シナリオ

⑰双蛇相討

#√妖怪百鬼夜行 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦⑰ #マガツ天狐 #マガツヘビ

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 #√妖怪百鬼夜行
 #秋葉原荒覇吐戦
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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

●opening:マガツヘビ当惑す
「冗談だろ? テメエその腕……俺の腕のワケ、ねえよな?」

 マガツヘビは、爆破させたカヤックアキバスタジオの残骸上に佇む、銀白の妖狐を信じられぬ面持ちで眺めた。
 マガツヘビは、その背広を着た半妖の姿に見憶えがある。だがその左腕が、|マガツヘビの腕に酷似した器官《・・・・・・・・・・・・・・》に挿げ替わっていることについては、まったくもって見当がつかなかった。
 熱に浮かされたように、その未知の妖怪が呟く。

「あー……ぁ? なんだ、まだ居るんじゃねェか。俺の脳ミソにへばりつく、憎らしいヘビが……」

「なんだテメエ……様子が変だぞ……俺が寝てる間に、狂っちまったのか?!」

 ――『マガツ天狐』なる”古妖”がいる。
 元は半妖『八百夜・天狐』であり、半年前にマガツヘビを封印した者の一人だ。だが彼は、妖力を得る為にマガツヘビの肉を喰らい、精神に異常を来たしてしまった。彼が取り込んだ肉は、マガツヘビ本体とは別個の自我を獲得し――その得体はもはや、マガツヘビ当人すら知り得ない。

「なァ、この大穴……%#$俺にも使わせろよ”%$また逃げるつもりなんだろ?」

 それは二つの声で、同時に喋った。

「コイツ、様子が変どころの騒ぎじゃねえぞ……ああクソ、邪魔なんだよ! 俺はあの|イカれ野郎《荒覇吐》から逃げなきゃいけねえってのに!!」

 マガツヘビが右腕を叩きつけ、カヤックアキバスタジオの亡骸を完全に粉砕する。
 だが次の瞬間、跳躍したマガツ天狐の左腕が、その右頬を強烈に打ち抜いていた。倒れ込んだマガツヘビが、オフィス街の一端を崩落させる。

「グオッ!?」

 瓦礫に腕を突いた、マガツヘビの肩の上。夢遊病めいて脱力した立ち姿で、天狐は呟いた。

「ハハ、愉しいな? 折角だ。もう一度喰わせてくれよ…」

「あああ!! イカれ野郎ばっかりだぜ、畜生ッ!!」

●予知
「カヤックアキバスタジオが爆破された件だけど……」

 デッドマンの星詠みは、覆しようのない事実を確認する。

「これの犯人は、荒覇吐の下僕だったマガツヘビ。他√に逃走する穴を生み出した結果らしいけど……問題はそこじゃない。
 大穴の付近に現れた正体不明の古妖が、マガツヘビと激しく争ってるみたいだ。運よく共倒れでも、このままじゃ周辺被害は甚大。他の妖怪も近づけてないし……キミたち、これの鎮圧を頼めるかい?」

 それはもはや、是非なき問い。激震する秋葉原に向けて、EDENらは進路を定めるのだった。

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第1章 ボス戦 『マガツヘビ』


和紋・蜚廉
斯波・紫遠

 大都市を舞台に絡み合う双つの暴蛇。
 目を見張る巨躯、うねる様な痩躯。その歴然たる体格に比して、争いは拮抗していた。マガツヘビは天狐を捉えきれず、天狐はマガツヘビを殺しきれず。ただ破壊の余波のみが広がりゆく、その路地の一つに――

「……怪獣大戦争じゃん。
 忘れようとする力があっても、あまり街が壊れるのはよろしくないね」

 斯波・紫遠は、揺蕩う煙とともに姿を現した。
 新たなる"敵"を見た瞬間、天狐はマガツヘビの頭を空中で蹴り付け、我先にと突進する。
「いいね、血気盛んでさ」
 振り下ろされる|怪腕《カイナ》、鍔なき『無銘【香煙】』に沿わせ受け流す。同時に煙状砲台『煙雨』が揺らめき、天狐の全周を包囲した。

