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⚡裏切者たちの決起
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「――注目」
震えていないだろうか、とそう思いながら、女性は声を張った。
「臨時隊長となったナガセです。略式ながら君たちの昇進を宣言します」
空間は薄暗く、狭い。戦闘機械群からの監視を逃れるため、人類側のスパイたちで密かに作り上げた地下基地なのだ。
ナガセはその場にいる一人一人の顔を見ながら、言葉を続ける。
「レリギオス・オーラムの統率官、ゼーロットは、√EDENの侵攻計画を立てています。目的は、王劍『アンサラー』の奪取ですが、その所在地を誰も知らないので、奴は虱潰しに探すつもりです。……大きな人的被害が、予想されます。
私たちは、これを阻止する必要があります。他の√からも、√能力者たちが“逆侵攻”をすることを決意してくれました。
私たちは、これを手助けする必要があります」
その方法は何か。
「重要ターゲットへ向かい、私たちが有する最大効率による打撃を与えることで、敵勢の足止めや遅延を図るのです。
君たちの中には、身体の中に……」
彼女が何度も頭の中で練習した内容だったが、先ほどからずっと喉の奥にしこりがあるような感覚があった。
だが、何とか言葉を絞り出していく。
「ば、爆弾、を、埋め込んで、ずっと隠してきた人もいると思います。それを、使うときが来たのです。使わなければ、きっとそれが最善なのでしょう。ですが……」
爆弾の一部だけならともかく、全部を使わざるをえなくなったら、それは何を意味するか。
何度か深呼吸をし、彼女は最後の言葉を続けた。
「ですが、失敗は、許されません。
……覚悟の戦士よ。待ち焦がれた反攻の時です。人類の礎となるため……、奮闘しなさい……」
言い終えると、お盆に乗せていた昇進祝いを一人一人に手渡していく。
それは廃材で出来た勲章と、ただの缶ジュースだった。
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「……こんなものしか用意できなくて……、ごめんなさい」
士気の事を考えれば、こう言ったことは言うべきではない。
それは解っていたが、ナガセは言葉は止められなかった。
「ごめんなさい……、情けない大人で。
最後の時を――、……“人類の夜明け”を、ここにいる皆で祝ってください。
皆が狙うべき重要ターゲットは、|追って知らせます《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》……」
そう言って、彼女は会室から背を向けると、別室へと引き返していった。
これまでのお話
第1章 日常 『昇進祝い』

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その後、空間に残るものは先ほどと変わらなかった。
暗く、狭く、湿った部屋に、小さなテーブル。
そして、勲章とジュースを渡された者たち。
それだけだった。
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これから瞬く間に状況が動き出し、自分たちの運命が決まる。それが明白だからこそ、会室の中の空気は緊張したものだった。
「――ついに、私達の反撃が始まるのね」
部屋にいる誰もが声の主である少女の方を向き、頷きをもって応じる。彼らの表情は決意や意気だけでなく、一部には微かな驚きも混じっていた。彼女がこうして自分から話し始めるのを、初めて目の当たりにした者もいたのかもしれない。
「シュトローム」
少女を知る者の一人が、彼女の姓を呼んだ。
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サビーネは手に持っていた缶ジュースと勲章から顔を上げ、その場にいる者たちを見た。そこにいるのは自分と同じようなスパイや、外部協力者たちだった。
「奴らに、人間を舐めた事を後悔させてやりましょう」
普段から口数が少ないことを自覚していたが、言葉は自然と出てきた。
シュトローム……。
姓も聞けば、自然と、己が愛用する工具へ手が触れていた。
「私の家は自動車の修理工場だったの。父さんから技術を学んで、いつか父さんを越えるくらいの腕を持つのが夢だった」
