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【王権決死戦】◆天使化事変◆第9章『千尋の獅子』
その階に踏み入った√能力者は、先ほどと比べて首を傾げる。
階下で感じたような異様な空気が、そこにはなかったのだ。本来の建物としての空間が広がっているだけで、ここに敵はいないのかと素通りをしようとして。
しかし、その大きすぎる気配に気づく。
「塔にまで怪異が侵入してくるとはなぁ」
男は困ったように笑って、一振りの大剣を構えていた。
業物には見えない。立つ空間を、自分の味方としている訳でもない。
ただ一つ鍛え上げられたその身だけで、これまでの強大な敵と同等を語っていた。
「すまないけど、島を守るためだ。お前たちにはここで倒されてもらう!」
5代目塔主はその瞳に過去を映して、√能力者たちと相対する。
●
『5代目塔主マルクス・フェルディナンドは、皆さんが怪異に見えているようです。やはり塔主たちはそれぞれ、侵入者と戦うための理由が何かしらコーティングされているみたいですね。こちらの戦術と領域も伝えておきます』
『戦術・対人外剣術。島特有の流派と言うよりも、無数の怪異と戦う内に築き上げた独自戦術みたいですね。巨体や群れを成す相手に対して、その不利を完全に覆してしまうようです』
『領域は……ないです。とは言え決して気を抜かないでください。領域に囚われない故の突飛な行動に出る場合もありますので』
『それと、申し訳ありません。もう少し細かな情報を伝えられたかもしれませんが、今詠めたのはこの程度だけでした。強大な相手に手探りで挑めと言うのは大変心苦しいですが、どうかよろしくお願いします』
『善良な塔主も敵対しているのは、王劍の力によってその意識を歪められているからでしょう。体を構成しているインビジブルを削り切れば本来の魂が表に出て正気を取り戻してもらえるかもしれませんが、それは結局、倒すこととそう代わりません。どちらにせよ戦いに集中してもらうしかありませんが、どうかお気を付けて』
英雄は、獅子を倒すように命じられた。
勇ましく強靭なその怪物を。
第1章 冒険 『強行突破せよ』

「ほほーん? なに? 剣が得意の獅子の如き相手じゃと? 獅子ならばわしの尻が黙っとらん!」
中村・無砂糖は星詠みからの情報で、いの一番に尻を突き出した。
「ふぉっふぉっ! こんなわしが怪異とな?」
尻に『ケッ死戦チェーンソー剣』を挟み込み、手には『悉鏖決戦大霊剣』を構えたその姿は、怪異と間違われても仕方ないようには思えたが、彼は人として決闘を申し込む。
「わしが身を以て彼奴の技量を引き出す! 皆のものよく目を見開いて見ておれ!」
後に続く者たちへと語り掛けながら、尻の剣で刃を交わした。
「『仙術、幻影剣舞』じゃー!」
幻影を伴う凄まじい連続斬りが、5代目塔主の大きな剣とぶつかる。当然、膂力は向こうの方が上。しかしその奇抜な戦術は意表を突いた。
「おっと、ガチの本気本命はコッチじゃ!」
尻の剣を振り切った勢いで身体を反転させ、手荷物『悉鏖決戦大霊剣』でも同様の連続斬りを繰り出す。敵の大剣を僅かに押し込んで、しかしそれはすぐに対応された。
「ふむふむ、さすがに剣術の腕は凄まじいのう。しかし、霊体に対しての反応は僅かに遅い。狙い目は近接に交えた霊力や魔術といった常人には感じ取れない攻撃か……」
幽霊であるその体を使って試し、成果を得る。思い返せば、仲間達の調べた情報では魔術の才は全くなかったという。ただ、目の前にして分かるその技量は、些細な体の動きでこちらが何を仕掛けようとするのかを理解してしまう。
故に、遠距離からでは避けられるだろう。
「それにこやつは、わしを殺す気はないようじゃのう」
中村・無砂糖はついでにその敵対する存在の甘さも見抜いて、仲間達の土産とするのだった。
一・唯一は、敵対する男の言葉に、はてと冗談めかして首を傾げる。
「嗚呼、ついにボクは怪異になってしもた?」
「唯一、私たちは“人”です。忘れないで」
すると花喰・小鳥が窘めるように言って、それから戦闘態勢を取った。相方を庇うように前へと出ながら、 自動小銃『黒薔薇』を素早く引き抜き先制攻撃を仕掛ける。
「唯一、私が|惹きつけ《おびき寄せ》ます」
先手を取られながらも5代目塔主は弾丸を剣で弾き、誘われるがまま花喰・小鳥を一先ずの標的とした。
迫る剣のタイミングを見計らい、的確に防御を狙うも僅かにズレる。切り裂かれ血が噴き出るが、もとより痛みには強く動きを止める事はなかった。
そうして√能力【|歌姫《ローレライ》】を発動する。
敵の攻撃を木霊のように銃火を浴びせて反撃、回復し、長期戦へと持ち込む。怪異に特化している専門家だという相手の土俵で戦う理由はないと、魔眼で見据えて精神を魅了しその集中を牽制した。
確かに揺らぐ剣筋。それを見逃さず、後方へと声を飛ばした。
「援護射撃!」
ここまで付いてきていた羅紗の魔術師達の協力を仰いで、更なる妨害を施す。足を止め、刃が標的を見失ったその隙へと、入れ替わるように一・唯一が前へと出た。
「多勢相手が得意って言うてたけど、手数勝負はどうや?」
その身に纏うのは、黒曜石製の無数のメス。渦のように巻きあがって、近づくもの全てを傷つけようとした。
浅くとも幾度と削れば致命傷に届くと信じて刃を揮う。愛らしい小鳥の活躍を横目に、自身も負けてはいられないと走り抜け舞った。
「|誰《なに》を見とるん? ボクは、|此処《ひと》やぞ」
「……確かに、斬り心地が人なんだよなぁ」
語り掛けると困ったように5代目塔主は零して、それでも決して剣は離さない。相手が人と分かって明らかに劍筋は鈍っていたが、通行止めは続けている。
「戦いたくないのなら退けて頂きたいのですが」
「まあ、そう言うわけにもいかんのやろ」
煮え切らない敵に憤りを抱く花喰・小鳥に対して、一・唯一が事情を組んで宥めてやって、それから彼女達も決して引き下がる事なく戦い続けるのだった。
白神・真綾は、興奮した様子で参戦した。
「ヒャッハー! 獅子討滅戦デース! この敵もなかなか強そうで真綾ちゃんドキドキデース!」
獅子と評される5代目塔主。話通りの戦いぶりを遠目に見て、いてもたってもいられなくなっていた。
