シナリオ

⑮Don't weep, Dear Heart.

#√汎神解剖機関 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦⑮

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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

● The Fragment of Tears
 砕けた劍の欠片が、涙のようにキラキラとひかります。
 電子の海の人魚姫は、王子様を探す邪魔をするわるい劍をたおせて、満足そうにほほえみました。
 しかし──。

『■あぁあ■■ああ!』

 わるい劍の欠片が、姫の瞳にふかく刺さってしまったのです。
 痛みとわるい劍の力が呪いのように蝕んで、姫をひどく苦しめています。
 ぽろり、ぽろり。 涙がとめどなく溢れても、欠片は抜けません。

『たす、■けて……お■じ様……!』

 たくさん泣いて、たくさん叫んで。姫は王子様を呼びました。
 声が枯れるほどに。

 けれど、だれも来てくれません。
 ──なぜ? どうして? 災厄を振り撒く、わるい子だから?
 疑問とかなしみが姫の心を埋めつくします。
 そして、『自分は愛される資格がない』という絶望が、姫の心を閉ざしてしまいました。

『ゆ■して……あ■して、おねがい……■■じ様』

 痛みと苦しみとかなしさから姫を守るように電子の泡が湧きでて、姫をつつみこんでいきます。
 たすけてくれる王子様がいないのなら、いっそだれも近づけないように。

● Will You Be Her Prince?
「おしまい──」
 絵本のようにぱたんと、ゾディアック・サインをまとめたノートがちいさな手で閉じられる。
 少女めいたかんばせを哀しそうに伏せた星詠み、有栖川・累(天使の巣のアリス・h00200)が、澄んだアリスブルーの瞳で|ものがたり《詠んだ星》を聞いてくれた√能力者たちを見つめた。
「──だなんて、かなしいです。みなさんで助けてあげることは、できないですか……?」
 子供の急で説明の足りないお願いに、戸惑ってしまう者もいるだろう。それに気づいた累は、慌てて口を開いた。
「あっ、ごめんなさい……えっと、神田郵便局ってところにいる|この人魚姫さん《エレクトリック・マーメイド》、ずっと泣いてて──」
 幼い星詠みはたどたどしく語る。
 |秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》の最中、電子の海を渡り王子様を探す人魚姫『エレクトリック・マーメイド』が新たな王権執行者になったこと。それを知り、彼女の元へやってきた『王劍|縊匣《くびりばこ》』を拒否し、まだ見ぬ王子様への愛を貫いて縊匣を砕き、退けたこと。 ──けれど、そのときの欠片が瞳に刺さり、それに操られて我を忘れてしまっているということを。
 欠片を抜いてさえしまえばエレクトリック・マーメイドは鎮静化して、撤退するだろう。彼女の目的は『王子様を探すこと』、ただそれだけだから。
 しかし問題がある。我を忘れた彼女を守るように浮かぶ無数の泡だ。それは√能力者だけを自動的に迎撃してくる。
「あのあわは、人魚姫さんの『これ以上傷つきたくない』っていう心が空気にあふれ出たものだって視えました。だから、あわに攻撃されないためには、人魚姫さんを落ちつかせてあげたらいいとおもうんです。
 視にくかったけど、たぶん『ゆるして、あいして』って言ってました。『わるい子だから愛されない』ってかなしくて、それでも王子様に会いたいって泣いてるのかなって。 ──だから、みなさんが人魚姫さんの王子様や理解者になって許してあげたり、大好きっていってあげるのはどうでしょう?」
 “愛”と“赦し”を得られたのなら、エレクトリック・マーメイドも少しは理性を取り戻すはず。 そう期待するように、√能力者たちへ「おねがいしていいですか……?」と懇願の眼差しをむける累。
「あっ、でも……」
 そこでふと思い出したように再び口を開き、大切なことを付け加える。
「√能力者じゃないAnkerの人なら、あわに攻撃されないんです。でもやっぱり近づくのはあぶないから……もし来てくれるなら、いっぱい気をつけてって言ってあげてくださいね」
 星詠みになって初めて視たゾディアック・サインが戦争になってしまった累は、ここまで伝え終えると緊張の糸が切れたのかため息をはいて。
「あの、えっと、いろいろおねがいしちゃいましたけど……みなさんの無事が一番だから、気をつけていってきてくださいね」

