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黒い砂塵
●箒に跨る必要もなし
ええ、ええ、あの娘が――可哀想な、あの娘が――私様を解放してから、どれくらいの時が経ったのでしょうかぁ。私様としては、如何にも、退屈で退屈で、仕方がありませんのでぇ、少しくらいは享楽と謂うものを、味わってあげても良い頃合いでしょぉ。そうですねぇ。この|汎神解剖機関《√》で遊ぶのも悪くはないのですがぁ。偶には、楽園の方にも、足を運んだって罰は当たらないですよねぇ……?
√EDEN――この世界が楽園と呼ばれる所以は、インビジブルの『量』にある。加えて、この世界の人間は力というものを有しておらず、されるが儘に、喰われるしかない。それを阻止する為に√能力者がいるのだが――如何やら、今回の相手は一筋縄ではいかない様子だ。と、謂うよりも、風が吹いているだけである。風が吹いたなら、簒奪者が儲かるのだろうか。いいや、そんな事はないだろう。そんな事はないのだが、嫌な予感と呼ばれる『もの』は蠢くかの如くにやってくる沙汰なのだ。
●吹き荒ぶ呪文のように
「君達ぃ……√EDENで事件が『起こる』と見えたのだが、少し問題があってねぇ。まあ、いつもの如くに情報が足りないだけなのだが」
その、いつものが致命的なのだと君達は叫びたくなった。暗明・一五六の星詠みは毎回毎回『こう』であり、愈々、辟易としてくる具合だ。それに、彼の星詠みが『失敗』したなら、それこそ|世界《●●》の致命になりかねない。
「君達には『事件が起こる』と思われる場所で『気付いていると悟られないよう』待機してもらいたい。場所はプラネタリウムさ。星辰が揃ってくれたなら、個人的には嬉しいのだがねぇ。まあ、警戒しながら楽しんでくると良いさ。アッハッハ」
「そうそう。君達、風には十分注意するんだぜ? 眠たくなるのか、苦しくなるのか、それは君達の動き次第さ。そういうわけで、頑張ってくれ給え」
これまでのお話
第1章 日常 『宙色プラネタリウム』

眩暈がするほどの感冒なのか、倒れそうなほどの眠気なのか、不明な儘、坐している人々は囚われていた。見上げれば――天蓋を仰げば――様々に、旋回を続けている偽りの星々。人々の中に紛れていた君達も、さて、似たような状態に陥っている事であろうか。或いは、それらに影響されず、只、患っている|演技《ふり》を仕掛けるのみ。
兎も角、君達は『何かが起こる』まで一般人と同じような有り様だ。これを楽しめるのか否かは個人によるのだが、嗚呼、たとえ滅茶苦茶であろうとも、綺麗である事に違いはない。刹那の内の揃いとやらに――手を伸ばしてみるのも悪くはない。
夜の闇の獣の声か、暗闇に潜む蟲の音か、
――黒い砂塵の誘いか。
パジャマの代わりとして纏った宇宙、ゆらゆらと運ばれた先で何を見たのか。
黒い砂塵を無用とするなら、オマエ、如何か熟睡できますよう。
ぷちりと――ぶちゅりと――枕元に転がっていた何かしら、悲鳴を上げる暇もなく潰されたのなら、それは星々にとっての幸運である。もしも、潰されず、枕元から離れてしまったら、寝坊助の腕から逃れる事に成功してしまったら、さて、幾つがお終いにされてしまうのか。戸締りをする必要などないと、大きな鴉の輪郭に怯える所以はないと、唯々、囁くかの如くに。星の輝きと夜の畏れは――矛盾を孕んでいるかのようで、似たような沙汰か。ふみゅ……天体観測とはまた違った楽しみ方が、遊び方が、できそうなプラネタリウム、ですか……。普段であれば、それこそ、見上げている間に過ぎてしまう。通常であれば、嗚呼、手を伸ばしている合間に失せてしまう。そのような『もの』ですけど……これは……? 人が人のフリをするのも難しいのだ。人ではないものが人のフリをするなど、至難を極めている。それでも尚、仕方なくと、ふらふらと歩むサマは――風に乗るかの如くに。
すぴぃ……すぴぃ……。意識が半分ほど掻っ攫われたところでやってくる、万が一。ぼすん、と、誰かとぶつかったのか。軽度の衝撃が身体を揺らした。……ふぁ……わざとじゃないのです……もう、ねむくて、ねむくて……その……ごめんなさいです。謝罪をした瞬間、ふと、思い出す己の体躯。100cmほどのオコサマみたいなものだから、成程、他人目線では『影』に等しい。しかも、場所が場所だ。暗くて、綺麗で、息苦しい。
取り敢えず、適当な席に身を預けたなら、贋物とやらを仰いでやる。仰いだのであれば、オマエ、|護霊《カダス》とやらが騒ぎ始めた。これなら、その、楽しんでいる|演技《●●》をする必要も……ないのかも、しれないです。遠くに存在していた枕とやらが落っこちてきた。そのような幻想に――重なるかのような、怪奇。
感覚を掴むなんて勿体ない。このまま、浮遊を愉しむべきだ。
浮遊して、旋回して、ひとつの渦として――。
書物を紐解くかのような――広大無辺を味わい尽くすべきだ。
乗っ取られたのかと疑うほどに、憑かれているのだと嗤ってしまう。
望むが儘に――望まれるが儘に――まるで、融け込むかのような想いで、身体を動かした。身体を動かしたところで、精神を擲ったところで、それが自動的に塞がるのであれば余計な辛苦か。ボロボロと砕けるかの如くに、ポロポロと崩れるかの如くに、寿命を迎えた星めいて反芻する眩暈――僕は……以前から……。何を映していたのだろうか。何を写していたのだろうか。旋回する星々の軌跡とやらを集めて――呆然と、その美しさに、自失をする。本物の星も好きですが……こう謂う、不思議な世界も……変わりゆく世界も、好きな筈です。本物だろうと贋物だろうと、その輝きは絶対的だ。たとえ、宴が終を得たとしても、網膜に在るのだから、絶対的だ。……偽物の僕が、何を……謂って……。沈むしかない。嗚呼、沈めるしかない。まるで、押し黙っている翅のない蟲の如くに――囁く闇もない。
