⑯錆色彗星群
『戦闘の趨勢、既に決せり……!』
新たに王権執行者となった『鐵浮屠』は、この戦争の行く末にそう結論を下した。
ここからその結果を覆すことは――極一部の例外を除いて不可能。ならば、取るべき策はひとつしかない。
『我と我が量産型の軍勢による高速飛行突撃により発生する衝撃波ソニックブームにて、秋葉原の全てを灰燼と帰してくれよう』
全長20mに至るその巨体を、膨大な推力で無理矢理飛ばす。突貫の体勢に入った鐵浮屠は、多数の部下を従えて、天高く舞い上がった。
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「そういう体当たりなところ、僕は嫌いじゃありませんけどね!」
なんのフォローにもならないことを言いながら、漆乃刃・千鳥(暗黒レジ打ち・h00324)は戦場の地図に被害予測を書き込んでいく。
√ウォーゾーンより飛来した巨大な王権執行者「鐵浮屠」、その高速飛行能力を備えた巨体が、さらに量産型鐵浮屠を従えて通過していった場合、大雑把に言えば秋葉原が丸ごと吹き飛んで消えるだろう。
「いやあ……大迷惑ですね!!」
この三週間何のために戦ってきたというのか、当然そんなもの放置するわけにはいかない。
幸いというべきか、小回りの利かない『鐵浮屠』の飛行編隊は、必ず蔵前橋通りを低空飛行で通過することが予知されている。
「こちらで迎撃態勢を整えて、何とか彼らを叩き落してください!!」
敵の行動はシンプルかつ強力。だが√能力者達が力を合わせれば、打ち砕けないはずはない。
頼りにしていますよ! といつも通りの大きな声で、星詠みは一同の背中を押した。
第1章 ボス戦 『鐵浮屠』
それは、遥か天より降る。
鋼鉄の輝きを纏い、内に秘めたる炎を噴いて、重力に引かれながらも真っ直ぐに、空を切り裂く。迫りくるは、錆色の彗星。
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「負けを悟ったのならそのまま帰ってくれればいいのに……!」
「まあ、向こうは向こうで事情があるんでしょう」
帰り際にとにかく被害を広げていこうというのだから、防衛側としてはなんとも迷惑な話である。マルル・ポポポワール(Maidrica・h07719)の言葉に佐野川・ジェニファ・橙子(かみひとえ・h04442)が返す。蔵前橋通りの上空に吹く風は、遮るものがないわりに緩やかで、ビルの屋上に陣取った二人の髪を柔らかく揺らした。
手で庇を作った橙子に対し、マルルの方は双眼鏡を構え、揃って空を眺めている。天体観測にはまだ早い時間だが、今回ばかりは仕方あるまい。
「星詠みさんの予知でも時間まではわからないのかな?」
「まあ、進路がわかっただけでもありがたいですよ」
探しているのはもちろん、この戦場を通過していくという敵、王権執行者の『鐵浮屠』をはじめとする飛行編隊だ。ただ敵を待つ時間というのはもどかしいものだが、今回はおかげで事前に対策を取れる間がある――コノリ・アクシピター(疾き鷹・h08859)と賀茂・和奏(火種喰い・h04310)がそれぞれに準備を整えた頃に、マルルはそれを発見した。
「来ました、敵です!!」
高速で飛行するとはいえ、20mの巨体かつ徒党を組んでいるのだから、身構えていた彼女がそれを見落とすはずもない。魔導書のページを捲ったマルルは味方へと魔力の糸を繋ぎ、観測した状況から予測される敵のルートを共有する。『Velusyntha』、不可視のそれが送る情報をもとに、一行は襲撃のタイミングを測って――。
「それじゃ、迎え撃ちましょうか」
長く伸ばした髪をロープ代わりに、橙子は上空へと飛び上がる。改めて敵の姿を見下ろせば、同時にその圧力もまた悟ることができるだろう。音速の壁へと向けて加速していく巨体。これはもはや、移動そのものが先制攻撃みたいなものなのでは?
