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聖夜に見る夢の名は
●12月のとある日に
イルミネーション。クリスマスツリー。ポインセチア。星空。雪。
冬とホリデーシーズンに染まった古き街並みはいつも以上に幻想的で、いつもと違った美しさに満ちている。どこかから流れてくるクリスマスメロディはささやかなボリュームで、時折誰かがそれに合わせて歌を口ずさんでいた。
今だけの輝きに溢れるそこは、年間を通して多くの人々が訪れる人気観光地。ホリデーシーズンともなれば、特別な数日間を過ごそうと考える人々で、より賑わっていた。
そこから、ひとり。また、ひとり。
誰かが消えて、発見される。
どこでどう消えた? その時の状況は?
確かにある筈の事実が、雪に覆われたかのように朧気になっていく。
●√EDEN
地元民、観光客問わず起きる行方不明事件の原因は、√EDENの豊富なインビジブルに惹かれて現れた√汎神解剖機関の怪異だ。その怪異は配下も引き連れ、ヨーロッパのとある街に潜んでいるという。
「怪異にとってのインビジブルって、イルミネーションなのかしら……」
竜宮・永遠(恋心・h00149)は不思議そうに尾鰭を揺らし、現状、行方不明になった人々は全員その後発見されていると告げた。ただ、保護された人は全員眠ったままで目覚める様子もないという。
「衰弱死する心配はないの。でも眠ったままだなんて、誰の心も晴れないわ」
解決するには、失踪事件を起こす怪異を倒すしかない。
√EDENでは関係者からの証言を得るのは非常に難しいものの、クリスマスに染まった街でひととき過ごせば、クリスマスらしからぬ手掛かりが見つかる筈だ。
失踪事件が起きている地でクリスマスを楽しんでもいいのだろうか。
その憂いに、永遠は「大丈夫」とふんわり笑う。
「地元の人達は、自分達が住む街の風景も、街のクリスマスも誇りに思っているの。『よその人が楽しんでいるのを見るのが何よりの楽しみだ』ってインタビューも見た事があるわ」
だからクリスマスに染まった街を楽しんで。
そして、事件解決の糸口を掴んでほしい。
そう告げた永遠が見つめる先には、街を彩る金色の光がきらきらと揺れていた。
これまでのお話
第1章 日常 『ようこそ、クリスマスへ』
●クリスマス・ナイト
イルミネーションとクリスマスツリーの輝きが街を染め、照らしている。ちらちらと降る雪も金の光に染まりながら街を彩って、石畳の道を行き交う人々は地元か観光客かを問わず、仲良く白い息を吐いていた。
長く愛されているパン屋では、日々の定番と共にシュトーレンやクリスマスリース風の飾りパンが並び、肉屋ではローストビーフや骨付きチキンが観光客に買われては日々の売上額を競っている。食べ歩き出来るソーセージロールも大人気で、噛めばパリッと皮が破れて旨味たっぷりの肉汁が溢れ出て――美味しいけれど火傷にご注意と評判だ。
パティスリーやチョコレートショップ、レストランでも、聖夜に華を添える品々が華麗に並んでいる。定番も今だけの季節品も、舌を満足させるだろう。
それらにはイートイン可能な店が多く、この街と共に歴史を重ねてきた店舗ばかり。椅子やテーブル、照明に至るまで歴史を感じられるアンティークな世界が、シェフやスタッフ達からのもてなしと共に今日という日を彩る筈だ。
職人達が連綿と繋いできた技が光る店も、クリスマスの街に軒を連ねている。食器、アクセサリー、ファッションアイテム――どれも人々の心と財布を引き付けて止まないものばかり。
クリスマスのオーナメントで溢れる店は宝石箱のような眩しさで、クリスマスリースの専門店も負けていない。グリューワインを提供するワゴン車では、今年のデザインマグを求める人が列を作っているだろう。
一番大きなクリスマスツリーは? そう訊ねたなら、街で一番古いホテルと中央広場にあるよと笑顔が返る。昔はどっちが一番と争っていたそうだけれど、今は同じ高さで楽しく彩っているそうだ。
聖夜の輝きは命の形問わず全てへと降り注いでいる。
それは街に紛れた『異質』にも等しく注いでいて――それに気付けない、覚えていられない人々の間を、√能力者達が歩き出す。
きんと冷えて透明感に満ちた空気の中を、ふわりとした白色が淡く舞う。それは静かに降る小さな雪であり、行き交う人々の吐息でもあった。その後者には、手を恋人繋ぎにして歩く花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)と瀬条・兎比良(|善き歩行者《ベナンダンティ》・h01749)もいて――。
「欧州でのクリスマス、なかなか得難いシチュエーションです」
小鳥は微笑みながらもう片方の手を空中へと伸ばし、イルミネーションの輝きに染まりながら降る雪をひとつふたつと掌に受け止めていく。
日本国内のクリスマスもいいものだけれど、本場海外のクリスマスも魅力的だ。それを恋人と過ごせるとなればまた格別だろう。今年のクリスマスは2人きり――の、筈だったのに。
「仕事が入るだけではなく、海外にまで及ぶとは……」
そうこぼした兎比良は元々彼女と過ごす為、クリスマスの予定は空けるつもりでいた。そこへ舞い込んだ今回の話と書いて仕事と読む、に追われ儚く散ってしまったのである。けれど小鳥はくすりと笑みをこぼして、繋いだままの手を軽く握り直した。
「これはこれで素敵な夜だとも思いますよ」
宝石のような赤い眼差しは兎比良から周囲へ。街を染める光を数多映し、また兎比良を見て美しく微笑む。変わらない微笑みと軽やかな言葉、現状を楽しんでいる恋人の姿に、兎比良は意識を切り替えた。
(「……いえ、今は任務に集中しましょう。俺ばかりが憂慮してもいられません」)
「それに今夜中に片をつければよいのです」
そうすれば憂いなく2人きりです。
緩やかに細められた赤色と添えられた言葉で、兎比良の目元がかすかに和らいだ。
「そうですね、確実に片を付けましょう」
手を繋いだ恋人達はクリスマスに染まって煌めく街のあちこちをゆく。
連なる星屑と掌サイズの星。雪の結晶。巨大なキャンディケーン。空を翔けるサンタクロース御一行。様々なイルミネーションが古くからその形を繋いできた街並みに溶け込み、夜の暗さや冬の厳しさを愉しげに遠ざけている。
そんな輝きに照らされたショーウインドウも、イルミネーションに負けない眩しさばかり。プレゼントとトナカイの大きなぬいぐるみ、セピアがかった金と白のリボンによるラッピング、冷たさで縁を白く染め雪だるまも浮かぶスノースプレー等々。
自分達の目を染めるこの街のクリスマスに兎比良はただただ感服していた。
小鳥はどうしているだろう。彼女の目に何が映っているだろう。
ふと目をやれば鮮やかな赤色は自分のそれとよく似た美酒に注がれていて――。
こほん
美酒へと伸びそうになっていた指先が兎比良の咳払いでぴたっと止まる。
「勿論、仕事中のアルコールは控えていただきますよ」
「ああ、残念。お楽しみは片をつけた後ですね」
大袈裟に竦められた肩はすぐ、くすくすと笑う声と共に揺れた。
そして2人はまた歩き出す。
何かが起きているとは思えないほど、この街はクリスマスという祝福で煌めいている。調査よりもデートを愉しむを第一とした小鳥の目は、歩みを進めるごとに出逢う店やイルミネーションに――ワインやシャンパンといったアルコール類含む――を映しては笑っていた。その目が時折、するりと『街』を撫でる。
失踪し、眠った状態で発見される行方不明者達。彼らに何が起きたか今は解らなくとも、“そういう事件なら、|向こうからやってくる《おびき寄せる》。
(「確信はありませんが……」)
眠りに捕らえるというそれには覚えがある。
小鳥は自分に注がれる視線に気付くと、それを見上げて微笑んだ。
人間災厄『夢蝕み』。小鳥が持つその力と性質は、良くも悪くも小鳥と相性が合うだろう。だからこそ兎比良は繋いだままの手に力を込めた。事件の手掛かりが重要だという事は解っている。それでも彼女自身が“誘われる”事は認められなくて――。
「焦らずとも“手がかり”は現れます。それまで楽しみましょう」
「恋人の手を取るのは当然の事でしょう」
心配し過ぎだと言われても、今しがた言葉にしたように、デートならば恋人の事を想うのは当然の事。
兎比良らしい言動に赤い目が細められる。美しい微笑は恋人へと向けられたまま。白い指先が、心を惹いたものへと向けられていく。
イルミネーションを始めとする無数の光が街を明るく染め、照らしている。
視線を上げれば澄み切った夜空が星々を浮かべ広がっていた。
エレノール・ムーンレイカー(|蒼月の守護者《ガーディアン》・h05517)は暫し無言で眺めた後、夜空に向けていた視線を地上――周囲へと戻す。
夫婦。恋人。親子。1人。友人。
様々な人々がそれぞれの関係を現しながらすれ違っていく。
彼らの顔にある表情も様々で、ひとつに留まらない。弾むような笑顔に穏やかな微笑、静かな無表情に――友人同士と見られるグループはお互いを小突きながらお喋りした後、どっと笑っていた。
それらはこの街に来て目にした『クリスマス』のひとつだった。
今までのエレノールなら、そんなクリスマスの光景を見ても、さして心に残らなかったかもしれない。けれど今は違う。
(「こうして誰かと一緒にイルミネーションに彩られた街並みの中を歩くのも、中々いいですね」)
そう思うようになった今の自分を以前の自分が見たら、どう思うだろう。
変化を自覚するエレノールの目は、静かに他へと移った。やわらかな陽色のポニーテールが翅の羽ばたきに合わせてくるりと舞う。
「うわあ凄いね! 妖精の国以外でクリスマスを過ごすのって初めてだから、ワクワクしちゃうな!」
満面の笑顔で振り返ったミモザ・ブルーミン(明朗快活な花妖精・h05534)に、エレノールはかすかに微笑んで頷く。
2人で√EDENへやって来た理由は、エレノールが受けた依頼にミモザが頼んで付いて来た為だ。あたしはお願いしてついて来てるんだしと、ミモザはサンタクロース衣装のように鮮やかな赤い目をやる気で輝かす。
「できる限りは協力するからね!」
「ええ。よろしくお願いします。……早速ですが、どこから見て行きましょうか?」
「うーん、そうだね……あっちはどう? 遠くにツリーが見えるし!」
「いいですね。行きましょう」
遠くのクリスマスツリーを目印に行く通路の両サイドは、心弾ませるクリスマスの雰囲気に溢れている――だけでなく、心惹かれるショップばかりが並んでいた。その中で最初にエレノールの視線を引き止めたのは、ドライフルーツたっぷりの断面をこちらへと向けているシュトーレンだった。店内をしっかりと見せるガラス越しで『美味しそう』と感じるあれを食べたら、どれほどの『美味しい』が広がるだろう?
