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メスガキ喫茶へようこそ
●星詠みの啓示:√EDENの怪異
「……あなたは√能力者? そう。来てくれて、感謝」
√EDEN、東京。
大通りから外れた静かな路地裏で、ボクシンググローブを嵌めた少女……三船・こぶし(とりあえず殴れば解決すると思う・h03348)は、あなたに向けてそう告げた。
「それじゃあ、見えた未来の説明、させてもらうね」
もたれかかっていた壁から背を離し、小柄な身体でこちらを見つめる少女。彼女は抑揚の薄いマイペースな口調で、一言一言を区切るように、話し始める。
「一言で言うと、『√汎神解剖機関』から『√EDEN』への侵略。√汎神解剖機関の人間災厄が、この世界からインビジブルを奪おうとしている」
簒奪者の楽園、√EDEN。この世界は常に、侵略の危機に晒されている。それはよくある危機であり、だが、放置してはおけない危機である。
そして人間災厄とは√汎神解剖機関において存在する、ひとの形をした『災厄』だ。その災厄の到来は、楽園にとって決して看過出来ない。
「だからあなた達には、この災厄が生み出した『メスガキ喫茶』に潜入して、怪異の目論見を打ち砕いて欲しい」
そこまで説明した後。こぶしは何やら不思議そうに、首を傾げる。
「……メスガキ喫茶って、何?」
それはこっちが聞きたい――この場の√能力者の思考が、期せずして一致した。
「……ん。メスガキ喫茶というのは名前の通り、店員がメスガキとして客をもてなす、特殊な喫茶店。こういうのを、コンカフェ……コンセプトカフェと言う。と、思う」
首を傾げ傾げ、説明を続けるこぶし。メイド喫茶でメイドが客をもてなすように、メスガキ喫茶ではメスガキ(に扮した店員)が客をもてなすらしい。
「店員は客を可愛く罵り、客はそれで満足する。そういうコンセプト。……結構繁盛してるらしい」
さて、そんなメスガキ喫茶だが、どうやら怪異の仕業のようだ。安心したというか、怪異でなくてもそんなのがあっておかしくない√EDENの奥深さというか。
だがこの怪異は普段は潜んでおり、普通に喫茶に乗り込んでも姿を現さない。店員も、一般人の少女が中心であり、怪異ではない。
「そこで、この喫茶店に潜入調査を行ってもらう。アルバイト」
メスガキ喫茶はいつでもアルバイトを募集している。女性ならば、店員として採用されると良いだろう。もちろんメスガキというからには基本的に若い少女の方が好ましいはずだが、大人の美女がメスガキに扮するのもそれはそれで需要がある。らしい。√能力者は並外れた美女が多いので、多少芯からずれていても許されるのだろう。
男性はよほど可愛くない限り接客係として採用されるのは難しいが、裏側での調理や力仕事は募集しているので、そちらを狙うのが良いだろう。
逆に女性は、裏側の仕事を希望しても店員になるように強く勧められる。
「一応、客として潜入しても、良い。メスガキに罵られても、大丈夫な人向き。むしろそれで喜ぶ人向き」
あまり不審がるとなぜ客として来たのかと疑われるので、本心からメスガキ喫茶を楽しめるか、演技力が完璧であるのが好ましい。
まあバイトとしてでも客としてでも潜入に成功し、しばらく活動を行っていれば、そのうち怪異の手がかりを掴む事ができるだろう。そうなれば後は、戦闘によってこれを排除するのみだ。
「最初に現れるのは、√EDENの簒奪者集団、『人喰い蜘蛛なメイドたち』。読んで字の通り」
糸によって拘束し、鎌状の触肢によってトドメを刺す、一見可愛らしいが凶悪なメイド達である。一対一なら√能力者が負ける可能性は低いが、相手は数が多く、こちらを囲んで倒そうとしてくるので注意が必要だ。
ちなみに何かの影響を受けてか、言動がメスガキっぽくなっている。
「どこで戦う事になるのかは、分からないけど。一般人は、巻き込まないように注意」
メイドたちを倒せば、今回の首謀者となる簒奪者が姿を現す。
「『人間災厄「暴虐のメスガキ」』。……人間災厄にも、いろいろある」
暴力性とメスガキという概念が混ざり合って生まれたというその人間災厄は、身の丈程の大剣による物理攻撃と罵倒による精神攻撃を得意とする。
なんともふざけた存在だが、強力な簒奪者である事は間違いない。その妙なノリに油断すると、心をへし折られて身体を真っ二つにされる事だろう。
「……説明は、以上。変な依頼だけど、星は確かな世界の危機を示している。放っておけば大変な事になるのは、本当」
こぶしは自分でもいまいち納得いっていない様子でしきりに首を傾げながら、それでももう一度あなたに視線を向ける。そしてその困惑をそのまま託すように、大きく頷いた。
「……あなた達の力で、なんとかしてほしい。期待している」
●メスガキの心得
「いーい? メスガキっていうのはね、お客を蔑み、見下し、罵るわけだけど。そこには愛が必要なの。分かる?」
バイトとして潜入した√能力者達に対し、指導役の店員がそう話す。
「といっても、お客を上に見てはいけないわ。あくまでメスガキが上、客が下。そうね、お気に入りの玩具を弄り回すように扱いなさい」
随分とふざけたコンセプトカフェだが、働いている側は真剣なようだ。世の中には、いろんな世界がある。
