた逸品を披露してくれよう!」
異界の神が高らかに宣言した。
カナトの長袍が光の粒となってほどけ、代わりに乾いた風が衣装室を吹き抜ける。足元の絨毯は赤茶けた大地へと変わり、遠くには夕陽に染まる岩山が広がった。
「広大なる荒野を旅する者、自由なる西部の風を纏うがよい!」
現れたのは、古き西部劇を思わせるウェスタンスタイルだった。
生成り色のシャツは、肩と胸元に焦茶色の切り替えが入ったウェスタンヨーク仕立て。前立てには燻し銀のスナップボタンが並び、襟元には深紅のバンダナが緩く結ばれている。
上から羽織るのは、使い込まれた風合いのダークブラウンのレザーベスト。細かな皺と艶を宿した革の表面には、控えめな型押し模様が施されていた。
ボトムスは濃いインディゴのストレートデニム。腰には大ぶりの銀色のバックルを備えた革ベルトを締め、足元には焦茶色のウェスタンブーツ。つま先には飾り縫いが走り、踵には小さな銀細工が輝いている。
そして仕上げはもちろん、広い鍔を持つ黒のカウボーイハット。
高貴な若様のようだったカナトが、今度は荒野を気ままに旅する、飄々としたガンマンへと変身していた。
「おお~!」
カナトは帽子の鍔を軽く持ち上げ、鏡の中の自分と目を合わせた。
「ウェスタンかぁ。なかなかオシャンじゃない?」
「おやおや。随分と男前になりましたねえ。西部の賞金稼ぎ?」
「ふふ、賞金稼ぎかぁ。似合ってる?」
「うんうん。よく似合ってるよ」
カナトは腰に片手を添え、帽子の鍔を押さえた。それだけで、古い映画の一場面のようである。
「どうだい、時雨くん。ガンマンって感じ?」
「あとは馬がいれば完璧だねえ」
「乗馬かあ。楽しそうだね」
時雨が短い前脚をぱたぱたと振った。
「……今のぼくなら、馬の代わりも務まりそうだけどね」
「恐竜に乗るガンマン?」
「強そうでしょう?」
「西部劇じゃなくて恐竜映画になっちゃうけど」
カナトが吹き出すと、時雨も着ぐるみの中で楽しそうに笑った。
中華の若様と、スチームパンクの発明家。ティラノサウルスと、西部のガンマン。互いに普段は選ばない衣装ばかりだったが、こうしてあれこれ言い合いながら試せば、思いのほか面白いものだ。
「いやあ、国際ファッションショー的に満喫したねぇ」
「そうだねえ。神様の趣味も、なかなか侮れないものです」
「ふははは! 分かってくれたか! 我が着せ替えへの愛を!」
異界の神が感激に震えた。ダンジョンへの侵攻など、すっかり忘れ去られているらしい。
「うむ! 実に素晴らしい時間であった! 今日のところは、これにて満足としよう!」
神が腕を広げると、荒野の夕陽も衣装棚も、光の粒となって消えていく。
こうして、恐るべき簒奪者の侵攻は無事に食い止められた。
……もっとも、その場にはまだ一頭のティラノサウルスと、一人のガンマンが残されていたのだが。
「ねえ、カナトさん」
「ん~?」
「このまま帰ってもいいかな?」
「え、そのまま帰る気?」
「だって走れるし」
「そっかあ……」
カナトは恐竜をしげしげと眺め、それから笑った。
「じゃあ、帰り道で競走でもする?」
「おや。負けませんよ?」
大きな頭が愉快そうに揺れる。カナトも帽子の鍔を押さえ、恐竜と肩を並べた。
さて、先に駆け出すのはどちらだろうか。
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『ウェスタンスタイルは、無骨さと抜け感の均衡が肝要ぞ! レザーやデニムの重厚な質感に、柔らかなシャツや差し色のバンダナを合わせれば、荒野の男にも洒落た余裕が生まれるのだ! ……なお、恐竜を連れ歩く際は、いかなる装飾も霞む覚悟をしておくがよい!』
世界の平和を守るため、着せ替えられなければならない。
そんな奇妙な作戦が展開されているユーカリが丘線の沿線に、ひとりの少女と、一匹の猫がやってきた。
「異界の神さま、こんにちは」
「んにゃ」
不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)の腕の中で、不忍・マツリ(しのばずのおひめさま・h07558)が小さく鳴いた。
白と淡い灰色の長い毛並みに、ぺたりと垂れた耳。お外用リードを身につけたマツリは、ちるはに身体を預け、すっかりくつろいでいる。足元に置かれたキャリーリュックよりも、今はお気に入りの腕の中が特等席だ。
「ふはははは! よくぞ参った、着せ替えを求める者よ!」
眼前には、いつの間にか立派な衣装室が広がっていた。色とりどりの布地に、硝子細工のシャンデリア。まるで童話の世界へ迷い込んだような光景だが、声の主は全身にモザイクのかかった得体の知れない存在である。
「かみさま。我が家のおひめさま、マツリちゃんに。素敵なお洋服を仕立てて頂けませんでしょうか?」
「……む? 猫、とな?」
「はい。とってもかわいい、我が家のおひめさまです」
「んにゃ」
マツリが顔を上げる。
――ごきげんよう、神様。
「マツリちゃんも、ご挨拶できましたね。えらいです」
ちるはが柔らかな毛並みを撫でると、異界の神は全身のモザイクを震わせた。
「素晴らしい! この純白と淡灰の毛並み! 優美に垂れた耳! なるほど、姫君と呼ぶに相応しい!」
「でしょう?」
ちるはの返答には、一片の迷いもなかった。
「夏服は既にいくつかあるんですけれど……冬用の普段着や、お出かけ用のお飾りなんかも欲しくて。ファンタジー風も、和風も、チャイナも……んんん、かわいい」
まだ着せてもいないのに、既にかわいい。
親ばかというものは往々にしてそういうものである。
「うむ! ならば、まずは冬の装いから参ろうぞ!」
異界の神が腕を振り上げると、柔らかな光がマツリを包み込んだ。
現れたのは、冬の午後を思わせる温かなミルクティー色のケープだった。
細かな編み目のニット生地は、背中を優しく包む丸みのあるシルエット。裾には小さな雪の結晶が白糸で刺繍され、首元には生成り色の柔らかなボア。胸の前で留める木製ボタンには、肉球の模様が彫り込まれている。
背中にはベルベットのリボンを添え、毛並みを押さえつけないよう、身体にふんわりと乗せる仕立て。前脚も尻尾も自由に動かせる。
仕上げに、耳の後ろへ小さな雪花の髪飾り。垂れ耳を隠さないよう、細い布紐でそっと添えられていた。
「……んん」
ちるはが息を呑んだ。
淡い灰色の毛並みにミルクティー色のニットが馴染み、白い胸元の毛がボアからふんわりと覗く。冬の絵本から抜け出したような、小さなおひめさま。
「マツリちゃん……とってもかわいいですね」
「にゃ」
――まあ、素敵。冬のお散歩にもよさそうです。
「はい。これなら寒い日のお出かけも、きっと楽しいですね」
「……今、猫と言葉を交わしておらなんだか?」
「はい。マツリちゃんは、冬のお散歩にもよさそうだと言っています」
「なんと! 我が衣装の実用性まで理解しておるとは!」
神はいたく感動していたが、当のマツリはちるはの腕で穏やかに喉を鳴らしている。
「それでは、記念に一枚」
ちるはがスマートフォンを向けると、マツリは白い前脚をきちんと揃え、見事なお澄まし顔を作ってみせた。
ぱしゃり。
「……これは、おじいちゃんにも兄さんにも見せなければ」
「うむ! まさしく冬の姫君よ!」
異界の神までもが満足げに頷いた。
「次は、我が秘蔵の中華衣装、その真髄を見せてくれようぞ!」
「中華……! マツリちゃん、今度は中華のおひめさまですよ」
「んにゃあ」
――承知いたしました。
神が指を鳴らすと、ケープが光の粒となってほどけ、艶やかな紅と金の布が舞い降りた。
マツリの背中を包んだのは、淡い桃紅色の小さな中華風上衣だった。絹のような生地には薄金の糸で雲と牡丹の文様が織り込まれ、立ち襟には小粒の真珠飾り。胸元の盤扣は蝶の形に結ばれ、細い飾り房が垂れている。
背中には短い朱色の披帛を重ね、裾は猫の身体に沿うよう丸く裁たれていた。頭には桃色の花をあしらった金の冠飾り。愛らしい垂れ耳も隠さず、まるで宮廷の小さな姫君が衣の裾を引いて歩いているようだった。
「……かわいい」
ちるはの声が、少しだけ低くなった。
「かわいいですね……。これは、たいへんです」
「何が大変なのだ?」
「かわいすぎます」
真顔だった。
神はしばし沈黙し、それから大きく頷いた。
「……うむ。実に重大な問題であるな!」
どうやら、理解が得られたらしい。
マツリは金糸で縁取られた紅色の座布団へ降ろされた。隣には小さな扇子と、花の描かれた飾り箱まで用意されている。
「マツリちゃん、こちらを向いてください」
「にゃ」
振り返った拍子に、冠飾りの花が小さく揺れた。その堂々とした姿に、ちるはは思わず背筋を伸ばす。
「……おひめさま、ご機嫌はいかがでしょうか」
「んにゃあ」
――たいへん結構です。
「それは何よりです」
ぱしゃり、ぱしゃり。
正面から、斜めから、飾り房が見えるようにもう一枚。
「背中の刺繍も撮っておきたいですね。あ、マツリちゃんのおなかには隠れハートもあるので……そちらも、いつか」
「なんと! 腹に秘めたる愛の紋章か!」
「はい。とってもかわいいんですよ」
異界の神は、もはやマツリの魅力を語り合う仲間となっていた。当のおひめさまは、座布団の上でのんびりと毛繕いを始めている。
世界の危機が迫っているとは思えない、平和な時間だった。
「さて……次は、そなたの番であるな?」
「あ、え、私ですか?」
ちるはは瞬きをした。
今回の目的は、あくまでもマツリの衣装を仕立ててもらうこと。自分の着せ替えは考えていなかったのである。