「…………」
誰もが、静かに己の話を聞いてくれている。
「……機械どもが私の住んでいた町ごと、家族を奪ったせいでめちゃくちゃになったけどね」
雌伏の時を経て決起を決意したのならば、“これから”だけでなく“これまで”もが、自分たちの中で力を持つことを知っているからだ。
「……それからは、どうしてたの?」
すると、一人が問うてきた。
辛い過去を経験した者が珍しくないこの√だからこそ、今まで生き残っていられたとすれば、それはとても限られた幸運だという事を、多くの者は知っているのだ。
「私を拾ってくれた隊長がいたの。彼女も行方不明なんだけど、もしかしたら、√EDENで生きているかもしれない」
だから、と言葉を一旦句切り、手を握りしめる。
「私は機械どもを√EDENに行かせないために、奴らの補給路であり、侵入路を絶ちたいの」
「……となると、大黒ジャンクションが重要だな。あそこは√EDENと繋がっている」
別の一人の言葉に、視線をもって返答とする。もし、そこが重要ターゲットとなるのならば、この作戦は自分にとって大きな意味を持つ。
「工兵としての知識と技術、そして……自分自身さえもつぎ込んで」
破壊工作用爆薬。工兵として、工具と同様にその扱い方は熟知している。
「……これが、私の覚悟よ」
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会室の中、二人の少女は真剣な面持ちでいる。髪色や肌、瞳の色は違っていても、彼女たちが双子だという事は一目瞭然だった。
シニストラとデクストラ、二人の人間爆弾だった。
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シニストラは思う。ついにこの日が来たのです、と。
デクストラは思う。この日が来ちゃった、と。
シニストラはこうも思う。ついにみんなの敵討ちなのです、と。
デクストラはこうも思う。無理して死んだらだめですよ、と。
見た目と同じく、性格や内面も違う二人だったが、互いに視線を向け、頷き合う。
「頑張りましょう、お姉ちゃん」
「頑張るの、お姉さま」
戦闘機械群に故郷を滅ぼされ、復讐を決意した二人は、スパイとなってからずっとこの日のために準備をし続けていたのだ。それぞれの荷物の前で、作戦の最終チェックを行っていった。
「重要ターゲットは五つなの」
「羽田、川崎市内、大黒ジャンクション、扇島地下、三ツ池公園……」
シニストラの声にデクストラはマップを広げ、事前に集めていた地形の確認を行う。
「どこも敵は多いですけど、羽田と三ツ池公園はカテドラルが築かれているから、特に大変なのです……」
「どっちも派手に爆破しがいがあるってことなの」
一方、シニストラの前には様々な武器や兵器が広がっている。それは拳銃や起爆スイッチなど基本的なものもあれば、
「大黒ジャンクションと市内は開けた地形で、扇島地下は監獄だから逆に狭くて入り組んでいて……。どっちもこれが使えそうなの」
『――――』
無人兵器といった特殊な武装も用意してある。
野球ボールほどの大きさのそれは、BALLSという球体型の無人兵器で、破壊工作の補助から戦闘までこなすものだった。
シニストラは拳銃とその銃弾、BALLS、どれも異常が無いかを確認し、デクストラはマップと通信装置を見比べながら、直前まで情報を更新している。
お互いは自分の荷物から目を離さず、どちらからともなく言葉を発する。
「デクストラお姉ちゃんはどんくさいので、アタシを見失いようについてくるの」
「シニストラお姉さまは落ち着きがないので、気を付けてほしいのです」
そう言って、互いにちらりと顔を見合わせると、同時に口を開いた。
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「絶対に生きて奴らにぎゃふんと言わせて帰ってくるの」
二人は、同じ表情で、同じ言葉を、互いに伝え合う。
誓い合うのだ。
「故郷と家族を奪った戦闘機械群に、鉄槌を……ッ!!」
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会室の中の多くは、戦闘機械群に潜入していたスパイだったが、それ以外の者もいた。彼らに協力し、この昇進会を兼ねたブリーフィングに参加した者たちだった。
