5
ふたりは魔法少女!
第1話『変身! ふたりで魔法少女!?』
●
「新しい学年でも一緒のクラスになれるといいね、|夜空《よぞら》ちゃん!」
「なれるんじゃないかしら? なぜか幼稚園のゆり組から去年まで、ずっと同じクラスだものね、ひかりとは」
「そうなんだよねー、運命を感じちゃう!」
「あら、今更? 感じるの遅くないかしら? ふふ」
快活な声で楽しげに笑うのは、ひかりと呼ばれたふわりとした栗色のセミロングの少女。そしてその隣で歩く、夜空と呼ばれた鴉の濡れ羽色のロングヘアを靡かせた清楚な少女がくすりと笑みを漏らす。
冷たかった風も少しずつぬるみ、気が付けば花のつぼみも膨らんでいる。
もうすぐ春、そして新学期。
「あたしたちにとってはもう人生の一大イベントだもんね、クラス替え。これからもずっと夜空ちゃんと一緒ならいいんだけどなあ」
「じゃあひかりはもう少しお勉強頑張らないとね? 高校とか大学とか」
「うっ、それを言われると……」
あはは、と二人が笑い声をあげた時。
――本当の意味で、彼女たちの人生を変える出来事が始まった。
『希望……希望反応アリ……捕獲セヨ……捕食セヨ……!!!』
瞬きをしたそのひとときで世界が替わる、そんな体験がありうるだろうか。
だがそれが事実。二人の周囲は一瞬にして、形ある暗黒を濃厚に塗り固めたような空間に切り替わっていた。
目を見開いたひかりと夜空の前に、それは滲み出た。
そう、いずこともわからぬ認識の果て、現実と虚構の狭間から、それはまさしく「滲み出た」のだ、どろりと間断なく溶け落ちながらも再構成を続ける、穢れ切った汚泥が冒涜的にして嘲笑的に人の似姿を取ったような、「それ」は。
「………え………?」
「な………に……?」
何が起きたかも理解できるはずがなくまたその時間もあるはずがない。ただ立ちすくむしかない二人の少女に、「それ」はゆっくりと手を伸ばした。顔も表情もわかるはずがないその姿から、けれど伝わる明確な悪意を満たして……!
『捕食スル……!』
●
「ぱんぱかぱーん! パンドラが来ましたよ!」
集まったEDENたちを前に、星詠み、パンドラ・パンデモニウムは元気に声を張り上げると、おっとっと、と慌てて首を振った。
「あっと、そんなことを言っている時ではありませんでした。今皆さんにお見せした幻は、私が詠んだ星を反映したものです。あの怪物、まあ『デザイアモンスター』とでも呼びましょうか、皆さんにはその化け物から、二人の女の子を助けていただきたいんです」
EDENたちは頷く。よくは見知らぬ怪異だが、いずれにせよ襲われる無辜の人々を放っては置けない。
だが、パンドラは少し考え込むように細い首をかしげた。
「……でもですねえ……なぜか不思議な星が見えたんです。彼女たちは襲われた瞬間、――大きく運命が切り替わりました。どうやらただの女の子たちではないようです。何が起きるのかはわかりませんが、大きな変革が起きる可能性があります。彼女たちを見守ってください……!」
●
「それ」がひかりと夜空に襲い掛かった瞬間――!
迸ったのは無惨な血飛沫ではなかった。
舞い散ったものは……輝き! 二人の内側から放たれた眩くも清らかな閃光であった!
ひかりの身を覆ったのは純白の輝き、そして夜空の身を包んだのは深い漆黒の光。
その煌めきに、化け物は一瞬たじろぎ身を引く。
同時、二人の体を覆った光が彼女たちを鮮やかにして華やかな姿に装っていくではないか!
「心を照らす白き輝き――ピュアリィシャイン!」
「心を癒す黒き煌めき――ピュアリィシェイド!」
「「魔法少女ピュアリィデュアル!!」」
見よ、ひかりと夜空は今こそ新たな姿を持って運命を描き変える!
白いドレスを纏ったひかりはその名をピュアリィシャイン!
黒いドレスに身を包んだ夜空はピュアリィシェイドと名乗って!
「……いや『名乗って』じゃないよ!? 夜空ちゃん、あたしたちどうなっちゃったの!? いやでも夜空ちゃんすごい可愛い……似合ってる……」
「ありがと、ひかりもとっても可愛いわ。それはさておき……」
「さておき?」
「逃げるわよ!!」
何か大きな力がその身のうちに蠢いてはいるが、彼女たちはまだその使い方を知らない。とりあえず今は三十六計逃げるに如かず!
だが一瞬たじろいだ化け物もすぐに彼女たちに追いすがろうとする。
EDENたちの出番だ!
これまでのお話
第1章 集団戦 『デザイアモンスター』
第2話「カンベンして!? 狙われたふたり!」
デザイアモンスターの悍ましくぬめるような爪牙が幾度となくひかりと夜空を――いや、ピュアリィシャインとシェイドを追い詰める。だがいずれも間一髪のところで、ふたりはその魔手を逃れていた。常人なら、いや優れたスポーツ選手や格闘家であってもそうは凌ぎきれないと思えるほどの猛攻を。
「あ、あたしたち、なんか……凄く速くなってる!? 体育の授業の時便利かな!?」
「次の体育の授業まで命があればね!」
「あと遅刻しそうな時も!」
「もっと早く起きなさいっていつもいってるでしょ!!」
だが、何とか回避できているとはいえ、今のままではジリ貧だ。徐々に追い詰められているのは間違いない!
ついに髪の毛一筋が霧飛ばされるところまで追いつかれた、その刹那。
きゅっと唇をかむと。
――夜空、いやピュアリィシェイドは、どん、と力いっぱいシャインの背中を押し、化け物に向かい合ったではないか。
「……ひかり、あなただけでも逃げなさい、私がここに残るから!」
「な、何言ってるの夜空ちゃん!?」
「……スピードはどうやらあなたの姿の方が少し上みたい。ひかりだけなら逃げ切れる可能性があるわ。私のこと、時々でいいから……思い出してね……!」
「夜空ちゃん!!!!」
悲痛な叫びが響き渡った時――。
救いの手が現れる。
楽園の守護者たち、EDEN参上だ!!
デザイアモンスターは「希望」に自動的に反応する怪物である。会話などは通じない。
今は魔法少女たちの「希望」に反応し、襲い掛かってきていることから、まずは魔法少女たちを守る必要がある。
彼女たちへの防御手段を講じるか、あるいは自分の「希望」を語ることで怪物の注意を惹きつけるなどの戦い方もあるだろう。
「そこまでだ! ここはこのカッコいいお兄さんに任せてもらおうか!」
二人の新人魔法少女、ピュアリィシャインとシェイドが今しも絶体絶命の危機に陥ったその瞬間! 戦場を圧してカッコいい声がカッコよく響き渡った!
「えっ!?」
「な、なんなの!?」
シャインとシェイドがきょとんとしている間もあらばこそ、そびえるビルの屋上に逆光を背に受けて凛と立つ一人の影がある!
「とうっ!!」
その影は見事な空中ジャンプから、きりもみを加えた三回転半宙返りを決めて鮮やかに片膝立てたスーパーヒーロー着地! なんたる軽妙にして洗練された身のこなしか、あたかもニンジャの如しだ!
いや、それは比喩ではなかった。フッ、と余裕の笑みを浮かべて振り返ったその者こそは、誰あろう|周防・灯真 《すおう・ひさな》(アウトロー(自称)・h12314)! サイバー武侠より訪れし現代のニンジャそのものであったのだ!
「どうだ、驚いたかい。これこそサプライズニンジャ理論! ニンジャが出てきて相手は驚く! その隙に君たちを逃がすというわけさ!」
「さ、サプライズニンジャ理論ってそういうのでしたっけ…‥?」
「細かいことは気にするな! さあ逃げるんだ! 魔法少女ものには詳しくないが、君たちがルーキーの子供なのはわかった。ならそれを守るのが大人の役目だ」
「は、はい……ありがとうございます……!」
戸惑いながらもぺこりと礼をして駆けだしていくシャインとシェイドの姿をぽかんと見送っていたデザイアモンスターは、はっと我に返って二人に追いすがろうとする。だがもう遅い! 既に灯真がモンスターと魔法少女たちの間に立ち塞がっていたのだから!
悍ましい怒り声をあげて灯真にその矛先を向けた怪物の魔手が、唸りを立て風を裂いて灯真に叩きつけられた! その一撃を受ければ大地も砕け果てるであろう!
――だが、微塵に叩き潰されたかと見えた灯真の姿が、次の瞬間。
ゆらりと揺らめいて跡形もなく消え失せたのだ!
「錬成忍法・陽炎分身! そいつはただの幻影さ。特定の薬品を秘密の調合で混ぜあわせた時に発生する霧は吸い込んだものに幻覚を見せる」
いずこからともなく聞こえる声はまさしく灯真のもの。そう、彼は既にその実体を闇に溶け込ませ影の中に潜んでいたのだ。錬金術と忍術を複合させた、彼独自の技術体系によって!
「まったく、サイバー武侠からよその√に来たらいきなり怪物とのバトルか。なるほど、随分変わっていて興味深いな」
灯真の声がそこかしこから何重にも木霊し響き、どこに本体がいるのか見当さえつかぬ! これぞ実態を見せずに忍び寄るニンジャの極意、錬成忍法山彦返しの術だ!
「ただの山彦じゃない、反響音をもっとも効率的に乱反射させる素材を一面に張り巡らせておいたからな。俺の声がどこから聞こえてくるかわかる奴はいないさ。……では、全滅してもらおうか」
ハンマーを引き起こす金属音すらも多重に響き渡り、処刑開始の宣告と化す。
次の瞬間、轟然! 無数の業火が爆音と共に炸裂した! 灯真の放ったリボルバーの激烈なる攻撃が開始されたのだ!
本来ならニンジャは攻撃にあたって音を立てるものではあるまい、だが! 無限に反響し共鳴を続けるこの戦場にあっては、銃声そのものがひとつの幻惑と化し、いつ発射されたのか、どこに向かって放たれたのかを無明の奥へ封じ込める。
デザイアモンスターたちは悍ましい血しぶきを飛び散らせながら見る間に汚らわしい肉片と化していく。それでも再生と復活を試みのたうち回る化け物どもであったが、しかし!
その刹那のモンスターどもに感情ありとすればそれはまさに慄然たる衝撃であったに相違なし。
おお、回復が、……効かぬのだ!
「錬成忍法! 土遁・蝦蟇召喚の術!」
灯真の声が響きわたる中、軽妙に闇の中から跳ね舞ってくるものは、無数のサイバーガマガエルの群れだ! そのカエルたちは攻撃力こそ低いものの、猛毒の泡を噴き出し戦場を汚染する! デザイアモンスターたちの能力を狂わせるに足るほどに!
