⑦かわいすぎてうごけない
逃げなければ、見知らぬ場所から。
向かわなければ、知っている場所へ。
しかしどうして、この足はその場に踏みとどまろうとするのだろう。
ふわふわ、もこもこ、まるでシルクのような毛並み。
つぶらなお目目は深いアメジスト色。
小首をかしげながら、まるで甘えるように足首に頬を擦りつけて来る。
見たことないくらい、可愛いウサギさん。
……ちょっとぐらいなら、ナデナデしてもいいよね!!?
●
「──駄目です。というわけで、融合ダンジョンとモンスターの可愛らしさに囚われ、逃げ遅れてしまったしまった民間人を助けに行ってください」
そう語りかけ、自分に視線を送る者は√能力者であろうと、星詠みの|誉川《ほまれかわ》・|晴迪《はるみち》(幽霊のルートブレイカー・h01657)はふわりと宙に浮いたまま話を続ける。
「場所は√EDEN秋葉原。王劍|明呪倶利伽羅《みょうじゅくりから》を掌握した大妖|禍津鬼荒覇吐《まがつおにあらはばき》が大侵攻を行っている中心地です。このままダンジョンにとどまり続ければ、巻き込まれ死んでしまうでしょう」
しかしそれでも望みはある、と言う。
「事前の防衛任務で得た"絶対防衛領域"──全ての道理を超越し人々が絶対に死なない地域があります。囚われた人を救出し、追いかけ邪魔をするモンスターを退け、なるべく多くをその地区へ避難させてください」
現れた迷宮は古い商店街、佐竹商店街と融合した。
その景色は、まるでウサギの巣穴。
どこまでも同じような土壁がいくつもの横穴でつながる、入り組んだ構造だ。
薄暗いが壁は容易く崩れることなく、大人がすれ違えるほどの幅はあり、道中に印をつけたりすることは可能なようである。
「ダンジョンに囚われた方々の周りには、この地の主『星の魔女ウサギ』というモンスターが寄り添っているようです。テリトリーに侵入した者をその魔法や可愛らしさで無力化してしまう性質ゆえでしょう。共に居たがる両者を何とか引き離し、"絶対防衛領域"まで導いてください」
その手段は√能力者により様々だろう。
語りかけ大切な人のこと思い出させ、生き残らなければと想起させるもの。
魔法対決。更なる幻術をかけて効果を上書きするもの。
気合一発! 張り手で昏倒させた隙に担いで素早く運んでしまうもの。
ウサギも黙って連れ帰らせてはくれないようで、妨害が予想される。
再度引き止められないよう、対策は必須となる。
「アラハバキアキバハラ……いえ、アキハバラアラハバキノイクサ、ですね」
まるで早口言葉。そしてこの地に蘇ることが宿命づけられていたかのような、その簒奪者の名を冠する王劍戦争。
その流れに身をゆだねる道理など無いと跳ね除ける者達がいま、境界を渡り運命にあらがう。
第1章 集団戦 『星の魔女ウサギ』
静かな星明かりの灯る夜のようだった。
沢山の横穴で繋がった大きなウサギ穴は仄かに明るく、ともすれば安心感をも与える。
元・佐竹商店街、現在・融合ダンジョン。
取り残された人々の膝や腕の中で当たり前のようにくつろぐ、とんがり帽子を被った小さなウサギが、迷宮のモンスター『星の魔女ウサギ』
まるで"最初からあなたのペットでしたよ"と言わんばかりに大人しい。
抱く人間が身じろげばふわりと顔を見上げ、何でもないよと優しくその身を撫でれば、また眠りにつく。
……このままで、良いのだろうか。
どうやらここが、今すぐ身の危険のある場所ではないのは幸いだった。
……だが、本当にこのままで良いのだろうか?