そんな誘惑に抗える筈もなく、エレノールの手には買ったばかりのシュトーレンを収めた紙袋が握られる事となる。
そして。
「ねえねえ! あそこのマカロン凄く可愛くない!?」
生地とクリームの色はまろやかな赤や緑。表面を彩るクリスマスらしいデコレーションは、チョコレートだろうか。ミモザの行動は素早く、見付けたマカロンをしっかりと確保する。
それぞれの手に、腕に抱えたクリスマスなグルメ達は、勿論出会いが新鮮なうちに味わいたい。2人の足は迷わず休憩スペースへと向かい、軽やかに流れるクリスマスメロディを耳にすとんと腰を下ろした。それぞれ買った物を取り出せば、食べる瞬間への期待がトキメキと共に膨らんでいく。
「ミモザ、シェアしましょう」
「やった♪ あたしのマカロンも食べて食べて!」
まずはシュトーレンから。店のスタッフが切ってくれたその断面では、生地に練り込まれたドライフルーツがツヤツヤと煌めくよう。食べてみると、粉砂糖の甘さの後に生地とたっぷりドライフルーツの味わいがふわっと広がって、2人の目は揃ってパチッと瞬いた。丸ごとひとつを買っていたら、どれくらいのスピードでなくなっただろう?
マカロンは摘んですぐに生地の繊細さに驚き、慎重に口へと運ぶ事になる。けれど食べた瞬間、クリームから贅沢に香ったフルーツの存在感が一気に幸せをくれた。
「んー、おいし♪」
「苺に……こちらはマンゴーですね。凄い……」
そうして美味しいひとときを終えた2人は、人気のない路地に場所を移していた。人々への聞き込みが期待出来なくとも、インビジブルなら? エレノールの交霊呪法に応じたインビジブルが周囲を漂い、ミモザもスマホを使いネットの海で情報収集に当たる。その結果。
「“青薔薇が誘う”? それは、どういう……」
「薔薇? この青い花びらを見付けたって投稿と関係あるのかな?」
首を傾げる2人の頭上では、金の光に染まった雪がちらちらと降り続いていた。
世の中『不可思議な事』というものは真偽問わずまま在るものだ。しかし橋本・凌充郎(鏖殺連合代表・h00303)に起ったそれは、今この時も驚きを含んで凌充郎を取り巻いている。
(「―――――よもや、怪異を狩るついでに楽しむなどという話が俺に舞い込んでくるとはな」)
イルミネーションにツリー、グリーンとレッドの御馴染みカラー。バケツ越しに見る風景は紛れもなくホリデーシーズン真っ只中で、澄んだ金色の光と共に凌充郎の視界を埋めていた。
確かに怪異や人間災厄が起こした事件であれば凌充郎に断る理由はない。
ないのだが。
(「我等鏖殺連合、人の澱みを殺し、人の腐りを殺し尽くす為に何の犠牲も厭わぬというに」)
そんな凌充郎がなぜこの場に赴いているのかというと。
「凌充郎さん、すごいです!」
弾む声に宿る熱が白に変わり、発せられた喜びと共にふわっと勢いよく舞う。
凌充郎の少し前を歩いていた如月・縁(不眠的酒精女神・h06356)が振り返れば、その表情は声から想像出来る通りの笑顔に染まっていた。
“怪異を探りつつ、よかったらクリスマスも楽しみませんか?”
√汎神解剖機関の怪異が事件の原因だと知った縁からの誘いでなければ、凌充郎はこうしてクリスマスに染まる街中をぶらぶらしなかったろう。
(「――――――まぁ、麗しの女神が楽しそうであるならば致し方あるまい」)
バケツの下にあるその目に見守られている女神の目は、自分達の周囲に宿り、照らすイルミネーションの輝きへと。はあ、と満ち足りた吐息をこぼせば、それは先程と同じく白く染まって儚く消えた。
「街中が灯りで満たされてとても綺麗……眩しいくらいです」
「――――――まったくもって眩しい限りだ」
いつも影を闇を渡り歩く身としては、この街のクリスマスは目が焼かれてしまいそうだ。歩いてはいないが、路地裏もイルミネーションで彩られているのではなかろうか。すいと視線を向けた先、今歩いている大通りからいずこかへと向かう横道では、石造りの壁で雪の結晶が花の如く輝いていた。
「あっ、ホットワインが売ってますよ。よかったら一緒に飲みませんか?」
クリスマス名物といえるそれを見付けて輝いた縁の表情は、そこから少しだけ視線を横へと移動させた瞬間により輝いた。
「あ、シャンパンもある! ホットカクテルも……」
真冬だからこそ、ホリデーだからこそ格別の味わいを齎すだろうアルコール各種との出逢いが、縁の双眸に数多のキラキラを生み出していく。街だけでなく自分を誘った女神の目もイルミネーションの如く輝く様は、バケツ越しでもよく見えていて――嬉しそうにキョロキョロしていた縁の動きが、緩やかにスピードを落としていった。
どうかしたか。
そう問いかける凌充郎の視線に、縁は碧い視線をそわそわと迷わせる。
「どうしましょう、全部飲んだら流石に酔いそうです」
と口にした所で縁は「は」と小さく息を呑んだ。
「楽しいから浮かれています。……ご一緒してるからですよ?」
一緒にクリスマスに行くのが憧れだった。
それが叶い、あちこちに心惹かれる酒精がある。
だからどうしたって浮かれてしまうのだ。
少しばかり頬を染めて気になるものと凌充郎とを交互に見る縁へ、すぐには言葉は返らず。
「――――――確かに、多く飲み過ぎると支障が出る」
その言葉に縁の肩がしょんぼりと下がりかけた。
が。
「同じものを俺にも寄越せ」
「そうですね、せっかくのお出かけだしほどほどに飲み……え、一緒に飲んでくれるんですか?」
凌充郎は無言で頷いた。麗しの女神は諸々の事情で日々アルコールが欠かせない。しかし酔わないわけではない。今回彼女が惹かれたもの全てを飲めば、本人が言った通りの結果になるだろう。――とはいえ、彼女の楽しみを奪うわけにもいかない。
「2人で飲む分には、問題あるまい?」
ぱちぱちと目を瞬かせる縁を連れ、まずはホットワインから。
ふわりふわりと熱を上らせるそこに縁が唇を寄せて――こくん。一口味わってすぐ嬉色に染まった笑顔が咲く。
「美味しい……」
一層『美味しい』と感じる。
さっきよりも、体が温まる。
それはきっと――あなたと一緒だから。
クリスマス。日本ではケーキやフライドチキン、√によるのだろうがサーモンを食べる事でお馴染みの、笑顔とご馳走とプレゼント等々が飛び交うキラキラシーズンだ。
けれどその裏では様々な業種がホリデーを支えている。人知れずという意味で√能力者はその最たるものだろう。怪異が√EDENに現れたとなれば徒歩で出張もせねばならないのだから、五槌・惑(大火・h01780)の口から溜息のひとつくらい重たく吐かれもする。
「クリスマスにまでお仕事なんて大変ですねえ」
鉤尾・えの(根無し狗尾草・h01781)がチラリと見たその横顔には『面倒』の2文字がありありと浮かんでいた。『クリスマス』というどこも人で賑わうこのシーズンに、怪異が現れたというのがこの√とは。
「全くだ。余所に迷惑掛けられると困るンだよ。管轄内で暴れてくれるなら斬って終わりで楽なんだが」
「でしょうねえ」
メインストリートから外れたこの道でも、常に地元民やら観光客やら、誰かしら居る。完全に人が失せるのは、日付が変わってから1時間は経ってからになりそうだ。
「いつも手伝っていただいてますし、猫の手ならばいつでもお貸ししますよ」
「ああ」
欧州であるここでは語学が要る上に、この√の特性上聞き込みも微妙と来ている。探偵の手腕に頼むのが楽と即座に判断した惑の目の前で、クリスマス一色となった街の隅に探偵事務所が出来上がる。営業中の看板を出せば、中からお手伝い妖怪猫がひょこりと顔だけを出した。
「……どうかしたのか」
「寒さにちょっと驚いてるみたいですね」
サッと引っ込んだ妖怪猫はしかし、防寒着を纏ってぴょんと飛び出してきた。
「何をご所望で?」
「怪異の痕跡、沈んだ様子の人間、秘密の抜け道。そういったもんを探ってくれ」
「聞き込みは地元の猫さん方へお願いしますね。後ほどここで合流しましょう」
「ラジャー!」
妖怪猫は敬礼ポーズの後に駆けていき――。
「惑さん、あったか~いシチューを出してるお店がありますよ! わたくしめ買って参りますので席取りお願いいたしま~す!」
「飲みもんも任せた」
普段は勘働きでどうにかしている苦手なものをえのと妖怪猫に任せた次は、飲食物の選定及び買い物を。元気に返る「は~い!」と走り出した姿を見送った惑だが、何もかもを任せはしない。
(「席取りぐらいはな」)
体よく使う分の報酬をさくっと確保して腰を下ろす。
これで1食分選ぶ手間がなくなる事は確定した。相変わらず楽しめるものが多いかの探偵は、もう列に並んでいる頃だろうか――と、一定の間隔で白い息を吐く事暫し。やって来たえのの手は木のお盆を掴んでおり、そこには大きめの肉が野菜と共に浮かぶシチューが2つと――。
「パンか」
「はい。ハードなやつです。そのまま食べても美味しいそうですよ」
シチューにつけても美味しいってお店の方が。そう付け加えながら椅子に座ったえのは、ほかほかと熱気が昇るシチューで満たされたカップに触れる。指と掌をじんわり温めてから手を合わせ、スプーンで簡単に崩れた肉を一匙に乗せて――ぱくり。コクのあるシチューに旨味たっぷりの肉。うんうんと頷きながら2口目に取り掛かる向かいでは、惑も黙々と味わっていて。