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第1章 ボス戦 『エレクトリック・マーメイド』


天使・煉

『ゆ■して……あ■して、おねがい……■■じ様』
 エレクトリック・マーメイドの悲痛に満ちた|悲鳴《願い》が、神田郵便局に響く。
 その声を聞き届けたのは、小さな|少女《お守り》。

「あい?だいすきってことだよね。 それなら、れんはいっぱいしってるよ!」

 ふにゃりと笑ったそのお守り──天使・煉(天使な御守・h07323)は、得意気に胸を張った。

 てててっ。 と、軽い足音を立てて警戒心なく人魚姫へと近づく煉。Ankerである少女に電子の泡が反応せず、容易に傍へ行くと涙に濡れた顔を覗き込んだ。
「にんぎょさん、とってもきれい……!」
 ピンクの瞳をまぁるく開いて、まさに絵本の中のお姫様を体現したような人魚姫をじっと見据える。
『だ、れ……お■じ、様……?』
 涙で霞んだ彼女の視界では誰か分からない。だからだろうか、待ち望んだ王子様なのかという期待が微かに声に滲む。
 しかし少女はぶんぶん首を振り。
「ちがうよ! あのね、れんは“あまつか・れん”っていうんだよ」
 「こんにちは」と無邪気に挨拶を伝えるけれど、落胆と哀しみが涙となってまた溢れる。
『来■い……■う、じ様……っ、私が、わる■子だか、ら……!』
 ふたりを包むように、ぶわりと増える電子の泡。
 けれど煉はそれに怯えることもなく、やわい小さな手を人魚姫の冷たい頬へ伸ばした。
「わるい子じゃないよ、にんぎょさん。だって、なにもわるいことしてないもん! はじめましてだけど にんぎょさんのことだいすきだよ!」
 幼いお守りは、彼女がどんな存在か知る由もない。 ただ、だからこそ純粋に慰めようとする心と撫でる手に、海のように綺麗な青い瞳がぱちりと瞬いた。
 そこで無粋に光る欠片はとても痛そうで、煉はきゅっと眉を顰めながらも、一生懸命に話しかける。
「おうたもきれいで、ゆらゆらおよぐのもきれいで……」
 今はたくさん泣いたせいで|少し枯れている《ノイズ混じりだ》けれど可憐な声に、ふわふわと揺らめく長い黒髪に鰭。 全てが煉には絵本から出てきたお姫様のように見えたのだ。
「だからね、れんはにんぎょさんだいすきだよ!」
『だ■すき……? 私、を……?』
 涙は未だ止まらない。 それでも、大好きだとお友達になろうと伝えてくる幼い声の主を見ようと瞳を細めて。

 見つめられた煉は「えへへ」と照れたように笑いつつも、撫でていた手で人魚姫の手を握る。
「にんぎょさんは、ぶきようさんなんだね」
 でもね、とどこか落ち着いた雰囲気で同じように不器用な持ち主を思い出し、少女は語りかけ続け。
「ちょっとぶきようさんでもね、だいじなひとにだいじって こころでかんじられるの」
 人魚姫は静かに耳を傾けていた。綺麗な涙をぽろぽろ零しながら。
「にんぎょさんのだいすきなきもちは、きっとおうじさまにもとどくよ!」
 小さな手をそうっと握り返す。 頑なに閉じた心が、開き始めた瞬間だった。

朧谷・千里

「話は聞かせてもらった。力を喪ったこの身でも、√能力者たちの助けになるのなら……今この時だけは…彼女の|苦痛を拭う存在《王子様》となってみせよう」
 かつて戴霊禍祓士として戦っていたのも遠い昔。|欠落が満たされ《死の恐怖を知り》、√能力者としての力を喪った朧谷・千里(清廉なる蒼・h06232)は、それでも自分にできることがあるのならとこの戦場に立った。

『あ■あ■ぁあ! お■じ様……っ、■うじ、様……!』
 赴いた神田郵便局には、彼女がいた。苦痛と哀しみにもがき苦しみ、滂沱の涙を零すあわれな人魚姫。
 元より千里から戦いを仕掛けるつもりはなかったけれど、その悲痛な姿は憐憫を誘うばかりで彼女自身に敵意は見られなかった。
 念の為に備え持っていた護身用卒塔婆を置き、前へと進み出る。礼儀正しく、ゆっくりと一歩ずつ。電子の泡をすり抜けて。

