シナリオ

⑥星を喰む

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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

●空想宝石ワークショップ
 山手線の高架下、秋葉原と御徒町のあいだ。
 白く塗られたアーチの柱が並び、鉄の梁が遠くまで連なっている。
 その陰をくぐれば、昼でもどこか薄暗く、電車の響きが天井を這っていく。
 ――ここは『AKI-OKA ARTISAN』
 職人たちの工房が肩を寄せ合う、ものづくりの街だ。

 そこに、今だけ現れた期間限定のショップが一軒。
 星空を背景にした看板には、柔らかな筆致でこう書かれている。

『― 星喰い商 ムラード・ナジュム/空想宝石ワークショップ ―』

 通りがかった一般客たちは、半信半疑ながら笑顔で店内に吸い込まれてゆく。
 机の上にはガラスの破片や金粉、透明な樹脂。
 ムラードは丁寧に手を差し出し、言葉巧みに人々の“想像”を引き出していく。

「では、思い浮かべてください。あなたが“こうなればいい”と思う未来を――」

 目を閉じ、願いを込めた瞬間。
 手のひらの中で無機質なガラス片が、微かに脈打つ。
 無色透明なガラスが、鮮やかな色味を帯びてゆく。
 それはまるで、心臓のように淡く光を放つ“空想宝石”。
 誰もが“自分の未来”を楽しげに語りながら、透明なガラスに触れている。

 未来が語られるたび、ムラードはローブ越しに耀く眸を細めた。
 それが彼の能力を発動させる方法だと、誰も疑うことはないのだから。

●星喰い商
「皆、戦争で慌ただしい中悪いが、新たに向かってもらいたい場所がある」
 星詠みのひとり、白き竜人ノア・アストラは集まった√能力者たちを前に、状況の説明を始めた。

 現場は山手線の高架下。『AKI-OKA ARTISAN』と呼ばれる、ものづくりをテーマとしたアトリエショップ街だ。
 そこには以前から、怪人『マンティコラ・ルベル』が通っていた形跡があり、密かに配下の怪人たちを配置し、訪れた民間人は殺さずに、√能力者たちを殺戮する準備を整えているらしい。

 その中で、表向きは『空想宝石ワークショップ』という店を開いている怪人が居る。
 『星喰い商:ムラード・ナジュム』人のあらゆる望みを叶える行商人。
 彼が創り出す宝石は人々の未来の空想を糧にし、それを形へと変える能力がある。

「そう、この宝石には、人の“空想”を喰う異能がある」
 喰われた人間は未来の夢や希望が失われてしまう。
 それを防ぐために、そして密かに戦いの準備を進めている怪人たちの計画を阻止するため。ショップ街に潜入し、ムラードの行いや創られた宝石を破壊するのが今回の最終目的だ。

「ただ、現場には何も知らない一般人が多数居る。派手な行動は控えたほうが良い」
 それならば自分たちもワークショップに訪れた客を装い、ムラードに近付くのが穏便に事を済ませる方法だろう。
 隙を見て、ムラードを退けるなり、集めた空想宝石を破壊するなり、対処をお願いしたい。
 ノアは軽く頭を下げ、あなた達に依頼を託す。

「依頼はさておき、自身の空想を閉じ込めた宝石とやらには、少し興味を惹かれるね」
 一見すれば長閑なワークショップだ、早急さを迫られる戦場ではない。
 敵の異能とはいえ、その体験を少しばかり楽しんできてもいいだろう。

「ただ、ひとつ注意点がある。自分が創造した宝石は、必ず最後に破壊してくれ」
 そうしなければ、宝石に込めた願いや希望の空想が、喰われたままになる。
 √能力者でも、その結果は大なり小なり自身にも影響を及ぼすだろう。
 ――けれど、喰われたままでも其れを手元に置いておきたいと思うのならば。
「僕は無理に、止めはしないよ」

