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Book of Christmas
●聖夜の物語
煌びやかなイルミネーションが輝く街の中、行き交う人々は皆笑顔を浮かべていた。
手にした包みを大事そうに抱え、家路を急ぐ人。腕時計や大通りにある電光掲示板の時計をちらちらと気にしては、待ち合わせの時間になるのを待つ人。レストランに向かう為、手を繋いではしゃぐ家族たち――ショーウィンドウに映る、そんな人々の姿をぼんやりと視界に収めながらも女性が見つめるのは一冊の絵本。
「……どうして、私の、お話……っ」
イラストは違えど、本の内容は自分がずっと温めていた内容。絵本作家になるのだと夢見て、憧れの賞に出すべく頑張っていたというのに。
「酷い……!」
彼女が出すよりも早く、盗作されたその話は大賞を取り、こうやって華々しく書店のウィンドウを飾っている。勿論抗議したけれど、盗作した犯人は交際していた男性ということもあって、盗作したという証拠すら突き付けられぬまま終わってしまった。
男性とは別れたけれど、新たに創作をする気持ちにもなれず、こうやって訪れた本屋で盗作された絵本を見てしまえば――心が折れてもおかしくはなくて。
「お互いに頑張ろうって言ってたのに、ね」
男性を想う気持ちはもうないけれど、裏切られた辛さ、作品を奪われた憎さは簡単に消えるものではない。
ショーウィンドウの中に飾られ、誰かの手に渡るであろう絵本。それを見るたびに、彼女の心には澱みが重なっていく。そして、その澱みは『紅涙』を引き寄せて――。
●今宵誰かのサンタになって
「ブックサンタって知ってるかい?」
柔らかな笑みを浮かべ、夜賀波・花嵐(双厄の片割れ・h00566)が√能力者へと問い掛ける。
「チャリティのひとつなんだけど、大変な境遇にあって本を読むことが出来ない子ども達へ、自分が選んだ本をプレゼントするってものなんだ」
誰の選んだ本が誰へ届くかはわからないけれど、誰かのサンタになるのは素敵な事だね、と花嵐が笑う。
「もしよかったら参加してみて。勿論、自分の為の本を探したり、自分の大切な誰かに贈る本を選んだりするのも良いと思うんだよね」
必ずブックサンタに参加してほしいというわけではないよ、と花嵐は頷く。何故ならこのブックサンタが行われている、とある大型書店――この周辺に古妖『紅涙』が現れるからだ。
「紅涙を呼び寄せる原因となるのは絵本作家を夢見る女性でね」
星詠みにて得た情報を余すことなく伝え、花嵐は小さく溜息をこぼす。
「盗作による恋人の裏切り、しかもその絵本は本屋に並んでいる……なんて、彼女にとっては辛いクリスマスになってしまうだろうね」
ふらりと引き寄せられるように本屋に入り、ぼんやりと中を巡って絵本コーナーを眺めて、再び外に出ていく女性のもとに『紅涙』は現れる。
「放っておいたら、彼女は現れた紅涙に事情を話して、紅涙は裏切った男を殺すだろうね。最終的には事情を話した彼女も」
紅涙は既に歪んでしまった存在故に、何らかの理由をつけて女性すらその手に掛けるのだ。
「とはいえ、紅涙が現れるまでは自由に楽しんでくれて構わないよ。大きな書店なんて、いるだけで心が弾むものだろう?」
女性が店を出ていくタイミングに合わせて、後を追える者が追ってくれれば助かるよ、と花嵐が微笑んだ。
「紅涙を倒した後は、本屋の隣に隣接されているブックカフェでゆっくりしていくといいよ」
クリスマスツリーならぬ、ブックツリーが飾られたブックカフェは紅茶を専門に扱うカフェ。心を落ち着けるのにはうってつけで、紅涙を引き寄せた女性にも丁度いいはず。
「クリスマスにちなんだ軽食やスイーツもあって、おすすめはローストビーフのサンドイッチと、スパイスやドライピールをブレンドしたクリスマスティーだよ」
落ち着いた空間で、買った本を読むのもいいし、ブックカフェにある本を読んでもいいだろう。
「難しいことは考えずに、素敵なクリスマスのひと時を過ごしてきてね」
話を聞いてくれた君達に笑顔を向け、花嵐は現場に至る道を示すのだった。
これまでのお話
第1章 日常 『ようこそ、クリスマスへ』
●心躍るひと時を
大型書店の中に足を踏み入れれば、見渡す限りの宝の山――ならぬ、本の山。
絵本に漫画、小説に専門書、学習書。それ以外にも手帳や万年筆などの筆記具まで揃うとくれば、好きな人々にとってはテーマパークに勝るとも劣らない場所だ。
欲しい本が見つかるかもしれないし、気になる本があるかもしれない。活字が苦手なら、美しい画集や写真集もいいだろう。
ブックサンタをするなら、絵本や児童書の中から本を一冊選んでレジに向かい、レジでブックサンタ用ですと言えばそのようにしてくれる。見知らぬ誰かのサンタになるのも、クリスマスならでは。
知っている誰か、大事な誰かに贈るのならば綺麗にラッピングをしてもらうのもいい。丁度レジの横にはメッセージカードが売られているから、一言添えるのもプレゼントにはもってこいだ。
ゆっくりと本を選ぶ楽しみと、喜びがあなたにありますように――!
●誰かのサンタに
クリスマスのイルミネーション輝く大通り、その通りにある大型書店は他のお店にも負けないほど賑やかで、月依・夏灯(遠き灯火・h06906)は柔らかな笑みを浮かべて店内へと入った。
店内に貼られたブックサンタのポスターに、夏灯は星詠みに聞いた話の通りだと優しく目を細め、改めてポスターに書かれたブックサンタの概要を読む。
「なんて素敵なんだろう」
思わず呟いた言葉に、小さく笑う。
「僕が子どもの頃にもあれば……」
届いた本を受け取って、わくわくとした気持ちと共に読むことが出来ただろうか。そう考えて、ふるりと首を横に振る。きっと本が届いていたとしても、|父親《あいつ》に破られていただろうから。
決して楽しい子ども時代ではなかったけれど――ブックサンタから一冊の本が届いていれば、あの頃の自分の心は救われていたかもしれない。未来は、変わらなくとも。
「サンタが来なかった僕でも、サンタになれるのなら希望になる本を贈りたい」
どれにしようか、と児童書のコーナーの前に立ち、あれもいい、これもいいと悩みに悩んで夏灯は一冊の本を手に取った。
「……小さな鼠が困難を乗り越えて動物の国の騎士になる物語。うん、これにしよう」
どんな困難にも負けなかった、勇気ある小さな鼠。どんな環境にあっても、夢を諦めずにいてほしいという願いをこめて――夏灯は『ダティアール王国の小さな騎士』を大事そうに抱え、次は自分の本も探してみようと店内をふらりと歩く。
「何がいいかな……」
知らないことを知るのは楽しいことだと、夏灯は思う。まともに学校にも通えなかったから、逆に学ぶ喜びが大きいのかもしれないね、と本棚を眺め、どれにしようかと視線をあちらこちらに向ける。
「ん?」
夏灯に憑いている猫神が、軽やかに尻尾で彼の足を叩く。
「にゃんこも本に興味があるのかい?」
にゃ、と返事をして猫が視線を向ける先を見れば、美味しそうなスイーツが載った本が並んでいた。
「それはスイーツレシピだね、僕には作れないよ」
作れないと聞いた猫は興味を無くしたように視線を外し、夏灯の肩に飛び乗って目を閉じる。猫の気まぐれに笑いながら、違う棚へと進んでいくと目に飛び込んできたのは星空の写真集。
「すごい……どうしたらこんなに綺麗に撮れるんだろう」
世界中の星空が収められた写真集は、同じ空でも場所によって見える空が違うのだと教えてくれる。
「これにしよう」
こんなに素敵な星空を眺めて眠ったら、きっと悪夢なんて見ない――惹かれるままに写真集を手に取って、夏灯は本を抱きしめた。
●宝物になるように
キラキラ光るイルミネーションはまるで地上に落ちてきた星のようで、千代見・真護(ひなたの少年・h00477)は少しだけ立ち止まり、夜空と大通りを眺める。
「すっごく綺麗だ」
まるで星空の中にいるみたい、なんて思いながらお小遣いが入った財布を確かめて、書店へと飛び込んだ。
「ぼく、何にするか決めてきたんだ」
見知らぬ誰かに贈る本、どれにしようかと悩んでいたけれど、自分が好きだと思う本でいいのだと思ったら一つしか浮かばなかったのだ。
