シナリオ

⚡️オーラム逆侵攻~雪中の内部破壊

#√ウォーゾーン #オーラム逆侵攻

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⚡️大規模シナリオ『オーラム逆侵攻』

これは大規模シナリオです。1章では、ページ右上の 一言雑談で作戦を相談しよう!
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(毎日16時更新)

●囚われの伏龍
 レリギオス・オーラムのどこか……としか分からない。
 あなたたちは縛られたまま、金属壁の通路を歩かされ、今この部屋にいるのだから。
 コンクリートむき出しの、殺風景な箱のような部屋。
 入口の扉の前では、二体の戦闘機械が、疲れも知らず常に銃口を向けている。少しでもおかしな動きを見せれば、容赦なく蜂の巣にされるだろう。
 ――ビーッ! ビーッ!
 突如、尖ったアラート音が鳴り響く。部屋にひとつある扉がバンと開き、旧式の戦闘機械が飛び込んできた。
 見張りが咄嗟に声を上げる。
『ナニガアッ――』
 ガガガガガガ!!
 旧式の両手のマシンガンが、見張りの言葉をかき消した。蜂の巣になったのは、彼らのほうであった。
 扉から、さぁっと冷気とともに流れてくるのは、雪。
 両腕にマシンガンを下げた旧式が、シュワッと赫い霧に包まれ、その霧を裂いて一人の子供が現れる。
 切り揃えられた金髪。赤い双眸。どろんバケラーの少年は、あなたたちに高らかに告げるのであった。
「さあ諸君、反撃の狼煙を上げるときだ!」

●雪中の龍牙
 あなたたちを束縛から解放した少年は、星詠みであり、|治部《はるべ》・|亞比栖《あびす》と名乗った。
 というか、寒い。
 アラート音が鳴り続け、今や扉から、部屋に雪が雪崩れてきている。
「雪は、この施設にある特殊環境再現ルームをなんやかんやしたのだ。一帯に降り注いでおるゆえ、有効活用しておくれ。さて……」
 亞比栖がにやりと笑う。
「そなたらも、ただ捕まっておったわけではなかろう? なれば承知と思うが、現在取れる作戦は五つある」
 確認だ、と亞比栖は五つの作戦を軽く話す。

 作戦1:統率官『ゼーロット』の撃破、作戦2:オーラム派機械群の壊滅、作戦3:大黒ジャンクションの破壊、作戦4:√能力者の解放、作戦5:カテドラル・グロンバインの破壊。
(詳細は https://tw8.t-walker.jp/html/library/event/005/005_setumei.htm )

「我は次の収容ルームへ向かう。そなたらは協力し、そなたらの作戦に沿って動いておくれ。外は戦闘機械のテリトリーだ、気をつけてな。では」
 戦場に似合わぬ優雅なお辞儀をして、亞比栖はその場を去っていく。
 この部屋には、どうやらしばらく誰も来そうにない。雪への対処であちらもいっぱいいっぱい。話し合いをするなら、今だ。
 とはいえ、話し合いには参加せずとも大丈夫だ。あなたたちのうち、一番大きな動きによって作戦はおのずと決まるだろう。
 すでに施設には雪が深く積もっている。何をするにも、まず雪の中を進まなければならない。
 雪中の内部破壊作戦、開始である!

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第1章 冒険 『真夏に雪中行軍』


 施設内には雪が積もっている。少ない箇所でも1mはありそうだ。
 この部屋から作戦の目的地に移動するのは、たとえ√能力者であっても何らかの工夫が必要だろう。
 周囲には機械音声がやかましく飛び交っている。高周波の電波ほど雪に遮断されやすく、通信が阻害されているのだ。
 そのためか、各部屋から外に出ている戦闘機械たちがいる。通信さえできれば、部屋から出る必要もなかったのだろうが。
 あなたたちは戦闘機械たちに見つからないよう、雪の中を進まなければならない。見つかったら見つかったで、すみやかに対処しよう。なにせここは、敵地なのだから。
クラウス・イーザリー

(潜入の為に捕まったフリをしていたけど、アビィのおかげで上手く動けるようになったな)
 頭までかぶった布を胸の前できゅっと閉じ、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は今も離れた場所で戦う友を思う。
(……まさか、夏場に雪中行軍をすることになるとは思っていなかったけど)
 持ってきていた隠密用の布は、金属様の銀色。白一色の世界では浮いてしまうが、無いよりはマシだ。
 ひとつの理由は、雪の寒さを防ぐため。寒さは体力を奪うものだから。
 もうひとつの理由は、クラウスの見た目が黒だからだ。髪も黒、服も黒。たとえ銀色の布でも、かぶっていたほうが察知される危険は減るだろう。
 目指すは施設の奥、制御室や通信室のような中枢部。そこからなら、ゼーロット撃破に向かう人たちの支援もできるはずだ。
「!」
 ワイヤレスイヤホン型の聴覚補助装置が、機械の駆動音を拾う。戦闘機械が、先に三体。
 雪の陰に身を隠すが、敵は映像だけで周囲を把握しているとは限らない。
 そっとドローンを出し、思念操作で命じた。ドローンがジャミング電波を発する。
『……カメラ処理ヘ切リ替エ。部品ノ交換ガ必要』
『雪ノ影響リストノ更新モ必要』
 センサーだけではなく通信も妨害された戦闘機械たちが、音声でやり取りをして、来た道を戻っていく。
 うまく雪のせいだと思ってくれたようだ。あちらも雪だらけの状況は初めてなのだろう。データの収集中ならば、同じ手で混乱させられるかもしれない。
 ドローンにジャミングを続けるよう思念を飛ばし、先程の三体が戻る前に素早く進む。
 と、天井まで雪で埋まっている場所に差し当たった。
(――大丈夫)
 クラウスは、赤い輝石のペンダントに大切に触れる。仄かに温かいそれから、火の加護をもらい受けるために。
(雪は太陽が溶かすものだ)
 |太陽《あいつ》を思い浮かべれば、魔力が炎へと転じる。
 ゴゥッ
 分厚い雪の壁に風穴を開け、さらに先へと進んだ、そのとき。
 聴覚補助装置が音声を拾った。
『通信不能』
 近くにまた二体いる。通信不能になったのは、ジャミングのせいだろう。
『現状ノ見取リ図画像ハ、ドウ送レバ?』
『方法検索――印刷後、画像認識ニテ共有』
『了解』
 見取り図を、印刷?
 これ以上ない情報だ。
 銀色の布をかぶり直し、音を殺してそちらへ近づく。雪の山の前でひたりと身を隠した。
 この雪を隔てて、武装した戦闘機械がいる。
 察知されれば死。己の隠密スキルとジャミング電波だけが頼りだ。
 印刷が終わるまでの、短く長い時間。
 クラウスは、冷静であった。感覚は張り詰めても、心音に乱れはない。√ウォーゾーンで生き残るために身につけたスキル、いや、もはやこれが普通。
 戦闘機械が戻ってきた。紙の音がする。見取り図が、ある。
 クラウスの手に魔力が集まる。√能力【|黎明の月《レイメイノツキ》】により、月光を纏う細剣となった。ちょうど、かの友が手にしていたような。
 クラウスは目の前の雪に手をつき、ひらりと乗り越える。
『エネミー出現!』
 戦闘機械が銃口を向けるより、クラウスの刺突が早い。
「シッ」
 細剣が装甲の隙間を突き一体を機能停止に、見取り図のせいで武器を持てない一体も同じく突き刺し、見る間に二体を制圧した。
 ガシャリと崩れ落ちる戦闘機械から、クラウスは見取り図を取り上げる。制御室の場所、そこへ至る道も確認できる。
(次の作戦に迅速に移るためには)
 クラウスは迷わずきびすを返した。傭兵の判断はいつだって瞬時だ。
 すでに味方は散っているだろう。だが、一人でも多くの味方に、この情報を伝えなければならない。
 そのためなら、自身がここまで進んできた苦労も努力も切り落とす。
 ここから先に進めば制御室にだってたどり着く。それも切り落とす。
 来た道を戻る大胆な判断を下し、対極の慎重さをもって周囲を探りながら、クラウスは雪中を駆け戻っていくのであった。

和紋・蜚廉

(この閉塞と殺意の混じった空気、随分と嗅ぎ慣れたな)
 かつての下水道のことを思い、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は知らず拳を握った。
 あの辛酸。無様。敗走に次ぐ敗走。その末に得た――掟。
(今の我は、檻の中の蟲ではない)
 握る手が、ミシリと鳴いた。
 和紋・蜚廉は、此度も必ず生き延びる。
 その為に。
 一つでも多くの情報が必要だ。蜚廉は本来の姿、一匹の|蜚蠊《ゴキブリ》へと戻る。
 隠密と侵入に特化したこの姿でなければ、得られぬ情報がある。
 蜚廉は行動を開始した。
 通気孔を通り、敵の詰まった部屋の音声を聞き取る。
 床下に潜み、巡回の足音を聞き取る。
 そして配線裏を縫い、端末の音や警戒信号を聞き取る。
 その音の全てを、殻の内に溜め込んだ。音と音とを、翅の繊維を辿るように結び付けていけば。
 ――掴んだ。
 敵陣営は、雪の為に、こちらの全容を把握できておらぬ。
 ならば現状、より深部へと入り込めよう。
 その隙すら、蜚廉には聞こえていた。
『アレハ、ナ――』
 背後からの機械音声は、最後まで綴られなかった。
 白い雪の中、黒い蜚廉を発見した戦闘機械は、次の瞬間には傾き、崩れ落ちる。
 常の姿へと変じた蜚廉の手には、機械頸部から千切った銅線が握られていた。
 この先、敵の隙を突こうと思えば、どうしても戦闘機械共をやり過ごさねばならぬ箇所がある。
 ならば、何であっても利用するまで。
 蜚廉は√能力【|穢身変化《エシンヘンゲ》】にて、沈黙した戦闘機械を模倣する。
 外装、重心、傷跡の一つも――頸部以外は。
 瓜二つの戦闘機械となれば、まるで足元に伏した機械が脱皮し、新たにそこに立っているかのようであった。
 その捨てられた殻を、見つからぬよう雪中に埋める。今や蜚廉こそが正真正銘、「TK-026」号である。
 機械めの動きを、再現してみせよう。
 否、動きだけではない。反応速度すら、厳密に。
 その厳密さにて、戦闘機械が詰めている箇所まで一歩一歩、歩んでいく。
 蜚廉はさらに奴らを観察する。センサーの動きは、触角のそれに似ている。ならば模倣は精緻に、完璧に。
 こうなっては戦闘機械に見破る術は無い。
 蜚廉は見事にその場を切り抜け、角を曲がるとまた|蜚蠊《ゴキブリ》へと姿を変じた。
 制御室はその直ぐ先。一番に制御室に辿り着いたのは、蜚廉だ。
 だが、姿はこのまま。
 否。
 この姿でなければ得られぬ情報を得んが為に。
 雪に埋もれた死角を進み、天井裏へと潜り込む。
 通線を辿っていけば、周囲の……いや。あらゆる部屋からの配線が、一箇所へと集まっていく様が見て取れた。
(枝の集まる元こそ、奴らの根)
 蜚廉はさらに辿り、そして見つける。
 根だ。
 それは、この施設の自爆ボタン。
 施設の司令官と副司令官しか知らぬはずの、最高機密。
 蜚廉が這い回れば、仔細は次のように知れた。
 ボタンは、硬く強化された匣の中にある。匣をぴちりと閉じれば、その中は安全だ。施設が爆破されても、ボタンを押した者は、事の経緯の生き証人として残るだろう。
 これを上手く使えば、施設の機械を全滅させ得る。
「……ふ、掴んだぞ、汝らの根」
 もし。
 司令官らをハックしたとて、機密漏洩を防ぐ為、彼らは恐らく即座に機能停止する。それほど直接的な方法ですら、掴める根ではなかった。
 本来決して得られる筈のない情報を、蜚廉こそは、その姿と、その掟の律する意志によって、手にしてみせたのであった。

不動・影丸

 漆黒の髪、漆黒の忍び装束。そして漆黒の、鱗柄のマフラー。
 ムジナ流の忍びである不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は、これまで内情を探るために虜囚となっていたが、周囲の事態が動き出す。どうやら頃合のようだ。
(行動開始と行こう)
 部屋から出れば、一面の雪景色の中、怒号のような機械音声が飛び交っている。
 今の状況に、元凶の|統率官《ゼーロット》もまた混乱しているはずだ。
 この好機、存分に活かさぬ手はない。
(逆侵攻を成功させる。この忍務、必ず成し遂げる)
 影丸は、袖口からミノ実の糸を天井に放ち、貼りつける。それはしなやかで強く、影丸を軽々と引き上げた。そのまま次へと糸を放っては、振り子のようにして宙を移動していく。
 影丸は囚われている間にも、情報をしっかり集めていた。施設の中枢や通信室、そして弾薬庫などの場所も、おおよその見当はついている。
 雪にひとつの跡もつけず、風を切る速さで目指す先は、ここから近い弾薬庫だ。
 忍びたる者、できる限り痕跡は残さぬよう。
 しかし、さすがに弾薬庫に見張りがいないとは考えられない。
『エネミー発見!』
 思ったとおりだ。扉の前の戦闘機械二体が、影丸に銃口を向け、即座に発砲する。
 ガガガガガガ!!
「ムジナ流、空蝉の術」
『!』
 影丸が、消えた。
『ギ!』
『ガピッ』
 背後からの素早い剣閃に、見張りは機能停止に陥る。
 影丸である。影丸は、視界内のインビジブルと位置を入れ替える√能力、【|忍法・針千本《ニンポウハリセンボン》】によって、機械の背後を取ったのだ。
『何ガアッタ! 応答セヨ!』
 影丸が返す刀で、弾薬庫の扉を斬り落とすうちに、複数の足音と機械音声が近づいてくる。見張りの銃撃音を聞きつけたのだろう。
 だが。
(集まれ集まれ)
 それすらも影丸の策のうち。
 影丸はスッと弾薬庫に入る。弾薬庫は当然、火気厳禁。駆けつけた戦闘機械たちは銃をしまい、次々と近接武器を抜いた。
 その機械たちが、わっと影丸に襲いかかってくる。
「もっとだ」
 影丸が再び消え失せた。代わりにその場に現れたのは、巨大なハリセンボン。ぷく! と膨れ、囲んでいた戦闘機械たちを一気に串刺しにする。
 影丸はさらに後方、弾薬庫の中央まで下がっていた。
 一層多くの機械たちが集まってくる音、音、音。機械たちが殺到し、もはや入口から逃げることは不可能。影丸はただ、追い詰められている――
 ――ように、機械たちには見えたかもしれない。
 奥へと追いすがった戦闘機械の刃が、影丸を捉えんとした、そのとき。
 三たび、影丸の姿が消える。
『!』
 代わりに現れたのは、巨大な電気鰻だ。
 戦闘機械が瞬時に生物を特定し、アラートを発する。
『至急撤――』
 バチバチバチッ
 ダァァァァァンン!!!
 電気鰻の放電により弾薬庫が大爆発した。集まった戦闘機械たちを、一網打尽に巻き込んで。
 もうもうと立ち込める煙、そして火薬の臭い。
 肝心の影丸は、弾薬庫のはるか外に立っていた。
 【|忍法・針千本《ニンポウハリセンボン》】にかかれば、機械で埋まった入口を抜けて脱出するなど、至極容易なことである。
 影丸は、その冷めた灰色の目で、この場の策がすべて滞りなく済んだことを見届けた。
(お前達に構っている暇はない。先を急ごう)
 そうして何事もなかったかのように、また天井にミノ実の糸を飛ばし、雪の静寂へと消えていくのであった。

