猫が鳴けば鵺起きる
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√妖怪百鬼夜行のとある下町。この町の空き地では、楽しい猫又集会が行われていた。
親分であるでっぷりとした猫又は、大きな尾を揺らしながら周囲を眺める。
「ここ最近は平和でいいな。少し退屈だが……それもまた良しか」
「大きな事件も起きていませんしねぇ。あ、お土産ありますよ」
「お、気が利くな」
化け猫から魚の干物を数枚受け取り、親分は満足げに笑う。そのまま親分は、仲間達へと干物を渡し始めた。その最中、一匹の猫又が受取を拒否した。
「ん? トラ吉、魚いらないのか? いつもなら真っ先に食いつくのに」
「へへ、今日は腹いっぱいでして……またの機会に頂きますよ」
トラ吉と呼ばれたキジトラ柄の猫又は、露骨に視線を泳がせている。親分もその様子が気になったが、別の仲間に声をかけられすぐにそちらへ意識を向けた。
「はぁ……やっちまったなぁ……」
親分が離れてから、トラ吉は大きくため息をつく。
大きな事件は、確かに起きていない。けれど――それが『まだ』だというのとを知っていたからだ。
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「集合ありがとうな。今日は√妖怪百鬼夜行で起きる事件を解決してきてほしいんだ」
そう話すのは赤神・晩夏(狐道を往く・h01231)。緩く手を振り、能力者達を迎え入れている。
「とある猫又が古妖の封印を解いちまったんだ。古妖はまだ目覚めたばかりで、封印の祠から離れていない。今のうちに向かえば、奴が暴れる前にどうにかできるだろうな。だから皆には祠の場所を特定して、古妖を退治して再封印してきてもらいたい」
古妖を祠の近くで退治すれば、そのまま再封印して押さえつけることができるようだ。そのためには、まず情報を集めなければならない。
「事件を起こした猫又は、猫又や猫妖怪が集まる集会によく顔を出してるらしいぜ。皆にも集会に向かって、その猫又から祠の場所を聞いてほしいが……なんでもその集会、『猫以外は出禁』らしい。ということで、はい」
晩夏が少し申し訳なさそうに取り出したのは――ふわふわの猫耳カチューシャだ。
「例の集会は『猫以外の者は、猫になりきれば参加してもいい』ってルールなんだ。というわけで、猫要素のない能力者はこういうアクセサリーとかで猫要素を付け足してくれ。多分語尾に『ニャン』とかつけるのも歓迎されると思う」
緩いのか緩くないのか分からないが、情報収集のためには猫にならないといけないようだ。
ちゃんと猫要素をつけて集会に向かえば、猫妖怪たちは快く話に乗ってくれるだろう。
「古妖の封印を解いた猫又は、美味いものにつられてやっちまったらしい。自分の行いがしょうもないことは分かってるから、それを誤魔化そうとしてるだろうな」
集会でソワソワしている猫又がいれば、それが犯人だろう。問い詰めればぽろっと情報を吐きそうだ。
「だから情報を聞き出すのは簡単だと思う。時間には余裕があるし、ちょっと集会を楽しんできてもいいんじゃないか?」
猫又や猫妖怪達は、遊んでくれる相手なら大歓迎のようだ。お土産を持って行ったりしても喜ばれるだろう。
「無事に祠の場所が分かったら、そのまま向かってくれ。ただ、道中では妨害が起きる可能性が高い」
古妖はまだ祠から離れていないが、他の妖怪に指示を出すくらいはできるらしい。そのため、祠に使う最中に何かしらに遭遇する可能性は高い。それを乗り越え、古妖の元に向かう必要がある。
「祠で待ち受けてるのは『鵺鳥・漂』って奴だ。見た目は子どもみたいだが、危険なやつだからちゃんと退治してくれよ」
古妖を退治すれば一件落着。やらかした猫又も、一度事件が解決すればきちんと自分の行いを反省するだろう。
「説明はこれくらいかな。それじゃあ準備はいいか?」
晩夏は背筋を伸ばし、能力者達に頭を下げる。
「気をつけて行ってきてくれよ。あ、猫耳カチューシャはたくさんあるからな」
――いざ行かん、猫の集会。
第1章 日常 『猫又集会』
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猫又集会が行われている空き地には、すでに多くの猫妖怪が集まってきていた。
日光がちょうどよく当たる場所では猫又達が身体を丸め、雑談したりうたた寝したりしている。その近くでは化け猫の親子連れがいて、子猫達が母親に見守られながら走り回っていた。
魚の干物を食べつつのんびりしている者もいるし、白くて大きな猫又親分に挨拶している者もいる。親分も仲間達に声をかけたり、ここ最近の噂を集めたりしているようだ。
建物の陰になる辺りには、キジトラ柄の猫又が佇んでいた。彼は他の仲間と話さず、一人でやたらとソワソワしている。
この集会は『猫以外出禁』だ。
古妖の情報を集めるにしても、猫妖怪達と戯れるにしろ、何かしら猫っぽい要素がなければ許されない。
その代わり、きちんと準備していけば手厚い歓迎を受けることができるだろう。猫妖怪達は好奇心旺盛で、礼儀正しい客人を拒まない。
ここから先に進むために、まずは――猫になろう!
