シナリオ

クヴァリフ回転寿司

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔

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●回転寿司に潜む怪異
 仔産みの女神『クヴァリフ』は、某回転寿司チェーン店の一つを人知れず乗っ取り、店の地下へと身を潜ませていた。
「ようやく、計画実行の日じゃ。妾の触手を食した人間どもに、どのような症状が現れるか……見物じゃのぅ」
 既に回転寿司屋の店員たちは手駒としている。彼らを操って、小さな触手を酢飯の中に仕込ませる。そして、訪れた客に触手を仕込んだ寿司を食べさせるのだ。特殊な偽装を施してあるため、気付かれることもあるまい。

●お寿司を食べよう!
「私としては非常に興味があるのですが。まぁその話は置いておきましょう」
 |泉下《せんか》|・《・》|洸《ひろ》(片道切符・h01617)は、集まった√能力者たちへと、今回の依頼について説明する。
「仔産みの女神『クヴァリフ』が、回転寿司店を密かに乗っ取り、狂気的な実験をしようとしているようです……彼女の仔を使ってね」
 『クヴァリフの仔』はぶよぶよとした触手状の怪物だ。それ自体はさしたる戦闘力を持たないものの、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅させる。そのようなモノを、一般人に食べさせようとしているのだ。
「皆様には件の回転寿司店に赴き、レーンに乗って流れてくる寿司に仕込まれたクヴァリフの仔を回収していただきたいのです。ああ、間違って食べたとしても大丈夫ですよ」
 今回のクヴァリフの仔の触手は非常に小さく、√能力者の胃袋に入ってしまえば、耐え切れず消化されてしまう。よって、影響は出ない。ただし、何の力もない一般人が食べれば悪影響を齎す。だが、ある程度触手を回収した後は、密かにクヴァリフとその配下たちの元へと向かってほしい。
「一般客もいますが、彼らの治療をしている暇はありません。治療なんてしていたら、√能力者が来ていると気付かれますからね。彼らの治療については、後で来る現地組織に任せてください」
 最初から寿司を食べずに、直接クヴァリフのもとに乗り込んで叩いてしまえばよいのでは? と思うかもしれない。だが、そうしてはならない理由がある。
「店に入った途端に武力行使に及ぼうとすれば、クヴァリフは地下に作った脱出口から逃げてしまうでしょう。ですので、彼女の前に辿り着くまで、皆様の敵意を見せてはなりません。それに触手の回収も大切ですからね」
 ちなみに、触手が仕込まれていない寿司が流れてくることもある。
 触手入り寿司に耐えれなくなったら、普通のお寿司を食べて気を紛らわすのも良いだろう。

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第1章 日常 『奇妙なレストラン』


ルビナ・ローゼス

●クヴァリフ回転寿司へようこそ
 クヴァリフが乗っ取ったという某回転寿司チェーン店の前に、ルビナ・ローゼス(黒薔薇の吸血姫・h06457)は立つ。
「……確かにタコっぽい触手をしてますけど、お寿司に入れたらバレると思いますわよ? 女神様も疲れてるのかしら?」
 多くの依頼で√能力者に散々ボコられ続けた結果、色々と極まっているのかもしれない。可哀想に。
「とにかく、怪しいお寿司をひたすら食べていきましょう。密閉容器も持ってきましたし」
 容器を隠し持ちつつルビナは入店する。いらっしゃいませー! と店員が出迎えた――声は元気だが、クヴァリフに操られているせいか目に光がない。
 席に座り、さっそくお寿司タイムだ。流れてくる寿司を見つめ、怪しいと感じた皿を取っていく。酢飯の部分を注意深く観察すると、米粒の隙間から触手が見えた。
(「うねうねと動いていますわね……」)
 間違って食べた時のことを考えてしまい、すっと背筋が冷えた。箸で触手を摘まみ出して、こっそりと密閉容器に入れる。
 触手の回収以外にも、好物のサーモンを食べて腹ごしらえだ。
(「ん~っ、口の中でとろけるこの感触……最高ですわね……」)
 何皿か普通のネタを頂いた後は、ミルクホイップをのせた苺のシフォンケーキでしめる。
(「ホイップクリームのふんわりとした甘みと、苺の甘酸っぱさが溶け合うようですわ」)
 口の中いっぱいに広がる美味しさを、心ゆくまで楽しんだ。最後はお茶を飲んで落ち着きながら、自分のお腹へと目線を落とす。
(「ふう、回収のためとはいえ、食べ過ぎましたわ。まあ、この後、運動(戦闘)するから問題ないでしょう……多分」)
 敵との戦いでカロリーを消費すれば、食べ過ぎた分は帳消しになる……ハズである。

オリヴィア・ローゼンタール

●寿司三昧
「いらっしゃいませー!」
 店内に入ると、目に光がない店員の明るい声が出迎える。そんな彼らに対しても、オリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)は笑顔で挨拶をする。
「こんにちは! おいしいお寿司が食べられると聞いて来ました!」
 ニコニコとしながら席につく。目の前には回るお寿司。お腹はバッチリ空かせてきた。手始めに、ぷりっぷりの玉子から。まさに定番。醤油を付けて頂けば、さらに美味しい。
「まずはタマゴ! もぐもぐ……うん、安定した味ですね!」
 お次はマグロの赤身。さっぱりとした旨味!
「もぐもぐ、おいしい! 赤身のしっかりとした歯ごたえ、いいですね! ……あ、イクラが回ってきました! 確保! 大好物です!」
 他のネタよりお値段は高めだが、好きなので何皿でもイけてしまう罪の味!
 ぷりぷりとした弾力、そしてとろける、アジ、エビ、サーモン――様々な寿司を食し、ついにイカへと到達する。
「イカ! いただきます! もぐもぐ……もにゅ?」
 もにゅもにゅ、ごっくん。
 ヘンな感じがすると思いながらも、うっかり呑み込んでしまった。
 う~んと考えて、オリヴィアは一つの考えに思い至る。
(「あ、もしかして今のが触手でしたかね? 飲み込んじゃいました」)
 消化されるので、誤って食べても問題ない。けれどやはり、お腹の中で触手が蠢いているような気分になってしまう……あくまで気分だが。
 ともあれ、食感は分かった。次に当たったら回収できるだろう。
「イカとかタコが怪しめですね……あ! イクラが流れてきました!」
 大好物のイクラに意識を持っていかれる。流れてきたタコをスルーして、ついイクラを手に取ってしまった。イクラ最高! イクラの誘惑には抗えないのである。

