乱敢ブレイブ
●乱敢ブレイブ
積層都市の中層は、決して上層のようにうつくしく整ってはいない。けれど確かに人々の活気が根づくその路上は、生きる力に満ちていた。
そんな街に訪れる騒乱は、必死に大切なものを守ろうとする市民から簡単に宝物を奪い去ってしまう。
「いいからついてこい!」
「嫌、お父さん! 助けて!」
「娘を返せ!!」
若い娘達の悲鳴、彼女達を取り返そうと抵抗する市民、そしてそれをいとも簡単にねじ伏せる悪漢の群れ。
――さて、誰がこの武強主義の世界で弱者に力を貸すのだろうか。
●騒嵐ストロング
「よ、元気にしてるか、兄ちゃん姉ちゃん方」
薄褐色の膚にネオンの梅花を咲かせる星詠み、御蔵・塞(毀れ梅・h06147)があなた達へと気安く笑う。
「早速だけどよ、新しく見つかった√の仙術サイバーでお仕事だ。つっても簡単な話だからさ、まぁ聞いていってくれよ」
へらりと笑みをこぼしたまま、男は話を続ける。
「場所は積層都市の中層だ。それなりに賑わってる街で、露店なんかも並んでる。そこでマフィアの下っ端共が、若い女の子達を強引に攫っちまう。あんたらには、これを阻止してもらいたいんだ。そいつらは所詮チンピラ程度の強さだ、あんたらなら簡単にボッコボコにできるはずだぜ」
ただし、と塞が肩をすくめた。
「そいつらをボコしたあと、マフィアの幹部の奴らがサイボーグの兵士をけしかけてくる。こっちはまぁまぁ強くてさ、見た目はいかにもな黒服だ」
とはいえ、それらもきっと能力者達にとっては強敵ではないのだろう。彼はいたって変わりなく、自分の周囲に漂うインビジブルのクラゲを撫でてこともなげに告げた。
「あんたらは奴らが襲撃してくる前に、露店でのんびり遊んでいい。仙術サイバーの雰囲気を掴みつつ、ちょっとした旅行気分で行ってきてくれよ」
新たに出会う世界と敵に、あなた達はどう立ち向かっていくのだろう。
第1章 日常 『露店を巡ろう』
賑やかな露店の並ぶ街を、和紋・蜚廉はひとり歩く。その足取りが心なしか軽やかに思えるのはあくまで気のせいだろう。
「うむ、これは真面目な活動だ」
いずれAnkerであるひととも向かう新たな√、念入りに案内ができる下調べの時間は必要に違いない。さらに、このあと起きる事件に備えた地形の把握も必須なのだから、これは一足先に浮かれている訳ではない。
どこか乱雑な印象を受ける通りではあるものの、それは人の営みが確かに存在している証拠でもあった。露天商達はアクセサリーや食べ物、はたまた怪しげな武具をも並べている。
同時、武強主義というわかりやすい思想のためか、ある程度の明確な秩序を感じられた。
この層の土産物なら、安心して買い物も行える。とはいえ贋物や不良品を掴まされる可能性も十二分にあるのだから、蜚廉は野生の勘による真偽の判断も欠かさない。
「よお、旦那。いいものが揃ってるよ、見ていくかい?」
「……なるほど、品揃えに嘘はないようだ」
男の静かな強者のオーラを、露天商達も感じ取っているらしい。ここでろくでもないものを売りつけたとて、良いことにはならない。そんなやりとりを重ねながら、蜚廉は乙女への土産を考える。
「持ち帰るのなら、やはり食べ物系か……?」
ふと視線をやれば、菓子の露店が眼に留まる。立ち止まった男へ、やわらかな表情の中年の女性が尋ねた。
「お客さん、甘いものはおすき? うちの杏仁酥は評判でね、お土産にどう?」
「ご婦人、それはどういった甘味だろう」
訊けば、アーモンドとラードの生地の中華風クッキーだという。ほろほろとした食感が人気で、やさしい味わいなのだとか。
「うむ、ではそれをひとつ頂こう」
彼女の喜ぶ顔が目に浮かんで、蜚廉はしずかに笑む。他にも食べてみたいとなれば、出かける口実にもなるのだから。
「……ふふ、共に向かう日が楽しみだ」
「ここが、噂の新しい世界ですか」
「随分と賑わっているね」
青年二人が訪れたのは、新たに道が開かれた√仙術サイバーの積層都市。中層と呼ばれる区域の雰囲気はどこか乱雑で、けれどそれほど荒れている印象は見受けられない。
「せっかくですし、見て歩く良い機会になりそうです」
屍累・廻はそっと桜模様のぬいぐるみと、まるまるとした小玉鼠の名を呼ぶ。
「幽羅、朧。密かにマフィアの動向を探っておいてくれますか?」
『いくぞ鼠。どうせこいつは地理も把握しろ言うんじゃから、そのあたりも調べておくぞ』
人語を話す猫のぬいぐるみは、ふん、と主に詮無い態度を取りつつ小玉鼠と共に路地へ消える。見知らぬ土地ということは、用心に越したことはない。お得意の偵察隊への信頼は厚く、目・魄は双眸を細めて廻と共に彼を見送る。
「頼んだよ」
さて、彼がこの街に紛れるように着こなしているのは、淡い白と黒を合わせたモノトーン。胸元の開いた衣服は、どことなくこの街の乱雑さにも馴染んでいて。
「露店はいいね、空気感は賑やかだし」
目新しいものが見つかればもっと良い。それは廻も同じで、観光客のふりをした散策を始める。
二人の視線の先、見慣れぬ武器類や装飾の数々がきらりとひかっているものだから、興味を惹かれるたびに立ち止まる。
「あらあら、男前が二人も。どう? うちのアクセサリーは。お土産に見ていって頂戴よ」
「それではすこし」
魄はちょうど様々な商品を調達したかったところで、じっくりと品定めを始める。商い精神が刺激されて、趣味全開の買い付けが進んでいく。
「これらはいくらくらいになるかな?」
「そうねぇ、合わせて買ってくれるならこれくらいかしら」
「もうひと声お願いできる?」
店主との値切りのやりとりはさすがというべきか、廻も感心したように魄の様子を眺める。彼は彼で、恋人へのお土産になりそうなアクセサリーを手にとっては、桜色の少女に似合うものを選んでいた。
美しい装飾類をいくつか入手したならば、次はこの世界で広まっている武器類も気になるところ。さて、使えそうなものはないだろうか、と廻が露店をゆくと、派手な店が多いなかで武骨な店を見つける。
「……よぉ、お兄さん。あんた目の付け所がいいな」
「ふふ、よく言われます」
じっとりとした気配を纏う店主に微笑んで、その品揃えを確かめる。サイバーと銘打たれているだけあるのか、仙術を動力とした戦闘用の義腕や空中に展開されるディスプレイなどが並んでいる。
「……おや、これは」
刃のついたドローンは、偵察と攻撃どちらにも応用できる優れもの。物理的な攻撃が可能な武器が増えることは、戦い方の種類も増えて好都合に思えた。
「なにかいいものあったかい?」
「ええ、こちらを」
購入したドローンを廻が示せば、かまいたちのようだね、と魄が笑む。
「俺も武器を見繕っていてね」
「……そっちのお兄さんには、こういうのもどうだね」
一見するとシックな細身のブーツは、蹴りと共に棒手裏剣の飛び出す強化靴。まるで暗器使いであることを見透かしたような提案に、魄はなるほど、と頷いて。
「それじゃあ、頂こうかな」
さて、十分に買い物を楽しんだなら、そろそろ頃合い。
「彼らと合流しましょうか」
「ああ、いい情報が入っていることだろうね」
どこか軽やかな足取りで、野分・時雨は中層街の露店を歩く。その後ろをついていくのは彼のご近所さんである尾崎・光だった。
「街の見た目は思ったほどに荒れてないね」
活気ある街並みは決して上品とはいえないものの、テレビや本で見たようなすこし懐かしさの感じられる中華街。すこし違うのは、電子看板が多く存在しているところだろうか。
「コウくん、見た目が坊ちゃんだからさぁ。ぼったくられちゃうかもよ」
「一応カジュアルに寄せてきたけど、まあ大丈夫だよ」
なにせこの世界の思想は一貫した武強主義。こちらとの戦力差を理解している雰囲気は、光にもなんとなく伝わってきている。
「それよりきみの方が年上なんだから、すこし落ち着いてくれない?」