シアニ・レンツィ
ヴォルキス・オーウェル

 ヴォルキス・オーウェル(未知なる地球外物質・h02558)は、すでに√能力を発動させた姿で捕まっていた。
 普段は『博士』と瓜二つであり、五十代の男性の姿をしているが、今は『博士』の若かりし頃の姿になっている。√能力【ディスク・ランドセル】の力である。
 ヴォルキスはディスク・アクセプターであり、アクセプトディスクから『博士』の能力とともに人格もロードするため、常とはずいぶん違う。
 服装もピンクと白の縦ストライプワイシャツに、白いスキニーパンツ、スニーカーという若々しいものだ。
(さて、|連中《戦闘機械群》の吠え面でも楽しむか)
 今回、ヴォルキスが捕まったふりをしたのは、ただの余興であった。
 そんなことのために自身が目立つのは避けたい。
「なぁアンタ、この奥へ向かうんだろ?」
 手に桃色の炎、アートマニアをまとわせながら、一人の√能力者に話しかける。
「わわっ! 雪ってときに炎だ! うんっ、あたしも奥に行こーって思ってます!」
 青い肌に白い髪、そしてキラキラの緑の瞳が印象的なドラゴンプロトコルの女の子、シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)が元気に答えた。
「なら一緒に行かないか? オレに任せろ!」
「頼もしすぎる……! あっあたしはシアニです。よろしくねっ!」
「オレのことは『ワカ』でいいよ、シアニ」
「ワカ先輩! さっそく出発しよーっ!」
(ワカ先輩……? まぁいいが)
 少しばかり気圧されつつ、相方がこのくらい元気なほうが自分は目立たずにすむと、ヴォルキスは先に行ったシアニの背を追うのであった。
 シアニは、進んでは止まり、進んでは止まり、来た道を熱心にマッピングしていく。
 ヴォルキスが来ると、声を落としながらも、意気揚々と作戦を話しだすのだ。
「んとね、足跡や轍が多く残ってるほうに進むとね、いいんじゃないかなぁって」
「ほう」
「だってさ、通信が使えないなら、重要な部屋に指示をもらいに行くはずなんだよね。そのルートなら通れるはず……!」
「なるほど。それでいくか、助かるぜシアニ」
「えへんへんっ」
 シアニは褒められて鼻高々、でもハッと、そんなことしてる場合じゃないと我に返って、てへてへと照れながら先へ向かう。
(表情がコロコロ変わるな……)
 ヴォルキスは、なんだか珍しいものを見ている気分だ。
 シアニの作戦も悪いわけではないが、敵の多いほうへと向かうのは、見つかるリスクを上げることでもある。
(仕方がないな。行け、レギオン)
 ジェネラルレギオンのヴォルキスは、密かにレギオンを飛ばし、先行させる。
 そうしてレギオンを操りながら、シアニとともに少しずつ進んでは、雪に身を隠すことを繰り返す。
「普段はさ」
 小さな声で、シアニが話しかけてきた。
「ん?」
「出会った敵は叩き潰してるから、こういうのは新鮮だなぁ。ふっふっふー、今日のあたしは凄腕スパイ、シアニ!」
 ビシィッとポーズを決めるシアニに、ヴォルキスは呆れてふっと吹いた。
「……凄腕スパイくん。もう少し声を落とそうな」
「おわわわ……。はーいワカ先輩」
 口を押さえ、素直に応えるシアニ。よろしい、とヴォルキスも頷き返す。
 先行させたレギオンにより、情報収集と敵の排除をおこなっていたヴォルキスだったが、あるときスッと目を細めた。
 レギオンがいない道の部屋から、数体の戦闘機械が出てきたからだ。
 気配が変わったのは、シアニもまた同じ。魔物狩りの経験で身につけた聞き耳スキルが、機械の駆動音、雪を踏みしめる音を聞き逃さなかった。
(無能、というわけではないらしい)
 さてどうするか、とヴォルキスが思案すると、傍らでシアニが雪を取って雪玉を作り始める。
(……お手並み拝見、だな)
 シアニは聞き耳に集中する。そして頭の中で思い描く。機械たちがどこにいて、どこへ歩き、どちらを向いているのかを。
 そうしてタイミングをはかり――雪玉を、投げた。
 コシャッ
 硬い金属壁にわざと当て、音を立てる。
『異音アリ、異音アリ』
 戦闘機械たちが雪玉のほうへ向かい、目の前の角を曲がると、こちらに背を向ける。
 二人は合図もなしに、揃って素早く移動した。
 雪の陰に隠れ、ヴォルキスが親指を立てれば、シアニはでへへと顔をゆるゆるにするのであった。
 その後は、レギオンのおかげでスムーズに進んでいく。シアニには知るよしもないが。
 そんなシアニの胸中に、ある思いがこみ上げてきた。
 バッチリ顔に出ている。
「どうしたんだ、シアニ」
「はへぇっ!? な、なんでもないよ!」
「なわけないだろ。あと声を落とそうな。どうしたんだ?」
 うっ、と言葉に詰まるシアニ。カクリと肩を落とすと、ぽつぽつ話し始める。
「つ、捕まったのは、わざとなんだよ? ほ、ほんとだよ?」
 目を逸らしながら言われても説得力がない。
「でも……うう。急にいなくなって心配掛けてるよね。帰りたいな。恋しいな」
 シアニは、|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》だ。
 竜にも人にも混ざれない。
 人といられれば、いつもその人を大好きになってしまうから、寂しくはないのに。こうして離れてしまうと、途端に寂しくなってしまう。
「そうか。シアニ、人恋しい分は、まぁオレで我慢してくれよ」
「!!」
 シアニの大きな目が、もっとまん丸になった。
「あっあっ、そうだよね。ワカ先輩がいてくれるのに……!」
「しーっ、声を落としてるのは分かるが、もっと落としてくれ……!」
「あっ、えへへ……。えとね、ありがとね、ワカ先輩っ」
 パッと花が咲くように笑顔を見せるシアニ。ヴォルキスはなぜだか、その笑顔に小さく当惑し、ついと目を逸らすのだった。
 心なしか二人の足並みも揃ってきたような、そんな雪中行軍の先。
 見事なまでの雪の壁が二人を阻んでいた。
「わざと、だな」
「うん。下に足跡がいっぱいあるもんね。機械の音もするし、この先に何かあるよ」
「準備してくれよ、シアニ。……戦闘に入るぜ」
「うんっ」
 シアニはぎゅっと手を組み、念じる。大好きな彼らへと。
 するとミニドラゴンの幻影の群れが、ぶわりと現れシアニを取り巻いた。シアニの√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】である。
 ヴォルキスはふんと鼻を鳴らす。悪くない。
「行くぜ!」
 ゴゥッ
 ヴォルキスの炎、アートマニアが雪壁を溶かすと、戦闘機械たちが一斉にこちらを向いた。
「もう一発だ!」
「みんなっ、合わせて!」
 ミニドラゴンたちが火球を吹き、アートマニアの桃色の炎と合わさって、炎の嵐となる。戦闘機械たちはひとたまりもない。
『何ガアッタ!?』
 先にある部屋の中から、さらに戦闘機械たちが出てきた。
「行けるな、シアニ!」
「もっちろんワカ先輩! みんな全力ーーっ!」
 ゴウウゥンン!!
 二度目の炎嵐が戦闘機械たちを巻き、あっという間に全滅させた。
 シアニは右手を挙げ、ハイタッチの構えだ。再び当惑したヴォルキスだったが、ひとつ息をつくと、パチンとハイタッチに応じる。断るのも不自然だ。
 だが、シアニはにぱーっと満面の笑みになる。そのまま、てってっと先の部屋へ向かっていく。
「へへっ。ここって……うわー制御室だ! すっごい! ぜんぜん分かんないよ!」
「おいおい。来た意味なくないか?」
「て、適当に端末叩けば……!」
「やめてくれ。オレがやるぜ。何がしたいんだ?」
「え、えーっと、周辺情報とか、ゼーロットの護衛の格納庫の位置とか、調べたいなぁって……」
「分かった。周辺情報からな」
 そう言うと、ヴォルキスはまるでピアニストのようにキーボードをはじき始める。
「うおぉ……! ワカ先輩すっごい……!」
 次々に現れるウィンドウと、ヴォルキスの技術に圧倒されながら、一方でシアニは、なんだか申し訳ない気持ちにもなるのだ。本当に、この制御室に自分が来た意味がない。ワカ先輩の言うとおりだ。
 ならば、せめて。
 シアニはミニドラゴンに頼んで、念話を飛ばす。
 誰か……、誰か機械に詳しい人、じゃなくっても、機械大丈夫な人。制御室はこっちだよ、助けて……!
 それは機械には聞き取れない、極秘のSOS。シアニたちを中心に、念話が施設中を駆け巡っていくのであった。

花園・樹
天翳・緋雨

 花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は、一路通信室を目指していた。クラウスと会い、彼の持つ見取り図から通信室の場所を知ったのだ。
 そのクラウスが、見取り図を上下逆さまに見ていたから、いち教師として軽く見方を教えはしたが……。
(大丈夫かな、クラウス君)
 若干の不安を覚えつつ、信じようと思い直して走る。
 戦場から多少浮いているスリーピーススーツは、幸い破れたりはしていないようだ。
 星詠みのおかげで抜け出せはしたが、樹は、調査の真っただ中に捕まってしまった。機械による縛り方も粗く、一張羅も心配だったし、何より尾が痛かった。
 樹は半人半妖。ニホンオオカミの耳と尾が生えている。
 これこそが妖『真神』の血を引く証であり、過去、隠し通してきたものでもある。ある覚悟とともに隠すのをやめたのだが、それはまた別のお話。
 従えている動物霊・イヌガミに先行してもらい、自身も人ならざる感覚を総動員して、慎重に進みながら……
 樹は、人のことばかり思わずにはいられなかった。
(ゼーロットとは以前一戦交えた時にやたら小物感……ごほん、見栄を気にする相手だとは思ったけれど)
 あの、どこか危うそうに見えた統率官。
(……まさかこんなことをやらかすとはね)
 本当に、危うかったのだ。
 止めてやりたい、と思ってしまうのは、樹が甘すぎるのだろうか。
 いや。今は目の前のことに集中を。
 迷わないように、進んできた経路をメモに取る。目印になりそうな物も一緒に書き込む。これがもしかしたら、誰かの役に立つかもしれないのだから。
 と。
「おっと……」
 雪が天井まで埋まっている箇所に差しかかり、イヌガミが困ったようにうろうろしている。
「うーん、戻ると遠回りだね。かき分けよう」
 そう言うや、樹は率先して雪に手を突っ込む。決してイヌガミ任せにしたりはしない。
 でも、冷たい……!
 くぅん? とイヌガミが心配そうにするから、樹は余計に引けない。そういう性格なのだ。
「大丈夫……! 一緒にかき分けたら、きっとすぐだから」
 樹が優しく言うと、イヌガミも張りきって、わふわふと雪を掘ってくれる。
 なんとか、樹がしもやけを作る前に進めそうだ。
 だが。
「……やっぱり、一筋縄ではいかないみたいだね……」
 雪に身を隠しながら、樹は悔しげに呟く。
 目指していた通信室の前には、守りを固めようと、八体もの戦闘機械が集まっていた。
 少し時は遡る。
 気楽に鼻歌なんて歌いながら、スノボ型のリアクターに片足をセットしていたのは、天翳・緋雨(天眼浪士・h00952)だ。
 紫の目が、このイベントをうきうきと楽しんでいる。
「ふぅん、捕まるトコまでは難なく進んでこれからどうしようって感じだったけど」
 額には、赤い|第三の瞳《サード・アイ》。それが、緋雨が普通の人間ではないことを示していた。
 人工の心臓。体内を巡るナノマシン群。各種のセンサーとリンクする神経系。
 人の見た目でありながら、中身はまったく違う。
 だがそれはそれ。
「アビィさん、大胆で効果的な手を打ったみたいだ。このアシスト、活かさない訳にはいかないよね!」
 今は、この状況を楽しみきろう! せっかくの真夏の雪なんだから!
 とはいえ緋雨は、どちらかというと目立つほうが得意である。
 潜伏や隠密だけでやり過ごせる自信はないし、すべてを叩き伏せるほどの強さもない。
 そこでの、この浮遊式アクティブリアクターだ。
 スノボ型のそれに体重を乗せ、雪を蹴れば、みるみるスピードを上げていく。
「いいね~。でももっといけるでしょ」
 重心移動だけでも速度を生み出せるところに、推進器の補助もあって、緋雨の言うとおりさらに速くなる。
 90度の角も、そのテクニックでエッジを効かせ、スピードを殺さずに曲がれば、殺すどころかより加速する。
「ふふっ、このスピード感、クセになりそうだ」
 ゴキゲンな緋雨の前方に、敵影が二体見えた。
 即座にナノマシンによってジャミングを放つ。
 緋雨が機械たちの横を通ったのは一瞬。彼らは、ジャミングによって緋雨を認識できず、後方でそのまま巡回を続けているようだ。
「楽勝~……っと。これはもしかして、仲間のピンチってやつかな?」
 遠目に見えるのは、雪に隠れている樹とイヌガミの姿。そして、通信室の前の八体の戦闘機械たちである。
「OKOK。ねぇ! あなたたちもオレと踊らない?」
『エネミー接近!』
『迎撃スル!』
「オレに追いついてきなよ」
 アクティブリアクターで、八体の前をこれ見よがしに曲がり、ついでにエッジでザーッと雪をかぶせた。
 八体の機械たちは、スピードモードに変形し、緋雨を追っていく。
「……助けてもらっちゃったね。あとでお礼を言わないと。さあ、今のうちだ」
 樹はイヌガミを連れ、がら空きの通信室へと入っていくのだった。
 高周波通信は雪に阻害されているとはいえ、低周波や有線など、それ以外の通信はまだ生きている。
「通信は戦闘機械のいわば会話……ここを断つ意義は大きいだろう」
 樹はスラリと霊刀・狼牙を抜く。
「ハッ」
 狼牙はやすやすと盤面を斬り裂き、機能を停止させた。
『エネミー発見!』
「新手っ」
 樹はとっさに跳躍し、戦闘機械が構えるより速く一閃した。√能力【|影狼《カゲロウ》】である。斬られた機械にイヌガミが追い打ちをかけ、機能停止に追いこむ。
「ありがとう、イヌガミ。この部屋は壊せたし、早く逃げよう。おいで」
 両手を広げる樹の胸に、イヌガミがくるりと尾を巻いて収まった。
 【|影狼《カゲロウ》】の効果で、樹は今、霊力の霧をまとった隠密状態になっている。
 さらにやって来る機械たちの横を抜け、樹とイヌガミは通信室を後にした。
 しばらく離れるまで走った、そのときだ。
 くしゅん。小さなくしゃみが聞こえた。
「……誰かいるのかい? 大丈夫、味方だよ」
 くしゃみのほうへ向かえば、捕まっていたうちの一人が顔を出した。
「よ、よかった……。アタシ、戦う力がなくて……」
 √能力者の女の子は、今にも泣きそうな顔をして話す。歯の根が合っていない。
「よく頑張ったね」
 そんな女の子の頭を、樹の温かな手が撫でた。
 女の子の目から、大粒の涙が零れ落ちる。
「大丈夫だよ。このメモの、この場所が出口のひとつだから。一人で行けるかい?」
 樹がメモを差し出せば、女の子はうん、うんと頷いた。
「気をつけて。戦闘機械がうろうろしているからね」
 何度も頭を下げたあと、女の子がふっと消えた。なるほど、これなら大丈夫そうだ。
 自分も先ほど助けてもらった。自分もまた、困っている人を助けたいと、そう思う。
「さっきのスノボの人は大丈夫かな……」
 一方、こちらはその緋雨。
 疾走することで、敵陣を長く伸ばし、一体ずつ倒す作戦だ。
 スピードモードの戦闘機械たちが、じりじり距離を詰め、追いすがってくる。
 そして最前の一体が、緋雨に体当たり!
 ドンッ
 衝撃に弾かれた緋雨が、そのまま宙を華麗に舞う。一回転を決め、リアクターで蹴り返した!
 その瞬間、緋雨のダメージが全快する。√能力【|機人は舞う夢幻の如く《キジンハマウムゲンノゴトク》】の効果だ。
 戦闘機械は壁に飛ばされ、クラッシュしてリタイア。
 蹴りの反動と爆風に乗って、緋雨はさらに前へと進んでいく。
「まだまだ先頭は譲らないよ?」
 そのときであった。
『誰か……、誰か機械に詳しい人、じゃなくっても、機械大丈夫な人。制御室はこっちだよ、助けて……!』
 念話が走った。シアニだ。
「……機械ならまぁ、詳しいほうかな? 行きますか~」
 ゆるっと言いながら、緋雨はレースコースをギャリギャリ変更する。
 樹もまた、離れた場所でその念話を拾った。
「機械か……。得意ではないけれど、味方を放ってなんておけないからね」
 念話の発されたほうへ、樹も走り出した。通信を断たれた戦闘機械たちのすぐ横を、隠密状態で抜け、まっすぐに目指すのは――制御室!