「……巨体や群れを成す相手に対して有利を取れる戦術・対人外剣術デスカァ。斬撃を拡大照射する広域殲滅系か圧倒的な手数で制圧してくるスタイルデスカネェ? 絶対死領域内でなければ一回食らってみて確認しても良いデスガネェ」
お節介にも星詠みから語られた情報に、はてはてと首を傾げる。一体相手はどんな手の内を隠しているのか、もっと余裕のある戦場ならば、丸裸にしてしまいたかったが、生憎もここでの命は一つきり。
凶暴に笑う彼女だからこそ、こんなにも楽しい人生を手放すわけにはいかないと堅実な作戦を選んだ。
「ここは、先の先を取って叩き潰すデース!」
眼前に飛び出した瞬間に振り下ろされる刃。それに反応して√能力【|殺敵隠密《ハイドアンドキリング》】で機先を制しての先制攻撃を仕掛ける。そのまま√能力【|神威殺し《サイズオブタナトス》】へと繋げて、事象や概念すらも断絶する神威の大鎌を大きく振り抜いた。
5代目塔主はまんまとその一撃を大剣で受け止めてしまって、√能力で強化されたそれにより得物を断絶される。
「ヒャッハー! 問答無用の武器破壊デース! 次はその首貰い受けるデース!」
返す刀で大鎌をさらに振るって、防御や回避と言った概念すらも切り裂き致命傷を狙った。
しかし、それを横から叩きつけられる。
「最近の怪異はいろんな戦い方するんだなぁ」
得物を失ったはずの5代目塔主だったが、彼はそれも気にせずその拳で対応した。
無数の怪異との戦いは、得物を失っても終えることが出来ない。故にその戦場では肉体すらも剣術に扱う武器として組み込まれる。
「一筋縄にはいかないのいいデスネー! もっとやりあうデース!」
「……うん、やっぱ怪異だよな」
先の戦いで抱いた違和感を払拭した5代目塔主は、手加減を捨てて鎌を払っていくのだった。
猫屋敷・レオは敵の情報を聞いて目を輝かせる。
「|獅子《レオ》狩り…? ならボクが出るしか無いでありますね!」
標的を見つけて早速√能力【|全力狩猟モード《クイチギリウサギ》】を発動し、爪を強化して真正面からの打ち合いへと向かった。
先の√能力者によって剣を失っている5代目塔主は、切り裂こうと迫る爪を拳で弾く。些細な挙動から攻撃を予測して迎え撃ち、猫屋敷・レオもまた|格闘者《エアガイツ》としての経験で筋肉の動きから見切っていった。
「次から次へと、実力者揃いの怪異がこんなに……」
当時戦っていただろう怪異とも劣らない者たちの襲撃に、5代目塔主は少し困った顔を見せる。何やらこちらの戦い方も見抜かれていることが多いし、これではやられてしまいそうだなと考えていた。
せめて、と浮かべたその瞬間、5代目塔主の手に大剣が現れる。
「おおっ?」
周囲のインビジブルが協力してその望みを叶えたのだ。彼自身はその理屈をよく分かっていない様子であったが、都合は良いと握り込む。
「やっぱり俺のは剣術なんでね」
体術も怪異を倒すための術とは言え、やはりその武器をもって本調子だと、勢いを増していった。
刃を爪で弾きながら、猫屋敷・レオは攻め時を見計る。
得物のリーチは爪の方が当然短く、懐に入れば有利。しかしそれをも理解して、5代目塔主は常に大剣が最も有効的な間合いを維持してくる。無理に接近しようとすればその隙を狙ってくるだろうと予想して、踏み込みはせずひたすら粘った。
何度も爪と刃がぶつかり合い、戦闘は膠着状態へと突入する。
そこで、しびれを切らして強引に踏み込もうと見せかけ、√能力【|神千切《カミチギリ》・カゲトビ】で異空間へと跳躍した。眼前にあった剣を回避してからの一瞬の肉薄。これには相手も対応しきれずに、大きく爪が振り抜かれた。
5代目塔主は咄嗟に飛び退り傷を浅くして、けれど確かに血が散る。これならば削り切れると猫屋敷・レオは再び得物をぶつけ合って、そこでふと気付く。
傷が、あっという間に塞がっていた。人間らしからぬ治癒力で、その男は戦い続けている。
長引けばこちらの体力が持たないだろう、とその狩人もさすがに引き際を考え始めるのだった。
橋本・凌充郎は既に始まっている戦いを見つめる。
これより先に、一切の余地はない。故に変わらず、壊し、潰し、踏み絞め、乗り越えるまで。そう胸中で抱き、自らも戦場へと踏み込んだ。
「しかし、ふむ。今回ばかりは、毛色は多少違うようだ。立ちはだかるは全て打ち倒す事に変わりはないが…。怪異ならざるが怪異のように蘇り立ちはだかるとは、質の悪い話だ。しかも元より善良な塔主、ときたか」
相手の素性を思い返して思わず悪態をつく。全てを潰す事を信条としている橋本・凌充郎は、本来なら戦わないでいいような敵の性質に若干戦意を削がれてほんの一瞬だけ躊躇いを覚えたが、すぐに捨てて武器を取った。
その手にはこれまでの戦いに引き続き、兵装『銃剣付きソードオフショットガン』を握っている。繰り返し使っているこの武装もそろそろ本格運用を視野に入れたほうがいいかもしれないなと考えながら敵へと歩んでいった。
そして、隙を突かれた見方を押しのけ、振り下ろされる大剣を受け止める。
「マルクスフェルディナンド。怪異をその大剣をもって、ひたすらに倒し続けてきた存在。その在り方は俺のそれと決して交わるものではないだろう」
刃を交えてその力量を知る。あまりに重く、塔主としての責任を背負うその存在は、世界を笑う自分とはかけ離れていた。
ぶつかる瞳は本当の自分を見ておらず、それでも橋本・凌充郎は語り掛ける。
「だが、その技術は間違いなく凄まじいものであり…俺のそれと、確実に似通る部分が出てきている。生憎、魔術や霊撃といった素養は俺にも一切ないところまで似通っていると言える」
あまりに違う存在ながらも、振るう一撃の質には覚えがあって、だからこそ望んで相対した。自分の力を試すように、剣を弾いて次を誘う。
「なればこそ、偉大な先達に触れる事の出来る絶好の機会というものだ。少しばかり、その技、教授願おうか」
そう言うと、間合いを見計らいながら5代目塔主も口を開いた。
「……なんだか、色々と語り掛けられてる気がするけど、とにかく本気でやり合えばいいんだな?」
敵対存在を怪異と認識しているその人物は、けれど刃を交えたからこそその意図をくみ取ったようだった。明確に分かったわけではないが応えてやろうと柄を握る手に力を籠め、対して対して橋本・凌充郎も開戦の合図を放つ。
「鏖殺連合代表、橋本凌充郎。いざ、参る」
認識の歪みで届いていないとは察しながらも、平常通りに己の名を告げた。
そして、一歩踏み込む。
