⑭やぶへび
「いよいよ|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》も第三戦線に到達しました」
星詠み、|捌幡《やつはた》・|乙《おと》は告げた。
√EDENを、ひいては他の√の存亡を賭けた決戦の終結は近い。此処に至るまでの戦況は圧倒的優勢――それは各々の奮戦によって成し得た紛うことなき結果。乙はその点を認め、眼差しには僅かながらに集まった者らを讃える敬意を感じさせる。
だが、張り詰めた声と厳しい眼差しに油断はない。
「どうやら新たな王権執行者が現れたようです。レリギオス・トゥルースの指導者、『重陽真君』……実際にオーラム逆侵攻などで遭遇された方も多いのではないかと思います」
乙はタブレットを操作し、「ベルサール秋葉原」の周辺地形を表示した。
「現在、この戦闘機械はこの建物を制圧、「真人化工場」と呼ばれる施設に改造しました。
細かい機構は私にもまったくわかりませんが、簡単に言えば人間と機械を融合させるというバカバカしい企みのためみたいです」
それこそがレリギオス・トゥルース、ひいては真君の掲げる全人類機械化計画「機解仙プロトコル」の要なのだという。
「当然、こんな試みは阻まなければなりません。放っておけば手出しはしないだとか抜かしていた気がしますが、関係ありません。『重陽真君』をぶっ倒して、捕まった人たちを解放してください」
乙は断言した。
戦いについての説明はそれで十分、とばかりに一呼吸置いてから、彼女は呟いた。
「……それにしても奇妙なのは、「人間と機械を融合させる」というプロセスです。
戦闘機械群の派閥が掲げる目的はそれぞれ全く別ですが、|真君《やつ》は一体何処からそんな知恵をつけたんでしょうか?」
裡から出でたものとは思えない。だがその経路は、オーラム逆侵攻で喪失された重要なデータと主に失われてしまったようだ。そして、そのことを重陽真君は重要視していない。
彼本体が存在すれば事足りるからである。
「王権執行者となった真君は今まで確認されたものよりも強力な存在です。
油断できる相手ではないですが、その分心してかかってください。戦いは終わっていないんですから、こんなところで無様は晒さないように」
突き放すような物言いだが、それは集まった者らを気遣い無事を案じるがゆえのものだった。
第1章 ボス戦 『重陽真君』
●たったひとつの解決法
秋葉原駅電気街口から徒歩数分、ベルサール秋葉原はそこにある。
大規模イベントにもよく利用される人気の大型ビルは、今や『重陽真君』の支配する「真人化工場」となってしまったのだ。
内部には、真君の手で連れ去られた人々が囚われ、人間から戦闘機械群の如き珪素存在へ作り変えられようとしている。
二人はそのビルの正面玄関口に立っていた。
「悪ぃな」
「あ?」
櫂・エバークリアの謝罪に、黒野・真人は首を傾げた。
これから戦いに赴こうという時に、謝罪される覚えがないのだ。
「|√ウォーゾーン《あんな世界》から来た奴がよ、迷惑かけちまってる。
捕まっちまった人たちにも申し訳ねえし、なにより付き合わせるお前にも……」
「んなのカンケーねえよ」
言葉を遮り彼は続ける。
「どこだって、こんなの|全生物《イキモノ》の敵だろ。大体、カイになんか関係あるかよ?」
「そりゃ、√出身者としての責任感というかだな」
「くだらねえ。どうせあいつをブッ殺せば全部チャラだろ? なら」
一瞬だけ鼻で笑い、そして敵を睨む――自ら表口へ現れた敵を。
「今、|殺《や》っちまおう」
「愚かなことだ」
声にすら力がみなぎっているように感じられた。
「我が独白を覗き見た上で、なお干渉するとは。痛い目を見るぞ」
「……悪いな。迷いの類はついさっき晴れちまったよ」
櫂は一笑に付し身構えた。
「王権執行者だろうが、人と機械の融合だろうがなんだろうが、全部ぶっ潰す。それで問題なし、だろ真人!」
「そういうこった――来るぞ!」
御託は不要。先んじて仕掛けたのは真君である!
自ら正面に出てきたということは、真人化とやらは相当に重要な儀式らしい。加えて二人を一瞬で滅殺できるという確信がなければ、あえて持ち場を離れる理由もないだろう。
つまり敵は、最短かつ最速、そして最強の攻撃を繰り出した。
周囲にドローンのように浮かぶ「飛劍」が、本体よりも加速して飛来する。その数はざっと70……いや、100振りはある。当然ながら攻撃密度は水も漏らさぬほど!
「チッ、いきなり本気ってことかよ!」
終焉刀が|月輪《がちりん》のような円弧を描き、飛劍を払う。だが次の一閃を放つ前に別の角度から飛んできた飛劍が、真人の腕や太腿を浅く切り裂いた。
「皮肉だな、|真人《しんじん》と同じ名を持つ者よ。汝は昇仙の資格を失った」
その時既に、真君は眼前。身の丈ほどもある大剣が唸り、鋒に至っては消失したように錯覚するほどのスピードで横薙ぎの斬撃を放った。真人は上に跳んで逃れようとするが間に合わない。両足が切――。
「させるかよ!」
真君はまず無事に跳躍した真人を見上げ、すぐに声に首を巡らせた。横から割り込んだ櫂と視線がぶつかる。真君はさらに下へ目を動かした。
横薙ぎの斬撃は軌道をより下、つまり地面に向かって薙ぐようにズラされていた。櫂の「不死斬」が刀身そのものを上から叩き伏せるように交錯している。
「機械相手なら、戦線工兵の出番なんでね!」
真君の後退を許す櫂ではない。刀身を踏みつけ斬撃を封じながら、ほぼ密着距離に踏み込み稲妻のような速度でナイフを振るう。
機械構造を目視し看破した脆弱な関節や縫合部位を狙い、突き刺し、メスのように鋭く裂く早業。遅れて真君の全身数か所から、オイルの混じった血が吹き出す。
「ぬう……!」
「真人!」
櫂の追撃は叶わない。真君に追いすがる飛劍が横殴りの豪雨じみて飛来し、櫂の腕を、足を、肩を串刺しにして後ろへ吹き飛ばす。
「――殺っちまえ!」
苦痛はあれど悔いはない。これは全て本命の一撃を通すための布石なのだから。
劍仙形態に入ったことで倍化された思考速度が、空中の真人を捉える。
「っし! オレもオレの仕事を果たすぜ!」
空中で大管狐と融合した真人は、終焉刀ではなく両腕に武装した憑神爪を振り下ろした。
落下速度に加え、動きの鈍った真君のボディを引き寄せながらの攻撃だ。防御態勢を許さず、分厚い爪がバツ字の傷跡を胴体に刻み込んだ!