 モニターがずらりと並ぶ制御室には、キーボードを叩くヴォルキスと、手持ち無沙汰で、もだもだしているシアニがいた。実はもう一人いるのだが、彼も調査中だ。
「念話、届いたかなぁ……」
 ぽつりと零したシアニの耳に――狩猟で磨かれたその耳に、騒がしい音が近づいてくるのが聞こえた。弾かれたように、シアニは制御室を飛び出す。
「誰か来てくっうわああーーー!?」
「ごめんね~、倒すの手伝ってほしいな」
 緋雨が、七体の戦闘機械を引き連れて、アクティブリアクターで疾走してきた。
 この辺りの雪はヴォルキスとシアニの炎嵐で消えているが、リアクターは浮遊式だ。機械たちとのレースは、緋雨のゴールで決着する。
「あわわっ、ミニドラちゃん、火球ーーっ!!」
 ミニドラゴンたちが火球を吹く。前の機械三体が受けた、いや、後ろの四体が前衛を盾にしたのだ。無傷の四体がシアニに迫る。
「半数をよく減らした、シアニ」
 ドガガドッ!
 それはまさに、一陣の黒い風。戦闘機械たちは揃って崩れ落ちた。
 一人立っていたのは――
「蜚廉先輩ーっ!!」
 常の姿に変じた|和紋《わもん》・|蜚廉《はいれん》、その人であった。
「調べることがあって遅れた。だが、面白いものを見つけたぞ」
「ここかな? 制御室」
「む」
 そこへ隠密を解除して、樹とイヌガミが現れた。
「私にも何か手伝えることは、って、スノボの人じゃないか」
「あ、さっきの。オレは|天翳《あまかげり》・|緋雨《ひさめ》っていいます」
「緋雨君、助かったよ。私は|花園《はなぞの》・|樹《たつき》。おかげで通信室を破壊できたよ」
「おお~。あっ、ちなみに、機械に詳しい人をここに呼んだのって?」
 緋雨が念話の主を探せば、シアニがハイハイと手を挙げる。
「あたしが呼びましたっ! ゼーロットの護衛の格納庫を調べてほしいんだっ」
「了解~。やってみるよ」
 緋雨はひらひらと手を振って制御室に入り、ヴォルキスの隣でキーボードを叩き始める。
 と、向こうから天井を伝ってくる二つの人影。
「念話を聞いた。それと」
 影丸がひらりと天井から舞い降り、抱えていたクラウスを下ろしながら、彼に話を振る。
「うん。見取り図によれば、制御室に脱出口がある。だから制御室を拠点にするべきだと思って」
 クラウスはサッとその場の人数を確認した。顔から、表情が落ちる。
「一人脱出できてないね。できる限り逃がしたけど、最初の部屋で捕まってた人数と合わない」
「あっ。私が一人逃がしたよ!」
 樹がパッと手を挙げて報告すると、クラウスの顔がほっと緩んだ。それを見て、樹も同じ顔になる。
「樹さん、ありがとう! なら、ここにいる以外の全員は脱出できてるね。よかった。アビィ、星詠みも離脱済みだよ」
「そっか。クラウス君、脱出口、一緒に探そうか?」
「あっ。……うん、お願いするよ。やっぱり紙の地図はよく分からないな……」
 樹は、また逆さになっている見取り図を見て苦笑しつつ、クラウスと制御室に入っていく。
「敵襲!」
 影丸の鋭い声で、緩んでいた空気がピリッと張りつめた。
「……多いな」
 蜚廉が零す。さすがの蜚廉をしても、捌ききれない数だ。
 だが、実際にはこれでも一部である。もし通信室が生きていれば、数の暴力に屈していたことだろう。
「扉を封鎖する。入ってくれ」
 影丸が短く言い、先に制御室へと入る。
「承知した」
「封鎖だったらミニドラちゃんも手伝えるよっ」
 蜚廉とシアニも影丸に続いた。
 影丸は袖口から扉に向けて、ミノ実の糸をシューッと放出する。強靭な糸により、扉はガッチリと固定された。
 さらに。
「みんなーっ、鎖でもっと縛っちゃおー!」
 ミニドラゴンたちが、扉に縦横無尽に魔力の鎖を渡していく。
 影丸は、それでも冷静であった。
「弾薬庫は破壊した。もはや奴らに火力は無いが、この壁の強度ならば、おいおい破壊されるだろう」
「えぇーっ!?」
「案ずるな、シアニ」
 翅を揺らし、蜚廉がシアニをなだめる。
「この制御室には脱出口があるようだ。それに――施設自爆ボタンもある」
「「「え?」」」
 何人かの声が重なり、全員の視線が蜚廉に集まった。
 蜚廉は常の調子で、朗々と続ける。
「ボタンを押す者は、生き残るように設計されている」
 ドォン!
 外から扉へ体当たりした音だ。
「汝らが脱出したのち、我がボタンを押そう」
「「あった」」
 今度は樹とクラウスの声が揃う。樹が取っ手を引き上げれば、脱出口が現れた。
 そこへ、足音もなく影丸がやって来る。
「仔細承知。先行する。俺はここでできることもない」
 また音もなく、影丸は脱出口へと消えていく。
「おっと。一人にするのは危ないよね」
 緋雨がモニターから顔を上げた。
「調べもの、今終わったからオレも行くよ」
 身軽な動きで、緋雨が影丸の後を追う。
「あたしも行く! あたしじゃ足手まといだもんね……」
「そんなことはないよ。皆を呼んでくれたんだろう? ありがとう、シアニ君」
 樹が柔らかく微笑めば、シアニの目がうるうると潤んでいく。
「あ、ありがと樹先輩……! ううーっ!」
 感極まった勢いのまま、シアニも脱出口へ。
「ありがとうにありがとうと言われてしまったね……」
 苦笑しつつ、樹も続く。
「こっちも調査完了だ。先に行くぜ」
 タンッとキーボードを叩き終え、ヴォルキスも脱出口へと滑り込んだ。
 調査完了、というのは半分嘘である。
 シアニに頼まれた以上の情報を、たんまりと抜いていた。黙っていれば、誰に分かるわけでもない。
 残ったクラウスが、監視カメラのモニターに目をやる。外は夜。
「蜚廉さん。外で全員の無事を確認したら、三回チカチカチカッとするよ」
「分かった。気をつけろよ、クラウス」
「蜚廉さんも……いや、心配することはないな。また外で」
 信頼のこもった会釈をして、クラウスも脱出口へと消えていった。
 ドンッ ドンッ バリッ……バリバリ……!!
 扉周りはそろそろ限界だ。
 外では、クラウスが声を張り上げる。
「走って! 爆発前に伏せて、目と耳は閉じて口は開けるんだ!」
 気配を数える。全員いる。
 チカチカチカ
 バァァン!!
 扉が壁ごと破られた。だが、蜚廉は淀みなく匣に入り、ぴちりと閉じる。
 大量の敵に囲まれながら、蜚廉の指がボタンにかかり、一瞬止まる。
 奴ら|もまた《・・・》、炎に巻かれて死んでいくのか。
 ――ただの感傷だ。
 弱いゆえに死ぬ。それだけのこと。
 蜚廉の硬質な指が、ボタンをカチリと押す。

 ドガアアアアアアアアアアアン!!!

 夜空を焦がす大爆発。
 気圧変化が通り過ぎると、樹が真っ先に全員の無事を確認した。
 脱出した者は、誰一人欠けることなく揃っている。
 あとは、蜚廉だ。
 皆が固唾を飲み、爆発の濃密な煙の中を見守る。
 そこに、ちら、ちらと揺らめく黒。
 瓦礫を一歩、一歩踏みしめ、蜚廉が姿を現した。
 和紋・蜚廉は必ず生き残る。
 そうして彼は、やはり常の調子で言うのだった。
「次の作戦を聞こう」

第2章 冒険 『夜襲作戦』


 夜。
 施設爆破の残滓が漂う中、外でも雪が舞っている。雪の発生元は、どこか別の施設なのだろうか。
「ワカ先輩っ! 周辺にばちこーん! ってできそうなところ、あったかなっ」
 シアニがヴォルキスへ、わくわくした目で尋ねる。
 そこへ緋雨が手を挙げ、自身へと注目を集めた。
「オレからちょっとだけ。こっちはハズレだったから、先に軽く報告するよ。ゼーロットの護衛の格納庫だけど、ついさっき空になったみたいだ。連れていったのはゼーロット。でも変なところもあって、格納庫に入ってたのは一個体だけみたいなんだよね。しかも危険ってタグで管理されてた。相当なシロモノっぽいけど、今はどうにもできないからね~。報告までに。帰ったら共有しておくよ。以上! ワカさんだっけ。どうぞ~」
 話を振られて、ヴォルキスはやや渋々といった様子で話しだす。
「ああ、オレのことは『ワカ』でいいよ。実は今現在、進軍している増援がいるんだ。かなりの数だぜ」
 ゼーロットは、羽田空港に築かれた『カテドラル・ゼーロット』を拠点としている。そこへとまっすぐに向かう大軍があるのだ。合流されれば厄介極まりない。
「だが連中、ここのすぐ傍の戦闘機械都市を通るようだぜ? あまり時間はないが、まだ時間があるとも言える。言ってる意味、分かるだろ?」
 つまり、先に何か仕掛けてもいいし、通っていく奴らの上のビルを崩してもいい。この闇に、この雪だ。やり方によっては、増援を全滅させることも十分可能だろう。
 影丸が頷いた。
「なるほど、戦闘機械都市ならば直る。痕跡も残らない」
 クラウスがさらに付け加える。
「先にハッキングが必要だね。生物を見つけると、都市が攻撃してくるから」
「そういうことだ」
 ヴォルキスが、まとめるぞと手を叩いた。
「差し迫ったことだからな。次の作戦はこれに絞らせてもらうぜ。オレたちは敵の進軍ルートを一方的に掴んだ。そのアドバンテージと、夜と雪。こいつらを活かして連中を叩くってわけだ。さあ――」
 ぐるりと、ヴォルキスが全員を見渡す。樹、蜚廉も首肯する。
「雪夜の襲撃作戦、開始といこうぜ」
クラウス・イーザリー

「それじゃ、先に行くね」
 黒衣の青年、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は闇夜を駆けだした。
 まずは、戦闘機械都市の生命攻撃機能を止めなければならない。それには、√ウォーゾーン出身のクラウスが適任だろう。
 都市に入る前に、ドローンに思念操作でジャミングを命じ、自身も√能力【|隠の徒《ナバリノト》】を使った。移動力と戦闘力は落ちるが、肉眼以外では見つからなくなる。
 躊躇なく戦闘機械都市に踏み込んだ。
 雪の都市は、シンともしない。音という音のない、静寂の支配する冷たい街だ。
 雪の多い箇所は、多機能ガントレットからワイヤーを射出し、上に引っかけて乗り越える。その引っかけ跡も、雪の上には足跡も残るが、|生命《クラウス》が認識できなければ攻撃をしてこない。ただデータとして記録されるだけだ。
 機械なんて、そんなもの。
 目指すのは手近な電波塔だ。大体そこに制御端末がある。
 あった。思ったとおりの場所にあるパネルを開け、手持ちの端末でハッキングをかけた。
 【ERROR】
「……」
 エラーの詳細を確認する。
 【|Components are messy.《なかみがぐちゃぐちゃです》】
 このパターン。
 数えるほどしか経験がないし、何よりレリギオス・オーラムで当たるとは思わなかった。
 それでも、このパターンを知っているクラウスは、一路都市の中央部を目指すのであった。
 円形の都市の、中央に位置する建造物。
 その地下に、『マザー』があるはずだ。
 階段を駆け下りれば、『MOTHER Room』の表記がある。ここだ。
 認証をハッキングで突破し、部屋に入った瞬間、ギッと天井の銃口がクラウスを向いた。
 肉眼以外では認識できないクラウスを。
 ――肉眼が、あるのだ。
 【|隠の徒《ナバリノト》】を即時解除する。
 移動力、戦闘力の戻ったクラウスは横へ跳ぶ。クラウスがいた場所をレーザーが撃った。
 クラウスを追う、肉眼。
 それは二十代半ばの女性であった。裸身で、培養槽の液体の中、ヘルメットと何本ものチューブに繋がれている。
 認識が肉眼であるせいで、狙いの甘いレーザーを避け、クラウスは小型拳銃を抜く。追撃のレーザーをガントレットのバリアで受け、撃つ!
 パァン
 乾いた音。培養槽が割れ、外へと流れ出す液体が赤に染まっていく。
 都市が、沈黙する。第一段階クリアだ。
 クラウスは戦闘において、感情を抑え冷静であることを常としている。もし彼女が生きていたのなら、抑える感情は今よりももっと大きかっただろう。
 レリギオス・オーラムは人類殲滅派。だからアレは生体パーツ、つまり、死体だ。
 クラウスは培養槽に近づき、遠慮なくマザーを抱えて、チューブを引き抜きながらその種類を確かめる。どれも、肉体維持のためのもの。
 ならば、マザーからの命令は、クラウスと同じ思念操作だ。
 思念。
 死体でも、電流を流せば、狙った内容の思念操作をさせられるらしい。
(じゃあ俺のこの思いは、思念は、何なんだろうな)
 クラウスは、持っていた銀色の布でマザーをくるみ、抱えて走りだす。マザーは都市から出したほうがいい。
 走りながら、今後のことを考える。
 マザーは、できれば埋めてしまいたい。都市への影響をできる限り減らすためだ。
 それに√ウォーゾーンでは、土葬は最上クラスの弔いでもある。
(……死体すら残らないやつだっているんだから)
 それから、都市から出るのなら、一度仲間と合流したほうがよさそうだ。
 思念操作タイプの都市の乗っ取りは、|管理者《admin》の上書きくらいで済む。
 それなら残るより、都市の修復機能がおそらく働かなくなったことを、仲間に伝えたほうが安全というもの。
 問題は。
 戦闘時、クラウスが思念操作しなければならない対象が、この戦闘機械都市丸ごとということだ。
 一体どこまで耐えられるだろう。
 都市から出ると、地面が硬い金属から土へと変わった。
 ガントレットのクローで掘って、マザーを横たえ、手早く土をかぶせる。
 ふと。すぐ近くに、一輪の花が咲いていた。都市の外だったため、生き残ったひとつの命。
 マザー、いや、名も知らぬ彼女もまた、どうか命を巡らせますよう。
 小さく目礼すると、クラウスは雪の闇夜へと消えていくのであった。

