シナリオ

⑧それはきっと痺れるくらい甘美な

#√汎神解剖機関 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦⑧

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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

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(毎日16時更新)

 リンゼイ・ガーランドは溜息を吐いた。
「国からの命令には逆らえないわよ……」
 自分だって、出来うる限りは死なせたくはない。誰も。
 けれど、死んでしまうというのなら、安らかに、苦しくないように死んでほしい。
 それが自分にとって出来る最大の手向けだ。
「自殺なんて私が関与出来るものでもないけどね」
 諦めたように笑う。
 心の何処かでは、自分も救ってほしいだなんて思っているのかも……なんてね。
 なるべく少ない生命で終わりますように。
 |人類災厄《タナトス》は、目を瞑ってその時を待つ。

 二つに束ねても長い金の髪を引きずって、桃色の少女、フレイヤ・アウエンミュラー(狂気の世界より・h09341)が笑った。
「|パパ、ママ《みんな》、来てくれてありがとう!」
 戦争だって、嫌よね。微塵もそんな事を思ってなさそうな笑顔で、小鳥が囀るような声で告げる。
「近づいたら、死んじゃうんだって。いいわよね。だって死ねるんだもの!」
 きゃらきゃら笑って。
 かと思えばルビーの様な瞳を蕩めかせて、うっとりと両手を頬に当てる。
「うふふ、パパもママも死んじゃ駄目よ。楽しみは取っておかなきゃいけないもの」
 そう、昔、お母様が教えてくださったの!
 言うと、フレイヤは手を広げ、くるりとその場で一回転する。
「きっと、甘くて、素敵で、ケーキのような味がするんだわ」
「だから、死んじゃ駄目なのよ。パパもママも、みんなわたくしのものなんだから!」
 うふふ、あはは、楽しそうな少女の声が辺りに響く。
「無事にわたくしのもとに帰ってきてね?ふふ、うふふ」
 フレイヤは、みんなを見送るまで、煌めく笑顔を浮かべていた。

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第1章 ボス戦 『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』


四之宮・榴

四之宮・榴(虚ろな繭〈|Frei Kokon《ファリィ ココーン》〉・h01965)はそこにいた。
ただ、彼女との繋がりを感じて。
「あら、お客様?」
戦う意思はないと、薄い笑みを浮かべゆっくりとちかづく榴にリンゼイが気付かないわけがなかった。
「はい……戦う、つもりはありません……」
「……珍しい子ね。私は敵よ?死ぬくらいなら、ってみんな牙をむけてくるのに」
しかし同じ笑みを榴へと向けリンゼイは受け入れる。どうせみんな死んでしまう。過程はどうであれ、最後は同じなのだから。
「……お話を、しませんか。僕も、希死念慮とは……お友達、ですから」
本来なら倒さなければいけない敵である。それはお互いにわかっていた。
「お友達……っていいの?耐えられなくなるわよ」
「……貴女様と、僕は……凄く似ている。そんな気がしたので……」
だから。
「僕が、耐えられなくなるまで……恋のお話、とか……どうですか?」
それは時間制限のあるお茶会のようだった。榴にもわかっている。いくら狂気耐性と霊的防護があるとはいえ、彼女の能力に到底耐え抜けはしない。
それが|希死念慮《死にたがり》なら尚更に。
「恋の……あなた、どこまで知ってるのかしら」
リンゼイは隣に立った榴に困ったように笑いかけた。
すべてを知られていたのなら、恥ずかしいことこの上ないのだが。
「……貴女様に、恋する方が、いるくらいでしょうか……」
「その口ぶりだと、相手はわかってるみたいね。もしかして、他の能力者たちにも知られてるのかしら」
「……残念ながら……」
殊更リンゼイは眉を下げた。
「……参ったわね」
そうして頭を掻いて、来た時よりずっと顔を蒼くさせている榴を見遣った。
「貴女は……って聞きたいところだけれど」
そろそろ時間切れかしら。リンゼイは内心で溜息を吐いた。ああ、また。けれど、能力者は、生き返る。それだけは救いなのかもしれない。
榴は声を絞り出す。彼女に届くように。少しでも伝わるように。
「……僕は……っ……」
その表情は、泣き出しそうにも見えたかもしれない。思わずリンゼイは曇天を見た。
たちまちインビジブルたちが寄ってきて、|嫌いな自分《榴》を|好きなもの《デメニギス》へと昇華させる為に食らっていく。
手も、足も、髪も、目も、心臓さえも。
「……貴女様とは……っ、此処では……ない場所で、また……逢いたいです……」
その言葉を最後に、紫の彼女はいなくなった。
代わりに、|彼女《榴》の愛する|深海魚《デメニギス》が、悠々と、リンゼイの周りを泳ぎ回る。
「貴女も、戦う意思はない、ってことね」
そっとデメニギスを撫でた。冷たかった。
「……私もよ」
リンゼイは囁くと悲しそうに目を細めた。きっと、叶わない願いなのだろうけれど。
それでも、願わずにはいられなかった。
もしも。世界が、滅びるとしても。

