【王権決死戦】◆天使化事変◆第4章『飛び込む魚たち』
塔に、光の環が冠する。
その明かりは徐々に強まり、空はまだ暗いはずが島の内側だけは昼間となっていた。
そして、彼らは踏み込む。
「ここが√汎神解剖機関でのシチリア島か。いやはや全く雰囲気が違うな」
「歴史は感じますが、どの建物も魔術的な施しがありますね。まさに魔術師の島です」
気軽な会話を交わしながらも、その視線は警戒に満ち、周囲に配られていた。その場にいるのは、全て死を覚悟した者たち。
「ここにフューリー様が……!」
「あれが塔かぁ」
100人以上の羅紗魔術師も、船から降りる。隊列を乱して先走ろうとする者もいれば、所属組織の本部を暢気に眺めている者もいる。
そんな者たちに守られているのは一人の少年。
「……」
いや、守っている、と言う方が正しいだろう。彼が広げる領域によって、今まさにこの場にいる者たちは病に侵されずにすんでいる。
天使エド。√能力者となった少年の力はこれからの戦いにおいて要である。彼の頭上には、付き従える騎士の如く数十体のオルガノン・セラフィムが控えていた。
緊張した面持ちでこれから戦場となる街を眺めていた少年はふと疑問を抱く。
「あれ、ここ……」
「なんだエド、何か気になる事でもあったのか?」
「いえ、ただなんだかこの景色に見覚えがあるような」
単なるデジャブだろうか。記憶と視界が重なっている。
静かな街だ。怪物たちがひしめいていると聞いていたが、破壊の痕跡はほとんど見当たらない。なら病が広がる前から変わらない景色のはずだ。
そのまま立ち止まっていれば何かを思い出せそうで、しかしそんな悠長な時間はなかった。
「おい! 早速来たぞ!」
指差される先には、黒いオルガノン・セラフィム。それらは続々とやってきて、√能力者を始末しようと迫ってきていた。すぐさま陣形を整える覚悟した者たちは、武器を取りながらに走り出す。
「置いて行かれるなよ!」
時間はない。最短距離で塔を目指す。
そうして決死戦は始まった。
それを眺める者が一人。
「お、来たね。大体想定通りのルートを選んだようだ」
白い髪が目立つ初老の男性——ダースは、海からやってきた船を見つめて早速動き出す。
「あれだけ多いと、彼の手に渡らなくなってしまうかもしまいませんから。ここで出来るだけ数を減らしておかなくては」
懐から取り出した羅紗を使って収納していたものを道端に置く。それを塔へと向かう道へ続けていった。
「使い終えても念のために取っておいて正解でしたね。やはりどんなものでもいつ使い道が来るかは分からない」
そこに置かれたのは人だ。両目をくりぬかれ、不自然な形に拘束された人間。遠目から見ればケーキのようにも見え、そして今も確かに息をしている。
「せっかく用意した『料理』だ。美味しく食べてくれるといいのだが」
自然な笑みで自身の右瞼を撫でるダース。
泣きわめくことすら許されないでいるそのケーキは、√能力者だった。|何も《√能力も自死も》出来ないよう調理された餌。それに釣られるのは、島の住民たちだ。
「さて、君たちのために、島中のオルガノン・セラフィムを集めておいた。存分に堪能してくれたまえよ」
異物を感知したオルガノン・セラフィムは即座に爪を突き立てる。その光景は繰り返され、上空から見れば塔へと続く黒い道と化していた。
それを仕上げて、ダースは|客《√能力者》を待つ。
とその時、彼の背後にオルガノン・セラフィムが忍び寄った。
「おっと。私もやっぱり狙われるか。だとしたらあまり離れられないねぇ」
油断していたダースは振り下ろされた爪を避け損ね、衣服を切り裂かれる。
そうして僅かに覗いた肌には、神秘的な金属が埋め込まれていた。
●
「これから皆さんには【絶対死領域】へと向かってもらいます」
星詠みである二軒・アサガオは、集まった者たちにそう告げる。時間も許されていないからとそれはどこかまくし立てるようだった。
「塔にまた光の環が現れました。見る様子今すぐと言う訳ではないでしょうが、間違いなく1日もせず、海を越えてあの病が再び広がるでしょう。そしてそれはヨーロッパをも超えて、あるいは√まで超えてしまうかもしれません」
それはまだ推測でしかない。しかしもしそうならば、ここで動かなければ全て間に合わなくなる。
「急がなければなりません。皆さんには今すぐに船に乗って、島へと向かってもらいます。幸いにもエドさんによる天使領域がかなり拡張されたおかげで、島を覆う結界もすぐに突破できそうです」
その成果はまさに準備の賜物だ。とはいえ万全を期していてもその地には死が渦巻いている。
「ええですが、危険なのは上陸してから。船が着岸する位置から塔まではおよそ40kmほど離れています。大体フルマラソンぐらいの距離ですから、皆さんであれば2時間もかからないとは思います。しかし道中には黒いオルガノン・セラフィムが待ち構えているでしょう」
その総数は島の規模から住民が全て怪物となっていると考えれば、数千はくだらない。
「足を止めている暇はありません。回り道をする余裕もないでしょう。そしてそれを突破したとしてもまだ、塔を攻略する必要があります。塔で待ち構えている王権執行者と思われる塔主に関する情報も集めておかなければ、次の戦いで成す術がなくなるかもしれません」
ここもまだ道でしかない。塔に辿り着き、攻略しなければ全てが無意味となる。
「幸いにもおよそ半径1800mの天使領域があります。|6分《720文字》程度ならその場に留まって調べものも可能でしょう。しかしそれを超えてしまえば、特定の耐性等が無いとすぐに天使化の病を受けてしまうようですからお気を付けて下さい」
当然、足を止める者を待つような暇もない。進軍が続く中で調査も行わないといけない。
「それに羅紗の魔術塔の方も104名同行して頂けるようです。先走ろうとする方がいるので彼らには前線を走ってもらいますが、何が起きるかは分かりません。黒いオルガノン・セラフィムを倒しながらの道づくりも必須ですから頼みますね」
その人数はあまりにも頼もしいがしかし、急増の集団でもある。あるいは何か指示を出せば、効率的に消耗を抑え、突然の危機も回避できるかもしれない。
「ああそれと、兵装を持っていく事もお忘れずに。数は限られていますので、一人一つまでですよ。とはいえ多少量産も出来ているみたいなので、他の方と被る心配はしないでください」
きっとこの戦いでは、|それなりの実力《技能値15以上》でないと通用しないから、その兵装は重要となってくるだろう。
「この先はあまりに危険な戦場となるでしょう。慎重を期しても安全とは言い切れません。必ず【死を覚悟する】ようお願いしますね」
そうして星詠みは念を押し、改めて頭を下げた。
「どうか、皆さんで世界を救ってください。よろしくお願いします」
その地は既に洪水に満たされていた。
|鰓《覚悟》が無ければ、飛び込んでも沈むだけ。
|鰭《協力》が無ければ、どこへとも行けないだろう。
魚は泳ぐ。深い深い水底へ。
その水が覆される前に。
第1章 冒険 『侵蝕された地へ』

◇◇◇◇◇
マルティナは見送っていた。
その海岸から、世界を救うために旅立った船をじっと見つめている。
「……」
手を重ねる胸の内には一人の少年を思い浮かべていた。
家族を失い、縋れる存在は彼一人となっていた。だからこそずっと一緒にいたいと願ったが、彼はやっぱり行ってしまった。
それでも、握った手の温もりを思い出すことが出来る。話し合わせてくれた人が、強引にだったけど彼と手を握らせてくれた。そして、必ず彼を連れて帰ってくれると|約束《指切り》してくれた人もいた。
だから彼女は寂しさを呑みこんで見送った。その約束が必ず果たされると信じていた。
ジッと見つめていると、船の進みは遅い。水平線まではまだ半分近くある。
マルティナは、ただ彼らの無事|だけ《・・》を願ってボソリと呟いた。
「絶対に戻って来——
◇◇◇◇◇
ジルベール・アンジューとジュヌヴィエーヴ・アンジューはそれぞれ兵装の準備を整える。
「ここからはもう甘い事は言ってられない。覚悟はいいね、ジェニー?」
「それを誰に言っている? 覚悟なんていつでも出来ている」
√能力を持たない妹も、かつての自分を呼び戻して戦場に立った。
「じゃあ始めようか」
「ええ」
そうして|夫婦《兄妹》は、迫りくるオルガノン・セラフィムへと立ち向かう。
ジルベール・アンジューは、√能力【|最終決戦型WZ【セラフィム】《サイシュウケッセンガタウォーゾーン・セラフィム》】によって飛翔翼を備えたWZで空から襲ってくる敵に対して遊撃へと飛び出した。
「まともに使えそうなのは、破壊の炎での『焼却』くらいか」
相手の実力と己の力量を量って戦術を絞る。兵装と自前の装備で天使化領域から外れても多少は問題ない。バリアを張って敵の攻撃を待ってカウンターを叩きこむ。
だが、
「躱されたっ……!」
砲剣から生み出した破壊の炎を一斉発射して周囲にばら撒くが、黒い怪物は死角へと回る。そして、防御を取る猶予も与えずに、その巨体による突進を喰らった。
「くっ!?」
機体が大きく揺らされ、しかし√能力のおかげで大事はない。常に視界に収めていた|妹《妻》へ感謝を抱こうとしたその時、彼の眼前には黒い巨体が立ちふさがった。
「借り物の力で飛ぶのは慣れないな」
ジュヌヴィエーヴ・アンジューは兵装の力で本隊上空を飛行していた。ぼやきながらもその操作技術は黒い怪物たちをほんろうし続ける。
その最中に無人機『ホーネット』群をけしかけて対抗する。実力不足は分かっていると結界内からは飛び出さず、危険を避けようとしていた。
「兄さん、黒い奴らを無人機で誘引するから——」
最愛のパートナーとの連携しようと呼びかけた時、その視線を断ち切る黒い影。
「———」
「ジェニーっ!!」
兄の声が聞こえるよりも早く無人機を動かし、立ちふさがるオルガノン・セラフィムを蹴散らそうとするが、それは全て黒く染まった金属に弾かれる。
そして振り抜かれる爪。
——ガギンっ!!
兵装に張られていたエネルギーバリアが受け止め、攻撃は通らない。しかしそうと分かった途端に、更に数体、ジュヌヴィエーヴ・アンジューを取り囲んだ。
「っ」
光すら遮られ、暗闇の中に鋭い線が走り続ける。それらがバリアを徐々に罅を入れ始め——とその時、
「攻撃を集中させろ! 囲まれてるやつがいるぞ!」
突如として光が差し込んだ。背中から攻撃を受けた怪物たちは散り散りになっていく。それを逃すまいといくつもの羅紗から魔術が放たれた。
山門・尊もまた、遊撃へと出向く。小回りを優先して、この時はWZから降りていた。
その代わりに装備するのは決死戦兵装『CSLM』。軽装型強化外骨格をもって空へと走る。
「エドの護衛を最優先だ」
戦いの中心にいる少年から目を離さないよう、結界内での戦闘を心がけ、進路上の敵へと√能力【|解体用戦闘工具《レーザーカッター・アタッチメント》】によってレーザーカッターを繰り出す。翼、腕を狙って機動力や攻撃を阻害しようとするが、敵は複数。一体を対処しているうちにもう一体が、庇うようにして妨害を仕掛けてくる。
「良い装備だ。惚れ惚れするね」
それを『CSLM』の機動力で避け、そして今度は接近して自慢の怪力で怪物を殴りつけた。そのままその巨体を投げつけようとして、だが、
「……間に合ったか」
背後から迫っていた別の爪を、備えていたエネルギーバリアでどうにか防ぐ。二撃目も兵装だよりに空を走って躱すが、振り切れない。
「……ストライクは、目指そうにないな」
怪物たちの連携に山門・尊も、その表情から余裕を消すしかなかった。
天使・純は決死戦専用兵装『群竜銃』を借りていた。
「うーむ、ん、なんだこの|アプリ《携行式魔法陣》?」
自立射撃支援ドローンであるその兵装と自らの改造ドローンをスマホで連携させようとしたところで入れた覚えのないアプリを見つける。
どうやらドローンに魔法を撃て売るようにするものらしい。それを何の気なしに起動させると途端に、ドローンが分裂までして、とっさに羅紗魔術師の仕込みかと勘ぐるが、当然彼らにスマホを触らせた覚えなどない。
「ま、この際役に立つなら利用しよう」
不可思議な事は気にせず、とにかく戦いの役に立とうとドローンを動かした。
連携したことによって『群竜銃』は、天使・純の改造ドローンに合わせて自動で支援射撃を行ってくれる。それを頼りに出所不明のアプリを駆使して、硬化させたドローンで孤立した味方へと回復魔術へと戦線の維持に出向かせた。
しかしその途中で叩き落される。
「っと、まだ動くな」
幸いに硬化させておいたおかげでドローンは無事だったが、彼の操縦では怪物たちによるハエ叩きは逃れきれなかった。
アーシャ・ヴァリアントは羅紗魔術師達と共に前線を突っ走る。その傍に並走するように決死戦専用兵装『群竜銃』を飛行させていた。
√能力【|竜姫融合《ドラゴニック・フュージョン》】を使用した彼女は、強化された真・竜斬爪を用いて道の邪魔となる怪物を引き寄せる。しかしそれは想定よりも効きが悪く、立て続けの攻撃に向けて既に振りかぶっていた得物が無駄な動作と変わり果てる。
その隙をついて迫る黒い爪。それをとっさに見切って、オーラ防御を張って防ぎ、そして自ら接近したのならと、アーシャ・ヴァリアントも爪を繰り出した。
『群竜銃』の支援で敵がほんのわずかに動きを止めた隙を突き、頭部を切断し、立て続けに怪力をもって心臓を破壊して止めを刺す。
「確かに、普通のに比べたら強いけど何とかなりそうね」
鍛えた上げた彼女の技能は、驚異的な怪物たちを上回っていた。引き寄せの効果が今一つと分かると、竜特有の灼熱の吐息で距離関係なく焼却していき、頑丈で重く長い龍鱗尾で薙ぎ払って凌いでいく。
「あれなら……」
今まさに斬り倒したオルガノン・セラフィムから、元の姿が身に着けていただろう残骸を見つけ、情報が得られないかとすぐさま手を伸ばした。
手にしたのは、擦り切れた羅紗。刻印された文字も掠れていてとてもじゃないが魔術を発動できそうにはないが、その所有者が分かれば十分だ。
「上手くいったら儲けものね」
そう呟いたアーシャ・ヴァリアントは足を止め、√能力【|竜姫共鳴術《ドラゴニック・シンパシー》】を行使し、過去の所有者の記憶へと交渉する。
羅紗魔術師達は塔主に使い捨てられたようなものなのだから、こちらの声に応えてはくれないかと呼びかける。すると予想通りにかつての魔術師と邂逅した。
「それじゃあ話を——」
と情報を受けようとしたその時、そんな暇はないと黒い爪がアーシャ・ヴァリアントの体を引き裂いた。
右肩から縦に一直線。普通なら即死だ。しかし、
「邪魔、しないでもらえるっ!!!!」
発動していた√能力によって即座に体が元通りとなり、情報提供と共に手に入れた炎の剣で群がる怪物たちを退けた。
前線で足を止めるのはやはり危険と判断しながら、アーシャ・ヴァリアントはまだ遠い塔を見つめる。
「……悍ましい剣で失われた魔術を蘇らせた、ね」
クラウス・イーザリーは最前線近くを走っていた。
兵装は対魔式随伴ドローンを借り、√能力【決戦気象兵器「レイン」】と共に、オルガノン・セラフィムが接近してくる度にレーザーを打ち込んでダメージを与え、押しとどめようとする。
しかし、敵の波はほとんど速度を止める事なく押し寄せてきた。
「……っ」
やはり容易くはいかない。敵との距離が近づき、攻撃手段を切り替える。高速詠唱で魔法を生み出し、広範囲へと広げて出来る限り多くの数を減らそうとした。
確かに多くの金属に傷をつけた。けれど仕留めきれたものは少なく、魔法の弾幕を突き破って爪が伸びる。それを念のためにと張っていた霊的防護がかろうじて防いでくれ、返し刀で魔術を与えて怪物の動きを麻痺させるも、それも大して効果はない。
大きく退いて体勢を立て直そうとして、だがその時、並走していた羅紗魔術師が致命傷を負った。
「ぐあっ!?」
羅紗ごと体を切り裂かれ、大量の血を流す。ここで戦力を削られてはならないと√能力【忘れようとする力】で回復させようとするが、それは敵に隙を与えるばかりだった。
霊的防護を張る対魔式随伴ドローンが衝撃で大きく揺らぎ、防護の内側へと怪物が入り込む。
「くっ……!」
「逃げろっ!」
倒れる羅紗魔術師が声を上げるが、そうすれば彼が助からない。
大丈夫だ。見切れはする。多少攻撃を受けようとが拘束詠唱も間に合うはずだ。
クラウス・イーザリーには目算があった。持ち得る技能は確かに通じている。
しかし敵の数は増えていく一方。
更に三体が押し寄せ、その爪がそれぞれ別の角度から狙い、寸前、眼前で爆発が起きる。
「足を止めるな! 倒れたやつは置いてけッ!」
後ろから追いついた羅紗魔術師のチームが、魔術で敵の目をかく乱したのだ。その隙に負傷者を抱えて前線を離脱し、クラウス・イーザリーは手当てに集中する。
「……生きて目的を果たしたいなら、可能な限り協力しよう」
「あ、ああ」
そうしなければ死ぬだけ。それでも置いて行くことは出来ないと、彼は負傷者の手を取った。
獅出谷魔・メイドウは訳も分からないまま戦っていた。
「牛の湯のお守りもある! 負けるかあっ!」
なぜ塔を目指しているのか、その理由も知らず、ただ迫ってくる黒い怪物を打ち倒し、世界中に広がるという光の環をぶっ潰せばいいのだろうと脳筋で押し進む。
お守りに籠った天使化を退く耐性を信じ、天使領域のことも考えずに走っていた。
「|羅紗《なんちゃら》魔術師に負けてられんぞ! アタシも最前線で突っ走り、黒い奴らを倒し道作りだァ!」
先を行く羅紗魔術師に対抗して激走ダッシュしながら、獣由来の視力と聴力で敵を察知して常に先手を取ろうとする。例え不意打ちをされても大剣で受け止めた。
しかし、超巨大を銘打っていても背中までは守り切れない。
「ぐっ——」
挟撃され、その毛並みに血が走る。けれども獅出谷魔・メイドウは動きを止めず、大剣を一時放り捨てると背後の敵へと振り返り、
「——っらぁッ!」
右掌底を叩きこむ。同時に√能力【サヴェイジ・ビースト】も発動して、先ほど受けたダメージを回復しておいた。
「金属の体がなんだ!アタシの怪力でぶん殴ってひん曲げてやるだけだ!」
どこか威張るようにそう言って、立て続けにオルガノン・セラフィム達を倒していく。ここで倒れてしまえば自分がその程度だけだと割り切って、多少の負傷もいとわなかった。
「へへっ、ついでに魔術師たちも守ってやらなきゃな! 明日はわからんが、今日は仲間だ!」
戦いに余裕があったわけではない。それでも笑みを浮かべて、苦戦を強いられる今日の友たちを庇って自ら危険へと飛び込んだ。
「仲間の魔術師も能力者もエドも、ぜってー死なせるもんか! そんなムカつく展開になんかさせるかあ!」
何も知らなくたって、一つだけ分かっていることがある。
戦わなければ負けるのだ。だから彼女はひたすら拳を振るい続けた。
「うおおおーっ! 突撃ぃーっ!」
全身に傷を負いながらも決して歩みを止めない。
苛烈な戦場となっていく中でもヨシマサ・リヴィングストンの口調は緩いままだ。
「さーて、ボクも戦線工兵ですから歩道は整備しつつ、のんびりマラソンペースで塔へ向かいましょうか~」
選ぶ兵装は『群竜銃』。√能力【|群創機構爆撃Mk-IV《スウォームブラストマークフォー》】と併用して、弾幕で敵を押し込もうとした。
「効果はあるみたいですけど、味方を盾にもするんですね、あの怪物」
黒いオルガノン・セラフィム達はお互いに協力して、時には後続の盾となり、その役割を後退して傷付いた体を癒しもしている。
全てがそうと言う訳ではないが、賢い者もいる。そう言う怪物たちが率先して、√能力者たちの陣形を切り崩していた。
「…やっぱり黒いのの生態…いや、オルガノン・セラフィムそのものの生態が気になりますね」
今までの敵とはまるで違う性質に興味がそそられ、隙をついて誰かがなぎ倒した怪物の身体を観察しようとする。
「√汎神の機械構造が√WZの物と同じとは思えませんが……うむやはり未知の金属ですか~」
その場でわかることは少なく、そして幸運もそう長くは続かなかった。足を止める者がいればそこを狙う。黒いオルガノン・セラフィムは、確かに戦場をその目で捉えていた。
神之門・蓮人はただまっすぐ前を見つめていた。
「さて、ダッシュの時間かな」
用意された兵装から『翔武靴』を選択してその足に履き、風の力を追い風に直進する。
彼はこれまでエド達とは接触してこなかった。だから思い入れはないと護衛を任せてひたすら、道を作る事に専念した。
「強敵と戦ってならともかく時間オーバーで天使化して終了はしたくないな」
既に島に降り注いでいる光。それを最大の懸念と捉えてとにかく先を急ぐ。個体性能なら同行してきた√能力者たちでも黒いオルガノン・セラフィムは何とかなりそうだ。しかし数に任せた不意打ちが何よりも危険だとこれまでの道中で見かけた。
ならば全ては先手で行こうと、隠れられそうな場所へとプラズマ爆弾を放り込み、更には√能力【|雷紅拳フルコンボ《ライコウケン》】による気弾を撃って炙り出す。
出てきた敵は可能な限り無視、としようとしたがそうはいかなかった。
「……どうしても通してくれないんだね」
ならば仕方ないとそのまま雷紅拳フルコンボに繋げる。しかしその連続攻撃が終われば、次はオルガノン・セラフィムの番だった。炙り出された怪物たちが、逃げ場もなく取り囲む。
「っ」
その美貌に傷がついた。これ以上は危険と判断して撤退しようとするが、既に回り込まれている。
「——」
金属の擦り合う音が鳴った。そして次に肉を貫く音。
神之門・蓮人の美貌が、血で汚れる。
「ふふ、イケメン、助けちゃった」
代わりに命を散らしたのは、彼が勧誘した女性羅紗魔術師だった。
既に死が起きた戦場であっても、中村・無砂糖は変わらずケツを突き出した。
「誰かがやらねばならぬ世界の危機とならばいの一番にやってやろうかのう」
自らが作った兵装である『ケッ死戦チェーンソー剣』を尻に挟み込み、振るう。
|そう《ギャグ時空》であるからこそ彼は強い。尻で剣を扱いながらも、足を止めないエドと対面し人生の先輩として告げる。
「勇気というのは魔法じゃ。魔法は大事にするんじゃぞー、エドよ」
「……は、はい」
その顔の背景で剣を揺らす尻が見えて、天使である少年も微妙な表情を浮かべていた。それを緊張しているせいだと汲み取った中村・無砂糖は、水からの言葉を示すようにして、黒いオルガノン・セラフィムを切り裂いていく。
「仙術、居合いじゃー!」
尻に挟み込まれた『ケッ死戦チェーンソー剣』から放たれる居合の斬撃が、迫る脅威を蹴散らした。
「わしがチョチョイのパーで道を切り開くからのう。後に続く者は『次に』備えるのじゃ!」
正面からそう告げられた者たちはやはり微妙な顔を浮かべ、しかし|不思議と《ギャグ時空に巻き込まれ》窮地を押し返していくのだった。
白石・明日香は選んだ兵装を見つめて疑問符を浮かべる。
「・・・カレー味? 食べれるのか?」
見た目は神社で手に入れられるような普通の物だが、匂いは確かにカレーだ。お守りと言うよりも|匂い袋《ポプリ》のようであったが、多くの者が選び取っているのだから効果はあるのだろうと懐へ入れておく。
そうしてからバイクへ跨った。
「オレがやることは塔への進路を切り開くことだ」
銃を片手に、前線へと突っ走る。半径1800mの天使領域があるとはいえ、バイク乗りにとってはそれは案外狭い。領域から出てしまわないよう気を付けながら、彼女は運転する。
「邪魔だ!」
道を塞ぐ天使擬きの頭や腕を狙い制圧し、接近してからの零距離射撃で吹き飛ばす。敵から攻撃を仕掛けられれば牽制射撃で動きを止めてその隙に距離を取った。
√能力【|鮮血の弾丸《ブラッド・レイン》】によって確実に敵を減らしていき、しかしそれ以上に敵は増える。素早い動きの原因が跨るバイクにあると分かると、天使擬きたちは、二体で進路を狭め、一体で牽制、そして三方向からの同時攻撃でバイクを貫く。
「くそっ!」
一瞬の迷いを切り捨てバイクから飛び降り、二次被害を免れる。愛車に群がる敵へと攻撃を加え、それらは処理するものの足は失った。かといって白石・明日香が役目を放り投げる事はない。
眞継・正信は用意された兵装であるお守りを装備しながら、その体を浮かせる連れを見上げた。
「宙を翔ける姿は勇ましいが、割れないよう気を付けるのだよ、ルイ君」
「ええ、もちろん気を付けます」
兵装『CSLM』を借りるのは、涙壺の付喪神であるルイ・ラクリマトイオだ。穏やかな笑みで応えながらも彼は、力になろうと張り切っている。
そうして二人は、先陣を切る魔術師達に同行して集団の後方から支援を行った。
兵装で飛行するルイ・ラクリマトイオは味方達が守られていると感じられるように移動しながらのバリアを張って、敵の攻撃を受け止める。更に機動力も生かして窮地となる前に離脱した。
そうしながらも、√能力【|あいの言弾《アイノコトダマ》】を黒いオルガノン・セラフィムへと放ち、そこから連続させて味方達へと【言祝ぎ】による戦闘力強化を降り注がせた。
その恩恵を受けていた眞継・正信は、霊的防護によって自分と共に支援する魔術師達も守りながら、√能力【|クロウタドリ《メリル》】で索敵を行っていく。
「右からの集団は7体いるようです。陣形で数を誤魔化そうとしていますよ」
敵の偽装をすぐさま看破して羅紗魔術師達に伝え、自らも|愛犬《死霊》『Orge』を前線へと押し上げ、体勢を崩したオルガノン・セラフィムを中心に攻撃させた。
持ち前の集団戦術で、同行している魔術師達も士気は高い。
「正信さん、時間を稼ぎます」
「助かるよ。それじゃあこの隙に、塔主について尋ねておこうか」
ルイ・ラクリマトイオのサポートを受けた眞継・正信は行軍の間にと、年嵩、または熟練の魔術師に情報提供を求める。
「塔主について?」
「ええ、あなた方なら何か、漏れ聞くこともあったのではないだろうか?」
当然、攻撃の手を止めている暇はない。それでも熟練であるその魔術師は、敵を引き付けてくれている者がいるこの状況ならば耳を貸すほどの余裕を見せた。
「正直、塔の頂で待つのが13代目なら、それほど怖くはないな。あの方自身は、それほど優れた羅紗魔術師ではないからな」
「というと?」
「旧式の羅紗魔術でなら天才的だったが、先代が改良した新しい羅紗の扱いは並ってところだ。当時新人だったおれの方が扱えていたかもな、っと、そんなこと言ってここで死んだら笑い話だ」
熟練羅紗魔術師は、敵からの攻撃で話を終えて、その羅紗から魔術を放つ。それは僅かに魔力を注いだだけで発動し、多くの魔術師達の手元で平均的に効果を発揮していた。
虚峰・サリィはお守りを信頼して、天使領域から飛び出す。
「さて……マルティナの願いを叶えに行きましょうか」
√能力【|吶喊・一直線乙女44《マグナムヴァージンマグナムフォーティフォー》】を、敵への反撃と移動速度を目的に使い、本隊を囲う群れを避けて突破する。√能力者の集団から抜け出れば、オルガノン・セラフィムからの攻撃は手薄いが、それでも狙ってくるものはいた。
隔絶結界を起動して攻撃を受け止め、加速した移動速度で強引に引き剥がす。
「シチリア島にだって教会や聖堂くらいはあるでしょう」
背後から迫られていないことを確認してから、目星をつけた場所に辿り着く。まだ天使領域内ではあるしお守りもあるが、長居は危険と調査を急いだ。
「天使について、何かないかしら。最終的にどうなるのかとか……」
古い資料を中心に探していくと、その記載を見つける。
「……天に選ばれた魂は、その身を不変の姿へと変え、天へと保存される」
その一文は、事実であるのか空想であるのか分からない。かなり古いもののようで、読み解くには相当の時間を要すると思われた。
「これが希望になるかは分からないけど」
虚峰・サリィはタイムリミットに終われ、とりあえずと手に取った資料を抱えて仲間たちの下へと戻っていく。
広瀬・御影は広く戦場を見渡していた。
「僕は情報収集よりぶっ壊す方が性に合ってるニャンけどねぇ。まぁ出来る限り捜査しようかワン」
自分含め、味方達が天使領域から外れないように呼びかけを行いながら援護射撃を行う。その傍らで、通りがかる家屋に目ぼしい資料でも落ちていないかと目を凝らしていた。
「おっと、危ないニャンねぇ」
しかしよそ見をすれば、すかさず狙ってくる。黒いオルガノン・セラフィムは片手間を許さない。
「それなら囮役でも壁役でもなんでもやってやるワンよっ」
無数の敵による妨害に対抗するよう、√能力で雷をばら撒く。命を張るヒーロー達がやりたい事をやれるようにと立ち回った。
ギリギリのところで致命傷を避けながら、広瀬・御影はふと知人を見つける。
「おや、カナタ君だニャン」
「俺のハンマーが呻るぜ!」
日南・カナタは、√能力【|全力振り《フルスイング》】で黒いオルガノン。セラフィムを蹴散らしつつ前方を走っている。冗談めかしたことも言って見せるが、その表情に余裕はなかった。
「あんま突出しては駄目だぞ! 天使領域を意識して!」
近くにいる羅紗真魔術師達にも気を配りながら指示を出す。けれどそれが届いているかまでは確認していられない。
大きくハンマーを振り切ったところで背中から攻撃を仕掛けられ、すんでのところで飛び上がり足の裏で爪の側面を捉える。しかしそこからもう一度武器を振るうには踏ん張りが足りず、無理矢理爪を蹴ってその場から離脱した。
「ぐっ……!」
無様に転がりながら、その隙に攻撃を受けまいと急いで顔を上げる。状況を確認する間もなくハンマーを持ち上げ、すると幸運にそれが敵の攻撃を受け取めた。
「うっ——らぁ!」
根性で囲む敵を吹き飛ばして、日南・カナタは急いでその場から抜け出す。ただ彼が飛び出したのはより前線。そしてその目が、予言で知った被害者を見つけた。
「あれが……、悪質すぎるだろ……!」
そこには食べかけのケーキがあった。ホール状に整えられていた体が無残に周囲に散らばって、すでにもう事切れている。くりぬかれた眼窩がこちらを見ていて、異様な嫌悪感を抱かせた。
「———」
気を取られたその時、視界の反対側から怪物の爪が迫る。
気配に気づき首をゆっくりと振り向かせ、
黒色の切っ先が顔面を貫こうとして、
直前、雷が走った。
「間一髪ニャン」
「広瀬先輩っ!?」
広瀬・御影の援護が幸運にも間に合う。日南・カナタは真っ先に感謝を告げようとして、だがそれを遮るように指示を投げられた。
「カナタ君、そのガイシャから聞き取りするニャン。あんまり長引くと大変だから急ぐワンよ~」
「は、はいっ!」
のんびりとした口調の本音に、後輩はこの場限りは礼儀を脇に置いて、背中を向ける。そうして、もう蘇る事の出来ない√能力者だった物へと手をかざした。
「救えなくてすみません…! あなたの記憶、読ませてくださいっ……!」
√能力【|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》】が記憶を読み取る。
——身動きの取れなくなったこの身へと、白髪の目立つ初老の男性が手を伸ばしてくる。
『君たちは随分と万能な力を持っているようだ。私にも貸してくれないか。……大丈夫さ、生かしておいてあげるから。まあ、そうしないと使えないだけなのだが』
『ああぁあああ゛あ゛っ!!!!』
——その手が眼球を抉り取り、男性は自らの右目へと嵌めた。
『ほう、これがインビジブルか』
——手に入れた力に満足した男性は、そしてこの身を闇へと閉じ込める。
「……これで|あの人《ダース》が味方ではないって事は確かだな」
情報提供を受けた日南・カナタはそうポツリと零してから、情報と共に手に入れた武器を持って、今も敵を引き付けてくれている広瀬・御影の下へと戻った。
「広瀬先輩、聞き取り終わりました! 加勢しますっ!」
戦いの最中に情報収集へと出向く者が現れる中、花喰・小鳥は進軍に専念する。
「適材適所です。私たちは道を拓くことに注力しましょう」
「小鳥はどこでも輝いてるけどな。ほな出来る限りを尽くそうか」
一・唯一も頷いて√能力【|徹底抗戦《ガムシャラ》】を行使し、道を阻む敵へと注射器をばら撒いた。その隙に、花喰・小鳥が煙草に火を点け、漂う紫煙と纏う香りで敵をおびき寄せる。
「あなた達は三人一組で敵に当たってください」
通りすがりの羅紗魔術師へ|指示《魅了》をして、局地的にでも数的優位での戦いをさせて、消耗を最小限に抑えようとした。
とはいえ長期戦は避けられない。長引けばどうしてもほころびが生まれてしまう。
「……何か一つでも役立たんとな」
一・唯一は連れのように成果を出さなければと呟く。最強に程遠い自分が出来る事は限られている。それなら今後に備えて情報収集でもしてやろうと、協力者である羅紗の魔術士の影に|蛇《怪異》を忍びこませ、この混乱の中画策する者の尻尾を炙り出そうとした。
しかしそれは突然途絶える。相手の出所を探る前に勘付かれ、|蛇《怪異》は消失した。
「っ。なら、数を増やすだけや」
と意地になった一・唯一にオルガノン・セラフィムが迫り、すんででそれは庇われる。