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艷やかな黒髪に同じ色の猫耳を乗せ、神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)はゆっくりと深呼吸する。
彼女の眼前に広がるのは、猫妖怪の楽しい集会。今日はここに“猫として”混ざりに来たのだ。
しっかりと意識を整え、境華は空き地へと足を踏み入れる。彼女の頭上の猫耳を見て、妖怪達は納得したような、安心したような声をあげた。
「よろしくお願いします」
丁寧に声をかけてから、境華は日向に腰掛ける。周囲には日向ぼっこを楽しむ猫妖怪の姿があった。
一緒におひさまの光を浴びながら、のんびり、のんびり。可愛い猫と柔らかな情景に、境華の表情も和らぐ。
そうしてのんびりしていると、数匹の猫又達が集まってきていた。どうやら人懐っこい性格の子が集まってきているようだ。
ごろん、とお腹や背中を晒す猫妖怪の姿を、境華はじっと見つめる。
「……触ってもいいです、にゃん?」
語尾をつけるのは少し恥ずかしいけれど、こういう時にしかできない体験はしてみたほうがいい。境華の言葉に、黒い毛並みの猫又が鳴き声で返事した。
それでは、と手を差し出し、まずは背中をひと撫で。猫又の体温は本物の猫と変わらず温かい。けれど毛並みはちょっと硬くて、不思議な感触がした。
「おねえさん、こういう風に撫でてみるニャン」
「こ、こうですにゃん?」
他の猫からも指導を受けて、オススメの撫で方も教えてもらう。撫でられてる黒猫は、気持ち良いのかゴロゴロと鳴いていた。
そのうち他の猫も集まってきて、撫でて、撫でて、とせがんでくる。境華は猫又達の要望に丁寧に応えつつ、周囲の様子を探る。
少し日向から外れた場所には、仲間の様子を見つめる三毛猫姿の化け猫がいた。境華は一度猫達に断ってから、三毛猫の方へ歩み寄る。
「こんにちはにゃん。一人でのんびいしているんですにゃん?」
「いや、いつもにゃら元気なやつがボンヤリしてるから、どうしたのかにゃーって」
三毛猫の視線の先にはソワソワしているキジトラ柄の猫又が――あれが件の猫又だろうか。
境華は化け猫と共に猫又の元に近づき、笑顔を向ける。
「こんにちはにゃん。一緒に遊ぶにゃん?」
「い、いや。オレはいいよ。ありがとな」
「そうですにゃん。遊びたくなったら、いつでも言ってくださいにゃん」
境華の気遣いに、猫又は申し訳なさそうに頭を下げる。今は楽しい遊びの場だ、無理に話を聞き出す必要はないだろう。
けれど、あの猫又もいずれ必要な情報を話すはず。その時に備え――境華は楽しみながら、しっかりと仕事もしていくのだった。
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不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)は頭に乗せたふわふわ猫耳の感触を確かめ、少しそわそわとした様子を見せる。身体を動かせば、それに合わせて付け尻尾も揺れた。
猫に変身することには慣れているが、猫耳をつけるというのは――なかなか気恥ずかしい。
大丈夫でしょうか、と何度か猫耳に触れるちるはの横では、同じく猫耳をつけた和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)が佇んでいた。彼の視線はまっすぐにちるはへと注がれている。
(思った通りだ……)
可愛いちるはが可愛い猫耳をつければ、その相乗効果は無限大。見たかった光景が目の前に、予想していたよりも遥かに輝くような形で現れている。この光景を見るために依頼に赴いたといっても過言ではないのだ。
ちるはは蜚廉の視線に気づき、小首を傾げる。合わせて猫耳も傾く様に、蜚廉は思わず咳払いする。
「蜚廉さん、大丈夫ですか? 何か気になることでも……」
「と、すまニャい。そうだったな。少しぼんやりしていた。勿論、本文は忘れてニャいとも」
自分の黒猫耳に触れる蜚廉の様子に、ちるははほんのり頬を赤く染めつつ微笑む。
「なんだか不思議な感じですね。ですが、ハロウィンの時の『猫耳蜚廉さん』が今ここに見られて嬉しいです」
「ああ、あれか。ちるははよく似合っているが、我は……どうだろうか」
「全力姿勢の蜚廉さん、かわいいです。やはりねこはすべてを受け入れてくれます」
