7
不滅の命≒硝子の棺桶
●永久に
四方を白い壁に囲まれた無機質な部屋は、収容された『住民』のグループごとに仕切られている。起床から就寝まで、施設内は毎日決まったスケジュールで回っていた。定期的に『脳に良い』とされるクラシック音楽が流れる以外は、無音の空間である。
そしてもうひとつ。この収容施設には定期的な通告がある。オルガンを奏でるカリオペの軍勢を引き連れて、プレーロル・カルミアは住民たちを中央広間に集合させた。
「おめでとうございます。アナタたちは、次の不滅人に選ばれました」
プレーロルは集めた住民の1グループへと告げる。名指しされた人々は皆一様に蒼褪めて震え上がるが、抵抗は見せない。……見せないというより、抵抗ができない状態というべきだ。抵抗すれば、カリオペに射殺される。
「肉体はただの枷です。肉体という制限を取り払ってこそ、永遠の命が完成するのです。皆さんの肉体から脳を取り出し、カプセルに保管することで、永遠の命が保たれるのです」
この施設はプレーロルの実験施設だ。生命を永遠にする機構こそ完全機械。それがプレーロルの定義である。
●理念
「脳さえ無事なら永遠に生きられる、ですか。……あははっ、なんて馬鹿らしい! 意識だけで『生きている』と言えるなら、幽霊だって生きていると言えるでしょうね?」
|泉下《せんか》|・《・》|洸《ひろ》(片道切符・h01617)は口元こそ微笑んでいるが、その瞳は一切笑っていなかった。何処か冷めた眼差しで、彼は今回の依頼について説明する。
「今回の討伐対象はプレーロル・カルミア。√ウォーゾーンの小規模派閥、レリギオス・カルミアの統率者です」
プレーロルは、生命を永遠にする機構こそ完全機械と定義している。施設に収容した生命から脳を取り出しては、カプセルで保管して生かし続けようとしているのだ。
本来、施設は厳重なセキュリティで守られている。だが星詠みの予知により、容易く施設に侵入できるタイミングが判明した。この日、施設周辺は激しい雷雨に見舞われる。雷が送電設備に落ちることで、一時的にシステムがダウンするのだ。
「停電したプレーロルの施設に突入し、収容された人々の保護と施設の破壊を行っていただきたいのです」
今回侵入する施設は、プレーロルが運営する施設のうちの一つだ。規模は小規模であるため、人々が囚われている区画に行くまで時間は掛からないだろう。
敵は復旧のため、破損した送電設備に気を取られている。侵入者に気付くまで猶予があるため、その間に人々の保護と施設の破壊を実行してほしい。敵が√能力者に気付いて現場に駆けつけた後は、順次撃破する流れとなる。
「施設には人々の脳を保管するカプセルも存在します。脳としてカプセルに収められた人々は、意識だけが常に覚醒状態にあります。動くことも話すこともできない状況が永久に、あるいはカプセルが壊れ脳が死ぬまで続く……それは地獄の苦痛です。彼らは皆√能力を持たない一般人。並の人間が耐えられるものではありません。ですので――」
洸は僅かに沈黙する。彼なりに、言葉を選んでいるようだ。
「……保管された脳については、火葬して差し上げるのが最善でしょう。機械や他の素体への移植に耐えられるような状態ではありませんからね」
これまでのお話
第1章 冒険 『人体実験施設攻略』

●|救う《殺す》
視界を覆う程の大雨の中、雷が幾度も激しく瞬いている。
(「永遠、か……」)
雷雨の中、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は思う。命に永遠など在りはしない。いかに長命だったとしても、必ず終わりが来る。
(「紛い物の永遠を信じて『善意』で他人を巻き込むなんて、|どこかの簒奪者《ドラゴンストーカー》と同じだな」)
だからこそ、プレーロルの行為を許すわけにはいかない。ひときわ苛烈に鳴り響いた落雷の後、施設の明かりが落ちた。停電に乗じ、クラウスは施設へと侵入する。優先事項は施設の破壊。被害者を葬る光景を、人々に見せる訳にはいかない。
彼は金属製の扉を複数越えて、脳が保管されている区画へと到着した。施設の中でもとりわけ厳重に守られていたのだろう。停電した今、そのセキュリティも無に等しいが。
「……惨いな」
脳入りのカプセルがズラリと無数に並べられている。物言えぬ彼らの苦痛が、沈黙の中でも伝わってくるようだ。込み上げる心痛を呑み込んで、クラウスは光刃剣を閃かせた。カプセルを破壊すれば、保護用の液体が溢れ出す。
「……助けられなくて、ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にした後、|陽の鳥《ヒノトリ》を呼び出した。幻影の鳥は太陽の如き光を纏いながら、火炎弾を救うべき者たちへと落としてゆく。この火葬は苦痛からの解放であり、救いなのだ。
設備系はレーザー射撃を用いて破壊する。しっかりと壊した後は、囚われた人々を助けに行こう。
(「肉体は無事でも、きっと怖がっているに違いない。早く助けに行かないと」)
障壁を抜け、彼らの元に辿り着いたら。必ず「もう大丈夫」と声を掛けるのだ。恐怖と絶望に打ちひしがれているであろう彼らの命を救うために。
●選択肢
生きる上で肉体の有無は重要ではない。それがポエトリィ・テクスフィールド(人間災厄「|共鳴災害《ResonanceDisaster》」・h07219)の考えであり、彼女の生き方でもある。
「脳の状態でも、幽霊でも。その人が生きてる、生きていく。って意志があるなら、ソレは生きている、でいいんじゃないかな。私の体なんて、もう人間の頃の体なんて残ってないもんね!」
ポエトリィは思う。脳の状態ということは、殺されることを選ばなかった。少しでも生き残れる方を選んだのではないかと。その場で射殺されるよりも、僅かな可能性に賭けたのではないかと。
「だからこそ、それでも生きたいって人がいるなら……その意志を、私は尊いものだと思うから」
同じく施設に侵入した仲間たちと共に、まずは囚われた人々を救い出す。ポエトリィは世界を変える歌を紡いだ。
「届いて。あなたの鼓動が止まらないように。脳だけの人も、檻の中の人も。生きる意志があるのなら、生きていける未来を歌うよ」
施設内に美しい歌声が響き渡る。その歌は、囚われた人々へと施設から脱走するための勇気を与えた。
「あとは、脳だけにされた人も……」
脳カプセルは別の区画に隔離されているのだろう。