「あたし達が上なんだから、下の相手を満足させて帰せないのはメスガキの名折れよ。情熱をもって、負ける事を喜ばせてやりなさい!」
まあ、そのコンセプトをどこまで理解できるかは、人それぞれだろうが。これも世界のためである。
これまでのお話
第1章 冒険 『アルバイトをしよう』

「妙な依頼ね……でも簒奪者が関わっている以上、放ってはおけないわ」
√能力者としての使命感を胸に、必ず解決すると決意を固めるリリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)。
――そちらを意識していないと、思ったより恥ずかしいから、と言う事はない。断じてない。
「……まあ、メスガキとしての振る舞いは、よくわからないけれど」
そもそも、何故これで商売が成立しているのかすら疑問には思うが、ホールを覗き見るにだいぶ繁盛しているらしい。
ちなみに√能力者と言う美女美少女が多くバイトに来た事で、それがSNSで話題になっていつもより多くの客が来ている……と言うのは、彼女の知らぬ裏話である。
「まあとにかく、求められた仕事はしっかりこなしましょう」
採用されるか不安だったが、そこは容姿だけでもお釣りが来る。あとは、店員として正しく振る舞えるかだが、それも√能力によって、並行世界の自分の記憶にアクセスして。
「……思うけど。これ、並行世界にはメスガキのわたしもいるって事なのかしら?」
なんだか複雑には思うものの、これで振る舞いは完璧だ。堂々と胸を張って、接客のためにホールに出ていって。
「良く来たわね、ざこお兄ちゃん達。注文を取ってあげるからありがたく思いなさい❤」
「っ、は、はいっ……」
堂々と尊大に胸を張り、上から目線で要求する。だが、小柄な彼女が胸を張って強気に振る舞う様は、どこか背伸びしているようで愛らしくもあって。
まあもちろんそれも、計算の上での事だが。……並行世界の自分は一体何をしているのか、重ねて疑問に思う。
「それじゃあ、コーヒーとオムライスを……」
「ふぅん、それだけぇ? へぇぇぇ?」
堂に入ったメスガキの素振りで見下し煽り立て、ついでにデザートも注文させる。素のリリン的にはこれで良いのかと思うが、客は喜んでいるのだから良いのだろう。
「……さて。客に不審な素振りはなかったわね」
ともあれ、ただ接客していた訳ではない。接客の間も油断なく周囲に視線を向け、ホールの様子を確認していた。
客は入れ替わるので一回の観察では気を抜けないが、今の所は異常はないようだ。
「任務の本分はあくまで調査だしね、注意深く観察しましょう」
料理が出来るまでは一旦手が空くので、その間にバックヤードのスタッフ達にも観察の視線を向けるリリン。
一方その間にはシキ・イズモ(紫毒の鳥兜未遂・h00157)が、接客の準備を整える。
「ん、これがメスガキ喫茶ねぇ」
小さめの服装を指で摘み、首を傾げるシキ。ちなみに小さいのはそういうデザインではなく、彼女が体格の割に胸もお尻も大きいだけである。
「ま、教わった通りにやればなんとかなるかな」
先輩店員からの指導を思い出しつつ、ホールに出て、テーブルに近づく。そこの客はどうやら、まだ注文に悩んでいるようだが。
「まだ決まってないの~? ほらぁ、注文するの、しないの、はっきりしなよ~」
「は、はいっ……すぐ決めますっ……!」
急かすように煽って注文を決めさせ、手早くバックヤードに戻って来る。普通の店ならクレームものだが、客はやっぱり喜んでいた。
「ああいうのが良い人もいるんだね。……さて」
ともかく注文取りは手早く終わったので、空いた時間でその辺りの備品に手を触れる。彼女も、主目的が調査である事は忘れてはいない――触れた部分から、毒が滲み出る。
彼女の手から、ではない。備品の方からだ。過去と言う名の毒を取り込み、その所有者の記憶を読み取っていく。
「……うーん、特に異常なし、かな。普通のお皿だねぇ」
「あら、便利な√能力ね」
そんなシキに対して、別の場所を調査していたリリンが声をかけた。もちろん他の一般人店員には聞こえないように、声を潜めながら会話する。
「ちょっと、これも調べてくれないかしら?」
そう言って差し出されたのは、メイドのヘッドドレスだ。一見すれば、何の変哲もない店員用の衣装のようだが。
「あの扉、ちょっと怪しいのよね。鍵がかかってて誰も近づけなくて」
「なるほど……ちょっと試して見ようか」
その辺りに捨てられていたのだと言うそれから、過去の毒を引きずり出す。しばらく目を閉じて、そこから情報を受け取ろうとして。
「……うん。やっぱりその扉、怪しいみたいだね。詳しい事は分からなかった」
√能力でも分からないと言う事自体が、これが簒奪者絡みである事の証明のようなものだ。シキの答えを聞いたリリンは、満足げに頷いて。
「そう。確証がないと突入する訳にもいかなかったし、助かるわ」
「あとは……今はちょっとタイミングが悪いかな」
突入するにしても、今は他の一般人店員が近く多すぎる。そんな所で鍵を壊せば、騒ぎになるだろう。
2人は突入するタイミングを図りつつ、他の√能力者達にもその情報を密かに伝えていく――。
「……また個性的過ぎる簒奪者が出てきましたわね~。お姉様は喜びそうですけど……」
店員として潜入しながらも、個性的過ぎる状況に微妙な表情を浮かべるルビナ・ローゼス(黒薔薇の吸血姫・h06457)。妄想たくましいAnkerの事を思い出し、すぐに振り払うように首を振る。