「──姫君」

 穏やかで、慈しむ声音が人魚姫の耳へ届く。
 けれど俯いたまま、千里の方を見ようともしない。 期待してはいけない──そんな頑なな想いが、彼女を臆病にしていた。
「どうして悲しんでおられるのですか」
 それでも千里は語りかける。愛を乞うように手前で跪き、顔を見せてほしいといわんばかりに覗き込みながら。
 まるで優しい王子様のような彼に心が僅かに揺らいだのか、震える唇をそっと開き掠れた言葉を紡ぐ。
『私■は……わる■子、だから……』
 あいされない──。
 どれだけ電子の海を泳いでも、逢えない王子様。災厄を振り撒く|存在《プログラム》でありながら、一途に愛を求める様は儚げで。
「「悪い子だから」?そのような事は、決して。 誰にでも、どんな存在であろうと愛される資格はあるはずです」
 泡めいて繊細な心を慰撫するために、彼女の言葉を否定する。 「勿論あなたも」と、決して“姫君”への礼を失さず、硝子細工を扱うようにその繊手を取った。
「貴女の王子は此処におります。私は貴女を傷つけません」
 ぴくりと人魚姫の身体が震え、戸惑いと期待に潤んだ瞳が揺れる。

「どうか、その御顔を上げて頂けませんか」

 物語の王子様が、真摯に姫君の愛を希うように。 常の冷徹な千里からは想像もできないほどの情熱を込めて、囁く。
『……お、う■……様……』
 その想いに突き動かされ応えるように、ゆっくりと人魚姫の顔が上がっていく。
 揺れていた瞳が真っ直ぐに千里を見つめ、あえかに微笑んだ気がした。

架間・透空

(傷付けたくないし、彼女にこれ以上傷付けて欲しくない……そう思うから)
 困っている人を放っておけない優しい少女は、嘆き哀しむ人魚姫の姿に心から願う。そして、願うだけでは叶わないことがあることも、知っているから。

「その想いを届ける為に……私、一生懸命歌います!」

 |銀幕の歌姫《アイドル》に憧れた、架間・透空(|天駆翔姫《ハイペリヨン》・h07138)は歌を選んだ。
 時になによりも強く、歌は想いを届ける。彼女が夢を抱いたように。
 |おもちゃのマイク《大切な思い出》を両手に包み、やわらかに地を照らす銀月の瞳で人魚姫をあたたかに見つめると、そっと音を奏でた。
『■う■様……あぁ■あ、ぁ■……ゆ■して』
 弱々しく悲嘆にくれる人魚姫には最初、歌声は届かない。 それでも透空は誰よりも、遠く、高く優しさだけを込めて歌い続ける。

 ──私は貴方を絶対に傷付けない
 ──私は貴方の敵じゃないよ

 誠心誠意の想いを奏でる透空の歌はゆっくり、けれどたしかに人魚姫の心へ届き始めて。
『う■……?』
 涙を湛えた瞳が、静かな海のように少女へ向けられる。傷付ける存在ではないと伝わったのか、囲っていた泡がぱちんっと弾けて僅かに消えた。
 人魚姫を怯えさせないよう、ほんの少しずつ彼女との距離を近づけて。歌声と同じく穏やかに言葉をかける。
「マーメイドさん、聞いてくれますか?」
 ──応えはない。 けれど視線を逸らさず、じっと彼女がなにを語るのか待っているようだった。
「……貴女はもしかしたら『わるい子』だったかもしれない。だとしても、心から何かを悔やんでいる今の貴女はきっと、『わるい子』なんかじゃない。 許されて、愛される資格だって……きっとあると思うんです」
 災厄を振り撒くというエレクトリック・マーメイドは、『いい子』だったとは決して言えないだろう。だが透空は今悔いているのなら『わるい子』ではないと、心の棘を抜くような赦しを伝えた。
『な、ら……おう■様、来てく■さ……る、■しら……?』
 迷子の子供のようにたどたどしく尋ねる人魚姫へ、頷く代わりに一輪の花を差し出す。
「だから、そんな貴女に|薫衣草《ユメノカケラ》を捧げましょう」
 綺麗な紫色のそれは生花ではなく、歌が齎し人の想いが結晶化した奇跡の花。その花言葉は『許し合う愛』──まさに、愛と赦しを希う人魚姫へ捧ぐに相応しいものだった。

