【王権決死戦】◇天使化事変◇第6章『迷える雄牛たち』
味方に後を託された√能力者たちはついに、羅紗の魔術塔本部である塔の内部へと踏み込んでいた。
そして、視界に入った光景に息を呑む。
「これは……」
広く開けたその空間では、多くのオルガノン・セラフィムが横たわっていた。
その体色は本来のものであり、100近くの怪物が全て眠るようにして床に臥せっている。更にはその合間を縫うようにして、別の姿もあった。
「おいっ、天使もいるぞ!? 起きろっ! おいっ」
善なる心を持つ故に、怪物とならずに済んだ人間だ。それらも同様に安らかに目を閉じていて、危険だと知らせても起きる気配は一向にない。
整然と眠りにつくその様を見て、誰かがふと零した。
「まるで、保存されているみたい……」
箱に玩具をしまうかの如く。棚に本を並べるかの如く。再び取り出される時を待つかのように、それらはその空間に収められていた。
「こっちに階段があるぞ。とにかく今は先を急いだほうがいいだろ」
時間は限られている。天使がいるとしても今すぐの助けが必要でないというのなら、一旦は置いてしまおうと、√能力者たちは階段に足をかける。
2階、3階と登って、しかし階段はそこで途切れた。
「……続きは、このフロアを突っ切らないといけないみたいです」
島内で見つけた模型を地図代わりにして唯一の道である扉を指差す。誰もがその奥に何かがいる気配を感じていて、覚悟を抱きながらゆっくりと押し開けた。
『『『………』』』
すると振り向く三つの白。
巨体のせいで、5mの天井が低く見える。入り口前で今も仲間達が請け負ってくれている異形とよく似ている姿だった。
それらはやはり、大きな口の中に老人を潜ませている。
『『『ウ、オ、ォオオオオ———!!!!』』』
銃に杖、砂時計。
それぞれの武器を振り上げ、侵入者へと襲い掛かってきた。
●
間髪入れない予言に、星詠みは疲労を隠して伝える。
『その三体もまた、入り口前に現れた者と同じ、異形化した過去の塔主のようです。どうにも王劍の力を扱いきれずにそのような姿になったみたいですね。ええこちらも、皆さんが集めた情報によって多少の性質は得られましたよ』
『10代目塔主ロレンツォ・ファルネーゼ。銃を武器とする個体です。彼は、羅紗の魔術塔に現代兵器を広め、より強固な組織とした功績があるようです。王劍の力は銃と相性が悪いのか、あるいは無尽蔵の射撃を実現するものなのか、銃身を固定するために複数のインビジブルを肉塊として左腕にまとわせているようですね』
『9代目塔主マッテオ・シャリーノ。杖を武器とする個体です。彼は、羅紗の魔術塔における魔術研究を前進させた功績があるようですね。というのも羅紗に限らず手広く魔術や魔法を扱っていたようで、あらゆる魔術、魔法に関しては敏感かもしれません。それとこれは有益かは分かりませんが、10代目と9代目は相反する方針からかなり険悪な仲だったようですね』
『8代目塔主フィリッポ・レオーニ。彼はとにかくせっかちだったみたいです。常に砂時計を携帯して、何らかの時間を計っていたようで、どうにも彼らは生前所持していた象徴的なものを武器としているようですね。砂時計で何を行うかは分かりませんが、その砂を傾けさせることで何かが起こると考えていいでしょう。他の異形の塔主がいる手前、空間に作用するとは思えないので、自身の時間を操作するのではと私は考えます』
『1体でも恐ろしい敵が3体も同時に現れるとは、かなり苦しい戦いになると思いますが、皆さんならばうまく立ち回ってくれると信じています。目指すは塔の頂ですので、先へと進めるのなら必ずしも全て倒さなければならないと言う訳ではないでしょうが、あとに尾を引く可能性は十分あり得ますので、どうかお気を付けください』
塔は今や迷宮と変わっていた。
それは侵入者を迷わせるものではなく、迷う者たちの住処となって。
行く先を失った亡霊は、|雄牛《門番》となって立ちはだかる。
そうして与えられた役目のままに、踏み込む者を喰らおうとした。
第1章 冒険 『強行突破せよ』
眞継・正信とルイ・ラクリマトイオは、いち早く三体の異形のいる部屋へと辿り着いていた。
侵入に気付き、繰り出される雄たけびをその身に浴びながら言葉を交わす。
「かつての塔主が3人とは、なかなか厳しい戦いになりそうだね」
「3体をまともに相手取るのは無謀でしょう…」
一体でさえ強大だとは、塔入口で見てきた。しかし狙い目はあるだろうと星詠みからの言葉を思い出す。
「塔主同士の反目があるというのだから、そこを狙うべきだろうね」
「ええ、それでは私が9代目を相手取ります。正信さんは10代目を」
生前、不仲だったという二体めがけて二人は手分けした。
ルイ・ラクリマトイオが向かったのは杖を持つ異形。
兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を身に着け機動力を上げ、√能力【|千里を駆けるあい色の影《カゲヒメ》】を行使して、9代目塔主を引き寄せて気を惹き付ける。すると左手に取り込んだ杖を向けられ、そこから紫色の魔力弾が飛来した。
「魔術など、時代遅れのモノにご執心のようですね」
言葉が届くとは思えなかったがあえて敵の得意を軽んじるようなセリフを吐き、挑発の一環とする。
兵装による空中移動が、敵の攻撃を置き去りにする。借り物とは思えないほどに使いこなし、速度や行動に緩急を付けながらの回避で、順調にその照準を誘導し、そして10代目塔主に杖から放たれた魔弾は向かった。
眞継・正信の相手は銃を持つ異形。
「私も若人のために道を切り開いてみせようか」
塔の入り口で雄姿を見せた同年代の仲間に感化され、彼もまた一働きしようと気合を入れる。
握る兵装は『お守り(カレー味)』。その幸運に期待しながら、√能力【|クロウタドリ《メリル》】を発動した。
「これは9代目の魔術だよ」
その攻撃を誤認させようと四方から繰り出して、9代目塔主へとその銃口が向くように仕向けた。
すると、ルイ・ラクリマトイオの功績で魔弾が10代目に着弾して、それに返すようにして銃弾が放たれる。
同士討ちが開始され、それを見届けてすぐに二人は合流する。
「正信さん、狙い通りですね」
「ルイ君、お疲れ様。こう上手くいくと警戒をしてしまうが、手早く決めるに越したことはない」
「ええ。この身を存分にお役立てくださいませ」
そして、ルイ・ラクリマトイオが√能力【|付喪八百万の儀【牙筆】《バンブツヲシルスモノ》】を発動すると、その姿を『神筆・ガネーシャの牙』へと変身させた。蓮の花が掘られた象牙製の筆は、眞継・正信の手に収まるとその大きさを片手槍ほどまでになり、筆先に呪縛を纏う。
「ルイ君の力添えがあれば、この難局も乗り越えられる筈だ」
そう言って眞継・正信は、筆先に血の魔術を刻んでいく。その隙を狙われないよう、√能力【|血の猟犬《レヴリエ・ド・サン》】を発動して、使役する大型犬の死霊『Orge』の強化を施し、異形の塔主たちの注意を引き付けてもらった。
「さて、どちらが劣勢か……9代目だね」
銃の連射性の方が優位なようで、杖を扱う9代目塔主は勢いに押され後ずさりをする。その隙を見逃さず、高速詠唱で完成させた魔術を放った。
属性は麻痺。動きを止めてしまおうとして。
その直前で、神器となりながらも警戒をしていたルイ・ラクリマトイオから声が上がる。
「正信さん! 8代目が!」
呼びかけと同時、眞継・正信の眼前に砂時計を左腕に備える8代目塔主が瞬間移動したかのように現れた。
『ォオオオッ!!』
「ぐっ——!?」
声をかけてくれたおかげでギリギリ防御は間に合うもののその質量に吹き飛ばされる。
立ち直った時には、前に出て注意を引き付けてくれた大型犬死霊が潰されていて、そしてその砂時計は次に争う9代目と10代目にぶつけられた。
ぶつけた衝撃で砂時計が逆転し、それと同時に二体の異形も争いを止める。するとそれらはすぐに得物をこちらへと向けた。
やがて、銃弾と魔弾、二種の雨が部屋の中で振り始める。
その二人もまた、不仲の隙を突こうと動いていた。
花喰・小鳥が煙草の紫煙を靡かせながらアイコンタクト。目配せの返事を受け、それぞれの標的へと向かった。
鳥が突くのは銃身。10代目塔主の持つその銃に対して先制攻撃を仕掛ける。
「あなた達の相手は私です。しっかりとついてきてください」
命中精度に優れた自動小銃を駆使してその注意を引き付け、誘き寄せる。多少の攻撃なら|問題ない《鉄壁・激痛耐性》と強引に踏み込み、時には|的確に防御《ジャストガード》も交えながら、同士討ちを誘った。
ダメージが蓄積すれば、√能力【|深淵種《ハイドラ》】を発動して回復する。けれどやはり一番気にかけるのは相方への攻撃だった。
一・唯一は魔術を扱う9代目と対峙しようとして、相方へと向けた視線を今度は後ろに投げる。
「ほれ、ついてきてくれたんやから協力してや」
それは彼女自身が勧誘した羅紗魔術師だった。羅紗を失いながらも兵装のWZを用いてどうにか戦闘に参加している。その者たちは先を急ぎたいと抱きながらも、この場をどうにかしなければいけないのは確かだと諦めて前に出た。
傷付けば回復を頼み、死角からの強襲には援護を。それは全て|命《花喰・小鳥》を護る為に。
二人は10代目と9代目の同士討ちを誘うがしかし、割って入った8代目によってその不仲は取り持たれる。
そして、銃弾と魔弾の雨。一・唯一は咄嗟に反応できず、それを見逃さず花喰・小鳥が庇った。
「唯一、無理は禁物ですよ」
微笑む彼女は事前にドーピングしておいた|興奮剤《エクスィテ》のおかげで再び立ち上がっていて、しかしその体は明らかに傷付いている。
流れる血をすくう一・唯一は、怒りを露わにしていた。
「|人の大事なもん《小鳥》に汚いもの《銃口》向けるなや……!」
敵の攻撃をかわして、刃には毒を練り込み古代魔術で強化した咒を仕込んだ斬妖剣『童子切・写し』で切り込む。
「唯一! 焦らないで。私は大丈夫ですから!」
その強がりとともに放たれる援護を背で受けながら、一・唯一は隠密状態からの|浅くとも一撃ずつ確実《ヒット&アウェイ》に繰り返していくのだった。
日南・カナタと広瀬・御影は激しい戦闘につい足を止める。
「揃いも揃って自分こそが王権を行使できる者だと思った末路がこれかよ!」
「あれま。凄い事になってるワンねぇ」
この建物のかつての長だった者たちだという情報を知り、立ちはだかる異形の怪物たちに憤る新人警官。対して半妖警官は暢気な感想だけを告げていた。
「何代も|失敗《異形化》してるのに学習しないんか! それが変に地位とか力を手にした者の奢りって奴なんですかね!」
「と言うより、一斉にみんなこうなったんじゃないかニャン? 失敗してるのは、王劍の適性がないとかなんとか。それなら学習のしようもないワンよ」
「え、そうなんですか? 俺、勘違いしてました? は、恥ずかしい!」
「まー誰でも間違いはあるニャン。それに今回の件は色々込み入っててるし勘違いさせる方が悪いワンよ」
後輩が赤面する顔を覆い、先輩が責任をよそにやってなだめる。そうして戦場にいる事を忘れていると、二人の下に銃弾と魔弾の流れ弾が飛んできた。
「っと、こんなことしてる場合じゃないですね! 早く俺たちも参戦しましょう!」
「確か8代目塔主がせっかちって何かと色々アクション起こしてくるかもニャア」
「塔主さん達ってみんなおじいちゃんなんですよね? じゃあ俺に任せてください!」
「ん、よくわかんニャいけどとりあえず試してみるワン」
策があると前に出る日南・カナタを広瀬・御影は先輩らしく背中を押す。そうして後輩は意気揚々と走り出した。
「さぁて、そんなおじいちゃん方、そこをどいて貰うよ! 俺の特大の孫属性パワーを受けて貰う!!」
「おー、カナタ君、存分に孫属性パワー? を発揮してやれー! …孫属性パワーってニャンだろうね?」
疑問符は聞こえず、応援する声だけを受けて日南・カナタはオーラ防御を身にまとって防御を固め、自身の勇気と幸運を信じて突っ走る。
「大丈夫、怖くない! 俺はやるよ!」
その後ろでさすがの無謀を見て取って、広瀬・御影が√能力【|捕捉完了《ターゲット》】を三体それぞれに撃ち込みつつ牽制して、援護を行っていった。
その雷の支援を受けながら、日南・カナタは場違いにも異形たちへと声を投げかける。
「ねー! お願い! ちょっとでいいからそこ、動かないでよね!」
と特大の笑顔で【|天性の孫属性《グランドチャイルド》】を発動。65歳以上には効果抜群なおねだりで動きを止めようとする。
そもそも死者で、意識すらあるのかすら疑わしい異形の塔主たちに聞くとは思えなかったが、それは幸運にもあまりに無防備に近づいてくる存在に思考回路が一瞬困惑したように動きを止めた。
ほんの一瞬だ。けれどそれだけで十分だった。
「さっすがは皆の孫ニャン!」
広瀬・御影が飛び出し、√能力【|集中状態《ゾーン》】によるハチェット攻撃を繰り出す。中心は8代目塔主。その余波に他2体を巻き込んで、
「俺も!」
そして日南・カナタも続けざまに√能力【|霊雷《サイコサンダー》】を放った。雷属性の弾丸が8代目塔主に着弾、爆発しその余波が味方への帯電効果も与えて、後押しを指せる。
雷纏うハチェットが、その巨体の胴を深く切り裂き、ずしんと8代目塔主は支えを失って倒れた。
「やりました!?」
「あーそれ言っちゃダメな奴ニャン」
着地した広瀬・御影に日南・カナタが駆け寄って投げかけ、それと同時、グインっと砂時計が回る。
時が逆転し、その身体は一瞬のうちに元通り。再び立ち上がった異形は、今度は砂を振ってその落下速度を速め、
「んニャっ!?」
「ぐうっ!?」
己の時間を加速し肉薄して、立つ二人をまとめて薙ぎ払った。
「す、すいません。俺が余計な事を言ったばかりに……」
「どうせ言わなくても同じことだったワン。それよりあの砂時計をどうにかしないとニャンね」
二人は体を傷つけながらも立ち上がり、当然引き下がる事もなく再び前へと進む。
「8代目、他の奴らも回復してますしやっぱり一番厄介です!」
「ヒーラーから倒すのは定石ニャー」
日南・カナタと広瀬・御影は、すぐに作戦を立て直して強大な敵に懲りず挑むのだった。
大神・ロウリスは兵装『群竜銃』を引き連れながら、10代目塔主に接近して攻撃をかわし続けていた。ただし彼女が狙うのは9代目塔主。
「さあ、この攻撃は10代目のものです。どうぞ勘違いしてください」
仲が悪いという二者に誤解が生まれるよう立ち回る。当然、しょっぱなからそう上手くはいかず、まとわりつく10代目塔主にハエでも払われるかのようにその銃身での打撃攻撃を繰り出された。
霊的防護を張りつつ、√能力【|歪《テレポートアタック》】による瞬間移動で避ける。それを続ければいずれは同士討ちに持ち込めるだろうと考え、しかし彼女よりも早く動く者がいた。
『オ———』
8代目塔主は自身の時を加速させ、テレポート先に待ち構える。そしてその砂時計で身体を叩きつけられた。
「っ!?」
大神・ロウリスは大きく吹き飛ばされ、次の攻撃に備えてすぐに立ち上がる。追撃に備えて砕けた霊的防護を再度張ろうとして、しかし。
「構築が、遅い……!?」
『オ、オ、オ———』
目の前に迫る砂時計は、ゆっくりと砂を落としている。それは敵味方関係なく、触れた者の時間を操ってしまうのだ。そうと分かった大神・ロウリスはすぐに防御をやめて回避へと移り、真っ先に倒すべき目標を定め直す。
「私は、エドさんとマルティナさんが幸せになるのを見届けに来たので、あなたたちに用はないんですよ!」
ヨシマサ・リヴィングストンは、相対する異形の塔主に自分の出番だと笑みを漏らす。
「ふふ〜、銃の扱いならなによりも自信があります。お任せください〜。10代目塔主の歪な銃身を使い物に出来ない状態にして見せましょう〜」
√WZで戦線工兵として生き抜いてきたその実績をもって挑戦者として名乗りを上げた。
「さ~て、その銃の構造はどうなってるのでしょうか……なるほど、あの肉塊がマガジンですか。王劍の力で有り余ってしまっているインビジブルを、あの内臓で弾丸として作り変え放っているようですね~」
