シナリオ

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ゆめゆめ、花咲くこと勿れ

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔

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 #√汎神解剖機関
 #クヴァリフの仔

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●眠りの葬列
 深い森の奥、乙女は眠り続ける。
 森には不釣り合いな、ぽつりと佇む寝台には咲き誇る青薔薇が絡まっていた。
 その下ではクヴァリフの仔と呼ばれるもの達が蠢いている。花に養分を与えるが如く、仔達は眠る乙女の寝台に纏わりついていた。
 そこから少し離れた小径では紅の影が揺れている。
 黒い傘をさした首のない喪服の人間が手にしているのは、ぼやけた遺影。
 誰を弔っているのか。傘にこびりつく赤は何の雫なのか。それらが歩いている道の傍らには、何者かの亡骸が横たわっていた。
 まるで美しい夢の世界が悪夢に塗り替えられていく途中であるかのような光景は、かの暗い森の奥に確かに存在している。
 それらの正体は誰も知らない。
 ただひとつわかるのは、森の中で動いているもの全てが怪異であること。

●紅と青
「悪夢を見せられる森に、行く勇気はありますか?」
『クヴァリフ絡みの事件だ。今回はそこそこハードだぜ』
 星詠みのひとりである八分儀・天地 (冥探偵あめちゃん・h00497)は、集った能力者達へ問いかけを投げた。その後に続いた言葉は、彼女が持つ腹話術用の黒猫人形から発せられたもの。
 少女と黒猫は仲間を見渡した後、説明を始める。
 ことの発端は怪異を崇める狂信者と化した者が『クヴァリフの仔』を召喚したことから始まった。近頃は仔産みの女神クヴァリフが己の仔たる怪異の召喚手法を狂信者に授けている事件が多発しており、此度の予知もそのひとつのようだ。
「事件を起こした狂信者は既に亡くなっています」
『おそらくだが、仔に引き寄せられて集まった怪異に命を奪われちまったんだろう。事件の張本人とはいえ、冥福は祈らないとな』
 両手を重ねた天地は短い黙祷を捧げた後、現状について語っていく。

 森の奥には怪異の青薔薇と乙女が眠るベッドがある。
 そこを中心として、怪異が彷徨う区域と悪夢が広がる領域が展開されている。
「すべての怪異を倒し、クヴァリフの仔を回収することが今回の目的です」
 仔はぶよぶよとした触手状の怪物だが、それ自体はさしたる戦闘力を持たないうえに少しだけ可愛らしい。だが、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅する力を持っているようだ。
 クヴァリフの仔からは、√汎神解剖機関における人類の延命に利用可能な|新物質《ニューパワー》が得られる可能性が高い。
 それゆえに、可能な限りクヴァリフの仔を生きた状態で回収すること。
 そんな指令が汎神解剖機関から下っているため、天地は最初の質問をしたのだ。
『件の悪夢の領域は幻想空間のようになってるんだ』
「森に足を踏み入れると、思い出したくない記憶や怖くて仕方ないもの、過去のトラウマなどが目の前に出てきます。まるで、それが現実で花咲くように」
『だが、そんなもんに負けちまう必要はないぜ!』
 悪夢の対処法はひとそれぞれ。
 破壊するも心で抗うのも、逃げるのも自由。されどそれらは結局、怪異由来の幻であるために逃れられないものではない。
 悪夢を乗り越えた後は紅い影の怪異と戦い、眠る乙女の怪異から仔を奪い返す。前途多難な展開が予想される戦いになるだろうが、悪夢と同じように怪異も打ち破ることが出来るはず。天地はこくりと頷き、仲間達に件の森の場所を伝えた。
「いってらっしゃいませ、皆さん」
『後で聞かせてくれよ。悪い夢なんかぶっとばしてきたぞ、ってさ!』
これまでのお話

第3章 ボス戦 『眠る乙女』


●眠る乙女の夢の花
 青い薔薇が咲いている。
 森に不釣り合いな寝台と、その上で安らかに眠る乙女。それらを守るように咲く青薔薇は不思議な香気を放っており、異様な雰囲気を宿していた。
 そして、怪異たる青薔薇の下には蠢くモノがいる。
 それこそが此度に捕獲願いが出されているクヴァリフの仔だ。ぶよぶよとした触手状の怪物そのものに戦闘能力はほぼないが、他者に多大な力を与える性質を持っている。
 今は青薔薇に融合しかけており、怪異の能力が上がっている状態らしい。