和紋・蜚廉
ヴォルキス・オーウェル

 戦闘機械都市が沈黙する。クラウスがやってくれたようだ。
 侵入者排除の仕掛けもすべて停止している。
 それを確認し、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は行動を開始した。
 夜に溶け込む黒影が、音もなく都市を駆ける。
 蜚廉の目的は、ビル群の崩落だ。
 敵の進軍コースは頭に入っている。主なビルの位置もだ。
 だが、ビルを狙った方向へ倒すためには、そして雪の影響を計るには、どうしても現地での調査が必要となる。
 まず倒すべきビルの特定だが、その方法は――勘、だ。
 触覚で触れられるような範囲ではない。
 ならば頼れるのは、数多の戦場を生き抜いた己の勘以外にあり得ない。
 蜚廉は一度、頭の中で唱える。
 大軍を相手にするには、分断することである。また分断のための崩落で、敵の数をできるだけ減らしたい。
 そう再確認をし、ふっと思考を止めた。
 聴くのだ。
 勘の囁きを……。
(――掴んだ)
 そうして蜚廉が、ひとつのビルへと近づいていく。
 最初に積雪の様子を知らなければならない。不明要素だからだ。
 ビルがかすかに軋むその音から、雪の重量と、ビルの構造そのものを知る。
 ここまでの作業で、蜚廉の体は冷えきっていた。だが寒冷環境程度で、生き残れない蜚廉ではない。
 耐えるのである。ただそれだけの、シンプルな対処法。
 冷たさに耐えながら、次に蜚廉は口から黒銀の粘性の糸、斥殻紐を放った。その粘着力と弾力によって自身を引き上げ、梁に、骨組みに取りつき、応力を確認する。
 どうやら一般的な金属のそれだ。
 最後に、最も大事なものを特定する。
 甲殻を加工した殻突刃で、ビルに亀裂を入れた。そんなことでは倒壊などしないが、目的はそれではない。
 反響音から、内部の腐食や疲労箇所を特定するのだ。
 これでこのビルは把握した。
 蜚廉は、音もなく次のビルへと移っていく。その姿が闇にまぎれ、見えなくなった。
 一方のヴォルキス・オーウェル(未知なる地球外物質・h02558)は、ほかの者と別れ、戦闘機械都市で一人になったところで変身を解除した。
 五十代の男性、に見える。黒髪をオールバックにし、黒衣をまとっている。
 その正体は、地球外物質『スポット』だ。
 『博士』の遺伝情報を取り込み、彼と瓜二つになった未知の物質。
 そのヴォルキスが、レギオンに命じる。
「さて、行ってこい『オマエタチ』。|偉大なる兄弟《ビッグ・ブラザー》は全てを見ておられるのだからな」
 尊大な物言いだ。彼が『女王様』と評される所以である。
 レギオンコントローラーを操り、ヴォルキスはレギオンで監視網を構築していく。
 分断作戦は悪くないが、大味だ。討ち漏らしが出ることは想像に難くない。
 ヴォルキスは冷静に、冷徹に、レギオンを配置していくのだった。
 そうして。
 ザッザッザッザッ
 遠くから、揃った足音が聞こえてくる。時折、雪を踏みしめる音に変わるそれは、ゼーロットへと向かう援軍が進んできている証だ。
 蜚廉も、ヴォルキスも、息をひそめる。
 しばらくして、軍の最後尾が都市に入り、長く伸びた軍がぞろぞろと都市を横切っていく。
 まだ軍の中央が、都市の中心にまで差しかからない、あるとき。
(――ここだ)
(……時間差を考えるなら、至極正確だな)
 ヴォルキスは蜚廉をそう評した。軍の動きも、蜚廉の動きもレギオンにより把握していた彼だが、蜚廉が一体何によって、全体を知ったかまでは把握しかねた。
 実はそれも、生存者、和紋・蜚廉の勘なのである。
 蜚廉は、把握したすべてのビルが範囲に入る中心点に立ち、地に拳撃を叩きつける。
 ゴッ!
 同心円状にインビジブルを消滅させながら、拳撃が宙を走って伝播していく。それに触れたビルの脆弱部が、振動を始めた。
 蜚廉の√能力【|隠喰拳《カクリヲハム》】だ。
 蜚廉は、構造的に強い部分へは振動を抑え、弱い部分には最大震度7を加える。
 ゴゴゴゴゴ……
 戦闘機械たちが異常を察し、行軍を止めた。
 ちょうど、軍の中央が、都市の中心と重なる場所で。
「崩れろこれで終いだ」
 ゴゴゴ……ガガガガガガ!!
 ビルが、崩落する。
 隊列を組んでビルの狭間を行軍してきた彼らに、逃げる道はない。
 瓦礫が機械をしたたかに打つ。そしてビル本体が、数多の機械たちを潰すとともに、振動を抑えておいたビルへとぶつかり、そのビルが狙いの方向へ傾く。
 連鎖的に、都市が、崩壊していく。
 その中心にいる蜚廉こそが、もっとも危険に晒されている。
 だが。
 崩落を確認すると、蜚廉は地を蹴り、確保していた撤退ルートへと駆けていく。
 その道だけ、まるで蜚廉を迎えるかのようにぽっかりひらけていた。
 そこへ、ドッと氷雪の塊が落ちてくる。蜚廉は動じない。
 甲殻籠手をミシリと握り、一撃で塊を殴り飛ばした。勢いを殺さず、撤退ルートを抜ける。
 こうして和紋・蜚廉は、大崩落からもまた、生還を遂げたのであった。
「では私も動くか」
 ヴォルキスが独り言ちる。そこはすっかり分断された、大軍の中央部隊近く。
 中央部隊はさらに真ん中で分断され、中央前方部隊と中央後方部隊とに分かれていた。
 ヴォルキスの指が、スッと中央前方部隊を指す。
 その指先から、凝集された太陽光線が放たれ、その場の全体が眩い白に包まれた。
『!!』
 機械たちが混乱する。
 敵襲以上に、突如視界を奪われたためだ。
 彼らの暗視装置は、暗がりの微小な光を増幅させて映像とする光増幅型。そこに強烈な太陽光が入れば、何も見えなくなるのは当然である。
 と同時に、爆発音がいくつもした。
 ヴォルキスの√能力【|凝集太陽光線《ソーラー・レイ》】は、太陽光線に当たった、弱った敵を爆発させる効果を持つ。
 まだ動けていた、一部を潰されただけの機械たちがすべて爆発したのだ。
 視界を奪われたままの残りの機械も、その危険に、次々と近接武器を抜く。
「烏合の衆が」
 心底見下した、冷たい声。
 白の中、黒い闇がジグザグに駆け抜けていく。
 ヴォルキスである。
 その手には、黒い扇子。だが、これこそ超技術の粋、闇の武装剣『ダークネス・フォールディングファン』。
 ダークネス・フォールディングファンは、機械たちをバターのように撫で斬っていく。
 大混乱に陥った機械たちが近接武器を振り回すが、ヴォルキスが見切って受け流せば、機械たちの同士討ちを引き起こす。
 ようやく最後の一体が、レーダー把握に切り替え、視界を取り戻した。
 ヴォルキスへと正確に振り下ろされる刃を、ヴォルキスはエネルギーバリアで受け、
 スパンッ
 首を刎ね飛ばした。まるで、ハートの女王のように。
 これにて中央前方部隊全滅――とはいかなかった。
 ヴォルキスが読んでいた、まさにそのとおりである。
 一体の中隊長が、数体の配下機械を率い、路地に逃げ込んでいた。
 駆け抜ける先からレーザーが放たれ、一体が撃ち抜かれる。
 レギオンだ。
 だがさすがの中隊長。レギオンを撃ち返す。
 レギオンの破壊を受け、ヴォルキスがそちらへと急ぎ駆けつける。
 そこに立っていたのは、果たして、別の影であった。
 向けた背の甲殻、その下の薄い翅。頭から伸びる触角に、力強くしなやかな身体。
 機械たちは地に伏していた――中央前方部隊、全滅である。
 触角が動き、ヴォルキスの情報を集める。匂い、温度、そして気配。
「ワカという者の縁者か?」
 ヴォルキスはそれには答えない。縁者、ということは、別人だと思われている。
 好都合だ。さらに嘘の情報を足せば、誤魔化しきれるだろう。
「話はワカから聞いた。私も√能力者だ」
「そうか」
 ゆっくり、蜚廉が彼を向く。
 中央前方部隊が沈黙している。彼がやったのだろう。
 強き者だ。
「汝の名を聞こう」
 その問いに、黒衣の男は、堂々とした風格をもって答えるのであった。
 尊大にして冷酷。『女王様』の異名を持つ彼こそ。
「私はヴォルキス・オーウェル。見知りおき願おう」

シアニ・レンツィ

 シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)は、ちょっとだけため息。
「みんな色々な事ができて本当にすごいな」
 ワカ先輩と緋雨先輩が機械から情報を抜き出しちゃうのも、クラウス先輩が都市の攻撃機能を止めちゃうのも、すごい。
 もどかしくて、胸がチリチリするのが抑えられなくて。
「うぅ……ううー!」
 抑えられないなら、いっそのこともっと燃やしちゃえ!
「うー、情けない! あたしってばなんて中途半端! だったら!」
 胸の炎をぐっと掴む。その炎を、前へ。
 顔を上げて、ニッと笑ってみせる。そしたらなんだか、気分がスカッとした。
「だったら機械のこと、もっと勉強しなきゃね!」
 それがきっと、大好きな誰かのためになる。
 そりゃあ全部一人でやる必要はないんだろうけど、じゃあやらない理由だってない。
 一から勉強するなら……『凄腕スパイ』ってのは、廃業かな!
「あたしはあたしのできるところから! がんばろ! おー!」
 両手を突き上げて、シアニは新たな目標を立てたのであった。
 これだけ声を出しても大丈夫なのは、都市の機能が止まっているから。
「あっ準備しなきゃだよね」
 えへへ、と頭をかいて、シアニはすぅっと息を吸った。
「みんな集合ーっ! ドラゴン会議、はっじまっるよー!」
 ぶわっ、ミニドラゴンの幻影の群れが広がる。
「ユア!」
 いつも一番に来てくれる、緑竜のユアがまっすぐにシアニに飛んでくるから、シアニは思わずぎゅーっと抱きしめた。ユアもちっちゃい手で抱きしめ返してくれる。
 シアニの√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】で召喚したミニドラゴンたちと、シアニは言ったとおりにドラゴン会議を開く。ただし、歩きながら。
 ぞろぞろとミニドラゴンを引き連れる様子は、まるでカルガモの親子のよう。
「んとね、ここの道の両脇に隠れて、合図したら攻撃してほしいんだ。あっ、あれ!」
 シアニが都市の攻撃機構を指させば、みんなが揃ってそっちを向く。
「あれって、こーりつてきに侵入者を迎撃できる場所にあるはず! だから、さっきのとこから、ここまでで、あーいうのがある場所に隠れるといいと思うのです!」
 シアニがかけてないメガネをチャキチャキ直すと、ミニドラゴンたちから拍手が上がる。
 そして、めいめいに『あーいうの』を探しに飛び立っていく。
「先に行きすぎちゃダメだよーって蜚廉先輩が言ってたからねー!」
 今から来る大軍を、蜚廉先輩が分断してくれるらしい。分断するその箇所は危ないと、念押しもされた。
 ミニドラゴンたちはシアニの言葉にこくこくと頷いて、シアニの持ち場にある攻撃機構を見つけては、その陰に隠れていく。
「うんうん、準備ばんったんっ」
 むふーっとご満悦で胸を張るシアニ。
「敵が来たら、みんながんばろーっ!」
 ユアを抱いたままシアニがぴょんっとジャンプすれば、ミニドラゴンたちもまねして、攻撃機構からぴょんっとポップする。
 名付けて『ドラゴン包囲網作戦』、開始である!
 しばらくは、シアニはユアと一緒に、息をひそめていた。
(……来た)
 足音が、だんだん大きくなっていく。近づいてくる。すんごい数だ。
(倒しきれるかな……ううん。倒しきるよ。みんながいるんだもん)
 ミニドラゴンたちを、そして仲間を思い浮かべれば、あったかい勇気をもらえる。
 蜚廉先輩の『分断』が終わったら攻撃開始、という話だったが……
(分断ってどうやる……、……はへ?)
 ゴゴゴゴ……ガガガガガ!!
 ビルが! 倒れてくる!?
「うわああーーっ!?」
 とっさにユアを庇うが、何事もない。ビルは見事に、戦闘機械たちだけを潰し、大軍を分断してのけた。シアニの目が一気にキラッキラになる。
「ほああーーっ、蜚廉先輩ーーっ!! よーっし!」
(みんな、火球ー!)
 念話で伝えれば、ミニドラゴンたちが一斉に火球を吹いた。
 突然の分断、そして敵襲。
 大混乱に陥る中央後方部隊が、雪の上に立つ青い影を見た。
 それは巨大なシアニハンマーを携えたシアニ! そしてシアニのポンポンを持って応援する構えのユア!
「いっくよー!」
 シアニが駆け出す。応援団長のユアも後ろからついていく。
「でえええいっ!」
 機械たちを叩き、ふっ飛ばしてほかの機械にぶつける!
 右に左に、大きく振るうたびにみるみる機械が潰されていく。
 討ち漏らしは、ミニドラゴンたちがきっちりと仕留めていく。
 だからユアの応援にも、自然と熱が入るのだ。
 と。
 シアニには敵わないと判断した敵たちが、ユアを囲んだ。
 ユアが怯え、後ずさろうとするも、後ろにもまた機械がいる。
 シアニは敵中へと突撃していったせいで、遠くにいた。機械を叩きながら、今さらユアのピンチに気づく。
「ゆっ、ユアーー!? ……なんちゃって」
 シュンッ
 ユアとシアニが位置を入れ替え、シアニがハンマーをぐんっと360度回せば、残りの機械たちを全部ぜんぶ叩き飛ばした!
「ふふーん、今日のユアとあたしは主演俳優!」
 ビシィッ! 二人でカッコイイポーズを決める。
『ガ……ガ、ピ』
 機械音。伏しながらユアを撃とうとする一体を見るや、シアニは反射的に跳躍した。
 どぉん! シアニハンマーがそいつを叩き潰す。
「…………」
 そして、シアニは聞き耳を立てるのだ。
 音は……もうしない。
 すなわち、中央後方部隊、全滅である!
「み、みんなーっ! 全部倒せたよっ、みんなのおかげだよーーっ!」
 わっと飛びついてくるミニドラゴンたち。その子もどの子もみんな笑顔。もみくちゃになりながら、シアニこそ弾けるような笑顔で、みんなと勝利を分かち合うのであった。