√能力【|死喰らいの大叫喚《ビーステッド・ヘルエグゼクト》】によって鏖殺本能を覚醒させて、一時的に能力を底上げし力押しで攻めていく。
怪力と重量攻撃を軸にしている分、動きは遅くなる。故に防がれることも念頭にいれた上での強撃をもって、強引に敵の得物の上から叩きつけていった。
こちらの力はこれほどだと見せつけるかのように、余す事なくぶつけていく。それに5代目塔主も応えてくれて、互いに惜しみない全力を放った。
当然、力だけではなく技量も披露する。隙を見つければ√能力【|死喰らいの等活《ビーステッド・カッティングエッジ》】での銃撃を織り交ぜて相手のペースを崩す。相手と違って橋本・凌充郎の戦術は剣術だけではない。重量攻撃の合間にも妖刀による斬撃も挟み込み、よりこの戦いに意識を向けさせた。
邪魔者は許さない。仲間達の横槍もその被るバケツに開く二つの暗闇で制して、二人きりを維持し更に戦いの中で意識を研ぎ澄ませ、必要以上の力を限界突破させていく。
幾度も刃を交わせば、敵の状況も鮮明になっていった。すると橋本・凌充郎は、ふと笑いを零してしまう。
「クハハ! これほどの力を持つ怪異倒しともなれば、そろそろ気付いてもいい頃合いではないか、貴様! 魔術の素養もない、純粋な技術と経験から貴様は構成されているだろう。それがまさかこのような子供騙しで、|怪異と人を間違える《・・・・・・・・・》等、あろうはずもあるまい。その技術、真なる怪異を倒すものなれば」
王劍にいいように使われて、現実とは異なる景色を見ている。そのことを指摘すると、5代目塔主は哄笑が聞こえていたとばかりに応えた。
「怪異じゃないってのはまあ、なんとなく分かってるんだけどねぇ……。とはいえ、塔主としての責任があるからな」
交わす刃はまさに言葉の代わりとなっていたのだろう。必然的に会話を噛み合わせ、そしてその男は、今までにない表情を見せた。
戦いを楽しむ橋本・凌充郎とは違って、人の上に立つ者としての揺るがせられない表情。
「この座に座ったからには、もう俺個人の考えは捨てなくてはならない」
「そうか。ここに集まっている者たちは全て、自分の意思だけで戦っているぞ」
「まあ、ちょっとは羨ましいかな」
失ったものをひけらかされ、その敵は開き直るように苦笑する。その選択を後悔させるためにも、橋本・凌充郎は剣を振るって証明しようとした。
赫夜・リツはアマランス・フューリーと共に5代目塔主の待つ階へと足を踏み入れた。
「アマランスさん、僕がサポートします。思う存分戦ってください」
「本当にあなたたちは、余計なくらいお人好しね」
引き続き戦闘の補助をしようとしている事を伝えると、彼女は呆れを見せる。けれどその表情は思いのほか柔らかく、突っぱねもせずに「それなら前衛を任せたわ」と託してくれた。
「任せてください!」
後方で魔術を行使しようというアマランス・フューリーの意図を汲んで、赫夜・リツは5代目塔主に接近する。即座に反応して振るわれる大剣を異形の腕で防ぎ、『世界の歪み』によるカウンターを狙うものの、刃が重く及ばない。ならば先行した√能力者が引き出した情報通りに攻めようと、√能力【|緋色の舞《ヒイロノマイ》】を発動した。
敵は、剣術や身体能力はずば抜けているようだが、魔術や霊力と言ったものには反応が遅いという。この戦場内に知れ渡っている弱点に沿って、邪気を払う炎の蝶を召喚し、浄化の炎を舞い踊らせて牽制。相手が対応しきれていないその隙に、√能力【|残光の軌跡《ザンコウノキセキ》】による近接攻撃を叩きこんだ。
怪力状態の腕をもって、敵の大剣を破壊する。
「……またか」
再びの武器破壊を成し遂げられ5代目塔主は困ったように呟き、それから少しして周囲のインビジブルの計らいで再構築される。その速度は一度目よりも遅く、確かに敵の扱えるインビジブルが削られているのが分かった。
後方からは、アマランス・フューリーの魔術も飛んでくる。5代目塔主はそれを大剣で叩き切って対処していたが、そこへタイミングを合わせて赫夜・リツが攻撃を仕掛けた。時にはこちらの行動にあわせてアマランス・フューリーが魔術を放ち、敵対していたとは思えないほど精密に連携を取っていく。
致命傷は与えられていないながらも、このまま消耗させていけば必ず後続に繋げられる、と考えていたところで、不意に気づきを投げられた。
「お前も、本気じゃあないな」
「っ!?」
5代目塔主の、こちらの思考を見抜いたような言葉に、赫夜・リツは思わず飛び退る。背後を一瞥して魔術の支援も止めさせ、恐る恐ると確認を返した。
「あなたは、正気を取り戻しているのですか?」
「んー、だから会話は出来ないぞ? 本気で来てくれたら、まあなんとなくは分かるんだけど」
刃でなら交わせることもある。しかしお前では不十分だとその剣士は語る。
赫夜・リツは、眼前の敵を倒す気になれていなかった。話で聞いている限りだが、どうしても倒すに値する人柄には思えなかったのだ。あるいは、事情を理解してくれたなら引き下がってくれるのではとも考えていて。
言葉は届かないのなら行動で示そうと、赫夜・リツは異形の腕を元に戻し、所持している武器を手放す。それから跪き頭を垂れた状態で、理解してもらおうと試みた。
「いきなりで申し訳ありませんが、僕達は塔を攻め落としに来たわけではありません。王劍によって広がった天使病を止めたくて、この事態を引き起こした人物と戦うために頂上を目指しています。お願いです。どうかその剣を収めていただけないでしょうか。これ以上、殺意の無いあなたと戦いたくはないです」
聞こえていないとは承知しながらも、こちらの事情を余さずに話した。5代目塔主は怪異にまで優しさを見せたという情報も聞いたため、攻撃する意思がない事を示せば何か分かってくれるのではと思って実行する。
まだこの見た目は人と認識されていないのだろう。それなら困らせるだけかなと思いつつも、一方的に攻め込んできた敵だと思われたままになるのは悲しいと、赫夜・リツは誠意を見せた。
「……戦う意思を収められちゃあこっちも戦えないけどよ」
5代目塔主は、構えていた大剣を下ろす。やはり敵意のない相手は彼も斬れないらしい。
それに、これまでの戦いでなんとなく察してもいるのだろう。だから言葉は通じていなくとも言い分は理解している様子で、しかしそこから退きはしなかった。