「えっ。盛り上がらないと失礼でしょ、このサイバーに!」
迷子にならないように着いてきてくださいね~! 旅行会社のガイドめいたセリフを告げて、時雨はにこにこと露店を巡る。それに続く光は、やれやれ、とちいさく肩をすくめた。
青年達のゆく先々、雑貨やアクセサリーといった土産物屋に、それから危うそうな暗器の店など、様々な品揃えの店がずらりと並んでいる。ふぅん、と興味を惹かれるままに眺めていた光に、時雨が呼びかけた。
「コウくんいいものあった?」
ででん。光が振り返れば、電飾でぴかぴか光るサイバー髭眼鏡を装着した時雨の姿。
「なにそれ」
「ピロピロ笛も売ってた」
ぷぴらぴー。鳴らすたびにぺちぺちと吹き流しが動いて、光はそれを払うように避ける。
「縁日みたいなノリだなあ。暗器の玩具みたいなのもあるけど、きみの場合あんまり興味ないかな?」
「暗器~? 普通に売ってる暗器って脆そうじゃない?」
まだオモシロ愉快な顔面をしている時雨の言葉に、それもそうか、と思いつつ。実は暗器ではなくて本物なのではなかろうか、なんてその店をちらと見遣って、光はまた機嫌良さそうな時雨のあとを追う。
しばらく歩いているうちに、適度にお腹も減ってくる。なにか食べようか、と光が提案すれば、時雨はようやっと髭眼鏡を懐に仕舞う。
「王道に肉まんとか食べたいよね~」
「肉まん? もっと確り肉っぽいのを欲しがるかと思ったよ」
「コウくん、こういう時は観光客全開でいいんだよ。中華街ではやっぱ中華料理を食べなきゃ」
ふぅん、とたいして感心していなさそうな相槌をうつ光。勿論、時雨もそれを気にする様子はない。
やがてジューシーで香ばしいかおりが漂ってきて、そちらを見た光が指をさす。
「ほら、あっちに巨大から揚げとか、エビの塩焼きとかあるよ」
「あ、塩焼きは気になる」
でもやっぱり、人妖が惹かれたのはおいしいお酒。瓶で買えるものもあれば、その場でコップ一杯分を味わうことができる店も見つかった。
「中華のお酒ってあんまり飲んだことないかも」
「最終的にはやっぱりそっちに行くのか」
甘い香りの白酒は、ウィスキーやブランデーに並ぶ三大蒸留酒。それもいいけど、と思いつつ、時雨は店主に尋ねる。
「もっと辛そうなのない?」
「お、お客さんいける口かい。それならこれとか……」
なんてやりとりをしている時雨を見て、光は軽くあきれ顔。
「きみの場合、飲みすぎてどうってことはないだろうけど、若い子は酒臭い相手は警戒するよ?」
「え! でもコウくんは警戒しませんよね!」
さて、どうかな。そんな会話をしつつ、二人は中層ならではの食を楽しむのだった。
「わぉ、お店もお客さんもたくさん!」
短い丈の黒いチャイナドレスを着て、リリアーニャ・リアディオは目の前に広がる露店街に目を瞠る。なんといってもはじめての√でのお出かけだから、黒い兎のたれ耳はぴょこぴょこ揺れる。すると、そんなおのぼりさんな彼女へと声がかかった。
「そこのかわいい兎さん、おなかは空いてないかしら?」
「私?」
その店からは甘い匂いがするものだから、黒兎の娘はひょいひょい気軽に寄っていく。
「へぇ、噂通り賑やかな場所ですねぇ」
それっぽいチャイナ服レンタルして正解だったかも。と、シックでありながらカジュアルな装いに身を包み、徒々式・橙もリリアーニャのあとをついていく。彼は彼で周辺の街並みが気になっていて、雑多でありながら居心地の良さそうな光景を眺めつつのんびりと歩く。
「橙」
「おや、いつの間に買ってきたんです?」
リリアーニャの手にはふかふかとしたおおきなあんまん。既にひと齧りしたあとがあって、もふもふと娘は頬張っている。
「おいしいの。橙も食べる?」
「じゃあひと口ください」
リリアーニャが全てを言いきる前。あ、と口を開けて橙が勝手に齧れば、生地のなかにはあたたかな餡がぎっしり。
「うん、美味い」
「ひと口が大きい……」
「あとで別のおやつも買ってあげます」
そんな風に会話をしながら進む先、今度は橙の視線がとある店に引き寄せられた。スクラップやジャンク品を並べたその露店は、ちいさなネジからよくわからないパーツまで様々。
「いやぁ興味あるんですよねぇ、この√での機械諸々」
|技術者《メカニック》として心躍る青年の横から、リリアーニャもきょろきょろと店の品揃えを覗いてみる。
とはいえ、魔女の自分にはさっぱりで、橙と店主の間で交わされる会話もちんぷんかんぷん。
「これ材質は? へぇそんな風に活用を……あ、このフレーム軽くていいですね、じゃこっちは?」
「そのパーツは加工がしやすいんだ、こっちの機材は……」
はじめは興味深そうに見ていたリリアーニャだったけれど、いつしか店主との会話に夢中になっている橙は彼女をそっちのけ。それがさみしくなってしまって、兎の耳はぺたりと悲しく萎れていってしまう。じと、と視線を送ってみても、なんだか気づいてもらえなさそう。
(……私がいなくても気づかないんじゃない?)
別にいいもん。そんな風に拗ねてしまって、工芸茶の店へと歩き出す。
「おや」
ふと、リリアーニャがこの場を立ち去ろうとしているものだから、橙は店主との会話をさっさと切り上げる。
「で、私をおいてどこ行くんです?」
「っ」
ねぇ? そう尋ねてくるのは、後ろからのだいすきなやわらかな声。びくっと耳を膨らませて、だけど振り返ることなくぽつり。
「……おうちで飲むお茶を、買いたいの」
「なら、私も好みを選ばせてもらわないといけませんね」
くすりと微笑う彼の言葉に、ちいさく頷く。向かった工芸茶の店で、お湯を淹れれば花ひらくその美しさに感激するリリアーニャを見つめて、橙はまた目を細める。
だって彼女が喜ばないのなら、この街のお出かけもつまらないものだから。
そうやってふたり、結局一緒に買い物を楽しんだなら、リリアーニャは最後にもう一度だけ、彼のためにスクラップの店に寄ってあげたのだとか。
賑やかな中層の街中をゆっくりと歩きだして、篭宮・咲或はのんびり星詠みの言葉を思い出す。
「敵を知るには……じゃないけど、何にしても下見は大事よねぇ」
あちらが仕掛けてくるまでは遊んでいいとのことだし、ひとまず軽く腹ごしらえ。
「お兄さん、ひとつどうだい! うちの小籠包は絶品だぜ!」
「あらおいしそう。おひとつくーださい」
ふんわりと漂ういい匂い、まんまと乗せられ小籠包を購入したら、街並みの端へと寄って青年はひと口。肉汁が飛び出てしまわぬように口に含めば、ジューシーな旨味の肉ダネがお待ちかね。
「うん、確かに」
大当たりの店に出会えた満足感を覚えつつ、街並みの観察も忘れない。活気もあるし、荒んだ様子もそれほど見当たらず、決して悪くはなさそうに思える。
が、武強主義思想がメジャーなこの√において、揉めごとが起こらないかどうかは、また別の話なのだろうけれど。
そんな風にこれから起きる事件へ意識を割いていた彼だったが、真下から感じるすさまじい熱視線を無視し続けることは不可能だった。
「……さっきからじっと見すぎよ」
ちょうだいちょうだい! 視線で訴える使い魔のしろいふわふわに、呆れつつも数個ほど小籠包をわけてやる。途端、はぐはぐと食いつく使い魔の姿に、火傷はしないのだろうか、とどうでもいいことを疑問に思う。
「それ食ったんだから、俺の分までしっかり働いてね」
期待してるよ。そう告げれば、使い魔は尻尾をふりふりご機嫌いっぱい。しかし、これだけの魅力的な店が並んでいるのだから、またアクセサリーを買わされてしまいそう。
――と、思った矢先にしろいあの子の姿は遠く。
「……やだ予想通り。はいはい行くから待って」
はやくはやく! ぽてぽて素敵なお店へ走っていく使い魔に、やれやれと主は肩をすくめる。
「わたあめーあめちゃんーいい子だからステイ」