「自分では全部読めなくて、少しずつお母さんに読み聞かせてもらったの」
大好きで、何度も読んでもらって、今では自分でも読めるくらい。
「きっと、気に入ると思うんだ」
幼い自分だからこそわかる、小さな子どもだからこそ感じ取れる世界。
「ぐうぜん拾った、鳥の羽とか」
傷ひとつない木の実に、形の良い枝。ちょっと高い段差に模様が面白い石、それら全て、想像ひとつで何にでも変わる。
「羽はね、空飛ぶ魔法の翼になったり」
木の実は大きな木の実の家になるし、枝は魔王を倒す剣になる。段差を超えた向こうには魔法の王国が広がっているかもしれないし、石は世界を救う鍵かもしれない。
想像は世界を広くして、冒険は鮮やかな思い出になって――世界を救ったりなんかもして。本の世界に触れる喜び。まっすぐに児童書のコーナーへ向かって、どこに置いてあるのだろうかと探しながら、真護は本を見つけて笑みを浮かべた
「そうそう、これ! みんな『忙しい人』に変えられちゃって、離れていって……でもその正体は……ってお話」
表紙も絵も挿絵も、どれも全部が真護の宝物みたいな本だ。
「受け取った誰か、喜んでくれるかな」
どんな人が受け取るのだろう、受け取った時、笑顔になってくれるだろうか。そして、読み終わったそのあとに、面白かった! と思ってくれるだろうか。あの日の自分みたいに、と真護は手にした本の表紙に描かれた落ち葉を撫でた。
「きっと、喜んでくれるよね」
大人が作ったものでしか世界を楽しめない、『忙しいひと』になる前に。
この冬の落ち葉の色合いが、まだ宝物に見えてる誰かさんに。
「この本が届いたら、嬉しいな」
そう言って、真護は大事そうに本を抱きしめて、レジへと向かうのであった。
●少年の心はいつまでも
ブックサンタ、という言葉を聞いて狩々・十坐武郎(春霞の訪れ・h09497)はそういうものもあるのだな、と納得しながら指定された書店へと訪れる。
「ブックサンタ……ブックサンタか……俺はもらってばかりだから、たまにはお返しするか」
それが見知らぬ誰かであっても、巡り巡ってというやつだと十坐武郎は思う。
「しかしまあ、どんな本にすればいいのやら、だな」
児童書なんて馴染みがなさすぎて、何を選べばいいのかわからない……と言いながらも、まずは児童書コーナーへ行こうと十坐武郎はそれらしい棚へと向かった。
「色々あるんだなー」
これは選ぶのも一苦労だと思うけれど、十坐武郎の口元には笑みが浮かんでいる。苦労よりも選ぶ喜び、そしてそれを楽しんでくれる相手がいるかもしれないと思えば、楽しい時間になるものだ。
「とりあえず気になったタイトルや表紙から決めてみよう。内容を見るのはそれから」
表紙買い、という言葉もあるように、確かに題名や表紙に惹かれて本を買うのは本を買う楽しみのひとつでもある。要は好みとインスピレーション、本との縁。
「これもいいが、あっちも……いやでも、もっとこうインパクトがあったほうが……」
選び始めたら楽しくなってくるのが本屋、納得がいくものを探して児童書の棚を端から端まで眺め――。
「うん……うん。これに決めた!」
迷いながらも十坐武郎が手に取ったのは、時代劇で見るようなお殿様の衣装をまとった子どもが、手にした扇子を刀の代わりに翳している表紙の本。その名も『家玉様天下をゆく』、であった。
「内容も時代劇を子ども向けにしたって感じだし、何より面白い!」
本の内容は天下人の一人息子、家玉様が主人公の痛快ギャグ時代劇。城下町や城の中の悩み事にトラブルといった事件を、家玉様が暴れまくって解決するというストーリーだ。
「時代劇の小難しさやしんどさはやんわりとオブラートに包まれてて、読みやすいのもいいな」
何より、小学生男子はこういうのが好きなもの。家玉様のアホっぷりやガキ大将みのある立ち回り、それでいて人の心に寄り添う優しさもある、まさに笑いあり涙ありの読み応え充分な一冊である。
「可愛い、とか綺麗なのは他のやつに任せた」
こういった、頭を空っぽにして心の底から笑える本を必要としている子どもだって、何処かにいるはず。
「きっと、これを読みたいって思ってくれるやつもいると思うんだよ。うん」
この本を読んだ誰かの心が、弾むものでありますように。そう願いながら、十坐武郎は選んだ本を手にレジへと足を向けた。
●ひらひら巡る
何か目的があったわけではないけれど、龍櫻・宵渼(黄泉桜・h09930)は光が煌めく大通りを真っ直ぐに進んでいた。
「本屋さん?」
そして、ふと気になった店に視線を向け、そこが大きな書店であることに気が付いて足を止める。なんだかきらきらとした暖かさを感じ、足はひとりでに店内へと向いて――いつの間にか、それこそ宵渼自身でも少し驚いてしまうくらい自然に本棚の前に立っていた。
「……せっかくだから、少し見ていこうかな」
少しだけ、そう言って本屋に吸い込まれて少しで済んだ試しなどない者ばかりなのだが、それはまた別の話。宵渼は目の前の本棚にある本を何気なく手に取って眺める。
「児童書……絵本かぁ」
なんだか懐かしい、と宵渼が手に取った本をぺらりと捲る。可愛らしい絵柄の、優しいお話はほんの少し宵渼を笑顔にしてくれて、他の本もと手が伸びる。
元々、宵渼は本を読むのが好きだ。知らない世界に飛び込んだ、知らない自分になれる気がして。
「……現実の自分を忘れられるような気がするから」
ぽつりと呟いた言葉は本のページに吸い込まれるように消えて、宵渼は手にしていた本を閉じて元の場所に戻すと、再び違う本を求めるようにゆっくりと歩を進め、立ち止まる。
「あ! これ……昔読んだことある!」
懐かしい、と宵渼が手に取ったのは可愛い猫が不思議な世界を冒険して回る話。
「自分よりも大きな敵に立ち向かったり、迷宮を抜けだしたりして、面白かったな」
本の表紙も挿絵も昔読んだままで、あの頃感じた気持ちが蘇ってくるようで宵渼は小さく息を零す。そっと本を手放して、また違う本をと歩き――桜の花びらが一枚、描かれたシンプルな絵本に目を止めた。
「……『さくらのおとしもの』?」
さくら、という言葉に思わず絵本へと手を伸ばし、ページを捲っていく。皆は風に乗って空へかえったのに、ひとひらだけ、地上に残された桜の花を巡る――優しくて、少し切ない物語。
「……はは、誰かみたいだな」
綴られた言葉がまるで宵渼自身に向けられているかのようで、宵渼は桜色をした瞳を僅かに伏せた。そして、今読んだ話をもう一度心の中で読み返して、小さく笑みを浮かべて瞳を開く。
「うん、ちょうどいい、ブックサンタになろう」
手に取った本をそのまま、誰かのためにレジへと運ぶ。
「さくらの物語が、誰かの心に笑顔を咲かせられたら――」
それはきっと、宵渼自身にとっても救われる話になるはずだから。
●子ども達への贈り物
子どもってのは、寒空の下で震えてちゃいけないし、腹を空かしていてもいけないと破場・美禰子(駄菓子屋BAR店主・h00437)は思う。
「本も読める環境にいない子ども、ね」
どんなに辛い環境であっても、本が読めるのと読めないのでは心の持ちようが違ってくるもの。
「そーいうのを聞いて何もしない訳にはいかないよ、子どもに人気の駄菓子屋としちゃァさ」
「其の気持ちは分からなくもない」
美禰子の言葉に、隣を歩く李・劉(ヴァニタスの匣ゆめ・h00998)が頷くと、ほう? という顔をして美禰子が彼に視線を向けた。
「扱う代物こそ違うけれど、私も他に夢を与える商人だから」
「なるほどね? にしても! 劉が来てくれるとはね、驚いた様な案外違和感ない様な……不思議な感じだね」
イルミネーション輝く大通りを真っ直ぐに目的地に向かって歩きつつ、美禰子が笑う。
「アンタがお嬢さんの面倒をみてると聞いた所為かな」
「はっはっは、美禰子ちゃんから見た私の印象が他とは少し違う角度に拓けたようで何よりだねぇ」
これも縁の巡り、面白いことだねと劉も笑い、本屋の前で足を止めた。
「ただ、そうだネ。しいて理由をと云うなら――子どもらの環境を無視はできないのだヨ」
「ふぅん?」
「何故なら、『夢』がなくなってしまうからネ」
夢、と言われて美禰子が瞳を瞬く。