 乙女が青薔薇に囚われているようにも見える光景だが、どちらも怪異だ。
 その見た目に惑わされず、香気が誘う眠気に負けないように抗って戦う。そして、最終的にクヴァリフの仔を回収することが此度の役目。
 あの花は咲かせてはいけないもの。
 悪夢に抗い、現実を生きるためにも――ゆめゆめ、花咲くこと勿れ。
 
クラウス・イーザリー

●現実が悪夢の続きであるならば
 思えば長い道程だった。
 悪夢を抜け、葬列を越えることで到達した森の奥。
(やっと辿り着けたか……)
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は前を見据える。
 肉体の疲弊がないわけではないが、今回はそれよりも精神の疲労の方が強かった。未だ悪夢の中にいるような感覚が抜けていない。
 それゆえか、クラウスは少しばかり揺らぎかけていた。
 青薔薇から放たれる呪いがクラウスを誘っているからもあるだろう。その香りに身を委ねて眠ってしまいたくなるほどに疲弊が激しい。
 だが、クラウスは使命を忘れて全て放り出すようなことはしない。
「……ここで寝てはいけない」
 自分に告げるようにして口を開き、奥歯を噛みしめる。
 ここで新たな夢に囚われてしまえば現実から目を背けることになるだろう。そんな訳にはいかないと感じたクラウスは地を蹴りあげた。
 咲き誇る青薔薇と、蠢くクヴァリフの仔。
 相手がどのようなものであっても惑わされたりしないとして、クラウスは呪いの眠気に抗っていった。伸ばされた棘が迫ってきていたが、すぐに見切って躱す。
 その際に寝台で眠る乙女の姿が目に入った。
 彼女も悪夢を見ているのか。それともこちらを夢に囚えようとしているのか。
 どちらにしろ、あれも怪異ならば遠慮は無用。
 ――起動、フレイムガンナー。
 クラウスの狙いは怪異そのものだけ。クヴァリフの仔を巻き込みすぎないように狙いを定め、放つのは火炎弾。
 青薔薇は勿論、眠る乙女ごと焼いてしまう算段だ。
 元が草木の類であるから、青薔薇が怯んだような気配がした。その隙を見逃すまいとしてクラウスはナイフを抜き放つ。
 一点集中。斬り裂く先は茨とクヴァリフの仔が繋がっている部分。
「融合は解けたか」
 仔だけを摘出する作戦は功を奏した。これが青薔薇に力を与えているのならば、融合さえどうにかすれば敵の力が弱まるということだ。
 それなら後はクヴァリフの仔を適宜回収しながら怪異を散らしていけばいい。
 そんな中でも呪いの眠りが迫ってきた。
(この眠気に身を委ねて、二度と目覚めない眠りにつけるなら……)
 どれだけ幸せだろうか。
 そして、皆と同じところにいけるのなら。クラウスは自分の中に生まれていた考えに気付きつつ、更に火炎弾を放った。
 このナイフを振るう度に、この考えも振り払っていくのだと決めて――。
 