「なんと、我が判断を誤るとは……!」
残る飛劍が、空中の真人を前後から串刺しにする。その隙に真君はほうぼうの体で工場内へ逃げ込んだ。
「チッ、逃すかよ……まだ始まったばかりだぜ……!」
「ああ……ここは奴のなんとかいう工房じゃねえ、スクラップ置き場ってわけだ」
二人はお互いを支え合いながら、再び大型ビルを睨む――。
「風よ!」
正面玄関から工場内部へ逃れたはずの重陽真君を出迎えたのは、勇ましき声。次に渦巻く空気の矢。青く光る魔法陣と片手を突き出したマルル・ポポポワールの姿が、槍のように形成された風の向こうで陽炎のように歪む。
「バカな、いつの間に……!」
マルルの牽制魔法自体は、遅れて随伴した飛劍が円盾のように前方に集まり防ぐ。問題はこの真人化工場の内部にマルルがいることだ。
「あなたが夢中で戦っている間に、忍び込ませてもらいました――透空さん!」
「ええ!」
別方向から聞こえた声は少女めいていながらノイズ加工したかのように耳障りだ。
それもそのはず。架間・透空は変身を『解除』し、今となっては本来の姿と|なってしまった《・・・・・・・》怪人「ハイペリヨン」の本性を現している。
白亜の身体が太陽光に煌き鈍く輝いた。先のコンビとの戦闘中に壁を破壊、あらかじめ内部で待ち伏せていたという算段か。
倍化された思考速度で理解と認識を終えた重陽真君は、猛然と迫るハイペリヨンの接近戦に十分な余裕を以て応じた。
二人の周囲を百振りを越える飛劍が渦巻くように刃の嵐を巻き起こし、さらにアウトレンジから魔法で援護しようとするマルルとのコンビネーションを妨害する。
こうなってしまえば二人は分断されたも同然だ。ハイペリヨンが下がるにせよ、マルルが近づくにせよ、移動しようとした方は飛劍に全身を切り刻まれることになる。そして攻撃速度すらも倍化する劍仙形態の近接戦能力は、覚悟していたハイペリヨンの予想をすら越えていた。
「成る程、やはり見事な戦いぶりだEDENよ」
めくるめく攻防の中、既に不調を克服した真君は悠然と言ってすらのける。
「だが、我を相手にたった独りで打ち合い、勝てると思ったか? それは愚かという他なし」
「独りなんかじゃ……ないっ!」
ガ、ガ、ガガガガッ! 怪人細胞で強化された爪や蹴りは尽くが防がれ、繰り出した攻撃と同じだけ、あるいはそれ以上の傷がハイペリヨンに刻まれる。
そも彼女の性能は天候操作と自律思考砲台による制圧的攻撃に特化している。いくら怪人細胞が強靭な肉体を形作るといっても、近接戦闘にこそ秀でおまけにその攻撃能力と思考速度を強化された真君を相手取るのは、釈迦に説法と表現するに相応しい。
無論、いまさら砲撃のチャンスを与える真君ではない。飛劍で連携を妨げられた今、懐に飛び込んだはずのハイペリヨンは、自ら死刑台に昇ったも同然だった。
圧倒的有利。あと数分、いや、数秒もあれば全ては決する。
確信に近い手応えを感じながら、真君は奇妙な違和感を拭いきれずにいた。
「く、ぅうう……ああああっ!!」
苦痛を堪える叫びは、やがて旋律に乗せた歌声に変わる。
(「歌だと? 我とこの距離で打ち合いながら?」)
「透空さん……!」
魔法攻撃のほぼ全てを封殺されているばかりか、時折飛劍で身体を切り裂かれているはずのマルルも同じように歌う。
不可解だ。歌で自らを鼓舞している? それにしてはあまりに無謀が過ぎる。まるで思考を誘導されているような……。
「さては囮か!」
「ぐぁっ!?」
ハイペリヨンの腹部に蹴りが突き刺さり、彼女を吹き飛ばした。飛劍の渦が刃の壁のように背後に待つ。差し込む太陽光がきらきらと禍々しい装甲を照らした。
「透空さん――いけますっ!」
否。違う。飛劍は全てマルルに差し向けるべきだ。何かを仕掛けてくる!
加速した思考が伝達され、ハイペリヨンを微塵に切り裂くはずだった飛劍は一斉にマルルに向き、滑るように飛翔して彼女を槍衾にした。
はず、だった。
飛劍が甲高い金属音を鳴らし重なり合った場所にマルルはいない。代わりに彼女は身体のあちこちをすれ違いざまに切り裂かれながら、吹き飛んだハイペリヨンと入れ替わるように真君に向かって近づいていた。
「これが、私たちの覚悟の一撃ですっ!」
過ちに気付いた時には遅かった。聖竜の力を宿す烙印の弾丸は既に放たれている。飛劍を最初から自らの周囲に随伴させていれば、あるいは防御も叶ったかもしれない。
いずれにせよ全ては過程とifの話だ。超強化された一撃を浴び、真君は塞いだはずの傷口からオイル混じりの血を噴き出した!
「この、ために……我の目と思考を釘付けにした、か……!!」
「そうです――でも残念、あなたはもう一つ間違えた」
差し込む太陽がねじ曲がった。
吹き飛ばされたハイペリヨンは両足で床を削り踏みしめながら、両手を突き出す。
彼女の性能は制圧射撃に特化している――真君はマルルの攻撃を本命だと考えた。だが違う。チャージからの超強化攻撃は二段構え!
収束太陽光線が戦場を白く染める。天色管理機構怪人の本領が、今、発揮された。
数秒のホワイトアウトが終わり、二人の身体に想像を絶する疲労を呼び起こした。
チャージ中のダメージは全て攻撃後に適用される。攻撃を放てたのはその効果があればこそ、肝心の攻撃を終えれば、もうどちらも歩くことすらままならない。
「痛……」
「マルル、さん……!」
ハイペリヨンは倒れそうな友人に這うように近づき、身体を支える。彼女自身も意識を保つので精一杯だ。
「あの、戦闘機械は……?」
マルルは見た。収束太陽光線によってガラス状に融けた地面と破壊された飛劍の残骸を。だがそこに真君のものは含まれていない。かろうじて生き延び、より上層へ逃れたか。
「ふふ、ボロボロ、ですね」
「……ですね。でも」
少女の姿に"変身"した怪人は、その名前の通りの笑顔を浮かべた。
「とってもかっこいいですよ、今の私たち!」
戦の趨勢は仲間たちに託される。彼女たちは己のなすべきことを、誇りを持って成し遂げたのだ。
●最善と最適
戦端が拓かれ、まず瀬条・兎比良が向かったのは重陽真君ではなく囚われた人々のもとだった。
改造されたベルサール秋葉原にはいくつかの侵入経路がある。強壮なるEDENのコンビネーションに奴が苦戦している間ならば、その監視の目をくぐり抜け上階へ忍び込むのは決して不可能なことではない。ましてや兎比良は√能力者である以前に捜査官であり、そのための訓練を受けている。
「これは……」
忌まわしい光景に、兎比良は柳眉を潜めた。
人間と機械を合一するための設備は、ともすれば√汎神解剖機関の|新物質《ニューパワー》摘出のための外科的設備じみた、だがもっと忌まわしい機構である。
「た、助けて……」
「嫌だ! 機械になんてされたくない!」
幸いまだ「施術」は誰にも行われていない。鉄格子を降ろした牢屋めいた場所に囚われた人々の嘆きはそこら中から聞こえてくる。
「落ち着いてください。私は警察官です。皆さんを救助するために来ました」
兎比良は穏やかに呼びかけ人々を落ち着かせると、錠前の破壊に取り掛かる。
ほどなくして、彼の背中を猛烈な殺気が叩いた。
「来ましたか」
振り返る猶予はあった――敵が必殺の一撃をチャージしているならばこそ。無機質な通路、相対距離はおよそ10メートルほど。
「EDENよ、即刻立ち去るがいい。これ以上我を煩わせるな」
「どこまでも己の立場を理解していないようですね。厚かましいだけはある」
兎比良は中指で眼鏡を押し上げた。
「貴方は理想に殉じる指導者でも、救済者でも、ましてや高みを目指す求道者でもない。
ただ己のイデオロギーを他者に押し付け、悦に浸る輩です。有り体に言うならば――」
レンズの奥で、桃色の瞳が鋭く細まった。
「ありふれた|加害者《クズ》ですよ」
「ほざけッ!!」
爆発的スピードで真君が迫る。兎比良は牽制射撃で敵の攻撃軌道を僅かに逸らした。バチバチと明らかに危険なエネルギーを蓄えた掌打はミリ単位で狙いを逸らされ、兎比良はさらに半身を傾けすれ違うように回避する。
「ちぃ……!」
「逃しません」
左腕が淡い光を放つ。敵は既に攻撃のためのチャージを始めている――奇しくも兎比良の√能力もまた、猶予は60秒。先んじてチャージを始めた敵に対し、この瞬間にリミッターを解き放った兎比良は、数十秒のアドバンテージを得ている!
