⑪賢いのはどちらなんだろう
迷宮化した旧万世橋駅の奥でイライラをつのらせながら歩くものがいた。『火鼠大将『蒼火』』は何度も煮え湯を飲まされてきた相手を思い浮かべていた。
「あいつら、この程度の迷宮なら簡単にここまでたどり着くだろう。そうなったら俺様もお終いだ!」
配下の『火鼠』達が諫めるも蒼火のイライラは収まらない。纏った炎もその勢いを増している。
「おい、お前ら! わかってるだろうな。あいつらが来たらすぐに教えろ。ここから逃げるからな。……生き残ったヤツが一番の勝者だ。負ける戦いはしねえ」
蒼火は神経質そうに手を揺らすと配下を睨みつける。
「いいか! ただの人間が来たときはおいしくいただくんだぞ。少しでも力を蓄えるんだ。まだまだこんなところで終わるわけにはいかねえ」
そう言うと蒼火はまた所在なげにあたりを歩き始めた。
「秋葉原の近くにかつて万世橋駅と言う駅があったそうです。その遺構、旧万世橋駅を古妖達が無限の駅舎迷宮にしてしまいました。みなさんには迷宮の奥にいる古妖、『火鼠大将『蒼火』』の退治をお願いします」
木原・元宏(歩みを止めぬ者・h01188)は集まった人達を前に話し始めた。
「迷宮は古今東西の駅舎の特徴が取り込まれた複雑怪奇なものです。それでも古妖達は僕たちEDENならすぐに奥までたどり着くと予想しています。今回の火鼠大将は奥まで攻め込まれたら迷宮を崩落させて逃げるつもりです。火鼠大将を油断させるために敢えて迷ったふりをすると良いと思います。火鼠大将に一般人だと思わせることができたら火鼠大将はその一般人を殺すために迷宮の浅い場所まで出てくるでしょう。その時を狙ってください」
元宏は一息つくと頭をかいた。
「火鼠大将を欺くためには駅で迷う人の真似をすると効果的です。隣のホームの電車に乗ってしまったり、出口を間違えたり、降りる駅を間違ったりですね。僕もぼんやりしてるときはやってしまいます。できるだけ大げさに困ってみるのもいいかもしれませんね。それではよろしくお願いします」
そう言うと元宏は集まった人達を送り出した。
第1章 ボス戦 『火鼠大将『蒼火』』
迷っているのか、迷っているふりなのか、それが問題だ。いや、そんなことはないのだが。旧万世橋駅は奇妙建築のせいなのか古妖達のせいなのかはわからないが迷宮になっていた。迷宮とは迷わせるためにある、間違った表示の看板一つあるだけで悩む者は何時間でも悩むだろう。どっちが正しいんだから始まり、この看板も嘘かもしれないにまでなってしまったらもうどうしようもない。勝手に疑心暗鬼になって迷ってしまうだろう。
そうやって罠を張り巡らしている『火鼠大将『蒼火』』だがその内心は穏やかではなかった。自分が騙そうとするからには相手も自分を騙そうとするだろう。いつ寝首をかかれるかわからない。配下の火鼠達ですら自分の立場を狙っているかもしれない。疑心暗鬼はどんどん大きくなる。するとそのうち考えるようになる、すべての罠など見通されていると、敵はそれほどに強大だと。何のことはないただの独り相撲なのだが蒼火にとってはそれは揺るがしがたい事実に映っていた。
「さて…一体入り口がいくつあるのか。今通った口は、一体何処へ繋がっているのか…困った。迷ったのだな、これは」
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は同じ場所を行ったり来たりしていた。もちろんそれは迷っているふりで困った、困ったと立ち止まってみたりと芸が細かい。その間にも蜚廉は潜響骨と翳嗅盤を使って探知を進めている。鼠の臭いもその動揺も手に取るようにわかっている。だがそれを表に出すことはない。
「隙を見せるまではこのまま迷った方がいいのだろうな……」
蜚廉は蒼火が隙を見せてやって来るまでとぼけていることにした。