メカニックとしての観点からその構造を素早く見抜き把握すると、すかさず√能力【|分解再構築プロセッサMk-II《クラフト・リデュース・プロセッサマークツー》】を発動し、構造の破壊へと動く。
「とりあえず、銃口から銃弾を叩き込めば内側で爆発してくれるでしょう」
迷彩を纏い限界ギリギリまで10代目塔主へと接近し、敵の操る巨大な銃口へと、手持ちの銃弾を叩きこむ。巨体が扱うそれに比べれば随分と小さく、意図もあっさりと銃身に弾が入り込んだ。
『オ、オオッ!』
しかしそれが爆発を生むことはなく、取り込んだ銃弾をそのまま利用して、跳ね返すように小さな弾がばら撒かれる。
「おっ、と~。√が変わるととんちきな仕組みがあるもんですね」
すぐそばまで寄っていたヨシマサ・リヴィングストンは、その反撃で肩をえぐられて微笑みを歪める。それでもせめては何かの功績を残そうと、10代目塔主の肩周辺へレギオンたちを飛ばした。
9代目と仲が悪いというのだから、仲違いを装ってフレンドリーファイアを狙おうとしたが、それは既にもう始まっていた。
「なっ」
射撃体勢を取ろうとしたレギオンが、尽く魔力の弾丸で叩き落される。それに10代目も射撃で返していて、近くにいるだけでその被害は及んできた。
10代目と9代目は共に遠距離攻撃を得意と言うのもあって、間にいる√能力達も巻き込みながら喧嘩をし合って、そして致命的な傷を負えばすかさず8代目塔主が修理して再び雨を降らせる。
怪物のくせに中々完成された連携。工兵に厳しい戦場だと、ヨシマサ・リヴィングストンは顔を引きつらせて。
「……あーこれは、とりあえず一目散に退避です! 死は覚悟してますけど、死ぬ気はないので〜」
そして挙句、すたこらとその部屋から逃げていくのだった。
その場にいた夢野・きららは、√能力【|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》】によって呼び出されたバックアップ素体だった。本体と別行動し、味方達の攻略を手助けしようと派遣されている。
もとよりは情報収集を行うために集めておいたバックアップだったが、戦いが激しいというのならそちらに出向いてもらうしかない。塔突入直前に書き換えられた命令によって、それらは敵の能力を暴くようにして動きまわる。
既にその場には他の√能力者たちもいる。それらの戦いも観察対象として、3体の研究を進めていった。
銃を持つ10代目塔主は、想定通り無限に撃ってくる。その弾薬は周囲のインビジブルのようで、王劍の影響下にあるこの塔内においてはまず尽きる事はない。そして何よりも、銃口から取り込んだ異物をも銃弾にする悪食でもあるようだ。それに、銃身自体の耐久力も高く、単純な打撃武器としても扱われている。
9代目塔主は、汎用的な魔法の弾丸で、その戦い方は10代目とそう変わらない。しかし何よりも厄介なのは、魔法の発動に敏感ですぐに反応して避けるか相殺されてしまう事。
2体は星詠みの情報にあった通り同士討ちを早速始めていて、その攻撃のほとんどが周囲にも被害を及ぼすため、あまり有利な状況とは言い切れない。
そして何よりも、8代目塔主だ。
夢野・きらら本体が特に入念に能力を調べるように命令していたのはその個体である。
砂時計は時を操る。自身の力だけでなく敵味方にも施し、回復やデバフとして振りかかる。9代目、10代目の作り出す弾丸の嵐の中で、時を操り自由に行き交っては、2体が暴れられるようにとお膳立てを続けていた。
その力は、想定を上回る被害を出していて。
故に|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》はその身を捧げるしかなかった。
本体よりも能力の劣る分隊。それに兵装『”決死戦専用WZ『天元突破』”』を装備させ、追加の√能力も施してようやく立ち回れるようになる。
いやそれでも出来る事はただ一つだけ。
「……」
命令されるがままのそれは、ただ特攻する。小細工など一切なく、最も驚異と思える部位を破壊しようとして、
『オ、オ、オ——ッ!!』
しかし簡易な命令の前では一蹴され、成す術もなく砕け散るのだった。
夜風・イナミは上階や建物の外から聞こえてくる戦闘音に怯えながら、塔内の調査を行っていた。
「オルガノン・セラフィムがいっぱいいる部屋……どう考えても恐ろしいです」
彼女は、オルガノン・セラフィムや天使が寝かされているその空間を、どうしても見過ごすことが出来なかった。何よりも、今後それらが何かを起こすのではと勘ぐってしまい、今のうちに調べ出来るなら無力化してしまおうと、仲間達が先を進む中、その場に留まっている。
「襲っては……来ないですよね……? 一体何なんでしょうこれは……」
友人たちとともに作ったお守りをぎゅっと握りながら、その他とは明らかに雰囲気の違う部屋を見渡す。聞き耳を立て、仮に何か起きればすぐにその石化の魔眼で石化しようとビクビクしながら、調べていく。
「ここにいるのは、黒くないんですね……あれでもこれ」
眠っている者たちはほとんどが、これまでにヨーロッパ各地で見てきた姿そのもので、ここに来るまでに√能力者たちへと襲った固有の色をする者は全くいない。
しかし探していると、その黒色を見つける。ただそれは、一部分だけだった。
「目の周りだけ、黒い……どうして……」
と眠る天使の顔を覗き込んだその時、カッと瞼が開き、グルンとその眼球がこちらを見た。
「ひぃいいいいいい!?」
突然の挙動に夜風・イナミは悲鳴を上げて後ずさり、咄嗟に√能力【|石化の魔眼《セキカノマガン》】を発動してその天使を石化する。固まったそれがもう視線を向けてくることはなく、ほっと一安心したところで、彼女の大きな尻が下敷きにした何かに揉まれた。
「ひやぁああ!? セクハラですかぁあああ!?」
飛び上がり尻の下に敷いていたものを見れば、そこにはオルガノン・セラフィムの手があった。それもまた、所々に黒い斑点があり、掌を上に向けたままぴくぴくと動いている。
これまで戦ったように爪を動かすほどの可動域はなく、けれどとりあえずと石化は施しておいて、そうして心を落ち着かせてから情報を整理した。
「ここに収められてるのは、中途半端に黒い人たち、なんでしょうか……上手く変色、従わせられなくて眠っておいているという事のような気が……」
確証のない推測を浮かべ、更なる情報を求めて√能力【ゴーストトーク】を発動する。幸いにも塔内は王劍の力でインビジブルが溢れている。選び放題の情報源から、ここ3日以内で何が行われていたのかを聞き出した。
「外にいる11代目塔主が、定期的に入ってきて音楽を奏でてているのですか」
今も仲間達が戦っているはずの異形は、バグパイプから発する音でオルガノン・セラフィムを操る力があるという。もしかしたら彼はここにいる者たちも配下にしようとしていて、しかし上手くいっていないのかもしれない。
あるいはそれが、より上の存在から与えられた役目とも思えた。
「……とりあえずは、無害そうですね」
敵が操れていないというのなら、後々襲ってくる心配も必要ないだろう。とはいえ絶対と言う訳ではない。
それならと念には念を入れて、夜風・イナミはその場にいる者たちを全て石化していくのだった。
「すみませんっ、後で解きますのでっ」
天霧・碧流は巨大な敵たちに笑い声を上げる。
「ハハハ! 面白そうな奴が3人もいるんだなあ!」
3体の異形の塔主たちはそれぞれに√能力者たちと戦っていて、その輪に入りたいとうずうずしていた。当然、全部と戦っては見たかったが、連携させないようにと仲間達が分散させているから邪魔をするわけにもいかない。
「とりあえず、あの杖からやろうか」
パッと見て近かった9代目塔主にめがけて攻撃を開始する。とはいえ、彼にも星詠みから得た情報はきっちりと頭に入れていた。
「魔法・魔術に関して敏感なようだが俺はそういうのは使わないからな。俺みたいな痛みを感じない奴とは戦った事無いだろ? フフ」
敵の長所は自分には関係のない分野。兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を用いて機動力を上げ、一気に間合いを詰めた。
「その杖、使わせてもらいたいけど、さすがに無理か? まあなら自分でやるぜ!」
√能力【ディスコードスフィア】を行使し、塔内部には使えそうな殺傷力の高い物体はなかったからと自前の武器で代用する。巨体相手に立体的に攻め、メスで切りつけて、その身に狂奏の呪いを付与した。
「これで避けられねぇだろ!」
それは、次の攻撃への下準備。呪いによって回避性能が落ちたその巨体へ、√能力【|斬花連舞《ザンカレンブ》】を確実に叩き込んだ。振るったメスが命中した箇所を、数十分使用不能にする。もちろん狙いは、9代目塔主が行使する魔法の起点——杖だ。
欠損させ、その機能が落ちる。そうして更に攻撃を仕掛けようとしたその時、銃弾の雨に降られた。
「おいおい、本当に仲悪いんだな」
もとよりけしかけるつもりではあったが、9代目塔主の弱体化を見て、10代目塔主がその扱う銃を全力で放つ。これまで魔法で防いでいたが上手く出力できずに際限のない弾丸を浴びせられ、9代目塔主は膝をついた。
「と、俺まで当たらないようにしないとな」
天霧・碧流は標的が映らないようにとその場に留まりながらも、受け流しやエネルギーバリアを駆使してどうにか生存し続けるのだった。
澪崎・遼馬は銃を扱う異形の塔主へと相対していた。
「10代目殿、再び安息に就くまで当人に付き合って貰えるだろうか」
恭しくその巨体へと告げる。当然敵がその言葉を待つわけもなく攻撃を仕掛けてきて、それに対して同じ得物を取り出し反応した。
身に着ける兵装は『CSLM(Combat System for Lethal Missions』。多くの者が頼る機動力を澪崎・遼馬も発揮して、巨体の大きな動きを翻弄するように動き回る。
(死者を蘇らせる王劍の力か。理解しているつもりではあったが、目の当たりにすると凄まじいものだな。だが、当人とて伊達や酔狂で棺を背負っているわけではない)
前後左右。戦いの最中にあらゆる角度からその異形を視界に入れてふと浮かべる。そしてその背負う仕事道具をより強く意識した。
(死神の成り損ないとして、密葬課として、黄泉返りの死者を送り返すのも当人の役儀だ)
例え余りある力の持ち主であってもそれは変わらないと、これまでと同じように職務を全うする。
常に有効射程距離を保ちつつ、銃撃戦による制圧。丁度他の√能力者の功績で動きの鈍った9代目塔主を、射程の間に挟むように立ち回り、フレンドリーファイアを狙った。
険悪と言っても同士討ちまではいかないかと思っていたが、思いの外にこちらも忘れて攻撃してくれている。そんな隙を見せてくれるのならと√能力【|魔法の弾丸《フライクーゲル》】を放ち、10代目塔主の銃を持つ腕を狙った。
9代目を挟んでいることに加え、絶え間ない銃撃で揺れ動く標的。しかしそれ以上に敵は巨体だ。銃弾が、人間でいうところの二の腕あたりへと命中し、敵の銃撃が僅かに止まる。
それは更なる好機。9代目も動けない。ならここで一気に畳みかけると、澪崎・遼馬は√能力【インビジブルダイブ】を使った。
視界のないのインビジブルと自身の位置を入れ替える能力。幸いにもこの空間は王劍の力に満たされていて、不可視の存在だけは嫌と言うほどに溢れている。それを利用し、10代目塔主の左腕へと転移。直後、間髪入れず√能力【|二度とない《ネバーモア》】を使用した。
「私は汝に告げよう。汝の全ての問い、全ての希望、全ての願いに対して私はこう告げよう–––」
二丁拳銃『此岸』『彼岸』が、澪崎・遼馬の右腕と溶け合う。すると途端に右腕から黒白の翼が咲き乱れ、そこから長大な銃身が伸びた。
それは、葬絶臨命魔銃ネバーモア。打ち抜かれた者は苦痛にさいなまれ、その苦痛を愛するために祈るか、死する他に苦痛から逃れる術はない。
銃口は、ぴたりと10代目塔主の左腕へと添えられていた。
「……貴方達に厳粛なる哀悼を」
変形して即座に、零距離からの射撃。一発だけではとどまらず、連射してその巨体に苦痛を植え付ける。
『オ、ォオオオオオオオオオ———!?』
9代目塔主への憂さ晴らしを優先して、零距離射撃を避ける間もなかったその異形は、苦痛に悶えて絶叫を上げた。それは部屋中に轟き、周囲の√能力者の視線を集め、そして暴れ出す。
『オッ、オオッ、ォ———!?』
巨体の地団太はそれだけで強力だった。塔を揺らし、立ち止まった者を薙ぎ払って、戦場に混乱を生む。それを第六感で見切っていた澪崎・遼馬は√能力【|最初の報復者《オートキラー》】へと繋げて、更なるダメージを与えた。
けれど10代目塔主はそれどころではないと変わらず暴れてその被害を生む。振り回される銃身が内側で暴発するように爆発もまき散らしていった。
√能力者たちへの影響も大きい。しかしそれ以上に、敵の回復役である8代目塔主が近づけなくなっていた。
「この間に、削りきってしまおう」
澪崎・遼馬が扱うのは銃。距離をとっても十分に傷を負わせられる。動きは止まらないが蓄積させることに意味はあるはずだと引き金を引き続けた。
兵装によって空を蹴り常に距離を取って、時には瓦礫を投げつけられ回避し蹴れない者もあったが、それも兵装に備え付けられたバリアで防御する。
そうして確実に、敵の敗北へと近付けていった。
ルメル・グリザイユと御剣・峰は、共にそのフロアを駆け抜けようとしていた。
「今回も付き合わせちゃってごめんねえ~峰ちゃん」
「構わないよ。まあ、あの大物三体と真正面から戦っても見たかったがね」
二人が目指しているのは上階ではなく、このフロアからしか行けない書庫だ。塔に来るまでの道中で仲間が見つけた塔の模型を頼りに、保管されている書物を求めていた。
言い出しっぺであるルメル・グリザイユを護衛するように御剣・峰が殿を務める。二人共に、いち早く駆け抜けようと兵装の『翔武靴』を着用していた。風の力を借りながら急ぐ。
「…現状、僕らはあまりに後手に回り過ぎている。この先を皆が優位に立ち回るためにも、どうしても調べておきたいんだ」
「分かってる。せめて書庫を壊されてしまわないようにするさ」
「ありがとう、峰ちゃんが付いてきてくれて本当に助かるよ」
真っ直ぐな感謝を渡された御剣・峰は鼻で笑いながら、味方の攻撃によって暴れ始める10代目塔主へと向かう。その隙に、ルメル・グリザイユは書庫への扉をくぐった。
別れの挨拶などいらない。どうせすぐに再開できるのだと、むしろ誓いのように振り返りはしなかった。
「さあ、ルメルが目的を果たすまで大人しくしてもらおうか!」
身体能力のリミッターを解除し、魔法も注ぎ込んで肉体改造を行い、残像を残すほどの速さで散らばった銃弾を抜き放った刀で尽く切り落とす。
その後ろには決して通さない。ルメル・グリザイユが入っていた扉を傷つけさせはしないと、攻撃を引き付ける。
まずはこちらに意識を向けさせるために全力の一太刀を浴びせ、強敵を印象付けさせた。それから、10代目塔主の銃口の向きを誘導する。他の者たちもそうしていたように不仲の異形に向くように立ち回りながら、より意識を釘付けさせようとしていた。
再びの銃弾。それは敵が怒りを増すほどに早くなっているように感じ、御剣・峰はつい笑みをこぼす。
「ふふふ。良いなぁ。楽しいなぁ。命がひりつく様なこの感覚。これ程の死合いは久しぶりだ。さぁ、まだまだ行くぞ。私を満足させてみせろ!」
弾き飛ばした銃弾が重くなっている。そのことに次第に戦いが楽しくなって、つい護衛の任を忘れかけそうになった。とは言えそれでも、連れの調査の邪魔は決してさせはしなかった。
「本当に峰ちゃんには助かるな~」
書庫へと入ったルメル・グリザイユは、壁一枚隔てて聞こえる戦闘の音に気は引き締めたまま調査を始めていた。
「やっぱりまずは天使関連から調べておきたいね。この塔から天使化が起こっているみたいだし、何かはあると思うけど……」