「良く分からないが、ソレがアンタが在るにゃ必要なモンなのかい」
美禰子の問いに劉は明確には言葉にせず、肯定するかのように微笑んで見せた。
「それなら、なおのことブックサンタになるべきだね」
「そうとも、いざ本屋だヨ」
自動ドアが開くと共に、二人は書店へと足を踏み入れる。見渡す限りの本の山、そして本を選ぶ人々に美禰子が劉を見て唇の端を軽く持ち上げる。
「なかなかに夢に満ちた世界じゃないかい?」
「私達も夢を届ける為に本を選ぶとしようか、美禰子ちゃん」
児童書の棚へ二人で向かい、品揃えの良さに目を瞬く。
「選びがいのある量だね、何の本にしようかなァ」
「これぞ、という本があるといいねぇ」
そう言いながら、二人は片っ端から目に付いた児童書を手にし、内容を確認していく。絵本から、しっかりとした物語が紡がれた本までとあって、幅広いジャンルの本がそこにはあった。
「アタシは……そうさね、受け取る子達の役に立つのがいいね」
生きる為に役立つこと、それから心の栄養にもなるような――と美禰子が視線を泳がせて見つけた本を手に取り、ぱらりと捲って笑みを浮かべた。
「ウン、これにしよ」
「どれどれ」
劉が美禰子の持つ本を覗き込み、『ごはんとみそしる』という題名を口にする。
「これはね、小さな兄が妹の為に白いご飯とみそ汁を作る、それだけの話さ」
「随分とシンプルなんだネ?」
「シンプルだからこそ、わかりやすい。それにね、初めての台所も料理も、子どもにゃ大冒険さ」
ゆっくりとページを捲っていけば、四苦八苦しながらも炊飯器に米と水をセットして炊飯のボタンを妹と共に押す兄の姿。そして、みそ汁の具になるネギを不格好でも慎重に切り、わかめとネギのみそ汁を妹と協力しながら完成させていく。
「こうやって温かい御飯にありつくンだと。作り方も学べて一石二鳥だろ?」
「なるほど、美禰子ちゃんは生きる為の知恵か」
それも必要なことだねと頷きながら、劉も本を探す。いくつか候補を上げつつも、気になった本を手に取ってさらりと内容を読み込んでいく。
「私は、そうだねぇ。この話にしてみよう」
劉が手にしたのは魔女のお話――涙を零す人の許に現れ、どうして泣いているのかと問い掛ける。何者かと問い返されれば、笑みを浮かべてこう答えるのだ。
「私は涙する君に笑顔になってほしくてやってきた魔法使い。悲しい時、嬉しい時の雫を魔法にして、君に花を贈りたいんだ」
魔女の言葉を朗読してみせ、劉が美禰子に笑みを向ける。その笑みに、オヤ! という顔をして美禰子が本を覗き込む。
「劉は……随分と優しい話にしたね」
「心が温かくなるだろう? 涙の先に笑顔を咲かせ、君の心に幸あれと願う話さ。タイトルは『涙紡ぎの花の魔女』だ」
「ふふ、クリスマスにはぴったりだね」
お互いに良い本を見つけたものだねと笑いながら、二人は見知らぬ誰かのサンタになる為に本を手にレジへと向かう。その足取りは来た時よりも軽く、楽し気であった。
●煌めく星は高らかに
クリスマスイルミネーションに彩られた大通りは、まるで天から星が降ってきたかのように煌びやかでノーチェ・ノクトスピカ(|Nachtsängerin《星歌い》h06452)は軽やかな気持ちのまま、綺羅星の歌声を響かせる。
それはとても小さな声だから、聞いているのはノーチェの肩に止まっている翅に星座の煌めきを宿す星花蝶、デネブだけ。暫しその歌に翅を煌めかせていたデネブが、肩から離れてひらりと飛んだ。
「デネブ? どうしたの?」
蝶が飛んでいくのを追い掛けていくと、大きな書店へと辿り着く。そこに貼られていたポスターに目を向ければ、ブックサンタという言葉が見えた。
「へぇ……ブックサンタ」
聞き慣れない言葉に、ノーチェがポスターの内容を読み込んでいく。
「本を子ども達に贈る……」
なんて素敵なイベントだろうか、とノーチェはデネブの翅に指先を滑らせる。
「僕のところにはサンタは来たことがないけれど、僕でもサンタにはなれるのかもしれない」
それはとても魅力的に感じられて、ノーチェは書店の中へと足を踏み入れた。
「ああ、本の匂いだ」
元々本が好きなノーチェはブックサンタとして本を選ぶのも苦ではなく、弾む心と共に児童書のコーナーへと向かう。
「贈るならどんな物語がいいだろう?」
知らない物語ばかりだから、じっくりと選びたいとノーチェは宝物を手にするように本を手に取り、あらすじをなぞった。
「可愛い動物達が仲間と一緒に冒険する物語もいいし、お姫様が王子様と出会う、王道の恋物語だって捨てがたい」
デネブと一緒に、あれもこれもと見て回るのはすごく楽しくて、時間が経つのも忘れてしまうほど。ゆっくりと横に移動しつつ、本を探していると目に入った本が一冊
「あ、これ……『星のうた』?」
心惹かれるタイトルに、思わず手を伸ばしてページを捲る。そこには、煌びやかな宙の舞台で、様々な星々が歌う夜空のコンサートの物語が綴られていた。
「……うん、これにしよう」
どれも素敵な本ばかりだけれど、ノーチェが『星のうた』に決めたのは彼がそれが真実だと知っているから。
「星は歌うんだ」
きらきら、ちかちか、ぴかぴかと。
「あたたかな歌の物語が、誰かの心の一番星になれるように」
心を照らす一番星に、そう願って。
「ふふっ、楽しみだ」
ノーチェは本を手にし、もう少し他の本も……とデネブと共に店内を巡るのだった。
●ときめく心を届けて
クリスマスにときめく街の大通りはイルミネーションに彩られ、ラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)と香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は時折視線をあちこちに泳がせて、綺麗だと笑いながら目的地へと歩く。
「ブックサンタ、素敵な響きですね」
星詠みから聞いた話を思い出し、鳰がラデュレに視線を向ける。
「ええ、とても素敵な響きです。本には、様々な世界が広がっているのです。開く喜びを、閉じる充足感を、知ってほしいと思うのは我儘というものでしょうか?」
「それが我儘だというのなら、私は我儘でいいと思うわ」
けれど、その我儘が誰かの心を救うなら、それはとても素敵な事だ。
「もちろん、本も満足に手に取れない人が居るという前提は忘れてはならないけれど……」
それはもちろん、とラデュレも頷く。そうして、どちらからともなく視線を合わせ――。
「私達が誰かのサンタクロースになれる、だなんて! ワクワクしますね?」
「ええ、鳰さま。わたくしも、わくわくとしております。どのような物語をお届けいたしましょう」
笑みを浮かべて、目的地である書店の前で足を止めた。
「ここですね、本当に随分と大きな書店です」
「ここなら、どのような物語でも見つけられそうです」
でも、一日中いても時間が足りないかもしれない、なんてラデュレは思う。
「では……いざ出陣です、ラーレさん」
「はい。いざ、です」
誰かのサンタになる気合は充分、二人は書店へと足を踏み入れ、児童書のコーナーへと足を向けた。
「児童書だけでもこんなにあるなんて……」
「すごいです、全部読んでしまいたいくらい」
紫水晶の瞳を煌めかせ、ラデュレが柔らかな溜息をつく。
「ラーレさんは本はお好き?」
「はい、わたくしは本が大好きです」
ラデュレがこくりと頷けば、鳰が優しい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「私は本を手にする機会はあまりなくて……ですから貴女が、一体どんな物語を好むのか興味があるの」
「わたくしが、ですか?」
ぱちり、と瞬いてラデュレが改めて自分がどのような本を読んできたのか、心の本棚を開くように思い浮かべる。
「童話や御伽噺が多いのですが……ハッピーエンドでおしまいを迎えるものが、特に」
「ハッピーエンド、素敵ね。私も頁を捲るのならば『めでたし』で終わる方が嬉しいわ」
「読後感というものも、大切ですから。あと、これからは小説や難しい物語にも挑戦したいところなのです」
「挑戦したいお話があるというのも、素敵な事だと思います!」