こんな所を見せたら、何を要求されるか分からない。
「コホン。とにかく……」
思う所はいろいろあるが、簒奪者の企みを放置は出来ない。生来の正義感もあり覚悟を決めて、店員としてホールに出ていく。
「良く来たわね! ざこざこ人間❤ 特別に注文を聞いてあげるわ!」
「っ……じゃあ、その、アイスコーヒーを……」
高圧的な注文取りに対し、客は怒るでもなく顔を赤くする。本当にこういうのを求めているのだなと感じながら、手際よく仕事をこなし……今度はコーヒーを持っていって。
「持ってきてあげたわ、感謝しなさい?」
「あ、ありがとうございます……!」
強気に言い放ちコップをテーブルに置くと、ニヤニヤ笑いを向けてやる。相手の顔を見上げるように、前傾しての上目遣い。
「小さい女の子に持ってきてもらって興奮してるの? 変態さ~ん?」
「っ……は、はい……!」
カクカクと頷く客を嘲笑ってやりながら、バックヤードに戻って来るルビナ。完璧なメスガキをこなした彼女は――客の目がなくなるなり、顔を真っ赤に染めた。
「……うう、演技とはいえ慣れませんわ」
赤く火照った顔を冷ますように、両手で覆う。その後もしっかり客の前では完璧に振る舞っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「良かったらまた来てよねっ」
「は、はいっ……!」
そのせいでつい、最後には素を出してしまったが。それはそれでサービスになったようで、客は感動した顔で帰っていく。
「日雇いの即席メスガキさんなのです? 変わったお仕事なのです」
店員として雇われ、接客のためにホールに向かう森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)。
ちなみに普通(√ウォーゾーン基準)の6歳児である巳琥は、本来√EDENではバイトに出て良い年齢ではないのだが、鯖を読んで無理やり押し切った。
採用担当の先輩が首を捻っていたが、その彼女もあくまで先任バイトと言うだけで責任ある立場ではないので、『まあ可愛いから良いよね』と割り切ったらしい。
「良いのですかね。まあ助かりはするのです」
ともかく、やるからには全力で。頭の中で演技プランを立てつつ、注文待ちのお客の元へと向かう。
2人組のそのお客は、一方がやや気弱そうなオタクっぽく、一方がやや不機嫌そうな体育会系。同年代だし、おそらくは友人なのだろう。
「ほら、さっさと注文を言うのです。私に手間をかけさせないで欲しいのです」
「は、はいっ、じゃあオレンジジュースと……」
そんな客に対して、少し我が儘感を出しながら接客してみる巳琥。オタクの方は喜びつつも注文しようとするが、体育会系の方は苛立った表情でこちらを睨んできた。
付き合いで来て、あまり理解していないのだろうか。友人が慌てて、説明しようとするが。
「こんな子供達相手に本気になる大人なんていませんよねー」
「っ……あ……そ、その……じゃあ俺はコーヒーで……」
それに先んじるように巳琥は、じっと相手を見据え睨む。子供とは思えない圧倒的な気迫を前にすれば、ただの体育会系など蛇に睨まれた蛙だ。
「注文は以上ですね。じゃあ待ってろなのです」
「……俺、なんか良いなって思っちまったんだけど」
『何事もなく』注文を終え、バックヤードに戻っていく巳琥。その背後で一瞬聞こえた会話に、これで良かったのかなとは思いながら。
「メスガキ喫茶ねぇ、メイド喫茶で働いた事はあるけど世の中色々あるもんなのねぇ」
√能力によって、いかにも遊んでそうな金髪褐色のJKへと変身したアーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)。
こっちの方がメスガキっぽいだろうと堂々と胸を張りながら、ホールで客の応対に向かう。
「ええと、じゃあ、コーヒーとオムライスを……」
「ふぅん……アンタにこの程度がお似合いね?」
見下すだけならいつもやっている事、慣れた様子で客に対して冷たい視線を向けて。だがそこに愛着を持って当たると言うのは、いまいち手探り気味だ。
「あぅ……す、すみません……」
(「……ほんとにこんなんで良いのかしら?」)
客は萎縮したように見えて、なんだか喜んでいるように見える。まあ喜んでいるなら良いか、と言う事にして、一旦下がり、完成した料理を持ってきて。
「ほら、持ってきてあげたわよ。ありがたくむせび泣きなさい」
「はいっ……ありがとうございますっ!」
本当に感涙にむせび泣きそうで、何が良いのかしらと内申で首をひねる。ともあれ注文は終えたと下がろうとするが……そこで客に呼び止められて。
「あ、あの……チェキお願いしてもいいですか?」
「はぁ? 調子乗ってるの? アンタが一緒に写ろうなんて100年早いわ」
その無礼を咎めるように、ギロリと睨みつけてやる。とかく高圧的な言葉なら、自然とぽんぽん出て来る。
「まぁ今日は機嫌がいいから特別に許してやるわ、感謝しなさい下僕」
「ひゃいぃ……ありがとうございましゅぅぅ!」
そのせいでなんか、メスガキと言うよりSMっぽくなっている気がするが。まあお客が喜んでいるんだから良いのだろう。うん。