階下での光景を見るに、羅紗の魔術塔は既に天使を確保し研究に着手していたのは明らかだろう。ならば研究資料はあるだろうと目星をつけて捜索していく。
どの書物を探してもオルガノン・セラフィムの呼称は見つからない。島は外と隔絶されていたのだし、外で定められた名前なのかもしれない。資料内に近しい存在の呼称も見当たらなかった。あまり塔全体で研究していたという雰囲気でもない。
「セラフィム・ノアにインプリタ・セラフィムっていうのも、こっちで広まっている名前じゃないのかな? もしかしたらダースが勝手に言ってるだけって可能性もあるのかな」
とはいえ、知らない情報も記されている。それは今起こっている天使病ではなく、過去に現れていた天使についてであり、閉鎖的な土地故か、そう言った書物も多く残されているのだろう。
有用そうな情報だけを抜粋して記憶に保存して次の分野へと手を伸ばす。
「王劍の力についての研究とかもあったりするのかな……」
どうにも見る感じ、島全体における√能力に対しての理解度はあまり高くないようではあった。存在は知られているものの数が少ないのだろう、その幅は羅紗魔術に比べたら随分と狭い。
一部、研究のために抜き出された書籍もあったが、使い終わったのか使えなかったのか、棚に戻さず投げ出されている。それは、インビジブルの基本的な事についてで、あまり詳しい事は分からなかった。
王劍は、王権執行者の元に稀に現れる√EDEN侵略兵器。強大なインビジブルの大群を与えるもの。使用者も偶然手にしてその力を試していく内に、色々と使える事が分かったと言うだけなこともある。もしかすると、絶対死するという事も知らないまま使用してしまっている場合もあるだろう。何よりも、この島の√関連の知識は外よりも浅いのだから。
王劍を掌握していると思われる13代目の研究資料もこの部屋にはないようだ。更に上階にいけばあるかもしれないが、ここで分かるのは、研究のためにここの資料が使われたようであるという事だけだった。
それからルメル・グリザイユが調べたのは、歴代塔主についてだ。塔内の状況を見るに、恐らく今後戦うと予想される。ならば、情報の少ない塔主たちを出来る限り調べておくべきだった。
「初代、2代目、12代目、13代目の情報は特に得られていなかったんだよね」
時間がそうある訳でもないから絞って捜索する。主に日誌などからその情報を記憶していった。
「……もうそろそろ切り上げたほうがいいかな」
常に壁の外では戦闘が続けられている。やはりどうしてもそちらは気になってしまう。
なら次で最後にしようと、これがどう関係するかは分からないがあまりに突然の出現だっために何かあるのではと勘ぐって調べを進めた。
「……地下水路にいた怪異は、どう関わっていたんだろうか」
羅紗の剥落により目覚めた怪異は、ファーロ及び後継の不在に安堵していた。塔主と繋がりがあるのだろうと、何かそれに関する報告書はないかと探した。
「じゃあ、このくらいにしよっかな。これ以上任せっきりは忍びないしね~」
そうして見つけた資料を記憶に刻み込んで、ルメル・グリザイユも戦いへと戻っていく。
【天使】(一部抜粋)『天使病はおよそ800年ほど前には根絶したと考えられていた。そしてその最後の症例は、この島で起こったと言われている。それは、初代塔主であった。確かな情報ではなかったが、その噂が流れてすぐにその者は姿をくらましたのだ。全ての天使は必ず忽然と姿を消す。その現象は古代から神の住まう天へ向かったのだとされていて、故に天使は崇拝されていた。』
【シャウラ・ヴァレンティーノ】(一部抜粋)『彼が羅紗の魔術塔へと加わるのは随分と遅い年齢だった。しかしその実力は当時の塔内で圧倒的であり、見る見るうちに塔主へと選ばれるまでに至っていた。謎が多い人物だった。言動は社交的ながらも交友関係はほとんどなく、彼のことを多く知る者はいなかった。ただ一つ、噂があった。彼は、何十年、あるいは百年以上も同じ歳で、世界を渡り歩いているのだという。そして、塔主の座から降りた彼の行方を知る者はいなかった。』
【ピエトロ・テスタ】(一部抜粋)『先代塔主から直々に任命されるのは、7代目以来のことだった。故に他の者たちからの視線も厳しく、大きな功績を遺した12代目ともよく比べられていた。新しく変わった羅紗魔術を上手く扱えないでいたこともあるだろう。そして彼は頭の固い人間であった。評価を覆せないまま時間だけが過ぎてゆく。塔主任命前は娘を愛するよき父であったというが、その影はいつしかなくなっていた。その座に相応しくないのではとする意見もありながら、過去を重んじる人たちからは、塔主とは先代から託されるものであり、彼は相応しいという声もあった。』
【怪異との戦】(一部抜粋)『フリードは優秀な軍師であった。その知性で島民を指揮し、怪異を押しとどめた。しかし体が弱く長い間、戦場に立つことが出来なかった。その子であるハインリーはむしろ人一倍体が強かった。戦術など立てず勇ましく自らで怪異を蹴散らしていったのだ。代々受け継がれた怪異退治の家系は、そしてついに王を生んだ。フリードの知性をハインリーのたくましさを受け継いだ彼は、ついに怪異の侵攻を押しのけたのだ。戦うほどに島民たちの勝利は近づき、島の外からやってきた者から魔術を習った彼は、海底へと怪異を封印し島に平和をもたらすのだった。』
ウィズ・ザーは、仲間達が塔へと向かう前に、通信用アイテムを渡していた。
「これで何かあったら連絡してくれ」
「ありがとうございます」
「ありがとっ」
不動院・覚悟と月詠・ミカゲは、受け取ったワイヤレスイヤホンセットを早速身に着ける。これで離れていても連携が取れるだろう。それから更に支給品が寄越された。
「それとこれも飲んでおいてくれ」
次に取り出されたのは、秘薬『言葉竹』。それを飲めばあらゆる言語を翻訳する能力が得られる。敵とコミュニケーションをとるつもりだという不動院・覚悟のために用意した物だった。
「お互い、死なねェようにな」
「ええ、もちろんです」
「ウィズさんもね!」
そして最後に託したのは、√能力【|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》】によって作り出された闇顎2体。危険な状況になれば使い捨てて、戦場から逃げ出させることが出来るだろう。それらを二人の護衛となれるよう闇に紛れさせておく。
それから三人は、既に動き出している他の仲間達を追った。それぞれがやろうとしていることは別だ。
「それではいってきますね」
「行ってくるね!」
「おう、気を付けろよなァ」
準備を整え終え、一時の別れを告げ合うのだった。
「覚悟さん、それじゃああたしはここで調べるよ!」
「ええ、お気をつけて!」
「うんっ、何かあったら連絡してね! すぐに駆け付けるから!」
月詠・ミカゲは、3体の異形の塔主が待ち構えている部屋よりも下の階にて、情報収集を行おうとしていた。そのためにこれまで一緒に走っていた不動院・覚悟へ挨拶を投げてから背中を向ける。
「さーて、自分の役割をしっかりと全うしなきゃね!」
自分の力量ではあまり戦いには役に立てない。けれどいざとなれば不動院・覚悟の√能力発動のため、駆け付ける必要があった。それまではせいぜい足を引っ張らないよう、そして後に残せるようにと調査へと挑んだ。
別れた仲間達のことを想いながら、彼女は早めに成果を出して手助けに向かえるようにと急ぐ。
「蛇のような天使に関する記録とかはないのかな」
その塔内では魔術的な研究が日常的に行われていたらしく、至る所に資料が保管されている。それらを片っ端から開いては、目当ての情報を探していった。
「うーん、やっぱり天使が蛇になるっていう事例は書いてないなぁ。ああなるのは、今までにもない事なのかな。ダースさんの魔術が偶然に影響したみたいな感じだったし……」
今まさに塔の外を飛ぶマルティナたちの方へと向かっているウィズ・ザーへと何か土産をあげたがったが、それは叶わない。そもそも全体として、塔内に保管されている書物で天使に関するものが少なかった。
13代目塔主が引き起こしたとされる天使化の病だが、羅紗の魔術塔全体が画策していたと言う訳でもないのだろう。王劍を手に入れた彼が独断で行った。だとすれば、その資料があるとしても、13代目塔主がいる場所にしかないのかもしれない。
あるいは、事件を引き起こした当人も、あまり詳しく知らないまま結果だけを求めて実行した場合だってあり得た。
「塔の外とは、結構交流してたのね。でも、やっぱり外に出る事は少ないみたい。島の中で自給自足が出来てるみたいだし」
次に出てきた通信履歴によれば、天使化が起こる前までは定期的な指令を島外の羅紗の魔術塔支部へと送っていたのが分かる。中身を読んでみても、秘密結社にはありがち内容で、これからの戦いに必要そうなものは大してない。
「あっ、こっちに歴代塔主について書かれてあるみたいね」
直近で必要となるだろう情報は間違いなくそれだ。塔の模型と照らし合わせ見れば、最前線を言っている者でもまだ半分も踏破出来ていないのだから、きっとこの先もそれ相応の敵が待っているに違いない。だとすればその敵に当てはめるのは歴代塔主と考えるのが妥当だ。
「羅紗魔術を作ったって言う4代目は、別に羅紗魔術が得意ってわけじゃないのね。みんなが使えるようにするためそうしただけで、実際は布を使うような戦い方をしていたみたい。本来得意とするのは、極東由来の神力的なもの……属性魔術ではなく、純粋なエネルギーをぶつけるような物って書いてあるけど。単純な力が一番厄介だよね……」
その経歴に弱点らしいものは見つからない。過去の偉人だから大げさに書いてあるのかもしれないが、基本的にはすごい人だったというのが分かるだけだった。
「5代目は反対に魔術の才は全くなかったんだね。でも剣術が凄かったのか。積極的に怪異退治をしていてそのせいで戦死してしまったみたいだけど、特に人柄がよかったみたい。長とは思えないほどに、自分から人々のためにいろんなことをして回ってたんだ……」
通信先の相手にも聞こえるよう、資料を声に出して読む。戦いの最中だろうから返事はなかったが、月詠・ミカゲは発し続けた。
「6代目は、魔術と剣術の両方の才を持っていたのね。どっちも4代目と5代目には劣るらしいけど、その分、頭がよかったって書いてある。怪異を島から完全に排除して、島全体が生活していけるような政策を行ったんだね。島民にとっては一番偉大とする人もいるみたい」
いくつもある資料に目を通しながら、有用そうな部分だけを抜粋して記憶する。
そうしていた時、通信の向こう側から派手な音が聞こえた。それは振動となって天井も揺らしていて。
「そっち大丈夫!? 今行くよっ!」
味方の危険をいち早く察知した月詠・ミカゲは、情報収集を切り上げて、階段を上っていくのだった。
不動院・覚悟は、3体の異形の塔主と対峙していた。
「月詠さんのおかげで、こちらは万全です」
彼が持つ武器は、別れる前に月詠・ミカゲの√能力【サプライズ・フューチャー】によって技術革新が施されている。そのおかげで壊れる心配はほとんどしなくてよくなっていた。
「さあ、行きましょう!」
√能力【|守護する炎《シュゴスルホノオ》】によって身体強化を終え、戦場へと踏み込む。
目標は、3体の異形の塔主の全滅、または救済。対話が出来るのならそうしたいと、不動院・覚悟はずっと考えていた。
意識もない相手。ならば望んでそうしているとは思えない。故に手を伸ばす余地はあるだろうと接近する。けれどまずは、その暴虐ぶりを沈めなければならなかった。
まず狙うのは10代目塔主。銃身を固定するために纏っているインビジブルを、スナイパーで打ち抜き不安定化を図る。近づく機会があれば√能力所以のインビジブル制御技能をもって、その固定を弛緩させ、銃撃に耐えられないようにと仕向けた。
けれど相手のインビジブル操作も、無意識ながら凄まじい。塔内に溢れるインビジブルを意のままに操って自身の欠損を補わせ、傷付きながらもすぐに戦闘を継続させる。
10代目塔主と9代目塔主の不仲は星詠みのおかげで、戦場にいる全ての常識となっていた。常に誰かが、2体が仲間割れをするように誘導していて、ダメージを蓄積させようとしている。当然、不動院・覚悟も同様に動いた。
これまでの√能力者たちの活躍によって、10代目塔主と9代目塔主のそれぞれの武器は修復しきれない大きな傷を負っていた。そのせいで出鱈目な攻撃もしてくるが、その動きに精細さが欠けていっているのは確かだった。
「8代目にも、もう少しダメージを与えたい所ですが……」
砂時計を操り、他二体の仲を取り持つように動く8代目塔主。その傷はまだ浅く、時を操る力で縦横無尽に動き回っている。しかし、仲間達の引き留めもあって、他二体への治癒にはあまり手が回せていない状況だった。
ならここで少しでも削るべきだろうと立ち回る。
10代目塔主と9代目塔主が互いを仕留めようと、銃弾と魔弾の雨を降らせている。それらの流れ弾を、8代目塔主にも誘導しながら、砂時計の耐久減らしを狙った。
まるで詰将棋でもするかのように、√能力【|阿頼耶識《アラヤシキ》】【|阿頼耶識・明王《アラヤシキ・ミョウオウ》】を駆使して、強化した戦闘IQによって敵の動きを管理しながら、常にその攻撃が互いを邪魔するように配置。そして敵同士の射程が重なる事で自分を標的にしにくい立ち位置に立ち続けた。
3体同時に相手取る状況を打破したいが、さすがに3体の攻撃がそれぞれへと向かうようにするには、それ相応に近づけさせなければならない。他の√能力者の手も借りながら分担して、可能な限りでそれぞれを食い止めるような状況を何とか保ち続けていた。
不動院・覚悟は、攻撃を繰り出し回避しながらも、常に思考を回して敵の情報を解析する。これまでの味方が集めてくれた情報も重ねては、すぐに戦術へと生かしていく。
「こういった乱戦には、自分の世界でも慣れています」
仲間達の協力のおかげで、戦いの最中に故郷を思い出す余裕すら生まれていた。これまでと同じように、多くの笑顔を守るだけだ。
「ぐあぁっ!?」
戦いが長引けば、当然傷付く者は現れる。それが増えてきたところですぐに動いた。
「僕の前では誰も死なせません……!」
√能力【戦場の支配者《センジョウノシハイシャ》】を行使して治療を行う。効果発動するためには猶予があるために、これまでに蓄えた知識と幸運、その他の技術も総動員しながら、敵の攻撃を絶えながら継戦い能力を高めていった。
「8代目が、治療に向かったぞ!」
「任せてください!」
仲間からの報告にすかさず動く。8代目塔主が砂時計を振りかざし、疲弊している9代目塔主へと巻き戻しを施そうとしていた。けれどそうはさせないと割って入り、勢い良く振り下ろされる時計の底面を右掌で受け止める。
√能力【|阿頼耶識・羅刹《アラヤシキ・ラセツ》】。√能力を無効化する力は効いてくれたようで、その砂時計はタダの鈍器となり下がった。
しかしその巨体だ。支えるのだけで一苦労する。それでも決して引き下がらず。周囲のインビジブルを焼却しながら弱体を試み、そして、対話へと踏み出した。
「あなたはどうしたいのですか。その姿は望んでなっているとは思えません。元に戻りたいのではないですか!?」
視線の先、口内の老人へと語り掛ける。仲間が託してくれた秘薬のおかげで、その言葉は翻訳されたはずだ。けれど、異形の塔主が退くことはない。
『オ、オオッ、オ——!!!』
狂ったような叫び。ただし秘薬のおかげでその意志だけは読み取れる。
「……塔を、守ろうとしているのですね。戦いをやめる気はないのですか」
意識はないのだろう。その思考に刻まれているのは、より上位な存在による命令であり、それから背くことは出来ない。そして、天寿を全うしたはずの彼らは、その状況に不満も抱いているわけでもないようだった。
それが塔主としての責務だと、武器を振るう。
「ぐっ……!」
砂時計を叩きつけられ、大きな衝撃が降ってくる。それを絶えながら、次のチャンスを待った。
そして、また浮き上がる砂時計。再びの振り下ろしを予感して、不動院・覚悟は咄嗟にその場から飛び退った。
———!!!
