シナリオ

隣人は静かに笑う

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「来てくれたことに礼を言う。√マスクドヒーローでの予知をした。聞いていってくれるか」
 |迦具土《かぐつち》・|劔《つるぎ》(UNBROKEN・h06038)は、自らの呼びかけに応じた√能力者たちへそう礼を述べると、自らの見た予知を語り始めた。
「まずこれは、悪の組織「プラグマ」とは少し遠い事件だということを明らかにしておく。「プラグマ」とは利害関係を同じくするだけの別の悪の組織が行っている事件だ。……そして、それがどこの組織なのかは、俺にも見えなかった」
 この事件の黒幕を先に説明しておく、と劔は言う。今回起きた事件の裏で糸を引いているのは、「ジョン・ドゥ」と呼ばれる道化。人々を扇動して事件を起こしたり、ヒーローの殲滅や、ヒーローを悪の道へ落とすことへのリクルート活動を行ったりと手広く行動している謎の存在だ。
「この「ジョン・ドゥ」の口車に乗せられた怪人、そして戦闘員たちによって、√マスクドヒーローの民間人が洗脳されている。「ジョン・ドゥ」の狙いは、人々を洗脳することによって彼らの近隣にいるであろう正体を隠したヒーローの正体を暴くことだ」
 劔によれば、√マスクドヒーローの「ヒーローたち」が、廃工場や廃墟などで捕らえられた民間人を助けに来るのだという。しかし、その民間人は既に洗脳されている。助けられ、感謝する振りをして、助けに来たヒーローの正体を探らせるのが洗脳の内容だ。
「|皆《あんたたち》は「ヒーロー」と交流してもいいし、一緒に救出活動を手伝ってもいい。だが、助けを待っているはずの民間人は洗脳されているということを「ヒーローに伝えてはいけない」。ヒーローがそれを知れば、民間人に接触することをやめようとする場合もある。そうすると、洗脳されている民間人の元までたどり着けない場合もある。怪人たちがそれを知って、洗脳された民間人を隠す。あるいは始末してしまう可能性もある。これにだけは注意してくれ」
 ヒーローと共に、或いはヒーローに気取られないように、それぞれの場所で民間人の洗脳を解くことに成功したならば、と劔は言う。
「ここから先は。いまだ定まらない未来。揺れ動く分岐の先。二通りの未来がある」
 ひとつは、そのまま悪の組織の尖兵である「戦闘員」たちと戦う道。或いは、「ジョン・ドゥ」がこの作戦に協力させた怪人「ウーサー・クロノジャッカー」と戦う道だ。
「どちらと戦う場合でも、先のヒーローたちは民間人を守ることを重視する。積極的に敵を倒すために協力してくれる可能性は低いといっていいだろうな」
 戦闘員たち、或いは「ウーサー・クロノジャッカー」を倒せば、それでようやく道化「ジョン・ドゥ」と戦うことになるという。
「どんな組織によって「ジョン・ドゥ」が動いているのか、それを聞き出そうとしても無駄だ。答えないか、はぐらかされるだろう。それから、これはウーサー、及びジョン・ドゥに共通することだが――」
 敵は、√能力者の「悪に落ちた可能性の姿」を召喚、あるいは怪人化や悪落ちへの抵抗力を低下させるなど、√能力者を「悪の道に誘う」ようなことを行ってくる可能性がある、と劔は言う。
「最終的にそれを打ち砕けるのなら、敵の罠に乗ってもいい。だが、|己《自分》の闇に飲まれるようなことには、ならないでくれ」
 星詠みはそう、√能力者たちを慮るように言った。

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第1章 冒険 『人々の洗脳を解け』


見下・七三子

(洗脳されているとはいえ、一般の方を助けない、という道はありませんね……!)
 |見下《みした》・|七三子《なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)は廃工場の窓の下で身をかがめながら、ぐ、と胸元で拳を握る。
 七三子の出身の√は「ヒーローが支配する世界」であった。ヒーローの強さと「正しさ」を証明するために存在する「敵役」を生業とする家に生まれた七三子は、親友を「正義」に奪われた。今でも、自分の生まれた√のヒーローが特殊なのだとわかっていても、今でも「ヒーロー」という存在には気後れしてしまう。
(ううん、うちの世界のヒーローとは違って、きっといいひと……!)
 七三子の覗く窓の向こう、廃工場の中には、縄をかけられた民間人が三名ほど座らされている。七三子が見た限りでは、見張りの怪人や戦闘員は存在しないようだ。ならば、と七三子は窓から廃工場の中に入り込み、民間人の中に紛れ込む。民間人たちは洗脳されているせいか、判断力が低下しているのだろう、七三子が紛れ込んだことに何か言う様子はない。
 それからどれくらいの時間が経っただろうか。彼らにとっての待ち人が、廃工場に現れた。
「――大丈夫か!助けに来たぞ!」
 |仮面《バイザー》で顔を隠したマスクド・ヒーロー。筋骨隆々、とまではいわないが鍛えられた体をした、黒色のヒーロースーツに身を包んだ男性ヒーローだ。その声に七三子はびくり、と肩をすくめてしまうけれど、それでも勇気を振り絞って彼を見る。ヒーローに口枷を外された民間人は、喜色を浮かべて彼の名を呼んだ。
「ジュピター・ブラック!来てくれたんだな、ありがとう!」
 民間人たち――洗脳された――の言葉によれば、彼は戦隊ヒーロー、星雲戦隊・プラネットファイブのブラック、ジュピターであるという。彼は七三子を含めた人質たちに優しく、スマートに救出していく。
「なあ、お礼がしたいんだ。どうしても君の正体を教えてくれることは出来ないのか?」
「すまない。俺の正体を話すわけにはいかない。気持ちだけ受け取っておくよ」
「だが……」
「あっ、あの!すいません!その……」
「どうしたんだ?」
 七三子は咄嗟に会話に割って入ったが、咄嗟だったため次の会話を思い浮かばなかった。ジュピターからは純真な疑問の視線が、洗脳された民間人たちからは「なにやってんだ空気読め」という視線が注がれる。
「え、えーと……ですね!靴擦れしちゃって……絆創膏、持ってませんか?」
「そうか、それは大変だな。歩けるか? もし歩けないようなら、俺が運ぶが……」
「そ、それには及びません!スミマセンっスミマセン!」
 ヒーローと密着するのは七三子もまだ少々怖い。それに、まだ民間人たちの洗脳を解けていないのに彼らと引き離されることは避けたいことだった。
 チッ、と民間人の誰かだろう、舌打ちする声が聞こえる。はっと七三子が顔をあげれば、ジュピターの後ろから彼の顔を覆う|仮面《バイザー》を剥がそうとする民間人がいて。
(いけない……!) 
 七三子の体は自然に動いていた。その早業で、ジュピターに気取られぬように民間人の手を掴み――そして、民間人たちに、√能力を使用する。
 【|団結の力《かずのぼうりょく》】。協調の思念を味方全員に接続するという能力だが、それを民間人たちに対して使い――洗脳されている上から、思念を|上書き《・・・》する。強力な思念はそれ以前に刷り込まれた思念を破壊した。その場で、民間人たちがバタバタと倒れていく。
「……!? ど、どうしたんだみんな!?」
「――あれ? 俺は、何を……」
「……あっ、君はジュピター・ブラック!助けに来てくれたのか!」
 起き上がった民間人たちは洗脳を解かれていた。かなり強引な方法だったとは思うが、ジュピターは幸いそれが七三子の手によるものだとは最後まで気づかなかった。
 ジュピターは一度倒れた民間人たちの身を危ぶみ、仲間に通信をし――こっそりと救急車を呼んでもらうことにしたようだった。そのまま、ジュピターは民間人たちを連れて廃工場を出ていく。
「どうしたんだ? キミも逃げないと危険だ」
「はっ、はいぃ……!」
「……本当に大丈夫か?」
「あっいえ、本当に大丈夫です!ちょっとその、えーと、ヒーローの方に助けてもらえるなんて思ってなくて感動で……」
「そうか、今回は不運だった。俺たちのようなヒーローに会うようなことは本来起こらない方が幸運だ」
「は、はい……」
 そうして七三子はジュピターに連れられて廃工場を出――民間人が救急車に乗せられていくのを確認すると、早業でジュピターと救急隊員の目を誤魔化して廃工場に戻る。
「怪人の手掛かりが掴めなかった以上、ここに残って怪人か戦闘員たちが戻ってくるのを待つとしましょう……!」
 ジュピター・ブラックは、きっといい人だった。七三子はそう思う。
 まだ七三子がヒーローというものを信頼するには時間がかかるかもしれないけれど、彼との出会いは、彼女を少しでも変えたかもしれなかった。