(「わかってる。脳だけにされた人たちは、動くことも話すこともできないって。でも、私は諦めたくないんだ」)
意思の疎通ができない以上、それはエゴだ。だが、救いのための火葬だってエゴだ。星詠みが『最善』と言っただけで、火葬は『絶対』ではないはずだ。
「結局どちらもエゴなら……私は、私が良いと思う方法で彼らを助けたい」
他の仲間の行動を否定することはしない。……たとえ『みんな』は無理だとしても、自分の手に届くかぎりの人を救いたい。
●微音
曇天に沈む大地よりも、さらに暗い場所。僅かな光しか届かぬ排気口の中を、|和紋《わもん》|・《・》|蜚廉《はいれん》(現世の遺骸・h07277)は這い進む。進んだ先、薄く光が漏れている箇所がある。それは通路へと繋がる孔だ。
(「区画間を繋ぐ通路か。罠を仕掛けるには最適と言えよう」)
抜け殻の影を滑らせ、無音で廊下へと這い出した。じきに敵が騒ぎを聞き付け、この通路を通るだろう。その前に足止め用の罠を張っておく。
通路の床、壁に天井と、這い回りながら斥殻紐を放った。細い黒銀の糸が周囲へと張り巡らされ、異様な粘着性と弾性を持つ罠が完成する。
(「この場は良し。後は、脳保管室への供給系統を断ちたい」)
羽音は響かせず、密やかに中枢区画へと向かった。配電設備が並ぶ部屋は、他区画よりも狭く感じる。移動の手間が省けてちょうど良い。
(「配電基部はあれか」)
見上げた先、配電基部らしき盤面が見えた。跳爪鉤を用いて跳躍し、盤面へと跳び付く。同時に膝と肘の甲殻部分から成る殻突刃を、基部の内側へと鋭く押し込んだ。押し込んだ先から火花が散る。機械が破損した証拠だ。
(「これで電気が復旧したとしても使えぬであろう」)
配電盤から飛び降りて、蟲煙袋を噴出する。焚かれる土とフェロモンが、残留する熱を覆い隠した。それは封鎖を悟らせないための処置と言えよう。
破壊行為というものは、往々にして音を立てすぎるものだ。だが、今は“囁くように壊す”ことを優先する。
敵に気付かれる時を、僅かでも遅らせたいがため。
背後から這い寄るように。囁きは壁の裏側に潜み、ひっそりと破壊対象を喰い潰してゆくのだ。
(「……あのカプセルに音が届くなら、終わりの音として聞かせてやろう」)
自由を奪われ、標本のように閉じ込められた彼らへと、その音は届くだろうか。
●迷わずに前へ
脳さえ無事なら永遠に生きられる。その理念は|神代《かみしろ》|・《・》|京介《きょうすけ》(くたびれた兵士・h03096)にとって度し難いものである。
「人間は脳だけで生きていける様な精神構造になっちゃいないんだよ。戦闘機械群には分からんか」
ただ、同時にふと考えてしまったりもするのだ。
(「デッドマンだったりサイボーグだったりを運用してる俺たちが、こいつらとどこまで違うんだって考えさせられもするな……」)
この世は実に複雑だ。ただ滅するだけでは解決しない問題が、そこらじゅうに転がっている。
「とにかく今は人々の救助が最優先だな」
思考を切り替えて、京介はレギオンスウォームを展開した。小型無人兵器「レギオン」の軍勢が、停電した施設内へと突入する。
人々が囚われている区画へと向かう道すがら、実験区画を通り掛かった。永遠の命とやらを保つため、カプセルに繋がれた脳が、まるでホルマリン漬けのように並んでいる。
「……本当に、ロクなもんじゃないな」
思わず顔を顰める。強制的に肉体と切り離され、脳だけの存在となった人々を思うと胸が痛んだ。八面体の内からレイン砲台――蒼鋼閃槍を展開する。
「すまない、今はこうすることしか出来ないんだ。せめて安らかに眠れ」
光の雨が脳カプセルを貫き、瞬く間に焼き払った。熱に焼かれる苦痛が一瞬であったことを祈ろう。
いくら心が痛もうと、その痛みが京介の歩みを止めることはない。戦場で足を止める――それは、自ら死へと近付くことを意味する。それがいかに危険な行為であるかを、京介はよく理解していた。
人々が収容された区画へと到着し、彼は人々へと力強く呼び掛ける。
「助けに来た! 皆、こっちだ!」
ドローンを脱出経路に先行させ、人々の誘導を開始した。彼らを、必ず安全な場所へと送り届ける。
●可能性
「作戦は既に始まっている。すべてを持ち帰ることは叶わんだろうが……」
サラ・ノイマン(前線工学技師・h05885)は、件の事件を予知した星詠みに話したことを思い出した。
『脳さえ無事なら永遠に生きられる……とまで言うつもりは無い。だが、生きていく意志を失っていなければ生きているのだと思う。だから私はこうして生きているし、それが君にあると言うのなら、私は君も生きているのだと思う』
あの星詠みは幽霊だ。今回の件で思うこともあったのだろう。
『……脳は持ち帰っても構わんな? 可能性を探らず早々に火葬するくらいなら私が面倒を見る。意志があれば救う……無理ならしっかり弔うさ。それと、一つ言っておこう。私が脳だけにされたのは、√能力を得る前だ』
……残滓だ、もう私にかつての人間性はほとんど残っていない。それでも、記憶の奥底のそれが、私にあのように言わしめたのだろう。
星詠みの返答を思い返す。彼はこう言った。
あなたがそれを望むのでしたら、好きになさると良いでしょう、と。実に淡泊な答えだった。
「……ああ、好きにさせてもらう」
施設へと入り、レギオンスウォームを展開する。小型無人兵器「レギオン」たちが、施設の破壊を開始する。
破壊を主にするレギオンと、索敵を行うレギオンとに役割を分担し、サラは脳が保管されている場所を探した。脳が保管されている区画は一箇所でなく、複数に分けられているらしい。そのうちのひとつを発見し、実験室へと足を踏み入れる。
物言えぬ脳カプセルが等間隔に並べられ、すべてにラベリングが施されていた。名前や性別、年齢など、情報が簡潔に記されている。サラは義体化前の記憶をさらうように、彼ら、彼女らを手に取った。
「私にチャンスをくれないか。君らを救うための、チャンスを」
今は意思の疎通ができずとも、研究を積み重ねれば、或いは。
●非道なる実験施設
生きているということ、何を以て『生』とするのか。
様々な在り方が混在するこの世界において、その答えは数多く存在するのだろう。
(「たとえ囚われても、生きていると思えるのなら、それは生なのでしょう」)
|神代《かじろ》|・《・》|ちよ《ちよ》(Aster Garden・h05126)は思う。けれど、硝子のカプセルに封じられた人々の脳は、果たしてそれに該当するのか?