「……で、では。マツリちゃんと一緒にお出かけできるコーデを、ご提案いただけると嬉しいです」
「うむ! 姫君に付き添う者にも、相応しい装いが必要であろう!」
神が腕を広げると、淡い雪色の光がちるはを包み込んだ。
現れたのは、マツリのケープと色を合わせた、アイボリーのロングコートだった。
上質なウール調の生地は緩やかなAライン。大きめの丸襟にはベージュの縁取り、前合わせには飴色のボタン。袖口には雪花の刺繍が入り、裾には控えめなプリーツが寄せられている。
中にはココア色のタートルネックと膝下丈のチェック柄スカート。足元は焦茶色のタイツと編み上げブーツでまとめ、仕上げにミルクティー色のマフラーをひと巻き。端には小さな肉球の刺繍があり、マツリのケープとさりげなくお揃いになっていた。
すると、マツリの衣装もふわりと光を纏い、先ほどのミルクティー色のケープへと戻った。どうやら、神もお揃いの装いを見せたいらしい。
「……マツリちゃんとお揃い?」
「んにゃ」
――まあ、よくお似合いです。
ちるはがマツリを抱き上げ、姿見の前に並んだ。ミルクティー色のケープに、同系色のコートとマフラー。まるで一枚の冬景色のように、柔らかな色彩だ。
「一緒に冬のカフェにも行けそうですね」
「にゃあ」
――窓辺の暖かい席がよろしいですね。
「はい。お日さまの当たる席がいいですね」
マツリの喉が、ごろごろと鳴った。
「では、最後は異国の姫君に付き添う装いである!」
神の宣言とともに、淡い翡翠色の光が周囲を満たした。
マツリも再び桃紅色の中華衣装へと着替え、ちるはには、それと対になる上品な漢服風の装いが現れた。
白絹を思わせる交領の上衣に、淡い翡翠色の長裙。腰の高い位置で結ばれた薄桃色の帯から、細く長い飾り紐が垂れている。袖は手首へ向かって優雅に広がり、内側には動きやすい短い袖が仕込まれていた。
透けるような薄衣には銀糸で花と雲の模様、裾には桃色の花びらの刺繍。足元は柔らかな白い布靴で整えられている。
黒髪は後ろで緩くまとめ、翡翠色の簪を一本。真珠飾りが動くたびにかすかな音を立てた。
「……なんだか、物語の中みたいですね」
ちるははそっと袖を広げた。薄衣が空気を含み、ふわりと揺れる。
「マツリちゃんとお出かけするなら、こういうのも素敵です」
「にゃん」
――お供いたしましょう。
ちるはがマツリを抱き上げると、神はさらに飾りを添えてくれた。マツリの冠には翡翠色の玉、ちるはの簪には桃色の花。互いの色を引き立て合う、細やかな心遣いだ。
「異界の神さまのご提案、さすがです」
「うむ! 衣装とは、纏う者の魅力を引き出してこそ!」
ちるはは頷き、それから少し考えるように視線を彷徨わせた。
「……あの」
「何だ?」
「ここからここまで、全部買います。買わせてください」
真剣な声だった。
指差したのは、今しがた仕立てられた四着の衣装。冬用ケープも、中華風上衣も、お揃いのコートも、翡翠色の漢服も。
「むむ! 我が作品を全て求めると申すか!」
「はい。ご縁ですので。よきと思う直感と、ご縁には、素直でありたいのです」
マツリが不忍家へやってきたのも、不思議なご縁だった。そうして家族となった小さな猫と、これからどんな季節を過ごしていけるだろう。冬のお散歩も、異国の街並みも、まだ見ぬ景色も。衣装はそんな日々を楽しむための、ささやかな彩りにもなる。
「……素晴らしい! そなた、着せ替えの真髄を理解しておるな! ならば全て進呈しよう!」
途端に、四着の衣装をそれぞれ収めた仕立て箱が現れた。雪花や牡丹の意匠が刻まれ、ひとつひとつ丁寧にリボンが結ばれている。
「……ありがとうございます。異界に還られても、神さまのセンスは忘れません……」
ちるはは深々と頭を下げ、それから静かに両手を合わせた。
拝んでいる。異界の神を、拝んでいる。
「ふはははは! 我が着せ替えの情熱、しかと受け取ったぞ!」
満足げな笑い声が響く。もはやダンジョンへの侵攻など、すっかり忘れている様子だった。
「では、さらばだ! 姫君とのお洒落を、存分に楽しむがよい!」
神が大仰に腕を広げると、周囲の衣装室が光の粒となって消えていく。やがてモザイクの塊も高笑いとともに遠ざかり、ユーカリが丘線には元の穏やかな景色が戻ってきた。
ちるはは足元の仕立て箱を眺め、それから腕の中のマツリをそっと撫でた。
どの衣装を着て、どこへ行こう。冬の街を散歩するのもいいし、異国情緒のある場所で写真を撮るのも楽しそうだ。
考えるだけで、自然と頬が緩んでしまう。
「マツリちゃん、次はどこへお出かけしましょうか」
「にゃん」
――どこへでも、ご一緒に。
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス
『大切な家族とのお揃いコーデは、全く同じ服でなくともよい! 色や素材、刺繍の意匠をひとつ合わせるだけで、装いに美しい統一感が生まれるぞ! ただし猫の衣装は、何より着心地と動きやすさを優先するのだ! 姫君のご機嫌こそ、最高の装飾である!』
世界には、まだまだ知らないものが溢れている。
美しい花も、不思議な道具も、遠い異国の文化も。目にしたものを記録し、分類するリリィ・インベント(編纂者の蕾・h00075)にとって、それは喜ばしいことだった。
そして今日、彼女は新たな発見をしようとしている。
「……異界の神様、ですか」
「如何にも! 我こそは着せ替え大好き異界の神!」
ユーカリが丘線に現れたその存在は、全身にモザイクがかかっていた。見る者を狂気へ誘う姿らしいが、リリィは興味深そうに首を傾げる。
「そのモザイクも、こっちの文化に配慮した衣装なんですかね? そうならば、流石の着こなしと言わざるを得ませんね!」
「ほ、ほほう……!」
神が揺れた。おそらく照れている。
「よくぞ見抜いた! 究極の神秘性を体現しておるのだ!」
「モザイクにも美学があるんですね」
リリィは手帳に書き込んだ。
――異界の神。全身モザイク。本人曰く、神秘性を表現した装い。
「異界の神様。私、好きな花をその身に咲かせられるドラゴンなんですけど……オススメの衣装、ありますか?」
緑色の髪から、小さな花が顔を覗かせた。
「尻尾の制限もあり、同じような格好をしがちなんですよね」
「草花を咲かせる龍とな! ならば、そなたの魅力を引き出してくれよう!」
神が腕を振り上げると、金色の光が舞った。木の床に天井まで届く本棚、標本箱の並ぶ硝子ケース。秘密の書庫のような光景が広がる。
リリィを包んだのは、学芸員めいたクラシカルな装いだった。
生成り色のハイネックブラウスには細かなピンタックと真鍮色のボタン。袖口は深緑のカフスで引き締められている。
深いオリーブ色のジャンパースカートには、飾りベルトと分類札を思わせるプレート。裾には植物図譜を模した刺繍が巡り、葉や蔓が彩りを添えていた。
背面は尻尾を通せる特別な仕立て。濃茶の編み上げブーツに本型ポーチ、肩には革のサッチェルバッグまで添えられている。
「……わあ! この図譜風の刺繍、すごく好きです。自分では思いつかなかったかもしれません!」
「ふはは! 草花を記し、分類し、遺してゆく者の装いよ!」
「なるほど……私らしい、ってこういう方向でも表せるんですね」
リリィは嬉しそうに一回転した。
「あ、服に合わせる小物なら、私も準備できますよ。とっておきがあるんです!」
【所蔵品目録】から取り出したのは真鍮縁のルーペと、押し花を閉じ込めた栞型のアクセサリー。琥珀色の樹脂に白い花が封じられている。
「バッグに付けたら似合いますよね」
留め具へ添えると、落ち着いた装いに愛らしさが灯った。
「完璧! 収集家にして編纂者、その趣味を映した装いよ!」
「えへへ。ちゃんと手帳に描き残さないとですね」
リリィは早速メモを取った。
「一着目。クラシカル学芸員風コーデ……と」
「次は、新たな可能性を見せてくれよう!」
「新たな可能性、ですか?」
「うむ! もっと活動的な装いよ!」
神が指を鳴らすと、焦茶色と金を基調とした、植物学者風のスチームパンクスタイルが現れた。
生成り色のスタンドカラーシャツに、歯車ボタンが並ぶショートベスト。胸元には革ベルトが交差し、腰には標本ケースやルーペ用のポーチ。
深緑色のキュロットスカートには植物図鑑風の刺繍。足元は編み上げのロングブーツ、小さな探検帽には丸いゴーグルが添えられていた。
背中には尻尾を妨げない革鞄。採集瓶や厚紙、ピンセットまで収められている。
「……あっ、これも素敵! ちゃんと採集道具まであるんですね!」
リリィはポーチから折り畳み式のルーペを取り出した。真鍮の縁には蔦の彫刻が施されている。
「試してみてもいいですか?」
「無論!」
近くの花へ向けると、花弁の筋も蕊の形も鮮明に見えた。
「わあ……本当に使いやすいですね!」
「美しさと実用性の両立こそ、我が仕立ての真骨頂よ!」
リリィは頷き、手帳を開いた。配色、素材、装飾に収納力。記録したいことが多すぎる。
「衣装を選んでもらうのも楽しいですね! 新しい発見がいっぱいです!」
「うむ! そなたの探究心、実に見事!」
神は深く頷いた。侵攻などすっかり忘れている。
「あ、そうだ! 異界の神様、サインとか貰えたりします?」
「……サイン?」
「今日の衣装を図鑑にまとめたいんです。考案者のお名前も添えたくて」
神のモザイクがぶるぶる震えた。
「よ、よかろう! 喜んで書いてやろう!」
手帳に書き込まれたのは、理解を拒む奇妙な文字列。
「……おお。読めませんけど、すごく珍しい文字ですね!」