花喰・小鳥

●夢の終わりを教えて
 ――さようなら、貴方はいらない。
 そんな声が聞こえた。
 目の前で眠っている乙女が語っていたようだ。されど彼女は目覚めていない。おそらくあれは呪力が宿った寝言だったのだろう。
「幸せな夢を見ているのでしょうか?」
 花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は乙女を見つめ、血社に火を着けた。紫煙を漂わせた小鳥は既に夢の中にいるようなもの。
 それだからこそ、花に囲まれながら夢を操る乙女には親近感すら覚える。
 視線を移すと、そこでは乙女を守る青薔薇が蠢いていた。
 その下にはクヴァリフの仔までいる。まるで悪しきものに囚われているようにも見えるが、乙女すら怪異の一部だというのだから放っておくわけにはいかない。
「物語の中なら、眠る乙女は王子様に救い出されるのでしょうが――」
 ここは現実。
 甘くて優しいお話の中などではなく、何でも叶えられる夢の世界でもない。そのことを何よりも深く理解している小鳥は花と乙女を見つめた。
 ――此処に葬送花を。
 巡らせた力は燐火を呼び、青薔薇を焼き払うために広がっていく。それと同時に小鳥は天獄を構え、花とクヴァリフの仔と繋がりを斬り裂いていった。
 その命を喰らい、敵の力を奪ってゆく小鳥は乙女に向けて言い放つ。
「夢は夢、叶わない現実は変えられはしない」
 嫌と言うほどに知った。
 夢の中で兄と過ごしても、たとえどんなことがあったとしても、それは自分の中にある思い出に過ぎない。真実と呼ぶには滑稽なものだ。
 それでも言葉を交わして、もっと触れて、兄の存在を感じていたかった。
 そうして、柔らかな声で小鳥と呼んでくれたなら。
 ――さぁ、こちらにおいで。
 気付けば、その夢に囚われたらいい、と乙女が囁いていた。
 だが、小鳥は抵抗する。
「ァ、ァ……」
 |興奮剤《エクスィテ》を過剰に投与すれば、自分がどうなるかは理解している。
 混濁する意識が示すのは精神が汚染されている証。だが、そうしなければ戦えない時だってあるのだと分かっている。
 小鳥はそのまま、自分ごと乙女を貫いて離さない心算でいた。魅了するような眼差しを向け、小鳥は悪夢を拒絶する。夢は理想の世界ではあるが、受け容れられない。
 何故なら――。
「夢に溺れていては、兄さんに叱られますから」
 燐火が迸る。
 夢はただの逃避でしかないと示すように、天獄の刃が再び振り下ろされた。
 

シルフィカ・フィリアーヌ

●夢と記憶の狭間で
 青薔薇の優しい香りがする。
 それは心地好さを齎す感覚であり、まるで悪いものではないかのように思えた。
「誘われるままに眠りについたらぐっすりと眠れるのかしら」
 シルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)は浮かんだ感想を声にして、香りの根源を確かめる。もしこの場所が部屋の中で、よく眠りたいと願った時であるならば良い香りだが――此処は悪夢の森の中。
 香りを漂わせているのは怪異の花であり、身を委ねてはいけないものだ。
「それこそ、二度と覚められないくらいに」
 香気や誘いを受け入れればどうなるか、シルフィカは理解している。寝台で眠る乙女のように夢の世界から覚めないだけ。
 悪夢ではなく良い夢をみているのか、乙女はすやすやと眠り続けている。
「……ええ、わかってる」
 もっとも、あの乙女もまた怪異の一部にすぎない。ここで眠っても絶対に素敵な夢は見られないし、命を捨てるも同然だ。
 シルフィカは優しいはずの青薔薇の香りを恐ろしく感じている。この予感は気の所為ではないのだとして、警告を続ける本能に従った。
「ごめんなさいね、美しいお嬢さん」
『――ようこそ、私の世界へ』
「あなたに囚われるわけにはいかないの」
 シルフィカが乙女に語りかけると寝言めいた声が紡がれる。向こうはこちらを歓迎しているように聞こえたが、それを受け入れるつもりはなかった。
 青薔薇の香りは強いが、シルフィカは囚われぬよう意識を強く保つ。それとほぼ同時に構えた精霊銃を敵に差し向け、即座に力を巡らせた。
 夢幻の花雫は青薔薇を穿ったが、油断は禁物であることをシルフィカは知っている。眠りに誘う呪いがこもった棘が放たれているからだ。
 身を引き、直撃を避けたシルフィカは銃を構え直す。
 狙いは青薔薇と乙女のみ。あの下で蠢いているクヴァリフの仔は回収対象であるため、できる限り傷つけない立ち回りを心掛けた。
「悪い夢ならもうお断りよ」
 攻防の最中、シルフィカは頭を振る。
 これまでに見てきた幻――覚えていない誰かの顔が脳裏に過ったことで気持ちが揺らいだ。それも一瞬のことだったので、シルフィカは体勢を立て直した。
 けれども、思い出せないことがもどかしくて苦しい。
(……だから、せめて)
 今夜に見る夢は穏やかであるように。
 そう願いながら、シルフィカは花雫で敵を貫いていく。悪しき青薔薇を散らせた先に、平穏が待っていると信じて。
 怪異に打ち勝てる時はきっと、もうすぐ訪れる。
 