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第1章 ボス戦 『星喰い商『ムラード・ナジュム』』


静寂・恭兵

●白の光
(……此処が例のワークショップか)
 夜の静けさを纏うように現れた男、静寂・恭兵。
 漆黒の髪が頬を流れ、深い海のような青い双眸が、時折ゆるやかに瞬く。
 何処か物憂げさを漂わせながらも、眸の奥には強い意志を秘めている。
(情報通り、一般人に危害を加えている様子はなさそうだ)
 講師をしているムラードの見た目が多少変わっているものの、それも演出だと思えばそこまで不思議でもない。昼下がりの長閑なワークショップだ。客はみんな、一心不乱に硝子玉を手に空想宝石を創り出している。
 自らの未来を宝石に、なんて夢のような事を言われれば……半信半疑でも惹かれる人が多いのは判る、そして実際にそれが出来てしまうのだから。
 そうして自身の手は汚さずに、謂わば兵器だけを大量生産する、それこそが敵の狙いでもあるのだろう。

 恭兵も一般客を装い、端の席に腰掛け、無色透明な硝子玉に向き合った。
(俺の空想……願う、未来か)
 そんなこと決まっている、宿敵を倒し、彼女を……白椿をあの狭い籠から解放する事だ。
 自分の身代わりとして差し出されてしまった彼女を取り戻す。

 恭兵が意思を込めれば、手元の硝子玉が白く色付く。彼女の色だ。
 淡く灯る、幽かな光。それすらも今は美しく見えてしまう。
 ――コレが俺の、理想とする未来か。
(けれどこの硝子玉は所詮、理想と夢だけのかたまりに過ぎない)
 自分の手で掴まなければ意味がない。だから俺は……強くなる、もっと。
 未来は自分自身の手で形にする。
 机から下ろした手を握りしめれば、空気が震える。見えない衝撃が走り、空間そのものを風が切り裂くように。恭兵はムラードの傍に在る幾つかの宝石たちと共に、自身の白く淡い宝石も破壊した。

空地・海人

●澄む青空
 訪れたワークショップは何処にでもある日常の風景だった。
 この空間に人々に仇をなす怪人が居るとは思うまい。

 空地・海人。照明に茶色の髪が光る短髪を靡かせ、爽やかで誠実そうな顔立ちの、一見何処にでも居るような青年、けれどその眸には熱い情熱を秘めながら。コツ、とブーツを鳴らし、一般客に紛れ込みながら静かに目を伏せる。
(下手に変身して戦えば、周りの一般人にも被害が出そうだ)
 周囲の一般客たちは皆、夢中になって空想宝石を創り出している。
 不本意ながらも、此処は敵の流儀に則って自身も同じように宝石を創っておくべきだろう。

 海人は用意された無色透明のガラスに触れた。
 自分の想像する未来、そして願いを込める。
 ――それは自分が写真家として成功し、多くの人の記憶に残ること。
 無我夢中でカメラのシャッターを切る自分、笑顔をくれる人々。
 理想の夢。それは晴れやかで澄み切った、青空の色のように宝石を染め上げる。
(これが俺の空想から生まれた宝石、か)
 キレイだな、素直にそう思った。壊すのが惜しいくらいに。
 当たり前だ、飽くまでもこれは理想を詰め込んだものなのだから。
 周囲の人達も、思い思いの、美しい宝石を創り上げていた。笑顔を咲かせ、愉しそうに。アレには夢と希望が沢山籠められている。
(そんな人々から、希望を奪わせるわけにはいかない。悪いけど、邪魔させてもらうぜ)
 海人は密かにオーラソードを出現させ、自身の、そして敵の溜め込んだ空想宝石を砕いた。

ゾーイ・コールドムーン

●叶わぬ願い
 ――人の未来や願いを形にする空想宝石、なかなかに興味深い能力だ。
 柔和な表情に金の双眸、光のように淡く揺れる金髪を靡かせ、ゆったりとした足取りで歩くその姿には、人ならざる気配が漂っている。何処か人間離れした青年、ゾーイ・コールドムーンは仕事として赴いたワークショップを前に、ふむと感心をしていた。
(……とは言え、敵は敵だからね。しっかりと仕事はするよ)

 まずは一般客を装いワークショップへ紛れ込む。
 席に腰掛け、用意された無色透明なガラス玉に手を添えた。
(おれの願いか……色々あるけど、その中のひとつだけ)
 その昔、おれには大事な人が居たんだ。もし未だ生きていたなら……彼女が老いて亡くなるまで、おれはきっと傍にずっと居て、彼女の生を見届けたかったと思う。
 けれど、彼女はもう居ない。現実には。
 だから理想と夢の中だけで語るんだ。叶わない、叶えてはいけない願いを。
 自然の摂理に反する、そう。“彼女が生きていたら?”そんな空想を。
 ゾーイはふふ、と自嘲を浮かべる。
 これはおれの未練だ。叶えるべきではない未来のかたち。
 その空想宝石は、さぞ綺麗に耀くのだろうな。