「最初の陽炎分身が効いたってことは、お前たちにも毒は通用するってことだからな。この戦いは始まった瞬間にもう終わっていたのさ」
ゆらりと揺らめく幻の中から歩み出し、断末魔の痙攣を示す化け物どもの前に現れた灯真は無造作に引き金に指を掛ける。
「そのコアの様なもの、ぶち抜かせてもらう。――俺の前に立った不運を呪うがいい。お前らは『希望』を喰うんだって? だが、お前たちに残されていたのは――『絶望』以外の何ものでもなかったのさ」
漆黒を斬り裂いて閃光が舞った。
同時、この世のものならぬ悍ましく膨れ上がった触腕が無造作に斬り飛ばされる。今しも二人の魔法少女――ピュアリィシャインとピュアリィシェイドを襲おうとしていた、その触腕が。
奇怪な悲鳴を上げてたじろぎ後ずさった怪物、デザイアモンスターを尻目に、涼やかな声が二人の少女の耳に届いた。怪物の触腕が撃ち砕いた華麗なエレメンタルロッドを片手にして。
「助けに来たよ、もう大丈夫だ!」
「あ、あなたは……?」
呆然としつつも問うピュアリィシャインに、その声の主は静かに微笑む。クラウス・イーザリー、太陽を想う月(h05015)と呼ばれる青年は。
「俺は……君たちに満ちている輝きを失ったもの。そして、だからこそそれを護るものさ」
「えっ?」
シャインは言葉の意味を測りかね、首をかしげて物問いたげな視線をクラウスに向ける。だが、それを軽く手を挙げてシェイドが制した。彼女は見て取っていた――クラウスの瞳の奥に揺れる哀し気な翳りを。
さあ、と揺れる笑みを浮かべたままでクラウスはそんな二人を促す。
「ここまで凌いだことも、お互いのことを思い合っていることも本当に凄いことだ。だからこそ、君たちは絶対に守ってみせる! 今のうちに行くんだ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
謝意を示し足早に描けていく二人の後ろ姿は確かに輝いてクラウスには見えた。
……それは、かけがえのない「友」の姿、そして、そこに溢れる希望の光。
(そう、どちらも俺からは失われてしまったもの。かつて自分がそれを抱いていたかどうかすら思い出せないほどに……)
クラウスがかつて決定的に喪失したもの。それを奪われたことが、今も彼の魂に昏い影を落とし続けている。彼はもはや実感することさえできぬのだ。――希望と言う名の灯を。
言葉ではわかる。文字では理解できる。だがそれだけだ。なんと虚ろで形骸じみた概念か。それは希望と言う名の墓標に過ぎぬ。土の下に埋もれた真なる希望の枯れた十字架に過ぎぬ。
「……だが、それでいい! それが大切だということは理解できるんだからな! ただの墓標であるからこそ、俺はその墓を守って見せるさ! 行くぞ、――『叢時雨』!!」
失ったからこそわかる、決してその喪失感を他のものに味わわせてはならぬことを! ましてや大切な「友」との間に育んでいる少女たちの希望を!
大地を揺るがし猛然と立ち向かって来る数知れぬ化け物どもの圧倒的な物量を前に、されどクラウスは一歩も引かず立ち向かう。瞳に燃やすは情熱の炎、口元に浮かぶは決意の詠唱。
天が崩れ落ちるかのような勢いで怪物どもがその触腕を振るう。しかし攻撃はことごとく弾かれた、目に見えぬ何かに。それこそはクラウスの構築した魔力の盾、仮に目視できれば人は目を剥くに違いない、その城壁とも見まごうほどの強大さに!それこそはクラウスの覚悟の証だからだ、一歩も先へは通さぬとの!
クラウスの身体の奥底から湧き上がる魔力が青白い炎のように戦場を染め上げた! それこそは超科学と魔力の奇跡的融合による絶対火力の面制圧攻撃戦術、叢時雨に他ならぬ!
「薙ぎ払え、レイン!」
華麗なるコンダクターのごとくに腕を振るったクラウスの指示の下、無数の決戦気象兵器が放つレーザーの豪雨が空間もろとも異形の怪物どもを焼き尽くす!
たちまちのうちに化け物どものくぐもった悲鳴が響き渡り、燃え上って紙切れのように散り果てていく。だが、常軌を逸するからこそそれはモンスターの名で呼ばれるのだ。見よ、モンスターたちは時を逆戻したかのごとくに燃え尽きたはずの肉体を再び積み上げていこうとするではないか。なんたる恐るべき再生能力か! しかし!
「さすがに再生する間はその能力に全力を使うようだね。つまり……再生している間はお前たちは完全に無防備だ」
淡々と言い放ったクラウスが指を鳴らすと同時、空間を引き裂くような烈風が吹き荒れた。その強烈な圧力の前に、怪物どもは抗し切れぬ! 再生半ばにしてその体を斬り裂かれ、そこからまた再生しようとして無為に終る、それを延々と壊れたからくりのように繰り返すのみだ。
「希望を食い物にしようとするお前たちも希望を失っているのか。それとも、その行為自体が希望なのか。……いや、意味のない疑問だったかな、どちらにせよ俺は――|希望《それ》を形でしか理解できないんだから」
己自身に対し小さく皮肉めいて微笑むと、クラウスは無造作に手を振るった。
終わらない無限の再生地獄の中に叩き込まれたモンスターたちに、魔力の剣を。
その一閃で、怪物どもは塵に返っていく。
「……それでも多分、そんな俺にも分かることはある。今夜の空気はきっと、……少しだけ、懐かしい匂いがするんだろうな」
――大切な友情と言う名の、それは匂い。
「|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》――突然力に目覚めるそれは、さほどに幸せなものでしょうか」
|神隠祇・境華《 かみおぎ きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)は黄金色に澄んだ美しい瞳を微かに曇らせ、事態を慮る。
「心の準備もないままに突然主役として世界の命運という大舞台に上げられる。しかも己の生命と平穏、そして平凡と言う名の輝く日々を代償にさせられて。――それではまるで……」
細い吐息を付くと、それでも境華は乱世に舞う。そう、それでもだ。それでも、彼女たちの『物語』は始まったばかり。ならばこそ。
「ええ、あなたたちの『物語』を未完にも悲劇にもさせはしません!」
漆黒の髪が鮮やかに踊り、優艶なる姿に決意が漲る。悍ましく乱れた戦場に可憐な一輪の花が揺れるがごとく、今、神隠祇境華、推して参る!
一閃!
今しもピュアリィシャインとピュアリィシェイドを襲おうとしていたデザイアモンスターの頭部に、一筋の煌めきが突き立った!
『GOAAAAHHH!!!???』
悲鳴とも怒号ともつかぬ叫喚を上げ、化け物は怯み、よろよろと後退する。それにより生まれた間隙にふわりと櫻花の舞うごとく、境華は天空より降り立った。
「間に合いましたか。下がっていてください……ここは私が引き受けます。安心して」
「あ、あなたも……私たちを助けてくれる人なのですか!? でも、なぜ!?」
胸に手を組み、感謝の意と共に隠しきれない不思議な思いを口にしたシャインに、境華は微笑んだ。
「『めでたしめでたし』――おとぎ話はそう結ばれるべきだと私は信じていますので」
くすっと一瞬無邪気な笑みを漏らし、けれど境華は改めて朱唇を引き結んで怪物の群れに向き直る。
「あなたたちの戸惑う気持ちはわかります。突然世界を賭ける運命の舞台に乗せられた、それではまるで……ええ。『いかに宗高、あの扇の真中射て、平家に見物せさせよかし』と屋島で義経公に突如見いだされた那須与一の如しですもの」
「茄子のお漬物……?」
「おバカひかり! 古文の授業でやったでしょ平家物語!」
あわててシャインの口を抑えるシェイドの姿に、境華は自分の懸念が薄らいでいくのを感じた。確かにあまりにも急激な過酷ともいえる運命の転変、しかしきっと。
(……きっと、この二人なら。お互いに支え合っていけるはず。……そのためにも、ここは守り抜きましょう!)
凛と構えた境華の|左手《ゆんで》に輝く弓が、|右手《めて》に光の矢が現れる。朗々と粛々と、戦場一帯に流れ出すは境華の唇から漏れ行く、玉を転がすがごとき美声。
「『折節北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。船は揺り上げ揺り据え漂えば、扇も串に定まらず閃いたり……南無八幡大菩薩、この弓外させたもうな。……与一、鏑を取って番い、よっぴいてひょうと放つ!』」
同時!
境華の唇から流れゆく平家物語巻の十一、その音曲言辞の響くところ、襲い掛かろうとした化け物の頭部に鮮やかに華やかに、閃光の矢はまっしぐらに突き立ち貫いていた!
「『鏑は海へ入りければ、扇は空へぞ上がりける。しばしは虚空に閃けるが、春風に一揉み二揉み揉まれて海へさっとぞ散ったりける……!』」
二の矢、三の矢!
境華の吟じる物語が響きゆく中、続けざまに撃ち放たれた矢はことごとくまがうことなく怪物どものあるいは頭をあるいは腹を、糸に引かれたごとくに貫いていく。これこそ境華の能力、『御伽|「平家物語巻ノ十一」《ナスノヨイチ》』に他ならぬ!
恐慌に陥った怪物どもは散会し包囲するかのように境華と魔法少女たちに迫りくる、だが境華は退かぬ! 静かに確かに、彼女の脚は不動の礎、魔法少女たちを守る覚悟の証だ! だがいかに境華の弓勢が優れていようと、あまりにも数が違い過ぎ、矢数が及ばぬのではないか、と二人の魔法少女が手に汗を握った時、……けれど。
「『夕日の輝いたるに、みな紅の扇の日出だしたるが白波の上に漂い、浮きぬ沈みぬ揺られければ、沖には平家船端を叩いて感じたり。陸には源氏箙を叩いてどよめきけり!』」
境華の声が舞いゆく中で、怪物どもは次の瞬間、おお、見よ。まとめて八つ裂きに斬り裂かれていたではないか!
「……この力の必中効果は矢のみにとどまりません。戦場にあるすべてが私の武器と化します。そう……この『大気』さえもね」
なんたる奇跡か、境華の弾いた鳴弦はそれ自体が邪悪を撃ち抜く戦場全体を包む音波の矢と姿を変えて、怪物どもをまとめて一掃せしめたのだ!
「魔法少女のお二人、あなたたちの『物語』、その始まり、守らせてもらいます。ですから……どうぞ、後から私に聞かせてください、その美しい希望のハッピーエンドをね」
「初めまして、ふにゃ……」
「夜空ちゃんこの人挨拶していきなり寝ちゃったよ!?」
「段々慣れてきたわ……なんかこの世にはいろんな人がいるってことをね……」
「うにゅ、これは失礼したのですよ……つい夢に入りそうになってしまいました」
ふにゅふにゅ、と寝ぼけまなこを擦りながら、二人の魔法少女にぺこりと頭を下げたのは、鬼灯・睡蓮(人間災厄「白昼夢」の護霊「カダス」・h07498)。
「こ、これはご丁寧に……ぺこり」
「いえいえそちらこそご丁寧に……ぺこり」
「いえいえいえそちらこそ……」
「無限連鎖!? っていうかそんなことしてる間に化け物が来てしまうわ!?」
シェイドの鬼気迫るツッコミに、しかし睡蓮はぽやぽやと答える。
「それは大丈夫なのですよ……今、カダスが頑張ってくれているですからね」
「かだす?」
きょとんとしたシャインに、睡蓮は少し離れた場所を指し示す。おお、そこに繰り広げられていたものとは!
のたうちまわりながら爪牙をむき出しにする悍ましき不定形の化け物どもを、翻弄しつつ華麗に食い止めている白く霞んだ異形という凄絶な光景であった! この世のものならぬ者たちの常軌を逸し想像を絶した激烈な戦いに、二人の魔法少女は思わず息を飲む。
「あれは……あなたのお友達なんですか?」
「ふにゅ……そうですねえ、言ってみれば……お二人みたいな関係ですねえ」
とろんとしたまなざしで睡蓮は微笑む。彼にとってのカダスはまさしく、二人一組である目の前の魔法少女たちに類する存在と言えた。
そしてだからこそ、睡蓮は強く決意する。目の前の二人を守らねばならぬと。
「じゃ、そういうことで……逃げてくださいね」
「で、でも、逃げてばかりで申し訳ないです……」
「いいのですよ……むしろ、そうしてほしいのです」
睡蓮はふわふわとシーツをたなびかせながら二人を後ろに庇いつつ続けた。
「うにゅ……お二人は新しい力を得たばかりで戸惑っているでしょうし、何より自分の力の使い方に慣れていないと思うのです。その力に少しでも早く慣れてもらうためには、とにかく体を動かすこと。つまり……全力で逃げ回ってもらうことで、少しでも早く力が使いこなせるようになると思うのですよ」
ピュアリィシャインとシェイドは顔を見合わせると、納得したように強く頷いた。
「わ、わかりました! じゃ、あの、気を付けてください!!」
疾駆していく魔法少女たちをのんびりと見送った睡蓮は、独り言のようにつぶやいた。
「夢は、色んな人が持つ、希望なのでしょう……」
その瞬間、睡蓮の周囲が暗く染まる。どろりと滴り落ちるほどに凝縮された闇で。
デザイアモンスターたちはあまりにも多数、その一部はカダスの足止めを逃れて魔法小たちに追いすがろうとしていたのだ。
だが、睡蓮は僅か一言で化け物どもの動きを止めていた。
「夢の為に、大切な人の為に、人は強くなるのです……」
それはまぎれもない『希望』を語る言葉。
――自動的に「希望」を襲うデザイアモンスターたちにとって格好の餌を睡蓮は巻いたのだ!