ナレーションが――実に、機械的な、或いは、魔術師的な言の葉が――不可視の怪物が如くに、脳内へと染み込んでくる。耳を傾けて、それで、いったい自分が何を見ているのかの把握に勤しむ。僕は……ある程度しか、星は詳しくないから。こうやって、偽物でも、贋物だからこそ、知識を得られる機会は凄く……? 歓喜は別の感情を運び込んで、するりと、違和感なく招き入れた。これは、恐怖なのだろうか。恐怖にしては随分と静かなものだが、兎も角、普通に愉しんでしまう罠――。
……きれい……っ……僕も、ああ、なれたら……な……っ……。
黒い砂塵にでも晒されたのか、揃わぬ星辰に囚われたのか、
彼方、見えますのは――|※※※《ノイズ》――で、ございます。
暗殺と洒落込むには上等な暗闇、されど、ターゲットが見当たらなければ、解せなければ、文句のひとつも唱えたくなるか。いや、唱えられているのはおそらく子守唄で、その歌詞とやらに耳朶を――脳髄を、傾けなければならない。
傾ける必要などない。自慢話とetcは幸せよりも軽いのだ。
足取りが軽いのであれば果報は寝て待て、実際に、落ちるつもりはないのだが。
散りばめられた星の群れを、狂いに狂った星の輝きを、スパイスとして認識したのは何者か。物々しい雰囲気をぶち破るかの如くに、騒々しいナレーションを拭い取るかの如くに、人間災厄たるオマエは席を選ぶ。あらぁ、何もかもがめちゃくちゃ。なぁにぃ……? それって、面白いねぇ。破滅が破滅たる所以、墜落が墜落たる所以、それこそ、過程なのではないか。道筋こそを重視するオマエにとって――この混沌は途轍もなく『愉しそうな』夜空と思えた。まぁ、普通の星空もとくに“何も”詠んじゃいないんだけど、これじゃあ、詠むのも見るのもめちゃくちゃだねぇ。ぐちゃぐちゃとした、ごちゃごちゃとした、何処の星座なのかも、何処の宇宙なのかも、わからぬ星辰。これを精神性としたならば、嗚呼、胎児を抱えた末路が如く――まぁ、それが良くってきてるんだけどぉ! 化け物らしい双眸を晒して天蓋を仰ぐ。仰いだ先で閃いたのは……さて、蠍によく似た何かしらか。
黒っぽい花の乾燥か、乾燥している場所からの贈り物か。
異変が『ない』のか、異常が『ある』のか、弄るかのように数分。不意に瞼が重たくなった。重たくなると同時に揺らぐ星空。星々が蠢いているのではなく、成程、己の眼球が勝手をしているのだ。……まぁ、ひとまずは大人しく楽しむといたしますか。伸ばした右掌が何かを掴む。掴むと同時に|サラサラ《●●●●》とこぼれて、消える。妖精の悪戯にしては随分と手が込んでいた。はてさて、次はなにで楽しませてくれるのぉ?
小さな、小さな、箱庭こそが、己の宇宙なのだとしたら、如何してそれを拡げる必要があったのか。全ては、何もかもは大切な人の為の遂行であり、妥協する事は二人にとっての停滞とも考えられた。兎も角、事件が起きるだろう『こと』に変わりはない。たとえ場所が楽園であったとしても――害が降ってくる可能性、微塵でもあれば拭わなければならない。プラネタリウム……初めてカモ……。正直に言ってしまえば、心の底から楽しみなのだと『弟』は笑う。造り物の星空なら、吸い込まれることも、何か降ってくることもない……よね? 脳裡に粘ついていたのは『対処不能』な悪夢。されど悪夢は夢なのだから、とっくに醒めているのだから、怖さの欠片すらもない。此処でようやく|音《ブザー》が響いた。ナレーションが賑やかしをやってくれたので、ああ、知らなかったとしても、問題ない。
ひとつ、ひとつ、星が流れて、消えていく。眼球の隅っこに溶けていった輝きの数々はまるで魔性のようであった。わァ……綺麗。本物じゃないからこそ、綺麗、なのかも。からからと、ころころと、もくもくとイメージしてみせた『兄』の姿。兄ちゃんも好きかな、こういうの……仕事じゃなかったら、危険じゃなかったら、一緒に来たかったなぁ。たとえ過保護だと謂われようとも、たとえ執着していると引かれようとも、この覚悟とやらは本物だ。それに、たこすけは、見てもわかんないだろうし――? 背中から生えた触腕、弄るように、帽子のように、頭の上を。ウワ、やめて、頭ベチベチしないで……。地味に痛い。地味に痛いからこそ、余計に、異常に勘づくのが早まった。
でも――星って、こんな感じだっけ。なんだか、粒々してるし……偽物だからかな。こくんと、思考が、頭の中が眩んで、暗んで、仕方がない。たとえるならば眠気だが、叩かれていると謂うのに、これ如何に。なんで……眠くなって……? でも、寝ちゃったら、もったいないし……起きてないと、見てないと……。何が最も見たいのか。感想を喜んで聞いてくれる『兄ちゃん』だ。ベチベチ、ベチベチベチ、ベチベチベチベチ……掃うかの如くに。
たこすけ、やめてってば……なんだよ、もう……。
隕石にぶつかったとしても圧倒できる気概であれ。風に攫われたとしても患わない、そんな頑強さを誇ると宜しい。焔よりも、何よりも、己の吐息こそを至上とせよ。蝋燭の火のような脆弱性は――こぼれた記憶に置き去って。
振り子を追い続ける眼のように――退屈に蹂躙されないように。
寝ても覚めても似たようなものだ。何処の世界に存在していようとも、オマエはオマエであり、たとえ記憶が滅裂であろうとも、それこそ、オマエであった。こうやって、身体を何処かに委ねていると、凭れかかっていると、紅の雫をひとつ、思い出してしまうのか。尤も、その紅の色すらも――胡蝶の夢の如くなワケだが。プラネタリウムねぇ……アタシの場合、暗くても昼間と変わらないようなもんだから、あんまり楽しめないのよね。それなら、自分なりの楽しみ方を考えてみるといい。まぁ……綺麗っちゃ綺麗だけど、お腹が膨れるものでもなし、|義妹《サーシャ》の方が綺麗だし……? 綺麗な夜空を眺めて、嬉々としている|義妹《サーシャ》の顔の妄想は如何か。そうねぇ……|義妹《サーシャ》が笑顔なら、アタシ、そっちの方ばかり見るんじゃないの。流れ落ちた偽物の星のカタチ。如何にも、砂浜に隠れた海星のように思えて――滑稽であった。