星越・イサ
望田・リアム

●隣り合わせの境界線
 広がる青薔薇の香気。
 それは心地好さを誘うようでいて、まるで突き刺さる悪意であるかのよう。
 どちらの感覚も抱く不思議な状況の中、星越・イサ(狂者の確信・h06387)と望田・リアム(How beauteous mankind is・h05982)は青薔薇の寝台を見ている。
「あれが……」
「回収対象ですね」
 眠る乙女、蠢く青薔薇。更にその下にいるのがクヴァリフの仔だ。
 ぶよぶよとした触手生物としか形容できない存在は少しだけ可愛らしくも見える。それは仔という名の通り、未だ無垢であるからなのか。或いは他者に力を与える能力しか持っていないからかもしれない。
 最終目標はあの仔の回収だが、まずは青薔薇への対応が先決。
 リアムは香りを確かめながら身構える。
 この香気のまま夢を見ればどうなるか。おそらく、悪夢や葬列が示した自分や、過去の自分のようにそこで振る舞うことになるのだろう。
「身を委ねれば、それはそれで|楽《・》にはなるのでしょうね。まぁ……勿論そうなる気はありませんが」
 香気の影響を受けぬようにリアムは眠りへの誘いを跳ね除けた。
 その際に見遣ったのは隣に立つイサの姿。
「横で喧しいノイズも乱舞していることですしね」
「確かに香りは感じますが……」
 イサもまた、青薔薇が齎す香気を感じ取っている。嗅覚は正常であるゆえに蒼薔薇の力をまともに受けてしまう可能性もあった。
 されど、今しがたリアムが語っているような状態――即ち、この|視覚《まぶしさ》と|聴覚《うるささ》の前で眠気など起こるはずがなかった。
 こうして対峙したことでイサは理解している。
 この怪異は主に人の心を絡め取り、思うがままに操ろうとする存在だと。
「私の力もたまには頼りになるところ、見せますよ」
 そっと、それでいて確かに宣言したイサは前に踏み出した。蠢く青薔薇は敵意を紡いでいるようだが、そんなものに気圧されはしない。
 常にノイズ的な狂気に晒されている普段を思えば、この程度の精神汚染など効かないといっても過言ではなかった。
 その間にも青薔薇の一閃が迫ってきたが、イサは慌てることなどない。
 第六感で察知したイサが躱すと同時にリアムが行動に出た。
「香気も攻撃も、眠るという現象そのものも、今の我々には必要ありません」
 それに至る運命は全て受け流すだけ。
 己に残された|渦《護霊》にて。そして、巡りはじめたリアムの力は破滅の宿命から遠ざかる流れを作っていくものとなる。
 ――花が|逆廻る結末《アンチサイクロン》の内に咲くことは勿い。
 リアムの能力を追い風として、イサも青薔薇への反撃に移っていった。寝台の上の乙女は眠ったままであり、攻撃行動に関与している様子は見えない。
 だが、一度でも夢に囚われてしまえば乙女の領域となるのだろう。彼女もまた怪異の一部でしかないのなら、イサもリアムも夢の中まで付き合う気は一切なかった。
「防ぎ続けるから後は頼みます」
「ありがとうございます、リアムさん」
 彼の能力が青薔薇の動きを常に防いでくれていることを感じ、イサは|彼方の呼び声《コズミック・ディスコード》を紡いでゆく。
 薔薇の力は次第に削がれていき、クヴァリフの仔との融合が解けてきた。
 リアムはその様子をしかと見つめ、イサは青薔薇の方を相手取る。その際にイサは試してみたいことがあった。
 それはテレパシー的聴覚に加え、現実の声の両方を力いっぱい張り上げて乙女に呼びかけること。つまりは精神攻撃に近い語りかけだ。
 イサは息を吸い、テレパシーを繋げる。
 そして――。
「起きてくださああああーーーーーーーーい!!!!!」
 たとえるならばメガホンを耳元で鳴らされたようなテレパシー声量で以て、青薔薇を含む乙女に声が届いた。
 その瞬間、乙女の身体がびくりと跳ねる。
 同時に青薔薇の動きも精彩を欠くものとなり、攻撃の手が緩まっていった。
 今です、とイサが目配せを送ったことでリアムが瞬時に動く。狙いは完全に切り離されたクヴァリフの仔の回収。
 素早く仔の一部を引き上げたリアムは回収箱に収納する。
 青薔薇の力も弱まっており、いずれは怪異との決着が付くだろう。リアムは後ろに下がり、他の仲間が後で気付けるように箱を目立つ場所に置いた。
「イサさん」
「はい、私達は適度なところで引き上げる作戦……ですね」
「その通りです。理解が早くて助かります」
 振り返ったイサもやや後方に位置取りを変え、回収された仔に視線を向けた。
 当初の目的だった、機関による仔回収活動の一端を知るという経験はできたので、この場に居続ける理由はなくなった。
「結末の最後まで居合わせるのは避けたい次第でして」
「大丈夫です、この調子ならもうすぐ勝てる見込みです」
「頼もしい限りですね。面が割れてないだろうとはいえ、収容違反存在を匿っている身としては長居もリスクありますしねー」
 頭を振ったリアムは静かに笑った。戦場を見渡したイサも良いタイミングで帰還することを了承している。無論、トドメが刺せる頃合いまでは二人も戦う所存だ。
 そこからも青薔薇との攻防は続く。
 そして、二人はこの後の行動を確かめあいつつ頷きあった。
 ゆめゆめ、忘るること勿れ。現実のすぐ隣にも狂気が溢れていることを。
 