霧島・恵
架間・透空

天気は、生憎と良いとは言えなかった。
まるでみんなの心を表すかのようで。
架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)と霧島・恵 (狐影蕭然・h08837)は、連邦怪異収容局が遣わした人間災厄へ対処せんと秋葉原の中心部……いわば戦地ど真ん中へ来ていた。
他の非能力者の一般人もいる中で、人間災厄の効果を発揮させてしまうのは許せることではなかった。
ただひとつ、厄介なのはそれが|彼女《リンゼイ》自身の手で制御できるものではないということ。
そのため、即決着が求められる戦いだった。彼女の気持ちがどうであれ。
「とはいえ、困ったね……」
恵は頭の後ろで手を組みながらぼやいた。
「自殺衝動ってどうやって抗えば良いんだろ。はあ……有効的な対策がわからないのに上手く立ち回れるか心配だなぁ……」
しかし放って置くのは一番違う。ここには無関係な民間人もいるのだから。
後ろから不意打ちでもするしかないか……そう考えていた恵だった。

一方、透空はリンゼイの目の前へ立ち向かっていた。
正々堂々、そんないで立ちで。
「いらっしゃいませ、でいいのかしら」
リンゼイは透空の真っ直ぐな瞳に些かいたたまれない気持ちになった。
ああ、もう一人、増えてしまう。心に浮かんだ言葉。
「……絶対に死にませんよ。死なせたりもしません」
それが聞こえたかの様な透空の透き通った、それでいて芯のある声。
「貴女が死なせたくないって思ってるなら、余計に。
死にたいって、心の底から思っている人なんていない筈だから!」
透空は力強く息を吸い込んで、歌う。
『どこまでも届け――この胸の想い!』
|誰よりも、遠く、高く《ハイペリヨン・ゴービヨンド》!
「若いって、いいわね」
リンゼイが、苦笑した。
「でも、止められないの。ごめんなさい」
リンゼイは自負するとおり、|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》を放つ。
頭に浮かぶのは、ありとあらゆる自殺の方法……つまり、人が死ぬところだ。
透空の脳内が自殺衝動で埋め尽くされる。
汗がぽたりと地面に染みた。それでもなお歯を食いしばる。
「まだ、死にたくない!誰も死なせたく、ない!そうでしょうリンゼイさん!」
望まぬ死程悲しいものはない。心が、叫びをあげる。
もっと、もっともっと!|沈丁花《ユメノカケラ》が心の奥底で躍動し続ける限り!
「この想いを、皆さんに届け続ける……!」