「あ、ミスった。あっちのホームじゃね? 名前が似た様なとこ多過ぎんねん……」
七々手・七々口(堕落魔猫と七本の魔手・h00560)も大げさにうんざりした声を上げる。
「えーっと、今あっちから来たから、次はこっちで……。いや違うな、向こうの方か?」
あっちこっちとさまよい歩くふりをしながらキョロキョロと辺りを見回す。なにか思っていた場所とは違う。しょうがない、とエスカレーターに乗ってみるがやっぱり何か変だ。方向感覚はとうに失われている。どこがどこだろう。
「どうすっかなぁとしてる振り。そう、振りをしてるだけ」
七々口はそう言うとまたあたりを彷徨いはじめる。
「では私はアレやりましょうかね、『寝過ごして名前しか聞いたことのない駅にきてしまいどうしたものかと路線図を見ている人』のフリ。実体験かって? 細かいことはいいじゃない。気持ち良くお酒飲んだあと終電でやらかすと絶望感すごいですよ」
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)はそう言うとこの駅はどこ? と言う体でキョロキョロしはじめる。
「えーっと、何駅乗り過ごしたんでしょう……帰りの電車のホームは……」
路線図を必死で見ながら焦るシンシアは迫真の演技だ。どう見ても初めて来てしまった謎の駅で帰るに帰れなくなったお客そのものだ。
「怪しい者はいないだと。そんなんバカな。……たしかに狩り頃の間抜けばかりに見えるな。俺様の心配しすぎか?」
蒼火は少し機が大きくなったのか椅子にふんぞり返りながら火鼠達の報告を聞いていた。
「各鉄道会社の似た駅名に惑わされ、案内板を読み違えて迷うなんてどうかしらね」
六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)はそうしようと決めると旧万世橋駅の中へと入っていく。真理が住んでいるようなのどかな田舎の駅ならともかく、ここは秋葉原だ。いや、この迷宮は古今東西の迷うような駅の模倣だからもしかしたらわかる場所もあるだろうが。ともかく真理は奥を目指しているけど迷っていけないという感じで駅構内をさまよう。喉が渇いたと言って飲み物を買い、ゴミ箱を探して絶対に行く必要がない隅の方に行ってみたりする。
「困ったわねえ」
首をかしげて見るも状況は変わらないようだった。
「どこよー! 西武南口の北ホーム前!? なにそれ御経!?」
携帯を耳に当てながら話しているのは太曜・なのか(彼女は太陽なのか・h02984)だ。あたふたしながら駅を出たり入ったり、待ち合わせ場所につけない、どうしよう! そんな叫びが聞こえてきそうな感じだった。待ち合わせは1階だと言っているのに地下に行ってみたりとせわしない。
「きっとこっちよ。私の勘が言ってるんだから間違いない!」
2階に上る階段を見つけながらなのかは言ったのだった。
「お任せくださいまし!!! フリなどせずとも普通に迷子になりますもの!」
ヤルキーヌ・オレワヤルゼ(万里鵬翼!・h06429)は自信に溢れた顔で言った。駅構内に入ったヤルキーヌは迷いのない足取りでどんどんと歩いて行くが……。
「あら? このポスター先ほども目にしたような? 同じポスターをあちこちに貼っていますのね」
ヤルキーヌは勉強になりましたわ、とばかりに大きく頷く。次にホームへと続く階段の前でうーんと悩む。
「こちらの路線は結局どこ方面に乗ればよろしいのかしら。このエスカレーターに……あら? ここは違う路線?」
見る人が見たら迫真の演技だと思っただろう。だがヤルキーヌは一生懸命道を探していた。
「来た道を引き返してみれば良いですわね。あら、さっきの道は右でしたかしら、左でしたかしら」
もうすでにどこから来たのかを憶えていないのだった。たぶんこっちと勢いよくドアを開ける。