何処かへ行くことはおろか、誰かと語らうこともできず、ただ其処に存在するだけ。死ぬことは許されず、眠ることすらできず、精神が摩耗し続けるだけの地獄。彼らの置かれた状況はあまりにも惨い。
(「さぞ、苦しいことでしょう。新たな犠牲者を生み出さないためにも、囚われた人々の保護に回りましょう」)
ちよは子蜘蛛の『柘榴』へと呼び掛ける。
「柘榴。囚われた人たちが何処にいるか、探すのを手伝ってください」
柘榴がちよの髪の中から顔を出した。そのまま髪を伝い下り、床へと着地する。柘榴はハエトリグモのように跳ねながら、施設内部を進んでゆく。柘榴の視界が囚われた人々を発見した。
「助けに来ました。今すぐに施設からお連れしますから、安心してください」
「た、助かったぁ……!」
ちよの言葉に人々が歓声を上げた。すぐに|世代を超える物語《メイサクノコウシン》で人員を増やし、脱出経路へと人々を誘導する。……その途中、収容区画の隣にあるモニタールームが気になった。
(「何か情報があれば良いのですが……」)
入って中を確認する。電源が落ちているため情報機器は使えない。唯一、ファイルに綴じられた紙の資料を見つけた。中を開いて――内容を把握した瞬間、すぐに閉じる。
そこには脳を切り離した後のカプセルへの封入方法。そして、不要になった体部分の処理手順が詳細に記されていた。役に立つ情報はなさそうですね、と呟いて。ちよは重たい吐息を零すのであった。
●異路同帰
どこまでも続く鉄の壁に白い天井。人間が健全に生きていけるとは思えない無機質な環境。ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は、プレーロルの研究施設へと足を踏み入れた。この施設について、率直な感想をこぼす。
「これが件の研究施設ですか。√ウォーゾーンあるあるですね~」
この√では、ヒトがボロ雑巾のように消費されるなんてよくあることだ。ヨシマサ自身、それに対して感傷的になることはない。彼にとっては当たり前な日常だ。
ヨシマサは施設を進みながら、脳だけとなった人々について思考する。
(「『幽霊でも生きていると言える』……個人的に、ボクは意思疎通ができるのであればその説は否定しません。ボクは自分が他人を認識して、他人が自分を認識できるならどんな身体であれ生きていると定義していいと思ってるので~」)
脳が保管されている区画へと到着した。綺麗に並べられた脳入りカプセルへと近付いて、ヨシマサは思考を口に出す。
「そうなると、この脳だけの方々は『生きている』とは言えない、ということになりますね~……いや、接続の方法を変えれば彼らを『蘇生』することができるんではないでしょうか? 脳を接続したまま意識をネットのように別の機体に接続して、現状の認識と意思の疎通を可能にさせれば……っと、そういえばこんなことを考えるために来たんじゃありませんでしたね~」
当然、脳だけになった人々からは何の反応もない。ただそこにあるだけだ。無機質で残酷な施設にピッタリのオブジェクトと化している。ヨシマサは残念そうに息を吐いた。
「火葬かあ。……もったいないなあ」
言いながらも、|群創機構装置Mk-III《スウォームメーカーマークスリー》を起動する。脳が保管された部屋中に、スウォーム・シーカーVer.1.5.2が放たれた。
「β版だけど、まぁバグってもなんとかなるっしょ。壊すだけですし~」
シーカーズ・フレアVer.1.0.52を展開し、攻撃を一斉発射。幾重にも弾幕を浴びせていく。レギオンたちは次々にカプセルを破壊、内部の脳を焼き払っていった。
「あぁそうだ。あとは……誰も見てる人はいませんよね?」
きょろきょろと周囲を見回して、他の仲間がいないことを確認する。彼にはもうひとつ、個人的な任務が残っていた。カプセルを管理していたなら、それを動かすシステムがあるはず。|分解再構築プロセッサMk-II《クラフト・リデュース・プロセッサマークツー》を起動して、施設内の端末をいじり回す。
「……ふふ~、バレたら大目玉食らいそうなので、こっそりで~」
興味深い技術だ。解体して、解析のために持ち帰りたい。
一体『何のため』に解析したいのか。解析できたとして、その技術はどう使うのか。現状、ヨシマサ本人はそこまで深く考えていない。持っておけば何かに使えるかもしれない、その程度の認識だ。行動の根底にある思考の源泉に、彼は気付いていないのである。
●鎮魂と誓い
人の体から脳を強制的に切り離し、カプセルに入れることで永遠とする。
箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は、当然ながらその理念を受け入れることなどできない。
「何という非道でしょうか。このような非道、本来であれば許されないことでしょう」
この世界が、既に戦闘機械達に征服されているという現実を、否応なく突きつけられる。人々の尊厳が、幸せが、破壊され続けているという現実を。
「出来ることから、一つ一つ積み上げていくしかありません。囚われの方々を解放しましょう」
仄々は停電した研究施設へと侵入する。白く冷たい鉄の廊下を駆け抜けて、人々が収容されている区画へと急いだ。目的の場所に辿り着けば、檻の中に複数の人々が囚われている。
「助けに来ました! すぐに檻を壊しますね」
手にしたアコルディオン・シャトンから、軽やかなメロディを奏でる。刻まれるリズムが次々に音撃を打ち出し、鍵や檻を破壊した。
人々が驚きに目を見開く。助けが来ると思っていなかったのだろう。仄々は人々へと呼び掛けた。絶望を消し去るように、元気に力強く。
「今なら逃げられます!」
「ほ、本当に逃げられるのか?」
「大丈夫です、勇気を出してください! 勇気さえあれば、皆さんは自由になれます!」
冷たく狭い檻の中で蹲るのではなく、暖かく自由な世界へと走り出せますように。願いを込めて、世界を変える歌を演奏する。旋律と共に仄々の幻影が生み出され、人々へと脱出経路を指し示した。
幻影たちに励まされ、人々は意を決したようだ。檻から脱出する人々を見送った後、仄々は脳カプセルの保管場所へと向かった。無機質な白壁に囲まれて、カプセルが整然と並べられている。
「間に合わず申し訳ありません」
それならばせめて、自分にできる最大限のことを。アコーディオンから奏でられるのは、祈りと慰め、そして優しさの想いを込めたメロディだ。子守唄のように、静かに、安らかに。
「どうか最期だけは、幸せな気持ちを抱きながら眠りについてください」
幻影使いと催眠術の力を音色に乗せる。子守唄が紡ぎ出すのは、優しい幻。
――皆さんは、ご家族や友人と幸せに暮らしている。
戦闘機械の侵略は悪夢だった。或いは第三次大戦は人間の勝利だった。陽だまりの中で、今日も平和で穏やかな日々がキラキラと輝いて――。
光の音符が降り注ぎ、脳カプセルを割ってゆく。硝子の破片が旋律の光に照らされて、涙のように輝いた。
既にこの部屋の脳カプセルの破壊を終えたが、それでも仄々はアコーディオンを響かせ続ける。敵が現場に訪れるまで、その音色が止まることはない。鎮魂の子守唄へと、彼は誓いを込める。
(「皆さんの無念をいつか必ず、絶対に晴らしてみせます」)
その音色は、施設で流されたどのクラシックよりも美しく、魂のこもった音色であった。
●浄火