「まさか、我を相手に徒手空拳で立ち合うと……!?」
「刑事が武術を学んでいないわけがないでしょう? 所詮は仙人気取りですね」
瞬くような速度の攻防。打ち合いを制した兎比良の左拳が真君の顔面を砕く!
「がッ!」
「あなたのその技が理想のためのものなら、私の力は現実のためにあるのです」
脇腹を稲妻の掌打で焦がされながらも、レンズの奥の瞳は冷徹であり続けた。
●不完全な勝利、完全なる敗北
60秒。
無数の√能力において、この短い時間は一時的な不死と絶無の攻撃を生むとされる。
しかし、一秒が無限じみて引き伸ばされる超常の戦闘に於いて、一分とはあまりにも悠長に過ぎる時間だ。
ましてやタッグを組んだのがアルティア・パンドルフィーニとツェツィーリエ・モーリという選りすぐりの精鋭ならば、並の簒奪者ではダメージを無効化したところでその後の|反動《バックファイア》で即死するのがオチだろう。
通常の敵であれば。
「見上げた覚悟と矜持。否、そのような容易い言葉で表現できるものではあるまい」
一瞬を寸刻みにしたような刹那の交錯の中、重陽真君が呟く。
然り、これは刹那のさらに一瞬を重ねるような攻防の只中に溢れた言葉。
対手・ツェツィーリエは想像を絶する速度と重さの掌法を受け、止め、弾き、流す。精緻な時計のように正確なタイムカウントは35秒。無論刀で受けるばかりではなく反撃を繰り出す。しかし敵はバックファイアを前提にすれば防御を棄ててもよく、一方ツェツィーリエは後方に陣取るアルティアを守らねばならない。つまりその時点で攻防は圧倒的不利であり、加えて個の戦力としても同様に隔絶があった。
だがそれは、ツェツィーリエの脆弱を意味しない。むしろ36――今さらに1秒を刻み残り23秒――を耐えている時点で異常、異例、異質なのだ。
加えてツェツィーリエは当然の如く無傷ではいられず、夥しい傷を受けている。藤花の影による治癒は最初から考慮に入れていない。ダメージの先延ばしすらもしていないにも関わらず、その怜悧な美貌は鉄の面じみて揺らいでいなかった。
「救済を驕るだけあって、口数が多くいらっしゃいますわね」
「何?」
「莫迦げたお考えだ、と申し上げたのです」
舌戦もまた一つの戦。それはツェツィーリエの闘争心が欠片も萎えていないことを――否、むしろ燃えていることを意味する。
一方、その背に守られるアルティアはどうか。
ただ座して見ているわけではない。藤花の死霊とともに常に場を動き回り――さもなくば真君は守りを突破しかねない。仮にツェツィーリエが決死の覚悟で前線を張り続けていたとしてもだ――|冥府の槍《ファントムスピア》に合わせる形で蔦と炎の植物魔術を浴びせかける。絡みつく蔦は物理的に四肢を拘束し戦闘の阻害を行うだけでなく、いわば巨大な鞭じみて真君を打ち据える。炎は機械の身体だろうと耐え難い。魔力なくしては自立すらもままならぬ欠落せし竜を支える魔力は、言い換えれば行住坐臥の全てにおいて、24時間365日常に育ち続けている。実践を重ねていると言ってもよかろう――それを、全力で放つのだ。守りをほぼ気にする必要がないのはアルティアも同じであり、この波濤じみた連続支援攻撃を浴びて耐えられている真君もまた、異常である。
「そうね。とっても――一番腹が立つわ」
ツェツィーリエの呟きに同意を示す。
「|人間《ひと》を、|文明《ちえ》を、莫迦にしないでくださるかしら」
必滅の決意。純然なる殺意は刺々しい視線によって射殺すが如き憤怒となる。
46、47、48……焦燥はない。ツェツィーリエが必ず守ると誓ったように、アルティアもまた彼女が守り切ることを、戦い抜くことを確信している。
そもそも全ては布石に過ぎぬ。切り札は彼女らもまた一分を刻んだ瞬間に繰り出す腹積もりなのだから。
56。
「よかろう。ならば真に愚かなるは何れか教えてくれる」
57。
「受けよ我が一撃。これこそ機解仙の頂に手をかけるものなり」
58。
破滅が凝縮された。必滅の意思は此処に。あってはならぬ質量とエネルギーが掌に集まり、フロアを、世界を電光で染める。
59。
「ツィーリ」
「はい、ティア様」
60。
雷霆を纏った掌打が、破城槌の如く突き出された。
「何」
爆ぜた力は縦に、横に、斜めに爆ぜる。あるいは後ろへ。だが前だけは違う。
「お可哀想に」
其処には壁が聳えていた――否、城砦。やはり否。
それは、森だ。半分がごっそりと欠けたいびつな森。
「完璧を目指す貴方の計画は、左側しかない不完全な|ドラゴン《わたし》に敗れるのね」
隻眼隻翼の緑竜は、その鱗を以て完全に雷霆を受け止めていた。
無傷ではない――当然外部からの干渉はシャットアウトしている。問題はそのための|竜漿《リソース》だ。干渉無効化のための大量消費は、常の能力発動を遥かに越えていた。
つまり打ち込まれた掌法の勁力はそれほどまでに強大だったのである。これがアルティアでなければ、完全無効化能力でさえも破られていた可能性すらあった。
だが、彼女は止めた。止めてみせた。
ツェツィーリエと入れ替わりに前へ出、必殺の一撃を防御。そして驚愕と愕然により隙を生む。
二撃目は繰り出されない。藤花の死霊が絡みつくようにその四肢を萎えさせていた。融合による弱体化。
「仕返しは――」
鱗は枯れた花びらのように崩れ、その中から人の姿に戻ったアルティアが倒れ込む。表情は苦渋と不服。そもそもこの姿を彼女に見せたくはなかった。
「おまかせを。ティア様」
ねじ殺すような、おぞましい太刀である。
冥府の力を宿した剣は、螺旋を思わせる不吉な軌跡を空中に描いた。
|不吉《シニストロ》。まさにそれは凶兆だ。存在そのものが、真君にとっては在るべからざるものだった。
「莫迦な――」
太刀は狙い過たず真君の装甲を穿ち、切り裂き、貫いた。
後にアルティアが目を覚ましたのは戦場から離れた後でのこと。
ツェツィーリエは気絶していた彼女を運び、そして瀟洒に一礼したという。
その手での滅殺が叶わなかったといえば、ふたりの勝利は不完全であろう。
だが味わわせた敗北は、紛れもなく完璧――その目論見は決して達成できないのだと、理ではなく絶対の確信を魂に刻み込んだのだから。
BRATATATA! サブマシンガン『マークスマン』の弾幕が重陽真君の回避を強制する。ミスティア・シルバームーンへ襲いかかろうとしていた真君は接近を諦め、ディスティナ・ブラットフォールンの狙い通り彼女へ攻撃を変えざるを得ない。
「そうだ、我が相手だ!」
ディスティナは足元に横たわった殴り棺桶を脚で踏みつけ、畳返しの要領で敵の目の前に立ち上がらせ大盾の代わりにした。斬撃を浴びた殴り棺桶は重さを感じさせない速度でめくれ上がり、再び両者の視線がぶつかる。しかしその時ディスティナはすでにマークスマンからショットガンに武器を持ち構え――BLAMN!