(若いって、いいねえ)
透空が歌う中、狐竜は眩しい、と目を細めた。
抜き足、差し足、忍び足で闇に紛れるようにリンゼイへ後ろから近づいている最中だった。
ああ、曇天で良かった。影が多い。
そこへ突如襲い来るは例の自殺衝動だ。ぐぅ、と声を出すのを我慢出来ただけでも褒めてほしい、と心の中でぼやく。
なんとか、精神抵抗を試みる。正直言えば悪あがきだ。
(まだ、アイツとの約束も果たせてないんだから)
……若さが、移ったかな。自殺衝動から目を逸らすように思考を変えると、その手に|狐火《ウィル・オ・ウィスプ》を灯した。
「そぉら、お行き」
こそりと指示を飛ばす。乾坤一擲の不意打ちだった。
ふより、火は舞うと、リンゼイの元で弾けた。
「なに……!?」
突然の焼ける痛み。驚いたリンゼイは振り返る。
「ああ、ごめんなさいねぇ?こうでもしないと止まらないかと……思って……」
ね。もう一つ、火を飛ばして。飄々とした笑みで恵はリンゼイの視線を受け止めた。
思わずリンゼイは手で火を払う。手が焼けた。
苦虫を噛み潰した様な顔でリンゼイは恵を改めて見る。
人が死ぬ以上に痛いことなんてあるだろうか。リンゼイは焼けた手が痛んでもは気にしないようだった。
……ああ、もう一人。来てしまった。いや、本当に?
「分が悪い、わね?」
苦笑する。自殺衝動は続いている。止められない。
それでも、透空がいる限り、恵がいる限り、能力者がいる限り、自分の勝ちなんてありはしないとまざまざと見せつけられるようだった。
大統領も馬鹿みたい、自分の身可愛さかしら。
「……私が死ぬしかないみたいね?」
さっきの子みたいに。
「……そんなことありません!」
諦めの笑みを見せたリンゼイを止めたのは透空だ。
「この場に、死んでほしいって本心で思ってる人なんていないって、私は信じています」
晴れ渡った空のように、真っ直ぐで、実直で。
「だから、リンゼイさんにも死んでほしくないし、死なせません」
じゃないと、こうして歌っている意味が、ない!

リンゼイと恵は目を丸くした。ふたりとも、敵同士ながら同じ想いを抱いていた。
「若いって、いいわね」
「若いって、いいねえ」
同時に言う。しかし、若いだけでは成せないことも、あるのだ。
「でも、私を|止めない《殺さない》と、終わらないわよ」
それに、能力者は生き返る。それが簒奪者だとしても。
「それは、まあ、俺は、他の人達に任せるかな……」
真直な彼女の目の前でやってしまうのは、寝覚めがわるい。
とりあえず、避難誘導に回るかねえ、歌ってくれている間に。
若干冷や汗をかきながら恵は自分これ以上自殺衝動に晒されるのも良くないと、再び闇に紛れ離れていく。
「私は……しばらくは歌を聞いてようかしら。……貴女も、死ぬ前に帰るのよ」
私はできる限り貴女みたいな子には死んでほしくないから。
力強い歌声は、遠く、遠く。
少なくとも恵が避難完了の報告をしにくるまでは、リンゼイは目を瞑って聞いていた。

セシリア・ナインボール

(死ねるのがいい、ですか)
セシリア・ナインボール(羅紗のビリヤードプレイヤー・h08849)はひらりとしたケープを翻して、考えていることを一切隠さない表情でリンゼイの元へと赴いた。
確かに、死が救いとなることもあるのだろう。
けれど、しかし。私たちは一人の人間であるが悲しいかな、能力者である。いくら死のうと蘇ってしまう……特例を除けば。
それ故に苦しんでいる後輩が、セシリアにはいた。
その子のことを思えば、セシリアにとって死が救いになるとは到底思えるものではなかった。