「メスガキの経験は無いですが、お客様を満足させるのがプロですからね」
育ての親のラーメン屋で、接客業の経験もある。その経験を活かせばと意気込み、ホールに向かう猫屋敷・レオ(首喰い千切りウサギ・h00688)。
早速客に対して、メスガキらしい振る舞いを見せていく。
「雑魚❤ 雑魚❤ ちりめん雑魚❤ 成体にもなれずただ捕食されるだけの、あわれな存在❤」
なんか違うぞこれ。
自分でもそう自覚して内心首をひねるレオだが、幸いと言って良いのか、客はそれどころではない。何しろ187cmの巨乳メカクレ美少女である。見下される威圧感と迫力、それでいて愛らしい姿だけで、こういう所に来る客にとっては十分なサービスだろう。
ちなみに実は8歳だが、流石にそこは見た目では気づかれない。もし知られたら、どんな反応をされただろうか。
ともあれすっかりたじたじの客から注文を取り、バックヤードへと伝えにいく……が。
「こ、このっ……こういうの困るんだけどっ!?」
「ふひ……メスガキはさぁ……わからせる方が好きなんだよねぇ」
その最中に別の店員が、迷惑客に絡まれている所を発見する。メスガキと言えど、一皮向けば一般のバイト少女。男性客に本気で詰め寄られると、萎縮してしまうようで。
「ほらぁ、サービスしてくれよぉ、俺は客だぞぉ……ふひ?」
ついにその客の手が店員に伸びた所で、レオが割って入る。突然現れた長身を前に、客はこちらを見上げ――ようとするが。
「平伏せ雑魚❤」
「ぶべぇっ!」
そのまま上を向かせず、頭を掴んで地面に這いつくばらせる。白目を剥いたその客を、ぽいっと店の裏口から放りだした。
当然そんな騒ぎには、他の客からも注目が集まるが。
「裏メニューであります」
一切悪びれず、堂々と言い放つレオ。……何故かそれでごまかせたが、その裏メニューの注文が善意の客から来たのは、ちょっと困った。
「奥深さって言うか、業の深さって言うか……」
メイドっぽい衣装に袖を通し、鏡でその全身をまじまじと見る瑞城・雷鼓(雷遁の討魔忍・h03393)。小柄で勝ち気で、いかにもナマイキそうなその姿は、自分でもメスガキっぽいと思う。
「ま、合ってるなら良いか」
そう割り切って接客に出ると、丁度新しい客が入ってきた所だ。目一杯小馬鹿にした表情を作ると、甘ったるい声で呼びかける。
「いらっしゃいませ~。お兄さん、おひとりさまぼっちなんですかぁ~?」
「うっ……は、はい、そうです……」
一瞬で客に対して優位に立つ……と言うより客を下に追いやると、その調子でサービスを続けていく。
相手の一挙一動に対し、逐一マウントを取ってやり。
「まだ注文を決められないの? 優柔不断~」
「それだけしか食べられないの? お腹よわよわ~」
客はすっかり萎縮しつつ、興奮し喜んでいるようだ。……オムライスを大盛りにさせてデザートを頼ませたのは、大丈夫かなぁと思わなくもないが。
「……あの、チェキとかやってますか?」
「ん~? 私にじゃんけんに勝てたらね~」
それでも苦しいお腹を抱えて注文する客に対しては、オプションサービスを提示していく。当然相手はそれを受け入れ、早速勝負が始まって。
「じゃんけんぽんっ……あいこでしょっ! あいこで――」
(「ま、負ける訳ないんだけどね」)
だが、雷鼓は熟練の討魔忍。一般人の出す手など、動体視力で読み取れる。意図的にあいこを繰り返して盛り上げるのも簡単な事だ。
「はい勝ち~。あーあ、よわよわお兄さんはサービスお預け~」
「はぅっ……」
そして最後はばっさり引導を渡してやる。ずるい気もするが、相手はむしろ写真より喜んでいるので、メスガキ的には何の問題もない。
……その姿を見て改めて、業が深いわねぇ、との思いを抱く雷鼓であった。
「お帰りなさいませ、オス友。さっさと注文しなさいよ、次つかえてんだから」
店にやって来た客に対し、やたらとぶっきらぼうに言い放つサティー・リドナー(人間(√EDEN)の|錬金騎士《アルケミストフェンサー》・h05056)。
「え、ええと……じゃあオムライスとコーヒーを」
「良いわ。そこで指を咥えて待ってるのね!」
高圧的にそう言うと、身を翻してバックヤードに戻る――途中に、なにもない所で躓いて、盛大にすっ転んだ。
あまりに派手な転び方に、客は一瞬沈黙し……はっと我に返ってこちらを気遣う。
「……だ、大丈夫ですか!?」
「平気よ!」
まあ実際、怪我の一つも無い。と言うか、無いようにわざと転んだ。そのため一切淀みなく、立ち上がってバックヤードに戻っていく。
ちなみに最初は配膳をひっくり返そうと思ったが、食品ロスが出るのでやめてと止められた。
(「こういう所の店員は、ドジっ娘がウケるんですよね?」)
マンガの流行知識とスマホ検索の知識を参考にしたのだが、何かが激しく間違っている気がする。入れた知識が偏っているのか、出力がおかしいのか。
あとついでに言えば、『忘れようとする力』は別に癒やし空間は作らない。
「はい。出来たわよ、さっさと食べなさい。モエモエズキュン」
「あ、はい、いただきます」
配膳した後も席の横に居座るサティーに困惑しながら、オムライスを口にする客。何か言った方が良いのかと、感想を口にして。
「ええと、美味しいです」
「あっ、美味しい? よかったわね、レンチンしただけなのに」
もう全体的に間違いしかないのだが、まあメスガキ喫茶に来るような客だし、美少女の塩対応も多分需要はあるのだろう。
