⑧ヲトメゴコロ・スイーツ編
『ご迷惑をお掛けします。よろしくお願いします、先輩……!』
√汎神解剖機関より米国の"|連邦怪異収容局《FBPC》"から来たるは人間災厄『リンゼイ・ガーランド』
その無差別自殺を引き起こす能力により、全勢力の妨害をなすために。
秋葉原ダイビルへと導くは同じく"FBPC"所属の"リンドー・スミス"。
『(アキハバラのことは、概ね調べてあります……。世界最大級の電気街にして、サブカルチャーの聖地……。そして何より……)』
フルーツパフェ……フレンチトースト……コンビニスイーツも捨て難い……!
人集まるところに甘味あり。
食にこだわる日本の地ともなれば、それはそれは絶品であろう。
しかし、彼女は封印指定された人間災厄。
近づく者は皆自ら命を絶つ、凶悪な力は自身でも制御不能。
任務に赴く地でちょっと寄り道など……民間人の不必要な殺戮など……望めることではなかった。
華やかな商品を宣伝する旗や看板を横目に、恋する人間災厄は大好きな先輩局員のおじさまの後を追う。
●
「というわけで、各自オススメの菓子を持参の上、自殺衝動に抗いながらプレゼンしてきてください」
塩っぱめの食事や飲み物も可でしょう、と一人得心するは星詠みの|誉川《ほまれかわ》・|晴迪《はるみち》(幽霊のルートブレイカー・h01657)
──どういうことだ!?
追加の説明を求める√能力者の声を聞き、興味を持ってもらえたようで何よりですと、ふわりと浮かせた身体の向きを整える。
「王劍戦争中の√EDEN秋葉原にて、各勢力の第二戦線へ攻撃が可能となりました。戦争中心地帯に建つ秋葉原ダイビルでは、周囲全ての者を自殺させる人間災厄『リンゼイ・ガーランド』が投入されています。蘇生できる簒奪者やEDENならまだしも……周囲に民間人がいれば、その被害は免れません。早々に退場していただきましょう」
リンゼイが常時放つ√能力"自殺衝動"は強大だ。
√能力者なら精神力や技能を駆使すれば、わずかな時間耐えることができるだろうが……その上で相手に一太刀入れる、とは無謀な話だという。
「攻撃可能な間合いの中、ほんの一瞬でもいいので"自殺衝動"の効果外とならなければいけません。──そこで、プレゼン、およびプレゼントです」
公表はしていないようだが、リンゼイの"自殺衝動"は彼女が好意を持つ相手には効かない。リンドー・スミスが実例だ。
「そこで、心の奥底で望む"日本のスイーツを堪能したい"という願いを叶え、好感を持ってもらいましょう。じっくり召し上がっている間が、攻撃の好機です」
そんな卑怯な!? と驚愕すれば、好意は一瞬でいいので! と応える無慈悲な星詠み。
……せめて本当に美味しいお菓子を用意しようと、幾人かの√能力者は心に誓ったという。
「まあ一撃入れたらすぐに自殺してしまいますし、遺恨は残らないでしょう。リンゼイさんも戦う√能力者、きっと分かってくださいます」
死に両足を突っ込んでるユーレーはいつもどおり案内を終えると、秋葉原の戦場へ繋がる異空間への道を指し示す。
それでは、どうぞ安らかに、と。
第1章 ボス戦 『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』
とても静かだった。
みんな死んでしまったから。
空を反射し、透けているように見えるガラス張りのビル。
足場のような格子ばかりが上へ伸び、天国へ続くハシゴのようだな……と思う。
自分でも止められない、無差別自殺の能力。
せめて逝く者は安らかに、と願う。
……では自分が行く時は?
ハシゴを見上げながら、ふと考える。
「今の気分なら……スキなものにたくさん……囲まれていたいかな……」
久しぶりに見てやっぱりそうだった、あの人の姿も思い浮かべながら。
「 た け の こ パ ワ ー !!」
気合全開!
