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【王権決死戦】降る雪を昏く染めて
「――どうやら、俺達は奴等に踊らされていたようだ」
遠隔操作で呼び寄せたシャドウ・ヴィークルに跨り、デュミナスシャドウは背後の√能力者達を一瞥する。プラグマの弱小組織を乗っ取る形で手勢を増やし、その過程で現れたコウモリプラグマから、もう一本の王劍を奪い取る――そんな彼の計画は、悉く阻止された。
√EDENの能力者からすると偶然による部分も多かったかもしれないが、デュミナスシャドウから見ればどこまでが『狙い通り』だったのか判別することは難しい。星詠みの力を駆使し、そして王劍を手にしてなお上手くいかぬ状況に歯噛みしながら、デュミナスシャドウは愛車を走らせる。
「撤退するぞ。仕切り直しだ」
バイクや戦闘車両で駆け付けた戦闘員達と共に、駅方面へ。
コウモリプラグマもまたこの場を去り、収まらぬ吹雪が激戦の跡を白く染めていく。
だが、戦いはまだ終わっていない。積もった雪を蹴立てるように、新たな轍が刻まれていった。
●追撃戦
「皆さん聞いてください! 王劍『縊匣』の件で進展がありました!!」
集まった√能力者達に向けて、漆乃刃・千鳥(暗黒レジ打ち・h00324)が大きな声で呼びかける。√マスクドヒーローの簒奪者達、コウモリプラグマとデュミナスシャドウ――対となる王劍を所持した双方の争いは、ついに両者の直接対決に至った。
共に策略を巡らせ、衝突する二人。勝者はその王劍を揃え、莫大な力を手にするはずだったが。
「現地に居合わせ、介入した方々のおかげで、それは見事に阻止されました! 目標を達成できなかった両者は、それぞれ手傷を追いながら逃走しています!!」
言うまでもなくこれは最大の好機。現地で戦った√能力者達は既に追撃に入っているものと思われるが、敵側も援軍と合流しており、連戦となる彼等だけでは苦戦は免れないだろう。
「そこで、お集まりいただいた皆さんにも、現場に駆け付け戦いに加わっていただきたいのです!!」
戦場となったのは北海道の滝川市、商店街にあったプラグマの拠点から、デュミナスシャドウは滝川駅の方へと移動している。そこでこちらのチームには、急ぎ滝川駅へと向かい、その頭を抑える形で迎撃してほしいのだと星詠みは言う。既に現地で追走しているチームとうまく連携が取れれば、逃走するデュミナスシャドウに対し挟撃の形を取ることができるだろう。
何とか敵の撤退を阻止し、戦闘の末にデュミナスシャドウを撃破、王劍を奪取することが目的となる。
「先の戦闘で手勢を失ったデュミナスシャドウですが、現在は新たに駆けつけた精鋭戦闘員達と合流しています。まずはこの戦闘員達を撃破し、デュミナスシャドウに肉薄する必要があるでしょう!」
愛車であるバイク、シャドウ・ヴィークルに乗ったデュミナスシャドウと共に、戦闘員達もまたバイクや戦闘用の車両に乗って移動している。直接的な攻撃のほか、『足』を潰すことでも戦場から脱落させることが可能だろう。
とはいえ、手負いの状態のデュミナスシャドウは、配下を削られようが撤退を優先するに違いない。だからこそ、敵に肉薄できれば次の段階に進む必要がある。
「撤退に専念された場合、止める術は無いと言ってもいいでしょう! ですので、皆さんには何とか敵をこの場に引き留めてほしいのです!」
ルートを完全に塞ぐなどして撤退が困難な状態に追い込み、彼の高いプライドを刺激する事が出来れば、決戦の場に引きずり出す事ができるはず。
「デュミナスシャドウの性格等については、直接戦って追撃している方々ならよくわかっていることでしょう!」
特に、一度刃を交え、結果的に煮え湯を飲まされた相手の言葉であれば、デュミナスシャドウも無視はできないだろう。
王劍を揃えることが叶わず、真の実力を発揮できない。なおかつダメージを負ったデュミナスシャドウ。これほどの好条件で戦える場面はそうそうない。だからこそ、ここで確実に決着をつけておきたいところだ。