深雪・モルゲンシュテルン

●戦線工兵の箸さばき
「こちらが件の回転寿司屋ですね」
 |深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は問題の回転寿司屋へと訪れる。見た目は何の変哲もない普通の店だ。
「邪神ともあろう者が、随分と怪しげな作戦を企むものですね。店員さん達を支配下に置く段階では予知できなかった辺り、意外と有効なのかもしれませんが……」 
 大きな被害が出る前に気付けた以上、止めるだけだ。深雪は入店し席につく。
 戦線工兵の破壊工作は、防壁や兵器の破壊以外にも多岐にわたる。戦闘機械の基盤を開いて友好強制AIを接続したり、破壊が望まれない敵占領下の施設を慎重に無力化するものも含まれる。つまり、手先が器用でなければ仕事にならない。
(「戦線工兵としての技量を駆使し、箸も使いこなしてみせましょう」)
 流れてくる寿司を取り、シャリ内部の状態を把握。触手の存在を確認したら、米粒の間に箸を刺して触手を掴み、素早く外へと引き摺り出す。回収作業を行いつつ、エネルギー補給も欠かさない。
(「後の戦いに備えての補給も必要ですからね」)
 大トロを口に入れる。確かな味わいが、舌の上で踊るようだ。
(「柔らかい食感、そして口の中でとろける脂の旨味。オメガ3脂肪酸が電脳の機械化神経に行き渡るようです」)
 とくにDHAは脳や神経組織の機能を向上させる。記憶力や学習能力の向上、認知機能の維持に有用だ。つまり、電脳の機械化神経にもよく届く……はず。
 何はともあれ、エネルギーはエネルギー。美味しいは正義である。
「大トロを堪能した後は、さっぱりめの白身魚をいただきましょうか」
 鯛の皿を取る。店内照明に照らされ、鯛はツヤツヤとした白い輝きを放っていた。脂が乗った魚と、さっぱりした魚の無限ループだ。

北條・春幸
ウィズ・ザー
不忍・ちるは

●怪異もお寿司も味わって
 陰謀渦巻くクヴァリフ回転寿司店は、想定以上の賑わいをみせている。
「サンドイッチと言い、寿司といい、なんだ怪異喰いが流行り始めてンなァ?」
 白髪に黒いゴーグルグラスをかけた青年――人型のウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)が、寿司店の看板を見上げる。
 同じく店へと訪れた|不忍《shinobazu》・|ちるは《chiruha》(ちるあうと・h01839)は、入口の前で瞳を輝かせていた。ぐう、と腹の音が大きく鳴り響く。
「このためにお腹も空かせてきましたし、いっぱい食べましょう!」
 テンションが上がっているのは彼女だけではない。
 |北條《ホウジョウ》・|春幸《ハルユキ》(人間(√汎神解剖機関)の怪異解剖士・h01096)が、この依頼に駆け付けないはずがなかった。
「合法的に仔の味見が出来るなんて! 楽しみだなあ!」
 この胸の高鳴りは正気を失う前兆か。否、既に失っているかもしれない。
 実質『クヴァリフの仔食べ放題』な状況だが、モノは酢飯の中に隠されている。ネタとして出してもタコと偽って誤魔化せるのでは? と、ちるはが思う。
「たこっぽいので酢飯に混ぜずともネタでもよいような……」
 ただその結果、合法的に普通のお寿司をいっぱい食べられるのは嬉しい。
 ちるはの言葉に、春幸が力強く頷いた。
「同感だよ。酢飯と言わずネタとして出してくれればいいものを」
 探す手間が省けるし、もっとお手軽にクヴァリフの仔を味わえる。二人の考えの根底は異なるが、会話は不思議と噛み合っていた。ワクワクしている様子の二人を眺め、ウィズはぽつりと呟いた。
「……案外、喰っても大丈夫なのかねェ」
 前にクヴァリフの仔を喰った時は、確かタコ焼きだったか。ウィズ自身は問題ないが、√能力者とはいえ人間がアレを喰って大丈夫なのか。疑問はあったが、今回は消化できる程度の触手だというし、気にせずとも良さそうだ。
 各々考えを巡らせつつ入店し、三人は相席につく。
 お茶を入れて、お箸も出して。両手を合わせ、ちるはが「いただきます」と手を合わせた。
(「どれに紛れ込んでいるかわからないですからね、ね。これはもうたくさん食べるしかないですよね」)
 サーモン、マグロ、いくら。気になった皿を次々に取り、ぺろりと平らげてゆくちるは。
「何から行くかねェ♪ ……よし、コレにしようか」
 ウィズも流れてくる皿を眺め、今が旬の初鰹を手に取った。人型が普通の寿司を食べる一方で、増加させた分体――闇顎を密かに動かして厨房へと侵入させている。冷蔵庫を開き、保管されていた触手をタッパーごと呑み込んだ。闇顎を通し、ウィズは味を感じ取る。
(「……過去、女神本体も喰った事はあるが、やっぱ比べようも無ェほど弱めの感覚だな」)
 一般人に食べさせようとしている分、調整しているのかもしれない。お寿司として提供する前に、綺麗に洗っていたりするのだろうか。クヴァリフ回転寿司への疑問は尽きない。
 ――細かい事情はさておき。
 春幸が仔入りの寿司を目敏く見つけ出し、箸で掴み取った。蠢くソレをそのまま口に放り込み、ゆっくりと咀嚼する。ちるはが、食べる様子をじっと見つめた。
「……その、どのような味なのでしょうか? 気になります」
「程よい弾力があって、タコに近いかな。味変して食べてみよう」
 春幸は平然と返しつつ、次は醤油を付けて食べてみる。醤油だけでなく、塩や胡椒などの調味料、家から持ってきた味噌やソースでもコッソリ試した。
「おおっ……頭の奥に、広がる宇宙が一瞬見えた気がする……!」
「それ、大丈夫なのか? 突然倒れたりしねェ?」
 スピリチュアルな発言をする春幸を、ウィズが純粋に心配する。ウィズの心配をよそに、春幸は良い笑顔だ。
「うん、とっても美味しいよ!」
 怪異の味を深く味わいながら、甘美な誘惑が心を揺り動かす。
(「もっと色々試したい……加熱したらどうなるかな? 漬物にした場合の味も気になるね。回収って言われてるけど、少しくらい家に持ち帰っても良いよね……?」)
 家に持ち帰り、様々な調理法を試したいところだ。
 体調も精神状態も異常なし。むしろ顔色が良い。宇宙発言は少し気になったが、問題ないだろうとウィズは結論付けた。
 流れてきたホタテの皿を手に取り、その美味しさを味わうことに集中する。
(「プリッとした食感のあと、口の中にとろける甘み……最高だねェ♪」)
 ちるはも時折混ざっている触手を回収しつつ、全力でお寿司を楽しんだ。さらに、回転寿司にあるのは寿司だけではない。
(「ラーメンに紛れ込んでいたりしないでしょうか、念のため……」)
 回転寿司店のラーメンも、実は結構美味しかったりする。運ばれて来たラーメンを、ちるは口へと運ぶ。魚介スープの旨味が、じんわりと広がった。
「とってもおいしいです……! お箸が進みます!」
 三人は触手を回収しつつ――ほぼ食べているだけのメンツもいるが――ともかく、順調に依頼をこなしていった。真面目に仔を回収することも大事だけれど、お寿司を(あと仔も)いっぱい食べて楽しむのも、大切なお仕事なのである。