まだ見ぬ本は沢山ある、膨大な書物の中から出会える本はほんの一握りかもしれないけれど、きっと素敵な本と出会えるはずだと鳰が頷いた。
「まずは、私達がサンタとなる為の本を探しましょうか。それにしても……この本の森からひとつを選ぶのは難しいですね……」
「はい……とても」
ずらりと並んだ本棚の間をゆっくりと歩きつつ、どれがいいだろうかと手に取っては戻してを繰り返す。
「ええと……どちらにいたしましょう」
素敵な本がありすぎて、どれにしたらいいかという幸せな悩みにラデュレが困ったように鳰へと声を掛けた。
「鳰さまのお目当ての一冊は見つかりましたか?」
「絶賛悩み中です! そのご様子だとラーレさんも?」
「はい、素敵な本が多すぎて……」
わかります、と鳰が頷いて、このままでは一生選びきれないと思案する。当てもなく探すよりも、先にどんな人に届けたいかを考える方がいいのではないかと思い付き、鳰がパッと目を見開く。
「私なら……そうだわ!」
「いい本が見つかったのですか?」
「ふふ、まだですが方向性は定まった……と思うわ!」
「方向性……確かに大事です。鳰さま、探すのでしたら、わたくしもご一緒に……!」
鳰の言葉に何かヒントを得たのか、ラデュレが意気込んだように鳰にとててと近寄った。
「ふふ、有難う。探すの、ご協力して下さる?」
こくこくと頷いたラデュレに笑い、鳰が耳に付けたピアスにそっと触れる。それは彼女のサポートデバイスのひとつで、文章や地図、画像を認識し脳へと情報を送るもの。鵝をさりげなく駆使しつつ、ラデュレと共に見つけ出したのは一冊のカラクリ本。
「これが鳰さまが選んだ一冊……」
「ええ、歌が上手な少女が頑なな老人の心を解していく、聖夜の小さな奇跡の物語なのです」
クリスマスに似合いの一冊だと、ラデュレが微笑む。
「そして、ここからですよ」
よく見ていてくださいね、と鳰がとある頁を開けば、流れるのは明るい聖歌。
「……まあ! 音楽が流れるカラクリ本、ですね」
「これなら文字が見難い人にも楽しめると思うの」
「はい、聖夜の訪れを感じさせる、綺麗な音色なのです。こちらのタイトルは……?」
「これは『その歌声は鐘を鳴らして』ですね」
最後のシーンで鐘が鳴るのだと鳰が最後の頁を捲ると、教会の鐘が鳴るような音が小さく響いた。
「素敵な仕掛け、ですね」
「ありがとう、一緒に探してくれたから見つけられたのだと思うわ。私にばかり付き合わせてしまったけれど、ラーレさんは決まりました?」
「いいえ、わたくしも一緒に探せて楽しかったです。ええ、わたくしはこちらを」
鳰が本を探す横で、ラデュレも見つけていた一冊を手にして見せる。
「これは……あら!」
それは頁を捲る度に絵が飛び出す仕掛け絵本で、表紙にはサンタとトナカイが描かれていた。
「クリスマスツリーにトナカイさん、サンタさん。そして美しい雪景色と共に、聖夜を描く物語なのです」
頁を捲ればまるで物語の世界が飛び出してくるような楽しさに、鳰が笑みを深くする。
「本を飛び出しているのね? 面白いわ! クリスマスの雰囲気と共に笑顔を齎してくれるでしょうね」
「はい、頁を捲る度に感じるわくわくと、喜びを贈る方に感じていただけたのならば、とても嬉しいのです」
「とても素敵だわ、子ども達の喜ぶ顔が見えるようね」
クリスマスを感じられる本を互いに手に取り、ブックサンタとなる為にレジへと向かう。
「わたくし、どんな子ども達にもサンタクロースはきっと訪れると信じているのです」
「そうね、私もそうあるべきだと思うわ」
「ステキな聖夜になりますように……」
ラデュレはそっと願いを込めて、本の表紙を撫でる。見知らぬ誰かに、届きますようにと。
「きっと貴女の願い、届きますよ」
優しい物語が、ハッピーエンドで終わるように――。
●誰かを救う物語
「白ちゃん、早く早くー!」
イルミネーション煌めく街並みなどなんのその、本日の目的地に向かって御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)が汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)を急かしながら早足で歩く。
「そんなに急がなくても、本屋は逃げないだろう」
「本屋は逃げなくっても、時間は逃げちゃうんだよ」
華夜の言葉に白露はそれもそうかと納得しかけたが、流石に早足を超えて走り出そうとするのは如何なものかと華夜の腕を取って、危ないからと諫める。
「ごめんー、でもほら、着いたー!」
此処だよ、と華夜が笑顔を浮かべて自動ドアの前に立つと、開くと同時にその身を店内へと滑らせた。
「こっちこっち」
白露は華夜の少し後ろを歩き、彼が行きたいというコーナーへと向かう。到着すると、華夜がキラキラと瞳を輝かせ、万歳とばかりに両手を挙げた。
「ふぉおおおおお……!!」
「かや、少し声を小さく」
「うん、うん、でもこれはっこれは……!!」
華夜の目の前に広がるのは児童書の山ならぬ棚で、大型書店というだけあって児童書だけでもそれなりの広さを誇っている。
「白ちゃん、見て見て、やばいやばいっ」
「わかった、わかったから」
「へへ、おれ此処のコーナーずーっといられそーかもー」
嬉しそうな華夜が見られるのは白露も嬉しい、しかしもう少し落ち着いてと宥めると、華夜がふにゃりと笑って少しだけテンションを落ち着かせる。
「さいこー……! あっ、あの本いいなぁ」
古書店を経営している華夜は、ついつい店で扱えそうなものに目を向けてしまう。専門に扱うのが魔導書、精神学や解剖学、曰く付きの古書などということもあって、目につくのは魔法や怪異などを題材にした児童書だ。
「長居は構わないが」
白露自身が本の付喪神ということもあり、書店というだけで落ち着くので一日いたところで困りはしないのだけれど。
「――ちゃんと目的は覚えているんだろうな?」
「わ、わかってるし!」
魔女の絵本を手に取っていた華夜が僅かに肩を跳ねさせ、ブックサンタ! と白露に向かって言う。
「……まぁ、それならゆっくり選べ。俺も何か探すか」
ブックサンタとはまた、乙な趣向だと白露は思う。人々が本に触れる喜びを味わう瞬間を知っている身としては、子ども達には是非味わってほしい、とも。
華夜が児童書を開いてはざっと読んでをひたすらに繰り返す横で、白露も児童書の表紙を眺める。自身も外国の児童書だというのに、顕現した今では触れる機会も少ない児童書――どれがいいかと気になる表紙を手に取ってぱらりと捲った。
「あれもいいし、これも……悩んじゃうなー」
自身が白露という児童書に救われたから、子ども達にも……という気持ちで華夜がこっちの本はどうだろうと手に取ってみれば、なんとなく白露のように思えて笑みを浮かべる。
「見て! 見て白ちゃん、これ白ちゃんぽい!」
「ん? どれだ」
華夜に呼ばれて覗き込めば、それは海外の児童書が翻訳されたものでなんとなく親近感が湧く。あらすじをなぞっていくと、普通の少年が魔法使いになり、冒険をしていく中で仲間ができて……という素敵な夢物語だ。
「確かに俺に似たところがあるな」
読んだ者が『わくわくするような気持ちと、希望を与えられる物語』だ、華夜にとっての白露がそうであったように。
「かやは、これに決めたのか?」
「うん! 俺が贈るのはこーれっ! これに決めた!」
そうか、と頷いて白露がふと気になった本を手に取り、頁を捲る。
「白ちゃんは?」
「……俺はこれにした」
これ、と本を見せて軽くあらすじを伝える。それは花の失われてしまった世界で、色んな『世界の色』の宿った欠片を集め、大地に花畑を甦らせようと奮闘する子どもたちの物語だ。
「ハードカバーなところも、特別な一冊みたいだろう?」
「題名は?」
華夜の問いに答えるように、白露が本を閉じて表紙を見せる。そこに書かれていたのは『花紡ぎの子どもたち』という題名。
「ふふ、白ちゃんもこーゆーの好き? へへ、おそろーい!」
自分が選んだ物語とどこか似ていて、華夜は嬉しくなってクスクスと笑う。その笑い声につられ、白露も笑ってしまう。
「そうだな、お揃いだ」
本を選んだならば、レジに行くかと白露が華夜に視線を向けた。