(さて、と――)
 自身の宝石は懐に仕舞い込み、ゾーイは改めて周囲を見渡した。一般客は皆、愉しそうに宝石を創り上げている。その時間を壊すのは少々忍びないけれど……。
 悟られぬよう静かに呪文を詠唱し、眼球に翼の映えた小型の使い魔たちを喚び出した。客に見られたとしても、何かの演出と思えばそう見ることも出来るだろう。使い魔たちは邪視で宝石だけを密かに破壊してゆく。
(ああ、おれのは壊さなくていいよ)
 この願いはきっとこの先、邪魔になってしまう時が来る。だから今語ったんだ。
 形として胸に仕舞い込めば、手元にはずっと残るから。

シーネ・クガハラ

●いつかの未来を夢見て
 空想宝石、望んだ未来、叶えたかった未来。
(――こうなれば良い、未来……?)
 シーネ・クガハラ。青い双眸に茶色のツインテールが揺れ、笑顔の端から八重歯が小さく光る少女。生まれつき弱々しかったその身体は、今や吸血鬼としての不老の力を宿していた。その微笑みは可憐で、けれど何処か、夜の影を孕んでいる。

(未来かぁ。そりゃあ……私が生きたまま人に戻って、ルプスさんにも力が戻って……。ふたりで一緒に戦ったり過ごしたり、そうして皆が幸せに暮らせたらなって……)
 思い浮かぶ理想。けれどそれが現実のものとなれば、また私はあの白いベッドに横たわる事になる。
 彼女が自身の力を使い果たして尚、自分を掬ってくれた想いを無下にすることになる。
(私もルプスさんもふたり一緒に元気になんて……そんなの本当に理想だよね)
 けど私は今こうして生きている。
 もしかしたらいつか何処かで、彼女が力を取り戻せる方法が見つかるかもしれない。
 そう考えれば、全部諦められるほどに、もう無欲じゃいられない。
(だからこの理想の未来は、此処に閉じ込めておくの)
 シーネは硝子玉に願いを込めた。それは青く深い色彩に移り変わる。自分と彼女の眸のように。

(……よし、あとは宝石を破壊しなきゃね)
 シーネは事前にスケッチブックに描いた二羽のカラスを召喚し、密かに宝石を壊して回らせる。
 人々の夢や希望は小さな宝石に籠められないほど、本当はキラキラ耀いているんだ。
(だからそれを奪うなんて絶対ダメ、なんだからねー?)

静峰・鈴

●夜帳の色
 射干玉の髪が肩を流れ、夜の気配を纏う少女。
 夜空のような眸は何処か遠くを見つめ、祈りにも似た沈黙を守りながら。
 静峰・鈴はそっと透明な硝子玉に白い指先で触れる。
(――私の、願い)
 それは最早、消え去った過去が今にも続く未来。
 故郷が在りし日の悲劇を逃れ、今も尚脈々と受け継がれてゆく姿。

 鈴は眸を伏せ、思い出す。脳裡に焼き付く故郷の光景を。
 人知れず存在していた隠れ郷、夜の景色、そして四季折々の移り変わりがとても美しい場所だった。
 春には柔らかな桃色の桜が咲き誇り、夏では澄んだ水辺にふわりと蛍が舞う。
 秋となれば色付く木々の紅葉が季節を告げ、冬には降り積もる白い雪が郷に静寂を齎す。
 ――そして、美しい星々と夜の帳が魅せる幽かな燦めきを。

 その美しき光景の中、大切な人達と過ごす変わらない日常。
 今もまだあの美しい光景が、幽艶なる風景が、この宝石の中で今尚耀き続けている。
 手にした硝子が、色付いてゆく。
 故郷の光景を映し出すような宵色に、星空の光を燦かせて。
 手に触れる故郷の懐かしき景色、本当に大切だった。
 戻れるのならば、あの愛おしい時間を取り戻したいほどに。