「とはいえ、だ。この先にはやっぱり進ませられない。どんな形であれ、民を守るのが塔主だからな。もしもそれを悪政と判断し、覆そうというのなら力を示してくれ」
そこまでは年長者として優しく告げて、けれどその先は厳しい声色へと変えた。
「王の座を奪おうと言うのなら、剣が降るのは覚悟しろ」
再び大剣が構えられる。その刃が揺らぐ事はない。
とその時、5代目塔主の体を横から魔術が叩きつけた。
「話が出来る相手じゃないって、あなたたちの星詠みも言ってたんでしょう!?」
アマランス・フューリーが、痺れを切らして割って入ったのだ。対話は無用と諭し、戦わないのなら自分がと前に出る。
「ぐっ!?」
しかし、インビジブルドレスを得たとはいえ、彼女の本職は魔術師だ。生粋の剣士相手には敵わず深手を負って、その姿に赫夜・リツも我に返ったように立ち上がる。
「アマランスさん!」
駆け寄って、√能力【|再起を願う《サイキヲネガウ》】で治療を行う。幸いにも、そうしている間に攻撃を仕掛けられることはない。
傷が塞がり、立ち上がるアマランス・フューリーは腑抜けを叱咤するように改めて言った。
「お人好しもほどほどにしなさい。相手が違えば十分に殺されていたわよ」
彼女はまた戦う。7代目塔主と重なった彼女だからこそ、相手が引き下がる事はないと分かっていた。
その背中を見つめ、赫夜・リツも腹をくくる。
「……そうですね。倒すしかないのなら、僕も全力を尽くしましょう」
決意を口にし、彼は再び腕を異形化させるのだった。
黒後家蜘蛛・やつではこれまでのことを振り返る。
「やつでは死を甘く見ません。けれど、人を理解するため人を見るうち、いくつもの死を見るうち、そこに人の強さの一端があるのではないかとやつでは考えました」
一連の戦いの中で多くの者が命を散らした。√能力者だけでなく、卑劣な罠にかかった羅紗魔術師。それに、オルガノン・セラフィムとなりやむなく手をかけてしまった者たち。
天使領域を広げる際に力を貸してくれた友人マリアの生も、恩師であったアントス先生、羅紗の魔術師の犠牲の裏側にある。だからといって誰が死ぬことも彼女は望まないだろう。だからこそ、黒後家蜘蛛・やつでは仲間達の死に苛立っていた。
そして、7代目塔主の犠牲がアマランス・フューリーを救ったと聞いて、またか、と思っていた。また人は奇妙なことをしたのだと。
理解をしようとしているけれど、やっぱりそれを正しいとは思えない。人ならざる者だからそうなのだろうかと考えて、むしろ人の間違いを指摘してやろうと、死なせないために戦う。
兵装『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』を手に五代目塔主へと挑んでいった。
その戦場にはすでに多くの仲間が戦ってくれている。一人きりで戦うのは避け、前面に出て切り結んでいる仲間のサポートをするような形で混ざった。
前衛のタイミングに合わせ、√能力【|見えない蜘蛛の糸を引く《ウェブ・スイング》】によって蜘蛛の糸と危険物の投擲を織り交ぜて動きを鈍らせていく。
ふと、仲間が5代目塔主との会話を試みている事に気付いた。星詠みが言っていたように意識を歪められているという話ではあったが、剣を交わす度に薄々こちらが人間であると気付いているらしい。しかしその歪みの影響で詳細な内容は伝えられないでいる。
「王の座を奪おうと言うのなら、剣が降るのは覚悟しろ」
頑なな意思を告げられて、言葉をかけた所で剣先が鈍りはしないと理解した。それでも対話しようとする√能力者をアマランス・フューリーが叱咤して攻撃を仕掛け、反撃を喰らってしまっていた。
その隙間を埋めるように黒後家蜘蛛・やつでは前へと出て、そして会話に意味はないと知りながらも問いかける。
「あなたは、死についてどう思うのですか? 言葉を交わし分かり合い、力を束ねるのが人の強さなはずです。なのに人はどうして死という、無から力を得る事があるのですか?」
「……悩んでる、みたいだな」
戦う相手の感情を5代目塔主は読み取る。その中身までは知れないものの、最後まで喋らせてやろうとばかりに剣を振るう手を少し緩めていた。
それを黒後家蜘蛛・やつでも感じ取りつつ、問いを続ける。
「死をもって力を与えることができるのですか? 殺して力を奪うこととは違うのですか? やつでは友人が悲しむから、人が死なせないために戦っています。やつでが死ねば友人は力を得るのでしょうか?」
「死んでも何もないさ。ただ、生きているから変わるんだ」
死に、直接的な意味があるのではない。死から力を得るのは、生きている者がそうしなければと感じたからだ。それは単純な生物的な進化とも当てはまる。生き残るため、これ以上死なせないために変わっていく。
集団の中で生きる人間だからこそ、その影響は広がるのだと。
そこまで深く理解していったわけではないだろうが、5代目塔主は寄り添うように応えてくれた。
「さて、なんとなくだけど的外れだったりしたかな?」
「いえ、感謝するのです」
これからすることに罪悪感を覚えながらも、黒後家蜘蛛・やつでは吹っ切れたように攻撃を仕掛ける。
自分を囮にしただまし討ち。あえて攻撃を受け、けれど致命傷はギリギリのところで避けて、もう立てない風を装って、相手が油断したその隙に、√能力【|引っかけていた蜘蛛の糸《ギロチン》】を放つ。
蜘蛛の糸に兵装の毒をしみこませ、向けられた背中を切り裂いた。
「っ……!」
5代目塔主はまんまと攻撃を受ける。さすがのタフさで倒れはしなかったが、十分な成果だろうと黒後家蜘蛛・やつでは前衛を退いて、蜘蛛たちに自分を絹の眉で包ませ癒してもらうのだった。
「戦いが終わったら、アマランス様に聞きましょう。死んだ人たちからあなたは何か受け取りましか、と」
「お、お姉さまはやっぱり神々しい……!」
「その通りですね。記録用羅紗を持ってきていないことがとても悔やまれます」
先の戦いでかなり重傷を負ったはずの羅紗魔術師二人は、敬愛するアマランス・フューリーの艶姿を眺めてなんだかすっかり回復していた。羅紗のほとんどが失われたことも忘れて、際どいドレスをで戦う姿に見惚れている。
そんな様子に少しだけ戸惑いながら、アリエル・スチュアートは一応と戦いの指示を出しておいた。
「イングリッド、セシーリア、ないとは思うけど、マルクスが羅紗魔術を使用してきたら解読を頼むわね」