「ブックサンタはレジで申請するんだろう?」
「うん、そー。でも、んー……えへへ」
「どうした?」
まだ本が見たいのかと思い、白露が首を傾げて彼を見遣る。
「あのさ、んーとね、んー……ねぇねぇ、俺にも一冊選んで? おねがいっ」
折角のクリスマスだから、と華夜に上目遣いでおねだりされてしまえば、白露に否などあるはずもなく。
「……そうだな。折角のクリスマスだしな」
「ほんとっ!? やったー!」
怒られるかもと思っていた華夜は嬉しそうに笑い、どんな本を選んでくれるのかと興味津々だ。期待に満ちた瞳に困ったように笑いつつ、白露が児童書のコーナーから離れて選んだのは古今東西の物語に登場した架空の魔法書、魔術書をまとめた辞典。
「たまにはこうしたものも面白いだろう?」
「ふぉおお……っ! すごい、うれしいっ! 装丁も綺麗だねぇ……!」
重厚なハードカバーの辞典は箔押しで細かな魔法陣が描かれ、まるでこの本自体が魔法書のようにも思えるほど綺麗なもの。早く読みたい読みたい! と、白露を引っ張るようにして華夜はレジへと向かうのだった。
●サンタさんは誰かのヒーロー
光り輝く大通り、その光に目を奪われつつも、天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)と楪葉・望々(ノット・アローン・h03556)はブックサンタになる為に書店を目指して歩いていた。
「誰かのサンタさんになれるって、素敵」
「だよな! 本を贈れば、俺もサンタになれるんだ!」
勇希の言葉を聞いて、望々はもしかしたら勇希はサンタさんを信じているのかもしれないと思い至る。だから、もしも信じていたら夢を壊してしまうかもしれないと、そうっと慎重に言葉を選びつつ問い掛ける。
「勇希のおうちは……サンタさん、くる?」
どこか緊張したような望々の面持ちに、勇希は彼女が言わんとするところを察し、アハハと笑う。
「えっと、俺んちはおじさんがサンタしてくれてるんだけど、おじさんまだ俺がサンタ信じてると思ってるんだよな、俺もう中2なのに」
困っちゃうよなー、なんて笑いながら答えれば、望々がほっとしたように微笑みながら自分もだと返す。
「うちのサンタさんはね、れおだよ。気持ちはとってもうれしいけど……サンタを信じてる風にするの、ちょっぴりだけ大変だよね」
さり気ない、と思っている兄のリサーチにサンタを信じている風に答えたりするのは少しばかり気を使うものだ。
「そう! なんかあっちの夢を壊しそうで悪い気がするんだよなあ、いつ本当のこと言ってくれるんだろ」
「うちは……ののが言わないかぎり、ずっとサンタさんが来そうだよ」
つまり、兄が自主的に気が付かない限り、サンタさんが来るということで。
「……俺んちも?」
まさか、という勇希の顔に望々が諦めにも似た笑みを小さく浮かべつつ、書店へと足を踏み入れた。
まだ大人の庇護下にある勇希と望々はいつも貰ってばかりだから、見知らぬ誰かに贈る側になるというのはわくわくするもの。どんな本にしようかと、楽しそうに児童書のコーナーへと向かう。
「どれにしようかな……」
「ん-、俺は小さい頃に何度も読んだ本にする!」
「どんな本?」
勇希のお気に入りの本が気になって、望々が問い掛ける。
「えーっと……あった! これこれ、ヒーローの話なんだ」
勇希が手に取った本を懐かしそうに捲っていくのを横で眺め、うんうんと望々が相槌を打つ。
「星の光から生まれたヒーローが、街の困っている子ども達を助けて、最後には子ども達と力を合わせて今度は大人も助けるんだ!」
「おとなの人を?」
「そう! 助け合って手を取り合えば、でっかい悪も倒せる、勇気がもらえる本なんだ」
そう言って笑う彼の表情は楽しそうで、望々もなんだか嬉しくなって、自分もそんな風に思ってもらえるような本にしたいと思いつく。
「ののは、これにするね」
「うさぎの人形の話?」
「うん、電車に忘れられたうさぎのお人形さんの視点で動いていくお話。おうちまでの大冒険と、家族との再会が心温まる物語なの。絵もかわいくて、一番好きな本だよ」
望々の部屋にある本棚の、一番いい場所に飾られている絵本だ。その絵本を二冊手に取って、望々がレジへ行こうと頷いた。
「のの、二冊贈るのか?」
「一冊は勇希にプレゼント」
「俺に? へへ、ありがと! じゃあ俺ももう一冊買って、ののにプレゼントだ!」
ブックサンタはレジで申請して行う為、二人はレジへと向かいブックサンタをしたいと告げる。すぐに店員がブックサンタの手続きをしてくれて、あとは誰かに届くの待つだけだ。
「勇希、これ」
綺麗にラッピングされた本を望々が勇希へと渡す。
「俺も、はい!」
交換した本を大事そうに抱き締めて、望々が笑う。
「図鑑や文芸作品とかの本はおうちにいっぱいあるから、勇希からもらったヒーローの本、読むのとっても楽しみ」
「俺も、ののに貰った本を読むの楽しみだぜ!」
そう言って笑う勇希の笑顔はまるで太陽のようで、望々は眩しそうに目を細めて――でもやっぱり、私にとっての一番のヒーローは勇希だと、そっと手を繋いで微笑んだ。
第2章 ボス戦 『紅涙』
●痛哭に呼ばれしは
書店の中を巡り、絵本コーナーを眺め――女性は痛む心を抱えて書店を後にする。そうして、ふらりと大通りを歩いた先の広場で、何かに呼ばれたような気がして振り向いた。
「……誰?」
広場の先が歪んで見えて、何度か目を瞬いた後に現れたのは着物に身を包んだ鬼女――『紅涙』で、周囲に目をくれることもなく女性にのみ視線を向け、唇を開いた。
『お前の痛哭が『私』を呼んだ。哀れな貴女は『私』を否定しないだろう。その復讐を『私』が請け負おう』
「ひ……っ!? 誰、復讐!?」
『そうだ、お前の痛哭の全て。『私』の痛哭として写し取ろう。裏切り者を血溜まりに変えよう。さあ、共に来るがいい』
鬼女の姿をした古妖、紅涙が女性へと迫る。じりじりと後退しながら、女性は紅涙へと叫んだ。
「わ、私、そんなことは望んでいないわ! そりゃ、憎い気持ちはあるけど、死んでほしいなんて思ってない!」
その声は紅涙の出現を待っていた√能力者へと届く。彼女の思いを受け止めるように、彼らは女性と紅涙の許へと向かう。
『邪魔をするなら、お前達から殺してくれよう』
周囲の人々がどよめく声に、√能力者達は思考を巡らせる。
一般人を退避させ、紅涙が狙う女性を守り、誰一人傷付けることなく敵を倒さなくてはならない。一般人は忘れようとする力によって、広場を離れれば騒ぐこともなく紅涙のことは忘れてしまうので、避難が済めばそれ以上気にする必要はないだろう。
しかし、紅涙が執着している女性は広場を離れようとすれば紅涙が追い掛けてきてしまうので、この場で守りながら戦う必要がある。平穏なクリスマスの夜を取り戻す為に、√能力者達は駆ける――。
●未来を向く為に
古妖『紅涙』が現れ、そしてターゲットである女性に接触を図った――その瞬間に、月依・夏灯(遠き灯火・h06906)は迷わず女性と紅涙の間へと駆け出す。そして女性を背に庇うようにして、真っ直ぐに紅涙を見遣った。
「もしかして君は復讐で誰かを殺めたのかい?」
『……何者ぞ』
現れた√能力者に紅涙がこてりと首を傾げ、着物の裾を引き摺りながらゆっくりと歩を進める。
「何者かって言われると、そうだね……君を止めに来た者、かな」
『そうか『私』の邪魔をする者か。ならば血溜まりにしても構わぬな』
その返答に、夏灯は困ったように笑みを浮かべた。
「そうなるのかな。でも、憎い相手を殺したい気持ちは僕もわかるよ」
実際に、自分は殺したのだからと夏灯は思う。
『――ならば、邪魔をするな』
夏灯の瞳に嘘はないと判断したのだろう、紅涙が彼の後ろにいる女性に視線を向けた。
「そういうわけにはいかないんだ。だって、彼女は違う。君の言葉には耳を貸したりはしない」
手にした銀の回転式拳銃『銀月』を紅涙に向け、注意を自分へと引き付ける。その間に、この場に居合わせた一般人が逃げてくれれば御の字だと、周囲の状況も気に掛けつつ引鉄を引いた。
「頼むよ、銀月」