どこか体の奥から湧くうっすらとした不安。
そんな自分自身を安心させるかのようにまた、ウサギの柔らかな毛並みを撫でる。
……せめてこの仔が自分から退くまでは、このままでいても良いだろう、と。
「た、確かに可愛いけどモンスターですよぉ…… 死んじゃいますよぉ……」
ウサギ穴に似たダンジョンの一室。弱気ながらも危険を伝え、迷い込んだ民間人を真摯に説得するのは|夜風《ヨカゼ》・|イナミ《稲見》(呪われ温泉カトブレパス・h00003)
救出対象その人は、じっと耳を傾けながらも、腕の中にはしっかりと『星の魔女ウサギ』を抱いたまま離さない。
目の前に現れたイナミがこちらを心配していることはよく分かるが、ウサギの術中にもあって、どこか夢見心地だ。
──牛の骨を被った黒いロングヘア、暖かそうな毛足の長いファーが全身を包んでいる。
物語の中からそのまま飛び出して来たような、完成度の高いコスプレだな──と。
ならばと、本当に牛獣人であるイナミが違うアプローチを試みる。
「ふわふわもこもこ……わ、私だってもこもこした動物ですよ! こっちについてきてください!」
目線は低く見上げるように屈み、袖裾をまくって自慢の毛深いもふもふヘアーをアピール!
お手をどうぞと差し出せば、お触りチャンスの到来だ!
どうだ、とその表情を窺えば……ほんのり笑顔を浮かべたものの、やはりどこか遠く眺める通行人のよう。
「……もぅ」
せっかく恥ずかしいのも頑張ってポーズをとったのに。
牛頭蓋の陰で、しょんぼりと耳を下げるイナミ。
キラキラと、薄暗い部屋に星が瞬き始める。
星の魔女ウサギの技だ。
最もふわもこなのはウシじゃなくて ウ サ ギ !
ふわもこへの抵抗力を更に下げて、この人間を籠絡させようと落としにかかる!
──ゴリッ。
今までと違う感触。
ノールックで撫で続けていた手を止め視線を下げれば、思わず目を見開くその人。
なんとあの、極上のふわもこを有していたウサギが、カチンコチンの石像と化していたのだ!?
イナミの√能力、【|石化の魔眼《セキカノマガン》】。
こうなれば強硬策!
ふわもこウサギをカチカチの像にしていまえば、一番ふわふわもこもこなのはこの 私 !
星魔法の灯りの下、黒々とした毛並みがツヤツヤふんわりと輝きを増す。
「さあ、ついてきてください、避難してください!」
「はいっっ!!!!」
今度はその手をしっかりと握り、イナミに恋する乙女のような視線を注ぐその人。
「あ、あの……ちょっとだけ、もふもふさせていただいても……?」
「いいですよぉ!」
安全地帯まで、なんなら運びましょうと、大きな体でお姫様抱っこをするイナミ。
響く歓喜の声が、ウサギの石像残る巣穴の部屋から遠ざかってゆく。
「もこもこの、かわいいウサギさん……! い、いけない。わたしまで虜になったらダメだよね」
巣穴の通路をふわふわぴょんぴょん跳び回る『星の魔女ウサギ』に目を奪われつつ、皆を助けるため改めて気を引き締めるのはステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)
「目には目を、ふわもこにはふわもこを」
陰に隠れつつ、召喚するは√能力、【|クマの子探検隊《ポラリスヲメザシテ》】による26体の子熊の使い魔達。
各部屋を手分けして探させれば、すぐに要救助者発見の報告に走り寄って来た。
もちもち、キュッキュッ!
報告を別の個体へ任せている間に両者を離そうと奮闘したのか、要救助者の膝から転がり落ち、こねこねと転がり回るウサギと1体の子熊。
キラキラとこぼれ落ちる星のウサギ魔法の輝きが、更に二匹を魅力的に彩る。
「「かわいい……」」
思わずつぶやくステラと要救助者。
しかし魔法使い! ウサギの術にかかってはいけないと、ここは耐えるっ!!
ふわもこぴょんぴょんウサギはかわいい。
しかしそれは、ふわふわもこもこにして更にキラキラお星様の目を持つ頼れる子熊ちゃん──。
そう、 ウ チ の コ の 次 に 可愛いのだ!!