冷たい鉄で囲われたその場所は、希望を失った人々と、体を奪われた人々の檻だ。
そのくせプレーロルは、此処が永遠を生み出す楽園であるかのように嘯くのだからタチが悪い。
「全く……趣味の悪い。狂っているとしか言えぬことをするものだ」
|神花《かんばな》・|天藍《てんらん》(徒恋・h07001)は、偽りと恐怖に満ちた白い牢獄へと足を踏み入れた。救えぬ者も大勢いるが、全てが手遅れになったわけではない。
「まずは救える者だけでも救おうか」
収容区画へと向かえば、目から光を失った人々が、檻の中で力なく項垂れていた。
(「停電しておるし、多少強引にでも檻を破れば、あとはどうとでもなろう」)
天藍は銀嶺を放つ。冷気を纏う白銀の狼が、人々と外界を隔てる檻をへし折った。ぽっかりと空いた穴の向こうで、囚われていた人々が呆然としている。彼らへと、天藍は呼び掛ける。
「お前達の道を閉ざす籠の戸は我らが開いた。ゆえに立つのだ、人の子よ」
「これは夢か? まさか助けが来るなんて……」
信じられないのだろう。戸惑う彼らへと、天藍は力強く断言してみせた。
「夢ではない。現にお前達はまだ、絶望から抜け出せずにいるではないか」
絶望の中で立ち尽くしていることこそ、今が現実である一番の証拠である。天藍は、未だ檻の中に居る彼らを、その瞳へと映す。
「このままお前達は己の命を傲慢な他者に委ねてもよいのか。その足は何のためにある。己が定めた道を己が足で歩くためであろう」
彼の言葉に鼓舞されて、人々は檻の外へと歩み出す。
「本当だ。外に出られた……」
「逃げましょう……!」
絶望から覚めた彼らは一人、また一人と駆け出して、収容区画から逃げ出してゆく。
「うむ、それで良いのだ。……あとは棺に封じられた者達だな」
カプセルに収められた|脳《人々》が保管されている区画へと移動する道すがら、ゴーストトークを発動し、視界内のインビジブルを生前の姿に変える。
「やはりおったか」
抵抗して射殺された者も少なからずいるだろうと思っていた。知性を与えられた彼らは、皆同じことを口にする。好きで脳だけになった人なんていない、どうか楽にしてやってほしいと。
(「死は救済などと凡庸なことを言うつもりはないが……星詠みが言うように、終わらせてやることこそ慈悲なのかもしれぬな」)
だが、生命が存在する状態というのもまた誤りではない。任務に参加した者の中には、心を痛める者もいるに違いない。彼らの心痛が深い傷とならぬよう、進んで硝子の棺へと火をくべよう。
「どうせこの身は罪過に濡れておる。殺める命の数が増えたとて今更だ」
火には魂を浄化する力があるという。苦痛や悲愴を祓い、来世での幸福を願う――火葬には斯様な想いが込められている。だからこそ、凍える冬の冷気ではなく、火で彼らを天へと送ろう。
「また地に舞い戻ってくる時は、生まれてくる場所を間違えるでないぞ」
空へと野辺の煙が昇る。高く、高く。
●強いられる生
雷雨によって齎された曇天は、停電した研究施設へと暗い影を落とす。暗澹たる景色の向こうに佇むその施設を、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は鋭い眼差しで睨み据えた。
「……こんなところ、許せないのモグ。ぶっ潰すモグよ」
星詠みの内容を聞いたその時から今に至るまで、胸の奥には静かな怒りが燃え続けている。過ぎた怒りは手元を狂わせる。だからこそ、表に出さないよう努めてはいるが。
モコの一歩後ろでは、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)が眼前の施設に息を呑む。
「……はい、行きましょう」
陽の返答は常よりも上の空だ。彼自身も自覚している。モコを支えなければと思いながらも、依頼内容の重さが彼を苛む。話をきいた時、心が冷えていくような感覚がした。何が正しくて、何が間違っているのか。考えてしまえば、自分の中の何かが耐えられない気がする。
(「今回は俺がモコさんに同行する形だから……モコさんの指示に従っていればいい」)
何も考えないでいたい、心を殺して付き従っていればいい。そうすれば壊れずに済む。『何が壊れるのか』は、自分でもよくわからないけれど。……気にする必要はないし、気にしている場合でもない。
「シキくん、送電設備が復旧する前に済ませるモグよ」
モコは陽へと呼び掛けながらも、彼の様子が普通ではないことに気付いていた。何かを堪えるような声色は、とても不安定で。……けれど、普通じゃないのは自分も同じ。
いつもの彼女ならば、彼を連れていくべきか否か、或いはどうサポートするかを考えていたことだろう。大丈夫かと心配はしてもそこ止まり。今のモコには、それ以上に彼を気遣う余裕などなかった。
セキュリティが停止した施設内へと、二人は侵入する。
「速攻で見つけるモグよ……」
「敵が近くを通るかもしれませんし、警戒も欠かさずに行いますね」
電気が落ちているならば闇に紛れて行動することも容易い。隠密行動を意識しつつ、脳カプセルの保管場所を探した。収容されている人々は、他の仲間たちが救助してくれていることだろう。
(「なら、汚れ仕事はこっちで引き受けるモグ」)
人間の脳を処分するだなんて、誰もができることじゃない。廊下を進んだその先、二人は閉ざされた扉の前に立つ。
「……この先が怪しいモグね」
陽が払暁を抜き、その刀身に炎を纏わせた。
「ドアを破壊します。少し離れていてください」
鉄の扉を焼き切る。四角に切り取ったそれを蹴破って、内部へと突入した。
――覚悟はしていた。それでも、視界に飛び込んできた光景に、陽は息を詰まらせる。
部屋中に所狭しと並べられたカプセルの中で、液体に浸された脳たちが沈黙していた。
「実際に、見てしまうと……」
壮絶な光景に陽は唇を噛み締める。何と表現すればいいのか、言葉が見つからない。
「こんなもの、永遠の命なんかじゃないモグ」
モコが吐き捨てる。仮にそういうものがあったとして、これが永遠の命であってたまるか。
自分の体で自由に動いて、誰かと語り合って。好きな食べ物や娯楽を楽しむ。辛いことも努力して乗り越えたり、時には逃げ出したり……生きるとは、そういうことではないのか。
「永遠の命……そうですね、これは違うと思います」
深く息を吐き出して、陽はどうにか心を落ち着かせる。今は自分にできることを最大限までやり遂げたい。
もうこうなってしまっては元には戻らない。早く終わらせてあげることが、せめてもの弔いだ。
「……辛かったモグな。すぐ、終わらせてあげるのモグ」
モコは拳銃を構え、カプセルへと弾丸を発射した。訓練と実戦――両方によって鍛え上げられた射撃精度が、的確にカプセルだけを撃ち抜いていく。砕け散った硝子の向こうから液体が溢れ出し、脳が外気に晒された。あとは彼らを火葬するだけだ。
「シキくん……送ってあげて、モグ」
陽の焔であれば、彼らを苦しませず、瞬く間に意識を燃やし尽くせる。モコはそう確信している。
「……はい」
陽は払暁を堅く握る。苦しまないよう、持ちうる限りの焔を以て焼却を。
(「この人達を助けるためでもあるんだから、何も間違ったことはしてないはず」)
みんなそうするしかないって言ってたんだから。救うために、殺さなきゃ。
そう言い聞かせる自分の手は、情けないほどに震えていて。
一度は見ないフリをした疑問が再び舞い戻ってくる。これは、本当に正しいことなのか?
