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狂宴
●汝、闘争を求めよ
黒々を蜷局を巻く巨大な怪異が、断末魔の悲鳴と共に崩れ落ちた。
どろりと溢れる血の中に立つのは独りの女。彼女は斃れた怪異に言葉を手向ける。
「……あなたは私を盲目と馬鹿にしたけれど、視覚は必ずしも必要ではないの」
嗅覚、聴覚、触覚、殺意、闘気……感情の揺れから生じる様々な気配。盲目になって久しいが、彼女の心には確と斃すべき相手が映る。
「それにしても……やっぱり、あなた程度では満たされない」
女は刀の血を払い落とした。退屈しのぎに怪異を斬ったのは良いが、結局腹の足しにもならない。怪異かどうかは重要ではない。彼女が求めるモノは、より強き者たちとの死合いだ。
生とは死の瀬戸際に在ってこそ輝くもの。怪異を一匹斃した程度では、彼女の欲望は満たされない。
●強き者たちへ
「簒奪者が強者との闘いを求めて√汎神解剖機関の各地を彷徨っています。放置した場合、強者を誘き寄せるために事件を起こす危険性があります。そうなる前に倒してほしいのです」
簒奪者の名は太刀洗・散花。盲目の剣客だ。|泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)は、今回の依頼について語る。
「彼女の正確な位置は判明していません。ですが、今からご説明する方法を用いれば、強者を求める彼女を誘き寄せることができます」
依頼の舞台となるのは、遠い昔に大規模な戦があったとされる古戦場跡だ。少し前までこの地を支配していた怪異の影響で異空間化しており、特殊な力が存在する。
「皆様には先ず、味方同士で戦っていただきたい。古戦場跡で本気の戦闘を繰り広げることにより、その土地に縛り付けられた亡霊を目覚めさせてください。皆様の闘気と目覚めた亡霊たちの殺気は、古戦場跡の『気』を乱すでしょう。乱れを感じ取った散花は闘争の期待と共に、必ずや古戦場跡に現れることでしょう」
異空間化した古戦場跡は、怪異が居なくなったことで、近いうちにその特殊性を失うらしい。その前に利用してしまおうというわけだ。
●古戦場跡
廃墟と化した建物群は森に浸蝕され、倒壊した建物は無数の植物を茂らせる。
かつてそこでは熾烈な合戦が繰り広げられた。死した兵士たちの怨念は土地深くまで沁み込み、争いが終わった後もその地に悪い影響を与え続ける。
その結果が現在の状態だ。街ができても繁栄せず、災害に見舞われ、住民は出て行くしかなかった。その最悪な土地が、簒奪者を招くための誘引物になろうとは。
廃墟と森が混ざり合うこの空間で、√能力者たちはしのぎを削ることになる。
これまでのお話
第1章 冒険 『Come, Sweet Death』
●制する剣
かつての戦場はしんと静まり返り、不穏な空気だけが静寂の裏で蠢いている。
|八月一日・圭《ほづみ・けい》(|取り替え子《チェンジリング》の修羅の霊剣士・h09402)は独り古戦場跡に立った。静かに息を整え、己の内側へと意識を向ける。
(これまではずっと胸奥で抑え続けてきた、その魂を呼び醒まそう)
この地に巣食う怨念が耳元で囁いた。思いのままに、荒れ狂う魂を解放するといい――。
ぎしり、と魂が軋む。罅割れた心臓の奥から炎の如き衝動が溢れ出す。
古戦場跡に揺蕩う怨念が、圭の眼前にひとつの姿を形作った。彼は修羅の魂。“もう一人の八月一日・圭”だ。
「あなたと、剣を交える日が来ようとは……」
圭の物静かな瞳が、闘争を激しく追い求める修羅の瞳と交差した。
修羅は刀に漆黒を纏わせ、問答無用で圭へと襲い掛かる。圭は即座に霊刀真黒を抜き、修羅の剣を受け止めた。
(やはり、鋭い)
思考を巡らせる。止めた刀を強引に横へと逸らした。生じた一瞬の隙を狙い、剣を弾く。
立て続けに一閃。圭が振るう刃を今度は修羅が受け止めた。
刃と刃が交わる。繰り返される応酬に、死合は終わる気配を見せない。言わば膠着状態だ。状況を打破すべく、圭は次の一手に出る。
「語られし物語、螺旋となりて我に還れ。 我は語り部にして器。 真なる名のもと、万象を纏え――」
|真螺萬象《シンラバンショウ》。凛と告げ、御伽絵巻を広げた。世界を紡ぐ物語は、圭を死合の主人公へと変える。
修羅の魂とは異なる力。螺鈿の如き七彩の輝きに、対峙する修羅は動きを止めた。
「――修羅に委ねるつもりはありません。これは、僕自身の物語です」
修羅との闘いも圭自身の物語の1ページに過ぎない。真螺萬象の効果により、彼の剣戟はより修羅に近いものとなる。だが、修羅と化したわけではない。彼が修羅を呑んだのだ。
研ぎ澄まされし剣を以て、全力で斬り結ぶ。
膨れ上がる闘気と殺意は戦場の空気を裂き、修羅の魂をも一刀両断するのであった。
●切磋琢磨
廃墟と森に囲まれた古戦場跡には、陰鬱とした気配が漂っている。
「標的を誘き寄せるための闘いか……良いではないか!」
だが重い気配など何のその、アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)が声高に紡いだ。闘争に身を投じる――なんと魅力的な条件か。怪異との戦いに絡むのであれば、毎回でも喜ばしい。
|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)と向かい合う。今の状況に恭兵も心を躍らせていた。
「こんな風に本気で戦えるとはな。任務とはいえ、少しばかり楽しみだ」
今までも二人は√能力なしで組手をすることはあった。基礎体力と経験値の差から常に恭兵が勝っていたが、√能力ありでの戦闘となれば果たしてどうなるか。
(アダンが扱う√能力の威力は、体力や経験の差を埋めるかもしれない)
恭兵が思考を巡らせる一方で、アダンも湧き上がる衝動に心を震わせる。魂が闘争を求めている。相棒の強さを知っているからこそ、楽しみで堪らない。
「恭兵、準備は出来ているな?」
アダンの手元に魔焔が灯る。恭兵は頷き、|曼荼羅《まんだら》を抜いた。
「では、やろうか……手加減はしないよ」
「フハハッ! 手加減も火加減も要らぬ! お前の全力を、此の俺に見せてみろ!!!」
魔焔が急速に燃え上がる。喜々と荒れ狂う炎は、アダンの昂る心そのものだ。
√能力無しで組手をした時は、恭兵に勝った事は一度も無かった。√能力が使える今、勝利の女神はどちらに微笑むか。
「我が魔焔は悉くを焼き尽くすのみ! さあ! 俺の魔焔を受けてみよ、相棒!!」
|魔焔の焼槍《デシデ》を大地に振り下ろせば、突き刺した穂先から魔焔が走った。漆黒に紫宿す焔花は、煉獄の花園が如く世界を焦がす。展開される領域に炙られ、恭兵の額から一筋の汗が伝い落ちた。
(熱気が肌にひり付く……アダンも張り切っているようだな)
ならばその熱意にしっかりと応えなくては。恭兵は業火の中でライターをカチリと鳴らした。煙草の火先に橙が宿り、紫煙が上がる。煙に呪詛を纏わせれば、帯びる彩は暗色の揺らぎ。散る|秘花《ヒバナ》は恭兵の姿を煙の内に忍ばせた。
アダンは恭兵を探す。だが、何処を見ても魔焔の花々が燃え盛るのみ。だが焦りはしない。この状況も想定の範囲内だ。
(優れた隠密能力故、何処から来るのかは分からぬ。だが、迫り来るのであれば――)
魔焔を手元に収束させ、アダンは刀が閃くその瞬間を待った。
――魔焔の花が風に揺れ、眼前に呪詛の残光が瞬く。其処はもう、恭兵の間合いだ。
それは瞬き1回程度の応酬である。紫煙が宙を舞い、魔焔の花弁を激しく散らした。まるで世界の裏側から飛び出してきたかのように、恭兵はアダンの眼前に姿を現す。
「捉えた」
紡がれた恭兵の言葉は凪いだ湖面の如く。研ぎ澄まされた剣閃が、濃密に塗り込められた呪詛と共に繰り出される。斬撃がアダンの身を鋭く裂き、傷口から呪詛を流し込んだ。激烈な痛みに耐え、アダンは魔焔を揮う。
力と力が衝突する――ほんの僅か、アダンの魔焔が恭兵の呪詛を上回る。魔焔は呪詛を焼却し、衝撃が恭兵を吹き飛ばした。
勝負あり。アダンは喜びに拳をぐっと握り締めた。
「勝った! 初めて恭兵に勝利したぞ!」
恭兵は焔花の海から起き上がり、自分に燃え移った焔を払い消した。
「ああ、俺の負けだ」
アダンは初めて得た勝利を噛み締めると共に闘いを振り返る。
「実に紙一重の攻防であった」
僅かでも反応が遅ければ、結果は違っていただろう。実際アダンも傷だらけだ。
「次やったら俺が勝つかもな」
恭兵が本気とも冗談とも付かない声色で言う。
アダンは対抗するように、強気な笑みを浮かべてみせた。
「次も、必ずや勝利してみせよう」
「そうか、俺も次は負けない」
挑発し合う二人だが、言い合いながらも治療は忘れない。
回復用の竜胆の花弁やら呪符やらを互いにぺたぺたと貼り付けながら、お互いの傷を癒すのであった。
●怪異とお月様
廃墟の間を風が通り過ぎる。頬を撫でる冷たい空気は、かつて戦場に満ちたであろう熱から程遠い。――かつての熱を、今から呼び起こすのだ。
「ふふ。古戦場跡でとは……別の意味で興味が唆られますね」
|屍累・廻《シルイ・メグル》(全てを見通す眼・h06317)は好奇心に瞳の奥を光らせる。この場所では闘気に呼応して怪異も生まれるらしい。機会があれば詳しく調べてみたいところだが……今は、別の興味が優先だ。
隣の人物――|雨夜《あまや》|・《・》|氷月《ひづき》(壊月・h00493)へと目をやった。
「氷月さんの雰囲気はとても楽しくて興味あったんです。だからこそ、どのように普段|遊んで《・・・》いるのか興味があります」
「んっふふ、嬉しいこと言ってくれるね」
氷月は宵の瞳を楽しげに細める。そこに愉悦を満たせる要素があるのであれば、興味を向けられるのは大歓迎だ。氷月にとっても興味の対象であるならばなおのこと。
パンドラの匣を手に取り、廻はお茶にでも誘うように問いかけた。
「たまにはヤンチャしてみたいものでして、お相手願いますか?」
氷月の手のひらに銀片が煌めく。夜を映す瞳が、真っ直ぐに廻を捉えた。
「イイよ、遊ぼう? アンタの中身にも興味があるから。ま、本命は別に居るしホドホドにね!」
三日月のように、にんまりと笑ってみせた。銀片は一層鋭く光り、闘いを目前に凛と研ぎ澄まされる。
戦闘の始まりと共に廻は間合いを取った。氷月は刃を使う。ならば距離を取るべきとの判断だ。
一方で、氷月は距離を詰めるべく動き出す。
「パンドラの匣の中身はなんだろなあ!」
戦う意思はあれど殺意は抜きで、なおかつ相手を制圧する意思は忘れずに。何より楽しむことを第一に、氷月は荒廃した大地を駆ける。刃に月の魔力を纏わせれば、銀片は白銀の輝きを増した。
月の光から目を逸らさずに、廻も√能力を展開する。
「今からご覧に入れましょう。すぐに目を離せなくなりますよ」
解き放たれるのは|禁忌の匣《パンドラノハコ》。匣から飛び出す怪異は二足歩行の狼だ。咆哮を上げる怪物と氷月は対峙する。
「へぇ、|狼男《ウェアウルフ》か。月繋がりってことかな?」
月光を受けて狂暴化するといったところか。この場に召喚するには『最適な怪異』というわけだ。
『グルル……!』
狼男が氷月に飛び掛かった。氷月は月夜から自身の幻影を生み出し、己の位置を曖昧にする。狼男が幻影を裂いた。攻撃により生じた隙を突き、氷月は狼男の胴体を切断する。
「お家に帰る時間だよ、ワンちゃん」
あの狼はもう戦えまい。廻は新たな怪異を匣から召喚する。
「翻弄されていますね。それならば……」
兎の怪異を大量に呼び出した。ふわふわの白兎が赤い眼をギラつかせ、氷月を一斉に見る。
「こちらも物量で攻めてみましょう。お月様も出ていますし、兎達も大喜びです」
月に引き寄せられるように、兎の群れは氷月へと迫った。足蹴りや前歯による攻撃の連続に氷月は兎まみれになる。
「可愛いね。けど、強烈だ」
|雲隠《ツキカクレ》で兎達を斬り払い、幻雲が氷月を隠した。
廻は氷月の姿を探す。だが、銀片の閃きは遥かに速かった。
「……!」
防御が間に合わない――廻は覚悟を決める。だが、痛みは訪れなかった。
「勝負あり、だね」
|影業《夜》が廻を包み込む。捕縛され動きを封じられた廻は、静かに息をついた。
「なるほど、刃は見せかけでしたか。ここまで苦戦するとは……流石、氷月さんですね」
夜が廻から離れてゆく。
「んは、面白かったー!」
氷月は爽やかに微笑む。廻も笑みを返し、匣へと怪異を戻した。
「ふふ、良い勉強になりました。また是非、機会あれば遊んでくれると嬉しいです」
「俺も参考になったよ。次は怪異鹵獲したりしてアンタの真似してみよっかなあ……なあんて!」
1匹だけ残っていた兎を抱き上げて、氷月は兎の鼻先をつんつんとつつく。兎の怪異は不満げにぶぅぶぅと鼻を鳴らした。
●火花
古戦場跡は沈黙の中で、闘争の再演を待ち望んでいる。
植物に浸蝕された廃墟群が聳え立つ。渇いた空気をすっと吸い込み、|不忍・ちるは《shinobazu chiruha》(ちるあうと・h01839)は前を見据えた。
視線の先では、|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)が悠然と構える。
「まさか、勝負がこんな形で実現するとは」
数多の血が流れた古戦場跡での闘争。その相手がちるはであることも、蜚廉に特別な感情を抱かせる。
ちるはが閉ざしていた口を開き、短く紡いだ。
「お手合わせ、よろしくお願いします」
――集中。武器は持たず、身ひとつで戦う。再び黙し、つま先で大地を叩いた。
彼女の体は空中へ。空高く隼のように翔ぶ。上空のちるはを、蜚廉は視界の中心に確と捉えた。
「手を抜くのは無礼だ。今の我が取れる手段で相手をしよう」
間合いを取られても、彼の心は落ち着き払っている。
(ちるはの主戦域が近接である事は分かっている。ならば、掴める距離で備えればいい)
故に扱うのは組みと投げ。ちるはが接近する瞬間を狙いたい。
一方で、ちるはも思考を巡らせる。
(勝機を考えると有効なのはおそらく空中戦。迂闊に近付くのは危険ですね)
大地は彼のテリトリー。掴まれてしまえば、蜚廉が踏み込む力に負けてしまう。己が受けて往なす力も含め、地面ありきで全力の圧がかかるのは避けたいところ。
(かといって半端な攻撃では勝てません。蜚廉さんもそれを分かっているのでしょう)
ちるはの主力は近接攻撃だ。だからこそ蜚廉は地に足を付け、待ち構えている。
リスクを負わねば勝利は掴めない――ならば、攻めるのみ。
ちるはが動く。
「――ご」
|不忍術 伍之型《シノバズノゴ》。空中をつまさきでとんと鳴らし、一足飛びに踏み込んだ。落下する重力を足許に束ね、岩をも砕く勢いの蹴りを繰り出す。
蜚廉はちるはの蹴りを、両腕を交差して受け止めた。
(――|疾《はや》い、そして鋭い)
まさに標的を射抜く一矢の如く美しい。称賛すると共に、蜚廉の本能は勝利の図式を組み立てる。
ちるはの動きから判断するに、真正面からの攻撃を誘うつもりか。
(ならば、受け流す)
人体が持つ関節の駆動と、生まれる力の向き。
飛び込む技も、捨て身の一撃も、力の流れを正しく削ぎ、絡め取り、掴み取ってみせよう。
闘いは言葉を必要としない。静と動の狭間に、咲く花は情熱の炎を散らす。
蜚廉は身を翻した。力を斜めに逸らされた瞬間、ちるはが本能で感じ取る。
(――回避!)