「唯一、無理は禁物です」
「小鳥っ」
「|騎士役《ナイト》は、任せてくださいっ」
貫かれた体に鞭を打って、敵を引き付けながらの√能力【|葬送花《フロワロ》】でオルガノン・セラフィムを蹴散らす。それは徐々に精彩を欠いていて、けれど微笑んだまま足を止める事はなかった。
「唯一の艶姿を堪能できる特等席は、譲りませんっ」
散り逝かせる敵の生気を喰らい何とか持ちこたえ、それも限界が来ようとしたところで、一・唯一が体を支える。
「無理してるのは小鳥やんか」
そう言葉を投げかけながら、害をなす輩の手を捕縛して止め、そして愛する者を狙ったお仕置きにと大型ガトリングガンでハチの巣にした。
「デートの邪魔せんと、退き。足止めとる暇ないねん」
勇ましくそう告げた一・唯一の横顔に、花喰・小鳥はやっぱり微笑みを浮かべる。
ルメル・グリザイユはこれまでの情報を頭で巡らせる。
ダースと塔主の目的。そしてエドの役割。それらはどこかで繋がるはずだと、キーワードを並べて言って、しかしそれは途中で遮られる。
「ルメル! 来てるよ!」
「……っと、ごめんごめん。つい考え込んじゃってた」
足を止めていた仲間を庇って、御剣・峰がその剣でオルガノン・セラフィムの爪を弾く。状況を思い出したルメル・グリザイユも手伝いその露払いを行って、二人は情報収集へと急いだ。
「それで何を調べるのよ?」
「塔そのものに関することが分かればいいんだけど」
建築物である以上、設計図があるだろう。しかもあれほど巨大で異質な不可侵の塔なのだから、管理している施設もあるかもしれない。そう目星をつけて第六感に頼って捜索すると、他よりも大きな屋敷を見つけた。
「…お。ここ、なんかそれっぽいなあ~。ね、入っちゃおっか」
目当てとは少し違ったが、天使領域から離れすぎるのも良くない。それにこれほど立派な屋敷なら書斎も見つかるだろうと足を踏み込む。それを御剣・峰は見送った。
「あんたが情報を探してる間、こいつらははあたしが対処するから、しっかり見つけてきなよ」
「助かるよー。じゃあ不測の事態も考えるて…タイムリミットは5分、かな」
背後で強引に扉を吹き飛ばし、侵入者対策の魔術もお守りの力で無理矢理突破するのを聞き届けてから、御剣・峰は迫ってくる敵に一人で対峙する。
御剣・峰の保険は、仲間が用意した兵装の短刀のみだった。それは御守り代わりに腰に差してある。
「少しのミスが即死に直結する。その時は、桜のように悔い無く散ってやるさ」
その覚悟は背水の陣とも言えた。それを糧に魔法を自身の体に注ぎ込んで身体能力を上げて、第六感も駆使しながら敵の攻撃や連携を見切っていく。そうして多くの怪物を散らしていった。
ルメル・グリザイユは幸運にも発見した施設へと侵入し、√能力も駆使して手当たり次第に情報を探していった。
「時間が足りないんだ。精査は後にして片っ端から放り込もうか」
少しでも怪しいものは片っ端から亜空間へと収納し、魔術が施されて開けそうにない箱なんかもとりあえず持ち出しておく。√能力で放った魔法人形をとにかく働かせた。
「もうそろそろ出たほうがいいか」
ふと窓の外から連れが戦っているのが見え、情報漁りは足りていなかったが早めに切り上げる事にする。最後にふと手帳を見つけて、過去の所有者の記憶だけ読み取っておいた。
「……ここの人も天使化の光を受けたのは間違いないようだね」
その最後の景色を見て、それから手帳を開く。そこにはスケジュールが記載されていて、そして随分と前で日付は止まっていた。
「7年前か……」
と呟いてまた考え込みそうになって、とりあえずそれを亜空間へと押し込む。その後すぐに窓を突き破って、玄関へと引き返した。
手帳から読み取った情報と共に得た必中の槍を群がるオルガノン・セラフィムへと放ち、暢気に告げる。
「お待たせ、まっ——」
「戻るよ!」
しかし言葉の途中で御剣・峰はルメル・グリザイユの首根っこをひっつかみ、そのまま√能力【古龍降臨】を行使して、移動速度を三倍に上昇させてから邪魔な障害を力技で切り捨て一気に仲間の元まで戻ろうとした。
「何か情報は得られたのかしら?」
「大したのはまだかなー。とりあえず目ぼしいものは持ち出したから解読や鍵開けはこれから」
「そう。その場でかいどくされてたらあたしは天使化してたかもね」
「安心してよ。その時は躊躇なく僕がナイフで首を刎ねてあげるから」
傷だらけの御剣・峰はその頼もしい言葉に微笑みを浮かべた。
その後、ルメル・グリザイユの手柄によって以下の情報が得られた。
『あの地に塔を初めて建てたのは初代塔主であり、それは700~800年前にさかのぼる』
『塔の高さは塔主が変わる度に増築が行われ、現在は200mほどに及ぶ。初代塔主の時代から魔術がかけられてあり、その塔は常に海の向こうからも見えるようになっていた』
『古い資料では塔ではなく灯台と記されている箇所もあったが、海に面している訳でもなく、実際に船を導いて使ったわけではないようだ』
そしてどの資料にも塔は、この島にとっての象徴的な存在として記されていた。
アゥロラ・ルテク・セルガルズとサンクピ・エスはシチリア島にいながら戦場にはいなかった。
そこは√EDEN。彼女らは、絶対死領域内に入った仲間達からの連絡を待っていた。
「……」
「き、緊張しますね」
二人は、他の√能力者たちとは違って船には乗らず、√EDENから√移動をして、サポートをするつもりだった。とは言えともに兵装は預かっている。アゥロラ・ルテク・セルガルズは対魔式随伴ドローン、サンクピ・エスは翔武靴を備えていた。
「れ、連絡来ましたっ」
「……」
サンクピ・エスがそう言って、一言も発さないアゥロラ・ルテク・セルガルズがおどおどとした天使を抱えあげる。そうして二人は、√を移動して絶対死領域へと踏み込んだ。
「僕は天使だから、天使化の光も効かないはず!」
サンクピ・エスは魔導バイクへと跨り、戦場を駆け抜ける。それと同時、アゥロラ・ルテク・セルガルズは内蔵カメラを搭載させたレギオンフォートレスを散会させ、自らは天使化を避けるために√EDENへと戻った。
そして、√能力【|零《レイ》】をもって、√越しにその景色を見つめる。現地に乗り込んだサンクピ・エスと協力して機械類を操り、一般家庭にある壁画や日記、資料などを調べていった。
「日記は、どれも7年前の同じ日付で止まってます。一般家庭でも羅紗魔術は日常的に使われているみたいです。簡単な家事も行っているようです」
「……」
「食器がそのまま置かれて、本当に突然だったみたいですね」
「……」
√越しに情報を得て、アゥロラ・ルテク・セルガルズは現地に派遣した機械類が破壊されてもいいようにメモを取っていく。幸いにまだ、単独行動しているサンクピ・エスはオルガノン・セラフィムに見つかっていないから自由に動ける。
「……」
「もう少しですか……一般家庭ではさすがに大したものは見つからないみたいですが、もう少し実験場とかみたいなのを探しませんか」
「……」
「はい。慎重に動きます」
無言の心配を感じ取り、サンクピ・エスは一般家庭を後にした。バイクで駆け、より大きな建物を探して見つけたその時、
「オルガノン・セラフィムっ!?」
天使の気配を嗅ぎ取った怪物が進路上に現れる。戦う力を持たないサンクピ・エスはとにかく逃げを選択し、持たされた武器をどうにか駆使して、追い払おうとした。
しかし、彼の技能では足りない。黒い爪が天使の身体を引き裂こうとして、
「……」
氷刃が受け止める。
「アゥロラっ!」
√能力【|星脈精霊術【虚爪】《ポゼス・アトラス》】によって変身したアゥロラ・ルテク・セルガルズが、サンクピ・エスの新たな武器となってその手に収まった。
「くっ、これでなん、とかっ!」
とはいえ扱うのはサンクピ・エスだ。ギリギリのところで押しとどめるのが精いっぱい。いやそれもすぐに限界が来て、バイクから投げ出されていた。
「ぐあっ!?」
弱気な青年は、それでもめげずに借りた靴でその場から逃げ出し、どうにか撒こうとする。少しずつ距離は離せているが、体力が持つか。すると前方からも怪物がやってきて、とその時、アゥロラ・ルテク・セルガルズが変身を解いた。
「……」
そして力を持たない天使の手を取り、√を渡る。転がり込むようにして二人は、√EDENの観光地でどうにか一息つくことが出来た。
「ご、ごめんなさい。僕も戦えたら良かったんですが」
「……」
謝罪するサンクピ・エスにアゥロラ・ルテク・セルガルズは柔らかく微笑み返す。その仕草に気弱な青年は少し照れて、その感情を誤魔化すようにして、必死に抱え込んでいたドローンから記録を抜き取った。
「羅紗魔術の実験場に忍び込ませていたので、多少は何か得られているかもしれません」
「……」
そうして二人が見たのは、一つの肖像画だった。
「あれこれって、ダース、とか言う人じゃ……」
羅紗魔術の実験場にてまるで権威のように飾られている顔つきには、どこか見覚えがあった。
それは、白髪の目立つ初老の男性だった。
六合・真理は一息ついた戦いの合間に、借りた兵装をじっと見つめていた。
「…使わせて貰ってる側が言うのも何だけど、何がどうなってんだいこのお守り? めいどうのお嬢ちゃんに聞くのも…なんだか怖いねぇ。…怖がるなんていつぶりか、大したもんだよ全く」
知り合いが作ったというトンチキなお守りを不可思議に思いながらも、その効果は確かに実感している。だからこそ恐ろしく思い、その知り合いについ苦笑を浮かべていた。
「ともあれ、とにかく今は戦わないとねぇ。|伊太利亜《いたりあ》なる地に個人的な縁も所縁も在りはしないが」
それでもこの事件に所縁のある者がいるなら一助となるよう動くのみ、と彼女はその身を費やす。
√能力【|剄打・雲散霧消《ルートブレイカー》】で怪物たちの力を打ち消しながら、その武術を叩きこみ、しかしそれでも硬い相手に僅かに顔は強張った。
「……なるほど、思い通りにはいかないねぇ」
避けたはずが爪が肩をえぐった。長い髪の毛も一部断ち切られる。
「好敵手、と呼ぶには数の力だけれど、まあいいじゃろう」
死を覚悟し、彼女は神仙と化して立ち向かった。
空地・海人は決意を決めていた。
「不安がないわけじゃないけど…ここまで来たら、ヒーローとして最後まで戦うしかないよな」
既に羅紗魔術師の方で死者も出ているという。決して侮れない戦に正義は燃える。とはいえ戦っているばかりでもこの先が厳しくなると、念のために調査の方へと動いていった。
√能力【|√汎神解剖機関フォーム《ルートハンジンカイボウキカンフォーム》】を用いて、自身の技能を底上げさせ保険を掛ける。更に別の√能力で作ったお守り代わりの写真と、兵装の『お守り(カレー味)』も持って、万全を期した。
「…ちょっとカレー臭いけど」
過酷な戦場においてそれは若干気を抜かせに来るが、油断を見せればすかさずオルガノン・セラフィムが迫ってくる。
「黒いのが相手だと、これまでみたいな闇雲な爆撃じゃ通じなさそうだな」
一気に蹴散らしてしまいたいがそうもいかない。イチGUNを取り出し零距離から確実に急所を狙って一体ずつ仕留めていった。そうしながらまだ見ぬ情報を求めて建物を探すが、入口に入ろうとするたびに不運にもオルガノン・セラフィムがやってくる。
「あれこれ、|お守り《写真》のせいかっ?」
零距離射撃で敵を確実に仕留めるたびに、写真が消滅していて、何か一寸した不運な出来事が起きているはず。それに該当するのが敵の到来な気がして、情報収集の手を全く進められないでいた。
「くっ、一長一短だな!」
自分の能力の柄居所を間違ったかと悔やみながらも、とにかく今は目の前に集中する。情報収集に向かうのは諦めようかと思ったその時、突然横からオルガノン・セラフィムが蹴り飛ばされた。
「わしが時間を稼いでやろうかい?」
息を整え、対人用の表情に戻した六合・真理がそう告げる。
「お前さん、情報収集してくれるんだよねぇ? なら任せておくれよ」
「た、助かります! すぐに戻ってくるので!」
頼もしい手助けを借り、空地・海人は急いで建物中へと入って片っ端から物品に触れて√能力【|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》】を行使して過去の所有者の記憶を読み取っていった。
「目ぼしい物、ないか? さっきから不運な事が起きてるけど……」
数撃ちゃ当たると試していくが、思い返してみればさっきから不運な事が起きている。とはいえ幸運にだってそれなりに自信はあると引き返さない。
せっかく手助けもしてくれているのだし、何かのせいかは持ち帰らないと立つ瀬がない。
そうしてその建物で暮らしていた人全ての記憶に触れた所でようやくそれは得られる。
「11代目塔主の、セットリスト? 音楽をたしなんでいたのか……?」
ふと手にした譜面集は、かつての塔主が演奏した物だと分かった。とてもではないが戦いに関わるものとは思えなかったが、しかしなんだか記憶に残る。
数十年前の人ながら、天使化の病が広がる数年前まで愛好家は一定数いたらしい。どんな人物だったかは分からないが、その音楽は人々の心を掴んでいたという。
ちょっとだけその楽曲が気になって、けれどすぐに外から聞こえた戦いの音で我に返り譜面集を持ち帰る。
「…ちょっと泥棒っぽい気もするけど、世界の危機だし、仕方ない…よな?」
平和な倫理観がよぎるが今はそれどころじゃないと割り切って、彼は戦場へと戻った。
◆◇◆◇◆
「真っ直ぐ! 道を作って!」
エドは、自らが従えさせる白いオルガノン・セラフィムに指示を下していた。
白と黒がぶつかる。その実力はほとんど均衡ではあったが、連携の差で白が勝った。
そして彼の傍には更に心強い者たちがいる。
「前に出過ぎるなっ! けど遅れるなよ!」
「ちっ! 情報集める暇なんざねえぞ!? あの星詠み無茶なこと言ってやがったな!?」
「いいからとにかく押し返せっ!」
かつては天使を狙っていた羅紗の魔術塔構成員たちが、今は志を同じくして命を賭してくれている。そして√能力者たちもまた、今までと同じように死を覚悟して戦ってくれていた。
そんな頼もしい仲間達と肩を並べていることを内心で嬉しく思いながら、エドは出来る限りを成した。
「っ! 躊躇はしなくていいっ!」
その敵が、かつては人間であったと知っているために罪悪感が生まれるが、それを御して騎士を動かす。可能ならば止めは刺さないようにとしていたものの、それはやはり不可能だった。
天秤の傾きを許さない心がある。けれどそれが最悪へと繋がるのは既に思い知っている事だ。
だから少年は戦った。苦しむ心など押し殺して、全てを救うために。
————
ふと、少年は何かを聞き取った気がした。
耳ではなく、心が繋がる見えない何かから。それは聞き慣れた家族の声だった。
でも、はるか遠くで。
「マルティナ……?」
そこに残したのはただ一人。
エドは、海の向こうで待ってくれているはずの少女へと振り返る。
なんだか彼女が、近づいている気がした。
◆◇◆◇◆
パンドラ・パンデモニウムは船に乗る前のやり取りを回想する。
『マルティナさん、ご安心ください。エドさんは私たちが必ず守ります』
『お、お願いします……』
出向の準備が進む中、ずっと不安そうにしている少女に優しく投げかけた。それでも表情が柔らかい彼女の前に、ふわりと蝶が舞う。
『わ、蝶?』
『プシュケーの胡蝶です。ある女神様より頂いた魂を感じ取る事の出来る蝶です』
『へへ、可愛いですね』
じゃれつくように顔の周りを舞う蝶に、マルティナはようやく笑みを見せた。それから指先に止まったその蝶へと、再び願いを託す。
『どうか、エドと皆さんが無事で帰ってきますように……』
その切なる声を、パンドラ・パンデモニウムは戦場にいる今もハッキリと思い出していた。
「マルティナさんとエドさんの未来のためにっ!」
だからこそ、傷付いた身を無理矢理に動かして敵襲を押しとどめる。借りた兵装と自らの靴を用いて空中を駆け回り、√能力による激震で敵の行動を阻害した。
しかし既に体は限界に近い。
「大丈夫ですか!?」
「エドさん、申し訳ありません……足を引っ張っていますね」
「そんな事ないですよ!」
傷だらけのパンドラ・パンデモニウムにエドが気づいて駆け寄ってくれる。それから手当へと運ばれ、その最中に少しだけ会話を試みた。
「エドさん、あの『塔』に何かがいる、あると感じているようですが、それは一体何ですか?」
「……ハッキリとは、分からないです。でも、確かにみんなと同じような、いや、もっと確かな繋がりを感じるんです」
そうしてパンドラ・パンデモニウムは、後方の救護班から治療を受ける。傷が治るまでのその間に、更なる情報収集をしようと、広範囲を高精度で魂を感知できるプシュケーの胡蝶たちを展開した。
ただしその一匹だけは、また前線へと戻ったエドへ送る。
「もしあなたに……あなたの魂に何かがあったとしても、帰ってくる場所を見失わないで、マルティナさんという|灯台《ファーロ》を」
少女の願いが込められたその蝶に、パンドラ・パンデモニウムもまた、想いを託した。
ウィズ・ザーはマルティナへと歩み寄る。
「マルティナよ、頼みがあるんだ。もし、エドが我をなくした時に声を届けられるのはマルティナしかいない。その時には力を貸してくれねェか?」
戦いへ向かう者たちへ祈りを捧げていた少女は、その突然の頼みごとにキョトンとしていた。
「私に何が出来るかは分からないですけど、エドのためになるならもちろん協力させてください」
「助かるぜ。百人力だ」
約束を交わしたことで安心したウィズ・ザーは、その少女の頭を撫でてから背を向ける。
「さて、本当はお前を連れて行ってやりてェけど、こっちでも信頼できる奴らがお前を守ってくれるらしいしな」
マルティナ自身も、足を引っ張るからと残る決意をした。当人がそう言うならばとウィズ・ザーは自分の主張を下げて船へと乗り込む。
そんな回想を終えて、ウィズ・ザーは改めて正面を見つめる。
「ま、先ずは手前の事だな」
上陸した矢先に出迎えてくれた黒いオルガノン・セラフィムたち。とにかくそれらを蹴散らさなければどうしようもない。兵装を確かめ、念のためにと魔馨石“七蜜馨”を眼球に見立て目を閉じ隠しておいて、準備を整えた。
その隣で、船上でも連れ立っていた不動院・覚悟が声を投げかけてくる。
「行きましょうウィズさん」
「ああ、さっさと片付けちまおうぜェ」
√能力を重ねがけして飛び出す不動院・覚悟に後れを取らないようにと、ウィズ・ザーも走り出す。
その最中彼はチラリと、勧誘した二人の羅紗魔術師へと視線を送った。
「「……」」
距離が離れていて声は届かないが、その二人は確かにアイコンタクトを受け取る。
金髪に白い肌、紫の眼を持つ25歳女性の魔術師は、得意の魔術を持ち出し最前線へと立ち、冷静かつ合理的に怪物たちを対処していき、その後ろで彫りの深い顔立ちと鋭い眼光の青い眼を持つ52歳男性魔術師が、彼女を軸に他の羅紗魔術師達を指揮して、進軍を押し上げた。
見込み通りだと内心でほくそえみながら、ウィズ・ザーは次に相棒を見やる。
「不動院、不意打ちには気を付けろよ!」
「はい、分かっています!」
不動院・覚悟は浅く広く、しかし√能力で使えるように引き上げ、多様な戦術で戦った。
兵装『対魔式随伴ドローン』を引き連れ、黒いオルガノン・セラフィムへと地形有利を取って先制攻撃を仕掛け、その硬い金属の鎧を全体重を乗せて砕き、反撃する間もなく更なる怪力を上乗せる。
エドへの援護が不足していないかも注視しながら、周囲から敵がいなくなれば武器を持ち換え、レーザー射撃で敵を狙撃し、あるいは誘導して進軍を阻止し、その隙を突こうとする者がいればすかさずカウンターで迎撃を行った。
「どいてください! ここは僕たちの道です!」
その頼もしい戦いぶりにウィズ・ザーは思わず関心する。
「惚れ惚れする戦いぶりだぜ。それじゃァ俺も負けてられねェなァ」
√能力【|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》】を複数回重ね掛ける事によって、自らの武器を数千にも及ぶ膨大な数へと増やし、オルガノン・セラフィムへと対抗していった。
不可視の刃『刻爪刃』が振り回す爪を受け止め、黒霧に似た焔『融牙舌』が翼や足に絡みつき動きを止める。そして精霊を魔弾に変えて射出する『魔導SMG』が数千の連射でその金属の身体を打ち抜いた。
「不動院! 敵の奇襲や猛攻が増えてきたら、一蓮托生の灯を壊せ!」
「分かりました!」
連れへの支持も行う最中に不意打ちをされてもすぐさまカウンターを返してやり過ごし、より敵を蹴散らせるように数千の刃に状態異常を付与させ、魔弾の狙撃と共に進行方向に群がり左右から寄る敵を蹂躙、無力化していった。
「さァて、あの野郎はどこから来るかな……」
中俣と共に進み道を開きながら、地上と空中共に警戒を続けて目当ての人物を入念に探す。視線を逸らしたその瞬間を狙われようとも√能力【|闇獰《アンネイ》】でその身を加速させて反撃して路を拓いた。
「そっちに負けねェくらい数は揃えてんだ。隙には出来ねェぜ?」
一仕事を終えた|自らの一部《『刻爪刃』『融牙舌』『魔導SMG』》を傍に戻して、一極集中させて不届き者を貫く。
「ウィズさん! あれを見てください!」
「ケーキじゃねぇか! まだ生きてるな!?」
道の先、黒いオルガノン・セラフィムが食いつこうとするケーキ状の√能力者を不動院・覚悟が見つけ、ウィズ・ザーがすかさず闇顎を走らせた。
「時間を稼ぎます!」
「任せたぜ!」
要救助者を確実に確保するため、不動院・覚悟は餌に誘われた黒いオルガノン・セラフィムの群れへと飛び込んだ。突破よりも引き付けるため、持ち得る体制と根性、防御力を注ぎ込んで立ち回る。カウンターは最低限にだけ抑え、出来る限り多くの怪物たちの注目を引き付けようとした。
(まだ先にも……!)
無数の爪を一人で受けながら、進路の向こうに点々と置かれている要救助者を見つけ、声では届かないからとアイコンタクトでそのことを伝えた。
「あァ、出来る限り救うぜェ!」
それを受け取ったウィズ・ザーも、自らが受ける傷を無視して突破に専念し、目につく限りのケーキを闇顎へと収納していく。数千も放出した武器たちもその大半を消費しながら、何よりも命を優先した。
そして、四人の救助に成功を報せる。
「とりあえず四人確保だ! いったん下がるぞ!」
「はいっ!」
怪物たちの注目を一心に引き受けてくれていた不動院・覚悟に合図を出して、最前線から二人は一旦後ろへと下がった。頼もしい味方達に一旦は道の開拓を任せて、保護した√能力者の手当てを行う。
「僕が応急処置しますっ」
「おう、俺は羅紗魔術に詳しい奴を呼んでくるぜっ」
不動院・覚悟が√能力【|戦場の支配者《センジョウノシハイシャ》】も駆使してそのケーキ状態から√能力者たちを解放し、そうしている間にウィズ・ザーは勧誘していた羅紗魔術師に戦線を離れてもらって知恵を借りていた。
「こいつがダースにケーキにされてた奴だ。恐らく羅紗魔術も使われてるだろうから調べてみてくれ」
「ええ分かったわ」
連れてきたのは女性魔術師の方だ。多くの指揮を執る男性魔術師の方はさすがに離れられなかった。まだ周囲では戦いが行われているからと、その場にいる者たちの行動はひとつひとつが素早い。
「僕が周囲を警戒しておきます。情報収集に専念してください」
「助かるぜェ。それでどうだ?」
不動院・覚悟は応急処置を終えて少し離れた場所で立って敵がやってくるのを待つ。それにウィズ・ザーは感謝を告げてから、横たわる√能力者に手をかざす羅紗魔術師へと視線を向けた。
ケーキ状態から解かれ、その身は本来の姿を取り戻している。眼球だけでなく多少の欠損はあったが、まだ命はあったために√能力の効果が間に合った。
しかしまだその目は覚めない。よほど複雑な魔術が仕掛けられているようだった。そして女性羅紗魔術師がその容態を調べてからしばらくして結果を呟く。
「……確かに、この衣服には羅紗魔術が仕掛けられているわ。対象を操るようなものみたいね、それに位置情報を伝えるようなものもあるのかしら」
「それじゃァ、さっさと全裸にしちまうか」
と、先走ってウィズ・ザーが刻爪刃を閃かせようとしたが、その直前で女性魔術師が掌を向けてきた。
「いや待ったほうがいいわ。これを見て」
「なんだ痣かァ? って動いてんななんだこりゃァ」
意識のない√能力者の肌に、不可思議な黒い文様が刻まれていた。それはじっと見つめていれば蠢いていて、不気味さを伝えてくる。
観察する女性魔術師は確信はないながらもその結論を告げた。
「たぶん、怪異よ。その形を変えてこうやって魔術的なものに仕立てあげている。この技術はたぶん、連邦怪異収容局のものね。しかも羅紗魔術とも繋がってる。これを仕掛けた魔術師はあらゆる分野に精通してるみたいね」
「あァ、まあコピーしてるみてェだしな。それでなんで全裸にしちゃダメなんだ?」
「この怪異が解き放たれる可能性があるわ。肌についている以上安全に解除するのも難しそうだし、この場で開放するのは得策ではないわ」
「まァそうか」
そう言われ、ウィズ・ザーは今も一人でこの場を持たせてくれている不動院・覚悟を見つめる。何とかなっているとはいえ、それはまだ数が少ないからだ。こうして時間をかけているのも申し訳ない。
「それならそいつで逆探知とか出来ねェか? ダースに色々と聞きてェことがある。居所を探ってくれ」
「分かったわ。そんなに難しくないと思う」
「それじゃあ、このまま立ち止まってると天使領域からも出そうだし、移動しながらな」
「っ」
女性羅紗魔術師と元ケーキ√能力者を同時に抱え、移動を始める。突然の身体接触に女性は僅かながら顔を強張らせるもすぐに立ち直って、抱えられながら魔術の解析を始めた。
「不動院! 今ダースの居所を探ってる! 前線に戻るぞ!」
「ホントですか!? ええ、急ぎましょう!」
朗報を聞いた不動院・覚悟は、眼前の黒いオルガノン・セラフィムを早々に片付け、ウィズ・ザーの傍で並走する。その方に抱えられた女性羅紗魔術師と視線を合わせ、精悍な顔つきで感謝を伝えた。
「あなたのような方に協力して頂けて本当に助かります。必ず一緒に生きて帰りましょう」
「……ええ」
女性羅紗魔術師は一瞬言葉に迷いながらも短く返事だけして解析へと戻る。そうして本体へと戻った頃、それは終わった。
「……分かったわ! ここから西に100mほどよ!」
「本当に優秀な魔術師だぜ! それじゃあ行ってくるぜ!」
報告を受けたウィズ・ザーは元ケーキを闇顎へと収納すると女性魔術師を肩から下す。あとは任せろと別れを告げようとすれば、女性魔術師は驚いた顔を見せた。
「ちょっ、アタシも行くわよ!」
「いえっ、まだどこも手は足りていません! ダースさんに多くを割くわけにもいきませんから任せてください!」
「け、けど……」
不動院・覚悟も背中を向け、女性魔術師はその顔を曇らせるが、二人は改めて顔を振り向かせる。
「安心しろよ。ちゃんと終わったら礼はするからよ」
「ええ、僕からも何か遅らせてもらいます。なので待っていてください」
そして本当に二人は女性魔術師を置いて駆け出していった。それを見送る彼女はボソリと零して、自らもなすべき役目へと向かっていく。
「……ちゃんと、帰ってきなさいよ」
「おや、気付かれたか」
明らかにこちらに迫っている位置情報を感知し、ダースはそう呟く。それと同時、二人は現れた。
「見つけたぜダース! この前の借りは返させてもらうぜ!」
「僕たちの邪魔はさせません!」
二人分の攻撃がダースの頭上から降り注ぐ。周囲に巻き起こる土埃。しかしそれでは仕留められていないと判断してウィズ・ザーと不動院・覚悟は既に連携で取り囲む。
「前は不意打ちを喰らったが、今度はそうはいかないぜ!」
「あなたがひどい目に遭わせた方々は既に救いました! 思い通りにはさせません!」
二人の放った攻撃はしかし不自然に拡散される。土埃の中からゆっくりと歩み寄ったダースは、その右手で攻撃を尽く無効化していた。
「ほんの少しを救っただけで気が大きくなっているのだろうか。けどま少し君たちを侮っていたかな。思っていたよりも数は減らせていないようだ……」
居所を突き止められ囲まれているというのにその初老の男性は焦った様子もなく、ただ淡々とその右手で周囲に浮かぶインビジブルを掴んではこね、透明な力を|模造《コピー》していく。
しかしそれは、ブラフだった。空いていた左手で羅紗魔術が起動される。地面すれすれ、輝く文字列が二人の足を狙った。
「魔術なら怖くねェなァ!」
それにウィズ・ザーは遅れて築き、魔力吸収を行って無力化。だがそれと同時にいつの間にか召喚された怪異が彼の周囲を取り囲んだ。すぐさまその怪異を切り裂き、標的を探そうとして、しかし攻撃とすれ違うように、ダースもまた怪異を切り裂いて肉薄していた。
「仕方ないから私が直々に処理するか」
「俺の黒縄……!」
わざと敵の得物を模して作った縄でその体を縛り付け、そして動きが封じられた隙に零距離からの魔術が放たれようとして、
「ウィズさんっ!」
不動院・覚悟が体当たりをして強引にダースを引き剥がす。共に地面に転がる最中でダースはその横槍を掴み放り投げた。
「くっ!」
掴まれた肩の骨が砕かれていようとも、不動院・覚悟は負けじと肉薄する。あらわとなった敵意に、ずっと抱いちえた考えをぶつけた。
「ダースさんっ、どうか教えてください! 僕は天使化された世界はとても『幸せ』だとは思えません! みんなの意志や心が犠牲にされた降伏なんて僕は受け入れられない! あなたは、どう思っているんですか! どうしようとしているんですか!」
感情任せの語り掛けに、ダースはやはり退屈そうに受け流す。
「私は別に、この世界なんてどうでもいいのだがね」
時は遡ってシチリア島へと√能力者が向かう前、出向の準備が整えられていく中で、アイリス・ゴールドはマルティナの陰に潜んでいた。
一流の暗殺者は目の前にいてもその存在を意識させることはない。ましてや足元の影を、路傍の石を意識できるモノなどごく少数。そうして√能力【|新なる夜の到来《デモニックエクリプス》】をいつでも行使できるように準備をして、マルティナに危害を加えようと近付くモノに対しての結界を張っていた。
「エド、大丈夫だよね……?」
「もちろんだよ。こんなに協力してくれる人がいるんだから心配はないって」
影に潜んでいるからこそ二人きりの会話も耳に届いてしまう。
「でも、すごく危険だって……私、エドがいなくなったら」
「マルティナは感じない? 僕は、マルティナが離れていても繋がりを感じるんだ」
「え……?」
「だから離れていても一緒だよ。それに、マルティナのことは絶対に守るから」
少年はそっと少女の手を取って、安心させるように未来を語った。
「全部が終わったら、二人でどうやって暮らそうか?」
「えっ」
少女の方が少し大人びていたから、その無垢な問いかけに思わず顔を赤くする。けれどまるで気にしていない少年の顔を見てすぐに立ち直り、じっと握る手を見つめて返した。
「……楽しく、暮らしたい」
「なにそれ適当じゃんっ」
すると少年は無邪気に笑って、少女もまた笑みを浮かべるのだった。
船が出る。マルティナはエドをじっと見つめていた。
「……」
彼は大きく手を振っていて、でも少女は手を挙げた所で固まっている。やっぱり送り出す事を躊躇っていた。
でも、船は進む。彼もついに手を振るのをやめて背中を向けてしまった。
そんな不安で一杯の少女へとレナ・マイヤーは声をかける。
「マルティナさん、これ持っていてください。お守りです」
「お守り……えっとなんだか変なにおいがしますけど」
「ああなんだか作る過程でカレーが混ざっちゃったらしくて、でも効果は本物なので、手放さないでくださいね。ああそうだそれを作ったって言う温泉もあるらしいので後で見に行きましょう」
お守りが作られたのなら霊的な防護も残っているかもしれないと期待して、護衛の一人としてそう提案する。すると少女は少しだけ不安げな表情を和らげて興味を持ってくれた。
レナ・マイヤーは船が出たその時から、√能力【レギオンパレード】を行使して大量のレギオンに周囲を警戒させている。いついかなる時も怪しい動きをする者がいれば即座に対応できるよう努めていた。
その一機を近づかせ、マルティナにも紹介しておく。
「マルティナさん、このレギオンはですね、塔に向かった皆さんと常に通信が取れるようにしてあるんです。良かったらエドさんとお話ししますか?」
「え? あ、いや、でも大丈夫です」
「そうですか?」
「一緒に行ってくれてる人たちと話しとかないといけない事とかあると思うので、邪魔になる気が……」
「まあ確かに作戦会議はしているかもしれませんね」
気を遣う少女の人柄に感心しながら、レナ・マイヤーはとりあえず通信用レギオンを自分の後ろへと下げていく。それからマルティナと一緒に、海を行く船を眺めた。
「あ、知ってました? 水平線って大体4kmぐらいらしいですよ」