「……人によって違うと思うけど、モグはこう考えてるモグ」
モコは陽の迷いに気付いている。それでも、火葬の役割は陽が適任だ。全部一人で解決できるほど、彼女は完璧ではない。
「"生きている"ということが何を指し示すのか。重要なのは、”生きる意志”があるかどうかモグ。本人がそう思っていなければ……それは”死んでいないだけ”モグよ」
心苦しさを感じつつも、陽の背を後押しする。モコの言葉を、陽は真っ直ぐに受け止めた。
「……”死んでいないだけ”……なんとなく、わかった気がします」
無理矢理与えられる生に意味なんてない。心にすとんと落ちたそれに、深く納得する。
手の震えがおさまった。新たな迷いが芽生える前に、陽は焔を滾らせた刀を振るう。
焔が部屋中を美しい黄金に染め上げた。割れた硝子の棺も、不滅の命も、すべてを包み込む。
(「生きる意思があってはじめて生きていると言えるのなら、死ねないから生きている場合は、どうなるのかな」)
魂の底から生じた疑問は、焔と共に焼かれて消えた。
第2章 集団戦 『カリオペ』

●
√能力者たちによって施設は徹底的に破壊され、収容されていた人々も逃げ延びた。
送電設備の復旧どころではなくなったプレーロルは、研究施設の惨状に機械的な音声で嘆く。
「嗚呼、なんということでしょう。大切に保管していた命が、侵入者のせいですべて台無しです。永遠の命を授けるために、また集め直さなければなりませんね」
プレーロルはカリオペの軍勢へと命令する。
「さて、まずは人殺しの皆さんを処理しなければなりません。行きなさい」
カリオペはオルガンを奏で、インビジブルを燃料に蒸気を噴き上げながら、√能力者たちへと迫る。
●踏破
上官の命令にただ従うだけの殺戮兵器――カリオペの軍勢を、|和紋《わもん》|・《・》|蜚廉《はいれん》(現世の遺骸・h07277)は漆黒の眼に映し込む。
「心無き鉄の群れか。立ち塞がると云うならば、踏み越えるまで」
脚殻を鳴らしながら突貫の体勢を取る。鳴り響く硬質な音と共に展開される装甲は、|穢殻変態・塵執相《ギカクヘンタイ・ジンシュウソウ》。自身の蠢層領域が、黒褐の輝きを放ち始めた。
「殻を重ねて我は走る。砕けても、剥げても、尚、脚は止まらぬ。――展開せよ、《多重殻奔駆躰》。我が奔駆は死すら置き去る」
黒褐の輝きは、自己再生速度を千倍に向上させた多重殻奔駆躰へと転じた証。その体躯を攻撃と移動に特化させる。奔駆の殻が軋むたび、再生の熱が内側を満たす。
カリオペは攻撃の気配を察知し、事前招集したカリオペ戦車中隊を蜚廉へと差し向けた。前進するアド・ノスの軍勢へと、蜚廉は突貫する。一縷の迷いすら無い。潜響骨を振るわせて、戦車群の微細な駆動音を聞き分けた。
(「最初は同一であったとしても、活動によって差が生じ始める。機械であってもそれは変わらぬ」)
出力の鈍い個体を探し当て跳爪鉤を伸ばす。一機のカリオペに飛び付いて、装甲の縁を足場に甲殻籠手を繰り出した。数え切れぬほど重ねられ、鍛え上げられた脱皮殻。その一撃が、カリオペの砲身を圧し潰す。
他のカリオペの砲台が蜚廉へと向いた。放たれる砲弾の中を、蜚廉は駆け抜ける。
(「破片が刺さろうと、殻が削れようと、再生が追いつく限り止まりはせん」)
砲弾が装甲を砕くが、千倍の自己再生速度が、瞬く間に千切れた装甲を再生し続けた。この間60秒、蜚廉は群れの中心へと肉迫する。
「冷たきその躰を断つ」
黒褐の輝きが宙を舞い、殻喰鉤を引き裂くように走らせる。
再生し続ける鉤爪が機械をも侵す毒を伴い、冷酷な鉄の躰を裂断するのであった。
●信頼と共闘
カリオペの軍勢、そしてその奥にいるプレーロル。彼らを視界に捉え、|神代《かみしろ》|・《・》|京介 《きょうすけ》(くたびれた兵士・h03096)は苦い表情を浮かべた。
「はーー。胸糞悪いもん見せやがって、この鬱憤を晴らすじゃないが、ここは塵も残さないほど殲滅してやる」
不機嫌を隠さない京介に、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)がへらりと表情を緩ませる。
「まあまあ京介さんてば、そんなに眉間にシワを寄せなくても~。まあ、良い心地がしないことをさせられたことには間違いありませんけどね~」
対照的な二人だが、互いにレギオンは展開済。既に戦闘態勢だ。カリオペを迎え撃ちながら、京介がヨシマサへと忠告する。
「それはそうとヨシマサ、何をしてて合流が遅れたのか、みなまでは聞かないが……悪用はするなよ?」
技術をちょろまかしていたのがバレている。だが、ヨシマサは妙に納得してしまった。
「……ふふ~、ボクって信用ないな~……いや、よく理解ってもらえてるからバレちゃったんすかね?」
彼が操作するレギオンは、変わらず高い精度で敵を撃ち抜いてゆく。冷静でいられるのは、相手が京介だからだろう。
「まあ悪いようにはしませんよ~。……実用には移さないつもりですよ。少なくとも現段階では」
意味深な言葉だ。しかし、京介がその言葉に不安を覚えることはない。
「ヨシマサの事は信用してるさ。仲間からの信頼を簡単には裏切らないってな」
共に戦ってきた戦友だからこそ確信をもって言える。ヨシマサに背中を預けるように位置を取り、京介は前方から迫る敵群へと意識を向けた。
「――全機展開。あのフザけた鉄屑どもを殲滅しろ!」
レギオンスウォームを起動し、展開中の全レギオンに殲滅命令を下す。発射されたレギオンミサイルが敵群へと降り注ぎ、鉄の体を撃ち砕いてゆく。
迷いなく背中を預けてくれる京介に、ヨシマサは口に出さず心の内で囁いた。
(「……その信頼には、ちゃんと応えないとね」)
|群創機構爆撃Mk-IV《スウォームブラストマークフォー》を展開する。シーカーズ・フレアVer.1.0.52の連続範囲攻撃が、敵群の砲台を狙い弾幕を浴びせた。
カリオペからの反撃は60秒後に放たれる衝撃波。チャージ完了前に、攻撃手段を無力化する狙いだ。全敵機の無力化は困難でも、複数体無力化すれば、その分反撃で喰らうダメージも緩和できるというもの。
機体を崩壊させながら、カリオペらが衝撃波を放つ。音速波が壁を削りながら二人を呑み込もうとするが、到達する頃には威力が落ちていた。
降り掛かった瓦礫を払い落として、京介は軽く息を吐く。
「まったく、数だけは多いな」
崩れた敵を踏み越えて、新たな敵が突き進む。恐怖を知らない鉄の軍勢を、ヨシマサは涼しげな眼差しで見据えた。
「なんとかなりますよ、京介さんがいますから~」
ヨシマサへと接近を試みる敵に対し、京介が蒼鋼閃槍から射出したレーザーでとどめを刺す。
「俺だけか?」
京介は前を向いたまま問う。真剣で、真っ直ぐな問いだ。けれど、その問いに対する答えは既にわかっている……そんな声色だ。ヨシマサはふふ、と楽しげな笑みをこぼした。
「もちろん、ボクも頑張りますよ」
敵の砲口が京介へと向く。ヨシマサは即座に脳内のチップから指示を伝達し、レギオンによる一斉射撃で敵の砲台を撃ち払った。
二人は互いの死角や手が及ばぬ範囲を補いながら戦い続ける。レギオンから放たれる数々の猛攻が、冷たき鉄の軍勢を熱し、破壊していった。
●命の重さ