 ――けれど、此の手の中の宝石は全てが空想とまぼろし。
 胸に刻まれた痛みが教えてくれる。尊さの証を。

 鈴は自身が創造した宝石からそっと手を離した。
 その耀きを名残惜しそうに見つめながら、鼓動の如き疼きを宿した破魔の刃で空想を斬り裂いて。

月夜見・洸惺

●甘い夢のかけら
 昼下がりの長閑なワークショップをちらりと覗く少年。
 灰色の肌に夜空の髪、青い眸が星のように瞬いて、背中の翼が告げるのは、人ならざる者の静かな力。
 月夜見・洸惺 は一般客に紛れ、さり気なく席に付く。
 周囲の客たちはみな、真剣な面持ちで宝石へ“未来”を詰め込んでいる。

(空想を宝石にできるなんて、滅多にない機会だよね)
 ――でもでも。
 それで誰かの未来や希望が奪われるのは本末転倒。
「えへへ、折角だからちょっとふざけちゃおうかなぁ?」
 洸惺は眼の前に用意された硝子玉に手を翳す。
 頭の中にはいろんな空想が思い浮かぶけど、ふんわりと最初に膨らんだのは。

「僕はやっぱり、お菓子な世界かな?」
 空からは雨の代わりにキャンディーが降ってきて、ふわふわ浮かぶ雲は甘いわたあめ、夜にはキラキラ耀く星の金平糖が瞬き、まあるく浮かぶお月さまはこんがりきつね色のパンケーキ! そして広がる街並みにはお菓子の家がたくさんあるんだ。
 想像するだけで思わず口許が甘く緩む。
「えへへ、考えるだけでお腹が空いてきちゃう」
 手にした硝子の中に色が宿る。
 飴色の幻想がとろりと揺れて、金平糖の光が溶け合う。
 あまく食べちゃいたくなるようなスイーツな宝石に、洸惺の頬も思わず緩んで。

(……ちょっと勿体ないけど、僕のも含めて宝石は壊しておかないとね)
 周囲の視線をちらりと確認すると、洸惺はいぬのケルベロスを密かに喚び出す。
 相変わらず三頭はやる気なさげにふわぁと大あくびをしているけれど。やる時はやってくれる仔たちだ。
「こっそり皆の宝石を破壊してきて? よろしくね」
 洸惺の指示にいぬたちは静かに足元に回り、客たちの手元に忍び寄るとさり気なく宝石を奪って迷いなく噛み砕いてゆく。硝子は粉々に砕け、そこに宿った“未来”が宙に散る。
 砂のように散った光の欠片は、もう戻らない。
 それでも誰かの未来を守るための決断は、淡く、確かに暖かかった。

シンシア・ウォーカー

●星還
 人々が手にする硝子玉の中で、淡い光が脈動する。
 それはひとりひとりの夢を喰らいながら、宝石という名の檻へと変わってゆく。

 シンシア・ウォーカーも客たちの一人に紛れ、静かに硝子玉と向き合った。
 金糸のような髪が灯りを受けて静かに揺れ、銀の眸には淡い緑の風景が映る。
「こうなりたい、未来……」
 シンシアはぽつりと小さく呟いた。
 手のひらの中で形成されていく宝石に、かつての故郷――空を覆う天上の国を思い描いて。
(もう十年以上は経ちますか)
 あの場所へ戻れなくなってから。

 緑豊かなセレスティアル達の楽園。
 名も顔も朧になった家族。それでも星の瞬きを覚えている、あの光だけは忘れなかった。
 今でも遥か高みにある天上では、同じ星空は見られるのだろうか。
 思いを糧として、シンシアの創造する宝石の中にその星々が籠められてゆく。

「……綺麗な燦めきの宝石になりましたね」
 その微笑みは、僅かに哀しみを孕んでいた。
 ――だが、知っている。
 この美しさは、他者の夢を喰らうための餌。この輝きは、未来を喪う代償。

 机の向こう、ムラードは空想宝石を創り上げる客たちを見て満足げに嗤っていた。
 シンシアはその表情を見て、眉を顰ませる。
(……で、最後に敵を倒せばよろしい、と)

 確実に自分の宝石も砕けるよう、範囲魔法の詠唱準備を密かに始める。
 コレを放てば、敵も宝石も諸共、すべて壊せるだろう。
(……こういう事をもう少し躊躇する性格だったのなら)
 最後にシンシアは、自身の手元で耀く宝石を見つめ、淡く笑った。
「私はとっくに、帰るべき場所に帰れていたのかもしれませんね」