「あ、そうだ。お店の方が教えて下さいましたけど、ツリーのオーナメントをひとつ飾って良いそうですよ! 食べ終わったら行きましょうよ~。わたくしめ、てっぺんの星が良いです!」
やはり金色だろうか。雪のような白銀も悪くない。雪の影めいた、ほの青い白色も浪漫がある。飾る星についてもワクワクとイメージするえのに、パンをちぎった惑は暫し考えてから突っ込んだ。
「……天辺のは初めから飾られてるもんじゃねえのか」
「ご心配なく! 星の到来を待つツリーもあるという情報、ちゃんと入手しておりますゆえ!」
えへん。胸を張ったえのは、その中身はグリューワインですと惑の手前にあるマグを指す。そうかと惑は短く返して口をつけ――休憩エリア中央にどどんとあるツリーを見やった。あれにはもう星があるけれど。
「出来る限り高くって言うならそれこそ猫に頼んだらどうなんだ。俺が掛けてもアンタの手柄にはならねえだろ」
「あら惑さん、ご存知ないんですか?」
「あ? 何が」
猫ってクリスマスツリーを倒しちゃうものなんですよ。
華が浮かび、泡煌めく双眸に金の光が揺らいで映る。
欺三・夕蓮(泥中の蓮華・h00360)が見つめるそこには、クリスマスの光が水面のように煌めいていた。それは気怠い闇でしかなかった夜に、こんなにも美しい世界が在る。
(「光の洪水に溺れてしまいそう――」)
人魚でも、地上ならばそうして溺れもするのだろうか。
時月・零(影牙・h05243)は声をかけず、夕蓮の傍に要る。
けれど光り輝く夜に見入るその姿はあまりにも眩い。唯でさえ人々を魅了する人魚である彼女を、暗い海を照らす月にも星にも変えてしまう。その煌めきに気付いた者に囲われてしまわない保証は、自分が傍に居る現状で無いとは言い切れず――。
「夕蓮」
名を呼んでから差し出した手が細い指先に触れれば、そこに灯った熱が人魚の意識を戻した。
「……手を引くのが俺では不服かもしれないが、少し我慢してくれ」
こうも人で賑わっているのだ。逸れないようにという気遣いに、夕蓮は花咲くような柔らかさで微笑んだ。
「不服だなんて。零様、わたくしはとっても光栄でしてよ。斯様な夜に、連れ出してくださったのだもの。不服だと思うのでしたら、たんと、楽しませてくださいまし」
そっと握り返された繊細な指先を骨ばった指が静かに包む。
「ああ、せめて楽しめるよう善処しよう」
「ふふ。さぁ、行きましょう!」
桜色に染まった尾鰭が揺れ、白雪舞う冬の空気を撫でた。
シュトーレン。チョコレート。シチュー。チキン。クリスマスなショートブレッド。
彼方は食べ物、では此方はと夕蓮の視線を惹いた先には、クリスマスをより彩る様々な雑貨を揃えたショップが軒を連ねている。人魚の心を魅了するもの達はこの道の先にも、横道から奥、ここからは見えないそこにも在るのだろう。ふわりふわりと移ろう視線に敏い零は、行き交う人々という波から夕蓮を守りつつ、彼女の目に映るものを自身の目にも映していった。
「何か気になるものはあるか?」
「零様、あの食べ物はなんですの? 渦巻きのお肉かしら?」
「あれは……異国ではよくあるソーセージらしい。食べてみるか?」
「ええ、是非!」
渦巻き飴のように串に刺さったソーセージロールは、提供直前まで熱が薄れないよう守られていた事もあり、串を持つとジューシーな香りと共に熱がほのかに伝わってくる。
「熱いから気をつけろ」
「では、少し冷ましてから……」
ふう、ふう。唇から息を送って――あ、と小さく開けた口がぷつりと皮を破った。同時に弾けた肉汁と中を隙間なく満たしていた肉が人魚の顔に驚きと喜びの彩を射し、火傷せず初めての一口を味わえた人魚に男は密かに安堵する。
「まあ……零様、御覧下さいな。あちらの置物は随分と可愛らしい! 何故木に飾っておりますの?」
「木に飾るのは宗教的な意味合いもあるらしいが、俺も詳しくはないな……」
クリスマスツリーにオーナメントを飾る事はあまりにも当たり前で、けれど日本という国では『どうしてか』まで深く浸透していない。
現地人に訊ねてみるか。零は思案しながら夕蓮の手を引き、雑貨屋へと入っていく。夕蓮は引かれるままに花めいた尾鰭を揺らし、付いていった。
この地を訪れてから続く彼方此方の花逍遥。気付けば夕蓮の身には聖夜や祝福を謳う花が咲いていた。
(「ポインセチアか」)
引いている手の甲にふわりと咲いた鮮やかな赤。クリスマスの象徴である花を咲かせた夕蓮の瞳は、広がる聖夜を映し輝き続けている。彼女の心ゆくまで付き合おう。零の心に咲いた想いにふと射し込んだ金の煌めき、その小さな輝きは、碧い瞳にも映っていた。
「夕蓮。これを」
静かな言葉と共に手渡された小さな紙袋を、夕蓮は微笑みながら礼と共に受け取った。まあ、何でしょう。けれど整った微笑は中身を見た瞬間に綻んだ。白い指先が袋から小さなベルを掬い上げる。
「これは……」
「――記念に」
夕蓮の白い掌に軽々収まるほどのサイズだ。零はかすかに瞠られた碧眼から小さなベルへと視線を変えた。
「気に入らなければ煮るなり焼くなり――」
しかし見ていた小さな金色は、その白い指先で包まれ見えなくなる。
きゅ、と抱えた人魚は、自分に戻った視線へと無垢に笑んだ。
「返せと言われても返しませぬ」
あの店で気になっていたものだった。見ていたのは、そう長い時間ではなかったと思う。けれどあのベルを、この掌へと連れて来てくれた。だからこれは。
「わたくしの、クリスマスですわ」
「……気に入ったのならば、何よりだ」
目の前で咲いた無垢な花咲みに鋭い金眼が細められる。
男の口元は、雪解けのような静けさで自然と緩んでいた。
「ふー、外寒かったねえ」
「ねー」
集真藍・命璃(|生命《いのち》の|理《ことわり》・h04610)と月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)は笑い合う。空調の効いた部屋は息を吐いても白くならないし、ふいに震える事もない。けれど窓の向こうに見える景色はやっぱり綺麗だった。
きらきらと広がる金色の光。お伽噺で見るような建築物。
そんな中のひとつに、2人は泊まっている。
淡い珈琲とミルク色のボーダーライン壁紙は落ち着いた雰囲気で、ワインレッドのクッションを使った椅子やテーブルは艶のあるチョコレート色。シックな雰囲気の部屋にあるソファは椅子のクッションと揃いの色で、2人はそこに手荷物を置いてから、抱えていた物をテーブルの上へと広げていった。
まだ切る前のシュトーレン。食べる前に撮っておきたくなる飾りパン。こんがりきつね色の骨付きチキンに、人気と聞いて迷わず買ったソーセージロール。袋から取り出して並べていくごとに膨らんでいたワクワク感が、テーブルの上で隙間なく並ぶご馳走達で華麗にゴールテープ切った。
「じゃじゃーん! プチパーティーの準備は完璧だよねえ!」
「うんうん、準備はもうバッチリ! 選びきれなくて全部買っちゃったけど、大正解だね!」
椅子に座ればクリスマスに染まった街並みが自然と目に入る。贅沢なプチパーティーの始まりは、ちょっと大人になった気分だ。14歳と11歳だからまだまだ子供だとわかっているけれど、今日くらいはちょっと背伸びしちゃっても――良いに決まってる!
2人はくすくす笑いながら煌めく瞳をご馳走達へと向けた。
「ねね、どれから食べよっか?」
「うーん、どれからにしよう? どれも美味しそうで選びきれないよ……!」
やっぱりチキンかな、それともソーセージロール?
ウキウキワクワクで迷っていた洸惺は、夜空めいた青い目をぱちくりさせた。
「……あれ? 命璃お姉ちゃん、ローストビーフは?」
「え、ローストビーフ?」
命璃は笑顔で首を傾げた。
ローストビーフ。
じっくり熱を通して丁寧に作られた一品はとっても魅力的で――。
コソッと味見したら美味しくて、
全部食べちゃった。
とか。
(「そ、そんなことありませんとも!?」)
こてん。こてん。
にっこり笑顔でローストビーフないねーと首を傾げる命璃は、洸惺から見て控えめに言ってもすっごく怪しかった。怪しかったのだけれど、ないものはない。仕方がない。
(「今はお肉屋さんに忘れてきちゃったことにしておこうかな」)
「と、ともかく乾杯だよ!」
ほらコレ!と命璃が手にしたのはヨーロッパクリスマスではお馴染みの飲み物だ。大人達が楽しむグリューワインのノンアルコール版、キンダープンシュをデザインマグへと注いで――うん、ここまで。ぴたりと止めたら、きらきら笑顔がテーブルを挟んで交差する。
「ぷろーじっと!」
「プロージット!」
乾杯の声を弾ませて、プチパーティーの始まりを一口味わう。こういう味なんだねと笑いあった2人は、それぞれ気になる物に手を伸ばした。それがチキンとソーセージロールだったのは、まだあったかいうちにという思いから。
「ん~! 命璃お姉ちゃん、このソーセージすっごくジューシー!」
「わあ、ほんと? こっちのチキンもね、お肉がぷりっぷりで皮も美味しいよ!」
絶品と聞いた2人は揃って皿の上へソーセージまたはチキン置き、ナイフとフォークをきこきこと。一口どうぞと交わしたそれは、命璃と洸惺それぞれにお揃いの幸せ笑顔を弾けさせた。
シュトーレンはどんな味?
飾りパンは食べる前に記念写真を撮ってから!