人殺し。プレーロルが発した言葉に、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は強い不快感を覚える。
「人殺しはお前達だろう」
冷たく言い返した。……あれを生きている命だと信じているこいつらには通じないのだろうと理解した上で、言わずにはいられない。
「……話し合いで解決できるなんて、最初から期待していないけどね」
話し合いが困難ならば、取れる手段は一つだけだ。
親友の面影を脳裏に思い浮かべる。どうか、力を貸してほしい――。
薄闇を裂いて、太陽のような光を纏った鳥の幻影が飛来する。|陽の鳥《ヒノトリ》は翼を大きく羽ばたかせ、クラウスの傍らへと降り立った。
「共に戦おう」
クラウスは陽の鳥へと呼び掛ける。救えない命を終わらせた炎で、今度は倒すべき相手と戦うために。彼の言葉に陽の鳥は高らかに鳴き、火炎弾を生み出した。
カリオペ戦車中隊が、鈍い歩みながらも一列に並び進軍する。彼らへと狙い定め、クラウスは掲げたエレメンタルロッドに雷属性の魔力を集束させる。高速で充填された魔力が、杖先の宝石を変化させた。
「炎と雷に巻かれて、焼け焦げるといい」
陽の鳥が飛翔する。火炎弾が敵群に注がれると同時、クラウスも杖から魔力を解き放った。火炎弾は雷を纏い、より強力な攻撃となって戦車中隊を襲う。カリオペは装甲を溶かされ、一機、また一機と活動を停止する。
残存する戦車群が砲弾を放った。エネルギーバリアで砲弾の軌道を逸らし、身を翻すことで急所への着弾を防ぐ。
(「人の命を何だと思っているのだろう。理解できない」)
そもそも、命は集めるものではないし保管するものでもない。永遠の命を授けようとしているのに、肉体を奪っている矛盾。敵の命の扱い方は、あまりにも軽い。そのようなものを、理解できるわけがないのだ。
●移り火
人々の脳を焼いた黄金の焔が、今もなお瞼の裏で燃え盛っている。あの光景は暫く忘れられそうにない。
「……これで終わりじゃないんですよね。ううん、むしろこれからが本番なんだ」
そう紡ぐ|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)の表情には暗い影が落ちている。
カリオペの軍勢が砲口を向けた。敵群を真っ直ぐに捉え、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)が硬い声色で返す。
「そう、まだ終わりじゃないモグ。こんな酷いことをした犯人には、きっちりと罪を償わせないといけないモグな」
√能力者である以上は、倒してもまた同じことをするかもしれない。だったら、その時は何十回でも何百回でも、その度に捕まえてやろう。モコは強く想う。そしてそれは、陽も同じだ。
「同じ事の繰り返しかもしれませんが、一時だけでも人々が安心して平穏に過ごせるように職務に殉ずる。それが警察官の役目です。ですから、全部焼き払ってみせましょう」
「よく言ったモグ、シキくん。犯罪がなくならないからって、警察が仕事を辞めるわけないモグよなぁ?」
今この時、モコと陽が見ている景色は同じだ。只々、眼前の敵を焼き尽くしてしまいたい。カリオペがオルガンを奏でながら前進する。荘厳な演奏が、今は神経を逆撫でした。
「先に俺が行きます。できるかぎりミサイルを防ぎますから」
モコの前に数歩踏み出し、|煌芒一閃《デイドリーム・ブレイク》の焔を身に纏わせる。それは決意の証。決して消えることのない誓いの灯だ。
(「この炎は消させやしない。たとえこの体が焼け焦げたって――」)
放たれた日輪の焔がカリオペの装甲を溶かす。砲台が光熱に溶け落ち、その照準を狂わせた。まるで眩暈を催したように敵の機体がぐらつき、ロケット砲が明後日の方向に飛んでいく。
思い通りの結果に陽は安堵しかけるが、すぐに表情を引き締めた。一度攻撃を防いだ程度では足りない。
(「モコさんの前でみっともない姿は見せられないから。もっと、頑張らないと」)
そうして、ひとりでも大丈夫な姿を見せるんだ。燃える焔で隠した感情の裏側が爛れていたとしても、この歩みを止めはしない。
陽が生み出す焔の間を駆け抜けて、モコが敵群へと接敵した。カリオペたちの砲口が、一斉に彼女を向く。
飛来したロケット砲が、モコの脇腹へと着弾した。激痛が走るがモコは止まらない。敵の攻撃をどれだけ受けても知ったことかと、彼女は突き進む。
「モコさんっ……!」
陽が引き攣った声を上げた。そんな彼をモコは叱咤する。
「シキくんは目の前の敵に集中するモグ!」
|現場復旧手順《リカバリー・プロトコル》を発動する。モグラの爪を巨大化させ、敵の装甲へと振り下ろした。鋭い爪が戦車の装甲を深く貫き、内部構造を剥き出しにする。敵が穴だらけになる度、モコの体に開いた傷が回復していった。
「被害報告? 何もなかったモグな! この程度、何の問題もないモグ!」
ぶちのめす、モグ! 最大級の敵意を込めて、モコはカリオペの軍勢を砕いてゆく。
――いつものモコと違う。それは、モコ自身も自覚していた。
(「……これじゃまるで普段のシキくんみたいモグな」)
ふと考えて、思考を切り替える。自分は彼とは違う。彼の行動に引き摺られたりなんてしない。
(「モグは大丈夫、モグよ」)
己に強く言い聞かせ、モコは爪を振るい続けるのであった。
そんな彼女を目にした陽が、はたして何を思うのか。感情を抑え、淡々と相手に立ち向かい続ける彼の心に、どのような傷を残すのか。気にしている余裕はない。
●静かなる刃
最悪な気分だ。
義体の奥底に蓄積する不快感に、サラ・ノイマン(前線工学技師・h05885)は瞳を曇らせる。
「諦める……か。生きる意志の是非を謳いながら、それを確認せずに処理するとは、随分な傲慢だな」
そう口にせずにはいられなかった。カリオペが響かせるオルガンとミサイルの発射音に、サラの呟きは掻き消される。だが、それで構わない。仲間に聞かれたら聞かれたで面倒だ。続きは口に出さず、頭の内で巡らせる。
(「この義体に適応しなければ、私も物言わぬ脳として処分されていたのだろうか」)
読み取れぬ、読み取ろうともせずに壊し、燃やしていく者たちに恐ろしさを覚えた。
(「……まあ、彼らからすれば物わかりの悪いのは私の方なのだろう。……反吐が出る」)
そして、この状況を生み出す原因を作ったプレーロルは更に酷い。元凶はアレなのだ。アレをどうにかする為に、まずは目の前の軍勢を払わねば。思考を切り替え、敵の群れと周囲の√能力者らに意識を向ける。
「――システム展開。サイバー・リンケージ・ワイヤーによる接続を開始する」
マルチ・サイバー・リンケージ・システムを起動し、前衛を張る√能力者らへと強化用のプログラムを接続する。このシステムは、接続された味方の命中率と反応速度を強化する。
(「見たところ、私よりも場数を踏んでいる√能力者が多い。支援に回るのが効率的だろう」)
当然、敵の砲撃はサラにも飛んでくる。コラールにより撃ち出されたロケット砲には、マルチツールガンの照準を合わせ、届く前に撃ち落とした。
「元凶を撃破する前に倒れるわけにはいかんのでな」
サラはカリオペの軍勢を真っ直ぐに見据える。その瞳は氷のように冷たく、刃のように鋭い。
●消滅と共鳴
「へえ? 命の保管、ね」