「今は忙しいわっ」「今は忙しいです」
しかし彼女達はあろうことか拒絶して、戦場であるにもかかわらず床に腰を下ろしてしまう。そして出来る限り身を屈めたローアングル耐性で、アマランス・フューリーの応援を始めていた。
「……ま、まあいいかしら」
渡した指示も念のためのものだったし、何度か危ない目に遭っている二人が戦わないでいいのならそれでいいかとアリエル・スチュアートは受け入れる。
そんな風に戦いにいまいち身は入らいない感情のまま、彼女は後方から魔術を放つアマランス・フューリーの傍に立った。
「カリスマ溢れるアマランスとはもっと対角で戦いたかったんだけど、こうして横に並んで戦うのも悪くないわね。ただやっぱり…その、ね…? そのドレスはちょっと破廉恥……こほん」
「………」
目のやり場に困っているその√能力者に、散々部下達からも指摘された威厳ある元簒奪者は、口を一文字に結ぶ。無表情を貫きながらもよく見ればその耳は赤くなっていて、アリエル・スチュアートも流すべきなのだと悟った。
「改めて、この戦い最後まで戦い抜きましょう、アマランス。そして何の説明もしなかった現塔主にたんこぶでも作ってやるのよ」
強引に話を逸らし共闘を申し込む。アマランス・フューリーの反応は悪かったが、一応頷いてはくれた。
「それにしても、息子の二世もそうだったけど、この親子人が良すぎじゃないかしら?」
アリエル・スチュアートは、√能力者の悩み相談的な問いに応えている敵を見て、さすがに度が過ぎていないかと呆れてしまう。そこまでの善人だと大勢で囲って殴るのが心理的に苦しくなってしまうが、それでも相手は立っているのだから手加減をしている場合でもなかった。
5代目塔主の不得意は魔術的な近接攻撃。しかしそれは、アリエル・スチュアートの基本スタイルとは合わない。故にアマランス・フューリーと同じく、前衛の攻撃に割り込ませるよう後方から魔法を仕掛ける事にした。
まずはと√能力【|戦記「七百年戦争」《センキ・ナナヒャクネンセンソウ》】を使用し、攻撃が必中となるよう場を整えて、十分な溜めを高速詠唱で相殺させて全力で魔法を放っていく。
彼女が加わったことで魔法の弾幕が厚くなり、さすがの5代目塔主も見逃せなくなっていた。これ以上の魔法を止めようと、距離を取る魔術師達に視線をやって、それが自分に向けられた瞬間、アリエル・スチュアートは√能力【|M.I.S.T.転送《ミスト・トランスポート》】を発動した。
相手の弱点である不意打ちで一気に近付いて、背後から聖十字の光を叩きつける。
「後ろに下がってたからって、近接戦が出来ないと思ったかしら?」
「本当に驚かせられるなぁ」
挑発的な問いかけに、純粋な称賛が返ってきて。やっぱりやりづらさを感じながらも、返し刀で振るわれる大剣を咄嗟に防御し、続けざまに√能力【|魔導槍の光迅球《ライトニングボール》】を放った。
反撃を繰り出されれば、相手を魅了するように怯えた演技を取り、するとまんまと剣が鈍ってくれる。そうして隙が出来たらすかさず、背後に回らせていたティターニアの戦闘妖精侍女の剣舞で、挟み撃ち攻撃を仕掛けた。
『意外と悪人ですね、公爵』
「あら、戦いに善も悪も無いわ。使える物は容赦なく使えって、|うちの女王《レイナス姉》から言われているの。彼女が苛烈なる女王と呼ばれる所以よ」
AIの軽口に返しながら、アリエル・スチュアートはすっかり消耗している5代目塔主に告げる。
「マルクス、貴方は塔主…王としては少し優しすぎるわね」
「はは。生きてた時も、戦いの途中で殺されるような未熟者だったからな」
会話は少し噛み合わなくて、それも構わず戦いは続けられるのだった。
パンドラ・パンデモニウムはその姿に感激する。
「ほんとにアマランスさんと肩を並べて戦えるとは、人生何があるかわかったもんじゃないですね」
純粋な笑みを向けてくるかつての敵に、アマランス・フューリーは少し戸惑っていた。その表情を見て恐る恐ると問いかける。
「…一応聞いておきたいんですけど、ほんとに根に持ってませんか? 私たちが作戦の邪魔したこと?」
「根に持たないわけないでしょう。今あなた達と共闘しているのだって、あくまでも一時的よ。この戦いが終われば今まで通りに戻ることだって十分にあり得るんだから」
突っぱねるような言いながらも√能力者の支援を行うその姿はあまりに説得力がなく、パンドラ・パンデモニウムはやっぱり笑みがこぼれてしまった。
「敵だったときもそして今も、私はどうやらあなたのことが好きみたいです。あなたはとても不器用だけど一生懸命で。自分が愚かだとわかっても、もがいて、あがいて…そんな姿がとても愛おしい」
「……そんなこと言ってないであなたも戦ったらどう?」
「ええ、そうですね。一緒に勝ちましょうっ」
照れくさそうに話を逸らすアマランス・フューリーをやっぱり好ましく思いながら頷く。そうしてパンドラ・パンデモニウムもようやく、5代目塔主の方を見つめた。
「不器用だけど一生懸命だったのはきっとフェリーチェさんも、そして…マルクスさん、あの方もですね」
大勢に囲まれ傷付きながらも戦い続けるその人物は、見ているだけでも好感を抱いてしまう。
ここまで一人で耐え続ける彼を、ここで倒せると自惚れている訳ではない。ましてや救えるなんて思い上がっている訳でもない。
でも夢を見たままあり続けるでは悲しいと、せめて目覚めさせてあげたいとパンドラ・パンデモニウムは願いを抱いた。それを叶えるためにも、隣に立つ彼女の手を引っ張る。
「合わせてくださいアマランスさん!」
「ちょっ!?」
後方で安全に魔術攻撃を仕掛けていたアマランス・フューリーを強引に前線へと引っ張り出して連携を指示する。彼女の拒否を聞く間もなく空中を駆けて舞い上がり、相手の上段へと向かって、パートナーには下段からの同時攻撃をアイコンタクトで伝えた。
『ウラヌスの右目』で広範囲空間、『クロノスの左目』で極超短時間を同時認識し、相手の攻撃は『アフロディーテの帯』で絡めつつ、どんな攻撃も一撃だけ耐える『ヘパイストスの盾』も併用して、無理矢理にでも隙を作りだす。
一瞬だけでいいい。それを見つければすかさず、√能力【|封印災厄解放「我が手は奪う、汝の至宝」《ロスト・オブ・アルカディア》】を発動し、5代目塔主から五感と第六感を奪った。
「……っ」