 受け取っていいのか戸惑い、指先を伸ばしたかと思えば手を握りこんで。 幾度か繰り返した後、意を決したように手に取る。
「貴女はもう愛されてもいい筈。だからもう泣かないで」
 硬質なのに温もりを感じる花を手に、人魚姫はぽろり、また一筋の涙を流す。
「……貴女の笑顔は、きっと素敵だと思うから──笑って、欲しいなって思うんだ」
 しかしそれは哀しみだけの涙ではなく。優しい願いだけを求める透空に、嬉しさを滲ませた笑みを伴っていた。

櫂・エバークリア
黒野・真人

 欠片に与えられる苦痛に、狂ってしまったからこそより強くなる王子様への渇望に、涙する人魚姫。その姿は悲哀に満ちていて。
「一応敵サイドなんだろけど……今回この人魚サン、マジで被害者だからなあ」
 愛を貫き、縊匣を拒絶し退けただけ。そんな彼女に思う所などありようもなく、黒野・真人(暗殺者・h02066)はキリリとした眉を困り顔で下げる。
「いつもこなしてる仕事だって泣いている誰かの為のもんだ」
 共にこの神田郵便局へと訪れた、彼の行きつけのバーの店主であり、共犯者でもある櫂・エバークリア(心隠すバーテンダー・h02067)は普段と同じ軽薄な笑みを浮かべそう言いながらも、眼差しは真剣に真人を見遣った。彼らはいつだって『誰かの為』の仕事をする。  幾筋もの涙を白い頬に伝わせ、『おう■様……!』と呼び続ける彼女を改めて見つめた真人も、「それもそうだな」と納得し頷いた。
「なら、とにかく助けようぜ」
「りょーかい。行くとするか」
 了承を答えた櫂はふっと自身の掌に視線を落とす。武器を取り、数え切れない仕事をこなしてきた手。
「こんな血にまみれた手で悪いが、涙くらい拭いに行くぜ」
 だが、いざ向かおうとすると、真人には照れが走る。
「ただその……愛とか癒しってその、面と向かってはすごいハズいけどな」
 『王子様として接する』。言葉にしてしまえば簡単だが、苦手な者からすれば羞恥を煽られることだろう。 「愛だなんだは言い慣れてるが……急に愛してるって囁かれても困るだろ」
 反対に櫂は抵抗もなく慣れた様子だ。だからこそどう話しかけるかを考えあぐねていた。
 なにはともあれ電子の泡を抜け、人魚姫の元へ行かねばならない。
 鉈のような厚みのある漆黒のナイフ、濡烏を手に、櫂は大胆に一歩踏み出す。攻撃するためでなく、泣いている姫の傍へ近づくために。
「とりあえず……まずは優しく言葉をかけてみるかな」
 櫂の考えを心得た様子で真人は頷き、√能力を発動する。
「最初から治癒結界を張っておくぜ」
 自動迎撃を行う泡は容赦なくふたりを襲い、傷が増えていく。だが、全治癒力を増幅したふたりが怯むことはない。

 泡を弾かせるのではなく、いなして進むことで敵意がないことを示すふたり。治癒はされていくものの、傷ができてしまうのは避けられない。
 それでも櫂は負った傷の痛みなど微塵も感じさせずに、人魚姫の前に立つ。
「失礼。お望みの王子様が到着だぜ」
 絶望を吐き出すかのような人魚姫の叫びを軽やかに遮り、堂々とした態度で王子を名乗る。
『おう■様……来■ない……■るい子、だもの……』
 一瞬、瞳は揺らぐ。だが、彼女は否定した。──いや、否定とは違うだろう。期待してはいけない、そんな思いからの言葉だった。
 けれど櫂も、それを否定する。一途な想いを肯定するように。
「お嬢さんは敵ではあるけど悪い子なんかじゃないだろ。ただ|それ《王子様》を願っているだけだし」
 人魚姫を見据えるサングラス越しの瞳は「それのなにが悪い?」と語りかけていた。