「へえ、そうなんですね」
マルティナの反応は少し薄く、けれどその視線がジッと船を見つめているなら仕方ないかと雑談を止める。まだ何も起きていないことに安心しながら、胸に手を重ねる少女の傍にい続けた。
「……」
「絶対に戻って来——」
水平線の半分辺りまで船が進んだところで少女はポツリと呟き、けれどそれは不意に途切れる。
「マルティナちゃん、どうかしました?」
少女の護衛にと居残っていた真心・観千流が首を傾げると、少女はハッと我に返ったように振り返る。
「え、っと、何でもないです」
「本当ですか? 嘘はダメですよ」
「ちょっと色々考えちゃって……」
「まあ不安ですものね」
問題なく応対してくれる少女に真心・観千流はホッとし、切り替えるように笑顔を向けた。
「笑う門には福来る、不安な時こそ笑顔ですよ! さ、笑ってみましょっ!」
「きゅ、急にはちょっとっ」
「ならこうしたら笑えますか? こちょこちょっ」
「ひゃぅっ、あはっ、あはははっ!」
不意を突いてわき腹をくすぐると、少女は無理矢理に口角を上げさせられる。抵抗するように身をよじるが、中々逃れることは出来なかった。
ひとしきり笑いを引き出した真心・観千流は思い出したように告げる。
「あ、そうだ。念のために御呪いをかけてもいいですか?」
「御呪い?」
「ええ、では失礼しますね。……『対策済みだから私たちは怪物にならない』」
「……怪物って、エドが操っているような人みたいになっちゃうんですか?」
「いえ、もうこれで大丈夫です。心配しないでください」
√能力のために口に出した言葉が無駄な心配を生ませてしまったが、それももう必要ないと言い切った。そうして、不測の事態が起きないよう他の護衛との連携を確認していたその時、
「ううっ!?」
マルティナが突然苦しみ始める。それと同時、その体が見る見るうちに見覚えのある金属へと覆われていって。
「天使化!? なぜ今急に!?」
「光はまだ広がってないです!」
「……何も彼女には近づいていなかったよ」
護衛として残っていた者たちが即座に周囲の情報をかき集め、しかし問題はなかったと告げる。とにかくどうにか対処しようとそれぞれが動き出し、真心・観千流は少女の精神情報を解析しようとして、だがそれは弾かれた。
「エドちゃんと同じ……っ?」
そうして少女は生まれ変わっていく。
◇◇◇◇◇
船を見送っていた少女は突然苦しみ始める。
「ううっ!」
声が漏れ、心配する声の中のたうち回った。全身を引き裂かれるような痛みと、内臓や骨をひっくり返されているような感覚が襲う。
その変化は、すぐに表へと出ていた。
皮膚の代わりに未知の金属が這った。背中を突き破り鳥とも似ない翼が生え、頭上に神秘的な円環が浮かぶ。
「天、使……」
彼女を守っていた者たちはその変化に呆然として。
少女もまた、痛みに悶えながら自らの腕を目にして疑った。
「私、どうなって……」
出来損ないの天使。それは少年の時と重なって。
けれど変化は止まらなかった。
「うう——っ!?」
「マルティナさん!?」
未知の金属が蠢き、大きく形を変えていく。まだ人の姿だったはずが、その下半身からまた一つ別の身体が生えるようにして繋がる。
繰り返された分だけ、継ぎ足されていく。下半身が怪物の物に覆われ、そしてそこからまた人型の足が生える。成功と失敗が無作為に重なって、それはより歪な姿へと生まれ変わった。
「————!?」
徐々に少女の声も金属の悲鳴となって。人の部分はすっかり呑みこまれ、それは『怪物』ともまた異なるモノになり果てていく。
継ぎ足された胴体が異様に伸び、複数の翼がその背を覆う。ようやく変化が収まった時、それに少女の面影などはもうなかった。
「蛇……」
金属の蛇腹が関節もなく動くその様に、変化を見届けた物はそう浮かべていた。まさに|セラフィム《翼を持つ蛇》のようであると。
複数の翼がはためき、その巨体を次第に持ち上げる。夜空に浮かび月を背負った姿は、神話の生物と見紛わせた。
「マルティナちゃん! 返事をしてください!」
声は届かない。彼女らが持ち得る能力も全て弾かれていた。
「|————《————》」
「「「う……っ!」」」
その声は、聞く者の身体を芯から震わし動けなくする。あまりに偉大な存在が降臨したかのような感覚に、見上げる者はただ何も出来なくなった。
そうしてそれは飛び立つ。
海の向こう。そびえる塔へと。
蛇は、——を求めていた。
◇◇◇◇◇
白神・真綾は歓喜していた。
「ヒャッハー! 真綾ちゃんスゲェドキワクデース!」
強力な相手が無数押し寄せる苦しい戦況。それをむしろ待ち望んでいたと口角を上げて突っ込む。
「ダース手ずからの料理、全部平らげてやるデスヨ! ヒャッヒャッヒャー!」
先を見通せないほどに黒いオルガノン・セラフィムが群がり、多くの者がしり込みする中でも彼女は己の持ち得る力を注ぎ込んで血路を拓こうととする。
√能力【|驟雨の輝蛇《スコールブライトバイパー》】によって正面の敵全てを焼き払うかの如く光の雨を降り注がせ、それが途切れると同時に自らの手で光の刃を振るって未知の金属を切り裂く。
反撃や奇襲には直感をもって回避し、出来るだけ多くを引き付けながらまとめて処理していった。
「ヒャッヒャッヒャー! 全然足らねぇデスヨ! もっとまとめてかかってこいデース!」
敵の注目を集める哄笑は、自らの血に染まっても止まらない。白神・真綾はひたすらに戦いを楽しんだ。
橋本・凌充郎は死を覚悟して走り抜ける。
「ここより先は澱みの深淵、腐り果てる地獄への道と呼ぶにふさわしい。なればこそ、俺はそれを斬り開く権利と義務がある」
その手には選び取った兵装が握られ、試すようにして通りすがりの黒いオルガノン・セラフィムへと振るわれた。
「……銃剣付きソードオフショットガンか。成程、悪くない武装だ。取り回しも悪くない」
敵の硬質な爪にも負けないその切れ味を確認して性能を認め、自らの武器として加える。そうして彼は、悲鳴の前に立った。
「鏖殺連合代表。橋本凌充郎である。これより、最前線を担い、立ちはだかる障害の鏖殺を開始する。塔への最短距離、それを斬り開かせてもらう」
今まさにオルガノン・セラフィムに殺されようとしていた羅紗魔術師を救って名乗りを上げる。感謝など求めてはおらず、ただ的と相対し己を示した。
当然怪物が応える訳はないが、その醜い姿へと橋本・凌充郎は語り掛け続ける。
「オルガノン・セラフィム。貴様たちとて、望んでそう在るわけではないのは百も承知だ。その上で、誰かを傷付けずにはいられぬその在り方は看過できん。今までも、これからも、同様に。故に、貴様達を殺す。ここで殺す。これ以上貴様たちが澱み、腐り果て、どこまでも怪異へ堕ち切るその前に、ここでその多くを殺す」
自分の流儀に反する怪物へと。言葉を待たずに振り上げられる爪を弾き、それを告げる。
「人として、殺す」
それが合図のように、橋本・凌充郎の動きが加速した
銃剣付きソードオフショットガンを素早く取り回し零距離からの射撃を用い、不意打ちへの対策も備えた上で敵の集団を薙ぎ払うように制圧射撃を行って牽制し道を切り開いていく。
迫りくる敵は怪力をもって押し返し、そのまま体重を乗せて敵の身体を断ち切って、回転ノコギリによる攻撃で傷口をえぐるように追撃を仕掛けて妖刀の一閃をもって敵を確実に仕留めていった。
最適の武器を最適の瞬間に合わせ持ち替え、敵を制していく。
√能力【|死喰らいの等活《ビーステッド・カッティングエッジ》】を連続で繋ぎ合わせ、敵に反撃の隙を与えない。しかし敵の身体は固く、何度も続けるたびに刃こぼれしてしまう。武器が尽きれば足元に転がっていた魔術師の遺品を拾って、それで押しとどめる。
その戦場には他に、羅紗魔術師もいた。
「くそっ! 俺まで死んでたまるかっ!」
少し前までは集団で戦っていたのだろうが、その魔術師は一人だった。仲間の死に急き立てられてか、彼は使えなくなった羅紗を捨てて突進する。しかしそれはあまりにも不慣れな近接戦であり、それを見兼ねた橋本・凌充郎は強引に後ろ襟をつかんで後ろへ放り投げ、代わりにオルガノン・セラフィムからの攻撃を受けた。
目の前の敵を退けながら、呆けて尻もちを付くその魔術師へと伝える。
「いいな、魔術師よ。鏖殺連合代表として提言出来る事は一つだ。無意味に屍を晒すな。死ぬのは、天使へと果てるのは、勝ってからにしろ」
「っ……」
少し前まで戦っていた関係だ。こうして手助けされるのも思うところはあるだろう。しかしそれで命を散らされても迷惑だと言い切って、橋本・凌充郎は壊れた武器を振るって前に立つ。
戦えないのなら下がっていろ。そう示すようにして。
だが、彼の武器もまた、使えなくなってしまう。
ついに柄すら砕け、大きな隙が出来る。敵は眼前、新たな武器に持ち帰るには間に合わない。避けるのもまた同様に。そして黒いオルガノン・セラフィムの爪が橋本・凌充郎を刺し貫こうとして、
「あんたこそ、無意味に死ぬんじゃねぇぞっ……!」
直前で身体を突き飛ばされる。橋本・凌充郎の代わりにその命を散らしたのは、先ほど救った羅紗魔術師だった。敵の一撃が確実にその胸を貫き、それでも彼は笑みを見せて己の命に無理矢理意味を付与する。
それに対して橋本・凌充郎が応える事はなく、すかさず立ち上がると魔術師が手から零した武器を拾い振るった。
「殺す」
ただそれを呟く。
どこまでも数を減らさない黒いオルガノン・セラフィム達を相手に、その意志をひたすらぶつける。
「殺し、殺して、殺し尽くす」
この世に無意味を量産する障害たちを、彼は尽く排除して。
「腐りを、澱みを、人を苦しめる、全てを」
武器を失い、救った命も散らされながら、橋本・凌充郎はただひたすらに立ちふさがる敵を殺していく。
彼に出来る弔いはただそれだけだった。
静峰・鈴と隠岐・結羽は共に兵装『CSLM』を用いて空を駆け、並走していた。
「可能であればアマランスを救助したいものですが」
「ええ、アマランスも見つけたら助けて恩を売っておきましょう」
戦場を見下ろしそう交わしながらも、二人が今現在探しているのは別の要救助者だった。
「……ケーキ、いえ人質ですか」
「人を弄んでケーキだなんて、許せません! 絶対に助けないと」
ダースが、オルガノン・セラフィムをおびき寄せるために使った√能力者たち。星詠みの段階ではまだ生きているという事だったために、二人は急いで助けへと向かっていた。
間に合わなかったところもあるとは聞くが、それでも諦めることは出来ない。可能性があれば一人でも多くを救うのが√能力者だ。
静峰・鈴は√能力【|明澄《メイチョウ》】を発動し、増幅させた破魔の力を全身と霊刀に巡らせて天使化への防衛と対策を行う。望まない遭遇や乱入には第六感を研ぎ澄まさせ、不意討ちへと常に警戒し進んだ。
「白セラフィムはエド君をちゃんと守っているようですね」
「同じオルガノン・セラフィムでも黒とは違って餌に釣られないみたいですね」
二人は上陸した時から白いオルガノン・セラフィムのことを気にかけていたようだが、これまでの様子から特に問題もなくエドに操られている様子で、心配は杞憂に終わっていた。
ならば救助に専念できると、黒いオルガノン・セラフィムを可能なだけ回避しながら、隠岐・結羽は術式切替式多属性銃『虹蛇』による制圧射撃で道を広げていく。
そうしてしばらくしたところでそれは見つかる。
「いました!」
指を指す先には群がる黒いオルガノン・セラフィム。
その中心には、ケーキ状の人が置かれていて。それを目視で確認した静峰・鈴は、√能力【|無明刃《ムミョウジン》】を行使して一気に加速し、一陣の疾風と化して最速で切り込んだ。
敵の挙動や陣形を見切り、阻む敵は機先を奪う早業の太刀捌きで幾度となく『無明閃』を繰り出して一刀の下に切断、人質の元へと懸け馳せる。
相方のその行動と同時、隠岐・結羽は√能力【|流星《リュウセイ》】の魔力をチャージ、周囲から魔力吸収した分もチャージに上乗せ、発動タイミングを待っていた。
「切り込みます!」
静峰・鈴がオルガノン・セラフィムの壁に阻まれたその瞬間に、チャージした魔力を解き放つ。道が開かれれば兵装のフルパワーで空中を駆け、一気にケーキへと接近する。すれ違いざまに伸ばされる爪はエネルギーバリアと大剣にした天魔刃による武器受けでダメージを最小限に抑え、何よりも要救助者に触れる事を優先した。
それに静峰・鈴も続いて、包囲の警戒を引き継ぐ。第六感を研ぎ澄まして死角からの攻撃も察知しつつ、避けられない猛撃はエネルギーバリアで受けてからの『無明閃』によるカウンターで敵を退く。
たどり着いた先、ケーキとなった√能力者は多少の傷は追いながらもまだ、何とか域はしているようだった。
「大丈夫ですか!?」
「すぐに助けます!」
隠岐・結羽はケーキに接近するとすかさず√能力【|销声匿迹《セイセイギャクセキ》】を発動し、そのケーキに施されている力を無効化する。一刻も早くその状態から解放してやろうとして、
しかしそれが触れたのは、表層の『封』だった。封が消失すれば、抑え込まれていたそれが飛び出す。
——!
ケーキとされた√能力者の体中に刻まれていた怪異が、爆発するように周囲へと広がった。√能力者の衣服——表層に施されていた羅紗魔術による抑え込む力が消え、その怪異はただ本来の性質を取り戻して飛散する。
「「うっ——!?」」
すぐ傍に寄っていた二人は、突然のことに視界を奪われた。被害は大したことない。しかしそれはその戦場において致命的だった。
その事を二人もすぐに理解し、すぐに態勢を立て直そうとして、けれど視界へと入るバラバラのケーキ。
怪異に寄って形を保たれていたそれは、無残に散らばっていて目の前で絶命する。その様に愕然としてしまった二人は更なる隙を生み、そして背後に黒いオルガノン・セラフィムが立つ。
「くっ!」「ううっ!」
我に返った時にはもう防御は間に合わず。身に着けていた兵装を壊され、その爪は肌をも切り裂いた。
兵装の破片と共に血飛沫が魔おい、二人の少女が地面へと転がる。今度は彼女達を餌と見立ててオルガノン・セラフィムが喰らおうとしていて、
「あんたたち何やってんのよ!」
間一髪のところで、近くにいた羅紗魔術師の集団が魔術によってオルガノン・セラフィムの気を引き付けた。4人の女性からなるその集団は、二人を庇うようにして立ち、その場を引き受ける。
「いったん引きなさい!」
「ですが……」
「そのくらいならすぐに治せるでしょ!? 治してから借りを返しなさい!」
「す、すみません! お願いしますっ」
状況は切迫している。無駄な会話を交わしている暇もないと羅紗魔術師は一方的に告げて、オルガノン・セラフィムの対処に集中した。
そんな彼女達に心の中で感謝を浮かべ、静峰・鈴と隠岐・結羽は互いを支え合いながら、言われた通りに安全な場所へと引き返そうとする。すぐにでも傷を回復させようと、隠岐・結羽は√能力【忘れようとする力】を行使した。
とその時、背後から悲鳴。
「あれは、ダース……!」
釣られるように振り返った先で見つけたのは、白髪の目立つ初老の男性だ。√能力者と戦っている彼は、先ほど助けてくれた羅紗魔術師の集団ともぶつかる。
そして、彼女らを√能力者からの攻撃の盾としていた。
女性の腕が宙を舞い、√能力者が怒号を上げる。
「あの方たちが……!」
静峰・鈴は恩人の惨劇に後ろ髪をひかれ、しかし隠岐・結羽が断腸の思いで引き戻した。
「今はそれよりも、味方へと情報を伝えないとっ」
ケーキに下手に触ってしまえば危ない。それを一刻も早く広めなければ、また同じような被害が生まれてしまう。それにまだ回復しきっていない自分達が加われば足手まといになるだろう。
あるいは彼女達と同じように、盾にされてしまうかもしれない。
それを全て口にする暇はないからと目だけで訴える。
「……っ。戻り、ます」
相方の言い分にどうにか感情を抑え込んだ静峰・鈴は、√能力【|剣顕《ケンゲン》】を行使する。自身と隠岐・結羽がエドが率いる本隊の下へ瞬間移動できるように願い、出来るだけ多くの味方がいる場所へと向かった。
そうして後悔を抱えながら、彼女たちは最低限の情報を報告するのだった。
新藤・アニマは√EDENのシチリア島にいた。
「全体でやるべき事が多いようですね。ある程度は臨機応変に、しかし慎重に行動しましょう」
安全圏から√能力【ディメンションブレイズ】を介して戦場を観察している。その目的は二つ。ダースの行動把握及び妨害と可能な範囲での情報収集だった。
黒いオルガノン・セラフィムがいない分、向こうの√よりも移動自体は難しくない。認識阻害用スカーフを用い、√EDENの人々に騒ぎを起こさせないよう配慮して、駆け回った。その足には戦場へと出向いた者たちと同じよう貸し出された兵装『翔武靴』が装備されている。
「異なる√故に、やはり物を動かすのは難しいですね」
行えるのは見る事と攻撃だけ。書物を開くなどするにはルートを移動しなければ無理だ。しかし本隊からはすっかり離れていて、大した対策もせずに踏み入れば天使化の影響を受けてしまう。なら内容が外から判別できる、石碑や絵画などを探る事にした。
建物の中ならば、√EDEN側で立ち入ることが出来れば見ることは可能だ。
「塔主の素性や能力について、解るものはないでしょうか……」
今後の戦いに向けて必要だと思われる情報に絞って調べていくと、それを見つける。
そこは、大通りだった。まっすぐ進めば塔へと続いているようで、そしてそこを歩く者を出迎えるように彫像が立ち並んでいる。
歴代塔主の等身大の像。素材は石のみのはずが、刻まれた魔術によって肌や髪色までもが精巧に描き出されていた。台座にはそれぞれ名前と在位していたのだろう年月が記されている。
『13代目塔主 ピエトロ・テスタ 1995~』
一番端に立っていたの現塔主だろう。他の√能力者が調べていた通りに70ほどの老人で、突出した特徴がある訳ではない。
『12代目塔主 シャウラ・ヴァレンティーノ 1975~1995』
これだけはその人物が容姿が分からない程度に壊されていた。とはいえ黒いオルガノン・セラフィムが徘徊しているのだから、被害はあって当然だろう。
『11代目塔主 ウンベルト・サカラ 1932~1975』
『10代目塔主 ロレンツォ・ファルネーゼ 1901~1932』
『9代目塔主 マッテオ・シャリーノ 1869~1901』
『8代目塔主 フィリッポ・レオーニ 1829~1869』
どれもが同じ年代の男性であり、区別して記憶するには時間がかかりそうだったが、それぞれに何やら象徴となるようなアイテムを持っていた。
バグパイプ、銃、杖、砂時計。
それらは彼らが愛用していた物なのか。なんだか際立って彫られているように見て取れる。しかし彫像だ。それ以上の情報はなく、とりあえずは次の塔主を確認しようとして、新藤・アニマはそこで目を疑った。
「フュー、リー……」
その容姿に、彼女は見覚えがあった。
『7代目塔主 フェリーチェ・フューリー 1812~1828』
攫われこの島のどこかにいるという羅紗の魔術塔幹部アマランス・フューリー。その姿とその彫像はよく似ていた。とはいえよく見れば別人と分かるほどで、服装だってまるで違う。
それでも、彫られている姓は同じ『フューリー』。関係ないとは思えない。
きっとこの情報には価値があるだろうと、他に比べてつぶさに観察しようとして、しかし大したものは得られない。とりあえずは他の塔主の容姿だけは確認しておこうとして。
とその時、突然視界に誰かが割り込んだ。
「あれは、ダース……?」
続いて現れたのは複数の√能力者。それらがまとめてたった一人の男へと攻撃をけしかけている。
偶然にも戦いの最中でここまで移動してきたのだろう。そうと分かると新藤・アニマはすぐに√能力【ハンティングチェイス】を使用して感知される要因を減らし、ダースの戦いぶりに目を凝らす。
√能力者は複数人いるのにも関わらず、ダースは易々と相手取っている。その戦術は多岐にわたり、対策を練ってもすぐに別の手を打ってくる。
気付かれないよう物影へと移動し、そのまま慎重に観察を続け隙を見つけたら√能力による攻撃を繰り出そうと考えていた、その時。
「う……っ!?」
目が痛んだ。
瞼の裏に石でも入ったような痛みが走り、それは徐々に広がっていく。眼球が、硬くなっている。いや、金属と化している。
「これは、天使化……っ?」
新藤・アニマはすぐにその可能性に気付いた。
瞳は、光を受けて映像を脳内へと映し出す。天使化の病を広げていたのは、塔から降り注ぐ光。
√EDENにいるから安全圏と考えていたが、それは確かに少しずつながら影響を与えいてたのだ。天使化の光がルートを超える可能性をその身でもって知り、新藤・アニマはとにかくと足を動かした。
「ここには民間人が……!」
√EDENのシチリア島は平和そのもの。そんな場所で自分が怪物となって暴れる訳にはいかない。彼女は感染しきる前に、√能力【インクルードカリギュラ】を発動する。
「っ!?」
途端に感染が勢いを増し、体の自由が利かなくなる。しかしその寸前で、何とか一歩、大地を蹴る事には成功していた。
誰もいない場所へ。そうして一足で辿り着けたのは海上。
「うっ——」
その身が怪物へと化していく中、新藤・アニマは海へと沈んでいくのだった。
大神・ロウリスは、兵装『群竜銃』と共にエドの護衛をしていた。
黒いオルガノン・セラフィムを出来るだけ近づかせないようにと注力する。
「私は実地経験が少ないので、頼りないですがっ」
彼女は付近の魔術師数人に前線を頼み、自らは霊的防護を張りながらの援護射撃を行う。それで手数が足りないとなれば黒いオルガノン・セラフィムの攻撃をあえて受け、√能力【|怪異殺し《ガロウノチ》】によって血を放って敵の身体を石に変えて動きを封じられないかと試みる。
「やはり、効きは悪いですか……」
一瞬、動きは鈍るものの、その隙に繰り出した反撃を受け止められる。再生した傷もまた切り裂かれ、今度は血も避けられた。そのまま二撃目の餌食となろうとして、
「———」
白いオルガノン・セラフィムが、眼前の黒を横から吹き飛ばす。
「助かりましたエドさん」
「いえっ」
助けるはずが助けられ、少し情けなくはなるが足を止めている場合ではない。体勢を立て直そうとして、ふとその足元に助けられなかった残骸を見つけた。
「……ケーキまで用意して、望みは何なのでしょうか」
この状況を作った元凶のことを思い浮かべながら、大神・ロウリスは戦い続ける。
そのチームは皆、同じ兵装を身に着けていた。
「ケーキだとか餌だとか、あのおぢ、人をなんだと思ってるワケ?」
「これ以上悲しい思いをする人が出ないように急ごうっ」
「……皆で、無事に戻りましょうね」
それぞれのパーソナルマークを付けた『CSLM』を装備して、彼女達は並んで道を切り開く。そこは既に最前線だった。
当初から最も優先すべきは塔への到着と決めて動いていた三人だったが、前方にそれを見つけては目標を変えざるを得ない。
「澪、深雪、かなりヤバめな戦いになりそうだけど護衛をお願い!」
「命がけなのは元からだから、心配しないでっ」
「そうおっしゃるのは予測していました」
オルガノン・セラフィムを誘き寄せるためだけに命を使わされている√能力者たち。それらを放ってはおけないと、塔への視線を切り替え救出へと向かう。当然、薄羽・ヒバリの頼みに他の二人が頷かない訳がなかった。
これまでの道中でもそうしてきたように、先んじて黒いオルガノン・セラフィムを対処するのは澄月・澪の役目だ。
√能力【|魔剣執行・疾風《マケンシッコウ・シップウ》】により伸びた剣を振るい、広範囲を切り裂く。相手の攻撃はすかさず見切って武器受けをして対処。長期戦へと突入しても、チームならではの戦術で立ち位置を切り替え凌いでいった。
彼女は正直、分からないことだらけのまま戦っている。詳細不明の塔主だけでなく、ダースも何を考えているか分からない。王劍を巡っているはずが、それもどんなものかまるで分かっていない。
それでも彼女は、戦う友達を守るために剣を振るっていた。むしろそれだけでいいと割り切っていた。
対する深雪・モルゲンシュテルンは誰よりも冷静に戦況を観察している。自らが作った兵装『CSLM』によって細かな通信で仲間との連携を高める。それに加え、皆の持ち得る天使化に対する耐性と、領域外の行動時間を狂いなく数えては常に撤退のタイミングを計っていた。
とはいえ幸いにも、入念な準備をしてきたおかげで充分な時間はある。不安材料は不意打ちだ。だからこそ室よな迄に周囲と味方の状況を観察していた。
「いた!」
薄羽・ヒバリが、ケーキと化した√能力者を見つける。それを聞いてすかさず深雪・モルゲンシュテルンは√能力【|殲滅兵装形態《アナイアレイターモジュール》】を発動し、反応速度と空間把握能力を底上げしてから、六連装思念誘導砲|『従霊』《フュルギャ》を多数操り様々な角度からの高出力レーザー射撃を放射した。
敵の攻撃には、底上げした力で先読みして躱し、不可避の攻撃には兵装のエネルギーバリアで受け止める。そうして一気に最前線を開通し、救助の道を作った。
「回復は後回しがいいんだっけ!?」
「ええ、罠が仕掛けられている可能性が高いです」
「車用意したよ! これに乗せて!」
薄羽・ヒバリは先走りそうになったところ立ち止まり確認して、深雪・モルゲンシュテルンが頷く。その間に澄月・澪が√能力【|魔剣執行・化身《マケンシッコウ・ケシン》】によって「動けないケーキの人を連れて進みたい」と願い、戦場でも耐えられるような大型車をその場に召喚した。
深雪・モルゲンシュテルンがケーキとなった人を乗せ、澄月・澪が群がってくる黒いオルガノン・セラフィムに対処し、薄羽・ヒバリが運転席へと乗り込む。
車が発信する最中に、薄羽・ヒバリは√能力【|CODE:Chase《コードチェイス》】によって31体のレギオンを呼び出し周囲に展開し、超高感度センサーによる索敵を他二人と共有。更に√能力【|CODE:Assist《コードアシスト》】によってレギオンから放たれるリンケージワイヤーを二人に接続させバフもかけておいた。
「それじゃあ出るよ!」
「護衛は任せて!」「護衛は任せてください!」
これまで同様の澄月・澪に加え、深雪・モルゲンシュテルンが√能力【|超過駆動・大軍掌握《オーバードライブ・バタリオンコマンダー》】を発動して呼べる限りの砲台を召喚し、電脳を加速させて操る。続けて砲台と仲間達を√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】を繋いで、強化と指揮円滑化を施した。
殿を務め、決してオルガノン・セラフィムに車を攻撃させないよう防御しながら進み、3人は安全圏であるエドの天使領域へと戻ろうとして、だがそこに彼が現れる。
「あれ、使わせてもらおうか」
遠目に見える程度の場所だ。その声が彼女達に届いたわけではない。
白髪の目立つ初老の男性は、他の√能力者たちと戦っていた。複数人に迫られ、さすがに一筋縄ではいかなくなっている状況で、彼はそれを見つける。
多くのオルガノン・セラフィムを退ける無数の砲台。それは自分の状況にこそふさわしいと、彼は周囲のインビジブルをこねて自分流に作り出していく。
「ダースがいる! 二人気を付けて!」
レギオンによる索敵で真っ先に気付いた薄羽・ヒバリがそう報告し、それと同時、彼の周囲には透明の砲台がいくつも生み出されていた。
「深雪ちゃんのっ!?」
「コピーされましたかっ」
そして放たれた砲弾は、彼らと戦う√能力者たちを尽く蹴散らす。押し込んでいた戦況が一気に覆され、そんな様を見ていては見過ごすわけにはいかない。
「ダースの対処へ向かいます!」
「私も!」
多くの味方が命の危険にあると知って、深雪・モルゲンシュテルンに続いて澄月・澪も車の護衛を離れて飛び出す。薄羽・ヒバリも同じように車を放っていきそうになって、けれど住んでのところで今もまだ自由を得られていないケーキを視界に映して留まる。
「任せたよっ! 私は絶対にこの人たちを助けるから!」
自分の役目はこちらにあると運転を優先し、要救助者を連れてその場を去っていった。
それを見送る事もなく、澄月・澪が、ダースへと切りかかる。
「皆を死なせるわけにはいかないっ!」
「次から次へと……」
彼女が時間を稼いでいる隙に、深雪・モルゲンシュテルンが傷付いた√能力者たちを手当てしていた。最低限の安全を確保してから、共にその戦いへと加わる。
「君たちが能力を見せるほど、私は戦う術を手に入れるのだが」
「ならこれはどう!?」
ため息つくダースに対抗するよう、澄月・澪は√能力【|魔剣執行・憑装《マケンシッコウ・ヒョウソウ》】を行使してその身を神器『魔剣オブリビオン』へと変身させた。
身動きの取れない器物と変わったならむしろ対処しやすいと手を伸ばした敵に先んじて、その柄を深雪・モルゲンシュテルンが握る。
「ここで倒れてください!」
「おっと」
不意を突かれたダースはその剣先を避け損ね、右肩を浅く切られた。それにより、魔剣が込めた『忘却』の状態異常が付与される。
自分の身に異変が訪れたとダースも気付いたのか、彼は戦いを中断するようにして立ち止まる。切り裂かれた傷口を撫で、指に掬ったその血を見つめていた。
「……」
「あなたが手に入れたという戦う術は、これで忘れてくれましたか?」
「……さあね、どうだろうか」
深雪・モルゲンシュテルンの煽るような言葉に、ダースは誤魔化すように言って攻撃を再開する。懐から羅紗を取り出し、その布に刻まれる文字列を輝かせ魔術を発動した。
それを魔剣で尽く叩き落して、深雪・モルゲンシュテルンは告げる。
「ダース氏。あなたが孤独な監視の末に見る未来の希望は、きっと世界を蝕んでしまう――だから、この手で破壊します!」
「……」
語り掛けてもダースは答えない。その表情はまるで機嫌を損ねているかのようだ。
先ほどから彼は、味方達から盗んだ√能力を使わなくなっている。忘却が効いている証拠なのだろう。それを好機とみて深雪・モルゲンシュテルンは果敢に切り込むが、それでも敵は手札が尽きなかった。
「……」
「っ!」
羅紗魔術だけでなく、瓶に閉じ込めた怪異を解き放つ。更には体術も交え、剣相手でも問題なく対応してみせる。
その顔つきは明らかに変わっている。無言のままの攻撃は、より荒々しい。
深雪・モルゲンシュテルンは受けた傷を√能力【|インビジブル吸収機構《インビジブル・アブソーバー》】によって反撃し回復を試みようとしたが、それは全て避けられていた。
そしてダースはボソリと呟く。
「……そろそろ、いい加減終わらせようか」
右掌を開いて、向かってきた『魔剣オブリビオン』へと当てる。するとそれは、√能力者たちが扱う者と同じように、触れた力を消失させてその魔剣を本来の姿へと戻した。
それに対して澄月・澪は、想定済みだと人間体と戻ってすぐに攻撃へと移ろうとするが、
「変身を解かれるのは読んで——」
その体は既に握られている。
「——ぐっ!?」
勢いの向きを変えられ、地面へ叩きつけられた。そしてそのまま踏みつけられ身動きが取れなくなる。深雪・モルゲンシュテルンもまた、武器が人へと戻ったその一瞬に隙を生んでしまって、ダースに肉薄されていた。
「う——」
右手が少女の首を絞める。その身を強化していた√能力も消失させられ、宙に浮かされた。
「君たちは、何のために戦っているんだ?」
一瞬にしてその場を制したダースは、まるでその実力を見せつけるかのように、すぐには止めを刺さずに語り掛けてくる。
「目的なんてあるのか? ただ目の前で何かが起きてるから、好奇心で首を突っ込んでいるだけじゃないのか?」
「私たちは——くっ!?」
応えようとした少女の首をより強く絞め、一方的な問い詰めを強引に続けた。
「困っている人を助けたい、世界を救いたい、とでも言う気だろう? ああ、愚かにもほどがある。いつの間にか、全能感に浸っていたな。いや、群れ過ぎて気が大きくなったか」
先ほど溜めた不機嫌を、今ここで吐き出している。しかしその圧倒的な力によってそんなことを指摘することなど出来ない。
「全く、邪魔をしないでくれるかな。君たちのような存在は、心底迷惑なんだ」
瞳から光を消して、語り掛けを終える。
ぎりぎりと首を絞める力はどんどんと強まっていって、
「世界は、あなたを忘れる……!」
その時、澄月・澪が√能力【|魔剣執行・忘檻《マケンシッコウ・ボウカン》】を行使した。彼女を中心とした周囲へと忘却の檻が現れ、その場にいた三人をまとめて行動不能にする。
傷はつけられない。時間稼ぎでしかないが、それが最良一手だと選んで。
しかし、ダースはその中でも動いていた。
「……私は、そう言うのは効かない体質なんだよ」
自分に言い聞かせるようにそう言って、彼は少しずつその身を抑えつけようとする力を跳ねのけていく。最初はゆっくりだった動きが徐々に本来の調子を取り戻していって、むしろそれは彼にとって有利な状況に変わったと見えた。
けれど二人には、通信が届いていたのだ。
———!!!