「我が神名を記した、由緒正しき署名よ!」
「ありがとうございます! 大切に保管しますね!」
リリィは手帳を抱き締めた。
「うむ! そなたの探究に幸あらんことを!」
神は満足げに笑い、衣装室とともに消えていった。
新しい衣装が二着。美しい装飾と便利な採集道具。それから、異界の神の直筆サイン。
今日も素敵なものが増えた。
「……ふふ。帰ったら、ちゃんと分類しておかないと」
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『好きなものを装いに取り入れるなら、色だけでなく素材や模様にも注目するがよい! 蔦の装飾や押し花のアクセサリーも相応しい! 自分だけの小物をひとつ添えれば、世界にたったひとつの装いとなるのだ!』
願いを聞き届ける神、災厄をもたらす神、世界の理を司る神。世の中には、実に様々な神がいる。
数多の神秘に触れてきた呉羽・曉(灰被りのマリア・h12201)にとっても、神は珍しい存在ではなかった。
しかし。
「着せ替えが、好き。……何とも俗な。変わった神も居るものですね」
目の前に鎮座するのは、全身にモザイクを纏った得体の知れない存在だった。
「ふははは! 俗とは心外! 装いとは己を表現する芸術であり、着せ替えとは崇高なる行為よ!」
「なるほど。それは大変失礼いたしました」
曉は微笑んで一礼した。
悪びれているようには見えないが、神は満足げである。
「此処に来れば素敵な装いになれると耳にしまして。是非、俺も仕立て上げて下さいませんか?」
「無論! 望みを聞こうぞ!」
「普段はフォーマルな装いが主でしてね。職業柄、それ以外はあまり手が出せないんですよ」
肩を竦める仕草まで洗練されている。人の上に立つことに慣れた男の振る舞いだった。
「スーツ以外でお任せしても? 普段なら手にしないものを。神たる貴方の選ぶ衣装なら、さぞ俺も見違えることでしょう」
ただし、と曉は笑みを深める。
「……まあ、女性物は流石にご遠慮願いますがね」
「心得た! まずは異国の冒険者と参ろう!」
神が腕を振り上げると、足元は石畳へ変わり、壁には航海図や羅針盤。潮風が曉の灰色の髪を揺らした。
舞い降りたのは、砂漠を越え、海を渡る旅人の衣装だった。
生成り色のシャツは襟元をゆったりと開き、胸元には革紐。葡萄色の袖なしロングベストには金茶色の幾何学模様が刺繍され、歩くたびに翻った。
腰には幅広の革帯と真鍮の留め具、革製ポーチ。濃褐色のパンツは膝下で絞られ、足元には編み上げブーツ。肩から掛けられたストールは、灰青色から夜明け前の紫へと移ろう色彩を帯びていた。
仕上げに、銀細工の腕輪と羅針盤のペンダント。華美すぎず、しかし地味にはならない。
「……これは」
曉は姿見を興味深そうに眺めた。いつものスーツとは違い、整えられた襟もネクタイもない。肩の布は風を孕んで揺れ、革帯の金具が鳴る。
「なるほど。随分と自由な装いですね」
「ふはは! 未知なる世界を巡る冒険者の気風が似合うと見た!」
「俺が冒険者、ですか」
曉はくすりと笑った。
日々には、役割も責任もある。自由気ままに旅へ出るなど、普段なら考えもしない。
けれど、鏡の中の男は今にも見知らぬ街へ歩き出しそうな装いだ。
「悪くありませんね。こういう人生も、存外楽しそうです」
ストールを整えて一歩踏み出す姿は、優雅ながらも気安い旅人に見えた。
「見事な着こなしよ! だが、そなたにはまだ新たな可能性がある!」
「おや。それは楽しみです」
曉は微笑んだ。どんな衣装でも着こなしてみせるつもりだった。
「では、煌びやかなる舞台の主役となるがよい!」
神が宣言すると、石畳は黒い舞台へ、航海図は深紅の幕へと変わり、スポットライトが降り注いだ。
曉を包んだのは、白と深紅を基調とした豪奢なサーカスの団長服だった。
純白の立ち襟を持つ短丈のジャケットには、金糸の飾緒が肩から胸元へ流れている。袖口と襟には深紅のベルベット、前合わせには金色のボタン。
肩には金の房飾り、背中には深紅のショートマント。細身の黒いパンツには金の側章が走り、艶やかなロングブーツが足元を引き締める。
最後に、金の帯飾りと赤い薔薇を添えた黒のシルクハット。
「……ほう」
曉は鏡を眺めた。鮮やかな赤と白、惜しみない金の装飾。日頃の仕事には到底向かない衣装だ。
「なかなか大胆なご提案ですね」
「そなたの堂々たる佇まい、人々を導く風格! 舞台の中心こそ相応しい!」
「ふふ。随分と買い被っていただいたようで」
曉は黒いステッキを受け取った。銀細工の柄には赤い硝子玉が嵌め込まれ、軽く振れば照明が彼を追う。
シルクハットの鍔へ指を添え、片手を優雅に差し伸べた。
「――ようこそ、皆様。今宵はどうぞ、心ゆくまでお楽しみください」
ほんの少し腰を折っただけの、見事な一礼だった。
「このような形でしょうか?」
「おおおおッ! 完璧! その余裕、その気品! まさしく一座を率いる団長よ!」
「お褒めに与り光栄です」
曉は柔らかく微笑んだ。どれほど奇抜な衣装でも、纏う者の振る舞いひとつで印象は変わるものだ。
「しかし、貴方の腕前には驚かされました。どちらの衣装も、実に素晴らしい」
「ふははは! 分かるか、我が美意識を!」
「ええ。神たる貴方の情熱、確かに拝見いたしました」
神は満足げに震えた。無論、ダンジョンへの侵攻などすっぱり忘れている。
「うむ! 今日のところは満足としよう!」
深紅の幕も照明も消え、モザイクの塊は高笑いとともに遠ざかった。
曉はその背中へシルクハットを持ち上げる。
「それでは、ごきげんよう。どうぞ、よい旅を」
剣も銃も使わず、ただ二着の衣装を着こなしただけで脅威が去った。
「……ふふ。世の中、何が役に立つか分からないものですね」
曉はステッキをくるりと回した。
冒険者も、華やかな舞台の団長も、普段の自分とは遠い存在だが、たまにはこういう遊び心も悪くない。不変の安寧を求める日々に、少しの非日常。それを楽しむ余裕は持っていたいものだ。
「さて。帰りに甘いものでも買っていきましょうか」
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『普段は落ち着いた装いを好む者こそ、時には大胆な色を取り入れてみるがよい! 深紅や金も、白や黒で引き締めれば品格を損なわずに楽しめるぞ! そして堂々とした立ち居振る舞いこそ、最高の仕上げである!』
ユーカリが丘線の沿線に、突如として現れた巨大な衣装室。
硝子張りのショーウィンドウには色鮮やかな衣装が並び、シャンデリアが煌めいている。大理石の床には赤い絨毯が敷かれ、その先には怪しげなモザイクの塊が待ち構えていた。
「ふはははは! よくぞ来た、勇敢なる挑戦者たちよ! 我が至高の着せ替え空間へようこそ!」
「うふふ、愉快でヘンテコな敵でございますなあ」
睡眠寺・静時(移動するフォークロア・h01690)は、楽しげに微笑んだ。
「何を着るか、何を着ていただくか。考えるだけで、にやつきが止まりませんねえ」
「まァ、平和な簒奪者もいたもんだ」
天國・巽(同族殺し・h02437)は、長い白髪を払いながら笑った。かつて神とも呼ばれた龍にとっても、珍しい敵である。
「血を流さず済ませられるなら勝るものはねェ。文字通り、一肌脱ぐとしようかね」
「そうだなッ! 皆の素敵な姿を見られると思うと、凄くワクワクするぞッ!」
マルザウアーン・ノーンテッレト(銀の星・h08719)が、青い瞳を輝かせた。
「静時も巽も凄くお洒落だからな。オレも負けていられないぞッ!」
「うふふ。我々ならば、何を着てもイケ散らかすことが出来るでしょうとも」
「随分な自信だな、静時」
「もちろんでございます。お二人とも、元がよろしいですからねえ」
「そいつァどうも。ま、二人とも何を着せたって似合うだろうよ」
三人の会話に、神が感極まったように震えた。
「素晴らしい! ならば見せてくれよう、我が衣装の真髄を!」
神が腕を振り上げると、衣装棚が一斉に開いた。
現れたのは、古風な洋館を思わせる給仕服の数々だった。
「おや。うちがメイドさんで、巽さんが執事さん。マルザウアーンさんは?」
「お抱え運転手さんだなッ!」
「ほう、洒落た組み合わせじゃねェか」
「では、三人揃って洋館勤めと参りましょうか!」
静時が手を叩くと、眩い光が溢れ出した。
最初に姿を変えたのは巽だ。
長身を包んだのは漆黒の燕尾服。純白のウイングカラーシャツに黒の蝶ネクタイ、銀ボタンのベスト。腰からは懐中時計の金鎖が優雅な弧を描いている。
胸ポケットには白いチーフ、手元には白手袋。仕上げに金縁のモノクルが添えられた。
「……ふむ」
巽は袖口を整え、懐中時計を取り出した。白髪と金色の瞳が黒い衣装に鮮やかに映える。
「まァ、悪くねェか?」
「凄いぞ巽! 一流の執事さんだッ!」
「うふふ。そんなお姿でお茶を運ばれたら、緊張してしまいそうですなあ」
「俺ァ給仕にゃ慣れちゃいねェぜ?」
そう言いながらも、巽は胸元へ片手を添え、優雅に一礼した。
「まァ、お嬢様方のご要望とあらば、善処いたしましょうかね」
「きゃあ~! 素敵でございます!」
静時が楽しそうに拍手を送った。
続いて彼女へ舞い降りたのは、白と黒の布。
藍色の髪にはレースのホワイトブリム。黒いクラシカルなワンピースは腰を絞り、足首近くまで広がるスカートには細かなタックが寄せられている。
パフスリーブには白いカフス、胸元にはカメオのブローチ。蔦と花の刺繍が施された純白のエプロンに、黒いストラップシューズと白タイツ。気品あるメイドの完成である。