そうして。
かつりと靴を踏み鳴らしリンゼイの目の前へしっかり立つ。
「今日は、随分とお客さんが多いのね?」
周りは、閑散としていた。
「残念ですけれど、私は死ぬわけにはいかないんです」
――イングリットの、為にも。
|希死念慮《タナトス》に雁字搦めにされているあの子は、きっと私が死ねばその生命を簡単に散らそうとするだろう。
容易に想像がつく。
「なら、耐えてもらうしか、ないわね?」
私じゃ、止められないから。
どこか悲しみを纏ったリンゼイの微笑みが、やけに印象に残った。
右手でキューを背から抜いて、ビリヤードの球を左手に。
それを見たリンゼイは指を鳴らし影から【|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》】を呼び出す。
「せめて、安らかに」
そう呟く黄色い死の神は、黒と溶け合うと、重たい波動を身体から放った。
超増幅した自殺衝動が、波動となって撒き散らされる。
秋葉原の真ん中から、セシリアの身をも越えて、街の隅々まで。
しかしセシリアはキューを構えたまま、冷静に、その時を待つ。
汗が浮かぶ。そんなことしらない。
手が震える。そんなことしらない。
動悸で息が上がる。そんなこと。
……弾道計算は上々。口の端を引き締め、力を溜める。虎視眈々と。
引き寄せられる感覚。――今。
カツンと小気味の良い音を立てて、ビリヤードの球が、|時が来れば破裂する球《タイムボム・ボール》がリンゼイの元へと弾かれる。
「なに……を」
引き寄せられる空間と共に球は正確に死を運ぶ。
自分も引き寄せられるが、力を溜めていたおかげか、よろけただけで済んだ。
「なにも、起こらない、じゃない」
その言葉にセシリアは眉間に皺を寄せながらも片方の口角だけで笑う。精一杯の、不敵な笑みだった。
「……本当にそうでしょうか」
リンゼイの周りに、取り囲むように色とりどりのビリヤードの球がいくつも浮かんでいた。
気付いたリンゼイは目を見開く。が、もう遅い。
一つが弾ける。|それ《爆発》は連鎖するように隣の球へと移っていく。
リンゼイは火薬の匂いと煙に包まれた。
セシリアからは未だ見えないが、きっと痛手はあたえられた筈……。
「してやられた、わね」
煙が晴れた頃には、苦笑混じりの、しかし獰猛さが見え隠れする表情のリンゼイがぼろぼろの様子で立っていた。
しかし予想よりダメージが入っていないとセシリアは感じる。
「そうですか。私としてはそこまで手応えがなかったのですが」
「生き返れるもの、貴方達と同じよ」
皮肉を混ぜて返された。
「……ひとつ、聞きたいことがあるのですが」
自殺衝動は、まだ、ある。耐久も、まだ、ある。
しかし、それも時間の問題だ。セシリアは後からくる能力者たちに託して、退くことを考えていた。
だが、これだけは聞きたかった。
「貴女はご自身の√能力を、どう思っているのですか?」
リンゼイはにたりと嗤って、こう言った。
「そんなの、大嫌いよ!」

禍神・空悟

禍神・空悟(万象炎壊の非天・h01729)はリンゼイを見るなりこう言った。
「こりゃまた随分とお綺麗なお嬢ちゃんだな」
「……どうも?」
「スタイル良くて好みだぜ?」
リンゼイは空悟に微笑みかけた。褒められるのは悪くない。
「けれど、貴方、これから死ぬのよ?ナンパなんてしていていいの?」
「はは、最高じゃねえか。どうだ、一曲。|ダンスマカブル《死の舞踏》でも」
リンゼイのお淑やかな微笑みとは反対に、空悟は口の端を歪めて笑う。
「|メメント・モリ《死を忘れるなかれ》って?ハロウィーンは終わったわよ」
「いんや、|死が二人を分かつまで《Till Death Do Us Part》、だ」
それを聞いたリンゼイは楽しそうに笑った。
「あはは、残念だけれど教会はここにはないわよ」
「そりゃ残念だな」
空悟も片眉を上げて肩を竦める。
「他の男がいなけりゃ俺が攫っちまったのにな」
「死ぬから駄目ね」
「だろうよ」
そう言いながら畏まった様子で手を差し出した空悟にリンゼイは首を傾げた。
「Shall we dance?素敵なLady?」
「あはは、お断り!」
「こりゃ手厳しいぜ」
やれやれといった様子で空悟は首を回す。
「んなガラでもねえもんな!」
じゃ、ヤるとするか。空悟は準備運動とばかりにその場で何度かジャンプして、好戦的に笑いながら、ファイティングポーズを取った。
「言っとくが|微温《ぬる》い死なんざお断りだからな。生憎と安楽に死ねるような生き方はしてないんでな」
くい、と手でこいよ、とジェスチャーし。
「それは貴方次第じゃないかしら」
リンゼイも釣られてやる気の笑みで応えれば、【|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》】と溶け合うように融合した。
さて、ここからだ。この男、その身一つで戦うわけで、死に対する耐性など持っていないのだ。
そこで、どうするかというと。
「ハッ、ゴリ押すしかねえだろ」
自嘲気味に小さく口の中で自分に言い聞かせるとリンゼイへと駆け出していく。
たとえいい女だとしても殴らなきゃいけない時もあるのだ。それが容赦なく出来るのが禍神・空悟という男だった。
リンゼイから放たれた超増幅した自殺衝動が襲い来る。それを笑顔で受ける。楽しいとばかりに叫ぶ。
空間ごと引き寄せられれば手間が省けたとリンゼイに殴りかかる。
「っっらぁ!」
リンゼイは自殺少女霊隊を盾に攻撃を防ぐ。黒い少女の首が頭ごとひしゃげて折れた。
「ああ、可哀想に」
「言ってろ死神」
瞳孔をかっぴらいた目がリンゼイを舐める。
怪力の乗った自分の手で、爪で首を掻き血を撒き散らそうが、舌を噛み痛みで頭を痺れさせようが、胸に手を突っ込み心の臓を抉り取ろうと肋を折ろうが、空悟には関係なかった。
「俺は、てめぇを、殴る、それだけェ!」
血でガラガラの声を張り上げて拳を振り下ろす。
「っ、はは、あは、なに、っ、イカれてるんじゃないの!」
リンゼイもメガネを弾き飛ばされようが、頭を殴られふらつこうが、腕で防いで橈骨ごと尺骨が折れようが、黒い少女が吹っ飛ばされぐちゃぐちゃになろうが愉しくて仕方なかった。
「褒め言葉、ッ、だなァ!」
不意のローキックを遅い、と躱し|腸《はらわた》を曝け出し、口から血を零し、それでもなお死にながら生きている空悟は笑う、嗤う、嘲笑う。
「残念ながらなァ!俺の、勝ち、なんだよ!」
敢えて殴られる。身体から黒炎が吹き出す。今日も天神五衰は絶好調だ。
「燃えなァ!!」
地を踏み込む。さっきまでの乱暴な攻撃とは到底比べ物にならないくらいの綺麗な型だった。
拳を当てる瞬間に握り込む。一番威力のある攻撃をくらったリンゼイは燃えながら吹っ飛んでいった。
壁を突き破り瓦礫に巻き込まれながら土煙を上げて。
「派手にいったなあ」
空悟はひゅう、と口笛を吹く。
これ以上死ぬのはめんどくせえしなあ、と首を鳴らして、満足そうに後は頼んだぜ―、と誰かへ声をかけた。
どうせ死んでねえだろうし、どうせどっかから能力者が来んだろ。
先程までの傷が嘘のように消え去った身体で、空悟は頭の後ろで手を組んで、暴れたなあ、と血と肉片が撒き散らされた地面を見て思わず嗤うと口笛を吹きながらその場を後にした。
あー暴れた暴れた。すっきりした、だろ?