掴み取られる直前に空へと跳躍。蜚廉の腕が空を切った瞬間、再接近し彼の腕に足を掛ける。生じた遠心力を最大限に利用して、蜚廉の体を投げ飛ばした。
地面から蜚廉の体が浮く。だが、まだ終わりではない。
「見事な腕前だ、ちるは。……そうか。組み技だけでは、足りぬか」
普段は拳ばかり見せていた。折角の機会に、身に着けた技を披露させて貰うのも悪くない。
蜚廉は体勢を立て直し着地する。突き出された掌が、追い討ちの一矢を射るべく肉薄したちるはの中心を叩いた。握らぬ拳から放たれたのは、勁打による攻撃だ。肉体の内側まで響く重撃に、ちるはの体が大きく揺らぐ。
「く、っ……」
衝撃に耐え切れず、ちるはが地面に膝を付いた。勝敗は決した。蜚廉がちるはへと手を差し伸べる。
「良き闘いであった。条件や環境が違えば、負けていたのは我かもしれぬ」
差し出された手を掴むちるは。掌の逞しさを感じると同時に、彼女は蜚廉の強さを実感した。
「はー……ありがとうございました。楽しいというより勉強になりました」
彼の横に堂々と並び立てるように、これからも頑張りたい。依頼中ということもあり直接口には出さないが、彼女は密かに想うのであった。
●|戦語《いくさがたり》
静けさを打ち破り、古戦場跡は戦いの熱気に満ち溢れていた。
「ひええ〜皆様お強そうでぇ〜……」
|階段亭・七段《かいだんていななだん》(階談『妖刀屋』・h04273)は、√能力者達が盛大に戦っている様子を眺めている。磨き上げられた技の数々に、ほほぉと感嘆の息をついた。
「皆様、えらい戦慣れしてはりますなぁ。ただぁ……手前自体は力不足な者でして……代わりにこの者がお相手致しますので平にご容赦を〜」
妖刀を一振り、刀箱から取り出した。妖刀の号は『颪』――『この者』とは、尋常ならざる鍛治により意思を得た妖刀そのものである。
「さて」
颪を地面へと突き刺した。視線の先には七段の対戦者――古戦場の特殊な力で生じた、七段を模した『影』がいる。
「まるで影絵やねぇ。影に物語を聴いてもらうんは初めてや」
七段は|講談「妖刀屋」《コウダンヨウトウヤ》を語り始める。颪を主人公にした物語だ。流れる水のように、七段は滑らかに講談を紡いだ。
「時は寿永3年、摂津国にて。残虐非道の限りを尽くす義経率いる70騎の人馬が、平家本陣目掛け絶壁からの狂気の奇襲『鵯越の逆落とし』を敢行したのです。人は後に、この戦を一ノ谷の戦と呼びました」
√能力により、かつての戦を再現する。切り立つ断崖絶壁、奇襲の構えを見せる義経の陣営、油断しきった平家本陣の武者達。平家側の武者達は、対戦者のすぐ傍に出現した。
『崖なぞ恐るるに足らず! 一気呵成に駆け下りよ!』
義経率いる騎馬武者が、颪を振り上げ兵を鼓舞する。鬨の声を上げ、騎馬武者達は一斉に絶壁を駆けた。
呆気にとられた平家の武者達へと、騎馬武者達は突撃する。対戦者も同様に講談を語ろうとするが、電光石火の如き強襲に掻き消された。
颪を持った源氏が対戦者の首を刎ねる。七段を模した影は霧散し、古戦場の殺伐とした空気に溶け消えた。
●解体遊戯
紅葉が一斉に朱へと色付くように気分が高揚する。その朱は鮮やかなれど、酸素に触れれば黒に近付き示す命の色。
秋はとうに過ぎ冬の気配に包まれているというのに、何とも奇妙な話だ。
|一・唯一《にのまえ・ありあ》(狂酔・h00345)は古戦場跡へと顕現する。
「前回は臓腑引き摺りだしたけど、あんま堪能できひんかったから。今回も勝たせてもろて、研究用に持ち帰らせてもらおな」
艶やかな黒髪が風に揺れた。白から黒へ、虹はモノクロに。人の身から離れ、妖の血を色濃く映した身を包むのは、黒地に白孔雀を差した和装だ。白孔雀の羽先を震わせて、唯一は恍惚と微笑む。
「な、ヒソカ。楽しく|戦おう《あそぼ》な?」
依頼で合法的に腹を掻っ捌ける……なんて役得だろう。
唯一の熱烈な視線を受け止めて、|國崎・氷海風《くにさき ひそか》(徒花・h03848)が軽やかに返した。
「前回はおあいこだったから、今回は俺が勝つよぉ」
手斧を片手に遊ばせる。眼前にいる友人の骨肉を叩き割る感触を想像するだけで、体内を巡る血液がざわつく。
手斧を握る手に力を込めた。|暗闇からの絶望《オートキラー》が武器に宿り、漆黒の渦を巻く。
「本来は絶望を贈るための技だけど、唯一さんは好きでしょ? こういうの」
氷海風の問いかけに、唯一は黒い|翼《メス》を纏った。
「もちろん。たんと切って、捌いて、染めたげてな?」
絶望を紡ぐ手のひらは、美しい赤色を魅せてくれるに違いない。期待を込めて、唯一は|青空手術《ブルー・ブルー・オペレーション》を開始する。
「ふふ、掻っ捌いたろ。食道、肝臓、心臓……今日は何を貰おかな」
勝敗も命も気になんてしない。血肉を求め合う戦いにそんなモノは必要ない。
「それはこまるなぁ!」
手術の開始と同時、氷海風が跳躍する。翼を広げる唯一へと、暗闇からの絶望をお見舞いした。
遠慮も手加減も要らない。在るのは|殺す《遊ぶ》という明確な意思だけだ。
「逆に俺が貰っていってあげるよぉ、なんてねぇ!」
氷海風の手斧が唯一の腹を割る。苺ジャムのように真っ赤な血が、白い腹から噴き上がった。体を染める赤に、唯一は顔を花のように綻ばせる。
「近くに来てくれてありがとなぁ。間近で臓腑を見れて嬉しいわ」
黒曜石の翼が舞い踊った。無尽の刃が鋭く、深く、氷海風の肉を切り刻む。
苛烈に揮われる|黒曜乱舞《サージェリー》。躍り狂う翼に裂かれ、氷海風の腹から肉と臓物が溢れ落ちた。
「ゲホッ……うわすっごぃ! グチャ過ぎて何の内臓かわかんないよぉ」
口から夥しく血を流しながら、氷海風は興奮した獣のように瞳を輝かせる。暗殺技術を惜しみなく駆使しながら、さらに唯一の臓腑を抉った。
「あはは! たのしいねぇ!」
「嗚呼、ほんま楽しい」
血塗れになりながら二人は笑い合う。まるで痛みを忘れた狂人だ。否、完全に狂っている。内臓を刻み血液をぶち撒ける遊びは、二人にとって、子供が好き勝手に絵具を散らすのと大差ない。
「あはは、見てぇーお腹零れとるー」
唯一は今にも千切れそうな腸管を掴み、氷海風へと見せびらかす。
氷海風は血を浴びた顔に爽やかな色を滲ませた。もうどちらの血なのか分からない。
「ふふ、俺もぼろぼろ、でも楽しいねぇ! もっと遊びたいよぉ」
ヒトの体にもっと耐久力があればいいのに。氷海風は手斧にこびり付いた血を払い落とす。命を狩り取る鋭利な刃を、唯一は物欲しげな眼差しで見つめた。
「切れ味ええなぁ……それ、欲しい……おっぷ、血ぃが喉詰まった、けほけほ」
喉奥から溢れる血液を吐き出す唯一に、氷海風はからからと笑い声を上げた。彼の喉からも、ぜぇひゅうと擦れた音が響いている。二人の体は限界寸前だ。
「あはは、さすがにこれはあげれないなぁ、唯一さんの武器も凄かったよぉ。またやろうねぇ!」
肝心の勝負はと言えば――どちらも満身創痍。死にかけのような体で、両者とも満面の笑顔だ。ある意味で両者とも勝者であり、両者とも敗者と言える。……つまり『おあいこ』というわけだ。
●鏡像
古戦場跡。かつて築かれた街は既に荒れ果て、現在は穢れた空気の中に沈んでいる。
(味方同士で戦う、か……)
|システィア・エレノイア《Shisutia Elenoia》(幻月・h10223)は、廃墟と木々に囲まれた景色を見渡した。ざわざわと風音が煩い。
――風の中に別の気配が混じった。考えるよりも速く、竜漿の魔力から双剣を錬成する。双剣を逆手に気配がした方向へと振り向いた。
ギインッ!