星霊の仔は翡翠の眼を見開き真実を確信する。
よく見れば星の魔女ウサギだって自分以外のふわもこに抱きつかれて、うっとりと抵抗力を無くしているではないか!!
「ウサギ以外にも、危険な生き物がいるかもしれないから。早く避難して?」
その言葉に要救助者はハッと我に帰り、急いでステラの指し示す巣穴の出口へと向かう。
ころころ、もこもこ。
使命を全うせんと、子熊に抑えつけられているウサギが、隠されていたもこもこお腹のファーをあらわにする。
「…………触りたいけれども、我慢、我慢」
√能力者とは、かくも厳しい仕事なのだ!
後ろ髪引かれる思いを振り切って、ステラは次の子熊が見つけた要救助者のもとへと向かう。
「みんな順調に見つけているみたいです」
ひたりと地面に耳をつけた低い姿勢。
入ってからずっと巣穴のダンジョン構造を解析し続けている|森屋《もりや》・|巳琥《みこ》(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)が、仲間の軽快な足音を聞き分けながらつぶやく。
そしてひとつ、不安になる。
巳琥だけが、捉えた情報。
──動いているのだ。この融合ダンジョンは。
出現したばかりで不安定なのか、それとも巣食うモンスターが拡張しているのかは定かではない。
だが√能力者といえど、長い時間この場に居続ければ覚えたはずの出入り口への道は入り組み閉ざされ……。
「このままだとダンジョンに取り込まれ帰れないかも……」
探索は始まったばかりだ。
迷い込んだ民間人はあと何人いる?
|木乃伊《ミイラ》取りが木乃伊になることだけは、避けなければ。
祈るように手を組み姿勢を正したその刹那、ポコリ、と横の土壁が盛り上がる。
現れたのはこの地のモンスター『星の魔女ウサギ』
なるほど、その気になればウサギ専用の通路を作ることは可能ということだ。
巳琥を人間と見定めるやいなや、キラキラと星のウサギ魔法を降り注がせる。
「みんな無事に家族と家へ帰れますように」
そう唱え、発動するは√能力【|やさしい嘘《ホワイト・ライ》】。
星の放つ朧げな光が小さな人型インビジブルとなり、白い尾を引きながらウサギへ向かって走り出す!
『────!!?』
思わず身を低くし、避ける態勢をとるウサギ。
しかし白いインビジブルはそれを飛び越えると、かまわず真っ直ぐ走り抜ける。
あとに残るは、融合ダンジョンの壁全てに描かれた流れ星の軌跡。
まるで誘導灯のように明滅し、瞬きながら一方向へ向かって光が流れてゆく。
"絶対防衛領域"に一番近い出口への道標だ。
仄暗い巣穴の中、迷ってしまっても、この流れ星が行く先を示してくれるだろう。
ふとウサギが顔を上げれば、巳琥の姿までもがない。
怯んだ隙にインビジブルと共に頭上を跳び越え、商店街から避難地域へ行く民間人の護衛をせんと向かったのだ。
「ふわもふは持ち帰りたいけど今は駄目です」
己が出来る最大限の働きを。
齢6年。√ウォーゾーン育ちの小さな普通の女の子は、地下世界を駆け抜ける。
「ウサちゃんウサちゃんウサちゃんウサちゃん!」
ケリケリケリケリケリケリケリケリ!!
「いや、駄目やって! 逃げなアカンって!」
融合ダンジョンに囚われた民間人をモンスター『星の魔女ウサギ』から引っぺがし助け出そうとしているのは|濱城《はまぎ》・|茂音《もね》(HATAKEの伝承者・h00056)
ところがこの民間人、なかなか離れない!
ウサギのふわもこお腹に顔を沈み込ませながら呼吸をしながら撫で回し続けている。
さすがにやり過ぎなのか、籠絡する立場のはずのウサギからも連続で蹴りを入れられている。
が、全くはがれない!!
「今ここは危険地帯なんや。ウサギ撫でとる場合やないって! はよう逃げな! ねっ……?」
「ヤダ! ウサちゃんと一緒にいる!」
ケリケリケリケリケリケリケリケリ!!