天翳・緋雨
花園・樹

 最小限の連絡しかしなかったクラウスを、花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は引き止めた。
 彼から、彼のものではない血の臭いがしたからだ。
 そうして事情を聞き出し、今、樹は土葬がおこなわれた場所にいる。
「まさか戦闘機械都市を守る代償がこれ、とはね……」
 既に遺体と分かっていても胸が痛む。√ウォーゾーンとは、かくも厳しい世界なのか。
 悲しみ。怒り。それらは、これからの覚悟へと変えていこう。
 樹はそっと瞳を閉じ、黙祷するのだった。
 その後、緋雨との合流地点へと移動する。二人は後方部隊の担当だ。
「さってっと~!」
 天翳・緋雨(天眼浪士・h00952)は、集合場所でぐーっと伸びをする。
「どうやら花園さんに秘策があるみたいだから、オレは陽動を担おうかな~」
 こきこきと準備運動をしていると、その樹が来るのが見えた。
「あ、花園さ~ん!」
 緋雨は大きく手を振って樹を迎える。
「遅くなってすまない、天翳」
「いえいえ。それで、何か策があるっぽいですね?」
「まあね」
 樹は軽く笑って言う。その表情に、緋雨はなにか不穏な影を感じた、ような気がした。
「ふぅん……。地形や周囲の状況からすると、仕掛けに誘い込んで一網打尽って感じです?」
「ああ。そうだね」
 素直に頷く樹。……、気のせい? だったかもしれない。
「うん、了解。じゃあ、オレは花園さんのほうに敵を誘い込みますよ」
「助かるよ」
 と、ふと樹があることに気づき、提案する。
「天翳。連絡手段があるといいと思うんだ」
「なるほど。それならオレのインカムを貸しますよ。パネルはしまって……と」
 緋雨は予備のインカムを樹に差し出した。自分もインカムを装着する。
 お礼を言って、樹も同じようにインカムを装着した。
『聴こえます~? って、この距離じゃ声そのまま聴こえますよね』
 緋雨の冗談にくすりと笑い、樹もインカムに返事をする。
『二人で協力して後方部隊を全滅させよう、天翳!』
『あっ、もうちょっと声落としてもらっても……』
 一転して、通信には樹のぽそぽそとした謝罪が乗るのであった。
 攻撃の開始は、蜚廉の分断工作直後とのこと。
 二人ともが、離れた場所で息をひそめ、待機する。
 来た。
 ゼーロットの援軍だ。
 規則正しい雪夜の行軍を見守るうち、異変が起こる。
 周囲のビルが――倒壊していく!
『えええっ、ビルが!?』
『和紋さんやりますねぇ。オレたちも派手にいきましょ、花園さん』
『あ、うん、そうだね……っ!』
 動揺したままの樹に苦笑しつつ、緋雨は|第三の瞳《サード・アイ》へと集中する。
「リミッター・オフ……!」
 周囲のインビジブルを見る間に吸収し、その場に、三十三体もの緋雨が現れた。
 彼らは影分身。緋雨の√能力【|分身は誘う夢幻の狩場へ《ワケミハイザナウムゲンノカリバヘ》】である。
 目立たないわけがない。
『エネミー発見!』
 ガガガガガガ!!
 戦闘機械たちの銃撃が襲うが、
 シュンッ
 三十三体が、消えた。
『!』
 機械の目前に現れた分身が、仕込み靴の刃でガッと銃を蹴り上げる。
 分身たちは、近距離転移ができるのである。
 ある分身は、左右に振って残像でフェイントを。
 ある分身は、シュッとパンチ、に見せかけぐっと下がって足払い。
 ある分身は、こそっと近づいて後ろから膝かっくん。
 そしてザーッと股くぐり、側転で蹴りを入れ、変則ステップでリズムを乱す。トリックムーブに、機械たちはまったくついていけない。
 対する機械の反撃は、近距離転移でことごとく回避する。
 こうしてヒット&アウェイを繰り出し続けて、分身は敵を誘い込んでいくのだ。樹のほうへと。
 その樹は、イヌガミとともに敵の真っただ中へと駆けていた。
 襲い来る刃を、霊刀・狼牙で受け流し、先ほどの覚悟を思い起こす。
 土葬を前にして、悲しみと怒りに決めた覚悟を。
 今こそ、命を懸けるときだ。
「私は楽園の護り手……善を護り、悪を滅せよ、【|白狼ノ舞《ビャクロウノマイ》】!!」
 真神の血が全身を支配する。
 樹の周囲に、舞うように荒れ狂う|白き狼《真神》の群れが渦巻いた。
 その異様を分析しかねた機械たちが、ずず……と動く。
 否、動いたのではない。引き寄せられている。
 いかにも危険な白狼の嵐に、機械たちがどんどんと吸い込まれていく。
 これぞ樹の√能力【|白狼ノ舞《ビャクロウノマイ》】。
 機械たちは巻き上げられ、爪牙によってバラバラにされる。
 めちゃくちゃに振るわれる機械たちの刃が、中心の樹やイヌガミにも襲いかかった。
 それを打ち返せば、白狼たちが戦闘機械を食い破る。
 だが、樹の背から、鋭い痛みが走った。
『うぐっ……』
『花園さん!?』
 機械の細剣が、樹の心臓を貫いていた。
 嵐が噴き出す血をも巻き上げ、赤を帯びる。
 それでも嵐は止まらない。
 樹が、生きているからだ。
 真神の血は、樹の死を許さない。【|白狼ノ舞《ビャクロウノマイ》】の効果によって、樹は死んでも生き返る。
 樹は細剣を引き抜き、さらに引き寄せられてくる機械へと狼牙を振るった。
 再び、みたび、命を散らしては、そのたびに白かった嵐が赤く染まっていく。
『……花園さん、ごめんなさい』
『え?』
『オレ、花園さんに協力できないです』
 赤い嵐の中に、緋雨がいた。
 いつもの軽い笑みではなく、ひたりと樹を見つめて。
『ま、巻き込まれないように気をつけて、天翳!』
 慌てる樹をよそに、緋雨の分身たちが機械を打ち返して道を開き、緋雨はまっすぐに血まみれの樹へと歩んでいく。
「天翳……?」
 パァン
 緋雨の平手が、樹の頬を叩いた。嵐が、止まる。
 緋雨は自身のインカムを取って、もとの場所へとしまった。
「オレがやります。花園さんはどっか行っててください」
 緋雨の各所が淡く発光し始める。それは出力を最大まで上げた証。
 分身たちの動きが、さらに速くなる。
 近距離転移を活かし、機械たちを仕込み靴の刃で切り裂いていく。
 その動作はまるで、集団で踊っているかのようだ。
 笑っていない緋雨。彼が無理をして戦っているのは、誰が見ても明らかだ。
 だが――それは、樹のせい。
 樹は緋雨に言われるまま、戦線を退くことしかできなかった。
「……怒られてしまったね」
 イヌガミに零す樹。
 と、逃げようと走る戦闘機械にイヌガミが気づき、飛びかかっていった。
 見れば、討ち漏らした機械が何体も、外へと逃げようとしている。緋雨の誘い込みも、樹の引き寄せもなくなったため、逃げられるようになったのだ。
 機械を機能停止に追い込んだイヌガミが、樹を心配そうに覗き込む。
「……ありがとう。うん……落ち込んでる場合じゃないね」
 樹は、狼牙をぎゅっと握った。
 これまでに見てきた、ゼーロットに苦しめられた学徒兵の子たちを思い出す。
 彼らもまた、樹が守るべき生徒たちだ。
 ゼーロットは止めなければならない。必ず。
「イヌガミ、白狼たち! 後方部隊を包囲しよう! 逃がさないように攻め込むよ!」
 こうして、白狼たちがぐるりと包囲網を形成していく。
 その樹の包囲網が、外側から。
 最大出力の緋雨と分身たちが、内側から。
 じわじわと大量の後方部隊を蝕んでいき――
 ついに。
 最後の戦闘機械を、樹の狼牙と、緋雨の仕込み靴が同時に仕留めた。
 機械はガタッと崩れ落ち、二人が対面する。
「…………」
 気まずそうに、狼牙を収める樹。
 緋雨の発光が収まると、彼はいつもどおり、ニッと笑った。
 樹の前まで二歩ステップして、右手を軽く上げる。
 その緋雨の笑顔に、ようやく、樹も胸のつっかえが取れた心地がした。
 もはや言葉はいらない。
 ガシリと手を組む。
 過去、頬を叩いたその手は、今は二人を繋ぐために。
 天翳・緋雨、花園・樹、両名の連携により後方部隊――全滅!

不動・影丸

 不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は闇に潜み、戦術を頭で唱える。
(建物を崩落させ援軍を直接的に潰し、そして進路を塞ぐことでゼーロット軍への合流を間に合わなくさせる。飛行可能な機械ばかりではないはずだ)
 影丸がスッと手に取り出したのは|焙烙火矢《ほうろくひや》、忍び流の爆弾だ。
 いや、忍び流というのも違う。
 影丸は山から下りてからも、たくさんの技術に触れてきた。
 この焙烙火矢は、導火線ではなく無線のスイッチにより起爆する。忍び流とも、ムジナ流とも違う、いわば影丸流だ。
 そして影丸は、背中の直剣『|倶利伽羅剣《くりからけん》』に忍力を集中する。
「天魔覆滅」
 倶利伽羅剣の刀身が炎を帯びる。剣に宿る不動明王の力を借り受け、影丸に周囲の『隙』がすべて見通せるようになった。
 これぞ影丸の√能力【|忍法・天地眼《ニンポウアメツチノマナコ》】。
 分かる。
 どこに焙烙火矢を仕込めば、建物や道路が崩落するのか。
 だが、これは時間との勝負だ。
 影丸はピィーッと指笛を吹いて合図した。
 ドロン! ドロン! ドロン!
 次々とその場に召喚されたのは、忍犬、忍猫、忍鼠、忍烏、忍鷹……総勢三十九匹の忍獣たちである。√能力【|口寄・忍獣召喚《クチヨセニンジュウショウカン》】だ。
「まだ音は立てていい。俺が指示する場所に、焙烙火矢を仕込んでくれるか?」
 忍獣たちはめいめいに返事をする。その様は、嬉しそうだ。影丸の役に立てるのだから。
 影丸こそ嬉しく思う。だが今は忍務中だ。
 焙烙火矢を渡し、『隙』の場所を彼らに伝える。
「よし。――ゼーロットの増援に行かせはしない。この機を活かして出来るだけ戦力を削る。この忍務、必ず成し遂げる。散!」
 バッ!
 忍獣が一斉に散った。
 忍犬や忍猫は焙烙火矢を咥えて通路脇に。
 忍鼠は小さな隙間に。
 忍烏や忍鷹は足爪で焙烙火矢を掴み、高所に。
 影丸の持ち場には、百を超える焙烙火矢が設置された。
 準備は完了。
 攻撃のタイミングは、蜚廉により援軍が分断された直後だそうだ。
 忍獣たちも、影丸もまた気配を潜め、闇に溶ける。
 心を落ち着かせ、待つ。
 ――来た。
 先頭を進むのは、やけに大きい塔型の戦闘機械。あれは文字どおり、司令塔――軍司令官だろう。
 塔身全体にレーザーの銃口がある。あれを倒すのはかなり骨だ。
 できるだけ戦力を削る、という影丸の目的を鑑みると、あれ一体に手こずるわけにはいかない。
 この後、仲間が前方部隊に集合する手筈になっているから、それがスムーズにいくよう、雑兵やその隊長あたりを潰すのがいいだろう。
 そう考えているうち、援軍の前三分の一がちょうど影丸の前に差しかかる。
 ゴゴゴ……
(始まったな)
 気を引き締め、背の倶利伽羅剣に手をかける。不動明王が持つといわれる、柄が金剛杵になっている両刃の剣だ。
 刀身は燃えている。『隙』はすべて見えている。機械一体一体に至るまで。
 ゴゴゴゴ……ガガガガガ!!
 巨大なビルが崩落してくる。
 影丸にはその軌道も読めていた。あれが落ちきったら、前方部隊は孤立する。
 ドォォォン!!
(今だ)
 焙烙火矢の無線スイッチを押す。
 ドガガガガン!
 百個を超える焙烙火矢が一斉に爆発した。
 ただでさえ分断に右往左往していた前方部隊に、さらなる崩落と崩壊が襲いかかる。
 くだんの軍司令官の前も崩した。もはや進軍できまい。
 さらに。
 今回の焙烙火矢には、爆薬のほか、通信を妨害する成分も入れておいた。
 機械たちが連携できない、今が好機。
 影丸は倶利伽羅剣を抜く。
「推して参る!」
 忍獣たちも吼え猛る。奇襲の開始だ!
 忍烏がセンサーの集まる機械の顔を覆えば、忍犬が動力を噛み砕く。
 半分埋まった機械に忍鼠が駆け上がり、銅線をかじり切る。
 忍猫が機械の足元を翻弄し、その間に忍鷹が力強い鉤爪で頭をねじ切る。
 影丸が機械の『隙』を狙い斬ったとき、その先に、見えた。
 ひときわ大きく、腕が六本ある阿修羅のような機械――おそらく隊長格。
 先陣を切ったのは忍烏だ。先と同じく、頭部を黒い翼で覆う。
 それを掴もうとした隊長機の腕を、忍鷹がガッと抑えた。
 忍犬と忍猫が足へと体当たりし、注意が分散すれば、隊長機に斜めの『隙』が出現する。
「斬!」
 夜に炎が走る。影丸の倶利伽羅剣が隊長機を袈裟斬りにした。
 と、あちらでは忍熊が巨大な機械とがっぷり組んでいる。
 周囲の機械たちの銃口が忍熊に向いた。
 ピューーイッ
 忍隼が攪乱するように飛び回り、忍狼が跳びかかって首を噛みちぎる。
 ドスドスドスッ
 そうしてできた『隙』に、影丸の手裏剣が突き立った。
 周囲は払えたが、忍熊の相手がぐぐぐっと忍熊を押していく。
 が。その巨大機械が、急に沈黙した。
 忍鼠である。その小さな体で、気づかれずに銅線をかじり切ったのだ。
 大きいばかりでは小回りがきかない。小さいばかりでは力が足りない。
 皆が必要なのだ。
 ここにいる、皆が。
 そうして、さらに隊長機五体、巨大機械三体を含む、数多の機械たちを機能停止にした、そのときであった。
 ビッ
 飛んできたレーザーを、影丸のマフラー『ぬばたま』が受けた。
 見れば、二十メートル超の軍司令官が、遠くから狙いを定めている。
 通信妨害の効果が切れ始めたようだ。
「頃合いだ。撤退!」
 忍獣たちがザッと退いていく。
 一匹、忍熊がその巨体ゆえに逃げきれずにいた。
 炎の一閃。
 影丸が周囲を斬り捨て、道を開く。
 走る忍熊の後ろ、影丸がしんがりを務め、敵を打ち払いながら撤退していく。
 ビーーッ!
 突如降る、上からのレーザー。都市の攻撃機構が、影丸と、彼に追いすがる機械たちを遮断した。クラウスだ。
「助かる」
 連発されるレーザーが消えたときには、あの忍獣たちも、炎の剣を持った影丸も、影も形もなく消えていたのであった。
 その彼らは、十分離れたビルの陰にいた。
「――忍務、成功だよ」
 戦場とは違う、柔らかい口調の影丸が、ふわりと笑う。
 一気にその場の緊張がほぐれた。
 皆、優しい顔に戻り、山でころころと遊んでいたときのようにじゃれ、お互いの健闘を認め合う。
 影丸もまた、皆を存分に撫で撫でし、そして撫で返され、労わり合うのであった。
 その顔に、どこか年相応のあどけなさを浮かべて。
「ありがとな、皆」