写・処

「洗脳と来ましたかー。悪の組織も怪人連中も厄介だなあ、なんとか止めることができればいいんだけども」
 ――ああ、今回の事件はどの組織が起こしているのか星詠みにもわかっていないんでしたっけ?
 |写《うつし》・|処《ところ》(ヴィジョン・マスター・h00196)は、廃墟の中をぶらぶらと歩く。
 人が寄り付かなくなった、町の中の小さな一区画。人間を攫ってとどめ置き、ついでに洗脳なども施せそうな、ちょうどいい場所。処はそんな廃墟の中を、一つ一つ見て回っていた。
 廃墟の近くにある採石場では、囮であるらしい怪人たちとヒーローが戦っているのを処は目にしてやってきている。そろそろ急がなければ、ヒーローも囮の怪人を倒して人質を助けに向かってきそうな頃合いだ。
 採石場の工事関係者たちが集まって出来たこの町は、その採石場から取れる硬石の需要がなくなってから人がどんどん減っていったようだ。今では誰も住んではおらず――。
「……ん、とするとあそこはどうですかね」
 処はそこまで想起して、ひとつの場所を思いついた。この町がまだ人の住む町として機能していた頃、男たちは採石場で採掘にはげみ。女たちは家計を助けるために石を加工する工場で働いていた――その、使われなくなった廃工場。
 窓ガラスの割れた廃工場の、その窓の下に潜み、そっと処は廃工場の中を覗き込む。
(……いた)
 ロープで後ろ手に縛られた男女が三人ほど。どこかぼんやりとした面持ちで座り込んでいる。
「ううん、これは洗脳キメられちゃってる顔ですねえ」
 処が見たところ、彼らを監視するような怪人の姿も、そして下っ端戦闘員の姿も見当たらない。なので処は堂々と廃工場のドアを開けて入っていった。
 民間人たちが処を凝視する。ヒーローかと思ったのだろう、しかし彼らは処が誰かを知らない。なので洗脳された民間人たちは頭にクエスチョンマークを浮かべた顔で処の顔をまじまじと見ていた。処はにっこりと笑ってぱん、と手を叩く。
「動けないようですね。ではそのまま動けないでいてください」
 そのままいい感じの場所を探し、そこに処は指ぱっちんでテレビを召喚する。普通の家電サイズしかない、逆に言えば普通の家電サイズの、地上波デジタル放送となった今では見なくなった真四角のテレビだ。
「はい傾注傾注。目をそらしても無理やり見せますけど」
 テレビからはなんだかちょっと古めの音楽と共に、一昔前の朝の連続ドラマ放送でありそうな映像が流れる。カップルの女性の両親にあいさつに来た恋人。娘の成長を喜ぶ気持ちと余所の男に貰われて行ってしまうさみしさを抱く父親。しかし父親はその恋人がミュージシャンであることを知り、そんな浮ついた男に娘は渡せないと一念発起し――そんな内容の映像、それは処が√能力【|がっちゃんこ《クラフト》】で作り出した、「洗脳を解くテレビ映像」だ。時代遅れなストーリーなのになぜか目を離せないものがあり、目を離せないが故に洗脳された民間人はまんまと洗脳を解かれていく。
 やがて映像が進み、父親の肘からミサイルが恋人に向けて発射されたあたりで民間人たちは意識を失った。処が作った洗脳解除映像には、洗脳が解かれたならばその合図として意識を失うように仕込んである。なので頃合いかと処はテレビをしまい込み、廃工場の更に奥へと隠れる。そして、それから
「――みなさん、大丈夫ですか!」
 仮面で顔を隠した長い髪の女性ヒーローが廃工場にやってきたのは、それから十五分ほど後だった。
 洗脳を解かれた民間人たちは洗脳されていた頃のことを忘れ、ついては処という彼らにとっては不可思議な闖入者のことも忘れている。彼らは自分たちを助けてくれた女性ヒーローに心からの礼を述べ、素直に救出されていく。
 ヒーローと、正気に戻った民間人たちが去っていくのを見送って、処は隠れていた場所から顔を出した。
「これで、ひとまずはオーケーってところでしょうかね?」

カトレア・シェルビュリエ

「|Oh, quelle affaire《ああ、なんということだろう》!」
 カトレア・シェルビュリエ(ヘリオドールの花束・h00390)は大いに嘆いた。
 「秘めた正体」。これこそがマスクド・ヒーローの美徳だ。それを暴こうなどとカトレアにとっては言語道断である。
「この世の美を護る為、僕が一肌脱ごうではないか!」
 そう言ったカトレアは数刻後、√マスクド・ヒーローのとある廃墟の窓の下に潜んでいた。やはり怪人たちがヒーローに対抗するために人質を取るなら廃墟である。廃研究所や廃工場などであればモアベター。そんな思いで廃棄された何やら怪しい研究所を窓からそっと覗いてみれば、リノリウムの床にロープで後ろ手に縛られた民間人が座らされている。彼らの視線はどこか虚ろで、そして捕まっているというのにストレスを感じている様子もない。これは洗脳されているな、と一目で見て取ったカトレアはカトレア自身のブロマイドを√能力【|刮目せよ、僕こそが美だ《カトレアブロマイド》】によって創造する。うん、やはり美しい。最上の美。天上の美。そう自身の美しさに陶酔しながら、カトレアは自身の技術を向上させていく。
 そんな中、カトレアのいた窓とは逆の方向からガシャンガシャンと音を立ててやって来る者がいた。
 それは男であった。両肩に巨大な|発電機《ダイナモ》を装備した男は、廃研究所の扉を開く。
「待たせたな、俺の子猫ちゃんたち!俺が!助けに来たぜ!」
 仮面をつけた発電機ヒーローがそう高らかに宣言すると、何故か――勿論洗脳したので騒いだりすることがないからである――口枷をつけられていなかった民間人たちが彼の名を呼ぶ。
「――キャプテン・ダイナモ!」
「助けに来てくれたんですね!」
「さすが、俺たちのキャプテン・ダイナモだ!」
 発電機ヒーロー改めキャプテン・ダイナモは民間人たちの縄を解いていく。洗脳された民間人たちはありがとう、と手を伸ばし。その手をキャプテン・ダイナモの仮面に触れ、それを剥ぎ取ろうと――
「待ちたまえ、そこまでだよ!」
 そこに、一枚のブロマイドが飛んできた。洗脳された民間人は手を引っ込める。また違う民間人が叫んだ。
「だ、誰だ……!?」
「ふ、僕かい? ……そうだな、マダム・シークレットとでも名乗ろうか!」
 突如現れた謎の人物、その人物こそカトレアである。カトレアもといマダム・シークレットは扇子で口元を覆い隠し、それよりもだ!と、高らかに叫ぶ。
「君たちはなにもわかっていない、わかっていない!」
「な、なにが……ですか……?」
「秘め事は秘めたまま、明かされぬからこそ美しいのだよ!」
 マダム・シークレットの言葉に、民間人たちは「そうかなあ……そうかも……そうなのか……?」という気分にされてしまう。カトレアの魅了技術や催眠術の技能、そして威厳を√能力によって増加した効果だ。言わば、洗脳の上書きである。
「名も知らぬ恩人!それに憧れ続ける心こそ、真の熱狂……そうは思わないかね? ――推し活!さあ、熱い心でヒーローを応援するのだ……!」
「――そうだ……あなたは……正しい!」
「俺たちが間違っていた……!」
「キャプテン・ダイナモ、ブラボー……!」
 トランス状態に入った民間人たちはそれぞれに叫んで意識を失った。
「ど、どうしたんだ子猫ちゃんたち!?」
 キャプテン・ダイナモが狼狽する。それにマダム・シークレットは落ち着いた声で言った。
「心配することはない、キミへの感謝の気持ちが天元突破して気絶しただけさ」
「そ、そうなのか……罪作りだな、俺……!」
「そうだとも!さあ、彼らを安全な場所まで運んであげるといい!」
「ああ、有難う、ええと、マダム・シークレット!どこかの|戦場《劇場版》でともに戦える日を楽しみにしているぜ!」
 そう言うと、仮面の発電機ヒーロー、キャプテン・ダイナモは民間人たちを運んでいった。
「ふ……そうだね、いつか、どこかの戦場で」
 マダム・シークレット――カトレアは、そんなもしもを想像し、麗しく微笑むのであった。

