⑥正面突破
●りゅうぎ
「まったく、奴らのやることは分からんな……」
そうは言いつつ、同じプラグマ傘下の組織に属すもの。手を貸さぬ理由はないか、と……アポローン・アルケー・へーリオスは――どうしてだか多少頭を抱えてふらつきながら、AKI-OKA ARTISANを歩く。蹄のような靴の爪先、通路によく響くことだろう。
面白い。久々の、相当な『おもしろ』である。一般人を頓死させることではなく、√能力者を狙う作戦――。
何を考えているかは定かではない『マンティコラ・ルベル』の誘いに乗った自分も、なかなか酔狂ではないか。
酔狂だからこその楽しさがある。お祭り騒ぎである……戦である、闘争である。どのような形であれ、それに参じない理由は、この『怪人』にはなかった。
さて。少しばかり遊んでやろうではないか、√能力者たちと。何匹仕留められるか? そんな考え方はつまらない!
此度の、へーリオスの流儀。それは――。
「正々堂々――正面から、来てもらおうか!」
搦手、不要!
兵装は確と手入れをされている。銀色に輝くそれら、真正面からぶつけ合ってやろうではないか――!
あ、でもここちょっと高度が。絶妙に低いですね。
頭をぶつけぬよう、頑張れへーリオスさん。
●おとどけもの。
「厄介事の『お届け』だ! あきはばらあらばはばば……ああーっ言えない!!」
頭を抱えてくしゃくしゃと。星詠み、オーガスト・ヘリオドール(環状蒸気機構技師・h07230)には少し発音が難しかったようである。
「こほんっ! 失礼! さあ、うまく言えない戦の名前は置いておいて、作戦の説明だ!」
気持ちを切り替え、テーブルの上へと封書から取り出した資料を出すオーガスト。秋葉原の周辺地図が描かれたそれにつけられた赤丸を示して、彼は言う。
「山手線の高架下にある、AKI-OKA ARTISANっていうショップ街だよ! とびきりおしゃれな店が集まってる感じ! で……ここが『マンティコラ・ルベル』の暗躍によって「殺人儀式会場」とかいうとんでもない場所にされてるんだ! しかも、一般人は狙わない……俺たち√能力者だけを狙ってる!」
ちょっと目的わかんないよね。なんて首を傾げるオーガストであるが、話はまだ続く。
「ここには√能力者と対峙するために……儀式を行うため、って言った方がいいのかな? ともあれ、数多くの怪人たちが配置されてるみたい。そのうちの|一柱《・・》を撃破してきてくれる?」
その数え方は、ヒトのものではない。なぜならば。
「相手は『アポローン・アルケー・へーリオス』……太陽神の名を騙る、弓の名手さ!」
なお拳もつよいらしいぞ。名乗ってる神格にそういう逸話があるんだってさ。
「なんか……やたらと『正々堂々』とかに拘ってるっぽい? 普段はそうでもない奴みたいなんだけどね」
資料を見ながら不思議そうにしているオーガスト。うーん、何かがあったにちがいない。
とにもかくにも。
「この|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》――勝利をおさめるために、頑張っていこっか!」
言えた!
第1章 ボス戦 『アポローン・アルケー・へーリオス』
「良いなあ! 正々堂々! めっちゃ良い! 分かりやすい!」
「それは何より。こちらも鬱憤が溜まっていてな!」
拳を手のひらに打ちつけたへーリオス。
対峙するは天霧・碧流(忘却の狂奏者・h00550)――普段なら|避難誘導《邪魔になる》ような一般人もいない! 広ささえ考えなければ、戦いやすいと言ってよい環境である。
「殺人儀式会場って名前もゾクゾクするぜ! まさに俺のための会場だ!」
「共感しよう。頓死の神として」
両腕を広げて楽しげに笑う碧流を見ても少しも狼狽えぬまま、矢をつがえたヘーリオス。真正面からこのような――戦闘することだけを考えて来るもののほうが、|英雄《ヒーロー》よりもよっぽど、良いというものだ!
もっとも碧流がヒーローの類であるとは、ヘーリオスは一片たりとも考えてはいないだろうが。
「正々堂々殺り合おうぜ!!」
覇気と共にジャケットを脱ぎ捨てた碧流を見てほう、と息を吐く偽神。それもまたひとつの彼の流儀なのだろうと様子を窺う彼へと碧流は続ける。
「アンタを下に見てるとかじゃないんだけどよ、ちょっと自分を試してみたいんだ……ああ、これが『正々堂々じゃない』と思ったならアンタも脱いでくれて構わないぜ」
「兵装を? それは困るな」
冗談まで溢す有り様だが、余裕から来るものではない。浮き上がった体、そのつま先――鏃は確りと碧流に向けているのだから!