「っ」
突如として突っ込んだ車両から、一人ダースだけが飛び退る。動けない澄月・澪と深雪・モルゲンシュテルンはそのままボンネットにはね上げられ、しかしそれを見越していたかのように運転席から伸びたワイヤーが二人を繋ぎとめた。
「二人とも逃げるよ!」
車を運転していたのは、もちろん薄羽・ヒバリだ。三人が身に付けている兵装は常に通信状態となっていて、状況を遠くからでも把握していたのだ。
要救助者を置いて戻ってきた彼女の作戦によって、二人はかろうじて助かる。
「待ってたよっ」
「助かり、ました……」
√能力で防御力が上がっていたおかげで、車に轢かれてもその身は無事だった。安全を確認して三人はこれ以上ダースと戦うのは得策ではないとその場を離れていく。
その他の√能力者たちも、もうそこにはいない。一人取り残されていたダースはため息をつきつつ、衣服についた誇りを払っていた。
「少し、視野が狭くなっていましたね」
自分の行いを反省しつつ、次はどうするかと思案する。するとこそへ黒いオルガノン・セラフィムが群がってきて、しかし彼は意にも介さずそれらを全て切り刻んだ。
死体となった怪物に手をかざし、けれど何も反応がないと分かるとすぐに離れる。また襲われるのも面倒だと、適当にケーキを置いて歩き出した。
「……やはり、事前に仕込んでいないと操れないですか」
冷静に呟いていながらも、その表情はまた不機嫌を表していた。
澪崎・遼馬はエドの護衛についていた。
正面からくる敵を√能力【|霊震《サイコクエイク》】による震動で行動を阻害し、√能力【|徹甲弾「不帰」《イルカルラ》】の地炎で黒いオルガノン・セラフィムへと攻撃する。それと同時、エドを含めた周囲の味方に加護も施しながら、敵との距離を詰めて射撃で応戦していった。
「———」
敵の数は多い。奇襲も仕掛けられるが、第六感で即座に反応し√能力【|最初の報復者《オートキラー》】も交えてカウンターを返す。それから盾代わりの棺で防いで惹きつけ、羅紗魔術師達の攻撃の隙を作った。
エドを取り囲む者たちの戦いは優勢だった。何よりも白いオルガノン・セラフィムの功績が大きい。
その数は数十と敵に比べれば随分と少ないが、しかし敵に尽く不意打ちを成功させている。√能力者や天使を狙う黒いオルガノン・セラフィムの目標にその白騎士は含まれないからだろう。自然と周囲の士気も高まり、それらを操るエドも勢いを増している。
とはいえそんな様子に澪崎・遼馬は少し危うさを感じていた。
「エド、少し話をいいか」
「えっと、いいですけどなんですか?」
士気の高い周囲の状況を確認してから語り掛ける。突然のことにエドは困惑しながらもそれを受け入れた。
「君が行っていることは間違い無く君にしかできないことだ。世界を救うこの戦いは君が居なくては成り立たない」
「いえ、今戦えているのは皆さんのおかげですよ」
天使として謙遜するが、決してそんなことはない。彼の天使領域が無ければそもそもここまで進む事さえ不可能だった。
だからこそ、力を持つ者としては忘れてはならない事があると伝える。
「だが、今のマルティナを笑顔にしてやれるのも君だけだ。当人はそれを忘れて欲しくない」
「……」
挙げられた少女の名に、何か思うところがあったのだろう。エドは少し顔を強張らせ、その想いをそのまま胸に抱いてもらおうと澪崎・遼馬は続ける。
「大切な者ひとり救えないで世界を救うことなどできはしない。だから、決して生きるのを諦めるな。……君には言うまでもないことかもしれんがな」
「……はい」
一応は頷いてくれた。今はそれでいいとしようと会話をやめる。
彼はまだ幼い少年だ。間違える事もあるだろうし何よりも今は余裕のない戦場にあるのだ。だからこそ自分達が支えるべきだと胸に刻み、戦いへと戻る。
とその時、一つの報告が舞い込んだ。
「向こうでダースと戦ってるってよ! 何人かやられて帰ってきたらしいぞ!」
「ダースさん……」
その名前にエドはポツリと零す。彼も星詠みの予言は伝えられている。それでも助けられた恩で何か理由があるのではと考えているようだった。
だから澪崎・遼馬が名乗りを上げる。
「当人が聞いてこよう」
「えっ?」
「奴のやり方は見過ごせないものだ。当人は元から奴と手合わせするつもりだった。そのついでに、なぜこんなことをするのかと聞いてこよう」
「そ、それじゃあお願いします」
託されこくりと頷いて、澪崎・遼馬は護衛から離れる。報告を入れたものからダースの現在地を聞き出し、引導を渡すために急いだ。
「すっかり隠れる暇もないな」
ダースは新手に辟易とする。そんな表情めがけ、澪崎・遼馬は双銃による射撃を繰り出した。
「見える程度なら避けれる。もっと工夫がないとね」
「……」
敵は√能力の模倣を扱う。なら下手に√能力に頼るのは悪手だろうと単純な技量で攻めていく。しかし話に聞く通り、彼は既にいくつかの√能力を手に入れており、何よりも羅紗が厄介だった。その布を変えるだけで多種の戦術を使いこなし、しかもその隙を狙わせない体術も身に着けている。
けれど味方の情報によれば、何も気ないというわけでもない。だからこそ活路を手探りで探っていく。
そのためには時間稼ぎは必要だ。
「それにしても、捕らえた√能力者によくもあそこまで残酷なことができるものだ。天使を信ずるなら聖書くらいは読んだことがあるだろうに」
澪崎・遼馬は、声が届く距離に迫ってそう投げかける。ダースはあえてその誘いを受けるように応えた。
「聖書ねえ。まあ読んだことはあるけれど、あれに私の求めている事柄は記されていなかったよ」
「いいや、今まさに求めているはずだ」
即座に返された否定に、ダースは目を細める。余裕ぶりながらもどこか品定めするような目つきで、突き付けられようとする言葉を舞った。
「箴言11章17節『慈しみある者は己自身に益を得、残忍な者は己の身を損なう』。それが、貴様の未来だ」
「……ふうん」
相槌は簡素。大したことじゃなかったと切り捨てようとしているのだろう。対する澪崎・遼馬は、その正答を自らで示すように攻撃を繰り返した。
「貴様は自分の歩む道が正しき道だと信じているのかもしれんが、他者を弄び虐げる道に光が差すと思っているのならそれは間違いだ」
「何をするにも遊び心は必要だと思うけれどね。余裕のない者に夢は叶えられないよ」
彼は宙に漂っていたインビジブルを掴み引き寄せると、それを剣の形へと変える。その見た目は先ほど戦った仲間が姿を変えた魔剣によく似ていて、彼自身がその身とならなくとも『忘却』の刃を振るった。
√能力【|唯識《ユイシキ》】で刃を消滅させ防御。続けざまの攻撃を第六感で読み取り避けてそのまま『双銃』による後先制攻撃を返す。それを防がれると分かっていたから足は止めず、闇を纏ってその背後へと不意打ちを仕掛けた。
「貴様は、何が目的だ?」
隠密状態からの射撃も看破されて避けられる。それは全く同じ行動。澪崎・遼馬の√能力を真似た後先制攻撃からの隠密状態。不意を突かれた攻撃は、幸運にも兵装で借りたお守りの霊的防護が守ってくれた。
「私の目的を聞いたら、君たちは黙ってやられてくれるのかい?」
「話し合えば、双方に益のある手段は見つかるかもしれない」
「なら武器を下ろしその姿勢を見せたらどうかな? 『慈しみある者は己自身に益を得、残忍な者は己の身を損なう』、だったろう?」
「……」
先ほど告げたその言葉を持ち出されるものの、その銃口を下げれない。目の前の敵が、それを待っているとは見るに明らかだった。
「無論、私は端から君たちに頼るつもりなどないけれどね!」
対話が上手くいか鳴った状況に、澪崎・遼馬は心の内でエドに謝罪を浮かべながら、相いれない敵へと向けて、引き金を引き続けるのだった。
◆◆◆◆◆
『……どこへ、行かれたのですか』
『……ああ。ついに、辿り着かれたのですね』
『……そちらは、お望み通りの場所でしょうか』
『……叶うならば、私もお供したかった』
『……もう、戻っては来られませんよね』
『それなら、私もそちらへ向かいます』
『また、あなた様のためにこの身を捧げましょう』
『どうか待っていてください、女神様』
◆◆◆◆◆
ハコ・オーステナイトは窮地にいる羅紗魔術師たちの下に駆け付けていた。
「ハコの前で何かを『失う事』は絶対にさせません。守ります」
選んだ兵装は自立射撃支援ドローンの『群竜銃』。それらの射撃で群がる黒いオルガノン・セラフィムの注意を引き付け、モノリスを錆びたナイフへと変化させ、迫る敵を二連続で切り払う。背後にはレクタングル・モノリスと『群竜銃』が守護しており、各種射撃によって絶え間ない波状攻撃を行っていた。
「羅紗魔術師の皆さん、下がっていてください!」
モノリス使用による射撃で、傷付いた彼らの撤退を援護する。少しでも多くの命を救うため彼女は留まる。
しかし敵に対して圧倒的に手が足りていない。
「うわあ!? やめっ、わぁあああああ!?」
逃げ遅れた羅紗魔術師が、黒いオルガノン・セラフィムに囚われ空中へと持ち上げられる。こちらが生きている者を見捨てることが出来ないと理解して、わざと殺さずに悲鳴を上げさせていた。
「っ。すぐに助けます!」
ハコ・オーステナイトもやはり、仲間を失うことは許容できない。すかさず羅紗魔術師を掴む腕を攻撃してその人質を手放させた。
だが、その代わりに彼女が囚われる。
「くっ——!」
彼女もまた、あえて生き延びさせられ、宙を運ばれる。そして遠くへとその身を放り投げられた。
咄嗟に受け身を取って立て直し、現在地を把握しようとして、
「———」
そこには、これまで以上の黒いオルガノン・セラフィムが集まっていた。
その理由は既に切り刻まれた残骸にある。それは、ダースが用意していたケーキだった。助ける事の出来なかったその惨い姿に、ハコ・オーステナイトは顔を曇らせる。
「なんて酷い…ハコは…許せません」
仮にどんな理由があるのだとしても、その行為を認めることは出来ない。そう改めて思って、けれどそれ以上に今、彼女はその場から離脱できる保証もなかった。
無数の黒いオルガノン・セラフィムが襲い掛かってくる。その身を切り裂かれても痛みは慣れていると持ちこたえ、必死に天使領域へと戻ろうとする。
彼女は悔しい思いだった。
あの被害者の亡骸を持って帰ってやることも、仇を討ってやることも出来ない。今はこの状況から逃げ出すのが精いっぱいで、自分の未熟さを痛感させられた。
様々な形へと変形するモノリスを駆使して、どうにか耐え凌ぎ、だがそれも次第に限界が来る。
「あっ」
振るったナイフが弾かれ、体勢を崩す。そのまま爪を振るわれナイフで受け止めるも支えきれずに地面を転がった。
そして囲むように集まってくる黒いオルガノン・セラフィム。それはきっと、あの無残な姿となった√能力者と同じ構図。
恐怖よりも悔しさが勝って、ハコ・オーステナイトは最後まで諦めず状況を打開する術を求めて。
その時、黒を白が薙ぎ払う。
「大丈夫ですか!? ピンチだって聞きました!」
駆け付けたのは白いオルガノン・セラフィムに跨ったエドだった。救助した羅紗魔術師から。子の居場所を聞いたらしい。彼がやってきた途端にその戦況はひっくり返り、埋め尽くすほどにいた気がした黒いオルガノン・セラフィムはすっかり減っていった。
「……ありがとう、ございます」
ハコ・オーステナイトはもう自分よりもたくましい少年に、そう感謝を伝え、再び立ち上がるのだった。
サティー・リドナーは辺りを眺めてホッとする。
「街の景観破壊が軽微で良かった。これなら調査もそれほど大変ではないでしょう」
街が瓦礫だらけになっていれば掘り返すのに手間がかかっただろうが、この様子なら大した苦労はない。とはいえ現在進行形で戦闘が行われているから、急がなければ大切な資料が埋もれてしまう。
「そういえば、エド君はこの街に既視感があるようでしたが……」
彼もこの景観記録についてきてもらえれば思い出すきっかけになれたかもしれないが、さすがに戦いの中心にいる彼は離れられない。だからその場に留まるのはサティー・リドナー一人だけだ。
彼女は空からの黒いオルガノン・セラフィムの奇襲を警戒しながら、低空飛行で調査を開始する。
真っ先に踏み入ったのは露店だ。数々の品が並べられていて、しかし長いこと放置されているせいかそれらは埃をかぶっていたり変色していたりと商品価値は見るからに落ちている。
当然、店主はいない。それでも聞き込みは可能だった。
「市庁舎をこの街の営業許可証入手、許可される場所教えて下さい」
√能力【|反射武装化《カウンター・ソウルブレード》】によって、その商品の所有者である露店主との記憶交渉へと試みる。当然その間は無防備になるからと、追加の√能力も行使し武器を手にして、兵装のエネルギーバリアも張って襲撃を警戒しておいた。
「……なるほど、あの建物ですね」
無事情報を受けたサティー・リドナーは、早速示された建物へと侵入する。剣で上階の窓を破り、偉い人の部屋らしき場所を求めて探索をした。
「やはり、この島では羅紗魔術が生活に根付いているんですね」
この街ではあらゆる場所に古代文字が刻まれた布が散見される。突き破った窓を閉ざしていたカーテンもそうだし、先ほどの露店の屋根も、そう簡単には侵入できないような結界が施されていた。
とはいえさすがにそこまで強固なものではないようで、全力で攻撃すれば壊れてくれる。ちょっと罪悪感はあったが、今は緊急事態だからと割り切った。
「さて、塔主ウナ・ファーロについての情報はないでしょうか……」
そうして書斎に辿り着き、手当たり次第に資料を漁っていくが、制限時間はもう過ぎている。
「おっと、もう6分経っていますね。早く戻らないと天使化の影響を受けてしまいます。とりあえず持ち帰れるものだけ持ち帰りましょう」
兵装の耐性もあってまだしばらくの余裕はあるが、帰路に何が起きるかは分からない。サティー・リドナーは持てる分だけの資料をもって、急ぎ本隊へと戻った。
√能力【|反射錬金腕《カウンターアルケミストハンド》】で反撃の準備だけはしながら、ざっと資料へと目を通す。
『13代目様が、何かをされようとしているらしいが、詳しい事は教えて貰えない。ただ、今までの塔主には成せなかったことをする、と。先代様と比べられて焦っているようだったから、悪い方に行かなければいいのだけれど』
『塔の頂に光が現れた。これから13代目様に伺おうと思う。答えてくれるといいのだけれど』
業務日誌の途切れた日付は7年前。きっとその時にこの島の人たちはオルガノン・セラフィムと変わり果ててしまったのだろう。
「それでウナ・ファーロについては……見る所、塔主の正式な呼称のようなものでしょうか」
誰か特定の個人を指しているのではなく、儀式的な場面で塔主を呼称する際に、その名称が使われているようだった。しかしその参照はかなり限られていて、すぐに食い違いが見つかる。
「あれでも、こっちでは2代目塔主を指しているようですが……古い資料だといまいち真実が分かりませんね」
と頭を悩ませているところに黒いオルガノン・セラフィムがやってきて、サティー・リドナーはとりあえずと戦闘を行うのだった。
上陸の直前、兵装を必要としなかったエドに、結月・思葉はそのお守りを渡していた。
『なにも、天使化を防ぐだけのものじゃない。お守りは祈りを込めるものよ。最後は|マルティナ《大切な人》のところに、無事な姿で帰られるように』
言いくるめるようにして握らせ、最悪が起きないように祈る。
『……最後まで、あなたが|無事《正気》でいられるように。その為にも持つべきだと思うわ。「幸運」があるといいわね』
少年はカレーの匂いに困惑していたが、それでも誰かに無事を祈られるのは悪い気がしない様子だった。
「久瀬さん、今なら情報収集に動けるんじゃないかしら?」
結月・思葉は、今しがた黒いオルガノン・セラフィムを斬り倒した久瀬・千影に告げる。
「俺は構わないぜ。アンタの護衛が仕事なのは変わらないしな」
「それならお願いするわ。けど調べたい事がたくさんあるから、そっちの方も頼みたいけれど」
「まあ、出来る事なら手を貸すさ」
そうして方針を決めた二人は、島内の調査へと乗り出した。
お互い天使化しないよう常にエドの動向には気を配りながら、√能力を行使しながら自衛手段を整える。出来る限りの戦闘は避け、目立たない行動を心がけていた。
「それで、何を調べたいんだ?」
「塔とエドの関係に、ウナ・ファーロについてね。そういえばダースもいたわね。そっちも分かればいいけど、さすがに欲張り過ぎかしら」
「それなら魔術師達もいた方がいいだろ。あいつらにしか分からない情報もありそうだ」
「そうね。そうしましょう」
二人だけでの行動にも少し不安はあると、すぐに手の空いていそうな羅紗魔術師を数人集めた。情報収集の手段は、久瀬・千影による√能力だ。
「それじゃあ、やるぜ」
彼は『無銘』を引き抜くと、居合の構えを取り、√能力【|知り得ぬ異能の記憶《シリエヌイノウノキオク》】によって√能力を広範囲化させると、抜刀して仮初の姿を切断し、周囲を彷徨うインビジブルを生前の姿へと変えた。広範囲化させたことでそれは、複数の情報源を生み出し、連れへと差し出す。
「じゃあ、俺は警戒に戻る」
「ありがとう」
対話は自分向きではないと後を託して、久瀬・千影は魔術師と共に周囲の警戒へと戻った。そうしておぜん立てされた結月・思葉はインビジブルへと歩み寄る。
「さて、都合よく知ってくれていると良いけれど」
そこは運に賭けるしかない。とはいえそのためにもお守りを身に着けているのだから少しは期待してもいいだろう。スマートフォンを取り出して、必要な写真を見せながら聞き込みを行った。
「この女性について見覚えはないかしら」
最初に聞いたのはアマランス・フューリーの所在についてだ。攫われたのはここ最近なのだし、見かけているだろう者もいるだろうと問いかけると、そのインビジブルはすっと指を指した。
「塔に、向かったのね。中にいるのかしら」
誰がどうして攫ったのかまではさすがに分からなかったが、これで無暗に島をうろつく必要はなくなった。
「天に選ばれし者と言う存在について知ってるかしら。ウナ・ファーロとの関係性も知りたいわ」
その情報には誰もが首を横に振る。一般市民に広まっている単語ではないようだ。
「それなら、シチリア島に現れた王について、王劍との関係性はあるのかしら」
それについてもインビジブルは知らないという。彼らの記憶でハッキリしているのは3日以内だから、それ以外は曖昧な部分も多いのだろう。少なくとも今現在島を統治している者を王と呼ぶことはないとらしい。
少し聞き込み方法を間違えたかしらと思いながら、結月・思葉は最後にエドの写真を見せる。
「それじゃあこの少年については知っている?」
すると想像していた通りに、ほとんどのインビジブルが先ほど戦っている様を見たと答え、大した情報は得られなかったとスマホをしまおうとしたところで、一人のインビジブルが告げた。
『ヴァーリ夫婦の息子だろう。似ている』
「ヴァーリ夫婦? それはこの島に暮らしている方なの?」
『13代目塔主様の娘夫婦だ。と言っても二人も光の影響を受けたはずだろうが』
「家とか仕事場とか分かったりしないかしら」
するとそのインビジブルは人差し指を動かす。その方角を見つめ、結月・思葉はすかさず√能力【|茨道を照らす、妖精の光《ミライヲテラス、チエノヒカリ》】を行使して周囲で警戒してくれている仲間に情報を共有するのだった。
久瀬・千影は連れが情報収集している間、黒いオルガノン・セラフィム達に邪魔をされないよう戦い続けていた。魔術師に手伝ってもらってるとは言え、彼らの身にも傷つけさせはしないと、その剣を振るう。
√能力【|闇纏い《ヤミマトイ》】によって隠密状態を保ちながら常に先手を取る。黒いオルガノン・セラフィムの翼を切断して飛翔能力を失わせたところで、そのまま切り伏せる。一体に手こずれば他の敵も呼んでしまう。囲まれてしまえばまずいというのは今までの戦いで何度も思い知った事だ。
だからこそ、一体一体に時間をかけず迅速に撃破を試みていった。
既に塔までの距離は半分を超えている。ここまで生き残ってきた羅紗魔術師なのだから彼らも当然強者揃いだ。それに本隊から離れていることもあって、敵の数も少ない。その警戒は意外と和やかだった。
暇が出来れば雑談をする余裕すらある。それも幸運のお守りの力かもしれない。
「その羅紗ってのは俺でも使えるのか?」
「よほどの不器用じゃなけりゃ使えるはずだぜ」
「ところでお前たちはそれ以外の武器も持っておいた方がいいんじゃねぇの?」
「つっても使い勝手いいからなぁ。護身用に持つことはあるけど、やっぱ羅紗で事足りるんだよ」
などとこれまで死線を潜り抜けた仲間達と交流を深めていると、不意に連れからの連絡が入る。
『一応、ここで出来る事は終わったわ。ああそれとエドの名字はヴァーリって言うらしいわよ』
「へえ、むしろ今まで聞いてなかったとは、俺たちも薄情だったかな」
そうして結月・思葉と合流する。他に調べたい場所があったようだが、天使化のリミットも近付いているからと今は天使領域へと戻る事にした。
八辻・八重可は島に到着する前に羅紗の魔術塔の構成員と交渉していた。
「この度はこんな危険な作戦に同行して頂き、ありがとうございます」
「いやまあ、こっちにも目的はあるからな」
島に到着したら迅速な行動が出来るよう、島の地理を聞き出そうとしているのだ。簡単な挨拶を済ませてから早速本題へと切り込む。
「何か知っていることはありませんか? 本当に些細な事でいいんですが」
「いや俺たちは島の中についてはさっぱりだからな。しいて言うならベテランの人が、塔主の人柄を知ってるくらいだろうけど、それももう聞いたって話じゃなかったか?」
しかしやはり彼らから得られる情報はもう出揃っているみたいで、申し訳なさそうにされる。
「そうですね。情報を調べる猶予もさほどありませんし、ここで集められるものは集めておこうと思ったのですが」
「気持ちは分かるけど。まあ、島は羅紗の魔術塔の本部って言うくらいだし、羅紗魔術がそこら中にあるかもな。一緒に来てる人で特に羅紗に詳しい人と行動したら少しはスムーズに調査出来るんじゃないか?」
「それなら、紹介して頂けませんか?」
苦し紛れの提案に、それでも八辻・八重可は嬉しそうにして食いつくのだった。
そうしてシチリア島到着後、彼女は紹介されたベテランの羅紗魔術師と共に探索へと乗り出していた。
歳は70近く、腰も曲がっている。戦闘には自信はないと言って、5人ほどのお供を連れてきていた。八辻・八重可も他人を守るほどの実力はないからそれはありがたかった。
「このままこちらに専念していれば、天使領域からは外れると思いますが、何か兵装は借りてきましたか?」
「うむ、このお守りを借りてきたぞ。いい匂いだったからのう」
「それは頼れる兵装です。ああそれと何か他にしたい行動があるならそちらを優先してもらっても大丈夫ですから」
「いいや、お前さんの手伝いに専念するよ」
気遣いを見せるとベテラン魔術師はにこやかに首を横に振る。そう言ってくれたことに再度感謝を告げ、改めて今回の心意気を伝えた。
「猶予は少ないですが、しなければならないことは山ほどです。厳しい状況ですが、着実に慎重に結果を出して見せましょう」
それはみな分かっていると頷き、彼らは塔へと進軍する本隊から外れて、島内の探索へと向かう。
「それで、具体的には何を調べるんだい?」
「ローラー作戦です。塔、塔主、天使、オルガノン・セラフィム。それら諸々の関する資料があれば余さず回収していきたいです」
「ほっほっほ、欲張りじゃのう」
若者の威勢のよさに、ベテラン魔術師はどこだか嬉しそうだ。それに対して八辻・八重可はただ生真面目に告げる。
「出来る限り戦闘は避けましょう」
「それがよいのう」
そのために迷彩用の羅紗を用意されていた。それは八辻・八重可にも簡単に扱えて、身にまとえば周囲の景色に溶け込無効とが可能だ。オルガノン・セラフィムの索敵を完璧に掻い潜れるわけではないが、ないよりはマシだ。
離れていく本隊との距離を測りながら、八辻・八重可はその報告をする。
「もうそろそろ天使領域は出てしまいます。気を付けましょう」
「おうよ。気を引き締めていこうかの」
若い羅紗魔術師に囲まれながら、二人は手当たり次第に情報を探っていった。書籍に書類、データ類。羅紗の布は魔術師に解析を頼み、すぐに確認できるものは全て記憶していった。
「11代目塔主は、市民からも人気があったようですね。趣味の音楽を定期的に披露していたそうで、11代目の演奏に合わせて劇を行ったりもしていたらしいです」
「お、10代目と9代目は仲が悪かったそうじゃぞ。8代目はせっかちじゃと」
「なんだかここらの代は結構明け透けに書かれていますね。あまり敬われていなかったのでしょうか」
「おっ、悪質な落書きもあったぞぅ!」
そのどうでもいい報告をなぜか嬉しそうにする魔術師の翁。歳をとるほど悪口が楽しいのだろう。
彼のおかげで単調な情報収集もどこか賑やかで、あっという間に時間が過ぎていく。もうそろそろ天使領域へと戻る時間かと思った頃に、その一行は歴代塔主の像を見つけた。
「これが、これまでの塔主の姿ですか……」
「ほう、ほうほう!」
並んでいるの11体。それらにはそれぞれ名称と在位期間が刻まれており、それらは羅紗魔術によって掘り出されているようで、ベテラン魔術師は興奮しているようだった。
『6代目塔主 フェルディナンド二世 1750~1812』
『5代目塔主 マルクス・フェルディナンド 1731~1750』
『4代目塔主 フテミミ 1648~1731』
『3代目塔主 ロディール・ノルマンディー 1647~1648』
「二代目と初代はないのですね」
「ふうむ、この3代目と4代目は同じ者が作っておるな……。しかもどれよりも精巧。もしかすると塔主様本人が作っておるのかもしれんな」
「それじゃあこれって、400年以上前のものなんですか?」
「恐らくのう。他のも年代的にはその当時に作られておるの。在位期間だけは後で彫られているようじゃが」
一部、同じ癖がある像もあるため、全て当時の塔主本人が作ったと言う訳ではないらしいが、しかしそれはこんな場所に野ざらしに置かれていては疑問なほどに年代物であるらしい。
「もしかしたら、自分の似姿を作って実力を示すのが、塔主としての伝統だったかもしれんのう」
ベテラン魔術師はそう言って、八辻・八重可も歴史を感じて言葉を失って見つめる。
そうして時間が経つのを忘れていると、
「オルガノン・セラフィムが集まってきて——ぐあぁっ!?」
周囲で警戒していた魔術師達が敵襲を報せようとして、その途中で切り刻まれる。八辻・八重可たちはすぐに集めてきた資料を抱えてその場を離れようとするものの、既にその周囲は黒いオルガノン・セラフィムに囲まれていた。
「これはマズいのう」
「ええ、時間ももうないですよ」
ベテラン魔術師が零す。随分と時間を使いすぎてしまっていた。天使化の影響もそろそろ出てしまう頃合いだ。
資料を捨てて全力で切り抜けるか。いやそれでも時間が間に合わない。そう悩んでいた八辻・八重可の下へ、突然お守りが投げられた。
「お嬢ちゃん。あとは任せなさい」
「な、なにをする気ですか!?」
咄嗟に御守りを受け取った八辻・八重可は、けれどその行動の意図が分からず、彼を見つめる。するとその老人の姿は徐々に、金属の肌へと覆われていっていた。
「こんな老体でも戦える術が、都合よくあったわい」
彼は問いかけに応えず、変貌していく自分の姿をむしろ望むように笑って見せる。
「それじゃあひと暴れするかの———!!!」
そして、振り下ろされる爪を、その金属の身体で受け取んた。
オルガノン・セラフィムと化した彼は、怪物として、黒個体と対峙する。それはただ暴れているだけで、統率の取れた敵集団に敵うはずはない。
すぐに制され、その体を引き裂かれようとしていて。
それでも確かに、敵の気を引き付けてくれていた。
「っ!」
八辻・八重可は託された思いを無駄にしないため、彼らと見つけた資料を持ち帰るのだった。
八木橋・藍依はエドを中心とした天使領域を拠点と見做しての防衛線を行っていた。
「防衛は任せてください! 攻撃の専念をお願いします!」
前線を押し上げる仲間達へと声かけながら、彼女は兵装『CSLM』によって飛行しながらの機動力で素早い対処を行っていく。
単純な攻撃力では黒いオルガノン・セラフィムには後れを取る。だからこそ零距離へと詰め一斉発射をして少しでもその金属に悲鳴を上げさせようと試みた。
反撃にと爪を繰り出されれば、タイミングよく防御して一切の負傷を排除して、兵装によるエネルギーバリアで不意打ちも食い止める。
その身は既に√能力を発動して、強化されてあった。そのままでは通用しないだろう技能も、その万能の力に押し上げられたことによって通ってくれる。
遠目に窮地の仲間を見つければ、すかさず狙撃によって敵の行動を制圧。その間に駆け付け、エネルギーバリアを張りながら拠点へ戻る誘導も行った。
「た、助かったよ……」
「いえ、このために防御特化の武装に調整しておきましたからっ」
一命をとりとめた羅紗魔術師からのお礼に、なんてことはないと言って見せる。戦況が安定して生きていることもあるが、確かにその拠点の中心は、戦場にあって安全と呼ぶべき状態にまでなっていた。
八木橋・藍依は立ち止まらず、拠点を守るために周囲を転々と移動する。
「調査してくれている方は他にもいるでしょうから、私は戦闘に専念しましょう。新聞記者として、探求心はくすぐられますが、今はカメラマンと割り切って!」
ドローンである『千里カメラ』によって敵の位置や行動の法則を把握して得た情報は可能な限り味方へと伝えてある。その内容はこの戦いが終われば、漏れなく記事に使ってやろうと考えながら、彼女は自らの半身でもあるHK416で攻撃を行っていった。
天使領域からは絶対に出ないよう気を付けながら、手の届く範囲を守り切ろうと心がける。
「やはり黒いオルガノン・セラフィムはキリがないですね。ですがまとまって来てくれるのなら!」
どれだけ倒しても新たな敵はやってくる。ただしヨーロッパの各地で戦った個体は無秩序に動いていたが、今目の前に迫っているそれらは連携を意識してまとまって動く。
ならこの力の出番だと、√能力【|証拠を守れ!《エビデンスガード》】を行使し、特性カメラから現場保存フラッシュを放った。
「さあ、あなた方は置いてい行きますよ」
固まった敵集団を丸ごと行動不能にし、はるか後方へと置き去りにしていく。何も倒すだけが戦いではない。出来るだけ不要な戦闘を避ける事こそが今は求められている事だった。
味方の情報も頼りに、限りなくダメージを受けていない敵集団に向けて同様の√能力を放っては、体力の消耗を防いでいく。
そうして一丸となっていたその集団は、最初の阿鼻叫喚とは打って変わって随分と余裕を見せ始めていた。
「塔もかなり近づいてきましたよ!」
目標までの道も随分と踏破した。この調子で進めば、想定以上に被害は少なくて済みそうだ。
シアニ・レンツィとリリンドラ・ガルガレルドヴァリスは塔へ向かう本隊から離れて戦っている。
「怪我したら言ってね! ミニドラに回復させるから!」
「問題ないわ! さっさと片付けるわよ!」
対峙する黒いオルガノン・セラフィムの数はそう多くはない。対して彼女らの他にも、三人の羅紗魔術師が同行していた。
「早く帰ってマーシーちゃんの笑顔を見たいぃ!」
「そんなのみんな同じよ! ちゃんと働きなさい!」
「うっ、マーシーちゃんの足裏成分が切れかかって……」
てアザレア・マーシーちゃんの笑顔を守る会会長のマルモが敵の攻撃を得意の守護魔術で防ぎ、アザレア・マーシーちゃんを見守る団団長のミーテが優れた探知魔術で不意打ちを許さず、アザレア・マーシーちゃんに踏まれ隊隊長のマレルフが容赦ない質量攻撃魔術で敵を蹴散らしていく。
危険な戦場でありながらも、肩書らしく彼らはいつまでも騒がしい。とはいえ、戦闘の役目はきちんとこなしている。それを頼りにシアニ・レンツィがハンマーをぶん回し、リリンドラ・ガルガレルドヴァリスが屠竜大剣を振り抜いた。
シアニ・レンツィの√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】によって召喚されたミニドラゴンの陽動のおかげで近くに黒いオルガノン・セラフィムはさほど集まってきていない。
今しがた最後の一体を切り伏せ、その辺りは静かなものへと変わる。
「一息ついたね。それじゃあ早速調査しよっか」
「それならこれを持っておくといいわ」
リリンドラ・ガルガレルドヴァリスは√能力【|正義独創《アクノヨウセキ》】によって『万能治癒薬』と『対象の時を止める時計』を作り出し、多少は情報収集もはかどるだろうと前者を託す。使い方も説明しながら、二人は目星をつけていた図書館へと入っていった。
そこは島一番の図書館のようで、かなり大きい。羅紗魔術が根付いていることもあってか、本の中には羅紗を用いた魔術所もいくつか散見された。当然全てを読み込むのは不可能。あたりを付けて、探す情報を絞っていく。
「王様が治める外界から隔絶されてた島かぁ」
「閉鎖された島という特殊環境、魔術研究には好都合なのかもしれないわね」
「とりあえず読むのは後回しにして、出来る限り鞄に詰め込んでいこっ」
「そうしましょう」
シアニ・レンツィは歴代塔主の肖像画や逸話などが載った資料を中心に集めていく。島外で得られなかった情報を埋め合わせられたらと出来るだけ多くに手を付けた。
「それと、最近の出来事が載った新聞や業務日誌なんかもいいかな」
歴史書だけでなく島がこうなる直前の事も把握できるような内容にも手を伸ばす。図書館中をせっせと探し集めていると、ふとその暗闇を見つけた。
「これは、立ち入り禁止? あー痛んでいる本なんかが保管されてるんだね」
一般利用者には入れないように施錠してあったその先は、解放されている書物から比べて年代物のようだ。痛んでいるから持ち帰るには慎重を要するだろうが、一冊だけならとその中でも特に古そうなものを選び取るのだった。