「ちょっと! 無茶はしないでくださる!? 寝覚めが悪くなるんですけれど!」
挟み込むように敵の背後へ移動したミスティアの乱暴な声。剣を寝かせ散弾を防御した真君は振り返り、斬りかかる彼女を迎撃しようとする――ディスティナは一歩踏み込んだ!
「そっちこそ、ぬかるなよ!」
「な……私に指図しないで! こんな木偶の坊、ぶった斬ってやりますわ!」
シャドウ・ブラッドの一閃。これも無視できない斬撃だ。真君は360度を切り裂く回転斬撃ではなく、刺突によってディスティナの脇腹を裂き貫いた。
ディスティナはこみ上げる血を噛み締め、飲み込み、口の端を笑みに歪める。
「古典SF映画に影響されちまうような安っぽい奴にゃ、我は殺せんよ」
「……ぐ……ッ!!」
死に物狂いで生み出した隙を突き、ミスティアの斬撃が背中を切り裂く。
回復を阻害する吸血鬼の力は、いかなナノマシンの加護があろうと重い……!
人と機械の融合――なんとも驕り高ぶったものだ。
目の前の敵は、まさしく和紋・蜚廉が見届けてきた"敗者"たちをさらに傲慢にしたような存在だ。
ゆえに打ち克つことには意味がある。あまりにも大きな意味が。
対する重陽真君もまた、|これ《・・》を見過ごせぬ天敵と考えた。
「地を這う虫けら風情めが、我が前に立ちはだかるか……!」
たかが小虫など、昇仙の糧にすらならぬ。
人を素体に機械化することを至高とするなら、それ以外のものは全て有象無象ということになる。切り捨てた虫の、その中でも忌み嫌われし醜い害虫が徒手空拳で立ち向かってくることなど、存在自体が己に対する侮辱だ。少なくとも真君はそう捉える。
しかして。
斬撃をフェイントに掌打を決めようと、
そこから流れるように連続蹴りを繰り出そうと、
いくつもの布石を置いて飛劍を招来しようと。
蜚廉は受け流し、払い、防ぎ、カウンターで攻撃それ自体を封じる。
「何故だ」
呻きが漏れる。EDENの力量を認め正確に推し量っていたはずの己が、なぜこうも。
六肢というアドバンテージ? そんなものは人の域を越えた己には大した意味はない。
音と触覚による攻撃予兆の感知? それよりも疾く鋭く攻撃しているはず。
攻撃自体は通っている。衝撃が体幹を軋ませた手応えがある。
にも関わらず、蜚廉の反撃は、あるいは後の先を得た先制は些かも揺るがない。
燃え盛る六肢は真君のボディにダメージを蓄積し、互いに負傷が重なる度合いと速度は――これまでの√能力者との戦いを踏まえてすら――己が負けている。
「聞こえるのだ」
低い声が言った。
まるで真君の心を読み、動揺と疑問を見抜いたかの如く。
間違ってはいない。
敵の隙を見出すということはつまり、精神の瑕疵を感じ取るということ。
音。風の触感。野生の過酷な生活で研ぎ澄まされた蜚廉にしてみれば、あまりにも雄弁。多彩。心を読むようなことなど造作もない。
「汝の歩幅、思考の変調、何もかもが」
「虫けらゆえの生存本能とでも、宣うかッ!!」
「否」
攻防が加速する。蜚廉はある程度のダメージを受け入れ、かつ致死的な攻撃を捌き、そして組み付きに持ち込んだ。六肢が軋む。真君の掌が灼けるほどの雷霆を孕む。
仔細なし。
「これは我が積み重ね、築いた武。我がたどり着きし頂なり」
必殺の掌打が、脇腹と言える部分にえぐりこむ。
右掌が鏡合わせめいて打ち合い――そして、雷霆は霧散した。
「汝の目指した場所よりも先に、我は居るのだ」
殺しきれない勁力が胴体まで伝導し、血を吹き出しながら、蜚廉は逆側の腕で同じように胴体を砕いた。
真芯を捉えた渾身の一撃は、真君を弾丸のように吹き飛ばす。バキバキと衝撃に耐えきれず引き裂け割れる肉体。苦悶の絶叫。床を跳ね転がるのは増上慢に溺れた半端者のみ。
蜚廉は最後まで、倒れることなく屹立していた。
「機械の身体にも、デメリットがあるものですよ」
「……何の話をしている?」
首を傾げる重陽真君の身体は全身傷つき、罅割れた傷口からスパークが漏れ出す。しかしその損傷は驚くべき速度で再生されつつあった。
ナノマシンによる急速な自己治癒能力。機械化を促すそれは、当然ながら真君そのものにも作用しうるのだ。
まさしく、機解仙プロトコルの面目躍如といったところか。
「美味しいという気持ちを忘れてしまうかもしれませんよ」
リズ・ダブルエックスは怯まずに言った。
「ご飯の味を感じにくくなるのは、簡単なようでとても重いデメリットです。
個人的な経験談ですから、人によるとは思いますが……似たようなところはあるのでは?」
「……?」
真君は首を傾げた。
「汝は何を言っている?」
「……そうですか。あなたはもうそこまで行き着いているんですね」
両者の間に横たわる、あまりにも深く広い断絶。
代替物から生まれた本物と、本物であるはずなのに代替物へ成り下がったモノ。
リズは単なる戦局的判断ではなく、己であるためにこの邪悪を見逃せなかった。
先に動いたのは真君だった。
ナノマシンによって強化されたスピードで接近し、もっとも優れた近接戦を挑む。それを見越したリズのエネルギー弾幕は残像すら生じる速度によって回避されてしまい、大型ブレードによる迎撃も掻い潜られる。
だが無意味ではない。回避を強制するということは必然接近までの距離が増し、リズ本体が後方へ離脱する猶予を得られるということ。問題はその追いかけっこが長くは続かないことが、双方の速度から明らかということだ。
さらにナノマシン散布距離に一瞬でも取り込まれてしまえば、リズの肉体にもナノマシンが牙を剥く。制空圏に触れないよう全力で立ち回るリズだが、徐々に虫食いじみた侵食が彼女の義体の支配率を奪いつつあった。
「小鳥のようにちょこまかと逃げ回るだけの汝が、我が昇仙の在り方を否定するとは」
声には無機質な怒りが満ちる。ただ冷たく空虚で、虫のように機械的な怒りが。
「滅びよ、小娘」
そしてついに、必滅の掌法がリズを捉え――。
「私は、あなたが切り捨て忘れ去ったものが大好きなんです」
接近を挟み生じたのは、光雷の結晶槍。
「だから――私は、全力であなたを否定します! 重陽真君!」
オーロラのような輝きを放ち、結晶槍が光条のようなスピードで撃ち出された。
このための遠距離戦、そして敵の接近の誘発。最大の威力を持つ槍は、防御など不可能なスピードで真君のボディを貫き、さらに吹き飛ばす!