(「なんだか新鮮味で楽しい職場ですね、店員さんて、一度やってみたかったし」)
本人も満足しているようだし、まあ良いんじゃないだろうか。
「むぅッ!!」
メスガキ喫茶に客として訪れた、とあるお嬢様。彼女は接客にやって来た店員を見るなり、唸り声を上げた。
「店員さん、白米を丼でッ!」
「……白米だけ?」
その注文に怪訝そうな顔をする店員に、堂々と頷きを返す。まあ、男だからと裏方仕事を希望したけど可愛いからって接客係に回され、しかも食い込む様なホットパンツをはかされた目一杯不満顔のロリショタメスガキ店員には、この良さの理解はきっと難しいだろう。
……もしこの店員、荒野・ハイエナ(たぶん銭ゲバ・h03139)がそんなお嬢様の内心を読み取れたら、『いや理解りたくないが』と思った事だろうが。
(「こんな恋……もとい濃い味付け、白飯がすすんでしまいますわ……ッ!」)
「……なんなんだ……」
そんな店員をおかずに、白飯を全力でかき込んでいく。熱視線にやや引いた感じの店員の表情や、思わず漏れてしまったような声が、さらにその箸を加速させて。
それだけでランチが終わりそうになったので、慌てて追加注文する。
「この、毎日馬鹿にしてるけど実は大好きな近所のお兄さんの為にお母さんに教わりながら一生懸命作ったお兄さんの好物のカレーと、この料理に合う罵倒を一つお願いしまーす❤」
「なんだよそれっ!? 馬鹿じゃねぇの!?」
その困惑と嫌悪の罵倒だけでもう一杯丼飯がイケる。行くと多分胃袋が死ぬが。いやこの際死んで悔いなしでは? とも思ったが、とにかく重ねてお願いする。多分押したらイケる奴だと思ったので。
他の店員にカンペを渡されついに進退極まったその店員は、覚悟を決めたように深呼吸一つ。
「……なに、このカレーが欲しいんだ? あんたみたいなざこに食わせるカレーなんてあると思ってんの? まあ……でも可哀想だから、と・く・べ・つ・に、恵んでやっても良いけどねっ!」
「ありがとうございますッ!!」
やっぱり胃袋は死んだし、悔いはなかった。
第2章 集団戦 『人喰い蜘蛛なメイドたち』

なんのかんの、アルバイトをこなしていく√能力者達。その間に掴んだ怪しい扉に、人目がない瞬間を狙って侵入する。その中で、地下への階段を下っていくと、どうやらそこは倉庫のようだ。
もちろん、ただの倉庫ではない。
「……おや、もう感づかれましたか。星詠みと言うのは厄介ですね」
そこにいたのは、蜘蛛の脚を生やした異形のメイド達。壁には、蜘蛛糸に絡め取られて意識を失った人間がびっしりと並んでいる。
おそらくはアルバイトの店員や、やって来た客。それを大きな騒ぎにならない程度に、こうして地下に連れ込んでいたのだろう。
「仕方ありませんね。あなた達を排除した後、別の場所に移転する事にしましょうか」
メイド達はそう言って、鎌状の触肢をギラつかせる。その黒肌の顔がこちらに向けられると、その口元が嘲りの笑みを浮かべて。
「なんの問題ありません。どうせあなた達も……ざぁこ、なんでしょうからぁ♡」
何の影響を受けているのか、メスガキめいた言動でこちらに殺意を向けてくる、『人喰い蜘蛛なメイドたち』。
哀れな犠牲者と同じになりたくなければ、ここで彼女達を|倒す《わからせる》しかない……。
「やっと出て来ましたわね……もう演技はしなくていいですわよね?」
念のため周囲をキョロキョロと見回し、確認するルビナ・ローゼス(黒薔薇の吸血姫・h06457)。
もちろん、ここからは店員ではなく、√能力者として仕事を行う番だ。メスガキの振る舞いは――したければしてもいいが、それとして必須ではない。
「ではメイド部隊、避難誘導を開始しなさい!」
「了解しました、お嬢様!」
ともあれそれを確認すると、すぐさま√能力を発動する。事前に招集しておいたメイド達が、その呼びかけによって招集されて。
「七名は被害者の救助に。五名は私を援護しなさい!」
「やらせると思ってるんですかぁ、あなた達ざこなんかにぃ♥️」
その行動を阻止するように、人食い蜘蛛達が放つのは白い蜘蛛糸。救助班が慌てた様子で、ジェラルミンシールドを構えて防ぐ。
仔蜘蛛達の糸はその盾ごと、メイド達を捕縛しようとして。
「メスガキっぽいのは、ざぁこという台詞だけでありますね」
「っ……何ですか、この、邪魔してぇ……!」
だがそれを阻止するように一気に、猫屋敷・レオ(首喰い千切りウサギ・h00688)が駆け寄った。
影を纏うほどに加速し、一気に間合いを詰めた彼女は、仔蜘蛛達を撹乱するように周囲を駆け回っていく。
「とはいえ蜘蛛は狩猟者、ならば期待させてもらうであります」
「ざこが偉そうに言わないでくださいよぉっ!」
それを捕らえんと、こちらに蜘蛛糸を乱射してくる仔蜘蛛達。レオはそれを振り切るようにさらに加速し、残像すらも捕らえさせない。
「ほら、どうしたでありますか。こっちであります」
「調子に乗らないでくださいねっ!」
その挑発的な言動にいきり立つ仔蜘蛛達……ではあるが、そうしてばらまかれた粘性のある糸は、外れた後も床に撒き散らされる。
踏めば足を取られるそれを避けて駆ければ、そのコースは限定される。そうなればいくら速くとも、避けきるのは難しく。
「っ……!」
「ほぉら、捕まえましたよ、ざぁこ♥️」