「とはいえ、デュミナスシャドウが『王権執行者|《レガリアグレイド》』であることは変わりません! 戦いに臨めば√能力者であっても死の危険から逃れることはできません! 覚悟を持ってご参加ください!!」
くれぐれも気を付けるように、と付け足して、星詠みは一同を送り出した。
これまでのお話
第1章 集団戦 『精鋭戦闘員部隊』
●
先の戦いの激しさを映したように、叩きつけるような風が一同を襲う。視界は白く擦り潰され、街路樹は枝という枝に氷の粉を纏っていた。積もる雪によって車道と歩道の境はすでに曖昧で、自動販売機の灯りだけが妙に鮮やかに見えた。
「とりあえず、一番最悪の事態は避けられたみたいですね」
この街に存在していたプラグマの下部組織、それを巡る戦いの末に、事の首謀者たるデュミナスシャドウとコウモリプラグマが刃を交わした――そんな報告を思い返しながら、見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)が呟く。先行した√能力者達の介入によって、その戦いに明確な決着はつかず、双方共に撤退を選んだというのが現在の状況だ。
「余力を残した状態で撤退を選択出来るとは……まだ敵は冷静なようですねっ!」
玉響・刻(探偵志望の大正娘・h05240)が、七三子の分析にそう付け加える。つまりはこちらも油断できない、ということだが、これが絶好の好機であることには変わりない。ディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)もまた、彼女等の言葉に頷いて返した。
「正念場……ですね。微力ながら、お力添えしましょう」
「それでは、ええっと……」
これから起きるであろう敵集団との衝突に備え、七三子は呼び寄せた|戦闘員達《かぞく》と共に拳を掲げる。えい、えい、おー。
戦い前の重要な儀式を終えたところで、一行は滝川駅から敵の進行が予測される通りへと向かっていった。配下と合流し、集団で移動しているデュミナスシャドウ、逃げる彼等の頭を押さえるのがこちらの役目だ。
「うまく挟撃できれば良いのですが……」
こればかりは追走しているはずの仲間達を信じるほかない。七三子は戦闘員達に指示を出し、道の両脇、除雪によって積み上げられた雪の山の影に身を潜ませる。なお激しさを増す吹雪、その向こうを見通すように目を凝らし、耳をすませていた刻は、いち早くそれを察知した。
「見つけましたっ! これ以上は行かせません!」
迫りくる車両のエンジン音、雪を蹴立てる集団の、地鳴りのような振動。間違いなくこちらへと向かっている気配に、刻は素早く刀を抜き放った。
閃く刃は風を斬り、生じた鎌鼬は地を這うようにして雪を、そして吹雪を裂いて飛ぶ。
「今です、やっちゃってください!」
七三子が応じて合図を送り、道の両脇で実体化した戦闘員がワイヤーを張る。横一閃の斬撃と、シンプルながら強力なトラップ、敵集団の先頭を行くバイクはまとめてその足元を狙われて、進路を乱した。タイヤをパンクさせられ、スピードを落とし、ものによっては転倒した先頭集団によって、後続のスピードもまとめて落ちる。
僅かな一手で最大限の効果を――敵集団の一時的な足止めに成功したところで、ディランがその翼を広げた。
『忌刻:邪道ノ業』、巨大な竜へと姿を変えた彼は、空中へと浮かび上がることで自らを敵陣に見せつける。吹雪の中に浮かび上がる巨大な影は、彼等を威圧するには十分なもの。
「待ち伏せされていただと……!?」
「怯むな、撃ち落とせ!」
慄く戦闘員達を、中に混ざる精鋭達が叱咤する。√能力者達の奇襲にようやく対応し始めた彼等は、部隊を指揮する精鋭戦闘員を軸に反撃に出始めた。車両から降りてくる雑兵達に、ディランは先んじて斬撃を飛ばすことでそれを封殺する。牽制に留まらない攻撃が敵を蹴散らすが、相手は頭数で以てそれに抗う。
空に舞うことで身を晒したディランに、後続も含めた敵集団が毒の弾丸を撃ち込み、防御を破ったそれが異形の身体に喰らい付く。侵食する猛毒、だがそれでもなお打ち振るわれた翼が、烈風を巻き起こして銃を構えた敵陣を掻き乱した。
