いらっしゃいませ、御屋形様!
王劍『|縊匣《くびりばこ》』関連シナリオ
これは王劍『|縊匣《くびりばこ》』に関連するシナリオです。
これまでの関連する事件は#王劍『縊匣』をチェック!
やけに豪奢で少女趣味、有り体に言えば趣味の悪いその部屋は、秘密結社『プラグマ』――その下部組織の女首領の居室だった。ピンク色の長髪をなびかせ、フリルたっぷりのゴスロリ服に身を包んだ彼女は、煽情的な目で『来客』を見遣る。
「なんの用だ『プリンセスクイーン』、この俺を呼び出すとは……」
いつも通りに素っ気ない、不機嫌な声音。訪れたデュミナスシャドウの様子が、次の瞬間一変するのを、プリンセスクイーンは微笑みを浮かべて待った。
「待て、それは王劍か! どうやって手に入れた?」
ほら、食い付いた。王劍へと伸ばされるデュミナスシャドウの手を制して、プリンセスクイーンは言う。
「フフフ、良いでしょ。これは、私の王劍なんだよ。この王劍はね、配下を強化する力があるんだ♪」
主導権を握った状況が嬉しいのか、彼女の瞳が恍惚の色を帯びる。あえてデュナミスシャドウの問いをはぐらかし、焦らすように。
「そうそう、デュミナスシャドウ君にも、プレゼントがあるんだ」
「プレゼント? いや、必要無い。俺に必要なのは……」
が、そんな彼女の『駆け引き』は、結局のところ不発に終わる。デュミナスシャドウは躊躇なくその手を振るうと、素手でプリンセスクイーンの胸を刺し貫いた。
「――え?」
信じられない、とでも言うように目を見開いて、血の塊を吐き絶命する。
王劍の齎す『絶対死領域』におけるそれは、完全な死を意味する。しかしデュミナスシャドウは一顧だにせず、王劍その亡骸からむしり取った。
「……この王劍だ。この王劍があれば、この俺は最強の存在になる事が出来る!」
幸運にも手にした力、それはデュミナスシャドウの抱いた野望に明確な色を乗せていく。
「まずは、軍勢が必要だな」
計算高いその目は、√EDENへと向けられていた。
●王劍を巡って
「皆さん大変です! また王劍絡みの事件ですよ!!」
星詠みである漆乃刃・千鳥(暗黒レジ打ち・h00324)が示したのは、√EDENの一角。そこは√マスクドヒーローから来た悪の組織、『赫刺党』が根城にしているという話だが。
「今回はそこに、王劍の模造品を持った怪人が乗り込んで来るようなのです!」
組織同士の抗争、みたいなものだろうか。襲撃側は怪人『デュミナスシャドウ』の配下を名乗り、この小組織を制圧し、デュミナスシャドウ勢力に加えようとしているらしい。潰し合いなら勝手にしてくれ、と言いたいところだが、これは王劍を持つデュミナスシャドウという怪人に迫る好機でもある。
「ということで、皆さんにはこの戦いに介入していただきます!」
そうなれば、やはり戦闘は避けられないだろう。
「襲撃側の怪人は王劍の模造品を手にしているそうです! 気を付けて戦ってください!!」
王劍の模造品……模造王劍は『白い木刀』のような形状で、以前にも確認された王劍『縊匣』に類似している。デュミナスシャドウが、無数の小王劍で構成されるという王劍『縊匣』の一つを新たに所有した可能性が高いだろう。
そして王劍『縊匣』は、自身の模造品を作り出す力を持つ。
「模造王劍は『絶対死領域』を発生させることはできず、怪人の戦闘力を向上させる働きしかしていないようです! しかしながら、これが配下の怪人に次々と配られるとなると……今後が心配になりますよね!」
つまり第一の目的は、デュミナスシャドウが勢力を広げるのを阻むこと。敵が戦力を吸収するのを阻止し、模造王劍を持つ敵怪人を討ち取る必要があるだろう。そのための第一歩が、敵対組織との接触になるわけだが。
「えーと、この組織……|『赫刺党』《かくざとう》のアジトなのですが、表向きはその……忍者喫茶として営業しています」
忍者喫茶。聞きなれない単語が出てきたが、つまるところはからくり屋敷をイメージしたコンセプトカフェ、らしい。
店員はみんな忍者ということになっており、注文した料理が掛け軸の裏の隠し通路から配膳されたり、天井裏からお茶が注がれたりといった独特の空気が味わえるほか、高額注文や店員への袖の下で意中の忍者を指名したり、チェキとかそういうサービスもやっている。
そこまでならば『変わったお店』として地方紙でとりあげられて終わりになりそうなところだが。
「悪の組織らしいところとしては、『仕置き人サービス』――復讐代行みたいなものもおこなっているようです」
安くない依頼料と共に、仕置きついでの強奪、窃盗による活動資金の調達。そして『依頼した』という共犯意識と脅迫材料で客を組織の手駒に変えていく……ふざけているのか真面目なのかわからない活動を行っている。
「これと接触するとなると、『客として訪れる』か、『店員として潜り込む』というのが有効ですかね?」
何にせよこちらの正体がバレれば『赫刺党』とは敵対することになるだろう。そうなってしまったら仕方がないが、第一目標の達成のため、できれば穏便に済ませてほしいと彼は言う。
「味方につけるまではいかなくとも、良い印象を与えておくだけでも、その後の『襲撃時』の展開が変わるでしょう。とはいえ相手は弱小ながら悪の組織……扱いが難しいところですね」
ちなみに肝心の模造王劍は、敵を倒すか、或いは敵から奪い取ることで消滅させることができる。逆に言うなら持ち帰ることは難しいようだ。いろいろと考えることの多い依頼ではあるが。
「皆さんの手腕に期待しています! それでは、よろしくお願いしますよー!!」
●忍者喫茶~赫刺党~