マリー・エルデフェイ
セレネ・デルフィ

●青と夜明けの手
 硝子の光が淡く揺れるワークショップの片隅。
 天井から降る温かい光に、人々の楽しげな笑顔が映る。
 誰もがただの宝石作りだと思っている、無邪気な光景だった。

「空想や希望、未来を宝石になんて、とても興味はありますね!」
 金糸の髪をさらりと靡かせて、マリー・エルデフェイは共に訪れた隣の彼女へ笑顔を向ける。
「ええ、私も……とても心惹かれてしまいます」
 淡く霞むような空色を纏い、セレネ・デルフィもこくりと小さく頷く。
 しかし彼女たちは知っている。
 未来を喰らう空想宝石――美しさの裡に秘めたその危うさを。

「……まずは、やってみましょうか……?」
 セレネは少しばかり好奇心に満ちた青い瞳を瞬かせ、マリーの顔を窺う。
「そうね、私達も作ってみましょう」
 そんな彼女の視線にマリーも柔く微笑んで。まずは真っ直ぐに空想宝石へと向き合った。

 マリーは透明な樹脂を手に取り、指先でそっと形を整えてみる。
 込める願いを思い浮かべ、藍色の眸を静かに伏せた。
 エルフとして悠久の時を生きてきた彼女には、もはや未来に夢を見る事はなくなっていた。
 けれど、誰かの想いが宿る空想宝石は、澄んだ青色へと色付き、中心に小さな光を宿す。
 人々が傷付くことのない世界、誰もが笑い合い、天寿を全う出来る世界を夢見て。

 セレネもガラス片を手に取り、未来を思い描く。
 幸せで、温かくて、奪われることのない。誰一人としてさみしくない、そんな世界を。
 ゆっくりと瞼を開けば、手元には淡い夜明け色の宝石が生まれていた。
 やさしく、やわらかく、見る者の心をそっと包むような光。

 ふたりの願いが、静かに耀く。
「綺麗な宝石、ですね」
 セレネがぽつりと言葉を零す。
「ええ、本当にね」
 壊さなければいけないのが、勿体ないと思えるほどに。

 マリーは溜息混じりに破壊の準備を整える。
 神聖竜の詠唱が喉を通り、周囲の一般人の手に在る宝石を同じ見た目の別物にすり替える。
 これならば、誰も気付かない、傷つけない、光は守られるべき世界へと変わってゆく。
 セレネもまた、優しげな微笑みを浮かべながら静かに星降る夜の幻想譚を口遊む。
 現れた星の蝶はてふてふと周囲を舞い、密かに宝石を砕いていった。
(どうか、皆さんの希望が守られますように……)

 破壊と創造が交錯する中、ふたりは互いを見やり、静かに頷いた。
 硝子の破片が光を反射し、まるで星の蝶の群れが舞うように瞬く。
 マリーとセレネの光は、誰も知らぬうちに、静かに、世界を優しく包みこんでいった。

青梅雨・ミケ

●未来に溢れる
 ワークショップの柔らかな灯火に、白雲の柔い髪が揺れた。
 燦めき溢れるワークショップの光景を眺めながら、青梅雨・ミケは密金蝶が宿る眸を微かに顰ませる。

 ……自分はまだ、師匠には遠く及ばない。
 へなちょこ――なんて自嘲した日々もあったけれど、今はひとつの覚悟がある。
 貴方が護ろうとしている箱庭を、この世界を自分も守りたい。
 未来と希望が溢れる幸せなエデンの園を、人々の想いを――。
(……壊させは、しねーですよ)

 ミケは指先で結んだ想いを、宝石に込める。
 淡く色付く、未来の欠片。
 でもこれは、すべて空想であり、まぼろし。
 誰かに叶えてもらうのでは意味がない、自身の手で未来は創造しなければ。