最後の小籠包を口に放り込めば、あち、とわずかに肉汁が飛んだ。
積層都市のなかでも、中層はこの√をはじめて訪れる能力者達にとってちょうどよい街並みといえるかもしれない。先日最上階を訪れたシンシア・ウォーカーは、また違った活気にあふれた雰囲気に頷く。
「物価も上よりか手頃、これは物欲が刺激されますね」
「そんなに雰囲気違うん、だ」
セレスティアルの言葉になんだかわくわくしてきて、坂堂・一も楽しそうに周囲を見渡す。
「シンシアさんとお出かけ、いぇい♪」
『ぷい♪』
彼の肩で踊るチンチラの精霊も、共にこのお出かけを満喫するために準備万端。
「ふふ、早速見て回りましょうか。一さんは何がお目当てです?」
「今日の買い物は、ちょい悪チャイナコーデ、ですっ」
「なっ!? ちょい悪チャイナコーデ……!?」
あの真面目な一が、ちょい悪。衝撃を受けるシンシアに、少年はふふん、とちょっぴり得意げ。
「ぼくだって、時にはわるわるになるん、だよ!」
「むむ、大人として一くんやぷいぷいさん達が道を外さぬように見守らねば!」
しかし、それはシンシアもそういうチャイナ服が欲しいだけともいう。さて、ここで二人の頭には疑問がひとつ――どういったものがちょい悪コーデと呼べるのか。
悩んでいても仕方がない、まずはぐるっと見て回ろう。ふたりと一匹が様々な露店を覗けば、アジア風のアクセサリーや衣類、はたまた使い道のわからない電子機器やサイバーアイテムが溢れている。
「とっても、にぎやかだ、ね」
「ええ、ついついお財布を出してしまいそうで……おや」
シンシアの目に留まったのは、花柄のロングチャイナドレス。金糸の総刺繍がされたそれはいっとう華やかで、合わせて用意されている髪飾りにも惹かれてしまう。
「わ、華やかでせくしーで、つよつよ、だね!」
シンシアさんに似合いそう、とにこにこ笑う一に、ありがとうございます、とセレスティアルも笑む。
「迷いますね、案外シンプルなほうが猛者感ありますかね?」
「シンプル……あ、あれは?」
そういって付喪神が指さしたのは、黒に近い紺青に控えめな銀糸が織り込まれたカジュアルな印象のミニ丈ドレス。揃いのボトムも売られていて、セットアップとして着こなすことも出来る様子。
「これも素敵、さすが一くんです」
褒められた一も、自分に似合う素敵な服を探してみる。パーカーを合わせた現代アレンジに、華ロリと呼ばれるロリィタとの複合ジャンルなど、魅力的なコーデがいっぱい。
「こういうのもあるん、だ」
でも、猛者感足りない、かな? 首をかしげる一に、今度はシンシアがそっと声をかける。
「一くんは何着てもサマになりますからね。ということで、これは私のおすすめです」
ダークトーンの生地に鮮やかな緑の刺繍がうつくしく奔るジャケットに、動きやすいボトムス。彼の本体である白椿の簪を引き立てる、キュートなわんぱくコーデだ。
「わ、かっこいい、ね」
『ぷい!』
自分も! と主張するぷいぷいには、中華丸帽と丸いグラサンのどちらがいいだろう。
「うーんかわいい……ちょい悪ですねぇ」
楽しく迷っているうちに、いい匂いを嗅ぎ取ったチンチラがひと鳴き。
『ぷえぇ』
「ぷいぷい、お腹すいちゃった、の?」
彼らのやりとりを聞いて、お姉さんらしくシンシアは時計を確かめる。
「時間的にも丁度良い頃合いです、グルメも堪能しましょう!」
ほくほくの肉まんのお店へ向かう途中、一はふととある店に心を惹かれて。
「シンシアさん、あとでもう一つ、付き合ってくれる、かな?」
「なんですなんです? 是非行きましょ、食べ終わったらまだまだお買い物ですっ!」
素敵なものを見つけた一に、シンシアは笑顔で応える。
「おお、ここが新しい√かあ!」
鷲宮・イヴの視界に広がる積層都市の中層は活気づいている。色々と物騒な世界とは聞いているものの、表向きは彼のふるさとよりは随分と平和そう。
「まずは食べ歩き……だな」
手軽なグルメはその土地を知るためのポイントのひとつ。こういった街のテイクアウトと言えば中華まんくらいかイメージにない彼に、露天商が声をかける。
「よ、そこの色男! オレんとこの北京ダック買ってけよ! 食べ歩きには持ってこいだぜ」
「へえ、北京ダックって食べ歩きできるのか」
甘酸っぱいタレがかかったパリパリのアヒル肉と葱を、薄皮で巻いたひとつ目が無くなるのはあっという間で、青年はふたつ目を食べ歩きつつふらふらと露店を見る。
「やっぱ食い物が喜ぶんだよなあ」
イヴの探しているものは、かわいい|弟妹《きょうだい》達への土産物。ウォーゾーンという過酷な√で日々を営む彼らが、なんだかんだ一番うれしいものを渡したい。
「お、これ美味い。なあ、これ五人分買うからさあ、まけてくれないか?」
いい匂いにつられて購入した、顔のサイズほどもある唐揚げの炸鶏排を齧って値切りもかかさない。オーブンで焼き直せば、きっとカリッとした食感も蘇るだろう。
「しかし拉致されるのは、若い女の子か」
そう、これは仕事。それらしい少女が歩いているのを見かけて、やわく笑む。
「……なあ、ちょっといいかな。俺この辺はじめて来たんだが、おすすめの土産物とかあるか?」
「お土産……食べ物なら、私の両親の点心は食べました?」
「や、まだかも。よかったら店まで案内してほしいな」
どぎまぎ頷く彼女についていけば、すきな点心を選んでセットとして包んでもらえるのだとか。
「はは、ありがとう! これお礼ね」
そう言ってイヴは手慣れた様子で、先程何気なく買った組み紐飾りをひとつ。
「君みたいにかわいい子は危ないから、ひとり歩きは気をつけてな?」
「は、はい」
組み紐飾りにそっと紛れ込ませた不可視の糸が、きっと彼女を護ってくれる。
「オーケー、任せてくれ」
祭那・ラムネはぱちりと快諾の言葉を示して、星詠みの依頼を引き受けた。その世界で助けてくれる人がいないなら、俺が助ける、助けてみせる。
根っからのお人好しは、いざ武強主義思想でまとまる√仙術サイバーへ。
「おおー……」
はじめてやってきたサイバーとアジアンスタイルの融合した街並みに、青年はソーダ色の双眸をまばたきさせる。戦場に立つ身としては、強者がゴロゴロ居るというのも興味があって。
様々なことをたくさん学んで、更に力をつけたい――けれど、今回はそのために来たんじゃない。
助けるために、問題を解決するためにやってきたのだと気を引き締め、露店の街並みへ一歩踏み出した。
活気ある中層はちょっとした路地裏や分かれ道も多く、地理や状況は把握しておきたい。これから敵対する相手にも、住民達にも悟られぬよう観光客を装いながら露店を眺める。
「やあお兄さん、この街ははじめて? ならまずうちの豚まんは食べておかなくちゃ!」
「おいおい、そっちの店よりオレんとこの海鮮素揚げはどうだ?」
賑やかな店主の手招きと、空腹感を倍増させるいい匂い。豚角煮の詰まった中華まんを食べたあとには、立派な海老の素揚げを頂く。
「食べ物だけでも、かなり色々あるんだなぁ」
気を抜くことなく露店の雰囲気を楽しんでいれば、道の端でぽつんと不安そうに立ち尽くす幼い少年。
「よ、どした? 怪我したのか?」
「あ……」
まずはしゃがんで、少年と目線を合わせる。すると彼はぽつりと困りごとをこぼした。
「父ちゃん、はぐれちゃった……」
「あーそっか、父ちゃん迷子になっちゃったかぁ」
困ったな、とラムネが笑ってやれば、うん、と少年は頷く。
「じゃあ、俺と父ちゃん探しに行くか」
「いいの……?」
「うん、行こう。服とか髪型とか、教えてくれるか?」
ちいさな迷子探しと手をつないで、青年は歩幅を合わせて彼の父親を捜す。露天商や道ゆく人々に尋ねるうち、やがて反対側から少年の名を呼ぶ声があった。
「父ちゃん……!」