「いらっしゃいませ、御屋形様!」
武家屋敷風の内装をした店内に、今日も番頭の声がこだまする。襖風のドアを開けて、どんでん返しの向こうの隠し廊下を歩いて客室までご案内。こんな雰囲気のため観光客に人気のこの店だが、一部には熱心なファンも居るらしい。
こちらの二人連れ立ってきた女性客も、その類のようで。
「ほほう、袖の下……よろしい、ではすぐにあの者をお呼びいたそう」
指名料らしきものを受け取った番頭は、愛想よく笑って拍手を打つ。
「斬兎殿、姫様方がお呼びでござる!」
ぱん、ぱん。手を打つ音色が消える間もなく、女性客の背後に影が差す。音もなく現れた端正な男性忍者の姿に、女性客達は黄色い声を上げた。
「……また斬兎殿でござるか」
「組織に加わって間もないというのに、こうも指名を集めるとは……」
表での接客の様子を盗み見て、裏に控えたキャスト達がひそひそと言葉を交わす。悪の組織としての顔を持つとはいえ、『表の仕事』の収入も馬鹿にならない。自然と、キャストの売り上げランキングがメンバーに力関係に影響を与えているらしい。
「今月の『番付け』が見ものでござるな」
「血鎖殿も気が気でないござろう……」
声を潜めて振り向けば、不機嫌そうな女忍者が舌打ちをしてこちらを睨んでいた。
血染めの鎖鎌を体に巻き付けた妖艶なるくのいち『|血鎖《チグサ》』、そして忍びらしからぬ大太刀を刷いた冷酷なる処刑人『|斬兎《キリト》』……スタッフと常連客の界隈では、この両者のトップ争いに関する話題で持ち切りのようだ。
第1章 冒険 『デュミナスシャドウに狙われる組織との接触』
●
忍者喫茶、赫刺党の夜は早い。
いや、普通に日中も営業しているので気分の問題だが、日が暮れていた方が雰囲気が出るのか、その辺りの時間から来店者が増え始めるのだ。
「いらっしゃいませ御屋形様!!」
行燈風の照明の下、連れ立って訪れた女性客を案内するのは下忍……つまり新人キャストであるロイ・サスケ(ニンジャ・オブ・ザ・ハイウェイ・h09541)だった。
「こちら、本日のお品書きでござる」
うまいこと組織に潜入した彼は、席に着いたお姫様達に巻物型のメニュー表を手渡す。
「あれ、指名した仙鉄さんは?」
「しばし待たれよ、仙鉄殿ならたしか――」
合図を送るともくもくとドライアイスの煙が立ち込め、床下から指名された先輩忍者が現れる。名乗りを上げてちょっとしたパフォーマンスを披露すれば、お客の黄色い声と拍手が上がる。最初は驚くことの多かったロイだが、いくらか下働きをこなす内に合の手を入れるくらいの余裕は出てきていた。
「あ、こっちの下忍さんもよく見ると……」
「ほんと? 仮面とって見せてよー」
「これは困ったでござるな、セッシャにはまだほかに仕事が――」
ふ、と思わせぶりに笑って女性客の声を躱す。ここのニンジャのスタイルは思いのほか馴染む、というかセッシャ普通にここで働きたいんでござるが?
まあ|警視庁異能捜査官《カミガリ》と書いて公務員と読む彼に副業が許されるのかは定かでないが、動けて声が出る彼は新人として重宝されているようだ。
「もう頭角を現し始めたか……」
「やるでござるな、あの新人」
その親しみやすい調子は、天井裏に控えたキャスト達からも評判は悪くない。場に溶け込むのは完全に成功したと言っていいだろう。
そして、潜入に回った√能力者はもう一人。
「お疲れ様です、先輩方」
「ん? お前は確か……」
「はい、新人の尾白です」
次のパフォーマンス兼注文された『煙玉ソーダ』を運んできたゴッドバード・イーグル(金翅鳥・h05283)は、それを腕組して客席を覗いていた彼等に手渡す。ロイと同様新人としての下働きに勤しんでいるようだが、彼女はロイとは違い裏方に徹していた。
こういった地味な仕事は個人の売り上げに影響しないためか、やりたがる者は少ない。「故あって過去の身分を明かすことは出来ない」、とそんな風に面接で伝え、訝し気な目で見られていたゴッドバードだが、こうした献身的な働きのため、徐々に認められつつあるようだ。
「最近入った新人は粒ぞろいでござるなぁ」
「血鎖殿も内心焦っているでござろう」
パフォーマンス交じりにお客に飲み物を届けに行って、戻ってきた先輩忍者達の言葉に、ゴッドバードは耳をそばだてる。
この先輩忍者達も漏れなくプラグマ下部組織の戦闘員……のはずなのだが、一体この状況は何なのか。自然と浮かんだ疑問を思考の外に追い出しつつ、情報集めに努める。
しばらく務めて見えてきたことではあるが、この組織においては月次の売り上げランキング……『番付け』が、彼等の力関係に重要な意味を持つらしい。実は受付をやっている『番頭』が組織の首領ではあるのだが、番付けのトップは実働部隊のリーダーとして、実質的に忍者達を仕切る立場となっている。
今のところはベテランくのいちの血鎖がそこに当たるようだが……。
「お、セッシャの噂でござるか?」
「そんなわけないでござろう」
接客から戻ってきたロイが軽口を交わし始めた頃、キャストの控えているそこに、『彼女』がやってきた。
「あんまり調子に乗るんじゃないわよ、新人」
「これはこれは血鎖殿」
「お疲れ様です」
ロイとゴッドバードの二人が、かしこまった様子で返す。
「でもまあ、見所はあるわね。今度私と一緒に接客に出なさい」
御供として使ってあげるわ。そんな血鎖の言葉を遮るように、現れたのはもう一人の重要人物、『斬兎』だった。
「この女の派閥に入ったところで先はない……やめておくでござる」
「あ? どういう意味?」