ルメル・グリザイユ

「う~ん……僕さぁ、王道って苦手なんだよねぇ……」
 ルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)は後頭部を掻きながらちろりと舌を出す。
 正義のヒーローと協力したり、こっそり民間人に施された洗脳を治療したり、といった真っ当な方向の活動は、ルメルのような性質の者にとってはどうもソリが合わない。ルメルは思う、自分に合っているのは、もっとこう……。
「あ、そうだ。そうすればいいんじゃん――よぉし、決めた」
 僕が、ヴィランだ。
 
 ――かつて採石業で賑わった町の工業区画は、採掘される硬石の需要が激減したことによってそこに住む人々が離れ、人が住まなくなって久しい。その一角、石を加工していた工場の床に、民間人たちが洗脳を完了されて虚ろな瞳で座らされていた。彼らの前には、無個性な一般戦闘員たちが見張りについているが、民間人たちは一般戦闘員たちに怯えるそぶりすら見せない。
「サテ、デハろーぷヲ握レ。コノママ縛ル」
 ロープを握りこんだまま縛られる、というのは手品で時に用いられるトリックで、縛られる方が簡単に拘束を解くことが可能な縛り方が出来る。こうすれば助けに来たヒーローが動けないと安心している隙に、正体を隠す仮面を剥ぐことができるだろうと考えてのことだ。
 虚ろな目をした民間人たちはその言葉に従い、一般戦闘員たちが拘束を施していく最中――であった。
「――ガサ入れだァ!!」
 ボイスチェンジャー越しの高い声がその場に響き渡り、廃工場の扉が蹴り開けられる。すわヒーローが予定より早く到着したのかと焦る一般戦闘員たち。しかし、そこにいたのは黒くギラギラした装束の、彼らの知らない怪人の姿であった。
「ナ、ナニモノダ……?」
「|微温《ヌル》い|微温《ヌル》い!! お前ら、やってることがヌルすぎんだよォ!」
 たじろぐ一般戦闘員に威圧的に振る舞う怪人――それはルメルの魔術迷彩服を用いた変装である。しかし、ノリノリのルメルの演技……これ演技かなぁ? により、その一挙手一投足は彼を立派な怪人に見せていた。
「コソコソ民間人を洗脳してぇ? ヒーローの正体を暴いてぇ? そんで家族を人質に取るゥ? はーっヌルすぎ!僕たちに歯向かってくるヒーローどもなんてさぁ!一呑みにしてやればいいんだよ、|こうやって《・・・・・》!」
 √能力【|Void Walker《ヴォイド・ウォーカー》】により、空間魔術によって構築された「周囲を飲み込む虚空」が、一般戦闘員たちを宣言通り全員飲み込む。そしてルメル扮する怪人は、笑顔を浮かべたまま虚空を展開し民間人たちに迫る。
「オラ、何ぼーっとしてんだよ!お前らが教わったようなやり方じゃ駄目だって今証明されたよなァ!!」
 民間人たちの洗脳されて虚ろな瞳に「恐怖」という感情が取り戻される。この瞬間に、民間人たちの洗脳は解けている。ヒッ、というか細い息をのむ悲鳴に、ルメル扮する怪人はニタニタと笑いながら全てを飲み込む虚空を民間人に近づける。勿論、ルメルは残虐な笑顔の下でこの周囲を飲み込む虚空が民間人たちを吸い込まぬように必死で制御している。……している、よね?
「――そこまでだ!悪党!」
 そこに現れたヒーローの声は、この場の民間人たちにとって本当に心からの救いの手だった。
「ハハッ、現れたかよヒーロー!で、お前の名前何だっけェ!? お前みたいな弱小の名前いちいち覚えてらんなくってさあ!」
「た、たっ、助けてくれ、――マスクドバロン!」
「おっと、喋んなってーの!飲み込まれたいのかよぉ!?」
 ノリノリでヴィランムーヴをかますルメル。今とても彼の気持ちは高揚している。|悪役仕草《ヴィランムーヴ》たっのしーい!!
「今呼ばれた通り、私の名はマスクドバロン!男爵の名において、悪党、お前を紳士的に倒してやろう!」
「はッ!!笑わせるぜ、やってみろよなァ!!」
 マスクドバロンとルメル扮する怪人との戦いが始まる。ルメルは勿論手を抜いていることを悟られないように演技しているが、マスクドバロンとてこの√マスクドヒーローで悪の怪人たちと戦ってきた歴戦のヒーローである。それも、民間人たちを洗脳されている間の時間稼ぎとヒーローを呼び出すための囮の怪人と一戦交えた後にもかかわらず、彼はルメルにどこまでも食いついてくる。ルメルは内心舌を巻いた。やるじゃん、ヒーロー。
「喰らえよぉ!」
「させるかぁッ!!」
 虚空(勿論誠心誠意手加減している)の吸引力から耐えきったマスクドバロンに、|怪人《ルメル》はやおら舌打ちをしてみせる。
「……飽きた」
「――なんだと?」
「だァかァらァ!お前みたいな暑っ苦しいヒーローの相手してんの、飽きたって言ってんの!じゃぁね、バイバイ!」
 そう言って廃工場の奥の方へと走って去っていく|怪人《ルメル》。残されたマスクドバロンは呟く。
「何だったんだ……しかし、最近の若者的なかつてない強敵だった……!」
「ありがとう!ありがとうマスクドバロン!」
「怖かった!本当に怖かった!」
「あいつを追い払ってくれてありがとうございますマスクドバロン!」
 民間人たちは心の底からヒーローに感謝し、救われたことに涙を流して喜ぶ。既に洗脳は解けているし、ここにヒーローの素顔を暴こうと思っている者は一人としていない。
「ああ、かつてない強敵だった。皆、ケガはないか!こんなところからはすぐに脱出しよう!」
「「「はい!!!」」」
 マスクドバロンに率いられて廃工場を出ていく民間人たち。彼らがいなくなった廃工場で、奥の方に逃げたふりをして隠れていたルメルは胸をなでおろした。
「はー、手加減するの大変だったぁ。でも、ま、やる事はやったし、オッケーでしょ」

第2章 ボス戦 『ウーサー・クロノジャッカー』


 |√能力者《あなた》たちは、それぞれのやり方で洗脳された民間人たちを正気に戻し、ヒーローたちと共に解放することに成功した。
 それぞれに方法は異なったものの、「ヒーローは民間人たちを連れて去ってゆき、今ここにはいない」。そして、「|√能力者《あなた》たちは皆、廃工場に残ることとなった」。
 それは偶然の筈である。しかし――偶然は、|先の未来《・・・・》から観測されることにより、必然となる。
 それは空想未来技術の力。あるいは怪人の能力の一つ。全く別の場所にいたはずの|√能力者《あなた》たちは、気づけば同じ「廃工場」にいた。
 そして、気づくだろう。そこに、一人の怪人が立っていることに。
「ああ、我が世界が滅びを回避する道が、また一つ失われてしまった……」
 その怪人の名は、「ウーサー・クロノジャッカー」。
「だがまだだ、まだ間に合う!貴様たちをここで全て打ち倒してしまえば、我が世界は滅びの定めから解放できるだろう……!」
 「すべては自らの出身世界を滅びから守るため」。
 そう思い込んでいる怪人・ウーサー・クロノジャッカーはあなたたちに、襲い掛かってくる!
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第二章 ボス戦 「ウーサー・クロノジャッカー」 が 現れました。

 おめでとうございます。√能力者たちの行動により、洗脳されていた民間人たちはみな正気に戻り、ヒーローたちはその素性を暴かれることなく去ってゆきました。
 これにより、運命が確定しました。未来は一つになりました。
 あなたたちは、怪人「ウーサー・クロノジャッカー」と戦うことになります。
 以下に詳細を記します。
 