静寂・恭兵
史記守・陽
アダン・ベルゼビュート

●理想の刑事になりたいならちゃんと飯を食え!
 担当事件の書類整理をしていた|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)だったが、ふと空腹を感じ、書類から時計へと目を落とした。
(「あ、もうお昼ごはんの時間か……」)
 煩わしい時間の到来だ。本当は食事の時間も仕事に使いたい。手早く済ませるため、いつもどおりカロリーバーを取り出した。
 ほぼ同時。アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)が、ガタッと勢いよく立ち上がる。
「史記守よ、飯を喰うぞ」
 話を振られ、陽はカロリーバーの袋を開く手を止めた。
「アダンさん静寂さんお疲れ様です。お食事ですか? いってらっしゃ……」
「怪異が暗躍する回転寿司屋が在る様でな、此の依頼に俺様達と同行せよ。金は恭兵が何とかする」
 いつの間にか背後に居た|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)も、ぽんと陽の肩に手を置いた。
「飯の代金は……俺が出そう。とりあえずお前は飯を食え」
「え? 俺も? 俺は大丈夫です……」
「俺は大丈夫です? 今回ばかりは通さぬ。此処には何も知らぬ民草も訪れているらしい。一般人が怪異の一部を口にする其の危険性を理解出来ない訳ではあるまい?」
 アダンの正論に陽が思わず息を詰まらせた。いいぞもっと言ってやれ。依頼の度にどう見てもダメージを負ってるのに『大丈夫です』とか言ってますからねこの人。
「アダンから史記守の食事の現状を聞いたが褒められたものではないぞ。守りたいものを守る時に力が出なかったなんて事にはなりたくないだろう?」
 恭兵も陽を諭す。カロリーバーだけの食事は、決して『大丈夫』なんかではない。たまに食べる分には良いだろうが、常態化するのは健康によろしくない。
 だが、陽には中々伝わらないようだ。
「いえ俺はコレあるし大丈……あっ」
 ひょいっと、カロリーバーがアダンの手によって没収された。
「返して欲しければ、俺様達と寿司を食うのだ。わかったな?」
 カロリーバーを奪われてしゅんとする陽は少し可哀想だが、時には心を鬼にしなくてはならない。
 先輩とはそういう者だ……と恭兵は自分を律する。
「こればかりは仕方ないな。カロリーバーは俺たちが預かっておこう」
 カロリーバーを質に取り、恭兵は陽へと言い聞かせた。
「依頼の話は聞いているな。一般人をこれ以上危険に晒すわけには行かないだろう? 怪異以外のもある。それをしっかりと食べる事。いいな?」
 ベテランの先輩二人の圧に勝てるはずもない。
「……はい、わかりました」
 市民に何か被害があってもいけないというのも正論だ。陽は回転寿司へと連行されるしかなかった。
 
 ……というわけで、クヴァリフ回転寿司にご到着だ。
 店内に入れば、レーン上を寿司がくるくると回る様子が視界に飛び込む。アダンは不味い仙丹並の怪異食を口にするのも辞さない構えであったが、初めて見る光景に諸々の心境が吹き飛んだ。驚きと感動に瞳を輝かせ、回る寿司へと熱い視線を注ぐ。
「本当に寿司が回っているのか!? おい、二人共! 寿司以外もあるぞ?」
「唐揚げとかデザートも色々ありますね。あとは、注文すればラーメンや茶碗蒸しとかも」
 回転寿司なんていつぶりだろうかと、陽は懐かしさを覚える。前に行った時は、確か家族と一緒に来たのだったか。
 ボックス席に案内され三人は席につく。皿を取りやすいよう恭兵は奥へ。その隣には陽。対面の席にはアダンが腰掛けた。
「これは……覇王として、すべてのメニューを制さねばならん流れか?」
「好きなだけ食べればいいが、無理はするなよ」
 真剣な面持ちのアダンへと恭兵が声を掛ける。三人分の箸やお茶、醤油皿を準備しながら注意する様子は、どこか保護者感がある。
(「アダンさん楽しそうだなぁ……」)
 ぼんやりと眺めている陽の前に、恭兵が寿司の皿を置いた。
「まずはサーモンとまぐろでいいか? 食べたいネタがあったら言ってくれ」
 無論、言わなくとも次々に寿司を食べさせるつもりだが。
「それでは、お言葉に甘えて……いただきます」
 先輩の寿司を断れるはずもなく、陽は差し出された寿司を口へと運んだ。とろけるサーモンの甘味が、醤油やわさびと絡み合い、口の中に広がった。久しぶりの味は、カロリーバーで良いと言っていた陽の体に、しっかりと染み渡ってゆく。
 恭兵も自分用のお寿司を手に取った。陽に渡したものと同じく、最初はサーモンから攻める。当然、クヴァリフの仔の回収も忘れない。
「アダンは――初めてだったか……好きな皿を取って食べられるな?」
 寿司が流れるレーンを熱心に眺めていたアダンだったが、恭兵の言葉にハッとしたようだった。
「嗚呼、取って良いのだな? 俺様も頂くとしよう。ならば、海老と炙りえんがわ辺りを」
 ちょうど流れてきた海老と炙りえんがわの皿を取り、まずは海老を口にする。トロリとした濃厚な甘さを味わいつつ、後輩を気に掛けるように見やった。
 この回転寿司屋に訪れた目的は、『陽にちゃんと食事をさせること』だ。怪異の件も大事だ。しかし、アダンとしては、まずは不摂生な後輩をどうにかしたい。
 恭兵から供給される寿司を、陽はぱくぱくと食べ続けている。その様子にアダンは安堵の息をついた。
(「うむ、しっかりと食べているようだな」)
 恭兵も優しい眼差しで、陽が食べる姿を見つめている。
「たくさん食べるんだぞ。日頃の食事が、強い体をつくるんだからな」
 口に食べ物を入れたまま喋るのは行儀が悪いからと、陽は返事の代わりに頷いてみせるのであった。
 今回は回転寿司に連行したわけだが、定期的に他の飯屋にも連れ出した方がいいかもしれない。