小さく拳を握りつつ頷くちるはの様子に、蜚廉の表情も和らぐ。二人で頷き合うと、合わせて猫耳が動く様も愛おしかった。
こうやってほのぼのとした時間を過ごすのも心地良いが、今回猫ちゃんになっているのは依頼のためだ。ちるはは手荷物を掲げ、その中身を蜚廉に示す。
「お手土産はうちのねこちゃんがすきなものなど用意しました。蜚廉さんはどうですか?」
「猫とはいえ、妖だからニャ。玩具では気を惹きにくいかと思い、煮干しを選んでみたニャ」
二人とも用意したのは煮干しや鰹節といった食べ物だ。しっかり準備ができたことを確認し、顔を見合わせて頷き合う。
ふわふわの耳と尻尾を揺らし、向かうは猫又集会だ。
集会の会場では、猫妖怪達がのんびりのびのびと過ごしている。
二人は入口に立ち、周囲の猫達に頭を下げる。
「ええと、お手土産もお持ちしました……にゃん。よろしくお願いします、にゃん」
「共にのんびり過ごさせていただきたいニャ」
ちょっぴり語尾に照れるちるはと、堂々と語尾をつける蜚廉。どちらの様子も猫達にとっては好意的に受け取られたのか、快く集会に参加させてもらえることとなった。
二人が向かったのは、猫又達がのんびりと日向ぼっこをしている辺り。軽く挨拶をして、適当な場所に腰掛ければ――好奇心旺盛な猫又達が集まってきた。
「お二方とも、ナイスな猫っぷりにゃ。お土産、いただいてもよろしいにゃん?」
「はい、どうぞですにゃん」
ちるはが手土産を渡していけば、猫又達は目を輝かせて喜ぶ。ゴロゴロ喉を鳴らす様子は素直だ。
そんなやり取りの隣では、蜚廉がやんちゃn猫又や化け猫と交流していた。
「お兄さん、ツワモノの匂いがするにゃ。一緒に遊ぶにゃ!」
「ああ、もちろん構わないニャ……こういうのは、どうニャ? 耐えられるかニャ?」
蜚廉が大きく身体を揺らせば、彼の触覚もユラユラと揺れる。その動きに――猫妖怪達は一瞬にして本能を剥き出しにした。
元気いっぱい飛び回る猫達と、それに負けじと応戦する蜚廉。アクロバティックな光景に、どんどん猫達も集まってきている。
ソワソワしているキジトラの猫又も、これだけ騒ぎになれば自然と意識を向けているようだ。その様子を、ちるはは見逃さなかった。
(きっとあの方ですね。あとでお話をお伺いしましょう……その前に)
ちるはの視線はたっぷり猫妖怪と戯れる蜚廉へと向けられる。彼もこの遊びを全力で楽しんでいるようだ。
「おにいさん……なかなかやるにゃ!」
「ふふ、妖と聞いて構えていたが、案外普通の猫と変わらぬのだニャ。満足して貰えたようでニャによりだ」
猫達との遊びが落ち着いたところで、蜚廉の耳に入るのは――小さな、けれど愛らしい鳴き声。
「……にゃん、にゃん」
「ん? ……!」
声の方に顔を向ければ、ちょっとだけ伏し目がちなちるはがいた。ちるはは蜚廉にぎゅっとくっついて、彼の顔を見上げる。
「遊ぶのもよいですが一緒にのんびりしたい、にゃん」
「ン゛ン゛ッ」
ちるはからのネコハラを受け、蜚廉は思わず噎せる。あまりにも、目の前の光景が素晴らしすぎたからだ。
「も、もちろんだニャ。まだ時間はあるニャ、少しのんびりしていこう」
「ありがとうございますにゃん。日向ぼっこ、していきましょうにゃん」
暖かい場所に腰掛けて、少しだけのんびり。盛り上がった猫又達も遊び疲れたからか、二人からのお土産をいただきつつのんびりしているようだ。
ここから先は、古妖封印のための戦いが始まる。
けれど――のんびり猫さん気分で落ち着く時間も、能力者たちには必要なのだ。
第2章 集団戦 『道を塞ぐ猫』
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「……皆さん、能力者なんですね」
能力者達が猫妖怪と交流している様子を見ていたのか、キジトラ柄の猫又――トラ吉が歩み寄る。その顔には、深い後悔の色が滲んでいた。
「皆さんの力を貸してください! オレ、古妖の封印を解いちまったんです、ごめんなさい!」
自身の行為に耐えきれなくなったのか。トラ吉は土下座をしつつ、能力者達に事情を話す。
トラ吉が隣町を散歩していると、封印されていた古妖に声をかけられたらしい――美味しいものをお腹いっぱい食べられるだけ集めてくるから、封印を解除してほしいと。
食い意地の張ったトラ吉はその誘いに乗ってしまい、古妖を解き放ってしまった。異様な気配を感じたトラ吉はその場から逃げ出し、流れで集会に参加していたようだ。