 「★注意★」
  (以下の戦闘におけるルールは「ライブラリ」の「シナリオ参加方法」→「シナリオの判定システム」の「戦闘ルール」から確認できる、青文字部分に記載されています)
 敵はみなさまがプレイングに使用した√能力に必ず設定されている能力値【POW】【SPD】【WIZ】と、全く同じものを使って反撃、あるいは攻撃してきます。(リプレイ内では必ず反撃となるとは限りません。みなさまのプレイング、および状況次第です)
 プレイングで気をつけるべき敵の攻撃は、みなさまが指定した√能力の能力値の√能力です。
 (例えば【POW】の√能力で攻撃したなら、敵は必ず【POW】の√能力を使ってきます)。逆に言うと、指定した能力値以外の攻撃に対策するプレイングを書く必要はないとも言えます。
 指定した能力値に対応した攻撃の対策に専念して結構です。
 
 「戦場について」
 √能力者たちはみな別々の廃工場にいたはずが、ひとつの廃工場に転移させられてきました。
 現場にヒーローは残っておらず、また、民間人も存在しません。指示などのプレイングを書く必要はありません。
 廃墟の中の廃工場、開けた場所であり、それなりの大技を繰り出しても問題ありません。照明はついていないため多少薄暗いですが、戦闘を行うのに支障はありません。
 戦闘に利用できそうなものはそれなりにありますので、「何を」「どうやって」使うかをプレイングに明記くださったならそれが「あった」ことにします。(「使えるものは何でも使う」的なプレイングだと、何かを利用する描写を行わない場合があります。)
 リプレイ開始とともに敵がその場にいる状況となりますので、事前の行動を行っておくことは不可能です。(例:準備体操を行い、体の「パフォーマンス」を良くしておく、など)
 何らかの準備行動を行うには、戦闘と並行して行うことになります。
 
 「ボス敵「ウーサー・クロノジャッカー」について」
 空想未来人の√能力者です。自身の未来世界が破滅する運命を回避するため現在の世界で活動しています。並行世界を観測する技術に優れており、望んだ可能性を引き寄せて戦います。
 ……無論、彼は「空想未来」人、であるため、彼の「存在していたはずの自身の未来世界」は少なくとも現在から観測して存在しない世界です。
 ボス戦であるため、リプレイごとに敵にダメージを与えていく形となります。最後のリプレイでなければ、敵に止めを刺すことは出来ませんので、あらかじめご了承ください(どのプレイングを「最後のリプレイ」として採用するかは、送られてきたプレイングの締め切りおよびプレイングの内容によって決定します)
 √能力者たちはみな同じ場所にいます。その為、「後続者の役に立てるために情報などを残しておく」プレイングも可能です。(ただし、前述のとおり√能力に関する情報は、後続者が選んだ√能力次第では役立てる機会が訪れない可能性もあります。ご留意ください。)
 √能力者が√能力を使わず、技能とアイテムだけで戦おうとした場合でも、ウーサー・クロノジャッカーはカードや分身体などによって攻撃してきますが、プレイングや√能力の内容次第では攻撃を行う暇を与えさせないリプレイになる可能性があります。
 あくまで「√能力を使わないだけでは動かなくはならない」とご留意ください。

 第二章のプレイング受付開始日時は、2/26(水)朝8:31~となります。
 時間帯によってはマスターページ及び上記タグにプレイング受付中の文字がないことがありますが、時間を過ぎていればプレイングを送ってくださって構いません。
 プレイングを送ってくださる方は、諸注意はマスターページに書いてありますので、必ずマスターページの【初めていらっしゃった方へ】部分は一読した上で、プレイングを送信してください。
 
 それでは、道化師に悪しき思想を吹き込まれた空想未来人を倒し、この事件の黒幕を引きずり出してください。
見下・七三子

「……っ!……ぇっ!?」
 急な揺れに耐えて目を開いた七三子はあたりを見回す。そこは今まで自分がいた廃工場の様で、でもそうではなくて。
 七三子には「雰囲気が違う」くらいしかわからないが、少なくとも明らかに一つだけ異なる点がある。
(――あちらの、敵意満々の際どい格好のお兄さんが、敵……ということでいいでしょうか!)
「おあいにくですが、私を悪の道に誘おうとしても無駄ですよ!……そういうのは、もう卒業しましたので!揺らぎませんとも!」
 七三子にとって、「悪」であったのは未来の自分でも現在の異なる可能性の自分でもない。「過去」の、訣別した――「735番」であった頃のことだ。もはやあの頃に戻りはしない。散っていった、親友の為にも。
 だから七三子は、敵――「敵意満々の際どい格好のお兄さん」こと、ウーサー・クロノジャッカーへと走り出し。そのまま√能力【|ヒット&アウェイ《わたしがこわいので》】を用い、鉄板入革靴の射程――すなわち七三子の長い脚である――それが届く間合へと飛び、ウーサーの側頭部に蹴りを叩きこむ。そのまま闇を纏い、姿をくらました。
「ふむ……いまのはいい一撃だった。そして、目くらましか。それでは、|同じことをすれば、私にも君が見える《・・・・・・・・・・・・・・・・・》かな?」
 ウーサーはジョーカーのカードを創造する。そしてそれを握りしめると、――次の瞬間、怪人は七三子の真後ろにいた。
「――っ!?」
 七三子は反射的に身を低くする。ウーサーの回し蹴りが、七三子の頭のあった場所を通っていった。
(見えてる……!?)
 それはウーサーの√能力【ジョーカー・リフレクション】によるもの。七三子の√能力を複製した。ゆえに、闇に紛れた七三子が見え、七三子が使った蹴り技をも複製してみせた。
「……それなら、もう一度!」
 七三子はもう一度【|ヒット&アウェイ《わたしがこわいので》】を使う。しかし、先ほどと全く同じではない。七三子の鉄板の入った重い蹴りはウーサーの鍛え上げられた腹筋の上からその内臓を蹴り上げ、そして彼女の姿は怪人から再び見えなくなった。
「何度やろうと同じだ、もう一度――ぐはぁっ!?」
 ウーサーがジョーカーのカードを創造しようとした瞬間、ウーサーのむき出しの股間が蹴り上げられる。さらに、ほぼ同時に後頭部を蹴り飛ばされ、さらにもう一度側頭部を、今度は思い切り鉄板入りの革靴でひっぱたかれて――ウーサーはたまらず吹き飛ばされた。
 そう、七三子の√能力はただの「蹴り」と「隠密効果」ではない。【|ヒット&アウェイ《わたしがこわいので》】という名の通り。その真価は――自身が敵を恐れるが故の、有無を言わさぬ文字通りのヒットアンドアウェイの連撃にある!
 七三子はウーサーに隙などつかせない。だって七三子は敵が怖いから!
 そのまま七三子は、ウーサーに二度目の√能力を使わせない勢いで連続蹴りを放っていったのだった――。