第3章 集団戦 『クリプトワーム『Cetus』』


 ゼーロット援軍前方部隊。
 進軍方向を影丸に潰され、現在は都市の攻撃機構が、外へ出ようとする機械を残さずレーザーで撃っていた。
 本来は生命を刈り取るはずのそれを操っているのは、たった一人の青年――クラウスだ。
 クラウスは中央地下のマザールームで、監視カメラと攻撃機構の両方を掌握している。
 額に脂汗が浮かぶ。
 だが、その顔がふと緩んだ。
「蜚廉さん。……と、誰かな?」
 地上にて。
 前方部隊を包囲しているレーザーが、二人を迎え入れるように止んだ。
 蜚廉とヴォルキスの目の前には、蠢く機械の山。これでも影丸がずいぶん減らしたのだが。
「腕が鳴る」
 まったく気圧される様子もなく、蜚廉が地を蹴った。
 次々と機械をへし折っていくその黒影に、遠くからレーザーが飛ぶ。
 ビッ
 ――ビッ
 打ち消すようにレーザーが飛んだ。
 二十メートルを超える軍司令官。その搭載する無数のレーザーを、完璧に、正確に打ち消すレーザーは、レギオンたちから放たれていた。
 ヴォルキスである。
「助力、感謝する。見事な正確性だ」
「当然だ」
 この態度。ヴォルキスは戦場であろうと『女王様』なのだ。
 そんな二人へと向かい来る機械の一団。数が多い。
 蜚廉が拳を握ったそのとき。
「でええいっ!」
 一団をまとめてぶっ飛ばし、周囲にぶつけて敵陣にぽっかりと穴をあけたのは、巨大なハンマーを持った少女。
「蜚廉先輩! と、えとえと初めましてっ?」
 ハンマーをかつぐシアニの頭に、ハテナがいくつか浮かんだ。
「私はヴォルキス・オーウェル。ワカから話は聞いている。よろしく頼もう」
 雨のようなレーザーをすべて打ち消しながら、ヴォルキスが涼しい顔で挨拶する。
「あっワカ先輩のお知り合いさんなんだね。ヴォルキス先輩、よろしくお願いしますおっす!」
「ワカはどうしたのだろうな」
 蜚廉は日常会話の軽さで話しながら、機械たちに連撃を叩きこむ。
「さあな。どこかの戦場から要請でも受けたか」
 同じく、ヴォルキスも軽く話しながら、ごく正確にレーザーを打ち消し続ける。
 逃げようとする機械たちは、変わらずクラウスのレーザーが潰し続けている。
「そぉい! ヴォルキス先輩っ! ワカ先輩に会ったら! お礼っ! 伝えてほしいな!」
 ドカンドカンと殴り飛ばしながら、シアニはワカ先輩のことを思うのだ。
『シアニ、人恋しい分は、まぁオレで我慢してくれよ』
 寂しかったあのとき、ワカ先輩のあの一言ですべて吹き飛んだ。今も思い出して、胸があったかくなる。
「……まぁ、会ったら伝えておいてやろう」
「ありがとーーっ!!」
 どっかぁん!
 ひときわ大きく敵を叩き飛ばすシアニに、ヴォルキスはやや調子を崩されていることを自覚し、ひとつため息をつく。
 シアニの打ち漏らしを仕留めつつ、蜚廉は小さく笑うのだった。
 一方。
「こっちだ」
 すっかり戦場の顔に戻った影丸に先導され、緋雨と樹は瓦礫の中を駆けていた。
「うっわ~ここはレンツィさんかな? ボコボコだ」
「こっちは誰だろう……すごくスパッと斬れているけれど」
 二人がそんな感想を漏らしつつ、中央後方、中央前方を通り、影丸とともに前方部隊へとやってきた。
 都市のレーザーが、三人を迎え入れるために再び止む。
 まず目を引いたのは、レーザー合戦。軍司令官とレギオンである。
 そして大暴れするシアニに、静かにフォローする蜚廉。
 腕組みをしているヴォルキスが、ついと三人に目をやった。
「私はヴォルキス・オーウェル。ジェネラルレギオンの√能力者だ」
「ってことはこのレギオン、オーウェルさんの? コントロールえぐいですね」
 緋雨がトントンと仕込み靴の調子を確かめつつ、ヴォルキスを褒めれば、ヴォルキスは当然とばかりに鼻を鳴らす。
「私たちも皆にすぐ加勢を……あれ?」
 樹が、異変に気づく。
 再び動いていた都市のレーザーが、また、パタリと止まった。
 クラウス以外は全員集まっているはずだ。わざと止める理由は、ない。
「……クラウスに何かあったね。私が行こう」
「ならば逃走兵は俺たちが引き受けようか、天翳君」
「了解、不動さん。オレあっちの道向こうに行きますよ。花園さん、気をつけてくださいね」
「ありがとう。二人もね」
 頷き合い、影丸と緋雨は道の両脇へ、樹は都市のマザールームへと向かうのであった。
「MOTHER Room……ここだね」
 中央建物の地下。
 部屋に入った樹が、ザッと顔を青くした。
「クラウス!?」
 クラウスが倒れている。樹以上に顔を青くして、鼻血を流して。
 都市ひとつの思念操作など、凡庸なクラウスには無茶もいいところだったのだ。
 樹は駆け寄り、バイタルを確認する。
 死んではいない、が、かなり弱っている。
 揺すらないように抱き起こし、樹は√能力【|白気《ハッキ》】を発動した。これで10分以内に全快するはずである。
 その頃、地上はというと。
「でりゃあああっ!」
 シアニのハンマーが機械たちを叩き飛ばし、討ちきれなかった二体を蜚廉が目にも留まらぬ速さで仕留める。雑魚は、これですべて片付いた。
「これであとはアイツだけですかね?」
「そのようだ」
 逃走兵もいなくなったため、緋雨と影丸がやってきた。緋雨は手をかざして、三つの目で軍司令官を見上げる。
「しっかしデカいですね~」
「アレの制御部は頂きにある」
 悠々と歩いてきたヴォルキスが、軽く重要情報を渡してきた。
「ふふーん、木登りならあたしに任せてよねっ!」
 ぐるぐると腕を回してやる気十分のシアニに、ヴォルキスが待ったをかける。
「レーザー射出中の本体表面はさわれたものではない。登るのはやめておけ」
「えー!? じゃあどうやって……!?」
「ふむ。蹴るか」
 ぽつり、と蜚廉が言う。
「あーなるほど」
「ならば俺は上のほうがよさそうだ」
 それだけで、緋雨と影丸は理解したらしい。
「えっえっ!? どういうこと!?」
 一人混乱するシアニに、緋雨が軽く手を振って混乱を遮り、説明する。
「つまりですね、一人が三人を蹴り上げて、その三人のうちの一人が二人を蹴って、さらに一人が一人を蹴って、いや、蹴りじゃなくてもいいんですけど、とにかく上に上げて、最上段の人が攻撃しようってわけです。ね、和紋さん?」
「そうだ。我が最下段を務めよう」
「じゃあ、ハンマーがある分、レンツィさんがその上がいいかな? オレがその上に入って」
「俺は最上段、だな」
 蜚廉、緋雨、影丸の三人が、たったそれだけの会話で作戦を固めてしまった。
「は、はええ……! みんなすっごい……!!」
 また目をキラキラさせるシアニの肩を、トントンと、ヴォルキスがつつく。
「うん? どしたのヴォルキス先輩」
 ヴォルキスは体をかがめ、シアニに何やら耳打ちをした。
「わ、分かったよ。や、よく分かんないけど、あたしは信じるよっ!」
 にぱっと笑うシアニに、ヴォルキスは満足げに鼻で笑うのであった。
「……う、ん……」
「クラウス、気づいたかい?」
 マザールーム。
 クラウスがようやく目を覚ました。この調子で回復すれば、戦線に復帰できるだろう。
 寝ぼけたクラウスが感じるのは、圧倒的な安心感と信頼感。
 だからクラウスは、身を預けたまま、またすやりと寝息を立て始めるのだ。
 無防備に晒される、常のクラウスにはあり得ない、幼な子のような寝顔。
「……ちょっと悪い気もするけれど」
 【|白気《ハッキ》】は、使った対象の安心感と信頼感を増幅させる。強制的に信頼させるのは、どうしても心苦しく思うが。
「でも、少しでも休んでくれるなら、今だけはいい……かな?」
 安らかに眠るクラウス。マザーを“処理”するなどという役割を負わせたことに、樹は胸を痛め、それだけに優しく優しく彼を撫でるのであった。
 一方、こちらは地上。
 レーザー合戦が繰り広げられる中、四人の準備が整った。
 シアニ、緋雨、影丸が走り、跳んだ。
「塵技『穢纏塵撃』」
 バシッ!
 蜚廉が三人をまとめて蹴り上げる。√能力【|塵尾連閃《ジンビレンセン》】だ。同時に、三人ともが蜚廉の蹴りを打ち返すことで、無傷かつ、より上へと飛ぶ。
「次はあたしっ! ミニドラちゃん、お願いっ!」
 √能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】で召喚されたミニドラゴンたちが、集まって足場を作り、そこに乗ったシアニがシアニハンマーをぶん回す!
「てえええいっ!」
 どかぁん!
 それにまた、同時に緋雨と影丸が攻撃を入れ、さらに上へ。
 緋雨の各所が淡く光る。
「サイキック集中……形成」
 一振りの剣が形成された。飛翔する剣『幻想翔剣』である。
 その上に緋雨が乗り、剣の反動も乗せて影丸を蹴り上げる。
「フィニッシュ、決めちゃってください!」
 バシッ!
 それを打ち返し、影丸が応えた。
「承知」
 高く跳躍すると、ついに影丸の目前に現れる、軍司令官の丸い制御部。
 影丸は忍力を一瞬で最大まで練り上げた。
「仕留める――【|忍法・神威《ニンポウカムイ》】!」
 影丸が、分身した。
 分身のすべてが手裏剣、苦無を投げつけ、忍獣たちが攻撃を加える。鎖鎌が巻きつき、ぐんっと鎖を引いて分身すべてが同時に忍刀を斬り下ろすと、反動で上へ飛ぶ。そして全員が、一斉に炎を吹いた。
 ゴゥゥッ!!
 この怒涛の連続攻撃こそ、影丸の√能力【|忍法・神威《ニンポウカムイ》】。
 ぐらり、制御部の球体が傾き、そのまま落ちていく。
 ――カコッ
 軍司令官の各所が開いた。見えるのは、綺麗に詰まったロケット弾。
 そのようにプログラムされていたのだ。最後に、一人でも巻き込んで終わるために。
「!」
 そこに飛んでくるミニドラゴンたち。
 ヴォルキスは先ほど、シアニに耳打ちしていた。
『制御部を破壊したら、ミニドラゴンで全員をあれから離れさせろ』
 そのヴォルキスが、地上でスッと軍司令官を指さす。
「ドーン!」
 いっそ小馬鹿にしたような声とともに、指から太陽光線が放たれた。
 そして――軍司令官が爆発する。
 ドカァァン!!
 ヴォルキスの√能力【|凝集太陽光線《ソーラー・レイ》】は、体力が三割以下の敵を確殺する。
 こうして軍司令官は沈黙し、結果、ただの一体も逃すことなく、√能力者たちはゼーロットの援軍を見事全滅させた。
 勘が働いて距離を取っていた蜚廉のもとへ、ミニドラゴンたちに掴まったシアニと緋雨、影丸が降りてくる。
 ヴォルキスは、落ちている軍司令官の制御部を蹴り、ふんと言い放つのであった。
「頭が高かったな」
 援軍は全滅。まだ降っている雪が、機械の残骸に積もっていく。
 地上の仲間のもとへ、樹とクラウスが合流した。
「わぁ……やってくれたようだね、皆」
「ただ、すぐに撤退したほうがよさそうだ。都市が修復しないから、異常をもう察知されていると思う」
『生肉如きが舐めてくれたものだな! もう来ておるわ!』
 突如降る機械音声。
「ゼーロット!?」
 樹が目を丸くする。同じく虚を突かれる者、冷静に構える者。
 ゼーロットが、いるのだ。なぜか高所に。
『貴様ら、ただで帰れると思うなよ! 死ね! 捕虜にして王劍で吸収してやる! そして吾輩が|派閥《レリギオス》で出世するのだ!!』
 野望を全部口から出しながら、ゼーロットはひょいと卵状のものを放る。
 それはインビジブルを吸収し、割れて急速に大きくなると、ドサッと着地した。
 青い体は、どこか海洋生物を思わせる。半電子生命体、クリプトワーム『Cetus』だ。
 Cetusがボロボロッと産卵する。その卵もみるみるCetusになっていく。
 インビジブルが大量に消費されていく。
『つ、使いたくなかったが仕方がないのだ! ないったらないのだ! そいつらを殺せ、クリプトワーム!!』
 キュアアアアア!!
 すでに十を超えたCetusが鳴く。その殺意は、ゼーロットにすら向いていた。
 逃げるように去っていくゼーロット。
「産卵機能は、一匹目だけか」
 蜚廉が呟く。
「指揮をおこなうのも一匹目だけのようだ」
 ヴォルキスが観察結果を付け足した。
 その間にも、周囲のインビジブルを使いきったCetusたちが、卵を乗せて、インビジブルの濃いほうへと向かっていく。
 その一群が向かうのは、少し遠くにあるインビジブル溜まり。
 別の一群は、√能力者たちへと真っ直ぐに向かってくる。
 そして、最奥には指令個体である一匹目と、それを守る一群。
 Cetusの殺意は強い。たとえ最後の一匹になっても追ってくるだろう。できれば全滅させたいところだ。
 しかしゼーロットも、厄介な敵を出してきたものである。数を増やすのも厄介だが、それ以上に、時間をかければ撤退自体ができなくなりそうだ。もう都市の破壊はバレているのだから。
「とにかくスピード勝負ってわけだね。いきますか~」
 緋雨が言いながら姿勢を落とせば、影丸もシアニも武器を構える。
 空が明け始めていた。これから雪も溶けていくだろう。
 黎明の撤退戦、開始である!
不動・影丸
ヴォルキス・オーウェル
和紋・蜚廉
シアニ・レンツィ
リオル・プラーテ
クラウス・イーザリー
天翳・緋雨
花園・樹