プレーロルの言葉に対し、ポエトリィ・テクスフィールド(人間災厄「|共鳴災害《ResonanceDisaster》」・h07219)の反応は、研ぎ澄まされた刃のように鋭い。他人の命を弄ぶモノたちを許す、見逃すという選択肢は、彼女には一切合切存在しない。
カリオペの軍勢が、音楽を鳴らしながら彼女へと前進する。機械的なオルガンの演奏が、彼女の心を震わせることはない。ポエトリィはマイクを手に、戦場の中心へと歩み始めた。
(「――彼らの音は私には響かない。私の歌で、全てを崩してあげるよ」)
口元にマイクを添え、深く息を吸い込んだ。精神を集中させ、|喰音ノ在処《レゾナンティア・ペルディティオ》を発動する。
「共鳴し、共振せよ」
紡がれた声は静かでありながら、戦場へと広がってゆく。ポエトリィの声に反応したインビジブルがざわめき、彼女へと押し寄せた。
(「私の身体が喰い尽くされたその先で、あなたたちに終焉を見せるよ」)
ポエトリィの身体がインビジブルに喰い尽くされた刹那、突如として発生した白い霧が戦場を包み込む。その命を糧に出現するのは無敵獣――終焉ノ歌喰である。
彼女の居なくなった空間が悲鳴を上げた。白い災厄は纏う音を崩壊の振動波へと変え、周囲へと放出する。振動波は歌のように響き渡り、カリオペの機体を激しく震わせた。
共鳴する振動波は、物理、精神両面を崩壊に導く歌である。終焉ノ歌喰の旋律は、雨のように敵群へと降り注いだ。
「ギ、ギギ……」
金属が擦れる音を立てながら、カリオペの構造が崩れ始める。砲門、砲台、鍵盤、腕、キャタピラー部分。上から順番に、まるでバラバラに分解されるように朽ちていく。
ポエトリィが消えた後も、終焉ノ歌喰は暫く歌い続け、敵群を鉄屑に変えゆくのであった。
●花と氷の乱舞
オルガンの演奏、そして戦車が走る音は、耳元に不快な騒音として届く。
だが幸いにして、心無き機械たちに虐げられていた人々は逃げ延びた。無辜の人々がこの音に怯えることはもう無い。
(「囚われの人々は、己の足で駆け出していった」)
|神花《かんばな》・|天藍《てんらん》(徒恋・h07001)の瞳は、遠くを見つめるように細められる。
硝子の棺に囚われていたもの、彼に話しかけた死者の霊。やはりあれは望まれていたものではなかった。彼は体内に宿る氷雪の力を表出させ、身に纏う。
「あの者らに望まぬ生を強いた輩に天誅をくだしてやろう。弔い合戦というわけではないが、せめてもの手向けのつもりだ」
静かに紡ぐ天藍へと、|神代《かじろ》|・《・》|ちよ《ちよ》(Aster Garden・h05126)は頷いてみせる。施設の情報を調べてみたが、役立ちそうな情報はなく、心が痛むものばかりであった。
(「……ですが、これでなおさら、囚われた人たちに、せめてもの救いを……という気持ちと、こんなことをした敵たちを許せない気持ちが強くなったのです」)
ふわりと、桜蝶が彼女の周囲を舞った。
「そうですね。必ず、討ち果たしましょう」
カリオペの軍勢が迫る。ちよは接近する彼らをしかと目に捉え、√能力を発動する。
「こちらの攻撃に、数が増えてしまう……ようですが、数が増えても同じこと」
むしろ、動きが鈍くなるのであればこちらのもの。ちよを中心に花吹雪が吹き上がる。柔らかなピンク色の花弁は宙を駆け抜けて、前進する敵群へと降り注いだ。
|花嵐舞《ハナチラシ》――桜の花が散り急ぐように、花弁が激しく舞い踊る。
「あなたたちにとって、花は馴染みのないものかもしれませんが……」
美しい花吹雪に、どうか足を止めますように。花散らしの風に巻かれ、カリオペたちは震度7相当の震動に襲われた。カリオペ戦車中隊を形成するも、反応速度の半減が祟り、進むスピードを極端に落とす。苛烈な嵐は機体に損傷を与え、その内部へと亀裂を入れた。
(「鈍らせた今こそ、攻め時です」)
今この瞬間、仲間たちの攻撃で攻め立てれば、敵へと壊滅的なダメージを与えられるはず。ちよは敵の進行妨害に徹し、仲間たちへと呼び掛けた。
「ほかの方は、どうぞいまのうちに!」
「我に任せておけ。まずはこの絡繰りだな」
天藍は動きを鈍らせた敵群へと目を向ける。敵は軋み音を上げながらも、蒸気のチャージを始めていた。
(「あの蒸気……厄介だな。インビジブルを吸い取って変換とは酷いことをする」)
必要以上に近付かず距離を取る。銀嶺を喚び、現れた白銀の狼へと命じた。
「ゆけ、銀嶺。冷気であの者らを凍り付かせよ」
銀嶺は応えるように咆哮を上げ、カリオペの軍勢へと突撃する。
銀嶺の突撃に合わせ、天藍は|消えせぬ雪《トコシエノフユ》を展開した。銀嶺に気を取られた敵へと、すべてを凍てつかせるように冷たい氷雪の嵐を差し向ける。
「みなにひとしく|終焉《ふゆ》は訪れる。深雪に抱かれ果てるがいい」
敵は大群なれば、我の冬で纏めて薙ぎ払ってやろう。生きとし生けるもの、すべてを眠らせる永久の冬を顕現する。白雪ですべてを包み込み、熱をすべて奪ってしまおう。
雪がカリオペの砲口に詰まる。彼らは内に溜め込んだエネルギーの捌け口を失い、衝撃波を撃つ代わりに機体を爆散させた。
氷雪と桜の嵐は互いに混ざり合い、白と薄桃の色彩を散らせながら、敵の軍勢を翻弄する。災厄を齎す冷気、花舞う激しい嵐。天藍とちよの攻撃は、敵を芯まで侵し、その鉄身を崩壊させてゆくのであった。
●希望の音
脳だけの状態にされ、自由を奪われた人々を苦痛から解放する。そのための行為は、覚悟の上とは言え、辛いものであった。箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)の尻尾は、堪らずへにゃりと下がりそうになるが、眼前の敵を前に落ち込んだままではいられない。
「命を弄んだカルミアさんを許しません。まずはカリオペさん達を倒します」
姿勢を整え、アコルディオン・シャトンを構える。耳に届くのはカリオペの演奏だ。砲弾や衝撃波で周囲のあらゆるものを破壊しながら、彼らはオルガンを響かせている。
仄々にはそのメロディが気に食わない。敵はオルガンの音を、破壊音と混ぜて楽しんでいる。人々を射殺する時も、悲鳴や銃声に合わせてオルガンを奏でるのだろう。
「このような行為に音楽を使うだなんて、音楽を冒涜されているように感じます。不愉快です、ぷんすかです」
仄々は毛を逆立て膨らませる。荘厳なオルガンの音色は、文字通りの機械の正確さ。しかし、讃美歌とはまるで真逆だ。命を踏み躙り、未来を閉ざすための音楽だ。
「音色が可哀想です。絶対に負けませんよ」
キリッと表情を引き締めて、アコルディオン・シャトンのボタンへと指を走らせる。
奏でる音楽は、カリオペと同じリズムの同じ曲――神への感謝と信仰を歌う、本来の讃美歌だ。
神への祈り、命在ることへの喜び、試練を越えた先にある楽園。人々の希望を、光輝く想いを込めて、仄々はアコーディオンを響かせる。
(「そして、一番大切な想いは――√ウォーゾーンの人々が、平和に暮らせる日が訪れますように」)
そのためにも、できることを積み重ねましょう。仄々は強く決意する。
彼が奏でる音楽は、敵のそれと同じはずであるのに、全く異なる音色として戦場へと広がった。空間を震わせる|たった1人のオーケストラ《オルケストル・ボッチ》は、震度7の揺れを敵群へと齎す。身動きが取れなくなるほどの振動に、進軍するカリオペの移動速度が遅くなった。