ルメル・グリザイユ

「いやあ~スッキリしたあ。ここ最近溜まってたんだよねえ」
 腕を伸びーとさせるルメル。ヴィランムーブが本当に楽しかったようだ。
「と、ここ、さっきの場所と似てるけど違うよねえ? ってことはキミが次の敵ってわけだ!いいよー、やったげようじゃん」
 たくさん遊んでテンションが上がったまま怪人、あるいは空想未来人「ウーサー・クロノジャッカー」にそう告げるルメル。ウーサーはフッ、とキザに笑って言った。
「例え一時のお遊びでも、未来からの観測はそれを真実と捉えるものもあるだろう。そう、キミが自身の闇に落ち、溺れた時、どうなるか――見せてあげよう」
「へえ~? さてさて、何が出てkぶッふぉ!」
 ルメルはバフゥ!と噴き出した。頬が紅潮する。
「さっきの俺、じゃん……!」
 そう、黒ずくめのギラギラした服装。ちょっとエナメルとか使ってる感じの。さっき一般戦闘員たちを飲み込み、ヒーロー「マスクドバロン」と一戦交えたルメルの姿がそこにあった。なんかさっき言った「|微温《ヌル》い|微温《ヌル》い!!ヌルすぎんだよぉ!」と今にも言い出しそうな感じ。あっやめてやめて。あの時は楽しかったけど、改めて見ると、こう、……有体に言って、恥ずかしい!口許を押さえるルメル。
 しかし、ルメルのこの姿が「マスクドバロン」には怪人として記憶されたのは事実。ならばヒーロー「マスクドバロン」を主体とした世界には、あの彼はれっきとした怪人であり――ルメルの、悪堕ちした並行同位体である、ということにもなりうるかもしれないのだ。怖いね、ついノリでやっちゃったことって。
「ン”んっ」
 ちょっと直視していられない直近の過去の黒歴史を目の当たりにしながら咳払いし、ルメルは改めてウーサーに告げる。
「とりあえずお前は倒しちゃうからね!」
 防具の魔術迷彩を脱ぎ捨て、怪人ルメルと見分けがつきやすいようになり、ナイフ「|Requiem Fang《レクイエム・ファング》」を構える。
「アハハッ、そんなんで何しよーって言うの!|微温《ヌル》いんだよォ!」
 あっやっぱそれキメ台詞になっちゃうんだ。怪人ルメルがぱちんと指を弾くと、ルメルの表皮が爆発する。痛みはない。魔術迷彩を脱ぎ捨てた際についでに口に放り込んでおいた錬金薬「レーテの霊薬」が彼からあらゆる痛覚を遮断している。でも――その――別の意味で――イタい!!目の前の直近の黒歴史が!
「オラよぉ!!」
 そのまま怪人ルメルはなんかトゲトゲのついた靴で蹴りを放ってくる。その足に「|Requiem Fang《レクイエム・ファング》」を突き立て、爆破によって負った生命力を回復しながら、そのまま引き抜いた「|Requiem Fang《レクイエム・ファング》」を横薙ぎにした。怪人ルメルはその場から消えてナイフを避け、ルメルの後ろに転移する。その瞬間、ルメルの脳内で高速計算が行われる。|自分だったら《・・・・・・》、このあとは首を腕で締め上げるだろう。だが、それだとちょっと拙い理由がルメルにはあった。だから半身を捻って怪人ルメルの次の手を防ぎ、そのまま怪人と正面で相対する形になる。ち、と舌打ちをした怪人ルメルはトゲトゲのついたナックルをはめた拳を放った。それを「|Requiem Fang《レクイエム・ファング》」で弾き、そのままルメルはナイフを怪人ルメルの心臓に押し込む。。
「ぐっ……ち、っくしょ、」
 怪人ルメルは怪人だ。ゆえにそこで爆発四散する。改めてウーサーに対峙したルメルはそのまま一気に距離を詰める。ウーサーの放ってくるやけに鋭利なトランプのカードを弾き続けて。
(転移も爆破も既に見られてる、……だったら)
「あんたには――こうしてやるよ!」
 ナイフをその隆々とした筋肉に突き立て、そのままナイフを握る手首だけを僅かに転移させる。ぐり、とえげつない力でナイフは胸筋を抉りながらひねられる。それで――全ての準備は整った!
 √能力【|Vigilante Persecutor《ヴィジランテ・パーセキューター》】が発動する。突き立てられ捻られた「|Requiem Fang《レクイエム・ファング》」の攻撃は、8倍に増加する。筋肉はぼろぼろになり、ナイフの引き抜かれた場所から間欠泉のように血が噴き出す。ウーサーがその場に膝をつき、呻く。血はどこまでも流れ、止まらない。
「ははっ、どーよ……!」
 その返り血を浴びながら、ルメルはにやりと笑ってみせるのであった。

冬夜・響

「――ここは」
 |冬夜《とうや》・|響《ひびき》(ルートブレイカー・h00516)は廃工場を見渡し、そして目の前に立つ怪人、空想未来人「ウーサー・クロノジャッカー」を目にして厳しい目つきになった。
 ここは√マスクド・ヒーロー。悪の組織に洗脳された民間人を正気に戻し、ヒーローの正体を暴かせないようにするのが役目だった。先行の√能力者たちはその役目を果たし、そしてそれ故に怪人が現れた。響はそれだけを認識し、そして目の前の存在が敵であることを再確認する。
「僕の役割は、することは、決まりきってる」
 左手に破壊の炎を宿す。それは無であり、同時に全てを消し去る炎。覚悟を決めた響の目を見て、ウーサーは口角を吊り上げた。
「いい目だ。君のその目が闇に濁った世界を、君に見せてあげたくなったとも」
「何、をっ……」
 ウーサーは√能力を発動する。【√バッドエンド】――それは、ウーサー・クロノジャッカーの持つ記憶世界「アカシック・レコード」から呼び出したのは、響に瓜二つの少年――否、それは別の可能性を辿った冬夜響本人。けれど同じなのは顔だけ。白いパーカーは黒く、フードを深くかぶって。その下から見える瞳は絶望に濁って。響を見る目は、視線は虚無。その口許に浮かぶ笑みは、どこか淫蕩ささえ感じさせる。
「……どうせ、「俺」なんて」
 彼にそれを言わせるまでに、何を見て何を知ったのか。知ってしまったのか、その末の姿からは、今の響には理解しようがない。黒いパーカーの響、彼は闇に、悪に落ちた響の並行同位体。黒い響は手に巻き付けた鎖を振り上げる。その先に繋がっているのは殴り棺桶。頭上でぶんぶんと回し、勢いをつけてそれが振り下ろされた。
「砕いてやるよ、オマエの覚悟」
「――させない」
 響はきっぱりとした声音でそれを拒絶する。砕けるものか。負けるものか。たとえそれが、自分自身でも――響は怪我も痛みも厭わずに、殴り棺桶を左手で受け止めた。
「僕は、僕が勝たなくたっていい」
「……っ、甘いんだよ……!」
 響の言葉に、黒い響は忌々しそうにそう叫ぶ。
「後に続くみんなが、必ず勝利を掴んでくれると、そう信じてる。だから僕は、君なんかに負けない」
「絶望を味わって、敗北の土を舐めて、諦めて――同情されて、それで感じるキモチヨサは、格別だぜ? ……だからさぁ!」
 負けてしまえよ。そう吐き捨てて、黒い響は殴り棺桶を引き戻す、ジャラジャラと音を立てる鎖と同時に、響は飛んだ。
「まだ、僕に出来ることは、いくらだってある」
 引き戻される殴り棺桶に捕まって一緒に移動した響は、肉薄した黒い自分自身の後頭部を左手で殴りつける。が、と呻く黒い響を一瞥すらせずに、そのまま響はウーサー・クロノジャッカーの方へと廃工場の床を蹴り、滑るようにその足を払う。
「やらせるかよ……!」
(黒い僕。どこかで絶望と諦めに屈した僕。そんな|存在《もの》に、僕は負けない。負けないから、そう、)
「君は、後回しだ」
 殴り棺桶を引き出して、響はその鎖でウーサー・クロノジャッカーを器用に捕らえた。そこまで出来てしまえば、あとはもう攻撃あるのみ。
「ああああああ!!ウザったいなあ、お前はさああ!!」
 絶望に濁った黒い響の瞳が、響に相手にすらされていないことへの苛立ちに染まる。彼の手から、殴り棺桶が響に向かって放たれるより先に――響の殴り棺桶が、ウーサーを打ち据えるほうが早かった。
 ウーサーの額が割れる。流れ出す血を見届けて、響は唇だけで笑う。
「僕の役割は、ここまでだ」
 あとはどれだけ傷つこうとも、響は屈さない。信じている、仲間を――。