「気持ちはめっちゃ分かる。けどな、緊急事態やねん。ダンジョンにはこんな優しい仔ばっか居るわけやないんやで?」
「じゃあやっぱり、このウサちゃんとずっと一緒にここにいる!!!」
ケリケリケリケリケリケリケリケリ!!!!
どう見てもその優しいウサちゃんから超絶拒絶されているのだが、愛が盲目すぎて全く効いていない。
その時、くるりと顔を背けたウサギと√能力者の目が合う。
喋らないタイプのモンスターと見受けられるが、茂音には分かった。
曰く"一時休戦だ" "コイツをなんとかしよう"と。
バサリ! と勢いよくコウモリの羽を広げる星の魔女ウサギ。
わずかにできたお腹と顔の隙間にホウキのような長いしっぽを差し込み、振るうは微弱ダメージのふわふわテールアタック!
「あぁん!!」
ご褒美です! と言わんばかりの恍惚とした声を上げてのけぞるウサギの変態!
されど一般人! 死んでしまわないようにすかさず茂音が回復技を放つ!
「ショッ|冬瓜《トウガン》!!」
√能力【|野菜行進曲《ベジタブル・マーチ》】。
放たれる野菜属性の散弾が変態の全身にくまなくヒット!
生命を与えながら繁茂する野菜により戦闘力強化!
つまりちょっぴり頑丈になりながら、無数の冬瓜に埋め尽くされていった。
「ホラ! 離れなアカン言うとるでしょ! ここ、ダンジョンなんやって! うさちゃんは普通のをペットショップに探しに行けばええって! ねっ!?」
無論、相手への加減を覚えてからだ、と念を押すのも忘れない。
冬瓜の海から引っ張り出し、また別のウサギのもとへ行かないよう、しっかりガッチリ手を繋いで避難させる茂音。
とても不思議なことに、帰り道でウサギに遭遇することは、ただの一度も無かった。
「はああ、ウサギさん達、かわいいっ……!」
巣穴通路の先、とあるこぢんまりとした一室を覗くのはアリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)
救出対象とくつろぐ『星の魔女ウサギ』の姿に、思わず胸を高鳴らせている。
外が王劍戦争で大変なことなど知るよしもない、不思議で可愛らしい小動物とのゆったりとした時間が流れるその場所。
しかし、あの人にだって、それだけが全てではないはずだ。
「セレナイトよ、彼の者を柔らかな光で抱き守り給え」
詠唱と共に、光の筋を閉じ込めた白く透明な魔法宝石を砕き、発動するは√能力【|月抱《セレナイトクレイドル》】。
こぼれ出る光と石屑が溶け合い、生成されるは月の揺かご。
やわらかな光放つそれはするりと一室へ入ると、ウサギだけをすくい上げて動きを止め、オブジェのように空中へ浮かび両者の接触を絶った。
まるで夢のような、それでいて突然の出来事に固まるその人に、アリスは歩み寄り話しかける。
「この子達と一緒にいたい気持ちはわかります……すごく、わかります……!」
未だウサギの誘惑術の中にいるのか、惚けた表情のその人は、離されたウサギをまだ目で追っている。
「けれどどんなにかわいくても、このままでは被害が出てしまいます」
──被害? 自分はさっきまで、とても幸せだったのに?