金属同士の衝突する音が響き渡る。システィアは背後から現れた気配の正体を見据えた。双剣で弾いた相手の武器は、己が持つものと同じ形をしている。
「まさか、自分と戦うとは思わなかったな」
飛び退きながら淡々と紡いだ。システィアを模した何かが、目の前で不気味に揺らいでいる。古戦場跡の特殊な環境が、偽物の彼を生み出したのであろう。
「よくできた人形のようにも見えるな。話せたりするのか?」
『……』
偽物は無表情にシスティアを見つめる。無言を貫く模造品に、双剣を順手へと構え直した。
「それはそれで面白いけれど、自分を模したものに負けるつもりはない」
本物が偽物に負けるなど許せない。大地を蹴り、一度は取った間合いを詰める。閃かせた双剣は当然のように弾かれた。まるでこちらの動きを真似ているようだ。
(簡単には行かないか。ならば――)
偽物が飛び込んでくる。反撃は先程の己と同じ軌道だ。
双剣を振るい、反撃を弾いた。勢いを利用して背後に転げ込み、偽物の足首へと狙いを定める。
「そこだ」
足首の腱を切り裂いた。筋肉との繋がりが断たれ、偽物が体勢を維持できなくなる。地面に這いつくばるしかないその頭を、システィアは鷲掴みにした。
「さようなら、地へお帰り」
頭を地面に叩き付け、首へと剣を突き立てる。
大地に縫い付けられた偽物は力を失い、泥のように溶けていった。
●刹那の交錯
『ふふ~、戦闘訓練かあ。懐かしい響きっすね~!』
通信機越しに、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)の声が届いた。
廃墟群を歩きながら、|神代・京介《かみしろ・きょうすけ》(くたびれた兵士・h03096)は訓練の開始地点へと移動する。
「味方同士で本気のバトルか、こういう機会でもないとやることも無いな」
『そういえば京介さんとそういうタイマン的なことはしたことなかったっすね。この機会にドーンとやっちゃいましょうか』
ヨシマサの声からは期待に胸を膨らませている様子が窺えた。開始地点に到着し、京介は護身用の184式妖力銃を構える。
普段はレギオンや戦闘人形を使った集団戦が主力だが、タイマンならば拳銃が最適だろう。
「さあヨシマサ、始めようか。ちゃんとお前の本気を見せてくれよ?」
『は~い』
3、2、1――。
バトルへのカウントダウン。ゼロの掛け声と同時に通信を切る。京介は駆け出し、ヨシマサは|隠遊拡張機構《ステルス・ブースター》を起動した。
ヨシマサの戦法は隠密からの狙撃だ。身を潜め、遠距離から京介を仕留めたい。
「レギオンでのやりあいでも良いんですが、レギオン操縦は京介さんの得手ですしね。ボクのを乗っ取られてもイヤですし、向こうも空気読んで封印してくれてますし~」
廃墟の上階からマルチツールガンのスコープを覗き、屋外を駆ける京介の姿を追う。
一方で、京介も物陰や木々の間を縫いながら移動を繰り返す。勝つためにはヨシマサからの射線を切り、攻撃手段を封じるべきだ。
空気が僅かに震える。反射的に身を翻せば、一筋の光線がすぐ横を掠めた。
「そっちの方角か」
射線からヨシマサのいる方向を予測し、牽制に発砲することでプレッシャーを与える。次の射撃が来る前に再び物陰へと飛び込むが、ヨシマサの正確な位置はまだ掴めない。
「ヨシマサのやつ、流石に隠れるのが上手いな」
隠遊拡張機構は肉眼以外のあらゆる探知を無効にする代わり、移動力を3分の1にする。それでも位置が割れたと感じれば多少は移動するはずだ。その場に留まり続ける可能性も一瞬ちらつくが、思考の隅に追いやる。
(流石にずっと同じ場所に居るなんて馬鹿な真似はしないよな……)
狙撃と牽制が繰り返される中で、ヨシマサはじわじわと追い詰められる感覚を味わっていた。
「うーん、京介さん、さすがにこっちの手合を読んでるな~」
着実に京介はヨシマサが居る地点へと接近している。見つかるのは時間の問題だろう。
「こっちの集中力と向こうの機動力、どっちが上かの勝負っすよ……!」
様々な可能性を思考する。潜伏する廃墟を特定され、背後から乗り込まれる可能性――。
(――いや、京介さんなら、もっとストレートに撃ち込んでくるでしょう)
ヨシマサは結論を導き出す。意識は変わらず正面を向いていた。
廃墟のすぐ傍……物陰から京介が銃を構え、ヨシマサが潜んでいる場所へと狙いを定める。
「――見つけたぞ」
|稲妻弾《ライトニングバレット》が発射された。稲妻の輝きをヨシマサは視界に捉える。光線銃を放てば、ふたつの光が交差した。0.1秒と1ミリのズレが、勝敗を決する。
稲妻弾がヨシマサの光線銃を弾き飛ばした。一方で、ヨシマサが打ち込んだ攻撃は京介のコートに穴を開ける。
「銃を弾かれたらお終いだな」
京介が不敵に笑った。敵との実戦ならトドメを差すところだが、今回は戦闘訓練だ。
訓練を終えて、通信機を繋ぎ直す。一気に緊張が解けたヨシマサは、大きく息を吐き出して、後ろにぐてんと寝ころんだ。
「ふぃ~、負けたぁ~! やっぱ京介さん強いっすね~!」
『結構ギリギリの戦いだったぞ。最後、あそこでほぼ同時に撃ってくるとはな』
どちらが勝ってもおかしくない状況だった。
京介の言葉に、ヨシマサは嬉しげに表情を緩ませるのであった。
●激突する氷と炎
古戦場に漂う澱んだ空気は、これから始まる闘争に焼かれることだろう。
「味方同士で戦うかぁ。普段ならそんなことしたくないけど、敵をおびき寄せるためだもんな。それに……ほんとは、戦いの『続き』をしてみたかったんだ、実さん!」
目的地に到着した|天ヶ瀬・勇希《あまがせ・ゆうき》(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は足を止めた。瞳の奥に情熱の炎を宿し、|薄野・実《すすきの・みのる》(金朱雀・h05136)を見つめる。
「続き……あの時の? つまりファルドの僕を相手にしたい……って事か」
実は勇希の言いたい事をすぐに理解する。
「この空間なら、誰かに見られる心配も、周囲への被害も、何も気にしないで戦える!」
勇希は|属性宝石《エレメンタルジュエル》・アイスをベルトへと装着した。青白い輝きを放ち、氷属性を帯びたヒーロー姿に変身する。
実は一瞬戸惑いこそすれ、勇希のまっすぐな熱意に心を決める。
「……わかった。そこまで言うなら、僕も全力でお相手しよう」
左耳のピアスをタップする――リミッター解除の合図だ。鮮やかな朱炎が実の体を包み、異形の怪人へと変えてゆく。
美しい翼を広げ、|金朱雀《ヘリオフェニクス》ファルドは静かに息をついた。
「……知人に変身を見られるのは気恥ずかしいものですね」
金朱雀ファルドへと転じた実に、勇希はジュエルブレイクアローを構える。素早く氷の属性宝石も嵌めて臨戦態勢だ。
「模擬戦だからって手加減はなしだ。本気でかかってきてくれよ!」
夕焼けのように輝く黄金の翼へと、実は炎を纏わせた。
「私は手加減が不得手です。言われずとも本気で行かせて頂きましょう」
|炎翼の羽撃《フレア・フラッピング》を展開。|宝石錬成剣《クリスタル・アルケミスト・ソード》、翼腕、蹴爪――武器となる全ての部位に炎を宿し、攻撃を開始した。全てを溶かし、燃やし尽くす。焼却の意志が怒涛の連続攻撃を繰り出す。
思っていたとおり、炎による攻撃だ。それならと勇希は弓に魔力を込める。
「その熱ごと俺の氷で凍結させてやるっ!」
「凍らせてみせると? ふふ、見せて御覧なさい。奇遇な事に私が|好敵手《ライバル》と認めた男も氷の使い手でしてね。勇希くんの氷が如何程の強度か、測らせてもらうとしましょう」
弓に収束する凍てついた気配に、実は金の双眸を細めた。
炎がより勢いを増す。勇希が放った氷属性の矢が炎に巻かれて蒸発した。
「っと、さすが実さん、強い! 牽制には引っ掛からないか!」
けれどまだ終わっちゃいない。|アイシクルフリーズアロー《アイシクルフリーズアロー》は、ここからが本番だ。
氷の魔力をたっぷり溜め込んで、巨大な氷の矢を形成する。牽制や捕縛が効かずとも、最後の溜めの一矢が届けばいい。
「これで止めてみせるぜっ! いけっ!」
『アイシクルフリーズ』
弓が詠唱を発すると同時、氷矢が解き放たれる。渦巻く炎は凛冽な冷気に掻き消され、氷矢が実へと届いた。
咄嗟に剣を振るい、実は氷矢から身を守る。
「……炎、止めましたか。しかし私の攻撃は炎のみに非ず」
「へへ、このくらいできなきゃ、実さんと共闘なんてできないからな!」
勇希は得意げに笑んだ。勇希の嬉しげな様子を微笑ましく思う実だが、すぐに表情を引き締める。
「来なさい勇希くん。必ず私が勝ちます」
「俺だって負けない!」
もう一回、今度は背後をとって攻撃だ。勇希は廃墟の間を駆け抜けながら、実の後方へと飛び込んだ。
だが、実もその動きは把握済だ。放たれた氷矢を剣で受け流した。
「背後にいるのはわかっています」
振り向きざまに接近し、剣を振るう。勇希は弓で衝撃を受け止めた。まさに紙一重だ。
「くっ……! まだまだっ、これからだ!」
重い一撃に耐えて飛び退く。間合いを取られてもなお、実は余裕の構えだ。
「ええ、簡単には終わらせません。もう少し楽しみましょう、この死闘を……ね?」
一度は氷矢に消された炎が、再び湧き起こる。
煌めく朱炎を抑えるべく、勇希は青光の氷矢を射る弓に一層の力を込めた。
●闇を駆ける
渇いた風に熱気と血の香りが混ざる。
古戦場跡に澱む濁りの中、|夜鷹・芥《よだか・あくた》(stray・h00864)はその瞳に魔女の姿を映す。
「お前と本気で闘り合える好機、逃す手は無ぇな。追いかけっこしようじゃねぇか、黒兎」
「追いかけっこの約束を果たしてくれるのね! さすが我らが班長」
リリアーニャ・リアディオ(深淵の爪先・h00102)は、爪先で地面をとんと叩いた。
「とはいえ、女性に力を振るうのは主義に反する。うっかり手心を加えるかはお前次第、かな」
準備運動をする彼女へと芥は告げる。『お前次第』――その言葉に、リリアーニャはニコリと瞳を細めた。
「レディーファーストってこと? 優しいのね」
彼女の足許で影が揺らめく。楽しい遊びを待ち望むように、ゆらゆらと。可憐な唇から言の葉が奏でられた。
「それじゃあ、私の“信頼”を受け取ってくれる? 直接|渡しに行くから《・・・・・・・》、ね?」
リリアーニャの|深淵《アビス》が広がる。纏う深淵は彼女の影から闇を引き上げて、その姿を一瞬で景色に溶け込ませた。
鮮やかな手品のように消える兎に、芥が「ほぅ」と感嘆の息を零す。
「闇魔法が得意なんだったか? 何処にいるか全然見えねぇ」
一度見た、凡てを呑み込んでいくような深い闇。純黒の彩は彼の興味を掻き立てた。
「もっと見せろ、お前の闇を」
直球の煽り文句は言外に示している。お前から来ていい、遠慮なく仕掛けてこいと。
リリアーニャは視界内のインビジブルと入れ替わり、芥の背後を取った。
「――こっちよ」
闇が耳許で囁く。底なし沼のような深淵の闇を、少しだけ覗いてみない?
一度覗き込んでしまえば、闇は決して獲物を逃がさない。
芥は咄嗟に地を蹴った。面白い――飛び退きながらも、迫り来る闇に心が躍る。
「――来い、蒼鷹」
高揚する心のまま蒼鷹を喚んだ。|刻影斬〈禍鳥〉《コクエイザン・マガドリ》の発動と共に、黒焔を纏う鷹が周囲を取り巻いた。
闇を縫いながら蒼鷹はリリアーニャへと飛翔する。
「芥も早いわね! でもまだまだこれから」
ダンスを踊るように黒焔の鷹を掻い潜った。まるで戯れるようにステップを踏み、間合いを詰める。
徐々に速度を上げ、前へ前へ、彼の懐へ!
闇夜に遊ぶ、夜狐と黒兎の追いかけっこ。果たしてどちらが追われているのやら。
「この感覚……癖になりそうだ」
芥はリボルバー式拳銃――瑞花を抜いた。可憐な女性には花がよく似合う。
「まだ女の子として見てくれる?」
赤薔薇の嫉妬がナイフへと転じる。ナイフはルビーのように煌めいて、芥へと揮われた。深淵の薔薇に沈丁花を添えるべく、芥は銃身を掲げる。
銃身とナイフが衝突する。リリアーニャが銃身とかち合った切先を滑らせると、すぐ傍を鷹が掠め飛んだ。鷹の群れが飛び回り、リリアーニャの視界を塞ぐ。
鷹による目眩しは彼女から芥の意図を隠す。秘した心は、反撃の意思。
(狩り取る――)
芥の瞳に狩人の残光が宿る。狙いは彼女の首筋へ。白く細い其処にナイフを添えた。
勝敗は決する。冷たい刃の感触を首筋に感じながらも、リリアーニャは嬉しそうに紡いだ。
「……|私《・》を見てくれたのね?」
手心を加える『女の子』としてではなく、本気で対峙すべき『リリアーニャ』として。
芥の真剣な眼差しが心地よい。
追いかけっこは芥の勝ちだ。リリアーニャを捕まえたことで、芥の熱も冷めてゆく。
「……いや、つい熱くなった。強ぇよ、兎」
そっとナイフを下ろし、飾らない言葉で褒める。気付けば彼女を追う事に夢中になっていた。
称賛の言葉に、リリアーニャはふんわりと表情を綻ばせる。
「……ふふ、光栄よ」
深淵と夜闇を纏う追いかけっこはこれにて終了。
微かに残った闇の残滓が、静かに古戦場の大地へと溶け込んでゆくのであった。
●夜と朝が交わるとき
味方同士で打ち合い、生じた闘気によって敵を誘き寄せる。
普段は心理的な抵抗が強く難しい『喧嘩』も、真っ当な理由を盾にできるという事だ。
|色城・ナツメ《しきじょう・なつめ》(頼と用の狭間の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00816)はこの機を逃すまいと、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)に誘いを持ちかけた。
「……ハル、命がけの喧嘩しようぜ。手を抜いたら許さねぇ。だから、頼む、本気でやってほしい」
俺に相手が務まるのか? 頭の奥から疑問の声が聞こえる。このままでは駄目だと分かっていても、以前の出来事が心を引き摺る。
(……あー、クッソ気まずい。けどな……俺自身の心の整理の為にも必要な事なんだよ)
今にも目減りしそうな自信を、心の一番硬い場所に押し込めた。
ナツメが葛藤する一方で、陽はナツメの誘いに頷いてみせる。手の内を明かさない真剣勝負だ。正直勝ち負けには拘っていない。だが、ナツメが本気の闘いを求めているならそれに応えたい。
「ナツメくんがそう望むなら、俺なんかで相手が務まるかわからないけど、やるだけやってみるね」
悪意のない返事は、ナツメの心の柔らかい場所をギュッと締め付ける。
(お前はまたそうやって、自分を卑下するのか)
思わず出かけたそれを呑み込んだ。これ以上、余計な言葉は必要ない。今はただ刀を交えるのみだ。
ナツメは退魔刀『早暁』を抜き放った。
「……力を貸りるぞ、蒼」
夜明けの光で清められた刀に、はぐれ鎌鼬「蒼」を纏う。停滞していた空気が風に乱され、ナツメを中心に渦を巻き始めた。
風の流れの変化に気付き、陽も払暁を抜刀する。
(あの√能力、何度か見たことがある)
|鎌鼬の気まぐれ《カマイタチノキマグレ》――移動速度を上げ、強烈な攻撃を繰り出す技だ。
以前、精神汚染を受けたナツメと戦った時を思い出す。彼の剣は力強く重い。だが、あの重さには覚えがあった。
陽は成長期が来るのが随分と遅く、学生時代はずっと小柄な方だった。身長が中々伸びず、他の選手との体格差もどんどん広がっていく中で、彼は対格差を埋めるための動きを会得したのだ。
(……要はあの頃と同じなんだ。ナツメくんの力が強いなら、それを利用させて貰う)
速度を上げたナツメが接近する。攻め寄せる疾・鎌風へと、陽は払暁を打ち合わせた。剣の動きを見極めて受け流す。
攻撃をいなし、立て続けのカウンター。鮮やかに返される一撃を、ナツメは間一髪で受け止めた。
(この技だけじゃ駄目だ。蒼が悪いんじゃない、俺の力が足りねぇ)
刀を交える今も、ナツメの胸には泥付いた感情が蟠る。憧れと、そして妬み。この手が届かぬ太陽は、自身の眩しさに気付いていない。
(……ハル、いっそ「俺は強いよ」と言い切って欲しかった。それなら迷いなく目標にできたのだから)
納得できない。暗い気持ちのまま刀を見る。ナツメの感情に影響された刀身は黒に染まり始めていた。だが、今はこれも利用させてもらう。全力で、運が味方して、やっと手が届く立場なのだから。
ナツメは想いを爆発させた。
「日は沈む、恥ずべき心を塗りつぶせ……!」
|暗夜《アンヤ》――黒き刀身の妖刀から放たれる禍々しき『気』が陽を襲う。
陽はルートブレイカーを発動した。だが、いくら右掌で触れても、暗い夜に光が届かない。
(無力化しきれない……!)