床を大きく揺らせるスタンプが一瞬足を取ろうとして、けれどそれを上書きするように√能力【|阿頼耶識・阿修羅《アラヤシキ・アシュラ》】を発動させた。
蒼炎を纏い、天威顕現モードへと変じた不動院・覚悟は、防御を捨てて60秒間、猛攻へと移る。
かく乱するように攻撃をして混乱を誘発させ、体勢を崩したところで砂時計のガラスを殴った。一見割れやすそうとは思ってもやはり王劍の力を有しているだけはある、そう簡単には穴をあけない。ならより大きな一撃を叩き込めばいいだけだと、不動院・覚悟は√能力【|阿頼耶識・修羅《アラヤシキ・シュラ》】のチャージを始める。
60秒間の隙、この間のダメージは後回しされると言っても先の√能力によって本来以上の傷を負ってしまう。それでも、敵の攻撃を受け止めながら、生きようとする意志を拳へと注ぎ込んでいった。
蒼い炎が揺らめき、そして膨れ上がる。
振り下ろされた砂時計をワンステップで避け、目の前に迫ったそのガラスへと、拳を叩きこんだ。
「――『阿頼耶識・修羅』!」
渾身の一撃。それは、吸い込まれるようにしてガラスを歪め、割る。
——パリィン!!!
大きな破砕音が部屋中に響いて、それと共に砂が散らばった。見るからにその武器にまとわりつくインビジブルの力が弱まっていって。
けれど、最後のあがきとばかりにまき散らされたそれは戦場の時を止める。
「——っ!?」
砂に触れた者から動きが緩慢となって無防備を晒した。そしてそれだけではない。9代目塔主と10代目塔主。8代目塔主にとっての二体の味方は、むしろ加速させて、チャージが必要な技を一瞬のうちにして放った。
それは、操られるように不動院・覚悟へと向けられていて。致命傷を負わせたその存在を確実に仕留めようとした。
そして、回避も間に合わない彼は眼前で熱が膨らむのを感じ。
「覚悟さん! あたしを見てっ!!!」
直前、視界に月詠・ミカゲが現れた。彼女の力量は不動院・覚悟に劣る。扱う能力も、この状況を打開する者などない。
しかし、その存在だけでよかった。Ankerとなった彼女がいるだけで、不動院・覚悟の√能力が発動する。
————!!!!!
不動院・覚悟へと、二体の塔主による最大火力がぶつけられた。普通ならば一瞬で蒸発してしまう威力。しかし、彼は立っていた。
「……助かりました、月詠さん」
優しく揺らめく蒼い炎に包まれて、彼は一命をとりとめる。√能力【|不退転の覚悟《フタイテンノカクゴ》】が、Ankerを前にした√能力者の死を否定したのだ。
「覚悟さん!」
しかし全くのダメージがない訳ではない。そのまま立ち尽くしていれば次弾がやってこようと言うところで、月詠・ミカゲが駆け寄る。ウィズ・ザーの派遣した闇顎に乗って、負傷者を回収してすぐさま戦場を離脱した。
功労者が欠けて戦いが再開する。床に散らばった砂が、同じような力を発揮することは二度となかった。
3体の異形は確実に深手を負いながら、入れ替わる√能力者の相手を続けさせられた。
マハーン・ドクトは怖気づきながらも、その視線を前に向け続けた。
(後悔もし続ければ諦めがついてくるっていうか、行きつくところまでいっちゃうもんなんだな。悪趣味に悪趣味が重なり、なんとか来てみれば今度は特大の化け物ときた。いや、訂正する。やっぱくっそ後悔してる。数えるのもバカらしいくらいに後悔してる、ここまで来て逃げられないのもわかってる。怖いけれど。後悔しているけれど。勘弁してほしいとしか思えないけれど)
後ろ向きな考え方は、どれだけの戦いを潜り抜けても変わりはしない。目の前で戦いが起こるたびに、彼は頭の中で何度もその雨を降らせた。
冷たく、うるさい思考。濡れてしまう度に、晴れを願ってしまうような、そんな希望の前兆。
そう、それは、明日晴れるための儀式だ。
「…生きて帰るために、やれることをやるしかない。ここまで来てしまったんだ、後悔しながらでも、やるしかない…!」
マハーン・ドクトはやはり、その一歩を踏み出す。雨に降られてこそ、立ち止まる事の出来ないヒーローだった。
対峙するのは三体の異形の塔主。それらはそれぞれ扱う武器を欠損させていて、その攻撃が弱体化していっている。そこまで追い詰めた仲間達に尊敬の念を抱きながら、自分の役目を見出した。
(…俺のやれることは、シンプルだ)
彼が扱うのは、クソッタレ世界と揶揄する√ウォーゾーンの切り札の一つであるレイン兵装だ。天候を操るほどの力を持ち得る、決戦気象兵器。雨を背負って戦うそのヒーローにはあまりに相応しい武器だ。
演算やその制御に文字通り血反吐を吐くほど努力して、なんとか行えるようになった優秀なそれは扱いきれない自分でも力を発揮する。マハーン・ドクトの持ち味は、レイン兵装を生かした同時多方面作戦にあった。
(俺一人で出来る事は、たかが知れてるかもしれない。そんなたかが知れてる小さな雨粒の力。…思い知れ)
ここまで優位な状況へと導いた仲間達に比べれば、やはり自分の力は及ばない。小さな雨粒の一つに過ぎないかもしれない。それでも、この場には集まった仲間達がいる。その一員に加われば、自分も豪雨とだってなれるのだ。
装着するスーツの上からレインコートを羽織るマハーン・ドクトは、更に兵装【CSLM(Combat System for Lethal Missions】を先の戦いから継続して利用する。頼りっきりの機動力にまたも頼って、戦場内での立ち位置を模索した。
(…相も変わらずの俺だけれど。ヒーローなんざ程遠い俺だけれど。…やるしか、ないんだよな)
いつまで経っても煮え切らない思考は繰り返されるが、彼が前に進むのはもう決まっている事だ。逃げ出すはずもない。
『オ、オオ——!?』
√能力【|R・P・D《レイニーデイ・ピアシングドロップ》】を行使し、|10代目塔主《ロレンツォ・ファルネーゼ》の武器を取り付ける左腕めがけて、水分を圧縮した高密度の水滴を発射させた。銃を固定し、銃弾となるためにまとわりつくインビジブルをまとめてぶち抜き、その挙動が止まる。
追撃は味方に任せた。マハーン・ドクトは止まらず、|9代目塔主《マッテオ・シャリーノ》へと向く。
(魔法なんて、俺には使えないさ)
敵の得意分野はこちらの専門外だと鼻で笑って、√能力【|R・G・C《レイニーデイ・ガトリングコール》】を発動。√ウォーゾーン由来の力だ。9代目塔主の反応する魔法なんかではない。
『オオッ、オオッ!?』
雨粒を乱反射するレーザーが異形の巨体を包囲し、無数のダメージを蓄積させていく。すると敵は暴れるように杖を振り回すが、その包囲から抜け出すことは叶わなかった。
そして、もう一体へと、動きの妨害を狙いに行く。
|8代目塔主《フィリッポ・レオーニ》。壊れた砂時計は、もう他者へと振るうことはなくなったが、残った砂でまだ自身の加速は行えるらしい。巨体とは思えない俊敏な動きで駆け回るそれを、食い止めようとした。
√能力【|R・V・A《レイニーデイ・ボルトアサルト》】。高圧電流を発し、鞭のようにも伸縮する特殊警棒『スタンビュート』を、砂時計に絡みつかせる。
「ちょっと止まっててもらうぜ」
『オッ、オオオォオオ———!?』
電撃を流して痺れさせる。しかし、鞭の射程距離まで近づくということは当然、巨体の攻撃範囲にも入るということだ。痺れ状態にありながらも8代目塔主は、砂時計から限られた砂を零して、その力を周囲へとばら撒く。
それに触れれば時が遅くなるのは、既に仲間達の戦いで見ていた。故にマハーン・ドクトは、素早く兵装によるエネルギーバリアを張って防いでいた。
彼の得意な戦術は雨の中で戦うもの。故に室内ではたかが知れてしまう。それでも、だからこそ視界を広く、些細な変化を見逃さないようにと警戒し続けた。
(強くないからこその視界を保ち、皆に貢献しよう)
いつまでも謙遜の態度を貫きながら、マハーン・ドクトは確実に成果を残していくのだった。
柏手・清音は、島に乗り込む前に勧誘した羅紗魔術師達と合流していた。
「3人とも、無事で、良かったわ。まだ、借金分、返してもらってない、もの」
「「「……」」」
無傷を喜びながらも、どこか責めるような視線に、三人は思わず黙り込む。
彼らは、賭博に負けた故に共闘を強制されていた。命を懸けて戦うことを条件に、借金をチャラにしてもらうという話だった。
しかし彼らには覚悟が足りていなかったらしい。塔に来るまでの道中で、柏手・清音が傍で監視していなかったこともあって、年長であるギャンブル大好きな40歳男性の主導で、戦闘を避けていた。挙句、戦うための武器である羅紗まで手放す場面があって、それがたまたま彼らを爆発から遠ざけたのだ。
生き延びたのは幸運だっただろう。しかし更なる戦いへと駆り出されることになった現状は、運が悪いともいえる。とはいえ柏手・清音もここで死なれては困ると、兵装を手渡した。
「お守り、持っておいて、ね。また、あなたたちを、幸運が、助けてくれるかも、しれないから」
「まあこれ以上ない装備だな」
「運だよりって……」
「柏手さんからの贈り物……」
三人の反応はそれぞれだった。ギャンブル好きは喜んで受け取り、巻き込まれた後輩は疑っている。そして柏手・清音の色香に惑わされた一番の若手は、別の観点から嬉しそうに握り締めていた。
当然柏手・清音自身もそのお守りを握りながら、三人を連れて早速異形の塔主討伐へと動き出す。狙うのは最も負傷していると見える9代目塔主だ。
「二人は、10代目塔主が、9代目を攻撃するよう、立ち回ってね。一発通すごとに、100万円の賞金を、進呈してあげる」
「おいおい、それじゃあ1億はらってもらうことになるぜ!?」
「ひゃ、100万円……頑張ります!」
先輩後輩の関係なら連携もそれなりにこなせるだろうと一緒に行動させる。そして次に、他よりも自分を気にかけてくれている優等生へと視線を向けた。
「あなたは、私が集中できるよう、状況なんかを、伝えてね。もちろん、あなたにも、賞金はあげるわ」
「お、俺は賞金よりも……いえ、任せてくださいっ」
若い彼は、すぐ傍で迫ってくる好みの容姿の女に顔を赤くしながらも、そんな浮かれた調子で命を落としてはたまったものじゃないと気を引き締める。
そうしてそれぞれの役目へと送り出されようとする債務者たちへ、柏手・清音は最後に優しく投げかけた。
「みんな、怪我したら、すぐに下がってね。それと、怪我してる人、見かけたら、手伝ってあげて、ね」
「端から死ぬ気なんてねぇさ」
「ここまで来たからには、ちゃんと働きます……!」
「柏手さん、あなたのことは絶対守ります!」
「ふふ、ありがとう」
それぞれの返答に微笑みを浮かべ、二人を見送り一人を連れて彼女も戦いの準備を進める。
√能力【先陣ロマンチカ】【|手形取引《テガタトリヒキ》】を使用して技能値の底上げに加え、ダメージの先送りを自らに施してから、戦いの場へと踏み込んだ。
「二人は、どこまで、頑張ってくれるかしら、ね。賞金は、弾むから、1発くらいは、通してちょうだい、な。特に、頑張ってね……先輩?」
ギャンブル中と変わらず強気に息巻いていた年長者に期待を寄せながら、9代目塔主へと相対する。そして、有効射程内に接近してすかさず、√能力【|死の遊戯《デスゲーム》】を発動した。
多摩湖の煙を放ち、半径25m以内の全員に物理攻撃に対する抵抗力を下げさせる能力。それは自分を含む味方にも及んで、そのために仲間達が近づいていない隙を選んだ。
しかし少しの誤算は、9代目塔主の主たる武器である杖が欠損しているために、魔法を使う頻度が減っている事だ。鈍器として使う場合も少なからずみられ、決して優位ばかりとは言い切れない状況だった。
つまりはかなり攻め切った賭けになってしまう。先送りできるとは言え、蓄積されたものが、この身を即死させてしまうかもしれない。
敗北のひりつきを覚えながら、守りは自身を愛してくれる優等生羅紗魔術師にゆだねていた。その心を弄ぶようにチラリと蠱惑的な視線を送っておいて、可能性を増やしておく。
そして後は、自分の幸運と第六感に賭ける。それはやはり、いつものことだった。
「さあ、さあ。命を賭けた、大博打、ね」
様子を見る事はもうしない。ここで仕上げにかかると柏手・清音は更に踏み込んだ。
√能力【|全賭け《オールイン》】を発動して、被ダメージを増加させながら身体能力を上げ、そして一瞬の内に肉薄してからの√能力【|博打撃ち《バクチウチ》】へとつなげていく。
射撃による攻撃を繰り返し、ダメージを負う可能性が徐々に上がっていく。
「ここで賭けれらる|手札《カード》は、全てきった、わ。楽しい、ひと時に、しましょう。けっして、後悔の、ないように。死んだら、笑ってちょうだいな」
そうして手早く、より多くのダメージを与えられるよう攻め続けた。
連続攻撃が一区切りつき、そして約束手形が消滅する。敵の攻撃を先送りし続けたそれは、柏手・清音へと一度に降り注いだ。
動きが止まる。そこを9代目塔主は当然狙った。
だがその時、巨大な銃弾がその巨体を叩きつけ、その合間を縫って傍に控えていた若者が負傷者を抱えて離脱する。
「ちっ、100万だけか」
「あれこれって、分け前どうなるんだろ……」
「柏手さん、絶対に死なせませんからっ!」
債務者たちの借金は、清算された。
塔の入り口前での戦いに参加していた禍神・空悟は、11代目塔主の討伐を確認し終えてすぐに、三体の塔主とも手合わせに願い出た。
「おっし、間に合ったか。ついてるぜ」
宙も駆けながら最速最短で塔を駆け上がった彼は、身に着けていたお守りの幸運効果に感謝しながら、戦い長引くフロアに突入する。
「コイツらも11代目と同じで不細工な面だなぁオイ」
8代目、9代目、10代目。三体の異形の塔主はそれぞれ差異はあれど、入り口前で戦った11代目と大体は似通った姿だ。自我もほぼなく、間抜けな鳴き声を漏らすそれらをあざ笑うようにして笑みをこぼす。
だからこそ踏みにじるため、気合を入れた。