淡く輝く銀色の銃より放たれたのは闇の属性を纏った弾丸、紅涙の胸を狙ったそれは守り刀の鞘に阻まれたが|Luna Argentea《ルーナ・アルジェンティア》の神髄は呪詛によるダメージだ。
『呪詛ごときで『私』を止められると思わぬことだ』
ふ、と目を閉じた紅涙が瞑想を始める、その隙とも思える十秒の間にも、夏灯は銀月の弾丸を撃ち込む。怨念をその身に宿す紅涙だからか、それとも強力な力を宿す|王権執行者《レガリアグレイド》だからなのか、|攻撃《呪詛》の通りがいまいちだと感じつつも、ならばその分手数が多ければいいだろうと、夏灯は思考を切り替える。
「……って、うわ、もう一人増えた」
瞑想を終えた紅涙が自身の記憶世界から『血霧に霞む愛しき人』を召喚したのだ。紅涙とどういう関係のある人物なのだろうか、と気になることはあれど、そんな余裕はない。
血霧によってその姿ははっきりとしないが、攻撃は現実のもの。女性に近寄らせないようにしつつ、攻撃が周囲に飛ばぬように受け止めた。
「にゃんこ、頼むよ!」
念の為、保険として|猫神の分霊《分霊にゃんこ》を女性の護衛に向かわせ、夏灯は紅涙を近付けないようにと立ち回る。
『あの者の痛哭が『私』を呼んだのだ。復讐を請け負うは『私』の――」
「彼女には未来がある、復讐で血塗られた道ではなく真っ当に生きて輝く未来がね」
その為なら君を倒すよ、と夏灯は再び銀月を構えた。
●せいいっぱいの力で
心に傷を負った女性の前へ現れた古妖『紅涙』、その姿を見た千代見・真護(ひなたの少年・h00477)は直感的に思う、あれは――。
「そこのひと!」
紅涙と女性の間に位置取りつつ、真護は果敢にも紅涙に立ち向かう。
「そこの和服のふしんなひとぉ!!」
びしっ! と紅涙を指さして、真護は精一杯の怒った顔をしてみせた。
『……不審、者?』
「そうだよ! 初対面の見たことない人が、知ったふうなこと言いながらじわじわ近寄ってくるなんて、令和の日本じゃ不審者っていうんだよ!」
「確かに……!」
真護の言葉に、背に庇われた女性はその通りだな、と思う。それと共に、こんなに小さな男の子なのにしっかりしているな、とか、きっとご両親の教育の賜物なのだろうな、と思う。
「お姉さんから離れて、お姉さんも困ってる!」
「そう、そうね、私、そんなこと言われても困るわ!」
大人として、毅然とした態度で不審者に向き合うべきだと、女性は思う。忘れようとする力が働いているとはいえ、やはり子どもの前だからと女性は勇気を振り絞る。
「ついでにぼくも困ってる……誰、ほんと……」
突然現れた鬼の女性、敵なのはわかるけれど、なんだか悲しそうな顔をしているような気もすると真護は眉根を寄せた。あっちにはあっちの言い分があるのかもしれないけれど、真護は望んでないと言ったお姉さんの気持ちを守りたいと拳を握る。
「お姉さん、アレはきっと何とか詐欺とか誘拐のアピールだからね! だからぼくのうしろにいて、そんなのいりませんして」
「詐欺……! 復讐代行とか、そういう……?」
「そう、そういう!」
『……『私』はお前の痛哭に呼ばれしもの』
「聞いちゃダメだからね!」
真護の言葉にこくりと頷く女性を見て、紅涙は先に真護を倒してしまうべきだと思ったのだろう、攻撃の手を真護へと伸ばす。
「そっちがその気なら――!」
どんな攻撃がきたって自分が受け止める! という気概のままに、真護は忘れようとする力を増幅していく。
「ぼくは、お姉さんもみんなも守るよ!」
紅涙の言葉に頷いたって、いい結末には続かない。真護が守ろうとする彼女は、もうそれをわかっているのだから。
「だから、ふしんなひとは帰って!」
大きな声で、真護は紅涙を追い払うべくもう一度叫んだのだった。
●鬼女には野良×2をぶつけんだよ
痛哭に呼ばれた――そう、古妖『紅涙』は言った。そして、その復讐を請け負おうとも。
「なるほど痛哭、痛哭ってよくわかりませんが復讐はわかります」
紅涙と女性の間に割って入ったルノ・カステヘルミ(野良セレスティアル・h03080)は頷く。そして、その儚げな美貌を怒りに歪め――。
「復讐なら先にこっちに手を貸してくれませんかね!?」
そう、叫んだのである。
『……『私』は花嫁の復讐を請け負うもの』
「それを言ったらこちらの女性、花嫁じゃないじゃないですか! 私の顔に免じてひとつ、なんなら女装も辞さない構えですよ、こっちは!」
紅涙からすればそういう問題ではないのだけれど、ルノは彼女に反論する隙を与えずに捲し立てる。
「私はね、ちびっこが好きそうな本を何冊か選んでお会計してくださいねって言ったんですよ、この赤玉に!」
赤玉、と言われ指さされたのはキノ・木野山(野良キノピヨ・h06988)で、さりげなく女性の隣に可愛いマスコットですって顔をして立っているではないか。
「なのに渡したクレジットカードでエヌテンドゥスゥイッチィ3を買いやがって……!!」
お前クレカ持ってたんか、という視線をあらぬところから感じた気がするけれど、ルノは怒りのままに言葉を続ける。
「ブックサンタは恵まれない境遇に居るお子さんに素敵な本を提供する催しであって、ふざけた赤玉に遊び道具提供する機会じゃねーんだわ!」
「たかが69,980円でケツの穴のちぃせぇセレスティアルだピヨ」
ハッと鼻で笑いつつ、キノはぽよんっと跳ねる。
「作品盗まれても、命までは取らないって言うこちらのお姉さんを見習って欲しいピヨ」
「どの口が言ってるんです!?」
「この口だピヨ!」
「えっ……あれ、てめーの口どれ……これか……?」
キノは温泉街に住み着いた野良のキノピヨなので、口がどこかわからなくてもおかしくはない。そう、おかしくはないのだ。
「あるピヨ! このキュートな嘴みたいな口がピヨ!」
「見慣れ過ぎてわかんなくなってきたな……ってそうじゃない、そちらのお姉さんは復讐を望んでいないようですし、こっちの復讐にぜひ!」
「必死な男はみっともないピヨ」
「シギャアアアア!」
咆哮をあげるルノと、どこ吹く風のキノを眺め、紅涙が下した決断は――このふたりが邪魔をするから、『私』を呼んだものが復讐に頷かないのだ、である。
「どうしてそうなるんですか!」
どうしてもこうしてもないのだが、一般人に被害が及ぶのはルノも本意ではない。紅涙は呪いだの必中だのと厄介な能力を持つ相手、こうなったら仕方がないと反射狙いでウィザードフレイムを複数配置していく。
「あ、あの」
「大丈夫ピヨ。あんなのでもそれなりに頼りになるピヨ。それよりも! 人のアイデア頼りの盗人は一発屋で終わるのが必然だし、心機一転、可愛さの権化たるぴよをモチーフにした新作とかいかがピヨ?」
まるっとした愛らしいフォルム、これは売れる、間違いないとキノが女性に話掛けつつ紅涙と引き離す。
「とはいえ、だピヨ。とりあえず怪異をなんとかせんことには、グッズ展開も視野に入れた相談が出来ないし、邪魔者にはさっさとご退場いただくピヨ」
算盤は落ち着いて弾きたい、そう思いながら増えていくウィザードフレイムの間をゲーム機を抱えたままぴよんぽよんと擦り抜けて、キノが紅涙の背後にある血濡れた花嫁道具へと触れる。流れ込んでくるのは花嫁であった女性の記憶、怨念凄まじいその記憶になんとか交渉するけれど、ちょっと正気じゃないようで跳ね返された。
「惜しいピヨ、地獄絵図が展開できると思ったのにピヨ」
「外道か!? 外道だったわ!!」
このクソキノコがよぉ! とルノが殴りに行こうとして、ハッと気が付く。
「やっべ、この能力、動いたら消滅するんだった!!」
折角召喚したウィザードフレイムを消すなんて勿体ない、何せ完全に聞き流していたのだけれど、紅涙が語った話が反映されて周囲は虚しき花嫁道中奇譚へと変化しているのだから。
「このウィザードフレイムがいい仕事してるのがまた!」
動くに動けない、なんというジレンマ。
「ウゴォオオオオ逃げられる! ふざけた赤玉と人のクレジットカードで買ったエヌテンドゥスゥイッチィ3に逃げられる……!」
血の涙を流しそうな勢いで、ルノから怨念めいた何かが溢れ出している。
「……あの怪異より、アッチのセレスティアルの方が、よっぽど正気を逸してる気がするピヨ」
「ウオォォォォ!! 69,980円!!!」