「――良い戦いにしようじゃないか!」
飛び込む碧流の先へ放たれた矢。空中で分裂し射出されたそれ、傷はつけども一本でも弾けていれば良し! 無装狂宴――!
ハチェット、デスクリーヴが偽神の盾へ向かい振り下ろされる!
「ッ……ぐ!」
軋む腕、傷つく盾。目に見えぬ負傷ではあるが、ダメージは相応の大きさだ――! すぐさま後退しながら放たれるヘーリオスの矢をハチェットで叩き落としながら、その懐へ向かい突撃する碧流。
「ぅおっと!」
碧流の腹へ向けた拳での一撃をもって、ようやく距離を取ったヘーリオスが、ふ、と笑い声を漏らした。
「その意気や良し――嗚呼やはり、乗って良い作戦だった!」
笑い声が、通路へ響く。
素早く決める。決心、心意気、それとは異なる静かなる感情と共に立つ白影・畝丸(毒精従えし白布竜武者・h00403)を前に、アポローン・アルケー・ヘーリオスは楽しげな笑みを溢す。
「古いな。|弩《クロスボウ》かね。良い得物だ……」
大まかな種別は違えど、同じ弓使い――共感するところがあるようだ。深くなった笑み。そしてそのすがた、かたち、匂いから察するもの――己と少しだけ似た。『毒』の匂いだ。
侵せ。侵せ。空気を淀ませる畝丸の気配に、ヘーリオスは何かを察しながらも――先手を取った。
「では、速やかに頓死させるとしよう!」
放たれるは銀の矢。連続的に放たれた二本の矢が分裂し、広範囲を払うように放たれる! 広いとはお世辞にも言えぬ戦場だ、回避するには相応の努力が必要だが。
「――汝の其の術」
底力、お見舞いしましょう。
「鎧と化して我が身に鎧え」
――矢を受け止めたのは、鎧から展開された大盾。
毒創鎧装術。複製されるは、へーリオスの装備した、象徴とも言える複合弓や竪琴にも似た弓――侵食するかのように銀に染まる装備、即座打ち返すは毒矢である!
己が放ったものとほぼ同様、だが毒を載せられたそれ。左腕の盾を用いて致命を避けるもその切っ先は確かに肉を抉る。痺れと共に襲う苦痛、だがそれで止まるような偽神ではなかった。再びヘーリオスから放たれる矢を大盾で防ぎながら、その毒の効き目を確かめるように目を細めた畝丸。
「――よく考えたじゃあないか」
目的を察したか、ヘーリオスが傷を受けた腿の肉を己の矢により削ぎ落とした。これ以上侵されてはたまったものではない!
「それが貴様の『流儀』だというのなら、ああ、否定しないさ!」
彼は『アポローン』……疫病、『疫病』を操る|毒使い《・・・》にも縁ある神の名を背負っており、毒矢の扱いも相応知っているのだ。毒そのものを正々堂々と見なさぬ者もいるであろうが、ヘーリオスの場合は――真逆!
その能力を持って、こうして真正面から挑んできたこと。それこそが、ヘーリオスにとっての「正々堂々」だ!
初めは気楽なご挨拶からであった。
「あ、どーも七々手っす。こんちゃー」
挨拶、だいじ。お気軽お猫様。七々手・七々口(堕落魔猫と七本の魔手・h00560)、ヘーリオスに「今度は軽いのが来たな」とばかりの視線で見られているが、そんなことはどうだっていい。
「……返さんぞ」
「こっちはご挨拶したのに?」
のびー。ひと伸びした七々口を見て思わず気が抜けそうになるヘーリオスだが、油断している場合ではない。ここに現れたということは、彼もまた殺すべき√能力者のひとりなのだから。あと名乗るとコイツ超長いのだ――【疫病奏者】ディー・コンセンテス・アポローン・アルケー・ヘーリオス!