リリンドラ・ガルガレルドヴァリスは√能力【|正義覚醒《アクノシュウマク》】を試みて、並行世界の幾千、幾万の彼女との記憶を共有し、多視点の情報を統合しながら調べていっていた。
「歴史に関してはシアニが集めているみたいだし、わたしはオカルト関連に集中してみようかな」
特にこの島では羅紗魔術が生活の基盤となっている。魔術的な文献ならいくらでもあるだろうと当たった。公的な魔術研究の書類だけでなく、関係しているかも分からない絵本や寓話類も許容する。仲間が調べている資料では手が足りなさそうな箇所を特に重点的にだ。
そうしながらも彼女はタイムキーパーも兼ねていた。既に天使化領域からは外れている以上、帰還のタイミングを見誤れば命の危険がある。仲間達の耐性強度と現在時刻を照らし合わせ、そろそろかと声をかける。
「シアニ、もうそろそろよ」
「わ、もうそんな時間?」
合流したシアニ・レンツィは大量の成果を得ていて、これならかなりの範囲の情報をカバーできるだろうと確信する。そうして二人は大量の蔵書を抱えて図書館を出て、敵襲が来ないか見張っていた三人の魔術師に礼を告げる。
「それで、マーシーちゃんの土産になりそうなものは見つかったの?」
「中身は確認していないけど、これだけあるんだからきっとね!」
女性羅紗魔術師の疑わしそうな問いかけに応えていると、隣で虚ろな目をした男性羅紗魔術師二人が理性を失い始めていた。
「……なあ、お前マーシーちゃんの真似して笑ってみてくれよ」
「それじゃあ君はマーシーちゃんのつもりで僕を踏んづけてくれ……」
「本当に狂気耐性つけてるの?」
愛する者と離れすぎた影響でおかしくなっている男性二人に、リリンドラ・ガルガレルドヴァリスはつい眉を顰めてしまう。そんな彼らと無理矢理に円陣を組んで、シアニ・レンツィは天使領域に残しておいたミニドラを目安に転移を行った。
そうして5人は無事、情報収集を終え、集めた資料を整理するのだった。
「あ、これ、ダースさんじゃない?」
シアニ・レンツィが指さすその肖像画の写しには、確かにダースに似た白髪の初老の男性が描かれている。しかしその年代を見て、リリンドラ・ガルガレルドヴァリスは疑問を浮かべた。
「12代目塔主……けど、本当にそうだとしたら、年齢が合わなくない? ほとんど見た目代わってないみたいだけど、少なくとも30年前なんでしょこれ?」
「んー、若返る力でも持ってたのかな? 身体の時間だけ撒き戻すとか出来そうな雰囲気あったし」
「まあそうね。それじゃあ共有しておかないと。他の資料も合わせて」
適当な推測を浮かべるが、しかしこの戦場で遭遇した話を聞く限りでもあらゆる力を使いこなしていてもおかしくないとは納得感がある。それからも入念に調べて言って、二人は手に入れた情報を余らず仲間達へと伝えていった。
【塔主の役割】(一部抜粋)『塔主は島を統治する長であり、その組織は外部へと広がった時に羅紗の魔術塔と呼ばれるようになった。代々、塔主に選ばれるのは前塔主からの推薦が定めであったが、8代目以降は選挙的な形で選ばれている。』
【歴代塔主の話】(一部抜粋)『4代目は魔術、5代目は剣術、6代目は共に優れていた。3代目は卑怯で脆弱の象徴であり、歴代塔主において最大の汚点だ。』
【ウナ・ファーロとは?】(一部抜粋)『ウナ・ファーロは塔主そのものを指すという説と2代目もしくは初代塔主を指すという説があるが、定かではない。その名称を実際に使っていた者はほとんどなかったようだ。』
【推定700年以上前の手記】(一部抜粋)『さて、こんな姿になってしまってどうしたものか。いや丁度いいのかもしれない。あいつにこの座を譲ろう。ついでに名も与えてやろう。』
【羅紗魔術指南書】(一部抜粋)『羅紗魔術のほとんどは、2代目塔主が扱っていた魔術を原型に、4代目が羅紗へと落とし込んだものだと言われている。』
【不老の塔主】(一部抜粋)『2代目塔主は、究極の魔術を完成させようとした半ばでその命を絶たれてしまった。完成していれば一体何が起きていたのだろうか。彼女は周囲に漏らす事はなかったという。』
【バベルの女神】(一部抜粋)『かつて、大きな大きな塔を築いた者たちがいました。その塔は、あと少しでこの世の全てがある天へと届こうとしていました。しかし天の怒りに触れ、壊されてしまいます。それによって多くの人々が諦めましたが、中には再び塔を築く者もいました。ただしそれは天へと届かせるためのものではありません。彼女は天を守るために、その高さから世界を見張っていたのです。』
【|蛇を掴む者《ハベラー》】(一部抜粋)『古代からヨーロッパ地域で活動していたと言われる組織。その形態は宗教的なものだったようだが、信徒は限りなく少なく内情も不明。それらが扱う魔術は多くの魔術の原型となったと言われている。その魔術の特徴からバベルの塔とも呼ばれていた。』
森屋・巳琥はオペレータを務め、大所帯の即席組織の潤滑油となっていた。
「このままいけば、塔まではたどり着けそうです。ですがまだ油断は禁物です!」
√能力【|白き鳥の指揮者《コンダクター・オブ・シマエナガ》】によって大量のシマエナガ型自律性ビットを召喚し、索敵に当たらせている。それらによる情報を通信の取れる仲間達へと逐一送っていたが、その内容は少しずつ平坦なものへと変わっていっている。
黒いオルガノン・セラフィムの襲撃はまだあるが、こちらの勢いが勝っているのだ。それにダースを引き付けていたおかげもあるだろう。オルガノン・セラフィムを誘き寄せるケーキも補充の前に消費され、進路上に固まっている集団は減っていっていた。
他の√能力者の活躍のおかげで索敵用ビットも十分な数用意出来ている。それに加え、√能力【|情報検索ソフトウェア『検索さん』《サーチ・アシスタント》】によって、√能力者にだけ許される『世界移動(徒歩)』の場所探しも終わっていた。
「致命傷を受けた者や、ケーキ化している人たちは今の内に伝えた地点へ運んでください! 別√に繋がっているはずですのでそちらから離脱を!」
無数のビットと余裕が生まれた仲間達のおかげで、戦況はかなり明確に把握できている。ひん死になっていた羅紗魔術師も、彼女の指示のおかげで一命をとりとめた者が数名ではあれど現れていた。
本当なら全てを救いたかったがそれは贅沢だ。それでも少しでもその数を増やそうと森屋・巳琥は指示に注力する。
「……調査も、やらないといけないのです」
どれだけ優位的な状況になってもやることは尽きない。何よりもこの道程はまだ半ばなのだ。この先のことも考えないといけなかった。
WZの自動操縦で天使領域と並走しているとはいえ、頭の数が足りていない。とはいえもう塔への道のりも半分を過ぎた所。羅紗魔術師と√能力者たちの連携も高まってきていて、随分と安定した行軍ではあった。
「余っているドローンもいますし、そちらに情報を集めさせましょう」
指揮に手を抜くわけにはいかなかったが、使える手があるのならとドローンで島内の捜索を任せる。直接見ての回収ではないから漏れはあるかもしれないが、何もしないよりはマシだろうと有益そうな資料を取り寄せさせた。何よりこれなら天使領域の範囲外に出る心配もないし、ドローンならオルガノン・セラフィムにも邪魔されない。安全ではあった。
森屋・巳琥はオペレーターを努めながら、時折戻ってくるドローンの成果に目を通す。
「まずは塔攻略の足がかりがあればいいのですが……」
前回、羅紗魔術師の伝手で調べた範囲には限界があった。今回ではそれらについてリベンジしたいと意気込んで、古い資料を読み込んでいく。
ほとんどがあまり意味はなさそうなものだが、重要な情報を飛ばすわけにもいかないと必死に目を凝らした。
「250年前からヨーロッパの裏世界に進出したのは、6代目塔主の方針だったのですね。それまでは本当に島の内だけの組織だったと……むしろ羅紗の魔術塔と呼ばれるようになったのは、周囲からの評価故なのですね。それまでは長年怪異の対処に苦しんでいたのですか。それでは、島縮小の原因は……えっ一人の男性が叩き割ったっ? ああ、これは神話ですか……」
あまりこれからの戦いには|関係なさそうな《フレーバー》情報もとりあえずは頭に入れ、次の資料へと移っていくと、そこで何かこれは必要かもしれないと感じる。
「おや、この書物には7代目塔主について少し詳しく載っていますね」
そこには簡潔にではあるが、その偉人についての功績が記されていた。
『7代目塔主フェリーチェ・フューリー。歴代塔主においては珍しい女性の塔主であり、由緒正しいフューリー家の一人娘である。フューリー家の生まれに相応しく隷属魔術を得意としており、在位期間に仕えていた彼女の部下は全て隷属されているたのではないかと言う噂もあった。彼女を塔主に任命した6代目も隷属されていたのではないかとも言われていたが、これは6代目当人が否定している証拠もあるため、ただのやっかみだったのだろう。女性である彼女に、周囲の風当たりは強かったようだ。知られている限りでは親しくしている者はなく、多くの者が「彼女は底知れない野心家だ」と語った。その手腕自体は凄まじく、島外での活動を活発に行い、羅紗の魔術塔がヨーロッパの代表的な組織となったのは彼女の功績と言われている。1828年、島外にて何者かによって暗殺される。この事件によって、後の塔主はまた引きこもるようになってしまった』
何よりもまず、その名前に目が行く。
「フューリー……アマランスさんと同じ姓ですか。もしや彼女を拉致したのはこの方……いや、少し飛躍しすぎでしょうか」
王劍の力なら、かつての亡霊を蘇らせることも可能だろう。その推測からあり得ない話ではないかと繋げてみたが、やはり確証はない。
と、一息に情報を詰め込んでから、森屋・巳琥はふうと一息つく。
「……さすがに、こんなに色々な資料に目を通すと疲れますね。島外と隔絶していたために情報量も多くて、どれが必要なものかを探し出すのだけでも一苦労です」
そのWZ内では、計器類の数字が隠されてしまうほどに読み終えた資料が散乱していた。幸いにも今は、前線も余裕をもって進攻しているようで、問題ないと言った旨の報告ばかりが届いている。
「ダースさんの目的は分かりませんでしたが、彼は一体何をしたいのでしょうか……」
恐らく偽名であろうし、その名前が見つかる事はなかった。今まさに敵対している相手の情報ならばすぐにでも欲しかったがそううまくはいかないらしい。
森屋・巳琥はとにかくいつ事態が急変してもいいように、書類の整理を急いでいると。丁度その報せが入ってくる。
『ダースが、エドに近づいているぞ!』
焦ったような仲間の声。それを聞いて飛び上がり、森屋・巳琥はオペレーター業へと戻る。散らばせたビットから、また大量の情報をそのWZ内へと収集させた。
「ついに踏み込んできましたか。一体、ダースさんは何をする気なのです……!」
夢野・きららは常にエドを守るように立ち回っていた。その身に兵装『CSLM』を身に着け、黒いオルガノン・セラフィム達の攻撃を軽々と掻い潜る。そうしながら彼女は思いを馳せていた。
(こうして彼のために戦うのも、もう何度目だろうか)
『CSLM』のエネルギーバリアと自らが行使できるエネルギーバリアを重ねて鉄壁として、あらゆる攻撃を弾いてみせる。その後ろには決して進ませない。
(彼を守ると、マルティナちゃんと約束を交わしたけれど——守るのは体だけじゃない、心もだよ。どれだけオルガノン・セラフィムの使役が上手くなっても、どれだけ戦いに心が慣れていっても、失った彼自身の残滓が彼には必要なんだ)
黒いオルガノン・セラフィムは√能力の効きが悪い。だからこそ扱う√能力は自らの身体強化や緊急回避、あるいは敵の能力の打ち消しに重点を置いた。主に敵へは武器その者の性能や単純な技能によるもので対処していく。
(それがエドくんの中に残っていなかったとしても、マルティナちゃんの思い出の中に残っている。だからエドくんの心がこれ以上摩耗しないようにぼくは戦うんだ。マルティナちゃんの元へ戻れた後にエドくんが失った物を思い出していけるように)
サブウェポンの拳銃で制圧射撃をして敵の動きを止めている間に、メインウェポンであるWZ用の”イオンスライサー”で敵の身体を切断してトドメを刺し、そしてまた次へと向かう。
(ああ、ぼくは天使に選ばれるような感性の……元々のエドくんを見てみたいのかもしれないな。ぼくが取り繕っている人間性は|空想の存在《魔法少女》を真似しているだけだ。そんな綺麗な物が現実であったならと、振舞っているだけに過ぎない)
その戦いぶりは彼女のアイデンティティにも近い魔法少女とは絵面的に離れているが、最近はそう言うのも流行っているのだったかと割り切って戦った。そのくらいの雑念を挟む余裕さえある。
(歪んでいるのかもしれない。いや、そもそも欠け落ちているんだ。けれどね。本物を求め続けていれば他者からは本物に見えることもあるんだってさ。こんなぼくが助けても本物に救われたと感じてくれた人がいた。だからきっと君も……いいや、帰った後の話を塔に着く前からするのは縁起が悪いかな)
ふと足を止め、色々浮かべていた思考に水から思わず失笑する。
それからふとエドの方を見ると、その二の腕に血が流れているのを見つけた。
「エドくん、その傷は大丈夫かい?」
「え? ああ、少しかすっただけで大したことはないですよ」
「いいや、どんな小さな傷でも放っておくのは危険だよ。手当させておくれ」
夢野・きららは持参していた包帯をエドの傷口へと巻き付ける。それは√能力を抑える効果もあるから、もしかしたらエドが暴走した時に何か保険になってくれるのではないかと持ってきたものだ。
「え、えっと、ありがとうございます」
「天使の体に、ぼくの医術がどれだけ通用するかはわからないけれど……やっぱり傷付いた体は見過ごせないからね」
「僕は全然……」
金属化した肌とは言え、年上の女性に触られて緊張しているのだろう。視線をさまよわせている少年。それに夢野・きららは更に困らせるようにその手を繋いだ。
「シチリア島についてから、君はどこか懐かしいような……遠い目をしていた」
「えっと……はい。なんだか見覚えがあった気がして」
夢野・きららはそれが何か彼が心奪われたり誰かに惑わされたりする前兆ではないかと危惧していた。だからこそこの場に繋ぎとめようと、その手を握り、彼と視線を交わす。
「この手に通う熱は、マルティナちゃんと約束をした温もりだ。それが伝わるといいなって、それを伝えたかったんだって、ぼくの中の幻想が囁くんだ」
「……」
夢野・きららは託された願いをその手の平を介して伝える。
「ねぇ、エドくん。……魔法少女が誓う。夢野きららはエドくんを無事に連れ戻す」
「……えっと、大丈夫ですよ。そんなに畏まらなくても」
エドは照れたように誤魔化してそう言った。それから視線をこれまで共に戦ってきた仲間達へと巡らせる。
「皆さんがいるんですし、無事に帰れますよ。僕もあまり心配はしてません」
その笑顔は信頼の証だったのだろう。そう言ってくれて嬉しくなりつつも、誓いに意味がなかったとは言わない。
「とはいえね、誓いを立てておくとやる気も変わってくるからね」
「そう言うものなんですか?」
「何か成し遂げたい事があるのなら、口にした方が実現しやすいのは本当だよ。エドくんもハッキリと口にしておいたほうがいいんじゃないのかな?」
改めて彼の望みを聞こうと踏み込むと、その幼い瞳は少し俯いた後に塔へと向けられた。
「僕は……ただ、マルティナや他の人の平和が脅かされないようにしたいだけです。けどほんの少しだけ、あの塔に何があるか、誰がいるか知りたいんです」
「そうか。うん、ぼくはそれを全力で手伝うよ。遠慮なく頼ってくれよ」
「え、ええとはい。それじゃあその時はお願いします」
ずっと手を握られっぱなしで、曖昧な笑みを浮かべる少年。一体いつ離してくれるのだろうかと少し居心地悪くさえなっていた時、その報告は入ってきた。
「ダースが来てるぞ!?」
√能力者のその叫びはすぐに蹴散らされる。その方向は明らかに戦いが激しくなっていて、エドと夢野・きららも即座に戦闘態勢を取ったその時、それは現れた。
「やあ、随分と久しぶりな気がしますね。エドくん」
「ダース、さん……」
目の前に現れたその男は、これまでと変わらずにこやかな笑みで、彼に恩を感じているエドは、その邪悪な一面知ってなおも敵意を向けられないでいる。
その代わりにと夢野・きららが前に立つ。あえて隙を見せるように礼節は欠かさずに頭を下げた。
「これはこれはダースさん、こんにちは。ぼくは夢野きららと言うんだ。その悪辣な噂は聞いているよ」
「私は君のことを全く知らないねえ。私とエドくんの感動の再会に水を差すのかな?」
自身が敵対していることを隠しているつもりはないのだろう。ダースはあえてそう言ってこちらの神経を逆なでてきた。それにすぐ言い返そうとして、けれど少年に止められる。
「ダースさんと、話をさせてください」
「エドくん……」
「ほら、彼も私と話をしたいみたいだよ」
やっぱり邪魔だった、と言うように嘲笑を向けてくるダース。それには答えず、じっとエドの身に何か起きないようにと構えておく。
エドは夢野・きららの前へと出て、まっすぐとダースを見つめた。
「皆さんの仲間を傷つけてるって聞きました。それに、邪魔もしているって。どうして、そんなことをするんですか? マルティナは救ってくれたのに」
「彼女らには私のことをどんな風に聞いたのでしょうか」
「人を生きたまま、その、ケーキみたいにして弄んでいるって。それに皆さんが傷付くようにあの黒いオルガノン・セラフィム達を先導しているって」
エドが見つめる先には、今も襲撃してくる黒いオルガノン・セラフィムがいる。それらはこうして話している間、白騎士たちが押しとどめていてくれて、時折討ち漏らした敵は、ダースが片手間に処理をしている。その実力は圧倒的で、夢野・きららも負けてはいられないと魔術でエドの邪魔とならないよう処理を行っていた。
エドの回答に、ダースは相変わらずの笑みを湛えたまま。
「それで、君は言われた通りのことを信じたのですか?」
「え? 違うんですか?」
「いいや、本当ですよ」
エドは信じたかったのだろう。一瞬その可能性が見えて安心しかけるものの、それはすぐに否定される。しかしダースは一切悪びれる事もなく続けた。
「ですが、もう少し自分で確かめたほうがいいですよ。私みたいに擦り寄って利用しようとしている者もいるでしょう。だから自分で選んで進むべきです。周りに左右されては、君が望むものは得られなくなってしまいますよ」
「ダースさんは、僕に何をさせたいんですか……」
「だから自分で考えるようにと言ったでしょう? ですが、少しヒントはあげましょうか」
と言ったその瞬間、ダースは周囲に無数の砲台を作り出す。それらが一斉にエド達へと発射された。
「危ないっ!」
夢野・きららは咄嗟に兵装のエネルギーバリアと魔法の『日傘』を用いて砲弾を受け流す。しかしその照準はもとより少年ではなかった。
「……まあ、振り切ればいいことか。さあこっちですエドくん!」
ダースを仕留めようと集まっていた√能力者の数を減らして、彼はエドを誘って走り始める。不意の一撃を受けて負傷した味方を一瞥しながらも、エドはダースの方を見つめ、
「行ってはダメだよエドくん。どう考えても罠だ」
「けど……」
夢野・きららがその方を掴んで引き留めようとして、でも少年の視線はダースの方へと向き続けていた。
そして彼は、制止を振り切って白騎士へと跨る。
「やっぱり、ダースさんの目的を僕は知りたい!」
彼は自らそう選んで、ダースを追いかけた。そうなると予感していた夢野・きららはすぐに兵装を起動して宙を行く白騎士に追従する。
「一人では行かせないよ」
そして√能力【|ラビットスタイル《ラビットコネクト》】【|ダモクレスの剣《ダモクレスノツルギ》】を行使して、その移動速度を引き上げ、エドをも追い越してダースを捕まえに罹った。
「逃がさないよ!」
「君は読んでいないのだが……」
√能力【|竜漿魔術《リュウショウマジュツ》】によって隙を見つけ出し、更なるスタイルチェンジを行って敵の身を引き寄せる。僅かにしか効いてはいないが、それで十分と魔術を連鎖させた。
「分身に、改変。そしてこれで、決める……!」
自身の分身を無数に生み出し、必殺技のバンクシーンを経て必中の空間を生み出す。そうして、無数の分身で同時に√能力【|魔法少女術《リャクシテマジュツ》】を放った。
その幾重にも重なった一撃は、辺りを焦土と化す。その中心にいるダースも悉く焼き尽くそうとして、
「……随分と久しぶりにこれを使ったよ」
しかしダースはその場に立っていた。彼の周囲には幾重にも張られた結界の跡がある。一層目はインビジブルを無理矢理変えた壁、二層目は怪異の盾、三層目は羅紗のカーテン。それらは夢野・きららの集中砲火によって、ほとんど見る影もなく消失していたが、しかしあと一枚のところで防がれていた。
羅紗にも刻まれていた古代文字が、布を介さずに宙に浮かび上がっている。不気味に蒼く輝くそれは、中心にいる術者を完璧に護っていた。
そしてそれが再び動く。
「|潰せ《————》」
ダースが呟いた言葉は、聞いた事のない言語だった。しかしその意味がなぜとハッキリと伝わって、それと同時、夢野・きららの周囲に古代文字がまとわりつく。
「っ——!?」
突然、体が磨り潰されるような圧力に襲われ、咄嗟に√能力【ルートブレイカー】で消滅させる。それによって圧力は焼失してくれるが、あと少し間に合わなければ本当に言葉通り潰されていた。その未来に思わず歯噛みしていると、隣を白い怪物が通り過ぎる。
「待ってダースさん!」
「さあ、君に道を示しましょう!」
手を伸ばすエドは、ダースに誘われるがまま、路地の角へと曲がっていった。その姿はすぐに消え、その様子をじっと見つめていた夢野・きららは、疲弊する体に無理矢理力を入れる。
「絶対に、エドくんには手出しさせない……!」
誓いを守るため、魔法少女は少年の手を握ろうとした。
◆◇◆◇◆
エドはダースを追いかけていた。
塔へと向かう行軍の邪魔をしてきたかつての恩人。その目的を知りたくて、手を伸ばす。それに何よりも、これまで助けてくれた人たちを傷つけたことが許せなかった。
誘われたのは変哲のない住宅街のようだった。この島は7年前に天使化が起きて時が止まっているという。ほとんど当時のまま残されているそこを、少し不気味にも感じてしまった。
けれどそれと共に、強烈な郷愁を覚える。
(ここ、知ってる……)
建物の色に路地の形、空気の匂い。それらに触れ、確かな記憶が蘇ってくる。
自分はここで、暮らしていた。それは、幼馴染の少女と暮らす前の頃。
その一瞬、ダースのことも忘れて周りの景色に気を取られて、けれどすぐにその声が呼び戻す。
「エドくん、こちらです」
「っ」
ダースは足を止めていた。そこは、壊れた家屋の前だった。
エドは、その家屋の元の形を知っていた。
「僕の、家……」
「おや、思い出しましたか」
明確にその記憶が予備ガエル。
そうだここは自分が生まれて、4歳まで育った街だ。そしてその時には確かに両親がいて、愛されていた。
無意識にその姿を探し、エドはそれを見つけてしまう。
「……」
そこにあったのは小さな石碑が二つ。家の庭だった場所に立っている。
「島がこうなった時、二人は共に天使になられたようです。ですが、塔主のやり方を否定するために自らその命を絶ちました。それは、私が弔ったものです」
エドは吸い寄せられるように石碑の前に跪き、それに触れる。しかしそこからは何も感じられない。只冷たい石の感触しかなかった。
「現塔主は、彼女らの父です。つまり、あなたの祖父に当たる。彼がこの島を、君をこんな風にした。そして、世界を終わらせようとしている」
「僕の、おじいちゃんが……?」
「ええ。そしてそれを止めるには、彼が偶然にも手に入れた王劍を奪うしかないみたいです。壊しても可能ですが、そうすれば彼はそのまま死んでしまうでしょうね。話したいことがあれば、彼の手から王劍を手放させるしかないのです」
「……」
黙り込むエドに、ダースは仕方ないとばかりに隠していた事を告げる。
「実は私もその王劍に興味がありましてね。だから他の方に奪われたくなくてちょっかいをかけてしまったと言う訳ですよ。でもエドくん。あなたになら、私も彼を知ってる身として思うところがあるので、譲っても良いと考えています」
「…………」
ダースの明かした目的に、エドはまだ言葉を返さず。けれど少し置いて彼は、反抗するようにその瞳を向けた。
「……本当のことも言ってるとは思います。でもやっぱり、全部は信じられない。だから、皆さんと相談します。その上で、僕は自分のやるべき決断をする」
これまで助けてくれた人をむげには出来ない。何よりも目の前の男は、その人たちを傷つけたのだから。
そうきっぱりと告げる少年に、ダースは少し呆れたように肩をすくめる。
「それもいいですが、しかし彼らはあなたの大切な者を守れなかったみたいですよ。果たして信頼してもいいものですかね」
「え?」
エドが首を傾げたと同時、彼を追いかけていた√能力者が追い付いた。彼女は慌てた様子で今しがた聞いた通信の内容を伝える。
「エドくん! マルティナちゃんが……!」
突如挙げられた名前に少年の顔色は変わり、その時にはもう、ダースはその場から去っていた。
◆◇◆◇◆
赫夜・リツは味方からの指示に従い、救い出す事の出来た|√能力者《ケーキ》を別√まで運んでいた。その数は10人もなく、零れ落ちた命の方が多い。
「この人達を頼んだよ」
「はい。任せてください」
√EDENのシチリア島で出迎えてくれた味方に託し、彼はすぐにまた√を跨ぐ。その背中に救護を託されてきた味方はふと声を投げかけた。
「戻られるのですか?」
「うん。まだ油断できない状況みたいだからね。死を覚悟しているんだ。最後まで尽力するよ」
「……そうですか。お気を付けて。必ず、戻ってきてください」
エールを受け取り、赫夜・リツは再び戦場へと戻った。すると早速黒いオルガノン・セラフィムが立ちはだかる。
「あなた方の対処ももう慣れてきたよ」
しかしもう何度と潜り抜けた戦いだ。それほど恐怖はない。
√能力【|荒れ狂う剛腕《アレクルウゴウワン》】によって真っ先に数を減らし、カウンターをされれば異形の腕で完璧に防ぎそのまま弾き飛ばす。後方から迫られれば『毒銃』や『破壊の炎』によって牽制して、置き去りにした。
敵の数も減ってかなり戦いやすくなっていることを実感しながら、赫夜・リツはふと思い出してスマホを取り出す。
「偵察は上手くいってるかな……」
ルートを渡る前、塔に向かう本隊が目的地にかなり近づいてきたこともあって、『ミニチュアバード』を調査へと向かわせていた。目立たないよう注意し、罠等を調べられたらと思っていたがしかしその情報はごく限られている。
「……塔に入ってすぐに壊されたか」
転送されている映像は荒々しく途切れていた。けれど全く何も得ていない訳ではない。塔に入る直前、見上げたカメラには、小さくオルガノン・セラフィムが飛んでいるのが見える。√能力者が近づいているはずが気にせず、それらは頂を守るようにして塔の周囲を旋回しているようだ。
そして、『ミニチュアバード』を壊した犯人も、僅かながら映っていた。
「白い……なんだろう」
それは、白くどこか肥大化したような怪物で、オルガノン・セラフィムともまた違う姿。塔に入ってすぐの部屋に、それは待ち構えているようだった。
黒後家蜘蛛・やつでは、進軍の最中ではぐれた羅紗魔術師達を導いていた。
「助かったよ。あのままなら本当に死んじまってたよ……」
「いえ、助けられるのに放っておくのは友人に悪い気がしたのです」
そうするのはその理由だけ。深い理由がなくとも彼女は、容易に危険を冒した。
と言っても彼女一人ではない。手の空いていた√能力者にも積極的に呼びかけ、ついてきてもらっている。はぐれていた羅紗魔術師達の治療も終わり、一行は天使領域へと戻ろうとしている。
それなりの人数がいる。敵の迎撃、警戒の手伝いも担ってくれていた。
「建物もかなりきれいなまま残っているので、隠れる穴蔵も多いですね」
可能な限り戦闘は避けながらも、エンカウントしたなら一斉に叩く。√能力【|壁の下の蜘蛛の群れ《ミエザルキョウフ》】によって影から這わせた|眷属《蜘蛛》たちを先行させ、索敵を行いながら順調に天使領域へと戻っていっていた。
「敵です」
目印である蜘蛛の糸を見つけ、黒いオルガノン・セラフィムがこちらに気付くよりも早く、借りた兵装の『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』で足止めをしてから、集中攻撃を繰り出す。
幸いにも敵は少ない。それは進軍の最中でほとんどを倒したおかげとは思っていてが、そうでもないようだった。
「おや、どこかへ行ってしまいましたね」
索敵に引っかかったオルガノン・セラフィムへとまた同じように攻撃を仕掛けようとして、しかしそれは空振る。その標的はこちらに見向きもせず、金属の翼を広げて塔の方へと飛び立っていったのだ。
欲見れば、その塔の周りを同じようにオルガノン・セラフィムが飛び回っていて、それは数を増やしているようにも見える。
「塔の上を守っているのでしょうか」
攻めるよりも守りに移行したという事なのだろうか。島に侵入してからもうしばらく経っている。塔の頂にいるという王権執行者にこちらの存在がバレていてもおかしくはない。
そんな推測を浮かべながら、無事、はぐれた人々を本隊に合流させることに成功するのだった。
夜風・イナミは塔へ向かう本隊から離れて動いていた。
「ううう怖いですが……呪いで牛になってるのに更に天使になんてなりたくないですし、出来る事はしますよ」
天使領域を動かす少年が勝手な行動をして進軍が出来ないでいた手の空いた状況で、少しでもより味方の有益となる情報が集められないかと動き出していた。
その傍には羅紗魔術師も数人護衛としてついてきている。彼女が作ったお守りを渡し、安全を担保して頼み込むと意外にも気さくに乗ってくれたのだ。
彼らの助けも借りながら、探索の最中に出くわした黒いオルガノン・セラフィムと戦う。
出くわしたら真っ先に√能力【|石化の魔眼《セキカノマガン》】を行使して、呪詛をばら撒き行動不能にして、そこへ装甲を貫通する攻撃で踏みつけて止めを刺す。撃ち漏らした敵から反撃を受ければお守り由来の霊的防護で咄嗟に守り、羅紗魔術師達の攻撃に託した。
そうしておっかなびっくりと進んでいくが、そこでふと夜風・イナミは気付く。
「探索に出たはいいものの、何を調べればいいんでしょう……」
何か情報を集めなければと思っていた者の、何のとっかかりも持っていなかったことを思い出す。他の仲間達は続々と有益な情報を集めているというのに、ただ散歩していたら迷惑なお荷物になってしまうと嘆きながら、お守りをぎゅっと握る。
「そ、そうだ。このお守りの降下を信じましょう。おまじないです」
それには幸運を誘い込む効能もある事を思い出して、それに頼る事にした。両手でしっかりと握り、顔の前でムムムとうなって、手掛かりの在処に導いてくれと念じる。
(ううカレーのいい匂いがします)
顔に近づけているとその匂いは余計に鼻に届いて、島に乗り込む前にみんなでお守りを作ったことを思い出す。結局あの後すぐに出発しないといけなくなって、ゆっくりお風呂に浸かれなかったなあと浮かべた所で、ふと視線が一つのところで止まった。
「あれ、これって模型屋さんですかね……?」
誘われるように踏み入ったその建物の中には、未完成の玩具が大量に陳列されていた。いわゆるプラモデルというものだろう。この島でもそう言った娯楽はあったらしく、空想の機械人形に実在の戦艦や戦車などと種類は様々だった。
それが一体何の役に立つかは分からなかったが、なんだか気になって店内を見渡して、そしてそれを見つける。
「これは、塔……? あの塔でしょうか」
今まさに目指している塔の模型だ。人気商品なのか店内では大きく扱っているみたいだ。パッケージの完成イメージを見つめていると、それは細部まで再現されていることが分かる。
外見だけでなく内部まで、いくつ部屋があってどんなふうに上へとつながっているのか、それがほとんど完璧に把握できるようだった。
とはいえイメージ画像は荒く、実際に組み立ててみないと共有もしづらいだろう。組み立てにはどれだけ時間がかかるのかと、説明書きをさらに読み込んでいると、
「ってええっ? 羅紗魔術で組み立てるんですかっ? そんなの無理……あいや、ついてきてもらってる方たちがいました。んもう、私ってば幸運ですね」
独特な組み立て法にびっくりするが、すぐにそれは問題ないと胸を撫で下ろす。それから模型屋を出た夜風・イナミは、護衛についてきてくれた羅紗魔術師にその組み立てをお願いした。
彼らは意外にもはまったようで、更に数個店からかっぱらって本隊へと戻りながら組み立てて行くのだった。
オーリン・オリーブは勧誘した羅紗魔術師と共に行動していた。
「それで、その少年はまだ戻ってこないのかな」
「ダースと話してるみたいほ」
そのフクロウは相変わらず羅紗魔術師の肩に止まっており、今では『おじさん』と呼ぶぐらいには一緒の時間を過ごしていたらしい。
二人の連携はもう熟練の仲と呼ぶべきものに至っていた。多彩な魔術を扱えるその魔術師の攻撃に合わせて、フクロウの身で軽やかにサポートする。共に同じ兵装『黒竜の守護鱗』まで身に着けていて、すっかり相棒と呼ぶべき間柄となっていた。
今は天使領域を作り出しているエドが前線から離れてしまったために立ち往生している状況だ。彼には白いオルガノン・セラフィムもいるし、他の√能力者も追いかけて言っているから大丈夫だとは思うが、時間を気にしている者は多い。
何よりも、羅紗の魔術塔の構成員たちは、一刻も早くアマランス・フューリーを救いたいと思っている者が多いために先走ろうとしているのさえ見て取れた。
「おじさん、若者を宥めるほ」
「そう言うのはあまり得意じゃないんだがね……」