そんな風にしてプチパーティーの時間は美味しく楽しく進んでいき――キンダープンシュを一口飲んで、ふう、と一息。中身を注ぎ足した洸惺はデザインマグを改めて眺め、ニッコリ笑った。
「この街みたいなデザインで可愛いよね」
「うんうん。他のデザインも可愛かったし……」
色んなデザインを前にどれで買おうか迷った事を思い出す。毎年デザインが変わると知った時、命璃は心底驚いたし自分も集めたくなっていた。
「何だか大人になった気分っ。来年もこうして過ごせたら良いなあ」
「えへへ、来年もその先も一緒に来ようよ」
いつか僕らが大人になっても。
その願いが冬を何度も超えて『いつか』へ繋がりますように――ぶつけあったマグが、コツンと軽やかな音を響かせた。
どこを見てもきらきらと明るい。雪がちらちらと降っているというのに、行き交う人々の数は全く減る様子がない。これがここのクリスマスかと、与田・宗次郎(半人半妖の汚職警官・h01067)は腰をさする。服の上から貼っておいた温まるアレの熱が、じんわりと存在感を強めてくれた。
(「いやあ、みんな華やかに楽しみに来てるんだろうけどね。おいちゃんは浮いた話なんてないから」)
汚職が付くけれども警官の1人であり√能力者だ。真面目に働こうかなとのんびり歩くその手には、しっかり翻訳アプリをインストールしておいたスマホがある。
さて、どこから行こうか。
宗次郎は普段通りの親しさ与える笑みで周囲を確認し――あっ、と表情を引き締めた。
間違いない。あれは。
「ホットチョコレートください」
音声で行う翻訳アプリがすかさず現地語に訳し、音声を流してくれる。
買ったばかりのそれはミルクとビターの塩梅が丁度いい。甘過ぎず、苦過ぎない。
(「そうそうこれがいいのよ。……ここのホットチョコレートは初めてだけど」)
美味しい上に体も温まる。いい事尽くしだ。何口か飲んだ所で「はぁ~」と満足げな吐息をこぼした宗次郎は、その反応良しと喜んだ現地人から笑顔でマグを掲げられる。あちらも同じものを飲んでいたらしい。
(「こりゃあいい」)
ハァーイと同じようにマグを掲げ、翻訳アプリを駆使して挨拶をする。そこから旅行客を装って会話の切欠を掴んだ宗次郎は、さり気なく失踪事件について触れた。そうして解った事は――。
「うーん、やっぱこの√じゃ聞き込みは難しいかあ。被害者の年齢や性別、発見場所がこの街って事以外に共通点なし……と」
同じ能力者なら情報が得られたのだろうけれど、一般人相手となると芳しくない。こりゃ自分の足で捜査するかな。宗次郎は温まった体に力を入れ、よっこいしょと椅子から立つ。まずは発見場所から当たってみよう。道中怪しい場所があるかもしれない。
(「少しでも、絞り込みたいところだね。……あっ」)
もしやあれは。
宗次郎は早足で向かい――サッとスマホを出した。
「シュトーレンください!」
店も、ホテルも、どこもかしこも。格式や歴史の高さ古さに関わらず、街の全てが清らかな金のイルミネーションできらきらと彩られている。雨粒や星屑めいた小さな光や、大きな星。そこに交じって舞う雪も眩くて――白椛・氷菜(雪涙・h04711)と空廼・皓(春の歌・h04840)は揃って目を瞠っていた。
「わ……イルミネーション、綺麗ね」
「ほわわ……すごいね。きらきら、どこもとってもきれい」
こくこく頷いた皓の尾も心を映して嬉しそうに揺れている。その目は目の前以外の風景も見ようと周りへ向き――並ぶ店の数々に、小さな煌めきを宿しながら氷菜に向いた。
「氷菜氷菜どこ行く?」
「ん?」
「俺パン屋さん! リース風の飾りパン、ほしい」
「私もパン屋の飾りパンは見たいわ」
そういえば、リース風という事はドアに飾ってもいいのだろうか。氷菜はまだ見ぬリースパンをイメージし、それを脳内でドアに掛け――ふるり。静かに首を振る。
(「……いえ、食べた方が良いわね」)
カチンコチンになるか、厳しい冬を生きる動物達のご馳走になる未来しか見えない。ああけれど、樹脂粘土のリースパンなら? 皓と一緒にリースパンがあるパン屋を探し歩きながら、雑貨屋もついでにチェックしていた氷菜の目に、綺羅びやかなオーナメントで彩られた空間が飛び込んできた。
(「……あ、飾りが色々」)
オーナメントをメインとした雑貨店のショーウインドウだった。イルミネーションの輝きも加わったそこは宝石箱のように眩しい。氷菜が何か見てると気付いた皓が、ぴかぴかだと呟く。
「あ。あれツリーに飾ったりする奴?」
「そうみたいね、ツリーの飾りっぽい」
「氷菜ちょっと見てこ」
「うん、私も見たいわ」
スノースプレーでメリークリスマスと書かれたドアを開けると、カランコロンと鈴の音がした。温かな店内の壁には様々なオーナメントがきちんと並んでいて、レジの傍には電飾とセットで飾りつけられたツリーがひとつある。色々と見ていく中で皓の目がひとつの星に止まった。
「おほしさまきらきら……でもこれ1個しか付けれないね?」
「それは天辺のお星様、かな」
「壁に飾る奴とかだったらいける?」
「壁飾りなら大丈夫とは思うけど」
きらきら星が並ぶ壁。想像した皓の尻尾がぱたぱたと揺れる中、リボンをキュッと結ばれた贈り物達も気になっていく。
「この小さいプレゼントの箱は……何か入ってる、の? 飾るだけ?」
「箱は飾る用だと思う……多分」
中身が――プレゼントが入っていたら、それはそれで楽しそうだ。色も形も様々なオーナメントを見ていくうちに、皓の中で『一緒にやってみたい』が膨らんでいった。
「氷菜。色々買って、折角だから飾り付け、しよ。ツリー、も買っちゃう?」
「そうね、小さな木を用意すれば装飾出来るかしら」
小さなツリーにするならオーナメントもこのサイズ? 相談しながら決めたいくつかを抱えて店を出て暫く歩くと、人々で賑わう列が目に入る。彼らは何がお目当てなのかと探ってみれば――。
「おお……グリューワイン、ワゴン車なのに凄いわね」
「グリューワイン?」
「クリスマス定番のお酒ね。マグ良いなぁ……」
「マグ欲しいけど……ノンアルコール、ある、かな……」
「子供も欲しいと思うし、ノンアルコールもあると思うけど……」
自分達はまだ成人していない。並んでいた人に訊ねれば嬉しい事にあるという。大人達が味わう方はいつかの楽しみに取っておこう。2人はノンアルコールのグリューワイン片手にワゴン車を離れ――遠くてもわかるほどに煌めく大きなツリーに、氷菜の視線がそわそわと揺れていた。勿論皓はすぐそれに気付き、今は遠いきらきらをじいと見つめる事数秒。
「氷菜、あそこ座れる場所、あるかな? パン、そこでツリー見ながら食べない?」
「え、良いの? なら、見られるベンチでも探そうか」
真冬の今はとても寒いけれど、光り輝くツリーの傍で食べられるのは今この時だけ。この街のクリスマスをもっと味わおうと、2人は遥か天辺にあるきらきら星を目指していく――。
イルミネーションを始めとしたクリスマスの装いは、この街にある店全てに聖夜の魔法を掛けている。金の光は清らかで不思議と柔らかく、軒下にその輝き宿したイルミネーションを連ねた店は、外観だけでなくちらりと見える店内もクリスマス仕様だ。
それぞれの個性やこだわり、センスが煌めく様に夕星・ツィリ(星想・h08667)の目は静かに瞬き、ココ・ロロ(よだまり・h09066)もいつも以上に目を煌めかせていた。
「わあ~……まちがクリスマスでいっぱいですね!」
クリスマスの街を映していた目がわくわくを目一杯宿してツィリへ向く。この街には色んなおいしい屋さんがあるようだけれど。
「どこもいきたいですが……パン屋さんにゴー!なのです!」
「そうだねココくん! 今日の目的はパン屋さんだもんね! ごーごー!」
人々の間を楽しくすり抜けて、石畳の道に足音を響かせて。そうして到着したパン屋はイートイン付きで、店内がしっかりと見えるガラス窓がスノースプレーで可愛らしい事になっていた。沢山のパンを作る雪だるま達で縁取られたそこについつい目が行きながらドアを開ければ、カランコロンと鈴が鳴って――ふわわん。温かく漂ってきた香りを2人は大いに吸い込む。
「わあぁ……やきたておいしそのにおい……」
「パンの焼ける匂いって幸せの香りがして大好き!」
その香りに包まれながら並ぶパンを見る事の幸せ度といったらもう、とんでもない。2人はトレーとトングをいそいそと手にし、まずは近い所から見ていく事にした。
「ツィリさんはたべたいのきめましたか?」
「ん~パンは迷うけど……これにしようかな。緑色の生地に粉砂糖がかかってるの!」
ツィリがトレーに載せたリースパンを見たココは、クリスマス感抜群なビジュアルに目を輝かせた。
「リースにあまいゆきが……! ふふ、ゆきだるまさんもたのしそう」
ひとりじゃなくて、ふたり、さんにん――と集まっている雪だるまはクッキー製。顔はそれぞれで違っていて、聖夜に集まったお友達のようにも見えた。
「ココくんはどのパンにするの?」
「ふふー、それはですね……」
落とさないようしっかりトングで掴んでトレーへ乗せたのは、サンタクロースにトナカイ――クリスマスの顔といえる彼らがビッグサイズなリース風ちぎりパンだ。しかも。
「あじは……んと……いろいろあるよう? いっしょになかみあてっこしましょ~」
「するする! ちぎりパン中身あてがんばるぞー!」
幸せと楽しいの予感を連れ、一緒に注文したココアもトレーに乗せて席につく。自然と合った目は揃って楽しそうに煌めいて、笑顔もぱあっと咲いていた。
「いただきます!」
「わ~い! いただきまーす」
ツィリは雪だるまも一緒にはむっと食べる。パン生地と粉砂糖の甘さがふかふかと広がって、そこに被ったのはクッキー雪だるまのザクッと食感と――。
「中にチョコとクランベリー入ってるー!」
光煌めく水面のように輝いた目は、すぐに向かいへ座るココのトレーへ注がれた。リースパンをちぎって、勿論雪だるま飾りも乗せたなら。
「お裾分けどうぞ!」
「わぁい、いただきまーす! んん、あまずっぱくておいし~! ココのサンタさんたちもおすそわけ~」
「サンタさん嬉しい。ありがとう!」
パンを分けて嬉しさ倍増のその次は――そう、ココが買ったパンの中身は何だろなというお楽しみ時間の到来だ。2人はドキドキしながらちぎり――わっ、と歓声を上げた。
「ベーコンチーズ~! こっちはグラタンだー!」
「食べる前からわかるよ、両方とも間違いない美味しさ!」
「ココもそう思います! これは……なんでしょー?」
「うーん……コーンマヨっぽい?」
正解は? あーん、と食べれば生地と一緒に何かをぷつりと噛んだ食感。そして弾ける甘い味に、2人はもごもご声で『コーンマヨ!』と揃えた後、くすくす笑い合う。
ココアは濃さも味もしっかりとしていて、飲むたびに美味しい幸せが重なっていく。カップが空になる頃にはトレーの上も綺麗になっていた――のだけれど。
「ツィリさん、おなかはまだだいじょーぶですか?」
「大丈夫だよ。ココくんも?」
「はい! えへへ、おかわりしましょ~!」
「おかわり行こ行こ! 生クリームたっぷりのツリーパン気になってたの」
「わぁ、生くりーむ……!」
輝く目がおかわりのパンを映し、トングがパンをトレーに載せる。
さあ、美味しい幸せをもう1周!