ディランが目立つ形で動いてくれた分、他のメンバーは行動の自由度が増している。乱戦の様相を呈し始めた戦況を見遣り、七三子は小さく呟いた。
「これで一応狙い通り、ですね」
この混乱状態であれば、デュミナスシャドウが仲間を見捨てて単騎での脱出を図ったとしても、そのスピードを削ぐことはできるだろう。とはいえ、「逃がさない」と言うにはまだ早い。より深く詰め寄り、包囲して逃げ場を塞ぐのが最善か――。
「ええい、そこをどけ!」
精鋭戦闘員の一人がこちらに銃を向けるのを察知して、七三子は一旦思考を打ち切る。
「見えてますよ?」
視界を共有していた幻影と、入れ替わる形で射撃を逃れる。瞬時に敵の背後へと転移した彼女は、その背中を押し出すように蹴り付けた。たたらを踏んで、精鋭戦闘員が体勢を崩す。怒りの声を発しながら振り返ろうとした彼だったが、黒ずくめの戦闘員ではなく、黒い霊蝶を纏った少女がその前に立ちはだかる。
閃刃・告死蝶。鞘に収められた刃が音もなく閃き、横薙ぎの一撃が精鋭戦闘員のプロテクターを貫いた。
「ぶ、部隊長がやられたぞ!」「そいつを捕まえろ!」
周辺の兵隊達が泡を食った様子で刻を取り囲み始めるが、蝶と共に舞う彼女を捉えるにはいささか遅すぎる。
「残念ですが――」
捕まりませんよ、という言葉の代わりに鋭い旋風が吹き荒れて、鎌鼬が戦闘員達の脚を切り裂いた。
こうして七三子と刻が撹乱に回る中、ディランがその剛腕で以て、足並みの乱れた相手を薙ぎ払う。まとめて吹き飛ばされた者達が壁に叩きつけられて、衝撃で崩れた雪がまた降り積もっていく。
広範囲を巻き込んだ麻痺効果、そして怪力による攻撃で敵を打ち払いながら、ディランは戦場を見渡すように首を巡らせる。待ち伏せ、および迎撃は概ねうまくいったと見ていいだろう。だが吹雪の向こうにデュミナスシャドウの姿は未だ見えず、その動きは把握できない。
死角からの奇襲を受けぬよう神経を尖らせながら、ディランは仲間とその情報を共有する。敵陣の後方、微かに見えるそこでも動きが見える。きっと追走していた味方が追いついてきたのだろう。
白き嵐の彼方で、戦いはなお続いている。潜む影を暴く時は、そう遠くないだろう。
●
「えっ……凄い力強く逃げるじゃん……」
刃を交えた相手が決然と撤退するのを目の当たりにして、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)がそう呟く。最悪の場合は撤退戦になることも視野に入れていたが、それだけ負傷が重かったのか……それとも、こちらのことなど眼中に無いだけか。
「この期に及んで、増援と共に逃走を選択するとは中々クレバーですね」
損得勘定として釣り合わないと判断された、というのがゴッドバード・イーグル(金翅鳥・h05283)の見立てだ。あのまま足を止めて戦っていたとすれば、駆け付けた増援に擦り潰されていた公算が高い。それでもなお撤退を選ぶということは。
「確実に勝てる目がないのなら無理はしない……ってことなのかな?」
「飽くまで目的はもう一本の王劍だった、ということでしょう」
今回のことで|EDEN《こちら》も目を付けられたかもしれないが、それが明らかになるのを待つ暇はない。
「デュミナスシャドウ……というよりあの王劍は、明確に強化される可能性があります。放置しておくのは得策ではありません」
「悪の芽は、早いうちに摘むに越したことはないか」
早期の討伐を狙うなら、今が最大の好機。ゴッドバードはそう促して、利家を再度その背に乗せた。
「軽口も結構ですが……一層気を引き締めて参りましょう」
「……追うぜ!」
白い翼が吹雪の空へと舞い上がる。こちらも先の戦いの傷が残ってはいるが、そんな気配を感じさせぬ動きで、ゴッドバードは敵の逃走経路を見据えた。
「確りと掴まっていなさい」
前回の任務に際して周辺の地図はインプットが済んでいる。敵の向かった方角――滝川駅方面への最短ルートを算出し、急加速。振り落とされぬようしがみついた利家と共に、敵を追う。滝川駅と言えば地域交通の要所だが、まさか電車に乗って逃げるとは思えない。そちらの周辺か線路自体を辿った先に、√マスクドヒーローに続く『逃走経路』が存在するのだろう。
