⑭滅私
●たたきつぶすがよい
完全であることを求めている時点で、彼らは不完全である。
完全たる存在は己の完全性を主張せず、そして「そこにある」だけなのだ。などと。
「神や仏のような真似をするならその程度の事、解していて良いと思うのだがね」
テーブルへと肘をついているのは偽神である。ディー・コンセンテス……。
「神々を名乗る我々『十二神怪人』、いいや、もっと広くしようか。プラグマですら、未だ辿り着けぬものになりたい、など。なった、など。実におもしろいじゃあないか」
星詠み、実に『おもしろ』そうだ。やっている事は怪人とたいして変わらないというのに、よくもまあ。√が変われば感性も変わるというものか……。
至れ真理へ、至れ、御仏への道、至れ、神の領域。我々『レリギオス・トゥルース』、『機解仙プロトコル』にて世を解し、人々を救済せん。
この世の人類総てが真人へと到達すれば、争いなき世界が生まれるのだ。我々こそが真理に到達すれば……総て……。
真人化工場となったベルサール秋葉原。隙間も覗き穴もひとつすらないドアを叩いている囚われた人々。
最奥で待つ重陽真君。
己が完璧性の証明のために、機械の駆動音を聞いている。
●おかえり。
「やあ『おかえり』諸君。無作法な救いの手を断ち切るぞ」
星詠み。ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ(辰砂の血液・h05644)。薄らとした笑みを浮かべて、工場化されたベルサール秋葉原の中を地図を指す。鋭い辰砂の爪がかりかり、監獄棟を指している……。
「重陽真君は奥に。捉えられた人間たちはこの棟にいる。ちょうど重陽真君へ至るまでの通路だ、助けてやれ」
どこか他人事のような。星詠みはふんと小さく鼻を鳴らす。
「あんなものに救われるのはごめんだろう? 皆。故に、救いの手を断ち切れ。ひとは、『自分自身のみが自身を救える』のだ」
それは彼の主張だ。無視してもいい信条だ。だが……あれに『全人類』を救われるのは当然、お断りだろう。
「さあいざ行け諸君! わたくしは働かないぞ! アッハッハ!!」
わたくし? 関わるのも嫌だからな!
第1章 ボス戦 『重陽真君』
こんな状況じゃなければ関わり合いになりたくない。当然だ。
「新興宗教の勧誘よりも悪質だろ」
ファミレスで取り囲まれるよりもずっと厄介だ。取り囲んでくるのが人間でなく機械で、かつ、入信はナノマシンによる機械化をもって成就するのだから。セージ・ジェードゥ(影草・h07993)は監獄棟の廊下を走る。纏ったステルスクロークは正しく機能しているようで、周囲にはまだ警戒の気配はない。
人々が囚われているらしい部屋が並ぶ中、セージは監獄棟に対するハッキングを試みる。どうやら仕組みは電子錠だ。物理的なものだと破壊される可能性を考えたのか、それとも人類のハッキング技術を侮っているのか……。
混乱させすぎるのを避けるため、奥から順にドアを開け、人々を救助し避難誘導していく。……アラートが鳴った。
――重陽真君のお出ましだ。
『鼠一匹入らぬようにと管理すべきだな』
すぐさまチャージを始める重陽真君。彼の左腕へと集まってくるインビジブル――。ふんと鼻を鳴らしたセージ、密かに√能力を発動し、背後で怯える人々に「早く走って!」と声を張り上げた。
『我が前から消え去るがいい』
淡々とした機械的な声が響き、大剣を振るう重陽真君――! チャージの最中であろうと隙を見せずに攻めてくるつもりだ。強く床を割る一撃を避けたセージ。だが、その動きに違和感を覚えたか。重陽真君が己の左腕を見た――腕が、動かない!