そうは言いながらも天使領域を出るのは危険と彼も分かっているためか、文句を垂れている同僚たちに一人一人声をかけていっていた。オーリン・オリーブもその肩から時折後押しをして、どうにか若者の行動力を押しとどめていく。
一息ついた所でふと羅紗魔術師は、これまでに使ってきていた羅紗を取り出した。
「それにしても、この羅紗を使い続けるのはやはり不安がある」
「ダースが手掛けた可能性が高いんだったかほ」
「通信魔術が施されていたなんて、長年使っている私でも気づけなかったんだ。まだ何か隠されている可能性もある」
「けど、それを使わずに戦えるのかほ?」
「それは難しいね。これはあまりに使い勝手がいい。だから私たちはこれほどの組織になれた訳だしね」
一抹の不安を覚えながらも、結局は手放せないまま次の戦いを待つのだった。
浄見・創夜命は近づいてきた塔に目を細める。
「神秘的な光景のみであれば好い遠足なり得たのだが、些か無粋が多過ぎるな、此処は」
景色を楽しむ余裕はまだ訪れてくれない。ずっと走りっぱなしの上で黒いオルガノン・セラフィムが進路の邪魔をして来る道中。それにやれやれと肩をすくめながらも、彼女は変わらず冷静に対処した。
それは積極的な行動に出る者たちの補助。√能力【|壅天・極夜厳令《イパルネモアニ・アストラン》】によって周囲の士気を向上させながら負傷も回復させる。
「広がる夜闇に生ずるは過去、夜に刻まれしもの。誰かの冒険譚、某の強化魔術、何時かの治癒薬剤。生じては消え行くが、確かな効果は残る」
現在進行形で戦線を維持してくれている羅紗魔術師に続くようにして、浄見・創夜命もその武器を振るう。彼女そのものであり、世界を厄する力『夜』の欠片であるコンプリンの夢砂を黒いオルガノン・セラフィムへとばら撒き睡魔を誘っていく。効きは悪いが動きは一時的にでも止められる。それほどの隙があれば、羅紗魔術師は見逃さなかった。
戦いにも余裕が出来ているし、多少動きを止められればそのまま走って置き去りにすることも可能ではあったが、今は天使領域を維持しているエドが取り込み中のようで、そう勝手には進められない。
止まっている天使領域ギリギリまで道を開拓したところで、浄見・創夜命は労いついでに羅紗魔術師へと話しかける。
「なあ、君たち。ダースめが能力者を生き餌とした手法なのだが、あれは君たちも仕事でよく用いていたか? 夜にはどうも、|局《FBPC》のやり方に見える」
「いやあんな惨いやり方使わねーよ。どこの技術とかは知らねーけど、そう思うならそうなんじゃねーの?」
悪辣な手口は過日の敵を想起させる。羅紗魔術師が知らないというのなら、その推測もあまり間違ってはいないのだろう。一旦の休息となった戦場で、浄見・創夜命は思考を巡らせるのだった。
「|あの者《ダース》は、ここで倒してしまえるのだろうか」
その5人組は、塔に近い羅紗魔術の研究所らしき建物の中にいた。
「何か有益な情報はありそう?」
各部屋を見て回ってほとんど成果のなかった雨深・希海が問いかけると、研究所内のコンピューターにアクセスしていた玖珠葉・テルヴァハルユは、表示されている画面を示す。
「大したものはないみたいだけど一つだけ、なんだか気になるものがあるのよね。ほらこれ」
「全ての人類を導く魔術……一体どんなものなんだろう」
同じように画面に覗き込んだ霧島・光希は、指差された文章を口に出して読んだ。しかしその内容だけで分かる事は限られていて、三人共に首を傾げてしまう。
とりあえず読み取れるのは、ここで働いていた研究員は、その魔術を研究していて断念したという事だ。ただ、島がオルガノン・セラフィムであふれる前にもそのデータを見ていた者はいたらしい。
とそこで、敵襲を警戒していた男二人が声を投げかけてくる。
「本隊の方で何か動きがあったみたいですよ」
「ダースっておっさんが接触してきたんだとよ」
塔へと向かう本隊からの連絡を受けた雨森・憂太郎と天霧・碧流の報告に、三人はその場所での調査を切り上げる事にした。
研究上を飛び出し最前線へ急いでいると、更なる通信が入り、エドがダースを追いかけていったという事を知る。それによって塔へと向かっている進軍は一時止められ、天使領域もその場に留まったままだそうだ。
自分たちはこれからどのような行動をとればいいか、いまいち判断しかねる5人は、とりあえずはと本隊の方へと戻っている。
「……塔に近づくにつれて、街が栄えてるみたいだ。塔主は王のような役割だというし、城みたいなものなのかな」
ふと視界に入った辺りの景色に雨深・希海がぼそりと呟き、それに玖珠葉・テルヴァハルユが走りながらに収集した情報と照らし合わせながら応える。
「その認識が一番正しそうね。数百年も続いてるんだから、立派に統治してきたんでしょう」
長い間結界で隠され、外部からの侵略を避けていたからこそ保てたのだろう。島の歴史に感心している二人の横で、霧島・光希はふとそのことに気付く。
「ところでなんだけど、オルガノン・セラフィムの数が減ってるるよね?」
「塔に近づくにつれて増えると思っていましたが、むしろ逆ですね」
言われて雨森・憂太郎も気付き、辺りを見渡した。上陸してからすぐは、前が見えないほどに押し寄せてきていた黒いオルガノン・セラフィムだったが、今ではほとんど見ない。遭遇しても1、2体で、あの怪物の最も驚異的な連携を発揮させることもなく処理出来ていた。
数千体を倒しきった実感はない。隠れ潜んでいるのではと警戒を高めていると、一人先頭を走っていた天霧・碧流がそれを見つける。
「おい、ケーキ残ってるぜ!」
そこにあったのは非人道的に固められた√能力者だった。ダースが仕込んだオルガノン・セラフィムのエサであり、しかしそれは無事のまま。
見つけたらそうしようと決めていた天霧・碧流は、すかさず√能力【サイコメトリック・エクスキューション】によってその記憶と交渉し始める。
それが終わるのを待って他の者たちは疑問を深めていた。
「オルガノン・セラフィムはあれに飛びつくんじゃなかったのかな」
「何か、それよりも優先すべき命令を受けたとかなのかしら」
「塔主がこっちの動きに気付いて何か仕組んでいるってことなのかも」
「この先も気を付けないとですね」
そうして一巡したところで、記憶交渉は終わったらしい。その手には禍々しい武器を手にしている。
「ダースっておっさんは、結構前から√能力者を集めてたみたいだぜ。通りすがりに襲われた不幸者だとよ。せっかくだし仇討ちにいかねーか? 丁度いいもん手に入れたしよー」
√能力で手に入れた『デスズサイズ・リベリオン』は、交渉した記憶の主の因縁の相手により強力な効果を発揮する武器だ。それを試したくてうずうずしている快楽殺人鬼に、その集団のリーダーは判断を後回しにする。
「とにかく本隊に合流して状況を聞こう。ぼくらがどう動くかはその後に考えよう」
足を止めていた本隊は、想定外にものんびりしていた。
「大所帯で追いかけても、混戦するだけだろ? というかダースってやつと戦いたくねぇし」
状況を尋ねると、その場にいた一人がそう告げる。連絡からそれほど時間を置かずに辿り着けたから、まだ何も変わってはいないようだ。
連戦続きだったからこそ、ようやくの休息と一息ついている者も多いのだろう。黒いオルガノン・セラフィムの数も減って、その場に漂う空気はどこか弛緩していた。
「それじゃあどうしようか」
五人は改めて相談の場を設け、これからの行動を考える。
「ダースはエドを襲っていたわけではないのよね? それに何人か味方が追いかけてはいるみたいだし」
「俺はせっかくこいつ手に入れたんだから、あのおっさんにぶち込みたいぜー」
玖珠葉・テルヴァハルユが悩んでいる様子を見せる横で、天霧・碧流が手にするその武器を自慢げに見せながら言う。それに、男二人もおおむね賛成のようだった。
「ぼくも、ここで足を止めているよりは向かって出たほうがいいと思う」
「僕もそうですね。ここで逃せばまた何か悪さを仕掛けてくるかもしれませんし」
「けど相手は相当な実力者よ。これまでにも返り討ちにされたって人は大勢いるみたいだし」
既にあの正体不明の人物と戦った者もそれなりにいる。しかしその全てが返り討ちにあっていて、かろうじてダメージは与えられても、致命傷にははるか遠かったという。
脅威で言えば、黒いオルガノン・セラフィムの集団よりも恐ろしい。彼はあらゆる様々な力を使って、更にはこちらの能力を複製までしてくるのだ。
しかしだからこそ、有用性の高い武器が手にある今だからこそ、攻撃を仕掛けるべきと言うのも最もである。
議論をする暇はそれほどない。エドが戻ってくればそのまま塔を目指すだろうし、この広い島で黒いオルガノン・セラフィムに邪魔されない今の状況で隠れられれば、見つけるのは至難となるだろう。
繰り返された話し合いの末、結論は出る。
「碧流さんの一撃が決まらなかったら撤退しよう。絶対に深追いはせずにね」
雨深・希海がそうまとめると、作戦の要である天霧・碧流は少し文句ありげだった。
「えー、物足りなくないかー?」
「どうしてもって言うなら、置いて行くしかなくなっちゃうけれど」
「おいおい、それは寂しいぜ」
殺しを好む彼は、もっとスリリングを味わいたいらしい。しかしそれでは他がついてこないとなると、仕方なく飲み込む凶悪犯罪者なのだった。
「見つけたわ!」
玖珠葉・テルヴァハルユの√能力【|お供妖怪・索敵陣《オトモヨウカイ・サクテキジン》】によって展開される三次元全周囲索敵にその人物が引っかかる。
標的発見の合図を、√能力【|Engage《エンゲージ》】による精神リンクで情報共有すると、仲間達は強化されたその反応速度をもって動き出した。
雨深・希海の√能力【決戦気象兵器「レイン」】が、標的の周囲に300のレーザー光線を降り注がせ、足止めをする。借りてきた兵装の『群竜銃』もサポートをし、いつも以上の精度を出す。
遠距離からの攻撃だからといって反撃が来ない訳はない。そっくりそのまま返されるレーザー光線。けれどそれは読んでいたと√能力【|驟雨霧散《レインミスト・サドンブレイク》】を発動して、躱し再びの攻撃を繰り出す。そのままレインによる光学迷彩『レインミスト』を纏って隠密状態になった彼女は、続く味方へとバトンパスをした。
前へと出たのは、霧島・光希と雨森・憂太郎の二人、いや四人同時。
霧島・光希の√能力【|召喚、影の騎士《サモン、シャドウナイト》】によって召喚された護霊『|影の騎士《シャドウナイト》』と、雨森・憂太郎の√能力【|幽世具足・損丸《カクリヨグソク・ソコネマル》】によって召喚された護霊『損丸』。それらが主の動きに合わせて敵の注意を引き付けた。
影の騎士が防御して、霧島・光希が攻撃をする。兵装由来の機動力で敵をかく乱し、逸らして防いだ攻撃の隙へと差し込むように竜漿兵器の2振りから属性弾を撃って纏わせた刀身を振り下ろす。
「(まだまだ……!)」
そして息をつく暇も作らせずに、√能力【|双騎士連撃《デュアルナイツ・コンボ》】を発動して、影の騎士と連携した連続攻撃を叩きこんだ。
だがそれは全て防がれる。
「その程度じゃ倒れられないね」
「っ」
霧島・光希が攻撃していた相手は、その従者にそっくりな透明な存在だった。ダースは戦いながらコピーをしてそれを肉壁にした。それだけの役目に終わらせ、一区切りついた所で反撃へと出る。
けれどそれも想定済みと割って入る雨森・憂太郎。グソクムシに似た彼の従者と共に、味方への攻撃を庇って見せた。
霊力を上乗せした『祓太刀』を繰り出し、それが打ち消されようとした直前で、従者を敵に憑りつかせる。融合し、行動力を低下させ、そしてアンカーへと託した。
「ようやく俺の出番だぜー!」
ダースが扱っていたインビジブルと√能力【|影移し《シフトシャドウ》】と立ち位置を入れ替え、その眼前に、彼を恨む者の記憶が作り出した武器『デスズサイズ・リベリオン』を振り下ろす。
「……」
ダースは明確に顔を歪め、その攻撃を逃れられないと悟る。ならばとその口から、未知の言語を繰り出した。
「|阻め《———》」
宙に蒼い文字が浮かび上がり、『デスズサイズ・リベリオン』と火花を散らせる。しかしそれは大きく撓み、
「仇討っちゃうぜぇっ!!!」
天霧・碧流の膂力が勝った。
防御を破り、ダースの胸部を切り裂く。服が破れその奥から肌に埋め込まれた金属が覗き、それにもひびが入った。
そして天霧・碧流は続けざまに攻撃しようとして、
「撤退、って言ったよ!」
味方がその体を引き下がらせる。その瞬間、彼が立っていた位置に蒼い文字の柱が突き立った。
「あと少しで殺せたぜー!?」
文句を抑え込み引き下がる5人組。しかしそれに続くようにして、更なる√能力の集団が好機を逃すまいと踏み込んでいた。
その6人は、島に上陸してすぐはそれぞれの行動をしていた。
全員が合流したのは、進軍が立ち止まってからだ。
二階堂・利家は、天使領域の先端で塔に辿り着くための露払いを行っていた。その頃は黒いオルガノン・セラフィムたちの勢いもまだ激しく、共闘する羅紗魔術師たちも生き残ろうと必死だった。
「昨日の敵は今日の友…ってやつ? まあ腐っても√能力者だし? 逃げたって良いのに頑張るじゃん。……お互い様か」
今限定の味方を認め直しつつそう呟いてから、それは自分も当てはまるかと苦笑する。とにかく彼らに負けてはいられないなと、二階堂・利家も全力を尽くすことにした。
√能力【レギオンスウォーム】によって周辺にレギオンを索敵として広く配置し、味方たちの連携を強化する。黒いオルガノン・セラフィムからの攻撃はシールドでタイミングを合わせて防ぎ、強引に突破して押し通った。
味方が負傷したと分かればすぐに√能力【忘れようとする力】で回復させ離脱者を減らして、戦線を維持する。
「羅紗魔術師! まだやれるってんなら俺に続いてみやがれ!」
自分を鼓舞するためにもあえて煽るように叫び、ついでに味方たちの闘争心も湧き上がらせ、一気に突撃を開始した。これまで仲間たちの尻脱ぎのために行っていた細やかな状況把握ももう不要と判断して、√能力【古龍降臨】によって偽物の臓器から神霊『古龍』を纏い、バーサークへと自らを変貌させる。
「っらぁ!!!」
まんまと間合いに飛び込んできた敵へと『霊剣術・古龍閃』の一太刀で蹴散らし、みなぎる速力で√能力【ブラスターキャノン・フルバースト】のデメリットを相殺して3基の『ヘビー・ブラスター・キャノン』を召喚。それと同時に√能力【アシュラベルセルク】によって複製した機械の腕で砲台を構えて乱れ撃ち、対空からの襲撃も迎撃してみせた。
そうして次々に戦端を切り開いていく最中で、味方の勢いに合わせて索敵範囲を減らしたレギオンを複数体で塔の偵察にも向かわせる。塔攻略の糸口となる情報を欲して周辺のインビジブルと融合させ、王劍ダモクレスの力を計った。しかし、周辺のインビジブルの量は確かに√汎神解剖機関の世界の中では多い方だったが、それほど突出したようではない。推測でしかないが塔内部にその力は集約されているようで、そちらに向かわせるにはさすがに遠かった。
せめて光の環による病蔓延の猶予を計ろうとするが、それもサンプルがない分、分からない。今は難しいなら可能な手段から着実にと切り替えていって、とその時、レギオンがそれを見つける。
ケーキのように拘束された√能力者だ。
今まさに黒いオルガノン・セラフィムにその身を蹂躙されようとしていて、二階堂・利家は駆け出す。
(遺恨さえ無ければ、利害の一致が可能なら、|原理的に《簒奪者とも》共存共栄は出来るんだろうが。天使化事変の元凶とどっかで高見の見物してる火事場泥棒と仲良くする理由ある? ねえよなあ!!)
内心に浮かべるのはその被害者を作り出した元凶。あるいは彼とだって、今共闘する羅紗魔術師と同じように肩を並べられる可能性はあったかもしれないが、それを自ら捨てる。
(迷った時は、|心に従う《理屈じゃない》。|ダースも《誰だって》そうしてきたんだろうが!!)
敵の思惑通りにはさせないと心の中で叫んで、天使領域も飛び出し救助を目指した。多少の天使化ならば、兵装として借りてきた『ベルセルクインストール』が守ってくれる。それを信頼して羅紗魔術師達にも協力させて鏃陣形で切り込み、群がっていた黒いオルガノン・セラフィムへとレギオンミサイルを連射して注意を引き付けた。
そして注目を引き剥がした生餌の拘束を、手足ごとぶった斬る。√能力者なんだから、絶対死領域から運び出しさえすれば文句はないだろうと抱えようとして。
しかしその瞬間、外部干渉を感知して刻み込まれていた怪異が解き放たれた。
「っ!? なんだ!?」
大した攻撃ではなかったが、視界を塞がれる。その一瞬が敵に攻撃を誘導させて、けれどそれを同行していた羅紗魔術師が受け止めた。
「発破かけたんだ! ちゃんと救って見せろよっ!」
「くそっ!」
自分を庇って負傷する羅紗魔術師を横目に、スモークグレネードを爆破し被害者を抱えてその場から離脱する。すぐにでも庇ってくれた恩人の援護を行いたかったが、負傷者を抱えたままでは不可能だ。
とにかく|負傷者《ケーキ》を後方へと運び、すぐに戻ってくることを誓って二階堂・利家はその場から脱出した。
エドにダースの現状を伝えたのは見下・七三子はだった。
「エドさん、あなたにも星詠みの内容は説明しておきたいです」
真剣なまなざしの同行者からのその言葉に若干の不安を浮かべながらも少年は頷き、その内容を知る。
ダースは何らかの目的のために暗躍をしており、そのために手段を選んでいないこと。敵対した場合は彼を止めるため、同行者たちは撃破する可能性も視野に入れているということ。エド自らに手伝ってもらう必要はないが、やむを得ない事情があるということを理解して欲しいとも。
それを伝えるとエドは明らかに表情を曇らせていた。優しい彼の苦しむ様に、見下・七三子も少し心を痛ませながらも、自分達も守りたいものがあるのですとその想いを伝えた。
すぐに判断は出来ないと分かっていた。だからこそ返事は何も聞かず、彼女は道を切り開くために兵装の『ヘッドセット型ウェアラブルデバイス『ベルセルクインストール』』を装備して前線へと向かう。
「しっかり堅実に、黒いオルガノン・セラフィムの数を減らしていきましょう!」
群れを成す敵と遭遇してまず行ったのは、√能力【|団結の力《カズノボウリョク》】による味方への機動力バフだ。それから間を置かずに√能力【|牽制射撃《チカヅカナイデ》】を行使して、少しでも多くを巻き込んで爆発させた。
威力よりも手数や機動力を重視し、味方のサポートとなるよう敵を撹乱しながら立ち回っていく。
「……この黒オルガノン・セラフィムも、元はこの島の住人さんとかだったんですよね。改めて考えるとなんだか、申し訳ないですが……。できること、できないこと、切り分けて、ひとつずつ片付けていきましょうか」
同情してとっさの対処で鈍っていれば、そのしわ寄せは自分や味方に行くのだ。その分、少なくとも1体でも数を減らしておけば、調査や救助に向かう味方は動きやすくなる。
非情な天秤を傾かせた見下・七三子は、最適だと思う判断を下していった。かといって、全てを見捨てるつもりではない。
(ケーキにされている能力者さんは、……そうですね。出来れば助けて差し上げたいところです。自死できないようになっているとはいえ、このままだと死んでしまいますよね。……全員を救うことは難しいでしょうが、手の届く範囲だけでも、なんとか)
幸いにも生餌となっている√能力者を救おうとしている同行者は見かけた。ならその行動を把握し、群がる黒いオルガノン・セラフィムが少しでもこちらに襲ってくるように挑発する。
「生きのいい餌の方が、食いつくでしょう。さあ、こっちに来てください……って思った以上に来てしまいましたっ」
しかしその挑発が想定以上に上手くいってしまい、見下・七三子は追い込まれる形となってしまう。黒いオルガノン・セラフィムに囲まれ、絶体絶命とも呼べる状況になり、それでも一度は引き受けたのだからとギリギリのところで踏ん張り続けた。
「救出、出来たのでしょうか。まだ、生きてらっしゃるといいんですが……」
他人を想う暇もない状況ではあったが、そう考える事でどうにか心を安定させ続ける。その難はしばらくして、これまでサポートした味方たちの助けによってどうにか乗り越えられるのだった。
第四世代型・ルーシーは、借りた兵装『お守り(カレー味)』と自前の狂気耐性を持って、積極的に前線へと切り込んでいた。
「ちょっとカレーの匂いが気になるけれどこの効果は本物のはず!」
ふとした時に、ここが死と隣り合わせの戦場だという事を忘れそうにはなるが、それを作った√能力者のことを信頼して大事に使わせてもらう。
「とりあえず、エドさんの護衛は任せて大丈夫だよね? それならダースの方を優先しようか!」
チラリと後方を振り返りそちらは人手が足りているだろうと判断し、戦場を乱されると犠牲が増えそうだと、裏で企みを進めているダースの捜索へと√能力【|機動飽和攻撃《オールレンジアタック》】によって索敵ドローンを駆り出した。
「できたらここで始末できたらいいんだけど……」
不安要素は可能な限り早く取り除きたい。そう考えていると案外にもすぐに、その報せは入った。
「あっちだね!」
索敵ドローンからの発見報告を受け取り次第、すぐにダースの妨害へと移る。お守りもあるから多少は無理できると天使領域から飛び出す勢いで、同じ考えの味方も引き連れ孤立しないようにと動いた。
「いた! ダース、ここで仕留めるよ!」
その存在を発見するとすかさず、同行してくれた味方へと√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】を行使して強化を行い連携の一助とする。
ここで倒せなくてもいい。出来る限り味方達への妨害に向かわせないよう時間を稼げるだけでもいい。そして出来るなら、次に備えて情報収集もしたい。先ほどから放っていたドローンたちには常に味方が奇襲されないよう索敵を行わせ、それと同時にダースの挙動も逐一観察させていた。
そうして場を整えてから、√能力【|限界駆動《リミットブレイク》】を使用して、一気に攻め込む。緑に輝く高速戦闘モードへと変形した『愛機(量産型WZブッタ)』を走らせ、ダースの隙を見つければ『”WZ"4連装ミサイルランチャー』を一斉発射して、広範囲の面制圧を行った。
当然それで仕留めきれていないとは分かっている。故に止まる事なく先ほど使用したWZの発射装置をパージしてより期待を見軽に死、今度は『”WZ”サブマシンガン』の射撃を主体としながら、『”WZ”パルスブレード』も交えて攻撃していく。
「本当に厄介な相手だね! でも、まだまだぁ!」
ひるまず果敢に踏み込む味方に感化されるようにして、彼女も同様に勇気をもって恐れず突撃し、多少の痛みを無視して可能な限りの攻撃を浴びせていった。
その戦いでダースを仕留めることは叶わなかったが、仲間達が死に物狂いで得た情報は、第四世代型・ルーシーのドローンが確かに持ち帰ってくれたのだった。
ゾーイ・コールドムーンは調査に重きを置いていた。
「……だけど敵が多いね。元は島民だろうけど、手加減どころか殲滅すら難しそうだ」
本隊の進軍から外れても迫ってくる黒いオルガノン・セラフィムに少し困りながらも、この作戦を失敗させるわけにはいかないと気合を入れる。
「とにかく調査のための道を切り開く……大変だけど頑張ろう」
そう決めたなら行動は早かった。√能力【|纏霊呪刃《ゴーストドライブ》】を使用し、移動速度を底上げする。迫りくる敵をその俊敏性でかく乱し、隙をついて呪詛の刃を繰り出した。持ち得る技能を乗せたそれは、未知の金属に覆われた体にも通り、切断する。攻撃後の隙を狙われても、第六感で見切り常に構えていた短刀で受け流していった。
そうしてどうしても邪魔だった集団を蹴散らし進み、それからは認識阻害機能のコートを纏って狙われにくくする。
「……あとは運次第かな」
借りてきたお守りもあるし多少は委ねてもいいだろうと島の中の探索を進めていき、なんとなく気になった建物の前で立ち止まった。
そこは、多くの人が利用するような施設ではなく、有力者が住んでいるような屋敷でもなかった。
大きさ的には一般的な家屋だろう。せいぜい数人が暮らしていた住居のようだ。しかし破壊の跡が少ない街の景観に比べて、その建物だけが壊されている。
それに、その庭には墓が建てられていた。
詳しく調べるため、√能力【|召喚古代魔術「邪眼」《サモニングマジック・バスカニア》】によって召喚した使い魔に索敵と見張り、脱出経路の確認を行わせ、奇襲対策を行ってから歩み寄る。
「……ヴァーリ夫妻」
墓に刻まれていた名前は二人分。共通する名前から夫婦だったのだろう。
墓ぐらいなら人が住んでいたならあって当然だが、しかしそれは新しく思えた。周辺の形を保つ家よりも、瓦礫に侵食されたその庭の方が、最近手入れされたように見えた。
「……? 一度埋めた後に掘り返されたのかな?」
なんでそんな事をしたのか、部外者であるゾーイ・コールドムーンには分かるはずもない。ただ、石碑に刻まれた丁寧な名前と、その粗雑な掘り返しあとは別人の仕業に思えた。
それからもう少し情報はないかと壊れた家屋の方を探すと、ひっくり返した瓦礫の下にそれを見つける。
「日記か……」
それは、そこで暮らしていた夫婦の記録。きっと墓に刻まれていた二人なのだろう。
それ以外に目ぼしいものはないことを確認すると、とりあえず天使化を逃れるために、天使領域の内側に待機させていた死霊を探して√能力【|遍在性災厄《アムニプレザント・ディザスター》】を行使し位置入れ替えを行い帰還する。それから日記の中身を確認した。
『お父さんは、ついに禁断の魔術を使ってしまった。どれだけ研究しても解析できなかったはずなのに、剣を手に入れたと言ってから、あっさりと成し遂げてしまった。』
『島の人たちは力を持たない人たちから怪物になってしまった。√能力に目覚めている人や、天使になった私たちは何とかまだ大丈夫みたいだけど、お父さんはあの怪物を操って私たちを探している。ちょっとずつあの光も強力になっているし、このままなら天使となった私たち以外は、あの怪物になってしまうだろう。』
『天使だけの世界なんて成り立つはずがない。お父さんだってそれは分かってるはずなのに、もう後に引けなくなっちゃってるんだ。どうしても止めないと。それならやっぱり、間違ってるって証明しないといけない。』
『あの子は元気かな。辛い思いをさせてるよね。本当はついていきたかったけど、お父さんを置いていく事はやっぱりできなかったから。ごめんね。どうか元気でいてね。』
そして最後の一分だけは、別の人物によって書かれていたようで、
『すまなかった。愛する娘へ。』
そのページには、土が付いていた。
機神・鴉鉄は各所で活躍しているチームメンバーのサポートに徹していた。常に全体を見渡せるように後方に位置取りしている。
チームメンバーを見つけ次第、√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】によって『サイバー・リンケージ・ワイヤー』を接続し、更には√能力【|星火降りて原野灰燼に帰す《メテオディザスター》】も行使して味方への強化を施した。
それから兵装『群竜銃』のレーザー射撃と共に、自らも射撃で支援を行っていく。
最初に見つけたのはオルガノン・セラフィムを誘き寄せる餌にされている√能力者を救助しようとしていた二階堂・利家の姿だった。
彼が救助者の下へ突破する穴を開く手助けをし、そして後方へと下がれば入れ替わるようにしてその穴を埋める形で前線に出る。チームメンバーを庇ってくれた羅紗魔術師達も命を散らしてしまわないようにと援護して、どうにかその場を潜り抜けた。
見下・七三子を見つけた時にはかなり危ない状況だったため、すぐに√能力【|平和を作る兵器《ピースメーカー》】を使用し、戦線からの一旦離脱と治療を施してやった。ケーキとなった√能力者もそれで癒してやりたかったが、二階堂・利家が痛い目を見たというのでそれは後回しにする。
第四世代型・ルーシーはダースと接敵していたために、惜しまない援護射撃を繰り返した。しかし駆け寄った時にはすでに分が悪い状況であり、故に出来る限り確実な退路を確保して、サポートを行った。そのおかげで少なくともその場にいた√能力者たちは皆が一命をとりとめた。
調査に出向いていたゾーイ・コールドムーンの時には、コッソリと黒いオルガノン・セラフィムが近づかないようにと処理をしていた。と言っても彼はすぐに切り上げて天使領域へと戻ったおかげで、大したことは出来なかったのだが、その後合流して情報の整理を手伝った。
そして最後にディラン・ヴァルフリートを探していて、そこで偶然にも一同が集まるのだった。
天使領域が立ち往生しているその状況で、6人はそれぞれの情報を共有していた。
「ダースは怪異も扱うらしい。それ自体は強力じゃないみたいだけど、かなり嫌らしい手だった」
二階堂・利家は、自分で体験したままを伝え。
「幸いに黒いオルガノン・セラフィムは今は数を減らしているみたいですから、戦いやすくはなっていると思います」
見下・七三子は現在の周辺状況を報せ。
「実際にダースと戦ったり、戦ってる人を見たりしたけど、確かに強かった。でも、攻撃を重ねれば状態異常だって付与出来たし、確実にあっちの駒は減らせてるように感じたね」
第四世代型・ルーシーは、記録した映像と照らし合わせながら希望を見出し。
「おれはこういうのを見つけたよ。戦闘の役に立つかは分からないけど、他の情報を聞くに、エドの出生は分かったんじゃないかな」
ゾーイ・コールドムーンは回収した日記を見せた。
「それじゃあ、これからどうしますか?」
そして皆の意見を代表するようにして機神・鴉鉄は問いかける。それにディラン・ヴァルフリートは頭の中で情報を組み合わせて結論を出した。
「僕は、ここで決着をつけたいですね。情報も集まっていて状況も整っている。それに皆さんも集まっていて、疲労も多少は回復で来ています。今が最大の好機だと思います。仮にここを逃せば、彼を打ち倒せる確率はさらに減ってしまうでしょう」
決着をつけるなら、どうしても仲間達の協力は必要だ。それを前提としてディラン・ヴァルフリートは語り掛ける。
「一か八かの命懸けなど二流の仕事。100%とまでは言わずとも……人事を尽くすとは、そういう事でしょう」
その呼びかけを断る者は、そこにはいなかった。
エドを誘い込んだダースは、別チームによって補足され攻撃を仕掛けられていた。彼らは見事に一撃をくらわし、しかしそれ以上の手札はないと引き返す。
そこへ入れ替わるように【√66】は参戦した。
「借りを返しに来たぜ!」
初手、飛び出したのは二階堂・利家だ。声を上げると同時に煙幕の目眩ましを張り、周囲に展開するレギオンの超感覚センサーで自分だけが敵の位置を捉え、機械の腕が有する怪力をもって拳を叩きこむ。
そのタイミングから僅かにずらして、ゾーイ・コールドムーンが攻撃を仕掛ける。並行して気を引くように話しかけた。
「此方の邪魔をしないという話だった気がするけど?」
「先にちょっかいをかけてきたのはそちらの方だと思うけどね」
√能力【|纏霊呪刃《ゴーストドライブ》】による『呪詛の刃』を叩きこむものの魔術に弾かれ、しかしさらに続く。
「失礼しますっ!」
見下・七三子が暗殺技能によりダースの懐へと忍び寄り、あえてカウンターを誘って√能力【|ヒット&アウェイ《ワタシカヨワイノデ》】を発動して鉄板入革靴で蹴りつけ、そのまま闇を纏って√能力【|接敵制圧行動《コナイデッテイッタジャナイデスカ》】の連続攻撃を与えた。
超至近の肉弾戦。一度得た隠密状態も使い捨て、後先考えずに叩き込む。
そして、連続攻撃が終わった隙、すかさずダースが手番を代わろうとして、その背後から割って入る第四世代型・ルーシー。
「悪いけど、消えてもらうよ!」
√能力【|一閃《イッセン》】による強力な一撃が、ダースの背中を捉えた。その間にかろうじて、蒼い文字の防壁が間に合うもののそれも砕き、確かな感触で切り裂く。
「……|潰せ《————》」
ノータイムの魔術が反撃を行い、だがそれよりも早く√能力【|閃撃《ブレードコンボ》】によって片目を捧げての回避、再びの斬撃を見舞う。
そして|入れ替え《スイッチ》。
「ここで…決めます」
ディラン・ヴァルフリートは仲間が時間を稼いでくれている内に、準備を整えていた。
√能力【|翔刻:群竜騎行《ロア・アサルトレイド》】で己の分身を30体生成し、純粋な物量を用意。
√能力【|錬刻:無窮なる闘術《ロア・アウェイクニング》】でリミッター解除した装備『Legion/飛葬殲刃』の無尽の剣群に重力を纏わせ強化。
肉体と一体化するように現れる竜鎧『蝕竜外装ヴァルフリート』を異形化させ右腕を巨大化、伸長させ、この日のために特訓していた手順で√能力【|破刻:平定者《ロア・ピースメーカー》】による√能力の無効化を確実に命中させ、そのまま怪力で握り締める。
「もはやあなたに期待する要素は何もありません…容赦もありません。ここであなたを確実に仕留めます…!」
「私は君たちを仕留める気なんてないんだけどな」
何を言われようが無視をしてその場に留め続けた。ディラン・ヴァルフリートの分身も重なり、その右腕に捉える敵へと攻撃を繰り出し続け、しかしそれでも彼は耐え忍ぶ。
それならとバトンはアンカーへ。
「|重力慣性制御力場《G.I.C.フォース・フィールド》の展開を確認……出力安定……加速開始……!」
√能力【プロジェクトカリギュラ】によって決戦モードのウォーゾーンに搭乗する機神・鴉鉄は、√能力【|暗黒の森の番犬《ケルベロス》】も重ね、最後の切り札を切った。
一瞬の肉薄。真紅の機体が尾を引き、怒涛の四連撃。対応する手段を潰すために目を狙い、一度目は弾かれ二度目に成功。それから身動きを取れないよう捕縛して、今出せる最大出力を叩きこんだ。
「【|慣性増幅打撃《イナーシャル・ブースト》】……!!!!」
重力制御によって瞬間的な威力を放つ重力攻撃は、逃げる隙も無くダースと共に地面を陥没させる。その反動でウォーゾーンが徐々に壊れていきながらも機神・鴉鉄はその場から退かなかった。
そして、
——!!!