場所までは明確ではないが、そこに至るまでに、確実に追いついてみせる。そんな決意を示すように、荒れる天候、豪風と雪を引き裂くように飛んだゴッドバードは、やがて移動する敵集団を捉える。
「逃がしません」
先回りとまではいかなかったが、それを狙うよりは圧力をかける方が有効だろう、そう判断した彼女は、即座に搭載していた火器での対地攻撃を開始した。合わせてブラスターライフルを斉射し、敵のバイクを射抜いた利家は、敵集団がこちらに照準を定めるのを察知する。
「撃ってくるぞ!」
「見えています」
放たれる毒の弾丸によるダメージを、戦闘機動とエネルギーバリアによって軽減しながら、ゴッドバードはさらにミサイルを展開、敵車両にダメージを与えた。今のところ、牽制攻撃による敵軍の遅滞はうまくいっている。だが、吹雪の中とはいえ空中に陣取るのは少々目立ち過ぎるか――。
そんな懸念が形になったように、最後尾近くの敵車両の荷台が開く。走行困難になって速度を落としていたその車両から出てきたのは、冗談のような兵器だった。
「加減しろよ馬鹿!?!?」
|超後装施条砲《プラグマアームストロング》。市街戦にあるまじき武装を前に、利家が思わず声を上げる。車両に乗っていた戦闘員達が素早く発射体勢を整えているのを確認し、利家はスモークグレネードを投擲、その照準を遅らせる。それでもなお砲口がこちらを向くのを察知して、√能力による対処に出た。
「撃墜しろ!!」
敵の砲弾発射のタイミングに合わせてインビジブルダイブを発動、位置を入れ替えると同時に両手で盾を構える。
狙いを逸らし、直撃は避けた。だが砲撃と共に生じる|衝撃波《ソニックブーム》が、白い雪を散らし、吹き払うように駆け巡る。轟音を伴うそれから身を守り、吹き飛ばされながらもゴッドバードが空中で姿勢を制御、飛び去り際に残った誘導弾で砲台付近の敵にとどめを刺した。
「端役が抜け抜けと。……目障りです」
たかが戦闘員、とはいえ今回の敵はそれなりに精鋭を揃えているようだ。この調子では先が思いやられる――といったところで、敵の車列が大きく乱れ始めていることをセンサーが察知する。
二人の攻撃は確かに効果を上げたが、どうやらこれは、それだけではなく。共に駆け付けた仲間と、敵集団の頭を抑えた援軍、皆の尽力によるものだろう。
「みんなも動いてくれてるみたいだ、このまま追い詰めよう!」
このまま上手く挟撃できれば、敵を殲滅することも不可能ではない。この機を逃さぬよう、二人は負傷を押してさらなる敵車両へと喰らい付いていった。
●
コウモリプラグマから王劍を奪うという目標を諦め、逃走を選んだデュミナスシャドウ。援軍と合流し、駆け抜けていくその背中を追って、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)もまたすぐさまバイクに飛び乗った。
「逃がさないよ!」
フルスロットルで加速し、吹雪による積雪を蹴立てて進む。多少遅れを取ったところで、目立つ敵集団を追跡することは難しくない。徐々に距離を詰めたクラウスは、やがてバイクや装甲車両、雪煙を上げて走る敵の最後尾を捉える。恐らくデュミナスシャドウ自身は集団の中心に紛れているのだろう、一手では届かない……そう分析しながら、射程に収めた敵に対して仕掛ける。
「まずは、敵の数を減らす……!」
追走するこちらに気付いたのか、車両から量産戦闘員達が顔を出し、迎撃の構えを取り始める。そんな彼等ごと巻き込むように、クラウスは決戦気象兵器「レイン」を起動した。
吹雪の遮る視界、白く濁ったそこに、光の雨が降り注ぐ。無数のレーザー、その一条一条には大した威力はないが、有効に使えば話は別だ。敵の目を眩ませ、銃を構えた彼等の狙いを逸らし、エンジン部分に集中した光がその一点に穴を開ける。高速で走る車両が相手なら、その一点で機能不全に陥るだろう。
一気に速度を落とした敵の車体が、最後の足掻きとばかりに突っ込んでくるが、クラウスはそれを予測していたようにバイクを傾け傍らをすり抜ける。後部座席の戦闘員による射撃を、蛇行するように走って躱し、さらに別の車両へ。運転席へのレーザー照射でクラッシュを引き起こしていると。