クラウス・イーザリー

「……任された、って言いたくない状況だな……」
ひしゃげ潰れた黒い少女。壊れた壁。血と肉片が散らされている地面。
そんな地獄の様な惨状を見ながらクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は珍しく嫌そうな顔をした。
がらりと崩れた壁を押しのけて、リンゼイが姿を現す。
「全く、散々な目に遭ったわ……って、あら。いらっしゃい……って言っていいのかな。
貴方、私が弱点そうだけど。もし死にたいって言うなら、安らかに死ねる方法を教えるわ」
服も何もかもがぼろぼろだったが、動けはするようだった。
「そうだな……」
薄く笑んでクラウスは言う。
したくない、とは言えない。けれど。
「俺が今死んでも、本当の意味で死ねる訳ではない、そうだろう?」
君も能力者で、死を司るならわかっている筈だ。
「|あいつ《親友》の元へ行けないのなら、死んだところでなんの意味も、ないんだ」
ゆるゆると首を横に振って。クラウスの目には諦観と、虚無が色づいていた。
「……そうね。……本当に、私の意味ってあったのかしら」
封印を解いてまで。出てくる意味とは。
「でも、私に|冥府の神《タナトス》は制御できないの」
だから、なるべく、耐えて。
リンゼイは静かに言うとそのまま波動を放つ。
それと同時にクラウスは魔力兵装を剣の形に錬成、チャージを開始する。
わずか60カウントしかない。いや、60カウントもある、のか。
波動に込められた自傷の念が、希死の想いが頭を離れない。奥歯に力を込めながら自己暗示をかける。
チャージ中は、どう頑張ったって死ぬことは出来ない。
なら、目の前に集中しろ、俺……!
ファミリアセントリーにレイン砲台を持ち出して、牽制を、攻撃を、時間稼ぎを。
早く、速く、はやくはやくはやく。希死念慮は焦りとなってクラウスを蝕む。
リンゼイは、避けなかった。クラウスの瞳が、思考が、優しく柔らかなものであったから。
腕がレーザーに焼かれ、抉られ、貫かれても、動かなかった。
優しい人が死ぬところはなるべく見たくはない。殺してくれるのならその方がよかった。
援護射撃の合間を縫ってクラウスが近づいてゆく。それに伴って魔力兵装が月の光を帯びる。
黒い少女がレーザーから庇い倒れていく。
それすらもリンゼイは柔らかな微笑みを以て、受け入れた。
「死ねないのは私も同じよ、だから」
クラウスが肉薄する。蒼白い光が尾を引いて、袈裟懸け薙ぎ払われる。
それは絶大なダメージだった。心の臓を、胴を斬り裂き、リンゼイの口から赤が溢れ出す。
「……素敵ね、貴方」
そのまま、後ろへと重力へしたがってリンゼイは倒れた。
それを認めたクラウスは魔力を霧散させる。倒せた、のだろうか。
ああ、でも。もう限界だ。死んでしまう前にここを離れなければ。
「……果たして、どれだけの人が悲しんでくれるのだろうな」
自嘲して、呟いた。
そっと喉元へ手を当てる。このまま力を込めれば。
地面を踏む音が聞こえてびくりと身体を震わせた。それは自分が一歩後ろへ下がった足音だった。
……一体、俺は、何を。
首を横に振って、リンゼイから背を向ける。ここはあまりにも死が近すぎる。
クラウスは逃げるように、足早に歩を進めた。