(カイすげえな上手すぎる。あっという間にハナシ聞く姿勢に持ってってる。今ならオレのでも──)
 王子として振る舞う櫂の言葉を信じたい、でも怖い。そんな人魚姫の心境がひしひしと伝わってくる。
 嘆くばかりの彼女の空気が変わったこの好機に、真人も心を救い上げようと口を開いた。
「あんた何にも悪い事してないからさ」
 海を湛えた瞳が、ゆっくりと真人を捉える。 まるで『ほんとうに?』と問いかけるように波打っていた。
「愛して貰うのに資格は必要ないだろ」
 それは本心からの想いだ。愛されることも愛することも、なにかに許しを得るものではない。
「あんたがあんたでいるだけでいいはずだぜ」
 敢えて資格という言葉を使うのなら、自分らしくいるだけで“愛される資格”は十分にあるのだから。

 真人の想いを補完するように、不自然に光る瞳の眦にそっと指先を触れさせる。 人魚姫は悪くない。悪いのはこの破片だけなのだ、と。
「愛して欲しいって願いは誰にでもある」
 感情を持つ者ならば欲してしまう、普遍的な願い。エレクトリック・マーメイドだって同じだ。だから櫂はその渇望を否定しない。
「手を取ってくれる人を待ってるんだからな」
「── それにさ……こんな綺麗なのに泣いてるの勿体ないぜ」
 櫂は指先を滑らせ、やわらかに頬を撫で。 真人は共犯者の言葉を引き継ぐように、彼女の手を取る。
「泣いて人魚姫が消えちまうのは童話の世界だけで十分だからな」
 愛を肯定し、消えてくれるなと希うふたりの王子に包み込まれた人魚姫。涙に枯れたか細い声で、ふたりへと乞う。
『お■ねがい……あい■て……』
 ただそれは、悲嘆にくれたものではなかった。
 狂わされたものでもない、あまやかに響く心の底からの声。
 苦痛が取り除かれることを求める王子も、人魚姫の想いが届くことを願う王子も、やさしく微笑んで。

鷲宮・イヴ

 鷲宮・イヴ(人間爆弾のレインメーカー・h08968)は血腥い戦いが嫌いだ。
 趣は違えど彼が立つここも戦場のうちのひとつ。できる限り、忌避したい場所だけれど──。
「可愛いお嬢さんのお願い、力にならないわけにいかないな」
 離れていても聞こえる、涙に濡れた懇願。切なく響く願いを聞かなかったことになんて、できるわけがない。
「俺が王子様なんて対極の存在ぶるのは可笑しな話だけど──どうせ御伽噺なら、最後まで|騙し切って《夢を見せて》あげよう」
 女性に好かれる端正な顔へ、王子様然とした蕩けるようにあまやかな笑みを湛えた。

「人魚姫! 今からそっちに行く!」
 張り上げた声が響き渡る。
 それは人魚姫の耳へも届き、ゆっくりと顔を上げていく。本来ならば楚々とした可憐な面立ちが、哀しみに沈溺していることがよく見えた。
『だ、■……来な■で……っ』
 王子様を求めながらも、同じくらい傷つくことを恐れる人魚姫。彼女の心を守るために、電子の泡が警戒も顕に行く手を阻む。
 だが、そんなものに怯む王子など物語にいるだろうか? ──いや、いない。彼らはいつだって、姫の愛を得るために危険を承知で進むのだ。
 イヴもそれに倣う。真っ直ぐに人魚姫の元へ一歩進む度、自動的に迎撃を行う泡によって肌に傷を刻まれていくが、構わない。
 怯えと期待が綯い交ぜになった視線を一身に浴びながら、微笑みを絶やさず人魚姫のことだけを見つめ続けた。

「──ああ、人魚姫、やっと会えた」

 たん、と最後の歩みで姫君の前に立つ。試練を乗り越えようやく会えた喜びを熱を込めた声音で表して、最後まで夢を見せると決めた通り、彼女への愛しさだけを伝える。
「一人にして悪かったね、寂しかったかい?」
 孤独にさせてしまったことを詫び、恋しい人の声を望むように問いかけた。
『■み、しい……でも、私がわるい■、だから……』
「……そんな、君が悪い子なわけないだろう」
 仕方がないのだと、諦めを滲ませた瞳をイヴから逸らす人魚姫。 しかしそれを押し留めるように、そっと髪に触れる。哀しみではなく自分だけを見ていて欲しい、と。
 物理的な力は入っていないけれど、心を動かすには十分過ぎるほど。ただ手の優しさを受け止める彼女を見て、梳くようにしっとりとした滑らかな黒髪を撫でた。
「愛しい人魚姫、ごめんね、もう一人にはしないから」
 謝罪を込めて髪へ、愛おしさを込めて額へ。そして姫君への敬意を込めて手の甲へと、キスを落としていく。
『……お、■じ、様……』
 はるか昔から、お姫様の呪いを解くのは王子様のキス。
 ほろりと流れたきれいな涙は、人魚姫の心が解き放たれる予感のようにきらめいていた。