ゆるりと待機していた人間災厄『リンゼイ・ガーランド』の目の前に転がり飛び込んできたのは|日南《ひなみ》・カナタ(捜査三課の異能捜査官・h01454)
『敵襲……!?』
構え予備行動を始めるリンゼイだが……どうも相手の様子がオカシイ。
発動しているはずの自殺衝動を凌駕する、熱狂的なナニカを感じるのだ。
実際、白い髪の少年が取り出したのは、武器ではなく緑を基調とした薄い紙の箱──小振りな菓子のパッケージだ。
「俺のおすすめのお菓子は『たけのこ』の形をしたチョコ菓子です! 見てくださいよこの完璧なフォルム! サクっとした歯ごたえのとんがったほの甘いクッキーにたけのこのを思わせる模様のチョコでコーティング! まるで芸術作品ではありませんか!!」
なるほど、商品名と思しきものの下に、コロリとした小粒の菓子が見える。
チョコがけクッキーと言っているが、ずいぶん独特な形だ。
「一つ口に放り込めばもう止まらない美味しさ!! どうです?リンゼイさん!」
毒味のつもりだろう、包装を開けると実際に食べて見せ、残りを箱ごとこちらに渡してきた。
『(罠でしょう……けれど……)』
彼が食べたのはほんの一粒のはずなのに、咀嚼し嚥下した直後の顔が……とても幸福に満ちあふれていた。
美味しそう……だったのだ。
こちらの様子を窺う目が、何度も箱を往復する。
私が食べなければ、残りも全部自分で食べてしまいたいのだろうか。
『いただき……ます……』
ここは乗らなければ始まらない。
意を決して箱を受け取ると、慎重にひとつ取り出し口に含むリンゼイ。
その評価は──。
「(ぐ、ぐぉ……なんだ急に死にたくなってきた……! こ、これが封印指定厄災人間の力……!)」
菓子の受け渡しで更に近付いたためだろうか、リンゼイの動きに合わせて、一層強力な自殺衝動がカナタを襲う!
「(し、しかし俺は……『たけのこ』を残して死に訳にはいかない……! 俺が死んだら『きのこ』の奴がらがのさばり尽くすだろう。そんなことは絶対にさせない……!)」
何より、まっさらなご新規さんを、自分の陣営に取り込める絶好の機会なのだ!
ここで頑張らずにいつ頑張る!!?
「(唸れ! 俺の『たけのこ』|愛の力《ラブパワー》ーー!!)」
刹那、カナタの身体が軽くなる。
内側から自分を爆発させようとしていた力が、スッと縮んだようだ。
熱く破れそうだった鼓膜に響くは、小さなつぶやき声。
『……おいしい……!』
「 あ り が と う ご ざ い ま す !!」
感謝感激!
身の丈ほどもある武器"カナタ式ハンマー"が黄金に輝き、放つは超カッコいい√能力【|黄金の鉄槌《ゴールデン・グレートハンマー》】の4蓮撃だ!!
それを受けて沈むリンゼイ──?
否! こちらもダメージを後回しにする√能力|希死念慮《タナトス》を発動中だった!
超・必殺の代償に被ダメージ2倍効果中のカナタに、威力18倍の超・突発的感染性自殺衝動が降りかかる!!
「 た け の こ ・ ラ ブ !!!」
自殺衝動限界突破!
自らの振り上げたロングハンマーに4倍の移動速度をもって突っ込むカナタ!!
たけのこ信者は最期まで愛あふれたまま、光り輝きながら爆発四散していった。
人間災厄『リンゼイ・ガーランド』が先の戦闘の痛みを、なぜか貰った甘味で癒していると、次いで現れた√能力者は二人組。
すぐさま構えるが……またしても、菓子を手にやって来たようだ。
今日はそういう日、なのだろうか?