剣士ならではの優れ過ぎた感覚を手に入れたパンドラ・パンデモニウムは堪らず酔いかけて、けれどすぐに立ち直る。眼前では感覚を失いながらも5代目塔主が剣を振るってきていた。
想定内ではありながらも、やはりその肉体の強さには驚いてしまう。だからこそと用意していた二の矢を放った。
√能力【|封印災厄解放「歌い上げよ技芸女神の舞台」《ポエティックステージ・オブ・ムーサイ》】によって、こちらの言葉を正しく伝え、心を交わし合おうとする。
王劍の影響下の為、意志すべてが通じるわけではないとは思いながらも語り掛けた。
「『貴方の為に心から一生懸命な人がいる』ことくらいは伝わりませんか。それが本当に怪異だとマルクスさんは思うのですか!」
「戦ってて、申し訳ないとは思ってるよ。でも俺は、随分と前にこの島の長であることを選んだんだ」
「よく分かりませんが、アマランスさんの真摯さを受け取ってください!」
「えっ、私っ!?」
突然名前を出されてぎょっとするアマランス・フューリー。とはいえ無視をする気にはなれず、どうにか期待に応えようと少し攻撃の手を増やしていった。
それによってパンドラ・パンデモニウムから気が逸れて、その隙へと√能力【|封印災厄解放「崩壊の甘き吐息に満ちよ偽りの世界」《スイートブレス・オブ・コラプション》】を行使する。
ターゲットは5代目塔主ではなく周囲のインビジブル。少しでも減らして敵を戦えないようにとしていく。
「さあ、目を覚ましてください!」
その四人は、それぞれのパーソナルマークを刻んだ兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を揃って装備する。そして、5代目塔主を打倒するために連携した。
真っ先に飛び出した薄羽・ヒバリは、相手の性格を知って愚痴を吐く。
「小細工無しの体一つで向かってくるところとか、これから倒す相手に「すまない」って謝っちゃうところとか、戦法的にも気持ち的にも、ちょ〜やり辛いんですけどっ!」
世界を救うためとは言え、明らかな善人と戦わないといけない事に気が引けてしまって、けれど躊躇してしまえば多くを失ってしまうと気合を入れた。
「でも私もやるっ。まだまだみんなと肩を並べて戦っていたいから!」
同じ戦場にいる仲間たちを見て、その関わりが途絶えしまわないようにと己の役目を全うする。
レギオンに命令を届けるバーチャルキーボード『Key:AIR』を操作して打ち込む指示は『|CODE:Chase《コードチェイス》』。周囲に『レギオン Type.H』を展開して外部からの干渉や乱入にいち早く気付けるよう警戒。
「私専用のカスタムレギオン、かわいいっしょ?」
「妖精でも使役しているのか?」
認知の歪みで、それが空飛ぶ機械とは分からずにそう発言する5代目塔主に、薄羽・ヒバリは微妙にすれ違い、見る目あるじゃんと相手を評してから、次の行動へと移る。
「でも、それだけじゃない的な!」
数体のレギオンたちに追尾ミサイルを放たさせ、敵の注意を引き付ける。そうした瞬間に、次の√能力を仕掛けた。
ダッシュで突っ込みながら、レギオンへと次に出す指示は『|CODE:Smash《コードスマッシュ》』。まずは機動力を低下させようと援護射撃で5代目塔主の足を狙い撃ち、続けてリンケージワイヤーで縛り付けてもらって肉薄。パンプスの隠し刃を用いた回し蹴りを浴びせた。
「私は一義体、最弱のサイボーグ。だから頭を使って小細工マシマシ、全部乗せでいくの!」
「いい蹴りだ」
全力で首を狙いにいった一撃だったが、躱されてしまう。称賛の言葉まで投げられやっぱりやりづらい相手だと認識しながらも、回し蹴りの勢いを生かしたステップで距離を取り態勢を整えた。
先ほどの攻撃は仲間が攻め込む隙を作り出すための陽動だ。本命ではない。だからと言って全力ではあるからこそ、よけられたのは悔しかった。
けれどそれを考えるのは後と、ガラス板に似た形状のバリア『Def:CLEAR』を展開しつつ、√能力【ルートブレイカー】で敵の攻撃を防ぎながら、更に時間を稼ぎに行く。
「みんなならこの隙を生かしてくれるって信じてる!」
深雪・モルゲンシュテルンも、その武人から隙を奪い取るために尽力しようとしていた。
兵装による通信で味方の状況を逐一共有しながら自分の動きを考える。
「仮に剣術以外の異能がなくとも、マルクスさんの技量で為し得る事象は常識の埒外でしょう。あらゆる展開に備える必要がありますね」
相手の力量を計り、決して油断はできないと√能力【|強攻突撃形態《アサルトモジュール》】で多数の推進装置を備えた装甲を装着して、防御力と最高速度を強化。肉弾戦に耐えられるよう備えてから、敵へと肉薄した。
『鉄甲』の盾と装甲やエネルギーバリアで壁役を担い、自分へと攻撃を集中させ仲間が動きやすいように動く。優先順位を下げられればすかさず距離を詰めて、パイルバンカーによる強烈な一撃を叩きこんだ。
矢面に立つ役は、仲間たちと適宜入れ替えていって致命的な消耗を防いでいく。それでもやはり、戦いのプロフェッショナルと呼べる相手だ。思うように動かせてはくれず、一息つきたい所で迫ってくる。
「流石の実力です」
思わず賞賛を零し、防御しては致命的だと判断して√能力【|戦術機動攻撃《タクティカルマニューバ》】を行使して強引に躱した。
跳躍で距離を取りつつ『対WZマルチライフル』を連射し、弾幕を張る。相手が人型であることも関係なく、その大きな口径を次々に叩き込んでいった。
「ほんとに魔術の幅が広がってるなぁ」
「過去から見ればそう見えますよね」
実質的にタイムスリップしている5代目塔主は、目まぐるしく披露される技術革新に驚いている。油断していればその言動に気が抜けてしまいそうになるが、間を置かず振るわれる刃にそんな余裕はない。
粒子ビーム弾で、攻撃の理解・防御・回避に負担を強いて、その後すぐに光学迷彩で身を隠して再び攻め入る機を窺う。
無策に√能力【|殲滅兵装形態《アナイアレイターモジュール》】を行使すれば、一刀の下に全ての|『従霊』《フュルギャ》を撃墜されかねない。そのリスクを見込みながらも、不意打ちに用途を絞れば有効と見て踏み切る。
他の仲間との接近戦に集中する隙をついて敵の背後に回って『六連装思念誘導砲『従霊』』を呼び出し、最大出力の一斉レーザー射撃を叩きむ。