反論しようとしたのか、ふらりと顔を向けアリスを見やるその人。
「あなたには、帰らなければならない場所があるのでしょう?」
「……かえ……る……?」
それはここだ、と言おうとして……やっと気づく。思い出す。
自分は家へと"帰る途中だった"ことに。
ぐらり、とあまりにも脆い世界と常識が歪み、崩れ去る足元から真っ暗く呑み込まれてゆく感覚におちいる。
パシリ、と自分の手を包み込む暖かな感触に引き戻されたのは、その直後だ。
「二度と帰れぬ人となる、それだけは避けなければいけないので……残念ですが、ウサギさんとはちゃんとお別れしましょうね!」
どうやら、彼女が導いてくれるらしい。
すんでのところで踏み止まったその人はアリスの、月の光のような銀色の髪に惹かれるように立ち上がつた。
巣穴の一室から出る直前、月の揺かごの横を過ぎ去りながら、アリスは体の陰でこっそり、行動不能となったウサギに手を伸ばす。
「(はあああ……ひと撫でわかるもっふもふ感……至福です…………うう、余計に名残惜しくなりましたが、案内しなければ!)」
救助者に向ける微笑みの裏に、ウサギさんへの特大の想いを隠しながら、スミレ色の月は迷える人々を陽の光の下へと連れてゆく。
救助者を見つけるよりも前に、通路を少し歩くだけで何匹もの『星の魔女ウサギ』と遭遇する。
新たに迷い込む民間人も、そしてウサギの誘惑から逃れ帰ろうとする者も、もれなく手厚くおもてなししてくれるように。
「あら、可愛いわねぇ。こういうモフモフってつい惹かれるのよね。ついつい撫で繰り回したくなっちゃうわ」
そんな危険なウサギ達の前に、何でもないように姿を現すのは|矢神《やかみ》・|霊菜《れいな》(氷華・h00124)
気付き次々と寄ってくるウサギに微笑む様子を見やり、彼女の神霊"氷翼漣璃"がひんやりとしたくちばしを当ててくる。
「あ、ちょっと、つつかないで。ちゃんとあなた達のこと大好きよ。可愛い見た目でもモンスターだもの、それよりあなたたちの方が大事だから」
霊菜の言葉を聞き、ならばよしと、二羽一対の氷鷹はするりと背中の位置に戻る。
その間にも次々と、続々と、土の地面がふわもふの毛皮で覆われてゆく。
「それにしても、この可愛らしいウサギの見た目、うちの娘が好きそうだわ。こんな戦場じゃなくて別の場所で出会いたいものよね」
可愛らしいウサギの姿の向こうに見るは、もっともっと愛しい我が子の姿。
トントンと地を蹴るいくつもの小さな足音が、背後からも響く。
きっと今、自分の周囲一面、ラビットファーの絨毯状態なのだろう。
ころり、ころりと、ウサギ達が転がり目の前でくつろぎ始める。
くるくるお目目を霊菜に向けながら長い尻尾のお手入れを始める。
愛くるしい仕草……しかし、霊菜の相貌は冷ややかになる。
「……でもごめんなさいね? モンスターであるあなたたちは倒さなきゃいけないのよ」
ふわふわきらきらと、優しさに満ち溢れる魔法の星光が見渡す限りに広がる。
──そう、強敵√能力者である霊菜をこの場で止めるために。
「凍てつき砕けろ!」
光が放たれる直前、展開するは√能力【|凍壊の一撃《トウカイノイチゲキ》】。
星の輝きを塗り潰すように刺すような冷気、そして美しい氷雪が巣穴のダンジョンを真っ白に染め上げる!
"氷翼漣璃"も瞬時に翼を広げ、無礼な光から契約主を守る!
奇しくも閉鎖された空間はこの能力と相性抜群!
逃げようとした後方のふわふわウサギも、瞬く間にカチコチの冷凍ウサギへと変わり果てた!