むき出しのダースの胸部が、大きく割れる。
肌に食い込んでいた未知の金属が、度重なる攻撃によってついに耐え切れなくなり、砕け散った。
ダースの胸に大きな穴が開き、最後の一撃が通過して地面を貫く。
その瞬間、全員が彼を見つめていた。全身全霊を注いで、その男性を打倒しようとしていて。
だからこそ、上空から迫っていたそれに気付くのが遅れる。
「|————《————》」
突如として、金属を繋ぎ合わせた蛇のような巨体が、その戦場を押し潰した。
「なんだっ!?」
「オルガノン・セラフィム!?」
「いいや違うよっ!」
視界が巨体と土埃に覆われ、状況が一気に不明になる。慌てる√能力者たちは状況を把握しようと後退して、その全貌を視界に入れた。
「天使の、蛇……?」
「これも…ダースの隠し玉でしょうか」
「っ。それにしても、この音は……」
巨大な金属蛇の声は、聞く者の身体を芯から震わし動けなくさせる。六人は不測の事態に備えて、防御は張っていためにどうにか耐えることが出来ていたが、これまで対峙していた相手からは気を逸らしてしまっていた。
確実に追い詰めたはずのダースは、いつの間にか地面でのたうち回る蛇の背に乗っている。
「何か変化しているとは分かっていたが、まさかこれほどとは。……そうだな、|インプリタ・セラフィム《不純物》とでも呼称しようか」
胸に穴をあけたままの彼も、同じように蛇の声に耳を塞いでいた。そうしながら乗る足下に魔術を施し、操ろうとするがそれは上手くいっていない様子。
金属蛇は一しきりその場で暴れ終えると、再び背中の翼を広げた。
「ああ、塔……いや彼の下に向かっているのか。まさかこれにまでセラフィム・ノアとしての資格はないだろうが……」
金属蛇が宙へと浮かぶ中、その背でダースはぶつぶつと呟いていて、離れ行こうとしている宿敵に、二階堂・利家は問いをぶつけた。
「ダース! それは何だ!?」
その声でダースはその存在を思い出し、どこか浮かれた調子で返す。
「さあなんだろうね! 私もこんな風になるとは驚きだよ! やはり強大な力が加わると次々新しい事が起きるねえ!」
理解していないながらも楽しそうにしていて。その感情だけを伝えるとダースはもう、地上の敵対者に興味をなくし、蛇の背に座って何やら分析を始める。
そうしている間にも金属の蛇は宙での体勢を立ち直らせ、遠ざかっていくその姿に、【√66】の面々は顔を見合わせた。
「それで、あれを追いかけるのかい?」
「いや、難しいでしょう。追いついても空中戦では分が悪いですし。向こうがあの蛇を操るのでしたらもっと戦い難いでしょう」
「…こちらもかなり消耗しています。一旦は撤退したほうがいいかもしれません」
「それにたぶん、天使の部分が壊れたことでむしろ強くなっていました。蛇が来ていなければ、私はそのまま殺されていたかもしれません」
「って、あの金属、むしろ枷だったの? と言うかなんで胸に穴空いてて生きてるんだよ……」
「生きてるのはなんでだろ。でもあの金属がこっちの攻撃を通しにくくしてたみたいだし、倒しやすくはなったんじゃないかな?」
感想戦をしている合間に、金属蛇はもう追うには遠い距離となっている。なら仲間達と合流するしかないと結論を出したところで、先ほど天使領域が立ち往生しているところで見かけた√能力者が駆け寄ってきた。
彼は、どこか焦った表情で報告する。
「おいあれ、マルティナらしいぞっ」
塔へと向かった金属の蛇を指差して。
◆◇◆◇◆
「エドくん! マルティナちゃんが……!」
エドはその報告を聞き終える前に、少女がすぐ近くまでやってきていることに気が付いていた。
空から飛んでくる大きな影。それは塔から降り注ぐ光を反射して、どこか神秘的な不思議な輝きをばら撒いていた。
そしてその巨体が突然、悶え始め地上へと墜落する。それを目撃した時にはもう、エドは走り出していた。
「あれが、マルティナ……っ?」
彼女との繋がりを感じる。けれど全く面影のないその姿に、重ねたくはなかった。
でも近づく度に、それは確かなものへとなっていて。
とにかく確かめないとと走って。しかしそうしている間に、蛇はまた空へと飛び立った。
それでよかったのかもしれない。ハッキリとしなくて、少しほっとしている自分がいる。
間に合わなかったエドは呆然と空を見上げ、そうやって立ち止まっているとずっと追っていた√能力者も追いついた。
「エドくんっ、落ち着いて聞いて欲しい。船が出るのを待っていたマルティナちゃんは、急にあの姿に変わってしまったらしいんだ。みんな止めようとしたみたいだけど間に合わなくて……」
「……じゃあ、本当にマルティナなんですね」
エドは思いのほかその事実を素直に受け止めていた。既に想像していたから、それほど衝撃は受けなかったのだろう。そうと分かったらすぐに助けに行かなければと思っていて。
それをこの人は止めるのだろうなと、心配してくれている√能力者に振り返る。自分は如何すべきなのかと迷っていた時、ふとそのやり取りが耳に入った。
「おい、あれにダースが乗って逃げたらしいぞっ」
「マジかよ、ダースが操ってるのか?」
目まぐるしく状況が変わる中、新たな情報を広めようとする√能力者たち。天秤が揺れているその時に得たその名は決断を促した。
「ダース、さんが……?」
再びマルティナを見つめる。その姿は遠く、人が乗っているとは分からない。でも今逃せば、彼に大切な人を好きにされてしまうかもしれない。
大きく鼓動が打った。それを聞き届けたように、周囲に白騎士たちが傅く。
「エドくん!」
彼をここまで心配してきた√能力者は呼び止めようとして、だけど少年は白騎士の背中に跨った。
「すいません、先に行きます! 出来たら追いかけてきてくださいっ」
そうして彼は騎士をはばたかせる。その速度はこれまでが加減していた分かるほどに早くあっという間に標的への距離を縮めていった。
「ダースさん、あなたがマルティナをそんな風にしたというのなら、僕は絶対に許せないっ!」
かつて彼に抱いていた親愛の情はもうない。思えばそれは、マルティナたちに感じていた繋がりにも似ていた気がして。でもそれがなぜか今は全くなくなっていた。
だからもうエドは、ダースと敵対することに躊躇いはない。
◆◇-◆◆
ダースは、一通りの分析を終えてふむと考え込む。
「やはり、少し感覚を狂わす程度しか出来ないか……まだ彼らと戦いたくはないが仕方ない。追いついてもらうまで出来る限り時間を稼ぐしかないだろうね」
かつてその内側に施した魔術を起こしてみるが、やはりその巨体は悶えるだけ。先ほどのように無理矢理墜落させるのが限界だろう。
なら大して使えそうにないかとがっくりしつつ、彼は置き去りにした地上を見下ろした。
「あまり待たせないでくれよ。見逃してやったのだから」
君たちにも役目はあると、届きもしないのに告げる。
それから先ほどの戦いで受けた傷を回復させた。胸に空いた穴はせっかくだからあけたままにしておこうと、羅紗の形を変え新たな服を羽織り、そこでふと背後から迫っている事に気付く。
「おおっ。エド君、来てくれましたか」
こちらに向かってきている、数十体の白いオルガノン・セラフィム。その中心の一体の背には、少年が一人乗っていて。望んでいた単独行動に、ダースは思わず口角を上げる。
「それじゃあやはり、邪魔はさせないようにしないと」
つい先ほど決めた方針をすぐに替え、彼はまた別の羅紗を取り出した。そしてそこに刻まれた桃色の文字を書き換えると、それと繋がる全ての羅紗が同じようにひっそりと文字を変えた。
記された命令は——起爆。
直後、地上のあちこちで大規模な爆発が起こる。
◆◆◆◆◆
マハーン・ドクトは足元の無残な残骸をじっと見つめている。
(…この戦いに参加して後悔しそうになるの、何回目なんだろうな。そして、この後何回していくんだろうな俺)
救う事の出来なかった√能力者。悪趣味に固められた名残で、バラバラになってもそれは右腕と右足がぴったりくっついていたままだった。
じっと眺めていたって結果は何も変わることはないというのに、馬鹿な考えを懲りずに何度も繰り返してしまう。
「…ほんと、悪趣味なものは見慣れてるつもりだったんだけどさ。別のベクトルでの悪趣味さをぶつけられるとどう反応すりゃいいのかわかんねぇよマジで」
どうにか思考に区切りを付けようとして口に出し、彼はゆっくりと歩き出した。
そして、走りだす。
(後悔しているのに。今からでも本当に遅くはないはずだ。それでも、なのに、俺は、やはりこうして動いていく。本当に、自分で自分がよくわからない)
足を止めてしまった彼は、すっかり置いて行かれてしまっていた。その差を埋めようと兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』の力を借りて一気に駆ける。
「…成程、深雪ちゃんも素晴らしいモノ開発してくれたもんだよ。おかげで、猶更…何もできないって、言い訳もできなくなった」
知人が作ってくれたというその装備の出来栄えを称賛しつつ、自分の弱音を抑え込む理由をまた一つ見つける。すると彼の前には、黒いオルガノン・セラフィムが現れた。
「…舐めるなよ。|√ウォーゾーン《あのクソッタレ世界》で、戦ってきたんだ。血反吐吐いて、臆病にビビりを重ねて、必死に、ひぃひぃ情けなく言って、それでも、生き延びてきてんだ。ちょっとやそっとでやられてあげられる訳ねぇだろうが」
自らに自信なんてものは一切ない。それでもマハーン・ドクトはマスクを着けている。スーツを装着し、レインコートを羽織って、頼もしい仲間が作った兵装まで導入していて、そして何よりも死を覚悟していた。
ヒーローなんているはずないと何度も言い聞かせながらも、まるでヒーローのような恰好をしているのは、こんな自分にも出来る事があるはずだと思い込みたいから。
「俺にだって、やれるんだっ!」
そう言い聞かせ、彼は敵へと相対する。√能力【|R・B・S《レイニーデイ・バレットシャワー》】を使用して切り込み、続けて√能力【|R・G・C《レイニーデイ・ガトリングコール》】で無数のプリズムレーザーを降り注がせてその場にいる敵をすべて巻き込んだ。
そうしながらも立ち止まらず、すれ違いざまの敵へと√能力【|R・V・A《レイニーデイ・ボルトアサルト》】を用いて敵をしびれさせて倒していく。
立ち止まり出遅れた彼はそうして調子を取り戻しながら前線へと辿り着き、するとそこで俄かに慌て出しているのを目撃した。すぐ近くにいた羅紗魔術師へととりあえずと聞き出す。
「どうしたんだ?」
「天使領域が動き始めたんだ。エドのやつ、一人でダースを追いかけていった。付いてこいだとよっ」
どうにも戦いに一区切りがついて休んでいたところでの急な展開らしく、腰を落ち着けようとした者たちは急いで進軍の準備をして散らばっている味方達に情報を拡散しているようだった。
「俺も手伝おう」
想像以上にエドが進む速度は速く、油断していればすぐに天使領域の外へと出されてしまう。そうと知ってマハーン・ドクトも仲間達を呼び戻そうとして、その時、前方から叫び声が上がった。
「うわぁああ!? また来たぞっ!?」
報告と共に戦いの火ぶたが切られていて、その方向を見ればまた押し寄せてきている黒い壁。それに先ほどとは何か違うものを感じていたが、それを探る間もなく、更なる窮地が訪れる。
———!!!
———!!!
———!!!
「くっ……!?」
各地で同時に、爆発音が響いた。それはすぐ傍でも起こり、突如として叩きつける爆風を咄嗟に両腕で防いだ。
次に顔を上げた時、そこではまたもや無残な四肢が散らばっていて。
そして、それも待たずに襲い来る黒い怪物たち。辺りは今まで以上の地獄絵図と変わっていき。
「……っ!」
マハーン・ドクトはまたも陰鬱な思考を回しながら、その足を踏み出すのだった。
シンシア・ウォーカーは、進軍が立ち止まっている隙に聞き込みを行っていた。
「塔や塔主について、知っていることはありませんか?」
√能力【ゴーストトーク】によって生前の姿に変えたインビジブルから、情報を聞き出す。ほとんどの黒いオルガノン・セラフィムは塔へと向かったと言うが、まだその辺をうろついている者もいるという。故に√能力【|半透明の一人旅《トランスルーセント・トリップ》】を行使して認識阻害魔術を纏って奇襲に警戒もしておいた。
「……島がこうなった後、13代目塔主は一度だけ塔から出てきたのですか。それに、塔に戻る時その姿が別人に変わったように見えたと……」
塔までの距離はもう5kmを切っている。確実ではないにしろより塔の内情について知っているのではないかと期待すると、幸運にもそのインビジブルは以前、塔付近をさまよっていたようだった。とはいえ、かなり前のことだから記憶は不鮮明らしい。
これ以上の聞き込みは意味がないと分かれば、感謝を告げてインビジブルと別れる。とりあえず他の√能力者たちに共有しようと前線へ戻っていくと、そこは何やら慌ただしかった。
「天使領域が動き始めたぞ! 置いてかれないよう気を付けろ!」
状況の変化をいち早く得た者たちが、出遅れる者が無いよう情報を広めているのだ。それを耳にしたシンシア・ウォーカーもすぐに準備を整え、塔へと走り出す者たちへと続く。
塔を見れば、空には数十の影があった。それはエドが操る白いオルガノン・セラフィム達で、彼が巨大な蛇と成ったマルティナに乗るダースを追いかけて行ってしまったらしい。
「やはりゆっくりはできないようですね」
上陸前は地中海への船旅と聞いてワクワクもしていたが、どうにもそんな風に楽しんでいる場合でもない。この戦いが終われば絶対にこの異国を存分に楽しんでやるのだと決意して、彼女は√能力【|月下の前奏曲《ムーンリットプレリュード》】を発動した上で、オーラと霊力を交えた防護を張りながら、再び前線へと駆けだした。その手に幸運をもたらしてくれるお守りを握りながら。
そうして進み始めた所で状況はまた変わる。
「黒セラフィムがまた来たぞ!」
誰かの報告と共に、前方から黒い影が無数に現れた。これまでと同じこと。そう考え先走って動いた者たちはそれに気付くのが遅れる。
「あれは、羅紗魔術と同じ文字……!?」
黒いオルガノン・セラフィムの身体には、ビッシリと桃色の文字が刻まれていた。アマランス・フューリーを攫った者と似た特徴。そう悟った√能力者は足を止め、だが一刻も早く塔へと向かいたがっていた羅紗魔術師達は突っ込んだ。
故にその差に翻弄される。
「くっ、なんだっこのっ!?」
従来の連携重視だった戦術と変わって、目の前の者たちは個々で動く。フェイントを交える爪は、油断した魔術師の胸部を切り裂いた。
これまでの道中あまりにも多くの同種と戦ってきた。そのために染みついた対抗策が足を引っ張り、被害を広げようとする。それを悟ったシンシア・ウォーカーは、加勢にと飛び出した。
「落ち着いて対処してください! 敵の戦い方が少し変わっています!」
魔導書を片手に、全力を注いだ光魔法を放つ。着弾からすぐに敵集団へと飛び込んで、自動詠唱剣であるレイピアに魔法を込めて刺突を繰り出した。
反撃は見切って回避し、それがフェイントで避けきれなくとも強引に耐えて押し切る。
(……普段ソロ冒険者なので集団戦の勝手が。こういう時はアドバイスを貰いましょう)
羅紗魔術師達全てに声が届いたわけではない。動揺は収まらずまだ手こずっている者が多く、それを戦いの最中に目端で捉え、すぐに対処しようと動いた。
√能力【|形而上の祈り《メタフィジック・プレア》】を発動し、死霊を呼び出して周囲の味方達との魔術でリンクを作り死角のカバーと情報伝達を行う。
呼び出した死霊は集団戦術が得意そうなものを選んだが、それすら弱音を吐いてきた。
「指揮系統が脆弱で突然の危機への対応無理そう? 私に言われても!」
かといって投げ出す訳にもいかない。みんなで最後まで生き残りたいと、シンシア・ウォーカーは願っていた。
「……あまり自信はないですが、インビジブルをパシってる要領でやってみますか」
しないよりはと割り切って、繋げた魔術リンクを通して羅紗魔術師達へ呼びかける。
「皆さん、冷静に戦いましょう! 相手の強さがそう変わったわけではありません! ほらそこ安易に挑発に乗らない!」
淑女の社会的信用を唸らせ、必死に戦況を見渡して鼓舞する。当然、完璧に上手くはいかない。指示に熱中して目の前の敵の対処が疎かになった。
けれどその危機を魔術リンクから察した羅紗魔術師が手助けしてくれる。
「助かったよ。指揮は俺にも手伝わせてくれ」
羅紗魔術師の中にも全体を見渡せるものはいたようで、負担を軽減してくれる。それにあやかり、シンシア・ウォーカーは戦術的なものをやめて感情的な投げかけを行った。
「ともに望みを叶えましょう! あなた達はアマランスさんを助けたい、私は世界救ってちゃんとしたクルーズに乗りたい。ともに平和への志は同じです!」
魔術リンクを通して闘志をみなぎらせているのが分かる。指揮も通り始めていた。これならと彼女は自らの戦闘に集中する。
雑用インビジブルを呼び進路上の敵の大まかな数を適宜調べさせつつ、味方たちと共有。√能力【竜漿魔眼】を行使して見つめるのは味方の隙。カバーしあえる体制を作りながら、油断なく相手の隙も捉えてレイピアで突き刺した。
「初動でかなりの負傷者が出ましたか……一旦下がって治療しましょう!」
動きの鈍くなっている味方を目ざとく見つけ、後方に下げて√能力【|"Be a lady."《ビー・ア・レディ》】を施し傷を癒す。ついでに向上した論理的思考力で冷静に戦うように指導を加えておいた。
桃色の文字を纏うオルガノン・セラフィムは、挙動が少し変わっているだけでその性能に大きな差はない。慣れれば味方達も押し返し、進軍は元の速度を取り戻す。
弱っている敵を見つければ√能力【|Sweet and low《スイート・アンド・ロー》】によって確実に処理し、順調に塔へ向かうエドを追いかけた。
戦いに余裕も出てきて、シンシア・ウォーカーはふと気になっていた事を未だ魔術リンクで繋がる羅紗魔術師として問いかける。
「一介の古代語魔術師として、羅紗魔術に興味があるのですが、強みとか弱みとかを聞いてもいいですか? 目の前のオルガノン・セラフィムにも施されているように、向かう先で敵が羅紗魔術を使ってくる可能性はありますので。あ、足は止めないでくださいね」
すると先ほど指揮を買って出てくれた羅紗魔術師が傍に寄ってきてくれて。
実際に羅紗を取り出してその仕組みを語ろうとしたその時、その文字が発光した。
禍神・空悟も前線で羅紗魔術師と並走していた。先走ろうとしているそのグループに、粗野な声を投げかける。
「オイ、そろそろ差し入れの借り返してくれよ」
「? 誰だよお前」
「お前らも船乗る前にバーガー食ったろ? あれ差し入れてやったのは俺なんだぜ?」
「おお、あれ美味かったよ。けど待ってくれ。今持ち合わせないぞ。財布なんて持ってきてねぇ」
言われて思い出した羅紗魔術師は、真面目にもポケットの中を漁って何か代わりになる物はないかと探している。そんな抜けた元敵につい笑いを零してしまった。
「金はいらねぇよ。ただ、俺の討ち漏らしを仕留めてくれたらいいっ!」
「なんだそう言う事かよ。それなら任せてくれ!」
禍神・空悟は細かい指示は無用と飛び出し、オルガノン・セラフィムに攻撃を仕掛ける。走りながらだ。確実に全てを仕留めるのは難しかったが、指示通り後ろで羅紗魔術師が後処理を請け負ってくれていた。
少し心配して振り返ったが、それも必要ないらしい。すぐに前へと向き直って、自分のやるべきことをこなす。
「右から不意打ちだ!」
「おっと、これは釣りを返さねぇとな!」
頼んでもいなかったアシストに口角を上げ、なら後方の仕事を減らしてやろうと√能力【|舞星《マイホシ》】を発動して敵を叩き潰した。
更には【|逆星《サカホシ》】【|竜討《リュウトウ》】も織り交ぜ、正面の敵を尽く焼き尽くし蹴散らしていく。
「相変わらずの入れ食いだなぁ! お前らもバーガー食いてぇのかぁ!?」
どれだけ倒しても襲ってくる黒いオルガノン・セラフィムに、つい高揚して問いかける。かといって奢ってやるつもりなど毛頭なく、大きく口を開いたそいつらは、例外なく吹き飛ばしていった。
多少の反撃を受けても鍛え上げた鉄壁の肉体で受けて耐える。不意打ちには黒き炎を広げて気勢を削いで対応、ひたすら塔に辿り着くことを優先して突き進んだ。
「ダース何某ってのもやってみたが、空に逃げられてんじゃあ無理だな」
ふと塔に重なる数十の影を見つめ、その向こうにいる人物のことを思い浮かべるが、今は目の前に集中する。また一体、黒いオルガノン・セラフィムを殴り飛ばして、とその時、突然禍神・空悟の腹が鳴った。
「前線は勢い取り戻してるし、ちょっと腹ごしらえするか」
腹が減ってはなんとやら。一時、自分が持ち場を離れても大丈夫だろうと判断した禍神・空悟は、おもむろにバーガーを取り出す。差し入れの時と同じ店で買ったものだ。その様子を後ろから追い越した羅紗魔術師も見つけて、疑問符を浮かべていた。
「おいこんなとこで飯かよ!?」
「お前らも食うか?」
「……いや、塔に着くのが先だ!」
「傷も回復すっから食って行けよ。まぁ、少しだけだけどな」
迷う羅紗魔術師のためにもと√能力【|元星《ハジメホシ》】を使って回復効果を付与し、それを分けてやろうとする。差し出すと羅紗魔術師は足を止めてこちらに引き返そうとして。
「いやぁ、準備の時に食いそびれてよ。何個か買い直しといてよかったぜ」
「何個かあるのかよ。なら一個くれてもいいんじゃ、」
羅紗魔術師が手を伸ばしたその時、遠くで爆発音が鳴った。なんだとそっちを見るとそれは至る所で次々に起こり、そして目の前でも、
——!!!!
「っ!?」
近寄ろうとしていた羅紗魔術師を中心に、大きな爆発が起こった。その爆風は禍神・空悟の身体を軽々と浮かせ、後方へと勢い良く吹き飛ばす。
偶然にも立ち止まっていた√能力者を巻き込んで、それと同時、再び近くで爆発が起こった。
地面を転がり、立ち上がった時、前方にはいくつもの爆発跡が。それを見つめる禍神・空悟はさすがに眉を顰めていて。
「おいおい、何が起こってんだこれ」
「一体、なにが……」
彼に巻き込まれ、ギリギリのところで爆発を免れたシンシア・ウォーカーも、その光景を見て呆然としていた。
また爆発。それは羅紗魔術師の下でばかり起こっていると分かって。
「羅紗に、なんか仕込まれてたのかよ?」
「まさか、ダースさんが……?」
「なんか事情知ってんのか?」
「いえ、詳しくは。ただ、羅紗魔術師の持つ羅紗には、ダースさんが通信魔術を仕込ませていたと聞きました。あるいは爆発の魔術も仕込んでいたという可能性が……」
そう聞いて、禍神・空悟は転がりながらも手放さず、けれど泥まみれになってしまったバーガーを口に入れる。待ち望んでいたはずの舌は、その汚れたバンズに不満を訴えた。
「ちっ、不味くなっちまったじゃねぇか」
羅紗の爆発によって、一気に状況が悪くなっている。中心で巻き込まれた魔術師のほとんどは即死で、一度に大量の命が奪われてしまっていた。
「星詠みから聞いた話じゃ、港町で俺が天使化の影響を受けなかったのは運が良かったからだったか。またしても助かったのも運のおかげってか? けど、こういうのは喜べねぇな」
本当は分けてやるつもりだったバーガーの欠片も口に押し込んで、その身を回復する。|偶然《幸運》にも爆発に巻き込まれながらも助かった者同士だからとシンシア・ウォーカーにも新しく切り分けたバーガーを分けてやった。
彼女は感謝を伝えて急いでハンバーガーを呑みこむ。やはり悠長に味わう時間はない。
「こんなことになるとは……けど、足は止めていられません。私は、この戦いを終えたら客船旅へ行くと決めたんですから、絶対に生き残って見せます!」
命が散った状況でその戦う理由はふざけているようにも思えたが、それは執念だった。禍神・空悟もその言葉を聞いて同調する。
「いいなあ、それ。俺も今度こそはちゃんと、バーガーを食わせてもらわねぇとな!」
そうして二人は、日常を取り戻すために再び走り出した。
角隈・礼文はゴースト・バギーに羅紗魔術師を乗せて走っていた。
「ああ……そういえば御三方のお名前を訪ねそびれておりました。よろしければ教えて頂ければ幸いです」
「……レントだ」
「あたしはミーナよ」
「おれはカイだ」
助手席に座る60代男性魔術師はボソリと告げ、島の景色を物珍しそうに見ていた20代女性魔術師はハッキリと告げ、戦いに備えて羅紗を手入れしていた20代男性魔術師は一旦手を止めて答える。
名前を教えてもらった礼にと、後部座席に収めていたお守りを三人にいきわたらせる。道理でカレー臭かったとカイが告げ、ミーナは好きなにおいだと語り、レントは興味なさそうにしながらもこっそりと鼻に近づけていた。
「さて、前線に辿り着きましたよ。おや、黒いオルガノン・セラフィムがまた現れたようですね」
そのバギーは、進軍から出遅れていた。他の羅紗魔術師とそりが合わない三人は、それぞれ単独行動をしており、そのせいではぐれてしまっていて、そこを調査のために島を色々回っていた角隈・礼文が拾ってやった形だ。
礼は言わないまでも恩は感じているのか、彼らは敵が現れたと分かると即座に羅紗を構えた。
「当然、我輩も運転だけではありませんぞ!」
期待していた通りの活躍を発揮する同乗者たちに負けじと、角隈・礼文も√能力を発動して夜鬼や無形の落とし子、炎の吸血鬼などを召喚して迎撃を命じる。
「互いに支え合い、助け合う! これが|絆の力《社会的信用》というものですねぇ!」
高らかに笑い声をあげる運転手に、羅紗魔術師達は若干視線を寄せるがもう何も言わない。これまでの道中で彼が、変わった性格であるというのはもう知れていた事だった。
「おっと目の前に敵が……まあ轢けばよろしい! はっはー!」
「きゃっ!?」
「おいっ、ちゃんと運転しろ!」
「……随分頑丈な車だ」
あまりに荒々しい運転に、特にそれで轢かれた経験のあるカイが抗議の声を上げるが、戦場なのだから仕方ないと再びオルガノン・セラフィムに突撃して車体を大きく揺らす。二度続けてとなれば言っても無駄だと悟り、前方へとも羅紗魔術が飛んでいった。
「それにしても、これまでのオルガノン・セラフィムとまた違いますね……全身を覆う桃色の文字、これがアマランスを攫ったという種でしょうか」
「いや、羅紗魔術だ」
角隈・礼文が浮かべた推測を否定するように、羅紗魔術の研究に長年を費やしてきたレントが告げる。そして彼は身を乗り出して更に続けた。
「止めてくれ」
言われるがままにバギーにブレーキをかけると、レントはそのまま車を飛び降りる。彼が駆け寄ったのは、先を行く者たちが仕留めたのだろう黒いオルガノン・セラフィムの死体だ。
分析を始めていると知って、角隈・礼文も運転席から降りてその隣に並ぶ。
「ほうほう。オルガノン・セラフィムの身体に直接刻み込まれているのではなく、薄い膜を被せているのですか」
倒れるオルガノン・セラフィムの肌を撫でると、少しの切れ目から透明な膜がはがれる。それに桃色の文字は刻まれているようだった。
「羅紗が布に魔術を刻むのはそれが一番安定するからだ。布って言うのはいくつもの糸で出来ている。要するにいろんな組み合わせをすることが可能だ。あやとりの要領で糸の配置をいじれば魔術の特性も一気に変わるんだ」
「なるほど。持ち運びだけでなら書物なんかの方が便利だと思いますが、確かに変えられるのは強みですね」
「……これは、インビジブルで布部分を代用してるな。けど普通は、こんなに安定させるのは無理なはずだ。俺だって思いついて試したが、布の形にならなかったぞ」
「ほう、その術者はよほどインビジブル制御が上手なのですか」
「それだけじゃない。単純なパワーの違いもある。しかもあれだけの量を同時に操るなんて……」
と、レントは分析にのめり込んでブツブツとインビジブル製の羅紗をあれやこれやと触っていく。その様子に角隈・礼文も興味を引かれ、己も魔術研究者の端くれだったと思い出し、自分でも調査を始めていった。
そんな風に足を止めていると、車内の方から文句が飛んでくる。
「ちょっと! 二人も手伝ってよー!」
「おい! 研究もそろそろにしろよ! 置いてかれてるぞ!」
倍以上の年上たちが自分勝手な研究を進めている間、ミーナとカイの二人が黒いオルガノン・セラフィムからの襲撃を押しとどめてくれていた。幸いにも最前線ではないからその量は少なく、何とか持ちこたえているようではあったが、明らかに疲れが見える。
それに、こうして足を止めていれば天使領域も外れてしまうだろう。羅紗は専門外であまり分析が進んでいなかった角隈・礼文は腰を持ち上げる。
「確かに、このままでは危ないですね。そろそろ切り上げていきましょう」
「いや、もう少しでインビジブルでの羅紗の作り方が分かる。ちょっと待て」
「天使化してしまっては元も子もないですよ。車内でしましょう」
研究者としての頑固さを発揮するレントをどうにか説得すると、彼は渋々と諦める。オルガノン・セラフィムの巨体を運ぶわけにはいかないからと羅紗を取り出した。
切断魔術でその一部分でもサンプルに持って帰ろうとして、だがそのとき、レントは気付く。
「っ! 羅紗を捨てろっ!!!」
まだ魔力も通していないそれに、確かな発光が起きていて。それと同時、遠くで爆発音が起こった。
「なんだ?」「なに?」
オルガノン・セラフィムの対処に一区切りつけたカイとミーナは爆発音の方に気を取られ、忠告を聞き逃す。しかし傍にいた角隈・礼文は、咄嗟の判断を下す。
「夜鬼!」
車の防衛に回らせていた従者に命令をし、若者二人から武器を取り上げる。それを確認したその瞬間、爆発は起こった。
——!!!