「当然皆殺しにしていくぜ。それに言うだろ? 後顧の憂いを、ってな」
戦いの中へと踏み込んで、素早く状況を観察する。既に先回りしてやってきていた他の√能力者たちによって随分と負傷を負わせられているようだが、それでもまだ暴れている。それに、それぞれの武器が武器として扱われているために、下でやり合った11代目塔主よりも単体性能は高いと見て取れた。
「砂時計と杖は言うに及ばず、銃も魔術師が使うってだけで鬱陶しい効果がありそうだ」
欠損しながらもその性能はまだ発揮している部分もある。手こずっている様子が見え、しかしと禍神・空悟は、島に着いてから使い倒している兵装を握り直した。
「……マジで便利だなこの兵装」
正面に張られて魔術的な効果を防いでいく霊的防護に、堪らず呟きつつ、これからも頼る事になるだろうと信頼を浮かべる。
そうして、銃弾や魔弾、砂の飛び交う危険地帯へと飛び込んで、最優先目標を定めた。
「一先ずは、8代目だ!」
せっかちだというそれは、話の通り他よりも素早く動いている。それに、仲違いする他二体にじれったさを覚えてサポートをするようなそぶりを見せていて、間違いなくこの場においての司令塔であるのは分かった。
真っ先に打ち殺してやるのは、せっかちの本望だろうと、内心で語り掛けながら接近する。
「せっかちな性格、砂時計で常に時間を計っていた、そして自身の時間操作の可能性。星詠みの情報から考えるにチャージが必要な技の時間短縮って感じか……と思ってたけど、あんまそんな素振りはなさそうだな」
√能力に似たような力を相手が使えれば、相性のよさそうなものはいくらでも浮かんだ。けど単純な加速移動だとか、時間制御のバラマキだとかは、想定よりも下回った挙動。それに武器破壊で弱体化している分、随分と手ごたえは失われていたようだった。
とはいえ、どっちにしろ乱発されればこちらが不利となるのは道理。ならばやることは決まっているだろう。
「さっさと討ち殺す……!」
割れたガラスの中に残された砂。それで悪さをするというのなら、その予備動作も読んで叩き潰す。禍神・空悟はどう猛な笑みを浮かべて相手の最悪となるように迫った。
持ち前の走力で一気に距離を縮める。しかし、加速を行う分、速度は向こうの方が上だ。逃げ回る巨体。それなら広範囲をまとめて焼き払ってしまえばいいと、√能力【|舞星《マイホシ》】を発動する。
「黒炎がお前を逃がさないぜ……!」
身に纏ったあらゆるものを焼却する黒く燃え上がる炎によって、その体術の射程範囲を大きく広げる。更に、炎を纏った事で敵の視線からこちらの肉体の正確な動きを遮る事で、防御や回避のタイミングもずらした。
対してこちらからは、暗殺技巧で極めた視力で、下で倒した11代目にもしたように、その異形に隠された重要な器官を見抜いていく。
「お前の臓腑は、そこかっ!」
見つけた弱点へと、肥えた体を透過させた衝撃で穿つようにと、渾身の怪力を込めた一撃を叩き込もうとした。しかし、敵は素早い。弱点とは自らも知っているようですかさず守りの態勢を取った。
「いいなぁ。お前は一筋縄ではいかないってか!」
先ほどの戦い以上の手ごたえに、つい笑みがこぼれてしまう。一撃が決まらないというのなら連撃で捕まえようと、黒炎を纏った体術も交えながら、√能力【|竜討《リュウトウ》】を行使して連続で畳みかけていった。
叩き潰し、焼き尽くし、打ち殺す。怒涛に攻め続け、確実に体力を削っていく。
「さあ、お前の力を見せてみろよ? もっと自由に戦えるだろう?」
『オオッ、オッ、オオォオ————!!!』
挑発すると、応えるように異形は叫びをあげた。鍛え抜かれた体術に対応するように、その巨体は加速だけでなく時には動きを鈍らせ、攻撃に緩急をつける事でフェイントを交えていった。
戦うほどに敵の戦闘IQが高まっていく。その成長に、自分と戦うにふさわしいと禍神・空悟はひたすら戦いを楽しんだ。
二人の実力が拮抗し始めて、とその時、空気の読めない横やりが入ってくる。
「チッ、流れ弾か……」
気付かぬうちに9代目と10代目の射線上にいたらしい。あるいは仲間が誘導したのかもしれないが、戦闘狂となっている禍神・空悟に声をかける事は恐れて出来なかったのだろう。
そのせいで、振り上げた拳を横から撃ち抜かれキャンセルされ、10代目の振り抜かれる左拳を避けるしかなくなった。
そして、一瞬距離を取ったその瞬間に、別の味方が8代目塔主の相手へと名乗り出る。これほどの味方が集まっている状況だ。我先に成果を求める者は少なくなかった。
勢いが削がれ、禍神・空悟は若干の興ざめを起こす。とはいえ、ここらにいるやつらとは決着をつけておきたい。結末を見届けず先に行くのはなんとなく嫌だった。
「これはさすがに、アマランス・フューリーとそのそっくりさんの方には間に合わないかもな」
混戦している以上、どうにもここでの戦いは長引きそうだ。とりあえず引き続き戦えるよう、これまで何度も食い損ねた巨大バーガーを取り出し、√能力【|元星《ハジメホシ》】で切り分けて治癒効果を高めておく。
若干警戒しながら、バーガーを口へと運ぶ。これまで散々邪魔された。誰かに持っていかれたり、土にまみれたり、敵に横取りされたりと、まともに食べられたためしがない。
また何か起きるんじゃないかと恐る恐る口の前まで運んで。そこでいったん動きを止める。
「これは、食べていい奴か?」
何も起きなかったら起きなかったで不安になってしまう。とはいえ不幸を待つのもおかしな話。ついにふかふかなバンズへと歯を突き立てて。
むしゃりと齧り取る。肉厚なパテとソースに野菜やチーズ。それらが完璧なバランスで口の中で一つになって、お約束を求めていた思考はいつの間にか消え去っていた。
「うめぇ……!」
ようやく味わえたまともな食事は、その感想を口から零れさせる。
禍神・空悟はつい一時、戦いを忘れるほどの感動で貪りついてしまうのだった。
澄月・澪は一旦前線から退き、仲間と情報共有を交わす。
「やっぱり三人同時に相手取るのは厳しいね……!」
確実に敵は消耗しているはずなのに中々決めきれない。そんな状況にほんの少しの弱音を漏らすと、深雪・モルゲンシュテルンが、励ますように告げた。
「ですが、数ならこちらも負けていません。決して無理な戦いではないでしょう」
それに久瀬・八雲も同意して、再び気力を充填させた。
「後顧の憂いを断つためにも脅威はきっちりぶっ飛ばしましょう!」
それぞれの残体力に武器の耐久などを報告し合い、敵の挙動についても再確認を行う。このまま最後まで戦場を維持しようと作戦を再開させた。
そのチームが共に身に着ける兵装は一貫して『CSLM(Combat System for Lethal Missions』だ。深雪・モルゲンシュテルンが作成し、それぞれのパーソナルマークを掲げたそれらは、やはりここでも活躍している。
久瀬・八雲は、羅紗の爆発から生き残った島突入前に勧誘した羅紗魔術師達に、再度作戦を伝えに向かっていた。
「皆さん、今のところ不測の事態は起きてないですかね? そのまま索敵と警戒をお願いしたいのですが、少し人数を割いて、深雪ちゃんと一緒に9代目、10代目の足止めに向かってもらえますか?」
指示を聞くと彼らは即座にチームを分けて動き出す。それを確かに見届けてから、久瀬・八雲も8代目塔主の対処へと戻った。
「お待たせしました、澪ちゃん!」
「ううん。それじゃあ一緒に戦おう八雲さん!」
先に一人で砂時計を押しとどめていた澄月・澪と合流し、二人は早速連携を取り始める。仲間達が他の二体の異形を受け持ってくれているため意識する必要はそれほどなさそうだ。
「気を付けるべきは、加速に、まき散らす砂ですね」
「うん。あまり踏み込み過ぎないよう気を付けようっ」
澄月・澪の√能力【|ハムスターレギオン《ハムスターレギオン》】によって、常に周囲の警戒は行っている。どれだけ優位であっても油断は禁物だと常に最悪を想定して動いていた。
安全が確認されている間に、久瀬・八雲は√能力【|煤火《バイカ》】を発動して、己の身体能力を強化し8代目塔主へと接近する。
「一気に追い立てます!」
刀印を結んで行使されるのは√能力【|義憤の焔《ギフンノホノオ》】。群れ成す護霊を召喚して、素早く動く8代目塔主へとの融合を指示した。
行動力低下したところへと、斬撃を見舞おうとしたところで、巨体が震えだす。
『——オオォオオオ、ッオオ、オ』
突然、不思議な挙動を取って、それと同時、その身体に融合されたはずの護霊が弾き出された。自分自身の時間を巻き戻したのだ。しかしそれは長時間の使用が不可能なのか、砂時計を戻すことまでは出来ないでいる。
そして、巻き戻しによる意識の混濁が起きていて、異形はしばし動きを止めていた。それなら狙い時だと、二人は一斉に攻め入る。
「もうのんびりと傾けさせないよ!」
澄月・澪の√能力【|魔剣執行・剣嵐《マケンシッコウ・ケンラン》】は、一撃の威力は弱い。しかし手数が多い分、その忘却効果を何度も重ねがけすることが出来た。
連続攻撃故に照準は定まりにくかったが、巨体由来の胴体は当てやすい。そうして遅延行為を繰り返し敵の立ち止まりを延長させて、相棒の攻撃のサポートとした。
「ここで完全に壊します!」
入れ替わるように久瀬・八雲が霊剣を振り上げる。燃え上がる刀身を、砕けたガラスへと叩き込む。残った砂を焼却して、猶予ある効果を失わせようとした。
度重なる戦いで減少した砂は、煤となって更に減っていく。するとその危機を感じ取ってか、動きを止めていた巨体が反発するように暴れ出した。
『オオォオオ——!!!??』
訳も分からずに巨大な腕を振り回す。倍以上もの背丈からのそれは、単純ながら全てを薙ぎ払うようで、しかし久瀬・八雲は持ち前の技術でその場に留まり、防御を張りながらもどうしても受けてしまったダメージは、√能力【|猛火《モウカ》】によって回復させた。
柄の打突と蹴り、浄化の焔を織り交ぜ攻め手を休めないよう畳みかけていく。当然ずっと彼女の手番が続くわけはない。しかし綻びが生まれた瞬間に、澄月・澪が代わって飛び出した。
「今度は私が受け止めるよ」
巨腕の振り回しを、魔剣オブリビオンで受け止め対処する。肉弾戦は想定済みだ。
忘却の力だけに頼ることなく、敵の攻撃を√能力【|魔剣執行・忘掌《マケンシッコウ・ボウショウ》】で打ち消し受け流して、避けきれなかった傷には即座に√能力【忘れようとする力】で癒して、決して前線からは離れない。
「やっぱり思考速度も上がってるのかな……? ちょっと忘却の効きが悪い気がするかも!」
故に右掌の力を積極的に使って、その動きにラグを引き起こし隙を作っていく。そうして決定的な間が生まれた瞬間、アイコンタクトを受け取った。
そして、澄月・澪は度重ねたその斬撃を振るう。
「あなたは忘れてるだろうけど――これで、300!」
数秒間の記憶を滅する刃。その最後の一太刀を浴びた異形の塔主は、眼前の少女の後ろにもう一人が構えていた事を忘れてしまった。
直後、久瀬・八雲が√能力【|崩山《ホウザン》】を発動する。
「その一切を——灼き斬る!」
赤熱の金砕棒で気絶攻撃をぶち込んで、よろめきによる行動阻害を試みる。そして、立て続けに煤の剣を振るって一気呵成に攻め立てた。
『オ、オオオッ……!』
8代目塔主の声は徐々に小さくなっていく。このまま押し切ってしまおうと、二人は攻撃を絶やさない。
8代目の象徴である砂時計ももうほとんど原型をとどめなくなっていて、残された砂も残りわずか。あと一回でもまき散らしてしまえば空っぽになるだろう。
だからこそその最後を引き出そうとして立ち回り、しかしそれは呑みこまれた。
『オッ、オッ、オッオッ!』
8代目塔主がその大きな口で自らの左腕にかみついた。バリボリと砕けた砂時計を喰らって、そして残された砂をその体内へと取り込んでいく。
ごくんと喉が鳴ったその瞬間、その巨体は更なる敏捷性を得た。それと同時、巨体が崩壊を始めるように外側から砂と化していって。
「最終形態って、感じですかね? もう向こうにも手はなさそうです」
「ここをしのぎ切れば、何とかなる気がするね!」
目で追えない素早さを手に入れた敵へと、久瀬・八雲と澄月・澪は、むしろこちらに利がある状況だと強がるように言って見せた。
深雪・モルゲンシュテルンは、多くの羅紗魔術師たちと共に9代目塔主と10代目塔主の対処に出向いていた。
「かなりの数が羅紗の爆発で減ったと聞かされましたが、こんなにも残っていたのですね」
一緒に戦ってくれているそれらは久瀬・八雲が勧誘した彼らは、自由奔放に見えて意外と指示通りに動いている。全てが無事だったと言う訳ではないようだが、けれど十分な数がそこにはいた。
敵が複数であるこの戦場において、数が多いのはそれだけで頼りになる。かなり個性の強い集団ではあったが、邪険にする事なく深雪・モルゲンシュテルンは共闘した。
「異形と化し、険悪な相手と共闘を強いられる結末は、彼らにとっても本意ではないでしょうが……状況を利用できるなら、そうするまでです」
これまでの√能力者たちに度々その不仲を利用されて、二体の異形は終始喧嘩を続けている。互いの傷は、それぞれに与えられたものが大半を占めていた。
故にその作戦はどこまでも有効だと判断して、引き続き不仲を引き起こす。
「階下のオルガノン・セラフィムが覚醒する可能性もあり得ますか」
未だ何が起きるかは分からない。ないとは思いながら最悪を想定して不測の増援にも注意しながら敵と相対し、連携の瓦解に同士討ちを狙った。
「アナイアレイターモジュール展開。|『従霊』《フュルギャ》各機、システムオールグリーン」
主武装として√能力【|殲滅兵装形態《アナイアレイターモジュール》】を使用する。形態変形を行い、六連装思念誘導砲|『従霊』《フュルギャ》を呼び出した。