星のどこにあるかで大陸の様が違うように、国が違えば文化も変わる。それを目の当たりにしたトゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)は、ほほう、と感心したように目を丸くしてキョロキョロしていた。
「クリスマスの過ごし方は色々あるのだなぁ。この街の雰囲気もとても良きものだ……! 早速観光して回ろうではないか~」
「そうだな、観光してて良いなら目一杯楽しませて貰うかねぇ」
どこから回ろうかとウキウキしているトゥルエノの横で、緇・カナト(hellhound・h02325)は変わらぬ調子でゆるりと周りを見る。
古き良きを残すヨーロッパの街並み。そこを彩るイルミネーションやクリスマスの飾り達。テレビやスマホが当たり前の現代では、こういう風景を見ようと思えばいくらでも観られる。仕事という機会が訪れなければ、わざわざヨーロッパまで足を運び、目にする事はなかったろう。
それにしても。
(「何処もクリスマスってのは賑わってんなぁ」)
ここは人気観光地なのか、自分達のような明らかに現地民でない者をよく見かける。まあ観光地はどこもこんなもんか――と思っていると、鼻がひくりと反応した。吐く息を白く染める空気の中に、食欲そそる香りが混じっている。
「街中のあちこちから美味しそうな匂いが漂っているなぁ、主よ。先ずはあのパン屋さんから行ってみよう~」
どちらが先にパン屋の香りに気付いたかは、吐いた息のように不明瞭。
2人は小麦の穂を象った吊り看板が目印のパン屋へと吸い込まれた。中は程々に賑わっていて、カナトがぐるりと見た限りでは現地民が多いように見えた。彼らが選ぶものは間違いなく美味いのだろうけれど――。
「我はシュトーレンと言うのが気になってな。むむ、いくつか種類があるなぁ……」
粉砂糖たっぷりな所はどれも同じで、しかし、ルビーのように艷やかな赤色が覗くドライフルーツたっぷりタイプに、ドライフルーツや胡桃と一緒にチーズを練り込んだもの、マジパンの芯を中央に抱えたもの――という具合にトゥルエノを迷わせた。
「そっちはリースパンか」
「こちらも良いな……! シュトーレンは少しずつ食べて日々を刻んで行くのだったか」
「そう聞いてるけどな。オレの場合シュトーレンは大体1日と持たないだろうな」
「……主の口に掛かれば全てが一瞬である!」
トゥルエノが言ったような食べ方は風情もあるのだろうと解っていても、晴れない飢餓を抱えているカナトに掛かればシュトーレンでも儚きもののとなる。けれど食べ物として生まれたなら、飾りパンと共に美味しく速やかに食べられた方が本望だろう多分きっとメイビー。
「……で、次どこ行くんだ?」
「やはり肉屋さんだなぁ。むむっ、主! 丁度あそこに肉屋さんが!」
距離が縮まり間近になればなるほど強まる香りの正体は、ぐるぐる廻って焼かれている鶏の丸焼きだ。勿論ローストビーフや骨付きチキンも豪勢に並んでいて、カナトの腹は今にもクリスマスソングを歌い出しそうだった。
ひとまず2人は食べ歩き出来る骨付きチキンと大人気というソーセージロールをいくつか買い、ジューシーな美味と街並みを一緒に楽しみながらクリスマスの街をゆく。――と、トゥルエノはメイン以外の事も思い出しハッとした。
「主、我は飲めないがワインも愉しむと良い!」
「おー、そうするか」
カナトの口が笑む。自分はここで待つぞと手を振るトゥルエノは楽しそうだ。連れの飽きる気配のなさにカナトはまた笑い、視線を巡らせる。今この瞬間も――それ以前も。歴史ある街並みはクリスマスの輝きに染まり、そこをゆく人々の顔も、1人1人が聖夜というひとときを形作る光となっている。
「主、今年のデザインマグというのを土産にするのも良さそうではないか?」
(「……別に今はワゴン車を見てた訳でもないんだが」)
ふう。
吐息が白く染まってふかりと舞う。それはすぐ聖夜の夜空に溶けて消え――。
「まあ、そうだな」
土産が欲しいなら、1つくらい提供してやろうか。
メインディッシュは腹をそれなりに満たしてくれるけれど、それに相応しいアルコール(土産付き)も、あっていい。カナトは見付けたワゴン車へゆるりと向かい――。
「ハッ。主~、肉屋さんのおかわりは大丈夫か?」
シュトーレンもぺろりな胃袋を気遣う声が、その背中へと明るく投げかけられた。
その金色は、冬の冷たさも、果てまで澄み切った星空さえも、明るく温かく照らすようだった。街全体に満ちるキラキラ感に、不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)の顔に現れていた笑顔はどんどん輝いていく。ご機嫌な目に映る街の煌めき溢れてこぼれ落ちそうで――和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は口に笑みを浮かべた。繋いだ手が楽しげに揺らされ、蜚廉からすれば可愛らしい勢いで引っ張られるのにも逆らわず、ちるはの足取りにつられながら隣を歩いていた。
「あ、蜚廉さん。グリューワインですよ」
「ふむ。飲んでみるか」
今では日本でも定着しているクリスマスの定番、それを提供しているワゴン車周辺はなかなかの賑わいだ。回転は早く、すぐに自分達の番が来て頼んだ数は勿論2つ。そして。
「来年は一緒のグリューワイン飲みたいですね」
「ああ、楽しみにしているよ」
雪の結晶を散らしたプレゼント靴下風マグで掌を温めながら、ちるはは蜚廉が手渡してくれたノンアルコールに口をつけた。
成人したら、同じものが飲める。その時に飲むグリューワインはどんな味だろう? 来年の冬を想像しながら味わえば、グリューワインの温かさが掌からじんわりぽかぽか、手から体全体へと広がった。
温まった心地がほどけないうちに。また冷えてしまわないように。温もりを守るように再び手を繋ぐと、先程よりも互いの温度が流れるような自然さで馴染むようだった。
温かさのおかげか街歩きは順調で――お喋りを挟みながらの道中、ちるはの目が新たなワゴン車を発見する。
「……食べ歩きができますよ」
「はは、言うと思っていた。構わない。寄り道も想定内だ」
じぃっと見つめていた目は頭上からの『OK』で即座にパッと笑顔に変わる。まず並んだのはチュロスで、砂糖を雪のように纏ったそれを片手に今度はソーセージロールの列へ。サクッともちっと甘いものと、パリッとジューシーで肉肉しいもの。誘惑のままにもぐもぐ堪能していたちるはは、にっこり笑ってチュロスから傾けた。
「蜚廉さんにもはい、どうぞー」
「……確かに、この美味さは評判になるな」
チュロスもソーセージロールも温かく、それが美味さを十分発揮している。
グリューワインに続いてそれぞれを味わい終えれば、胃袋は程よく満ちて心地よい。そんな腹拵えを終えた所で、2人は今回の本命――本題である買い物へと向かった。少し歩けばいくつもの雑貨店が見つかる為、あっちを覗いて次はこっちを覗いてと、本命探しの旅路、その行き先には困らない。
「どんな飾り買います? 季節感ある置物とか……?」
やっぱりサンタクロース?
それとも雪の結晶を戴く天使?
手にした陶器の小さな置物2つを見比べるちるはの横で、蜚廉は指先で顎をさする。
「大仰でなくとも、持ち運びやすいツリーやオーナメントがあれば十分だが……」
「だが?」
首を傾げて見上げるちるはへ返ったのは、蜚廉からのかすかな笑みだった。
「助言、頼りにしているぞ」
「ふふ。お任せあれ。うーん、なら……」
これなんてどうですか。
そう言って勧められたものに蜚廉の表情筋が一時停止した。
「……サンタの猫?」
しかも可愛いというよりもファニーな猫だ。
独特の味わいを醸し出すサンタ猫と蜚廉が見つめ合っている間、ちるはは玄関へ飾るのにぴったりのリースと出逢っていた。オーナメントが編まれたリースは、クリスマスらしい清らかさと華やかさが寄り添っていて、玄関に飾れば間違いなく素敵な事になるだろう。
会計を済ませて外に出ると一時遠ざかっていた冷気にくるまれる。ちるはは少しだけぶるっと震え、蜚廉はほんの僅かに目をしかめた。けれどまた、しっかり手を繋げば大丈夫。
「街一番のツリーも見ていこう」
「そうですね」
訪れた中央広場は、これまで見てきた街のどこよりも明るかった。中心に立つツリーの輝きに染まりながら、金の光と夜空の星、ふたつのひかりを目にしながら息を吸う。目に見えない透明なそれがなぜだかキラキラと感じられて、ちるはは胸いっぱいの特別感と共に蜚廉をにこーっと見上げた。その明るさが引っ張ったのか、光に包まれたツリーを仰いでいた蜚廉の顔がちるはの方を向く。
「綺麗ですね、蜚廉さん」
「うむ、とても綺麗だ」
雪が降る。夜が更けていく。
けれど世界は眩しくて、心はぽかぽかと温かい。
遥か彼方、頭上に広がる夜空には数多の星が瞬いて、地上である此方ではイルミネーションや街の灯りが温かに煌めいている。古くから守られてきた建築物から成る街並みと合わされば、お伽噺の中や魔法の世界へ訪れたかのようだった。
けれど物部・真宵(憂宵・h02423)の表情は、いつもの柔く優しい微笑みを湛えてはいなかった。むむ、と小さく寄せられた眉間の皺。ルールブルーの双眸に現れている彩に、それを向けられていた雨夜・氷月(壊月・h00493)は声をこぼし肩を震わせる。
「んっふふ、今日は何もしないからそんな警戒しないでよ」
「今日『は』……?」
「そ。今日は」
月浮かぶ宵色の目はいつものように笑っている。そこに不穏の2文字を感じるから真宵は警戒するのだけれど、それでも綺麗な街並みを見ていると警戒心は薄れ、心が躍りだす。
周りに向き始めた微笑に氷月はにっこりと笑み、左から右へと視線をすいーっと動かした。何から見て行こうか。
「あ、物部みてみて。あそこにグリューワイン売ってる」
サンタ帽子を被ったスタッフが赤いキッチンカーから顔を覗かせている。そこをゴールとした列に近づけば、今年のマグはこれ!という立て看板も目に入った。小さな金色の星々が煌めくインディゴのマグで、よく見ればインディゴ部分には動物達のシルエットがうすらとあり、縁にはマグと同じ陶器製の真っ白な雪と、そこから滴る氷柱があった。
「デザインマグ可愛いし、買っていかない?」
「まぁ、これ頂けるんですか? かわいいですねぇ。ではせっかくですからおひとつ」
毎年ここで出店しているキッチンカーの客捌きは流れるよう。2人の番はすぐに訪れて、たっぷりのグリューワインで満たされたマグが手渡された。早速一口飲んだ氷月は、掌から伝わる熱もワインの風味も楽しんで口に弧を描く。
「わたしグリューワインって飲んだことないんです」
「あ、そうなの? 美味しいよ」
笑って差し出されたマグを受け取った真宵は、とぷりと揺れるワインの水面をじいと見つめる。人生初のグリューワイン、そのお味は? どきどきしながら口をつけ――きゅっ。顔が顰められる。
「う……、香辛料の味が……いっぱい……」
「あっはは! もしかしてちょっと苦手だった? んっふふ、可愛いところあるねえ」
「もぉぉ、そんなに笑わないでください!」
「飲めないならそれチョーダイ。マグは返してあげるからさ」
「……とぉっても不服ですが……お願いします……」
まだ『いっぱい香辛料』が口に残る真宵が見る中、氷月はグリューワインをすいすい飲んでいく。そう待たずに空になったマグは約束通り真宵の手に収まった。
「あ、いいモノみっけ。物部、おいで」
「はい?」
一応警戒しながら手招く氷月に付いて行くとビスケット風タイルの壁が何ともメルヘンな菓子屋に迎えられ、真宵の表情がぱあっと明るくなっていく。氷月は軽快に中へ入り、楽しげにあちらを見てこちらを見て。ああこれかな。決めたものをさくっと買うとまた真宵を手招き、外を指す。
「?」
何でしょう。不思議なまま出ていく氷月の後に続いて――。
「ほら、あーん」
「えっ、あの……っ」
あーん、と差し出されたというよりも口へどうぞとやって来たビスケットサンドをむぐ、と受け止め、真宵は目をぱちくりさせる。何か挟んである。
「これマシュマロですか?」
「そ。どう? 美味しい?」
口を満たすのはビスケットとマシュマロは甘く、氷月が訊ねた通り、美味しい。
美味しいけれど。
(「わたし……子どもだと思われてるのかしら……?」)
「口直し、他にも色々あるからイートインで食べてこ!」
年は1つしか変わらない筈。内心首を捻ていた真宵は、相変わらず楽しそうな氷月の誘いに考える。
「あはは、また警戒してる。言ったよね、今日は何もしないって」
「そうですけど。前回の事、忘れていませんから」
とっても怖い目に遭わされましたからね。そう言って睨んでも氷月にはどこ吹く風。真宵は小さく息を吐いて、でしたらと微笑んだ。
「美味しい物でも奢ってくれますよね?」
「うん? 良いよ、色々奢ったげる。何が良いかなー、やっぱローストビーフ?」
「えっ、ちいさなお菓子で十分ですよっ」
「あは、遠慮しないで! じゃあ行こうか。あっちに美味しそうなお店あったんだよね」
「え、いつの間に見付けたんですか……というかあの、本当に……!」
ほんの冗談だったのに。真宵の表情も声も空気もそう語るけれど、氷月の足は止まらないし笑顔も消えはしない。こっちこっちと手招く銀を白が慌てて追いかける――そんな光景が、光に染まる街にとけていく。
夜空では星が、地上では人々が作り出す光が、数多の煌めきを見せている。古くからこの地にある建物を彩るイルミネーションは、彼方の星々や降る雪を集めたかのようで、その中に時折交じる大きな星が何やら愛らしい。そしてそんな輝きに満ちた街が、香柄・鳰(玉緒御前・h00313)の心を照らし、魅了してやまない。
「ああ、何て素晴らしいんでしょう……」
どこを向いても煌めきが視界に映る。夜空の星、イルミネーション、窓ガラス越しに溢れる店内の照明――それから、人々の笑顔。全てがその眩しさで照らしてくれる。
白い息を吐きながら笑むその横顔に、天神・リゼ(|Pualani《プアラニ》・h02997)も柔らかに目を細めた。この街から生まれる煌めきが彼女の瞳に数え切れないほど映っている。その嬉しさに笑みは隠せず、どうしたって現れるあたたかな笑みに鳰の微笑がくるりと向いた。
「クリスマスは空間全てがキラキラしているよう!」
「ええ。世界中が輝きに祝福されているようです」
「故にお祭りに水をさすような真似は捨て置けません」
「……必ず守りましょう」
微笑みと決意を交えた2人はクリスマスを楽しみながらも、それに似つかわしくないものがないかと警戒を怠らない。人ならざる気配を持った者は――居ない。何かしらの影響を齎す魔術的な絵や文字といった仕掛けは――無い。それでも2人の目は、クリスマスに染まった街を満たす煌めき、それを陰らせるものはないかと静かに巡る。そして。
「あら?」
薔薇の花だ。咲いた形のまま、青い薔薇の花が道端にぽつんとあった。造花か生花か。落とし物かもしれないと2人は近寄り、手に取って――生花とわかった青薔薇から香った気配に顔を見合わせた。あまりにも幽かだった気配に邪悪さはないものの、それは普通の青薔薇が持ち得ないものだ。
「……一先ず、しまっておきましょうか」
「ええ、それがいいです。誰かが拾ってしまうと心配ですしね」
手にしただけで特に異常は起きず、気配以外の何かも感じられない。2人は念の為周囲を確認してから街巡りを再開し――ほわん、と漂った香りで仲良く足を止めた。
「あらまあ! ね、リゼさん? 右手のお店から良い香りがしません?」
「あら~! いい香りがすると思ったらっ」
心もお腹もくすぐるこの香りは、紛れもなく焼き立てパンの香り!