「なんだ、これは……あんな小娘が、なぜこのような……!」
敵は理解できない。それはとうの昔に放棄したものなのだから。
そして大いなる無駄を愛する少女は、ゆえに敵の虚をつくことに成功した。
「ね。ひとつ聞いていい?」
重陽真君と相対したエアリィ・ウィンディアは、いつでも戦端を開ける状態で身構えながら問いかけた。
「あなたのその人と機械の融合って、√EDENの、あなたが捕らえた人たちが求めていること?
本当にその人たちが、自分からあなたに対して希望したことなの?」
「……?」
真君は首を傾げた。知らない言語で話しかけられたような、つまりはそういう反応だ。
「何故、あの者らの願いが気になる。まずそこからして我には理解しがたい。
が、あえて問いに素直に答えるならば、否だ。全ては我が決めたことであるゆえに」
「あなたね……!!」
「残念ですが、言葉をいくらぶつけたところで無駄でしょう」
憤り言葉を荒げかけたエアリィを、ディラン・ヴァルフリートが制した。
「所詮は粗末なエゴの強制、それを自覚すらも出来ていない、ただの|鉄屑《スクラップ》です。
強さに固執するあまり人でも機械でもない何かに成り果てた、いわば半端者でしょう」
「……我を、そのような揶揄で評するか」
ディランは空虚な男だ。彼が饒舌になるのは、決まってよからぬ時。
今、彼の舌鋒は鋭く研ぎ澄まされていた――静かな敵の怒りを引き出すためだけに。
「あなたは自分の邁進している思想が、どこからどう生じたかすら覚えていないんでしょう?
なのにそれを揶揄されて苛立つだなんて、思ったよりも人間っぽいのね」
と、アリエル・スチュアートが言い放つ。
「でも残念だけど、馬鹿げた思想だって考えは同じ。その目論見も認められないわ」
「……」
「ま、どうせやるこたお互い決まってんだ。"言葉をいくらぶつけたところで無駄"、だろ?」
真君の無言の威圧でで緊張が高まる中、一方的殺意を振り払うように|月形《つきがた》・|夜刎《よはね》が口を開く。
「正直、俺もかたっ苦しい挨拶を長々するのは苦手でよ――手短にやらせてもらうぜ」
「出来ると思うか。汝らに」
目に見えない闘争心と殺意がぶつかり、空間を歪ませそうなほどに張り詰める。
その時だ。
ゴコン――腹の底に響く唸るような音が、別の大きな音と揺れによって妨げられた。
「これは!?」
真君はあらぬ方を見て呻いた。
「まさか、何者かが我が真人化工場の機能を停止させたというのか……!?」
思わぬ隙。それは、四人と別行動を取っていたある少年――セージ・ジェードゥが行った潜入工作だった。
「これでいい。次は救助だ」
遠く離れた別地点でパルスクローを取り出したセージは、その瞬間もう一度工場が大きく揺れるのを感じた。
「……あっちも始まったみたいだな」
然り。彼の工作をきっかけに、戦端は開かれた。
今一度視点を四人のもとへ戻そう。
「走れ飛劍よ!」
100を越える飛劍が稲妻のような幾何学的な軌道を描き、四人へ襲いかかる。
「チッ! いくら回避速度は強化しねえとはいえ、これじゃ攻撃する暇もねえか」
大量の飛来物を浴びながらアイアンメイデンの杭を射出するのは不可能に近い。夜刎は強固な盾と霊的な防御の二枚壁で飛剣を防ぎ切ろうとするが、そこで攻撃速度と思考速度の強化が効いてくる。単にどっしりと腰を落として身構えているだけでは、その防御をかいくぐって致命的一撃を受けることになってしまうのだ。
だとしても覚悟と矜持によってその一撃を耐え抜く気概でいた夜刎だが、おそらく強化された攻撃は一撃にてその生命を断つと見えた。
しかし、そこで他の三人の存在が立ち上がってくる。
「させないわ!」
同時に散布されたナノマシンをエネルギーバリアによって中和したアリエルが、ドローンの援護射撃と同時に多彩な魔法攻撃を放ち、弾幕を形成して攻撃を阻害する。
面制圧攻撃を浴びせられれば直撃を避けるために回避行動を取らざるを得ず、そうなれば守りを固めた夜刎にはそもそも攻撃が出来ない。代わりに苦し紛れの飛剣がドローンを撃墜しながらアリエルへ飛来した。
「……護り手は此処に在り。共に戦う仲間も、僕の救うべき相手です」
軌道上に割り込んだディランの大剣が、薙ぎ払うように飛剣を払い落とす。
「チィ……ならば、我が掌法で滅ぼしてくれる!」
義眼を通じて浴びせられた金縛りの魔力を内功によって跳ね散らし、掌に破滅的エネルギーを集め駆ける。当然ながら攻撃速度強化はそのまま持続しており、故にその接近はあまりにも疾い――だが。
「まだまだっ、飛び道具はこんなもんじゃないよっ!」
アリエルに先手を任せ十分に精霊力を高めたエアリィが、その魔力を精霊銃から乱射した。潤沢な力が再び空間を制圧する多色の魔力弾となって真君を襲う。いくらチャージ中のダメージを後回しに出来るとしても、これほどの密度の攻撃を浴びれば前進を強制的に抑え込まれてしまうものだ。
「ぐ……!」
「あたしも近づくね! 援護、任せていいかなっ!」
「そういうのはかったるいんだがな――|手前《てめぇ》の好きにしな。俺もそうする」
ついに夜刎の好機が訪れた。アイアンメイデンの杭がバキバキと音を立ててより鋭角かつ殺人的に変化、そしてそれを怯んだ真君めがけ――射出!