6基の|『従霊』《フュルギャ》による多方向レーザー射撃を放ち、フェイントと本命を織り交ぜて敵の意識をかく乱させる。時折巨体の影に|『従霊』《フュルギャ》を浮遊させて射撃し、9代目、10代目が互いに対立相手から攻撃が飛んできたように見せた。
武器を壊され、遠距離攻撃の機会が減っていた異形たちは、次第にその距離を近付けて肉弾戦を始める。出鱈目な殴り合いは激しく、時折その衝撃で、異形たちの破片が流れ弾として飛んできた。
それを深雪・モルゲンシュテルンは√能力で増大させた空間把握能力で回避しながら、次の手へと移る。
「向精神擲弾を使用します。爆破範囲から待避してください」
一緒に戦っていた羅紗魔術師達へとアナウンスを行ってから、√能力【|向精神擲弾《サイコアクティブ・グレネード》】を行使。疑心暗鬼を引き起こす爆弾をぶつかる塔主たちの頭上で炸裂させてより対立を煽った。
個性的な羅紗魔術師だが、意外にも話は聞く。アナウンスですぐに飛び退り、広範囲の爆発に巻き込まれた者はなかった。
「皆さん、このままどんどん削りましょう」
羅紗魔術師達に呼びかけながら、二体の塔主の殴り合いを外野から攻撃を加えていく。熾烈な攻勢の中で戦場に留まり続けるためにも√能力【|戦術機動攻撃《タクティカルマニューバ》】による反撃の準備も整えておきながら、『対WZマルチライフル』で的確に異形の体へと傷をつけていく。
「……口腔内を狙いたい所ですが、向き合っていて狙えませんね」
その異形の核と思える口内の老人。そこへとダメージを蓄積したいと思うが、二体が取っ組み合っているせいでその弱点は照準に合わせられない。それならとりあえずは武器をより損耗させるべきだろうと傷つけさせていく。
「勝者を決する要素は個の力だけではありません。だからこそ……人類は過酷な道を進み続けてきました」
協力してくれる羅紗魔術師達に、ここまで一緒に来た√能力者の仲間達。当然、【雪月雲鳥】としてチームを組んだ皆もいたからこそ、ここまで戦いを推し進められている。
大勢に感謝を浮かべながら、よき結末へ導こうと更に進んだ。
銃弾が、杖を砕き、銃身を折る。二体の武器はもうほとんど使い物にならなくなっていて。
とその時だった。
『オォオオオオオ——!?!?』『オオォオオオオ——!?!?』
二体が共鳴し合ったように似た雄たけびを上げ、そのむき出しの牙を、欠損した互いの武器へと突き立てた。
一見、同士討ちの延長だ。ついに共食いまで始めるのかと多くの者たちが様子を見ていると、それはついにその体を噛み砕く。
バリボリと、二重に重なる租借音。銃口を杖先を、銃身を杖の柄を、そして肩へと迫って首まで至り、二体は互いを喰らい続けた。それはある時ふと止まって、そしてその異形が姿を変えていく。
食らった武器と同じように。9代目の胴体は銃身へと、10代目の胴体は魔法の杖へと。
そして重なった二つの首が一つとなって。
『『オォオオオオオ——ッ!!!!!!』』
声が完全に重なる。一体となればもう不仲を引き起こすなどない。絶えず攻撃を繰り返していた外野へと、その合成異形は飛び込んで。
「くっ……指向性妨害電磁波、照射開始!」
突然の事態に深雪・モルゲンシュテルンは、一瞬戸惑いながらもすかさず√能力【|妨害電磁波放出《ジャミング・パルス》】を発した。視界内の全対象を麻痺させる。
しかし巨体は、一つの視界では収まらない。何よりもそれは、一体であり、二体であった。
深雪・モルゲンシュテルンが見つめる逆側の|胴体《銃身》が、銃弾をばら撒く。片方が麻痺しているために体は動かないながらも、それは魔力も纏って本来の射撃ではありえない軌道で戦場中を混乱に陥れた。
その弾丸は深雪・モルゲンシュテルンへとも迫って、咄嗟に√能力による効果で跳躍し宙を駆ける。それでも追ってくる弾丸にはエネルギーバリアでどうにか受け止めた。
「数は減りましたが、脅威度は上がったようにも感じます……」
巨体が重なり、挙動は遅い。しかし、壊したはずの武器がほとんど完全復活、いや互いの性能を併せ持って強化されている。
最終段階へと至った敵に固唾を飲んだ。それは、羅紗魔術師達も同様で、変形した敵に怯えたような声を上げている。
「9代目と10代目が合体した……つまりは19代目塔主ってわけか!?」
「計算するな馬鹿が」
けれどここで押し切れば戦いは終わりだと誰もが実感した。故に、足を止める者はいなかった。
シンシア・ウォーカーはまだ見通せない先に備えて、余力を残しながらの省エネ戦法で戦っている。不幸が起きて深みに落ちてしまわないよう、兵装『お守り(カレー味)』も身につけながら。
「3体まとめて相打ち狙い! と思っていましたが、随分と状況が変わりましたね……」
3体の異形の塔主が立ちはだかる戦場。星詠みから情報を聞いた当初は、不仲の9代目と10代目を煽って同士討ちを誘い、8代目も巻き込んで混沌を作り出そうとしていたが、少し到着が遅れている内にそこは、既にカオスじみた状況となっていた。
9代目と10代目が仲違いが行き過ぎて互いを喰らい合い、一つとなってその力を解放しては銃弾と魔弾をばら撒いている。重なり合ったことで俊敏性は落ちてくれてはいるものの、攻撃の威力は格段に上がっていた。
そして8代目も、√能力者たちから執拗に砂時計を狙われ壊された果てに、自らその砂を取り込んでしまったのだ。そうして自身の身体の時を自由自在に操り始めており、高速移動だけでなく巻き戻しによる無茶な回避を行って、怒れまで以上の自由度で遊ぶように戦場を書駆けまわっている。ただしこちらの力は時間制限付きのようで、体が徐々に砂のように崩れていっていた。
新たな力を得た3体、いや2体の全く変わった挙動に、善戦していた√能力者たちも手こずらされている。
積極的に前へと出ていた仲間達との情報交換を入念に行いながら、シンシア・ウォーカーはクラゲ型の雑用インビジブルを呼んで方針を考えていた。
「8代目は体が崩壊していっていますし自己回復は出来ないようですが、崩壊を待って立ち回るよりも早々に決着をつけたほうがいい気がしますね。10代目9代目は、魔力を乗せた銃弾で、無茶な軌道に連射も可能にしていますか。動きが遅いと思って近付いたら、ハチの巣にされてしまいそうです」
9代目は魔術に反応するという情報もあったが、今も同様なのかは分からない。とはいえ、危険な可能性があるというのなら、魔術をダメージソースとした戦法は控えるべきだろう。
とにかく、敵の情報を集める事が優先だと、シンシア・ウォーカーはその身に、ウェアラブルカメラを装着し、戦いが終わった後に映像から敵の戦術を分析しようとした。
そうして前に出る。
「10代目の銃を固定しているのはインビジブルでしたね。今の状態でもインビジブル制御が効くでしょうか」
通常状態なら、多少インビジブルを弄る事は出来ていたという報告はある。何よりも銃と杖、合体した塔主の武器となる部分をどうにかすべきだろうと肉薄した。
その両手に鋼鉄の手袋を二重に嵌めて、拳を握る。
「前衛淑女します!」
見た目にそぐわない単細胞行動に、雑用インビジブルが「こいつマジかよ」的視線を送ってくるが、シンシア・ウォーカーは気にすることなく突き進んだ。呆れるそのインビジブルには、不意打ち警戒も兼ねて戦況を俯瞰する葉念話で仕事を与えてやる。
それから√能力【|月下の前奏曲《ムーンリットプレリュード》】を発動し、身体強化を行って霊力やオーラによる防御で迫る銃魔弾から身を守りつつ、防ぎきれなかった分は根性で耐える。
更なる速度を手に入れようと√能力【|半透明の一人旅《トランスルーセント・トリップ》】を発動しようとして、しかしその直前で、魔弾の数が一気に増した。
「そんな状態でも反応しますか!」
決して、魔術に反応するという特性を忘れていたわけではない。確かめるためだ。結果的にそのレンズにはハッキリと、元の特性が引き継がれていることが捉えられた。
しかし困ったことに、その特性を生かして9代目だけを誘き寄せようと思っても、くっついているのだから無理だった。不仲ももう誘えず、8代目へとフレンドリーファイアを狙うことも難しい。
かといってこのまま引き下がるには、まだ引き出せた情報の数が足りない。
「もう少し、あなた方のことを教えて貰えないと私帰れませんよっ!」
慎重にと決めていたはずが、つい踏み込んでしまう。けれどここで下がれば、余計な攻撃を受けてしまうだろうと腹をくくって拳を叩きこんだ。
反撃が向かってくる。その動作は単調。なら避けやすい。敵の巨体を大きく回り込んで、反撃の銃魔弾が空を貫いている隙に、10代目の腕に触れてインビジブルを操り弱体化を試みた。
「……現代兵器はこれだからダメ、そうですよね9代目さん!?」
しかし、大した成果は出せない。すると当然その隙を見逃さず杖が向けられ、それに対してシンシア・ウォーカーは味方をアピールするように叫ぶが、聞く耳を持ってくれるわけもなかった。
杖が向けられ魔力が籠り。けれどその瞬間にもシンシア・ウォーカーは好機を見出す。攻撃が放たれるその直前に、√能力【|マニュアルは血で出来ている《クリムゾンレッド・メモリア》】を発動する。
「一緒に手を組んで、こんな奴やっつけちゃいましょう!」
彼女自身は魔術と言い張る体術で、こちらに向けられていた杖の照準をさっと10代目の銃にすげ替えた。そして放たれる瞬間に自らも祈りの力を注いで、本来以上の威力を叩き出す。
『オォオオオオオオ——!?』
大きな爆発を銃身が襲い、右半身だけが悲痛な叫びを上げた。巨大なダメージに次弾装填は遅れ、その成果に上出来だとシンシア・ウォーカーがガッツポーズを握ろうとしたところで、手を添えていた杖が大きく振り払われた。
「うわわっ!?」
9代目塔主——左半身は、合体していながらもダメージを共有した様子もなく、しれっと共闘を主張していた敵を吹き飛ばす。勢い止まらず壁に叩きつけられたシンシア・ウォーカーは、ゆっくりとその体を持ち上げた。
「……やっぱりあれは魔術と言う事でしたか」
吹き飛ばされたのは単純に接触されたための反応だったが、彼女は自身の力を魔術と信じているためにそう理由を書き換える。
そんな少し抜けた発言をしながらも、その体にはかなり深い傷が刻まれていた。痛みを耐えて気付かなかったが、肉薄している間に相応の攻撃を受けていたのだ。これ以上の戦いは厳しいかと判断し、死霊を呼び出して傷口に癒着させて処置した後、√能力【|"Be a lady."《ビー・ア・レディ》】によって回復を行う。
一息ついたことで思い出したようにくらっと来る。大きく息を吐いて、体が動くことを確かめた。幸いに、異形の塔主たちとの戦いは仲間が引き継いでくれている。
「……さて、私はこれくらいにしておいたほうがいいでしょう」
無理は禁物。死を覚悟しているとはいえ死ぬ気はないと、√能力【インビジブルダイブ】を使ってインビジブルと位置を入れ替え、戦場から抜け出した。
「√能力者は私一人ではないですからね?」
接近戦で得たカメラ映像はその場に残る仲間達へと託して、シンシア・ウォーカーは自分の命を繋ぎとめる事を優先するのだった。
黒後家蜘蛛・やつでは苛立たしさを覚えていた。
「王劍、力を求めての殺し合い、騙し合い、その中に組み込まれた一手だとしても、その死にきっとやつでの友人は悲しむのです」
塔にやってくるまでの間に、羅紗の爆発や自分たちの身代わりによって多くの魔術師達が命を散らしてしまった。彼女自身がはぐれていたところを導いてやった魔術師も同様に、救ってやることが出来なかったのだ。
噛みついてやりたいと、蜘蛛としての衝動に駆られる。この感情が狩猟者としての本能なのか、それとも人間特有のものなのかは、まだ知らないことの多い黒後家蜘蛛・やつでには分からなかった。
ただ今は、この衝動に従おうと決める。胸の内をこうまで波立てた元凶に一泡吹かせるため、覚悟を抱いた。
落ち着いて、心臓に触れる寒みを忘れないように。
そうして彼女は、協力を呼びかけられていたチームへと合流するのだった。
「8代目撃破を最優先としよう」
ヴォルフガング・ローゼンクロイツは、集まった二人へと目標を伝える。
「はいそれが良いでしょう。あちらは他のチームが対応してくれそうです」
同意するサティー・リドナーは、9代目と10代目へと向かっている集団を見ながら頷いた。
「情報共有は欠かさないようにしましょう!」
続けて黒後家蜘蛛・やつでがそう言うと、それぞれの情報端末を接続していく。逐一の連絡を可能にしてから三人は、戦場をかき乱す8代目塔主討伐へと向かっていった。
サティー・リドナーは、兵装『決死戦専用WZ|『天元突破』《スペラーレ・リミテム・カエレステム》』に搭乗しながら、√能力【|操線蜘蛛糸《マリオネットスパイダー》】によって味方への強化を行う。
「きっと、ここで彼らを倒す事で、頂上に待つ存在にも影響を与える事が出来るはずです」
並行して起こっている戦いで立ちはだかる敵は、どれも王劍の力を有していると星詠みは語っていた。あるいは倒さずに彼らを素通りしてしまう事も可能だったのかもしれないが、ここで決着をつける事こそが、この先に待っているだろう結末に関係するはずだと見出す。
故に覚悟して挑む。自分たちで打ち倒すつもりで敵を観察した。
砂時計の砂を取り込み、自由に自身の時を操って縦横無尽に動き回る8代目塔主。その身は時間経過とともに崩れていっていて、しかしその分速度は増していく。
√能力で強化した反応速度で捉えつつ、弱点であろう口内の顔を狙うことにした。
まずはその俊敏性を抑え込むために、√能力【|暴風雷撃竜巻《メイルサンダーシュトローム》】によって広範囲に攻撃を仕掛ける。一つ二つは避けられようとも、300と重なれば隙間すらない。巻き起こす旋風竜巻で、8代目塔主の周囲を囲むようにして動きを阻害し、止まったその隙めがけてWZで突進をかけた。
『——!?』
それでも8代目塔主は反応する。自らの危険を察知して、その身が削られるとしてもこちらの方がマシだと強引に竜巻の中を突っ切ろうとして、しかしその瞬間、足に蜘蛛の糸が絡んだ。