「隣町にある小高い丘のところに、小さな祠があるんです。場所は分かりやすいんで、迷わず行けると思います。どうか、古妖を封印してください……!」
「おい、古妖がどうとか聞こえたが……トラ吉、どういうことだ!」
何度も土下座するトラ吉の元に、集会の親分が近づいてくる。親分はトラ吉から事情を聞くと、能力者へ向けて頭を下げた。
「うちの仲間が迷惑をかけて申し訳ない。だが、俺らじゃ古妖はどうにもできねぇ。俺からも頼む、どうか力を貸してくれ!」
その願いを能力者がどう受け取ったかはそれぞれだろう。
しかし、目的地は決まっている。
トラ吉が伝えた祠に向かい、古妖は封印しなければならない。
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そうして隣町に向かい、祠へ進む最中。ふいに現れたのは――巨大な猫妖怪の群れだった。
「通せんぼしたら美味しいものがもらえるって聞いたニャ! ここは通さないニャ!」
巨大な猫妖怪、『道を塞ぐ猫』は絶妙に身体をしならせ通せんぼしている。彼らも古妖に騙されているようだ。
封印の祠に向かうためには、先へ進まなければならない。どうにか『道を塞ぐ猫』の対処をしなくては!
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巨大猫妖怪達はやたら長い胴体をしならせ、能力者達の行く手を阻む。
そんな不可思議な光景を前にして、神隠祇・境華は目を丸くする。とりあえず、先に進ませてもらいたいのだが――。
「こんにちはにゃ……、あ、こんにちは」
猫耳は既に外しているが、猫気分は抜けきらない。思わず熱くなった頬に軽く手を添えつつ、境華は猫達に挨拶する。
「きちんと挨拶をするとは殊勝な人ニャ! でもここは通さんニャ!」
軽く会釈をしたら、改めて猫妖怪達はうねうねしだす。けれど今の反応は境華にとって望ましいものだった。彼らは礼儀作法を弁えており、対話ができる。
(話し合うことができるなら、誤解もきっと解けるはずです)
戦うよりも、穏便に済ませられるならそちらのほうがいい。境華は懐からお菓子を取り出し、猫たちの前にそっと差し出す。すると――うねうねしていた猫達は動きを止めて、じーっとお菓子に視線を向けた。古妖に騙された理由が理由だけに、食い意地が張っているようだ。
「皆さん、こちらのお菓子を差し上げます。だから、私の話を聞いてくれませんか?」
「ムム……おやつ貰っちゃ駄目とは言われてないニャ。分かったニャ、話くらいなら聞いてやるニャ」
猫が対話に乗ってきたのを確認し、境華は微笑みながらお菓子を手渡す。気づけば、場の雰囲気も和らいでいた。
美味しいおやつをもらった猫たちは、気を緩ませている。そんな彼らの様子を見ながら、境華は慎重に言葉を紡いだ。
「皆さんは古妖と約束して、通せんぼをしていたのですよね。ですが、その約束は本当に守られるでしょうか」
「ムムム、確かにこう、ふわっとした約束だったかニャ……」
「もしこのまま古妖が祠から出ていけば、約束も守られず、皆さんにも何か困ったことが起こるかもしれません」
境華のしっかりとして、それでいて優しさが含まれた言葉に、猫たちも互いの顔を見合わせつつ反応を示す。
片や曖昧な約束だけで自分達を使う古妖。片やしっかりおやつもくれて、きちんと話をしてくれる境華。
どちらが信頼できるかは――誰だってわかるだろう。
「よければ、先に進ませてくれませんか。この土地に住む猫妖怪、皆のためにも」
「……よし、わかったニャ。おねえさんを信じるニャ!」
猫妖怪たちはざざっと道の端に避け、祠へ続く道を示す。その光景を前に、境華は深く頭を下げた。
「信じてくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ。気をつけていくニャ!」
こうして猫妖怪に見送られつつ、境華はまっすぐ先へと進むのだった。
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通せんぼする猫妖怪達から悪意は感じられない。彼らが語っている理由は本当なのだろう。
美味しいものがもらえたら嬉しい。だから頑張る。そんな普遍的な感情につけ込むとは、古妖はなかなかの策士らしい。不忍・ちるはは胸に手を当て、小さく息を吐いた。