四之宮・榴

『■うじ、様……お■■様……っ』
 傷つきたくないのに。それでも王子様を求めてしまう、人魚姫。
 哀傷に苦しむその姿を、物憂げな琥珀の瞳が見守っていた。

「……ええ、これ以上、傷つきたく……ありません」

 何度となく頷く、四之宮・榴(虚ろな繭〈|Frei Kokon《ファリィ ココーン》〉・h01965)。それは彼女が人魚姫へ向ける共感であり、彼女自身の過去のトラウマに対する拒絶だった。
 独白のように示された同意は姫の関心を得たのか、溢れては頬を濡らす涙で揺蕩う瞳で見つめ返されて。 震え微かに戦慄いてしまう唇を開き、言葉を選び紡ぎ始める。
「……あ、愛は……もう……理解は、出来ないの……です。……信頼も、今は怖くて……出来ません」
 だから王子様となって人魚姫へ愛を与えられない、という懺悔に似た告白。愛への理解を失い、信頼することに怯える自分が、どうして愛を求める人に捧げられるというのか。
「……僕は、壊れてしまって……いるから……。 ……でも、僕も赦しを欲しいの、です」
 壊れてしまった自分を肯定してくれる、赦しが欲しい。

 想いの丈を吐き出し、ふ、と吐息を零した榴は、じっと視線を逸らさない人魚姫に、困り眉を型どり小さく笑みを浮かべた。
「……僕と貴女様は……凄く、似ているのだと、僕は……勝手に思って、おります」
 境遇は違うかもしれない。 しかし、愛を、赦しをひたすらに乞うて渇望し、|狂って《壊れて》しまったふたりの姫君は鏡写しかのごとく似通っていた。
「ねぇ……」
 静寂めいた、ふたりだけの秘密を囁くような呼び掛けは、落ち着いた声音と相反して強く響く。沈黙のなか聞き入っていた人魚姫の耳元をやわく擽って。
「……此れは、傷の舐め合い……だと、思いますが……っ……不毛だとしても……貴女様の気持ちが……痛い程、解ります」
 ひとつひとつ言葉を区切り、想いを丹念に届けるために。じくりと疼く胸の痛みを吐露しながら伝え続ける。
「……だから……お、お互いに……少しだけ、勇気を出しましょう……?」
 同じ痛みを抱く者同士なら、分け合って背負える。勇気ある一歩が、確かにあたたかな未来へ紡ぐことも知っているから。
 ──この手を取って。 そう祈って手を差し伸べ、電子の泡へと身を投じた。

『あ、■たと……一緒、に……?』
 ひとりは怖い。けれど本当に、共に踏み出してくれるのならば。
 淡い期待を芽吹かせて、揺れる指先が彷徨った末に榴の手に触れる。 少しずつ心開く人魚姫の意志を投影するかのように、泡はただ漂うだけ。
「……叱って……怒って……共に、歩んでくれる方を……愛を語って、くれる方が……っ……きっと、傍に……居てくれます」
 榴にとっても、それは希望だった。伝わってほしい。その一心で途切れ途切れ、懸命に伝えながらも、触れた指先をやさしく握り込む。
「……きっと、見えない……だけです、から」
 涙を拭い、哀しみを祈りに変えて。 今、少し見失っているだけの|未来《愛》を、共に探そう──と。

躑躅森・花寿姫

 瞳に刺さる破片から澱みが胸へと降り積もる。痛みと苦しみに涙することしかできない人魚姫。
「今回は『王子様』として救いましょう」
 躑躅森・花寿姫(照らし進む万花の姫・h00076)は決意と共に、躑躅の花が鮮やかに咲く魔法少女めいた衣装、アザレア・ブルームへと変身を遂げる。
 淡いピンクの長い髪が靡き、ふんわりしたフリルが揺れる様は、花寿姫がお姫様であることを示している。
 しかし愛しい『お姫様』の元へただ真っ直ぐと。躑躅色の大きな瞳をやわらかく細め人魚姫の元へと向かう姿は、可憐な微笑みでありながらもたしかに『王子様』で。