「これはこれは。丁寧なお仕立てでございますねえ!」
静時は裾を摘んで一回転し、すっと背筋を伸ばした。
「お帰りなさいませ、ご主人様。お茶になさいますか、それともお食事になさいますか?」
「随分と板についてるじゃねェか」
「うふふ、何でも試してみたい性分でございますから!」
静時は悪戯っぽく笑った。
「執事さん、うちと一緒にお屋敷のお仕事、頑張りましょうねえ」
「へいへい。まずはお嬢さんが摘み食いしねェよう見張るところからだな」
「おや。信用がありませんなあ」
最後に、マルザウアーンを包んだのはチャコールグレーの運転手用制服だった。
広い肩幅を活かしたダブルブレストのジャケットには燻し銀のボタンが二列。胸には小さな銀星の徽章が輝く。
すっきりしたスラックスに黒革靴、純白のドライビンググローブ。制帽は銀狼の耳を邪魔しない仕立てだった。
「おおおッ! 凄いな、これは!」
帽子の庇へ指を添え、マルザウアーンは胸を張った。
「静時、巽! どうだろうかッ!」
「随分と頼もしい運転手さんだな」
「うふふ。どこまでも連れて行っていただきたいですなあ」
「もちろんだッ! 安全運転でお送りしよう!」
「では、まずは美味しいものを食べに行きたいですねえ」
「承知したッ! 評判のいい店を探しておこう!」
「お抱え運転手を飯屋の送迎に使う気かィ?」
「それも立派なお仕事でございましょう?」
三人の笑い声が衣装室に響いた。
記念撮影も忘れない。
いつの間にか現れた洋館の玄関ホールで、巽は扉の脇に立ち、静時はスカートを摘む。マルザウアーンは制帽へ手を添えた。
「はい、撮りますぞ。三、二、一!」
ぱしゃり。
「素晴らしい! まさしく完璧なる配役よ!」
神はご満悦だが、その情熱はまだ尽きなかった。
「次は如何なる衣装を望む!?」
「実は旅団の仲間から、いろいろと案をもらっているんだ!」
マルザウアーンが手を挙げた。
「キョンシー風の長袍に暖帽、それから三つ編み! ストリートファッションも勧めてもらったぞ!」
「どれも楽しそうでございますねえ」
「静時や巽のような着物やテックウェアにも挑戦したいな! 二人ともお洒落だから、似合うか少し緊張するが……!」
「何言ってやがる。ザウなら何だって着こなすだろうよ」
「その通り! では、三人お揃いの着物も、テックウェアも、刑事さん風のスーツも試しましょう!」
「おおッ! 楽しそうだ!」
「まァ、俺も付き合うか」
そこから始まったのは、賑やかなファッションショーだった。
漆黒の長袍に護符を貼り、三つ編みを揺らすマルザウアーン。静時は「元気なキョンシーさんでございますねえ」と笑い、巽も「随分と活きのいい死体だな」と肩を震わせる。
着物姿では巽が慣れた手つきでマルザウアーンの帯を整え、静時は藍色の着物を揺らした。
さらに三人でテックウェアにも挑戦。灰色の機能的なジャケットにベルトやポーチを合わせた近未来的な装いに、巽は「こいつァ動きやすい」と感心した。
その後も刑事風のスーツやストリートファッションまで。静時は写真を撮り、マルザウアーンは二人の姿を褒め称える。
「いやあ、後で写真を見返すのが楽しみでございます」
「皆の知らなかった一面が見られて嬉しいぞッ!」
「はは。随分とはしゃいだもんだな」
そう言う巽も楽しそうだった。
その時、神が声を張り上げた。
「ここでひとつ、我からの提案がある!」
「お任せのコーデも大歓迎でございますよ」
「オレも喜んで着てみたい!」
「なんぞ案があるのかィ?」
「無論! そなたらに相応しき、星辰の礼装よ!」
神が指を鳴らすと、シャンデリアが消え、天井に銀河が広がった。足元には星空を映す鏡のような水面。
そこへ三人の衣装が降り注いだ。
マルザウアーンを包んだのは、深い群青色のロングコート。
肩には銀糸の飾緒、胸元には星のブローチ。白シャツと濃紺のベストを重ね、裾には夜空を駆ける狼が銀糸で刺繍されていた。
襟には青い宝石、束ねた銀髪と獣耳には星屑の飾り。逞しい体格を活かした、堂々たる礼装だった。
「……おお。これは……本当に綺麗だな」
マルザウアーンは銀の星々を見つめた。
「そなたの名と魂に相応しき装いよ!」
「ありがとう、異界の神! 大切に着させてもらうぞッ!」
「うふふ、たいへんお似合いでございますねえ!」
「おう。群青に銀がよく映えるな……ザウの体格にもぴったりだし、ま、なかなか見事なもんじゃねェか」
「はははッ! 二人にそう言ってもらえると、ますます嬉しいな!」
マルザウアーンは照れくさそうに笑い、嬉しげにコートの裾を翻した。
続いて静時へ舞い降りたのは、夜霧を思わせる薄紫色のドレス。
深い藍色のビスチェが腰をすっきりと引き締め、肩からは透き通る薄衣の袖が優雅に流れている。幾重ものシフォンを重ねたロングスカートは歩くたびに柔らかく揺れ、裾には銀糸で描かれた星々がきらり。腰には繊細な星の飾り鎖が巡っていた。
藍色の髪には三日月の銀冠が添えられ、橙色の瞳を引き立てている。
「まあまあ……たいへん素敵な装いでございますねえ」
静時は袖を広げ、優雅に一礼した。
「しかし、少々気恥ずかしい気もいたします……うふふ。お二人から見て、如何でございましょう?」
「凄く綺麗だぞ、静時! 月の女神様みたいだッ!」
「似合ってるじゃねェか。随分とお姫様らしいな」
「おやおや、お姫様でございますか」
静時はくすりと笑い、裾を摘んだ。
「今宵は少しばかりお淑やかに過ごしましょうかね」
「はは。静時にそいつができるかねェ?」
「まあ、巽さんったら。うちだって、やろうと思えばできるのでございますよ?」
澄ました顔の静時に、マルザウアーンが笑った。
最後は巽。
「俺には何を着せる気だィ?」
「そなたには、星々の秘密を読み解く者の装いを授けよう!」
現れたのは、天文台の星読みを思わせる西洋風の礼装だった。
夜緑色のフロックコートは膝下まで長く、襟と袖口には金糸で星座の刺繍。内側には葡萄色の裏地が覗き、細かな金ボタンが並んでいる。
象牙色の立ち襟シャツに深緑のベスト、琥珀のクラヴァットピン。腰には星図を収めた革鞄。黒革の手袋とロングブーツ、銀縁の眼鏡には細い鎖が添えられた。仕上げに、真鍮製の折り畳み式望遠鏡が手渡された。
「……へえ」
巽は眼鏡を押し上げた。古風な学者でありながら、どこか秘密めいた魔術師にも見える。
「天文学者ってところか。面白いもんを持ってきたな」
「うふふ。怪しげな研究をなさっていそうですなあ」
「そこは真面目に星を眺めてると言ってくれよ」
「オレは凄く格好いいと思うぞ! 巽なら、星の秘密だって何でも知っていそうだなッ!」
「おいおい、買い被りすぎだぜ。ま、ありがとよ」
巽はくつくつと笑った。こうした装いも存外悪くない。
「さあさあ! お写真を撮りましょう!」
神が満天の星空を広げ、三人は肩を並べた。
「はい、笑ってくださいませ!」
ぱしゃり。
「おおッ! これは良い写真ではないか!」
「どれも大切に残しておきたいですねえ」
「随分な枚数になったもんだな」
神は深く頷いた。
「素晴らしい! 我が着せ替えの情熱、存分に受け止めてくれたな!」
「もちろんだッ! とても楽しかったぞ!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「血を流さず済んだ上に、いい記念までできたんだ。上々だな」
「うむうむ! ……ところで、そなたら。次は何を着たい?」
「……おや?」
「秘蔵の衣装がまだあるのだ! 舞踏会の礼服に、民族衣装、魔法少女の衣装も! そうだ、三人揃ってドレスなど――」
「おいおい、そろそろお開きだぜ?」
巽の言葉に、神のモザイクがぴたりと止まった。
「……お開き?」
「ええ。我々にも次のお仕事がございますので」
「また機会があれば、ぜひお願いしたい!」
「…………」
モザイクがぶるぶると震え始めた。
「……やだ」
「ん?」
「やだやだやだ! 我はまだ着せ足りぬ! あれもこれも着てほしい! 絶対に帰さぬぞ!」
神が両腕を振り回すと衣装棚が開き、布地が次々に三人へ押し寄せた。
「うふふ。熱烈なお誘いでございますねえ」
「はははッ! そんなに気に入ってもらえたなら嬉しいな!」
「まァ、ありがてェ話だが……」
巽は肩を竦めた。
「駄々をこねるなら、こっちにも考えがあるぜ?」
「駄々ではない! もっと着せ替えがしたいだけなのだ!」
「……へいへい。そいつァ立派な駄々だろうよ」
巽は眼鏡を押し上げ、にやりと笑った。
「――白たへの、わが紐の緒の、絶えぬ間に。恋結びせむ、逢はむ日までに」
詠唱と同時に、モザイクの真下から太い荒縄が伸び上がった。
「……ぬ?」
一本、二本、三本。意思を持つ蛇のようにうねり、神の身体へ巻き付く。
「な、何をする!? 我はまだ――」
「そろそろ帰る時間だぜ、神サマ」
かつて巽が調伏し、配下とした古妖――縄簾。その荒縄が、モザイクをぎゅむっと締め付けた。
「おやおや。豪快なお見送りでございますねえ」
「はははッ! お帰りの手助けだなッ!」
「そういうこった。そォら、帰り道はあっちだぜ」
巽が指先を動かすと、縄簾は神をぐるぐると巻き上げ、勢いよく振りかぶる。
「待つがよい! 我は着せ替えの神であって、投擲されるために来たのでは――」
「ま、達者でな」
「うわあああ! なにをするうううッ!!」
すぽーん! と、縄簾が神を放り投げた。
モザイクの塊は砲弾のように青空へ飛び出し、豆粒ほどに小さくなったところで――。
きらーんっ!