「夢」をその居所とし現との間に揺蕩う存在である睡蓮はまさに、怪物どもにとってはこの上もなく究極にして至高の馳走に他ならぬ。たちまちのうちに睡蓮を包み込むように怪物たちは牙を剥き出した。
だがその残虐な爪牙が睡蓮の華奢な体を引き裂かんとした寸前、――磁力が反発するかのように化け物どもの体は激しく弾き飛ばされたではないか。それこそは睡蓮の身を護る夢の力。睡蓮の体の奥底から湧き出した純白の輝き、すなわち膨大な霊力に満ちた強烈なオーラがモンスターたちの凶牙を防ぎ、叩き返していたのだ。
「希望が食べたいですか? ではご馳走してあげましょう。でも……」
とろんとつぶやいた睡蓮の声と同時、空間が歪み世界が波打ち天地が溶け落ちていく。あたかも悪夢の世界であるかのように、そう、それは夢だ。悪夢そのものだ! 睡蓮の力により、悪夢という概念そのものが力の奔流と化して現実に浸食したのだ。
デザイアモンスターたちは理解できぬ現象にただ茫然と立ちすくむことしかできぬ。周囲一面を覆うこの現象からは、紛れもなく怪物どもを引き付けるにおいがする。夢の匂いが。しかし、それを喰らおうとしたものどもはすべて、世界そのものの歪んだ悪意と容赦ない不条理の中に飲み込まれ咀嚼されて消えていくしかないのだから。
「そう、夢は甘いばかりではないことを知るといいのですよ。さあ、夢の大海に沈むといいです……すぴー……」
睡蓮のつぶやきを聞くものはもう何も残っていなかった。
「……まあ真っ暗な悪夢もあるですが……だからこそ、その中に光る綺麗な希望がきらきらする、とも思うですけどね……ふにゅ」
「ちょーーっとまったーっ!!」
そのとき天から降ってきた元気な声が、恐怖と絶望に塗り固められようとしていた雰囲気を一蹴した!
思わず上空を振り仰いだのは、今しも悍ましき怪物に圧し包まれようとしていた二人の魔法少女、ピュアリィシャインとシェイドだけではない。怪物デザイアモンスターでさえも視線を泳がせずにはいられない!
その視界の中に鮮やかに軽やかに、小さいながらも可憐な影が舞い踊る。小鳥のように素早く胡蝶のように優雅に、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)、ただいま参上だ!
「ほらほら、悪い子はあっちいっちゃえー!!!」
GAGAGAGAGAGA!!!
天空ダイブしながらエアリィの両手に持った精霊銃が容赦なくためらいもなく爆裂的に火花をまき散らす! 狙いは撃ってから考えればいいんだよ! とでもいわんばかりに、空間制圧的に乱射された銃弾の雨嵐に、モンスターたちもたまらず、どどっと土煙を上げていったん距離を取った。
その隙に、エアリィはくるっと見事に落下の勢いを殺して着地し、銃を収め振り返りながら流麗にサムズアップ!
「さ、お姉さんたち。安心して、ここから先は通さないから!」
「え、ええっ……? お、女の子!?」
「ピチピチの11歳だよ!」
「だ、ダメよ、危ないわ! ……って、もしかしたら、あなたも私たちと同じ……?」
ピュアリィシャインの言葉に、エアリィは陽だまりのようなさわやかな笑顔を浮かべた。
「うーん、あたしは魔法少女っていうか……精霊少女って感じかな! まあ属性的には近いかなあ、お姉さんたちとは親戚みたいな感じかも!」
「せ、精霊少女……何だかもういろんなことが起きすぎてパニックを通り越しちゃってるわ……」
目を白黒させる二人の魔法少女に、空色の髪を靡かせてエアリィはぐっと拳を握った。
「それいい! パニックにならずに落ち着きが早いのは冒険者に向いてるかもだよ。どんなダンジョンに潜った時も……」
「ダンジョン!?」
「どんなモンスターに出会った時も……」
「モンスター!?」
「落ち着いて対応できるのが一流の冒険者だってお母さんが言ってたよ!」
「ごめんなさいいったん通り過ぎたパニックが利息付けて戻って来ちゃった気がする」
「え、そう? でもね、あたし思うんだ。パニックとドキドキは紙一重! 新しい冒険でドキドキしなくなったらつまんない! ドキドキしてこそ冒険! だからやっぱりお姉さんたちは冒険者に向いてるかも!」
「どっちに転んでも冒険者にされちゃうのかしら……」
「ということで冒険者の心得、ひとーつ!」
エアリィは再び華奢な体を弾むように舞わせて宙空に跳ぶと、風のように剣を抜き放つ!
「自分の間合いを押し付けよう! 遠くは近くに、近くは遠くに、相手との距離の主導権は自分が取る! ってお母さんが言ってたよ!」
銃撃主体の攻撃と思えたエアリィが一転して懐に飛び込み縦横に剣を振るうその駆け引きに、モンスターどもは対処しきれぬ! たちまちのうちに数体の怪物が悍ましき絶叫を上げて刃の元に斬り伏せられる。
「おっと、抜けさせないよ!」
彼女を迂回して魔法少女たちに向かおうとしたモンスターにエアリィはためらいなく猛然とタックルをかませ、そのままトンボを切るようにバク宙を決めて後方へ飛び退り再び精霊銃を抜き放つ。その攻勢まさに千変万化!
「冒険者の心得、二つ! とっておきは取っておかない! 大事にしたまま抱え落ちするのが一番もったいないよ! ってお母さんが言ってたから――『世界を司る六界の精霊達よ、銃口に集いてすべてを撃ち抜く力となれっ!!』」
朗々と響く詠唱に伴って、精霊銃の銃口に鮮やかな輝きが集約していく。世界の理そのものから抽出された六つの力による六つの色の光が宿った時!
「『|六芒星精霊速射砲《ヘキサドライブ・ソニック・ブラスト》』ォォーッ!!!」
爆裂! 収斂した力が臨界を超え、轟然と天地を染めるほどの閃光を放つエネルギーの奔流と化して怪物どもの群れのど真ん中に叩きつけられた! 咆哮する怒り狂ったドラゴンのごとき魔導波はモンスターたちを容易く飲み込み跡形も残さぬ灰燼と化す!
一瞬の後、その場にはただ、鮮やかな虹色の魔力の残光以外の何物も見出すことはできなかった。
呆然としている二人の魔法少女に、エアリィはくすっと微笑みを送る。
「心配しなくてよかったでしょ? あたし、こう見えても強いからっ♪ そして……冒険者の心得、その三は」
「さ、三は……?」
「よさげな仲間がいたらどんどんパーティに勧誘しよう! ってお母さんが言ってたよ! ってことで、どうかな、お姉さんたちも今度一緒にダンジョン!」
「あ、あはは……」
「あぶなーい!」
どーん。
と凄まじい激突音がするよりも早く、化け物は吹っ飛んだ。
今しもその怪物、即ちデザイアモンスターの爪牙に掛けられようとしていた犠牲者未遂、二人の魔法少女であるピュアリィシャインとピュアリィシェイドは手に手を取って呆然と目の前を見つめる。
「いやあ、危機一髪でしたね」
ぷかぷかと宙に浮かぶその相手、サティー・リドナー(人間(√EDEN)の|【創成の錬成師】錬金騎士《ヒラメキマイスターアルケミスト》・h05056)の可憐な姿を。
しかも、おお、二人の目に映るのは――箒! 箒にまたがり空に浮かんでいるサティーの姿であったのだ。
いましがたモンスターをブッ飛ばした大激突は、サティーが箒ごと敵目掛け輝く流星となってダイレクトアタックを噛ましたインパクトであった!
「あの、えっと、ありがとうござ……箒……?」
「驚くことはありません。あなたたちも魔法少女になったのなら、今後は箒に乗って飛んだりするかもですよ」
「そ、そういうものなのでしょうか……?」
「まあ私は、魔法少女のお仲間ではありませんが、でも魔法使いであり錬金術師なんだよ。だから親戚みたいなものかな? なんだかとんでもない怪物に襲われているので助けに来ましたよ!」
にっこりと可憐な笑みを浮かべたサティーであったが、すぐにその表情は引き締まる。ブッ飛ばしたデザイアモンスターが、いやそれだけではなく何体もの同じ化け物どもが、再び起動を開始した姿を認めたために。
「倒してもすぐ復活するみたいで厄介ね……とりあえずあなたたちを逃がすのが先決かな。さ、この箒に乗って」
「わ、私たちもですか!? この一本の箒に!? 3人乗りって、その、折れちゃいません!?」
「大丈夫、魔法の箒だから」
「あと、その……痛くないですか……? 食い込んだり……?」
「大丈夫、魔法の箒だから」
「魔法って便利ですね……」
おそるおそるシャインとシェイドはサティーの箒にそっとまたがる。と、その表情が驚愕の色に変わった。
「うわほんとに乗り心地いい……! ふわっとしていて全然痛くもないし安定感もある……!」
「魔力のフィールドで体を支えていますからね。じゃあ、――か弱い成り立てほやほやの新人魔法少女達を救うため、サティー·リドナー、テイク·オフ!」
ばびゅーん!
大気を蹴散らし風と一つになって、サティーのウィザードブルームは再び飛翔する!
「一心同体、風になれ疾風の矢の如く――『|相乗り飛翔箒《ツインフライト》』! ……あ、今回は三人だから『トリオフライト』ね!!」
閃光となって天空に舞った3人乗りの箒は太陽に手が届くほどの高高度まで一気に上昇した! 魔法少女たちは眼下に広がる大パノラマに思わず目を見張る。飛行機などから外の景色を見ることはあるとしても、生身で虚空の彼方から大地を見下ろすような壮観に出会うことは、そうそうできる経験ではない。
シャインとシェイドがその絶景に思わず感動している中、サティーはさらっと二人に告げた。
「じゃ、ここから急降下するから気を付けてね―」
「え?」
「いっけー!!!」
どびゅーん!
おお、まさしくサティーの言葉通り――魔法の箒は大地目掛け逆落としの超高速大落下を展開したではないか!
「きゃああああ!!!??? な、なんでですかあああ!!!???」
ふたりの悲鳴轟く中、サティーは煌めく剣を鮮烈に抜き放った。
「あのモンスターたちは「希望」に自動的に反応するんですって。だから、このまま、ただあなたたちを逃がしただけでは、他の「希望」を持つ一般の皆さんに襲い掛かるかもしれないです。数を減らしておかないとね」
魔法少女たちははっと目を見開く。ただ自分たちだけを助けに来てくれただけではなく、他の人々全ても守ろうとするサティーの強い意志。それが、それこそが魔法使いや魔法少女のあるべき姿なのだと知って。
「あなたたちはそのままでいてね。じゃ、行きましょうか!」
光となって超高空から大落下する箒の先頭にサティーはすっくと立ちあがり、魔導剣を霞に構える。そう、彼女と箒はその全体を持って輝く巨大な光の剣そのものと化したのだ! 目標は無論、大地に醜く悍ましく蠢くデザイアモンスターの群れ!
「やああああっ!!!」
気勢一閃! 巨大閃光剣サティーは天から下される裁きの聖断を思わせる神々しくも容赦なき力を持って、怪物どもの群れを一瞬にして薙ぎ払っていた!