「なんというか、同情してしまいますね。猫さん達が抱いたのは、抗えない感情ですから」
「そうだニャ。それに加え、猫の妖怪を配置するとは……ニャる程、良い策を練るではニャいか」
和紋・蜚廉も腕を組みつつ頷く。此度の依頼に来るような者は、猫好きが多いだろう。そこを突いてくるのも厄介だ。
――と、互いの所見を語り合っていたつもりだが、ちるはは目を丸くしつつ蜚廉を見上げている。
「……どうしたニャ?」
「蜚廉さん??? その、口調が……」
「ニャに、口調……???」
ちるはに指摘され、蜚廉はようやく自分が何を語っていたかに気づく。思わずゴホンと咳払いをするが、しかし蜚廉の口調は変わらない。
「先程|猫耳《ちるは》を堪能したからニャ、その余韻だろう」
「私もずっとねこさん蜚廉さんを堪能させてもらってます」
ねこさん気分に真剣で、遊び心を忘れず、けれどいつも通りの頼もしさも変わらない。そんなねこさんモードの蜚廉が愛らしく、ちるはは小さく微笑む。
そのままちるはが背伸びをすれば、何かを察した蜚廉が軽く頭をちるはの方へと傾ける。するとちるはの白い手が蜚廉の頭に触れ、そのまま撫でた。
なんとなく柔らかく優しい空気が流れ――しかし、二人の様子を見守っていた猫妖怪達は流されきらなかった。
「ハッ。なんかふんわりした空気になってるニャ、けど通せんぼは変わらないニャ!」
「……はっ、私もぼんやりしていました。あの猫達には他人の思考を操作する能力を持っているようです。私もその影響を受けていましたね」
「…………うむ。早く気づけてよかったニャ」
妖怪達の声に気づき、姿勢を正すちるは。そんな彼女の様子に蜚廉はコクコクと頷く。猫妖怪達は「まだニャにもしてないニャー」とか思っていたが特に突っ込まなかった。
しかし、戦いは戦いだ。猫妖怪は表情をキリッとさせると、ふわふわの身体を大きく揺らす。
「フッフッフ、本格的に足止めしてやる……ニャア~」
妖怪達が発するのは魅惑の猫撫で声。聞いた者を魅了する、世にも恐ろしい攻撃だが――。
「えいっ」
ちるはの右手が周囲を薙げば、猫撫で声は二人の心までを侵さない。これぞ不忍術 陸之型、敵の能力をかき消す一手だ。
「ニャに!?」
「運のない……いや、運の良いタイミングで現れてくれたニャ」
驚く妖怪達の元に、蜚廉とちるはが一気に飛び込む。猫達が慌てて攻撃を放とうとしても、それはすべてちるはの右手がかき消すだろう。
かくなる上は物理しかないか――妖怪がそう考えるより早く、蜚廉が動いた。
「普段ニャら倒しているところだが、今回は違う。思う存分に、愛でさせて貰うぞ」
先程の暖かいやり取りのおかげで蜚廉の生命力は十分。それらを放てば、猫妖怪達の動きはピタリと止まった。
その隙に潜響骨と翳嗅盤で猫妖怪の好みを察知し、翅音板を鳴らす。周囲に響くのは、猫が好む周波数の音だ。
思考を止められ、心地の良い音を聞けば妖怪達はふにゃりと寝転ぶ。大きな猫がゴロゴロする様はなかなか迫力があった。
「ほら……段々と、愛でられたくなってきただろう?」
「ニャニャ、抗えニャイ……」
猫妖怪はお腹を上にして、すっかりなすがままモード。ちるははそのうちの一匹に近づき、ふかふかのお腹に顔を埋めた。
「では、遠慮なくもふもふさせてもらいますよ……すごいです、ぎゅーできないサイズ感……」
「ふにゃあ……」
ちるはが全身でふわもふを堪能すれば、合わせて猫妖怪もゴロゴロと喉を鳴らす。
「うむ、良い子ニャ。どんどん撫でる故、黒幕について知っている事があれば教えて貰おうかニャ」
「うにゃあ、僕らもあんまり分かってなくて……鵺らしいけどニャア」
「そうか……教えてくれてありがとうニャ」
蜚廉も猫達を撫でつつ、妖怪達から話を聞く。しかし彼らも騙されているだけで、あまり状況は理解していないようだ。そんな会話を聞いて、ちるはもはっと表情を引き締める。
「そうですね、とおせんぼ頼まれた古妖さんはどちらにいます?」
「道なりに進んでいけば、祠があるニャ。そこにまだいるはずニャア」
「ありがとうございます。お礼といってはなんですが……もっともふもふさせていただきますね」
ちるはも情報収集をしつつ、スキンシップも忘れない。満足げなちるはの様子を見て、蜚廉もどこか満足そうに頷いていた。
結局悪いのは皆を騙した古妖であり、ここにいるのは人懐っこい猫妖怪だけ。
猫妖怪も二人からのなでなでに満足したのか、これ以上戦うつもりはないようだ。
それならあとは、先へと進むのみ。けれど、あとちょっとだけ。