第2章 集団戦 『狂信者達』



 仔産みの女神『クヴァリフ』は、操る店員の視界から店内を確認する他、配下の狂信者達にも監視をさせていた。
「皆の者、店内の状況を報告せよ」
「はい、計画は問題なく進んでおります。我々が寿司を握ることができれば、もっとスムーズに行ったでしょうが……」
「フン、最初から期待などしておらぬ。完璧なお寿司とは、素人が一朝一夕に握れるものではない」
「クヴァリフ様は、寿司を食べたことがおありで……?」
 首を傾げる狂信者達。彼らへと、クヴァリフは恍惚とした笑みを滲ませた。
「ふふ……以前、人間に化けて入った寿司屋のお寿司……非常に美味であった……」
 クヴァリフの仔の回収は大方完了した。クヴァリフを倒せば、操られている店員たちも解放される。回転寿司店の地下階へと赴き、クヴァリフと狂信者達を討伐しよう。 
ルビナ・ローゼス
不忍・ちるは

●いざ、地下へ
「さて、お腹を満たしたあとは、運動……敵の討伐ですわね」
 お寿司はしっかりと味わった。ルビナ・ローゼス(黒薔薇の吸血姫・h06457)はお会計を済ませた後、密かにトイレの前へと移動する。
 |不忍《shinobazu》・|ちるは《chiruha》(ちるあうと・h01839)も大満足の表情だ。だが彼女も、お寿司をもぐもぐすることだけに、思考を割いていたわけではないのである。
「地下に『ごちそうさまでした』を伝えにいきましょう」
 ちるはの言葉に、ルビナが力強く頷いてみせた。リアルタイムどろんチェンジで子ねずみへと変身し、つぶらな瞳でくるりと周囲を見回す。
「通気孔がありますわね。私はあちらの孔から地下に向かいますわ」
「わかりました、お気をつけて。また後で合流しましょう」
 ルビナを見送り、ちるはは一旦店の外へと出た。戦闘用の装いへと素早く着替え、スタッフオンリーの区画へと侵入する。
 二人は各々のルートから、回転寿司店の地下へと移動する。
 ルビナは暗く狭い路を慎重に進み、視線の先に見えた光……通気孔の開口部へと辿り着いた。
 子ねずみの姿でちょこんと覗き込めば、下にクヴァリフと狂信者達が見える。
(「見つけましたわ。女神様と、それに狂信者=サンがおりますわ」)
 ちるはも同じタイミングで、敵の集団が潜む地下空間へと到着した。
(「そろり、そろりと……皆さん、お揃いみたいですね」)
 『5月29日』――足元にエネルギーを集中させて、いつでも飛び出せるように備える。
 敵の不意をつくのだ。ルビナは通気孔から身を躍らせ変身を解く。古城のハチェットを手に、彼女は敵の真上から攻撃を仕掛けた。
「ドーモ、狂信者=サン。ルビナですわ! 食後の運動に付き合ってもらいますわよ!」
 ルビナがイニシエキャッスルで手に入れた重厚なハチェットが、敵を容赦なく薙ぎ払う。嗚呼、なんと無慈悲な一撃か!
「√能力者ナンデ?!」
「貴様、スシを食っていたのではないのかッ!?」
 動揺する狂信者達。慌てふためく彼らへと、さらなる衝撃が襲い来た。
 『ご』と、鈍い音が響き渡ると同時、狂信者達は吹き飛ばされ、壁に体を激しく打ち付ける。
 ちるはの|不忍術 伍之型《シノバズノゴ》による連続範囲攻撃だ。彼女は疾風のように駆け抜け、よく馴染んだ靴で敵群を蹴り払った。
「痛かったですよね、すみません。ですがこれ以上、一般のかたに危害が及ぶようなことがあってはいけませんから」
 二人の襲撃に、クヴァリフが顔を顰める。
「√能力者に嗅ぎ付けられていたか。忌々しいのぅ。やれ、皆の者。あの者らを排除するのだ!」
「クヴァリフ様の仰せのままに!」
 狂信者達が旗印を掲げた。輸送された魔力砲を一列に並べ、信仰の炎を撃ち放つ。
 砲撃を凌ぎながら、ルビナが彼らへと語り掛けた。
「そのように派手な攻撃をしていいんですの? 衝撃が地上階に伝わって、お店が滅茶苦茶になってしまいますわよ!」
「ぐっ、それは……!」
 一瞬、砲撃が緩む。その隙を突き、ちるはが背後へと回り込んだ。『3月26日』が敵の首元に横線を引く。『ご』の型により切断は範囲に及び、複数の首を刎ね落とした。
「ひとり、ふたり、さんにん……まだまだ、たくさんいますね」
 いくつかの命を切り落としてもなお、狂信者達は虫のように湧いてくるようだ。
「数は多いですけれど、少しずつ減らしていけるはずですわ!」
 頑張りましょう、とルビナが鼓舞するように紡いだ。
「そうですね。焦らず、慌てず、いきましょうか」
 ルビナの言葉に、ちるはが柔らかな声色で返した。多勢の敵にも、二人は凛然と対峙し続ける。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽

●捜査官のお仕事
 回転寿司店の地下、狂信者達とその奥にクヴァリフが悠然と構える。彼らが諸悪の根源であり、打ち倒すべき相手である……のだが。
「寿司にクヴァリフの仔を入れて一般人に食わせるとはな……食べ物で遊ぶ(?)んじゃない」
 出会って早々、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)は説教モードへと入った。その姿は、子どもを叱る親を彷彿とさせる。
「遊びではない!」
「クヴァリフ様の尊き実験である!」
 狂信者達が様々に捲し立てるが、どれも納得が行かない。
「と言うかお前達も崇拝しているであろうクヴァリフの仔の扱いがこれで本当に良かったのか? おい、史記守も何か言ってやれ」
 真面目な刑事らしく、状況と人数を確認していた|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)だったが、話を振られてあたふたとする。
「え? 俺? えっと……無駄な抵抗はやめて降伏してください! 田舎のお袋さんが泣いてますよ! 大人しく投降し、てく……ださい」
 最初は威勢が良かったものの、しだいに声が萎んでゆく。先輩に不摂生を指摘され、寿司屋に連行されたこの現状。母が知ったらどう思うだろう。
「あれ……これ、俺も実家の母さん泣かせてるんじゃ? 駄目だ、俺にはあの人達説教できないかもしれない……」
「いや、お前は立派にやっている。後は親孝行してやるといい」
 意気消沈する陽へと、恭兵が励ましの言葉を贈った。実際、陽は立派に刑事としての仕事をこなしていると、恭兵は思っている。己を顧みない所は心配であるが。
「親孝行……善処は、します」
 陽は自信なさげにぽつぽつと返した。恭兵と陽、そして狂信者達のやりとりを、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は遠くを見るような眼差しで眺めていた。
(「闘争の空気が消えた気がする。嗚呼、恐らく長期休暇に入ったのだろう」)
 幕を開けたのは、珍妙極まるお説教であった。命のやりとりは無く――否、ある筈なのだが、死合いならではの緊張感を全く以て感じない。ゆるい流れに便乗し、アダンも言葉を紡いだ。
「職人の腕があってこそ、美味なる寿司の数々が生まれたのであろう。胃袋の容量故、全制覇出来なかった事が悔やまれる……!」
「妾もそなたと同意見じゃ。そして妾は、全てのメニューを食したぞ」
 なぜかクヴァリフに同意された。しかもマウントしてきた。なんて女神だ、邪悪そのものだ。
 アダンは色々と物申したかったが、それは後に取っておくことにした。狂信者達を逮捕するのが先だ。
「……ともかく、寿司を握りたくば、滝にでも打たれて修行をする事だな!」
「滝行と寿司に一体何の関係が……!?」
 狂信者達がざわついた。彼らに対し、アダンは平然と言い放つ。
「滝行といえば、精神を統一する修行であろう? 雑念を取り払い、寿司握りに集中するために必要不可欠ではないか」
 言われてみればそうなのかも……? と審議する狂信者達。意外と素直である。何はともあれ、罪を犯したならば逮捕だ。
 恭兵は|曼荼羅《まんだら》を抜き、その切っ先を狂信者達へと差し向けた。
「まぁ、史記守がしっかり食事をしアダンが回転寿司を楽しめたのは良かったんだが」
 陽は払暁を鞘に収めたまま、自身の右掌にエネルギーを集束させる。
「異物混入は立派な犯罪ですからね。とりあえず皆さん纏めて逮捕します!」
「逮捕などされてなるものか!」
「貴様らを排除し、引き続きお寿司屋さんを営業するのだ!」
 狂信者達は斧槍を構え、ある者は魔力砲を運び寄せ、三人を始末しようとする。
 臨戦態勢の彼らへと、アダンは声高に告げた。
「史記守に食事をさせる機会と場を用意した事だけは感謝してやろう。貴様らの悪行は許さぬがな!」
 |覇王の言霊《トリオンファル》を発動する。攻撃を察知した狂信者達が、斧槍を手に迫った。アダンは正面から彼らを迎え撃つ。
「俺様は逃げも隠れもせぬ。正々堂々、真正面から穿ってくれよう!」
 全機能を遮断し防具を脱ぎ捨て、影より狼影を解き放った。漆黒の巨大な狼は不意を突き、斧槍を弾き飛ばす。
「なっ……武器が!」
 驚愕する狂信者達へと、陽が距離を詰めた。
(「殺さないといけない事態には、なって欲しくないので……!」)
 他の仲間も交えた乱戦状態であるため、全員不殺とまではいかないが、それでも。
 ルートブレイカーを発動し、右掌を敵へと触れさせた。√能力を無効化すると同時、陽は鞘に収めた払暁を鈍器の如く振るう。
「すみません、どうか眠っていてください」
 ゴッ、と鈍い音が響く。急所を打たれた敵が、気を失いその場に倒れ伏した。
「史記守。援護感謝する。お前達、史記守のおかげで命拾いしたな」
 気絶した狂信者達を一瞥した後、まだ立っている敵群へと恭兵は目をやった。
「……と、いうわけで。お前達も逮捕する」
「断るッ!」
 狂信者達は一斉に魔力砲から信仰の炎を撃ち放つ。
 恭兵は砲撃の嵐を掻い潜りながら敵群へと肉薄。いつもなら砲手を真っ先に攻撃する場面だが、今回は攻撃手段を封じる。曼荼羅を閃かせ、魔力砲を薙ぎ払った。
「このままじゃマジで掴まる……」
「逃げるか!?」
 劣勢に怖気づいた敵が後退るが、アダンがそれを見逃さない。
「逃がさぬ。神妙にお縄につくがいい」
 頭部や心臓は狙わず、敵の足元へと狼影を喰い付かせた。動きを封じられた敵を、すかさず恭兵が拘束する。
「たまには警察らしいこともしないとな」
 先輩たちの鮮やかな連携プレイに、陽は瞳を輝かせた。
(「すごいな……俺も見習わないと」)
 三人は|警視庁異能捜査官《カミガリ》として力を合わせ、狂信者達を捕まえていく。その様子は、難なく立ち回る先輩たちと、必死について行く後輩という微笑ましい光景でもあった。

ウィズ・ザー

●箸が進む
(「サーモン、本鮪、鮑に海老、鯛に鯖、はまち……軍艦系も捨て難い。いやー、やはり寿司は良いな?」)
 地下で戦闘が始まってもなお、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)の本体は、寿司を食べるのを止めない。
(「いやァ、折角来たのに勿体無ェじゃん? 沢山喰わねェとな」)
 ギリギリまで粘ってやるという根性を感じる。
「さ、次のネタが来たな。いくらの軍艦巻きを味わわせてもらうとしよう」
 プチプチと弾けるような食感が口の中で踊り、次にはトロリとした甘みが広がる。
(「ま、闇顎にはちゃんと戦わせるからよ」)
 意識を地下階へと向ける。|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》により、壁を這う闇蜥蜴型の闇顎を地下階へと顕現させた。総数5体。光に依り輪郭を強める黒霧や陰影も増加させ、蹂躙力を23倍に強化した。
 闇顎とはかつての自分の一部であり、ウィズの分体でもある。意思を繋げて遠隔操作を行い、戦闘へと参加させる。一人の狂信者が、闇顎を鋭く睨んだ。
「蜥蜴……術者が別の場所から操ってるのか?」
(「ご名答。わかったところで、その状況じゃ本体を叩きには来れないだろうがな」)
 仲間たちも戦闘を始めたタイミングだ。彼らの手から逃れ、上階に移動するのは困難である。
 狂信者が斧槍を手に1体の闇顎へと迫った。闇顎は攻撃を迎え撃ち、刻爪刃で斧槍を弾き飛ばす。衝撃で仰け反った狂信者へと、残る4体の闇顎があらゆる方向から襲い掛かった。
「ぐああああぁッ!!!!」
 喰い千切られた体は、闇へと呑み込まれてゆく。敵の叫びを闇顎越しに聞きながら、ウィズはいくら軍艦をぺろりと平らげた。
「ふう、ごちそうさま。いやー、美味いなァ」
 狂信者達をすべて食……倒せば、メインディッシュのクヴァリフが待っている。