「す、すごい……!」
驚嘆する後部の二人に、サティーはにっこりと微笑みかける。
「万事解決ね、このまま二人が無事にお家に帰れるよう支援もしますから」
「ありがとうございます!」
「あと、箒に乗りたければその方法も教えますよ? 普段はちっちゃくしておいたり亜空間にしまっておいたりできて便利ですよ」
「……魔法ってホント便利ですけど……そこまでできるなら、別に箒の形じゃなくてもいいのでは?」
「そこはロマンですから」
「ロマンなんですね……」
「|魔法少女現象《プエラマギカフェノメノン》……とっても不思議な出来事です……☆」
初めて目にしたこの新しい事態に、ほわわ、と大きな澄んだ目を見開いて、アリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)は感嘆の声を漏らした。そんな彼女に、別自我を持つアリスの分身ともいうべき護霊『何者でないメアリアン』は細い首を捻る。
『いや、うん……神格であるアリスに不思議って言われるのも……』
「不思議です☆☆」
『……そもそも|分身《わたし》がいるって言う時点でね?』
「不思議です☆☆☆」
『……まあアリスはそれでいいわ……っていうか、感心しているより先に、まず助けないと!』
メアリアンの声に、はっとアリスは我に返ったように背の翼をピコピコとはためかせた。
「そうでした! 護霊ちゃん、キティ、あのお二人を守ってあげてください!」
言葉が飛ぶより早く、メアリアンともう一体の護霊、黒猫のキティハートが、今しも二人の魔法少女に凶悪な爪牙を伸ばそうとしていた悍ましき怪物、デザイアモンスターに飛び掛かった。
メアリアンが白い指を鳴らし、その眼前に渦巻いた華麗な輝きが魔力の奔流となって怪物どもに襲い掛かり、薙ぎ倒す。キティハートも漆黒の弾丸のごとく風を切り、鋭い爪を持って怪物どもを引き裂き、蹴散らしていく。
「魔法少女さんたちをお護りするために……綺麗なお花を咲かせましょう☆」
モンスターたちが怯んだ隙に、アリスの魔力もまた結実する。呆然としている魔法少女たちの周囲に渦巻いた華麗な花吹雪が、唸りを上げた怪物どもの触腕を軽やかに弾き返したのだ。
「魔法少女さんたち、御無事ですか? あとは私たちにお任せを♪」
「あ、ありがとうございます……」
目をぱちくりとさせているピュアリィシャインとシェイドを打ち眺めると、アリスは再び意識を集中する。彼女の周囲に揺らめく陽炎のような空間から、花の咲き零れるように一人の麗しいシルエットが現れ出でた。それこそはアリスの√能力、『|アリスと不思議な不思議な御話《アリス・イン・ワンダーストーリーズ》』に他ならぬ!
『お呼びですね、アリス……新たな物語をこの地に語り継ぐために……!』
召喚された麗人「千の語り部」は銀に輝く月夜に抒情詩が澄み渡って響き渡るような美しい声を持ってその力を今こそ振るう!
『その物語こそは、人々を護らんと、希望を胸に抱く少女アリスのおとぎ話……今こそ、彼女もまた変わるのです、魔法少女に――!』
おお見よ、「語り部」の声が包むところ、アリスの姿が変わっていく! 百千に咲き乱れる花々に祝福され、無数に舞い上がる虹色のシャボン玉に映し出された可憐な姿は華やかなピンク色のドレスを纏い、ふわりと風になびく髪とはためく翼は輝く光の七色に染まって。それこそは!
『その名は……魔法少女ワンダーキュアリス……!』
「語り部」の声が新たな魔法少女の誕生を告げる! 星々に言祝がれ花々に導かれたワンダーキュアリスを!
アリス自身、己の姿を驚いて見回すと、きらきらと太陽が輝くような満開の笑みを浮かべる。
「ふわわ……私も魔法少女になっちゃいました☆ じゃあ、新しいこの力で……いきますよ!」
翼がはためくところ薫風が巻き起こる。翅のひと撃ちごとに光を舞い散らせながら、ワンダーキュアリスは天に跳ぶ!
「モンスターさんたち、希望の力はあなたたちのごはんではありません! 希望は人々の体に力を、心に勇気を、瞳に光を与える未来への道しるべなのです!」
凛と空を切って振るわれた宝杖クイーンオブハートキーが宝石の雨のように光の弾丸を舞わせ、モンスターどもを撃ち抜いていく。
「ハートのA!」
もがく怪物どもに見舞われるのはアリス得意のトランプ攻撃、ハートのA。だが『魔法少女ワンダーキュアリス』のその力は一味違う! トランプたちは一斉に、童話に現れるようなトランプの兵隊たちの姿そのものに変幻し、一斉にモンスターたちに撃ちかかったのだ!
兵隊たちの槍が唸り、「ジャック」の振るう剛剣と「クイーン」が振るう鞭が風を切る! 「キング」の武器は、大地をも砕く巨大な拳そのもの! そして――。
「エース」として出現したのは、おお、なんたることか、天にも届くような超超巨大アリスだ!
「モンスターさん、あなたたちにもハートの心を届けましょう……!」
巨大アリスは魔物どもの群れをそっとその巨大な腕で抱きしめる。桜色に満ちた光が怪物たちを包み込み、その姿を輝きの中に静かに消し去っていった。心なしか、その最期を、怪物たちは自ら受け入れたようにさえ、見えた……。
モンスターたちでさえも最後は静かな慈愛の心で送るもの。それが魔法少女、ワンダーキュアリス――。
『やっぱりアリスが一番不思議な子よね、ふふ』
メアリアンの優しい声が、静寂に帰った戦場にそっと響いていた。
「とうっ!」
眩い光が跳ねる風の中を鋭い気勢が奔り、同時に砂塵を立てて大地を蹴ったスパイクが鮮烈なシルエットを運ぶ。俊敏な野獣のようなしなやかな身のこなしと弾丸のような猛スピードを併せ持つその影の中、隻眼が鋭く煌めく!
それこそは|戌神・光次 《いぬがみ・こうじ》(|自由人《リベロ》・h00190)――漆黒の奇跡にしてフィールドに咆哮する天狼だ!
光次は残像さえ空気中に残らぬほどの凄絶なスピードを持って戦場に駆け付け、今しも二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドに襲い掛かろうとしていた怪物デザイアモンスターに追いつくと――!
「はあっ!」
追い抜いた!
……追い抜いちゃった!
「……え?」「え?」
思わずシャインとシェイドは、いやデザイアモンスターたちでさえも何が起きたのかと目を見合わせるしかない!
「フッ……優れたサッカー選手とはこういうものさ。『優れたスポーツ選手であってもそうは凌ぎきれない』などと軽々に比喩してもらっては困るな」
駆け抜けた先で急ステップを踏み、旋回して戻ってきた光次はキラッと片目を輝かせて笑みを浮かべる。え、そこ!? そこスイッチだったの!?
「何も俺だけじゃない、俺が現役の時でさえ、世界の舞台では俺以上のストライカーが何人もいてな。彼らのスピードや機動性は実に見事だった。そう、今でも目に焼き付いているのは、『|ノミ《ラ・プルガ》』と呼ばれたあの天才選手、それに今でいうなら|忍者亀《ドナテッロ》の名前で呼ばれるあの選手の素早さで……」
「あのすいません、どちら様でしょうか」
おずおずと問いかけたピュアリィシャインに、熱弁を振るっていた光次は、おっと、と我に返った。
「ああ済まない、俺の話よりも……」
「はい」
「体育の授業の話だったな」
「ナンデ!?」
「いや、体育の授業の話をしていただろう?」
そうだけど! そこ!? そこもスイッチだったの!?
「そして体育の授業と言えばサッカーだな」
「だからナンデ!?」
可哀そうだがピュアリィシャインたちは諦めてほしい、なにしろ「戌神光次」という名前を辞書で引いたら「だいたいサッカーのこと」という答えが出てきてもおかしくない系の男なのだ。
「では教えるぞ、サッカーの基本はまずドリブルだ」
「えっほんとに授業始まっちゃうんですか!?」
「集中しろ、まずはこうだ、バランスを崩さないように重心をやや低くし……」
取り出したボールを華麗に操りながら、光次は身を翻して走り出す! 目的はデザイアモンスターたちの群れのただ中だ!
「どんな相手が攻めてこようとドリブルで相手を翻弄する!」
おお、その光次の言葉に偽りなし。彼本人の目も綾な動きと、その足元にまるで自ら意志を有するかのように吸い付くボールの変幻自在なコンビネーションは、怪物どもの動きを制し惑わせる。でたらめに振り回す悍ましき触腕も、かえって怪物どもの同士討ちを誘発するのみだ!
「そこから狙いを定めたシュートで点を取る。そしてシュートは……!」
大きく振り上げられた光次の脚が狙いを定めた。彼はただ無闇にモンスターたちの群れの中でドリブルを披露していたのではない。動き回りながら効果的に敵の動きを誘導し導き、一か所にまとめあげていたのだ! すべては最後の一撃のためのタクティクス!
「こうだ!」
烈風か閃光か、光次の脚が唸りを上げてボールを蹴りつける! 爆裂的な勢いを持ってボールは破壊を呼ぶ重爆と化し、大気を焦がすほどの威力を伴ってモンスターたちに炸裂した! それこそは光次の代名詞たる必殺の一閃、猛獣の咆哮ハウンドショットだ! 怪物どもはまとめて微塵に吹き飛び塵に消し飛ぶ!
「す、すごい……!」
思わず感嘆の声を漏らしたピュアリィシャインとシェイドに、キラッと額の汗をぬぐい、光次は白い歯を見せる。
「さあ、分かったらやってみるんだ!」
「えっ私たちもやるんですか!?」
「それはそうだろう、授業なんだから」
「だからなんで授業なんですか……」
「さあ一人50本ずつだ! いやあサッカーはいいものだな!」
可哀そうだがピュアリィシャインたちは諦めてほしい、なにしろ「戌神光次」という名前をAIに尋ねてみたら「だいたい熱血コーチのこと」という答えが出てきてもおかしくない系の男なのだから。
「いいですか、こうです」
「怖い怖い怖い!!!」
おお、二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドが怯えている! いったい何があったというのだろうか! 目の前では可憐な容姿の少女、ルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)が立っているだけだというのに。
……まあ、ルナリアの手にした大杖からはボタボタと血飛沫と肉片が滴り落ちていたのではあるが。
「いや怖いでしょ!? いきなりあんなこと見せられたら!?」
あんなこと。
それはこうである、回想。
「お二人が魔法少女ちゃんですね?どうも初めまして、ルナリアと申します。では、エ˝イ˝ヤ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝!!!!」
回想終了。
いやそれ以上に何も描写すべきことがないのだ、いきなり現れたルナリアは、奇声を発し焦点を失った目で、巨大な大杖を渾身の力を込めてただただデザイアモンスターたちに叩きつけただけなのだから。
何度も。何度も。何度も何度も何度も。「ドゴッドゴッ!!!」という打撃音がやがて「グチャグチャ……」となり最後には「ピチャ……ピチャ……」となるまで。
「怖いでしょそりゃ!?」
「えー。でも相手は殺さない限り殺せないんですよ? だとしたら殺せるまで殺すしかないじゃないですか。ええ、殺すのです、殺すコロスコロスコロス」
「怖い怖い怖い!!!???」
思わず抱きしめ合い竦み上がった二人の魔法少女に、ルナリアはいっけなーいつい本音駄々洩れちゃったテヘペロ、と可愛らしく舌を出す。
「こほん、失礼いたしました。でもね、私がお二人にお伝えできるのはこれくらいなんです、先輩として」
「先輩なんですか!?」
「私もネクロマンシーとか色々使えるので、まあ魔法少女です」
「ネクロマンサーと魔法少女はちょっと違いませんか!?」
「ちょっと違うということはだいたい合っているということです!」
「しまった言い方間違えた!?」
「ではもう一度やってみましょう、ちょうどよくまた復活してきましたね獲物が」
ルナリアの言うとおりであった。そこには、一体のデザイアモンスターがよろよろとよろめきながらも立ち上がろうとしているではないか。
びっちょんびっちょんの肉泥と化したはずであった怪物たちであったが、怪物たちは最後の力を振り絞り、相互の回復能力をお互いに少しずつ掛け合って、たった一体を蘇らせていったのだ。何という仲間同士の支え合いという涙なしでは見られぬ光景か!