「最後にもう一撫で……させてもらいましょうか」
「ああ、そうだニャ。彼らも満足そうだし」
しっかり猫達をふかふかさせてもらって、ちるはと蜚廉の気合も十分チャージされていくのだった。
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髪をふわりと揺らしつつ、誉川・晴迪(幽霊のルートブレイカー・h01657)は戦場へと足を運ぶ。
戦場、といっても、大きな猫妖怪が通せんぼをしているファンシーな空間だ。妖怪達は真剣なのだが、なんだか空間全体の空気が緩い。
「通せんぼニャ! 美味しいものがかかってるんだニャ!」
「……なるほど、事情は大体把握しました」
猫妖怪達は悪い古妖に騙され、能力者達を通せんぼするように命令されている。彼らに悪気がない以上は、血腥い手段では解決しないほうがいいだろう。
ならばちょっと脅かすくらいがちょうどいいだろうか。そう判断した晴迪は、夜の微風とユーレー霧を周囲に展開していく。
大きな猫がウニョウニョする空間は夜の空気に包まれ、気配をどんどん曖昧にさせていく。
猫達も妖怪である以上、この手の空気には敏感だ。唸るように声をあげ、周囲を警戒しているらしい。
「な、なんだか周りがよく見えないニャ。インビジブルが見えないと困るニャ」
「さっきの能力者はどこニャ?」
どんどん夜の気配が濃くなり、猫達の不安も広がっていく。こういう時こそ――幽霊の出番だろう。
晴迪は魂魄炎を呼び出し、彼らに手短に命令を下す。
「あの妖怪達を倒す必要はありません。ちょっと脅かしてあげてください」
魂魄炎はゆらゆらと炎を揺らがせ返事する。晴迪もその様子に満足気に頷き、自らの力を魂魄炎へと分け与えた。
「ゆるりと、楽しみましょう」
こうして始まるのは――ユーレー宴安の舞だ。
魂魄炎は幻の中から姿を現し、次々に猫妖怪を驚かせていく。
「フニャー!?」
「ワニャー!!」
ある猫は驚いてそのまま逃げて、ある猫はそのまま気絶して。幸い誰も怪我することなく、見事に猫妖怪は道を開けていく。
その間をふらりと通り抜けつつ、晴迪は少し首を傾けた。
「……あとで事情を説明して、お詫びもしましょうか」
おやつでも持っていって話をすれば、猫達も納得してくれるだろう。
そのためにも――まずは黒幕を倒しに行かなくては。
第3章 ボス戦 『鵺鳥・漂』
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能力者達は無事に先へと進み、古妖がいる祠まで辿り着くことができた。
事件の首謀者である鵺鳥・漂は祠の前にジッと座り込み、力を蓄えているようだった。
漂は能力者達に気づくと、立ち上がり笑顔を向ける。
「あら、ここまで来ちゃったか。あのキジトラ君がバラしたのか、通せんぼ隊が失敗したのか……使う相手は選ばないと駄目だね。けどちょうど良かったかな。私もお腹空いてたし、復活最初の食事は君達にしよう! その後はあの猫ちゃん達も食べて、完全復活だ!」
漂の笑顔は無邪気に見えて獰猛だ。彼女は能力者達を、餌としか認識していない。
彼女を再び封印しなければ、間違いなく惨劇が起きる。
どうにかこの邪悪な古妖を倒し、事件を解決しなくては、
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古妖はまったく悪びれることなく、何事もないように残虐な言葉を紡ぐ。
その意味は理解できる。けれど思考よりも早く、神隠祇・境華の胸の奥に広がるのは冷たい感覚だ。
さっきまで一緒に日向ぼっこした、喉を鳴らしながら寛ぐ猫達。ここまで関わってきた、大きな猫達。
誰もが最後には安心しきった瞳でこちらを見上げてきた。彼らの柔らかな毛並みの感触だって、今も覚えてる。
――あの穏やかな時間を、騙して利用して、食べようとするなんて。
胸中の冷たさを糧にして、境華の内に沸き起こるのは強い思い。これはきっと、許せない、という気持ちだ。
「あの子たちを……蹂躙させるわけにはいきません」
「ああ、君にはそういう風に取られたのかな。大丈夫、猫達をいじめるつもりはないよ。ただ、弱肉強食ってあるじゃない?」
境華の決意を受け流し、ケラケラと笑う漂。その声すらも、境華の思いをさらに強めることとなった。
戦うことは好きではない。でも、守るべきものがあるのなら――境華は迷うことなく頁を手繰るのだ。