トップとして長く居座るお局と、それを脅かす期待の新星。番付けを争う彼等の軋轢を目にして、ロイとゴッドバードは密かに顔を見合わせる。
「興行ばかりで腕の鈍っておるのではないか、先輩殿?」
「孤高気取りのガキが……『裏』の仕事の腕だけじゃあ上には行けないわよ」
言い合いは続く。あまり深入りしたくない対立ではあるが、果たしてどう扱うべきだろうか。後々展開として予知されている襲撃、そのタイミングが来たならば、彼等は『無関係』というわけにはいかないだろう。こちらにとって敵となるか、味方になるか……その辺りも加味して、立ち回りを決める必要がある。
一致団結させれば組織としての戦闘力は高くなり、分断を強めれば戦力は下がると予想されるが……。
「御屋形様の出陣でござる!」
「「いってらっしゃいませー!!!!」」
とりあえず、もう少し接客は続きそうだ。またお越しくださいませ、という番頭の声が店内に響いた。
●
「こちらが天井裏の通路でござる」
「意外と広いんですね?」
「拙者達が行き来するための場所ゆえ……」
天井裏とは言っているが実質二階みたいなものだろう。新人研修として施設の案内を受けながら、不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)は密かに周囲へと目を配る。『表』と同様に日本刀や槍が飾られているが、こちらに置いてあるのは本物。戦闘員用の武器庫も兼ねているのかもしれない。
「ところで、その身のこなし……経験者でござるか?」
「……ええと、嗜む程度に」
曖昧な回答でお茶を濁す。人手不足の忍者喫茶、そして後ろ暗い悪の組織としては細かい来歴を追う気もないのか、「ははあ、通りで」くらいの調子で追及はされなかった。
「次に接客についてでござるが――」
丁度いい、と案内されたのは客の居る部屋の天井裏。覗き窓から中を見ると、観光客らしき一団の前でくのいちがパフォーマンスを披露していた。揺れる行灯風の明かりの下で、ダーツ代わりの手裏剣が的に向かって投じられる。続けざまに放たれたそれが的を射抜き、同じように料理を乗せた皿が彼等の前に投げ込まれ、一般人にはあり得ぬ精度と躍動する忍者の動きに、歓声が上がる――。
「まあ、あそこまでやる必要はないんでござるが」
あれが番付けトップの血鎖殿でござる。そう紹介されて、得心したようにちるはが頷く。番付のトップを守るというのは、それなりに大変なものらしい。
「おお、ここに居たでござるか新人殿」
そんなところに、別の先輩忍者が声をかけてくる。軽く挨拶した後、彼は研修担当の忍者と話し始めた。
「何やら新規のお客から『一番の新人を』という指名が入っているのでござるが」
「ははあ、それは相当なマニアでござるな」
大丈夫そう? みたいな質問に快く返し、ちるはは早速接客に出ることになった。
「お待たせいたしました、御屋形様♡」
「うむ」
鷹揚に頷いて返したのは、ちるはを呼ぶために袖の下を積んだ指名客、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)である。外部からの接触を務めた彼が、味方との合流を試みるのならこの形が最良だろう。
「情報は集まっているか?」
短い問いかけに首肯しながら、ちるはは彼の隣に座る。二人とも周囲の気配に気を配ってはいるが、声を潜めるに越したことはないだろう。彼の手元にお茶を注ぎつつ、小声で。
「まず、蜚廉さんが特殊な趣味のお客さんだと思われています」
「……ほう」
その情報要るか? 馴染みの者しか分からぬ程度に頬を引きつらせて、蜚廉は傍らのちるはに視線を落とす。接客、おもてなし、まあそんな体で身を寄せた彼女の位置は思いのほか近い。
「……こういうのおすきです?」
「ん゛ん゛っ」
「御屋形様……?」
「想像以上に威力が……いや、良い。忘れてくれ」
取り繕うように咳ばらいを一つ。少々油断をしすぎたようだと居住まいを正し、蜚廉は続きを促した。
「建物の『裏』が思ったよりも広いですね」
研修の間に得た情報、建物の概観をちるはが提示して、蜚廉は持前の感覚で察知したそれと突き合わせる。まだまだ知り得ていない『奥』もありそうだが……パフォーマンス用も含めてほぼ二重構造となったこの建物は、隠れ潜んでの奇襲を得意とする者には、格好の戦場となるだろう。次いで構成員の人数と様子、中でも重要なのが。
「成程、売上競争」
「はい。特に現在のトップは順位を守ろうと必死なようで……」
「接触するなら、そちらか」
そう、ここから先は『外』の出番。ちるはからの情報を精査し、蜚廉は客としての行動を決めた。
「くのいちの血鎖を」
「はい、ただいまお呼びします」
店に入れる袖の下をたんまり受け取って、ちるはが頭を下げる。
「お楽しみくださいね、御屋形様♡」
「随分馴染んでいるな……?」
営業用の笑顔を残して去っていく彼女を、蜚廉はなんとも言えない表情で見送った。
「くのいち血鎖、参上いたしました」
床下からのドライアイスに流れる音楽、物々しいパフォーマンスで天井裏から現れた彼女に、蜚廉は不自然にならないよう驚いて見せる。こちらを探り見る彼女の様子も、蜚廉の『感覚』は鋭敏に察知していた。
若干の緊張と疑念。追い詰められた様子なのはちるはから得た情報の通りだ。
簡単な話、売り上げを求めているのなら、気前よく使うところを見せてやれば良い。
「とりあえず一通り試させてもらおうか」
「一通り、全部でございますか……!?」
こともなげに全てを注文する。フードメニューも一式、巻物状のメニュー表を指でなぞり……いやなんだこの料理名? チェキ? なに??