「まだ追ってくるのか……!」「仕方ない、アレを使え!」
敵集団の前方で動きがある。トラックの荷台部分が開放され、そこに乗った戦闘員達が巨大な砲塔を構えているのが垣間見えた。
「あれは当たったらまずい、かな?」
直撃は言わずもがな、着弾地点の近くに居るだけでも被害は免れないだろう。こちらへと向けられる砲口に対し、クラウスはあえてそのまま走行を続ける。過剰な反応はせず、ぎりぎりまで引き付けて。
「撃て!!」
発射の瞬間を見切り、一気に車体を倒した。急激な方向転換に続いて襲い掛かるのは、発射音と唸る風音、着弾による爆発と嵐のように巻き起こる風。それらを辛うじてやり過ごしたクラウスは、敵集団がまとめて速度を落とすのを見て取る。
同時に仕掛けた味方と――おそらくは前方に待ち受けていたこちらの援軍、その成果だろう。追いついた戦闘員の群れに対して、クラウスは光輝の翼を広げて飛翔、槍状に錬成した魔力兵装を手に、急降下していった。
●
「前が止まってる、減速しろ!」
「何をやっている、さっさと迎撃するんだ!」
怒号と共に、吹雪の中に金属のぶつかる鈍い音が響いて、破損した車両によるものであろう黒煙が上がる。敵集団の前方と後方、挟撃の形で成された味方の仕掛けにより、整然と移動していた戦闘員達の間に混乱が生じていた。とはいえ逃走経路において妨害が入ることは、彼等にとっても織り込み済みだろう、精鋭戦闘員が部隊をまとめ、無事な者達で体勢を整えようという動きが見える。
「ラピスちゃん、そこです!」
足止めと共に、デュミナスシャドウを守る敵の数を減らす。敵の分断を期するなら、狙うべきはここしかない。真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)の言葉に導かれるように、ラピス・ノースウィンド(機竜の意思を継ぐ少女・h01171)が空を舞う。
「EDENにちょっかいかけてタダで帰れるなんて思わないことです、汎用戦闘員はすっこんでろ、なのです!」
雪と風を裂くようにして飛来した彼女は、バイクで移動する敵をさらに速度で圧倒すべく、ジェットパックにさらなる電流を流し込んだ。
『Code:神雷』、過負荷による蒼白の輝きを伴い、ラピスの身体が一瞬で加速する。戦闘員達の構えた毒の銃弾、その狙いが定まらぬよう頭上を駆けて、搭載した『ナーガラージャの掌』――グラップリングフックで敵の車体の『足』を捕縛、転倒させて多重事故を引き起こす。
「こいつ……!」
「遅いですよ!」
一斉射撃による弾幕、それらに対し、ラピスは空中に渡された糸――観千流の操るドローン間に張られた羅紗を蹴り付け、急激に進行角度を変えてみせる。完全回避は不可能なものの、被害を最小限に抑えつつ、敵を翻弄するように飛行を継続。無茶苦茶な速度で飛ぶ彼女の姿に気を取られれば、トラップとして前方に張ったワイヤーが機能し、敵の被害はさらに拡大していった。
「何を手間取っている、そこをどけ!」
焦れた敵は一気に場を制圧すべく、|超後装施条砲《プラグマ式アームストロング砲》を展開するが。
「待ってましたよ」
多人数による保持と照準が必要な必殺兵器、そのタイミングを狙っていた観千流が『神の見えざる手』を展開、不可視の光線が降り注ぎ、集まっていた敵をまとめて撃ち抜いた。
白い嵐の中で、彼等の隊列は崩れ、ただ混乱だけが広がっていく。
●
改札の外、白く呑み込まれた滝川市の街中に、シルヴィア・ノーチェイサー(人として・h09162)が踏み出す。ロータリーを囲む街灯の光は淡く滲み、全ての輪郭が曖昧に濁る。真横から吹き付けるような風に乗って大粒の雪が舞い、吐く息もまたすぐに白く溶けていく。身に着けたナノマシンスーツを以てしても、この寒さは防ぎ切れないようだが、まあ兵装の排熱には丁度良いだろう。
「行きましょう、|風妖精《シルフィード》」