さてはてともあれなるほど、なるほど。
「正々堂々に殴り合い。にゅふふ、わかりやすくて大変良き」
まるで自分の頬に手をやるように、にくきうを添えて。その態度はともあれ、心意気、ヘーリオスにとっては強く評価できるものであった。このように気の抜けた相手でも、確とした『個』を持つものは好ましい!
さて。先手は。
「――我が身を門とし、来れ破滅よ」
尾。魔手がぞわりと――周囲に怖気を振りまきながら、その|存在感《月の輝き》と質量を増大させていく――!
「はい、魔神手パーンチ!!」
「ぐっ……!!」
真正面。魔神手7柱の拳がヘーリオスに迫る! いくつかの拳は己の速度で避け盾で受け、己の兵装――矢を持って後退させるも、一本の魔神手が辿り着いた!
堪えない方が被害は少ないか。大きく吹っ飛ばされ後退したヘーリオス、そのまま銀の弓が音楽を奏でるかのように、魔神手たちを射抜いていくが、中々七々口本体には届かない。ぴょんこ、当たりそうになった一矢を七々口の本体が飛び越え、そこを狙う矢を霊的防護の結界が阻み、威力を減衰させ、僅かに毛が散るまでに終わった。
「よっしゃ、引き続き気合い入れてこー」
もう既にちょっと疲れてきちゃったんだけど。にゃふふ。とはいえ短期決戦。殴り続ける尾の魔神手……一分程度の寿命くらい、この男への攻撃にくれてやろうじゃあないか!
いやホントはくれてやりたくないけど、しんどいし!
「うるせえ! テメーの正々堂々なんざ俺には関係ねえ!」
それもある種の『正々堂々』だ。真正面から関係ないと告げるのも。
「俺は|√EDEN《ヒロトの世界》を護る!」
その決意も、先の四文字に当てはまることではないか。葦原・悠斗(影なる金色・h06401)に堂々宣言されたヘーリオス、目を細めながらその覇気を眺めていた。
「だから今ここで!」
纏う黒炎、どうやら『お話』はしてくれないタイプらしい。顎を揉む偽神もまた、輝く光背を光らせながら己が兵装へと手をかけた。
「テメーを!! ブッ倒してやる!!」
跳び出す悠斗。自身の防護を考えず――『耐え抜く』というシンプルな回答を選んだようだ。変形するヘーリオスの弓、アポロンの竪琴――音響兵器と化したそれからの音が、強い衝撃波となって周囲へと広がっていく!
「身体に複数『詰まっている』タイプか? アッハッハ! 良いじゃあないか!」
真正面から打ち込まれる拳、過剰斬獲を往なしながら、ヘーリオスは戦いを楽しむかのように笑っている。
腹立たしいまでの笑顔を見せるそのツラに一発ぶちかました悠斗、放たれた衝撃波によって吹き飛ばされながらも、再度ヘーリオスに迫る!
距離を離せば遠方からの狙撃――√能力が乗っておらずとも強烈な一矢が襲ってくることだろう。何より狭い戦場である、広範囲への攻撃、音響波という目に見えないものを躱す事は難しい。
ならば間合いを保ち続けることがこの場では最良だ。近接戦、何度も弾きかえされながらも確と打ち込まれる悠斗の拳に、ヘーリオスは喉の奥で小さく笑う。
「ずいぶん覇気がある。何か急ぐ理由でも?」
「敵は他の場所にもアホみてーに群がって来てやがる……テメーなんぞに時間を取られてる場合じゃねえんだよ……!」
「――良いじゃあないか、英雄然として!」
いいや。何が英雄だ。彼らなら『すべてを救おう』と動くだろう。だが悠斗のすべては、我が|片割れ《・・・》のためにある。
悠斗は、√EDENを――|彼《・》の世界を守るためならば、この手がいくら傷つこうと構わない――!
正面から正々堂々……。
「ええよ。そういう潔いの、嫌いやないで」
ゆらり、優雅な一歩。柔らかく、だが唇には伶俐な笑みを浮かべた朔月・彩陽(月の一族の統領・h00243)。
「余裕、というわけではないようだな」
あくまでも、優雅であるだけだ。こちらに対して油断しているわけでもなく。たとえ息が上がっていようとも、目の前に現れた新手がいればその相手をするのもまた流儀だ――弓に矢をつがえるへーリオスが、彩陽を静かに、その左目で見る。
さて場は既に整っている。挨拶など不要だろう、視線を合わせるだけで既に終わったようなものだ。
ほな、こちらも正々堂々。
「お相手したってくださいね?」
――御霊降霊。
……後は自分の身が暴れるだけ。
竪琴型音響兵器へと変形した兵装、響く音響。衝撃波と化したそれを手甲と結界で防ぎ、ヘーリオスへと迫る。
……相手と正面から殴り合うだけ。
実にシンプル、シンプルだからこその脅威である。纏うは|御霊《怨霊》、打ち込まれる攻撃に乗るのは何者かの『意図』か。近距離で抜かれ振り下ろされる刀、間に合いはしようと傷はつく。盾を用いようとも、それをすり抜けるように刻まれる傷――!