馴染みがない単語の嵐に面食らった様子の蜚廉だったが、その姿が逆に血鎖の警戒を解いたようで。
「では御屋形様には特別に、料理が一層美味しくなる『隠し味開眼の術』をお見せしましょう」
「そ、そんなものがあるのか……?」
調味料で名前を書くことに何の意味が? 忍者喫茶、そしてコンカフェ特有のサービスが、次々と蜚廉に襲い掛かった。
蜚廉の接触は成功、相手にかなりの好印象を与えることに成功した……と、隠し通路側に控えたちるはは確信する。通りがかった先輩忍者達も、おおむね似たような印象を抱いたようで。
「血鎖殿、上機嫌でござるなあ」
「まあ、あんなに気前の良いお客は逃がしたくないでござろう」
やはり追われる側は必死。……だが、その逆は果たしてどうだろう。ちるはは目立たぬように探り見る。
注文の為に蜚廉の部屋に忍者が出入りする中で、挑戦者――斬兎が鋭い視線を送っていた。
●
「いらっしゃいませ御屋形様!!」
受付の威勢が良いのは好印象――商売人として思わずそんな点数をつけながら、破場・美禰子(駄菓子屋BAR店主・h00437)は物珍しそうに周囲を見回す。行燈風の電灯に、板張りに見える壁紙、元は普通のビルであったものを武家屋敷風に見せようという努力が察せられて、思わず感心してしまう。
それぞれの個室の様子は見通せないが、人の気配から客の入りは悪くないということがわかる。比較対象にもよるが、これは「それなりに繁盛している」と言っていいレベルなのではあるまいか。
「商才があるのに何故ヒトの路から外れるかね……」
その売り上げが悪の組織の活動資金となっていると頭が痛い。まあ、どちらかと言えば逆……人道から外れた者に、たまたま商才があったというのが正しいのかもしれないが。そんな風に辺りを観察していると、目の前の掛け軸付きの壁が、いきなり横にスライドした。
「おぉ、そこの壁から出てくんだ?」
「奥の間へご案内するでござる」
お迎えくるかと思ったわ、と冗談めかして言いながら、彼女はキャストの忍者の後に続く。
「たしか、好みの忍者を呼び出せるんだったね」
「ご指名にござるか?」
袖の下、つまりは指名料を握らせると、案内の忍者は恭しく頷いた。
「どうせなら頂点の忍者に合ってみたいねェ。『血鎖』……だっけ?」
「ほほう、お目が高いでござるな」
「女だてらにテッペン張ってるなんざイケてるじゃないの、そのヒトを」
ではこちらお待ちくだされ、そう言って席へと案内した後に、忍者は素早く天井裏へと姿を消した。
「さすが、一般人とは身のこなしが違うねえ」
普通に接客されていると忘れそうになるが、彼等もまた組織の戦闘員、ということだろうか。
床下から漏れるドライアイスと思しき煙に、音もなく開いた天井から舞い降りる影。演出過多な登場の仕方で指名の相手が現れる。
「くのいち血鎖、参上しました」
待ってました、と感嘆の声を上げて見せながら、美禰子は笑う。鎖鎌を体に巻き付けた煽情的だか猟奇的だかわからない衣装も、キャラ付としては丁度良いのかもしれない。
そんな格好をしながらも恭しい様子で巻物……要はお品書きを広げた彼女に、美禰子は注文を告げる。
「日本茶と、茶請けは血鎖サンのお薦めで」
「でしたらこちらが――」
コンカフェらしいというべきか、奇抜に見えたメニュー名だが運ばれてきたのは普通に美味しい団子だった。もしや気を遣われたか? などと思いつつも、美禰子は相手を持ち上げにかかった。
「茶も茶請けに美味いし、何より提供がいいね。トップというのも頷けるよ」
運ばれてきた料理に口を付けながら、相手の様子を探り見る。
「こっちの業界のことはわからないけどね、あんたも苦労してきたんだろう?」
「いえ、御屋形様ほどでは……」
そんな返しをしてはいるが、満更でもなかったのか、覆面の向こうの表情が和らぐのを感じる。
「けれど、そうですね。組織……いえ、店がここまでになるまで育ててきたのは私だと自負しています。最近は、それを横から攫おうとする輩も……」
「ああ、わかるよ。うちも隣町の駄菓子屋さえなけりゃねェ」
新しく出店してきた店で、やたらと羽振りがよくってねえ。丁度いい、とばかりにそう話を振ってやる。
「なるほど、それは……」
血鎖の瞳が暗く輝くのを、美禰子は見逃さなかった。
「後で、詳しくお伺いしても?」
さて、エサにかかったのは果たしてどちらか。
第2章 冒険 『敵組織と交流し、情報収集や協力関係を築く』
●御屋形様誘拐騒動
「よろしいですか、御屋形様」
√能力者達が潜入してしばし、ある程度の情報が集まったところで、客として潜入していた者達に声がかかる。
ちょうど度他の指名が入ったとかで血鎖が席を外したタイミング。姿を現した別の忍びは、席の移動を促した。
「血鎖殿の意向で、特別なお部屋へご案内したいのでござるが……」
VIP扱いか、もしくは他に聞かせられない裏の話か、そうして案内された先は、隠し扉の中でも特別巧妙に偽装された地下への階段。人目を憚るような道順で連れていかれたそこは、城主が座っていそうな広間のような作りをしている。
客人である√能力者達がその部屋の様子を見回していると、後ろの襖……いや、襖に似せた重い扉が、低い音を立てて閉じられた。
●忍側
パフォーマンスやらサービスやら、忙しく接客をこなしていた血鎖が戻ってきたそこに、『上客候補』達の姿はなかった。どういうことか、と裏に回ったスタッフ忍者達へと問うと。
「お帰りになられた……のであろうか?」
「帰るところ見たでござるか?」
何とも要領を得ない返事がかえってきた。どうも、互いに「相手に任せて席を外した」と主張しているようだが……。
「どうなってんだいお前達、引き留めておけと言っておいたろうに!」
他にも仕事を抱えている血鎖とその取り巻き達が事態に気付くまで、まだしばらくかかりそうだ。
……とはいえ、能力を駆使して情報共有を密にしてきた√能力者達であれば話は別である。血鎖の新たな『上客候補』が連れていかれた場所も、首謀者にも目星がついている。手がかりはすぐに見つかるだろう。ゆえに考えるべきは、『この状況をどう動かすか』という一点に尽きる。
自分達で全て解決してしまうか、この組織の者達に解決させるか。表立って動くのか、目立たぬよう暗躍するか。
この後の展開として予知されている模造王劍所持者の襲撃、そのタイミングが来たならば、この組織の者達も『無関係』というわけにはいかないだろう。こちらにとって敵となるか、味方になるか……その辺りも加味して、立ち回りを決める必要がある。
●客側
扉の閉まった『特別室』、そこで待ち受けていたのは、血鎖ではなく大太刀を佩いた男の忍びだった。
「お初にお目にかかる。拙者、斬兎と申す者」
案内されてきた蜚廉と美禰子がひそかに視線を交わす。もうこの辺りで大体の事情は呑み込めていたことだろう。
実際のところ、普通の客になる気のない彼等には興味のない話ではあったが、その後に続いた斬兎の申し出は、要するに『サービスするから血鎖ではなく自分を指名してほしい』というようなものだった。
売り上げ勝負について勝ちの算段はついていたが、突然二人『上客』が現れて焦っているのだろう。
「拙者は負けるわけにはいかぬ。この組織をより強く、より高みへと連れていけるのは、あの女ではない……!」
一言でいうなら上方志向か、その熱量にあてられた若い構成員が、何人か彼の味方についている……ように見える。
――断ったら? 試しにそう問うてみると、斬兎の目の奥に剣呑な光がわずかに覗いた。
「ここで消えていただく……そんなショーはいかがでござろう」
こちらを一般人だと誤認している彼等が相手であれば、実力で切り抜けるのは容易いだろう。だがさすがに戦闘になれば、色々と隠しきれないことも出てくる。
考えるべきは自分達で切り抜けるか、潜入している他のメンバーに任せるか。
血鎖派、斬兎派と模造王劍所持者、そして潜入した√能力者達。それらが出揃った際にどう転ぶかは、ここでの決定次第である。
●
血鎖ではなく自分を指名しろ。斬兎の要求はそんな単純明快なものだった。これも搦手といえばそうなのかもしれないが、いっそすがすがしいほどの直球に、蜚廉は小さく「ふむ」と鼻を鳴らした。先程学んだばかりの言葉ではあるが、こういうのが『推し変』と言うのだろうか?