深雪・モルゲンシュテルン
オリヴィア・ローゼンタール

●弾丸と拳
 お寿司は胃の中に収めた。エネルギー充填完了、残すは地下に潜む敵の掃討である。
(「クヴァリフがお忍びでお寿司を食べていた、なんて……」)
 |深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は、この事実に対して驚きを感じずには居られない。いつどこに潜伏しているか分からないという点は恐ろしいが、それ以上に困惑する。だが、困惑はするが任務はしっかりとこなす。
(「こちらから視線が外れましたね、では今のうちに」)
 店員が寿司の仕込みに没頭する瞬間を狙い、地下に続く階段を静かに降りた。
 他方、オリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)も動きだす。
「お寿司をお腹いっぱい食べて満足満足! ごちそうさまでした!」
 お会計を済ませて、店の外に出た。満腹感に心地よく息をつき、当初の目的を思い出す。
(「あ、地下に潜入でしたね! 大丈夫です、ちゃんと覚えていますとも!」)
 食材搬入用の裏口を探して忍び込んだ。読み通り、忙しい昼時ゆえ警備が薄い。施錠された扉は指先から噴出させた炎で切断し、強引に突破していく。
 二人はクヴァリフと狂信者達、そして仲間が交戦中の地下空間へと向かった。
 戦闘域へと踏み込むと同時、深雪は|超過駆動・大軍掌握《オーバードライブ・バタリオンコマンダー》を起動する。今こそお寿司で活性化した電脳の力を駆使する時だ。
「隠密行動終了、ただちに戦闘行動へと移行します」
 多数の神経接続型浮遊砲台を展開し、全機へのコネクションを確立する。
「主目標、敵指揮官。並びに指揮下各員の攪乱、撃破を狙います」
 狂信の旗印に集った狂信者達、その統率を行う指揮官を浮遊砲台が一斉にマークする。乱れ撃つ弾丸の嵐が指揮官を襲った。
「ぐうっ、邪魔くさい! 皆の者、操縦者を叩くのだ!」
 全身に弾を浴びながらも、指揮官が各員へと命じる。
 狂信者達は深雪へと近付こうとするが――激しい弾幕で視界が混沌としているせいか、通過点にある扉に線が入っている状態に気付かない。
 熱で切断した扉を蹴り飛ばし、オリヴィアが突入する。吹き飛んだ扉に巻き込まれ、狂信者達が倒れ込んだ。
「こちらが騒がしいと思って来てみたら、やっぱりたくさんいますね!」
 拳に炎を纏わせながら、オリヴィアは敵を視界に捉える。対WZマルチライフルの銃口は敵へと向けつつ、深雪がオリヴィアを見やった。
「ちょうど良いところに来てくれましたね」
 オリヴィアは深雪へと力強く頷いて、拳を堅く握り締める。
「爆破はお店がダメになっちゃいますからね、拳で勝負です!」
 攻撃態勢へと入る彼女に、狂信者達が殺気立った。
「新手か!」
「掛かれェ!」
 敵が迫り来る。格闘技で鍛えた体捌きで斧槍を受け流し、オリヴィアは鋭く言い放った。
「絶えぬ炎よ! 燃え盛れ!! 狂った信仰ごと吹き飛ばします!!!」
 技能を駆使した連続攻撃、|煉獄繚乱拳《インフェルノ・アーツ》が怒涛の如く敵群を襲う。殴り飛ばされ、掴み飛ばされ、繰り出される手痛いカウンターに狂信者達は虫の息だ。
「ぬうっ……まだ終わらん、クヴァリフ様のた、メッ……」
 立ち上がろうとした敵の頭を、深雪のライフルが撃ち抜いた。
「インビジブルから肉体が再生したら、気ままな邪神に隷属する人生を再考して下さい」
 浮遊砲台を常に操作しながらであっても、彼女の狙撃力は健在だ。
 オリヴィアも敵をちぎっては投げを繰り返し、ノックアウトさせていく。
「さあ、どんどん来てくれていいですよ! 全員この拳で叩き伏せます!」
 烈火の如き猛攻は、大勢いた狂信者達を次々に葬り去るのであった。

第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』


ルビナ・ローゼス

●優しさ
 ルビナ・ローゼス(黒薔薇の吸血姫・h06457)には、気になって仕方がないことがあった。
「戦う前に聞きたいのですけど今回の計画、グルメ番組を見て思いついたでしょ、女神様!?」
 彼女は疑問をクヴァリフへとぶつける。
「グルメ番組などきっかけに過ぎぬ。計画実行を決定付けたのは、お寿司の美味さよ。はぁ、実に美味じゃったのぅ……」
 やはりこの女神、√能力者に倒され過ぎて疲れているに違いない。そうでなければ、もっと女神らしい威厳を保てていたはずだ。ルビナは少しだけ、クヴァリフが哀れに思えた。
「色々仰っていますけれど、結局グルメ番組も見ていたのですわね……」
 だが、いくらクヴァリフの様子がおかしくて可哀想でも放置はできない。
 ルビナは|月乙女装甲騎形態《ルナヴァルキリーフォーム》を発動し、強化形態へと変身する。ディアナセイバーと古城のハチェットを構え、彼女は堂々と宣言した。
「月の力よ、聖なる鎧を今ここに!! 女神様! あなたの狂行を止めてみせますわ!」
「そう何度も殺されはせぬ!」
 クヴァリフは産んだ『仔』と完全融合を果たし、増殖した触手を放つ。ルビナは触手を切り払いながら、クヴァリフへの接近を試みた。
(「少しでも気を抜いたら、引き摺り込まれてしまいそうですわ」)
 引き寄せの力を強く感じる。彼女は精神を研ぎ澄まし、月乙女の力を全身へと巡らせる。
「――聖なる鎧よ、困難を乗り越える力を!」
 強化されたジャンプ力で高く跳び上がった。光の羽を煌めかせ、クヴァリフへと肉薄する。二刀流による連続攻撃が、クヴァリフの腕を深く斬り裂いた。
「掻い潜ってきおったか」
 クヴァリフが眉を寄せる。切断までは行かないが、確かなダメージを与えたに違いない。
「次は悪巧み無しでいらっしゃい。奢ってあげますから」
 戦闘中でありながらも、柔らかな声色でルビナは言葉を紡ぐのであった。