ぱっと父親に抱きつく幼子に、よかった、とラムネは目を細める。お世話になりました、と父親が頭を下げれば、息子はラムネの手をひっぱって。
「兄ちゃん、露店まだ見てないでしょ? あのね、ぼく案内したげる」
「お、助かるな。じゃあお願いするよ」
うん、とうれしそうに手招きしながら駆けていく少年が、あっという間に父と離れてしまった理由を察する。
「ほら、走ると転ぶぞ」
けれどそれを叱ることなく、青年はやわく笑う。さて、もうすこしこの街並みを楽しむ時間はありそうだ。
第2章 集団戦 『マフィア戦闘員』
それまで楽しげな活気に満ちていた街に、突如緊張が走った。若い娘の悲鳴と、露天商や住民達が必死に抵抗する動きは能力者達の視界にも映るだろう。
「はっ、俺達に歯向かうなんて考え、ぶっ潰してやるよ!」
「嫌、離して!」
にわかに起きる騒乱は、予知されていた通り。肉体の一部を義体化したマフィアの戦闘員は、それぞれ武器を手に娘達を連れ去ろうとしている。
――つまり、能力者達の出番だ。
「|ちょっと《Excuse me ?》」
娘の腕を掴む悪漢へと、可憐な声がかかる。ああ? と機嫌悪そうに構成員が振り返れば、そこには黒兎の乙女。
「嫌だって言っているじゃない、聞こえないの?」
「それがなんだってんだ!」
あ、嫌でも関係ないのね。やれやれ、と呆れた表情を見せたのち、リリアーニャ・リアディオは愛らしいチャイナ姿で跳ねる。
「ここでは強者がルールだもの! ならば従いましょう」
――跪きなさい。
リリアーニャがにっこりと愛嬌のある笑顔でそう告げたと同時、構成員の脚にざくりと鋭い痛みが走る。
なにが起きたのかわからぬ悪漢共が見たのはまっくろの巨大な薔薇の群れ。悲鳴をあげる彼らの魔の手から、徒々式・橙は娘をそっと連れ出して。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「あ、あの」
「怖かったですねぇ、もう安心ですからね」
この場で、“誰でもいいから”助けてほしいって祈ったお嬢さんの勝ちですよ。
穏やかに娘へと微笑みかけて、ほら、と青年は続ける。
「あそこで頼もしいうさぎさんも助けてく……わぁ、たのもしい」
「え、言い過ぎ?」
橙の言葉にリリアーニャが振り返れば、黒薔薇も不思議そうに振り返る。なんでもないですよ、と笑顔の答えがかえってくれば、まぁいいか、と敵に向き直る。おなかのすいたかわいこちゃんにも、露店を楽しませてあげなくては。
「ダッサい改造車ごといっちゃいなさい」
走行には不要なパーツがつぎはぎされた改造車へと、しゅるり太い蔓が巻きつく。そこから跳躍しようとした者が居れば、橙の銃剣から放たれる冷笑の感情を籠めた弾丸が見事に命中するだろう。
その冷たい笑いに怯んだ男達を、黒薔薇のおおきな口ががぶりと丸かじり。ずたずたにされていく身体とプライドを、あらあらと橙が見つめて。
「どうやら私達の想像以上にかよわかったようで」
「んだと……って、ぎゃあっ」
ドン。ジャンク品にされた改造車が突然爆発を引き起こし、構成員達の何人かが文字通り炎上に巻き込まれる。これまで彼らのせいで報われなかった祈りの澱は、積み重なって呪いと化す。それはなんだかとっても、
「|強迫性平等主義《かわいそう》ですね」
橙のサポートを得たリリアーニャは、黒薔薇と共に飛んで跳ねてをくりかえす。かわいい薔薇といきいきステップを踊る黒兎を、うわぁ暴力怖い、なんて眺める橙と娘さん。
「こ、この! 俺達を誰だと思っていやがる!?」
「Who cares! 敗者の名前は覚えて帰らないわよ」
あのデカブツもやっちゃいなさい。黒薔薇は主の指示に従い、特別派手な車をぺしゃんこに。そうして最後にはくぱりとおおきな口をあけて――ごちそうさまでした。
構成員達をぼこぼこにした黒兎は、とん、と軽い足取りで橙の前に着地する。
「ねえほら、私のこともちゃんと褒めて?」
「はい、お疲れさま。見惚れるくらいにお見事でしたよ」
「暴力に見惚れるなんて、あなたも野蛮ね」
ふふん。どこか得意げな愛しい獣の頭を撫でて、青年はそうですね、と笑った。
「全く、無体な連中だ。この穏やかさを享受出来ぬとは……」
にわかに余計な騒乱を引き起こす構成員達を見遣り、和紋・蜚廉は彼らの愚かさに呆れる。
「まあよい。この√に根付いた主義に則って、我も意思を通すとしよう」
――そう、なにせこの世界は武侠主義。武を極めし男にとって、馴染み深いものだから。
胸殻に仕込まれた奇怪な翅音は、悪漢共に違和を届ける。
「なんだ? この嫌な音は」
「虫でもいんのか?」
途端、ぶわりと構成員達の視界を独特の香りのある土埃が覆う。煙幕となったそれに咳き込んでいるうちに、黒い影が揺らぎはじめた。それは彼らの眼前だけでなくあちらこちらに。
「ど、どこだ!?」
「くそ、わかんねえ! とにかくぶっ潰せばいいはずだ!」
匂い立つのはこちらをいつでも殺せるという、殺意。煽られていく恐怖は、男達をパニックにさせる。
改造車から跳びあがった一人のささやかな動作すら、蜚廉の振動器官は捉えきる。瞬間、黒銀の糸が男の頸に巻きついた。
「ぐぇっ」
藻掻き苦しみ車から墜ちた悪漢に叩き込まれるたった一打。吹き飛ぶ先にはもう一台の改造車。
悲鳴をあげて吹き飛ばされた義体には、|格闘者《エアガイツ》としての鍛えあげた拳の重みがすべて載っていて、筋肉のひとつひとつが破壊されていく。乗り込んでいた他の構成員もろとも、車は派手な音を立てて粉々に砕ける。
――さぁ、次は誰が姿の視えぬ男の獲物になるのか。
冷や汗をかく構成員達が恐慌状態に陥ったまま全滅するのは、それほど時間はかからない。
強引に娘達を連れ去ろうとする構成員達を指さして、野分・時雨は口をとがらせる。
「ほら! コウくんの育ちの良さ感に惹かれて輩が来ちゃったじゃないですか! 負けずにメンチ切るべきですよ。言ってみてよ、おらァって」
「よく見て、彼らは女の子しか見てないから。というかガラの悪い演出は君のほうが向いていると思うよ」
ご近所さんの言いがかりに、冷静にかえす尾崎・光。その言葉に、ホント~? なんて時雨もまんざらでもなさげに。
「じゃあ、そんな感じで」
作戦会議はあっさり終了。どこか軽い足取りのまま、人妖は一気に接近。構成員のひとりは娘に夢中で、暗殺者の気配には気づかない。
「いい気分台無しにしやがってオラ!」
ゴッ。牛鬼の強烈な怪力を込めた蹴りは、男の身体をあっという間に宙に飛ばす。激痛に苦悶の表情を浮かべる仲間を見て、悪漢達はようやっと自分達の敵を視認した。
「こ、この野郎! ぶっ倒してやる!」
「え? ぶっ倒す? 本気で言ってる訳?」
時雨の軽やかな身のこなしは、敵の拳をあっさり躱し、更に強烈な蹴撃で地面で叩き伏せる。
「わかる? ぶっ倒すってのはこうやるんです」
力こそパワー、この√の主義主張も悪くない。正義の√能力者は気持ちがいいもので、人妖は機嫌よく暴れていく。
その隙に、光は娘達の救出へ動く。ゆびさきに止まった蒼い蝶は、さらりと剣の形をなす。すると光の存在に気づいた男がひとり、大声で喚き散らす。
「俺達を誰だと思っていやがる!」
途端、青年の肉体にかすかな麻痺。何か使ったな、と直感したなら、刃は無数の蝶へと変貌する。
「なんだこの蝶! くそっ離れろ!!」
顔に纏わりつかせたなら、その痺れは解かれる。素早く飛ばした護符はひとの形を成して、それらは光や時雨、そして娘達によく似た幻影をうみだした。
「ちっ逃がさねえって言って……うおっ消えやがった!?」
さぁ、戻っておいで。主の手招きで刀へと姿を変える蝶達は、青白くかがやく一閃で悪漢共を薙ぎ払う。どうせこの連中は、四肢の何処を斬っても後で機械で補うのだと思いだす。
「なんというか、厄介だよね」
「え、全部粉砕しちゃえばいいんじゃない?」