「逃がしはしないのです!」
黒後家蜘蛛・やつでの√能力【|見えない蜘蛛の糸を引く《ウェブ・スイング》】によって、不可視の蜘蛛の糸が伸びていた。いくつにも束ねられたそれは強靭で、更には瓦礫やつぶてまで結んで、もがき抜けようとする巨体を削りながらダメージを与えていく。
そうして8代目塔主の気が逸れている間に、サティー・リドナーの搭乗するWZは懐へと。確実に敵を攻撃射程内へと捉え、√能力【|全力回転槌《フルスイングブレイク》】を放った。
『オォオオオオオ——ッ!?』
WZに装備された巨大錬金鎚が、既に崩れかかっていた異形の腕に最終宣告を告げる。肩のあたりから完全に粉々となって、その威力の反動でWZの腕部も砕けた。しかしもう一度振るう余力は残っている。
今度こそ、初めに狙いを定めた弱点——口内の老人へと叩き込もうとして。
しかし放たれた巨大錬金鎚は、粉々になったはずの異形の腕が再生して受け止めた。
ただしそれは、巻き戻しによる一時的なもの。
瞬間的な時間経過で、衝撃を受けた傍から崩れていく。とはいえ割ってはいただけでも、兵装を犠牲にした一撃をやわらげた。その隙に口を閉じ、顔を逸らして、弱点への一撃は免れる。
対して攻めは続かない。
「もう、腕は使えませんか……!」
サティー・リドナーは咄嗟にWZを操り後退した。直後、折れたWZの腕が、8代目塔主が繰り出す攻撃に巻き込まれて持っていかれる。折れていたおかげでその部分だけが外れ、サティー・リドナー自身には被害は及ばなかった。
攻撃の手段が減り、どうしても一旦下がらざるを得ない。けれど彼女達はチームだった。
入れ替わるようにして、同様の兵装に搭乗したヴォルフガング・ローゼンクロイツが、前へと出る。
「この時の為に『天元突破』を開発した。【覚悟】を力に変え【限界突破】してでも勝利をもぎ取る為にな! 俺に応えろ! 【リミッター解除】!」
その兵装は、彼自身が開発した物だった。故にその特性を十二分に理解し、誰よりも最適に力を引き出すことが出来る。
己の覚悟を捧げてそのリミッターを解除する。たちまちそれは、他の者たちでは扱いきれないパワーを発揮して、それに合わせて自らの√能力【|薔薇十字大秘儀《ローゼンクロイツ・アルス・マグナ》】も発動し、最後まで戦いきれるようその兵装の耐久力を向上させた。
ついでに異形の塔主の思考も読み取って、敵の行動指針を分析しこちらの作戦にも組み込んでいく。
「王としての責任……塔を守る……」
彼等自身の意識はないようで、もっと大きな力に操られているようだった。そう理解を進めていると、大きな力を放出したWZの波動を感じ取ったのか、8代目塔主が崩れ行く体に無理を言わせて迫る。
先ほどのサティー・リドナーの攻撃によってその体はまた一段と小さくなっていた。その分、速度は更に増していて。
ヴォルフガング・ローゼンクロイツは、敵の素早さにも答えてやろうと、兵装の真価をより発揮させる。
「来い! |『太陽狼』《ソルヴァルグ》!!」
日頃から愛用している魔導バイクを思念操作によって呼び出して、そして自身が乗るWZへとぶつけた。搭乗席にまで響く衝撃。それが合図となって、二つの機体は途端に分解されていく。
魔術で浮かび上がるパーツは宙で並べ替えられ元の姿を忘れ、新たな形を目指して組み替えられていった。
そうして、一つとなる。
その間も絶えず車輪は回り、8代目塔主を置き去りにしていた。
「土壇場の合体にしてはいい出来だ。あとで名前も考えておかないとな」
WZとバイクの合体。多様な武装を備えた上で、足は車輪。攻守にスピードも兼ね備えた無敵形態。
ヴォルフガング・ローゼンクロイツは気の早い事に戦いが終わった後を考え始めていて、けれど決して今を忘れてるわけではなかった。
バイクに元々搭載されていた魔導機関銃を操り、敵の行動を誘導するように制圧射撃を行って、更にWZの腕をそれぞれに操って精霊拳銃|『赤雷』《レッドスプライト》での麻痺属性の弾丸を放ちながら、近づかれれば魔導機巧錬成剣|『終極淵源』《アゾット》を振り回して距離を稼いだ。
魔導機巧大盾|『天狼護星』《ズィーリリオス》も、バイクとWZの合体の際に組み合わせており、遠距離攻撃は自立して防いでくれている。事前に錬成影装|『変幻暗夜』《ヴァルプルギス》を纏わせサイズアップしていたそれらの武装は、完璧なまでに【決死戦専用WZ『天元突破』&魔導戦闘バイク『『太陽狼』』】とマッチしていた。
しかし当然、こちらが策を尽くせば、敵も合わせてくる。
『オッ、オオォオオオ———!!!!』
8代目塔主は突然追いかけるのをやめて足を止め、雄たけびを上げた。
一体何をするつもりだと眉根を寄せたその瞬間、車輪の回転が急に止まる。後輪が大きく跳ね上がってバランスを崩したその瞬間に、前輪の下で爆発が起こった。
「っ!? 崩れていた体か!?」
ヴォルフガング・ローゼンクロイツは大きく揺さぶられるWZ内ですぐに察する。車輪が踏んでいたのは、8代目塔主が時間経過とともに崩壊させていたその異形の残滓だったのだ。
それはまさに、その異形がずっと扱っていた砂のようになっていて、一度きりの力を行使した。車輪が触れた瞬間に時を止め、そして溜めに溜めた分を爆発させるように加速させて、車体を吹き飛ばしたのだ。
それは周囲でも起こり、まるで地雷のように被害を広げていく。
『オッ、オオォオオオ———!!!!』
8代塔主の叫び声がトリガーとなっているようで、声が響く度に√能力者たちが悲鳴を上げて言っていて。
ならばもう出し惜しみをしている暇はないと、ヴォルフガング・ローゼンクロイツは√能力【|万物溶化空間《アルカヘスト・アエテル》】を発動する。敵の力を無効化させる万物溶化空間を砂の数に負けじとばら撒いて、爆発を事前に防いでいった。
ただしその間に隙が出来てしまう。だからこそ名前を呼ぶ。
「やつで!」
「任せてください!」
事前に示し合わせていた通りに、仲間が飛び出した。
黒後家蜘蛛・やつでは、兵装『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』を8代目塔主の逃げ場を奪うように放ち、鍛え抜かれただまし討ちの技術をもって、√能力【|引っかけていた蜘蛛の糸《ギロチン》】を8代目塔主の背後から繰り出す。
「ここで決めます! 逃げさせません!」
どれほどの素早さを身に着けた所で、意識の外からの攻撃には反応できない。既に崩れかかっている両足を、潜ませていた蜘蛛の糸によって、切断した。
『オオッ!?』
異形が倒れる。地面に打ち付けられたその衝撃でまた体が崩れ、立て直すにも腕を失っているために時間がかかる。
「私も続きます!」
そしてサティー・リドナーも、WZをけしかけた。半壊してもう使えないそれを特攻させる。自ら操縦席から飛び出し、AI任せで倒れる敵へと組み付かせた。
8代目塔主は、これまでの重なるダメージと時間経過によって、もうそのWZよりも小さな体躯となっている。自身よりも大きなものに覆い被されれば、またも地に伏せるしかない。
『オッ、オオッ、オォオオッ!』
慌てたようにもがく敵。
お膳立てされたこの好機を、ヴォルフガング・ローゼンクロイツが逃すはずもない。
「切り札を見せてやる。これが俺の最大火力だ!」
√能力【|魔導賦活器創造《アルカーナー・アクティファートーア・シェプフング》】によって射程内の攻撃全てを必中へと押しやり、続けざま√能力【|赫霆狂乱《ローター・ブリッツ・ラゼライ》】で魔導飛翔砲|『赤雷薔薇』《ローゼドナー》を100基召喚する。
ズラッと並ぶ砲台。その数だけ本来は命中率が下がるが、直前の√能力によってそのデメリットは打ち消された。更には味方達の足止めによって、今は機動力も不要。
ここで照準を違えることなどありえない状況だった。
『オオッ!! オオォオオオ——!!!』
8代目塔主は慌てて雄たけびを上げ、砂の爆発を引き起こそうとするがその周囲は未だに、力を無効化されている。故にむしろ自らその弱点を晒す間抜けを犯した。
そうして、致死量の砲撃が、身動き取れない8代目塔主へと集中する。
———!!!!!!
『オ———
最後の最期でその身に内包する砂を爆発させて道連れにしようとして、しかしそれをも呑みこんで砲撃が焼き尽くした。声は掻き消え、砂はより細かなチリへとなれ果てていく。
砲撃が止んだ頃、そこにいた敵はもう跡形もなくなっていた。何の反応もなくなったと確実に反応してから、一息つく。
「やるべき事を、成したな」
ヴォルフガング・ローゼンクロイツがWZから降りると、他の二人も嬉しそうに駆け寄った。
「お疲れ様ですっ」
「やりましたね!」
サティー・リドナーも黒後家蜘蛛・やつでも無事だった。三人は大きな怪我もなく、笑みを見せあっている。
「あとは任せて撤退しようか。けれど他にも気にかかる事は多い。最後まで油断しないようにな」
「やつではもう少し手伝いに向かおうと思います!」
気力余らせている黒後家蜘蛛・やつでは、未だ戦いの続く異形の塔主へのサポートへと向かった。残った二人は、これ以上はむしろ邪魔になるだろうと判断して周囲の警戒を続ける。
「天使化撲滅悲願までもう少しですね。理想未来に犠牲者を生ませないためにも私たちももう少し頑張りましょう」
「そうだな。何が起きるかは分からない。最悪の排除ぐらいはしておこうか」
そう言い合って、二人も最後までその戦場を守ることにするのだった。
砂を焼き尽くした熱波は彼らの元まで届いていた。その朗報に背中を押され、勢いを取り戻す。
「8代目塔主が倒されました! このまま9代目10代目の合体個体を倒せれば、このフロアは攻略です!」
見下・七三子の言葉に、共闘している5人が振り向く。
「それじゃあ負けてられないな! 俺たちで決めてやろう!」
二階堂・利家は味方の活躍に対抗心を燃やして口角を上げ。
「ええ…こちらの戦力もあまり残っていません。ここで…押し切りましょう…!」
ディラン・ヴァルフリートは余力を計りながらも、その瞳は希望を見つめ。
「ワタシ達だけでも、決して勝てない相手ではありません」
機神・鴉鉄が仲間達を信頼して確信を告げ。
「だよね? このままラストアタック貰っちゃおう!」
第四世代型・ルーシーが明るく言って不安を忘れさせ。
「まだ戦いは続きそうだし、さっさと終わらせようか」
ゾーイ・コールドムーンは、難局ではないと既に先のことを考えていた。
そうして6人は、残った敵へと向かっていく。
機神・鴉鉄は、チーム各員のサポートに徹していた。
√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】によって味方達に命中率と反応速度を上昇させるワイヤーを接続。続けて√能力【|星火降りて原野灰燼に帰す《メテオディザスター》】を発動し、発射する徹甲炸裂焼夷弾の焼夷剤に使われる新物質のエネルギーを、戦闘力強化のために味方達へと降り注がせる。
皆の動きがよくなっているのを確認してから、後方に位置取り前衛の支援を絶え間なく行った。
兵装『群竜銃』を用いてのレーザー射撃に加え、自前の武器による射撃も重ねる。接近戦を強制されると思われていた8代目塔主はもういない。故にどっしりと構え、後方射撃に集中できていた。
とはいえ、9代目と10代目の不仲を誘う作戦も今は効果を発揮してくれない。その二体が一つとなってしまっているために、自ら自身を攻撃するようなことはまずなかった。
とりあえず出来る事は火力を集める事。合体個体はほとんどその場から動かない。しかしどれだけ攻撃を集中させても反撃が凄まじい。銃弾と魔弾。単純に一体が二種類を使うようになったのではなく、それぞれの特性を取り込んで、より強力な弾丸を周囲に無数にばら撒いていた。
後方で立ち止まっていても、それは届いてしまう。時折、立ち位置を移動しながらの攻撃を行わなくてはならず、同様に回避行動で動き回る味方に当てないよう、照準を定めなければならなかった。
それでも、何度も一緒に戦った者たちの動きなら簡単に理解出来る。息を合わせるのはそう難しい事でもない。
「治療が必要ならすぐに言ってください」
負傷したメンバーには√能力【|平和を作る兵器《ピースメーカー》】を施し回復させ、機神・鴉鉄の支えがその戦線を維持し続けていた。
見下・七三子はより前線に立ちながらの支援に従事する。
「とりあえず、安全第一。同行していた魔術師さんたちもいなくなっちゃいましたし、全員で生きて突破できるよう、冷静に状況を見て動きましょう」
仲間達が窮地に陥ってしまわないよう、隙が生まれるたびに割って入ってカバーをし、時間を稼いでいった。
「私はしがない下っ端戦闘員なので! 主役達に輝いていただく方向で!」
回復のために下がった仲間に代わって、敵の照準を引き付ける。√能力【|牽制射撃《チカヅカナイデ》】によって煙幕属性の弾丸を放ち、味方の隠密性を上げてヘイトを下げさせた。
銃口が向けられるとすかさず、√能力【|ヒット&アウェイ《ワタシカヨワイノデ》】を発動して弾丸を避け、鉄板入革靴でその銃身を横から蹴りつける。次弾が逸れて天井に埋まり、それならばと構えられた魔法の杖からは闇を纏って狙いを外させた。
「やること多くて頭パンクしそうと思ってましたが、数が減った分、だいぶ楽になりましたね!」
当初は3体同時を相手取らないと身構えていたが、今はもう実質1体だ。それならお得意の肉弾戦を叩き込めばいいだろうと考えるのをやめて肉薄する。
1体でも巨大だったものが二つ合わさっている故、得意のプロレス技も効果の薄いものが多い。それでも自前の俊敏性は敵を翻弄するのに十分だった。
無茶はしない。たくさん交わした約束を思い返しながら、敵の挙動を集中して観察する。幸いにも仲間がいるのだから、危険な時は助けてくれた。
皆と声を掛け合いながら、足りない分を補って連携を取っていく。