『ほう』
目を細めた彼。動かない腕、なるほどよく考えたものだ! その一瞬の隙をついたセージ。左腕を狙い放たれた弾丸を剣を振るい叩き落とす重陽真君。互いに片腕を庇うように立ち回る中、パルスクローで攻撃しつつ、撤退のために重陽真君の横をすり抜けた。
人々の盾となり撤退していくセージを見ながら、空になった牢獄を見る真人――冷徹な視線を保ったまま、奥へと踵を返した。
――『助けて欲しい』と頼ってきた相手を救うのならともかく。
「何も言ってないのに押しかけてきて『救おう』とするのは、ただの迷惑行為ですよね」
救済は、それを求めるものにだけ与えられるべきものだろう。誰しもが救いを求めているなんて、幻想だ。リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)は静かに、出力を上げる――。
展開される光翼。まるで紙でも切り裂くかのように、壁ごと|ブレイド《LXM》で断たれた扉の中。撫で斬りにされた扉がばちりと爆ぜる中で、捕えられている人々を解放し、避難を呼びかける。少々強引な脱出路の作り方ではあるが問題はない。
さて、「あれ」が中枢で待つならば向かうのみだ。レイン砲台を展開し警戒しながら通路を駆け抜け、そうして前にするは重陽真君の姿――。吹き抜けとなった中枢にて、振り返る重陽真君をすぐさまに斬りつけ、上空へと抜けていくリズ。それをふむと見上げた重陽真君。
『大穴でも開けられたのか。小鼠が多い』
彼の「煉丹炉」が、駆動する。燃え上がるように熱を発し、放たれるは「金丹」――!
「……ッ!」
金色の鱗粉のようなそれを受け、上空で身動きの取れなくなったリズ。このままなら光翼が機能しなくなり堕ちる――が、それに対策を取っていないわけはない!
――レイン砲台から放たれるジャミング電波! いくら細かいナノマシンであろうと機械である。動きを阻害され落ちていくナノマシンはまるで粉雪のように美しいが、見とれている暇はない! レイン砲台とリズの射撃がすぐさま重陽真君を撃ち抜いていく。
僅か、瞬きの間。次の手を考えているであろう重陽真君へ、急接近したリズのプラズマブレイドが『真人』の体を切り裂いた!
バチバチと抉れた傷から火花を散らしながら、リズへ剣を突き立てようとするが、それも間に合わない。上空へと退避したリズ。
……あれは『真人と名乗るには、ヒトにも、機械にもまだ足りない』と、目を細めた。
「全く最近の若い者ときたら」
始まるはご老人のお説教かと思いきや。
「やれ、『たいぱ』だの、『こすぱ』だのと嫌んなるよ」
……実に現代に馴染んだ|おばあちゃま《お姉さん》、六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)であった。
「その上機械の仙人まで出て来る始末……これはお灸を据えんとねぇ」
ふうと息を吐く姿、見た目こそ若々しく麗しいお嬢さんだが、その力――神仙、侮ってはならぬ。
「――う、わぁ!?」
囚われている人々の小さな悲鳴。監獄棟の扉、壁が爆破されていく――! 三昧真火、傷つけぬようにと調節された爆発・火力。開かぬドアは我が手で開けばそれでよし。
「ほうらお逃げ、出口はあちら、もう扉は開いとるよ」
響く優しい声に導かれ、これからヒトとしての死を迎えるはずだった人々が逃げていく。それと同時、真理へ迫るは重々しい足音。重陽真君!
「勝手に色々とやらせてもらってるよ。お前さんも勝手に救済なんてしてるんだ、文句は聞かんがねぇ」
『それは結構だ。互いに相容れぬと理解している』
それでも名乗ってやろうではないか――。
「わしは六合真人、仙人だよ」
お前さんと違って生身のね。……それを聞いて。重陽真君は、目を細めるようにして瞳のレンズを絞った。
『面白い。そのデータ、寄越して頂こう』
構えられた剣と左腕――集まるインビジブル。さて、救済だの何だの、こっちは『そういうの』は間に合っている。もはや乗り越えた道ですらある。
出会った土産に、「機械でお手軽! 仙人コース」とは違う――本物の拳をくれてやろう。
一分も、馬鹿みたいに待つ訳ないだろう? こちとら、時間の価値を理解しているんだ。
まるで歩むように、しかし素早く重陽真君の間合いに踏み込んだ真理。
勁打。ぽん、と叩かれた左腕。――掌打!!