まあ、何にせよ結論は変わらない。
「残念だが、我の推しは既にいる。変えるつもりは、毛頭ない」
「左様でござるか。であれば――」
一瞬剣呑な気配が斬兎の瞳に宿る。だが、蜚廉は既にそちらを見ていなかった。感じるのは、伸ばされた彼女の手の気配。彼もまた躊躇無くその手を取って。
「……何事でござるか」
瞬間、蜚廉の姿が掻き消えた。斬兎が、そして彼に従っていた忍者姿の構成員達が揃って驚愕に目を見開く。
どういうことだ。逃げられた? 彼等としてはすぐさま状況を確かめ、対応に動きたいところだっただろう。しかしそれを、残ったもう一人、美禰子が遮った。
「何でそっちが驚いているンだい?」
当然のように問えば、忍者達の間にも当惑が広がる。しかしながら彼女は、それに気付かぬふりをして。
「もうアタシは騙されないよ。からくり屋敷の仕掛けなんだろ?」
何しろこのVIPルームに来るまでに、精巧な隠し扉だって目にしている。今更ヒトの一人や二人消えたところで驚くことなどありはしない――と、あえて看破したように告げてやる。まあ仕掛けを熟知した彼等にはそんなことはないと分かっているのだろうが、説明も証明もできないだろう。
どうしたものかと言い淀む組織の構成員達に対し、美禰子は相談の暇など与えぬよう、話題を無理矢理戻していった。
「――で? 何だっけ、随分物騒な事を言ってたが」
焦ってはいるんだろうけど脅しは良くないよ、接客業だろう? そう説いてみせると、「同じ商売人として」という文句を続ける。
「商売人の心を動かすのは脅迫や思想じゃァない。魅力ある具体的なプレゼンさ」
「いや、それは――」
今じゃない。斬兎としてはそう遮りたかったのだろうが。
「老い先短い枯れたババア相手に、色仕掛けもないだろう。一体全体どンなサービスしてくれるって?」
実際のところ、彼の申し出について本気で検討する気は美禰子には無い……ということにしておこう。まあ多少なりと興味はあるのだろうが、今の彼女の狙いはただ一つ、『時間稼ぎ』である。
他の忍者へと目配せした斬兎は、まずはこの場を収めることにしたのだろう、咳払いをひとつ。そして、美禰子に向けての『営業トーク』を開始した。
「ではこの赫刺党布団セットを特別価格でお譲りする、というのは」
「え? アンタらそんな商売もやってんのかい……?」
●
地下の特別室から突如姿を消した蜚廉。彼が姿を現したのは、地上階の元の部屋だった。
「ありがとう、助かったよ」
「有事の際は合流優先、ですからね」
手を引いた相手、ちるはがそう応じる。「攫われた」と聞いた時は少々焦ったが、√能力を駆使すればこの通り。
「よし、次はどうする」
「血鎖さんは状況に気付いてないようですので、こちらから教えてあげましょう」
もちろん合流が第一目的ではあったが、事情を説明するにしても、『新人』のちるはが言うより攫われた本人の口から語ってもらった方が話が早い。
「ああ、御屋形様。どこに行っていたんだい?」
もう帰っちまったと思ったよ。ちるはに呼ばれてきた血鎖は、驚いた様子でそう問うてきた。
状況を考えれば呑気なものだが――。
「済まんな、血鎖。だがこの店には、客を勝手に連れ去る裏切り者が居るようだぞ?」
「なんだって……?」
早速、蜚廉は自らが体験してきたことを語る。血鎖の言い付けだと称して地下へと案内されたこと、そしてそこに待ち受けていた斬兎が、指名変えを半ば強要してきたこと。
「Wao! かなり強引な手を取るのでござるなぁ」
血鎖派として潜入しているロイが大袈裟気味に声を上げて、疑問を差し挟まれる前に流れを形成する。
「品行方正な『表』のニンジャであるセッシャには、とても信じられん話でござるよ!」
ロイの驚嘆の声に、明らかに『裏』の自覚がある赫刺党の者達は、互いに顔を見合わせる。
「そういえば、先ほどから斬兎殿の姿がどこにもないでござる」
「しかし……いくら売り上げで対立しているとは言っても……」
半信半疑と言ったところか。しかしながら、被害に遭った本人の証言は捨て置けるものではない。
「地下の特別室だったね。俄かには信じ難いが……確かめてみようじゃないか」
ロイ達の誘導もあり、血鎖はそう決断したようだ。
「丁度良い、そこのお前もついてきな!」
「承知でござる!」
この呼びかけはこちらにとっても丁度良い。元気良く応じたロイは、軽い足取りで血鎖の後に従っていった。
●
巧妙に隠された仕掛け扉から続く地下室。特別な客を案内、もしくは拉致監禁するためのその部屋では、未だに先刻の問答が続いていた。判定の厳しい商売人、美禰子を納得させるため、様々な提案が為されたようだが。
「うーん、もう一声。ご近所野良猫のお散歩マップと時間割でもくれるんなら、考えてやらんでもないよ」
「ははあ、それを先に言っていただければ話は早かったでござるな。では拙者秘蔵のこれを……」
「あるのかい? 準備が良いねえアンタ」
見せかけの交渉がまとまりかけたそこで、誰かが――否、脱出していた蜚廉とちるは、そして血鎖等と共にロイとゴッドバードも階段を降りてきた。先程文字通り姿を消した蜚廉に、斬兎は明らかに鋭い視線を送る。
「御屋形様、御戻りですか」
「ああ……」
とりあえずここではあまり前に出ない方が良いか、そう判断したのを察して、ちるはが思い切り話を逸らす。
「特別室の内装、素敵ですねー」
「まあ……そうだねェ、VIP室なんて生きてる間に拝める日が来るとは思わなかったよ」
こちらもバトンタッチだというように、美禰子が肩を竦めて返した。そうこうしている内にロイは再度不可視の魔導線を味方へと繋ぎ、情報と狙いを共有する。時間稼ぎと誘導は成功、とりあえず、ここからは成り行きを見守っておこう。