「ゼーロットの吠え面、実に面白い! いやぁ、労力をかけた甲斐があった!」
 ヴォルキス・オーウェル(未知なる地球外物質・h02558)は『|ダークネス・フォールディングファン《暗黒扇子》』で口元を隠し、にやける。本当は爆笑したいくらいだが、この程度にしておいてやろう。
 楽しそうなヴォルキスの横では、シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)が胸を押さえて、ほこほこしている。
(心細かったな。優しい言葉を掛けてもらえて暖かかったな。もどかしかったな。ちゃんと役に立てて嬉しかったな。長い夜だったけど、良い冒険だった)
「……って思ってたのに!」
 突然、シアニがうがぁと叫ぶ。
「最後に触手がうねうねしてる敵だなんて!」
 髪をわしゃわしゃするシアニに、顔下を隠したままのヴォルキスは、やっぱりころころ表情が変わるなと思う。
 一方で敵を見据えているのは、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)だ。
(嫌な置き土産だな……)
 その隣で、花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)が頭を抱える。
「ゼーロットもまた厄介な置き土産を……」
「樹さんもそう思うんだね……。ゼーロット、戦闘力はともかく、効果的に嫌がらせができる才能は大したものだと思う」
 クラウスの言葉に、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)が頷いた。
「相手が嫌がることを的確におこなう。それもまた有効な生存術だ」
「うねうね苦手なんだよもうー! ゼーロット許すまじ!」
 一番的確にダメージを受けているシアニが吠える。
「そうそう、ゼーロットを追い詰めないとですもんね」
 そんなシアニを、まぁまぁと天翳・緋雨(天眼浪士・h00952)がなだめる。そして、仕切り直すように言うのだ。
「さて、決戦かぁ」
 緋雨はぐるりと皆を見て、にこりと笑った。これまでの皆の動きを見ているから、不安要素はほとんど無い。
「やれることをやれば、自ずと結果は付いてくるでしょうね」
「ああ」
 不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)が緋雨の言葉を受ける。
 そして喝を入れるように、確りと言うのだ。
「彼奴等をこのまま野放しにしていたら、今後の禍根となることは間違いない。速やかに撃破し、撤退しよう」
 皆(ヴォルキス以外)が頷くのを見て、影丸は宣言する。
「この忍務、必ず成し遂げる」
「うん!」「ああ」「了解」
 おのおのに返事をする仲間たち。意思は、皆の中でひとつに固まった。
 そうして敵のほうを見やれば――
 ――Cetusが山を築いていた。
 円錐形の青白い山。その山肌がうねっている。シアニがぶるるっと身震いした。
 渋い顔をするのは樹だ。
「インビジブルが流れてくるからには、山にもなるよね……」
「では、止めて差し上げましょうか?」
 ビルの上から、声。
 屋上のへりに青年が腰かけている。
 白い髪に、白いロングコート。そして黒い仮面『|μάσκα《マスカ》』。年の頃は十五、六といったところだろうか。
「_|δημιουργώ《ディミウルグ》」
 彼の周囲に、魔法陣が多重展開していく。
 空間に金色の線が走り、敵と味方すべてを囲む立方体になると、その六面もまた半透明の金色を帯びる。彼の仮面の奥の、金の瞳のように。
 蜚廉が面を手の甲で叩いてみれば、コンと硬い音がした。
「出られん、ということか」
「そうですよ。大きな虫カゴです。この中で食うか食われるか……蟲毒に勝つのはどちらでしょうね」
 くすくすと笑う彼。
 その胸の内では、戦闘機械群に悪態をついていた。
(√を機械で上書きしている奴らと、やっていることは同じ。おあいこだろう?)
 あの金の立方体は、空間の上書き魔術。
 そうと言いはしないのだが。これが空間魔術だと、大っぴらにバレたくはない。
 そんな彼を見上げ、クラウスが軽く頭を下げた。
「ありがとう。これで敵は無限に増えなくなったよ」
「あっそだよね! ありがとね!」
 シアニもまた素直にお礼を言えば、彼はにこやかに手を振って応える。
 その様子に、少し警戒を解いた樹が問う。
「味方……かな? 名前を聞いてもいいかな」
「味方、どうでしょうね?」
 彼が仮面の奥から、蠱惑的な流し目をくれた。
 ああ、食えないタイプだ、と緋雨の勘が告げる。
「どう、ってどういうことですかね」
「僕はこの場を掻き乱す道化。道化は道化らしく、勝手に動くだけですよ」
 ふっ、と彼の姿が消え失せる。
「――隠れたか」
「気配も消えたな」
 影丸もヴォルキスも、表情を締めた。
 金の立方体は消えていない。敵も、味方も閉じ込められたままだ。
 そうして彼が消えた先。誰にも知れない闇に、金の瞳の彼はいた。
 これもまた、誰にも知れることはないが――彼の名は、リオル・プラーテ(|空《うつろ》の夢・h01411)。
 ただ気が向いただけの道化は、いったんきびすを返し、闇の中へと潜むのであった。
『キュアアアアアッ!!』
 Cetusの司令機が大きくひと鳴きする。
 すると、すべての部隊の半数が散った。山もごそっと高さを減らす。
 そうして半数が雪と瓦礫に隠れたとき、わん……と耳鳴りがした。直後、隠れた敵全個体の気配が、消える。
「姑息な真似をする」
 ヴォルキスが、パシリと扇子を閉じる。
 つまり、先に進もうとすれば、大量の伏兵に襲われるということだ。とはいえ。
「向かってくる奴らを蹴散らさんことには先に進めん。蹴散らす者と、司令機を抑える者に分かれろ」
 上からの物言いだが、ヴォルキスの言うことはもっともである。
「はいはい! あたしがシアニビームで道を開けるよっ!」
「ほう」
 シアニビームに反応したのは蜚廉だ。
「面白い。竜の全力、見せてもらおう」
 ブン……
 蜚廉が、増えた。その数、四十五体。蜚廉の√能力【|蠢影《シュンエイ》】である。
 それには思わず緋雨が拍手。
「おお~、お見事。オレは司令機が見えれば、抑えられますけど」
「俺が敵の隙を見て位置を割り出そう、天翳君」
 影丸がすかさず申し出た。
「不動さん、助かりますよ~」
「じゃあ、俺は周囲を警戒するよ。二人とも、司令機に集中してくれ」
 クラウスが言って、レイン砲台を展開する。
「そうだね。敵の気配がしないんじゃね……。私も警戒に回るよ」
 樹が霊刀・狼牙を抜き、イヌガミも応戦の姿勢を取った。
「まぁそんなものか。全力を尽くすがいい。行け!」
 ヴォルキスの扇子の指示で、全員が全員の役目に移る。
 当のヴォルキスはというと、指示を出して仕事をしたので、見物を決め込むつもりである。瓦礫に腰かけ、脚を組んだ。
「さて……シアニビームとやらの威力がどれほどか、見ものだな」
 ヴォルキスの視線の先。向かってくるCetusたちの迎撃は、蜚廉とシアニの担当だ。
「散れ」
 蜚廉本体が言えば、四十五体の分体が一斉に展開する。
 半数は迎撃に、半数は索敵に。
 だが分体は、本体ほど強くはない。Cetusの群れに真っ向から当たった分体はなぎ倒され、へし折られ、バラバラにされる。
 索敵に回った分体もまた、奇襲を受け、上半身がちぎられた。
 が。
 ごそ……ごそっ、ごそごそ……
 バラバラになった胴から、ちぎれた上半身と下半身から、また分体が這い出てくるではないか。
 砕けば砕くほど増える。これぞ√能力【|蠢影《シュンエイ》】の真骨頂。
「さて、手数勝負と行こう」
 これにはシアニも、目をまんまるにする。
「蜚廉先輩がいっぱいだ!? えとねこうね、まっすぐにしてくれるとどーん! ってできるよ、蜚廉先輩っ!」
「真っ直ぐだな」
 分体がCetusに食いちぎられながら、さらに数を増やし、逆にCetusを抑え込む。
 三体の分体が、隠れていたCetusをガッチリ持ち上げ、運んでくる。
 その間に、シアニはハンマーから『竜脈の魔杖』へと武器を持ち変えた。竜漿を魔力へと変える、不思議な青い宝石を頂く杖だ。
「シアニ、遠慮することは無い。逃げ場は潰した。汝の全力、見せてみよ」
「えっまだ蜚廉先輩いっぱいいるよ?」
「巻き込むがいい。砕かれれば強くなる」
「はえ……うん! じゃあ、やっちゃうね……!」
 シアニはチャキリと杖を構えた。
 いつも、ちょうどいい加減ができずに、なかなか本気で撃てずにいるシアニビーム。
 今なら。
 蜚廉先輩が遠慮しなくていいと、言ってくれる今なら。
『キュアアッ!』
「ぶええっ!?」
 上からCetusたちが氷雪とともに降ってきて、シアニがビシッと固まった。大嫌いなうねうねなのだ!
 それを迎え撃つレイン砲台のレーザーと、
「ハッ!」
 狼牙の一閃。クラウスと樹である。
「「シアニ!」」
 二人もまた、シアニの名を呼ぶ。
 それに力を貰うように、シアニは今一度杖をぎゅっとした。キッと、顔を上げて。
「うねうねめーー覚悟はいいよね! 必殺っ!!」
 杖の宝石の青が、魔力でぶわっと大きくなる。
 蜚廉の背に歓喜が走る。分体にさらに命じ、Cetusを直前上に押し留める。
「シアニッッビィィーーームッ!!」
 どっごぉぉぉぉぉ!!
 極太のビームが、まっすぐに放たれた。シアニの√能力【|不完全な竜は加減下手《フォルス・ドラゴンブレス》】である。
 光がCetusたちを染めていく。逃れようにも分体に押し込まれ、光に、飲まれる。
 コォォォ……
 ビームの跡には、えぐれた地面が残るばかりであった。
「今だな」
 ヴォルキスが腰を上げた。
 ここで、時は少し遡る。
 緋雨と影丸の、司令機を抑える担当の二人はというと。
「天魔覆滅」
 影丸が√能力【|忍法・天地眼《ニンポウアメツチノマナコ》】を発動させれば、背中の|倶利伽羅剣《くりからけん》の刀身に炎が宿る。
 そこへ、
 ビーーッ!
 上から、二本のビームが降ってきた。
 ひらりと避ける影丸。すかさず、攻撃機構に取りついたCetusを撃つクラウスと、飛んでいって噛みちぎるイヌガミ。
「すまない、注意はしてるんだけどな」
 謝るクラウスに、影丸は首を振った。
「俺にも気配が掴めない。すぐ討ってくれて感謝する」
「そういう攪乱の電磁波っぽいですからね。しょうがないですよ~」
 緋雨がフォローすると、クラウスも樹も苦笑して、小さく頭を下げるのだった。
「だが……」
 影丸が難しい顔をする。
「司令機の隙は見える。奴の位置は分かるが、天翳君は視認が必要だったか」
「あ~、位置だけだと通じないですね」
「お手伝いしましょうか?」
 バッと緋雨と影丸が振り返った先、仮面の彼――リオルがいた。
 気配を、感じなかった。
「へぇ~、手伝ってくれるんです? 何を狙ってるのかな?」
 緋雨が彼に|笑いかける《・・・・・》。
 警戒する二人に構わず、リオルは悠々と歩いてくる。
「ただ少し、手を貸そうと思っただけですよ。お困りでしょう?」
 それは、そのとおりなのだ。
 一瞬言葉に詰まった二人に付け込むように、リオルは続ける。
「位置を教えてください。視認できるようにして差し上げましょう」
 穏やかに、いかにも人の好い声音で、道化は謳う。
 しかし現状、彼の提案に乗るしかないのも、また事実。
「――苦無を投げる方向、山の表面から五メートル位置だ」
 いち早く割り切った影丸が、苦無をヒュッと投げた。
 が、飛び出したCetusに阻まれた。すぐに樹が斬り落とす。
「おやおや、もう一度頼めますか?」
 感情を逆撫でするようなリオルの微笑みにも、影丸は動じず、苦無を再び投げて、奥のCetusの山へと突き刺した。
「_|δημιουργώ《ディミウルグ》」
 先ほどと同じ言葉。
 そしてリオルは、スイッと指を上へ。
 『虫カゴ』、金色の立方体に捕まった司令機が、Cetusたちを押しのけ、山の上へと浮かび上がった。
 ドンッドンッと司令機が、立方体に内側から体当たりしている。
「お行儀が悪い子には、お仕置きが必要ですね……【|ἀπὸ μηχανῆς θεός《アポ・メカネス・テオ》】」
 リオルは指を司令機に向け、バンッ、と撃つ動作。魔力の弾丸が射出され、司令機の虫カゴに着弾した。
 途端、司令機が大人しく――いや、動きがぐっと遅くなった。
 同時に、味方側全員の体が軽くなる。リオルの√能力【|ἀπὸ μηχανῆς θεός《アポ・メカネス・テオ》】による効果だ。
 本当に、リオルの狙いが分からず、緋雨が困惑気味に尋ねる。
「一体……どういうつもりなんですかね」
「この遅延は長くはもちませんので、あなたたちのほうに速くなってもらったまでです。それに……あまり鈍くさいダンスでは、飽きてしまいますからね」
「ふぅん……、テンポアップしてくれたわけね。それに」
 緋雨の額の|第三の瞳《サード・アイ》が変形する。
 『メビウスの魔眼』が、宙に浮いた司令機を凝視すれば、司令機の動きがさらに遅くなった。緋雨の√能力【|魔眼は統べる其の命運を《マガンハスベルソノメイウンヲ》】である。
「こういうこともできますんで」
「くすくす……お見事です。その調子で、虫カゴが壊れないように頑張ってください」
 フッ
 またリオルが消えた。
 直後、極太のシアニビームが放たれる。轟音、そして激しい振動。
「今だ、進むぞ!」
 ヴォルキスの指揮が飛んでくる。
「天翳君、あの道化を気にしている暇はなさそうだ」
「ですね」
 影丸の言葉に肩をすくめ、緋雨はアクティブリアクターに飛び乗った。
「ノーマクサーマンド! バーサラ! ダンカン!」
 影丸は|真言《マントラ》を唱え、√能力【|不動明王利剣呪《フドウミョウオウリケンジュ》】を発動させる。体が|迦楼羅炎《かるらえん》に包まれ、移動速度を三倍に引き上げる。
「行こう」
「は~い」
 二人は即トップスピードに達し、共にビームの跡へと飛び出していくのであった。
「私たちも進もう」
 邪魔をしてきたCetusを斬り、樹がクラウスに言う。
「うん」
 レイン砲台を連れ、クラウスも影丸たちに続く。
「おい、クラウスといったか」
 走りながら、ヴォルキスが話しかけてきた。
「あ、うん」
「手数が多いようだな。卵を割るほうに来い」
 言うだけ言って、ヴォルキスはCetusの別動隊、孵化を狙う一群のほうへ勝手に行ってしまう。
 が、クラウスは感心した顔である。
「なるほど。適任だと思う。ヴォルキスさんはジェネラルレギオンだし、二人でいけそうだ。樹さんは司令機のほうに」
「分かったよ、クラウス。気をつけてね」
 そう言い合い、樹とクラウスは別方向へと分かれ、駆けていくのであった。
 ビームでできた道を、ほかの者たちが通っていったあと、むくり、むくりと蜚廉の分体が起き上がってきた。
 前よりもさらに多い。うぞうぞと蠢く様子は、まさに“蟲”である。
「分体さん巻き込んでも平気って言ってたけど、すごーい!」
「シアニ、汝こそだ。竜の全力、なんと素晴らしい。強者がいる事に、我は喜びを覚えるぞ」
「えっへへへん! ほめられちったってゔぇああああ!?」
 まだ隠れていたCetusが飛びかかってきたが、
 ドガガガッ!
 蜚廉と分体が、連撃を叩きこみ一瞬で沈黙させた。
「……戦えるか? シアニ」
「うー……うねうねはうねうねしないようにしなきゃ……」
 スチャッとハンマーを構えるシアニの目は据わっている。
 それを見て、蜚廉はふっと息をつく。折れない強さの持ち主だ。
「残りも仕留めていくとしよう」
「おーーっす!!」
 蜚廉と分体、そして気合十分のシアニが、周囲へと散っていくのだった。
 一方こちらは、インビジブル溜まりへと向かうCetusの一群。
 その群れの前に、ヴォルキスとクラウスが割り込んだ。
 すぐさま、クラウスがレイン砲台を最大出力に切り上げる。300発ものレーザーがCetusの群れに向かった。√能力【決戦気象兵器「レイン」】だ。
 が。
『キュアアアッ』
 瓦礫から飛び出してきた伏兵数体に邪魔される。結果として、群れを三分の一ほど削っただけに終わる。