稀な好機を逃しはしないと火力を注ぎ、決して油断はしない。当然、これで倒しきったと楽観もしない。
相手は領域を持たない敵。塔の壁や床の破壊等の離れ業を使う可能性も警戒して観察を怠らなかった。
「……参ったなこりゃ」
一斉レーザー射撃でも生き延びていた5代目塔主は、しかしその大剣を焼き切られてしまっていて、困り顔を見せる。これまでの戦いから武器を再構築するのは分かっていたが、今が狙い時だとすぐに味方へと情報を共有した。
「純粋に島を守ろうとしたあなたに、人を殺める罪は犯させません」
深雪・モルゲンシュテルンは、その敵が善良のまま終われるように全力を尽くす。
久瀬・八雲と澄月・澪は、二人の仲間が隙を作ってくれている間に言葉を交わす。
「真っ当に強い相手となると……なおさら油断は出来ませんね」
「領域はない……けど、1つの戦法に拘らず、色んな手段を使って来るってことだよね」
「守護者たる方に刃を向けるのは少々不本意ではありますが、通らせていただきます!」
「皆を守るために戦う良い人なんだと思う。けど……戦おうっ」
そしえ、連絡が来たと同時に、並んで切り込んだ。
久瀬・八雲は霊剣を真一文字に構え、√能力【|煤火《バイカ》】を発動して煤を纏う剣を振るい突撃する。正面から切り結び、相手の得意と知りながらも接近戦を挑んだ。
その隣で澄月・澪は『魔剣「オブリビオン」』を手に、√能力【|魔剣執行『オブリビオン』《マケンシッコウ・オブリビオン》】を使用してい魔剣執行者に変身して強烈なプレッシャーを纏う。相手は対多数にも慣れているだろうからただ死角に回り込むだけではだめだろうと、向上させた移動速度を活かして、味方の攻撃に合わせて対応しにくい側面や背面へと回り込み、怪異の群れじゃ中々出来ないような連携を重視して攻撃を叩きこんでいく。
兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』の通信機能もあって二人は、緻密な連携を取っていた。久瀬・八雲がダッシュで距離を詰めて霊剣での切断をすれば、澄月・澪が背中から『魔剣執行・断罪』を放ち、また正面から柄と蹴りの打撃の応酬が攻めてきて、対応が遅れれば浄化の焔を撃ち込まれる。
常に圧をかけて、攻勢に回らせない。それが本当に怪異なら、大雑把な対処でも薙ぎ払えただろうが、本当の姿は人である。細かな嫌がらせを仕掛けては、一つ一つの選択ミスを、漏らさず次へと繋げる布石へとしていった。
それでも5代目塔主は意地を見せて抗って反撃を繰り出してくる。√能力者たちも傷を受けないようにと防御を意識するが、全てをしのぎ切れるわけではない。中にはダメージを負ってしまう事もあって、しかしそれは互いの治癒能力で怪我を治していった。
澄月・澪は√能力【忘れようとする力】を、久瀬・八雲は√能力【|猛火《モウカ》】で、負傷で手を止めるような事にならないようにと踏み倒し、相手の苦手な不意打ちも織り交ぜ虚を突いて、ガンガンと攻め立てていった。
「さあ、そろそろ降参とかはどうですか!?」
「うん、降参してくれると嬉しいな」
「恥ずかしながら、限界まで抵抗させてもらうなっ」
5代目塔主は追い詰められているというのにむしろ明るく言って、徒手空拳で二本の剣を対処していく。時間が経つごとに傷は増えていき、明らかに消耗しているのは見て取れるのだが、中々決めきれない。
久瀬・八雲と澄月・澪は、引き続き相手の弱点と思える、精密な攻撃を繰り返していく。鳩尾や膝、脛辺りを蹴り付けて動きを鈍らせるよう狙って、攻撃をされれば武器で受けて刀身に沿わせて受け流し、同時に長い柄を叩きこんでの反撃で、反応を遅らせた。
それなのにやはり、5代目塔主は倒れない。
「流石にしぶとすぎます!」
「このままだとこっちが限界だよっ」
「ならそっちが降参してくれると助かるけどなっ」
「しませんっ!」「しないよっ!」
仕返しのように5代目塔主が刃に乗せて投げかけると、二人の√能力者は息をそろえて否定した。その頑なな意思に、5代目塔主はむしろ嬉しそうにして、再び勢いを増していく。
このままでは、押し返されてしまう、と思ったその時、通信が入った。
「隙を作るよ!」
「一気に決めてください!」
薄羽・ヒバリが持ってきていたレギオンを全て注ぎ込んで特攻させ、深雪・モルゲンシュテルンが『従霊』のレーザー射撃に『対WZマルチライフル』の弾幕を浴びせ、5代目塔主の動きを封じた。
通信を聞いて、咄嗟に交代していた久瀬・八雲と澄月・澪は、息を合わせて叩き込む。
「澪ちゃん、行きます!」
「うん、八雲さんっ!」
二人の仲間が作ってくれた隙を逃さず、同時攻撃。久瀬・八雲が霊剣を振り抜き、√能力【|風斬《カゼキリ》】を発動し、澄月・澪が神秘を帯びた剣で√能力【|魔剣執行・剣嵐《マケンシッコウ・ケンラン》】を仕掛けていった。
「ぶった斬ってやります!」
霊剣の一振りは渦巻く熱と刃を生み出し、無数の斬撃となって襲い掛かり。
「これまでとは違うよっ」
忘却の神秘を纏った斬撃が繰り返し、敵の肉体を切り裂く。
「私よりもずっと長く戦ってきたであろう歴戦の相手。一回見たらきっと対応できると思う……けど。あなたは、見ても覚えていられない。あなたは忘れてるだろうけど……これで、300!」
得物も失い、その身で受けるしかなくなった5代目塔主。二人合わせて600にも及ぶ刃を受け続け、
「……かはっ!?」
ついに意識を飛ばすほどのダメージで血を吐いた。
薄羽・ヒバリ、久瀬・八雲、深雪・モルゲンシュテルン、澄月・澪の四人は集まり、その成果を見届けて、しかしまだ何かあるのではないと警戒する。
「倒れたけど、もう大丈夫なのかな……?」
「ですが、まだ体は残っています。倒せば塵になるはずですが……」
「もういっそ追撃かましちゃう!?」
「近づくのは危険な気がするよ。せめて、遠距離から……」
と、四人が方針を決めたその時、
————!!!!
まるで地震が起きたかのように部屋中が揺らぐ。その起点を四人は確かに見ていて、そこでは、5代目塔主が右拳を床に叩きつけ、立ち上がろうとしていた。
「ま、まだ、戦えるぞ……」
満身創痍でありながらそう言って、そして左拳も床へと叩きつける。
————!!!!
再びの揺れ。追撃をしようとした√能力者も照準をブレさせられてしまって。
そして、5代目塔主は次に右足を踏み出して。
————!!!!