「これはどういうことだい、斬兎?」
自分の派閥の忍者達を侍らせ、血鎖は威圧的に問う。
「人の客には手を出すなって取り決めだろうに」
「何度も言っているでござろう、それが手ぬるいのだと」
そんなことだから番付が硬直し、構成員が腑抜けていくのだ。強弁する斬兎の言葉に、彼に従う若手の忍び達が深く頷く。
どうやら彼にも熱心なシンパが居るようだが、やはり数としても、暗躍がバレたという状態としても分が悪いのは否めないか。
「お主等もだ! そのままでいいのか、新人達よ!」
このまま血鎖に従っていても、組織は弱く小さいまま、硬直した番付の中で腐っていくばかりだ……と、矛先がこっちを向いた。
「それは別に……まだ入って日は浅いですが、トップに相応しいのは血鎖さんだと思いますよ?」
少し考えて、ちるはが答える。組織の為を思っての行動は頷けなくもない、とフォローを入れつつ。
「あなたのやり口も、血鎖さんは全部オミトオシだったみたいですしね?」
「あ……ああ! もちろんお見通しだったよ!!」
「さすがでござる! セッシャは最初から血鎖殿を支持していたでござるよ!」
だいぶ怪しい宣言だったが、ロイは全力の太鼓持ちムーブでそれを押し通す。すると、斬兎はこちらの方へと視線を注ぎ、溜息まじりに言う。
「お主の接客を見たが、華がある。もっと上に行けるでござろうに……」
急な褒めにぴくりとロイが反応するが、血鎖が睨んでいるのを見て慌ててそれを否定する。
「残念でござるが、セッシャはこちらの方がミズが合う、というやつでござる」
最近覚えた慣用句でやり過ごし、結論は変わらないとばかりに強く頷いて見せた。
「それに、味方するなら野郎よりも別嬪さんに限るでござる!」
「正直だねあんた……」
「ふむ、客層を考えての選択であったが……裏目に出たでござるか」
ぼそりと呟かれた言葉、その意味を測りかねたロイだが、とりあえずは血鎖に忠実な忍びの顔をしておく。
「逆に、なぜ斬兎さんはそんなに番付に拘るんですか?」
続いて、ちるははそう問いかける。上下関係を受け入れない、飽くまで拒否するのであれば、プランB……二頭体制だ。
「お二人はお客様層が違いますし、“ツートップ”って感じで頼もしい先輩だと思ってますけど」
きらきらと、無垢な瞳でちるはが見つめる。ここまで対応を味方に任せていた蜚廉も、これにはさすがに相手方へと視線を移した。
彼女のこれの威力は身を以って知っている。多少は靡いてくれればいいのだが――しかし同時に、高め合う気概があるのなら、最初からこの手段をとってはいないだろうと予感もしている。
もしもの時に備えて油断なく、相手の動きを探って。
「かわいい後輩はこう言ってるんだけど?」
血鎖の方は新人に慕われて満更でもなさそうな顔をしているが、斬兎の方はやはり頑なに黙したまま。
仲直り、とはいかないようだとちるはも察して、プランC、実力行使の算段を立て始めた。
「今回の番付に拘るのは、もちろん理由があるんですよね?」
そこで言葉を引き継いだのは、ゴッドバードだった。
「今、プラグマ内では勢力図が変革の時を迎えていると聞き及んでいます。あなたは『赫刺党』の主導権を別組織への手土産にしようとしているのでは?」
ざわ、と赫刺党の者達が俄かに沸き立つ。それは新人が言い出すにしてはあまりに重い、指摘や推理というよりは糾弾である。
「高みを目指すために背信を躊躇わない。同輩を売ってでものし上がろうとする者が居たとすれば、辻褄は合います」
彼女の言う通りなら、それは明白な斬兎の裏切り行為。そうでなければ……いやどちらにせよ、もはや決裂は免れない。進むしかないだろう。
「もしくは、そう。デュミナスシャドウの関係者か、内通者……だとすれば」
「馬鹿馬鹿しい、何を根拠に……」
呆れたように返しながらも、斬兎は深く溜息を吐いた。
「しかし、ここまで引っ掻き回されてはこちらも手詰まりでござるな」
証拠を掴む行動は何一つ行われていないため、言い逃れは容易だ。だがこの場を逃れたところで、目的を果たすのは難しい――それが斬兎の出した結論だった。
そう。なにしろ、図星であるのだし。
端正な口元を歪に吊り上げて、斬兎は大太刀を鞘から抜き放った。
第3章 ボス戦 『スラッシャーバニー』
●|斬兎《スラッシャーバニー》
鞘から解き放たれ、姿を見せた斬兎の太刀。それは、まるで――。
「白い木刀?」
「なんだ、飾り物と間違って持ってきたのかい?」
血鎖達が苦笑する。しかし、その場に居合わせた幾人かは正しく状況を理解していた。
「模造王劍……!」
王劍『縊匣』の生み出す模造品、つまりその持ち手である彼こそが、デュミナスシャドウの刺客。
「今後の士気を考え、内側から穏便に乗っ取るつもりでござったが……」
こうも計画が狂うとは。その要因となった相手を睨み、斬兎は変装術を『解除』した。現れたのは彼岸花を描いた羽織、禍々しい文字の刻まれた面頬。そしてその体躯は、明らかに……。
「き、斬兎殿? これは一体どういう……?」
「あんた女の子だったのかい!?」
血鎖一派はもとより、斬兎側についていた構成員達も我が目を疑うように狼狽している。
彼等の知る組織の一員、『斬兎』は果たしていつから入れ替わっていたのか。もしくは、最初からそうだったのか。模造王劍によって強化された変装術の前では、それを確認する術はない。
ただ確かなのは、これまでも時折見せていた、瞳に宿る剣呑な光。
「かくなる上は、力ずくでござる」