「このまま放っておいたら物理的に終わるわよね……?」
そう、初手であの突進を何とかしないと話にもならない。鋼河・桜(風遁の討魔忍・h06126)が大口径の対魔ライフルで狙撃を仕掛けるが、鐵浮屠の分厚い装甲に対しては効果は薄いようで。
「……牽制にもなりゃしないわね」
敵の行動はシンプルそのものだが、それゆえに対策方法も限られてくるもの。自分の長所を押し付けるのは戦の常道、というほかないのだが。
だからこそ、と言わんばかりに、土方・ユル(ホロケウカムイ・h00104)は敵の前へと躍り出た。
脱ぎ捨てた上着を宙に舞わせ、抜き放った刃の切っ先を、敵の親玉へと向ける。こうして堂々と姿を見せたところで、先頭を切って加速を続ける鐵浮屠は今更行く手を変えることなどできないだろう。
「エデンの守護者の刃とキミの装甲、どちらが勝つかな?」
衝突は一瞬。真っ直ぐに突っ込んできた敵をいなすように、装甲の上に刃を滑らせる。しかしながら、多少勢いを殺したところでこの質量を止めるには至らないか。逸れた針路をすぐさま修正しようとする鐵浮屠に対し、次の手は上空から舞い降りた。
「指向性妨害電磁波、照射開始!」
蒼穹に映える青い機体、決戦型WZ「レギンレイヴ」がその機首を向けて、操縦者である深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)の射程に敵の集団を収める。展開されたその攻撃は、鐵浮屠と量産型をまとめて麻痺状態に陥らせた。
『何だと……!?』
一時的とはいえ加速も姿勢制御も不可能となった彼等は、速度を失いながら編隊を乱す。それは、仕掛けるには絶好の機会。
「今です、追撃を」
ハッキングにより、周囲の放送設備を介して深雪の声が響く。それとほぼ同時に、事前に上空に至っていた√能力者達が一斉に喰らいついた。
高高度から急襲を仕掛けたのは灰色の猛禽、翼を畳んで推進器を上へ、急降下するコノリの動きはとても手慣れた様子だった。そのために生まれ、何度も繰り返してきた一撃、鐵浮屠の装甲に爪を深く突き立てた彼女は、翼を打ち振るいすぐさま離脱する。
コノリの飛び退いたその瞬間に、続けて飛来したのは文字通りの雷。怪異の『青』、その風を纏った和奏は、こちらも落下しながら速度を上げて、神霊『稲』の力を呼び覚ます。
「上から失礼しますね」
司るは雷、光の速度の一閃は、内側まで射抜くような鋭さで装甲を穿つ。続く雷撃が鐵浮屠の巨体を揺らがせ、内側から煙を上げさせる。さらには橙子がその髪を絡みつけ、自らを引き寄せるようにして飛翔、力ずくの一撃を叩き込んだ。
「良い手応え、だけど――」
深雪の拘束によって鐵浮屠は防御もままならない、この連撃は確かに効果を上げたはず。しかし王権執行者たるこの巨体は、それだけでは止まらない。
「離れてください、当機が相手取ります」
麻痺効果を脱した鐵浮屠の周囲にエネルギーバリアが展開される。離脱した味方を庇うように、深雪はWZを急加速させた。敵の張った障壁と、レギンレイヴに搭載された鎖鋸がぶつかり合い、火花を散らす。再度推進器を噴かせ、加速を始める鐵浮屠に対して、深雪は機体を張り付かせるように飛行させ、攻撃を続ける。
大型機を討つには的確な動き、だが当然敵側は僚機でそれに対抗してくる。こちらも麻痺を脱した量産型鐵浮屠達は、旗艦の指揮に応じて飛翔し始めた。これらも小回りが利かない点は変わらないが、死角を埋めるように編隊を組んで――。
「あ、ようやく動きやすくなったわね」
きれいに並んだその陣形は、飛び石として申し分ない。量産機の一体へと飛び移った橙子は、すぐさま卒塔婆の一撃を加える。本体ならばいざ知らず、量産型ではそれを弾くことなどできず、ボディを大きく歪ませ、針路を傾げさせていった。
「……うん?」
でもこれ落としたら落としたで被害デカくない? その辺りのことを気にしないといけないのも防衛戦の常。放っておいて一帯を更地にされるより遥かにマシ、ではあるのだが――。