ついに糸が命中し、レオの身体を絡め取る。仔蜘蛛は得意満面に、その糸を引っ張り、引き寄せようとして来て。
「さあ、こっちにきなさ……いっ!?」
……が、その仔蜘蛛の元に飛んだのは、レオの外套のみだ。それを囮に蜘蛛糸領域から飛び退いたレオは、その口元に笑みを浮かべて。
「捕食者にとって一番の屈辱は、獲物を盗られる事でありますよね?」
「……はっ!?」
その言葉通り、仔蜘蛛達がレオに気を取られているうちに、ルビナのメイド達が捕らえられていた犠牲者を解放していた。ナイフで糸を斬り裂き、戦場から離れた後方に連れていく様に、仔蜘蛛達の目が見開かれる。
「さて、ざこはどっちだったでありますかね」
「何を、調子にっ……!?」
すぐさまその犠牲者を奪還しようとする仔蜘蛛達を、機関銃の弾丸が足止めする。慌てて身を守る仔蜘蛛達へと、叩き込まれるのはルビナのハチェット。
薔薇の刻印がなされたそれはその重量によって、蜘蛛糸ごと仔蜘蛛の一匹を断ち切っていく。
「いい調子ですわ、そのまま援護を!」
「このっ……ざこの分際で、調子に、乗ってくれますねぇっ……!」
機関銃を放つのは援護役のメイド達。それによってその場に釘付けにした仔蜘蛛達を、一体ずつ処理していくルビナ。
「雑魚呼ばわりされる筋合いは、ありませんわ!」
「さあ、ボクもこっちを手伝いますから、さっさと奪い尽くしてしまうでありますよ」
そしてもちろんその間に、救出役のメイド達が……そしてさらにレオも加わり、残りの捕らえられた犠牲者達の救出を進めていく。
「ん、メスガキメイド蜘蛛、属性過多?」
「そうよねぇ、てんこ盛りもいいところよ」
仔蜘蛛達の姿に目をやり、首を傾げて呟くシキ・イズモ(紫毒の鳥兜未遂・h00157)。瑞城・雷鼓(雷遁の討魔忍・h03393)も、それに同意し――。
「……ってまぁ、私も人のことは言えないタイプだと思うけど」
「……ボクはそんな事ない、よね?」
褐色ロリ討魔忍の言葉に、誰に問うでもなく視線を彷徨わせるロリ爆乳毒使い。まあ判断については、各々に任せる事にする。
「ま、良いわ。ひとまず……」
そんな不毛な話題を打ち切った雷鼓は、着ているメイド服を脱ぎ捨てる。その下から弾けるように散る稲光、そして纏うは肌に密着した討魔忍スーツ。
「どっちが狩る側か、わからせてやるわ」
抜き放った二挺拳銃が撃ち出すのは、弾丸ではなく雷霆。彼女の電撃能力に指向性をもたせるためのそれが、仔蜘蛛達を狙い。
「わからされるのはそちらですよ、ざぁこっ♥」
その刹那、跳躍した仔蜘蛛達が、鎌状の触肢をもってこちらを捕らえんとする。捕まればそのまま、鎌に捕らわれ全身を引き裂かれそうだ。
こちらの雷霆よりも速く――いや、正確にはそもそも、銃を抜き放つ動きに先んじて。先の先を取る危険な狩猟。だが雷鼓は、それに一切動じる事はなく。
「分かってりゃ……対処はできるわっ!!」
「がっ……!?」
抜き放つ動きを中断する代わりに、最速で跳ね上がるハイキック。いくら速くとも、相手が飛んでくる事が分かっていれば読み切れる。
脚光の長いヒールが、相手の身体にカウンターで突き刺さる。さながらモズの早贄の如く、串刺しにされて痙攣する仔蜘蛛。
「っ、こ、の……程、度、ぉぐぉぉっっ!?」
「誰がこの程度って言ったのかしら?」
そして、その刺突は本命ではなく、そこから流し込む雷霆こそが本命の一撃。強烈な電撃が脳天まで駆け上がる事で、相手の心臓を停止させていく。
「っ、その程度が、どうしたとっ……!?」
そしてそんな光景に動揺した、他の仔蜘蛛達へと飛来するのは、強い粘性を持つ猛毒の液体。
もちろんそれを放つのは、シキ以外にない。
「くっ……なにを、この……」
「蜘蛛糸で絡めとるのが趣味なら、意趣返しって所かな」
毒液は当然その生命力を蝕むが、それ以上に仔蜘蛛達の身体に絡みつく。絡みつかれたまま強引に前に出る仔蜘蛛達だが、シキは落ち着いた様子で後退を図って。
「ほら、攻撃を当ててみなよ、当たらないけど」
「待ち……なさいっ、このっ……ぐっ……!」
仔蜘蛛達の動きは衰え、流れるような連続攻撃には至らない。単発の、それも遅い攻撃であるなら、余裕をもって回避するシキ。
最初に毒を浴びせれば、こちらから攻撃する必要もない。ただ回避に徹して下がり続けながら、仔蜘蛛達をじわじわと蝕み……その状態で、首を傾げて挑発する。
「……ざこはどっちだったかな?ざぁこ。……なんちゃって」
「っ~~~~! その首、叩き落としてあげますっ!」
怒りと屈辱に仔蜘蛛をは黒い顔を赤く染め、シキを追いかけていく。
「アレで苦情が来たりしないって、世の中って広いというか変な奴が多いっていうか」
先ほどまでのアルバイトの光景を思い出し、頭痛を堪えるようにコメカミを揉み解す、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)。
気を取り直すように息を吐くと、仔蜘蛛達を睨み見据える。
「まぁ、いいわ、こっからは分かりやすくぶっ飛ばせばいいんだしねっ」
「あなたに出来ますか? あなたのようなざぁこ、に♥」
そんなアーシャを挑発するように、仔蜘蛛達は嘲りの挑発を向けてくる。それにカチンと来た彼女は、すぐに仔蜘蛛達に突撃した。
「蜘蛛如きが……どっちが雑魚か教えてやろうじゃない!」