「くっ!?」「うおっ!?」「きゃっ!?」
一切の容赦ない爆風が、三人を吹き飛ばす。バギーも横転し、大きく土埃が巻き上がった。
地面を転がされ、即座に体を起こして状況を確認する。
「大丈夫ですかっ?」
「な、なにが起こったんだ?」
「いたた……やっぱり、来るんじゃなかった……」
角隈・礼文が呼びかけると、カイとミーナはなんとか無事の様子で声を発した。だからこそその可能性が浮かび上がって辺りを見渡し、それを見つけてしまう。
「……彼は、間に合いませんでしたか」
その爆発はよほど大きかったのか、そこにはただ深く掘られた穴しかなかった。いついかなる時でも研究出来るようにと、レントは大量の羅紗を持ち歩いていたのだろう。誰よりも早く気付いた所で、あの短時間で全てを手放すのは不可能だった。
そのクレーターの意味を、遅れてカイとミーナも知って言葉を失う。しかし立ち止まっている場合など、ありはしなかった。
「お二人はまだ戦えますか?」
「は? いや、羅紗がなかったら……」
「む、無理。無理よ」
「そうですか。たしか√移動できる場所を仲間が見つけてくれていたはずです。今から向かって間に合うかは分かりませんが、お守りにかけましょう」
「あんたは、まだ戦うのか……?」
バギーを起こしながらそう言う角隈・礼文に、カイは疑問を抱いて恐る恐る尋ねる。それに研究者の一人として彼は答えた。
「ええ。私も羅紗魔術には興味が湧きましたのでね」
道半ばの研究は、誰かが拾ってやらなければならないからと。
贄波・絶奈は共に兵装『翔武靴』を身に着けた羅紗魔術師達とチームを組んで動いていた。
「ランドルフさん、大まかな指揮は私が行うけど、個人への指示は任せていいかな?」
「もちろん構わないよ。最善を尽くそう」
勧誘の際に珈琲をご馳走してくれた50代男性羅紗魔術師を含んだ5人を連れ、彼女は戦線を細かに移動していく。方針は戦闘よりも補助だ。不利となっている仲間がいれば、即座に駆け付け助けに入る。そのための揃えられた兵装でもあった。
移動中に敵と遭遇すしたらすぐに排除。奇襲には何よりも警戒し、仕掛けられても見切って受け流し対処する。
「塔の光輪は……まだ大きな変化はないみたいだね」
「力を溜めていると言ったところか。次がないというのも確かかもしれない」
ふと余裕の出来た隙に塔を眺めて交わす。進軍のペースは比較的予定通りだ。タイムリミットも星詠みの推測とそう差はないのだろう。かといって緊急事態が起きないとは思えないが。
現に今、進む先からは新手がやってきている。
「あのオルガノン・セラフィムについて、何か知ってることはないんだよね?」
「羅紗魔術を用いているようだとしか分からないね。足を止めて分析させてもらえればもう少しわかる事はあるかもしれないが、そんな暇はないだろう?」
「そうだね」
今までと戦術を変えた黒いオルガノン・セラフィムに、最初は少し苦戦しながらも連携で補いながら何とか対応していく。
インビジブル達を敵の視界外に漂わせ、拳銃による牽制攻撃を行いながら√能力【|【星幻】ー遠き日の白昼夢ー《セイゲン・スターレヴァリエ》】によって、自分とインビジブルの位置を入れ替え、暗記あるいはライオットガンによる極至近距離からの不意打ちで息の根を止めていく。相手から不意打ちを受けてもすかさず√能力【|『蒼夜』ー夜が眠る刻ー《ソウヤ・ファーストドリーム》】で対応して、足は止めないでいた。
「ダースやらなんやら気になる所だけど――今は自分の仕事に集中しようか」
大勢が集まっている戦場だ。気がかりなことは多いが、今は出来る限りの戦力を保持したまま塔へと辿り着くことを目的とする。
だからこそ、脱力者は極力減らしたいと、孤立している者がいないかとつぶさに探した。
「もう少し急がなければ天使領域から出てしまうよ?」
「私は少しなら大丈夫。ちょっとあっち行ってくるね」
「君には危ない橋を渡ってほしくないのだが、まあこちらは任せてくれ」
ランドルフは積極的に動く贄波・絶奈に少し心配を抱きながらも、彼女がそうしたいならと送り出す。
天使領域はおよそ半径1.8kmに及ぶとはいえ、エドの発進は急だったために気付かない者もいたのだろう。贄波・絶奈が見つけたのは、とある建物で情報収集しているらしき√能力者だった。
「大丈夫? もうここ、天使領域の外だけど」
「えぇっ!? そんないつの間に!? ぎゃー天使化したくないぃいい!?」
「……それなら急いで戻らないと」
どうやらあまりに熱中していて時間を忘れていたらしい。そのくせ、天使化には人一倍怯えているようで、今が危ない状況だという事をまた忘れて大げさに慌て始めている。
それにはあまり取り合わず、とにかくと手を引っ張って天使領域へと引き返した。
とその時、前線の方から度重なる爆発音が轟く。
「な、なんだ!? 何が起こってるんだ!? まさかこの先に地雷が!? 進むべきでないのでは!?」
「……それはないと思うけど」
とはいえ、遠目に見る限りでも見過ごせない威力だ。巻き込まれていない者がいないとはとても思えない。
一体何が起きたのか、より急いで前線の方へ向かうと、そこでは足を止めていた羅紗魔術師達がいた。彼らはさっきまでチームを組んでいた者たちだ。
「どうしたの? さっきの爆発は何?」
「あ、あんたか……」
そこにいた四人はそれぞれ怪我をしているようだった。地面を転がったように衣服に泥がついていて、ひどい者は右手がぐちゃぐちゃになっている。しかし一見爆発の影響は受けていないようでホッとしていると、彼らの青ざめた視線に気づいた。
それは、少し離れた残骸へと向けられていて。
「……ランドルフさん」
その顔がきれいなまま残っていた事が奇跡と言えた。肩から下はなく、大きな爆発に巻き込まれてしまったのだとすぐに分かった。
「羅紗が爆発してよ。俺たちはランドルフのおかげで手放したけど……」
彼は仲間を救うために、その羅紗で攻撃して爆弾を吹き飛ばしたらしい。一瞬の判断だったために威力は加減できなかったようだが、しかし彼が連れてきた若者たちは命に別状はない。
その成果にふと彼との会話を思い出した。
『君たちの中にそれを受け継ぐ者がいるとするのなら、私は協力しようじゃないか。ああ、年寄りにとってはそれだけでいいのさ。ま、私はまだ50代なんだけどもね』
だからそんな表情をしているのだなと知る。
「満足そうな顔……年寄りの考えは分からないな」
彼の最期の表情はひどく穏やかだった。何も悔いはないとほほんでいるようでもあって。それをともに見下ろしていた羅紗魔術師は、その決意を口にする。
「……俺、まだ戦うぜ。羅紗が無くても少しは戦えるんだ。ランドルフが教えてくれたからな」
すると他の者たちも口々に賛同して、その瞳に意思を宿らせた。その覚悟を突っぱねるほど、贄波・絶奈は無粋ではない。
「なら急ごう」
自分達に出来るのはただ進むだけだと、再び走り出すのだった。
七々手・七々口は三人の羅紗魔術師と同行していた。その内二人は準備期間の間に勧誘した|同類《愛煙家と酒好き》だ。
「さっさと片付けてパーッとやろうぜ」
「そうだなー。やっぱ戦いながらだと味に集中できねーしな」
「おれもそろそろカレーの匂いをつまみにするのも限界になってきたぜ」
などといついかなる時もそんな風に盛り上がっていて、趣味の違うもう一人は常に置いて行かれている。
「煙草とか酒とか、不健康っすよ」
「あー? じゃあ最近の若者の趣味は何だよ?」
「別になんもないっすけど」
「しけてんなー」
羅紗魔術師の中ではベテランにあたる二人にそんな風に笑われ、若い魔術師は不服そうに顔をしかめた。それからまるで彼らを否定するように、率先して前へと出て戦い始める。その若い行動に人生の先輩たちは少し呆れながら続くのだった。
七々手・七々口が√能力【|傲慢特権《レガリア》】によって迫ってくる敵を高重力で押し潰し、続けざま√能力【|いずれ死に至る《タイダ》】で動きを鈍らせる。それと同時に煙草好きも敵へデバフ掛けながら味方にバフを施し、酒好きがその強靭な身体能力をもって蹴散らしていく。共通の趣味で繋がる三位一体は、追加助っ人の入る隙もなく、その度に若者は不満を顔に表した。
ようやくチャンスが来たと思っても、七々手・七々口の魔手達が先回りしてその怪力で叩き潰してしまう。
「お、わりーな。せっかくの見せ場を」
「いや、楽出来てるんでいいっすよ」
何か言いたげな視線をくみ取って謝るものの、彼は不貞腐れたようにそう言っては、やっぱり先走る。そんな様子を先輩二人は若いなーと眺め、煙草と酒を楽しんでいた。
「つーかだいぶ出遅れてるなぁおれたち」
「けどまあお守りもあるし多少は大丈夫だろ」
「む、あっちになんかありそう。ちょっと寄り道するなー」
「あんたら急がないと死ぬんすよ!?」
暢気にしていると、さすがに怒られる。とはいえ、一人で突破するほどの実力はないからと、離れての行動は出来ないでいて、結局優先されるのは猫の勘。七々手・七々口が調査をはじめ、魔術師達は周囲の警戒を頼まれた。
「……んー、なにが引っかかったのかわからん。しゃあない、片っ端から回収してくぜ」
辺りは戦いの痕で瓦礫ばかりとなっていて、一見では目ぼしいものは見当たらない。けれどそこに何かが埋まっていると勘が告げているのだから大人しく従った。
そうして時間を費やしてると痺れを切らして声を投げられる。
「そろそろ行きますよ!」
「お前も酒飲んでゆっくりしたら?」
「煙草もあるぞ?」
「いらないです!」
急く若者に引っ張られ、猫も渋々その場から離れる。とりあえず集めたものの調査をするため、√能力【|嫉妬する蛇《シットスルヘビ》】で呼び出した空飛ぶ大蛇に乗って、戦闘は羅紗魔術師達に任せた。
「ん、これ石板か? つってもよくわからん絵だな……」
七々手・七々口が集めた物を組み合わせるとそれは、一つの石板になる。そこには大地を拳で割る男の姿が描かれていて、よく見ればその頭の上には輪っかが浮かんでいるようでもあった。
しかしそれが何を意味するのか推測できないでいると、そんな思考を途切れさせるように遠くで爆発音が鳴る。
「ん? なんだ?」
と顔を上げたその時、オルガノン・セラフィムと戦っていた仲間達にもその被害は及んだ。
———!!!
戦闘から退いていた七々手・七々口の元まで爆風が届く。一瞬視界を奪われ、すぐに仲間達の安否を確認する。
すると、その爆心地からは声が聞こえた。
「ちっ、危うく煙草が燃えるとこだった」
「煙草は火付けるもんだろ? ってああ!? 酒が全部吹っ飛んでる!?」
煙草好きは咄嗟に身に着けていた羅紗を敵集団に投げつけたらしく無傷で、酒好きの方は自慢の肉体を魔術で強化して強引に耐えきったようだった。
その事に安堵しつつも、もう一人の姿は見当たらない。それに気付いた二人も、ばつが悪そうな表情を見せる。
「全く、死ねない理由は一つでも多い方がいいってのによ」
「ったく、煙草を吸う気分じゃなくなったな」
羅紗の爆発に対応しきれなかった若者は、無残に命を散らしていた。そうと知った二人は、趣味に浸るのも置いて、再びやってきた敵へとまっすぐから向かい打つのだった。
山中・みどらは兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を装備し、高所から戦況を見渡していた。桃色の文字が刻まれた黒いオルガノン・セラフィム達を突破しようと進軍は再開されている。
「やっぱりまだ連携にゃ不安は残るけど……」
彼女の視線は主に羅紗魔術師達へと向けられていた。島に乗り込んでからの戦いはもう1時間以上繰り返されているが、それでもまだ元敵だった即席連合には粗がある。
そもそもかの組織には経験の浅い者が多いようで、ただガムシャラに羅紗を使っている。彼らの間でも連携が成り立っていないチームをいくつも見た。
だからこそ自分の出番だと、彼女は駆け回る。
「あたしが崩壊させないよう動けばいいさね」
自ら使命を背負い、苦戦している箇所を見つければすかさず兵装の機動力をもって急行した。そして√能力【|汎用属性魔力鉄鉱弾《パレットバレットカタパルト》】を使用して敵の動きを制圧。炎に雷と属性を纏わせた魔弾で敵には炎上や麻痺状態を付与して、味方には肉体への熱や電気信号を活性化させることによる強化をばら撒いていった。
しばらく援護に集中していると、黒いオルガノン・セラフィムが倒すべきはこちらと判断して標的を変えて迫ってくる。空は向こうの領分だ。故に陸へと移動を切り替え敵の狙いを交わしつつ、味方達が集まっている場所へと位置取りして格好の的を用意した。
促されるままに羅紗魔術が黒いオルガノン・セラフィムへと集中砲火して、追手を尽く蹴散らす。そうして安全を確保すれば、手を貸してもらったお返しとばかりに√能力【|おまもりし隊《オトモアイドルー》】を発動して、回復や危機を伝えてくれる人形を置いて行った。
「何か起きたらサポートを任すさね」
既に色々な事が起きているこの戦場だ。また新たな何かが起きてもおかしくはない。手が回しきれない場合にと人形に指示を下しておいて、山中・みどらはまた次へと向かっていった。
「惹きつけるからすぐに態勢立て直すさね!」
さっきと同じ要領で、敵の数の多さに手こずっている集団を見つければ、その一部を請け負って見せる。攻撃を見切って素早く回避し、よけきれなければ兵装のエネルギーバリアを張って抑え込む。そうして時間を稼いでいる間に発破をかけた味方達も持ち直し、攻撃を再開した。
戦線が持ちこたえたのを見届けてから、それじゃあ次と飛び立つ。羅紗魔術師達にも余裕が出来たかと高所から思ったその時だった。
——!!!!
突如として辺りで爆発が起こる。敵の攻撃からと見渡せば、しかしそれは尽く味方陣営——羅紗魔術師達を中心に起こっていた。
「一体、何が……?」
また一人、羅紗が引き起こす爆発に巻き込まれる。暴発かと思ったがそれはあまりにも大きく、作為的に見えてしまった。現にその被害は大きく、ようやく連携を形成しつつある戦線に次々と穴が空いていってしまう。
そしてそれを好機と見た黒いオルガノン・セラフィムが非情にも迫ってくる。
「っ! 無事なのは3割ぐらいさねっ? いや、すぐに動けるのはもっと少ないっ」
サポートを任せていた人形のおかげでいくつかは一命をとりとめた魔術師もいたらしい。けれどすぐに立ち直るには不可能な負傷を負っている者ばかりだった。
そうと分かると山中・みどらはこれまでの逃げ回るような戦術をやめて、敵集団の前に立ちはだかった。
「穴が埋めないとさね。さぁお、前たち出番だよ!」
戦えそうにない者達を背にして、√能力【|お祭り好きのなかまたち《パペットリカルパレード》】を発動する。これまでの味方の活躍に応じた分だけ眷属のぬいぐるみがその場に続々と召喚され、大きく空いた穴を塞ごうと広がっていった。その中心で彼女も銃を構える。
「撤退の手伝いもしたいけど、これだけの数を押しとどめるにはあたしも前に出ないとだね。いいさ、やってやるさね!」
まるで、眷属たちに手本を示すようにして、山中・みどらは魔力を込めた弾丸を放っては、敵の軍勢を押しとどめていくのだった。
瀬条・兎比良は羅紗魔術師達と共に情報収集を行っていた。
「何か見つかりましたか?」
「いえ、これと言ったものは見つからないですね」
先の準備期間で勧誘したその人物は、アマランス・フューリーの捜索よりも塔攻略を優先していて、そのための情報集めにも積極的に動いてくれている。
同行しているの更にもう二人いた。
「ねえこっちに地下あるよー!」
「水の音するー!」
これまでの道中で意気投合した双子の魔術師だ。小柄な体を生かしてすいすいと探索を進め、今日一番の成果を出していた。その手招きに瀬条・兎比良はすぐ手を止めて向かう。
「地下水路でしょうか……重要そうな情報があるとは思えませんが、一応見ておきましょう」
双子の案内で不自然に塞がれていた床を剥がしてみると、確かにそこには深い穴が空いていた。光は一切届かず暗闇しか見えず、ただ、耳を凝らせば微かに水音が聞き取れる。
すぐに羅紗魔術による明かりが落とされて、一行は慎重に地下へと降りていった。
「この匂いは、海水ですね。偶然できた洞窟でしょうか」
「確かに、水路として使われているという感じではないですね」
内部にはほとんど人工的な作りを感じられない。長い年月をかけて作られて天然の洞穴だ。
「あ、行き止まりだー」
「いや、潜ったら続いてそうだよー」
しばらく進んでいるとすぐに道が亡くなって、けれど屈んでみればそばを流れる海水の底に、窪みが見つかった。そこに水流を見て取れたさらに奥へと続いているのが分かる。
しかしその隙間はあまりに小さく、小柄な双子でも通るのは難しいだろう。ましてや壊して進もうとすれば、崩落して生き埋めになってしまいかねない。
「これ以上は危険ですね。それに調べるにも時間がかかりすぎるでしょう。天使領域からももう出てしまいますし」
「そうですね。地下といっても、天使化しないとは限らない」
これまでの事件の報告によれば、建物内で観戦している者もいるのだから、光を遮ったとて安心とは言い切れないだろう。そもそもあの光は恐らく、力が可視化されているもので、実際の光線と言う訳ではなさそうだ。
冒険心を掻き立てられていた双子は少し不満げだったが、言い分はもっともだと仕方なく引き下がる。そうして一行は地上へと戻ろうとして、とその時、双子の片割れが声を上げた。
「うわぁ!?」
大きな水音を立てて転ぶ。濡れた足元に滑ったらしい。彼女はすぐに立ち上がろうと近くの壁に手を当て、しかしまたその手も滑らせてコケる。
「いててて……」
「何回こけてんの?」
「いや、なんか剥がれて……」
不思議そうに彼女は手元を見て、そこで「あれ?」と首を傾げた。
「これ、羅紗だよ。なんでこんなところに?」
その手には確かに彼女達が使うような古代文字の刻まれた布があって。それを皆に見せびらかした時、突然辺りが揺れ出した。
「な、なにっ?」
「何の揺れっ?」
と、困惑する双子だったが、その状況を後ろから見ていた瀬条・兎比良はいち早く気付く。
「二人とも早くこっちへ!」
彼が出口を示し、もう一人の羅紗魔術師が手を引っ張る。そのとっさの判断の速さによって、双子はどうにか避ける事に成功した。
空振った大顎が、残念そうに声を発する。
「あぁっ、逃げるでない。ようやく目覚めたのだから腹を満たさせてくれぇっ」
「怪異っ!?」「なんでこんなところにっ!?」
声と共に暗闇に浮かび上がったのは異形の化け物だ。蛙のような体に獅子のような牙。それは全身から石の破片を振り落としては、今度こそ食事を成功させようと再び大顎を開く。
「ファーロはいないなっ? その後継もっ。なら好きに食うぞぉー!」
「「っ!?」」
「逃げましょう!」
あまり広くない洞窟の中で、その大顎は限界まで広がった。立ち止まっていればすぐに飲み込まれると分かった一行は、兵装をもって全力で地下を駆け抜ける。
探索の際、最後尾だった瀬条・兎比良が真っ先に地上へと飛び出し、そして続く者たちに手を差し伸べようとして、その時、
——!!!!
爆風が吹きあがる。瀬条・兎比良はその勢いに押されて吹き飛ばされた。
何度か地面を転がって、体勢を立て直す。持ち上げた視線は誰も見つけられず、先ほどの地下へと続く穴も見当たらなかった。
「……一体、何が」
あまりにも色々な事が起きて混乱する中、しばらくして、崩落し塞がった地下へとの穴を見つける。ならば羅紗魔術師達もその下に埋まったのだろう。
天使領域に急かされるようにしてその場を離れた瀬条・兎比良は、仲間達と同流してから、羅紗魔術師達の所持していた羅紗が全て爆発されたのだと知った。
祭那・ラムネは兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を装備して、人手の足りないところへの積極的なカバーを行っていた。
その最中に、いくつもの爆発を目撃してしまう。
「羅紗の魔術師達が……」
前線で戦っていた羅紗を操る魔術師達が、悉く唐突な爆発に巻き込まれ命を散らしていっていた。その余波は周囲の√能力者も巻き込んで、一時は押し返していたオルガノン・セラフィムの襲撃にも手が回らなくなっていて。
「させるかよっ!」
祭那・ラムネが押しとどめる。
兵装の機動力で瞬時に駆け付け、持ち得る防御手段をフル活用して敵の攻撃を受け止め、√能力を駆使しながら反撃を繰り出していく。
(天使領域は……まだ大丈夫だな)
先を行くエドとの距離を目測で測りながら、猶予はまだあるととにかく広く救助の手を広げた。自分だって死ぬわけにはいかない。それでも、大勢を見捨てることは出来ずに、危険も顧みずに動いた。
「いやぁあああっ!? 助けっ——」
「待ってろっ!」
悲鳴が聞こえれば防御も捨てて駆け付ける。爆発から生き残った羅紗魔術師は30人もない。その内、半分以上が怪我をして、怪物を前に身動き取れないでいる。
右足を失った女性魔術師を、オルガノン・セラフィムに切り裂かれる寸前で抱えて庇う。泣きわめいていた彼女は感謝の言葉を告げようとしてそれを遮り、後方へと放り投げた。
「悪いっ! あとは治療班に頼ってくれ!」
再びの悲鳴が聞こえて、彼は足を止めてはいられない。それでも積極的に声掛けを行い、無事な√能力者との連携も高めて生き残った羅紗魔術師達を救っていく。
同じように動く者は他にもいる。その動向を視界の端に捉えながら、遠ければ彼女らに頼った。それでも手が足りず、次へ急ごうとした祭那・ラムネの背中を、オルガノン・セラフィムが攻撃する。
「ぐっ——そっ!!」
痛みをこらえながら振り返り、すかさず√能力【|星涼《ホシスズミ》】で反撃。追撃をする暇なんてない。一瞬止まったその巨体を次の負傷者のための足場として蹴った。
(あと一人……!)
近くの負傷者はそれで全部だと急いで、しかしオルガノン・セラフィムはその救助活動を見切って動線に立ちはだかる。即座に√能力【|白華繚嵐《ビャッカリョウラン》】を発動して、焔を放つもののその壁は厚い。
間に合わないか、と歯噛みしそうになったその時、目の前の壁は突如として横から吹き飛ばされた。
「大丈夫ですか!?」
現れたのは、WZだった。その内部から聞こえるのは、うっすらと聞き覚えのある女性の声。
「さっき助けてもらったものです! 羅紗が無くても戦えそうな兵装が余ってたので借りてきました!」
と彼女が言うや否や、周囲でも同じ兵装を纏った者たちがオルガノン・セラフィムを押し返す。決死戦のために作られたそのWZは、武器を失った者たちに新たな手段を与えた。
WZならばその単体で戦闘に参加できる。しかも搭載された戦闘補助AIが、扱い慣れていない者たちでも十二分の力を発揮させた。
まさに限界を超越させし兵装『|決死戦専用WZ『天元突破』《スペラーレ・リミテム・カエレステム》』。WZ故に扱いづらいと使い手が少なかったおかげで、負傷を回復させた羅紗魔術師達から乗り込んでいく。
「……良かった」
祭那・ラムネも、無事のまま戦いにも生還した羅紗魔術師達にそう喜びを浮かべた。多くのものは失ったが、確かに救えたものはあった。そしてその更なる勢いは、この身をも高ぶらせてくれる。
「そうだ、言い忘れていました! さっきは助けて頂いてありがとうございました!」
WZに乗った羅紗魔術師が、余裕を取り戻した声音でそう告げた。WZに覆われ顔は見えなかったが、きっと同じような表情をしていただろう。
そうして祭那・ラムネもすぐに再び前へと進み出した。
「それならこのまま一気に進もう!」
彼の呼びかけに呼応するようにして、再び進軍は始まる。
塔はもう、すぐそこまで迫っていた。
アリエル・スチュアートはその悪意の不意打ちに眉を顰める。
「…ダースの奴、性格悪すぎでしょ」
彼女と同行していた羅紗魔術師達の羅紗も同様に爆発していた。その威力はやはりすさまじく、傍にいただけで衣服が汚れてしまっている。
他の√能力者たちの集めた情報も照らし合わせ、その爆発は恐らくダースの仕掛けだろうという結論になっていた。きっと上空から見下ろしながら起爆させたのだ。
その様子を思い浮かべて悪態をつき、それから連れを見渡した。
「でも四人とも無事でよかったわ」
「ふん、こんなところで死ぬわけないじゃない。アマランス様も助けていないんだから」
「ええ、そうです。我々はアマランス様を幸せにしない限りは死ねません」
と、アリエル・スチュアート自身が勧誘した陰キャ魔術師とその先輩魔術師がそう告げて、更に同じアマランス・フューリーを慕う二名も大きく首を縦に振る。
とはいえそんな風に話していられるのもアリエル・スチュアートのおかげのところが大きかった。
「私が偶然、羅紗を調べてなかったらあなた達も無事じゃなかったでしょうけどね」
戦いの最中にふと思い立って、彼女は羅紗魔術を再現してみようとしたのだ。しかし上手くいかず、それなら魔術師達の持っている者と照らし合わせてより深く知ろうとした矢先に羅紗が起動した。
全員分、まとめて地面に広げていたおかげで対処はそう難しくなかった。多少の爆風は受けたが、魔法に寄る防御が間に合って皆大した怪我もなくすんでいたのだった。
しかし、救われた事よりも武器を失ったことを根に持っている様子で陰キャ魔術師はねちねちと言ってくる。そのことに呆れつつも、他の羅紗魔術師達がそうしているように、余っている兵装を装備させておいた。
使ったことのないWZにもやはり文句は出てきていたが、それでもないよりはマシだと呑みこんでくれる。そうして戦いの準備を整え、早く塔に行こうとした四人を、アリエル・スチュアートは止めた。
「ところで、この文字が示す魔術は何なのかわかるかしら? アマランスを攫ったものと共通しているし、調べておいたほうがいいんじゃないかしら」
彼女が指さしたのは、先ほどの戦いで倒した黒いオルガノン・セラフィムだ。それには上陸すぐに対峙した者たちとは違って桃色の文字が刻まれていて、それは羅紗とも通じる字体。
アマランス・フューリー救出に関わるとなると、四人はすぐに知恵を貸した。
「これは、アマランス様もお得意の隷属の羅紗魔術よ」
「そうですね。しかしそれだけではないようです。本来の力を抑制するようなものもあります。強い怪異や他の術がかかっているものに施すのを見たことがありますね」
「つまりは、元々別の所有者がいるこのオルガノン・セラフィムを、誰かが無理矢理羅紗魔術で操ってるってわけね」
「おおむねそう言ったところでしょう」
「ということは、羅紗魔術師の中に裏切者がいるってわけ!? それじゃあ塔に向かってる場合じゃないじゃない!」
「いや、塔に魔術師が潜んでいる可能性だってあるでしょう? それに、皆私たちと一緒に上陸したはずなのに、いつの間にこんな大量のオルガノン・セラフィムに魔術を施したって言うのかしら?」
「……可能性を一つ潰ししてあげただけじゃない」
指摘された途端に陰キャ魔術師は勢いを消して、しかしながらボソリと自分は間違っていないと主張する。そんな様子に呆れつつも、心底無事でよかったなと安堵した。
「さて、それじゃあ急ぎましょう。他の人が集めた情報によれば、アマランスは塔にいるらしいし」
分析もそこそこにして、勢いを取り戻す進軍へ戻ろうと告げる。それに異論のある者はなく、四人の羅紗魔術師を連れてアリエル・スチュアートは再び戦いへと出向いていった。
やはり出迎えてくるのは桃色の混じを纏った黒いオルガノン・セラフィム達ばかり。それがアマランス・フューリーを攫った特徴と言う事もあって、羅紗魔術師達は恨み言を吐きながらWZで蹴散らしていく。
アリエル・スチュアートも負けじと魔法で道を切り開いていきながら、けれどそれ以上に更なる奇襲を警戒していた。
(ダースの爆弾を回避できたのは偶然よ。また仕掛けてくるとは思わないけれど、全く予想していないところからくる場合もある。気を付けなくちゃね)
借りてきた兵装のドローンも使いながら、逐一情報を収集する。そうして進んでいくと、塔はもう目の前に迫っていた。
黒いオルガノン・セラフィムも減り、進軍の速度はどんどんと早くなる。アマランス・フューリーを敬愛する者ほどそれは加速していって、アリエル・スチュアート含む一行は最前線にいた。
そして、塔の入り口が見えたその時、彼女達は見つける。
「「「「アマランス様!?」」」」
それは、塔の入り口にて立っていた。しかしその姿は以前とは少し違い、衣服を一切纏わず、その代わりとばかりに全身に桃色の文字を刻ませている。
呼びかけに答えたようにそれは振り向き、動いたことによって透明なドレスを纏っていると分かった。
しかし足を止める事はなく、それは塔の中へと入ろうとして。
「待ってくださいっ!!!」
羅紗魔術師が縋るように手を伸ばして追いかける。搭乗するWZの出力を最大にして飛び出して、
その瞬間、アリエル・スチュアートは感知した。
「止まりなさいッ!?」
塔の上階から飛び降りた、白く歪な巨体を。
◆◇◆◇◆
エドは、地上と上空を交互に見ては、思考を迷わせていた。
白いオルガノン・セラフィムに跨り飛行する彼は、巨大な金属蛇と化したマルティナに乗るダースを追いかけている。その目的不明の男性が、幼馴染の少女をそんな姿にしたのではないかと疑い、これ以上の暴挙を許さないため問い詰めようとしていた。
距離は縮まって、しかしあと少しと言うところで、塔に辿り着いてしまった。蛇と成ったマルティナは塔の壁面に沿って上へと進んでいって、だがその先には無数の黒いオルガノン・セラフィムが飛んでいる。
上陸してからこれまで戦った数よりも多く。それはその頂きを守るようにして舞っている。
故に、エドが操る白騎士が近づいた瞬間に、それは攻撃を仕掛けてきた。
「うっ。けどっ、マルティナがっ!」
乗る白騎士が大きく揺れ、それでも諦めきれないと上空を睨む。
マルティナは、塔を守る怪物にも邪魔されず悠々と進んでいて。このまま放っておけば頂上に辿り着いてしまうだろう。
嫌な予感があった。自分よりも先に彼女が頂に着いてしまってはいけないと、胸の内の何かが告げている。
だから、エドは選んだ。
地上には振り返らず、このまま突き進むと。
「……大丈夫。あの人たちなら、追いついてくれる。それに何より、今を逃したらlる!」
これまでの恩を根拠に信頼して、彼は塔の頂を目指した。
◆◇―◇◆
「待ってくださいっ!!!」
羅紗魔術師は、進む先に現れたその存在に手を伸ばす。
アマランス・フューリー。
この島に攫われた羅紗の魔術塔の幹部であり、多くの魔術師達が彼女を救うために死を覚悟して参戦していた。
そんな彼女は以前とは変わって、桃色の文字が刻まれた透明なドレスを纏っている。そして呼びかける部下たちに冷たい視線を向けてから塔へと入っていき。
なぜ振り向いてくれないのか。あなたを救いに来たのだと、魔術師達はさらに加速して塔へと向かって。
その瞬間、彼女らの上にそれが降り立った。
——!!
ここまで生き延びてきた魔術師を無残にも踏み潰しながら、その巨体は塔へ侵入しようとする者の前に立ちはだかる。
『ウ、オ、ォオオオオ———!!!!』
それは老人の声のようでありながら、戦場全てを震わせる震動を放った。
白く膨張した巨体に臓物がまとわりつき、不釣り合いな翼と環を備え持つ。左腕にあたる部分には臓器を転用したかのようなバクパイプが埋め込まれていた。
鳥の頭蓋のような顔は、その口を開くと歪な牙を見せつけ、その奥にうっすらと人の顔が覗く。
「う……アマランスさ、ま……」
かろうじて、踏みつぶしから逃れた羅紗魔術師もいた。それは足を怪我しながらもどうにか両腕で逃げようとしていて、しかしその頭を容赦なくバグパイプが叩き潰す。
『オッ、ウオッ、ォオオオッ!!』
白い巨体は狂ったように叫びながら、ただひたすらに被害を広げていった。
振り回す度にパイプからは音が鳴って、それを聞く者たちに奇妙にも心地よい音をばら撒くのだった。
——第5章に続く。