「おかしいですわね。いつのまにかデパートに入ってしまいましたわ」
デパートの地下と思われる場所にはおしゃれな雑貨がいくつも置いてあった。ヤルキーヌは気に入った小物を掴むと嬉しそうに撫でてみる。
「まあステキな小物がいっぱい! あれこれ見ておりましたら、どこから入ったのか分からなくなりましたわ。ここはどこですの?」
「おまえら! やる気あるのか? いつまでも入り口近くで迷ってやがって!」
ヤルキーヌの後ろで蒼火が怒鳴った。なんだなんだと他の√能力者達も集まってくる。
「まあいい。お前らくらいの間抜けなら簡単にひねれるだろう。俺様の糧になるといい!」
蒼火がふんぞり返って言う。
「いやぁ、当たりに辿り着けて安心したよ。正直、このままお前さんと遭遇できなかったらどうしたもんかと思って途方に暮れかけてたところさ」
真理はやれやれこれで一安心と言う顔をする。
「あ? なんだ? こんなに迷って俺様と勝負になると思ってるのか?」
「そりゃ、もちろん。なんたって迷ったふりだからな。で、出口はどっちだ。いや、一応、一応だ」
七々口がなぜか弁解するように言う。蒼火は呆れたような視線をチラリと向けた。
「やっほ! 違う個体かもだけど久しぶり。私の迫真の迷子にまんまと騙されたようね。更に進化した私のゲッターの威力をご賞味あれ♪」
クラウディーフレームに変身したなのかが元気よく言った。
「おまえ、一番迷ってなかったか」
「なんせ私天然の方向音痴ですから!」
なのかは胸を張る。蒼火はなんだか疲れたという感じでがっくりと肩を落とした。
「さて、ようやく引っかかってくれたな。鼠共」
遅れてやって来た蜚廉がにやりと笑う。
「そう、そう。そういうヤツだ。わかってる強いヤツは。って、あ!」
蒼火は当たり前の反応にちょっと安心したのもつかの間、本当に騙されてことに気づいて憤慨する。
「良くも俺様を騙してくれたな。ぶっ殺す! やっちまえ、お前ら!」
蒼火は配下の火鼠達をけしかける。蜚廉は【原闘機構】で熱への耐性を高めて炎を退けると前に出ながら【塵尾連閃】で火鼠をなぎ払い、蒼火の喉元に迫る。
「調子にのんな。虫が!」
蒼火も意地を見せ爪で蜚廉の攻撃を受ける。蒼火はそのまま爪に炎を纏わせて蜚廉に斬りかかるが横合いから飛んできたレイピアが蒼火の腕を貫く。
「――隙あり!」
「痛え! ちょこまかと!」
レイピアを構えていたシンシアを爪で殴りつけるがそれはシンシアの幻影だった。
「行きますわよ!」
ヤルキーヌの侍女タイリョークが隙だらけの蒼火を襲う。蒼火はすんでの所でそれを避けると叫ぶ。
「おめえら、なにやってんだ。こいつらを燃やし尽くせ」
火鼠達がチューチューと群がってくる。ヤルキーヌは開き直ってその攻撃を受けるが受けた傷がたちどころに治っていく。七々口が七本の魔手を伸ばす。魔手は火鼠達を殴り倒す。
「残ったのはあなただけよ!」
なのかはそう宣言する。
「うるせえ。これからだ、これから!」
威勢良く叫んだ蒼火は火の粉をまき散らすと一目散に逃げようとする。それに気づいた真理が一瞬で間合いを詰め【勁打・万象星離雨散】で火の粉を消し去る。蒼火は爪を伸ばして真理を襲うが呼吸を合わせた真理の拳が蒼火の顎を撃つ。ふらつく蒼火になのかが飛んできた。超加速したなのかの電撃飛び回し蹴りが蒼火のこめかみにめり込む。
「怯んだな。ならばその火、打ち消してやろう」
蜚廉は勢いよく蒼火に飛び込むと全体重を乗せた甲殻籠手を叩き込んだ。蒼火は吹き飛んで壁に激突する。
「騙されるのも無理はない。我が演技、ただの見様見真似ではないのだ。100年の積み重ね、甘く見るなよ」
「おまえにだけは騙された。くそっ」
なんとも言えない虚ろな顔をしたまま蒼火は動かなくなった。
「で、どうやって帰るの?」
迷宮になのかの声が響いた。