「……ああ、死ななくてよかった。優しい人」
赤で染まった口角を上げて、|希死念慮《タナトス》は囁く。言葉は冷たい空気に溶けて消えていった。

和紋・蜚廉

瓦礫の中。
血塗れの女が立ち上がる。人の気配がしたからだ。
女はその人物をみて驚きの表情を見せた。
蟲だ。珍しいものもいたものだ、と思わず笑みを零す。
「自殺衝動って、蟲にも効くのかしら」
メガネをしていない目を細めて、リンゼイは訊ねた。
「さてな。やってみないことには分からぬ」
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)はくっく、と笑った。

最初に蜚廉が感じ取ったのは矛盾した匂いであった。
放つ気配との相違。たとい死をばら撒く災厄であろうと、感情はあるのだと、蜚廉は結論付けたのだが。
「正々堂々と、正面から受けて立とう」
「勇ましいのね」
「生き延びて来た誇りがあるのだ」
それに。
『我が奔躯は、死すら置き去る』
「……死は平等に訪れるものよ」
リンゼイは黒い少女たちを差し向けた。
蜚廉は理解する。ひしゃげ転がっているものは少女たちだったのか、と。
なればそのコレクションに加えてやろう。
自分は今、それすら容易い|状態にいるの《多重殻奔駆躰なの》だから。
物言わぬ少女たちは鋭い爪で生命を取らんと蜚廉に迫る。
しかし、蜚廉には届かない。避け、躱し、時に殺し、放り投げ、それらが黒い山と化してもなお、|本体《リンゼイ》から這い出てくる少女たち。
鬱陶しいことこの上ないが、速度が上がった今なら接近も何ら問題ない。
地面を踏み抜く。そこへ、あの衝動がやってくる。
濃密な自死の気配。その、衝動。
蜚廉は口の端を釣り上げた。嗚呼、なんて生存本能を掻き立てられる衝動だろうか。
この様な危険地帯、飛び込む機会は早々ない。
「……存分に味あわせて貰おうか」
黒い少女が襲う。蜚廉にとってはそれすらスパイスとなる。
フェイントで躱し、急所を貫き、山を積もらせていく。
少女の影を縫い、置き去りにし、リンゼイへと肉薄する。
二度目の衝動は、|この右手《触厭》で。
「あぐっ……」
口を塞ぐようにして押し込む。瓦礫に自分もろとも突っ込んで、穢れにより自死の衝動を消し去る。
もごり、リンゼイは口を開け、その手に牙を立てんとす。しかし、野生の勘が、翳嗅盤が、それを許さない。
そのまま右手を振り抜いて、リンゼイを吹き飛ばす。
黄色はごろごろと転がると血塗れをさらに拡げて蜚廉を睨め付けた。
「やって、くれる……じゃない」
やっとながらも片膝に手を当て立ち上がるリンゼイに、蜚廉は感心した。
「ほう、胆力はあるようだ」
「これでも人間災厄だから、ね!」
黒い少女はいない。折れた腕も構わずに、リンゼイは蜚廉へと反撃を開始する。
蹴り込んだリンゼイ、受け流す蜚廉、もう言葉はいらなかった。
ただ、殴り、蹴り、喰らいあう。
血を流し、汗でぐちゃぐちゃになっても、|語り《殴り》合いは続く。
ただ、リンゼイは既に手負いの状態であった。蜚廉に軍配があがりそうなのは、火を見るより明らかだ。