その源泉である右手のパン屋は、トナカイの力を借りてソリを走らせるサンタ――のリースをドアに飾っていた。ドア左手の大きなガラス窓からは温かな色をした店内と、抜群のビジュアルが魅力的なパン達がよく見える。
「私、実はパンに目がなくて……宜しければ入りませんか。特にシュトーレンはパン屋さんの数だけ試してみたくなるんです」
鳰からの誘いにリゼは満面の笑みを浮かべた。断る理由なんてどこにもない。軽く鳰の袖を引き、行きましょとパン屋へ歩き始める。
「鳰さん、そんなに遠慮しないで。だって私も焼きたてのパンが大好きだもの!」
「リゼさんも? ふふ、嬉しいわ」
「それにシュトーレンは作る人によって味も深みも違うもの。端から端まで頂きにゆきましょう!」
ドアを開ければとびきりの香りと温もりで全身がくるまれる。冬の寒さをしゅわりと消すような感覚に、2人は思わず息をこぼしながらトレーとトングを意気揚々と装備した。数種類並ぶシュトーレンはまず確定として、と楽しげに考えていたリゼの目が可愛らしいリース風飾りパンに留まった。
「見て、鳰さん。小さな雪だるまとシロクマよ」
「ふふ、可愛らしい。パンのリースも素敵ですね。これも購入決定……はっ」
「あ!」
もうひとつ、大事なものがあった。
「グリューワインも勿論!」
「ふふ、クリスマスといえば欠かせないわよねっ。もちろん、ノンアルにして……」
鳰さんはと言いかけたそこに、くすりと笑う音が被る。
「今日は私もノンアルコールで。折角なら同じものを頂きたいもの」
「……! 鳰さんってば、本当に嬉しい事を」
ぱっと笑顔を輝かせたリゼの両手がトレーとトングをしっかり握り込むのを見て、鳰は彼女の中で弾けた喜びのハグ衝動を感じ取る。両手が塞がっていた為、今は出来ないけれど。
「ふふ、親愛の抱擁はパンを頂いてからですね。マグをお土産に頂けるそうで。それも楽しみです」
「ええ! マグも楽しみに、グリューワインを頂きにゆきましょう」
こちらのクロワッサンはどうです?
あら美味しそう、あっピザのようなパンもあるわ!
そんな会話を何度も交わして、あれもこれもと今日の出逢いに喜びながら思うままに買い求めた2人は、パン屋へ入る前と後で大違い。両腕いっぱいのパンという大荷物を抱えて、また白い息を吐きながら笑い合う。
「クリスマスプレゼントみたい♪」
「まあ! 己への贈り物と思えば確かに……それも良し、ですね」
沢山の美味しいプレゼントをしっかり抱えた2人の足は、パン屋を出た時からキラキラ見えていたクリスマスツリーの根本、中央広場へと向かった。
それまでの道中沢山の光を見たというのに、中央広場に在るクリスマスツリーの輝きはまるで――その、源のよう。
「何と眩い!」
鳰は思わず声を弾ませた。見上げるほどの大木はいくつものオーナメントと光で彩られていて、天辺にある星は、彼方で輝いていたものをそのまま飾ったかのよう。その眩さは見上げる2人も同じ彩に染めていた。
「ね、鳰さん。眩いくらいにツリーが輝いてるわ! ……あら?」
鳰の視線が周囲を静かに撫でている。どうしたのと問う柔らかな声に、鳰の目がぱちりと瞬いてからリゼを見て笑う。
「此処にいる皆が同じものに見惚れているのが、少し不思議で。……でも、悪くないですね」
「……ふふ、そうね」
生まれも育ちも、年齢も。全てが違う人々がひとつの輝きを見上げている。
その胸にはどんな思いがあるのだろう?
人々と共にリゼはツリーを見上げ、天辺で輝く星を見つめる。どこかあたたかな白色は、イルミネーションの光と溶け合ってほのかに金を帯びていた。
「さ! 今度は、パンを楽しみましょうか。冷めないうちに♪」
「ええ! 折角の出来立てだもの。頂きましょう!」
席を確保して、グリューワインのワゴン車に並んで。
そしてお揃いのマグを煌めく聖夜に掲げたら――美味しい香ばしいクリスマスプレゼントでいっぱいの、煌めく聖夜なひとときを!
夜空の星と街を彩る光。そして、どこからか聞こえるクリスマスソング。初めて訪れた街を満たす聖夜の空気に皮崎・帝凪(Energeia・h05616)はうむうむと満足気に笑みながら頷いた。これは良い。実に良い。
「クリスマス! 街中が俺にも負けないくらい輝いているな!」
「そうですわね。どこもかしこも眩しくって……」
――と微笑むライラ・カメリア(白椿・h06574)だったが、その心は感動の嵐がシャラララと吹き荒れていた。
(「なんという幸せでしょう。聖夜とダイナ様の共演で目が潰れそうです……!」)
目もぴかぴか煌めいてしまうものの、幸いな事にあっちこっちでイルミネーションが輝いており、何よりライラが表面上落ち着いていた為、帝凪に気付かれる事はなかった。
「さて、まずは……」
帝凪の呼びかけに機械生物が一斉に現れる。この街を満たす煌びやかさに隠れ、影に紛れてしまった者がいないか警戒すべし――その指令を彼らは忠実に守るだろう。ライラも帝凪と歩き始めながら、自身の感覚に怪しいものが引っかからないかと気を配っていた。
「今のところおかしなものはいないようですわ」
「そのようだ。上手く隠れているか、そもそも活動していないか……」
けれどこの街では確かに事件が起きている。2人は警戒を続けながら中央広場へと向かい――そこで燦然と在るクリスマスツリーを笑顔で見上げていた。
周囲を明るく照らすそのツリーはいくつものオーナメントとライトで飾られていて、全体を見るだけでなく、そのひとつひとつを見ていく楽しさにも溢れている。近寄ればそれぞれの作りがより鮮明に見え、帝凪は「ほほう?」と笑みをこぼしていた。
「ツリー飾りの木製人形に、こっちは硝子細工で出来ているのか。随分と繊細な技術で作られているようだ。この街の伝統の積み重ねなのだな!」
「ええ、本当に見事な芸術ですわね」
絶やされる事なく今日まで繋がれてきたもの、目の前の芸術に喜びながら指し示す帝凪にライラは微笑み――その心にシャララとした輝きを猛烈に溢れさせていた。
(「歴史に敬意を示すダイナ様……尊いですわ!」)
こういう人柄だから推さずにはいられない。帝凪という存在がこの世に在る事への感謝と、彼の尊さで胸がいっぱいになる。それを噛みしめるライラの横顔は、帝凪から見ると普段と変わりない為、またも気付かれずに済んでいた。
「……そうだ、ライラはこれまでどんなクリスマスを過ごしたのだ?」
「……わたし、ですか? 幼い頃のクリスマスは家族で過ごしておりました」
けれど幼少期のクリスマスを振り返れば、それは決して豪奢なものではなかった。帝凪に語るその思い出は、童話に出てくるような慎ましいクリスマスの光景だ。
「近頃はあまり……いえ、なんでもありませんわ。ですから、こうして誰かと街を歩くのは新鮮で……」
やや言い淀んだライラの青い目がクリスマスの光に染まった周囲を映していく。その姿に帝凪はどうしたのかと思うも、それを口にはしないし、探りもしない。ふむと軽くこぼすと、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「では、今日という日を近年で最も楽しいクリスマスにしようではないか!」
「まあ、ふふ。そうですわね! ダイナ様とのクリスマスが最高にならないはずありませんもの」
「その通り! そしてヨーロッパのクリスマスといえば……!」
“これ”がなくては始まらない。
帝凪は首を傾げたライラを連れ、中央広場近辺の店を巡る。1つの店へ入る度にライラの笑顔は輝いて、それが2店舗目、3店舗目となるにつれ頬も高揚感でほんのり赤くなった。そしてそれは、帰還した中央広場のイートインスペースにて最高潮を迎える。
「まあ……! ダイナ様、これは……!」
粉砂糖の雪を被ったブッシュ・ド・ノエル、カット待ちのドライフルーツたっぷりシュトーレン、まろやかラインを描くドーム形にヒイラギ飾りが可愛らしいクリスマスプディング――テーブルの上を彩るクリスマススイーツ達に目を瞠るライラへ、帝凪は「うむ」と頷きながら椅子を引き、着席を促した。向かいに座ると、まだ驚いている様子のライラに「フッ」と堂々たる笑みを返して胸を張る。
「男1人ではやり辛くてな、同行してくれて助かった!」
「はわわ……!」
スイーツを買いに行く。それを、この完全無欠の魔王様は気にしておられた。その事実がライラの心をこれでもかと震わせた。
(「ダイナ様、たまらなくお可愛らしい~~!!! そのお姿はまさに国宝級……!」)
それを拝見する機会に恵まれるとは前世で相当徳を積んだのでは? そんな可能性に思い至ったライラは、ハッとしてテーブル上のスイーツ達と帝凪を交互に見る。
「わ、わたしも御相伴に預かっても?」
「勿論だ。さ、ライラも遠慮なく食べると良い!」
完全無欠の魔王は度量も器量も大きいもの。好印象を抱いている少女にNOを示し、独占なんてしない。――何よりそれはクリスマスらしからぬ行いだろう。
帝凪は早速ブッシュ・ド・ノエルに手を伸ばし、付属のナイフで切り分けていく。甘い丸太という見た目をしていたそのケーキは、切ってみれば中に大粒の苺をクリームと一緒に抱えていた。悪くない。が、その味はどうだろうか? 帝凪は期待と共に早速頬張って――琥珀色の双眸がぱっと輝いた。
「うむ!!」