「くっ……!?」
赤い瞳を爛々と輝かせ、竜の爪を振るうアーシャ。その力量は仔蜘蛛の群れ程度には遅れを取らず、複数体を相手に豪快に立ち回る。
さらにそこへ新たに加勢する、サティー・リドナー(人間(√EDEN)の|錬金騎士《アルケミストフェンサー》・h05056)。
……何故か黄色いワンピース水着に着替えている。
「お行儀悪い人喰い蜘蛛メス虫共をハンティング。逆にメロメロにしてあげちゃいます」
「ぐっ……あなたなどに、メロメロになる訳がないでしょうっ」
スレンダーな身体のラインを見せつけながら、その場で錬成した魔法剣を振るって斬りかかるサティー。
斬り裂かれた仔蜘蛛は痛みに声を漏らしながらも、2人から距離を取っていき。
「ざぁこはぁ……こうしてあげますっ♥」
「っ、何……っ!?」
放たれるのは大量の蜘蛛糸。複数体が一斉に迸らせたそれが、2人の√能力者達を絡め取る……と言うより、粘着力で床に貼り付けていく。
慌てて爪とブレスで糸を斬り裂き、焼き尽くそうとするアーシャ……だが。
「このっ……むぐぅっ!!?」
「うふふ……ざこトカゲ如きがぁ、蜘蛛に勝てると思ったんですかぁ? おっかしぃ♥」
その口を蜘蛛糸で塞がれ、ブレスついでに言葉も封じられる。両腕もしっかりと縛られれば、全く抵抗出来ない状態にされて。
「もしかしてぇ、頭の栄養、全部胸と尻にいっちゃいましたぁ?」
「むぅぅぅぅっ!!」
その周囲をぐるぐると回りながら耳元で囁いてくる仔蜘蛛に、怒りを燃やすが反論出来ないアーシャ。
当然その蜘蛛糸は、サティーをも捕らえている。触肢を剥き出しにした仔蜘蛛達が、こちらの身体を抱き斬らんと――。
「本日は私のオプションやらを存分にその身をもって堪能してね、虫ガキちゃん共♥」
「っ!?」
だが、サティーの身体を縛っていた蜘蛛糸ごと、錬成剣で仔蜘蛛を切り裂くサティー。頑丈なはずの糸は、錬成剣から滲み出る毒によって、脆くなっており。
「あっ、こ、この……ふ、ぐっ!?」
「はいはい体の動きも鈍くなってきましたね。ざぁこ♥ お疲れ様です♥」
相手が下がろうとする動きも鈍く、それに先んじて刃が振るわれる。首を落とした仔蜘蛛を見下ろし、くすくすと嘲るサティー。
「こ、この……ざこは、そち――」
そのサティーへの反論は、皆まで口にされる事はない。何かから与えられた力で、毒とか関係なく糸を引きちぎったアーシャが、仔蜘蛛の頭だけを蹴りでふっとばしたからだ。
「ふぅぅぅ……今まで良くも、えっらそうにぃ……!」
「はいはい、残りもお掃除してあげますよぉ♥」
そうして怒りに燃えるアーシャと、嘲り笑うサティーによって、仔蜘蛛達は次々と仕留められていく。
「んん゛ッ!?」
「あら? さっきの店員さん?」
蜘蛛糸に拘束された被害者の中にさっき応対したお嬢様を見つけ、思わず変な声を上げてしまった荒野・ハイエナ(たぶん銭ゲバ・h03139)。√能力者も気づかぬうちに、捕まってしまっていたらしい。
「ここって、黒肌人外蜘蛛ロリメスガキメイドちゃんと達と蜘蛛糸プレイ❤を楽しむ会場じゃありませんの?」
「何言ってんの!?」
と言うか、なんかAnkerとして縁が繋がったような気がする。頭痛を堪えるような表情をしながら、お嬢様――銀子に突っ込みを入れ、事情を説明して。
「ふむ、道理で蜘蛛糸の拘束に愛を感じられない訳ですわ」
事情を理解した銀子の眉が、怒りに跳ね上がる。そしてその身体に力がこもると……おもむろに内側から、ブチブチと糸を引きちぎった。
「笑止! 愛無き殺意だけの悲しき極め技などに、超人プロレスは屈しませんわー!」
「……えええー?」
予想外の状況に、思わず声を上げるハイエナ。そもそも超人プロレスとは何なのか。
なんか√能力的な物が、Ankerの縁を通して持っていかれている気がする。
「さあ! 愛を知らぬあなた達に、私の純粋な気持ちを知って頂きますわ!」
「……なんなんですかこれ……?」
仔蜘蛛達も問うような視線を向けてくるが、もちろんこっちが知りたい。並ならぬ迫力と言うか、明らかにヤバい感じの雰囲気に、相手は警戒を強めて。
「ひとまず距離を取りましょう」
「そう、黒肌ロリぷにほっぺや人外蜘蛛えちえちおみ足をうふふ❤したいという私の純粋な気持ちを……あれ? お待ちになってー!」
文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げていく相手を、興奮に滾った顔で追いかけていく銀子。後には、ハイエナだけが取り残される。
「星詠みが告げた通り、ここはただのコンセプトカフェなんかじゃなかった」
部屋の状況を素早く視線で確認して、やっぱり、と声を漏らすリリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)。
仔蜘蛛達をまっすぐに睨みつけると、声を張り上げていく。
「わたしにはまだまだ、分からない事が多いけれど……ここはメスガキと言うコンセプトを、お客様もキャストも楽しむ場。そんな場を無茶苦茶にはさせないわ!」
「関係ありません。あなた達のようなざこは、我々の糧になってもらいます」
仔蜘蛛達はそんなこちらを取り囲むようにして、無数の蜘蛛糸を放とうとしてくる。それに対してこちらが展開するのは、正義の結界。
周囲の空間に、白銀が広がっていく。