橋本・凌充郎

橋本・凌充郎(鏖殺連合代表・h00303)はその人間災厄を見て吐き捨てる。
「……過ぎた力だ。制御も出来ぬその在り方は、人の世に蔓延り、人を嗤う澱みや腐りとはまた違った形で度し難い」
暗く淀んだ世界で、腐りきった物を殺し、潰す。それが日々であり、宿命だった。
「それを当たり前のように|有効活用《・・・・》する気狂い共も、その在り方が作り上げられる目に見えぬ機構も」
鏖殺を生業とするその男は、獄狼であった。
「まったくもって、度し難い」
低い声で唸るように吐いて散らす。地獄が、そこにいた。
「封印を解いたのならば、それに対する報酬を期待するのならば、対価をも併せ呑んで然るべきだ」
故に。暗雲立ち込める秋葉原に響く。
直に、雨でも降るだろう。
「貴様の死を以て速やかに終わらせる」
素早く銃を構え、麻痺弾を放つ。それは、|死喰らいの黒縄《ビーステッド・パルスファング》。容赦など存在しなかった。
「俺は鏖殺連合代表、橋本凌充郎である」
「っ、は、ご丁寧に、どう……も」
あちこちが擦り切れ、赤を纏い、片腕をだらりと垂らした|死神《リンゼイ》は、荒く息をしながらも返事をする。
そして、視線を動かした。
凌充郎の後ろから、黒い少女たちが狼を討たんと迫っていた。鋭い爪が、その素顔を晒さんと襲い来る。
しかして、その男はそれぐらいでは揺らぐことのない男であった。
気配を察知すると同時、ノールックでのバック射撃。放たれた銃弾は少女たちの急所を的確に射抜き、爪を届かせることなくその場へ落としていく。
赤が地面へと溜まって、足元を濡らした。
そこへ、どこから現れたのか第二陣が牙を剥く。
生命を刈り取らんと迫り来る。
凌充郎はく、と嗤った。そのまま一発、二発、三発。
吸い込まれるように発射された銃弾が、べちゃり、赤い水溜りを大きくしていく。
あと一人を仕留める為に引き金を引くが。かちり。乾いた音。弾切れだ。リロードする暇は、ない。
咄嗟に銃を持つ手を振るった。黒い鉄塊が黒い頭を打ち抜いて、黒い少女だったものが横たわる。
まさかこれで終いではないだろうな?凌充郎がバケツの中、片眉を上げた。
見えたのか、か細いリンゼイの声が、聞こえた。
「……うごけ、なくても」
使えるのよ。知ってた?
凝縮された自殺衝動が、ぐらりと凌充郎の頭を揺らす。
「……は、なるほど」
その声には、愉しそうな色が乗っていた。
そしてもう用は無いとばかりに銃を投げる。銃は未だ息の残っていた少女の頭へと落ちていく。
――『根絶する。きっと全て殺し、澱みを潰し、腐りを砕き、総て殺すとも。全ての同士、同胞達の為に』
地獄の底から聞こえるは、|死喰らいの大叫喚《ビーステッド・ヘルエグゼクト》。
前傾姿勢に妖刀を構え、死神を真直に見据える。
「……望んだにしろ、望まぬにしろ。死を想うがいい、|人間災厄《タナトス》」
赤を踏み込む。それだけで、もう既に死神は目と鼻の先だ。
その刃には、殺意が籠もっていた。一瞬、一閃。
瓦礫に足をかけた頃には、既に納刀し終えていた。
パチリという音だけが、置き去りにされて。
動けずただ何が起きたかもわからないまま、|冥界の使者《リンゼイ》は胴から崩れ落ちる。
「死を謳う存在が、貴様だけかと思ったか?」
――眩む視界で最後に見たものは、総てを屠る、死神の姿だった。

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