「“想像”だけで、終わらせてやるつもりはねーんです!」

 ミケは腰に隠しておいた緋竹を密かに抜き放つ。
 空想宝石を砕くたび、小さな破片が星屑のように砕け散り、囚われていた希望がふわりと空へ還る。
 ムラードがそれに気付き、小さな動物たちの影を召喚するが、ミケは其れ等を器用にいなしてゆく。
「一般人を巻き込みやがりましたね、人々の夢や希望を奪うだなんて、許せません!」
 叫びが熱となり、刀身を伝う。
 嘗ては想像すらしなかった願いが、今は胸の中で燃えている。
「ミケが、えいやーと成敗してみませます!」
 その声に、未来は少しだけ明るさを取り戻していった。

アニス・ルヴェリエ

●翠の光
 ワークショップの静かな光の中、アニス・ルヴェリエは無色の宝石を手に取った。
 手のひらに吸い込まれるように光が集まり、未来の欠片が淡く色付いていく。

「とっても不思議……」
 翠緑の眸が宝石の中の燦めきを追いながら、アニスは小さく呟いた。
 手のひらの中で、少女の願いが形を成す。
 それは信頼される調香師として、常に向上心を忘れず、新しい香りも探求し続ける理想の未来。
 有名な調香師であった、父のように。

(――さあ、わたしの夢は何色かしら?)
 願いを込めた無色の宝石は、鮮やかなエメラルドのような深い緑色に染まる。
 まるで自分の眸をそのまま映したような色彩を、アニスはじっと見つめた。
 美しく耀く、未来への希望と夢。
 だが、眩しい光の裏には影が潜む。
 人々の夢や希望を込めた未来が、知らぬ間に失われていく危うさ。
 それを黙って見過ごすわけにはいかない。

(きちんと、壊さなきゃね)
 アニスが決意を固めれば、右目に力が宿る。
 敵や危機の兆しを探りながら、ムラードの隙を窺って精霊銃を構える。
 放たれた弾丸は光の粒子を散らしながら、周囲の宝石を一つずつ安全な形へと変えてゆく。
 そして勿論、自分自身が創造した宝石も。
「これも、未来を守るための……許してね」

 無邪気に耀く未来の欠片は、少女の手で静かに昇華していった。
 ——未来を守るため、静かに、確実に。

那弥陀目・ウルル

●青に誓う
 ――空を想う吸血鬼の願いは、いつだって青に染まっていた。

 柔らかな亜麻色の髪を揺らし、那弥陀目・ウルルは手のひらに宿った小さな宝石を見つめる。
 それは澄んだ秋晴れの空を閉じ込めたような、透き通る青。
 此の世界――√EDENの空気が確かにそこに息づいていた。

「ふふ~、綺麗な色。この空が、僕は大好きなんだ」

 吸血鬼として長い歳月を生きてきた。
 この世界を監視し、護ることは吸血鬼の役目でもある。
 だがそれ以上に、ウルルは人類の営みを好んだ。
 朝のパン屋の香ばしい匂い、子どもたちの笑い声、夕暮れの静けさ。
 その一つ一つが、彼等にとっては“生きている証”のように思えたから。
 だが簒奪者が存在する限り、彼等の生活は脅かされることになる。

(……さしあたっては、そうだね。まずは早くこの戦争が終わってくれないことには)
 そうして簒奪者が退散して、元の平和な街が戻るように。
 そんな願いを込めた空想宝石は、澄んだ青空へと姿を変えた。
 ウルルは軽く息を衝き、宝石を指先でくるりと回す。
 青い光がちかりと広がり、まるで世界そのものを清らかに染めるようだった。
「この青は……やっぱり、キミ達人類の見上げる空であってほしいな」

 壊すことに一瞬の躊躇いはあったけれど、この願いは空想なんかで終わらせない。
 そこには優しさだけでなく、確かな覚悟の色が宿っている。
 ――さあ、ここからはお仕事の時間だ。
「キミにはご退場願おうか、星喰い商」
 その声は青空よりも澄んで、周囲の空気を貫いた。

躑躅森・花寿姫

●青薔薇へ続く余光
 柔らかな光が射し込む、ワークショップの昼下がり。
 訪れた者たちは皆、楽しげに宝石作りに興じている。
 誰もその裏で蠢く邪な企みなど知らない。

 鮮やかな桃色の髪を靡かせて、躑躅森・花寿姫は指先で無色の宝石を撫で、静かに笑みを溢す。
(……とりあえず、機が熟すまでは宝石作りを楽しむとしましょう)
 敵の思惑が交じらなければ、魅力的なものづくり体験となっていたであろう。
 人々の夢と希望を喰らう、空想宝石を。