「な、に!?」
ズン! 天と大地をつなぎとめる楔のようにその足を串刺しにした杭は、真君をその場に縫い留める。エアリィは頷き即座に双剣へ持ち替えると風のように接近、その後ろから花開くように追って撃ち出されたのは杭の弾幕だ!
「お、の――れえっ!!」
防御が間に合わぬ。ならば回復、あるいはナノマシンの強化による回復を。真君は強化された思考速度で最適な手を模索し、結果としてチャージしていた雷霆の掌法による迎撃を目論む。
しかし繰り出そうとしたその瞬間、左掌に渦巻いていたエネルギーがフッと消失した。
「……!?」
「それは"ナシ"だ」
背後! 人々の救助を終えたセージがステルスクロークで忍び寄り、自らの左腕を封印することで真君の|左腕《それ》を封じ込めたのである!
「貴様! なんと卑劣――」
「こっちは|戦闘機械群《おまえら》を滅ぼすために、そんなものはとっくに捨て去ってる」
√ウォーゾーンで生まれ育ち、人間爆弾として生きる覚悟を決めた少年に、その手の悪罵は通じない。
「だからお前らの思想は、否定する……絶対に……!」
反撃を厭わぬパルスクローが、背中に突き立てられ完全にその動きを封じた!
「もらったよ! これが、あたしの|魔術《ちから》っ!」
精霊翼を展開したエアリィが到達。踊るような双剣捌きで真君のボディをスライスし、くるくると回りながらその後ろへ。
次に追って飛来した杭の雨が、文字通り真君のボディを劈いていく!
「EDEN……! これほど、とは……我が読み違えた、と……!?」
「気付くのが遅えよ」
夜刎は冷たく告げた。
そして。
「……そう。我々には、待たせている方々がいます。ですから――」
「あなたを倒して、先へ進まないとなのよ!」
ディランの大剣とアリエルの魔導槍が、交差する形で全力の一撃を叩き込んだ!
「わっかンねェなァ……」
ケヴィン・ランツ・アブレイズはため息混じりに呟いた。
「神とやらが己に似せて作ったヒト。
ヒトが|自分《テメェ》に似せて作った機械。
その二つが融合すれば、互いを補い合って完全な存在になれる――ってかィ?」
「我が道理を説いて、汝はそこに理解を示すか? EDENよ」
「さァな。ただ俺ァこう思うのさ――そンな安直なアプローチで"完全な存在"とやらになれンなら、とうの昔に誰かが達成してるンじゃねェか……ってな」
「……成る程。道理ではある」
意外にも、真君は一定の理解を示した。
「そもそも我にすら、この思想が如何なる場所からどのように流れ着いたかもわからぬ。
しかして我にとって、これは絶対の正義であり真理。極論を言えばその是非も根幹の論理も、何もかもどうでもよいのだ」
「……あァ、ようやく合点がいったぜ」
ケヴィンは深く腰を落とし、身構える。
「テメェも他の|戦闘機械群《ヤツら》と変わらねェ、目的と手段がごっちゃンなったイカレ機械ってワケだな!」
然り。戦闘機械群を道理で説き伏せることは出来ない。
己がなにゆえに機解仙になったのか、"この"真君にとってはどうでもよい。
考える必要がないのだ。『完全機械』を目指すこと|自体《・・》が正義なのだから。
それはまさしく、善も悪もなくプログラミングされた目的を果たすため動作する機械の在り方だった。
ゆえに、厳密にはこの戦いは正義と悪の二元論にすら至っていない。
ただ絶対に相容れぬモノ同士が、必然としてぶつかり合う。熱量のない戦いだった。
「おらァッ!!」
その冷徹な方程式を否定するかの如く、ケヴィンは立て続けに繰り出される徒手空拳をシールドバッシュで受け流し、払い、飛剣を斧で打ち砕く。
力を溜めながらの激しい攻勢。建てに王権執行者に選ばれたわけではないということか。
しかし、ケヴィンもまた、その強さを織り込んだうえでここへ来ている。
防御に秀でた立ち回りは隔絶した敵を相手に、被弾をほぼ最小限に防いでいた。
「終わりだ、竜よ――滅びよ!」
ついに60秒の時が過ぎ、空気を焦がす雷霆の掌打が、繰り出される!
「決めてくると分かってりゃ――あとは、捉えるだけだ」
しかし、掌打は雷霆を失い、肝心の打撃すらもケヴィンの裏拳で弾かれていた。
「何」
「見えてンだよ、ちっぽけでがらんどうなテメェの動きがな――!」
鎧装排除。第一段階|限定解除《リミッター・ブレイク》。
「そして、コイツが俺の一撃だ! 受けてみやがれェッ!!」
守りを捨てた捨て身の斬撃が、一瞬の隙もろとも真君を切り裂く。
「がぁ……ッ!?」
強烈な斬撃を浴びた真君は身体をくの字に折り曲げながら吹き飛び、壁に叩きつけられた。
人を学び、竜として成長し続けるケヴィンが、真の意味での進歩を止めた機械に負ける道理など、どこにもないのだ。
仙道とは如何に人の身を離れるかが肝と言ってもよい。
神仙への道と左道は隣り合わせであり――その陥穽の深き闇、僵尸は在るのだ。
肉体を|尸《しかばね》として幽界へ旅立つこともできず――そもそも巫・黒星を作り出した護法の目的はそんなところにはないのだが――肉に囚われた未熟者。
そんな彼女に向ける重陽真君の眼差しは、侮蔑と憐れみめいたものが入り混じっていた。
「EDENでありながら、我らと同じ仙道の戸口にあるものよ。
汝が望むならば、我が錬丹術を以て汝を高みへ導くことも出来よう」
「……それ、ワタシのコトをスカウトしてるの?」
「如何にも。我はこれまで|汝ら《EDEN》に煮え湯を飲まされた。認めざるを得まい、我が思っていた以上に汝らが強大であったことを」
全身に刻まれた、ナノマシンの治癒をもってすら届かぬ傷跡は壮絶だ。
「だからこそ、汝が我が機解仙プロトコルを受ければ――」
「僵尸のワタシでも、神仙に至れるかもしれないのね」
魅力的な誘いだった。昇仙の誘惑を拒める求道者がいようか。
そも誘惑とは魔の得意技であり、大悟に至らんとした覚者をも苦しめたのである。
鼓動を止めた尸に縛られた憐れな魂には、救済の御手とすら言えよう。
……だが、黒星はフルフルと首を振った。
「それはダメなの」
「何故だ」
「確かにアナタの主義は興味深いのね。でもワタシはもう、星詠みさんに|お願い《オーダー》を与えられてるの」
「それが、なぜ我が昇仙の誘いよりも上回る。我を阻むことで汝が仙道に至れるとでも?」
「きっと無理なの。だってワタシは、まだ未熟だから」
黒星は衒わずに認めた。
「でも多分、言葉を尽くしても解ってもらえることじゃないの」
彼女は本質を捉えていた。
この場において、真君と黒星の道が交わることはない。あるとすれば攻防の交錯の一瞬のことであって、同じ方を向いて並んで歩くことなど絶対にありえないのだ。
真君は己の目的のために、罪もない人々を虐げているのだから。
それは、護国のために造られた護法にとって、認められるものではない。
「思えば汝の意を問うたのがそもそもの誤りであった。EDENの流儀は合わぬか」
真君の身体からナノマシンが散布される。
道理が通じるならば無理矢理にでも。結局はそこに落着するのだ。
虫の群れを思わせる黒い靄は想像以上のスピードで広がる。その内側には星のような邪悪な輝き。飲まれれば有無を言わさず機械の尖兵と成り果てるが定め!