と、そんな思案を先回りするように、青色の魔法陣が目印のように空中に描かれる。
「こっちに落としておきましょう。もうちょっとはマシです!」
「……なるほど」
繋がった魔法の糸経由で聞こえる声に頷いて、橙子は手綱を引くように絡めた髪で敵の姿勢を傾けていった。まあ建物に直撃させるよりは、道路に落とした方が――と。
「ええと、次はどっちに行けばいいかしら」
また新たに描かれる魔法陣。こちらを見ているであろうマルルに軽く手を振ってやりながら、橙子は次の獲物へと飛びついていった。
敵編隊に綻びが生じ始めたところで、コノリがさらにそれをかき乱しにかかる。加速、減速、急旋回と緩急をつけた動きを駆使する彼女を、敵の群れは捉えることができないでいた。
「捕まえられるかな?」
ウイングブースターの機動で一撃を加え、他の量産機の影へと逃れる。追い切れず互いに衝突するなど、混乱に陥りながらも、量産機達はコノリによって誘導されていった。
『小癪な真似を……!』
いつの間にか周囲の量産機を引き離された鐵浮屠のもとに、義体化した脚部に風を纏わせた桜が迫る。
「飛ぶのはそっちの専売特許じゃないってね」
「力押しばかりでは通用しないこともあるんですよ」
注意を引くように飛ぶ和奏は、ときおり混ぜる雷の鋭さで照準を振り切る。煽るようなその動きに、敵が意地になればしめたもの。
晒した隙を逃さぬよう、桜は素早く腕に仕込まれていたブレードを展開し、斬りかかった。体格差を考えればジェット機に突っ込むような心持だが、今の彼女なら勝機はある。風遁の力を駆使して、ブレードを高速で振動させる。
「風遁! |共鳴崩壊兵器《ハウリング・ブレイカー》!!」
いかに頑丈であるとはいえ、完全無敵というわけではない。対象に合わせた周波数で震える刃は、敵の展開するバリアを易々と切り開いた。
「千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ、ってやつ?」
追撃を仕掛けるなら今しかない、そう判断した桜は脚部と腕部、さらには指先、全身に仕込まれていた武装を一斉に解き放つ。ミサイル、弾丸、彼女の身の丈からは想像もつかない量のそれらがことごとく敵に牙を剥いた。
装甲のそこかしこで上がる火炎、度重なるダメージに焦れた鐵浮屠は、それらを振り払うように推進器の出力を上げる。この期に及んでなおの力押し。それに対して、橙子が刺客を投じた。
「いってらっしゃい」
投じたとは文字通り、髪の毛を使って味方を敵の眼前に投げ込んだのだ。
「今度こそ、決着を付けよう!」
再度、刃の届く距離へ。ユルがもう一度攻撃を宣言する。
先程の接触、攻撃を弾いた際に要領は掴んだ。馬鹿正直に突っ込んでくる大質量と、その速度。刀身を打ち込む場所さえ的確ならば、あとは力を入れるまでもなく、『勝手に斬れる』。
「――身を以て味わうと良いよ」
振るわれるは天然理心流、その名も北颪龍飛剣。敵の√能力による増加装甲を避け、狙うは味方の開けた防御の裂け目。正確無比の太刀筋が、いくつもの傷で繋がった道を辿り、ついには鎧に守られた敵の身体を斬り裂いた。
『戦の趨勢どころか、これさえも果たせぬか……!』
まともな戦争勝利を諦めて、最後の願いを託した苦肉の策、それが実らぬと悟って、王権執行者は呻く。
だがここで果てるにせよ、少しでも多くのものを道連れに――。
「させません」
墜落箇所を市街地に向けようとする敵の動きに対して、レギンレイヴの左腕に装備されたブレードが展開する。飽くまで工兵用であった装備は巨大に、そして凶悪に、竜をも滅する戦闘形態へと変じた。
「チェーンソーユニット、安全装置解除……インビジブルの塵になるまで、解体して差し上げます」
唸る刃は、墜ちる星さえ粉々に。巨大な敵は無数のジャンクへと形を変えていった。