昼の空に星が輝いた。
三人が見上げると、雲の向こうに半透明のモザイクが浮かんでいる。
まるで今は亡き仲間が微笑みながら見守っているような、妙に神々しい演出である。
……もっとも、顔すら判別できないモザイクの塊なのだが。
「うふふふふ! 神様がお星様になってしまわれましたなあ!」
「はははッ! 無事に帰れただろうか?」
「さァな。方向は合ってるはずだが」
巽は望遠鏡を伸ばし、飛んでいった方角を覗いた。
「姿は見えねェな。ま、戻っては来ねェだろ」
満足げに望遠鏡を畳む。
空のモザイクは、なおもきらきらと輝いている。
「……あれ、いつまで浮かんでいるんでしょうねえ」
「さあな。ま、そのうち消えるだろ」
「おおッ! 写真に撮っておこう!」
「最後の一枚でございますね!」
ぱしゃり。
三人の写真には、執事とメイドと運転手、着物にテックウェア、キョンシーに星辰の礼装――そして青空に浮かぶ謎のモザイクが加わった。
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『三人で装いを揃えるなら、形を同じにするばかりが正解ではないぞ! 色彩や装飾を共通させれば、個性を活かしながら美しい統一感が生まれるのだ! ……なお、モノクルや懐中時計は立ち居振る舞いまで意識してこそ真価を発揮する。小物も含めて、存分に着こなすがよい!』
ユーカリが丘線の沿線に、突如として現れた異界の神。
その姿は見る者を狂気へと誘うほど冒涜的であり、全身には丁寧にモザイクがかけられている。恐るべき簒奪者であることは間違いないのだが、当の本人は何やら随分と上機嫌だった。
「ふはははは! よくぞ来た、若き乙女たちよ! さあ、我が至高の着せ替え空間へようこそ!」
高らかな声とともに、周囲の景色が一変した。
足元には磨き上げられた舞台が広がり、頭上には幾つものスポットライト。色とりどりの衣装が宙を舞い、きらきらと輝く星飾りやリボンが、まるで祝福の紙吹雪のように降り注いでいる。
「着せ替えの神様……!」
夕星・ツィリ(星想・h08667)は、青い瞳を輝かせた。
「とってもユニークな神様だね。着せ替えの世界って、早替えや変身ができるって聞いたことがあるけれど……本当なのかな?」
「無論ッ! 古今東西、あらゆる衣装を瞬く間に仕立ててみせようぞ!」
「まあ……! それは、とても楽しみなのです」
ラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)は、長い兎耳をぴんと立てた。
紫色の瞳には、まだ見ぬ御伽噺の頁を開くような期待が宿っている。
「せっかくですので、着たことのない衣装が気になりますね。わたくしたちが、あいどるとなった物語世界などは如何でしょう?」
「あいどる?」
熊・蕾蓮(熊猫獣人の鉄拳格闘者・h08184)が、きょとんと首を傾げた。
「偶像……アイドルの衣装とは面白そうネ。日々ステージで華やかに戦い続ける強者の戦闘服……心して着させてもらうヨー!」
「ふふ、戦闘服……なのかな?」
ツィリが小さく笑う。
「同じ色合いで、ひとりひとり少しずつデザインが違う、あのお洋服だよね。みんなで並んだら、きっと素敵だと思うな」
「あいどるは、みんなに笑顔を届けるお仕事なのですよね?」
祈紡・フィユ(夢境・h12707)は、腕に抱いたテディベアをきゅっと抱き締めた。
「それならフィユ、とびきりの笑顔をお届けするのです! 神さま、お洋服はお任せするので、おともだちもお揃いにしてほしいのですよ」
「ふはは! 無論! 愛らしき友にも相応しき衣装を与えてくれよう!」
モザイクが嬉しそうに震えた。
どうやら、神の着せ替え魂に火がついたらしい。
「ならば、四人の少女が織り成す、星降るアイドルステージと参ろう!」
神が大きく腕を振り上げると、柔らかな光が四人を包み込んだ。
最初に現れたのはラデュレの衣装だ。
淡いクリーム色を基調としたドレスは、胸元を薄紫色のリボンで飾り、腰から幾重にも重ねられたチュールがふんわりと広がっている。スカートには小さな時計の針と硝子の靴を思わせる銀糸の刺繍が施され、裾には卵殻のような柔らかな曲線を描くレースが重ねられていた。
背中には長いシフォンのリボン。白いショートブーツには小粒の真珠が並び、長い兎耳の根元には、紫色の花と小さな金の時計飾りが添えられている。
まるで御伽噺の頁から抜け出した、可憐なアイドルの姿だった。
「……まあ」
ラデュレは胸元のリボンにそっと触れた。
「とても、華やかですね……!」
ふわりとスカートを広げれば、幾重もの布が花のように揺れる。何より嬉しいのは、兎耳を邪魔しないように仕立てられていることだった。
「ふふ。これなら、どんな物語のステージにも立てそうです」
「ラーレちゃん、すごく可愛い!」
ツィリが歓声を上げる。
「優しい色合いも、ラーレちゃんの雰囲気にぴったりだね」
「ありがとう、ツィリさま。なんだか、少し照れてしまいます」
ラデュレが微笑むと、続いて星屑のような光がツィリの周囲に舞い降りた。
彼女の衣装は、夜空と海の煌めきを映したような、澄んだ青を基調とするものだ。
白いセーラーカラーを重ねた淡い水色の上衣には、銀の星形ボタンが並び、肩からは透き通るような薄絹のケープが流れている。胸元には真珠を連ねた飾りと、星を象った青い宝石。腰から広がるスカートは濃い青から淡い水色へと色を変え、波間に映る星々のような銀糸の模様が織り込まれていた。
足元には白い編み上げブーツ。銀髪には小さな星冠が添えられ、そこから垂れる細い鎖が動くたびにきらきらと瞬いている。
「わあ……!」
ツィリは両手を広げ、くるりと回ってみせた。
薄絹のケープが風を孕み、スカートの星々が光を受けて煌めく。
「すごい、海の上に星空が広がっているみたい!」
「まあ……! ツィリさま、とってもお可愛らしいです……!」
ラデュレが思わず拍手を送る。
「えへへ、ありがとう! ラーレちゃんと並んだら、もっと可愛く見えるかな?」
「もちろんです。あとでたくさんお写真を撮りましょうね」
ふたりが笑い合う間に、今度は鮮やかな橙色の光が蕾蓮を包み込んだ。
「おおっ、ワタシの番アルネ!」
現れたのは、明るい珊瑚色と山吹色を組み合わせた、元気いっぱいのアイドル衣装。
上衣は白を基調とした短いジャケットで、襟と袖口には鮮やかな橙色の縁取り。胸元には金色の星形ブローチが輝き、肩には小さなフリルがあしらわれている。
スカートは左右非対称のデザインで、片側には幾重ものフリル、もう片側には動きやすい短めの丈を採用。腰には大きなリボンが結ばれ、その中央には小さな熊猫の意匠が添えられていた。
足元は白いハイカットブーツ。橙色の靴紐と金色の留め具が軽快な印象を与え、乳白色の髪には山吹色のリボンが揺れている。
「ふふふん! なかなか良いアル!」
蕾蓮はその場で軽く跳ね、試しに拳を突き出した。
身体を捻っても裾が邪魔にならず、足運びも軽い。
「可愛いし、結構動きやすいネ! なるほど、これがステージで戦う者の装備アルカ!」
「ふふ、蕾蓮ちゃんらしいね」
ツィリが笑えば、蕾蓮は得意げに胸を張った。
「ワタシならどんな衣装でも着こなしてみせるアルヨー!」
「まあ……! 蕾蓮さま、とってもお似合いなのです」
ラデュレも目を細める。
「明るいお色が、蕾蓮さまの魅力を引き立てていますね」
「ありがとアル! ラーレもふわふわした衣装が合うアルナ。富貴の花みたいネ!」
そんな賑やかなやり取りを見つめていたフィユの周囲へ、最後の光が舞い降りた。
「フィユも、あいどるになるのです……!」
彼女の衣装は、柔らかな夢の色を思わせる、淡い薔薇色と白を基調としたものだった。
胸元には小さなテディベアのブローチ。ふんわりと膨らんだパフスリーブには白いレースが重ねられ、腰には大きなサテンリボンが結ばれている。
スカートは淡い桃色のチュールを何層にも重ね、裾には小さな月と星の刺繍。動くたびに柔らかな布が揺れ、まるで甘い夢が花開くようだった。
足元には白いストラップシューズと、リボンを添えたレースソックス。褪せた薔薇色の髪には小さな月形の髪飾りが輝き、ふわふわのテディベア耳を優しく引き立てている。
そして、腕の中のテディベアにも、同じ色の小さなケープとリボンが用意されていた。
「……わあ!」
フィユは嬉しそうにテディベアを持ち上げた。
「おともだちも、お揃いなのです! 神さま、ありがとうございますなのですよ!」
「ふはは! そなたらの絆に、我が装いで彩りを添えてくれよう!」
神は満足げに頷いた。
フィユはくるりと回り、ふわりと広がるスカートを眺める。
「これなら、みんなに笑顔を届けられそうなのです!」
「フィユちゃん、すっごく可愛い!」
ツィリが目を輝かせる。
「おともだちとお揃いのリボンも、とっても素敵だね」
「そうなのです! フィユの大切なおともだちなのですよ」
「可愛いが過ぎるアル……!」
蕾蓮は腕を組み、しみじみと頷いた。
「お揃いの熊さんまでいるとは、恐るべしアイドル衣装アルネ……!」
こうして、四人のアイドルが揃った。
クリーム色と薄紫のラデュレ。夜空と海の青を纏うツィリ。珊瑚色と山吹色の蕾蓮。そして、夢の薔薇色に包まれたフィユ。
それぞれ異なる色彩でありながら、胸元には共通する星形の飾りが輝き、腰には同じ意匠のリボンが結ばれている。
「ふふ、お揃いのリボン、とっても嬉しいのです」
「本当だね! 四人でひとつのカルテットだ!」
ツィリも頷いた。
「ねえ、みんな。くるっとターンしてみせて、みせて!」
「もちろんです!」
「お安い御用アルヨー!」
「フィユもやってみるのです!」
四人が一斉に回れば、色とりどりのスカートが花のように広がった。
銀糸の星が瞬き、リボンが揺れ、レースが舞う。
誰かが少し遅れて回り、誰かが思わず笑い出し、最後には四人揃って顔を見合わせて笑った。
「皆さま、とってもステキです……!」
ラデュレの頬が、嬉しそうに綻ぶ。
「きらきらで可愛いカルテットですね。とても楽しいステージが叶いそうです」
「うむ! これならお客さんも大喜び間違いなしアル!」
「フィユも、とびきりの笑顔をお届けするのですよ!」
「みんな、記念にお写真一枚いいですか……!」
ツィリが声を上げた。
「きらきらメモリアルな宝物を、またひとつ増やしたくって!」
「まあ……! もちろん喜んで……!」
ラデュレが微笑んだ。
「このひと時を、思い出に残しましょう」
「モチのロン、大賛成アルヨー!」
蕾蓮は拳を握り、元気いっぱいに頷く。
「ビシッと決めポーズして撮影会ネ!」
「フィユも大賛成なのです! みんなで手を繋ぎましょう!」
フィユが小さな手を差し出すと、ラデュレがそっと握り、ツィリと蕾蓮も続いた。
四人の手が繋がり、色とりどりの衣装が並ぶ。
フィユの腕には、お揃いのリボンをつけたテディベア。ラデュレの兎耳がぴんと立ち、ツィリの星冠が煌めき、蕾蓮は空いた手を元気よく掲げた。
「それじゃあ、いくよ!」
ツィリが笑ってスマートフォンを構えると、四人はぎゅっと顔を寄せ合った。
「せーのっ、はい、チーズ!」
ぱしゃり!