 花寿姫も眸を閉じて、願う未来を想い描く。
(――私の空想、望んだ未来……)
 それは幼馴染の彼と、再び肩を並べ、共に戦う光景だった。
 彼は王子様だった。
 青い眸の“薔薇の王子様”
 彼は無償の勇気を振るい、あらゆる人に手を差し伸べ、困っている人が居れば直ぐに駆け付けた。
 自分のことを沢山犠牲にしながら、清く正しく真っ直ぐに生きてきた……私の、大切な人。
 きゅっと花寿姫は口を噤んだ。
 ……でもある日、彼は能力を喪ってしまった。
 同時に今まで重ねてきた強さも表情も失い、一人で背負っていた苦痛と悲しみが全て露わになって。
 彼の心は、折れてしまった。

 また、あの頃の彼と一緒に……ううん。
 同じように自分を犠牲にする“王子様”ではなくていいの。
 でも……叶うなら、またあの人と一緒に戦う未来を描きたい。
 花寿姫の願いを込めた宝石が、青く染まってゆく。
 まるで彼を、『青薔薇の王子様』象徴する色のように。
 嗚呼、キレイ。本当に、あの頃の彼のような――。

 けれど、この美しさは願う想いを糧として出来た空想の未来。
 私の望む未来は……胸の裡に秘すれば良い。この想いは決して消えないのだから。

 花寿姫は決意を固め、肩の力を抜く。
 短く詠唱を紡げば、華やかに衣の色が変わる。
 アザレア・ブルーム――躑躅を象った少女の姿。風に揺れ、眸に鋭い光を宿し。
 花寿姫に迷いはない。
 空想宝石に手を伸ばすその掌は、確実に、そして優しく。
 静かな破壊の音と共に、願いは昇華されてゆく。
 抱き締めるためではなく、先へ進むために。

ララ・キルシュネーテ

●燈桜
 白虹の髪に夢宵桜を遊ばせながら、ララ・キルシュネーテは軽やかな足取りでワークショップの机に向かった。
 眼の前には無色の硝子玉がころり。
 未来を思い描けば色付くという、不思議な空想宝石だ。
(――確かに、洒落てるわね)
 未来を想うように、ララは静かに瞼を閉じる。
 その瞼の裡で、舞い散る桜が風に乗り、光の鳥が羽ばたいた。

 ある晴れた、春の日。
 愛しい鈴の音と共に、ママが花のように咲い、パパが小さなララを抱えあげてくれる。
 にぃにも、ねぇねも、あの頃と変わらない眼差しで手を伸ばす。
 そしてそこには、今のララの大切な人たちも居てくれて……。
 ララはみんなに囲まれて、嬉しそうに笑うの。
 過去と今、そのどちらもララが愛してやまない、優しい未来の光景を。

 ――けれど、ララは知ってるの。
 ううん、知らないフリをしてるだけ。
 パパとママのこえが、記憶の中で少しずつ霞み始めていることに。
 今、此の世界で過ごす時間が増えれば増えるほど、昔の思い出が簒奪され、塗りつぶされ、輪郭を失っていく。少しずつ喰われていく、ゆっくり、しかし確実に。

 瞼を開けたララの手元には、桜の花弁と金の光が淡く散る宝石が耀いていた。
 脆く儚く、けれど、どこまでも優しい色。

「これは、ララの宝石よ」

 未来を創る宝石なんて、美しくないはずがない。
 願いとは星々の残光であり、焔のように胸の奥で燃え続けるもの。
 光であり、希望であり、未来そのものだ。
 けれど、それはその人自身のものであって“他者に喰わせるための餌”ではない。
 星喰い商――勿論、お前のものでもないの。

 ララは愛おしそうに宝石を指先でそっと掬い上げ、ためらいなく壊した。
 かしゃんーー
 春の欠片が砕けるような、淡い音が響く。
 散った光は、絶望でも希望でも、自分で選び、叶えるためのもの。
 未来を奪う者が、どれほど牙を剥こうとも。
 ララは一歩も引かない。
 願いは他人に委ねるものじゃない、奪われるものでもない。
 ――希望も絶望も、すべて。

「ララが叶えるの」

 砕けた光は、彼女の路を照らしながら、静かな夜桜のように揺れていた。

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挿絵イラスト