時雨の何気ない答えに、このままでは全身跡形もなく粉々にされる恐怖を覚えたのかもしれない。無駄なパーツで組みあがった改造車や、エンジン音が大きすぎるバイクが激しく唸る。
「うわ、改造車なんていかにもなモン出して!」
「面倒だな」
革靴に仕込んだほそく視えない霊糸が、バイクの駆動部分へと絡みつく。こちらへの突撃を狙った男達は、ぴん、と張られた糸によって愛車が一歩も動かないことに慌てふためる。
「ちっこうなりゃ俺が! クソガキ共、よく覚えとけ、俺達の名前は」
「ご挨拶もくださるの~!? 育ちが良いこと!」
跳躍しながら名乗りをあげる男の攻撃をあっという間に躱し、時雨は勢いよく鉄拳を振るう。そうして吹っ飛んだ男ごと、牛の脚力は改造車へとするどい一撃をぶち込んだ。
「皆、物陰に隠れて。多分爆発するから」
光が娘達を誘導すれば、その数秒後。派手な音と共に炎上する改造車から、時雨は見事な着地を決める。
「やっぱ悪者退治って楽しいね~コウくん!」
「君はやり過ぎな気もするけどね」
「あら、本当に悪そうな人達が出てきましたね」
楽しくちょい悪コーデを選んでいたところに、招かれざる客が乱入してきたのをシンシア・ウォーカーが見遣る。その隣、坂本・一もおさない瞳をぱちくり。
「あれがマフィアの……ちょい悪より、小悪党っぽい、ね」
まったくもってその通り。一の感想にシンシアは頷いて、ふむ、と一言。
「いい機会です、ここで一くんに近接戦闘の極意を伝授しましょう――」
「うん、ぼく頑張る、よっ!」
きらきらと輝く少年の表情を背に、シンシアはレイピアを抜く。たん、と素早く駆けたなら、自動詠唱機構によって魔法の準備は万端。全力のダメージが流し込まれた刺突が悪漢を貫く。
娘達に夢中になっていた彼らの隙をつく一撃は、ギャッと短い悲鳴をあげさせる。そうしてすぱりと切り裂いたなら、迸る魔力によって機械の四肢が見事に切断された。
「こ、この女、強ぇ!?」
「たかが女一人だ、やっちまえ!!」
今なら彼らの視線はシンシアひとりに向いている。一はそっと目立たぬように悲劇に巻き込まれた娘達へと近づいた。
「お姉さん達、こっち!」
愛らしい救援の手に招かれて、娘達は構成員から距離を置く。誰にも怪我がないことを確かめて、一は相棒とシンシアの攻性インビジブルに声をかける。
「護衛頼んだ、よ!」
『ぷいきゅ!』
チンチラが元気いっぱいに返事をして、クラゲはふわりと宙を泳いで了承の意を見せる。彼らに護衛を任せた一は素早く駆けだして、シンシアと背中合わせの状態で敵を見据えた。
「いいですか、大事なのはやられる前にやる精神! 多少の痛みはどうにかなります!」
「復唱、やられる前にやる精神、だね!」
どろんと煙幕に包まれた少年は、あっという間にちょい悪チャイナボーイ姿に変身。両手の簪に魔力の刃を纏わせた姿に、シンシアはお似合いです、と褒める。
「それじゃ、雑用よりも気が利く子達を喚びましょう」
九体のちいさなクラゲ型インビジブル達はふよふよふわり。それを遠慮なく踏みつけて、ジャンプ台として二人は同時に跳躍。
「行きますよ、一くん。あいやー!」
「あい、やー!」
くるっと見事な回転と共に、簪の二刀流とレイピアの刺撃が構成員達を痛めつける。ステップの伴であるクラゲ達もタイミングを合わせて移動し、二人は縦横無尽の大活劇。
「このガキ共! ナメやがって!」
意地を見せようと耐え凌いだ一人による自爆じみた特攻には、一が素早くまじないの言葉をつむぐ。オーラの防御魔法を自分とシンシアに付与したなら、派手な爆発は二人の活躍を演出するだけの過剰なエフェクトへと変わった。
『ぷっきゅ!』
娘達の護衛を務めるぷいぷいと雑用さんも、自分の役目を見事に果たす。近付く敵には突風を、霊障による吹き飛ばしを。
「なんとかいい感じにやってますね? ならよし!」
雑用と名付けられたインビジブルへの扱いが雑なシンシアも、これにはしっかりちゃんとした評価をつける。
「さぁ、続きといきましょう!」
「うん!」
二人の繰り広げる華麗なバトルに、構成員達は成すすべもない。
剣呑な雰囲気のなか、不安で泣きだしそうになる一人の若い娘。それを見た暴漢は、ちっと舌打ち。
「ったく、泣きゃあ済むとでも思ってんのか? いいからさっさと車に」
「おいおい、女の子にはもっと優しくしないとだめだろ?」
どこか穏やかな青年の声に、構成員は振り返る。整った顔立ちの鷲宮・イヴが浮かべる表情は柔和なもので、ひどく男を苛立たせた。
「んだてめえ!」
青龍刀を乱暴に構えた男の足元が、不自然に引っ掛かる。気づけばそこには極細の鋼の糸が張り巡らされていた。
「動かない方がいいぜ、一歩踏み込んだらスパッと切れちまうからな」
告げる事実は淡々と、それでいて穏やかな声色は変わらない。じわりと構成員の顔につめたい汗が流れ落ちる。
「さ、その子をこっちへ渡してもらおうか、お家に帰しておいてやるからさ」
「なっなんでお前なんかの言うことを」
悪漢はうっすらと理解しかけていた。蜜色の双眸が、死線を幾度も潜り抜けた者の眼差しをしていることに。
「そりゃあおまえ、武強主義がここのルールなんだろ?」
ひゅるり、イヴの握った鋼糸が引き絞られる。絡め捕られた身体は硬直し、いつ切断されるかわからぬまま。ひどく冷淡な緊張が走るなか、青龍刀が構成員の手から離れる。
「もう一度言うぞ、その子をこっちへ」
「う、うるせえ! 若造がナメた真似すんじゃ」
「あぁ、そうか」
鋼の糸が貫いたのは、悪漢の腕。あっという間にすぱりと切断されたそれに、男は驚きと痛みのあまり絶叫する。絡まってしまった操り人形のような身体は地面に伏せるしかない。
「っと、俺はちゃんとそっちのルールに従ったんだけどな」
自由になったものの恐怖で身動きの取れない娘を支えてやり、イヴは今度こそ穏やかな眼差しを彼女に向ける。
「大丈夫だったか? 怖かっただろ」
「あ、ありがとうございます、でも……」
「ああ、報復とか気にしなくていいぞ」
この後元から潰してくるからさ。頼もしい彼の言葉に、娘は安堵の息をついた。
「あいつら……!」
ぎゅっと拳を握って不安そうな表情を見せたこどもの頭を、ぽふりと撫でる掌。祭那・ラムネは先程と変わらぬ笑顔で少年を自分の後ろへ下がらせる。
「じゃあ兄ちゃん、行ってくるから」
案内してくれてありがとう。そう告げて構成員達へと向ける表情は、戦いへ赴くヒーローの彩をしていた。
迷うことなく悪漢と娘の間に割り込んで、その掌は男へと突きだされる。放たれた衝撃波によって悪漢を吹き飛ばしたなら、ラムネは娘を背中に庇いながら声をかける。
「お怪我はありませんか?」
「は、はい!」
それまで共に居たこどもも含め、多くの一般人が事の成り行きを見守っている。ならば、あまり彼らに血を見せることはしたくなかった。
「このっヒーロー気取りか!?」
「やってやる!!」
無意味なパーツで派手に飾られた改造車から跳躍する男達。その手にはぎらりと光る青龍刀が握られている。
「――ッ」
すかさずラムネの右掌は、車に触れる。宙を舞うはずの男達は落下し、地面にたたきつけられた。
「ギャッ」
二人の男達が目を回して気絶したものの、もう一人はすぐさま起き上がる。できればそのままノックアウトしてくれればよかったものの、そうも行かないのがこの√に生きる悪漢共なのかもしれない。
「……俺は盾」
前線に立つ者ならば、迷わない。迷っちゃいけない。なにを護らなくてはならないのか、見誤ってはいけないことを青年は知っている。
――だって、ここは戦場なのだから。
ふわり、駆けるのは勇敢な白いふわふわの愛犬。そちらに気を惹かれた一般人達の視界に、敵の横暴と自らの成すことが映らぬよう。
(もう慣れた、大丈夫だ)
そんな風にいつものおまじないを自分に言い聞かせ、ラムネは告げる。