「あははははは! じゃあ殺しますね!!!」
「どっちが味方―!?」
「そんな哲学的なことは殴ってから考えればいいのです! 『|はじまりの魔術《ケナズ》』!!!」
ルナリアの体に暴力的な光が暴力的に宿り暴力的に輝き散らす!!
「これがエルフの叡智です!」
これぞ暴力という概念が形になったごときルナリアの能力だ!
「叡智です!」
叡智とは一体。
「叡智とは何事も暴力で解決するのが一番だというこの世の真理のことなのです!」
……一周回って叡智かもしれない。
「ではいきますようりゃああああ!!!!!!!」
かくして叡智と言う名の暴力の塊となったルナリアは巨大な杖を虚空にぶん回しざま、爆裂的に爆砕的に爆滅的にデザイアモンスター目掛け全力で殴り掛かった! 哀れ、ようやく姿を構築し直した程度の怪物がその暴風のような猛撃に対応できようはずもない!
み゛ぢょ゛っ゛。
とかなんかそんな感じの言葉にできぬ音が漏れ、怪物は杖の下で液体状に姿を変えた。だがまだだ! ルナリアの叡智はこんなものではとどまらぬ!
「あははは! 液体になった程度で殴られなくなるなんて思うなよおお!!」
もうやめてあげてー!! と誰が止められようか。ばきばきばき。大杖は永久運動期間のごとくに叩きつけられ続ける。もはや何かがかつてそこにあったかどうかさえ誰にもわからぬ。大地に穿たれた大穴しか残っていないこの状況では。
「怖っ」を超えて最早「……うわあ……」という表情になっている魔法少女たちの前で、叡智に満ちたルナリアの哄笑だけが木霊した。
「あはははは!! 怪物さんはなんか希望がお好きだそうですね!? お教えしましょう、私の希望、それはあ!」
「聞かなくてもわかるような……」
「なんか変な奴を綺麗さっぱりぶちのめしたい! 難しいこと言わずとにかく叩きたい! です!!!!」
「うわあ希望に忠実に生きていますね……ある意味羨ましいです」
「後輩のお二方もこの希望のお手本通りに生きてくださいね!」
「先輩のそれは希望というか……」
ピュアリィシェイドは眉根をひそめ、ぽつりとつぶやいた。
「木棒ですよね。杖だけに」
「誰が上手いこと言えと」
「素敵な二人だね、あるまちゃん」
『うん、まるでわたしたちみたいね、あくあちゃん』
涼やかな声が星降るように聞こえ、魔法少女たちは思わずそっと目を開けた。
今しも二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドは、恐るべき、そして悍ましき化け物、デザイアモンスターに追い詰められ、その凶猛な爪牙にみずみずしい命を散らしかけていたのだ。
だが、お互いを庇おうと抱きしめ合いぎゅっと目を閉じていた二人の身に、聞こえてきたのは可憐な声だったのである。
「あ、あなたたちは……?」
呆然とした面持ちでピュアリィシャインが唇を開く。彼女たちの前に立っていたのは異形なれども怪物にあらず。幻想的に美しく煌めく半透明な肢体を備えた二人の少女、|星河・あくあ《 ほしかわ・アクア》(零を上書き歩む【始発点】/ 零で塗り潰し辿る【終着点】・h05769)と、その番たる、あるまであったのだ。
「こんにちは、魔法少女さんたち」
『ここはわたしたちに任せてね』
あくあとあるまがその身に展開していたのは澄んだ色に輝く被膜。スライムたる彼女たちが駆使する|不可視光の広範囲防護術式《プライマリアーマー》。その被膜が虚空を覆い、モンスターたちの一撃から二人の魔法少女をしっかりと守っていたのだ。
魔法少女たちを救ったあくあたちは、ゆっくりと敵に目を向ける。悍ましく蠢く怪物の群れに。
「お互いを助け合い大切に思う二人の心、とってもきれい」
『だからこそ……それを傷つけようとするのは許せない』
あくあとあるまの瞳が冷ややかに温度を失う。その中心に渦巻くのは限りない虚無、絶対なる「零」に他ならぬ。怒りや憤りすらまだ慈悲深い感情と言えるだろう、その冷徹なる断罪の意志に比べれば。
そうだ、あくあとあるまは決して許せぬ、許すわけにはいかぬ。大切な二人の絆を蔑みするものどもを、大切な友との想いを喰らおうとするものを。自分たちと同じように大事な友をいつくしむものたちを脅かす魔物を!
まともな感情を有さぬはずの怪物たちでさえも思わずたじろぐ、それは怪物ならではの危機察知本能か。されど、もう遅い――!
「あなたたち、希望が好き?」
『なら……もっと暗くて明るいの、見せられるよ?』
暗黒の深奥からにじみ出るような声が戦場に沁みとおっていく。怪物どもは既にまともな動きすらとれぬ、底知れぬ泥濘の中に足元を飲み込まれたかのようにただ無為にもがき足掻くのみだ。魔物たちの周囲に纏わりつくのは、重くどんよりと淀んだ「否定」の概念――それは計り知れざる世界の背理、虚ろなる深淵より届けられる語りと言う名の呪い!
『……ずっと前。あくあちゃんをわたしから連れ去った悪い人達がいたの。大事なのがずーっと遠くに行っちゃった時、ぽっかり空いたココロの孔から見えたのはね――』
あるまの声がとろりと響くにつれ、世界が変わる。いや、色を音を匂いを、存在さえも描き変えられて――
『そう、絶望でもない。【何もない無】だった』
――消え失せる。
『あった』という過去の事実さえ、最早怪物どもの意識には、いや世界に刻まれた記憶にすら存在しない。「ない」のだ。それは、かつての存在という因果すらも含めて「消された」ということに他ならぬ……!
『え、その後、あくあちゃんを連れ去った人達はどうなったか?』
くすくす、と純真にして無垢、そして何よりも冷酷な笑い声が響き渡る。それは絶対なる滅亡の宣告、完璧なる終焉の宣言。
『施設に居る人全員、時間も空間も無い|それ《・・》で削り取られて――【無くなった】よ』
「そしてね、あなたたちもそうなるの」
あくあとあるまの声が揃った時。
言葉は現実となり現実は悪夢となる。
漆黒の意志が世界を塗りつぶし破局を示す時計の針が厳かに歩む。「零」の時を刻むために。
「『|語るに尽くせぬ、歩みのお話《ナガレボシノキズアト》』」
それは逆回しの|創世記《ジェネシス》。すべてが奪われ全てが消えた。光すら消失したそこはもはや世界ではなく空間でさえない完全なる「無」。
けれどあくあとあるまのみは知る、暗黒の中でこそ輝く一筋の希望を。
「目の前の理不尽を」
『理不尽に削り取る』
そこで何が起きたかを知覚できるものはもはやいない。
失われてしまった。何もかも。
いや、失うとさえ言えまい、『最初から存在していなかった』のだから。
ただ、あくあとあるま、そして二人の魔法少女がただ立つのみの荒涼たる風景が残されるのみだった。
呆然とする魔法少女たちに歩み寄り、あくあはシャインとシェイドの手を重ね合わせる。
「いつまでもお互いを大事にね」
『わたしとあくあちゃんみたいにね、ふふ』
第2章 集団戦 『デザイアモンスター』
第3話「コンビ解散!? 戻って! 私たちの絆!」
二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドは、EDENたちの救援により、辛うじてデザイアモンスターどもの襲撃を切り抜けることができた。
ほっと一息を付いたシェイドは、安堵したように傍らのシャインに視線を送る。
だが、彼女の瞳には、何故かうつむいたシャインの姿が映っていた。
「……夜空ちゃん……ひどいよ」
「……ひかり?」
シャインの言葉が理解できずシェイドは聞き直す。だが、シャインは次の瞬間、大きな瞳に涙をためてシェイドの肩を掴んでいた。
「……さっき、あたしだけ逃げろって言ったよね。夜空ちゃんだけが残るって。あたし、あんなのやだよ!」
「……ひかり。私は……あなたに傷ついてほしくなかったの」
先ほどの襲撃の時、シェイドは自分が囮となってシャインを逃がそうとした。その時のことを言っているのだ。けれど、シャインはそれに激しく首を振る。
「でも! もしそれで夜空ちゃんがいなくなっちゃったら!」
「だけど、ひかりが危ない目に遭うのは私だって嫌!」
二人とも、お互いを強く強く思い、誰よりも大切にしている。
だからこそ、なのだ。だからこそ、その純粋な想いがお互いに齟齬を生むときもある。
だが――その瞬間。
二人の体を包んでいた光が力尽きたように消え失せたではないか。
ふたりの魔法が消えてしまったのだ! 今の二人は、魔法少女ピュアリィシャインとシェイドではなく、ただの少女、ひかりと夜空に過ぎない!
そこへ、あらたなデザイアモンスターが現れた――!
EDENたちは引き続きデザイアモンスターたちを討滅してほしい。
しかし、出来ればそれに加えて、ケンカしてしまったひかりと夜空の仲直りの手助けもしてほしい。二人の絆が復活しなければ魔法少女に変身することはできないのだ。
「ふにゃ……追いついたと思ったら、何やら大変ですね……」
鬼灯・睡蓮(人間災厄「白昼夢」の護霊「カダス」・h07498)はきょとんと細い首を傾げ、澄んだ瞳を困惑したように瞬かせた。
無理もない。突如不思議な運命に巻き込まれたふたりの魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイド。彼女たちをデザイアモンスターから守りきり、逃げ延びさせたと思ったら、なんと変身が解除されていたのだから。
今の彼女たちはただの少女、ひかりと夜空でしかない。しかも、お互いに涙目になって目線を合わせようとせず、うつむいたままで、明らかにただごとではない雰囲気だ。
「むにゅ……さて、どうしたものか、なのですよ……」
睡蓮の纏ったシーツが微かに揺らめいている。強烈な悪意が迫っていることを彼に教えるかのように。そう、新たなデザイアモンスターの追手が今しも迫り来ようとしているのだ。逃げるにせよ戦うにせよ、二人の少女がこのままでは動くに動けない。
睡蓮は、ふう、と細い息を吐く。と、うっすらとほの白い霞がためらうようにそっと、その身の内からたなびいた。
――いや、それは霞ではない、霊気だ。睡蓮の備える霊気が細く嫋嫋と流れ出し、ひかりと夜空を包み込んだのだ。
「みゅー、人の夢に勝手に立ち入るのは、あんまりよくはないとわかっているですが、……緊急事態ですので許してほしいのですよ……」
それは睡蓮の能力、精神操作と精神汚染の力の発露だ。もちろん攻撃的に使うわけではない、あくまでもその威力を加減し、ひかりと夜空に何があったのかを彼女たちの意識からそっと探るためだけのものだった。
やがて――
睡蓮の口元に、優しい微笑みが浮かぶ。
「んにゅ……喧嘩するほど仲が良いのですね……」
その刹那、ふわりとシーツが翻り、天を覆うかのようにはためいて、今しも怒涛のように現れた化け物たちの悍ましき触腕を弾き返す。同時、呼び起こされた彼の護霊カダスが再び襲撃者たちに向かって牙を剥いた!