妖精に導かれたのかと疑念、抱くほどの幻想。
まぁ、まったりと眺めてましょ……? ぶるり。震えたのは身体であろうか、或いは、精神であろうか。感情がマイナスの方向に傾いたのだとしたら、きっと、怪異の影響か。ちょっと空調効き過ぎてない? 風がちょっと寒いくらい、眠くなるくらい、吹いてるような……アタシは寒いのやら暑いのやらは平気だけど……? いえ、これは、空調の所為じゃなさそうね。耐性をほんの少しでも舐ってきたのだ。或いは、別の|効果《●●》の仕業か。如何やら今回の簒奪者は中々の強者らしい。上等……! 今は楽しんでいるフリだけど、次からは、フリをする必要もない。綺麗な星空よりもグロテスクな地面、睥睨するかの如く。
キメラがおどる。
熟した果実が地面に触れて、そこから、腐敗していく。穴だらけの果実はかっこうの餌であり、別の命の為の贄とされた。桃のようなさわりにやられて、目眩、この気の所為に心地の良さを求めるべきか。マイナス×マイナスはプラス、その通りだ。
枕がない事だけが不満と謂えよう。
ふかふかの毛布も用意してくれ。
何度も何度も味わってきた肉片、複雑なまでに絡み合い、ある種の鎮静と謂うものに縋ってみせた。誘われるかの如くに、導かれるかの如くに、√を跨いで来たのであれば、此処が何処なのかも即座にわかる。プラネタリウムかー……良いねっ。知ってるお星さまもあるかもっ。期待を胸に抱きつつ、感情を脳に湛えつつ、適当な席に腰かけた。腰かけたところで世界が傾斜し――視線が上へ上へと持ち上がっていく。そうして、出会ったのが不揃いな星辰。精神に及ぼす影響については、成程、鏡を覗き込むだけで把握ができた。
んに……星の海……懐かしい気がしてきた。郷愁にやられたのか、妖精の囁きに捉われたのか、先程までハッキリとしていた頭がぼんやりの域に引きずられる。そう、わたしは数多の星の海を渡り歩いていた気がする。でも……これは、徒花とすふぃあ、どっちのわたしの記憶だっけ。ぐるぐる、ぐるぐる、混ざり合う同位のアルバム。ようやく開かれたところで、ああ、と、こぼれるもの。違うね、どっちの記憶でもないかも。これは多分、もっと違うところのわたしの、器が作られる前の私の、魂の……。飛び出そうになった中身を如何にかして押さえつける。そのわたしは一体、何者なんだっけ?
と……とと、いけないいけない、これは簒奪者の罠なんだから、完全に眠っちゃダメだよっ。ぱちんと、両手で頬を叩いたなら、現実、少しの痛みがありがたく思えた。それに、わたしはわたし、今を大切にしなきゃっ。でも……。何かが起きるまで、何かが嗤うまで、このまま、星の海の中に――思いを馳せていても、罰は当たらないかな?
蝶が飛んだ。嵐が起きた。
嵐が止んだなら――居眠り運転のパレードだ。
泡沫の最中に――胡蝶の通り道に――無数の花が咲いていたのなら、それは星々の間違いである。蜜を吸おうと試みても、甘味を得ようと留まっても、本物にはありつけない惨めさか。たとえ、惨めだったとしても、慰められるような沙汰であっても、むしろ、それが味わい深いのだと星越・イサは微笑むのか。「でたらめなもの」の観測は任せてください。まるで何処かの似非シスター、熱された触手の代わりとしての干渉。未曾有に存在している己とやらに語り掛けるかの如く。実際の天体が複雑な軌道を描いているように見えて、実は、たった一つの物理法則に従って運動しているように。でたらめな星空にも、プラネタリウムにも、その背後にある道理――あるいは、それを見せているものの意図を、看破してみせましょう。究極の回答、導くが儘――鈍くなるかのような眠気、それも、一種の刺激であった。
風が吹けばなんとやら……バタフライエフェクトの、ブラックボックスの端的な表現です。これが、カオス系の初期値鋭敏性について――考察した発言かどうかは、定かではありませんが。能力者よ、確信者よ、この星空はオマエが想像しているよりも、矮小な沙汰なのではないか。……真実の一端を捉えていますね。私はいわば、風に呼ばれて現れ、風を強める桶屋の味方……それとも、グレムリンといったところでしょうか。
ふふ……少しポエミーになってしまいました。なってしまったところで降り注いだ真実。この風は如何やら、只の風ではなく、真っ黒い粒々としたものの集合体のようだ。……目に入っても痛くないどころか、瞼が重くなる……? わかりました。私、わかってしまいました。成程、これなら、グレムリンも納得です。
あ、先程のポエミーな部分は、喩えであって、
簒奪者の味方なんてしませんからね。
好きなものを好きなだけ、たいらげる。
イマジナリーフレンド、その真逆な存在がピーカブーと唱えてみせた。出たり入ったりと忙しない妖だ。此度は子供のようにあやされる立場だとようやく気付く。
葡萄のような眼球がくるくる、彼方へ此方へ、面白そうに。
少年少女の背丈について――少年少女の正体について――その苗字が示すところは何なのか。宙から落ちてきたのか、地から這い出てきたのか、それすらも曖昧なブギーマン、己の臓腑を隠すかのように腰かけた。そういえばー……あんまり、夜空をしっかり眺めた事はありませんでしたねー……。頭部を上へ上へと向けていく行為が、なんとも、獣性を孕んでいて無気味とも思えた。思えたところでふと、真っ暗い印象、頭の中で蜷局を巻いたのか。……その方が、落ち着くし……ですし……。風と共に運ばれてきたのは何者かの足跡だろうか。まるで塵芥、踏んづけたのかと疑念を抱くほどの、小さなもの。……折角なのでー。見るべきは足跡ではなく空なのだ。宙に目の玉を投げるかの如くに、何度も、何度も、嵌め込むべきか。子供の姿であるならば、子供以上の事は出来ませんしねー……。変な事が起きたなら、ブギーマンに頼ってやれ。変な時の僕が、その場合は、頑張る感じでー……?