風を纏い、嵐のような吹雪の中へと舞い上がる。敵の逃走経路に当たるここからならば、敵集団を発見するのも容易いだろう。吹き荒れる雪のカーテンの間に目を凝らし、バイクと装甲車両、各々の乗り物で駆ける戦闘員達の姿を捉えた。先に喰らい付いた味方による戦闘と、生じた混乱、そんな中でも彼等は中心に居るのであろうデュミナスシャドウを守ろうとしている。
気流を操り、吹き荒れる周囲の風を収め、凪いだその隙間へと身を滑り込ませる。白く染まった世界は極めて見通しが悪いが、奇襲には丁度良いだろう。
刃を備えた巨大な弩状の武器を構え、吹き荒ぶ雪の向こう、先程確認した敵集団の鼻先へと狙いを定める。番えられた矢が、風を纏って青く輝く。
「風よ踊れ、アレグレット!」
引き金と共に弦が解き放たれ、巨大な矢が射出される。
『風妖精の悪戯』、敵集団の前衛に着弾したそれは旋風を巻き起こし、彼等をその乗り物ごと吹き飛ばした。うねる風によって雪が吹き散らされ、一時的にクリアになった視界を通して、戦闘員達もこちらに気付いたようだ。
「空中から襲撃!?」
「陣形を整えろ! デュミナスシャドウ様に近付けさせるな!」
敵の前進を阻害するという目的は為された。だが足を止めての戦闘となれば、敵の対応もまた素早い。車両から降りた一般型量産戦闘員が壁を成し、シルヴィアへ拳銃を発射し始めた。
「やはり直属の精鋭、そう簡単に倒れてはくれませんか……」
さすがにこの距離では牽制程度か、念のため迫る銃弾を風で逸らしながら、シルヴィアは先程の射撃で得られた視界から敵を見通す。これだけ統率の取れた戦闘員集団と正面から与するなら、こちらもただでは済まないだろう。しかし――。
「こっちで引きつける。後はうまく合わせてくれ」
当然ながら、一人で戦っているわけではない。シルヴィアの起こした風、吹雪を散らしたそこに、祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)が切り込んだ。
『天が咲く』、|D.E.P.A.S.《デパス》特有の気配を纏った彼が身を晒すと、周辺の戦闘員達が一斉にそちらを向く。雄叫びと共に襲い掛かってきた敵の拳を見切って躱し、槍の一撃をカウンターで合わせ、他の戦闘員へ蹴り飛ばす形で牽制。さらに迫る集中攻撃を迎え撃った。
ラムネが前衛を引き受ける形で前に出たことにより、敵の集団に偏りが生じる。そんな彼等の死角を突いて、ヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)が飛び込んだ。
「露払いと行こうか! 錬成着装!」
魔狼を模した錬成外骨格をその身に纏い、焔色のバイクを駆り、敵陣へ。車体の前方に搭載された機関銃を斉射し、拓いた道をさらに深く。そうして強引に進めば、囲まれ圧殺されるのが常ではあるが、彼には頭数で戦えるだけの手段がある。
「群狼よ! 喰らい尽くせ!」
『群狼招来』、周辺に放たれた魔導機巧獣は、電磁クローを駆使して戦闘員達を痺れさせ、行動を阻害していく。そうして動きの止まった敵に向けて、跳躍したヴォルフガングが強襲、彼等をまとめて打ち倒した。倒れた戦闘員達の中心に立つヴォルフガングに、周辺の生き残りがすぐに銃を向けるが。
「――なんだと!?」
その動きもまた、群狼の搭載したセンサーが感知している。自動展開された大盾で銃弾を受け止めると、ヴォルフガングはまたすぐさま反撃に出た。
「何をしている! あんな連中まとめて吹き飛ばしてやれ!」
「しかし、まだ味方が――」
劣勢を察した部隊長が指示を出し、逆転を期した一手が打たれる。走行不能に陥った車両から引きずり出された|超後装施条砲《プラグマアームストロング》、巨大な砲塔が戦闘員達の手によって保持され、無理矢理発射準備が整えられた。
巻き添えを辞さない構えで狙いを付けられたそれが、ヴォルフガングと群狼達へと向けられる。轟音と共に砲弾が放たれ――直後、標的に直撃する前にもう一人の√能力者が立ち塞がった。
オーラを纏い防御姿勢を取ったラムネは、弾頭を逸らす形で受け止める。音の壁を突き破るような威力を誇るそれは、軌道を逸らされ彼方へと飛び去るが、同時に生じた衝撃波が降り積もった雪をまとめて散らす。直撃を避けたとはいえ砲弾を受け止めたラムネもまた、当然ながら吹き飛ばされることになるが。