夜白・千草

「なるほどね? とりあえず……お前は倒さなきゃならないってことだ」
 |夜白《よしろ》・|千草《ちぐさ》(無形の花・h01009)は、怪人「ウーサー・クロノジャッカー」を目の前にして、不敵な笑みを浮かべる。
 √マスクド・ヒーロー。「民間人たちが悪の組織に洗脳され、ヒーローたちの正体を暴こうとしている」と予知をした星詠みに頼まれた√能力者たちは、民間人たちの洗脳を解くことに成功した。今ここは別々の廃工場が未来からの過去観測によって繋がり合った、不安定な空間。そこに現れた敵が、自身の出身の未来世界が破滅する可能性を回避しようとする空想未来人の怪人だ。
「お前の境遇には同情の余地はあるかもしれないが、容赦する理由はねえ」
 千草は廃工場の床を蹴り、ウーサーへと蹴りかかる。高い位置からの回し蹴りをウーサーはその鍛えられた腹で受け止め、半歩下がるとそして手の中に出現させたジョーカーのカードを握りつぶした。そのままウーサーから繰り出されるのは、千草が見せたものと最も同じハイキックの回し蹴り。
「は、なるほどなるほど!お前の手口はわかったぜ、じゃあ、少し付き合ってもらおうか!」
 千草はにやりと口角を上げてウーサーへと走る。スライディングめいた下段蹴り、そこからバク転しての頭蓋への脳震盪を狙った蹴りをぶつけ、そして全身のバネを使って体重を乗せた重たい拳の一撃を顎に喰らわせる。ウーサーはそのいくつかを√能力によってコピーするが、それには一つ一つジョーカーのカードとして顕現させる必要がある。流れるような千草の我流格闘術のスピードには、発動が追い付かない。そして、その攻撃の間すら、千草はおのれの隠し玉をチャージしていた。
「ジャスト、これで60秒だ。行くぜ」
 【|紅千鳥《ベニチドリ》】。チャージしていた護霊の力を解き放ち、至近距離まで肉薄したウーサーへと護霊「姿なき王」の無数の拳撃を放つ。ウーサーはその拳撃をもコピーせんとするが、間に合わない、否、威力18倍の無数の拳撃は、√能力を使わせる暇も与えない!
 思うさまウーサーをボコった後、千草は宙返りしてウーサーから距離を置く。護霊の力をチャージしていた間も、千草はウーサーの反撃を受けていた。その間に負ったダメージが、今まとめて受けている。
「まだ、まだ……!」
 千草はウーサーを真っ直ぐに見据える。鋭い目が、ウーサー・クロノジャッカーを射貫いた。

葬刻・ルキ

「ふむ、ふむふむ!これは実に興味深いよ、面白い!」
 |葬刻《そうこく》・ルキ(狂気のゾンビドクター・h00628)は、目の前の怪人を見て、愉しそうに口角を上げる。
 √マスクドヒーローで起きた事件。悪の組織に人質にされた民間人たちが洗脳され、助けに来たヒーローたちの正体を暴こうとするという予知をした星詠みからの依頼を受け、√能力者たちは奮戦した。民間人たちの洗脳は解け、そしてヒーローたちの正体を守り切った時、全く別々の廃工場が未来からの過去観測によって「同じ廃工場」となり、一つに合わさったその場所。それを作り上げた、その空想未来人たる敵が、今ルキの前に立っている「ウーサー・クロノジャッカー」だ。
「空想未来人、それも滅びを迎える世界の未来人か!是非ゾンビにしたいものだが……ふむ、√能力者をゾンビにするとどうなるのだろうね? 死後蘇生によって二体に増えるのか? それともゾンビにした方が消滅するのか? ああ興味深い、是非協力してくれたまえ!」
 ルキは映画のゾンビを愛するあまり、自身をデッドマンの身に改造した医者にして科学者だ。今までの蘇生実験の結果、ゾンビにしたモノは数知れず。そしてその、ゾンビ化した小動物たちを、ルキはウーサーに向かって解き放つ!
「さあ、僕のかわいいペットたちを紹介しよう!」
 √能力【|動物膿場《ペット・セメタリー》】。ペットが生き返るという墓場に愛する我が子の骸を埋めた親によって引き起こされるゾンビの物語の名がついたその√能力により、17体のゾンビ化した小動物たちはウーサーにウイルスを有する歯でもって噛みつく。
「ふむ、キミはこの程度の攻撃で私を倒せると思っているのかな?」
 ウーサーはゾンビ小動物たちを蹴散らし、己の√能力を発動させる。【ゲーム・コンティニュー】、並行世界の自分たちと完全融合する能力を、ウーサーはルキでは自分を殺しきれないとみて攻撃に転換する。あらゆる並行世界のウーサーたちが鋭利に研がれたカードによってルキを襲う。しかしルキは倒れない。あらかじめ自らの体に投薬は済んでいる。ルキはデッドマン、例え生きた人間には耐えられないような劇薬でも、ルキの体にはよく馴染み――それにより、ルキの肉体は強靱に改造されている。ウーサーがその能力でルキを空間ごと間近に引き寄せる、それに敢えて乗っかり、彼はウーサーのごくごく至近距離まで引き寄せられ、そして。
「がぁッ……!?」
 ウーサーの唇から紅い塊が零れ落ちる。かれの腹には、ルキの腕部に装着されていたチェーンソーアームが突き刺さり。その回転する刃は、そのままウーサーの腹を薙ぎ斬る!
 ウーサー・クロノジャッカーは絶命する。既に√能力者によってかなりのダメージを受けていたその身は、ルキのチェーンソーによって止めを刺された。ルキが自分を殺し得ないと判断した、それがウーサーの敗因だった。
「さて、ちょうどいい。死んだのなら蘇らせてあげよう、勿論死後蘇生ではなく、僕の執刀によるゾンビとして、だ。いいとも、たとえ死後蘇生によって消えたとしても、それはそれでいいサンプルになる」
 ルキはそう狂気的に笑い、運びやすくするために、ウーサーの骸をチェーンソーで小分けにしていくのだった。

第3章 ボス戦 『ジョン・ドゥ』


「さて、さて。あの未来人は死にましたか。まあそれでも彼の観測した未来からの過去、すなわち現在――この「場所」はまだ残っている。ちょうどいい、使わせていただきましょう」
 √能力者の耳に、どこか耳障りな声が響いてくる。その声の主は、まだ見えない。
「ああ、ワタクシをお探しですか? では、少々お待ちを」
 そういってぬ、と怪人の血だまりの中から姿を見せるのは、道化師の姿をした怪人「ジョン・ドゥ」。この事件の、黒幕だ。
 「プラグマ」そのものではない、もっとかかわりの薄い悪の組織によるものだと星詠みは言っていた。けれどこの道化がどこに所属しているのかは、星詠みの予知にもわからない。
「残念な話です。ヒーローなど、正体を暴けば無力化できるたわいもない存在。この機会に多くのヒーローを丸裸にしてしまおうと思っていたのですが……さて、皆様に提案がございます」
 ワタクシの仕事は、「この計画の顛末を見届ける」ところまで。ですので、アナタ様がたがワタクシを見逃してくださるのなら、ここで計画は頓挫したとしてワタクシも任務完了。
「いかがです? アナタ様がたが帰ってくださるのなら、ワタクシも直帰出来てウィンウィンでは?」
 そういう道化、けれど|√能力者《あなた》たちは気づいている。見逃してくれという道化から漂う、隠しきれてもいない殺気を。
 見逃すと言ったが最後、道化は|√能力者《あなた》たちを背後から殺しにかかってくるだろう。
 無論、頷く選択肢はない。ここで黒幕を打ち倒し、この事件を完全に落着させなくてはならない――!
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 第三章 ボス敵 「ジョン・ドゥ」が、現れました。
 
 おめでとうございます。|√能力者《みなさま》たちとの激闘により、怪人「ウーサー・クロノジャッカー」は死亡しました。
 彼は√能力者であるが故に、死後蘇生によっていずれ蘇ってくるでしょう、しかしそれはまだずっと後のこと。
 そして、彼を倒したことにより、この事件の黒幕「ジョン・ドゥ」が姿を現しました。
 以下に詳細を記します。
 
 「★注意★」
  (以下の戦闘におけるルールは「ライブラリ」の「シナリオ参加方法」→「シナリオの判定システム」の「戦闘ルール」から確認できる、青文字部分に記載されています)
 敵はみなさまがプレイングに使用した√能力に必ず設定されている能力値【POW】【SPD】【WIZ】と、全く同じものを使って反撃、あるいは攻撃してきます。(リプレイ内では必ず反撃となるとは限りません。みなさまのプレイング、および状況次第です)
 プレイングで気をつけるべき敵の攻撃は、みなさまが指定した√能力の能力値の√能力です。
 (例えば【POW】の√能力で攻撃したなら、敵は必ず【POW】の√能力を使ってきます)。逆に言うと、指定した能力値以外の攻撃に対策するプレイングを書く必要はないとも言えます。
 指定した能力値に対応した攻撃の対策に専念して結構です。
 