シャッター音が響き、四人の笑顔が一枚の写真へと収まった。それは、まるで本物のアイドルグループの記念写真のようだ。
「……やった!」
ツィリは画面を覗き込み、嬉しそうに声を上げた。
「すごく素敵に撮れたよ! みんな、ありがとう!」
「まあ……! ラーレ、とっても嬉しいです」
ラデュレがそっと画面へ顔を寄せる。
「またひとつ、大切な物語が増えましたね」
「うむ! 最高の思い出アル!」
蕾蓮も満足げに頷いた。
「これなら、いつでも今日のことを思い出せるアルネ!」
「ふふ。いつかまた、みんなでお写真を見ましょうね」
フィユはテディベアを抱き締め、柔らかく微笑んだ。
「きっと、今日とおんなじ笑顔になれるのです。これも、すてきな夢になりますね」
四人は顔を見合わせ、それからもう一度、声を立てて笑った。異界の神も、その言葉に感極まったように震える。
「素晴らしい! これぞ着せ替えの真髄! 装いを通じて輝く少女たちの絆! 我が目に狂いはなかった!」
大魔王の復活も、ダンジョンへの侵攻も、もはや完全に忘れ去られているようだった。
もっとも、神の着せ替えへの情熱はまだ尽きない。
「ふははは! 次は舞踏会のドレスなど如何かな! あるいは、御伽噺の姫君に、異国の民族衣装もよかろう!」
「まあ、どれも楽しそうですね……!」
ラデュレが目を輝かせる。
「ふふ。どんな衣装になるのか、わくわくします」
「ワタシは動きやすいのがいいアル! でも、華やかなのも悪くないネ!」
「神さまにお任せするのも、楽しいのです」
フィユが頷くと、ツィリも大きく頷いた。
「うん! せっかくだから、いろんな世界のお洋服を見てみたいな!」
こうして四人は、さらに幾つもの衣装へと袖を通した。
ふわふわの舞踏会ドレス、煌びやかな中華風の礼装、星の魔法少女を思わせる衣装に、御伽噺の姫君のような装いまで。
ラデュレは新しい物語を見つけたように胸を弾ませ、ツィリはその度に仲間たちへ歓声を送った。蕾蓮は動きやすさを確かめては得意げに決めポーズを披露し、フィユはテディベアと一緒に、嬉しそうに裾を揺らしていた。
「――それじゃあ、そろそろ帰ろうか?」
ツィリが名残惜しそうに舞台を振り返る。
「そうですね。今日は本当に、素敵な一日でした」
「うむ! たっぷり楽しんだアル!」
「神さまにも、ありがとうを伝えたいのです」
四人はそうして、神に礼をして帰路につこうとした。
その時だった。
「……待つがよいッ!!」
何かを思い出したように、異界の神が勢いよく振り返った。
モザイクが揺れる。大いに揺れる。
「アイドル! アイドルであろう!? ならば、忘れてはならぬものがある!」
「……忘れもの?」
ツィリが瞬きをする。
「アイドルの晴れ舞台といえば、そう! アンコールだ!!」
「アンコール!」
蕾蓮がぱっと顔を上げた。
「なるほどネ! 戦いはまだ終わっていなかったアルカ!」
「ふふ、まだお着替えがあるのですね」
ラデュレは嬉しそうに兎耳を揺らした。
「それなら、今度はどんな物語になるのでしょう?」
「フィユ、アンコールも頑張るのです!」
テディベアを抱き直したフィユも、期待に満ちた瞳で神を見上げる。
「よかろう! ならば今一度、四人の心をひとつにする、至高の衣装を授けよう!」
ぱちん、と神が指を鳴らした。
途端に、周囲の照明が落ちる。
暗闇の中へ、ひとつ、ふたつと金色の星が灯り始めた。やがて星々は幾筋もの光となって降り注ぎ、四人の周囲をくるくると巡り始める。
きらきら、きらきら。
まるで、舞台の幕がもう一度上がるように。
それぞれの衣装が光の粒となってほどけ、代わりに純白とシャンパンゴールドの布が舞い降りた。
最初に姿を現したのはラデュレだった。
純白のショートドレスは胸元を金糸の刺繍で飾り、腰から広がるスカートには透き通るようなチュールが幾重にも重ねられている。柔らかな金色のリボンには小さな時計のチャームが揺れ、長い兎耳には同じ色の花飾り。裾に施された繊細なレースが、御伽噺のお姫様のような愛らしさを引き立てていた。
続くツィリの衣装は、同じ白と金を基調としながら、軽やかなケープを重ねた星のドレス。
肩から流れる薄絹には金銀の糸で星座が刺繍され、腰元には幾筋もの細いリボン。ふんわりと広がるスカートの裾には小さな真珠が散りばめられ、動くたびに星屑のような輝きを放っている。銀髪に添えられた星冠も、今度は柔らかな金色に変わっていた。
「まあ……! 今度はお揃いのお色なのですね!」
「わあ、すごい! 同じ色なのに、ちゃんと違うデザインなんだね!」
ツィリが嬉しそうに裾を広げる。
その隣では、蕾蓮が元気よく腕を振り上げていた。
「おおっ! これも動きやすいアル!」
彼女の装いは、白いショートジャケットに金の縁取りを施した、活動的なアイドルスタイル。胸元には大きな星形のブローチ、腰にはシャンパンゴールドのリボンが結ばれている。スカートは左右非対称の短めの仕立てで、白いハイカットブーツには金色の靴紐。小さな熊猫のチャームが揺れるベルト飾りまで、実に彼女らしい。
「それぞれの得意分野に合わせてあるアルネ! よく出来た戦闘服アルヨ!」
「ふふ、やっぱり戦闘服なんだね」
ツィリが笑った。
フィユを包んだ純白のドレスは、柔らかなシフォンとレースをたっぷり重ねた、夢見るようなシルエット。胸元には小さな月と星の飾りが並び、腰には大きなシャンパンゴールドのリボンが結ばれている。スカートの裾には淡い金色の刺繍が散り、ふわふわのテディベア耳には小さな星飾り。腕の中のおともだちも、同じ白と金のリボンをつけた、お揃いの装いだった。
「わあ……!」
フィユは嬉しそうにテディベアを掲げた。
「やっぱり、おともだちも一緒なのですよ!」
四人の胸元には、新たに共通する四つ星のエンブレムが輝いていた。
白と金の色彩は同じでも、リボンの結び方も、スカートの形も、装飾も少しずつ違う。それぞれの魅力を大切にしながら、四人がひとつのグループであることを示す、特別なアンコール衣装だった。
「これぞ真のカルテット! 四つの輝きが揃ってこそ、ひとつの星座となるのだ!」
「……本当に、素敵です」
ラデュレは皆の姿を見渡し、幸せそうに目を細めた。
「ツィリさまも、蕾蓮さまも、フィユさまも。皆さまと一緒に、こんな素敵な衣装を着られるなんて」
「うん! みんなでお揃いって、やっぱり嬉しいね!」
ツィリも大きく頷く。
「よーし! アンコールなら、最後までビシッと決めるアルヨ!」
蕾蓮が元気よく拳を掲げれば、フィユも小さな手を伸ばした。
「みんなで一緒に、きらきらするのです!」
四人は手を繋ぎ、舞台の中央へと進んだ。
スポットライトが重なり、白と金の衣装が眩しく輝く。星の飾りが瞬き、リボンが揺れ、スカートの裾が柔らかな弧を描いた。
そして、四人揃ってくるりと回る。
「「「「きらきらーっ!」」」」
舞い上がった金色の紙吹雪が、彼女たちの笑顔を祝福するように降り注いだ。
「うむ! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!」
異界の神は、とうとう感極まってしまったらしい。
「この輝き! この一体感! 我が着せ替え人生……いや、神生に悔いなし!」
「まあ……! それは何よりです」
ラデュレが微笑む。
「神さまも、楽しんでくださったのですね」
「うむ! 我は満足した! 大満足である!」
モザイクが大きく揺れ、異界の神は高らかな笑い声とともに遠ざかっていった。
残された四人は、互いの装いを見つめ合った。
「……ねえ、もう一枚お写真撮ってもいいかな?」
ツィリが、少しだけ遠慮がちに尋ねる。
「もちろんです! 今度は、アンコールのお写真ですね」
ラデュレが嬉しそうに頷いた。
「モチのロン! 今度はもっとかっこいいポーズで決めるアルヨ!」
「フィユも、おともだちと一緒に頑張るのです!」
四人が再び肩を寄せ合う。
白と金の衣装に、四つ星のエンブレム。寄り添う笑顔と、腕の中の小さなテディベア。
ぱしゃり。
またひとつ、かけがえのない思い出が増えた。
世界の平和は今日もこうして守られた。
四人の少女が、ただ楽しく着飾り、笑い合うことで。
そしていつか、この日の写真を見返した時にも。
きっと、同じように笑い合えることだろう。
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『仲間とお揃いの衣装を楽しむなら、共通する色彩を決めた上で、細部にそれぞれの個性を散りばめるがよい! リボンの形やスカートの丈、小物ひとつにも、その者らしさは宿るのだ! 同じ色でありながら、誰ひとり同じではない。それこそが最高のグループコーデというものよ!』
ユーカリが丘線を守るため、ふたりの男が異界の神の前へとやってきた。
ひとりは、白群色を纏った穏やかな青年。柔らかな髪に、澄んだ青い瞳。頭には青緑色の角を戴き、長い尾をゆったりと揺らしている。
もうひとりは、漆黒の長髪を持つ精悍な騎士。褐色の肌には幾つもの傷痕が刻まれ、鋭い赤の瞳が、眼前の異様な存在を見据えていた。
「ふはははは! よくぞ来た、着せ替えを求める者どもよ!」
異界の神が二人を見て両腕を広げた。もっとも、全身にモザイクがかかっているため、本当に腕を広げているのかどうかは定かではないが。
足元には赤い絨毯が伸び、周囲には無数の姿見が浮かび上がる。
色とりどりの衣装が宙を舞い、天井には眩いシャンデリア。先ほどまでユーカリが丘の沿線だった場所が、瞬く間に豪奢な衣装室へと変貌していく。
――神、と呼ばれる存在にも様々なものがいる。
人の願いを聞き届ける者、災厄を振り撒く者、あるいは世界の理を司る者。
長く生きてきた彼とて、それなりに神秘には触れてきたつもりだったが。
着せ替えが大好きな神。これはまた、随分と世俗的な存在である。
「人の運命を弄ぶ神は聞いたことがあるが、衣装を弄ぶ神とは……ふふ、世は広いのぅ」
ツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)は、しみじみと呟いた。
「装いとは、己の可能性を見出す神聖なる営み! 我が情熱に際限などないわ!」
「成程、そういうものかのぅ」
「まァ、平和な趣味で結構ではないか」
隣で肩を竦めたのは、アダルヘルム・エーレンライヒ(夜に徒華・h05820)だ。
幾多の戦場を越えてきた騎士としては、血を流さずに済むならそれに越したことはない。もっとも、今回の敵にまったく危険がないわけでもないのだが。
「……良くも悪くも、某白猫の悪戯には度々巻き込まれているのでな。衣装を着せられる程度、今さら驚くようなことでもない」