軽く叩いただけだ、それだけで廊下の端へ吹き飛び、壁へとめり込む重陽真君! いったい、どれだけの力を込めたのか……推して知るべし。
「伊達にして帰すべしってねぇ」
お上品に笑う真理|おばあちゃま《お姉さん》、さてはて体勢を立て直すのを待つ時間も惜しい。冗談めいた思考と微笑みの中、通路を駆ける。
パキ、みし、と。僅かな音を立て、外殻が剥がれていく。研ぎ澄まされていく。代わりに纏うは留殻。己の身体能力をより柔軟に特化させた肉体――穢塵余灯、人々を救うための、ひとつのかたちだ。
通路に満たされた煙は和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)の姿を確と覆い隠した。侵入した経路から見た安全な道、己の肉体が感じ取る監視の目のない通路――そして、最奥へと構える重陽真君の気配。
破壊されるドア、囚われた人々を煙の中誘導する蜚廉。声だけで導いてくる存在に人々は少しの疑問を覚えつつも――その煙の中に薄ら見えた姿を見ても、何があったかを彼らはすぐに忘れることだろう。追跡されてはたまらない。潜殻転位――インビジブルと位置を入れ替える。何度も、何度も。
通路を封鎖した後に残るは己の気配と、重陽真君。気配を追えば中枢へとすぐに辿り着く。人々が逃げ出したことを、彼は理解しているはずだ。だがそれでも、異様な落ち着きを見せていた。
『真人に至ることは、人間にとっての理想ではない、と』
それは背後に佇む蜚廉への問いだったかもしれない。あるいは、自身への――。
振り返った重陽真君、煉丹炉が駆動する。放出される金丹、ナノマシン。空間へと満ちていこうとするそれを絡め取るは――斥殻紐。数多張り巡らされたそれが、蜘蛛の糸のように捉え、潰え、切り落としていく――!
『ふむ。細く頼りの無い糸だが、使い道はあるようだ』
重陽真君、己が一手を封じられたことは事実。剣を構え……蜚廉の体を穿たんとするが。その剣が彼を貫くことはない。
10秒ごと。制限あれど、インビジブルと入れ替わる体。|ナノマシン《金丹》を切り裂きながら重陽真君の背後を取った!
『成程』
言葉は短い。目前で爆発する殻。怯むことなく振り返り蜚廉の一撃を受け止めるも――その体が大きく揺らいだ。重くしなやかな肉体から繰り出された蹴り付け、機械の体が軋む!
続けざま放たれる拳を手で受け、流し、蜚廉の外殻へと傷をつける重陽真君。しかし柔軟に致命を避け、的確な攻撃を繰り出し、10秒。爆発するように目の前から消え失せた蜚廉。再度転移するは上空――重陽真君の頭部を力強く蹴り付けた!
揺らぎ折れたパーツががらんと床に落ちていく。重陽真君、秒数による制約があることに対する把握は早かった。だがそれを理解してなお、出現位置の予測はズレる。それは『人類』と『機械』の間に存在する、演算能力と咄嗟の判断の差。
叩き潰されるように欠けていく機械の体――叩き壊されるように欠けていく、真人の体。
「――完全であるならば」
削ぎ落とされる機械の体。それを見つめる蜚廉と重陽真君――。
「このような結末にはならなかっただろう」
――沈黙したままの重陽真君。ただその沈黙は、反論の余地がないからではない。機械の駆動音は確りと響き続けている。
真理へ至るには、まだ遠いようだ。
気色が悪い。気色が悪い! 心を埋め尽くすその言葉をぐ、と喉の奥に飲み込んだ。嚥下するだけでも喉が痛むような気がして、黒野・|真人《まひと》(暗殺者・h02066)は歯を食いしばる。
字面だけで気分が悪ィ。名前も外見も何もかも、許されざる存在に思えて仕方がない――!!