このままでは直に喰らってしまう。積み重ねた戦闘経験が、素早く次の一手を導き出した。
(無力化が無理なら、受け止めて返す!)
日が沈んだあとは、夜明けが必ず訪れる。|晨明《ソリス・レナセンス》は夜明け前の空を映し込んだ刀身に、鮮烈な曙光の如き光焔を宿らせた。
刀を揮えば、朝と夜が衝突する。光と闇が互いを喰い合い、混ざり合ったエネルギーは限界を迎えて爆散した。
衝撃がナツメの手から刀を弾き飛ばす。
「っ……」
負けたのか――ナツメは息を詰めた。
「|お行儀の良いチャンバラごっこ《剣道》も意外と役に立つものだね」
陽も刀を握り直そうとして……しかし、手に力が入らないことに気付く。
「あれ、力が入らない」
手から滑り落ちた刀が地面に転がった。
「……これ、どっちが勝ちなんだ」
ナツメが悩む。勝っても負けても、本気でやったなら少しは気持ちの整理もつくだろう。おそらく仄暗い気持ちは残るだろうが、少なくとも目は見られる。だが、この場合は?
「うーん、引き分け……かな。お互いに武器から手が離れたわけだし」
陽はそう結論付ける。ナツメは刀を弾き飛ばされた。陽も刀を取り落とした。
状況は同じだ。陽の言葉にナツメも納得する。
――勝敗は付かなかったが、ハルに近付けた気がする。少し気持ちが晴れた今なら、言えなかった事を言える気がした。
「……先日は悪かった。死にかけて勝手な行動をしたことは謝る」
「えっ……ナツメくんが謝る必要なんてないよ。俺がもっとしっかりしてれば、あんなことには……」
そう来ると思った。ナツメの心は落ち着いている。これが戦う前だったのなら、もっと苛立っていたことだろう。
「気質なら仕方ねぇ、だがよ……全部自分が悪い、で済ませるのは楽でもあるぜ。頼む、俺みたいに、ハルに憧れる奴まで否定はしないでくれよな」
真っ直ぐに伝える。陽が目を見開いた。信じられない事を聞いた顔だ。
「え、憧れ……?」
ナツメが何か話してくれるなら、精一杯受け止めるつもりでいた。だが、己からは程遠い『憧れ』という言葉に耳を疑ってしまう。
「あぁそうだ。俺はハルに憧れてる。お前がなんて思おうと、お前は強くて……俺の目標なんだ」
ナツメの態度に嘘は一切無い。陽にも当然伝わった。以前ならば「それは誤解で、俺は強くない」と突き放していたかもしれない。けれど、宿敵との邂逅を経て、仲間から多くの言葉を受け取った今は違う。
(ナツメくんの気持ちと向き合う事は、きっと俺自身と向き合う事と同じなんだ)
己を否定することで、彼の気持ちから目を逸らしてはいけない。
●過激な戯れ
古戦場跡――かつて此処では数多の命が失われたという。
殺伐とした空気漂うこの場所へと訪れたのは、血の気が多い狼と牛。
「古戦場跡で本気の戦闘を繰り広げれば良いんだってねェ。牛鬼君、お誘い有難う〜」
緇・カナト(hellhound・h02325)が朗らかに紡ぐ。
レジャー施設に行くノリだ。|野分《のわけ》|・《・》|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)は上機嫌に返す。
「お相手なんて、おひとりしか思いつかなかったので! 仲良くぽこぽこしようね」
もっともこれから始まるお遊びは、『ぽこぽこ』などと可愛らしいものではないだろう。
「うん。それじゃあ愉しく、ころし合おうね」
カナトがニコリと笑みを浮かべて掴むのは|手斧《Blood》。血生臭い娯楽には必須のアイテムだ。
刃を光らせる凶器を、時雨はすいと見やる。
「闘争心を掻き立てられれば十分なんですが。ころし合いたいの?」
穏やかに言ってはいるが、時雨自身も穏便に済ませるつもりはない。両者は間合いを取った。合図がなくとも闘いは既に始まっている。
カナトが構えた手斧に蒼焔を纏わせた。
「何度か見てるしオレが何したいか、分かりきっているでしょう?」
|黎の禍い《ラグナロック》を発動させる。放たれた横薙ぎ一閃は、冷え切った古戦場の空気を熱した。繰り返し揮われる蒼焔の災禍は、戦場全体へと拡がってゆく。
「ホラホラお逃げよ、焼肉牛になんてナりたくないだろう?」
カナトの焔が時雨を炙った。空気を吸い込めば熱が喉を焼く。
「炎ヤだなぁ。ぼく、乾燥肌なんですってば」
ジリジリと焼かれながらも時雨の表情は涼しげだ。指先に意識を向けて、彼はゆったりと紡ぐ。
「お肌がカッサカサになる前に保湿しましょう。折角なので、教えていただいた能力を」
移り気の花雨に御用心――戦場に|集真藍《ハイドランジア》が注がれた。蒼焔の大地に降り注ぐ雨は、焔に耐える力を与えてくれる。一方で、カナトには強制蒸発する汚染水を浴びせた。
「わ、めっちゃ濡れる」
「ずぶ濡れわんちゃんですね~」
汚染水を強引に振り払うカナト。強制蒸発に巻き込まれ、皮膚が幾らか爛れる。
時雨は笑みをひとつ、全身にありったけの怪力を込めた。気分は四肢を毟り取るくらいの勢いで。僅かでも隙が生じれば、|宵の明星《イブニングスター》を叩き込むつもりだ。
虎視眈々と機会を狙う時雨にカナトは気付いている。
「なんとなく狙いがわかっちゃうんだよねェ」
相手の得物も想定する。絹索にて張り巡らす系か、それとも背中から生やす蜘蛛脚か。
ただひとつ言えるのは、使う凶器が何であれ、攻撃範囲の広さは同等。
伸ばされた蜘蛛脚がカナトを掴もうとする。紙一重の所で躱せば、カナトは影業を解き放った。
「Luck、遊んでこい」
足元から湧き上がる影が盾となり、立て続けに繰り出される蜘蛛脚を弾いた。
狼は中々捕まらない。
「さすが、隙なんて全然無いですね」
などと言いつつ時雨は楽しげだ。やはりこうでなくては。呆気なく終わってもつまらない。
二人の下に、星を散りばめた様な紫香る幻影の花畑が広がった。
「あなたがお好きな花畑ですよ。そのまま寝ころんでもいいんですよ」
「お生憎様、今は目が冴えてる」
時雨の戯れにカナトが答える。今眠りでもしたらそのまま永眠しそうだ。カナトは|別の影《Bad-Luck》の口を開き、武器庫から直接蒼焔を噴出させる。
噴き上がる火柱に時雨は飛び退いた。牽制に放たれた銃弾が頬を掠める。斧も銃も、すべてが邪魔だ。両脚を牛蹄へと異形化させて絹索を放つ。五色の糸が|精霊銃《Blitz》を弾き落とした。止まらぬ手斧の斬撃は、|狗型の影業《Procyon》に受け止めさせる。
「賢いわんちゃん、可愛いんですよ」
蜘蛛脚がカナトの腹を貫いた。貫いた腹から蒼焔が伝い、一気に時雨の体へと燃え広がる。
「……ねェ、オレの性悪さも知っていたデショ」
時雨は焔の内から、黒い血を流すカナトの姿を捉えた。
「知ってますとも。何回もなかされましたから」
蜘蛛脚が引き抜かれ、焔の延焼が止まる。それでも焔は理性を焼き尽くし、血の香りは狂気を呼び覚ます。齎される激痛が闘争を求める魂を燃え上がらせた。
「あはははっ! 痛すぎて笑う!」
時雨は大声で笑った。隠逸花を宿したカナトの右目に惹き寄せられる。以前も頂いたその右眼を、再び手中におさめたい。
「目ェ、ください! 大事に飾りますから!」
「ダメダメ、折角もらったんだからアゲないよぅ」
カナトは花越しに時雨の『隙』を捉えた。一度は落とした銃を拾い上げ、垣間見えた隙に魔弾を撃ち込む。
「オマエの情念を奪い取ってあげよう。すべて焼き尽くすまで遊べるね」
弾丸が時雨の肉体へと刻まれ、蜘蛛脚がカナトの臓腑を抉った。互いに血を流し合えば、蒼焔に包まれた星の花畑は赤と黒に染まる。
もう滅茶苦茶だ。彼らの体力にも限界が近付いている。
時雨はぐらつく視界を堪え、脚を踏ん張った。
(これは……相当キてますね)
カナトも眩暈を感じ、抜け落ちそうになる力をどうにか留める。
(ちょっと血を流し過ぎたかも)
互いの状態を察し、両者は口を開いた。
「わんちゃん、限界が来てるなら素直に降参していいんですよ」
「まさか。牛鬼君こそ、足元がフラついてるんじゃない?」
お互い譲る気は無い。時雨は蜘蛛脚を構え、カナトは手斧を握り直した。次で決着を付ける。最期の一撃とばかりに凶器を振りかぶった。
振り下ろされた得物は二人に深く喰い込んだ。互いの血液が、地面に容赦なくぶち撒かれる。
ぴたりと攻撃が止まる。数秒の沈黙の末、崩れ落ちたのは時雨であった。
「……疲れました。少し寝ます……」
そのまま気絶する。勝利にカナトは喜びを感じるが、すぐに重要な事に気が付いた。
「……もしかして、牛鬼君を引っ張ってかなきゃいけないカンジ?」
後に此処も新たな戦場となる。一旦、安全な場所に移動した方が良い。……しかし、カナトも満身創痍である。√能力で回復できるにしても、手間が掛かることには変わりない。
●闘い、磨き、築き上げる
災いを煮詰めて溜め込んだその場所には、重苦しい空気が漂っている。
古戦場跡に足を踏み入れた当初から、シスピ・エス(天使の破片・h08080)は土地の穢れた気配を感じていた。
この場所には良くないものが眠っている。ただその土地を歩くだけで分かってしまう。
「不気味な場所ですね……」
シスピはきょろきょろと辺りを見回した。斯様な地に訪れたのには理由があった。留守番ばかりしているよりも、二人の後ろをついていく方が今後のためになる。
「仲間同士で戦って、敵を誘き寄せるのでしたね」
つまり、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)とアゥロラ・ルテク(絶対零度の虹衣・h08079)の戦いが見られるというわけだ。
「クカカ、中々無い機会ではあるなァ?」
ウィズは会話の内に詠唱を織り混ぜながら軽やかに笑った。
アゥロラも共に並んで歩む。彼女が今回の依頼に二人を誘った張本人だ。強者との鍛錬、そして後に待つ敵との実戦。どちらも今の彼女向けといったところか。
中央へ近付くほど、土地の穢れが濃くなってゆく。ウィズは古戦場跡の中央付近で足を止めた。
「さァて、始めるぜ」
準備が整ったところでシスピへ合図を送る。
「はい!」
シスピは|星脈精霊術【虹霓】《ポゼス・アトラス》を展開した。氷の精狼と完全融合し、意思や概念すら凍結させる絶対零度の空間を創り出す。
シスピの語りに合わせ、アゥロラも|星脈精霊術【時空】《・》を発動。彼女を取り巻く世界が、己の分体を1体創り出せる星脈界の空間へと転じた。
二つの術へとウィズは星脈精霊術【|山然《サンゼン》】を打ち合わせる。展開される闇と黒霧の如き|刻爪刃《コクソウジン》が、シスピの絶対零度とぶつかり合った。闘気と殺意のみが空間に渦巻き、空間を歪ませる。
「クカカッ、イイ景色じゃねェか」
ウィズとシスピの能力が衝突するも、互いに消滅することは無い。
シスピは不思議な彩を織り成す空間を観察した。冷気が闇を裂き、合間に景色が見える縞模様を描き出す。
冷気と明暗、共に空間を司る属性。打ち消し合う要素がなく共存できてしまう。
(同じ世界出身の精霊術の決着は不可能みたいですね)
そう結論に至りつつ、シスピは術が正常に動作していることも確認した。完全融合とは装備している事と同義。彼の詠唱でアゥロラが二人存在出来るよう語ったのだ。
「これでアゥロラも人型で存在出来ますね。……うまくやればもっと増やせますか?」
アゥロラは首を横に振った。それは『できない』という意味ではない。今は二人で十分という意味だ。
彼女の反応を受け、シスピは口には出さずに心の中で呟いた。
(今はそのタイミングでないにしても、機会があれば色々試してみたいですね)
もし増やせるようになれば、戦い方の幅も広がるに違いない。
一方で、自ら生み出した空間の歪みを、ウィズは涼しい表情で眺めている。
(ま、予想通りだな?)