ルノの叫びは、ただただ虚しくクリスマスの夜に響き、その周囲でウィザードフレイムは一般人を守り続けたのであった。
●憎しみも想いも全ては自分のものなれば
しっかりとサンタの役目を果たしたならば、次にすべき事は決まっていると香柄・鳰(玉緒御前・h00313)はラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)と共に女性の後を追う。
「サンタさんの後は本来の務めを果たしましょう」
「ええ、お務めを果たしにまいりましょう」
見失わぬように慎重に、と付いていった先には広場があり、女性の様子がおかしいと思った瞬間には古妖『紅涙』が現れる。何を話しているかまでは人々の楽し気な声に紛れてよく聞こえなかったけれど、女性が叫んだ言葉は確かに二人へと届く。
「ラーレさん、聞こえましたか」
憎しみを認めながらも、自分を裏切った相手を害す事を拒む声を。
「はい、鳰さま。わたくしの耳にも届いております」
憎しみを抱えながらも、拒む心が。
「あの選択を尊重したいと思うのです、私には到底できない」
「彼女の選択は、きっと、胆力がいることなのです。そのお心を蔑ろにはいたしません」
復讐を願ったとて、誰が彼女を責められようか。けれどその恐ろしい誘惑を毅然と断る彼女は、どこまでも絵本を愛する人なのだろう。そんな彼女を守るため、ラデュレと鳰は紅涙の前へと立ち塞がった。
「あなた達は……?」
「あなたさまを助けにまいりました」
「アレは貴女にご執心のようで。倒す為に暫し此処に留まって頂けますか? 代わりに必ずお守りします」
二人の言葉は凛と彼女に響く、紅涙の言葉よりも。
「……はい!」
「ありがとうございます。では、ラーレさん」
「お任せください。イースター・リリーが紡ぐ糸を繋ぎましょう」
奇跡をひとつ、とラデュレが|白の祝祭《アズユーライクイット》の力を振るう。紡がれた光の糸はちいさな祝福を繋いだ人々へと贈る、それは鳰へ、心気高き女性へ、そして周囲の人々へ。
「ラーレさんが繋いでくれた……光の糸? 美しいです」
「届く範囲まで、とはなりますが……さあ、みなさま。素早く駆けてくださいませ、そして広場の外へとお逃げください」
半径二十メートルともなれば、それなりの人数となる。けれどラデュレの繋ぐ糸の効果もあってか、人々は広場の外へとスムーズに逃げていく。それに伴い、範囲外にいた人々も何かあったのかと広場から避難していくのが見えた。
「さすがはラーレさん。周りの方々の事、頼みましたよ!」
「鳰さまの懸念とはなりませんように……こちらの方はお任せくださいませ」
安心して背を預けられる感覚に、鳰は高揚したような気持ちで紅涙へと向き合う。
「紅涙とやら、貴女のお相手は私がしましょう」
『お前達も『私』の復讐を邪魔するのか』
「ええ、邪魔をしに来ました」
手にした刀を構え、狂刀へと変形させる。それは彼女の√能力|鵙《モズ》の力――怨念と呪いに満ちた紅涙にどこまで通るかわからないけれど、女性に意識を向けぬようにと渾身の力で斬りかかった。
鳰の振るう狂刀は紅涙にも負けることはなく、その威力を存分に発揮する。金縛りと熱傷、この状態異常が通じるのは大きい。
『……煩わしい』
僅かに眉根を寄せた紅涙が瞑想へと入り、記憶世界より『血霧に霞む愛しき人』を召喚する。召喚された者の顔は血霧に霞んでよく見えなかったが、紅涙の意志で動くのだろう。それは迷わず鳰ではなくラデュレの方へと向かった。
「させません!」
ラデュレを害そうとするのは、彼女が繋ぐ糸が邪魔だと判断したからだろう。事実、鳰の攻撃は光の糸の効果により命中率も反応速度も上がっている。だからこそ、ラデュレは逃げることなく――そう、鳰を信じて光の糸を繋ぐのだ。
「わたくしの力を鳰さまへとお送りいたします。その一閃が、よりまばゆいものとなりますよう」
「ありがとう、あなたに背を押されているようで頼もしいわ」
紅涙に効くのなら、召喚体にも効くだろうと鳰が手にした狂刀を召喚体へと振り下ろす。そして動きの止まった召喚体を蹴り飛ばし、紅涙へ真っ直ぐに視線を向けるとラデュレも紅涙を見遣る。
「あなたは憎しみを糧になさるのですね。あなたの憎しみはあなたのものですが、あなた以外の想いは、その方だけのもの。略奪をなさってはいけないのです」
それがどのような想いであっても。
「紅涙、他者の痛みや怒りを勝手に侵した罰を受ける時ですよ」
『……『私』を否定するか』
「ええ、私達の全力で」
倒してさしあげましょう、と鳰は再び紅涙に向かって狂刀を振り抜いた。
●誰かの夢を守って
失意のままにふらりと歩く女性を追い掛ければ、古妖『紅涙』が√を越えて現れる。
「来たな、紅涙!」
その姿を視認した瞬間、天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は躊躇うことなく光の|属性宝石《エレメンタルジュエル》・ライトをベルトに嵌めた。
瞬間、勇希の身体は眩い光に包まれ姿を変える。淡い光を纏いながら現れたのは、細やかな刺繍が施された白いローブを纏った勇希で、髪も白くどこか静謐さを感じさせるかのよう。
「わ、勇希、格好良い……!」
初めて見る勇希の変身フォームに、楪葉・望々(ノット・アローン・h03556)が思わず感嘆の声を零した。
その声に少し笑って見せて、勇希は光の宝石を嵌めたジュエルブレイドを手に駆け出す。そして、紅涙と女性の間に割って入ると、凛とした声を響かせる。
「おまえの好きにはさせない! 復讐なんてさせるもんか!」
『お前も『私』の邪魔をするのか』
「当たり前だ!」
ジュエルブレイドの切っ先を紅涙に向けながら、勇希が女性を庇いつつ望々の傍へと後退する。邪魔をしたことにより、紅涙の意識は女性から勇希へと向いている。
「のの!」
「うん!」
勇希が紅涙から視線を外さぬようにしつつ、女性を望々へと預ける。しっかりと彼女を自分の背に庇いながら、望々は安心させるように微笑みかけて言葉を紡ぐ。
「絵本作家さんは、サンタさんみたいに、夢をくれるお仕事だと思う。だから、勇希と一緒に作家さんを守るよ」
「ああ、俺とののに任せろ!」
「わたしたちの後ろに下がっててね」
力強い二人の言葉に、女性がこくりと頷いて二人の邪魔にならぬよう僅かに下がる。その姿を確認し、二人は改めて並び立ち、紅涙を見遣った。
「勇希、その姿……初めて見る姿だね?」
「へへっ、この間手に入れた、俺の新しい力なんだ! どうだ、のの? かっこいいだろ!」
「うん、とっても! 新しい力を手に入れた勇希と一緒に、わたしもがんばる」
ぐっと握り拳を作った望々が|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》を顕現させ、願いを口にする。
「みんなを守る|ヒーロー《勇希》を、どうか60秒の間、守って……!」
まるで勇希の新フォームのように淡く輝く神聖竜が翼を羽ばたかせると、望々の心からの願いを叶えて消えていった。
『邪魔を……『私』の邪魔をするな』
怨嗟に満ちた紅涙が、近くにあった石で作られた椅子を望々に向かって投げ付ける。それをすかさず勇希が受け止め、横に薙ぎ払う。
「勇希!」
「大丈夫、これくらいじゃ負けないぜ!」
剣に嵌めた宝石に光エネルギーを込めながら、勇希が紅涙の動きを見逃さないように――必殺の一手を放つタイミングを計る。受けたダメージが勇希に作用するのはチャージが終わるのと同タイミング。痛みが一気に襲ってくる……とはいえ、勇希の身体は望々の願いにより守られていたし、ダメージとしては軽微だ。
まだこちらに余裕がある――そう思いながら紅涙が召喚した血霧に霞む誰かを相手取りつつ、光エネルギーをチャージしていく。
「大丈夫、神聖竜が叶えてくれた守護はまだ生きてる……勇希!」
60秒だけの守護だけれど、それが切れたその時は、勇希がきっちり決めてくれるから。
「待たせたな! 俺のとっておきを見せてやる! いくぞ、『ライトニングジュエル』!!」
紅涙が召喚した何者かは消え、勇希を阻む者はいない。真っ直ぐに紅涙へと駆け、勇希が光り輝くジュエルブレイドを振り下ろす!