 「戦場について」
 第二章に引き続き、廃工場の中での戦いになります。
 現場にヒーロー、民間人はいません。
 廃墟の中の廃工場、開けた場所であり、それなりの大技を繰り出しても問題ありません。照明はついていないため多少薄暗いですが、戦闘を行うのに支障はありません。
 戦闘に利用できそうなものはそれなりにありますので、「何を」「どうやって」使うかをプレイングに明記くださったならそれが「あった」ことにします。(「使えるものは何でも使う」的なプレイングだと、何かを利用する描写を行わない場合があります。)
 リプレイ開始とともに敵がその場にいる状況となりますので、事前の行動を行っておくことは不可能です。(例:準備体操を行い、体の「パフォーマンス」を良くしておく、など)
 何らかの準備行動を行うには、戦闘と並行して行うことになります。
 
 「ボス敵「ジョン・ドゥ」について」
 この事件を起こした「黒幕」です。丁寧な仕草と飄々とした態度の道化で、人々を扇動して事件を起こしたり、ヒーローの殲滅や悪堕ちへのリクルーターを行ったり手広く活動しています。今回は空想未来人「ウーサー・クロノジャッカー」を使い、民間人を洗脳してヒーローの正体を暴かせようとしていました。
 彼は「プラグマ」に属する怪人ではありません。ですが、どこの悪の組織の計画でこの事件を起こしたのかは、聞いても答えないかはぐらかすかで、答えを得られることはないでしょう。
 ボス戦であるため、リプレイごとに敵にダメージを与えていく形となります。最後のリプレイでなければ、敵に止めを刺すことは出来ませんので、あらかじめご了承ください(どのプレイングを「最後のリプレイ」として採用するかは、送られてきたプレイングの締め切りおよびプレイングの内容によって決定します)
 √能力者たちはみな同じ場所にいます。その為、「後続者の役に立てるために情報などを残しておく」プレイングも可能です。(ただし、√能力に関する情報は、後続者が選んだ√能力次第では役立てる機会が訪れない可能性もあります。ご留意ください。)
 √能力者が√能力を使わず、技能とアイテムだけで戦おうとした場合でも、さまざまな凶器化した手品道具、あるいはその場にあるものを利用して攻撃してきます。プレイングや√能力の内容次第では敵に攻撃させずに倒すリプレイになる可能性がありますが、あくまで「√能力を使わないだけでは動かなくはならない」とご留意ください。
 
 第三章のプレイング受付開始日時は、3/12(水)朝8:31からとなります。
 時間帯によってはマスターページ及び上記タグにプレイング受付中の文字がないことがありますが、時間を過ぎていればプレイングを送ってくださって構いません。
 プレイングを送ってくださる方は、諸注意はマスターページに書いてありますので、必ずマスターページの【初めていらっしゃった方へ】部分は一読した上で、プレイングを送信してください。
 
 それでは、現れた黒幕である道化師を倒し、この事件に幕を下ろしてください。
ルメル・グリザイユ

「ふぅむ。どうしてもワタクシと戦いたいと仰る? それでは、仕方ありませんね」
 道化師「ジョン・ドゥ」がそう嘯くと、三対六本の腕でもって妖しく光る結晶――怪人化結晶を掲げる。それはルメルの心に呼びかける√能力。それは相手の心の負の部分につけ込み、悪へといざなう力。けれど――ルメルは、いまだかつてなく静かに笑った。
「残念、闇堕ちならさっき済ませたところだよ、それの超克も、ね」
 そう、ルメルがちょっと直近の過去にやった|悪役仕草《ヴィランムーヴ》は回り回ってルメルの可能性として観測され、並行世界のあり得たかもしれない自分の姿として現れた。己の|闇《黒歴史》と(物理的に)向き合い、それを|打ち破《葬り去》ったことにより、今のルメルの心は凪いでいた。かつてないほどの平穏。もう何も怖くない。
「とは言ってもさ。掘り返されるとそれはそれでちょっと心にクるわけ」
 そう言い放つが早いか、ルメルは自身の√能力を発動させる。【|Ruina Clutch《ルイナ・クラッチ》】。空間圧縮によって道化怪人を引き寄せる。そして手にしていたナイフでその喉を貫いた。ナイフの刃がジョン・ドゥのうなじ側に突き抜けたのを見るや否やその胴体を蹴って突き放すように距離を取り、ナイフを抜く。
 ぶしゃりと真っ赤な血がルメルの顔に浴びせられるが、そんなものを拭うこともなく再び空間圧縮によって道化の体を引き寄せながら、ルメルは手にした詠唱錬成剣を逆鉤構造に組成から改造してその体に捩じりこむ。それによりジョン・ドゥの体はルメルから一定以上の距離を取れなくなった。しかし。
「掘り返すなら、さぁ、お墓の用意も忘れずに、ね?」
 勿論、その墓石に刻まれるのはキミの名前なんだけど。
 そう言って逆鉤構造の詠唱錬成剣を信じられないような力で引き抜いて。もう一度空間圧縮を行って引き寄せて傷口にもう一度剣をねじりこんでぐりぐりと掻き回す。そうしてまた無理矢理に引き抜くと、また引き寄せ、傷を搔きまわしたばかりのその部位――鳩尾のあるあたりを爆破する。
「ん? もうなんか脆いな。まあおっきな穴が開くまでつきあってよ、そこに墓石立ててやるからさ」
 再びジョン・ドゥの体を引き寄せると、ルメルは傷口に蹴りを喰らわせ、そのまま倒してヒールでもってぐりぐりと踏みにじって、その脚でもって逆側の壁へと蹴り叩きつける。
「――いやはや、これは失礼。ワタクシ、アナタ様のとんだ逆鱗に触れてしまったようで」
 ぬらりとジョン・ドゥは立ち上がる。まるで何でもないような物言いだが、その体には確かにルメルによって執拗に掻きまわされ抉り抜かれた穴が開いている。
「別に? 気にしてないよ、もう乗り越えたって言ったよね?」
 ルメルは静かな微笑を湛えたまま、道化を感情のこもらない目で見下ろした。

見下・七三子

「わあ……」
 七三子はジョン・ドゥの姿を身て、何とも言えない声を出した。
 ウーサー・クロノジャッカー相手に無我夢中で蹴りを叩きこんでいたらなんか戦いが終わった。なんならウーサーは死んだあと他の√能力者にチェーンソーでバラバラにされていった。 そうして一人敵を倒したと思っていたら、なんだかこんどはさらに曲者感のある奴がでてきたのである。
「ま、まあ、やる事は同じです!」
 でもさっきの蹴る感触はちょっと――特に股間――やだったので、殴る方向に切り替えよう、と七三子は拳を握る。そんな七三子に、ジョン・ドゥはマスクの下の幾つもの目を光らせた。
「おや、おや、おやあ? アナタ様は悪の味を知っているとお見受けします」
 どうですか? もう一度こちら側に戻って来ませんか? ワタクシの口添えがあれば、以前よりももっと、良い待遇をお約束できると思いますよ――。
 そんなことをいいながら、ジョン・ドゥは三対の腕で妖しく光る怪人化結晶を光らせる。
 七三子ははて、と首を傾げた。悪の組織の元戦闘員が悪堕ちしたらはたしてどうなるのであろうか。復職?
「……それは、やだなぁ」
 それは七三子が義務的に戦闘員を行う家系であったからでもあるが。彼女がもう一度悪の道に戻るということ、それは、かつて喪った親友の死を無駄にすることに他ならないのだ。
「そういうわけですから、お断りします!」
 七三子はそうきっぱりとジョン・ドゥに告げると、廃工場の床を蹴って拳でジョン・ドゥの顔面を殴りつける。どう考えても仮面にしか思えないジョン・ドゥのその顔は、七三子が全力で殴っても一ミリもずれた感触がしない。まるで仮面がそのままぴったりと本来の顔に貼りついているようだ。
 気持ち悪いなぁ、そう思いながら七三子は√能力【|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》】を発動し、一瞬でその背後に回って今度は脊椎を確実に殴りつける。まるでジャケットの下には骨しかないような奇妙な感覚がして、七三子の拳は背骨を砕いた――筈だったが。ジョン・ドゥも怪人であり√能力者。この程度では死なない。死ねない。
 彼の両腕が掲げ続ける怪人化結晶は、奇妙な光を放ち続ける。それは反面、七三子にとっては光と影の差が広がり、死角が出来るということ。
(ここでこいつを倒せないとしても――後に続く仲間の為!)
 集団戦|格闘者《エアガイツ》である七三子は、集団で戦う、ということがどういうことか、よく理解している。ここで七三子がこの道化を倒す必要などない。次に、あるいはその次に戦う仲間が戦う時に、より有効な一手を打てるための布石になれさえすればいいのだ。
「確実に、削ります……!」
 七三子はそれだけ言うと、ジョン・ドゥの鳩尾へと拳を叩き込む。
 まるで筋肉も内臓が存在しないような感触がした。