全員まとめて叩き伏せ、デュミナスシャドウ様に従わせてやろう。そう宣言した斬兎――否、『スラッシャーバニー』は、模造王劍を手に一行へと襲い掛かる。
「狼狽えるんじゃないよお前達、迎え撃ちな!」
血鎖の指示は、もちろん潜入していたロイやちるはにも向けられている。形はどうあれ、一時の共闘は可能だろう。
まあ、言っている本人を含めて混乱状態にあるようで、彼女等がどこまで戦力になるかは怪しいところだが……とにかく、赫刺党の者達も何とか迎撃の構えを取った。
●
「かくなる上は、力ずくでござる」
どこかで入れ替わっていたのか、最初からそうだったのか、それはもう確かめようがない。だが赫刺党の一員として、忍者コンカフェのキャストと裏の仕事に勤しんでいた斬兎とは仮の姿。その正体は、模造王劍を手にしたデュミナスシャドウの刺客――スラッシャーバニーである。
「結局忍びの者じゃないですか……!」
「まあ、確かに」
思わず呟いたちるはの言葉に蜚廉が頷く。それならデュミナスシャドウの部下より赫刺党の方が合っているような気もするが、対立姿勢を明らかにした現状、その道は断たれたと言うべきだろうか。
「かくなる上は――ッて台詞は大体は失敗フラグになるのが定番さね」
「そ、そう、語るに落ちたねぇ斬兎!」
声を上ずらせる血鎖の様子を、美禰子は横目でちらりと見る。浮足立っているのは明らかで、このままではどう転んでも良い方向には行かないだろう。失敗フラグに終わるかどうかは、恐らくこちらの行動次第。
「まあでも、余り前に出すぎちゃいけないよ。先程の変装術をみりゃ解るだろ、ヤツは通常の範囲を超えてるッてさ」
高笑いでも始めそうな血鎖だったが、それを聞いてぐっと黙る。赫刺党にはこれだけの人数が居て、共に過ごしていたにも関わらず、真の狙いどころか性別さえも見誤っていた事実。変装とか言う前に体格とか骨格レベルで変わっている状況を示してやることで、美禰子の狙い通り、一旦冷静にさせることには成功したようだ。
「ま、これでムダ死には避けられそうかね」
少なくともパニックのまま突っ込まれるよりは遥かにマシか。そう小さく零した美禰子に対して、低く構えた赤い影が迫る。
「余計なことを……!」
「ああ、斬兎サン。サービストークはもう良いのかい?」
そらとぼけるように言って、早々と首を狙ってきた斬撃から身を反らす。スラッシャーバニーの手にした模造王劍は木刀のような外見をしているが、恐らく食らえばただでは済むまい。すぐさま迫る追撃を絶つように、美禰子は軽く指を鳴らした。
「頂きっぱなしは性に合わないからね、お返しをさせてもらおう」
駄菓子屋BARからの返礼品はもちろん山ほどのお菓子だ。カラフルな包みの大きな飴玉が、突如驟雨の如く降り注ぐ。
雨霰と襲い来るそれに、たまらず距離を取ったスラッシャーバニーに対し、続けてちるはが距離を詰める。VIPルームの豪奢な装飾、それらを足場に跳ねる彼女と、阿吽の呼吸で地を這うように蜚廉が駆ける。戦闘に際し、その姿はすぐさま黒く輝く外骨格に覆われた。
「……は? こっちも?」
唐突に姿を変えた蜚廉の様子に、素っ頓狂な声を上げたのは後方の血鎖だった。変身する裏切り者を見たばかりの彼女としては、警戒せざるを得ないということだろうが。
面倒なことになりそうな気配を察して、ゴッドバードもまた血鎖の前で戦闘形態へと姿を変えて見せる。
「血鎖先輩。我々は敵ではありません。……まあ、今のところは」
「ええ……」
あんたもそんな感じ? 今ウチの組織どうなってるの? 完全に当惑した血鎖の様子から、言いくるめるのは容易そうではあったが、ゴッドバードはただ正直に告げる。
ここで何を言い含めたところで、悪の組織としてやってきた彼等がいきなり善人になるなどあり得ない。それは重々承知の上。日中の日向と夜の帳が交わらぬように、我々の道はどこまで行っても平行線――だが、今はそれで構わない。
「今はただ、交わらぬまま、同じ敵を見据える事に致しましょう」
「部下をビッと締めてくれるのはアンタだけだ、頼んだよ」
そんなわけで一時共闘だ。美禰子にぽんぽんと肩を叩かれて、血鎖は釈然としない表情ながらも頷いた。
「仕方ないねえ……」
まずは裏切り者を何とかしなくては、そうして自然を向けた先、スラッシュバニーはちるはと蜚廉の連携攻撃に晒されていた。
クナイを構えたちるはの腕を、スラッシュバニーもまた伸ばした掌で制する。そのまま至近距離で放たれる反撃の裏拳に対し、蜚廉が翅音板を鳴らした。
『潜殻転位』、『漆之型』、インビジブルを媒体とする転移を組み合わせることで、蜚廉とちるはの位置が入れ替わる。ちるはの顔面を捉えるはずだった拳は固い外骨格に阻まれ、逆に背後に回ったちるはの跳び蹴りがその体勢を崩す。たたらを踏んだスラッシュバニーは、忌々しげに舌打ちをすると、次なる合図の音色に合わせて模造王劍を振るった。
「……何?」
『起こる』と見越していた入れ替わりは発生しておらず、刀身がちるはの頭上を通り過ぎる。そう、こんなわかりやすい拍子など目くらましに過ぎない。こんなものは無くとも、目線と気配で意志は伝わるのだ。
視線を交わし、ちるはがこくりと頷いたところで二人の姿が同時に消える。代わりにそこに転移したのは、爆発寸前のインビジブルだった。
「……!」
二つの爆音が地下の空気を揺るがし、テーブルの上や棚に置いてあった備品が飛び散る。俄かの騒ぎと爆縮による風、その最中へと追撃にかかったちるはだが、吹き荒れる風を突き抜けたそこには、『鏡』があった。
「え?」