「護法・巫黒星が五行の理を此処に!」
黒星の剣指には一枚の符。祈り捧ぐ方位は南方、すなわち五星君が一尊・火徳熒惑星君への嘆願!
「火剋金! 急急如律令ッ!」
投げ放たれた符は空中でひとりでに燃え、それは炎の壁じみて空気を焦がした。
機械化を齎す仙丹は文字通り金気に属す。然らば五行相剋の理によりて、全てはたちまち蒸気発する溶鉄と成り果てるが必定!
「その身で五行符を操るか、ならばこれは如何にッ!」
陽炎が切り裂かれ、真君が肉薄した。だが読み切っていた黒星は掤勢にて迎え撃つ。円く構えた両手が牽制打を柔らかく受け流し、両者は至近距離において木人拳めいた激しい攻防!
「掌法をも修めているか、しかし甘し!」
「……!」
然り。如何に術理に長じようとそもそもの基礎的な戦闘力の差がある。
套路は読まれ切り替えようとその先の先を読んだ的確な技が貴賤を制する。徐々に破滅へ向け攻防は加速していく。お互いに肩を貸し合い死刑台に昇るような心地。
黒星は痛感する。稲妻の掌底を防ぐことは出来ないと。
そして、残酷なる60秒が経過した。
「憐れな尸よ、己の驕慢の報いを受けよ」
破滅の顎が開かれた。雷霆の掌打が――迫る!
しかして、ありえないはずの事態が起きた。
稲妻の掌打は受け流され、突き出した腕をレール代わりに黒星が懐へ潜り込んでいる。
「な」
五行相生、木生火。
五行において稲妻は風が喚ばうものとされ、それゆえ木気に属する。
金を払った火の符は絶えていない。すなわち、黒星はもう一枚の火行符を忍ばせている。溢れ出した木気は打撃を通じて尸へ伝導、符術を逆に強化した。
まるでフランケンシュタインの怪物が電撃によって覚醒するかの如く。死人だからこそ取れる一手!
「バカな――」
「ワタシはアナタを乗り越え、境地を目指すの」
凝縮された赤い霊力は添えられた拳のさらに一点へと集まった。
勁力炸裂! 裂帛の気合とともに爆ぜた発勁が、紙屑じみて真君を吹き飛ばす!
「がは……ッ!!」
攻防の中で己の内功を徐々に削られていたことに、真君は気付かなかった。
確かに個としては真君は圧倒的に上だ――しかし至らぬからこそ、見上げて初めて見える景色というものがあるのだ。
●やぶへび
全ては瓦解した。
真人化工場の機能は停止、捕らえた人々の避難誘導も完了。
あとは全ての元凶たる重陽真君を滅ぼし、ベルサール秋葉原の異変を「忘れようとする力」で解除するだけだ。
当の真君は思考に耽る。
「……我は過ちを認め、改良したはず。何故こうまでしてやられた?」
EDENの力量を見くびっていたのは認める。正確には、十分に警戒してなおそれを上回る爆発力が秘められていたというのが正しいが。
では、あの予兆の気配を感じて一方的に呼びかけた時に何かミスがあったのか?
真君には分からない。伝えるべきことは全て伝えたはずだ。誠意ある程度で、合理性を以て双方が利を得る結果を提示したはず。なのに、何故。
何故この者らは、己の企みを叩き潰してなお、完全に滅ぼすために立ちはだかるのか。
「よう、チャイニーズ・カラテマスター殿」
ノーバディ・ノウズ。
「チャイニーズ・カラテってなにかおかしくない? そこはカンフーじゃないの?」
久瀬・彰。
「敵、目標確認。全部隊包囲完了――退路は断ちました」
ノース・デッドライン。
「何故だ。我をこの期に及んで滅ぼそうとする理由を聞かせよ、EDENよ」
「あのなクゼ、昔の映画じゃ武術はカラテって相場が……あン?」
言っていることの意味が掴めず、ノーバディは|肩を傾げ《・・・・》た。
「要するに、あいつは俺たちが民間人を救助することが目的だったと思ってるんだよ。
でも、それはもう別働隊のみんながやってくれたからね。戦う意味がないってことじゃないかな」
「あー! なるほど、そういうことね」
ノーバディは掌をポンと叩いた。
「ンなモン決まってらァな。俺らは」
「戦うのは、|兵士《わたしたち》の仕事です」
男たちの視線が少女に集まる。
「真人化。実に興味深い技術です。ですが、"全人類"機械化計画はとうてい肯定出来ません」
「ノースの嬢ちゃんが俺の台詞奪いやがっただと!?」
「こら、茶化さないホロウヘッドくん」
たしなめる彰。
「そうだね。適材適所って言葉もあるし、誰も彼も構わずっていうのはちょっと困るかな」
「便利屋みてェになんでも出来るクゼが言うと、いまいち実感ねえなァ~」
「その点はノーバディ殿に同意します」
「今度は俺が茶化される番なの?」
いつものような軽口。真君は怪訝と困惑、そして本人にも理解不能の苛立ちを放射する。
「……答えになっておらぬ。戦う役割だと? それすらも真人化は克服しうるではないか」
「まあ、そういう答えになるよね。人を機械化させること自体をなんとも思ってないんだから」
わかりきっていたとばかりに嘆息する。
「それでも質問せずにはいられないってことは、よほど腹に据えかねているわけだ。
でも残念だけど、俺たちからは納得できるような答えは出てこないよ。永遠にね」
「けど俺ァ優しいから答えてやるぜ!」
ノーバディがビシッと指差し、告げる!
「俺らはなァ――仕事で来てんだよッ!!」
「…………しご、と?」
重陽真君は初めて聞いた単語を反芻する赤子のように呟いた。
「そういうことだから、そろそろ始めようか」
「了解。戦闘に突入します」
「行くぜ|お仲間御一行《カンパニー》、出勤時間だッ!!」
その困惑と怪訝にまるで構わず、三人+αが牙を剥く。
相互理解など彼らは求めていない。ただこれまで倒し、これから倒すであろう敵と同じ――全力で殲滅するのみ!