想定の範囲内だ。詠唱を終えて、パチンと指を鳴らす。直後、天を引き裂くように数多の武器が出現する。
刀身の長短や幅すら様々な刀や剣、斧、槍、薙刀、ポールアームに棘付きの棍棒。あらゆる武器が降り注ぎ、大地へと突き立った。
その様はまるで無尽の武器庫のようだ。多種多彩な武器群をぐるりと確認した後、ウィズはアゥロラへと向く。
「先ずァ、この辺りか。念じれば武器の形を取る様にしてるぜ」
これらの武器はアゥロラのために用意されたものだ。彼女は取り揃えられた武器を視界に捉えた。
どれも重そうだと嘆息する。もう少し違う物も用意して良いのではと思うが、念じれば新しい形を作るらしい。なら拾わなくて済むなと納得した。
一先ず……使ってみようか。
色々な武器があるが、まずはこれを試そう。アゥロラが選んだのは棘付きの棍棒だ。
重量はかなりのものだろう。巨大かつ荒武者然とした凶器を、軽々しく片手で持ち上げる。
「ソレを選んだのか。いいぜ、やろうか」
ウィズの言葉と同時、アゥロラは大地を蹴った。無数に突き立つ武器の間を縫いながらウィズへと接近する。狙いを定め、棍棒を容赦なく振り下ろした。
ブオン! と勢いが風を叩く。遠心力がアゥロラを外側へ引っ張ろうとするが、その力すら利用してウィズを狙った。
近付くにつれて、戦場とは異なる香りが鼻を掠める。紫丁香花と龍涎香、藿香草に薔薇、墨と香木、そして蓬……幾重もの香りを漂わせる香気は、魔馨石“七蜜馨”だ。
闇の精霊が空間を撫でれば、棍棒との間に不可侵領域を創り出す。弾かれた棍棒をアゥロラは取り落とすことなく握り直した。
魔除け鈴の澄んだ音色と共に、ウィズが属性攻撃を放つ。周囲へと拡がる闇をアゥロラは強引に振り払った。
ウィズとアゥロラ……二人が激突してから、無言で繰り広げられる一連のやりとり。肌にひり付く闘気に、シスピはごくりと息を呑んだ。
(なんて熱い戦いなのでしょう! 僕も参加したい……)
心が躍り、そわそわと落ち着かない。アゥロラと対峙しながらも、ウィズはその気配を即座に察知する。
「お前はまだ早ェ」
主としての務めというべきか。刻爪刃を解き放ち、虚無の精霊にシスピの相手をさせる。ピシャリと注意されてしょんぼりするも束の間、シスピは飛来する刃を咄嗟に回避した。
「ぅわ!! 斬撃飛んで来た?!」
足元から|融牙舌《ユウガゼツ》も襲い来る。危ない、あまりにも危なすぎる。
自身の身体能力、装備すべてを駆使して虚無の焔を避ける。空中ダッシュで紙一重。瞬き一回程度の時間でも動きが遅れたならば、刻まれ燃やされる。正直いつ当たってもおかしくない。
「不可視って、どうやって避けたら良いんですか?!」
「目で視ようとしねェこったな」
クカカ、とウィズが笑い声を上げた。シスピと言葉を交わしながらも、彼の意識は常にアゥロラへと注がれている。
突き立つポールアームを引き抜き、再び繰り出されたアゥロラの棍棒に打ち合わせた。滑らすことで軌道を逸らし受け流す。生じた一瞬の隙に攻撃を捩じ込み、棍棒を打ち砕いた。
武器を失ったアゥロラは、流れるように傍らの斧を引き抜いた。ウィズの武器が己の身に届く前に、斧で薙ぎ払ってかえらせる。
実力は互いに互角。力では無く『柔』の型を見せるアゥロラに、ウィズは思い至る。
「お前にはこの辺りは向いて無ェみたいだな」
刃や焔を避けながらも戦場を見守っていたシスピが首を傾げた。アゥロラの武器に主の声が不審気に聞こえる。
「武器との相性が良くないのでしょうか?」
その違和感については、アゥロラ自身も認識していた。
打ち合う中で気付いたのだ……確かに、使い辛い。アゥロラは斧を放り捨て、腕へと新たに念じる。振るえば湧き立つ冷気。凍て付く魔力は氷へと代わり、ぬるりと武器の形を取った。
手にした得物は銀白の彩を宿す氷鎖だ。
――ジャリ。確と掴めば澄んだ金属音が響いた。同時、放たれた鎖は闇を纏うウィズへと絡み付く。鎖がウィズの腕を強く引いた。今が好機とアゥロラは鎖を握る腕に力を込める。先には大鎌を振り被る自分の姿――。
瞬きの間にウィズは人型から闇蜥蜴に転じる。振り下ろされた大鎌を、闇色の尾が受け止めた。
シャリン、と金属質な音が木霊する。氷鎖が擦り切れ白銀の欠片を散らす。
「……鈍ってンなァ……」
ウィズがぽつりと零す。アゥロラに向けたものでは無い。その声には自嘲の色が滲んでいた。
攻撃を受け止められたアゥロラは眼を眇める。大鎌から手を離し、手近な短槍を素早く掴み取った。休む暇など与えない。槍を鮮やかに閃かせ、突きを鋭く放つ。
だがそれに対応できないウィズではない。即座に人型へと戻った彼は、槍の柄を逆に引き寄せる。
引き寄せられ、アゥロラは息を詰めた。
「……!」
ウィズの爪が間近に迫る。考えるよりも先に体が動いた。半身を捻り、胴を狙ったウィズの爪から逃れる。
とん、と距離を取りながら息を整えた。変幻自在と言うべきか。ウィズの臨機応変な立ち回りに、感心を通り越してやや呆れた。
ならば、次の手を。
ス、と前に差し出されたアゥロラの掌は天を向く。瞬間、解き放たれた無数の鋼糸は、一斉にウィズへと向かった。背から包み込まんとする糸が意図するのは血染めの抱擁。
「サイコロステーキになる気は無ェよ」
当然ウィズがそれを受け入れる筈もない。背後から迫るなら、いっそ前に踏み込んでしまえばいい。瞬歩で一息にアゥロラの眼前へ。虚無と闇を宿す爪を揮い、目指すは彼女の中心だ。
――しかし、その一手が柔らかな感触に弾かれる。
「あン?」
鋭利な爪を弾いたのは、アゥロラの布だった。
|極光霓《キョッコウゲイ》――向かい来る軌道を、纏ったストールで流したのだ。物理と精神を兼ね備えた神秘の織物は、その真価を発揮する。
シスピは必死に斬撃を弾きながらも、二人の闘いから目を離せない。
「主は両腕に不可視の刃を纏い、弾き合っていますが。アゥロラのあれは……布、ですか」
時に受け流し時に包み込み、だが決して切れる事は無い。それどころか鋭い切れ味で以て弾き返してくる。一体どのような仕組みなのか。
捌き切れなかった斬撃がシスピの体を掠める。だが、それによって生じる痛みよりも、アゥロラの戦い方に対する興味が勝った。シスピは食い入るように彼女を見つめ続ける。
……切断とエネルギーバリア、霊的防護の重ねによって、アゥロラの技能はやがて戦法に昇華した。布の柔軟性を併せ持ちつつ、棍の様に回し、槍の様に突き、刃の様に切り裂き、鞭や鎖の様に絡め取る。
シスピの熱い視線を感じたのだろう。アゥロラは攻撃を受け流した後、目尻で微笑み返した。
「……エネルギーバリア……切断も乗っていますね」
シスピもアゥロラの戦法を理解する。
(主との闘いを経て、自分の戦い方を確立させた……ということでしょうか)
最初は色々な武器を試し、動きを実践し、最終的に最適解を導き出したのか。
「クカカ、決まったみてェだな?」
お前なりのやり方が。ウィズの語りかけに、アゥロラが頷いてみせる。様々な武器を試した結果行き着いた『アゥロラの答え』に、ウィズは満足して笑った。
ある種の美しさすら感じさせる戦闘訓練に、シスピは思わず見入ってしまった。その戦いは、探求にも似た行為のように思えた。さらに技を磨き上げるべく戦い続けられたのなら、どんなに良いだろうか。……だが、時間は有限だ。
新たに生じた気配に気づき、シスピは思考を切り替える。穢れがより一層濃度を増し、地中の奥深くから滲み出した。ドロリとした殺気が肌に纏わり付く。敵の出現に、彼は声を上げた。
「2人とも!」
「あァ、解ってる」
大地から噴き上がる不吉な気配をウィズも感じ取る。時は満ちた。古戦場跡に溢れる闘気が、眠る亡霊たちを呼び覚ます。地中から湧き出た汚泥が蠢いて、武者の骸を形作った。
「さーァ、おいでなすったぜェ?」
闇の蜥蜴の笑みは違う形を取る。仲間へと向ける笑みから、斃すべき敵へと向けられる笑みへ。
今こそ新しい戦法を試す時だ。アゥロラはふわりと宙に浮かび、敵を睥睨する。闘争は新たなステージに移行する――実戦訓練開始だ。
第2章 集団戦 『怨霊武者』
●
√能力者たちが放った力、流した汗と血、闘いへの熱き想いが、古戦場跡の大地にかつての戦禍を呼び起こす。廃墟の暗がりや枯れた草木の隙間から、黒い泥が溢れ出した。それらは人の形を成し、罅割れた甲冑を纏う骸武者となる。
――怨霊武者。闘気に引き寄せられ眠りから目覚めた亡霊たちは、殺意の赴くままに攻め寄せる。太刀洗・散花も、じきにこの地に訪れるだろう。その前に先ずは彼らを倒してしまおう。
●解き放つ剣
どす黒い穢れが広がり、肌へと纏わり付いた。古戦場跡に黒泥が溢れ出す。ソレが武者の姿を成した瞬間、|八月一日・圭《ほづみ・けい》(|取り替え子《チェンジリング》の修羅の霊剣士・h09402)は静かに息を吐いた。
彼の瞳は静寂の内に確かな炎を宿す。確と武者の軍勢を見据え、圭は剣に想いを重ねた。
「……今度は、抑えません」
闘争衝動を解き放つ。抑え続けた想いよ……いま剣に宿り、怨敵を討て――。決して隠さず、真っ直ぐに。心を紡ぎ、剣を研ぎ澄ます。
「――|修羅顕現《シュラケンゲン》」
戦場に顕現する強者は、業火を宿す怨念の剣鬼「修羅」。
業火を纏う修羅の気配が圭の身体を包んだ。炎は霊刀真黒へと拡がり、漆黒の霊力と重なり合う。
燃え盛る闘気の熱気に充てられ、武者たちは黄泉返りを果たした。黒泥が湧き、敵群は更に数を増やす。だが、圭が恐れを抱くことは無い。
「いくら増えようと変わりません。その全てを、葬り去るのみ」
とん、と大地を蹴り、疾風の如く武者の軍勢へと肉薄する。襲い来る槍を潜り抜け、その懐へと一閃。
「――斬る」
霊剣術・夢想修羅が、腐敗した体と硬い骨を斬り裂いた。速度と威力を増した斬撃が、敵の群れを蹂躙する。
無数に蠢く怨念を総て正面から叩き潰し、その残骸を供物に更なる亡霊たちを引き寄せる。渦巻く殺意が、より強烈な憤怒へと染まった。
武者たちが獣のような唸り声を上げた。怨霊の咆哮に言葉を搔き消されぬよう、圭は力強い声音で紡ぐ。
「夢想は無相にして、無双なり。描いた想いは形に縛られない自由なもの。それゆえ、並び立つ者のない力となる」
攻め寄せる武者に一歩たりとも引かず迷わず、圭は剣を振るい、業火で骸を焼き尽くす。修羅に呑まれることなく、修羅と共に立つ――それが、今の圭の戦い方だ。
●異なる闘争
古戦場跡に現れた亡霊――怨霊武者たちは槍や刀を掲げ、雄叫びを上げた。
獣のような叫びは、当然アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)の耳にも届く。
「現れたか」
不気味な気配を纏う武者共を見据える。彼らに矜持や信念は無い。怨みと怒りだけが眼窩に燃えていた。
亡霊の軍勢を|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)も視界に捉える。
「なるほど、古戦場で戦った故にその名残を呼んだようだな」
驚きはしない。亡霊との遭遇など日常茶飯事。恭兵自身も使役しているし、幾度も敵対してきた。
敵の視線が二人を向く。元より強烈な殺気が、更に濃度を増した。
攻撃の予兆を感じ、アダンは恭兵へと耳打ちする。
「恭兵、一つ頼まれてはくれぬか?」
アダンには策があった。こしょこしょと耳打ちされた内容に、恭兵は力強く頷いてみせる。
「……わかった、やってみよう」
「ああ、頼むぞ」
アダンが己の影を揺らめかせると同時、恭兵は|魔照花《マショウカ》を発動した。拳銃を抜き、弾丸を射撃する。
狙いは怨霊武者の軍勢。中でも怨みによって巨大化した者たちだ。
「邪なるものには呪を……正しきものには祝福を……」
弾丸に宿る力は退魔力だけではない。たっぷりと呪詛も詰め込んで、敵へと浴びせる。着弾した弾は武者たちに呪詛をばら撒いた。呪詛が怨念を蝕み、腐敗した肉と骨を削ぎ落とす。
「アダン、後は任せたぞ」
決めてくれるという確信と共に、恭兵は魔照花の祝福をアダンへと捧げた。
アダンは頷く代わりに√能力を展開する。己の影を膨張させ、一つの兵器へと転じた。その名は砲影。長射程と高精度を誇る、漆黒の対地戦闘用8.8cm高射砲である。
「巨躯の敵には、相応の武装が必要であろう? 俺様の覇道を貫く為、貴様の全てを撃滅してくれよう!」
|壊滅の咆哮《フグーズ》が轟く。砲撃に影の塵が巻き上がり、巨大怨霊武者の行く手を阻んだ。
「フハハッ! 暗がりに紛れ込んでも逃さぬ!」
此の戦場に立つ敵、其の一切合財を討ち斃す。
体現する地獄は一切砲滅。敵が放つ漆黒に視界を遮られることなく、巨体を容赦なく薙ぎ払った。脚部を破壊され、巨大怨霊武者たちが地面に崩れ落ちる。
「怨みでしか動けぬ過去の亡霊どもよ、悉く砕け散るがいい!」