「じゃーん! 私がオススメするのはねるねるする知育菓子です」
中に容器が入っているのだろう、黒を基調とした高級感のあるビニール袋を掲げて紹介するのは|不忍《shinobazu》・|ちるは《chiruha》(ちるあうと・h01839)
小さな、いわゆる菓子パンでも入っているのだろうか。
目の前で袋を破り取り出す──が、中に入っていたのは薄いトレーに、粉と顆粒とゲルだった。
栄養補給だけを考えた、まるでディストピア飯のようだ。
「ちるははいつも、面白いものを持ってくるな」
その隣で様子を見守るのは|和紋《 わもん》・|蜚廉《はいれん》・(現世の遺骸・h07277)
片手では手間取るだろうと言って、トレーを代わりに持ちつつ水のボトルを差し出している。
「なにこれって思います?」
『思います……』
紹介によると、子供向けとして好評な菓子の、大人対象版だという。
料理、というよりは化学実験のようにテキパキと材料を容器に入れると、水とゆっくり混ぜ合わせてゆく。
ボコボコシュワシュワと泡立ちながら、体積を増してゆくそれ。
ねるねる……と繰り返す呟き声が、とても呪文めいている。
「トッピングとソースをつけて……はい、蜚廉さんあーん♪」
「……あーん、か。一応、心の準備というものが……」
躊躇する片割れだが、結局のところ、頂いた。
「……ふむ、美味い」
\てーれってれー/
『私は何を見せられているのでしょう……』
まるでCMのようなそれを指摘すると、意気揚々とちるはが口を開く。
「なぜこれをオススメしたかといいますと、なんと今のこの一連の流れ……相手の興味を惹きつつ、からのあーんまでできちゃいます! どうですか? ……したいひと、いませんか?」
…………星詠みの予知、または予兆に捕捉されたようだ。
隣のあーんされたダンディーおじさまこと蜚廉を見れば。
「味がどうこうより……ちるはのあーんだから、という気がしてな……。なんだこれは、胸の辺りが……ふわっとして……我は少し上の空だぞ……?」
などと自己分析しながら照れている。
『(う~ん、こんな先輩想像できないけれど……ちょっと見たいような……。でもこれ……私の方が絶対恥ずかしくなるパターン……!)』
目線は外さないまま、頬を染めるリンゼイに、にこにこ顔で近づき新品の同商品をふたつ手渡すちるは。
応援されている、ようだった……。
『ありがたいですが……これも大統領命令なので……!』
√能力|希死念慮《タナトス》のチャージが完了し、至近距離から威力18倍の"突発的感染性自殺衝動"を放つリンゼイ。
「穢れに染まりし掌にて、触れし力よ、我を嫌え」
地を滑る影がごとく、即座にちるはとの間に割って入り√能力【|触厭《ショクエン》】の右掌で衝動の波を掴み無効化する蜚廉。
「よん!」
こちらは蜚廉の腰を掴み√能力【|不忍術 肆之型《シノバズノヨン》】で速度を増したちるはがダッシュで効果外へ出ようと走る。
「上手くいきましたね」
「うむ、ありがとう……だがちるは、もう少し進路をそらさないと壁に……」
「……えっ? あれっ? 止まらない? 止まらない! 止まらない!!?」
「「うわーーーー!!!!????」」
爆音と派手な土煙をあげて無人の建物に衝突する両者。
幸い自殺は未遂で済んだが、瓦礫から起き上がるのは、もう少し後のことだ。
「美味しいお菓子……お菓子には色々あって何を持っていくか悩みますね」
戦地へ向かう前、菓子をじっくり吟味するのは|神咲《しんざき》・|七十《なと》(本日も迷子?の狂食姫・h00549)
「……うん、日本という所も考えて今回はあれにしてみましょう」
強敵、人間災厄『リンゼイ・ガーランド』に一矢報いるための品だ。
自身も菓子が大好きな甘味中毒者の名にかけて、これぞという"特別な"逸品を用意しなければと、気合が入っていた。
⚫︎
「初めまして、綺麗なお姉さん♫ 甘味が欲しいということで持ってきましたよ♪」
人見知りな性格を演技で隠し、スイーツ好き仲間がオススメ品を持ち寄るように、気さくに声をかける七十。
取り出しやすいように包装紙を外していた箱の蓋を開ければ、現れるのは色とりどりの和菓子の詰め合わせ。
みたらし、ゴマ、あんこ、ずんだ、白に草餅、綺麗に並ぶは串団子。
今すぐお花見ができそうなアソートセットだ。
「合いそうなお茶もありますからお好きにどうぞ♪」
手渡し、水筒から暖かなお茶を注いで準備する七十。
──あとはリンゼイがその"特別な"菓子を食べれば勝利。
√能力【|万花変生《バンカヘンジョウ》】をかけた遅効性の甘い毒入りスイーツが、彼女を自分の眷属としてくれるだろう。
たとえ自殺させられても、すでに手遅れ、という作戦だ。
意気揚々とカップのお茶を差し出そうとして──気がつく。
リンゼイが食べていないのだ。
自分の持って来た菓子を、一口も。
しばし箱の中身と七十の顔を見つめた後、ニコリと微笑んでくる。
「……あぁ、これは」
辺りに満ちる自殺衝動が、波打ち始めたことで確信する。
わずかな抑揚、かすかな視線、少しの動作。
微妙な違和感の積み重ねから、リンゼイは気づいてしまったのだろう。
「──失敗しましたね」
この菓子こそが、七十の攻撃だと。
黒衣の少女達ヴァージン・スーサイズの顕現に合わせて、七十も得物を手に取る。
『あなたが……このスイーツを食べなさい……!』
抵抗力が下げられリンゼイの√能力|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》を拒否することができない!