「ははは……! 随分と難儀な、面白いものに『憑かれて』いるじゃあないか!」
それとも、『好かれている』と言うべきか? 顎を揉むヘーリオスに返答する必要などない。致命を避けるためにと展開される御霊達が音の波に揺さぶられ消えていく。
得意な間合いまで引き下がろうとするヘーリオスの速度に食らいつき、衝撃波が内臓と脳を揺する中でも、彩陽の攻撃が止むことはない。
それは、仕留めるために。
最後までどっちかが倒れるまで……。
「やりあおうじゃないか!」
「――アッハッハ!!」
高笑いが通路に響いていく。意趣返しに笑う偽神、当然こちらも余裕があるわけではないが。全力をもって己に食らいついてくるその姿、その表情、実に――|うつくしいものではないか《気に入った》!
「へぇ、なかなかおもろい相手やん」
ああ、『おもしろ』がられている。へーリオスには|それすら《己の扱い》も『おもしろ』い。
「正々堂々正面突破。まさにヒーローのための時間やねぇ!」
身体に染み付く紫煙の香り――纏うはルーシー・チルタイムダブルエクスクラメーション(チルタイム!!ショータイム!!・h01895)。笑う彼女に応答するように、へーリオスが鼻を鳴らす。
細められた左目。皮肉と厭世が込められた眼差しも、今ここに――対峙すると宣言した時点で、その目は敵意を持つものに切り替わる。
「そんなら遠慮なく――ド真ん前で失礼!」
――変身!
『Suu…Yippee!!』
ゴキゲンな音声と音楽! アクセプター――獣の|顎《あぎと》のようなそれに装着されるは、けして日曜朝には映せない代物!
『TROPICAL FLAVOR!』
『Nicotine is addictive!!!』
|変身シーン《おやくそく》を邪魔するような無粋さを持ち合わせていないのは、怪人ゆえか生真面目さか、それとも『本物』と久しく相見えたからか! 夏の様相を思い出させるような音響、どこから出ているかはご存知でなくて構わない!
姿形は変わらずとも纏うものが変化したルーシー。香りに煙、そして覇気。
「さぁ、こっからは、チルタイムの時間やでぇ!!」
口中で弾けるトロピカルあれば、拳で弾けるトロピカルもアリ! ヘーリオスへと正面から振りかぶられたバットが爆発する! 紫煙の中、一瞬驚き目を見開いたヘーリオス。だがすぐさま素早い拳での反撃が繰り出され、ルーシーの皮膚が裂ける――好都合!
「怪我がなんぼのもんやァ!!」
「ぅ、おぉっ!?」
受けた傷を己で抉るかのように擦り――二撃目! 強く叩きつけられたバットからド派手に火花が散り、へーリオスがショップのガラスを突き破り店内へと吹き飛ばされる。
「あちゃあ! ええもん壊したかも!」
だがいい、後で直せばよろしい、今はただ全力で!
「――ま、だだァッ!!」
低く飛翔し己へ突撃してきたへーリオスの盾を受け止め――紫煙くゆる中、両者、笑みを浮かべる。
「良いじゃあないか、ヒーロー! 変わってはいるが……気に入った! アッハッハ!!」
高笑いに付き合っている暇はない! 振りかぶられたバットを今度は避け、距離を取るへーリオス。戦いはまだ、終わらない!
正々堂々、なぁ。口にすることはなくとも、奇妙な感覚だった。「柄じゃねぇにも程がある」、とはいえ相手が望むのであれば、その相手をしてやるのも悪くない。
「分かりやすくて良いじゃねぇか」
禍神・空悟(万象炎壊の非天・h01729)、偽神――アポローン・アルケー・ヘーリオス、太陽神の名を騙るそれの前に立ち。
「だろう? |英雄《ヒーロー》どもが好む言葉さ」
空悟は決して、そのようなヒーローと呼ばれる類の人類ではないが。それでもそう称するのは、己が『怪人である』という矜持からか――。
「お望み通り殺し合おうじゃねぇの」
太陽サマに挑むのだ。溶けて墜ちるような炎に包まれて行かなきゃ失礼だ――とはいえ、イカロスのような失墜をするのは、|相手《ヘーリオス》の方だが!