「12!」
「|撹乱了解《もくもくさせます》!」
包囲陣形から突出したノース12がスモークグレネードを投擲。もうもうと煙が立ち込め真君の視界を悪化させる。
「このような小細工など! |翔《か》けよ飛劍!」
肉食獣の接近を察知した臆病な草食動物めいて、浮遊する飛劍が背後に忍び寄るノース12を狙う。音もなく飛来した劍を掻い潜りナイフを届かせようと――するが、咄嗟にバック宙。直後、彼女がさっきまで居た場所に斜めに突き刺さる飛劍と、背後から前へ通り抜ける別の飛劍。先制攻撃に対してこうも即座に対応するとは!
「12、もっと下がって! 読まれてる!」
BLAM! BLAMN! スナイプ班が追いすがる飛劍を撃ち落とすが間に合わない。飛び跳ね回避する12の太腿を劍が裂く。接近すらままならず、そして真君と目が合った。12は全身を破壊される確信に襲われる。
「飛ばすぜ、クゼェ!」
「オーケー、いつも通りにね」
ゴアオオオンッ! 鋼鉄の巨獣の咆哮! 漆黒の大型バイクをウィリー状態では知らせるノーバディ、後部座席にしがみつく彰! 限界まで引き上げられた前輪部と車体が飛劍を弾く! 弾く! 弾く!
「断ち切ってくれる!」
本体が攻撃距離に到達した。まとわりつく影もろとも一台と二人を両断する横薙ぎの斬撃。マシンはちょうどノーバディが座っていたシートを境に前部と後部に叩き割られた。
二人はいない。
「上か!」
「御名答! 半分だけだがなァ!」
飛劍を影の盾で弾き落下するノーバディ、盾の影になるようまっすぐ構えた影劍に落下速度を載せ突き出す! 真君は大剣を斜めに掲げ火花を散らしながら受け流しきった!
「チッ!」
「遅い!」
着地したノーバディが立ち上がるよりも斬撃は疾い――が、真君の思考速度が攻撃予兆を察知。斬撃を諦め後ろへ跳ぶ。丁度その時足元の影が蟠り逆向きの氷柱じみていくつもの鋒が生じた。それらは水時計が重量に逆らうかのように不可解な動きで地面から剥離、一つ一つが影の槍となり飛劍と相殺し合う。真君の目が身を伏せ影の絨毯に隠れた彰を睨んだ。
BRATATATATA! サブマシンガンの弾幕が接近を牽制。軌道を変えた飛劍が援護射撃チームを狙う。影のカーテンが起き上がり妨害!
「十二号ちゃん!」
「はい、久瀬殿!」
二人は真君を挟み込み中距離からのヒット・アンド・アウェイで攻撃を繰り返す。強化された思考速度により狙いはこちらの手数と思考リソースを傾けさせ削ることだと看破する。
わかったところでどうにかなるものではない。煙幕による視界の悪化、影というシナジーを得たことによる切断したはずのコシュタの再融合と飽和攻撃、ノースらの援護射撃と奇襲の連続、いかに真君が強大なる王権執行者といえど、綿密に立てられた作戦に基づく連携攻撃は凌ぎ難い。
「こっちだぜ!」
「センサーの調子が悪くなーい?」
「今です久瀬殿! 上からどうぞ――なーんて、ブラフだよ!」
数の利を活かし、包囲陣形が狭まりながら命懸けの挑発と陽動を兼ねる。
(「おそらくこやつらの要はあの首無しの男、であれば攻撃の瞬間を待つか。――否!」)
真君もまた捨て身の覚悟を決めた。この場でこの者らを討つ!
覚悟と決意に飛劍が応じ、100を越える刃が嵐じみて高速積層回転!
「5! 6! 応答し……8!」
通信機に向かいがなり立てるノース1。被害は甚大だ。それでも死の恐怖を克服した少女人形たちは、自分たちと同じ戦いを人類にさせないため果敢に挑む。
「……総員着剣。我々が嚆矢になる」
「「「「「|了解《アファーム》!」」」」」
すでに作戦は半ば瓦解した。だが戦場とはそういうもの、最大のパフォーマンスを常に思い通りに発揮できるならどんな軍隊も連戦連勝だ。ここ一番というところで命を捨てられるかが明暗を分け、その点においてノースらはおそらく地上でもっとも優れた軍隊である!
飛劍に斬られ、残像を生じるスピードで駆け回る真君に断たれ、また一人ノースが倒れていく。
彰はあえて庇わず、ノーバディの合図を待った。本来であれば全員での一斉攻撃、その前提が崩れたならば下手な援護よりも可能な限り最大の威力を打ち込むことが肝要。ノースはそのつもりで捨て駒となっている、それも言葉なくしてわかる。仲間なのだから。
「来るかEDEN、来てみるがいい! 我を滅ぼしに!」
ビリビリと空気を震わせる大音声。敵は瀬戸際にあって、己が求めた問いの答えに自らの脚で触れかけていた。
だが。
「言われなくてもお邪魔すっぜェ、カンフーマスター!!」
飛劍が火花を散らす――飛劍? 駆け込むノーバディの背中を追うように抜き去り、真君の飛剣を打ち合い砕くのもまた飛剣だ!
「貴様、何者だ!? あの首なしは――」
「は、ンなの|俺も知らねえよ《ノーバディ・ノウズ》!」
敵の飛剣を頭部にセットしたことで同劍の√能力をコピーしたノーバディが迫る! かくして飛劍の全ては相殺された!
「残業は抜きだ! デカブツ片付けて帰社するぞォ!!」
「……ノース12、突撃します!」
「言ったよね。答えはわからないし、わからせるつもりもないんだよ」
影が手足を貫き絡みつく。刃の一閃は螺旋めいた軌道を描いて四肢の自由を奪った。
そこへノース12。銃剣を突き刺し、身体に取り付いてゼロ距離射撃を|連射《BLAM》、|連射《BLAM》、|連射《BLAM》。打ち込まれた弾丸が体内で無限を思わせる跳弾となり内部構造を破壊する。
そして、ノーバディの影劍が地を削りながら、下から上へ半月を刻みながら通過した。
両足に同化したコシュタが限界を迎え、どろりとタールのような影へ解けていく。
残身したノーバディの背後、真君の身体が真っ二つに裂け、断面がずるりと別れ崩れ落ちた。
煙が晴れていく――死屍累々だ。墓場のように突き立つ飛劍に貫かれた者、血まみれのままうつ伏せに倒れ動かない者、傷を抑え援護射撃を続けていた者……ノースらの惨状。
「……勝てた」
12がぽつりと呟いた。
「ああ。俺たちの勝ちだ」
「当然だろ。まだまだ仕事が山積みなんだからよ!」
彼らの戦いはここで終わりではない。まだ、こなすべき|戦闘《タスク》のためにも。戦うべきでない人々のためにも。
彼らは少女らを助け起こし、自分たちの足と意思で帰還した。