「……ちょっと罪悪感が沸くけど」
しかたないと言い聞かせ、もはや抵抗などできないウサギ達に凍気の一撃。
余さず残さず、白く粉々に砕いていった。
薄暗い地面に落ちる赤い硝子の花弁。
魔法を宿して発光しながら、はらり、はらりと、帰り道を示す。
いつかの童話のようにお菓子の家に迷い込まないよう、食べられない道しるべを残して進むのはノア・キャナリィ(自由な金糸雀・h01029)
たどり着いたのは目的の魔女の家。
『星の魔女ウサギ』が人をさらった巣穴のひとつだ。
──ふわり。
さらわれた人間が腕の中に抱くウサギを、風魔法で包み込み優しく引き離す。
──ふわり。
ウサギを追い伸ばした腕の中に入るのは、音もなく浮遊するノア。
悪魔の羽持つウサギの代わりに、天使の翼持つ歌姫をどうぞ。
そっと両手で頬を包み額を合わせ、迷子となってしまった貴方のためにだけに歌いましょう。
「その子の可愛さはよーくわかります。でもね」
銀と橙の瞳で視界がいっぱいになる。
誘惑と魅了を宿したその輝きは、とても美しくてそらせない。
「此処は危ないから。貴方は生きなきゃいけない。だからどうか……守らせてください。硝子の花弁を辿れば帰れますから。愛でるならどうか……平和な世界で、本物を」
触れた手のひらは暖かくて、催眠と破魔を乗せたその声はするりと心に染み入って。
心の底を救い上げられたよう──やっと、そう言ってくれるひとが現れた。
一粒の涙と共にこぼれ出た言葉は、感謝を込めた"はい"だった。
背を向け歩き出したその人に、風から抜け出したウサギが星の魔法を放つ。
しかしそれを受け止めたのは、間に入っていたノア。
抵抗する気なんて無い。
ふわふわもこもこ、そのウサギをもふっと抱きしめる……否、抑え込む。
「愛でるのは僕だっていいでしょう? もふもふの為なら……命も賭けれるので」
──ひらり、ひらり。
道しるべに残して来たものとは異なる、柔らかな花弁が舞い踊る。
──ひらり、ひらり、ひらりひらり、ひらひらひらひらヒラヒラヒラヒラ。
視界を埋め尽くさんばかりのそれは√能力【|切華爛漫《セッカランマン》】。
威力が100分の1であろうが300回も攻撃されてしまったらたまったものではない。
その花弁から逃れようとウサギは手近の遮蔽物、ノアの胸に必死になって体をうずめる。
満足。
最期までたっぶりふわもこを堪能し切った、彼の感想である。
「ふわふわからは確かに、離れがたいし、ずっと触って側にいたくなる気持ちもわかるけど!」
私もそうだから、と葛藤をしながら『星の魔女ウサギ』現れる融合ダンジョンを進むのは|夕星《ゆうづつ》・ツィリ(星想・h08667)
探索と救助はだいぶ進んだようだ。
あとは取り残された人がいないように、迷路のような巣穴の通路を一つ一つのぞき込みながら確実に確認してゆく。
ひときわ細い通路の更に向こう、ここが最奥だろうという場所で、ついに見つけた最後の一人。
必死の√能力者達の様子など知るはずもなく、ウサギと人間ふたりきりの、ゆったりとした空気がその場に流れていた。
「モンスターじゃなければ、そのままにしておきたいけど、そうもいかないから……」
両者の前にふわりと躍り出ると、ツィリは祈り始める。
「──彼らが目を覚まして無事に帰れますように。帰るべきところへ、帰るべき人達のところへ、ちゃんと帰れますよう」
現れるは√能力【|Faites un vœu aux étoile《ネガイボシ》】によって顕現された優しい流れ星。
巣穴の中は丸くて暗くて、プラネタリウムのようにも、本物の夜空のようにも見えた。
──見せてあげたいな。
美しい流星を見て、その人は思った。
次いで思う、誰のことだろう?
そして想う。
いまここに、居て欲しいと願った、かの人のことを。
ごく自然に、その足は動いていた。
まるで導かれるように、想い人が手招いているのが見えるように、まっすぐとその歩を、ダンジョンの出口に向かって進める。
ウサギが自らも魔法の星を作り出し、離れようとするその人に放つ!
しかしそれを弾いたのもまた星だ。
ツィリの盾|Vestigia Stellarum《星屑》が亜空間へウサギの星を飲み込めば、攻性インビジブル"Cor Stellatum"が巣穴の隅へふわもこを弾き飛ばす。
「この人達を此処へ置いていくわけには、いかないもの!」
願いの強さと、想いの強さでウサギの誘惑を退ける。
その様子を見届けたかのように、魅惑の魔女ウサギのダンジョンは崩壊し、元のあるべき世界の景色へと戻っていった。