「|Iris《アリス》さん、タイム。この|古妖《ヒト》と意思疎通できないかな? 憑き物とは違うかもだけど」
『……正気ですか?』
「天狐さんだっけ。俺もさ――」

 その呼びかけは、

【ムゲンマガツ】

 黒き波の合間に消える。
 天狐が地に衝いた掌から、小型マガツヘビの群れが路上に横溢する。応戦した『煙雨』を数で圧倒しながら、嘲笑と歓喜に叫ぶヘビの群体が紫遠を押し流す。
 憑依部位から白炎を噴き出し、その波頭に抗うも。
 視界不良の中、反射される炎に皮膚は焼かれ始める。
「……これ、相性悪いかな?」

――|翅音《はおと》。
 振り向く間もなく、紫遠は背後から現れた何者かの片腕に抱かれ、波の上を天狐に目がけて飛翔する。
「ちょっ?!」
 空中で天狐と交錯したその瞬間。ヘビの群れが魔法のように消失した。
 紫遠を抱えた漆黒のEDENは、更に天狐を片腕に抱え、その身体を"移動"させたのだ。

「しかと掴め」

 更なる加速――たった今横切った道路を円形の影が覆い、直後にマガツヘビの巨腕がアスファルトを貫いた。

「纏めてぶっ潰せるかと思ったが……なあオイ! 四つ巴って訳にゃいかねえか?!」

 速度を維持して宙を返り、天狐をマガツヘビへと放り投げながら――和紋・蜚廉は、『翅音板』から高周波を指向させた。
「げっ、うるせえっ!?」
 怯んだマガツヘビの額を、天狐の左拳がブチ抜く。
「ピィピィ鳴くな、脳ミソに響くだろうが……!」

 〇

「幾度かすれ違ったな」
 傾斜したビルの屋上。
 死線に訪れる数秒の余地、その最果てにEDENが邂逅する。

「本当。意外と会えないものだね」
「――汝に託す」
 視線は戦場。振り向きもせず。
 意図も尋かず、伝えず。
 後ろ手に蜚廉の渡す『蟲煙袋』を紫遠が受け。
「行ってらっしゃい」

 微笑を背に、蜚廉が互角に争う双蛇の横に滑り込む。

【連肢襲掌】

 超音速の左拳がマガツヘビの脇に叩き込まれ、拮抗が裂けた。天狐の拳が喉を突き、重量を乗せた蜚廉の『殻喰鉤』が、鱗の上から肉を貫く。

「ぐぇ……こ、こいつ、|本気《マジ》でヤベェな?!」

 内腑に滲む麻痺毒。神経伝達の違和が呼び覚ますマガツヘビの本能。先んじて外敵を滅さんと妖力が伝い、その腕が黒く"燃える"。

【マガツカイナ】

 直撃は死を意味し、回避すら致命的不利を生む。
――だが既に捉えているのだ。腕を振るう軌道の癖、一拍の揺らぎ、微かな力の滲みさえ。更なる【連肢襲掌】が、滾る妖力の焦点を穿ち、汚染を掃い、敵の攻勢すらを利用して、その鉤爪で神経を毒す。