『ぐ……っ!』
紅涙が抱えた怨念や怨嗟を吹き飛ばすような強力な一撃に、たまらず紅涙がたたらを踏む。
「人はみんな、それぞれの物語を持ってるんだ! お前にその物語を捻じ曲げる権利はない!」
『おのれ……っ『私』の邪魔を。邪魔をするな……!』
「邪魔なんて、するに決まってるの! だって今日はクリスマスだもん」
紡がれるべきお話は、虚しき花嫁道中奇譚なんかじゃない、と望々が毅然と言い放つ。
「みんなを守ってくれる、クリスマスヒーローのお話だよ」
「クリスマスの、ヒーロー……」
その言葉を聞いていた女性が、瞳に光を取り戻しながら勇希を見つめる。
「がんばって、勇希!」
望々の精一杯の声援、それは勇希の心を奮わせて。
「おおおおおおお!」
忘れる力によって女性がこの出来事を忘れてしまっても、新しい物語を再び紡げるように、その心に勇気を灯せるように――そう願って、ジュエルブレイドと共に再び紅涙へと斬りかかるのだった。
●物語の終わりはハッピーエンドで
書店を出ていく女性の後を追いながら、汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)は盗作か……と隣を歩く御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)にだけ聞こえる声で呟く。
「本来ならばもっと違った形で愛されていたはずの本を思うと、他人事には思えん」
「盗作した男がわるいのにねー。あ、白ちゃん」
「ああ」
女性の視線の先が歪み、ずるりと現れたのは古妖『紅涙』。
『お前の痛哭が『私』を呼んだ。哀れな貴女は『私』を否定しないだろう。その復讐を『私』が請け負おう』
その言葉に怯える女性を助ける為に、ふたりが駆け出す。
「おーっと、それ以上はダメだよー」
華夜が女性の前に立ち、白露が更にその前に立ち塞がる。
『何者だ『私』の……哀れな花嫁の復讐の邪魔をするな。全ては花嫁を蔑ろにした男の罪だ』
「――誰かのせいにしたくなっちゃうのは、わかる」
うん、と華夜が納得したように頷く。今回に限っては完全に男が悪いんだけど、とも。
「そう! あれもこれもぜーんぶ白ちゃんが俺におやつダメとかいうから!」
だから白露がわるい! なんておどけたように華夜が言って、女性を安心させるように微笑む。
「……かや? おやつがなんだって?」
「なーんてーのはうそうそうそでーす、てへー」
「かーやー?」
普段あまり見せないような笑顔を浮かべ、白露がこめかみに青筋を立てる。やっば、今後一切おやつ禁止とか言われてしまってはまずい、と思った華夜は慌てて首を横に振って白露の手を取った。
「物の例え! 例えだから! ねっ?! ねっ?! いーいーこーにーすーるーかーらーー!」
物の例え、という言葉に白露が嘆き混じりの溜息をつき、仕方のないやつだなと笑う。
「よしっ! それじゃーあー、あいつ倒しちゃおっか」
まずは距離を取ろうと、華夜が女性を連れて少しばかり下がり、√能力|本棚之隙間《クモノマニマニ》を発動する。
「昔々のそれは昔――……|誰も知らない《・・・・・・》あるところに、」
甘く柔らかな声を響かせ、|本《呪》の始まりを語れば、語った内容を反映した殺戮絡繰の迷家が顕現する。
「ここなら大丈夫だから、動かないでね? ぜったい助けるからさ」
「……はい!」
頷いた女性は白露の言う通り、安全地帯に身を隠す。
「さぁて……どっちの物語が強いかなー?」
紅涙が語る物語、白露が語る物語――それは拮抗し、互いに譲らない。時間稼ぎをするという目的は達成しているが、膠着状態のままではどうにもならない。
「あー、埒が明かない~! 白ちゃん助けてお願いたちけてぇ」
「かや……途中までは格好良かったのに」
「だってー! 白ちゃぁん!」
「しょうがないな、まがりなりにも『神様』だからな。『お願い』されたなら叶えてやろう」
他の誰でもない、華夜の頼みであるならば、尚更。
「そのかわり、本当に|良い子にしているんだ《無茶するんじゃない》ぞ」
きちんと釘も差しつつ、白露が華夜の作った家で二人を守るように紅涙へと攻撃を仕掛けた。
「ね、目を閉じてていいよ。おねーさん」
「え?」
「見てて気分がいいものでもないし、見ないでいいかなーって」
たとえ忘れてしまうとしても、怖いものに蓋をさせるのは可哀そうだし、と華夜は言葉にせずに笑う。こくりと頷き、女性が目を閉じると、いい子ーと頭を撫でた。
『邪魔を、邪魔をするな。『私』は痛哭に呼ばれたのだ』
「余計なお世話、という言葉を知っているか?」
白露の手から詩文が舞いながら浮かび上がり、ひかりの欠片となって紅涙に降り注ぐ。それは間断なく紅涙を追い詰めつつ、瞑想に入るような隙を与えない。
「そう易々と瞑想できると思うな」
『……この程度の攻撃で『私』を阻もうと思うな』
矢継ぎ早に降り注ぐひかりの欠片の中、ずたずたになろうとも紅涙は瞑想をやめず、自身の記憶世界『鬼哭啾啾の修羅場』から『血霧に霞む愛しき人』を召喚した。
その血霧に霞む男は紅涙の道を切り開こうとするかのように、迷わず華夜と女性がいる方へと向かう。
「させないよー」
白露が怒るから前へと出なかったけれど、女性が狙われるかもとなれば話は別。仕掛けられた攻撃を受け止めれば、活動限界だったのか男は消える。
「かや!」
「だいじょーぶ、平気ー」
「平気じゃないだろう!」
「……だって血がビューしても、よく分かんないし」
僅かに血が流れているけれど、華夜は気にしない。だって、別に痛みを感じないから。でも、白露が痛そうな顔をするのだけは、胸が痛い気がする。
「頼むから、下がっていてくれ」
「白ちゃんったら心配性なんだから!」
「……誰のせいで心配性になったと思っているんだ」
ぷりぷりしながらも頷いた華夜に若干の照れを感じ取り、笑みを浮かべた白露が紅涙に向き合う。唇から幸せな頃の断片を語ろうとする紅涙に『Liosna Gunna』を向け、迷わず引き金を引いた。
「記憶が掻き乱されていては『幸せなころ』なんぞ語れまい」
『あ、ああ、こんなものなど、で』
幸せな記憶を掻き乱されながらも、紅涙は語る。語るけれど――。
「そんなんじゃ俺の物語は止められないよ」
物語の上書きは得意なんだ、と華夜が止まることなく紡げば迷家を反映した空間がその領域を広げる。
「よしっ! 次は白ちゃんの番だよ。白ちゃんが大船なの、俺知ってるもーん」
「かや」
華夜の優しさとその温かさに、愛おしさが募る。
「いけるよね、白ちゃん」
「ああ、大丈夫に決まっているだろう? 君が生み出した|神《俺》がいるんだ、大船に乗ったつもりで構えていろ」
華夜が自らを犠牲にするような事態を二度と起こさせたりはしないと、静かに誓って視線を紅涙へと向ける。
「さっすが白ちゃん、頼りになる~!」
紅涙に向かって華夜が召喚した禁書・魔性本の本棚を呼びだすと、それと同時に白露が再び銃口を紅涙に向け、華夜の動きに合わせるようにして呪物が放たれると共に引き金を引く。
その瞬間は、まるで息ぴったりのダンスでも踊るかのように、互いの思考を考えずとも体が動き――紅涙という物語は文字として解かれたかのように、霧散する。
「やったね、白ちゃん!」
今回のお願いは対価無しでしょ? と若干のドヤ顔をしながら近寄れば、白露が仕方ないなという風に笑って頭をなでるのであった。