どこか遠い目をするアダルに、ツェイは小さく首を傾げた。
「ほう。随分と慣れておるようじゃの」
「ヒールも女装も、多少はな……」
言葉の端に、何やら複雑な事情が滲んでいたが、そこでアダルは不意に口元を吊り上げる。
「そういうツェイ殿こそ、中性的で見目麗しきお方だ。ドレスを身に纏っても、さぞ絵になるに違いない」
「……アダル殿?」
「とっておきを用意してやろう」
何やら不穏な気配であるが……ツェイはひとまず聞かなかったことにして、異界の神へと向き直った。
「此度の作戦は、お主の腕に委ねようと思うてな。まずは、我らに共通する趣を持ちながら、対照的な衣装を仕立ててはくれぬか」
「ああ。その後は互いに見繕う。それで問題ないとも」
「ほほう! 共通の主題に、相反する意匠! 実に興味深い!」
異界の神が感極まったように震えた。
「よかろう! ならば我が選ぶは、光と影! 月下に交わる、暁と宵の礼装よ!」
神が高らかに宣言すると、衣装室の照明が一斉に落ちた。
代わりに、頭上へ広がったのは星々の煌めく夜空。東の空には淡い朝焼けが滲み、西には青白い月が浮かんでいる。
夜と朝がひとつの空に同居する、幻想的な光景だった。
まずツェイの身体を包んだのは、夜明けの光を思わせる白銀の礼装だ。
柔らかな真珠色の上衣は、肩から腰へと流れる細身の仕立て。立ち襟には淡い金糸で雲と星の模様が刺繍され、胸元には透き通るような水晶の留め具が輝いている。上から重ねた長い外套は、白から淡い空色へと緩やかに色を変え、裏地には暁の空を思わせる薄桃色が忍ばされていた。
袖口はゆったりと広がり、手首を動かすたびに薄絹のような布が揺れる。腰には細い金鎖と白革の帯を合わせ、そこから小さな星形の飾りがいくつも垂れていた。
下衣は淡い灰白色の細身のパンツ。足元には銀の飾り金具を添えた白いロングブーツが揃えられ、青年のすらりとした体格を優雅に引き立てている。
そして、青緑色の角を囲むように、細い金の輪飾りが添えられた。そこから垂れる小さな水晶の雫が光を受け、澄んだ青い瞳に柔らかな輝きを宿す。
白群色を好む彼には、決して馴染みのない色ではない。
だが、これほど光を纏うような華やかな装いは、普段のツェイならばまず選ばないだろう。
「……ほう」
彼は鏡の前で袖を広げ、薄い布地が指先から滑り落ちる様子を眺めた。
「これはまた、随分と煌びやかな」
「暁の光を纏う神仙! そなたの浮世離れした佇まいには、まさしく相応しかろう!」
「神仙とは、また買い被られたものじゃ」
ツェイは困ったように笑い、長い尾をゆったりと揺らした。
その表情には、幾分の照れが混じっている。
着慣れぬ衣装に気恥ずかしさはあれど、布地の軽さも、色彩の美しさも、決して嫌なものではない。
「良いではないか、ツェイ殿」
アダルが楽しそうに目を細める。
「まるで天上から降りてきた貴公子のようだぞ」
「お主、口が達者じゃのぅ」
「事実を述べているだけなのだがな」
からかいを含んだ声音に、ツェイは小さく肩を竦めた。
そして次は、アダルの番だ。
彼の身体へ降り注いだのは、夜の帳を思わせる深い藍と黒の光。
現れたのは、ツェイと同じく星を宿しながらも、まるで宵そのものを纏ったような――夜王の礼装。
上衣は漆黒を基調としたアシンメトリーな仕立てで、片側の肩には銀の装飾を施した外套がゆるやかに掛かり、もう片側の肩口は大胆に開かれている。覗く褐色の肌には、幾筋もの古傷が淡く走っていた。
胸元から腰にかけては深い群青と銀糸の刺繍が流れるように配され、月を模した留め具が静かに光る。長く垂れる外套は表地を夜空の黒、裏地を星明かりのような濃紺で仕立てられ、外套の縁や裾には銀糸で細かな星座が描かれていた。
腰には黒革の帯と、月光を思わせる銀の飾り鎖。細身のパンツと黒いロングブーツが、長身の騎士の姿をいっそう凜々しく際立たせている。
さらに顔の片側には、月蝕を思わせる銀細工の半仮面。隠された面差しの奥から覗く赤い瞳が、かえって鋭く鮮烈な印象を与えていた。
「……ふむ」
アダルは鏡の中の自分を見つめ、軽く外套の裾を払った。
「これも良いじゃないか」
「ほう……見事なものじゃな」
ツェイも思わず感嘆の声を漏らした。
「同じ星を纏うても、随分と印象が異なるものよ。宵を統べる王、といった趣じゃのぅ」
「ツェイ殿と並べば、まさしく朝と夜だな」
「ふふ、暁と宵か。されど同じ空の下、というわけじゃな」
並んで鏡の前に立てば、二人の外套には共通する雲と星の意匠が浮かび上がる。
白銀と漆黒。暁と宵。相反する色彩でありながら、互いを引き立て合うように調和していた。
「折角だ。写真に収めておくか」
アダルがそう言えば、ツェイも頷いた。
「うむ。記念というものじゃな」
神が気を利かせ、背後に星空と朝焼けの境界を映し出した。
その前で二人が肩を並べれば、まるで物語の表紙のような一枚が出来上がる。
もっとも、その直後には。
「次は、もっと大胆なる装いを!!」
――神が調子に乗り、二人の頭上へ大量のリボンとレースを降らせてくることになるのだが。
「む?」
「おや」
あっという間に現れたのは、白と黒の豪華なロリィタドレス。
ツェイには白いフリルと花飾り。アダルには黒いレースと細いリボン。足元には揃って高いヒールが用意されている。
「…………神よ、何故斯様な癖を?」
ツェイが眉を寄せる一方、アダルはさして動じることもなく、慣れた様子でスカートの裾を整えている。
「……お主は随分と手慣れておるの」
「言っただろう。ある程度は慣れていると」
「そうか……そうであったな……」
妙に納得してしまったツェイの横で、アダルが堪えきれずに笑い出した。
「似合うじゃないか、ツェイちゃん」
「……アダル殿」
「いや、実に可憐だぞ」
「笑うておるではないか」
「違うとも。感動しているのだ」
「……まあ、おぬしも、たとえアダル姫でも王子でも、なかなか……ふふっ」
今度はツェイの肩が小さく震えた。
「……ツェイ殿。笑っているな?」
「否! これは感動の震えであって……」
「ほう? 感動か」
「どのような姿であろうと、友を賞賛するのは当然のことじゃからな」
「ふはは! それはそれは、光栄なことだ!」
アダルはますます笑みを深めた。
しかし、異界の神の着せ替え欲は、これだけでは到底満たされない。
次に現れたのは、ふわふわの動物着ぐるみ。ツェイの頭には丸い兎耳が生え、アダルには立派な黒猫の尻尾が揺れる。
「……まあ、暖かくはあるの」
「おや、なかなか似合っているぞ」
続いて、宝石をこれでもかと縫い付けた舞台衣装。
まばゆい光を浴びながら、ツェイは重たい装飾をそっと持ち上げた。
「……これは、随分と肩が凝りそうじゃな」
「ふはは! それこそ豪奢というものよ!」
神の高笑いとともに、今度はどこかで見たような珍妙な民族衣装へ。
さらに、巨大な羽根飾りを背負った祭典衣装、頭の上に果物を盛り付けた道化じみた装いまで。
「…………」
ついには、ツェイから感想すら消え失せた。
どれほど奇抜な衣装を着せられようと、鏡の前で静かに佇むばかり。驚くことも、呆れることもなく、ただ次の着せ替えを待っている。
長く生きてきた彼は今、ひとつの悟りへと至っていた。
――無心。
「……ツェイ殿?」
アダルが肩を震わせながら呼びかける。
「生きているか?」
「……うむ。心を無にすれば、案外どうということもない」
「ふはは! それは結構!」
アダルはとうとう声を上げて笑った。
結局のところ、こうして共に妙な目に遭う時間も、悪くはない。
少なくとも、アダルにとっては大いに愉快なひと時であった。
✦
いよいよ次は、互いに衣装を見繕う番だ。
「さて、アダル殿。次は我からじゃな」
ツェイは神の衣装棚を眺め、やがて一着の白い衣を指差した。
「これを、彼に」
「ほほう! 白絹のシャルワニとな!」
神が歓声を上げる。
アダルも興味深そうに眉を上げた。
「おや、シャルワニとは新鮮だな」
「お主には、きっと似合うと思うての」
ツェイは満足げに頷いた。
やがてアダルを包んだのは、上質な白絹で仕立てられた、端正なシャルワニだった。
膝下まで届く長い上衣は、身体の線に沿う美しい仕立て。高い立ち襟から胸元へと金色の小さなボタンが並び、裾と袖口には銀糸で精緻な刺繍が施されている。
その意匠は、アダルが普段身に纏う盾や鎧に刻まれた紋様を思わせるものだった。
華やかな異国の礼装でありながら、長年戦いに身を置いてきた騎士の面影も、確かにそこに残されている。
下衣には柔らかな白のパンツを合わせ、足元は銀の飾り縫いを施した革靴。肩からは共布で仕立てた長いストールが垂れ、歩くたびに白絹の光沢が静かに揺れた。
漆黒の長髪は前髪ごと後ろへ流し、緩やかな三つ編みにまとめられる。編み込まれた髪の先には、白と銀の飾り紐が結ばれていた。
褐色の肌と黒い髪が純白の衣装によって鮮やかに引き立てられ、凜とした眼差しには、普段とはまた違った高貴さが宿っている。
アダルは袖口の刺繍へ指を滑らせた。
「これは、俺の鎧の意匠か」
「うむ。折角じゃからな」
「随分と気の利いた見立てではないか」
アダルは鏡の前で一度、肩のストールを整えた。
白絹の布がさらりと揺れる。着慣れぬ形ではあるものの、窮屈さはなく、思いのほか動きやすい。
「良いじゃないか。高貴で威厳に満ちた装いだぞ」
「うむ。我が見立て通り、白も似合うではないか」
ツェイの声には、隠しきれぬ満足感が滲んでいた。
「かの方も喜ぶと思うぞ。写真を撮っておかねばな」
「ふは、ツェイ殿も随分と張り切っているな」
「当然じゃ。容貌も体格も優れた盟友となれば、見立て甲斐があるというものよ」
ツェイは衣装棚から小さな真珠の装飾を取り出した。
「これも着けてみぬか?」
「ほう。よく似合いそうだな」
「では、こちらも」
次に現れたのは、白い羽根を幾重にも重ねた、ど派手な帽子。
「…………」
アダルが黙った。
帽子の羽根は、どう見ても顔より大きい。
「……ツェイ殿」
「む?」
「それは少々、盛りすぎではないか?」
「……む。やりすぎか?」
ツェイはしばらく帽子を眺め、それから大人しく棚へ戻した。
しかし、口元には悪戯っぽい笑みが残っている。
「まあ、真珠だけにしておこうかの」
「それが賢明だな」
アダルが笑うと、ツェイもまた楽しそうに目を細めた。
写真を撮る段になれば、神は再び豪華な背景を用意してくれた。白い大理石の柱に、淡い金色の天蓋。異国の宮殿を思わせる舞台で、アダルが優雅に一礼する。
「……ふむ。これでよいか?」
「うむ。実に見事じゃ」
ぱしゃり、と軽い音が響いた。
画面に収まった盟友の姿を眺め、ツェイは満足げに頷いた。