中身がこぼれないようふわりと投げられた箱を受け取ると、手にした団子から素早く口で串を引き抜き一気に食べる七十。
これは対策済みだ。
自分が自分の眷属とは、なりえないのだから!
反撃だと手にした赤い意匠の黒い浸食大鎌"エルデ"……から、歌が聴こえる。
──可愛い主人、綺麗な主人、今日は貴方の血が飲みたい♪
「!? 解釈、違いです!!」
いつの間にか大鎌に巻かれ押し付けられていた、ヴァージン・スーサイズの黒いリボンを斬る!
ならばと取り出す金の意匠の黒い浸食鎌"アリル"……が、鳴り響く。
──あま〜いあるじ、キュートなアルジ、きょうはあなたのクビガホシイ♫
「そんなわけ、ないでしょ!!?」
知らぬ間に自分の首を刃ごと巻いていた、レースの帯を切る!!
震える腕をつかむ手のひらから……ワタシノコエガキコエル。
────♬
「〜〜〜〜!!!!????」
叫びような、それでいて歌のような声を張り上げ、敵に突進する七十。
その曲を歌い終わった時…………立っていたのは、リンゼイだけだった。
「日本のスイーツとなれば和菓子……と行きたいところだが、問題はリンゼイが恐らく合衆国出身ということだ」
戦場に赴く前、こちらも手土産に頭を悩ませるのは|澪崎《みおさき》・|遼馬《りょうま》(地摺烏・h00878)
人々の被害を考えるならば即刻戦闘といきたいところだが、彼はすでに幾度も人間災厄『リンゼイ・ガーランド』と戦った経験のある√能力者。
死の誘惑の強大さは心得ていた。
ゆえに、星詠みの薦めるプレゼン作戦に手を抜くことはなかった。
「アメリカは甘味が強いモノが多いゆえ、和菓子は"甘くない"と言われてしまうことがある。日本独自で尚且つ強烈に甘いスイーツを選ぶ必要があるな」
菓子店の並ぶフロアを端から端まで、出発時間ギリギリまで巡り品定めをする、黒スーツに棺桶を背負った|警視庁異能捜査官《カミガリ》の姿があった。
●
「今回当人がオススメするのはこのクレープだ。生クリームとフルーツ、更にチョコソースをかけたスイーツだ」
もはやリンゼイは√能力者が開口一番、菓子の紹介から始めても驚かない。
今日はそういう日なのだから。
遼馬が手にするのは持ち帰り用らしきコーン型の透明容器。
どうやらケバブのラップサンドイッチのように、生地に具が巻かれているようだが……?
「フランス発祥のスイーツだが、フランスでは生地の上にアイスやフルーツを乗せるパンケーキのような食べ方が主流でな。こうしてホイップやフルーツを生地で巻いて、手で食べるというのは日本独自の食べ方になる」
なるほど、馴染みがないわけだ。
クレープといえばガレットのように皿の上に折り畳まれ、玉子やソーセージにチーズと一緒に食べる朝食をイメージしたからだ。
「利点は食べ歩きができる点だ。甘味を味わいつつ、街の景色も楽しめる。観光にはうってつけのスイーツだな」
よく見るものはこんな感じで、紙だけ巻かれているからサステナブルだ、と透明トレーから取り出し食べてみせる。
新たにペーパーボックスから取り出されたものを受け取れば、ほのかに冷たい。保冷剤が入っていたのだろう。
ホイップクリームをベースとした、本当にスイーツなのだなと分かる。
……ひとくち、食べる。
ふわふわホイップにストロベリーとバナナ、とろりと溶けたチョコソースの甘さ、薄く何層も巻かれたもっちりクレープ生地が一緒になりコントラストが面白い。
他のスイーツでは味わったことのない食べ応えだ。
……名残惜しくも透明ケースの中に残りをしまい、感想を告げる。
『とてもおいしい……』
それが開戦の合図となることを知っているから……!