見る間に化け物たちを引き裂いていくカダスの力はまさに驚愕すべきもの。そう、今の睡蓮、そしてカダスの振るう力は先ほどの戦闘の際をさらに上回っているのだ。それこそは睡蓮の能力、『|夢の階《ユメノキザハシ》』の効果に他ならぬ。
その凄絶な戦闘から二人の魔法少女をかばいつつ、睡蓮は納得していた。
彼の覗き見た二人の夢から、彼女たちの心が何故すれ違ってしまったのかを理解できたために。
「自分よりも相手が大切……とても素敵な想いなのです。だからこそ、大切な人に傷ついてほしくない……その気持ちが強すぎて、すれ違ってしまったのですね……」
「う……そ、それは……」
「あう……言葉にされると、恥ずかしい……かも」
睡蓮の言葉に、夜空とひかりは頬を染めてうつむいた。そんな彼女たちの姿を微笑ましい想いで見つめながら、睡蓮は身を翻す。
「……なればこそ、新しい力を得たのであれば、お二人で協力して相手の為に戦ってみるのは、どうでしょうか? そのためには、もう一回変身しなければならないですが。……そして多分、もう一回変身するためには、気持ちを一つにする必要があると思うのですよ……」
静かに包み込むように言葉を残すと、睡蓮は優しく瞬いて、自らもカダスと共にデザイアモンスターたちの群れへと突入していく。
「こうやって助けるのには変わりはないのですが……ま、この辺りで後はお任せするのです」
戦いではなく心の問題には、きっかけを作ってあげることさえできればいい。その後、問題を本当に解決するのは彼女たち自身であるべきなのだから。
夢は往々にして人の抱えた問題を解決するためのヒントを与える、けれど実際に事態を打開していくのはあくまでも本人なのだ。
「ふにゅ、それが夢というものなのですよね。ではカダス、もう暫く頑張りましょうか……」
睡蓮は大きくシーツを翻すと、宙空を駆け天を舞い、怪物どもを翻弄しその虚を突きながら次々と敵を屠り葬っていく。強化された念動力は大地を崩壊せしめ怪物どもをまとめて飲み込み、風を巻き起こして次々と魔物どもを引き裂くのだ。そして彼の傍らのカダスもある時は睡蓮を守り、またある時はその攻撃に追撃を重ね、さらに相互に息を合わせ挟撃を行っていく。
その光景は凄絶でありながら、どこか虹と星が煌めく幻夢のように鮮やかにして美しかった。
半ばうっとりとその戦いを眺めながら、ひかりと夜空は、自分たちのあるべき姿の可能性をそこに見出せるような気がしていた。
――互いに支え合いながら戦う睡蓮とカダスの姿に。
「こほん、……すまん、少しテンションが上がってしまったか」
|戌神・光次 《いぬがみ・こうじ》(|自由人《リベロ》・h00190)は軽く咳払いしながらテンアガってしまった自分を律した。
もちろん燃え上がるような滾る情熱は大切なものだ。しかし、それだけに振り回され周囲が見えなくなってしまっては元も子もないのも事実。超一流のスポーツ選手にしてコーチたるもの、自分のパッションをきちんと制御できてこそである。いわば情熱とはアクセルであり理性とはブレーキ、その両者を臨機応変に使い分けるからこそ高性能スポーツカーもその真価を発揮できるというものだ。
そしてそれは、個人の内面の話だけではない。
人と人との関係においても、同じなのだ。
光次は隻眼を光らせ、二人の「元魔法少女」、ひかりと夜空を見やった。
そう、今の彼女たちはピュアリィシャインとピュアリィシェイドではなかったのだ。変身が解除されてしまったことは一目見ればわかる。そしておそらく、その原因もまた……彼女たちのお互いの目に光る涙を見れば想像もつく。
「喧嘩か。その理由もまぁ分かる。お互いを危ない目に合わせたく無いんだよな。だろ?」
「それは……はい……」
「でも、だからって夜空ちゃん……!」
「おっとストップ、ストップだ」
また再燃しそうになった騒動を、光次は苦笑しつつなだめた。ヒートアップ寸前に水際立ったタイミングで制止をかける、その呼吸はまさに鮮やかなもの。それは超一流の元サッカー選手いう光次のもう一つの顔、少年サッカーの監督・コーチとしての経験がもたらすものだった。
(ま、人間関係のトラブルも多いからな。監督やコーチなんてのをやってれば)
多感な思春期の少年たちの間では感情的な行き違いも多い。単に技術的な指導をするだけでなく、子供たちの心をしっかりと守り導くのもコーチの務めなのだ。
光次は教え諭すように少女たちに告げる。
「……でもな。そういう時は相手を信頼するんだ。サッカーでも隣にいる相手は一緒に走れないなんて、思っていないだろう?」
くすっ、とまだ涙に少し潤んだ瞳で、しかしひかりと夜空が微笑む。
「……コーチ、こういう時でもサッカーのお話なんですね」
「はは、俺はそれしかできないからな」
光次も笑ってみせた。まさにそれはサッカーと同じくらいに巧みな話術であった。彼は涙と悲しみに満ちていた少女たちの表情を、小さくではあっても笑顔に変えたのだ。少年たちを導く立場にあるものとしての光次の機微が、ひかりと夜空をそっと優しく包む。
「ま、とにかく。信頼できるから託せるものもある。それがバディ、相棒……親友ってやつさ」
光次は少女たちに向かって頷いて見せると、一転して冷ややかな表情となり、くるりと踵を返す。コーチとしてではなく戦士としての顔つきとなって。彼の鋭い隻眼が見据える先には、再び湧き出してきた悍ましき化け物ども、デザイアモンスターの群れが蠢いていた。
「……さて。そんじゃこっちの邪魔者共は|退場して貰うか《レッドカードだ》」
瞬転、漆黒の閃光が迸る!
光次の足が蹴立てた砂塵がまだ宙に舞う中、弾丸のごとく流星のごとくに疾駆した光次の蹴撃一閃、デザイアモンスターどもをゴミ屑のように消し飛ばしていた!
「フッ、こういう時はパス回しを見せてやりたいんだが、一気に片付けた方が良さそうなんでな」
さらに一撃だけで終わろうはずもない、続いてサッカーボールが宇宙を引き裂く彗星のごとくに煌めいて叩きつけられ怪物どもを吹きとばす。
慌てふためいたように怪物どもも邪気に満ち怨念に溢れた触腕を振るい光次に叩きつけようとするが、遅い! 光次のスピードに到底ついてこれようはずもなし!
華麗に攻撃を回避しつつ、光次は戦場というフィールドを支配する。前後から左右から上下から、いや時空をも断ち割るように変幻自在にして千変万化、軌道すら目視し得ぬ超高速にして凄絶な威力のボールとキックの相乗効果があたかも千軍の張り巡らせる弾幕のように繰り出され、化け物どもを片端から叩き伏せていく!
「この場にいるやつら全員倒すのに10分も必要ない。――アディショナルタイムより短時間で全員蹴り飛ばしてやるさ」
ボールを駆使し同時に変幻の蹴りを放つその脚技は久遠に終わらぬ、獲物を駆り立てるまでは! これこそが光次の必殺、『ビリオンノッカー』!
それこそは神業に近い霊妙のタイミングのみが為しうる絶技だ。
モンスターたちを蹴散らしながら、光次は想いを馳せる。
「……あの2人も、こうやって上手く会話のワンツーが出来てれば良いんだが……ま、あの笑顔を信じるか」
「あれ、魔法少女に変身してないですね……?」
サティー・リドナー (人間(√EDEN)の|【創成の錬成師】錬金騎士《ヒラメキマイスターアルケミスト》・h05056)は天駆ける箒にまたがったまま、上空からぱちくりと目を瞬かせた。ひとまず安全地帯に送り届けたはずの二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドが、なんと人間の少女の姿、ひかりと夜空に戻ってしまっているではないか。
「|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》が自然に消えたとか? いえ、それならあれはおかしい……」
と、サティーは上空から視線を回し、地の果てを注視する。そこには、再び異形にして悍ましき怪物、デザイアモンスターの群れが這いずりよろめきながら少しずつ近づいている恐るべき光景があった。
「デザイアモンスターはやはりあのお二人を狙っていますね。魔法少女でなくなったのなら狙われるわけないですし……しかも」
サティーは柳眉を寄せて、むむ、と考え込む。
ひかりと夜空は明らかに表情を曇らせ、距離を開けて互いに顔を背けている。怒りではなく哀しみと言った顔つきではあったが、それでも二人の間に何らかの変化が、それもあまりよくはないずれが生じたことは容易に察することができた。
よし、とサティーは頷くと、箒にまたがったまま眼下の二人に呼びかける。
「何があったかは存じませんが……お二人とも―!」
「え?」「あ、先ほどの……」
見上げたひかりと夜空に、サティーはにっこりと微笑んで、告げた。
「これも愛のムチです。あなたたちに試練を与えましょう!」
「はい!?」「試練って何ですか!?」
おお、だがひかりと夜空の戸惑いなど歯牙にもかけず、サティーは√能力を発動した!
「『そんなことでは魔法少女全国大会に出場できませんよ!』」
「全国大会って何ですか……ああっいつの間にか体操着に!?」「どうなってるの!?」
パニクった二人に構わず、上空からメガホンを片手にサティーは叱咤する!
「さあこのままグランド10周です!」
「グランドって何……ああっ周囲がいつの間にか学校に!?」「訳が分かりません!?」
「さあ走るのです! もちろん――そこのモンスターさんたちもね!!」
『GUAAAA!?』
しかも、なんたることか! サティーの能力は迫りくるデザイアモンスターたちをも巻き込んで問答無用に発動していた! 読者諸氏には是非ご想像いただきたい、体操着に身を包んだデザイアモンスターたちの姿を!
「え……モンスターも体操着になる必要って……」
「走るのですー!!」
「は、はいー!!??」『GUAAAA!!??』
この√能力の中ではサティーは主人公、彼女の命令は絶対にして不可侵! それを回避することはできぬ! かくして二人の少女とデザイアモンスターたちはグランド10周を開始せざるを得ない!
「き、きつい……!」「なんでこんなことに……?」
ぜーはーと息を切らしながらマラソンを続ける二人と怪物たち。なんとか周回をこなしていったものの、ラストの10周目ともなると、もはや体力も限界に近い。汗だくになり足がもつれ、思わずよろめいた夜空に、その時素早く差し出された手。……それはひかりのものだった。
「……ひかり……」
「……うん……」
まだ会話はぎこちなく、二人の心には少しだけ距離ができたまま。それでも、二人の手と手は触れ合った。その姿に、上空のサティーはにっこりと微笑むと、ぱちんと指を鳴らす。その瞬間、周囲の風景は再び書き換わった。
おお、今度は天にも届かんと思われるほどの峻嶮極まりない山嶺の岩肌ではないか!
「では今度はロッククライミングです。岩には脆い所もありますからね。協力してファイト百発ですよ! ついでにモンスターさんたちも気を付けてください」
『GUAAAA!!!???』
「あ、遅かった。仕方ないですね」
哀れ、ただでさえマラソンで体力を削られていたデザイアモンスターたちは次々と崖から滝のように落下していく! だが怪物どもだけではない、同じようにバランスを崩したひかりが足元を滑らせかけたとき!
「ひかり!」
こんどは夜空がしっかりと手を伸ばし、彼女を支えていたのだった。
「……夜空ちゃん……!」
二人の視線はしっかりと絡み合い、まっすぐにお互いを見つめ合っていた。
サティーは満足したように笑みを浮かべると、能力を解除する。あとには、手を取り合い、見つめ合う二人だけが残されていた。
「今の貴方達には、互いに本当に大切に想う心を行動でぶつけながら振り返る時間も必要でした、再び戦いに挑む勇気があるならね」
『よーし、独り言しちゃおうかしら! 独り言なら恥ずかしくないしね! あー独り言独り言!』
「え……?」「あの……?」
傍らにぺたんと座り込んで彼方を眺めながら元気に独り言を始めた相手に、二人の少女は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべる。彼女たちは先程まで「魔法少女」という不思議な現象に囚われていた、ピュアリィシャインことひかり、そしてピュアリィシェイドこと夜空。
そして「独り言」を始めたのは、可憐で愛らしい容姿と、くるくると良く動く活発な瞳を備えた少女だった。
外見だけなら、ひかりと夜空を先ほど助けてくれたアリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)に瓜二つ。
だが、その少女はアリスではない。なぜなら、アリスは今まさに、天を華麗に舞いつつ、湧き出した恐るべき怪物デザイアモンスターの群れと激しい戦いを繰り広げている真っ最中なのだから。
そう、その可憐な少女は、アリスの自我持つ分身ともいうべき護霊『何者でないメアリアン』であった。
『まあ実際……アリスったら……度々危なっかしいのよね…☆ というよりむしろ危なっかしさが服着て歩いてるって感じよね。なんか危ないと思った時そこにはアリスがいる、と言っても過言ではないわ☆』
ひかりと夜空の方に直接は目を向けず、メアリアンはつぶやく。
『ほんと目が離せないって感じ。……だから私も……2人の気持ちは解るかな』
ふう、と吐息をつくメアリアンに、ひかりと夜空ははっとした面持ちで僅かに目を見開いた。彼女たちのその気配を察してはいるだろうが、メアリアンは視線をアリスに向けたままでいる。
視界の先ではアリスが獅子奮迅の活躍を見せていた。
その姿は天地の狭間に咲き誇る華のような幻想的な姿、それこそは先ほど覚醒した「魔法少女ワンダーキュアリス」!