本来√ウォーゾーンに存在するか怪しい概念だ。重陽真君よ、美しい言葉をどうしてそのように使うことが出来るのか。
仙術系の発想はどこから来た。誰に入れ知恵されたか聞きだせりゃ――いや。
それは、すべて失われた。先のオーラム逆侵攻によって、彼らが蓄積していた『|完全機械《インテグラル・アニムス》』の研究データが全て破棄されたからだ。
データを失ったのはオーラムに限った話ではない。『レリギオス・トゥルース』も同様、自分たちのこの思想が何処から持ち込まれたか、その|情報《記憶》を失っている。
だが彼らにとってそれはさほどの問題ではない。崇高なる機械仙プロトコルによって真人を作り出せるのならばそれでよく、|√能力者《EDEN》たちとの争いに積極的ではない理由もそこにある。
我々もいずれは、|EDEN《その衝動》を手にするのだから。
――とはいえ、|真人《まひと》にとってはその所業も名前も気に入らないどころの話ではない!
暗殺業を営んでいるその手腕、確かなものである。鍵を壊せば存外呆気なくプシュと音を立て開くドア。人々に安全な道を指示し、急ぎ脱出をと告げドアを開けていく|真人《まひと》だが――それを容易く許すような存在では、ない。
|真人《まひと》と相対した重陽真君。
『|√能力者《EDEN》は実に、こちらを楽しませてくれる』
……逃げる人々との間に立ちはだかった|真人《まひと》、目を見開き敵意を剥き出しにし、重陽真君を睨みつける。
温存していた能力を解放する――ここで仕留めねば、犠牲を出すわけにはいかない!
「テメエは容赦しねえぞ!」
揺れる重陽真君の視界、そして破片。先の戦闘でダメージを負っているのだろう。そして……これは|真人《まひと》にとっては意外なことだったろうが。
「アンタらは兎に角逃げてくれ!」
そう呼びかけられた人々への攻撃を加えることを、重陽真君は選ばなかった。
『干渉をするな。一定数の『真人』を得ることが出来れば、我は√EDENから撤退する』
「はっ! ンなもん信じられるわけねェだろうが!」
それに――その|名前《真人》を、呼ぶんじゃねえ!
「仙術とか道術齧ったんだろうけど、付け焼刃だろ、どーせ!」
首を傾げる機械の体。重陽真君の左手にチャージされていくは五雷掌法――インビジブルが渦を巻く。齧ったのではなく、彼は『知識をインストールした』のだ。本来の『それら』とは異なる異能と化したものを。挑発に反応せずともやることは同じ。殺し、破壊する!
「――本物の霊術を教えてやるよ!」
|真人《まひと》の黒熱と重陽真君の雷霆が弾ける中。龍身と化した|真人《まひと》の体が、重陽真君の掌打を受け止めた――!
一発だ。その一発で、相当な霊気を削られた。付け焼き刃と侮ったがこの威力だ、長期戦には持ち込めない――だからこそ、暴れ尽くす!
喰らいつく顎を剣が貫こうとしようとも、鱗をその腕が引き剥がそうと伸ばされようと、|真人《まひと》が倒れることはない。
ブレスを吐きながら重陽真君の腕を噛み砕く顎。力の限りに振り下ろした腕がばきりと機械の足腰を床ごと砕く。
そして訪れるは、互いの限界であった。
|真人《まひと》の黒龍化が解ける。気絶寸前の体で、剣を支えにしながら――目前の重陽真君を睨みつける。
『――見事、と言っておこう』
ああ、どこまでも、上から目線なクソ野郎! その言葉を最後に完全に動かなくなった重陽真君を前にして、|真人《まひと》もまた意識を失った。
重陽真君を破壊したのだ――そのうち、救援が来ることだろう。この場に残るは、未だ動き続ける、周囲の機械群の静かな駆動音のみ。