スッと、重たい布を巻き付けられていたかのような空気がハラリと引き、指先が、身体が、気張らずとも滑らかに動くのを感じる遼馬。
だがその時間もわずかだろう。
クレープを置いたリンゼイが跳躍してきた。
「少し早いが判決を伝えよう」
素早い詠唱の後に虚空から射出される呪具の形状はまるで裁ち鋏。
まとわりつく自殺衝動を薄く鋭い刃で裁ち切りながら人間災厄を狙う!
『……!』
腕を盾に払い除けるリンゼイ。
√能力|希死念慮《タナトス》でダメージは後回しになるが、衝撃で押し戻されそうになるのを耐える!
途端再び──否、さらに強烈に、遼馬に湧き上がり煮えたぎる"自害をしたい"という抗い難い願望。
リンゼイの指先が首を真っ直ぐ断つように振るわれれば、導かれるように再召喚される己の呪具。
『せめて……安らかに……』
「優しいな」
──シャキン!
続くゴトリ、という音は、彼の背負った棺桶の落下音だったろうか。
食べかけだったスイーツをゆっくり完食し、店名の入ったパッケージの画像をクラウドに保存。
これならまた機会があれば買い出しを頼めるだろうと、スマホ片手に微笑むのは人間災厄『リンゼイ・ガーランド』
「今好きなもののお話しました?」
それを更に嬉しそうに覗き込むのはルーシー・シャトー・ミルズ (|おかし《・・・》なお姫様・h01765)
「良いよ〜食べ物色々あるもの。特にお菓子はパフェだとかアイスだとかボリュームいっぱいに出来ていたりしてねぇ」
身振り手振りを交えて形や装飾を表現し、楽しくスイーツトークしだすルーシーだが。
「それでえっと、あー……。……この空気感だよねぇ。お姉さん大丈夫? タジタジになったりしてない?」
ルーシの熱烈語りを受けても、リンゼイは大丈夫、平常心だ。
先行したEDEN達によって今日は"そういう日"なのだと、しっかり認識させられているから。
警戒は解かないまでも聞く姿勢をとる人間災厄を見て、お菓子のお姫様はいっそう気合を入れる。
──側に近づくほど、浴びる自殺衝動は強くなる。
気を抜けば今すぐにでも自分の首に手がかかりそうなそれに、しかし流されるわけにはいかなかった。
なぜなら──本日はおすすめスイーツの紹介に、命をかけに来たのだから!!
スイーツとは、ゆっくり味わうものである!
秋葉原ダイビル真ん前の敷石に敷くは、クッション性のあるパステル色のレジャーシート!
シートの上に座り対面する両者の真ん中に広げるは、小洒落た白のランチョンマット!
その中心にうやうやしく乗せるは──透明なグラスに盛られたコーヒーゼリーパフェ!!
「あたしがおすすめするのは、このコーヒーゼリーパフェ。グラスの中がコーヒーゼリーで、コーヒー風味のアイスと、クリームとがトッピングされてるやつ」
甘く華やかにもなりそうな部類のスイーツだが、その色合いはコーヒーの深く透明な焦茶色に、白いクリームとブラウンのアイスクリーム。
セピア色でまとまった、落ち着いた大人のデザートの様相だ。
『とても素敵……でも、ごめんなさい……!』
準備に思いの外時間がかかったか、リンゼイが発動する√能力|希死念慮《タナトス》の時刻となる!
衝動の波が放たれようとした瞬間──!