「…………」
その中に、長い黒髪の男がいた。
キエティスムだった。
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暗号化された通信を追って来たキエティスムは、スパイたちの昇進会を離れた位置から眺めていた。
……援軍として来た以上、なるべく彼らに生き残ってもらえるように死力を尽くさなければ。
死地に向かうことは、彼らも解っているのだろう。だが、彼らの気配は萎縮しておらず、昇進の喜びを語り合っている。
「オレはこの日を待ち望んでいた」
「アタシもッス!」
それに耳を傾ければ、彼らの過去や背景、決意などの内容が聞こえてくるが、中にはやはり、人間爆弾と呼ばれる、肉体の中に爆弾を埋め込んだ者たちもいるようだった。
作戦参加を意味する昇進に沸き立つ彼らを見て、思う。どれほどの覚悟で彼らは改造を受け入れたのだろうか、と。
否、彼らの中には当然、覚悟や意気込みを語っている者もいる。
「――人類の夜明けだ!」
そう語る彼らの言葉に、嘘は無いだろう。己が疑問しているとしたら、それは結局、己のことだった。
「…………」
右腕に、視線を落とす。自分自身も、彼らと同じく肉体改造を受けている。彼らは人間爆弾で、自分は義体サイボーグだ。しかし“欠落”によるものか、術前の記憶が己には無い。
……以前の私は、何を思ったのだろうか。
“人類の夜明け”と、彼らはそう言った。ならば過去の自分も、彼らと同じことを求めていたたのだろうか。
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「――――」
そこまで考えて、キエティスムは目を閉じて首を振り、思考を切り替えた。感傷に浸るのは今じゃない、と。
考えるべきは、今後の作戦だ。瞼を開き、壁に貼られている地図へ視線を向ける。
羽田空港、川崎市内、大黒ジャンクション、扇島地下、三ツ池公園。有力候補には既にチェックが為されている。
個人的に懸念しているのは、その中でも大黒ジャンクションだった。√EDENと繋がるそこは今回の侵攻の橋頭保にも、補給線にもなりうるのだ。
ここが一番の障害でしょうね、と思っていると、別室の扉が開いた。
「皆さんが向かう“重要ターゲット”が、決まりました……!」
笑みを浮かべて、臨時隊長の言葉を待つ。
第2章 集団戦 『リサイクルソルジャー『ガーベッジ』』

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「“重要ターゲット”は、大黒ジャンクションです!」
臨時隊長のその言葉が、昇進会の終わりだった。
全員はすぐに準備を進め、現場である大黒ジャンクションへと向かって行った。
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決起したスパイたちの視界の先で、曲線が複雑に絡み合う、立体交差のジャンクションが見えてきた。
大黒ジャンクションだ。もうしばらくもすれば、そこへたどり着くはずだったが、それはどうやら、敵も同じなようだった。
「……!」
それは、人間の身体と機械のスクラップが混ぜ合わさったような、異様な歩兵だった。
歩兵団も、大黒ジャンクションを目指して進軍中なのは、誰の目にも明らかだった。。
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「ハ! √EDENに攻めるならば、こいつらが最適だ。人類はこういった姿に嫌悪感があり、士気が下がるのだからな」
羽田に築かれたカテドラル内部で、ゼーロットは現地の映像を見ていた。
「リサイクルソルジャー、ガーベッジよ」
言う。
「戦場に落ちている敵味方は関係なく、“ゴミ”だ。拾って再利用せよ。
倒されたって構わない、また“ゴミ”とお前らを回収して、適当に修理して動かせば良い。
――質より量なのだ、戦いは!」
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√EDENへ通じる大黒ジャンクションを利用し、戦闘機械群はガーベッジの大規模侵攻を目論んでいる。
この大規模侵攻を阻止するため、決起したスパイ、そしてそれを支援する外部協力者たちは、大黒ジャンクションへ向けて移動中のガーベッジの大群を横合いから急襲し、戦闘に持ち込む必要があった。