「痛みに狂い、安寧の海に戻れなくなってしまった哀れで可憐な貴方、救けに参りました」
 電子の泡の海に隔てられた対岸に立ち、美しい容貌を萎れたように曇らせている人魚姫へ、物語を語るように優しく、だが凛と力強く響く声音を届ける。
『たす■け、に……ど■やって……?』
 自嘲を含んだ問い掛けが投げ返された。意志なんて関係なく湧き上がる絶望や孤独に苛まれ、存在だけで罪を犯す『わるい子』を助ける価値なんて──そう言いた気に視線を逸らし、その拍子に涙がまたぽろりと溢れる。
「傷つきたくない、苦しみたくない、その気持ちも罪も私に半分ください。愛も痛みも苦しみも罪も分かち合いましょう。──その上で共に歩みましょう」
 けれど花寿姫は臆することなく、ここへと自身の胸に手を添えた。人魚姫の心も罪もなにもかもを分けて、自分にも背負わせて欲しいのだと切に伝える。
「私は貴方を導き、救い、愛する王子様。
 貴方は私を愛し、救い、寄り添うお姫様」
 花寿姫は今、人魚姫のためだけに在る王子様。そして人魚姫も、花寿姫だけのお姫様。 愛らしい姿に反して凛々しく、人魚姫の歪んだ視界を真っ直ぐに射抜いた。
「私が貴方を愛し、貴方が私を愛する。
 私が貴方を癒し、貴方が私を癒す」
 鏡合わせに紡がれる言葉は、まるで結婚式の誓いのように神聖で、誠実だった。愛に焦がれた人魚姫の心へ、雨が地面を潤すがごとく染み込んでいく。
 信じたい──そう思う人魚姫の想いが伝播して、ひとつずつぱちんと泡が弾ける音がする。
「王子様が助けるだけでは、お姫様が助かるだけでは駄目なのです」
 |互いの在り方《決められた物語》に縛られずに。依存し、一方的に愛や赦しを乞うのではなく。互いに慈しんで生きていきたいのだと。
「貴方に私の愛を受け入れ、私と共に歩んでくださる勇気があるのなら」
 敬意を込めて作法に則り、胸に当てていた手を差し伸べる。心を捧げるから、あなたも|心を開いて《勇気を出して》ほしいと祈って。

「──どうかこの手をとってください」

 小さな手だ。人魚姫とそう変わらないだろう。
 けれど、とても頼もしく見えるのは、|王子様《花寿姫》の揺るぎない眼差しのせいだろうか。
 恐る恐るといった風に、泡の隙間から手が伸ばされる。小さく震えていて、手にすることを許されなかった宝物へ触れるかのような緊張を思わせた。
 花寿姫からはそれ以上手を伸ばさない。人魚姫に一歩踏み出してほしいから。 その代わり、決して微笑みを絶やさず、焦らせることもなく、彼女を待つ。
 葛藤や恐怖に何度も行き来を繰り返しながらも、勇気でそれを振り切った指先が、手のひらに乗った時。──その手を握り、優しく引き寄せた。
『……っ、ぁ……』
 引き寄せるよりもさらに優しく、けれど強く。甘やかで温もりに満ちた抱擁に、人魚姫は泣き出す寸前の吐息混じりの声を零す。
 それごと全て包み込み、受け止めて。花寿姫はあいしあうように抱き締め続ける。 背中へゆっくりと、腕が回される気配を感じながら。

クロック・ロック

(助けてあげれば、穏便に撤退してもらえるなら。それでいいのかなと今回は思うっす)
 哀れな人魚姫、エレクトリック・マーメイド。本来ならば敵で、戦わねばならない相手だろう。
 けれど苦しみに喘ぐ彼女が解放され、穏便に事が済むの──いいのではないか。クロック・ロック(狂気の猟犬・h01715)はそう考えた。
 愛されたい気持ちや、王子様という|概念《もの》はよく分からない。それでも──
「優しく接してみようと思うっすよ。 一応警官ですからね」