美味い、が詰まった声をこぼすその向かいでライラも笑顔いっぱいで頬張っていた。
表面と中のクリームはチョコレートの存在感が抜群で、柔らかなスポンジ生地に苺が甘みと爽やかさをセットで連れてきている。くどくないその味わいは一口、もう一口、更に一口と大変にフォークが進むものだった。
(「――はっ! 俺とした事が!」)
無意識に頬張っていた。完全無欠に眉目秀麗も加わる魔王たる身、そのような食べ方は気品を損ねてしまう。魔王の自覚をしっかりと持つ帝凪は誤魔化すように咳払いをひとつ挟む。
「クリスマスに相応しいな」
「ええ、本当に!」
帝凪は深く頷き、改めてブッシュ・ド・ノエルを口にした。
これで良し。万事解決だ。
(「ファンの前では常に美しく気品ある俺でいなくてはな!」)
けれどファンにとって推しという存在は基本どんな姿でも尊さを覚えるもの。
しかもそれを間近で見られるとなれば――。
(「ファン冥利に尽きますわ……!」)
特大のクリスマスプレゼントにスイーツが華を添え、シュトーレン、クリスマスプディングとフォークが伸びていく。心もお腹も満たすひとときはもう少し続きそうだった。
屋根の縁、店前のツリー、花壇――様々な場所で星屑や雪のような形をした小さな光が連なり、たまに大きめの星も加わりながら、澄んだ金の光を溢れさせている。遠くに見えたとんがり屋根の天辺では北極星に負けじと輝く『星』も見えた。
街がクリスマスらしい装いをするのはこの時期ではごく自然で、けれど『聖夜は仕事』が当然になっていた賀茂・和奏(火種喰い・h04310)には、目に映るクリスマスが少しばかり新鮮だ。
(「汎神解剖機関の怪異が絡んでるからって欧州に来ることになるとは……」)
慣れっこである筈の『聖夜は仕事』がいつもと違う理由は、もうひとつある。
「この時期の街の飾りは心弾むね!」
白い陶器の天使――ツリーの飾りに目を細めたモリス・ガルニエ(déferlant・h09495)が、横にいる。どこからどう見てもウキウキな様に和奏が漏らした苦笑、男の耳はかすかだったそれをしっかり拾っていた。
「なんだい? 隣を歩くのが私では不服かな」
「嫌ってわけじゃ無いですよ、貴方、毎年聖夜と前後は頑張って早めに帰る組じゃないですか。現場に出てくるとか意外だなって」
だからこうして一緒に赴くとは予想出来なかった。
するとモリスは和奏から煌めく周囲へと視線を戻し、楽しげに語る。
「ああ、宿に妻にも来てもらっているからね。今年の聖夜はこちらで過ごす方向にしただけだから、問題ないとも。片付けたら彼女とディナーが待っている」
「成る程?」
こちらは事件が解決したら即帰国だが、そちらは数日ホリデーを過ごすらしい。色々と納得がいった。
「なら早めに懸念点の事件を解消しないとですね」
「そうとも。夢見人を眠りから目を覚まして、この美しい街並みと灯で彩られた場で、街を愛する誰もが、喜びに溢れた聖夜を過ごせるよう頑張ろうじゃないか」
愛情深いモリスらしい言い回しだ。和奏は瞬きを1回の後に小さく笑う。
今度は苦笑ではない。だってそうだろう。今はクリスマスだ。過ごすのが見ているかどうかもわからない夢の中では、あんまりだ。眠ったままである人々の目を覚まし、誰にとってもいい日になるように――そう思わずには、いられない。歩いていてすれ違う人々も、ふと目を向けた店内にいる誰かも。皆が聖夜の中に在ったなら、と。
「それに」
「? 何ですかモリスさん」
「毎年怪異とデートじゃつまらんだろう」
「……」
急に何だろう。毎年の聖夜御馴染み仕様へ話を振られ、和奏はきょとんとした。
そんな反応にモリスは「そう、君の話だ」と笑みながら頷く。自覚があるのは良い事だ。
「事件解決は最優先だが、折角だ。美味い食事に、旅好きな君が楽しめそうな街並みも満喫できるなら、両得かと思ったのもある」
これは。もしかして。
気遣われて――る?
(「そういえば、この人、愛や芸術好きな国の出身だったな……」)
自分を見ながら何か納得しているような、何か言いたげにも見えるような。そんな和奏の表情に、上司である男はくすりと笑う。
「おや、余計な気遣いだったかな?」
勿論、無粋な詮索をする気はない。しかし和奏はまだ25歳だというのに、若人らしからぬところがある。それは上司としても、51歳という年上としても、少々気になる部分であった。
「君はどうにも……食以外の欲を潜めすぎている気がして、つつきたくなってね」
「……」
そう。賀茂・和奏という異能捜査官は、どれだけ激務でも食事だけは抜かずにいる。朝昼晩ときっかり3食だ。1つも抜かない。――その代わり削られるのが睡眠なのだが。
一応自覚はある為、和奏はあれやらこれやらを胸の中でだけもにょもにょさせるに留めた。そんな自分に約10cmほど上から注がれる視線が、また笑ったのを感じとる。けれどそこに馬鹿にするような意図は欠片もなく、あるのは親愛と気遣いだと解った。――のだが。
「和奏のその癖、いいことないぞ。楽しみたまえよ、全てを」
「あの、俺だって前後で友達とお祭りの雰囲気楽しむぐらいしてますよ」
激務になると睡眠を削りがちなだけで、プライベートが枯れに枯れているわけじゃない。愛と芸術好きな国出身である上司から見ると心配になるレベルなのかもしれないけれど。
「そういうのより、頑張るので、先に軽く腹ごしらえしましょ。ソーセージロールとか気になったんですよねぇ」
噂によればジューシーで大変美味いらしい。一般的なソーセージ以外もあるだろうか? 例えば黒胡椒がぴりりと利いたものや、ハーブを利かせたものだ。
他にもこの街には腹ごしらえにぴったりのものがあると聞く。シュトーレンを数枚頂くのも悪くないだろうし、グリューワインで体を温めておくのもクリスマスらしさを味わえる。
和奏は楽しげに顎をさする男をちらりと見上げ――ふわり。鼻をくすぐった匂いに足を止めた。間違いない。これは肉系だ。方向を探れば、茶色い渦巻きの飾りを屋根にくっつけたキッチンカーが見えた。
「例のソーセージロールだな」
「ですね。じゃ、行きましょうか。奥方とのディナー前でも、軽食ぐらいいけるでしょ」
モリスは肩を竦める。躱された。まあ、仕方ない。無駄な詮索をしなかったようにそれ以上深追いはせず、いいともと低い笑い声をこぼす。
「なら、私は土産に飾りパンも買って行こうかな」
良さそうな店を見かけたら教えてくれるかな。微笑むモリスからのお願いに、和奏はいいですよとさらりと返した。そういう店があれば自分の腹を満たすパンとも出会えそうだ。
最初の腹ごしらえにと選んだソーセージロールは食べ歩きに丁度いい。ほかほかと熱いそれに齧りつきながらゆくクリスマスの街は、事件の影も見えないほどに煌めいていて――。
「モリスさん、今」
「ああ」
邪悪ではない。けれど普通ではない気配が、かすかに覗いた。
ふわり浮かび上がるようだったそれを追う2人の姿はメインストリートから外れ――それでも、2人が行く先には金の光が変わらず在った。
イルミネーションやリース、ツリーといったクリスマスでお馴染みのアイテムに加え、ガラスにはスノースプレーでクリスマスメイクを。そんな街を黛・巳理(深潭・h02486)と並んで歩く泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)の心は、どこからか聞こえてくるクリスマスメロディでムード満点だ。
(「一緒にクリスマス過ごせるとか……! これもうデートだよね!?」)
ちらっと巳理へ目をやれば、つい先程入った本屋で買った物を手に、興味深そうに周囲を観察している。
(「……分かってるよもう……これはただのお仕事! でもちょっとくらい妄想に浸っても良いよね……?」)
例えばクリスマスから年越しまでたっぷりお休みを取って、ヨーロッパ各国を2人きりでのんびりとか――なんて妄想が展開している間、巳理は広がる街並みとそこで生活する人々を見ては思案を捗らせていた。
(「やはりヨーロッパの文献は日本と異なり興味深いものが多いな。臨床が足りず日本では試せないものも多いが、見るだけでも十分学びになる」)
この本を買って正解だった。巳理は表紙を撫で――ふと隣を見、目をぱちくりさせた。海瑠が百面相をしている。にやけるのを我慢したと思えば、しょぼんと肩を落とし遠くを見つめてと、一喜一憂が加算され続けていた。
(「……もしかして、こんな年末まで上司と同じなのは嫌か。まぁ、確かに」)
心の声は届かない。当たり前のそれが生じている為、巳理は海瑠が一喜一憂からのやはり一喜の真っ最中だなんてわからない。依頼の為に上司と一緒の年末? その上司が巳理ならば海瑠の心は何やかんやウキウキからのトキメキハッピーだ。
(「巳理さんと一緒にクリスマス過ごせるのは確かだし! ……去年も一緒だったけど、職場でだしね……」)
――と、こっそり握り拳を作って夜空の星を見上げた時だった。
「その、海瑠くん。また今年も私と一緒に過ごさせてすまない」
「えっ!? な、なんで謝るの!?」
仰天のあまり目を丸くする海瑠へ、巳理は視線を外す事なく眉尻を下げた。
「常に一緒だと、君も苦しいだろう? だが、この後の件も共に頑張れたらと思う」
どうしてそうなったのかわからないけれど物凄く誤解されている!