ワンダーキュアリスは七色の翼を空に広げ、羽ばたくごとに鮮やかな花びらを舞い散らせながら華麗に可憐に夢幻の螺旋軌道を風の中に刻みつつ、大地に蠢く悍ましき化け物どもに膺懲の一撃を加え続けていく。
煌めく宝杖クイーンオブハートキーが旋風を呼ぶごとにモンスターは叩き伏せられ、無数のカードが翻るたびに悪鬼どもは切り裂かれる。
さらに時として無数のアリスが同時に存在するかのような変幻自在の高機動は、ただ自動的に獲物を狙うだけの怪物どもごときが、到底追随できるような動きではない!
――とはいえ、相手は多数、対してアリスは単身。その数的劣位を考慮しなくてよいものだろうか、と、ひかりと夜空は胸に曇る不安を覚えるが、今の彼女たちにはただ見守るしかない。
「わ、私も独り言なのですが……助けには行かなくていいのですか?」
夜空のつぶやきに、メアリアンは静かに、そしてどこか大人びた表情で、微笑んだ。
『私は……アリスを信じてる』
それはほんの短い一言で、そしてそれゆえに――絶対のゆるぎない重みと強さを持つ一言だった。
ひかりと夜空が思わずきゅっと拳を握りしめるほどの。思わず唇を強く引き結んでしまうほどの。不壊で不動の、それは信念と決意。
『同じように、アリスも、あたしにあなたたちの護衛を任せてるのも……信じてくれてるから……って思う。だからそれに応えたいし応えなきゃいけない。信じあうっていうのは、覚悟って意味だから』
そこまでつぶやいて、メアリアンはポッと耳まで赤く染め、髪をわしゃわしゃとしながらあはは、と笑う。
『うひゃー、やっぱちょっと恥ずかし☆ うん、独り言にしといてよかった☆ これはほんとに独り言だからね、独り言! アリスにも言っちゃだめよ!』
そんなメアリアンの照れ隠しの仕草に、思わずひかりと夜空もくすっとつられて笑みを浮かべた。
同時に、胸に深く想いは染み入る。
彼女たちの魂に、間違いなく響いていた。メアリアンとアリスとの間の、決して違えることのない無言の約束は。
アリスたちの間の、相互に対する、身を切るような厳粛な「信頼」。
それは決して、目を閉じ耳を塞ぎ現実を見ないで逃避するような甘ったるい相互依存ではない。
魂から鮮やかな血を流しても恐れることなく相互を見つめるからこその「信頼」なのだ。
『……だから……2人も、お互いを大切に想うのも勿論だけど……も少しお互いを信じてもいいんじゃない……?』
初めて「独り言」ではなく、メアリアンはひかりと夜空を向いて語り掛ける。その言葉に、二人は深く頷いていた。
『まあそれはそれとして……やっぱりアリスは危なっかしいんだけどね☆』
最後の敵を撃破しながら、その勢いを制御できずコケてしまったアリスの姿を見て、苦笑しつつ、メアリアンは小さな肩を竦めるのだった。
「はわわ……護霊ちゃーん、笑わないで!」
「なんだ、方向性の違いで解散か?」
|周防・灯真《 すおう・ひさな》(アウトロー(自称)・h12314)の飛ばした視線に、その先にいた二人の少女がビクンと身を竦めた。
彼女たちは先程まで、突如降りかかった「|魔法少女現象《プエラマギカフェノメノン》」という不思議な出来事のため、魔法少女ピュアリィシャイン、そしてピュアリィシェイドとなっていた。だが、今の彼女たちはその姿ではなくなってしまっている。普通の少女、ひかりと夜空でしかないのだ。
何が起きたのかは、二人の姿を見れば灯真には想像に難くない。お互いにしょんぼりと下を向き、瞳には涙をためているその姿を見れば。
やれやれ、と重い吐息をついて、灯真は首を振ると彼方を見つめた。今しも、再び現出した悍ましき化け物、デザイアモンスターの群れが迫りつつあるのだ。ここで無為に時を過ごす暇はない!
「やるんなら配信なりコンサートでやってくれ。今は戦闘中だ」
ぶっきらぼうにも聞こえるその言葉に、二人は打たれたようにキュッと唇をかむ。だが。
「戦えないなら下がってろ、『チューマ』」
「……ちゅーま?」
「ちゅーま……?」
続いて吐き出された彼の言葉に、思わず三人は互いに目を見合わせる。一瞬、天使が通り過ぎたような微妙な沈黙がその場に流れた。
「……知らんか。まあ、後で調べてみろ。とにかく下がっていろ、わかったな」
「は、はい。……ちゅーま?」
呆然とする二人を後に残し、灯真はぶんぶんと左腕を振り回すとそのまま迫る怪物どもの群れに向かって疾駆する。――と、おお、見よ! その腕が見る間に不定形に膨れ上がり、空気すら圧し潰すような巨大にして異様な形状へと変質していくではないか!
『GUAHA……!?』
さすがにまともな存在ではないデザイアモンスターたちもその異形に警戒心を抱いたであろう、だが既に遅い!
「ちょいとブサイクな腕だがの!」
轟爆! 巨大な隕石が衝突したような爆裂的な衝撃が大気中に波のように伝播し、風を激しく震わせた。それほどの超絶重爆の一撃が、まともに怪物どもに向かって叩きつけられたのだ! モンスターたちは一瞬にして嵐の中の木の葉のごとくに薙ぎ払われ、ゴミ屑のように吹きとばされる! 絶対的な破壊力の化身、それこそは、灯真の能力『|怪物の左腕《フランケンレフトアーム》』に他ならない!
「……コレ使うと毎回噛むのは何なんだろうな……まあいいが」
あまりの超威力が灯真自身の筋肉さえ痙攣させるような副作用があるのかもしれぬ、何故かこの技を使うたびに彼の口は一瞬もつれてしまう。だがそれは裏を返せば、敵にとっては恐るべき死を告げる宣告ともなるのだ!
無論、怪物どもも世界の条理に従わぬ異質な化け物だ。まともに食らったはずのモンスターも、即座に再生を始め、逆襲に転じようとする。が、灯真の「腕」は単に凶猛なる暴を叩きつけるだけの技にあらず! その真価はむしろ――ここから発揮されるのだ!
『GHOAAA!!??』
再生しようとした化け物どもの動きが、あたかも無数の目に見えぬ腕に押さえつけられたかのように静止した! 渾身の力を振り絞って身の自由を確保しようとするモンスターたちだが、叶わぬ! 動けぬ! そう、敵の動きを停止させることこそが灯真の「腕」の力なのだ!
もはや相手はただの的に過ぎぬ。灯真はおもむろに指をパチンと鳴らす。その瞬間、巻き起こった凄絶な火炎が天地をも焦がすほどに燃え広がった。あたかも怒り狂う紅き竜の顎が開かれたがごとく、その業火は次々と動けぬモンスターどもに食らいつき、飲み込んでいく……!
「再生するより早く燃やせばチリになる、単純な話だったな」
真紅の炎に照らされながら、灯真はちらりと背後を振り向く。彼の戦いを見つめている二人の少女を。
「大切に思うことと大切にすることは似ているようで違うんだがね、その辺わかってないあたり、あの子たちはまだまだ子供だ。……そして」
灯真の口元に、ふと優しい笑みが浮かぶ。先ほどまでのやや厳しい口調とは裏腹の。
「……そんな子供を守るのは大人の役目だからな」
離れた距離で見つめる二人の少女にも、灯真の背中は不思議に大きく見えた。それはきっと、「大人」の大きさ。「大人」の頼もしさ。
「検索したんだけど、「チューマ」って……」
「え?」
そのとき、スマホを手にぽつんと呟いた夜空に、ひかりはきょとんと眼を見開く。
「……『親友』とか『相棒』って意味なんですって」
「さ、それじゃ行こうか。……超広範囲型魔法、いっきまーすっ!!」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)の元気な一声が響き渡った瞬間、天地を彩る鮮やかにして華やかな輝きが深い闇を斬り払って炸裂した!
「六界の使者たる精霊達よ、集いて力となり、我が前の障害を撃ち砕け――『|殲滅精霊拡散砲《ジェノサイド・エレメンタル・ブラスト》ォォーッ!!』
精霊たちの力を結実させた極大出力の魔導砲が爆裂的に虚空を駆け抜け、どろりと蠢く悍ましき化け物ども、デザイアモンスターたちをまとめて消し飛ばしたのだ!
その輝きをやや離れた場所で見つめながら、二人の少女、ひかりと夜空は、エアリィに言われた言葉を想い出していた……。
「わっ!? 変身が解けちゃってるっ!?」
少し前、再会したエアリィが最初に口にしたのはその言葉だった。澄んだ大きな瞳を見開いて。
まさしくエアリィは目の前の少女たちを驚きの念を持って見つめざるを得なかったのだ。
突如発生した『|魔法少女現象《プエラマギカフェノメノン》』により新たな運命の申し子となった二人、ピュアリィシャインとピュアリィシェイド。だが、先ほどとは異なり、そんな彼女たちの魔法少女としての変身が解除されてしまっているではないか。今の二人は、ただの一般人、ひかりと夜空という少女に過ぎないのだ。
「しかも……」
と、エアリィはそっと後ろを振り返ると、見たくないものを見てしまったと言わんばかりにぺちんと目を叩く。
「あー。敵は相変わらず来るしー!」
そう、いったんは撃退したはずの悍ましき化け物ども、デザイアモンスターの群れは再び闇の果てから湧き出し、今またじりじりと迫りつつあったのだ。
「……ね、お姉さんたち」
二人の少女を背に庇い、すっくと立ったエアリィは、ふわりと髪を靡かせて優しいまなざしを彼女たちに送る。
「ダンジョンに潜ってるとね、こんな場面になることもある、って聞いたことあるんだ。強いモンスターに襲われてどうしようもない、だから自分が盾になって、もう一人を逃がす。そんなことね、割とよく聞くの」
はっとした面持ちで、ひかりと夜空は顔を上げる。
二人はエアリィにまだ何も事情を語っていない。それでも。
それでもエアリィは、漠然とではあろうが、察したのだ。二人の間に何があったのかを。
それはエアリィの、熟練のダンジョン冒険者としての経験の蓄積が為せる無言の理解だった。
「それって、有効な手段ではあるよ。でもね……。それで、相手は助かる。でも」
きゅっと拳を握り締め、エアリィは精霊刃エレメンティア・ティアーズと精霊銃エレメンタル・シューターを構え直すと、怪物どもの群れに対して向き直る。
「――自分が助からない場合……残された人はどう思うかな? 悲しんで自分を責めて……。きっと、元には戻れなくなる。それはほんとの意味では「助けた」ことにならないんじゃないかなって思う」
光の奇跡を虚空の中に刻んで、エアリィは風のごとくに走り出す! 銀の鈴のように美しい声を二人に残して!
「お互いがお互いを大切に思うなら取る手段は一つ! 一緒に戦えばいいのっ! 背中を預ける、隣に立つ! そうやってね!!」
優雅に華麗に舞い踊り、戦陣に切り込んだエアリィは襲い来る魔物どもの攻撃を寸前で見切りつつ刃を翻らせ、次々に獲物を斬り伏せていく!
「どんなことでも大丈夫。一人では難しいことも、二人なら大丈夫。二人でダメなら……。みんなでぶっ飛ばせば問題ないっ! それがパーティを組むってこと、ダンジョンで学んだのはそういうことなの!」
八面六臂のエアリィの剣舞に、モンスターたちはさすがにたじろぎ怯み、距離を取る。しかし相手を自分の間合いにまとめ上げる、それこそがエアリィの狙い! 取り上げた銃口が今獲物に向かって突き付けられて――!