「盾が倒れちゃ、世話ねえってな」
『あいの風』を受け、それでもなお立ち上がる。自らの傷を修復しながらの攻撃は、ラムネが完全に倒れたと見ていた戦闘員達の虚を突き、打ち倒していった。
必殺の兵器を以てしても仕留めきれなかった、その事実は戦闘員達に少なからぬ動揺を与える。
「おのれ、こうなったら何度でも――!」
「させると思うか?」
慌てて次弾を装填しようという動きに対し、ヴォルフガングは錬成外骨格に内蔵した賢者の石を励起させ、『|魔狼連鎖封印《ウルフヘジン・ケッテ・ズィーゲル》』を発動、敵の次撃を阻止してみせた。
「そこまで、です」
シルヴィアによる空中からの援護射撃、そしてヴォルフガングの赤雷を伴う精霊銃、両者のばら撒く弾丸が麻痺効果をもたらし、敵集団を絡め取っていく。
「くそ、このままでは……」「デュミナスシャドウ様に、殺され――」
「……哀れですね」
直属と言えど、根本にあるのは忠誠よりも恐怖か。福岡での事件、以前戦ったデュミナスシャドウの手勢を思い出しながら、シルヴィアが呟く。
手札を全て潰され、最後の足掻きとばかりの銃弾は、しかしシルヴィアの消え行く影すら捕まえられない。『捉え得ぬ月影』、瞬時に発砲した敵の背後に飛び込んだシルヴィアは、絶望の淵にある敵に最後の一撃を加えた。
「よく戦った、と言いたいところだがな」
残念ながら、ここまでだ。崩れた敵陣、攻撃の勢いが緩めば、ラムネもまた一気に距離を詰めることが可能になる。素早い動きと共に放たれる『雲裂衝』、装甲を貫通する一撃が、部隊長の一体と思しき精鋭戦闘員を打ち倒した。
一時的な敵陣の乱れを突いて、ヴォルフガングが引き裂くように突撃していく。とはいえ敵の数はまだまだ多く、デュミナスシャドウは未だに姿を見せていない。無理は禁物だが――多少の無茶は必要だろう、そうして戦況を分析しながら、ラムネはまた敵を引き付けるべく前へと出る。
生きて帰る。――そして味方を生かして返す、そのために。
●
二度相対しながらも、デュミナスシャドウは決着を待つことなく二人の前から去っていった。プラグマの末端組織が根城としていたビルの前、戦場となっていたこの場所には、静寂だけが取り残されている。
「後ろ髪も引かずに逃走を選ぶとは。余程状況が腹に据えかねたか――」
コウモリプラグマとデュミナスシャドウ、それぞれ逆の方角へと逃げていった彼等の足跡を見比べた後、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は滝川駅の方へと顔を向けた。吹き付ける雪の帳の向こう側、そちらには配下と合流したデュミナスシャドウが、恐らくは自分の√への離脱を図っている。二度目となる仕切り直し、だが今回に限っては、それを追えるだけの余地がある。
無論、王劍を手にした者と戦う以上、絶対死が絡むことは避けられないのだが。
「覚悟は……決まった様だな」
「はい、……いきましょう」
同じ方向を見据えた蜚廉の言葉に、不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)は力強く頷く。
「では、共に挑もう」
必ず、生きて帰るぞ。そう告げると、蜚廉は背中の翅を広げた。
地を蹴り、真上へと飛翔。轟々と唸る風に構わず空中へと突き抜け、吹雪の彼方、デュミナスシャドウの向かった方角を見遣る。蜚廉の腕の中、姫抱きにされた形のちるはもまた、ゴーグル越しに同じ方向を見据えた。今の爆発的な加速を鑑みれば、敵集団に追いつくのは難しくないだろう。ただ、懸念すべきことがあるとするなら。
「……これかなり寒いですね?」
「うむ、この布を使うと良い」
その辺りは予想済みだったか、広げた擬殻布を纏い、蜚廉は伸ばした斥殻紐を付近の建物に引っ掛ける。そして弾性に富んだそれを利用し、解き放たれた矢のように飛び出した。