 仲間の残骸を乗り越え、そのまま突撃してくるCetusたち。ここを押し通るつもりだ。
「通さないよ」
 クラウスが魔力兵装を槍型に錬成する。
「まだ隠れているだろうな。『オマエタチ』、仕事だ」
 扇子で口元を覆ったまま、ヴォルキスが√能力【レギオンスウォーム】を発動させれば、わらわらとレギオンたちが現れた。
「クラウス、耐えられるな?」
 見下すようにクラウスを見ながら、ヴォルキスが問う。
 あの数だ。それに、伏兵もまだいる。そんな状況で、ヴォルキスは『できるだろう?』と圧をかけるのだから、たちが悪い。
 だがクラウスは冷静であった。
「30秒なら」
「じゅうぶんだ」
 クッとヴォルキスが笑う。
「行け、『オマエタチ』。一つ残らず破壊するぞ」
 言って、ヴォルキスは下がる。レギオンの統制に集中するためだ。
 迫るCetusの群れが、ついにクラウスの射程に入った。
 クラウスは槍を大回しし、その勢いで横に薙ぐ。
 長い30秒の始まりだ。
 上から襲うCetusに、槍を斜め上に回して斬り、反対の柄で地面を叩くと槍の回転を逆に。下から来たCetusを斬り下げる。
 その刃で地面を叩いて刃を跳ね上げた。その軌道を下げ、一斉に襲いかかってきたCetusを刃で横薙ぎに。さらに波状攻撃をかけてくる第二波を、回した柄で殴り払う。
 棒術に近い、友に似た戦い方。
 下がっていたヴォルキスは、レギオンに小さな隙間一つに至るまで、徹底的に捜索させていた。伏兵がレギオンのレーザーに撃たれ、次々と沈黙していく。
『キュアアッ!』
「!」
 クラウスの背後から伏兵が襲いかかった。前からの群れで手一杯だというのに。
 ビーーッ
 それを撃ち抜くレギオンのレーザー。
「これで全てのようだな。クラウス、下がれ」
 偉そうに命じるヴォルキスに、クラウスは素直に頷いて下がる。
「では道を開こうか」
 ヴォルキスが、扇子――『ダークネス・フォールディングファン』をバッと開く。桃色の炎『アートマニア』を宿し、黒い扇子が燃え上がった。
「塵にしか過ぎんと教えてやろう」
 ダークネス・フォールディングファンを振り下ろせば、アートマニアがCetusの群れを舐めていく。
 見る者によって、血の色を幻視するアートマニア。
 血の通わぬ機械を、血液と同じ色の炎が焼き尽くしていく。
「……今のうちだな」
 ヴォルキスに言われて下がっていたクラウスは、インビジブル溜まりのほうへ。
 クラウスはインビジブル制御の技術も身につけている。傭兵は何でもできなければならないものだ。
「ちょっと、暫く離れていてくれると助かるよ」
 クラウスに頼まれると、インビジブルたちは周囲に散っていく。
「お優しいことだ」
「無害なインビジブルが利用されるのは嫌だしね。そっちは……すごいね」
 クラウスがずいぶん数を減らしていたとはいえ、残りの群れは卵ひとつ残らず、ヴォルキスの言ったとおり塵になっていた。
 ヴォルキスはまた扇子を開き、不敵に言い放つ。
「無能を上に持ったのが運の尽きだったな」
 ジェネラルレギオンの背後に、レギオンたちが一糸乱れぬ動きで揃う。
 まさに、『女王様』に従う兵士のごとく。
「行くぞ、クラウス。ああ、それと」
「うん。何かあった?」
「30秒、よくもたせた」
 横目で言い、司令機のほうへ向かうヴォルキス。
 クラウスは目をパチパチとさせたが、小さく微笑み、ヴォルキスのあとを追うのだった。
 司令機への先陣を切るのは、影丸と緋雨だ。
 次から次へと伏兵が飛び出してくる。
「疾!」
 ミノ実の糸を袖口から飛ばし、見えている隙に巻き付けたところを、緋雨の精霊銃が撃ち抜く。
 反対から襲う伏兵三体を、影丸の影から伸びたゲコ丸――影絵の巨大|蝦蟇《がま》の舌が薙ぎ払う。
 その間に前方を埋めたCetusたちに、疾走する影丸が倶利伽羅剣で一閃。まとった迦楼羅炎により、Cetusたちが灰へと帰す。近接技『不動明王利剣呪』である。
 灰をくぐり、影丸とアクティブリアクターの緋雨が飛び出す。
 だが、まだまだ、まだまだ伏兵がいる。
「キリがないですね~」
 軽く緋雨が言う。その|第三の瞳《サード・アイ》、『メビウスの魔眼』はじっと司令機を凝視し続けたまま。
「俺がやろう。ここまで踏み込めば頃合いだ。ゲコ丸!」
 呼ばれ、影丸の影から黒い大ガマが具現化した。ゲコ丸だ。
 影丸はゲコ丸の背を踏む。ゲコ丸がぐーーっと身を潰し、ぽよんと戻って影丸を跳ね上げた。
 高所から見れば、電磁ジャミング中の機体であっても、肉眼の視界の内。
 ゲコ丸の舌で緋雨を覆い、影丸は忍力を練り上げる。
「縛!」
 その一喝によって、視界内の全対象が麻痺に陥る。影丸の√能力【|忍法・不動呪《ニンポウフドウジュ》】だ。
 麻痺して動きの止まった相手の隙を突くことなど、造作もないこと。
「疾ッ!」
 手裏剣を下方の全方位に放つ。伏兵たちの隙に突き立てれば、残らず伏兵が沈黙する。
「おお~」
 緋雨は拍手の代わりに、前方で麻痺しているCetusたちを撃つ。
 目を閉じた影丸は、ゲコ丸の上に降りた。少しばかり疲労している。【|忍法・不動呪《ニンポウフドウジュ》】の反動がきたらしい。
「大丈夫です?」
「問題ない。先に行っていてくれ、天翳君」
「りょです。一人だとちょっとキツいかもですけど」
「やっと追いついた……二人とも速いね……」
「お。花園さん、ナイスタイミング~」
 普通に走ってきた樹が、ようやく合流する。仕方がない、影丸は移動速度三倍、緋雨はリアクターに乗っているのだから。
「しかし、あの金色の箱越しに攻撃は届くのかな……?」
 樹が司令機を見上げた。
 緋雨の魔眼によって動きが遅くなっている司令機は、未だに立方体を破れずにいる。
「お望みでしたら、解いて差し上げましょう」
「「!?」」
 樹の後ろから声がした。仮面の青年、リオルだ。
「解いた瞬間、あの山の全てが襲いかかってくるでしょうね。その覚悟はおありですか?」
「……もちろんだよ。私は、一人ではないのだからね」
 樹が緋雨を見る。
 緋雨は魔眼で司令機を見ながら、二つの目で器用に樹を見て、笑う。
「どの口ですよ~?」
「うっ……」
「でもま、了解です。解いちゃってください」
「では……僕は特等席で楽しませて頂くとしましょう」
 近くの瓦礫に腰かけると、リオルがパチンと指を鳴らす。
 司令機の周囲の立方体が、立ち消えた。
『キュアアアアアアア!!』
 怒りのような咆哮を司令機が上げる。
 すると司令機を頂いた山が、ごそりとずり落ち、雪崩れてくるではないか。
 同時に司令機は電磁ジャミングを張り、山に潜ろうとする。
「させないよ! 荒ぶりし狗神の御霊よ鎮まりたまえ……!」
 樹を四十五匹の狗神が取り巻いた。樹の√能力【|荒魂『狗神』《アラミタマ『イヌガミ』》】だ。
「司令機を狙ってくれ、頼むよ狗神たち!」
 四十五匹が一斉に飛び立ち、次々と司令機をその爪で、牙で切り上げる。
「……犬は聴覚や嗅覚には優れるけど視覚はあまり良くない。それでも何故私がこの手を使ったか分かるかい?」
「え。う~ん? 正解くださいっ」
 明るく言う緋雨に、くすりと笑みを零して樹が続ける。
「彼らは人より優れているんだよ……動体視力だけはね。能力の反動で戦闘力と移動力が落ちている今がチャンスだ」
「なるほどねぇ。さてさて、来ますよ、雪崩が」
 そう言いながら、緋雨が精霊銃を構える。
「うーん、ずいぶんな質量だけど……私たちだって、一人ではないのだからね」
 今にも迫りくるCetusの雪崩を前に、樹も狼牙を構えた。
「行きましょ!」「行こう!」
 声が揃う。
 樹が先行して地を蹴った。
 狼牙で大きくCetusを斬り払い、討ち漏らしを緋雨が撃ち抜く。
 斬っては払い、返す刀で斬るが、あまりにも量が多い。じりじりと後退しながらの攻防に、
 ビーーッ!
 レイン砲台とレギオンから、二重の援護射撃が飛んできた。
「クラウス、砲台を上へ。上から密度を減らすように撃て」
 すっかりクラウスを手下にしたように命じるヴォルキスと、
「分かった。なるほど、それなら樹さんたちに当たらないのか」
 すっかり感心して従うクラウスの到着である。
「助かったよ、二人とも」
「これなら拮抗しそうですね~」
 樹も緋雨も、攻撃の手にさらに力がこもる。
「もう少し持ち堪えろ。――来るぞ」
 来る? とヴォルキス以外の三人が思ったとき。
 ……ドド……ドドドドドドド!!!
「うっわ!?」
 思わず緋雨が声を上げた。
 伏兵を叩き飛ばすシアニを先頭に、百体を超える蜚廉が集団で走ってくる。
「さあ、道を開けてやれ」
 ヴォルキスがそう言えば、三人ともがサッと身を引いた。百体の圧が凄い。
「うねうねをうねうねしなくうねうねうねえええええ!!」
 彼らの前を通ったシアニが、渾身のシアニハンマーを群れにぶち当てる!
 どっかぁん!!
 大きく後退したCetusたちに、百体の蜚廉の文体がわらわらと群がっていった。
 青白い山を、黒い蜚廉たちが侵していく。
「巻き込んでいいんだったか」
 そこへ、ゲコ丸に乗った影丸が合流し、蜚廉に問いかけた。
「ああ。派手にやるといい」
「承知。いくぞ、ゲコ丸」
 影丸は、ゲコ丸の背で垂直にジャンプ。ゲコ丸が彼の着地を背で受けると、ぐっと体を潰す。ぽよんと押し上げると同時、影丸はさらにジャンプ。沈み、ジャンプ、もっと沈み、さらにさらにジャンプ! ぐぐぐっと沈み込み、ぽよよ~ん! とゲコ丸が影丸を高く高く押し上げた。
「ノーマクサーマンド! バーサラ! ダンカン!」
 影丸が忍力を最大にまで高める。
 司令機を留めていた狗神たちが、影丸のために空中で左右に分かれる。
 司令機は、丸裸。
「不動明王利剣呪!! たあああああああッッ!!!」
 迦楼羅炎をまとった倶利伽羅剣が、司令機を上から両断し、そのままの勢いで山を斬り裂いてザザザザッと下っていく。
 ぐらり……
 山が、二つに割れる。その断面は、迦楼羅炎の赤。
 シュッとゲコ丸の舌が影丸をさらう。一瞬後、
 バアアアアアアアン!!!
 山が盛大に爆発した。
 山に抱えていた卵もすべて燃やし尽くし、周囲の雪が余波で水に変わっていく。
 Cetusの山――全滅である。
「やったーー!」
 シアニがジャンプした。
「見事だ」
 蜚廉が頷く。
「一網打尽だね」
 クラウスが表情を緩める。
「すっきりですね~」
 緋雨が拍手する。
「うん、皆ありがとう」
 樹が微笑む。
「ふん」
 ヴォルキスが鼻を鳴らす。
 そして、スッと倶利伽羅剣を払い、影丸が告げる。
「司令機、撃破。忍務完了」
「――とは、いかないようですよ」
 瓦礫に腰かけたままのリオルが口を開いた。
「何?」
 見れば、司令機を失くした伏兵たちが、本能のまま、その殺意をむき出しにして、ぞろぞろと出てくるではないか。
「もうこれは必要ありませんね」
 パチン。リオルが指を鳴らせば、大きく覆っていた金の立方体が消え失せる。
「さあ、最後に立っているのはどちらでしょうね?」
「聞くまでもない」
 ヴォルキスが冷たく答えた。
 その言葉を、シアニが継ぐ。
「とうぜんっ、あたしたちだよ! うねうね滅ぶべし!!」
 ふんすふんすとハンマーを振るシアニに、なんだか皆、小さく笑ってしまって。
 だが、すぐに気を引き締めるのだった。
 Cetusたちが向かってくる。
「我が抑えよう」
 蜚廉の分体がスリーマンセルでばらけ、Cetusたちをがっしりと抑えていく。
「狗神たち、頼む!」
 そのCetusを、樹と狗神たちが切り裂き、
「やれ、『オマエタチ』」
「…………」
 ヴォルキスのレギオンと、クラウスのレイン砲台が正確に貫き、
「ゆるすまじゆるすまじぃ!」
「もうちょっとですよ~レンツィさん」
 ドカンドカンと殴り飛ばすシアニの討ち漏らしを、緋雨が撃ち抜き、
「これで真に終わりだ」
 蜚廉の分体がひとところに固めたCetusたちへと、影丸が駆ける。
 その三倍の移動力を乗せ、炎の軌跡をブンと描き、一閃。
「不動明王利剣呪!」
 ぼぅっ!
 最後のCetusたちが、大きく燃え上がった。
 ――カ、チン
 影丸が倶利伽羅剣を納めれば、風がさぁっとその灰を飛ばしていく。
「忍務、完了」
 一瞬、しんとした。
 そこには、先ほど、それを否定した仮面の彼はいない。綺麗さっぱり消え失せてしまった。
「……一体何だったんだろうな、彼は」
 クラウスが、皆の気持ちを代弁するように零す。
「わ~~ん!! 今度こそ終わったんだよね!?」
 ばたーん! とシアニが大の字にひっくり返ってしまう。もう半泣きだ。
「わっ」
 そんなシアニの下から、ゲコ丸が具現化し、ぽよんと彼女を乗せた。
 影丸が、ふわりと笑いかける。
「ああ、終わりだ。帰ろう、皆」
 影丸のその言葉と微笑みに、皆もまた、ようやくの終わりを実感する。
 瓦礫の街には、雪解け水が広がり、静かな水面が朝日を反射している。
 無限に増殖する難敵を、全員の力を合わせ、ただの一匹も残さず倒しきったのだ。
 そうして、しばらくのち。
 揃って√EDENまで撤退し、今はひと息ついているところだ。
 あちらではヴォルキスとクラウス、シアニが自販機の飲み物を選んでいる。
「ヴォルキス先輩っ。ヴォルキス先輩の炎て、ワカ先輩の炎と同じ色だよね?」
 シアニがヴォルキスを見上げて尋ねた。
「『ワカと同じ炎』? まぁそんなこともあるだろう」
 ガコン
 またひとつ缶を買いながら、すげなくヴォルキスが答える。
 結局最後までシラを切り通すつもりらしい。
「ワカっていう人のこと、俺も聞きたいな。都市の作戦を話してくれた人だよね」
「うん! ワカ先輩はねっ!」
 シアニが元気にワカのことを話すのを、クラウスは微笑んで、ヴォルキスはふいと目をそらしながら聞くのであった。
 また、別の場所では、影丸と蜚廉が軽い話に興じている。
「お疲れだ。あの分身の数はすごかったよ。俺も見習いたいものだね」
 リラックスしているのか、戦の時とは口調の違う影丸に、蜚廉は翅を揺すって応える。
「いつでも相手になろう。盗めるものがあれば盗むがいい」
「それは有難いな。どこに行けば、君に会えるんだい?」
 蜚廉の口が、わずかに笑んだ。強者との縁が、また増えた。
「会いたければ――我の市に来るといい。待っているぞ、強き者よ」
 そしてまた、別のところでは。
「天翳、ちょっといいかな」
「は~い?」
 緋雨に、樹が話しかけた。少しばかり、深刻そうな顔で。
「私なりに考えてみたんだけどね」
「はいはい」
 努めて軽く、緋雨は相槌を打つ。樹を思ってのことだ。
「……甘いのも無茶しがちなのも自覚はしてる。それでも……自分より他人を危険に晒すなんて私にはできそうにない」
「……うん」
 大丈夫かな、と緋雨の顔が語る。
 見守られながら、樹はひとつ息をつき、言葉を続ける。
「今はまだ未熟で心配をかける事も多いだろうけど……きっと守れるようになってみせるよ」
 そう言って、樹は微笑んだ。
 それを見て、緋雨もまた相好を崩す。
「ええ~、心配かけないでくださいよ~」
「う……。ど、努力するよ」
「おい、話は終わったか」
 ヴォルキスが割り込み、二人に緑茶の缶を放ってきた。
 二人とも、危なげなくキャッチ。
「折角だ、乾杯といくぞ。音頭は私が取ってやろう」
 見れば、皆手に手に缶を持って集まっている。
 緋雨と樹も目を合わせ、皆に合流した。
「今日の作戦、大成功と言っていいだろう。そしてまぁ……再会も、祈念しておこうか」
 ヴォルキスの言葉に、シアニがぶんぶんと首を縦に振る。
「ごほん。では。皆、ご苦労だった。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 カツンッ
 蜚廉、シアニ、クラウス、影丸、緋雨、樹、そしてヴォルキスの缶がぶつかり、いい音を立てるのだった。

 今回の作戦の戦果は、以下である。
・レリギオス・オーラム傘下の施設破壊
・ゼーロットの援軍殲滅
・ゼーロット親衛隊「クリプトワーム『Cetus』」殲滅

 これらがゼーロットの戦力を大きく減じたことは、のちに歴史が、雄弁に語ることであろう。

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