「生に藻掻く姿は見事――だが力の流れを識らねばな」
「ナニ難しいこと言ってやが……が」

 数多の『斥殻紐』と共に蜚廉がすれ違い、痺れ始めたその巨躯を縛す。甲殻に摩擦する形での捕縛は、攻撃の続行不能を意味したが――戦場で利用できる力は、己のみではない。

「あぁ、よく動くな? テメェらどっちも邪魔なんだよ……」

 異分子の到来を天狐がどう判断するか、それ自体は賭けだ。
 だが精神が混濁し、感覚で動く古妖であるならば。

――戦場に煙がくゆる。

『煙雨』に紛れ、蜚廉の毒を混ぜられた『蟲煙袋』が、天狐の注意をマガツヘビへと導く結界を敷く。放たれるレーザーの雨は、その移動経路をも固定し――

「何だこりゃァ……馬鹿丁寧に弱点が見えるぜ」

「うーん。やっぱり暴走気味か。少し話したかったけど……ま、それならこれは絶好球だよね?」

「ぐ、ほ、解きやがれ――ッ!!」

 天狐が"舗装"された線上を跳ぶ。着地した脚は地上に沈み込むや、異常な脚力で飛び上がり、その怪腕でマガツヘビの顎を捉え、砕く。

「お望み通り、解いてあげるよ」

【|【狗神】憑型《ウラミノイチゲキ》】

 白炎を纏う居合が顎先を焼き斬り、靭性の限界を迎えた『斥殻紐』をも切除して、マガツヘビが轟音を立てて倒れ込む。

「……どっちも倒すって事態には、ならないといいなぁ」

「何れにせよ、強者ならば生き残る。我はそう信ずるのみだ」

 興る戦火、古強者が開戦の狼煙を上げる。

「ったくクソが! どいつもこいつも、あの下らねえ掟で俺を殺しに来やがる! 今のテメエより、俺のが話が通じるってのによ!!」

 怒りに任せた頭突きは、偶然にも天狐を捉え――その身体をピンボールのように弾き飛ばす。アマチュア無線屋に風穴が開き、ガラス壁が波打つように砕け散った。

「……大体テメエ何がしてえんだ? 俺が目の敵にされてんならよ、今のテメエだって同じなんだぜ。んなことも分からねえ程イカれたか?」

 正当な疑問は、矛盾しながらヘビと融け合う天狐の自我にヒビを入れた。一つの器に渦巻く二つの精神。その葛藤に終わりはなく――ただ感情のまま唸り、ビルから飛び出した天狐は、マガツヘビの眼前に舞い。

「俺は……俺は! すべてを破壊してやりてえ……それで、妖怪大将、に……?」

 迷う瞳。
 そこに球状の妖力塊が直撃し、巻き込まれた無線屋の地上構造が、クレーター状に吹き飛んで消えた。

「ハハハハハッ!!おいマジかよ!!
 全部ブッ壊すのは大賛成だが、そうすりゃ何も残んねえだろ?! 俺とテメエが目指すのはそういう世界、妖怪大将の真逆なんだよ!!」

 黒焦げた毛並み。遥か彼方まで吹き飛ばされ、線路上に投げ出された天狐の肉体。

――その傍らに、かつて共闘したEDENらが訪れる。
早乙女・伽羅
目・魄

「やあ」

 早乙女・伽羅が差す『蛇の目傘』の下で――目・魄は、膝を折り曲げて天狐の顔を覗き込んだ。
「また会えるとは、縁とは数奇なモノだ。
此処では運命のめぐりあわせ、趣のあるものとして会えるとは…」
 天狐は、声にならぬ呻きを上げる。果たしてこちらの顔を覚えているかどうか――いずれにせよ、共に進むのみと決めてはいたが。
「意外に早かったな」
 伽羅が、マスクの内で呟く。
 二人の矢面に立ち、『宵闇トンビ』の裾を風にはためかせながら――その射貫くような瞳を、片時もマガツヘビから逸らさずにいる。
「マガツヘビにせよ、天狐にせよ。あの岩室から抜け出してくるには、もう少し時間がかかるかと思っていた」
「そうだね…でも、あれも奇妙建築だろう? 大元の古妖に変化があれば、砂城のように崩れ落ちても不思議はない」

「――ごちゃごちゃ喋ってんじゃねェ!!」

 マガツヘビが投げて寄越す礫片を、伽羅の『鎖分銅』が宙で砕く。飛び出した鉄筋が『籠手:寒江独釣』に弾かれ、パラパラとセメント片の降り積もる中。

「さて、一つ貸しだ。天狐もね、聞いているかい」
「ふふ、頼りになる相棒だ。さ、あの大暴れしているヘビ、どうしてやろうか?」
「決まっている――派手に切り刻んでやるといい」

 言葉を交わす双つの人妖は、崩落する街々を縫い、|擲《なげう》たれる妖力と瓦礫を掻い潜りながら、マガツヘビへと奔り出す。天狐は微かに身じろぎし、そのどこか懐かしき背を追おうとした。
「ところで、今回も一緒に戦うことが"賄賂"かい?」
「――うん? さて。もっといいものが欲しいところだが」
「その話、テメエらどっかで――そうか! あの時、俺をズタズタにしやがった奴らだな!?」
 迫り来る尾の一撃を跳び躱し、伽羅は眼鏡の奥に視る。