打ち込もうとしていた貫手が空中で止まると、目の前の鏡像もまた同じ姿で止まり、戸惑ったように僅かに目を見開いていた。
思考は一瞬、状況を把握したちるはは目の前の『自分』に向かって蹴りを放つ。身を捻ってそれを受け流した相手は、その勢いのまま裏拳で反撃を狙い――。
「……そうか、これが」
目まぐるしく互いの位置を入れ替えながら、打撃の応酬を展開する両者を前に蜚廉が呟く。
強化された変装術。一瞬にして、服装や体格どころか、声音から仕草まで変化するのは先程の『斬兎』で目にした通り。打ち合う二人のちるはから同時に目配せを送られ、蜚廉は戸惑うことなく踏み込んだ。
なるほど、変装の質は極めて高い。だが今回ばかりは化ける相手が悪かった。
二人に見えるちるはの片方、そちらの動きに呼応して、蜚廉が跳ぶ。拮抗していたように見えた戦いは、彼の加勢によって一気に傾いた。二方向からの同時攻撃を捌き切れず、ちるはの片方が後退する。
「見切られた、でござるか」
彼女と同じ顔でそう呟くスラッシュバニーに、蜚廉は当然だとばかりに応じた。
「推しの考え一つ、読み取れないで|ファン《特別》とは名乗れぬ」
共に過ごした時間を思えば、それを見間違えるはずもない。
「……あの人、推し変するの早くないかい?」
「いえ、それは元からと言うか……」
半眼になった血鎖の問いにそこまで応じて、ゴッドバードは説明を諦めた。
あの変装術は、単独で多数を相手取るに当たってそれなりの効果が期待できる。混乱を生み連携を崩すそのやり口……だからこそ、スラッシュバニーは今回の件で内部工作という迂遠な手を使ってきたのかもしれない。だがそれは同時に、単独で出来ることに限りがあるという証左でもある。
「とにかく、全員で畳み掛ければ勝機はあります」
確信を持った彼女の言葉に対し、赫刺党の者達はどこか自信が無さそうな様子で返す。
「しかし、拙者達はあれをどう見分ければ……?」
「ああ、難しく考えなくていいんだよ」
そう応じたのは、三者の格闘戦に目を向けていた美禰子だった。小銃を引き抜いた彼女は、その銃口を蜚廉の背中へ向けた。
「木刀持ってる方が偽物だろ?」
あまり使いたくない得物ではあるが、この状況では仕方がない。乾いた発砲音と共に放たれた弾丸は、後退してきた蜚廉の木刀――否、その姿をしたスラッシャーバニーの模造王劍に阻まれた。
再度姿を戻した彼女は、そのまま美禰子、そして血鎖に迫る。防御に回した王剣の影から放たれる鋭い手刀打ち。それに対しては身を挺したゴッドバードが武器で受け止め、振動超音波で反撃を見舞う。回避の利かない聴覚への奇襲に面食らったスラッシャーバニーから、血鎖と美禰子を運び去るように距離を取ったところで。
「今でござる!」
「待ちな、乱戦になれば相手の思う壺だよ!」
ここぞとばかりにスラッシャーバニーへ飛び掛かろうとした赫刺党の面々を、無事で済んだ血鎖が制止する。
味方に変装して紛れ込まれると厄介だ。距離を保ったまま攻撃を集中させろ。そんな指示を受けて、彼等は一斉に得物を構えた。
「……銃が出てきたな?」
「まあ、中身はプラグマの戦闘員ですからね……」
蜚廉とちるはが若干落胆したような会話をしているが、それはともかく一斉射撃の指令に赫刺党の忍者達が応じる。模造王劍を手にしたスラッシャーバニーは、命中する弾だけを見切ったように叩き落としているが、同時にゴッドバードのアサルトウェポンからの弾幕、美禰子が再度放った頭上からの『雨』を前に、動く余裕を徐々に失っていく。
多方向からの攻撃で追い詰めたそこに、ゴッドバードがプラズマブレスを放って動きを止める。その決定的な隙を逃さず、蜚廉はちるはを押し出した。
蜚廉の後押しとちるはの脚力、二人分の加速で一挙に距離を詰めた彼女は、スラッシャーバニーの手刀をすり抜け敵へと迫る。
矢のような跳躍から一転、絡みつくようにしてその首を取ると、そこを軸にして締め上げ、投げ飛ばした。
「拙者が、まさか、首を……!?」
信じられない、というような声が漏れた次の瞬間、彼女は地に叩きつけられていた。
その手から零れた模造王劍が床に転がる。真っ白な木刀にも見える『縊匣』、その模造品は、そのままゆっくりと崩れ去っていった。
「……無念」
「言っただろう。商売人相手に力づくでいったって効果ない、ってさ」
模造王劍が完全に崩壊するのを見届け、美禰子が安堵混じりの溜息を吐く。
商売人として、セールストークを聞いてる分にはそう悪くない相手だっただろうか。そんな感慨も、恐らくは彼女には届かない。やれやれと首を振ってから、美禰子は残った者達の方へと顔を向けた。
「無事に、学びは得たか?」
「もちろんです!」
帰ったら見せてあげますからね、私の『隠し味開眼の術』を。そんな微笑ましいやり取りをしている蜚廉とちるはを、血鎖をはじめ赫刺党の面々は気まずそうに遠巻きにしていた。
斬兎一人に組織全体が翻弄された形だが、それを上回った者達が第三勢力が目の前に居る状況。そして当の本人、ちるははにっこりと笑みを浮かべて彼等に声をかけた。
「血鎖さん、これからもよい先輩でいてくださいね」
「あ、ああ。そうだね……?」
「ここは大人しくしておきましょう血鎖殿」「拙者まだ死にたくないでござる……」
後ろからこそこそとそんな声も聞こえてくる。とりあえず、脅しとしての効果はありそうだ。
「……ここでの役割は果たせた、でしょうか」
そんな彼等の様子を見て、ゴッドバードは小さく呟く。今回の件で、デュミナスシャドウの目論見の一端を潰すことには成功した。しかし、当然ながらこれで終わりではないはず。
――次なる動きを、警戒しなければ。