「この空間では、わたしが世界のルールを定めるわ。『ここではわたしの敵対者の√能力はジャミングされる』」
「何をっ……大した妨害ではありませんっ!」
それに対して反発するようにいきり立ち、その脚を掲げて睨んで来る仔蜘蛛達。√能力の効果は√能力者当人の実力を超える事はなく、過度に強力な効果は理想的に発揮される事は難しい。
特に√能力者の妨害は、『ルートブレイカー』が大きな基準としてある。結界としてそれ以上に範囲を広げるならジャミングは相応に弱まり、糸の勢いを弱められても、それを完全に無効化する事は不可能だ。
「でも……わたしも、あなたたちにこれ以上の√能力を使うつもりはないけど」
「何を……」
だがそんな状況においてリリンドラは、仔蜘蛛達に対してそう宣言する。ジャミングはあくまで切っ掛け。そこから理想の戦況を得るため、さらに言葉を繰り出していく。
「正義をぶつけ合うなら同じ条件じゃないと。それがわたしのなりのわからせってやつ」
「言ってくれますね……後悔しない事ですね、ざぁこっ!」
メスガキ化して感情に素直になっている仔蜘蛛達の中には、その言葉に乗っていきり立つ者も多い。弱まった√能力で戦うより、勝負に応じた方が良いと言う算段もあるのだろう。
針のようなその脚を突き出して、一斉に殺到してくる仔蜘蛛達。対してこちらも屠竜の大剣を振り上げ、真っ向から迎え撃つ。
「ざこはどっちか……すぐにわかるよ」
「もちろん、そっちですよねぇ!?」
その鋭い8本の足は、√能力ではない通常攻撃でも十分な脅威。だがこちらも背の丈ほどある無骨な大剣で、真っ向から激しく打ち合って。
ぶつかり合う度に硬い金属音が鳴り響き、何匹もの仔蜘蛛と激しく打ち合っていく。一方でその挑発に乗らなかった仔蜘蛛達は、結界から逃れるように後退して。
「機動隊メイドさん、参上なのです?」
「むっ、こちらにも……」
その前に改めて立ちはだかるのは、森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)。言葉の通りのメカニカルな装備で、仔蜘蛛達を足止めする。
「悪いメスガキさん(偽)を|オシオキ《わからせ》です」
「くっ……!! お仕置きされるのはそっちですよぉっ!」
冷静に自動拳銃の弾丸を撃ち込みながら、複層の追加装甲でその身を守る。√ドラゴンファンタジーとの交流で得たそれは、竜の攻撃すらも防ぐとの触れ込み。
針のような脚も鎌状の触肢も、それを貫く事はない。
「これならどうでしょうか、ざぁこっ❤」
「む……」
とはいえ、蜘蛛糸の拘束は当然装甲では無意味。銃を持つ左腕を縛られた所で、一斉に殺到してくる仔蜘蛛達。
流石にこの数に一度に攻撃されたら、分厚い装甲でも危ういが。
「問題ありません」
「っ……!?」
銃を左で持っていたのは、この時のため――空いた右手で糸を掴んだ瞬間、それは一切の抵抗なく消去された。
その手に宿る√能力は、ルートブレイカーに酷似した妨害能力。糸の拘束が消えてしまえば、すぐさま近くの荷物の影に飛び込み、盾にする。
「囲まれなければどうとでもなります」
「このっ……ぁがっ!?」
遮蔽を生かして相手の動きを制限し、持ち替えた狙撃銃で相手の額を撃ち抜く。ごく冷静に一体ずつ、仔蜘蛛の数を減らしていって。
その間にリリンドラの方も、目の前の仔蜘蛛を大剣で斬り捨てていく。
「ふぅ……正義のわからせ完了って所かな」
「さて、後は人質の救出を」
仔蜘蛛を全滅させた後は、すぐに残りの一般人達を解放していく。すでにそれなりの数が救出完了していた事もあり、邪魔が入らなくなれば全開放はすぐだ。
「手当ての必要がある人はいそう?」
「……大丈夫そうですね。蜘蛛糸が身を守ってくれていたようです」
リリンドラは連撃による治療手段を用意していたが、一般人達に傷はほとんどない。仔蜘蛛の糸は拘束ではあるが、同時に防具でもある。
仔蜘蛛達が一般人を捕らえていたのは、生かして利用するつもりだったのだろう。どう利用するのかは分からないが。
「そう、良かった……後は、簒奪者の親玉を倒すだけだね」
「人質は、巻き込まれぬように遠ざけておきましょう」
ともあれ状況が変化する前に、一般人を地下室から連れ出していく。
第3章 ボス戦 『人間災厄「暴虐のメスガキ」』

「ふぅぅん。なぁに、あんた達、あたしの邪魔をしに来た訳ぇ?」
仔蜘蛛達を排除し、捕らわれの人々を救出した√能力者達。だが地下室の奥に隠されていた扉から、そんな声と共に一人の少女が現れる。
「ざこのくせに、あたしに勝てると思ってんの? あっ、それとも、そこの蜘蛛みたいなざこを倒したからって、勘違いしちゃったぁ?」
甘ったるい声でこちらを嘲る、いかにも生意気そうなメスガキ。その罵倒は対立者の心を挫き、屈服させる力を秘めている。そして身の丈ほどの重く鋭い大剣を、片手で振り回すほどの膂力。
「ごめんねぇ、勘違いさせちゃって。あたしが責任持ってわからせたげる……ざこは勝てないからざこなんだってぇ♡」
『暴虐のメスガキ』……暴力性とメスガキという概念が混ざり合って生まれたという、人間災厄。
その原因や発生の仕方はともかくとして、人間災厄と言う触れ込みには反しないと言うのも、紛れもない事実。
このメスガキ|をわからせ《に勝利し》ない限り、今回の事件が本当に解決したとはいえない。