『い■い……苦■、っ……■うじ、様……!』
 人魚姫が心を開けば開くほど、欠片は深く食い込もうと痛みを与え、狂気に堕とさんとする侵食が苦しみを深くする。
 その姿はまるで事件の被害者のようで、警察官の責務に準じるクロックは彼女に正気を保たせようと声を張上げた。
「助けに来たっすよ! どうか落ち着いてください」
 敵意はないのだと話しかけながら、怯えせないようゆっくりと少しずつ距離を詰める。
 つらそうに身を捩る人魚姫は、涙で溺れそうな瞳をなんとかクロックへ向ける。 己の存在が彼女を救えるか、心がひりつく瞬間だ。
「その欠片が痛いんっすよね? 傷つけないっすから、信じてください」
『……だ、■……っ、来■ては、だめ……』
 王子様と理解者。彼らの寄り添ってくれた心を寄る辺に、微かな理性を繋ぎ止める人魚姫は首を必死に横に振る。
 クロックの優しさも受け止められるようになった彼女は、数は減ったけれどまだ存在する電子の泡が傷つけてはいけないと必死に耐えていた。
 そんな人魚姫の自己犠牲は物語の『人魚姫』を連想させて、そんなこと警察官としてさせられるわけがないと走り出す。
 負傷は覚悟の上。しかし彼女の抵抗のおかげか、泡の攻撃は少なく、弱い。 経験と勘、そして霊能振動波を放ち|霊振《サイコクエイク》を起こし、数少ない泡を鈍らせてしまえば危なげなくすり抜けることができる。
 ツンと跳ねた髪を揺らし、人魚姫の眼前へと近づいた。──もう、ひとりで泣かせるわけにはいかない。

「お願いです、1人で抱え込まないで」

 敵とはいえ女性がひとり耐え、涙する。なんて不味そうな事件の香りだろうとクロックは思う。 だからもう、耐えなくていいのだと。自分や誰かを頼っていいのだと伝える。
 その言葉か、彼の行動にか。人魚姫の驚きに見開かれた瞳の中で、欠片が不穏にきらりと光ったのをじっと見つめながら。 召喚した治療弾を握りしめた掌で、砕いた。
 Lock and load──。
 砕いた破片から魔法が湧き出るかのように、人魚姫の痛苦を水沫のごとく溶かし、癒す。
「ほら、もう大丈夫っす。よく頑張ったっすね」
『……痛く、ない……?』
 苛めていたものが綺麗に消え去り、ぱちりと瞬く人魚姫。眦に恐る恐るふれる指先が、信じられないという気持ちを伝えていた。

 その姿にクロックは怪我をしても我慢していた子を褒めるように、からりと笑った。
「さぁ、もう行ったほうがいいっすよ」
 欠片は取れた。もう人魚姫は大丈夫だろう。
 けれど元凶で王劍縊匣の欠片が、もう何も起こさないなんて保証はない。彼女のためにも、早く立ち去るように促す。
 それに、ここには彼女が求める者はいないのだ。
「最後には貴方の望む本当の王子様が、きっと現れるはずっすよ」
 クロックは心からの励ましを贈る。人魚姫が進む先に、本当の愛を与えてくれる人がいるはずだから。
 いつかきっと、人魚姫という|存在《プログラム》に愛という名の|幸せ《解放》を与えてくれくれる、と。


● A Promise in the Bubbles
 人魚姫の瞳から、カツン──とのろいの欠片がこぼれ落ちました。
 頭に霞をかけていた、暗くおそろしいなにかは消えさって、透明に澄んだ海のように晴れわたります。 姫はまだ泣いています。けれどその涙は真珠のようにかがやいて、幸せそうにほほえんでいました。
 姫は愛をくれたひと時の王子様たち、そして赦しをくれた優しい人たちを、深い蒼の瞳でひとりひとり見つめます。

『ありがと、う……』

 枯れていた声は、ノイズがまじっていたあの声は、可憐さを取り戻し、彼らに心からのお礼を伝えました。
 そして尾鰭を大きく動かし、姫は空へと泳ぎだします。 自由に、舞うように。
 その姿は痛みと苦しみから解放されたよろこびを表すようでした。

『今、探しにまいります……王子様……』

 もらった愛と優しさを、今度は姫だけの王子様へ届けるために旅立つのです。
 最後にいちど振り返った姫は、ただの少女のように明るく笑っていました。

 ──そうしてきれいな泡だけを残し、人魚姫は空へと溶けて消えていきました。
 けれど、結ばれずに泡となった悲劇ではありません。
 きっと姫の未来へと続く、導のような光の泡なのです。

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