ララ・キルシュネーテ

●天に羽搏く夢
 甘く穏やかな香りが身を包む。
 夢の世界においで、と誘っているような香気を受け、ララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)はちいさな欠伸をした。
「ふぁあ……いい香りだけれど、眠くなってくるわ」
 怪異である青薔薇から齎されるものは、下手をすれば永遠の眠りに陥るもの。
 この場に立っているのがただの少女であったならば寝台の上の乙女のように眠ってしまうことになっただろうが、ララは違う。ここで眠る気もなければ、意識を奪われてしまうつもりもなかった。
「けれど、ララはおねむの時間ではないのよ。だって食事がまだだもの」
 薄く笑んだララは乙女と青薔薇を瞳に映した。
 蠢く花の下にはクヴァリフの仔がおり、怪異に力を与えているようだ。されど、それがどうだというのか。さほど気にせずにいるララは怪異へと問いかける。
「もしかして、お前がララに悪夢をみせてくれたのかしら?」
 そう――パパとママの手をすり抜けて、天から何処までも墜ちる夢を。
 あの悪夢の領域の根源になったのはきっと、この怪異だ。不釣り合いな場所で眠り続ける乙女の力が森に伝播していき、あの空間を作ったのだろう。
「あのことをララに、思いださせてくれたのかしら。それならお礼をしないとね」
 ララは、とん、と地を蹴った。
 手荒な出迎えをしてくれたのだから、こちらにだってお返しの権利はあるはず。桜龍神の祝と迦楼羅の寵愛の具現たる桜吹雪を纏ったララは青薔薇を貫きにかかる。
 戦場を駆けながら、ララは花を愛でるように生命を喰らう。
「……それではだめなのよ」
 母の銀災で穿った次は、父の窕で青薔薇を切断していく。
 その際に思っていたのは、飛べないことを気にしないようにしていた過去。
「二人は飛べないララを案じてたわ。きっと、今も」
 だから、せめて飛べるように。
 今は羽搏くことができなくても己は迦楼羅だ。それは天に至るものであり、飛び立てる未来はいずれ手に入れられるはず。
「花一匁しましょ」
 ララは遊びに誘うように乙女と花に呼びかけ、桜禍の迦楼羅炎を解き放った。
 その花が宿す言葉は、奇跡。
 敵を灼き祓いながらララは双眸を細め、そっと問う。
「お前の奇跡を齧ったらララも飛べるようになるかしら?」
 さぁ、悪夢が綻ぶ前に。
 欲して、喰らって――花の骸に、光を。
 