派手な破壊を繰り返すアダン。恭兵は改めてアダンの強さを実感する。
「やはり、アダンの攻撃の威力はすごいな。『闘争』に特化してるように思える」
アダンの死角から忍び寄る敵が見えた。即座に魔照花を放ち、敵の中心へと風穴を開ける。
「折角気持ちよく戦っているんだ、邪魔はさせない」
戦場はアダンの砲影によって掌握され、その隙を突こうとする者は恭兵の弾丸によって撃ち倒された。
武者たちの倒れゆく様を見届けながら、アダンがぽつりと口にする。
「……不思議だな」
「? どうした?」
小さな声だったが恭兵は気付く。大切な『花』の囁きを聞き逃しなどしない。
アダンは恭兵へと振り返った。その表情には清々しい微笑みが浮かんでいる。
「此れも闘争に変わりない筈だが、お前と戦った時の方が何倍、何十倍も楽しかった」
恭兵はぱちりと瞬いた。殺伐とした戦場であるにも関わらず、胸の奥に温かいぬくもりが灯る。
「……はは、それは光栄だな。俺も楽しかったよ」
がしゃ、と鎧の擦れる音が聞こえた。目を向ければ、残存する武者たちが二人を包囲しようと迫っている。
折角良い気分だったのに。恭兵は静かに溜息をついた。
「まったく……懲りないな。死んでいるから痛みも感じないのか」
拳銃を再び敵へと構える。アダンも影の砲門を開き、声高に言い放った。
「フハッ、ならば完全に止まるまで、徹底的に破壊するまでよ!」
闘争はまだ終わらない。砲撃の音が鳴り止むのは、もう少し先になりそうだ。
●食事
地の底より怨霊武者の軍勢が目覚め、続々と地上に溢れ返る。
「おおーなんやお出ましや」
漆黒の殺意が燃え立つ中、|一・唯一《にのまえ・ありあ》(狂酔・h00345)が涼しげに言葉を紡いだ。
悍ましい骸の群れを|國崎・氷海風《くにさき ひそか》(徒花・h03848)は視界に捉える。その眼差しが、愉快げに歪められた。
「折角だし唯一さん、競走しない?」
「競争?」
唯一が好奇心に満ちた眼を向ける。
先程までの死闘などケロリと忘れたかのように、氷海風は朗らかに誘いを持ちかけた。
「どっちがより多く倒せたか、競走なんて楽しそうじゃない? こういうのって楽しんだ勝ちだとおもうしぃ!」
敵との血生臭い戦も思う存分味わってしまえばよい。何事も楽しむべきだ。
「ふふ、楽しそう、やろやろ」
唯一は心から同意する。湧き出す武者たちを前に、楽しそうに腕をぐるぐると回した。先程までの|殺し合い《遊び》も含めて準備運動は終わった。後はとことん喰らうだけ。
氷海風は標識を槍のように地面へと突き刺し、|這い寄る絶望《アンタレスノタワムレ》を発動する。
「突然飛び出す動物にご注意を! ふふ、お祭りみたいになるかもねぇ」
大地を割りながら巨大蠍の怪異が姿を現した。
「せやで、祭りや、祭り。相手さんも盛り上がっとるみたいやし」
唯一も|使役する《あいすべき》眷属たちを召喚する。空間を裂きながら訪れるのは|逢魔ヶ刻の大三災《ダスク・デモクラシィ》。炎を纏った大蛇、波を伴う鮫、暴風を連れた烏が群れとなって参上した。彼らの参上は戦場をさらなる惨状へと変えるだろう。
「と、俺まで巻き込むのはやめてよねぇ」
などと言いながらも、乱闘の気配に氷海風の心は躍った。
「んー、祭りって混沌としとるもんやろ? 気を付けてなぁ」
唯一が微笑み返す。意味深なそれに氷海風はケラケラと笑ってみせた。
「それって巻き込むかもってことぉ? あははっ、それは気を付けないとね」
唯一の眷属たちが、武者の群れをじっと見つめている。早く食べたくてしょうがないようだ。
「ほれほれ、餌の時間やでーお前たち。全部喰ろぉてしまおな」
唯一が命じれば、眷属たちは一斉に敵へと襲いかかった。負けじと氷海風もアンタレスに呼びかける。
「さぁて、何人倒せるかたのしみだねぇ! 行っておいで、アンタレス! 唯一さんの眷属達は攻撃しないようにねぇ!」
アンタレスは尾を振り上げた。ジャキジャキと鋏を打ち鳴らし、敵群へと突撃する。
氷海風のアンタレスが毒針で敵を貫き、唯一の可愛い眷属たちが武者へと牙や嘴を立てる。硬かろうと関係ない。鎧の奥にある骨を容赦なく穿つ。
武者たちが巨大怨霊武者へと転じるも、怪物たちは一切怯まない。むしろ食いでが増えたと歓喜する。
「すごい、敵も味方もごった煮だ!」
武者の槍を標識で受け止めながら氷海風がはしゃぐ。文字通りの大乱闘だ。
「あはは、ヒソカ、そこにおると危ないでー」
風に髪を乱しながら、唯一は炎が燃え移った服の先を切り落とす。眷属の鮫が大きな顎を開いた。
ばくん!
「わっ、アンタレスが鮫に食べられたぁ!」
氷海風が思わず声を上げる。武者を食べるついでか、鮫がアンタレスをうっかり口に入れてしまった。
「あっそのサソリは食べたらあかんでっ。ぺっしなさい、ぺっ」
鮫は噛み千切ろうとしていたのをピタリと止めて、アンタレスを吐き出した。
「あぁぁ、ヒソカの子がよだれまみれに……」
鮫は申し訳なさそうにしている。間違って食べかけたことを反省しているようだ。
一方で、よだれでびしょ濡れのアンタレスはしょんぼりしている。
「あらら、アンタレスヨダレまみれだ……」
氷海風はアンタレスを慰めるように撫でてやった。唯一もズルリと己の腸を引っ張り出し、お詫びの品として差し出す。
「ごめんごめん。ボクの|内臓《これ》で堪忍してぇ」
アンタレスは嬉しそうに鋏を鳴らし、腸の一部をちぎった。
「よしよし、|おやつ《内臓》貰えてよかったねぇ」
腸をもぐもぐ食べるアンタレスに氷海風は一安心。おやつを食べたら、残りの敵も片付けよう。
●新しい遊び相手
戦場を包む闘気が古の殺意を蘇らせる。出現する怨霊武者の軍勢を、|雨夜《あまや》|・《・》|氷月《ひづき》(壊月・h00493)は月の瞳に映した。
「あ、来た来た。んっふふ、すごく|らしい《・・・》モノが出てきたね」
氷月の言葉に、|屍累・廻《シルイ・メグル》(全てを見通す眼・h06317)も武者たちを捉える。
「ふふ、ようやくお出ましのようで」
ここからが本番だ。氷月は銀片へと月光を纏わせて、廻にすいと視線をやった。
「さて、強く痛めつけたつもりはないけど、ヤレる?」
笑みを浮かべたまま問えば、廻は小さく頷いてみせる。その手にはしっかりとパンドラの匣が握られていた。
「もちろん、さっきのは準備運動ですから」
開かれた匣から怪異の気配が溢れ出す。夥しい数のそれに、氷月は笑みをより一層深めた。
「んじゃ、後ろはヨロシク!」
「任せてください」
廻は匣を手に|禁忌召喚《カイキゲンショウ》を発動する。氷月が思う存分遊べるように、後方から敵を排除する構えだ。
「さぁ、始めましょう。恐怖のパレードを」
匣から数多の怪異が飛び出す。軍馬の姿をした怪異、死を象徴する血霧、炎を纏った鎧の怪異……いずれも戦場にまつわる怪異だ。
おどろおどろしいパレードの幕開けを、氷月は心から祝福した。
「ふふっ、楽しいパレードの始まりだね」
パレードを彩るべく|銀月双天《ツキノマイ》を閃かせる。煌めく銀片を手に、怨霊武者の軍勢へと切り込んだ。月の化身は幻影を以て亡霊たちを惑わせる。敵が反撃に繰り出す武器を躱し、弾き、死角から不意を打つ。
「|月《俺》とも遊ぼう。もっと楽しくなるよ?」
廻へと向かう敵を夜の影に絡め取った。雨花幻を散らせば、炎が無情に彼らを焼却する。移り気に遊ぶ氷月のすぐ傍を、廻の解き放った怪異が駆け抜ける。
「せっかくですから、私の|友達《・・》とも遊んでくださいね?」
遊びの邪魔はさせない。怪異たちは敵群を取り囲むように行列を成した。敵の動きを常に監視し、状況を氷月へと伝える。
「氷月さん、右手の廃墟の奥から大勢来ますよ」
「あ、ほんとだ。相手さんもヤル気だね」
情報を受け取りながら立ち回り、氷月は優位を保つ。銀片が武者の胴体を切断した。
「ほら、もっと遊ぼう! まだまだ足りないよ!」
純粋な力のぶつかり合いに血が滾る。殺意には殺意を……とっても単純でわかりやすい。今回は手加減する必要もないから全力で戦える。
氷月の挑発に武者たちが怒りの咆哮を上げた。地面から再び滲み出た泥が、新たな敵を作り出す。
「次から次へと湧いてきますね。怪異たちも退屈せずに済みます」
いくら敵が増えようと廻は常に冷静だ。さらに怪異の数を増やし、敵の軍勢に対抗する。睨み合う武者たちへと、穏やかに語りかける。
「さあ、その武勇を以て|彼ら《怪異たち》を満足させてください」
怪異の群れが敵の軍勢と激突した。血霧が敵群の行く手を阻み、馬の怪異が彼らを蹴り飛ばす。最期は炎が武者たちを焼き払った。
猟奇的なパレードに、氷月はひゅうと口笛を鳴らす。なんて見ごたえのある光景だろう。
「屍累も楽しんでるー?」
廻へと朗らかに声を掛けた。廻がちらりと氷月を見て、瞳の奥に愉しげな光を灯す。
「えぇ、もちろん。普段はこうして戦闘を楽しむのは少ないので、これはこれでとても新鮮ですよ」
交わる視線に氷月も廻の心を感じ取った。共に楽しめているなら、それ以上のことはない。
「んは、それは何より!」
背後から近付く敵の首を二体同時に刎ねた。切り落とされた首は、地面に転がり泥へと戻る。崩れ落ちる武者を軽やかに踏み越えて、氷月は次の遊び相手へと銀片を閃かせた。
月と怪異のパレードは、まだまだ続く。
●雷葬
戦場は血の香りに触発され、不気味な熱を宿す。
濁った空気など慣れっこだ。清々しい朝と同じように、緇・カナト(hellhound・h02325)はぐぐっと伸びをした。
「さて、古戦場跡も暖まってきた様子だし、マジメにお仕事しようとするかなァ」
視界に捉えるは、黄泉から這い出た怨霊武者。
多勢に無勢そうな武者の群れだなんて、まさに古戦場といった様相だ。
「……倒した首級もいっぱい集められそぅ」
ニヤリと口端を上げた。|精霊銃《Blitz》の銃口を武者の軍勢へと向ける。
殺気を纏い敵群が攻め寄せた。彼らの槍が届くより先、カナトの銃弾が彼らの魂に刻まれる。
「やっぱ多いねェ、殺し甲斐がある」
弾の嵐を潜り抜けた武者にはご褒美をあげよう。
近付く敵には手斧へと切り替え、鎧ごとその屍肉と骨を叩き割った。容赦なく屠りながら、怨みを湛える骸の眼窩へと語りかける。
「せっかく甲冑なんて纏ってるのに、罅割れ容易く砕かれていたら意味なくナイ?」
武者は答えず、代わりに咆哮を上げた。
「聴こえてないかァ。うん、知ってた」
餌に群がる猛獣のように押し寄せる彼らに、カナトも群れで対抗する。ちらと後方へ視線をやり、浮遊するインビジブルへと意識を注いだ。
「――|Sudden clap of thunder《裂けて奔り、雷を喰む》」
|雷狗奔《ボルトハウンド》が迸る。
一瞬前までカナトが居た場所に、雷光を帯びた黒影犬の群れが出現。犬影は猟犬が如く、人の形をした獣に駆ける。怨みしか残らぬ泥の骸など、既に獣以下かもしれないが。
「駆け、爆ぜろ。雷鳴で腐った耳を貫いてやれ」
声は届かずとも雷鳴は届く。大地を疾走する雷電は、武者の魂を鋭く穿った。繋いだ骨が崩れて黒泥に戻る。
「雷鳴になんて敵いはしないよねェ」
死にきれない者には、手斧を捩じ込んでやった。
一連の殺人術を繰り返し、カナトは着々と敵の首級を積み上げてゆく。
●再断の刃
命の代わりに怨念を灯し、怨霊武者の軍勢がゆらゆらと歩く。
まるで操り人形のようだと、|システィア・エレノイア《Shisutia Elenoia》(幻月・h10223)は思った。怨みに支配された骸、血塗られた大地に縛られた哀れな魂だ。
「随分と大所帯だな」
数えるのも投げ出すような数だ。声色に呆れを滲ませながらも彼は薄ら笑う。
竜漿の魔力を双剣へと転じ、構える。
咆哮を上げながら巨大化した武者が迫った。理性も知性も感じない、獣の叫びだ。
(きっと自分たちが何と戦っているのかすら、理解できていないだろうな)
|双剣錬成術《デュアルブレード・アルケミア》によって編まれた竜漿の刃が光を生む。全てを切り裂く光輝を伴い、システィアは双剣を走らせた。
敵から振り下ろされた槍を受け止め、横へと返らせる。攻撃をいなすことで武者に隙が生じた。
「余程怨めしいようだが、すまないね」
巨大化しようと構造は変わらない。鎧に覆われていない関節の継ぎ目を狙い、斬撃を叩き込んだ。片膝を砕かれた武者が地面に膝をつく。射程に入った顔面へと双剣を振るい、眼窩の奥深くに突き立てた。武者の纏う暗炎が尽きる。
「まずは1体」
背後からもう1体。襲い来る武者に、双剣の片方を投擲し頭部を貫く。絶叫を上げながら武者が崩れ落ちた。システィアを巡る血が闘いに沸き立つ。
(余計な事を考えずにただ葬れば良いのは……楽しい)
自然と過ぎる考えに、システィアはハッとした。あまりにも血塗られた思考だ。己を律するように眉を顰めた。武者に突き刺した双剣を引き抜き、静かに刃を伏せる。最低限の動きで敵を葬り去れるように、常に技を繰り出せる状態に置いた。