北條・春幸

●尽きぬ怪異食欲
「こんにちわ、仔寿司ごちそうさまでした。美味しかったよ」
 開口一番、|北條《ホウジョウ》・|春幸《ハルユキ》(汎神解剖機関 食用部所属 怪異調理師・h01096)はクヴァリフへとお礼の言葉を伝える。仔をたっぷりと堪能できたのだから、最初に「ごちそうさま」を言うのは礼儀ということか。
「まさかそなたらに食わせることになるとはな」
 クヴァリフは渋い表情を浮かべた。彼女の苦い心境には構わず、春幸は続ける。
「次からは直接ネタにしてくれると尚嬉しいよ。……ついでに君もいただきたいなあ。プリプリしてとても美味しそうだよ、お嬢さん」
「何だと?」
「自分で産んだ仔を食わせるくらいだから、母体もすこしぐらい齧らせていただいても構わないんじゃないかな。どう?」
 クヴァリフは、それはもう深い溜息をついた。
「そなたに食わせるお寿司などないわ。店から出ていけ!」
 殺気立ち、無数の触手を蠢かせるクヴァリフ。彼女へと春幸は少しだけ残念そうな顔をした。
「出禁ということかな? うーん、たくさん食べ過ぎてしまったかな……」
 などと反省する色を見せながらも、シリンジシューターに毒薬を仕込むのを止めない。
 クヴァリフはその場で『仔』を産み、完全融合することで強化した触手を、春幸へと繰り出した。
 攻撃が届く前に、春幸はチョコラテ・イングレスを発動する。
「だるまさんがころんだ!」
 叫んだ瞬間、クヴァリフへと強烈な麻痺症状を引き起こした。
「フザけた能力を使いおって……」
 動きを鈍らせる彼女へと、春幸は武器の照準を合わせる。
「産まれたてほやほやの仔だね。せめて、一匹でもいいから食べてみたかったなあ」
 怪異食への欲望を胸に抱きながら、春幸は毒薬を発射。連続で射出された注射器はクヴァリフの肉体に突き刺さり、その体に毒を流し込んだ。
 流石に毒を注射したモノは食えない……いや、逆に美味しくなったりするのだろうか?

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽

●飯を食わせる会発足
 回転寿司を堪能し、無事後輩にも飯を食わせ、狂信者達も倒した。残るはクヴァリフを討伐するのみ。
「フハハッ!!! 嗚呼、とても不思議だ。今ならば、最高火力を超越する『魔焔』が出せる気がする」
 クヴァリフの言動に、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は憤りを禁じ得ない。表面上は果敢に難敵へと挑む猛者に見える。その姿に、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)は純粋に瞳を輝かせる。
「さすがアダンさん。市民を守るためにクヴァリフに堂々と立ち向かって格好いい……!! こんなテロ染みたやり口、許せないですよね!!」
 アダンは覚醒したばかりの陽を救い、根気強く面倒を見てくれた師匠的存在だ。今回の事件についても、きっと素晴らしい考えを持っているに違いないと、陽としては思うわけである。
「彼奴は俺様が食べ切れずに見逃した漬け鮪や〆鯖をも食したと……後、特製ラーメン。此の覇王たる俺様に対して、散々マウントを……!」
 アダンの言葉に耳を傾けていた陽だったが、あれ? と頭に疑問符を浮かべる。怒りの方向性が、思っていたのと違う。
「あの、アダンさん落ち着いてください。大切なのはそこじゃなくて、市民を巻き込んだことをまず怒るべきだと……」
 陽は気付いた。アダンの背後から、めらめらと炎が燃え上がっている――ような気がする。地獄の業火が如き、憤怒の炎である!
(「駄目だ、俺には止められない……俺にはアダンさんを止める力が無い……!」)
 何もこんな場面で無力感を味わわずとも良いと思う。無力感より美味しい食事を味わおう。
 一方で、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)は落ち着いた様子でアダンを眺めている。隣で激怒している人がいると、妙に冷静になる現象かもしれない。
「お前そんなにメニューを制覇したかったのか……クヴァリフの胃袋に比べたら流石に無理があるが……」
「恭兵、史記守。俺様は至って冷静だが? 無辜の民を巻き込んだ事を許す訳があるまい」
 冷静だが? と言う人ほど冷静ではない。大丈夫ですと言う人ほど、大丈夫ではないのと一緒だ。恭兵が穏やかに表情を緩ませて、宥めるように語り掛けた。
「回転寿司。気に入ったなら、また連れてきてやるから安心しろ。今度行った時に、今回食べきれなかったメニューを制覇すればいい。その時は史記守も一緒だ」
 恭兵の纏う保護者感に、ますます磨きが掛かっている。クヴァリフに対する憤りが消えたわけではないが、とりあえず腹の奥に押し込んで、アダンは頷いてみせた。
「嗚呼、承知した。次は普通の回転寿司屋に征くぞ、史記守も共にな」
 二人揃って陽を見る。陽は目をぱちくりと瞬かせた。
「え? 俺もですか?」
 恭兵が当然、ときっぱりと返す。
「強制参加だ。俺達には史記守に飯を食わせる義務がある」
 此処に『不摂生な後輩に飯を食わせる会』が誕生したのであった。次回の約束を取り付けたところで、恭兵は任務の最終目標――クヴァリフへと視線を向ける。
「食に対する安全を犯す行為は食に煩い|日本人《俺達》の怒りを充分に買った。覚悟はできているだろうな?」
 恭兵の言葉に対し、クヴァリフは鼻で嗤う。
「覚悟? フン、妾の仔を食せるのだから、そなたら人間どもは光栄に思うべきじゃろう?」
 怪異の女神だけあって無駄に尊大だ。これまでも√能力者に散々倒されてきただろうに、彼女のメンタルはどうなっているのか。回転寿司に仔を仕込む時点で、正直どうかしていると思うが。ともあれ、これから三人が為すべきことは変わらない。
「灰燼すら生温い。塵芥も残さず、貴様の悉くを焼却し尽くしてくれる!」
 アダンが|魔焔の焼槍《デシデ》を手に、クヴァリフへと肉薄する。
「ほうほう、そんなに悔しいか。妾が直々に漬け鮪や〆鯖、そして特製ラーメンが、いかな味だったか教えてやろうか?」
「――は?」
 ブチブチィッ、と。脳の血管が何本か切れたような音がした――気がする。
 腹奥に押し込んだはずの怒りが、火山のように噴火した。
「既に次が決まっているからな!! 貴様の食レポなど要らぬわ!!!!」
 約束されし回転寿司。来たるその日のために、ネタバレは必要ない。迫る触手を魔焔の焼槍で焼き払い、その先に居るマウント女を炎上させた。轟々と燃え上がる炎に、陽は|暁降《ソール・オリエンス》をチャージしながらも息を呑む。
「すごいパワーです……あれが怒りの力なんですね。俺には真似できないかも……」
「いや、真似しようとしなくていいからな」
 恭兵が冷静に突っ込んだ。陽は遠慮がちに首を縦に振った後、心を落ち着かせるように深呼吸する。
(「ふぅ……思わず圧倒されるところだった……」)
 そんな陽の様子を見守りつつ、恭兵は|曼荼羅《まんだら》を構えた。
「俺が先に仕掛ける。合わせられるか?」
 恭兵の問いに、陽が力強く頷いてみせた。
「……はい、行けます!」
 チャージを終えた陽の掌に、黄金の光焔が渦を巻く。暁光の如き煌めきに、恭兵はふっと笑みをこぼした。次いで前を向き、クヴァリフを刃の如き眼差しで射抜く。
「さあ、お前のテロ行為もこれで終いだ。観念するんだな」
 |花閃葬《カセンソウ》を発動し、使役している死霊の邪気を纏う。風のように駆けクヴァリフへと接近、曼荼羅による強烈な居合を繰り出した。同時、恭兵によって刻まれた傷へと、陽が夜の帳を切り裂く一閃を放つ。
「ぐうっ……おのれ、人間どもが!」
 仔を召喚し応戦するクヴァリフ。だが彼女は、立て続けに攻められたことで、大幅に体力を削られつつあった。