でっぷりと膨らんでいる、ぷっくりと肥えている、星空を眺めながらも、ぼんやりをする。こうして、眺めているだけなんですかねー、夜空……夜空の星って言ったら、星座とか……そういう説明とか、あるもんじゃないんですー……? 耳朶を弄ってくるナレーションに深い意味はなさそうだ。意味がないのであれば、この文字の羅列とやらは、鈍麻させる為の仕掛けとも解せた。……この夜空の説明が、何か、別にあるんです……? ちらつく砂埃に目眩がするなんて、おかしな話だ。妖精が妖精の悪戯に引っ掛かるなんて、そんなこと。
赦される筈がない。
何処かの誰かの末路――腐れ外道の始末――その血みどろについては省いておくとする。ひとり反省会の時間だと呼吸を整えながら、ああ、我ながら「冷静ではなかった」と笑うのみ。いや、笑う事すらも出来ないほどか。その為に。……今回は、できるだけそうならないように気をつけますね。星詠みさん、いってきます。笹森・マキの敬礼を見ていた異形頭の反応や如何に。きっと、顔面が存在していたのなら、苦笑いか或いは――。
兎にも角にも送られた先、人気はそこそこな空間。薄っすらと明かりが有るのか、無いのかな静寂とやら。さてと、プラネタリウムを楽しむんだっけ。あっちの世界ならいざ知らず、こっちの世界のやつなら、怪異とか関係ないでしょ。星見るの好きだし、楽しみだな。にへにへ笑いとはなんともお上手なオノマトペ。ふかふかとした|座席《ソファ》に身を投げてから、じっと、じっと、天蓋に意識を向ける。んふふ、ワクワクするぅ~。可愛らしい反応をありがとう。可愛らしいついでに、いとおしいものを見せてくれ。
ん……んん……? なんか変だぞぉ~? 何が変なのだろうか。あの星座は知っているし、こっちの星座も知っている。それならこっちの星座も知っている筈で。はて、星座の名前は何だったのか。……この星座って、あの星座の隣にあったっけ? 答えは『ない』だ。このプラネタリウムを経営している人達はテキトウなのであろうか。違う。そうではない。強烈な嫌な予感に苛まれ――うは――言の葉を失う。マジでヤヴァ……。ヤヴァい状況なのは常の如く。これを異常と認識しているとバレた時点で台無しか。一般人のフリしないとなんだよね~……しゃーない。全力での脱力とは中々、とろぉんとしたお目目で、面構えで、ダメにするスライムにでも、呑まれたのかと思われるほどに。
あれ……なんか、風が……? 鼻腔を擽って来たのか、瞼にこびりついたのか、強烈な眠気が――脳味噌を液状にするかのような――襲い掛かる。んぇ……ふぁ……あ、ヤヴァ……よだれ垂れちゃった……。咄嗟に拭おうとしたが此処での天啓。こういう時、よだれ垂らしたままの方が一般人っぽい? なら、まあ、いっか……。
極めて自然な流れだ。何かが、瞼の上で嗤笑している。
第2章 集団戦 『砂の妖精』

黒い砂塵――|眠り粉《スリープ・パウダー》。
暗むかのような、眩むかのような『風』の元凶。
それが――|砂の妖精《ザントマン》の群れであった。
彼等は眠っている人々を袋詰めにしようとした。袋詰めにして、拉致して、如何するのかは不明だが。おそらくは、彼等の主人に訊いた方が早いだろう。主人が簒奪者なのであれば十中八九、邪悪なインビジブルにする為だろうが。
ところで。彼等の臓物は|眠り粉《スリープ・パウダー》その他の材料らしい。そう考えてみたのであれば、汎神解剖機関の人物であれば、|新物質《ニューパワー》なのかもしれないと。可能性を見出しても宜しい。
齎された終焉が――嘆くような川の|逆流《なが》れが、
問いかけたところで、斃れている。
黒と赤の混在、それを星に見立てたとしたならば、不揃いな代物の方が幾らかマシである。宙と呼ばれる宝石箱は――贋物と称される天蓋は――もしかしたら、刺激を必要としていたのかもしれない。塵芥を彷彿とさせる香辛料の波が……大きな波が、何を運んでくれるのか。あらま……なんだか、変なのでてきたねぇ。変なのだと、不可思議な奴だと、人間災厄には謂われたくない。マトモな化け物で在れば反論をしてくれるだろうか。つまり、連中は、本来、オツムがあまり宜しくないとも思えた。ここにいる人間には全く興味ないんだけど。散らばった花の|色《●》については、グロテスクさについては、最早、描写する必要もない。何せ、気取らなくとも美しいのだから――砂袋がひっくり返った。いいや、砂袋が、持ち主の脳味噌へと帰っていった。びちゃびちゃ、咲かせていく。
斃れた者に誰が声を掛けようか。血と肉と骨その他は話のネタにもってこい。
なぁに、次のボスの方が、使役している奴の方が、たのしそうなんだものぉ? なら、邪魔してあげて、滅茶苦茶にしてあげて、悔しがる姿を見た方が何倍もおもしろそうでしょ? 砂の代わりに入っていた幾つかの一般人、でろりと、座席に沈み込んだ。まぁ? 人間を材料にするってのはぁ、本当はとめたくないし、興味は尽きないんだけどぉ! スパイスの原料としても、漢方の一部と見ても、成程、捨てるところはない筈だ。でも……そうもいかないのでぇ! お仕事しましょうかぁ! もしも回収が可能なのであれば|新物質《ニューパワー》モドキも見定めてやれ。仔産みの女神も夢の中な、そういう、枕として。
内臓の色を教えてくれたら、嬉しいねェ!