【マガツカイナ】

 迫り来る暴蛇の黒炎――そして舞い上がる、『白き鬼』を。

【|白鵺《ハクヤ》】×【|妖眼《アヤメ》】

 燃え上がる『|義眼《左目》』。伸ばされたマガツヘビの肘の内を、鬼血を漲らせた大腕が叩く。拳ごと体勢を崩したマガツヘビは、あらぬ地点を汚染しながら、地表の料理店を蹴り崩しつつ踏みとどまった。
「おっと……あの店、『忘れようとする力』で戻った折にでも行ってみようか。鰻が好きなら、海老と一緒に天ぷらにでも」
「ああ――乗った」
 何であれ、魄となら伽羅は快諾したが。

【贈賄コンビネーション】

――手繰る糸と|意図《隙》。
 先の戦いで斬られた顎をサーベルが貫き、マガツヘビが悲鳴と共に体幹を揺るがす。
「それに蕎麦もつけよう。いい肴になる」
「片手間もいい加減にしやがれッ!!」
 マガツヘビの掌打は、白く脆き力を帯びた魄へと。

【|昼行燈《カミソリ》】

 届く間際、覚醒した伽羅の『寒江独釣』に受け止められる。伽羅の足元に巨大な亀裂が走り、その背筋を圧倒的な重量が突き抜ける。

「ぐ……まったくだ。その限られた時間で有効打を稼ぐのは魄、君の仕事だぞ」
「おや――手厳しいけど言う通りだ。全力で行こうか」

 鬼が縦横に|疾《はし》る。懐から、頭上から、拳を打ち振るい、伽羅はその対の影となり動く。マガツヘビに息つく暇はなく、反撃の勢いは伽羅に削がれ。無尽の妖力に、虚ろが生じる。
 ふと。空を駆けていた足を地に降ろし……伽羅は、ふらつきながら路地から身を出した影に目を止めた。

「どうした?」

「……なァ。アンタらは、俺のことを知ってんのか。%#$クソ、余計な真似をすんじゃねぇぞ!%#$なら教えてくれよ、頭が、割れそうだ」

「…君は天狐だよ。八百夜・天狐。これ以上を聞くのなら、俺でなくもっと身近な者が居るはずだ。
 それにしても君は、『妖怪大将』が何か、ちっともわかっていないのじゃないか。単なる強さで捻じ伏せてなれるものなら、あのように伝えられてはこなかっただろうに」

 伽羅は前方を見据える。魄の腕は軋み、限界が近い。対するマガツヘビは、疲弊してなお強大を誇る、伝説の暴蛇だったが。

「圧倒的な強さは、必ずしも求心を生まないものだ。
 この強くて大きな蛇とて、飼い主にしか可愛がられていないのだからね」

「強さ……俺は、強さが欲しかった…」

 天狐の独白が、戦場に届くことはない。

「よお鬼さん、限界かよ?! 俺はまだいけるぜ……そろそろ道を開けてもらおうか!!」

 勝利の予感に哄笑するマガツヘビが、跳躍の途上にあった白き鬼を、拳に捉える。
 回転しながら砕け散る、その白き姿。鬼の腕。

――だがその内側に隠された手が、握る暗器は。

「っ――そいつ、は」

 マガツヘビの左瞼が、恐怖に引き攣る。

「ああ、愚鈍ながらに覚えていたか」

『鬼斧』。その紅き刃の先端は、かつてマガツヘビの左目が見た最後の光景になった。空中で旋転し、衝撃を殺し――人の姿に戻った魄が、マガツヘビの腕を駆け上がる。

「ど、|退《ど》けっ――!」

 反対の腕が振るわれた時には、既に魄は跳躍している。その"隙"は、見えている。

「――伽羅」「ああ」

 瞳に吸い込まれるように。此度『鬼斧』はマガツヘビの右目を潰し、贈賄を受けた伽羅が逆の目を突く。
 その二人と下方からすれ違うように――煤けた妖狐はヘビを踏みつけ、天へと向かった。