「――さあ、来いよ。俺が相手してやる」
やわく香り立つ蠱惑的なそれ。構成員達の視線はあっという間にたった一人の青年に集まって、誰彼ともなく彼の元へと各々の武器を持った男達が襲いかかる。
「たかが優男一人だ! ぶちのめせ!」
「オラァ!!」
振るわれた刃はしゅわりと泡のこぼれるオーラの盾によって弾かれる。同時、一気に構成員達のど真ん中を駆け抜けていったラムネの姿を捉える者はひとりも居やしない。
此処は戦場であると同時に、住民達にとって大切な生きるための場所なのだから。必要以上に、彼らや自分が荒らしていいものではない。
やみくもに振るわれた刃の群れをすべて見切って、一瞬の隙をつく。今だと思った瞬間、暗雲をはっきりと裂くほどのするどい衝撃波が構成員達の機械の四肢を貫いていた。
「まだやるか?」
――俺はいつでも、覚悟できてるぞ。
それまでとは違った類の騒がしさに、屍累・廻と目・魄も駆けつける。わかりやすく若い娘達を強引に連れ出そうとする姿に、廻はちいさな匣を手に取った。
「やれやれ、女性に手をあげるとは」
ならば手加減は要らないだろう、と人間災厄がちらと視線を向けたなら、人妖もしずかに笑む。お決まりの展開とはいえ、これがこの世界の常識ならば倣わざるをえないだろう――荒事のおすすめはしないけれど。
「対処するしかないか」
交わした視線で作戦のやりとりは十分。先に動くのであれば自分が適任と、端正な顔立ちの青年は暴漢共へと堂々と接近した。
「まったく、人目もはばからず目に余るね」
「あ!? 邪魔すんじゃねえ、てめぇもぶちのめされてえのか!?」
「へぇ、される側に回ってみるかい?」
涼しげな声色で煽る魄に激昂する構成員は青年へと襲いかかる――が、それを受け止める必要などなく。
「ぐぇっ」
渾身の強い蹴りがお見舞いされれば、魄の靴先からは棒手裏剣が飛び出した。
「うん、性能を試すのによい実験体だね」
魄が微笑んだと同時、彼の背後からぶわりと吹き荒れる悍ましい空気。異様な見目の怪異達は、魄が敵を惹きつけている間に廻が喚びだした子ら。
「なっなんだこいつら」
「ひ、ひぃい!」
妖魔とも違う不気味な存在に怯んだ悪漢達に、襲いかかる禁忌達。神獣の名を持つ仙術を編んだドローンと共にそれらは次々と敵を屠る。
「くっくそっ、俺達を誰だと思ってい、ギャアア!」
「勿論存じていますよ。この街の平穏を乱し、自分より立場の弱い者にしか当たり散らさない愚者の方々だと」
廻が目を細めたなら、怪異の群れがおびただしく集う。やがて数人の構成員に纏わりつけば、阿鼻叫喚の地獄絵図は完成されつつある。
「こいつら、いくら斬っても消えねえ!」
「ふふ、彼らに気を取られていては真っ二つになってしまいますよ?」
――もしくは、鬼に蹴り飛ばされるかもしれませんね。
うっすらと微笑んだ人間災厄へと武器を持った者が飛びかかる。けれどその眼前にはあわい銀髪が揺れた。
「このっ邪魔すんじゃ」
しかし、悪漢の振るった青龍刀は無を切る。かき消された幻影に手を止めた彼の背後、魄による強烈な回し蹴りが命中する。
その威力は機械の四肢を破壊するほどで、流石です、と廻は称賛を贈る。
「足蹴にされる奴が悪い」
淡々と告げたのち、雪鬼は怪異とドローンを引き連れ次々に鋭い蹴撃を繰り広げていく。
「使い方の実演もさせてくれる世界とは」
思う存分試し打ちができる、と満足げな魄の後ろ、廻もその双眸で潜んでいるかもしれない敵を視渡す。
「――どうやら隠れている者は居ないようです」
「なら、あとはこいつらだけか」
全てを視通す双眸と雪に潜みし鬼の標的となった構成員達は、ぞくりと背筋を震わせる。やがて彼らが全滅するのも、時間の問題だった。
「それにしても、そのどろんも便利だね」
「ええ、私の能力にも随分と馴染むようで」
互いに新しく手に入れた武器に慣れた頃合い。次にやってくる新たな脅威に立ち向かうことも、いつものように対処できるはず。
第3章 集団戦 『ブラックスーツ』
能力者達によって蹴散らされた悪漢共。その後始末をつけるため、黒いスーツに身を包んだ男達が静かにやってくる。
肩に乗せた妖魔は牙を剥き、はやくはやく暴れさせろと吠え猛る一方、主である黒服は正反対に静かなもので。
不気味なほどに冷淡な空気を纏った彼らを倒したなら、マフィア達がこれ以上この街に手を出すことはないだろう。
――さぁさぁ、乱舞がはじまる。街を守りにやってきた、すこしばかり変わった|武侠者《能力者》達による正義の舞が。
ずらりと並ぶ黒服の群れを見て、徒々式・橙は静かに笑む。先ほどまでは愛らしい黒兎に頑張ってもらったことだし、たまにはきちんと働かなくては。
「リリ、ちょっとだけ時間稼ぎしていただいてもいいですか?」
いいですよねありがとう。にっこりと笑った彼の言葉に、リリアーニャ・リアディオは返事をつむごうとした唇を閉じる。どうやら役目は決まっているようで、ならばと兎の娘はかつんと靴のかかとを鳴らす。
「――お手伝いの時間ね」
足元の影からしゅるりと喚びだされた黒薔薇の蔓は、リリアーニャの意思に従い自由自在に動き回る。すぐさま敵の脚を絡めとれば、ぎちりと逆棘がひっかかった。
能力を高めようとしていたのに思うように動けない黒服達へ、橙は笑みを浮かべて尋ねる。
「ところで、貴方がたの両腕って機械化されてるんですね? 随分格好良いですけど、だんだん動きが鈍くなってきていませんか?」
白い花の意匠がほどこされた、銀細工の懐中時計。カチコチクラック、音を鳴らした。
「こまめなメンテはきちんとしてます?」
まるで魔法のように、けれどこれは橙の身に着けた技術の賜物。いつしか機械化された四肢を襲うそれは|妨害周波数《ジャミング》によるハッキングで、脚を縛られた黒服達はなんとかあざやかな見目のちいさな妖魔をけしかける。
「駄目よ、ペットはちゃんと躾けないと」
獅子の姿をした小妖魔が飛びかかろうにも、黒薔薇の蔓が地面に叩き伏せる。蔓に締めつけられた小妖魔達は、その牙すらも動くことがままならない。
「なるほどねぇ」
ジャミングだとかハッキングだとか、魔女のリリアーニャには縁遠い言葉ばかり。そんな|介入《ぼうがい》の仕方もあるのかと、橙の細やかな立ち回りに感心した様子でちいさく声をあげた。
とりあえず殴って壊せばいい精神の自分と違って、丁寧な下ごしらえをする青年を眺める。これから始まるのは、ぬかりない準備の上に成り立つおおきな攻撃。
「さて、この下層には虐げられた方々の祈りがたくさんあります」
――つまり、先程手に入れたジャンクにだって、たくさんの|記憶《祈り》がある。
がらくたに触れた青年は、夥しいほどの記憶に交渉していく。世界で最も孤独なクジラの周波数に乗って、どうかどうかと願う聲の彩。
「……ええ、たしかに。貴方達の夢を届けましょう」
生まれたたった一発の弾丸は、銃剣の薬室へ。そうして放たれたのは、うつくしい花弁のような祈りがぶちまけられる。悔しさ、憎しみ、それから悲しみ。振りかざされた暴力に、反逆の銃撃音を。
大勢の黒服を巻き込んだなら、花弁の群れはしずかに消えゆく。その光景のうつくしさに、リリアーニャは一言呟く。
「ちょっと怖いくらいね」
物をひとつとっても、人の祈りがあるなんて不思議なこと。それを扱いきれるのだから、彼はやっぱり器用なのだと思う。
黒兎の娘が思わずぱちぱちと拍手をしたなら、橙はにっこりと笑った。
「私もたまにはやるでしょ? 惚れました?」
そんな満面の笑顔には、じとっと半目をかえしておく。
「務めを果たしに来たという訳か」
和紋・蜚廉の見据える先、黒服の男達は無言で戦うための動作に移る。言葉を交わす必要がないのなら、蜚廉とてただ始末をつけるのみ。