白昼堂々、幻想の底、蛆のように転がっている、なんと心地の良い。
そんな変身をぼんやりと楽しめたのなら一人前か。
目の前で揺れているのは五円玉だろうか、或いは、目の上に坐しているのが妖精だろうか。瞼の裏側でごろごろと、異物感を訴えている眼球は――如何にも、こうにも、無理矢理とやらに反撥しようとしていた。ふみゅ……道具を使って、もしくは、強制的に、眠りを齎す存在、ですか……。似た者同士だ。似た者同士で在るが故の、同族で在るが故の、価値観の違い。それが齎すものは成程、見ての通りの敵愾心か。いや、この場合、敵愾心を発揮しているのは砂の妖精の方であった。僕にとって眠るというのは、夢を見る為のもの……。薬や、道具を使わずに、催眠術で以て、与えるものなのです……。他人から見たのであれば、他者が聞いたのであれば、何方も同じではないかと、笑ってくれるのかもしれない。ですが……僕は幸せな夢を見せる為に、眠らせるだけ……。永遠に眠りたいと願うかは、永久に夢の中に居たいと思うかは、その人次第……起きない悪夢になりそうな、あなた達の行動は、看過できません……。仮に、看過できたとしても簒奪者の駒だ。簒奪者の思い通りになど、怪物の思惑通りになど、嗚呼、誰がそれを赦せるのだろうか。黒い砂塵に籠められている呪い諸共、尖塔の上へと持ち帰ってやれ。
カダス、力を貸してください……。
鍵は要らない。鍵がなくとも、精神が若い儘なので在れば、するりと這入り込める。たとえ、眠っていたとしても、いいえ、眠っているからこそ、僕の能力であれば、指示くらいは……。漂ってきた眠りの粉を、流れてきた砂粒を、地形としたならばあとは容易い。連中が生命力に溢れているのかは定かではないが、それでも、吸い尽くして終えば問題なく。夢の大海に沈むといいです……この場合は、闇色なのでしょうが……すぴー……。
提灯を割る必要はない。
いっそ、何もかもを、意識を、只の『将』として置く事が出来たのならオマエは幸せだったのかもしれない。ある種の情念に乗っ取られたのか、ある種の妄執に誘われたのか、絡みつく蛇のような眠気は――まったく――記憶にないものである。……睡眠? それとも……催眠、で……しょうか? 僕も、眠りはしますが……喪失はしたり、しますが……あれって……? 気付かれた、そう思った|砂の妖精《ザントマン》どもの大慌て。急いて袋詰めを試みたものだから、嗚呼、一般人の数名が頭隠して尻隠さず。……不味い……やつ、ですよね? 砂の妖精どもは運搬の術を心得ていないらしい。はみ出た儘で、足をこぼした儘で、新たな獲物である――四之宮・榴に眼窩をやった。……き、気合を入れて、参りましょう……っ……! 展開された|半身《レギオン》の行く先は数多、ひとつひとつを酔わずに操作可能だなんて。そろそろ、理性の器として伸び始めたのか。
兎にも角にも、疎らに操作をしてやれば妖精さん、少しは侮ってくれるだろうか。砂袋を振り回しながら奇声をあげる連中は、如何やら、小娘を『粉の材料』としか認めていない。……これは……好機、なのかも、しれません。僕は……何が何でも、この先を、見なければいけないので……? 見なければならない? さっきまで盲目だったクセに? 何処かから聞こえてくる嗤笑とやら、それが、支障の種にならないのであれば今は無視して宜しい。……殴ろうとしてのですから……殺そうと、しているのですから……やり返されても、文句は、謂えない筈です。漆黒! 砂を殴打しているかのような感覚だが、着実にダメージは与えられている。こぼれた破片は捕食者に回収してもらえば良い。
再生など――粘土細工など――肉がなければ無様なものだ。
折角、固まっていると謂うのに。わざわざ、黒焦げになりたいのか。
ようやくオマエの危険性を悟ったのか。数体が距離を取ろうと躍起になった。逃げたところで、背中を見せたところで、致命的。オマエが投擲したタロットの絵柄は――いや、最早、描写する所以もないだろう。……黒い、砂……だけでは、ないです、ね……?