「分からねえ。俺が本当は何をしたかったか、今の俺がどうなのか。思い出しても、忘れちまう気がするが」

「|飢唖唖唖唖唖唖唖《GAAAAAAAAA》ッッ!! テメエまだ生きてやがったか!?」

 天狐は|怪腕《カイナ》を振り上げると同時、右掌から獣爪を伸ばした。

「ともかくお前は――ここでブッ潰す!」

 マガツヘビの顔面に爆ぜ散る、全霊を込めた暴打と爪撃――深々と裂かれた鱗が、幾枚と吹き散った。

「何も、見えねえ……!」

 背から倒れたマガツヘビは、一瞬、完全に姿を消したように見えた。
 その巨体がなくなった代わり、飽和爆撃めいた濃灰の煙が上がり、山の斜面が止めどなく崩れるような、壮絶な音が鳴り響き続けた。それはおぞましい重低音だった。存在すら許されぬ化け物が、世界を歪ませることで奏で上げる、異常な固有振動のように思えた。

「痛ぇ、冷てぇ……ここは、地下か?」

 神隠しの真相は単純だ。マガツヘビの重みに耐えかねた道路が崩れ、幾層もの地下店舗をも道連れに、地下鉄道へ巨体を引きずり込んだのだ。

 地に堕ち、毒が廻り、瞳は光を失った。穴に落ちた盲目の蛇――それを仕留めるは、果たして容易き事か。

「クソッタレ……何時ぶりだ? 俺がこんなモンに頼るのは」

 マガツヘビの指が――崩落した穴の輪郭を正確に捉える。見えてはいない。だが感じていた。元来、ヘビは舌先で夜を舐め、世の熱を識り、皮肌の震えを頼る者。

「――そこか?」

 狂宴の最中。マガツヘビが目指すは破壊ではなく逃走。自らがこじ開けた大穴へと、辿り着けされすれば良い。どれほど傷ついていようとも。

 力任せに振るわれるのみだった剛腕が、重圧を支えうる箇所を的確に捉え、墓穴から、蛇を引きずり出す。
 淵に辿り着いたばかりの天狐は、竜の如く躍動する巨躯を呆然と見た。左腕が、力を求めるように疼く。

「……馬鹿な」

「例え荒覇吐の野郎が殺されたって――俺は死なねえ! 天叢雲は俺のモンだ! 誰にも……誰にも利用なんざ、されてやるかよ!!」

 追い詰められたマガツヘビは、目的の為に駆動する。四つ足で這い、地を腹で削り、形振りを構わぬその侵攻は、およそ止めようもない。
――かつて、その絶対的な自我と力に、天狐は憧れを抱いたのかもしれなかった。誇大な夢路を貫くための、圧倒的な強さに。