「さて、今度はお主の番じゃな」
「ああ。とっておきを用意しているとも」
アダルの赤い瞳が、楽しげに細められる。
その様子に、ツェイは少しばかり嫌な予感を覚えた。
「……アダル殿?」
「何、安心するといい。今回は真面目な見立てだ」
「ほほう。先ほどまで随分散々な目に遭うた気がするが……」
アダルは答えず、衣装棚の奥へと歩み寄った。
取り出したのは、深い緑色の布地だった。
「ツェイ殿には、こういう装いが似合うと思ってな」
「ほう……?」
「異国の山野を旅する者の衣装だ。少々、付き合ってもらおうか」
神が歓声を上げると、現れたのは深緑色のチョハだった。
身体に沿う長い上衣は、腰を引き締め、裾へ向かって緩やかに広がる端正な仕立て。前合わせには小さな留め具が並び、胸元には伝統的な筒状の装飾が左右対称に配されている。
落ち着いた深緑色の生地には、光の角度によって微かに浮かび上がる蔦の模様。袖口と襟には控えめな金糸の縁取りが施され、古風な気品を添えていた。
腰には細身の革ベルトを締め、そこへ薬草採集用の小さな短剣を吊るす。下衣は動きやすい黒のパンツで、足元には柔らかな革のロングブーツ。野山を歩くにも、森を巡るにも申し分のない装いだった。
そして、アダルの手は髪へと伸びる。
「少し、動くなよ」
「む?」
ツェイは素直に足を止めた。
アダルは茶色の前髪を指先で梳き、左半分をふわりと編み込みながら後ろへ流していく。細い髪束を器用に重ね、最後に深緑色のベルベットリボンでひとつにまとめた。
長い髪が背中へ落ち着くと、今度は金縁の眼鏡を取り出す。
「眼鏡か、モノクルか。どちらも似合いそうではあるが……」
細いグラスチェーンの付いた眼鏡を顔へ添え、それから金のモノクルも試してみる。
「やはり、こちらか」
選ばれたのは、繊細な金縁の眼鏡だ。
耳元から垂れる細い金鎖が、深緑色の衣装に柔らかな輝きを添える。
「……ほう」
ツェイは鏡へと向き直った。
普段のゆったりとした衣とは随分違う。身体の線に沿う仕立てと、胸元の整然とした装飾。深緑色の布は思いのほか軽やかで、袖を動かしても窮屈さを感じない。
金の眼鏡越しに見える自分の姿は、どこか見知らぬ物語の登場人物のようだった。
「似合っているではないか」
アダルが満足げに笑った。
「薬草を摘み、森を巡り、時には鳥を連れて旅をする。そういう姿も、ツェイ殿らしいと思ってな」
「……」
ツェイはそっと髪へ触れた。
丁寧に編まれた前髪が、指先へ柔らかく触れる。
「お主、随分と器用な髪の編み方が出来るのだなあ」
「妹馬鹿の親友に叩き込まれてな」
「ほう。そういう訳か」
ツェイはくすりと笑った。
「妹御にせがまれて覚えたのかと思うたぞ」
「それもありそうな話だが」
アダルは肩を竦め、最後にベルベットリボンの形を整えた。
その手つきには慣れがあり、ツェイもすっかり安心して任せている。
鏡の中の自分をもう一度眺めれば、思わず頬が緩んだ。
「うむ。着慣れぬ形ではあるが、存外に軽やかじゃ。お主の見立ても、なかなかのものよ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「ふふ。癖になるのも、一寸解るやもしれぬ」
何気なく零れた言葉に、アダルが愉快そうに眉を上げた。
「ほう。それなら次は、バニーガールに挑戦するか?」
「……アダル殿」
「深緑の衣装に長い兎耳など、ツェイ殿なら似合うだろう」
「我は今、至極真面目に申しておったのじゃが」
「俺も至極真面目だとも」
その表情は、どう見ても楽しんでいる者のそれだった。
ツェイはしばらく盟友を見つめ、それから小さく息を吐く。
「……まったく。お主には敵わぬのぅ」
「ふはは。そうでもないだろう」
アダルは愉快そうに笑い、ツェイもまた、つられるように笑った。
その傍らでは、異界の神が感極まったように震えていた。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、そなたら!」
モザイクが、これでもかというほど大きく揺れる。
「我が着せ替えへの情熱、存分に受け止めてくれたな! 今日のところは、これにて退散するとしよう!」
高らかな笑い声とともに、周囲の衣装棚が光の粒へと変わっていく。
豪華なシャンデリアも、宙に浮かぶ姿見も、次々と消えていった。
やがてモザイクの塊が遠ざかり、ユーカリが丘線には元の穏やかな景色が戻ってくる。
その背中を見送りながら、アダルは小さく息を吐いた。
「……やれやれ。これで一件落着か」
「うむ。どうやら、そのようじゃの」
ツェイは袖口を整え、金の眼鏡をそっと押し上げた。
深緑色のチョハも、丁寧に編まれた髪も、まだそのまま残されている。
「しかし、随分と奇妙な一日であったな」
「ふは。血を流さずに済んだのだから、上々だろう」
「それもそうじゃな」
ツェイは小さく笑った。
見慣れぬ装いに身を包み、互いの姿を眺め、時には笑い合う。
まさか世界の平和を守るために、このような時間を過ごすことになるとは思わなかった。
けれど、悪いものではない。
共に歩む盟友が、己に似合う衣装を見立ててくれたこと。その手で丁寧に髪を結ってくれたこと。
そんな些細な出来事が、思いのほか心地よく胸に残っていた。
「……アダル殿」
「何だ?」
「今日は、ありがとうの」
ツェイが穏やかに微笑むと、アダルもまた、柔らかく目を細めた。
「こちらこそ。白のシャルワニ、なかなか気に入ったぞ」
「ふふ。それは何よりじゃ」
並んで歩き始める二人の足元に、午後の陽射しが柔らかく落ちる。
ユーカリが丘の平和は、今日もこうして守られた。
剣も魔法も振るわず、ただ装いを変え、互いの新たな一面を見つけることで。
そして、何より。
ふたりの盟友の間には、またひとつ、笑って語り合える物語が増えたのだった。
✦
着せ替え大好き異界の神からのワンポイントアドバイス♡
『共通の意匠を持ちながら、色彩を対照的にすれば、互いを引き立て合う見事な装いとなるぞ! また、異国の衣装を楽しむ際には、普段の装備や愛用する小物の意匠を取り入れてみるがよい! 見慣れぬ服であっても、そこに己らしさが宿るのだ!』
第2章 集団戦 『プティフィー』
「みんな。異界の神への対応、お疲れ様!」
着せ替え大好き、異界の神!
その名に相応しく、奴は数多の衣装を着せては満足げに去っていった。
「いやあ、よくやった! おかげでユーカリが丘線も無事に守れた。俺からも礼を言うぞ!」
王様は満足げに頷き、それから、こほんとひとつ咳払いした。
「で、だ。悪いが、次の仕事を頼みたい」
どうやら、まだ少しばかり後始末が残っているらしい。
「……実はな、ダンジョンに妙な奴らが住み着いちまってるようなんだ」
ジャンが机の上へ広げたのは、ダンジョン内部の地図だ。
その一角には、色とりどりの花に囲まれた庭園が描かれている。
「プティフィーっていう妖怪らしい。見た目は可愛いんだけどな、どうもここがすっかり気に入っちまったらしい」
なんでもダンジョンの奥には、とても迷宮の内部とは思えない美しい庭園が広がっているのだという。
柔らかな芝生に、咲き誇る花々。薔薇のアーチや小さな噴水、木漏れ日の差し込む小道。
「問題は、あそこが見た目以上に複雑な迷路になっていることだ」
花壇の間を縫う小道は幾重にも枝分かれし、緑の生け垣が視界を遮る。
同じような景色がどこまでも続き、うっかりしていると自分がどこから来たのかさえ分からなくなってしまう。
「それなのに、あいつらときたら呑気なもんでさ。寝たり、遊んだり、花畑に埋もれたり。帰る気配がまるでないんだよ。――っていうか、多分、帰り道が分かってないんじゃないか?」
ジャンは呆れたように肩を竦めた。
「このまま放っておいたら、ずーっと居座られちまう。だから、おまえたちには庭園に入って、一人につき一匹、プティフィーを捕まえて外まで連れ出してほしいんだ」
もっとも、捕まえるといっても、無闇に追いかけ回す必要はない。
プティフィーは基本的にのんびりした生き物で、人と遊ぶことにも興味があるらしい。
「もふもふしてやるのもいいし、おやつをあげたり、一緒に昼寝したりするのもいいかもな。おもちゃで誘ってもいいし、庭園を探検しながら仲良くなるのも楽しそうだ」
もちろん性格は一匹ずつ違う。
人懐っこく擦り寄ってくる奴もいれば、臆病で花陰に隠れる奴、気が強くて牙を剥いてくる奴もいるだろう。
中には、もこもこの身体をさらに膨らませたり、不思議な綿毛を舞わせたりする個体もいるという。
「綿毛には気をつけろよ? あれを浴びると、もふもふしたい気持ちが抑えられなくなるらしいんだ。……いや、ちょっと分かる気もするけどな!」
とはいえ、相手は妖怪だ。可愛らしいからといって油断は禁物である。
暴れる個体にはきちんと対応し、逃げ回る個体には根気よく付き合う必要もあるだろう。
「何なら、もふもふ対決でもしてみるか? どっちが先に相手を満足させられるか、勝負するのも面白いかもしれないぜ!」
ジャンは楽しそうに笑った。
「それから、ひとついい話がある」
王様は、そこで少し得意げに胸を張った。
「プティフィーって奴ら、満足すると、自分の宝物を分けてくれるらしいんだ」
それは小さな装飾品。
花を象ったブローチ、星の髪飾り、宝石のついたリボン、繊細な飾り鎖。あるいは、帽子や耳飾り、衣装の胸元を彩る小さなチャームかもしれない。
どんな品が貰えるかは、プティフィー次第だという。
「不思議なことにな、おまえたちの服装にぴったり似合うものを選んでくれるんだってさ。あいつらなりに、一生懸命考えてくれるらしい」
それらは、プティフィーたちが大切に集めてきた宝物なのだとか。
気に入った相手へ贈る、彼らなりの友情の証なのかもしれない。
「欲しいものがあるなら、そっと教えてやるのもいいんじゃないか? もちろん、あいつらに全部任せてみるのもいい」
先ほどの異界の神が仕立ててくれた衣装に、新しい装飾品を添えるのも素敵だろう。
あるいは、普段から愛用している服に合わせて、とっておきの一品を選んでもらうのもいい。
「――ま、そんなわけだ!」
ジャンは地図を畳み、仲間たちを見渡した。
「悪いが、もうひと頑張り頼むよ。あいつらも別に悪さがしたくて住み着いたわけじゃなさそうだし、できれば仲良く連れ出してやってくれ」
迷路の探索に、ふわふわの妖怪探し。
場合によっては、ちょっとした追いかけっこや、もふもふの誘惑との戦いも待っているかもしれない。
「帰り道が分からなくなったら、仲間と声を掛け合うんだぞ。プティフィーを見つけても、自分まで迷子になったら意味ないからな!」