ゆっくりと、けれど深く呼吸をして、境華が手に取るのは一枚の頁。
「物語を我が身に――光裂く槍よ、我が歩みにその矛を一時宿したまえ」
詠唱に合わせ、紙片は英雄の槍に変わり、境華の手の中で輝く。その光に照らされれば、境華の胸中から冷たさは去り、代わりに確かな熱が宿った。
「わ、格好いい槍だねー。それなら……こういうのはどうかな!」
漂は鵺の祟りを周囲に漂わせ、辺りで一番殺傷力の高いもの――高所にあった岩を境華へと差し向ける。
凄まじい勢いで迫る岩に対し、境華は逃げたり隠れたりもしない。ただ静かに槍を構え、動く時を待った。
(古妖は祟りを広げることに集中しているはず。でしたら……)
グッと槍を握る手に力を籠め、境華は意識を集中させる。物語の英雄も、このような時は堂々と立ち回るはずだ。
そのイメージ通りに槍を突き出せば、岩は見事に弱点を突かれ砕け散る。その様子に、漂は目を丸くしていた。
「あれ、なんで!?」
「私は、行動で示します。猫たちの穏やかな日常を守るために。この土地に住む者たちの頁を守るために――」
他者を餌と認識し見くびる古妖に、してやることはたった一つ。
境華は一気に漂の懐へと飛び込み、槍を突き出す。
境華の思いを籠めた一撃は、見事に悪しき古妖を貫いたのだった。
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激しい戦いが繰り広げられる戦場に、ふと重い音が響く。
古妖が思わずそちらに視線を向けると――そこには大きな土埃が舞っていた。その中心に佇むのは、重甲を身に纏った古衛・早希(重甲老兵・h00480)だ。
早希は古妖退治の依頼を聞きつけ、この戦場へと舞い降りた。彼女の佇まいを見つめ、古妖は目を細める。
「ヒーロー参戦って感じかな? これ以上敵が増えたら厄介なんだけど……!」
「ええ、お前のような敵は力を合わせて着実に倒す。それが一番有効でしょうから。遠慮なく、戦わせていただきますよ……」
早希の口調は穏やかだが、その内には確かな芯が感じられる。その気迫を感じ取り、古妖は険しい表情を浮かべた。
「ならこっちも遠慮なく!」
古妖は地面を蹴り、蛇の尾を差し向けつつ早希へ迫る。おそらく牽制攻撃で早希の動きを止めるつもりなのだろう。
ならば、それより早く動かなければ。早希はすかさずヘビー・ブラスター・キャノンを呼び出し、その砲口を古妖へと向ける。
今優先すべきは、威力よりも命中率。早希は一基のキャノンだけを操作し、そこから放つ光で古妖の進行を止めた。
「ぐっ……!」
牽制攻撃をしかけるつもりが、自分の方が牽制されてしまった。古妖も頭ではそう分かっているが、身体の方は追いつかない。
そこにすかさず早希が肉薄し、ソードブレイザーを構える。
「嘘、声の割に……動きが速すぎる!?」
「これでも、ベテランですからね。いろいろな状況に対処してきたんですよ」
早希は古妖の動きに即座に対応したのではなく、相手の動きを計算して動いていた。
重甲を纏っても、肉体年齢による負荷は避けられない。けれど早希が重ねていた年齢は、彼女に多くの知識や判断力も与えていたのだ。
それらを活かし、最大の攻撃を、最高のタイミングで放つ。それこそが早希の戦いだ。
早希は一気に光の剣を振り抜くと、全力で古妖を叩き切った。
古妖もその名の通り、長く生きてきた狡猾な存在だ。
けれど歳を重ねた人間も――その時間の積み重ねで、より強固な存在になることができるのだ。
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「ちっ、早くこいつらを喰って、猫どもも喰わないと……!」
追い詰められた古妖は獰猛な本性を隠さず、獣めいた表情で能力者たちを睨む。
そんな彼女へ向け、和紋・蜚廉も不忍・ちるはも険しい視線を向けていた。
「あの素晴らしき|猫耳《ちるは》を……」
「あの素晴らしき|ねこねこ口調《蜚廉さん》を……」
心の中で思っていたことが思わず小声で溢れ、軽く咳払いしつつ誤魔化す二人。もちろん相手のことを想う気持ちも大きいが、強い使命感も抱いている。
「……あの素晴らしき集会を台無しにするなど、その様な悪事はさせぬ」
「……ですね、集会のためにも阻止しましょう」
封印を解いたことを悔いたトラ吉に、美味しいものにつられて通せんぼしていた猫たち。そういえばトラ吉も同罪だった気がするが、それは一旦置いておいて。