ユオル・ラノ

●夜明けの空に耀くものは
 暗い森に光が射す。
 悪しき花が蠢き、悪夢の力を広げる乙女が眠るこの場所は、言わば闇の真っ只中。
 されどそれを照らすように、ユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)が巡らせたオーラの光が周囲に満ちはじめていた。
「なるほど、そう動くんだ」
 戦いが繰り広げられている中、ユオルは冷静に立ち回っている。
 青薔薇からの攻撃をできる限り回避していく動きを心掛け、ユオルは敵の行動パターンを読み取っていた。暫し情報収集に回ったことでユオルは次第に敵の動きを予測できようにもなっている。
「間違いなく倒すべき相手だね」
 相手がどんな姿であっても――たとえば今ならば、美しい青薔薇と無垢な乙女。綺麗で無害だとしても、必要だと判断すれば刃を向けることに躊躇いはなかった。
 真珠色に耀く光は戦場を包み込むように広がっている。
 敵に相対しながら動いていくユオルは、青薔薇に力を与えているというクヴァリフの仔にも視線を向けた。
(……昔のままなら、クヴァリフの仔を回収するためだけに動いていた)
 ふと思ったのは過去のこと。
 あの頃が少し懐かしく思えるのは過去を起因とした悪夢を見せられてきたからだろうか。知識への飢餓感や、何か大きなものから切り離されたような孤独感。そういった秘めた思いは変わらないのだが――。
 今、ここに立つ自分は過去の己とは違う。
 命を奪って咲いたであろう花があるのならば、そのままにはしておけないと感がているからだ。もし過去のままの自分なら、人のかたちをした何かだと称されてもおかしくはなかったかもしれない。
 だが、現在のユオルはひとりの人間として生きる意味を知っている。
「あんな悪夢を、これ以上誰も見なくて済むように」
 ユオルは青薔薇に眼差しを向け、そっと語る。
 人の心のすべてを解っているのかと言われれば完全に頷くことはできない。それでも、と言葉にして一気に速度をあげたユオルは凛と告げていった。
「ボクが出会った優しいひとたちは、きっとそう言う筈だから」
 戦う理由はもう、この胸に宿っている。
 天旋を鋭く構えたユオルは迫ってくる青薔薇青薔薇を切り裂き、共に戦う仲間に視線を送った。その合図によって皆が追撃を加えていく中、ユオルは寝台まで駆ける。
「ボクはね、優しく在りたいんだ」
 青薔薇が咲き、宿す言葉を変えたように。
 刹那、眠る乙女の胸に刃が突き立てられる。
 この闇に幕を引き、悪夢に終焉を与えるため――終わりへの道筋がひらかれた。
 

八卜・邏傳

●タコ仔との出会い、そして|別離《わかれ》
 その花々は森に悪夢を齎す存在。
 美しく咲く青薔薇と眠る乙女、それから――。
「あ。そいえば」
 八卜・邏傳(ハトでなし・h00142)の視線が向いた先には、蠢く何かがいた。
 それはクヴァリフの仔と呼ばれるものだ。その姿に既視感を覚えたのは、以前に仔産みの女神クヴァリフそのものと出遭ったことがあるゆえ。
「クヴァちゃんて、たこ焼きと目玉焼きのたこ焼きの方よな。触手がすこーしだけ似とるし……ちー事は、ぶよぶよちゃんはタコ仔ちゃんでいっか☆」
 独自の解釈で理解した邏傳は明るく笑った。
 クヴァリフの仔と呼ぶのは長いことに加え、揺れる姿が妙に親しみのある雰囲気だったのでそうしたようだ。
 周囲には眠りに誘う呪いが満ちているが、邏傳は怯まずに身構える。
「も、いま寝る気ねーの」
 片手をぱたぱたと振ることで気持ちだけでも香気を散らし、眠気を振り払う。この睡魔に負けてしまえばまた悪夢に逆戻りするのかもしれない。
 乙女の夢の中に誘われるのかもしれないが、それもまた遠慮したいことだ。
「見事に咲いちょんところ悪いけど、咲いたならさ」
 花の――世界の理に従ってもらうのみ。
 永遠に咲く花など存在せず、どれほど綺麗に咲いてもいずれは散るのが定め。
「今度は華麗に散らんとね」
 そうして、邏傳は左腕に力を集中させていった。
 瞬く間に竜の力が顕現していき、隠れてた鱗が皮膚の上に浮かびあがってゆく。
 硬い鱗に覆われた腕。それに加えて指先が鋭利に変化する。
「鋭い爪のできあがりぃ♪ さっくりざっくり、まとめて刻んじゃらいっ!」
 言葉と共に地を蹴り、邏傳は腕を振るいあげた。
 これまでの道程と夢見が悪かった所為からか、邏傳の眼差しは鋭い。振るわれた一閃は青薔薇を容赦なく斬り裂き、森に花弁が散った。
「気が立っちょってもしわけねぇね」
 されど止める気はない。
 青薔薇がどれほど迫ってこようとも、こちらを排除しようとしても構わなかった。突き刺さる棘の痛みこそ、今の自分に丁度いいのだから。
「用があるのはタコ仔ちゃんだからさー、それ以外は全部退いて貰おか」
 刹那、邏傳の瞳に冷たさが宿った。
 されどそれは一瞬のこと。繰り出される刺傷体術によって青薔薇とクヴァリフの仔が引き剥がされていき、そして――。
「よっしゃ。タコ仔ちゃん、いらっしゃーい」
 暫し後、邏傳の腕の中には、無事に回収された仔がいる。
 いいこいいこ、と彼に撫で回されているクヴァリフの仔はぷるぷると揺れていた。
 それから機関へ完全回収されるまでに、二人の間にどんなじゃれあいと感動の別れがあったかは――ご想像にお任せしよう。
 