「やはり、純粋な物理攻撃は不意を突きやすいですね!」
魔術に精通しているという9代目塔主の情報からその隙を見つけては、見下・七三子は得意の蹴りを叩きこんでいった。
第四世代型・ルーシーは√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】を発動して、既に繋がるワイヤーを更に重ねる。そして√能力【|限界駆動《リミットブレイク》】によって搭乗する愛機『量産型WZブッタ』を高速戦闘モードへと変形させ、いつまでも立ちはだかり道の邪魔をする敵へと突撃した。
「私たちは塔の頂にいかなきゃいけないから、さすがにそろそろそ倒させてもらうよ!」
常に周囲には『"WZ"レーザードローン』を漂わせ、不意打ちを警戒して情報収集と情報共有を行う。接近戦で攻める味方の動きに合わせて、『”WZ"4連装ミサイルランチャー』と『”WZ”サブマシンガン』による射撃で援護をしていった。
敵に回避するまでの機動力はない。複数人での畳みかけによって標的をばらけさせ、損耗を最小限に抑えながら味方が攻撃しやすい隙を作れるよう、確実に圧力をかけていく。
「仲悪い同士の協力だし、やっぱり上手くいってないんじゃないっ?」
9代目と10代目が合体した異形は、確かにその二つ分の特性を手に入れ攻撃力は増しているが、避けられないというのは対集団相手には致命的だ。手を取り合ったように見えて、その実、足を引っ張っているようにも取れると、第四世代型・ルーシーは明るく、揶揄するように告げる。
「とにかく他の人の安全のためにも、その銃と杖は破壊させてもらうから!」
警戒すべきはその武器だと割り切って、思い切って踏み込んだ。それと同時に自分が張っていた弾幕を味方が代替わりしてくれて、その支援を背に、√能力【|一閃《イッセン》】を発動する。
ドローンから届いた味方からの合図を受け取り、連射する10代目の銃へと操縦するWZのパルスブレードを閃かせた。
「まだまだぁ!」
そして、もう一回分の余力があると、今度は杖をパルスブレードで切り裂く。
『『オォオオッ!?』』
それぞれの武器にまとわりつくインビジブルが刃を受け止めようとしてしかし、全て押しのけられる。銃身と杖が傷付いて、その瞬間に放とうとしていた弾丸が内側で爆発した。
けれどまだだ。その爆発をむしろ利用して、接近していた第四世代型・ルーシーを巻き添わせようとし、
「わわっ!?」
その直前で、繋がれていたワイヤーが強引に引っ張られて、彼女は後方へと下げられる。避けきれなかった爆風のダメージは、すぐに機神・鴉鉄の手で治癒されるのだった。
WZの故障と共に引き下がった味方と入れ替わるようにしてゾーイ・コールドムーンが前線を受けもつ。
「あまり知性が高くないことを祈りたいけど……」
とはいえ王劍の力を扱っている敵だ。警戒を怠っては虚を突かれるだけだと注意して挑む。
彼が重点対象として定めたのは銃の方だった。
第四世代型・ルーシーの一撃によってその銃身には傷が入り、性能も落ちている。今ならより大きなダメージを与えられるだろうと狙っていた。
√能力【|纏霊呪刃《ゴーストドライブ》】を使用する。強力な死霊を纏い、敵の射撃をも避けられる速度を得て、更には『呪詛の刃』を手にする。兵装『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』も合わせて、その刃の呪い成分をより高めておいた。
そして間を置かず、√能力【|召喚古代魔術「邪眼」《サモニングマジック・バスカニア》】も発動する。召喚した邪眼の使い魔を常に敵の動きを360度把握できるように配置し、視界を共有して攻撃の予兆を読み取ろうとした。当然味方との情報も共有を行い、逆に味方からの情報提供も得てより敵の挙動を分析していく。
『オオッ!』
魔術に敏感な合体個体の片割れである9代目塔主は、当然召喚魔術に反応した。真っ先に監視として配置された使い魔を打ち落とそうとして、しかしダメージを負った杖はその弾数を減らしている。一度では処理しきれず、二撃目、三撃目と行動回数を無駄に消費していった。
そのおかげでゾーイ・コールドムーン自身への注意が明らかに薄くなっている。そう判断してすかさず懐へと潜って、攻撃を加える。
「その肉塊を削ぎ落そうか」
銃を固定するインビジブルに、呪詛の刃を走らせた。傷口から呪いを注ぎ込み、銃身を揺らがせる。杖の方が使い魔の対処を終えてこちらへ反撃をしてくるが、既に離脱の準備は整えてあった。
「置き土産だよ」
√能力【|遍在性災厄《アムニプレザント・ディザスター》】を行使し、その場に溢れるインビジブルの一つと立ち位置を入れ替える。その瞬間、異形の傍に現れたインビジブルが、√能力の力で呪詛を孕んだ次元歪曲状態となって、更なる呪詛を付与させた。
『オッ、オオッ、オォオッ?』
体に入り込み呪いに訳が分からなくなっている異形。その隙を逃さず杖の方にも、ゾーイ・コールドムーンは呪詛の刃を閃かせるのだった。
ディラン・ヴァルフリートは味方からのバフを受け取りながら、敵へと相対する。
√能力【|魔刻:変成昇華《ロア・オルタナティブ》】によって、死に対する保険を張っておきながら、√能力【|錬刻:無窮なる闘術《ロア・アウェイクニング》】を発動して、碧炎を『錬気竜勁』へと集中させて敵の隙を見抜く力を獲得する。
「この場に残る固まった戦力は…僕たちのみ。ここで確実に決めます…!」
続く仲間達がいないことを意識して、彼は決着を求めた。
√能力によって空気と同化し風属性を特化させる。その身を気体と変えて回避しやすくし、念には念を入れて兵装『お守り(カレー味)』の霊的防護も展開して積極的に前へと出た。
遍く物質・非物質・概念さえ斬り滅ぼし得るポテンシャルを秘めた大剣『至斬傑牙』を振るって邪魔な攻撃を切り払い、見出した隙へと目指す。
「ついでです。記憶を…抽出させてもらいます」
ここで倒すことは確定事項。そして先に繋げるためにも、より情報を得ようと√能力【|拾刻:倣織ノ纏《ロア・スペルクロス》】を発動した。
異形の体に触れ、その記憶を霧へと写し取り記録媒体として開発した独自規格の羅紗へと落とし込む。魔術としての特性を削った分、9代目塔主にも過剰な反応をされずに成し遂げた。
「細かな分析は…戦いが終わった後にしましょう」
情報の刻まれた羅紗を一旦しまい、後で味方達と情報分析をしようと決めて戦いの決着に集中する。武器を切り替えながら間合いを調整しつつ、次の味方が攻める好機を探っていった。
「最優先は…仲間たちの生存ですが…ここでの撤退は後に響くでしょう」
塔に踏み込んだ当初浮かべていた作戦は、今は釣り合わないだろう訂正する。一部、味方にも負傷が出ているのを確認しながらも、怪力で戦線を維持し続けた。
そして最後のメンバーへと託される。
二階堂・利家は、仲間達の後押しを受けて飛び出した。
「どいつもこいつも遠距離主体だけど、羅紗魔術師の総本山なら当たり前だったか!?」
その利点を潰してやろうと接近戦へと持ち込み、ここでの撃破を確実に狙う。
超重量型のヘビーライフル『ブローバック・ブラスター・ライフル』を乱れ撃ち、敵の意識をかく乱。弾幕を突き抜ける銃弾魔弾はシールドで完璧なタイミングで防ぎ、傷を負ってもすぐに√能力【忘れようとする力】で戦いを継続させていく。
「技術の継承は代を重ねる毎に洗練されていくか、周回遅れの遺物になる。こいつ等にも人望は有ったんだろうが。19世紀初頭に西欧で端を発した伝統主義と、列強の海外進出が世界中で紛争の引き金を引いた19世紀末の帝国主義に影響を受けたんだろう」
√能力【アシュラベルセルク】によって、合成個体の操る魔力を纏う銃弾を複製して、その罪を分からせるように容赦なく叩きこんでいった。
二階堂・利家の怒りは、人を殺す道具を扱う10代目塔主へと向けられている。
「戦争戦争戦争戦争! 魔術結社を政治的な殺し合いの道具に堕したってんなら、こいつ程俗で血腥い|塔主《Ⅹ》も居らんだろ? 当然|先代《Ⅸ》との関係は悪化したか?」
ダッシュで切り込んだ勢いを乗せたまま大剣を振り上げ、それに対応しようと反撃の挙動。弾丸が発射されるその寸前で、融合装甲を爆破でアーマーパージ。敵の視界を眩ませた。
そして、隙を晒す巨体へと√能力【屠竜宣誓撃】が叩き込まれる。
「時代の亡霊! とっとと成仏して消えやがれ!!」
特定の条件を満たした一振りが、本来以上の力を引き出した。
『『オッ、オォオオオオオオッ————!!!!???』』
満身創痍の体は咄嗟に争い合った武器を交わして刃を受け止めようとして、しかし止められない。銃身を、杖の柄を、そして二つ重なった異形の体を、刃が一刀両断した。
————!!!!
床をも叩き割る斬撃。それは、互いに食らい合う二体の異形の顎を砕き割って、そしてその中に潜む老人をもまとめて潰した。
二つに分かれた巨体がズシンと倒れ、それっきり。
もう立ち上がることはなく、歪な鳴き声も発さない。それからすぐに、その巨体は解けるようにして消えていった。
「……終わった、な」
二階堂・利家がそう零した直後に、仲間達が駆け寄ってくる。
「やりましたね! さすがです!」
「これでようやく…僕たちも先へ行けますね…」
「やはり、ワタシ達なら勝てる相手でした」
「ラストアタック達成だね!」
「想定通り、さくっと終わらせられたねー」
見下・七三子が舞い上がり、ディラン・ヴァルフリートがホッと一息つき、機神・鴉鉄はこの結果を疑っていなかったと頷いて、第四世代型・ルーシーが明るく喜び、ゾーイ・コールドムーンは余力を残せたアピールをした。
止めの一撃を与えた二階堂・利家は、皆の言葉に同意し、これまでの連携に感謝を伝える。
「みんながいてくれたおかげだよ。けどまだ戦いは終わってない。次へ急ごう」
と、邪魔のいなくなった上階への階段へと向かおうとしたところで、ディラン・ヴァルフリートが一行の足を止めさせた。
「…ちょっと待って下さい。先ほどの戦いで異形の塔主から得た記憶を分析したいのですが…協力して頂けませんか?」
彼は、異形の塔主との戦いの最中に手に入れていた独自規格の羅紗を取り出す。そこには、塔主が怪物化した要因となる記憶が記されていて、その情報を皆と共有した。
「おれも戦いが終わったら情報を探そうかと思ってたから、丁度いいね」
ゾーイ・コールドムーンも余裕があれば探索をするつもりだったらしく、仲間からの資料提供に乗り気を見せる。そうして6人は、塔主の記憶が刻まれた羅紗を囲んで覗き込んだ。
「…何者かに操られているというような情報は他の方々から得ていましたが…彼らはその相手を13代目塔主と認識しているようですね」
「現塔主の意向に従っている、と言う風に取れますが、王劍で無理矢理操られている、と言う訳ではないみたいです。歴代塔主たちの意志は一つになっている、のでしょうか」
「王としての資格が不十分、っていうのが、怪物化した理由? 上の7代目とかは生前のままの姿だって言うし、何か羅紗の魔術塔の塔主として、あるいは単に王として本来必要な要素があるのかな? それが、8、9、10、11代目には足りてなかったって感じかな」
「島民……インビジブルによって、あの力を得てるか。にしても記憶を見るに、そこまで10代目と9代目が仲悪いようには見えないけど、これってもしかして、島民たちが勝手に抱いていた印象だったんじゃないか?」
「仲が良かったと言う訳ではないみたいだけど、周囲の評価で尾ひれがついたみたいに取れるな。纏っていたインビジブルもその人格に影響を与えているのかもしれない」
それぞれが情報を読み込んで意見を出し合う。そうして全員が刻まれた内容を頭に叩き込んでから、情報提供であるディラン・ヴァルフリートが考えられる推測を語った。
「…きっとこの先には歴代塔主が待ち受けるでしょう。それらは同様に王劍の力を…インビジブルの力を得ているはずです。それも…閉鎖的なこの島に漂う者たち。もしかすると…元々の塔主としての人格が真っ当であっても、|インビジブル《島民》の影響を受けて話を聞いてくれない状況になるかもしれませんね」
つまりは、話し合う場もなくただ戦うしかない状況になると。それに、これより先の塔主たちは、偉業を語り継がれるほどの人物たちで、それを崇拝する|インビジブル《島民》はより多いはずだ。
「上の7代目塔主の言動も、あるいは語り継がれて周囲が抱いたイメージなのかもしれないな」
「そして王として、この塔を守るために立ちはだかる、というわけですか」
推測と共有されている情報を照らし合わせて二階堂・利家と機神・鴉鉄が納得して。
「王様、か。ダモクレスの剣は、玉座に座る事の重みを伝えるような逸話だったけれど、もしかしたら王として相応しい姿を見せつけようとしてるかもね」
「それは、次の王に、ということでしょうか」
第四世代型・ルーシーと見下・七三子が、ふと想像を飛躍させて不確定な推測へと深めていく。
「まあ、とりあえず進めば分かることだよ。それに7代目との戦いも終わってないしね」
最後に、確実性のない事を考えてもきりがないとゾーイ・コールドムーンが区切って先を示した。
まだ戦いが待っているというのなら、立ち止まっている場合ではない。
6人もまた、先を急ぐのだった。
●
頂きに座すその者は、王たちの消失を感じ取る。
「このままじゃあ、ここまでたどり着かれてしまいそうだな」
その場にいるのは一人きりだった。けれど、その呟きは誰かに語り掛けるようで。
その者の頭上には、剣があった。
「まあ、オレは当代の意志を全うするだけだ」
玉座の上に吊るされる剣。座る者の首を落とさんと刃をぶら下げていて。
そしてその剣を冠するように、光の環が宙に浮かんでいる。
「それが、後に託した者の責任だからな」
首に刃が向けられながらも、その者は玉座を下りない。
民で溢れる島を見下ろす視線は、いつまでも過去を懐かしんでいるようだった。
——続く。