「Un――」
短い詠唱と共にルーシーがその手に軽く触れれば、放たれんとしていた"突発的感染性自殺衝動"がシュワッ! と溶けるように打ち消される。
√能力【|Melt《メルト》】によって無効化されたのだ。
『(反撃が来る……!)』
中腰のまま構えるリンゼイに対して──当のルーシーは正面に座ったまま。
それどころか安心させるようにふんわり微笑んだかと思えば、銀色のパフェスプーンをそっと差し出してきた。
「さぁさぁお姉さん、自由な時間なんてあっという間だよ? 甘さとほろ苦さのハーモニー、堪能するのはこれからなんだから!」
ひと匙目、ほろ苦いコーヒーアイスの冷たさが休息の刻を出迎える。
ふた匙目、真っ白なホイップクリームといっしょにいただけば、甘さと温かさが加わり新たな風味を生む。
み匙目、とろけたクリームと角切りのゼリーを口に含めば、今度はコーヒー特有のぐっと深い苦味が解き放たれる。
『(次は……アイスとゼリーを、一緒に食べてみようかな……)』
「ただ甘いだけじゃなくて、苦味の効いたメリハリも楽しめて、良い具合に目が覚めますよぉ〜。量も多過ぎないからお手軽にもぐもぐ出来ちゃうのも強みなんだよね。Deux――お味、如何です?」
サラサラと落ちる砂糖の音色がごとく流暢なスイーツプレゼン。合間にはよどみなく√能力【|Melt plus《メルトプル》】で、今はお邪魔なリンゼイの自殺能力をピタリと止めながら、たずねるルーシー。
店内BGMのように解説を聞きつつ、黙々と長いスプーンを操り食べ進める、合衆国管轄の封印指定人間災厄。
何も返事がなくとも、その様子を見れば、お菓子の姫君にはよくわかった。
「幸運にも気に入ってくれて、嬉しいよぉ!」
『(…………)』
絶えずスイーツを味わいながら、リンゼイもまたルーシーの様子を観察していた。
今のところ目の前の√能力者は、能力を全て防御に使っている。
……条件がそろえば60秒で発動してしまう、自身でも制御不能の√能力|希死念慮《タナトス》。
それをかき消せば、次いで勧められるのはパフェの試食だ。
隙を作った瞬間に、何か別の技を仕掛けられそうなものなのに……。
「Trois――!」
ルーシーの三度目の√能力【|Melt jusqu’à《メルトジュスカ》】。
またも"突発的感染性自殺衝動"が無効化されたのを感じ──そして気づく。
パフェの少女の様子が、変わったことに。
『(あぁ……今のが最後の、√能力なのですね……)』
微笑みをたたえていた少女が、少し寂しそうに、右手を下す。
思えば攻撃らしい攻撃も、√能力発動のために、身体に少し触れるくらいだった。
……先に戦い終えた√能力者達の姿を思い出し……ふと、思い至る。
『もしかして、あなたは本当に……私がスイーツを食べる……ただその時間を作るためだけに、ここに来たのですか……?』
その言葉を聞き、今にも自分の首を絞めそうだった、お姫様の動きが止まる。
新たに広がり始めた自殺衝動に塗り潰されようとしていた気合と意志をかき集め、自分の最も大切なものを伝えるために、応える。
「──こんな風に好きなもの思いっきり楽しめるのって、大変幸福でしょ?」
その表情は笑顔で、チャーミングで、とても素敵だった。
『…………ふふっ……』
さあ今に自分も死ぬだろう。
そう覚悟していたルーシーは自分の手から──スルリスルリと力が抜けてゆくのを感じる。
続いて鼓膜が拾ったのは、女性の声。
リンゼイ・ガーランドが笑っていた。
声量は抑えつつ、それでもとても、おかしそうに。
『本当に、今日は"おかしな日"なんですね……。だから、もう、いいです……』
スッと目の前で立ち上がる人間災厄。
しかしルーシーが会った時から感じていた、今すぐ自決したいという狂おしいほどの欲求は、浮かんでこない。
『(収容局への報告も、そのまま伝えましょう……。なんとかしましょう……。それに、もう大局は、決しているのですから……)』
手にはまだ少し残った、食べかけのパフェグラスとスプーン。
溶けたアイスとコーヒークリームがよく混ざって美味しいところが、まだゼリーと絡めて食べられそうであった。
『……死なないでくださいね……』
一度振り返り発した小さな言葉。
リンゼイが柱の陰へ消えると同時に、それも聞こえなくなる。
冬の風が甘い香りをすくい上げ、リンゼイ・ガーランドがいた痕跡を、空へとさらっていった。