ふいに、影が揺れた。ずるりと異形の肉体から産まれてくるのは、蟲の男の分体。一体が黒服の銃弾をまともに食らった時、その中身は破裂したはずだった――が、その亡骸からは新たなもう一体。
潰され、踏み躙られ、砕かれるほどに数を増すのは蜚蠊の習性そのもの。たとえ言葉は持たずとも、揺るがぬ意志が蜚廉と同じ思考で動き出す。
素早く動いた黒服の背後に迫る、さらに別の蟲の分体。ぞうぞうと増え続ける数を前に、果たして蹂躙するための力が通じるのだろうか――そんな疑問を、サイボーグの兵士が果たして持っているのか。
「……ああ、言葉を持たぬなら恐怖も持たぬか。それは都合が良い」
逃げ出す心配もないのだからな。黒服の集団はあっという間に分体の数に押し敗けて、埋め尽くすのは蜚廉から分かたれし同志達。
しゅるりと彼らの口から放たれた黒銀の糸は、異様なほどの粘着性を持っている。ねばつくように形成された地帯に転がされた黒服達は、次々とひとかたまりに縛り上げられていく。
その姿に怯えたのか、獅子の姿をしたちいさな妖魔が逃げだす。けれど糸に絡んでいた鉤爪の群れが、小妖魔の肉を捕まえ離さない。
「魅せてやろう。塵一つ残さぬ――始末の付け方をな」
蟲の群れが飛びかかる。悍ましさすら感じるような圧倒的な暴力が、サイボーグを喰らいつくす。
殴り、蹴り、引き千切り、機械仕掛けの肉体すらも、貪欲なまでに文字通り最期まで。やがてそこに居たはずの黒服達は、スーツの布きれ一枚すら残さず消えていた。
「早そうな脚! この……いかにもなスーツ姿! 思わず逃げたくならない?」
構成員の始末をつけに現れた黒服を見た野分・時雨の隣、尾崎・光が首をかしげる。
「銃火器による強さって武強主義的にどう……え? そう? 磨かれた靴は踏みたくなるとか言うかと思っていたよ」
「えぇ、なんかああいうのは苦手だなぁ」
「じゃあ僕もスーツを普段着にしようかな」
しれっと言葉をかえす光に、時雨はエッと一言。
「そんな……コウくん……がスーツ着たらそんな面白いもん放るわけに行かずウロウロする未来しかないや。いいの?」
どうやら彼には全く効き目がなくてつまらない。仕方がない、と光は前を見る。気晴らしをするには、いい相手だろうから。
各々愛用の銃器を構える男達に、時雨は面倒な顔をする。
「銃ってイヤ! 嫌いです」
曲刀に魔術の香りを纏わせて、人妖は素早く地を蹴った。銃弾の群れを躱しながら、その足取りはまるで蜘蛛の巣のように鋼糸を残していく。
「やっぱりさぁ! 男なら真っ向勝負じゃない?」
案の定、光の思っていた通り。パワータイプの時雨は苦手な相手らしいと、己の影から伸ばしていくのは三十三本の蔦状の植物霊。自らの巣を縦横無尽に生み出す時雨のあとを追うように、男達の機械化された四肢に絡みつく。
銃の弾道は鋼糸によってうやむやにされ、ただしく青年達の方角へ向けることは難しい。
「コウくんな~いす!」
軽やかに返事をする時雨が曲刀を振るう。三倍に増加した彼の速度に追いつける者はおらず、派手に暴れる彼に目を惹かれるようにちいさな妖魔達が群れとなって飛びかかる――寸前。
とん、わずかな隙をついたなら、にこりと牛鬼は黒服に微笑む。肩に乗ったそれらに、まるで挨拶するように。
「かわいいね、お名前なに?」
ねぇ、狛犬はいないの? そう続けて、烈しい黒の斬撃が小妖魔ごと敵を袈裟斬りにせしめる。鳴き声ひとつあげることなく消滅した哀れな小獅子に、ごめんね、と軽く謝ってはおくけれど、これらに情けをかける必要もない。
「いいですよ、ぜぇんぶぶった斬ってあげます!」
小妖魔達が時雨に夢中になっているさなか、光はそっと護霊符に重ねたのは己と時雨の幻影。鮮明なそれへと攻撃を仕掛ける黒服達の銃弾は、当然ながらゆめまぼろしをかき消すだけでなんの意味も持たない。
「頭のなかまで機械化してる?」
それなら手っ取り早く、手間も省けて楽というもの。主に付き従う蒼白い蝶の群れは、ふわりやわらかく刀のかたちをとる。身軽に駆ける光が振るった刃は、拘束された黒服共の四肢を一刀両断に切断。筋肉や血管代わりの回路が剥き出しになった腕や脚は、バチバチと火花をあげてショートした。
「コウくんってば容赦なーい」
「君にだけは言われたくないな」
それもそうかも、なんて思いつつ、自らの張り巡らせた鋼糸の上を飛び跳ねるように時雨がゆく。刃に纏わりつく香りに惹かれたまま妖魔にとって、いまや人妖だけが標的。ちいさな獅子が牙を剥くより先、その身体を切り刻む。
「もう少し、かな」
なおも銃の引き金をひこうともがく黒服の腕をたたっ斬り、光は都度周囲の敵の数を確かめる。そうして蜘蛛の巣と蔦の陣に倒れ伏した黒服の群れを見て、時雨は満足げに頷く。
「やっぱり銃より剣ですよ」
「時と場合によるけどね」
「そこは同意するところだよ!」
冗談めかしてぷんすこする時雨の言葉に、そういうものか、と光は淡々と影のかたちを元に戻すのだった。
シンシア・ウォーカーと坂堂・一の前に現れたのは、それまで戦ってきた戦闘員よりも、明らかに落ち着きのある集団。自分と同じく肩に相棒を乗せている彼らを、少年はまじまじと見る。
「あれが、妖魔……え、めっちゃ顔こわい、ね?」
ちいさな獅子の妖魔達は、ぐるる、と唸り声をあげながら威嚇するように牙を剥いている。その顔つきは凶悪そのもので、一のチンチラとは大違い。
「ぷいぷい、これは負けられない、よ」
『ぷいっ!』
しっかり鶴のポーズで威嚇し返す精霊に、うんうんと一は頷く。
「戦い慣れてそうな方々が来ましたね。私も雑用肩に乗せようかなぁ」
「雑用さんも乗る、の?」
わくわくとした表情の一と共に、乗る? と尋ねるシンシア。けれどクラゲ型のインビジブルはNOを表現するようにゆらゆら宙を揺れる。それを残念がることもなく、セレスティアルの娘は気合を入れた。
「ともあれ、私がやるべきことはシンプルです。殴る! それだけです!」
「シンシアさん、かっこいい……!」
そんな二人を見て中空で固まるクラゲ。おや、とシンシアは不思議そうに首をかしげる。
「どうしました雑用、絶句して。淑女が拳使うのはたまによくあることでしょう。ぷいぷいさんを見てください? やる気漲っているではありませんか」
『ぷっきゅ!』
さらに気合を入れるように、ぷいぷいは虎のポーズで威嚇中。クラゲは何かを諦めたように、ふわりと首を横に振るように揺れた。
「さて、それでは行きましょうか」
「後方支援は任せて、ね!」
一が編み出した魔法の弾丸は、三十六発。宙に展開したそれらの三分の一が、シンシアの身体に吸い込まれていく。全力の魔力を込めた中身は速度上昇を与える支援の術で、娘はあっさりと敵の銃器から放たれる弾丸を見切る。
「いつもより身体が軽いです、流石一くんの魔法ですね!」
さらに己の魔術によって強化するのは――そう、腕力。文字通り目にも止まらぬ速さと華麗なステップで飛びかかれば、ぐっと握りしめた拳はまずは一発、黒服のひとりの顔面に強烈な殴打を与えた。
「唸れ黄金の右ストレート、芸術的に舞います淑女!」
見事に敵を空中に吹っ飛ばすのはアッパーカット、勿論腹部にも強烈な一発を。片っ端から敵に叩き込まれていく拳に、一も尊敬のまなざしを向けて。
「今のワンツーは、芸術点高い、ね」
『ぷーい……きゅ!』
なにやら解説中のぷいぷいが、ふとこちらを睨みつける妖魔に気づく。シンシアの死角や隙を埋めるように黒服を狙撃していく魔法の弾丸をすり抜ける彼らにも、一は決して怯まない。
「ぷいぷい、頼りにしてる、よ」
『ぷいっきゅ!』
精霊はカンフーのポーズを繰り出して、最も得意とする風の魔法を妖魔へと放つ。突風で吹き飛ばし、かまいたちで切り刻み、オーラの壁を展開させる主の守りを鉄壁のものへと変えゆく。
「さぁ、そろそろ拳舞もフィナーレと行きましょう!」
「うんっ」