ここまで関わってきた猫たちのためにも、ここは一歩も引くわけにはいかない。
「いくぞ、ちるは。邪悪な古妖に、躾の時間だ」
「はい、参りましょう。古妖さん、ごはんで騙すのはダメです!」
蜚廉の構えとちるはの言葉に、古妖は苦虫を噛み潰したような表情を返した。
「騙されるほうが悪い、でしょ」
「だとしても、みんなでおいしく食べるものを嘘に使ってはいけません! めっ! です!」
ぐっと拳を握り、そう力説するちるは。いつになく怒りを示すちるはの様子につられるように、蜚廉の身体にも力が漲る。
「……うむ、その通りだ」
「は、イチャイチャしちゃって。わかったよ、それじゃあまとめて喰ってやる!」
古妖も嘲笑と怒りの言葉を返し、勢いよく二人の方へと駆け出す。いよいよ最後の戦いのようだ。
古妖は勢いよく駆けつつ、蛇の尾を不自然に動かしていた。その様子を察知し、蜚廉はちるはにアイコンタクトを送る。
ちるはも頷きで返事を返し、身を低くしていつでも走り出せる姿勢を取った。
古妖はまず蜚廉に食らいつく――フリをして、蛇の尾を突き出す。
「驚け!」
「いや、驚くのは汝の方だ――我が掌中にて、空へ羽搏く影を穿つ。 墜ち行く先の、|運命《さだめ》を知れ。先ずは、背後を下と認識するがいい」
蛇の動きを読み、蜚廉が撃ち込むのは逆墜。蛇はまともに攻撃を喰らい、思い切り後方へと引っ張られた。
それにつられるように古妖の動きも鈍り、本体も蛇の尾も目を回す。蜚廉は古妖の背後に回り、彼女をうつ伏せの状態で組み伏せた。
「くそ、離せ!」
「ちるは、次は任せた」
古妖の罵倒を気にせず、蜚廉が意識を向けるのは構えていたちるはだ。ちるはは右掌に力を込めて、古妖へと肉薄する。
「お仕置きといえば……これですね、ろく」
そのまま右掌で古妖の臀部を叩けば、ルートブレイカーの能力が蛇の尾の動きを緩める。
「ちょ、何するの!? 子どもじゃないんだから!」
古妖は痛みに顔を歪めつつも、怒りのままに蜚廉の身体を跳ね除ける。しかし、その動きも予想できていたものだ。
「汝より、子どものほうがよほど理知的だ。それに、意識を見出していいのか?」
蜚廉は潜響骨にて古妖の動きを察知し、次の攻撃の予兆を捕らえる。蛇の尾が無力化され、先程四肢も押さえつけられたとなれば、次はまだ使っていない頭部を使うはず。
その予想は当たり、古妖の頭部に力が集中していく。そこで蜚廉は再び逆墜を発動し、古妖の頭上を『下』と定義する。古妖は空へと落ちそうになるが、その身体は蜚廉が抑え込んで固定した。
その動きに合わせるように、ちるはが迷うことなく腕を伸ばす。空中で固定された古妖に接近すると、今度は――頭を思い切り引っ叩く。
「えいっ」
可愛らしい掛け声と共に放たれるのは、迷いのない不忍術 陸之型。再び能力が無効化され、古妖は反撃の手段を失った。
「この、いい加減に……!」
顔を歪め、怒りを示す古妖。彼女を冷静に見つめつつ、蜚廉とちるはは最後の攻撃の構えを取った。
「ああ、もちろん我らも長引かせるつもりはない。次で終わらせる」
「ねこさんたちが待っていますから……さあ、最後のおしおきです」
蜚廉が改めて逆墜を発動し、古妖の『下』を変える。その位置は――能力者達の元。
定められた法則に従い古妖の身体は動き、滑り落ちるようの能力者へと迫りくる。
そこに蜚廉の拳とちるはの右掌が叩き込まれれば、古妖の肉体は消滅し、魂のようなものが祠へと封印される。
こうして戦いは終わり――能力者達は、無事に猫妖怪達の平和を守り抜いたのだ。
「……終わったな」
「はい、お疲れ様です。このことは、集会のみなさんにお伝えしませんとね」
安堵の息を吐く蜚廉の隣で、ちるはが小さく微笑む。これで猫妖怪達も安心して、のんびり干物を食べつつく休めるだろう。
彼らの元へ向かう二人の足取りは、軽いものだった。
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猫妖怪の集まる空き地には、今まで集まっていた子達に加え、通せんぼしていた子達も集まってきていた。
彼らは事件の顛末を聞き、能力者に頭を下げる。特にトラ吉は何度も土下座していた。
「本当にありがとう! 皆さんは命の恩人だ、この御恩は一生忘れない……!」
今回の件を踏まえ、トラ吉も他の妖怪ももう間違いは侵さないだろう。
猫妖怪達の平和は能力者達の手によって守られ、彼らの穏やかな時間はこれからも続いていくのだ。