水面下、広がっている、未曾有の闇色。
砂浜――転がっていた壺の代わりとして、オマエ、可愛い、可愛い弟をやってくれ。抱擁されたり、撫でられたり、兄の前では成程、枕よりも枕をすべきか。兄の腕の中、蹲って、今日あった様々な事柄を、塗りたくるかの如くに、口にする。依存性を彷彿とさせる「あたたかい」イメージに――これが『夢』なのだと、現実、蛸神様が叩きつける。ハッ……す、砂……? ウワ、砂ついてる……!! 朦朧としていた意識が痛みによって引き戻され、口腔、じゃりじゃりとした食感に不快を得る。うぅ……気持ち悪い……たこすけ、はらって、はらって!!! ぺっぺ、と、唾液と共に吐き出したところで元凶とのご対面だ。ご対面をしながらも、ああ、蛸神様に対しての「ありがたみ」を噛み締める。あ、もしかして、さっきからはらってくれてた……? それなら、エット……あ、アリガト……でも、せめて、ぺちぺちにして……。重たかった瞼を、目の玉を、いっぱいに開いてやる。飛び込んできたのは砂の妖精と――席について、熟睡している人々の危機か。ヒッ……人が、眠ってる人が……連れていかれちゃう……。まるでハーメルンの笛吹き、老若男女問わずとは、節操無しめ。
たこすけ……なんとかして。みんなを取り返してッ……! 砂浜に打ち上げられるよりも海底にいたい。蛸神様からの文句が、ベチベチを加速させていく。イタッ……砂がイヤなのは、エエット……我慢、して。それなら、あとで美味しいものをいっぱい寄こせ。いつもの贄では物足りない。もっと美味しいものを所望する。チョコレートをたくさん貰ったって、それは|お姉さん《ファン》からの『何かしら』だ。八手の家の者がやらねばならない。
砂袋など――ブラック・ジャックなど――神の腕と比べれば、天と地、月と鼈であった。手数勝負を試みたところで、嗚呼、蛸の腕の数は幾つだった。最早、蹂躙だ。未知を、道を拓いていく威容とやらに、妖精どもは目を回すか。……簒奪者って、人を攫って何をするんだろう。イヤ……目的とか、関係ない……よね。プラネタリウムを楽しめる人達。宙に憧れを抱いている人達。きっと、兄ちゃんみたいに、いい人たちだから――みんな無事に、お家に帰ってほしい。砂のように斃れている妖精のひとつ、その眼窩、まさしく暗黒だ。
造り物でも、空って怖い。
インスタント感覚で召喚されているのだ。
時間稼ぎくらいにしか、数分ほどの邪魔蟲くらいにしか、思われない。
頭蓋骨の中身、脳味噌の代わりとして、柔らかい物でも湛えているのか。マトモな思考回路を持たない連中は陶酔している何者かの|命令《●●》くらいにしか従えない。仮に、従えたのだとしても、難しい沙汰については遂行できないだろう。眠らせて、拉致する。この二つだけでも頭痛を訴えるほどなのだ。……これまた奇妙奇天烈なのがやってきたわね。寒かったり熱かったりするのは、如何にも、砂漠らしいけど……そんな事より、頭どうなってんのかしら。じろじろと、ちらちらと、|砂の妖精《ザントマン》どもの頭部を観ていく。被り物被ってる感じ……? それとも、その、うねうねしたとこも頭だったり……? まあ、どっちにせよ、イカれたピエロかしら。自分達が『莫迦にされている』とでも思い込んだのか、連中、一斉に|眠りの粉《スリープ・パウダー》を散らかした。おっと、アタシ、寝たい時に寝る性質だから、強制的に眠らされるのは|お断り《ノーサンキュー》だわ。黒い砂塵を起こしたのはオマエ、その羽ばたきの仕業であった。
眠気など――微睡みなど――物理的に、徹底的に、殺してやるのが正解だ。たとえ相手が善意でやっていたとしても、迷惑千万なのであれば、仕留める以外に術がない。これに耐えられたら、少しくらい見直してあげるわ。まあ、アンタ達がこれに耐えられるなんて、万に一つもないけれど……! 砂袋での一撃に合わせての|反撃《カウンター》、さらりとこぼれたのか、どろりと溢れたのか、その何方にしたとしても、|連撃《じごく》からは抜けられない。なによ、一撃で終わりなんて弱っちいわね。まあいいわ、次のサンドバッグは|アンタ《●●●》で決定よ。吹き飛ばしても、踏みつけても、切断しても、引き千切っても、燃やし尽くしても――まったく、脆弱なのだから、残念な妖精どもであった。
……これじゃ、アンタ達の主人にも、期待できそうにないわね。
黙って使わせてやれば良い。沈黙は金なのだ。
眼球を痛めてくるのでもなく、鼻腔を擽ってくるのでもなく、瞼を重くしてくるとは、流石は妖精の悪戯と謂ったところか。召喚者の意図している通りに、簒奪者の悪巧みに従って、転々と、夢の底へと落ちていく一般人に対してのノック音か。んに、早速何か起こったみたいだねっ。妖精の悪戯にしては……怪異の悪戯にしては、統制がとれ過ぎているけど、でも。そんな事より、施設内を砂まみれにするのは良くないと思うなっ。常識的なお叱りではないか。常人めいた指摘ではないか。美しく、そしてグロテスクな心身だと謂うのに――この美的センスは綺麗な花の|満開《それ》である。
兎にも角にも、相手は簒奪者の|道具《どれい》である。話し合いをする余地など最初からなく、得物を取り出さなければ逆に喰われてしまう現実か。こんなちっちゃい的に中てるなんて、結構、難しいけど……きっとわたしなら、問題ないよ。|魔銃弓《ラストネメシス》を構えたのか、構えていないのか。敵視点では刹那の出来事。わかった頃には絶えている。仲間がやられたのを見た数体が激情と共に――塵芥を――ダストボムを仕掛けてきた。遠距離攻撃を続けていたら、対策してくるよね。でも、わたしの心は鉄みたいに硬いんだよ。もちろん、吸い込むわけではない。可能な限りは避けるつもりだったのだが、一部、肺臓へと這入り込んだ。……う……? 発症したのは何であろうか。凶暴化であれば、成程、いつものオマエと変わりないが――それ以外であったならば、如何に。
跳躍した。何が跳躍した。オマエの精神状態か――もしくは、空間そのものを、か。んに、どうやら、わたし、当たりを引いたらしいよ。でも、正直に生きるなんて、他の人には見せられないねっ。居合一閃――取り敢えず、一匹をお片付けする事には成功した。これじゃ物足りないよ。でも、簒奪者との闘いがあるから……潰すなら、左目くらいが、丁度いいかなっ♪ ぐちゃ。視界の半分ほどを犠牲にし別の妖精、光のような錆にしてやれ。この砂、不眠とかで眠れない人の為に使えないかな?