降り来る雪を、逆巻く風を、まとめて切り裂くように飛んだ蜚廉は、やがて各々に車両を操る戦闘員達を発見する。彼等もまた迫る二人の姿を捉えるが、戦闘員達が動くよりも、こちらの方が一手早い。相手の狙いを外すように鋭く進路を切り替えつつ、最後尾から敵を追い抜いていく。
「迎撃しろ!」「しかし、これでは味方にも攻撃が……!」
戦闘員達は仲間を呼び集めるが、集団の内側に飛び込み、手頃な相手に並走するように飛ぶ蜚廉には迂闊に手を出すことができない。反撃に出そうな敵の動きを鋭い感覚で察知し、他の敵を盾にする形で立ち回り、後方からやがて敵陣深くに食い込むことに成功する。
「焦るな! 取り囲んで潰してしまえば――」
「それはどうでしょう?」
他の戦闘員達を指揮している部隊長格の言葉に、ちるはが返す。彼女が見せつけるように両手を広げて見せると、大小のボルトやナットがバラバラと空中に飛び散っていった。
「――は?」
次の瞬間、がくんと体勢を崩した部隊長が、外れたハンドルを愕然とした顔で見つめる。制御を失ったバイクは転倒し、後続を巻き込みながら後方、視界の彼方へと消えていった。仕掛けたのはもちろん、先程の『並走』時だ。蜚廉に姫抱きで運ばれているちるはは、自由になった両手を都度動かして、敵の乗り物に手を加えていた。
「高速走行中のトラブルって危ないですよね」
当然、やられているのは今の一台だけではない。ある者はオイルを噴出させ、ある者は後輪がどこかに吹っ飛んでいき、二人の周囲で多重事故が引き起こされる。
雪の上に刻まれた無数の轍、その上に倒れ込み、跳ねる敵集団からさっさと視線を切って、蜚廉はさらに前方を目指す。こちらの仕掛けに対して脱落者がやたらと多いのは、共に後方から仕掛けた仲間と――前方で待ち受けていた援軍の助けによるものだろう。混乱し、まばらになった敵集団の先、ようやく目的の背中を発見した。
「捉えたぞ」
『潜殻転位』、『揃忍術 蜚之型』。阿吽の呼吸で同時に転移した蜚廉とちるはは、左右からデュミナスシャドウを挟撃する。同時には捌けぬと察した相手は、ちるはの蹴りを受けつつ蜚廉の方へと身体を倒し、振るった片手で彼の攻撃を打ち払う。
「――また、お前達か」
「ええ、『また』ですよ」
崩れた体勢のまま、デュミナスシャドウは曲芸じみた運転技術でシャドウ・ヴィークルを操り、後輪を二人に叩きつけるように振り回す。それに対して再度転移効果の√能力を発動した二人は、攻撃を躱して再度合流、蜚廉の飛翔に同乗する形で敵を窺う。雪の上でタイヤを横滑りさせ、二人の位置を確認しながらなおも走行を続けるデュミナスシャドウは、速度を緩めぬまま。
「時間を稼げ」
周囲で慌てる戦闘員達に、冷徹に指示を下す。目的は今のところ変わらず、『仕切り直し』を狙っているようだ。
再度背を向けるデュミナスシャドウに、二人もまた続き、後を追う。標的の位置が明らかになった今、他の味方もここに駆け付けてくるはずだ。
「これ以上の身勝手は許さん」
「このまま逃げ切れるとは思わないでくださいね、主様」
決意のこもった言葉が零れる。吹き荒ぶ雪の向こう、逃げる影を追って、二人はなおも空を駆けた。
第2章 冒険 『デュミナスシャドウへの挑戦』
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√EDENの能力者達の挟撃によって、敵集団は大きくその数を減らした。直属の精鋭として目を掛けてきた者達とはいえ、戦闘員ではこの辺りが限界か。マスクの奥でそんな見立てをしながら、デュミナスシャドウは配下の者達に発破をかける。
「この程度すら満足に出来んのか、お前達は」
凍り付くような言葉にその身を震わせた戦闘員達は、決死の覚悟で抵抗を始めた。
「身を賭してでも道を開くんだ!」「デュミナスシャドウ様のために!」
そんな戦闘員達の向こう側、迫るEDENの尖兵達の姿に、デュミナスシャドウが低く呟く。
「……見逃してやったというのに、しつこい連中だ」
倒したところで得るものが何もない、その程度の相手――そんな彼の評価が滲む言葉は、吹雪く風に流され消えていった。
この機を最大限に生かすには、『もう一手』がなくてはならない。それを成せるのは、君達だけだ。