兆星。走り出した空悟に対して放たれる音響、衝撃波となったそれ。だがもとより狭い通路、逃げる場所などありはしない! 防御を捨てて突っ込んでくる空悟の燃え盛る拳がヘーリオスの体を打つ!
燃焼する肉体、だが伊達に太陽神を名乗っているだけはあるか、直ぐに掻き消える炎。しかしそれを繰り返せば、相応ダメージは蓄積するはずだ!
上がる黒炎に目を細めながら、ヘーリオスは竪琴を奏で、時折距離を取るために矢を打ち出すも、それが突き刺さってなお空悟が止まることはない。鍛え上げた肉体が、苦痛ごときで怯むなどありはしない!
「イカした音を鳴らす竪琴じゃねぇか!」
「そいつはどうも! こう言っては何だが、自慢でね!」
音響波は強かに空悟へダメージを与えていく。太陽サマとやらは相応に存外タフなようである。黒炎に包まれようと、その光背の光が衰えることはない――。
「――この肉体、この精神――灰になるにはまだ早い!」
とはいえその体、既に悲鳴を上げているのではないか。黒炎が鳩尾を打ち抜き、そのまま通路の奥へと吹っ飛ばされるヘーリオス!
「痩せ我慢なんかするもんじゃないぜ」
冗談交じりに肩をすくめる空悟に対して、血反吐を吐き捨ててでも。偽神は笑う、笑う――!
あきはばばば。言えない。星詠みも言えないし、赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)も言えなければ、きっと今対峙しているヘーリオスもおそらく一回は舌を噛む。
儀式の結果何が起きるかは定かではないが、|悪の組織《プラグマ》の作戦だ。碌なことにならないのは当然、阻止するのも当然の話である!
「初めまして。儀式を止めにきました」
――真剣な表情で向き合うリツに、やや間の抜けた表情をするヘーリオス。
「できれば異形の腕で真っ向から殴り合いたいです」
ぺこ。丁寧に頭を下げられてしまった――となれば。
「……名は」
「赫夜・リツです」
「そうか。ディー・コンセンテス・アポローン・アルケー・ヘーリオス。相手をしよう」
丁寧な名乗りに返してしまうのは何故なのか。ともあれ一瞬緊張の糸が解けたが、それはきっちりと固く結び直される。
リツの腕にかけられた血液貯蔵瓶を見てほう、と感嘆の声。戦闘態勢に入った彼――いつでもどうぞとばかりに構えたリツに。光背を輝かせたヘーリオスの拳が、容赦なく振りかぶられた!
「ありがとう、ございますっ!」
なんとかヘーリオスの初撃を受け止めたリツ。その瞳がゆらり、深紅の光を纏い――異形と化した、傷を受けた腕が、反撃として力強く振るわれる!
盾を用いて致命を避けつつも、通路の奥へと転がる偽神。目を見開き、先の態度とは印象の異なる勢いの攻撃に驚いているようだった。あまりに強力なカウンター……! だがリツの腕も相応にダメージを受けている、苦痛を押し殺しながら皮膚を抉り――次に繋げる!
「は……はは! 素晴らしいじゃないか! あまりに正々、堂々。『おもしろ』い!」
笑いながら飛翔するヘーリオス。速度相応の威力の乗った拳がリツへと撃ちつけられる。ぱきりと異形の腕にヒビが入った。だが、それでいい、この傷すらも、己で抉って――!
すぐさま駆け出したリツの拳が再度、ヘーリオスの体をとらえた。
「これで――最後に!!」
ばきり。――砕けたのは、ヘーリオスの兵装であった。息を呑む彼、だがその呼吸がまともに吐き出されることはなかった。
異形の爪がヘーリオスの装甲を、弓を砕く。――笑い声も、竪琴の音も、矢の音も聞こえない。ただそこにあるのは、仕留めた得物の「|それ《・・》」であった。
……まだ、戦いは続く。ここで一柱を仕留めてもなお。この戦は、まだ終わらない。