三度にわたる衝撃が部屋中へと走り、すると途端にビキビキ、と音が鳴り始める。
「あ」
「崩れます!」
結末を一足先に知ったのは、踏み出した足が思っていた以上に沈んだ5代目塔主と、その可能性を警戒していた深雪・モルゲンシュテルン。後者は、すぐに仲間への被害を抑えるため、身に着ける兵装を起動させるよう指示をして、床から足を離す。
その直後、その戦場は崩落した。
「おぉおおおおおっ!?」
5代目塔主の絶叫と共にその戦場は、階下——6代目塔主の下へと降り注いでいくのだった。
●
「いってー!」
瓦礫と共に落ちた5代目塔主マルクス・フェルディナンドは、気の抜ける様子で尻をさすった。
それを、6代目塔主フェルディナンド二世は、呆然と見つめている。
「……父、さん」
「ん? あれ、お前ルキウスか!? おお! 大きくなったなぁ! ていうか今、父さんって——」
二百年余りぶりの再会に歓喜するマルクスだったが、言葉の途中で二人の下に攻撃が割って入った。
それをマルクスとフェルディナンド二世が同時に剣を交わして受け止めていて。
「今はまだ戦いの最中だよ」
「全く、久しぶりの再会を満喫させてもらいたいんだけどなぁ」
気づけばマルクスの体は傷を全快させていて、フェルディナンド二世も同様に本調子を取り戻している。
そしてその表情も、共に笑みを湛えていた。
「こうして戦うのは、初めてか。お前の実力、見せてくれよ」
「……ああ。ずっと見せてやりたかったんだ」
二人は背中を合わせて、互いを守るように戦う。
たった一人の家族として。
●
「うおっ、何だっ?」
禍神・空悟が6代目塔主へと止めを刺そうとしたその瞬間、瓦礫の雨を浴びせられた。
突如として天井が砕け、それに埋められてしまわないよう、拳で砕き割って対処していると、相対していたはずの敵の方から会話が聞こえてくる。
「……父、さん」
「ん? あれ、お前ルキウスか!? おお! 大きくなったなぁ!」
そこには、6代目塔主だけでなく、5代目塔主も立っていた。どうやら先ほどの瓦礫の雨は彼の仕業だったようだ。
全ての塔主と戦いたがっていた禍神・空悟は、次なる敵がわざわざ起こして下さったことに感謝を浮かべながら、早速攻撃を繰り出す。
「走ってばっかだったから、助かるぜ!」
やはり戦いでない運動は退屈だからと、フロアを駆け上がる事を面倒に思っていたがそれも解消された。その興奮で親子が感動の再開をしているというのにも構わず邪魔をして攻撃を入れ、するとそれは二つの剣が交わって受け止められる。
「こうして戦うのは、初めてか。お前の実力、見せてくれよ」
「……ああ。ずっと見せてやりたかったんだ」
「おいおい、なんだぁ? さっきより調子よさげじゃねぇか。それに5代目の方もピンピンしてやがる。上の奴ら、俺のために取っておいてくれたのか?」
と浮かべた推測は、背中を合わせて対峙する二人を見てすぐに違うと理解した。
「いや、家族のツラ見てハイになったってか。いいなぁ、さっきまでちょっと物足りなかったんだよ!」
1対2だろうがむしろ歓迎だとばかりに、禍神・空悟は攻め込む。
(5代目の方の得意ってのは、巨体や群れる相手だったか……つまり常識的なタッパで、かつサシで殺し合える奴が良いってことだろ? なら、相性がよさそうじゃねぇか、なぁ?)
星詠みからの情報を思い返して、新たな敵を分析する。とはいえ、対人外剣術と言う名前のくせして人間に対しても適応しているなんて、ミスリードは全然あり得る事だと警戒は怠らない。むしろ人が治める組織の長なら、対人の方が得手だったとしても不思議はないと用心しながら、様子見つつ相手の挙動を観察する。
「随分と息ぴったりだな」
やはり人数で劣る分、手数で押し切られた。
5代目塔主に集中したいところだったが、6代目塔主の器用貧乏な剣術が大雑把を補って、完璧な連携を見せてくる。さっき倒しただろうがと蹴散らしたいところだったが、それもまた5代目の直感的な踏み込みが攻撃を躊躇させて、退かざるを得なかった。
同時に戦うなんて想定はしていなかったが、むしろ面白いと禍神・空悟は戦いを楽しんでいる。
(6代目は5代目の子供だったよなぁ。ああ、確かに戦い方に名残があるな。応用は違うが、基礎が一緒って感じだ)
大剣一振りと、類まれなる体術で豪快に戦う5代目と、剣術と魔術を組み合わせて器用に戦う6代目。得物も違うし戦術も違うように見えるが、その構えや攻撃の誘い方はよく似ていた。
だからこそ、互いをよく理解して連携が完成されている。
「おいおい、これで本当に共闘は初めてだってのかよ」
チラリと聞こえた会話の内容を思い出して、さすがに文句を吐いた。でもその感情はやはり喜びに近い。
一人ずつの対処では難しいというのなら二人まとめて薙ぎ払ってやろうと、√能力【|竜侮《リュウブ》】を重ねがけし、極限域まで鍛え上げた肉体による純粋な暴力を先ほど以上に膨れ上げさせ、続けざまに√能力【|舞星《マイホシ》】でその体術を範囲攻撃化させた。
大剣の間合いを、剣と魔術の連携を走って避け、怪力による大雑把な波を打ち込みつつ、黒炎による焼却で蹂躙し攻め立てる。それは半ば、相手の連携と似た形だった。
どうにも5代目塔主の乱入によって、6代目塔主の領域は薄まっているようで、傷は割とすぐに体に刻まれる。とはいえ激痛には慣れているからと無視をして、絶えず怪力を叩きこんでいった。
やっぱり手数では負ける。だからこそ反撃を狙って√能力【|廻星《メグリホシ》】を叩き込み、その身を回復して継戦能力を維持する。
「懐に入らせてもらねぇなぁ」
そうすればもっと有利に戦えると思っていたが、やはり6代目の細やかな剣術と魔術が邪魔をしてくる。あちらを先に潰そうにも5代目塔主の野性的とも思える身体能力で反応されてしまう。
「厄介な親子だ」
口端を持ち上げながらまたも悪態を零しつつ、だから真っ向から打ち殺したくなる。
5代目塔主の弱点に不意打ちと言うのもあったが、そんなものは面白くない。だからここで一気に決めるためにと、その家族に宣言した。
「次で終いにするぜ」
そう言った直後、兵装『お守り(カレー味)』を投げ捨て、5代目塔主の大ぶりな隙へと攻撃を差し込む。すると見事に6代目の方が庇って来て、その程度なら多少の無理でも強引に鉄壁の肉体と怪力で弾くことが出来ると踏み込み、そしてその6代目に正面を向いた。
ターゲットをそちらに決めて、装備と言えるほどに鍛え上げた肉体を以て放つ体術を叩きこむ。
√能力【|竜殲《リュウセン》】。条件を整えて強化された一撃は、確かに6代目塔主を捉えていて、しかしその直前で大剣が割って入った。
「息子は守らせてもらうぜ」
「愛が深いなぁ! まるで俺が悪みてぇじゃねぇかよ!」
5代目塔主の視野はやはり息子を完全にカバーしていて、得物を砕け散りながらも庇いきる。歯が浮きそうなくらいの家族愛を見せられては、冗談めかした文句も放ちたくなるというものだった。
連携を崩す道筋が見えてこない。やはりとにかく叩き込むしかないのかと、長期戦を覚悟する。
(ま、本音は4代目に間に合いてぇからとっととくたばってくれるとありがたいんだがな)
更なる上階のことも気にはなったが、その思考も一瞬だけに留め、禍神・空悟はとりあえず目の前の楽しみから平らげようとするのだった。