海瑠は小さくぱたつかせた両手をぎゅっと握り込んだ。
「あっ、あの……オレはその……、っ……! 苦しくなんてないよ! オレが一番にずっと一緒に居たいのは……っ」
赤くなった顔がしゅんと俯く。彼が百面相をした時にまま見る動きだと、何度か見たそれに巳理はひとつの予感を抱えていた。この続きは、恐らく――。
「えっ、えっと巳理さん、ほら露店いっぱいある! お腹減ったし、なんか食べてこ? やっぱりチキンかな。ローストビーフとグリューワインも良いなー」
明るいけれど、僅かに焦りが窺える声。誤魔化されるのは承知の上だった。だから巳理は毎度のように“そうか”と諦める海瑠の言葉を――追おうとして、つい躊躇う。
(「なぜ」)
予想していた。承知の上だった。
自分の事であるそれを探ろうとした一瞬を、ぱっと振り向いた海瑠の笑顔が遮る。
「巳理さんはなににする? 折角だし、食べたいもの全部買おう!」
「――ミンスパイやポットシチューも、美味しいんじゃないかな」
「あっ、いいね! えっとそれじゃ、あそこから覗いてみない?」
Bakeryとあるそこは紛れもなくパン屋だ。聞けば中央広場にはテーブル席が沢山用意されているらしい。まずはパン屋を覗いて、それから肉系を探して、ご馳走と一緒にそこを目指そう。そんなプランと共に2人はパン屋でこれとこれとと買い物を済ませ――。
「さて、」
「オレが持つよ。ほら巳理さん、行こ行こ」
「え? ああ……」
会計が終わったばかりのパンが詰まった紙袋が華麗に横から攫われてしまった。器用だなあと感心していた巳理はすぐ海瑠の横に並び、2人は肉屋でのミッションも無事に完遂する。
グリューワイン? それは両手に買い物荷物を抱えていても器用な海瑠が巳理を導いた先、中央広場でぽかりと空いていたテーブル席を確保してからだ。
それも無事に終えれば、大きなツリーの光に照らされながらのディナーが――の、その前に。海瑠は、巳理の目が周囲をさっと見た事に気付いた。
「さっきの人ですか?」
「ああ。どうやらここには来ていないようだね」
買い物途中、視界の端を掠めた人影。どこか不安げに辺りを見回す住民が引っかかった巳理は、その場ですぐに海瑠と共有していた。食べ終えたら、あの辺りを見てみようか――そう思案する巳理の顔は本日も麗しく。
(「お、思ったよりすぐそこに巳理さんの顔があるッ」)
内心緊張していると、ふいに向かいからくすりと音がこぼれた。何か変に思われてないかと不安を抱えながら目をやれば、巳理の視線はテーブル上で犇めく料理達に注がれている。
「君と行く場所は、いつも賑やかでいいね」
「そ、そう? 喜んで貰えたなら良か――」
「唯一気になると言えば、“君の隠し事”ぐらいだが――……」
「ゲホゴホッ」
思わず咳き込むも、巳理が珍しくパッと笑うのを見て胸が高鳴る。と同時に不安も湧き上がった。隠し事を伝えて、もし嫌われでもしたら――それこそ精神を病んでしまう。だから言えず、心の中で謝るしか出来なかった。
「……巳理さんって、今の時期どう過ごしてたの……? オレは……1人で通りかかった道のイルミ見るとかかなぁ。特別な相手もいないしね」
「クリスマスはいつも通り仕事だとも。学生時代は……そうだね、誰かの誘いで興味も無いパーティーに参加するか、君と同じく通り掛かりにこの輝きを横目に帰るかの二択だったよ」
「ふふ、一緒だ」
「しかし、君に特定の相手がいないというのも不思議なものだ。君ほど人が良ければいそうなのに」
「――えっ!? い、いやぁ……前まで人を好きになったこととかなかったから……」
「え、そうなのか……」
そういう事も――まあ、生きていればあるか。巳理は百面相の気配を醸す海瑠にそれ以上追求はせず、ツリーを飾るようにオーナメントや光――の絵が交差するマグを掴んだ。中には温かなワインが満ちている。
「そうだ海瑠くん、乾杯をしよう。折角の夜だ、多少気になるものはあるが楽しもうじゃないか」
「う、うん……乾杯!」
コツン。互いのマグが触れて、グリューワインの熱が一瞬躍った。
焦げ目も美味しそうな骨付きチキン。ポットシチュー。ミンスパイ。カット済みのシュトーレン。ひとつひとつに手を伸ばし、味わっていく。それはささやかで嬉しいクリスマスディナーであり――。
「これは美味しい。買ってよかったね、海瑠くん」
「おいしいねみことさん」
海瑠はニッコリ笑って、ひょいぱくり。
しかしその心は。
(「顔も近いし笑ってくれてるしで、食べ物の味なんて全然分からない……」)
海瑠以外でその真実を知るのは、ツリーの天辺にて輝く星くらい。
錆が滲む黒髪の下、瞠られたライムに似た緑の双眸に金の光が映り込む。それはイルミネーションの光であり、クリスマスツリーの輝きであり、人々の営みの印――店内の灯りでもあった。数え切れないほどのそれが、古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)の心をただただ躍らせる。
「見て見てリーガルさん! 大っきいツリー! ランタンもきれーだし、あっちのイルミも見たい!」
喋るたびにこぼれる息の白さは実に鮮やかだ。リーガル・ハワード(イヴリスの炁物・h00539)は静かな紫彩をじとりと細める。眉間に少しばかり皺も寄っていた。蒔生がいつもより更にうるさ――賑やかだ。今のうちに釘を刺さないと。
「うん、うん。分かったからちょっと落ち着け蒔生。そんなにはしゃいでいるとはぐれるぞ」
途端に目にあったキラキラがすんっと引っ込んだ。ぶす、と唇が尖る。
「……いいじゃん、ちょっとくらい。晩ご飯は途中で食べていいって言われてるんでしょ?」
「まあな。けど、はしゃいではぐれたら困るだろ」
「……だって。クリスマスに外……しかも人通りの多いとこに来られるなんて初めてなんだもん。ご飯食べたらちゃんと捜査するから、ね?」
しゅんと落とされた肩、約25cm下からの上目遣い、両手を合わせたおねだりポーズ。リーガルの目は、じっとそんな蒔生を見下ろして――溜息をこぼした。こいつ僕が折れるの分かってやってるな?
「……駄目とは言ってない」
「よし、決まり! 何食べる? さっきのパン屋さんとかどう?」
途端蒔生の目にはキラキラが復活し、元気なお喋りも再開される。その姿に吠える小型犬の幻が被って見えそうで、リーガルは一足先に足を踏み出したその背中を呆れながら見下ろしていた。
「だから待てって。あんたを見失わないよう意識を割いていて店をあまり見れてな――」
「すっごい美味しそうだっ――あっ!」
いきなり手を掴まれた。突然の行動は本物の小型犬といい勝負だ。リーガルの翼が驚きのあまりぶわりと膨らんだのも構わず、蒔生は笑顔で走り出した。
「いいこと考えた! 来て来て!」
「は!? ちょ、おい蒔生!」
一体どこへ来いと? けれど蒔生はリーガルの翼だけでなく疑問もよそに人波を避けて行く。その勢いにまたも小型犬の幻が妙な明瞭さで並走し――。
「パン屋?」
「そう!」
入店するやいなやリーガルの手はパッと開放された。蒔生は手早くリースパンとバケットを購入し、切込みも入れてもらう。
「それじゃあ次は屋台ね!」
「は? おい!」
またも手を掴まれたリーガルの視界が、ぐんっと揺れた。人波を行く勢いは渓流下りのようで、屋台ってどの屋台だとリーガルが思っている間に列に並んでいたその屋台は――ソーセージロールとローストビーフ?
(「何を考えてるんだ?」)
リーガルが見ている間に、会計を済ませたその2つはそれぞれ別のパンの切込みへ華麗にイン。合体してなかなかのボリュームになったそれを、蒔生は満面の笑みと共にリーガルのすぐ目の前へ差し出した。
「ほら、サンドイッチ! 即席にしては美味しそうでしょ? リーガルさん好きだよね、どっち食べる?」
「僕の好物を何故あんたが知っている?」
「兄貴に聞いたに決まってるじゃん」
兄貴というと――。
(「まあ、あいつしかいないよな」)
はあ、とリーガルの口から白い息がこぼれたのは、出来立てソーセージロールサンドイッチとローストビーフサンドイッチと交互に見比べてすぐだ。
「じゃあ、半分こで。どこかで座って食べよう」
「やったぁ! 半分こ! そう言ってくんないかなって思ってた~」
どこかいい場所はと歩き始めたリーガルと、その横について歩く蒔生。先ほどまでと立場が逆転した2人の足は、リーガルの目に飛び込んだ店の手前で留まった。蒔生が何だろうと目をぱちぱちさせている間にさくっと購入を済ませたリーガルの手には――。
「ん? なにそれ?」
クリスマスモチーフの刺繍風絵付けがされた赤いマグ2つ。中身は身長差の為見えないけれど、温かさを伝える熱がふわりふわり、白く染まって揺らいでいた。
「スパイス入りのフルーツジュースだよ。温まるぞ」
「へぇ、美味しそうかも」
「場所は……あそこでいいか?」
「うん! いい感じだし賛成!」
リーガルが顎で示した先を見た蒔生は即座に頷いた。石階段を上った先、少し開けたそこは賑わいから程よく距離がありつつも、イルミネーションやツリーがよく見えるという、ちょっとした穴場スポットだった。
よく誰かがお茶飲みに使っているのか、ぽつんとあったテーブルの上にサンドイッチ達を広げていく。早速大きく口を開けてかぶりついた蒔生は、香ばしいリースパンの風味と、その後にぷつんと弾けたソーセージロールのジューシーさに目を輝かせる。
リーガルも半分こにした同じものを食べて「美味いな」とこぼした。ではローストビーフを挟んだバケットは――うん。美味い。温かなフルヒテプンシュもあるから、寒さに震える事もなく広がるクリスマスの光とグルメを纏めて味わえる。
「綺麗だな」
「うん!」
「――あんたもそう思うだろ?」
すい、とリーガルがテーブルを撫でた瞬間、そこにあった冷気が白い靄となって現れる。靄はコップから溢れた水のようにテーブルから地面へと流れ落ち、けれど落ちたそこへ積み重なるようにして高さを増していく。
(「もう仕事してるし。真面目だなぁ」)
もうちょっと楽しんでもいいじゃん。蒔生は口を尖らせるも、リーガルほどの高さにまでなった靄が人になっていく様を眺めた。
初老の男だ。カジュアルな軽装はクリスマスにしては寒そうだが、熱を持たない男はぼんやりとした表情で数回瞬きをした後に、2人をしっかり認識したらしい。
「この街で起きている行方不明騒ぎについて訊きたい。彼らが消えた時に何があったのか。教えてくれないか」
『ああ、いいとも! 俺は善良な市民だからなぁ。こういうのは協力するもんだ』
クリスマスだしな。ぱちんとウインクした男は、生前随分と社交的だったようだ。陽キャかなと蒔生がフルヒテプンシュを飲む間に、男は身振り手振りで語る。
『何もない空中からヘンテコなのがこう、出てきたんだ。あんなの、この街じゃあ見た事ないぜ。初めて見た時は青い薔薇だけだったな』
そこに穴が空いていたのだろうか。ふいに現れた青薔薇の花は街のあちこちに落ちた。それはメインストリートや裏道の隅や、店舗裏に積まれたケースの上だったという。青薔薇は冬の冷気に傷む様子もなく、その青に気付いた誰かが拾い上げるまでそこにあったと男は言った。
『するとどうなったと思う? 拾った奴らみぃんな、拾った途端にふらふら歩き始めたんだ!』
「行き先は? 全員同じか?」
『いんやぁ、バラバラだったな。北へ歩き出した奴もいたし、南へ行った奴もいる。同じ範囲をぐるぐる歩いてる奴もいたぞ』
「? 何で?」
『そこは俺にはわからんよ、お嬢さん。ただ……』
青薔薇を拾った全員に、途中で“お迎え”が現れた。
男は、どう見ても人間ではなかったそれの手が薔薇を落とす所も見たという。
雪が降る。
金の光が街を照らす。
聖夜の彩りに染まる世界で、街に潜む怪異の輪郭が露わになっていく――。
第2章 集団戦 『ジェーン・イン・ザ・ドリームボックス』