 それでは駄目だと、EDENは言った。
 だが強きを信ずるEDENもまた居た。

 ならばどうすれば良かったか。
 その答えは、過ぎ去ってしまったいつかに、見つけていた気がしたのだが。

……落ちた視線の先、抉り取った鱗と肉片が散らばる。空腹。耳鳴りと頭痛。蛇の声が脳天に響いて、

『ハハハ、喰えよ天狐! 奴を潰すんだろ?! 欲しいんだろうが、あの強さがよ!!』

「俺は……俺は…」
八百夜・刑部

「あーー…お前、お前っ!」

 ぜいぜいと息を切らし、八百夜・刑部はその背に叫んだ。
 半年前、組を残して消息を絶った弟。変わり果てたその姿に。
 
 振り向いた天狐の右目が、痛むように細められる。
 
「何だ、誰だ? いや。クソ、蛇が……頭が、うるせえっ!」
「……そうか、忘れちまったか。あの時、オレが止める前にヘビを喰って……古妖化しちまったって訳か…」

 天狐の怪腕が、突如として蠢き。暴れ狂う獣のように、刑部へと襲いかかる。

「やめ、ろ……!」

 爪を食い込ませ、天狐がその動きを寸前で止めた。
 怯むことなく。呼吸の間すら惜しみ、肩を上下させたまま、刑部は弟へと歩み寄っていく。

「お前――っ、バカだよなぁ、本当に」
「俺は、アンタを知ってる…なのにどうして思い出せねえ?」

 刑部の右ストレートが、天狐の頬を打った。

「|痛《つ》――」「こいつは、お前の代わりにってぶん殴られた分だ」

 天狐は目を瞬いた。殴り返す気が起こらない原因を、掴みかねるように。

「アンタ……何言ってんだよ……全然、わかりゃしねえ」
「色々言いたいことはあるがよ。まずはあのヘビをしばかねえと始まんねぇだろ」

【特務刑事課応援要請】

 要請したスカイシャークに飛び乗り、刑部は夕陽に逃げゆくマガツヘビを見据えた。

「手ェ貸せや天狐。兄弟喧嘩の間に逃げる気だぞ、あの三下ヘビ」
「兄弟…?」

 怪腕の筋線維――鎖のように連なったそれが、内側から叩かれたように膨れ上がる。

「ぐ……いや、不可能だ。奴を止めることは……」

「んな事言ってる腑抜けが、妖怪大将になんざなれるかよ!まごついてねえで早く来い!来なけりゃもっかいブン殴るぞ!」

「……ああ妙に癪に障るな。何故か、アンタに言われると」

――彼方。

「ハハ! EDENが来やがったらしいがもう遅ェんだよ! 俺の勝ち……」

 各ビルに散開した鎌鼬らの狙撃は。対象の動きを僅かに観察する間を空けて、花火のように連鎖し。

「――だ?」

 大穴に触れようとしたその指先を、ヤスリのように削り取った。マガツヘビの両眼と左脇から同時にインビジブルが噴き出し、焼けた顎先が崩れ、天狐の傷つけた鼻先から妖力が散る。

「|戯唖唖《GYAAA》ッ?!」

 揺らぐ巨体。その頭上に舞い降りた影は――

【マガツナルテンコ】

「#%$AOOOOON!!!#$%」
 
 衝突する自我、その半身たるヘビを、尾から解放させた姿――この戦局における最大火力。

「何だ、その声――俺か?!」

 マガツヘビは思わず、見えぬ目を身体ごと振り返らせた。感じる"熱"。天狐の爪牙は、黒く艶めく銀炎を纏い、マガツヘビの視覚なき知覚に、その形をありありと焼き付けていた。腹を向けたマガツヘビの脳裏に、感じたことのない被食者の恐怖が生じる。

「……っ!」

【マガツサバキ】

 マガツヘビは、本能でそれを発動させる。内に燃えた黒の妖火が、暫し痛覚を遮断する。

「畳みかけろ、天狐ッ!」

【ハイカラ将校変化】

 若き刑部が、ヘビの尾に魔剣と天羽々斬を突き刺し、頭頂に向けて疾駆する。藻掻く手足をスカイシャークへ飛んで躱して、放たれた『|禍津ノ尾《熱線》』は、天狐の狐火が減殺した。

 狙撃の旋律が絶え間なく響き、黒の銀炎はマガツヘビを薪に燃え盛る。絶叫と怒号、山のような巨体が一度だけ大きく震えて。

「ああ、面白くねェ……! あと、一歩だったのによ……!」

 熱線を吐き切り、ついぞ。マガツヘビは、末期の息を絞って絶えた。地響きを上げて倒れた巨躯が、仮初の死を迎え、インビジブルへと変わっていく。天狐はそれを、夢でも見るように眺めていた。

「終わりなのか、本当に?」

「この件はな……けどまだ何も終わっちゃいねェ。
 いいか、もう迷わん。次会った時はお前を倒す。それがお前の望みだし、オレの弟を返してもらう為にもな」

「……フン。やれるならやってみろ。いずれにしろ……きっとアンタとはまた話さなきゃならねぇ」

 刑部を狙うように怪腕が蠢き、天狐はそれを鎮めるように、ふっとビルの上に跳んだ。

「またな――誰かに、そう言われた覚えがあるんだが」

 次なる跳躍で、天狐は夕闇に姿を消した。

「……バカ野郎。そりゃ、オレだ」

 双蛇は失せ、静寂の中。
 鼻を啜る微かな音だけが、響いていた。

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