原材料が原材料、怪異のモノに抵抗が無ければ……だけどっ。
問答無用で敵とされ、ケダモノに罵られた人似なキミ。
幾つかの試練を乗り越えて尚、死体の如くに横たわるのか。
犬用ジャーキーにしては随分と柔らかいが、その塩気は如何に。
立て看板の襤褸具合に――何処かへと続く矢印に――不快感を覚えるかの如く、吹きかけられた。眠気だけに飽き足らず夢の奥底、父親か母親にご挨拶がしたいのだと、妖精は不遜をするのか。ザントマンー……成程、ザントマンー……サンドマンと呼んだ方が、貴方達は馴染みがありますー……? ザントマンでも、サンドマンでも、どっちでも構いませんかー……? 伸びていく。何が、延びていく。まるで、時間を伸縮自在だと、表現したいのか。ブギーマンはお顔をそのままに。まさかザントマンとはー……|同業者《同類》さんじゃないですかー……こんなところで、プラネタリウムで、何やってるんですかー……わざわざ、眠らせて連れ去るなんて、殆ど昼だと謂うのに、必要なんて……? 口にしたところで、説明を求めたところで、ソレはソレなのだ。怪異は怪異で、獣妖は獣妖――まさか、三大欲求の類を咎める術など誰にもない。あぁ、いや、これは『俺』は出張っちゃむしろいけねぇのかもしれねぇな、めんどくせぇ。不意に、がらりと、正体とやらを晒されたのかと不満げに。不可視を可視にされたのかと疑うほど、不快げに。仕方ねぇ、そんならその|教訓《逸話》捻じ曲げに行くか。寝ない子は誰なのか。それこそ、連中自身とせよ。
最後の最後でフィジカルだ。神秘のクソもないらしい。
目玉を抉れ。
鱗粉を彷彿とさせる黒の到来、それを無下にするかの如く、頭部以外を増やしてみせた。阿修羅の類も吃驚な左八本、右八本。それでは、悪い事はいけないと、教えてあげるのですー……物理的に。たとえるならば竜巻か、たとえるならば台風か。劫々、高速で振り回される16の腕は――子供の戯れと言い訳にし難い、驚異であり、脅威であった。
黙らせてやれ、あとは黒い砂塵の黒幕とやらに、
妄想を叩きつけよ。
脳味噌の芯までポヤポヤしていた。そんな状態で激辛カレーの一口目、味わった際の衝撃が如く。いそいそと、こっそりと、眠っている一般人を袋詰めにしようとしている不可思議。あ、あばば、あばばば……。驚きの所為で啼いたのか、幸か不幸か、眠気も吹っ飛ぶ。よ、妖精さんが……妖精さんの群れがキタ……妖精さん……で、いいんだよね? 初めて見たぁ。目覚めはスッキリではなく、如何にもポヤポヤ続きらしい。自身を囲んでいる数体に気づいておらず、よっこいせ、今にも運ばれてしまう寸前であった。うぇぇぇ、なにすんの~??? 何をするのかと問われたならば『材料』の回収だ。きっと、魔女の釜にでも、投げ入れる前段階と考えられる。ヤダよぉ、マキを袋に詰めようとしないでったら~……。ポヤポヤ、失せつつある。そろそろ、一般人のフリしないでいいよね? すくっと立ち上がったオマエに対して彼方側も驚いたのか。フリーズをしてくれたのは大きな、大きな、仕切り直しの隙とできた。うぇ、ぺっぺっ……口の中に砂入っちゃった……あ。よだれのあとにこびりついた砂。瞼の裏側に塗りたくられていない、この僥倖にだけは感謝しておけ。拭いておこ……。ごしごし、ごしごし、改めての「おはようございます」
たくさんだ。両手で数える事すらも出来ない、見渡す限りの妖精さんだ。月の砂でも持ち帰って来たのかと疑えるほど、わちゃわちゃ、騒がしい。いっぱいいるし、落涙……って思ったけど。椅子とか機材とか、下手したら客席の人とか、巻き込んじゃいそうで怖いかなぁ。と、いうわけで――だるまさんがころんだ! 眠気を、何もかもを、吹き飛ばすかの如く。耳朶を打たれて、脳髄めいた器官を叩かれて、砂の妖精どもは動けなくなった。……うぅ。辛い。何が辛いかって言えば、そりゃあ、目が乾くことだ。瞬きをしてしまうよりも前に弾丸、風属性として、吐き尽くしてやるとよろしい。……おっと。既に設置されていた|爆弾《砂》は通さない。この|魔障壁《フィルター》は完璧であった。
斃れている砂の妖精、その、ひとつひとつを観察していく。この死体、持って帰ったら解剖にまわされるよね。そうなったら、シュウヤさん……また徹夜か~……。上司の健康を心配するのは結構だがオマエ、その徹夜に付き合うのは誰なのか、自分自身に訊いてやれ。
捉われた一般人を奪取し、そのまま外へ。
新鮮な空気の味わい方については、彼等の方が知っている。
何も出来ずに息絶えよ、と。
蜷局を巻いた|絵具《ほし》の数々――悉く、不安定で在るが故にこそ、恐怖なのだろう。数多の印象を、数多の顔を、ころころと転がしているその美的センスは、成程、まさしくグロテスクが相応しい。プラネタリウム、と、お聞きして参りましたが幾分遅かったようで。遅れたのだとしても、騒ぎが起きてからでも、星の煌びやかさに関しては変わらない。ええ、星辰が揃わず何より――揃っていたのならば今頃、連中程度では済まない筈だ。一人一人と丁寧に、袋詰めにしていく可愛らしさ。おやおやまぁまぁ。砂の妖精だなんて、ザントマンだなんて、ナギは初めて見ました! 彼等も、人を欲しているようですし、同じように、一匹くらい頂けませんかしら? ぴくりと、オマエの『欲求』に反応したのか、妖精どもが一斉に警戒を始めた。アレは、いけない。あのような美しい者、妖精も中にも、易々とは存在しないのだ。それで? 新物質の可能性も? 素晴らしい! 臓物が材料だなんて、どう取り出しているのかなぁ。自由自在? それとも、同種族のお腹を割いて? 妖精の生態に興味津々なオマエ、オマエの方がよっぽど|妖精《ばけもの》らしい好奇心ではないか。眠り粉以外の使い途はどのようなものかしら、ふふ。奴に砂を渡してはいけない。奴に、効果を教えてはいけない。サンドマンの群れは考えをひとつにし――砂袋を構えた!