一方で、敵は常に唸り、叫び、騒音を鳴らし続けている。
「また地の底で眠っていてもらうよ」
静かな眠りを与えるべく、システィアは戦場を駆け抜ける。その剣は武者の骸へと、二度目の死を与えるのだ。
●傍に居るという事
無数の怨霊武者が古戦場跡を埋め尽くす。骸の群れを見据えながらも、|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)は|不忍・ちるは《shinobazu chiruha》(ちるあうと・h01839)へと言葉を紡ぐ。
「無事に誘き寄せられたか。ちるはよ、先程得た学びの復習でもしてみるか?」
即ち反復練習だ。蜚廉の呼びかけに、ちるはが思考を巡らせた。
「えと、学んだこと。……蜚廉さんに近づいたときに取られたので、追うタイミングと距離感の把握、相手の行動を読む……つまり今は囲まれる前に倒して拓けってことですね」
「現状は概ねその解釈で合っている。だが、戦場は生き物と同じだ」
蜚廉は翳嗅盤で殺意の濃淡を測る。激烈な感情の滲みは陽炎のように揺らぎながらも、敵の輪郭を鮮明に際立たせた。
ちるはが|3月26日《暗器》を手の内で光らせる。戦場が生きているならば、常に変化するということだ。
「常に思考を柔軟に……状況によって戦法を変えるのも大事ということでしょうか」
ガシャ、ガシャ、ザッ、ザッ――。
武者の軍勢が足早に歩を進める。蜚廉は潜響骨で迫る足音の数を拾い、位置と敵軍の規模を把握した。既に囲まれつつある。だが、焦りは無い。
「囲まれることは想定済みだ。寧ろ数が揃ってくれた方が、都合が良い」
蜚廉は精神を研ぎ澄まし、武器となる肉体に力を巡らせる。ちるはも暗器を握る手と駆ける脚に意識を集中させた。
「範囲攻撃で数を稼ぎます」
「ああ、任せたぞ。範囲外の敵は我が引き受ける」
同時、ちるはと蜚廉は大地を蹴る。
迫る武者の軍勢を、ちるはが確と捉えた。仕掛ける術は|不忍術 伍之型《シノバズノゴ》だ。
先程は蜚廉に受け流されてしまったが、伍之型の威力には結構自信があった。
(この機会に、もっと術の精度と強度を上げたいところ)
先程の攻撃を振り返り、さらに技を研ぎ澄ますように。
低い姿勢から足払いを繰り出せば、武者たちが一斉に転げる。体勢を崩した所に叩き込むのは暗器による斬撃だ。強烈な連続攻撃は骨すら刻む。
仲間を倒された敵が怒り狂い、槍を振りかぶった。殺意に満ちた反撃を、蜚廉は即座に察知する。
「視えている」
槍を受け流し、|塵尾連閃《ジンビレンセン》を放った。打ち出される体術は、回を増すごとに威力を上昇させる。拳、そして足技。重ねられる連撃が、ちるはの攻撃が届かぬ敵群を薙ぎ払った。
「ありがとうございます」
感謝を口にするちるはに、蜚廉は頷く。彼は先程の手合わせで、任せても良いと判断できる力をちるはから感じていた。
現に、今の彼女には安定感がある。把握と読むのは敵に対してだけではない。蜚廉と連携し、隣も後ろもおなじく“ちかく”で在れるように。その意識が盤石な構えを形作る。
傍に居るというのは、ただ隣に立つという事ではない。背を任せられるのも、また一つの在り方なのだ。
息の合った連携は、着実に敵の数を減らしてゆく。殺意が薄れゆく中で、蜚廉はある事に気が付いた。
「ちるは、如何した」
ちるはの感情が揺れている。滲むそれは恐怖か。
「さっきまでは、集中していて気付きませんでしたが……」
数が減り、ふと思い出したのだ。自分はオバケの類が苦手であることを。
「敵が強いとかそういうことより、この目覚めすぎの怨霊勢はお化けや幽霊が怖いあのぶわゎ……感が、ありますね……」
ぷるぷると震えるちるは。気を強く持たねばと、恐怖を払うため首を横に振った。
小動物のような彼女を、蜚廉は静かに見つめる。
「……そうか。恐怖を、与えたか」
普段と変わらぬ落ち着いた口調だ。しかし、その内に普段とは別の『何か』を感じ取る。
「蜚廉さん……?」
首を傾げるちるはに、蜚廉は優しく告げた。
「少しの間だけ目を瞑っていると良い、ちるは。次に開けた時に、目前の怨霊共は残らず居なくなっているだろう」
隣に立ち、背中を任せる。それだけではない。
必要な時には『必ず守る』――これもまた、傍に居るということなのだ。
●憧れの光
闘争に引き寄せられた怨霊武者の軍勢が、怨恨の炎を骸に宿して攻め寄せる。
「敵のお目覚めだな。よし、いっちょやるか」
喧嘩のおかげでいい感じに身体もテンションも温まった。|色城・ナツメ《しきじょう・なつめ》 (頼と用の狭間の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00816)は気合を入れるように腕を回す。
スッキリした様子のナツメに対し、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)は先程のやり取りを考え続けていた。
(ナツメくんの方が強くて、立派だって思ってたけど、俺なんかに憧れてるって……)
そこまで考えて首を横に振る。また「|なんか《・・・》」などと言えば、間違いなく怒られてしまう。
いくら自分に自信を持てなくても、彼の言葉を受け取らない理由にはならない。少なくとも、ちゃんと気持ちは受け止めなければ――。
「……ハルさんよ、少し綺麗なもん見せてやるよ」
自分の刀が普段の色に戻っていることを確認した後、ナツメは陽へと声を掛けた。
「えっ、綺麗なもの?」
陽は話しかけられてハッとする。そうだ、敵が現れたのだから今は集中しなければ。
ナツメは頷いてみせる。刀が元の状態に戻った今ならば、あの技も問題なく発動できよう。気を落ち着かせ、体内に宿る霊気を集束させた。
「さぁ、飛べ」
迷わず先へ進むために。青白い光の雫が宙へと浮かぶ。無数の雫は蝶の形を取り、ひらひらと舞い踊った。|暁颯《アルバ・ヴェントゥス》――霊気によって編まれた蝶の群れだ。
神秘的な光景が陽の視界を美しく染め上げる。
「これ、蝶? 綺麗だ……」
初めて見る技だ。思わず言葉をこぼす陽に、ナツメは得意げに笑った。その眼差しは眼前の敵へと向けられる。
蝶の羽ばたきが霊気の渦を生んだ。渦は敵群を包み込み、彼らを翻弄する。攻勢が鈍る武者たちへと、ナツメは一息に接近する。青白い光の中で早暁が銀の軌跡を描いた。霊気を纏った剣閃が敵を叩き斬る。
武者の骨が砕かれる音に、陽は気を引き締めた。
「見惚れてる場合じゃないよね。俺も動かないと」
払暁へと夜明けの力を込める。刀身に纏う光輝は、夜の帳を引き裂くようにまばゆく燦めく光焔。常夜を照らし、|朝《理想》へと導く|暁光《ルクス・アウローラエ》。
怨霊たちにとって、その光はあまりにも眩し過ぎる。
刀を揮えば黄金の光焔が怨霊武者へと燃え移った。瞬く間に焔は拡がり、敵を魂ごと焼き払う。
陽は手応えを感じていた。味方同士で戦うよりもずっとやりやすい。
「ハル、ナイス!」
ナツメの明るい声に、陽はニコリと笑みを返した。
「うん。そういえばその技、初めて見るかも」
「あー……これも、お前の技を見取って編み出したんだ。やらかしたのが悔しくてな。その時に技、一度見せてくれただろ?」
ナツメにとってあの出来事は『失敗』だった。失敗したままでは終われないと、編み出したのが暁颯なのだ。陽はその時のことを思い出す。|暁標《アルバ・イグニス》のことだろう。
「ああ、確かに似ているね」
陽はナツメの行動が失敗だったとは考えておらず、気にしてすらいなかった。そうして思い返しながら、ある事実に気付く。
「……その技をナツメくんの前で使ったのは確かあの時だけだったよね。一度見ただけで覚えられるのって凄いよ、ナツメくん」
技の見取りなど、そう容易くできるものではない。それは間違いなくナツメの才能だと陽は確信する。
称賛する陽にナツメは胸の奥がこそばゆくなった。以前なら劣等感が勝って喜べなかった。だが、今は違う。
「そうか? 面と向かって言われると照れるな……」
嬉しい。素直にそう感じながら、心の内だけで付け加える。
(……ま、それだけ俺がハルを見てるってことなんだけどな)
流石に照れ臭すぎるので面と向かっては言えない。
さっき「憧れてる」と直球で言ったばかりだが、あれはそう……その場の勢いというやつだ。
●冗談と銃声
廃墟や木々の隙間……古戦場跡のあらゆる場所から、怨霊武者が蟲のように湧き出した。|神代・京介《かみしろ・きょうすけ》(くたびれた兵士・h03096)はヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)と合流し、蒼鋼閃槍を起動する。
「ヨシマサ、敵のお出ましだ。さっきのタイマンで良い感じに身体もあったまった事だし、本来の戦い方でしっかりと処理しようじゃないか」
「ん~、そうですね~」
ヨシマサはふわっとした返事をする。京介がちらりとヨシマサを見やった。
「ヨシマサ、まさかさっきの戦いで疲れたなんて言わないよな?」
「う~ん、さっきの戦いで京介さんに負けちゃったから疲れたっていうか~、やる気がでないな~っていうか~」
先程弾かれた光線銃を労わるように撫でるヨシマサ。釣れない彼に、京介が呆れを滲ませる。
「おいおい、まさか本気で言ってるわけじゃないだろう」
とは言うものの、京介の反応は深刻ではない。一連の会話は『戦闘前の些細なやりとり』であることを理解しているのだ。ヨシマサもふふ、と口元に笑みを浮かべた。
「なんて冗談は置いといて、さっきの憂さ晴らしも兼ねてやっちゃいましょうか~。さっき使えなかったレギオン、解禁です!」
レギオンを攻撃用アクティブ形態へと移行、|群創機構爆撃Mk-IV《スウォームブラストマークフォー》を起動する。ヨシマサの展開に合わせ、京介も突撃兵装装備の戦闘人形を招集した。アサルトライフルを装備した戦闘人形は3機1組の隊列を組む。
「お前の力、頼りにしてるぞ」
「支援が本領発揮の戦線工兵のカバー力、お見せしてあげますよ~」
京介の言葉にヨシマサは力強く頷いてみせた。
敵が大軍で迫り来ると同時、二人も各々起動した兵器へと指示を出す。
「全機突撃。正面から左右に展開し包囲。先鋒を叩け」
京介は|戦闘機装・突撃《レギオネス・エグゼクター・アサルト》の命令を人形たちに送る。人形たちは前方から半円を描くように敵を取り囲み、弾幕の雨を浴びせた。無駄のない動きだ。√能力により強化された弾丸が、屍肉と骨を貫く。
仲間を盾に弾幕を潜り抜けた武者が、京介へと槍を振りかぶった。だが振り下ろされるより先に、蒼鋼閃槍から発射されたレーザーが武者を蜂の巣にする。
「戦闘人形の攻撃を潜り抜けたからといって、俺を討てると思ったら大間違いだ」
「ヒュ~ッ、京介さんかっこいい~」
「ヨシマサ、集中しろ」
囃し立てるヨシマサに京介が淡々と返した。
……真面目に注意しているようにも見えるが、実際はこれも『戦闘中の些細なやりとり』のうちに過ぎない。
互いに冗談を言い合うような仲だ。京介は集中しろと言いながら、ヨシマサがとうにやるべきことをやっている事実を把握している。
「はいは~い。京介さんの射程範囲外にパパッと展開しちゃいますよ~」
ヨシマサは既に戦闘人形でカバー出来ない区画を指定し、レギオンたちを移動させていた。ゆるいように見せかけて、必要な支援行動は絶対に忘れない。
上空を陣取るシーカーズ・フレアVer.1.0.52、その発射口に閃光が奔る。発射された弾丸は、嵐のように敵の軍勢へと降り注いだ。大地をも穿つ爆撃は武者の硬い鎧を砕き、その内で蠢く屍体を叩き潰した。
「み~んなが本気でぶつかって戦えてるのはボクらの地道な応援あってこそっていうの、ここで見せびらかしてやりますね~」
味方の位置や射程を確認し、味方が狙えない敵を的確に射抜く。それがヨシマサの戦い方だ。
京介との|戦闘訓練《タイマン》も悪くないが、やっぱり支援が向いている。
●亡霊と遊ぶ
怨念の炎を揺らめかせ、怨霊武者たちが穢れた大地を闊歩する。
闘気に誘われ次々と現れる敵の軍勢を、|夜鷹・芥《よだか・あくた》(stray・h00864)は冷めた眼差しで眺めた。
「漸く亡霊達がお目覚めのようだぜ」
武者の眼窩に宿る殺意の灯を見つめ、リリアーニャ・リアディオ(深淵の爪先・h00102)は軽く吐息した。
「あーあ、邪魔がはいっちゃった」
とっくに決着はついている。それでもこんな風に戯けてみるのは、ちょっとした遊び心。
瑞花をそっと握り直し、芥はあそぶ黒兎に語りかけた。
「……次は、刃を向けず背を預けても?」
互いの力を見せ合ったからこそ信を置ける。