魔法の弾丸はまだ残っている。それらをすべてシンシアへと撃ち込んだなら、彼女の動きは神速そのもの。チャイナドレスをひるがえし、小ぶりの翼を背に乱舞する乙女の姿を捉えることは、目視だけでは一とて難しい。
そうして積み上げられたのはぼこぼこにされた黒服の山であり、シンシアは両手を合わせてカンフーらしいお辞儀をひとつ。ぷいぷいは百点と記されたちいさな札をかかげ、一は拍手。
クラゲ型インビジブルはというと、なにやら見なかったことにした様子。
「これはこれは、またわかりやすい方々の登場みたいで」
引き続き、遊び甲斐がありそうですよ。敵の数を確かめながら視線をこちらへと遣る屍累・廻の言葉に、目・魄も軽く靴のかかとを鳴らす。
「成程成程、なんとなく新しい武器も把握できたことだし……あとはあの黒スーツかい?」
黒服の肩に寄り添うちいさな妖魔にも興味があるようで、人妖はまじまじと観察して。
「歯ごたえはありそうだね」
全身に満ちる妖力を、左眼に宿る妖怪へと集中させる。菖蒲の花のような彩に燃えあがる義眼は、やがて黒服達のあらゆる隙を見透かしていく。魄めがけて撃ち込まれていく弾丸の合間をぬうように突き進み、避けきれぬものは鉄扇が払い落とす。
「ほら、急がないと追いついてしまうよ」
うっそりと微笑みながら寄せる言葉は己へと意識を惹きつけ、後方で絶望蠢く匣を手にした廻に攻撃が及ばぬために。そっと後ろ手のゆびさきと振り向く視線で示すのは、こちらの隙を埋めるための位置取り。
言葉を交わさずとも伝わる意図に、人間災厄はさり気なく足場を変えて、手にした禁忌をとん、と指でたたく。
「さて、まだ暴れたりないなら遊び相手になってあげますよ」
開かれたるは秘密の匣。夥しいほどの怪異の群れが一斉に飛び出して、それらに混じってドローンもまた黒服へと飛び込んでいく。
「最も……生きて終われるとは言いませんが」
力が全てなら、このくらいしたって悪くはない。ぞうぞうと襲いくる怪異の群れは、小妖魔の牙をあっという間に貪り尽くす。使い魔を失った黒服がそちらに気を取られていれば、懐まで接近した魄の強烈な蹴撃が叩き込まれる。
凄まじい破壊力で蹴り飛ばされた身体を、仙術ドローンが切り刻む。死角を決して作らせない二人の連携は、確実に黒服達の数を減らしていく。
一方、黒服達も倒されてばかりではいられない。獅子の見目をした小妖魔が癒しの治癒符を主へと貼りつけて、怪異へと瘴気の牙を立てる。体勢を立て直したサイボーグ兵士達の銃弾の雨は、なおも魄へと降りそそぐ。
「数撃ちゃ当たる……なんて、そう簡単でもないんだよね」
なんせ、その数をも超える味方がここには“居る”のだから。魄の言葉通り、彼の背後からは禁忌の匣から次々と現れる悍ましい化け物共が群れを成す。
「俺にもどこまで増えるかわからないぐらいだからね」
「えぇ、その通りです。数での勝負ならば、誰にも負けるつもりはありませんよ」
魄とはまたどこか違う笑みを浮かべ、すべてを視通す金色の双眸はまっすぐに敵を視た。
「最期まで、喰らいつくしてさしあげましょう」
――さぁ、存分に遊んできて良いですよ。
歴戦の兵士であるはずの黒服達の戦意を殺ぐほどの憎悪と狂気の暴威、そして雪鬼のすさまじい回し蹴りや踵落としをまともに喰らい続けていれば、いつしか敵の数は減っていく。
だのに増え続ける怪異を従えた魄の姿は、最後まで立っていたひとりに久方ぶりの恐怖を覚えさせたのだった。
ぞろりと群れる集団に、鷲宮・イヴはわずかに目を瞠る。
「おお、やっと黒幕さんの登場か」
あくまで自然体のままにそう告げた青年の前で、黒服は肩に乗せた獅子めいたちいさな妖魔を躍らせる。ぐるる、と唸り声をあげて牙を剥きだしに飛びかかる小妖魔が主の肩から宙へと跳んだ瞬間。
「ちょっと静かにしててくれよ、俺が用があるのはこっちのお兄さんだけだからさ!」
ころん。卵型のちいさな繭に閉じ込められた小妖魔は、がたごとと鋼糸で出来た檻で暴れる。しかし、いつしかその動きも鈍くなり。繭は地面で動きを止めた。
「よし、いい子だ」
繭に閉じ込めたと同時に黒服へと接近すれば、イヴの手にした鋼糸がするりと敵の頸を括る。一気に引き絞ると、装甲が邪魔をする。
ならばと機械腕のパーツの隙間に差し込まれる糸は細く、黒服はそれを取り払う暇もない。絡みついたそれがあっという間に切断され、サイボーグとしての肉体が露わになる。
ああ、やっぱり。そう青年はちいさく笑う。
「|√《世界》が違っても、機械の仕組みはあんま変わんないな」
もがく黒服は身動きとれず、いくら小獅子を呼ぼうともペットは鋼の繭のなか。
「悪いことすんなとは言わないさ、郷に入ってはなんとやらだ」
けれど、無力な若い娘達を狙い、他人のモノを掠め取るのは気に入らない。
「ああ、そういう意味では強いモン勝ちってのもいいな。こっちの主張も勝てば通るわけだ」
終わりのない戦いの日々を続け、自らの体内に爆弾を仕込んででも人類の勝利を求める。それを兄弟そろって選んだイヴには、仙術サイバーというこの世界が不思議とよく馴染んだ。
「二度とここに来るなよ」
もう一度、つよく鋼糸を引き絞る。そうしてただのがらくたとなった味方の姿を、他の黒服へと見せつけた。
現れたサイボーグ兵士集団を前に、祭那・ラムネはちいさく深呼吸。そうして、サイダー色の双眸で彼らを見据える。
その世界には、その世界のルールや価値観がある。余所者である自分が口を出すことも、介入することも迷惑なのだろうと自覚している。
(――でも、無視なんかできねぇから)
青年にも妹と呼べる存在が何人か居る。たとえ血のつながらない関わりだとしても、稚い赤子の頃から護ってきた笑顔だってあって。
ラムネにとって大切な妹達は、彼女達にとっても大切な兄なのだ。
「大事な人たちが不当に害されるのなんか、黙ってられないよ」
それはどんな進化や日々を辿ってきた平行世界の人々だって、きっと同じ。その人が護る術を持ち合わせていないのなら、
「――俺が手を貸す、俺が盾になる」
儚く思えるほどに澄んだ青年の魂の断片が、静かにうちあがる。どこか爽やかな空の色、雨があがるように輝く白焔の天槍は虹の名を冠している。ぱしりと軽やかに右掌が確かに槍を掴んだならば、怖いものは何もない。
黒服が両腕に仕込んだマシンガンの弾丸を打ち鳴らす。この雨を無視してしまえば、街の景観を損なうかもしれない。だからラムネは、すべてを受け止める。
この身は盾、鉄壁の防御を成してみせる。こども達のいつかの楽園が、確かに青年の心音を活かし続けているから。
天槍を振るい、あらゆる弾雨は虹色の焔が受け止める。無数の弾丸がパラパラと地面に落ちて、青年は一気に地を蹴り接近。六十秒のながいようでみじかい時の間に、青い輝石と鼓動が確かに重なっていく。
「上司んとこまでぶっ飛ばしてやるから、そいつにちゃんと伝えとけ」
もう二度とこんなことするなよ――ってさ。
猛る業炎の勢いは止まらない。蒼天はいつだって己と共に在り、その共鳴は完全に重なった。すべての敵を薙ぎ払う全力の一撃は、天翔ける白焔の波と共に黒服の群れを彼方まで連れて吹き飛ばしていく。
悲しみの雨はあがる。そうしてかすかであれど夥しい弾雨を受け止めたダメージが、青年の身体に叩き込まれる。
「っ」
それでも、ラムネが倒れることはない。大丈夫、と紛い物の臓器がこの身を生かしているから。
「……よし」
さっぱりと笑った彼の笑顔は、雨上がりの晴れた空の彩をしている。
能力者達の活躍により、娘達は大切な人々を別たれることなく抱き合い喜んでいる。
人々はあなた達を改めて歓迎し、お礼として自慢のごちそうを用意するだろう。
強い者が勝ちあがることを善しとされた世界で、助けを求める人々を救う傾奇者は摩訶不思議で滑稽かもしれない。
――けれど、その後味は決して悪いものではないのだ。