品問・吟

●今を生きる痛み
 花咲く森に眠るもの。
 それを見たことで浮かんだのは心の底からの素直な気持ち。そこから零れ落ちた感想は、美しく咲く薔薇と乙女に対してのものだった。
「――なんて、綺麗」
 品問・吟(|見習い尼僧兵《期待のルーキー》・h06868)は目の前を見つめる。
 青い薔薇と眠る少女。
 まるでお伽話の一頁であるかのような光景は美しい。
 血腥い悪夢、死を誘う怪異。
 そういったものに立て続けに心を乱されており、壊れる一歩手前にまで迫っていたというのに。もう限界なのではないかと思うほどに辛かったのだが――。
 今は自分が童話の世界に入り込んでしまったような不思議な快さがある。幻想的とすら思える光景に見惚れてしまっていた。
 だからこそ――。
「……!」
 吟は今、致命に至るほどの傷を受けた。
 かは、と乾いた吐息が零れて血が溢れる。悪夢で見たような食い散らかした後の血溜まりが出来てしまいそうなほど。
 だが、吟は即座に身を翻す。その理由は目の前に再び棘が迫っていたからだ。
「こういう風に人を取り込むんですね」
 青薔薇の美しさと香気はそのためにあるものなのだろう。人が美しさに感嘆する際の隙を狙い、攻撃してきた花はやはり怪異に違いない。
 疲弊させておいて油断させる。そんな罠に引っかかってしまったのだ。二撃目を避けても眠りの香気が迫っており、このままではまた終わらない夢に引き戻される。
 だが、吟はまだ辛うじて立っていた。
「ここで……倒れて、眠りに堕ちれば……きっと、楽で……」
 吟は呼吸を整えながら、この後のことに想像を巡らせた。意識を手放し、何もかもを放棄してただ眠る。それは何より心地良い結末なのだろう。
「でも、私はまだ、」
 意識を保ちつつ吟は片手を口許に寄せた。
 そして、次の瞬間。
「止まるわけにはいかないから」
 自分の指を食い千切ったことで激痛が走る。されど、それこそが吟の狙い。この痛みで強引に気を引き締めて反撃に移るためだ。
「よし、漸く頭も心も醒めました。森に入ってから随分と好き勝手やられちゃいましたが、こっからは私のターンです!」
 つまりは反撃開始。
 吟は法術の術式を組み上げ、灼髪に力を注いだ。あとは尼僧と二口女の能力、即ち吟が持てる限りの力を最大限に使っていくだけ。
「怪異なんてぶっ飛ばしますよ! 遠い夢の彼方まで!」
 傷口から血が溢れ、痛みもまだ続いている。
 それでも強く地を踏みしめて耐え、吟は戦ってゆく。
 己の限界すら越えて――あの悪夢を、決して現実のものにしないために。