芥の真剣な声色に、リリアーニャは兎の耳をぴょいと上げた。素敵な贈り物を受け取った時のように、表情を柔く綻ばせる。
「もちろん、喜んで預からせてもらうの。負けた分いいところ見せなくちゃ!」
「お前に完全勝利できた気はしねぇんだけど」
芥は武者の軍勢へと視線を戻した。金の瞳が殺意と交わる。
迫る武者が肥大化する怨みを受けて巨大化した。向く闘いへの渇望と殺意の先。死しても尚求めるのが戦場とは。
その渇望に応えてやろう。|刻影弾〈孤月〉《コクエイダン・コゲツ》を瑞花に込め、芥は躊躇いなく敵群へと距離を詰めた。高く跳躍し、頭上から弾丸を撃ち込む。巨躯を穿つ弾丸は鋭く、敵の注意を強制的に引き付けた。
「リリ、――頼んだ」
リリアーニャは芥の攻撃によって作られた隙を見逃さない。
「任せて」
敵に目がけてひとっ跳び。ぴょんと跳ねるその手には、赤薔薇の嫉妬が握られている。
繋ぐも落とすも彼女次第――|赤薔薇の呪縛《コール・ミー・ローズ》が囁いた。赤薔薇の嫉妬は斧へと形を変える。
兎が素早く切り込んだ。骨を断つ斬撃が、武者の鎧と体を容赦なく粉砕する。
「もっとバラバラになりたい? んふふ、おいで、悦くしてあげるわ」
崩落する骸の先。槍を構える新たな敵に、リリアーニャは両手を広げてみせた。余裕綽々の|演出《パフォーマンス》は一見油断しているようで、実のところ違う。
(大丈夫よ。だって、すぐそこに芥が居るもの)
黒暗の闇が敵を覆った。零距離から放たれる芥の追撃が、武者の頭部に弾痕を刻んだ。
「……黒兎は目立ちたがりなのか?」
芥の声に呆れが滲む。余裕な黒兎は敵前で無防備ときた。倒れた武者の横に芥は着地する。リリアーニャは軽やかに歩み寄り、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「目立ち過ぎても芥が隠してくれるでしょ?」
「……、お前なぁ」
咲く薔薇の赫は強い。頭では理解している。だが、崩される余裕に溜息をつかずには居られない。
リリアーニャは相変わらず楽しげだ。
「芥のほうはハラハラした? なんて──ゎ」
芥はリリアーニャを軽く小突いてやった。文字通り『ハラハラ』させられたのだから、これくらいしてもきっと許される。
「心配するだろうが」
真っ直ぐに伝えるも、リリアーニャは小首を傾げた。
「?」
きょとんとしている彼女は悪気ゼロだ。
まさか心配されると思っていなかったのか。もう一度、芥は深く溜息を吐き出した。
「しょうがねぇ悪戯兎だな」
この認識のズレについては後々言及するとして。今は残っている敵を叩くのが先だ。怨霊武者の群れは未だ健在。彼らは怨念に突き動かされるまま、二人へと押し寄せる。
リリアーニャは斧をくるりと回し、先程斬り落とした武者の残骸を払い落とした。
「遊ぶ時間はまだありそう。残りもさっさと倒しちゃいましょ!」
まだまだ沢山遊べそうだ。ヤル気いっぱいのリリアーニャに、芥も合わせることにした。
「ああ、遊び足りないなら付き合うぜ。手早く済ませよう」
瑞花を再び構え、敵群へ照準を定める。二人のお遊びはもうしばらく続きそうだ。
●火葬
氷と炎がぶつかり合い、両者一歩とも譲らない。しかし、白熱のバトルは強制的に終わりを迎える。黄泉から目覚めた怨霊が、二人に夥しい殺意を向けたのだ。
「あーっ、もうちょっとで決着つきそうだったのに!」
|天ヶ瀬・勇希《あまがせ・ゆうき》(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)が惜しむように声を上げた。|薄野・実《すすきの・みのる》(金朱雀・h05136)も|怪人態《ファルド》のまま武者達を一瞥する。
「まるで前座の戦闘員……みたいですね。尤も、元凶の意志で出て来た訳でもなさそうですが」
√能力者の闘争が彼らを眠りから起こしたのだ。
勇希は弓に嵌める|属性宝石《エレメンタルジュエル》を炎の石へと換装し、炎属性のヒーロー姿へと転じる。
「こうなったらこいつらと戦うしかないな……!」
「ふふ、決着はまたの機会に致しましょう。勇希君、雑魚の散らし方はご存知ですよね?」
怨霊武者へと弓を構え直す勇希に実が問いかける。勇希はきっぱりと頷いてみせた。
「ああ、もちろん! 囲まれないように気を付けないとな!」
ここからは共闘の開始だ。
衝動の赴くまま亡霊たちは押し寄せる。実は翼腕を構え、朱雀の焔を纏わせた。
「ここは私の炎の見せ所です。ほら、死霊やアンデッドには炎属性が効く、がセオリーと聞きますよね?」
炎が力強い輝きを放つ。亡霊たちは強烈な光に怯まず、ただひたすらに突き進んだ。
(怨念だけが骸を突き動かしているのでしょう。彼らからは狂気しか感じ取れません)
翼腕を振るえば|麗鳥の乱撃《フェザント・ランページ》が舞う。炎が広範囲に奔り、二度に渡って武者の軍勢を薙ぎ払った。炎は邪霊を祓い魂を浄化するとも言う。怨霊武者にも通用するはずだ。
「中途半端に骨が残ってるから怨霊と化すのでしょう。髄まで荼毘に付して差し上げます。だから――せめて安らかに眠って下さい」
敵の刃が届く前に、炎が全てを焼き尽くした。
炎に阻まれ怨霊たちは咆哮を上げる。肥大化する怨みが、漆黒に輝く巨大怨霊武者を作り上げた。
炎海に立つ巨大な姿を、勇希は臆さずに見上げる。
「でっかいなー! でも、空に飛んだらへっちゃらだ!」
ジュエルブレイクアロー・ライドフォーム!
勇希は弓を騎乗形態へと変え飛び乗った。空高くまで飛び上がり、敵が振り下ろした槍を躱す。くるりと宙で一回転。炎矢を打ち出すと共に跳躍した。炎矢の加護を受けた飛び蹴りを、巨大な敵に叩き込む。巨躯が衝撃に負け、どすんと地面に倒れ伏した。
「なんだ、この程度か? 集団で来たって……それじゃ俺達には勝てないぜっ!」
実と勇希、それぞれの炎が、次々に敵を葬り去ってゆく。まるで火葬だ。土地に縛られた怨念ごと骸を焼き祓う。しだいに戦場を包む殺意は薄まっていった。
怨霊武者の火葬を終え、実は優雅に一礼する。それは旧き時代の戦人に対する敬意だ。
「……まだ、もう少し騒がしくすると思うけど、貴方達の眠りはこれ以上妨げる事無いように終わらせるから、さ」
怪人姿のまま、穏やかな言葉で瞑目する。
しんと静まり返る古戦場跡、そして実の姿を、勇希は交互に見つめた。
(簒奪者のことがなければ、さっきの奴らも眠っていられたんだもんな……)
勇希も実にならって目を伏せる。二度と起こされることなく、安らかに眠れますように。
ほどなくして、実が顔を上げた。
「じきに簒奪者がこの地に訪れることでしょう。しっかりと迎え撃たねばなりませんね」
怪人変身時の口調へと戻した彼に、勇希がきゅっと表情を引き締めてみせる。
「こいつらの恨みも預かって、散花をやっつけないとな! よーし、次も頑張るぞ!」
怨霊武者の軍勢を倒し切った今、散花はすぐにでもこの場所に現れるに違いない。一度は鎮めた戦場も、彼女の来訪によって、再び殺気の渦中へと投げ込まれよう。
●氷に閉ざす
魂を怨念に支配された亡霊は黒泥に殺意の炎を宿し、人の形を成す。
「ひーふー、みー……中々の数だなァ?」
いっそこの空間を、そのまま敵を襲う嵐に変えてしまおうか。
溢れ出す怨霊武者に、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)がクカカと笑う。
アゥロラ・ルテク(絶対零度の虹衣・h08079)も敵の群れを観察した。ざっと確認したが、100体程度は居るだろうか。
この状況下でも二人は冷静だ。
「悠長に笑ってる場合ですか?!」
一方で、シスピ・エス(天使の破片・h08080)の顔は蒼褪めている。彼は次々に増える敵の数に慄いていた。
シスピの反応にウィズは首を傾げる。
「慌ててるけど、お前。シチリアの決死戦よりマシじゃね?」
それはそうだ。戦場の質が全く違う。絶対死がない今回の方が遥かにマシだ。ウィズの正論にシスピは言葉に詰まる。
「いえ、あの、まぁ……天使病の決死戦に比べたらまぁ……確かにそうなのですが……」
「だろ?」
だが、シスピが言いたいのは戦場の質ではない。あくまで見た目の問題だ。
「理屈じゃなくても、いっぱい来たら引きますよ?!」
真っ当な感覚である。シスピの主張をアゥロラは耳に入れた。だが、それだけだ。何やら騒いでいるなと思うだけで、それ以上でもそれ以下でもない。その辺に置いておこう。逆に考えるのだ。騒ぐ余裕があるならば問題ないと。
ウィズもさほど気にしていないようで、さらっと流した。
「それじゃ、ま。一気に行くぜェ!」
戦闘態勢に移行する。シスピは小さく息をついた。ウィズとアゥロラの度胸には敵わない。
「お二人の邪魔にならないよう、僕は上で動きますね」
30mほど上空へと空中ダッシュで移動する。空に浮かび、敵の軍勢をぐるりと見渡した。
シスピが上空に飛ぶ間にも、ウィズは星脈精霊術【|山然《サンゼン》】を発動する。虚無の精霊が産み出す|刻爪刃《コクソウジン》と|融牙舌《ユウガゼツ》は、己の強さに応じて本数を増し、その総数は敵の数を遥かに凌いだ。
「数にはそれ以上の数で、ってなァ!」
黒い霧に似た不可視の刃が無数に飛び、虚無の焔が大火の如く燃え上がった。
刃は攻め寄せる敵を悉く切断し、切り刻まれた敵は黒き焔によって生命力を吸収される。√能力によって生まれた蒸気は敵の熱を奪い、魂の奥底まで凍り付かせた。
氷像が生まれゆく中で、アゥロラが|極光の演舞《ポゼス・アトラス》を展開する。冷気と闇で縞模様を呈した空間、冷気は彼女の領分だ。この空間内であれば全てが凍る。
恐れを知らぬ武者たちが、彼女の領域へと足を踏み入れた。振るわれる刀や槍はストールでいなす。其処に生じた隙に、骨ごと切り裂いて無力化する。
やはり調子が良い。アゥロラは戦いながら思考を巡らせた。虹霓、そして|極光霓《キョッコウゲイ》――切れない布が刃を受け止め力を分散し、余るそれが柔らかに切り裂く。
「さっそく使いこなしてるじゃねェか」
ウィズがニヤリと笑う。アゥロラは頷く代わりに、敵の首を切り落とした。
エネルギーバリアと霊的防護、切断は非常に相性が良い。布の広範囲における機動性も技能に馴染んだ。
白百合の漿石華に込められた力を基に、ストールへと零気を纏わせる。
次の狙いは怨みによって巨大化した武者だ。指揮官クラスを倒せば戦況もより優位に転がる。巨体に布を触れさせるのは容易い。2体を同時に切り裂けば、裂傷から氷が広がった。
ウィズとアゥロラが地上で暴れている。
シスピは零気が齎した氷を目印に、武者の群れから目標を見つけ出した。
「あれが強化個体ですね」
氷に侵された強化個体へと彼は狙いを定める。|星脈精霊術【虹霓】《ポゼス・アトラス》を編み上げ、絶対零度の空間を天と大地の狭間に出現させた。
「元の状態に戻ってもらいましょうか!」
空間引き寄せ能力で、強化個体を『肥大化する怨み』の効果範囲から引っ張り出す。纏う漆黒が消え、強化を解除された体が元のサイズに戻った。瞬間、絶対零度の空間へと叩き落とす。墜落するだけに留まらず、地上に列を成す氷像を横薙ぎに吹き飛ばした。
劈くような破砕音が盛大に響き渡る。並び立つ氷像をなぎ倒すモノが空から来た。アゥロラは攻撃を続けながらも、氷像群が一斉に崩れ落ちる様を見つめる。衝撃に巻き上がった氷片が、ぱらぱらと彼女の頭に降り注いだ。なんともド派手な光景に、ウィズがゲラゲラと笑った。
「ボーリングじゃねェか!」
爆破事故でも起こしたかのような地上の状況に、シスピがハッとする。
「……あ。すみません、アゥロラ! 大丈夫でしたか?!」
慌てて地上へと降り、砕けた氷を浴びたアゥロラへと駆け寄った。浴びたといっても彼女にダメージは無い。身体についた氷を払い、アゥロラはジト目をシスピに向ける。
……コントロールがなっていない、な?
声に出さずとも、シスピにもアゥロラの気持ちがハッキリと伝わった。
「あぁ……視線が痛い!!」
砕けた氷像が無数に横たわる。彼らは黒泥に戻ることも許されず、沈黙の中で凍り付いていた。
ウィズはふと彼らに興味が湧く。
「コレ、喰えるのかね? 物は試しだ」
|闇顎《アンガク》を放ち、捕食する。アゥロラはウィズの食事風景を観察した。見るからに不味そうだが、よく食べるな。
魔力と生命力を吸収し尽せば、吸収された氷像は蒸発したように消え失せる。
「ホラ、綺麗にして置いたぜ? なんつーか、コメントに困る味だったな」
美味いとも不味いとも言い難い微妙な味であった。
主の喰いっぷりをシスピも眺めていたが、背筋が凍り付く感覚にぞくりと震える。
この寒気の正体は――。
「……彼女が、来たみたいです」
間違いない、太刀洗・散花だ。盲目の剣士が闘争の匂いを嗅ぎ付けて、すぐ近くまで来ている。
第3章 ボス戦 『堕ちた剣聖『太刀洗・散花』』