無数の手足を生やし、蠢かし、地を這う獣の名は――和邇くん。威圧的なフォルムから繰り出される薙ぎ払いに――砂粒ひとつひとつが、妖精ひとつひとつが、大慌てか。場所的に禁煙でいらっしゃいましょうが、此処はお一つお赦し下さいな。虚空に謝罪を仕掛けたところで、ぶわり、|厭魚《けむり》が泳ぐ。齎されたのは妨害か殺戮か。その、何方でも有るのだから、悪質と思えた。息を詰まらせ、苦しんで、それでも尚、攫おうと。
ああ、最早、ない。|御門くん《かげ》の仕業で、何もない。
汚染された精神は元に戻らない。
戻してはならない。
覚醒しながら覗き込む悪夢については――現実なのか幻想なのかも解せぬ、カオスについては――最早、親友の如くに振る舞ってくれる泡沫か。いいえ、√能力を得てから約二年、安らかに眠れるときなどありませんでした。星越・イサの心からの想いは、好奇心から来るスーサイドは、嗚呼、おそらく、自分自身でも抑える事のできない魔障で在ろうか。目を閉じても、目を開けても、ノイズが這入り込む視覚。常に呼び声が、誘う声が、鳴り響く聴覚。|▓▓《安心》が欠落した私に安眠など――訪れるはずもなし。いっそ妖精の仕業でも、取り替え子の仕業でも、一時……心地よい眠りに、夢を見ない眠りに、誘われるのも悪くないかもしれません。ところで、欠落とは、決して埋まらないから欠落なのだ。その事を承知していて尚、飛び込むと謂うのは、些か正気にも欠けているのかもしれない。大きな、大きな、欠伸をひとつ。布団代わりの座席に身を預け、袋の中へと勝手に落ちる。
せっかくです。せっかくの機会です。一緒に、夢を見ましょう、妖精さん。私がちゃんと、眠れているのか如何かを、夢の中で監視していてください、妖精さん。私が視る夢がどんなものかは、私にもわかりませんけど――そんなふうに目を閉じたのだ。そんなふうに暗んだのだ。ああ、砂の妖精。その逸話の儘に――刹那の優しさに――囚われてしまった。
とても、まぶしい――暗闇が、宇宙が、彼方の光景が『まぶしい』とはこれ如何に。数多の星々を肉体として、広大無辺、横たわっている何かしらが、此方を見つめている。あれは、真理だろうか。或いは、窮極の混沌の中心にて貪食する、怠惰だろうか。理解できない。違う。理解をしたらお終いなのだ。必死に目を逸らそうとしても、逸らせない。きっと『それ』は精神にこびりついた星辰で――既に、揃っているのだろう。
……おかしいです。私、眠っているはずなのに。
今までで一番、ひどく、頭の中が熱くなっています。
第3章 ボス戦 『魔女憑きの少女『マリエラ・クライン』』

プラネタリウム――天蓋――宇宙――その彼方より。
黒い砂塵が――暴風が――闇の誘い声が――アル・アジフが。
既に開かれた事を、既に解かれていた事を、嘆きながら。
――解放された魔女の所業に震えていた。
あら――私様の、可愛い、可愛い、ザントマンを、よくも……!
なんて、悔しがったりしたら、良いのでしょうかぁ。
禍々しいのは魔導書でも、切り裂くかのような風でもない。真に禍々しいのは、真におぞましいのは少女の姿をしている|魔女《それ》だろう。君達の中には魔術に精通した者が居るかもしれないので、その場合、この魔女が『少女を乗っ取っていて、尚且つ、絶対に元には戻らない』と気づいてもいい。
私様はマリエラ。マリエラ・クライン。見ての通り、魔女をやっていますのぉ。√汎神解剖機関の方では色々と、やってはいるのですがぁ。此方の世界はまるで楽園ですねぇ。だって、こんなにも――魔術の種になりそうな、人間がたくさんいるのですよぉ。
ですが、そうですねぇ。私様も、稀ではありますがぁ、興が乗るという事もありますのぉ。少しだけですが、私様が遊んであげますのでぇ。せいぜい、足掻いてくださいねぇ。これは享楽ですものぉ。本気でやるなんて、面白くありませんのでぇ。
享楽――!
魔女はこの悪戯を、混沌を、只の享楽だと認識している。
君達はこの邪悪を退けなければならない。