「ぶるぶる、がたがた、ゆらゆら揺れる♪ 砲弾なんて、撃ち込ませません♪」
口遊みながらも、敵の状態を念入りに確認することは忘れない。猫の耳と髭を駆使し、固有振動数をキャッチする。
「――そこですね!」
√能力から放たれる振動を合わせ、さらには音撃を飛ばした。共鳴と音撃による衝撃を受けたカリオペは、形状を維持できず、パーツごとにバラバラと崩れ落ちる。
カリオペの軍勢が次々に倒れ、悍ましい旋律が少しずつ、その音色を静めていった。半壊した施設の中を、多くのインビジブルが泳いでいる。
「騒がしい時間はまだ続きますが……必ずカルミアさんを倒して、静かに眠れるようにしますから」
荘厳な祝福に満ちたアコーディオンの音色が、インビジブルを慰める。
音色を止めぬまま、仄々はカリオペの残骸と、瓦礫の向こうにいるプレーロルを見据えた。
「さあ、あとはカルミアさん。あなただけですよ」
第3章 ボス戦 『『プレーロル・カルミア』』

●
戦場となり半壊した施設の天井からは、激しい雨が降り注ぐ。
吹き付ける風の中、鳴り響く雷鳴がプレーロル・カルミアの機体を照らした。
「処理に失敗しましたか。仕方がありませんね。私自ら実行するとしましょう」
その音声から感情の波を捉えることはできない。
側頭部の両腕から高エネルギーブレードを展開し、プレーロルは戦闘態勢を取った。
●命の在り方
横殴りに叩き付ける雨が、|和紋《わもん》|・《・》|蜚廉《はいれん》(現世の遺骸・h07277)を濡らした。嵐の向こう、プレーロルの姿をしかと見据え、蜚廉は|蠢影《シュンエイ》を展開する。
「……一を屠れば、三が走る。 闇に潜むは殻の影、影に蠢くは我が声なき分体」
雨音にまぎれ発せられる声。逞しい生命力を象徴するかの如き√能力は、殻潰れる度に増える分体を召喚させる効果を発揮する。殻を割り、塵を纏い、その姿は影と交わった。
一方で、プレーロルは戦闘機械に接続した犠牲者の脳入りカプセルを召喚する。
「身体を与えましょう。生き残りたければ戦いなさい」
自身を人質にしながら蜚廉へと迫り来る戦闘機械。接続された脳は絶望の象徴。蜚廉はあえて動きを緩慢にし、隙を見せた。
『ジジ、ジ……』
戦闘機械が発するノイズは、力無き者の嘆きにも聞こえた。彼らは蜚廉へと飛び付き融合せんとする。体が融け始めるタイミングで、プレーロルが距離を詰めた。
(「――その戦闘行動こそが我の狙い」)
間近に液体窒素が放出され、敵の両腕からブレードが振るわれた。だが、蜚廉の核心を割ることは叶わない。
「その凶刃を糧とし増えよ」
裂傷と共に蠢く殻影が地に滲み、数を増やす。殻が潰れる度に蜚廉の分体は増え続け、敵を養分に育ち続けた。
(「分身は脆い。だが数は力となる」)
増殖した影たちがプレーロルを四方から包囲する。跳爪鉤を撥ね上げ、殻突刃で突き裂き。逃げ場を失った敵へと、蜚廉は潜響骨をフル稼働しながら肉迫。機体の継ぎ目へと殻喰鉤を鋭く喰い込ませた。
「……最初に隙を見せたのはわざとですか」
プレーロルは分体の数匹を斬り飛ばす。その機体から散る火花を視界に捉え、蜚廉は静かに告げた。
「命を弄ぶ手を、我らの数で封じねばならぬ」
生きることは、己の脚で進むこと。他人が手を出して良いものではない。
●日常
天気は相変わらず悪天候。雨風が剥き出しの鉄壁を洗うが、施設の至る場所から黒煙が吹き上がっている。
酷い光景だが、|神代《かみしろ》|・《・》|京介《きょうすけ》(くたびれた兵士・h03096)とヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は、熟練兵のように落ち着き払っている。施設破壊も雑魚処理も終わらせた。あとは最終目標を撃破するのみだ。
「そんじゃあ京介さん、ボクはとっておきの『超越臨界砲撃』をブッ放すので60秒間、防御はお任せしますね!」
ヨシマサは|超越臨界砲撃《オーバークライム・ブラスター》のチャージを開始する。
「60秒だなOKまかせろ。その間はヨシマサには指一本触れさせないように守ってやるよ!」
京介は||夜天・鬼装機陣 《ヤテン。キソウキジン》を発動。鹵獲し改造を施した戦闘機械群部隊を召喚し、前面へと布陣を展開する。数え切れぬほどの改造済戦闘機械群が戦場を埋め尽くす。ヨシマサの攻撃準備が整うまでの60秒、この部隊を指揮し、敵の攻撃から守りきる。
一方で、プレーロルは戦闘機械に接続した犠牲者の脳入りカプセルを召喚する。
「生き残りたければ戦いなさい。彼らを処分するのです」
戦闘機械たちは悲鳴のような音を響かせた。望まぬ接続、抗えぬ殺戮。襲い来る敵機に、京介は心底忌々しげに舌打ちした。
「ったく……悪趣味も程々にしておけよな!」
脳を人質にする卑劣な攻撃に対し、京介は立ち向かう。自身の戦闘機械群部隊を前進させ、敵機の進軍にぶつける。金属が激しく衝突し、摩擦する音が響き渡った。
「絶対に道を譲るな! 数の力を見せてやれ!」
京介の部隊が敵群を阻む中、ヨシマサは過剰放エネルギーを少しずつチャージする。任務を受けた当初から気になっていた疑問を、彼はふと口にした。
「……永遠かあ。脳の耐久年数って実際どうなんでしょうね~。ねぇ京介さん、どう思います?」
「敵の機械群を食い止めてるとこなんだが。今それ聞くか?」
「あはは、気になっちゃって~」
緊張感は薄いが、現実は見えている。京介には話をする余裕がある――ヨシマサは感覚として理解していた。
現に、部隊を操りながらも京介が答えを返す。
「……脳と脳機能の耐久性だけなら、こいつらの技術力があれば、半永久化くらい出来るんじゃないか? そこに俺達生物の精神性が耐えれるかは別問題だが。生物の精神性は、寿命から大幅に伸びる事は無いしな」
マルチツールガンに蓄積するエネルギーを確かめながら、ヨシマサも思考した。
「培養液に漬けておけば多少は持つかと思いますが、きっとどこかで機能の限界……臓器の腐敗が起こります。人類とはどうしたって永遠には遠い存在……だからそれは果たして、『完全機械』に至るに足る結論なんでしょうか? どうせなら人類の思考を電脳に……おっと! もう60秒!」
照準を機械群の先にいるプレーロルへと合わせる。
「じゃあ京介さん、伏せてくださいね! 超越臨界砲撃、発射!」
京介が伏せたのとほぼ同時、砲撃が放たれた。高出力ビームショットが敵機群を貫き、目標へと一直線に着弾する。プレーロルの機体から炎が上がった。
「よ~し、命中! ……ところで京介さん、あの脳みそたち、デッドマンの工場に持っていけばよかったですね? いつでも資材不足って言ってましたし~……」
もしかしたら、プレーロルが所持してる脳みそも回収できたりしません?
真面目な顔で言うヨシマサに、京介が即座に首を横に振った。
「おい馬鹿やめとけ。ここにあった脳は被害者だぞ。それにこの施設で色々やられた脳がまともな精神性を残してるとも思えないし、工場に持って行っても破棄されるだけだ」
戦闘中とは思えない会話を繰り広げつつも、ヨシマサの砲撃は目標への道を拓き、京介の部隊はそこに突撃。プレーロルを容赦なく攻め立てる。