不忍・ちるは
深雪・モルゲンシュテルン
オリヴィア・ローゼンタール

●クヴァリフ回転寿司閉店
 地上階ではお寿司が回り、地下では√能力者、そしてクヴァリフが立ち回る。
 怪異の女神と対峙し、|不忍《shinobazu》・|ちるは《chiruha》(ちるあうと・h01839)はゆっくりと口を開いた。
「クヴァリフさんの実験は困りますが、でもおじいちゃんが言っていました。おいしいものには敬意を払って3倍返し、と」
 ちるはの語りを聞き、オリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)が閃いたとばかりに瞳を輝かせ、拳を握り締める。
「なるほど! 3倍返しでぶん殴るってことですね! 任せてください!」
 |深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)も頷いてみせる。お寿司を冒涜した罪は、決して許されないのだ。
「美味しいお寿司を利用した罪は、私達で|捌《裁》きましょう。食べ物の恨みは恐ろしいのです」
 三人は各々の武器を構え、クヴァリフを包囲する。
「次から次へと……回転寿司のように流れて来るのぅそなたらは!」
 忌々しげに言うクヴァリフへと、ちるはが笑顔を向けた。
「お食事会にお招き頂きありがとうございました。お仔さま一部? もおいしかったです。ごちそうさまでした」
 花が舞うような、ふわりとした空気感。皮肉を一切感じない笑みだ。
 クヴァリフはちょっぴり得意げになった。
「フン、当然であろう!」
 召喚された最も強き『仔』が触手を振るう。迫る触手を視界に捉え、ちるはが一歩前へと歩み出た。
「お礼と言ってはなんですが……」
 月が出ない夜のように、クヴァリフの視界が暗く染まる。直後、衝撃が彼女の体を襲った。
「ぐうっ……!?」
 瞬く間に距離を詰め、ちるはが蹴りを撃ち込んだのだ。――おじいちゃんの話をした時点で、既に|不忍術 弎之型《シノバズノサン》は発動していた。クヴァリフは自覚しないうちに、ちるはの『物語の舞台』に立たされていたのである。
(「確かな手応え、感じましたよ。この流れなら……」)
 ちるはは思う。自分だけが主人公なのではない、と。
 チェーンソーの唸り声が地下空間を裂いた。
 戦線工兵用鎖鋸を|対WZ用大鎖鋸<滅竜>《アンチウォーゾーンメガチェーンソー・ノートゥング》へと変形させ、深雪はクヴァリフへと狙いを定める。
「あなたの謀略は極めて危険なものでした。ここで必ず終わらせます」
 裏社会の暗闇の中ではなく、一見すると普通のお寿司屋さんが魔の手に落ちている。深雪はその事実を重く受け止めていた。
「此処で終わってなるものか!」
 クヴァリフが産んだ仔との融合を開始する。
「やはりそう来ましたか。ならば、最初から白兵戦を挑むまでです」
 無数の神経接続型浮遊砲台を引き連れ、深雪はクヴァリフへと接近戦を挑んだ。これには空間引き寄せ能力を、無意味なものとする意図がある。
 繰り出される触手を、浮遊砲台の援護射撃で撃ち落としながら敵へと肉薄。滅竜の巨大な回転鋸刃を以て、融合した仔と肉体を切断し、奥にある本体を削り取った。
(「敵本体、損傷。こちらの損傷は軽微です」)
 深雪は淡々と状況を把握する。一方で、クヴァリフは追い詰められていた。
「いかん、このままではまた……」
 何とか活路を見出そうと思考するも、迫り来る炎に考える余裕を焼き尽くされる。四肢に聖なる炎を纏ったオリヴィアが、クヴァリフへと急速に距離を詰めたのだ。
「お寿司はごちそうさまでした! でも、あなたの触手は正直あまり食感が良くなかったです! 炙りとかにすると改善するんじゃないでしょうか?」
「アドバイスのつもりか!? 好き勝手言いおって!」
 クヴァリフは触手を振るい、オリヴィアを叩こうとする。だが、なんとオリヴィアは、その触手を抱え込むように掴み取ったではないか。
「あと! 異物混入は保健所案件でお店に迷惑なのでやめましょう!」
 そのままジャイアントスイングでクヴァリフを振り回し、勢いよくぶん投げる。
「ぐうぅっ! 人間の理屈なぞ妾には通じぬ!」
「確かにそうですね! なら、拳でわからせます!」
 触手の連続攻撃を潜り抜け、オリヴィアはクヴァリフへと再接近。聖なる炎を纏った|爆炎拳《バーニング・フィスト》を叩き込んだ。弾ける炎と衝撃が、クヴァリフの体を激しく揺らした。殴り飛ばされた先で大炎上するクヴァリフ。これが炙りか。
 √能力者の攻勢に、クヴァリフは満身創痍だ。死なずに立っていられるのが不思議なほどである。
「クヴァリフさん、あともう少しでしょうか」
 ちるはの言葉に、深雪が返す。
「大きく消耗しているはずです。総攻撃を仕掛けましょう」
「はい! トドメの一撃をぶちかましますよ!」
 オリヴィアもやる気満々といった風に、燃える拳を凛と構えた。
 同時に叩き込まれる蹴りと拳。タコ殴りされた所に、回転鋸刃で斬り裂かれる。タコと同じように、クヴァリフの触手も、叩いたら柔らかくなったりするのだろうか。
「ぐうぅっ……復活、したら、絶対に、また、お寿司を……」
 √能力者たちに散々袋叩きにされたクヴァリフは、ついに力尽きるのであった。
 纏っていた炎を引っ込めて、オリヴィアが晴れやかな笑顔を浮かべる。
「皆さん、お疲れさまでした! これでお寿司屋さんも一安心ですね! たくさん動いたら、またお腹が空いてきちゃいました!」
 ちるはもお疲れ様でしたと返しつつ、感じていた疑問に首を傾げる。
「ごはんがおいしいと思えるのなら、こんなことせずにみんなで囲めばよいと思うのですが……教団の人数が多いと食堂も大変なのでしょうか?」
 考え込むちるはに、深雪も真剣に推測する。
「その可能性はあると思います。彼らの日頃の行いから考えるに、まともな食事をしているかどうかも怪しい所ですが……」
 何かとツッコミどころが多い依頼ではあったが――これで、回転寿司屋も普通のお店へと戻るであろう。

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