片町・真澄

(なんや、こいつ、気色悪っ……!)
 |片町《かたまち》・|真澄《ますみ》(爆音むらさき・h01324)は、姿を見せた黒幕の怪人「ジョン・ドゥ」を前に、思わず胸中でそう思う。
 √マスクドヒーローで起こった、ヒーローの人質とされた民間人が洗脳される事件。洗脳された民間人は、助けに来たヒーローたちの正体を顕わにしようとする。√能力者は彼らの洗脳を解き、ヒーローを影ながら守った。そして今現れた道化が、この事件の黒幕であるという。
 ぬるり、とジョン・ドゥは自身の血だまりから立ち上る。既に他の√能力者との交戦により、そこそこの怪我を追っている。その痕跡があるのに、まるで何でもないかのように振る舞うその姿はどこか軟体生物めいていた。
 ジョン・ドゥは真澄を目にして、その仮面の下のいくつもの瞳を細め、にたりと笑う。
「ほう、狼の獣人でございますか。アナタ様が悪の道に落ちてくださりましたなら、どんな姿を見せてくださるのでしょうな……?」
 ぞわ、全身の毛が総毛立つ。見てはいけない、と真澄の心が警鐘を鳴らす。そうだ、確か星詠みは言っていた。この怪人は、とにかく√能力者たちを悪の道へと誘ってくるのだと――。
 【悪の怪人化への誘い】。ジョン・ドゥの六本三対の腕が、妖しく光る結晶を掲げる。そこから放たれる光が、真澄の心を悪へと誘う。――何故戦わなければいけないんだったっけ? そんな疑問が、頭の中をよぎる。
「ッ、ちゃう…!」
 誘う手を振り切るように、真澄は|頭《かぶり》を降る。屠竜大剣を振り、薙ぎ払い、廃工場の床を鞘に見立てて居合を放つかのようにコンクリートに摺り、ジョン・ドゥへと斬りかかる――。
「ほっほ、揺れておられる? ええ、惑うとよろしい。迷うとよろしいでしょう。アナタ様はいかがですか? 悪の味は黒く甘い。その蜜を差し出されて、味合わずにいられますかな――?」
「黙りや…っ、」
 真澄は大剣を床に摺りつけて引きずりながら走る。自身のうちから自身を引き込もうとする。闇の腕から逃れるように。紫の瞳が、揺れる。けれど真澄の体は、しっかりと真澄の脳が出した司令を果たしていた。
 【|抑響《こくきょう》"|三番《さんばん》"】。真澄が放った衝撃波が、ジョン・ドゥを襲う。
「おっと、これは……!!」
 震度七の振動が、ジョン・ドゥだけを襲う。地面は、廃工場は全く揺れていない。ジョン・ドゥだけが、振動を受けて、その六本の腕でも支えきれなくなった結晶を――余程大事なものなのか、服の中にしまい込む。
「これで、ようやく頭ん中がはっきりしてきたわ……!」
 そのまま真澄は屠竜大剣を掴んで、床を蹴る。大剣は勢いに任せて振り下ろされ、ジョン・ドゥを確かに斬り裂いた――!

アレクシア・アークライト

「身体中に穴が開いても涼しい顔しているなんて凄いわね」
 アレクシア・アークライト(エージェント・h03369)は自身の血だまりからぬらりと立ち上がる怪人「ジョン・ドゥ」を前に、は、と小さく息を吐いて感情のこもらぬ目で言った。
「いやはや、先ほど少々逆鱗を撫でてしまいましてな。これでも非常に痛いのでございますがね?」
「その、いつまでも変わらない慇懃無礼な態度。少しはダメージを受けたフリをした方が、相手を油断させられるわよ?」
「これはこれは、ご教示を有難く。ではアナタ様がたに退散願った後は、そのような演技の練習も欠かさぬことといたしましょう」
 ジョン・ドゥは仮面の下の無数の目を細めてそう言うと、腕をぎゅるりと伸ばしてアレクシアの喉元を掴もうとしてくる。それをバックステップで避け、8個の念珠を念動力で宙に浮かせ、そこから電撃を放つ。バチリと電撃に触れた腕が怯んだ。
「おや、おや。触れさせてもいただけないようですな」
「習わなかった? 淑女に気やすく触れるのはマナー違反よ」
「いやはや、確かに。非礼をお詫びいたしまして――アナタ様によいものをお見せ致しましょう」
 6本の腕が、妖しく光り輝く結晶を掲げた。それを超能力回路「領域」によって|認識《サーチ》し、アレクシアはその結晶の危険さを認識する。
(これは、洗脳装置? いいえ、それにしては妙。強制力がない――敢えて言うならば――)
 それを認識しようとすればするほど、ずしりと情報を精査する頭脳に負荷がかかる。
(――駄目。これは認識しようとすればするほど危険なもの)
 念動力により物理的干渉から概念的干渉まで、全てを防御する「防壁」を展開し、自身に精神的な干渉を及ぼそうとする何らかの意志に似た何かから自分自身の心を守るアレクシア。
「ふぅむ。アナタ様にも甘美なる悪の蜜を味わっていただきたかったのですが」
「お断りよ」
 そのまま「念珠」から放たれた電撃を集約させ、結晶を掲げる腕へと放つ。先ほどの電撃の能力をジョン・ドゥは知っている。迷いが生じる。どうやらその結晶はジョン・ドゥにとって非常に大切なものであるらしい。自身を守るよりも結晶を守ろうとする。その隙を見て「次元干渉」を発動させ、時空間転移を行ってジョン・ドゥの至近距離へと飛び、その右掌で結晶に触れる。
 【ルートブレイカー】。
 √能力を打ち消すその能力によって、怪人化結晶はくるくると回転しながらジョン・ドゥの掌の中に沈んでゆく。それを8個の念珠からひとつに集約させた電撃を放ち追撃を行いながら――自身の念動力を「強化回路」によって増幅、増強させて、ジョン・ドゥの身動きを封じる。
「さぁて、あなたのその力も、その体にも興味を持っている人が沢山いるところに連れていってあげる」
 汎神解剖機関開発の、簒奪者捕縛の為の「封縛管」に封じ込められながら、ジョン・ドゥは不吉な言葉を残す。
「この「ワタクシ」は生かさず殺さずというわけで? そうであっても、ワタクシは道化。いかなるところへでも――」
 アレクシアは最後までその言葉を聞くことはない。封縛管は試験管サイズにまで縮小し、廃工場に転がる。
 それを拾い上げ、アレクシアは言った。
「|汎神解剖機関《うち》の人達なら、嬉々としてその身体を調べ上げ尽くしてくれるわよ」

 廃工場がゆらゆらと揺れる。元より複数存在した別々の廃工場を未来からの観測によって「同じ場所」に仕立て上げていたものだ。それを作り上げていた空想未来人は殺され、そしてこの場所も元に戻ろうとしている。
 アレクシアは振り向かずに廃工場を出ていく。
 ジョン・ドゥがこの後どうなるのか――汎神解剖機関による調査の結果解剖されて殺されるのか、殺さずに大事に大事に切り刻まれていくのか、それとも調査の価値もないと判断されるのかはわからないが――なんにせよ、ジョン・ドゥはまたどこかに現れるだろうが――
 彼の計略は、ここに潰えた。
 最初から何もなかったかのように、アレクシアの背後に広がる廃墟の広場が、その証左であった。

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