「未来を掴むためにも……障害は全力で撃ち砕くっ!!」
エアリィの凛然とした声、そしてそれに続いて巻き起こった美しくも凄絶な閃光と爆発を、二人の少女はまじまじと見つめていた。
「『二人なら大丈夫』か……この間のテストの時……」
「え?」
「あたし、夜空ちゃんと一緒にお勉強したから赤点にならなかった。そういうことかな?」
「ふふ、そうね。……たぶん、近いんでしょうね」
微笑んだ夜空に、その時。食い気味に急き込んで声を飛ばしたのは、急スピードで舞い踊ってきたエアリィだった。
「えっお姉さんお勉強できる人!? 今度あたしにも教えてくれる!? 実はちょっとダンジョンに潜り過ぎちゃって学校の方が……」
「ええ、もちろん。『みんなでぶっ飛ばせば』ですものね、ふふ」
「そこでちゃんとお話をしていてくださいね」
「え、ちょ……!」「こ、これって!?」
|神隠祇・境華《かみおぎ きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)の声に、二人の少女は慌てふためいた。その少女たちは、先ほど不思議な『|魔法少女現象《プエラマギカフェノメノン》』によって新たな姿、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドに姿が変わってしまったはずの乙女たち。だが、今の彼女たちの姿は普通の学生の姿となってしまっている。変身が解除され、普通の少女――ひかりと夜空に戻ってしまったのだ。
だが、二人を驚かせたのはそればかりではない。第一の戦場を切り抜けた先でそんな二人の姿を認めた境華が、なんと、おもむろにその背後の空間から躍り出た煌めく霊布を舞わせ、二人を括り付けてしまったことに対しての驚愕と動揺だった。
「『|御伽「天を綾なす宝帯」《コンテンリョウ》』――大丈夫、傷つけるつもりはありません。痛くはないでしょう? ほどけないだけで」
「え、ええ……」
「そこで散られると守りにくいので。敵は私が引き受けますから……」
と、境華はちらりと背後に澄んだ瞳を向ける。その視線の先には、のたうち蠢く悍ましき怪物、デザイアモンスターの群れが再び生み出され、じりじりと迫りつつあったのだ。
もう一度ひかりと夜空に振り返ると、境華はそっと優しく語り掛ける。
「言葉は愛おしいものです。人は言葉を紡ぐために生まれたのですから。物語としても、そして……想いを伝える手段としても。ですから……一方的に背負おうとするのはあまり感心しませんね。きちんと言葉にしてください、お互いを想うのなら、そして守りたいのなら」
ひかりと夜空は息を飲むと、自分たちの身を縛した布を見つめる。そこに込められた意味も含めて。
その時。轟然と唸りを上げて、巨岩にも似た猛々しい一撃が二人の少女に襲い掛かった!
それこそは迫り来たデザイアモンスターの撃ち放った悍ましくおそるべき触腕だ!
思わず目をつぶったひかりと夜空だったが、いつまでも何の衝撃も届かぬことに気づき、そっと目を開けてみる。瞬間、彼女たちは再び驚愕した。華麗に翻る布が、そのたおやかな外見にも関わらず見事に触腕を寸断せしめていたと知ったことで。それは境華の操る霊布の起こした神威たる技の冴え!
「互いを想う言葉まで、奪わせはしません。では、こちらはこちらで参りましょうか。邪魔はさせませんよ――!」
言い残すと、ふわりと薫風に乗るように、境華は身を翻すと魔物どものただなかへ突っ込んでいく。
華麗なその体の周辺に漂う霊布は艶やかに翩翻とはためき、天空を覆って幾筋も伸びる流星雨のように化け物どもへ襲い掛かった!
モンスターたちもその大地をも砕く威力を秘めるだろう触腕を振り乱し打って掛かる。だが、天に舞う薄絹を相手に力任せに剛剣を振るっても断ち切れる道理はなく、泡立つ激流であっても流れの中の布を粉砕し得ぬがごとくに――砕けぬ! 割れぬ! 裂けぬ! 怪物どもの拳は境華の布に逆らえぬ!
境華の霊布は柔らかにしなやかに化け物どもの体に纏わりつき、その挙措を制し、行動の自由を奪っていく。のみならず。
『GHOAAAA!!??』
柔和なその手触りからは思いもよらぬ強力な緊縛力を持って、霊布はモンスターたちを軽々と巻き上げては大地に叩きつけ、あるいは相互に潰しあわせてゆく。
さらにその霊布の中から滲み出るように現出するのは幾体もの騎士、武士、英雄たちの姿。それは「物語」を操る境華の魔術の顕現だ!
怪物を退治する物語の主役はいつの時代どの世界においても英雄や勇者たちの存在をおいて他にない。その物語効果自体が絶対の力となってモンスターたちを斬り伏せていく。
「哀れなモンスターたち。あなたたちにも言葉があればよかった。そうすればせめて、協調し足並みを揃えて戦えていたでしょう。滅びる時に仲間に遺志を伝えることもできたでしょう。でもあなたたちには言葉がない。想いを伝えるすべがない。……だから」
朱唇をつぐみ、境華は微かに祈るように瞳を閉ざした。
「……だから」
離れたところで、その言葉を、ひかりと夜空は受け取る。しっかりと。
「だから、言葉を持つ人間は、それを大切にしなければならない……」
二人はお互いを見つめ合い、そしてもう一度、相互を結び付けている境華の細い布に目を落とす。
リボンのように可憐な、その布の色は、赤。
結ばれていたのは。二人の小指。
「私たち、もっと」
「うん、お話ししないといけないんだね」
そっと見つめ合う二人の姿を手元に伸びる布越しに感じ取り、境華は清廉に微笑んでいた。
「ええ、それも一つの物語ですものね」
(このままじゃ駄目だ……)
目の奥から体の内を突き刺すような光が瞬くようだ。引き裂かれるような頭痛も砕けそうな心臓の動悸も、無論幻覚だとわかってはいる、いるが。
それでもクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は肺が押し潰されそうな圧迫感を覚え、喘いでいた。
自分自身のことではない。彼女たちのことだ。目の前の二人のことなのだ。
ピュアリィシャイン、そしてピュアリィシェイド。『|魔法少女現象《プエラマギカフェノメノン》』と呼ばれる不思議な事象に巻き込まれ、「魔法少女」となってしまったふたり。けれど、今の彼女たちの姿はその魔法少女ではない。普通の少女、ひかりと夜空に戻ってしまっている。
そしてその二人の表情に、今、輝きはない。笑顔はない。
「……嫌だ」
血を吐くような声が漏れた。クラウスの唇から。
「……互いを想い合う2人の間に溝ができてしまうことが」
クラウスにとって何よりも辛く苦しく、それでも決して目を背けられない冷厳たる事実がそこにある――!
だが今は。そう、クラウスは歯を食いしばり視点を変える。そこに迫っていたのは悍ましく蠢く魔物、デザイアモンスターどもの群れ! 今はまず、この化け物どもの掃討が先決だ!
「『|茨の蔓を操る魔法《シュタルテン》』!!!」
鋭い裂帛の気勢の中に痛みを飲み込んで、クラウスは能力を開放する!
瞬転、大地に張った彼の影から無数の旋風が舞い踊った! 何が起きたか理解する暇さえ与えられず、デザイアモンスターたちの何体かが刹那のうちに貫かれ大地に転がる。
それこそは鋭烈な棘を無数に生やした茨の鞭だ。激しく蠢く何本もの茨を自在に操って、今、クラウスは怪物どもに裁きを与える!
『GUAAAHHH!!!!』
唸りを上げるモンスターたちはようやくその茨の恐ろしさに気づいたようだったが、生き物のごとく変幻自在な軌道を見せる茨は怪物どもの剛腕をすり抜けてはその腕に絡みつき、踏みつけようとする客に逆に巻き付いて締め上げる!
強烈な圧迫と食い込む鉄棘がこの世のものならぬ魔物たちさえも見る間に引き裂いていく。狂猛に抵抗を続ける魔獣と容赦せず蔓延りゆく妖蔦の、この世の終わりかとさえ思われるような凄まじい殲滅戦がそこかしこで繰り広げられ始めた……。
「あのさ」
だが、その時。凄絶な戦況に似合わない静かな声が少女達の耳に響いた。
振り返らず、視線は油断なくモンスターどもの戦いざまを見据え、茨を操作したままで、クラウスはそっと唇を開いていた。
「……ふたりで生き残る道を選べたら、一番いいんじゃないかな。……実はさ」
絞り出すような。そしてそんな苦しみさえも抱きしめていとおしむような。
そんな声だった。
クラウス・イーザリーの――魂から零れるような声だった。
「……俺の親友、俺を庇って死んだんだ」
まさに茨の棘に刺されたかのような痛みが、その言葉と共に、ひかりと夜空の胸の中にも奔った。
それが理由。
クラウスが苦しみもがいていた理由。
今でもクラウスを疼かせ苛み、その心を茨の檻に閉じ込めている鋭い棘。彼の過去に突き刺さり決して抜けずに鈍く光り続けている悲しき棘。
だからなのかもしれない、彼に茨を操る、こんな√能力が発動したのは。
リフレインは止まらず響き続けている、あの日の、あの瞬間の慟哭が。クラウスの中で、永遠に。
「……残される側も辛いよ」
淡々とつぶやくクラウスに、二人の少女は返す言葉もなく重くうつむくしかない。自分たちの姿が、彼を苦しめる鏡だったのだと知らされたのならば。
だが、そのとき、そっと振り返ったクラウスの表情は。
暖かな陽の光が眩く零れるように、柔和に微笑んでいたのだった。
「だから、ふたりとも無事でいられるように一緒に頑張ろう」
忘れられぬ、忘れてはならぬ痛みがあるからこそ、彼は歩む。歩まねばならぬ。それは一種の強迫観念かもしれぬ、けれどそれでも、歩み続けることをクラウスの隣で微笑んでくれる友の姿があるのなら。
クラウスは己の過去と共に前を向くのだ。
そのクラウスの姿そのものが、ふたりの少女への、大きなメッセージ。
乾いた銃声が轟き、クラウスの手からたなびく硝煙が、最後のデザイアモンスターを撃ち倒したことを告げる。
そっと歩んでいって、茨に触れ、クラウスは笑った。
「……待っていれば、茨はかわいい花を咲かせるんだ。痛いだけの植物じゃなくてね」
周囲を圧するように艶やかな大輪の花では決してないけれど、清楚な花がそっと咲く。
――多分それは、友情に似ている。
「なにいきなり変身解いているんですか」
「すみませんごめんなさい許して下さい命だけは!!!!!!」
ルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)がとがめた言葉に、二人の少女、ひかりと夜空は総毛だって心底震えあがる。無理もあるまい、相手はルナリアだ。殴ってから考える、くらいならまだいい、考えも何もなく殴った時点ですべてが終了するエルフなのである。
「なんですか、まるで私がとりあえず殴ってそのあとは何も考えないとでもいうように」
「えっ違うんですか」
「いつ違うなんて言いましたかオラアアアア!!」
「やっぱりぃぃぃぃ!!!??」
「やですねえ可愛らしい邪気のない冗談に決まっているじゃないですか」
「冗談なら杖降ろしてください……」
夜空の震え声の指摘に、おっと、とルナリアは頭上高く振り上げていた杖を振り上げる。
「叙述トリック!? なんでもう一回振り上げたんですか!?」
「せっかく一度上げたのにもったいないですし……」
「なんかもったいない部分あります!?」
「しょうがないですねえわがままばっかり。で、一体何が?」
やれやれ困ったプリティガールズだぜハハハン、と言った調子でアメリカンに肩を竦めて見せたルナリアに、ひかりと夜空は顔を見合わせ口ごもる。
「そ、それは……」
「言いたくないですか?」
「言います! 言いますから!! 杖! 杖やめて!」
涙目になりながら事情を口にした二人に、ルナリアはうんうん、と頷いた。
「これはひかりちゃんが悪いですね」
「すみませんごめんなさい許して下さい命だけは!!!!!!」
「別にまだ殴るなんて言ってないですよ」
「なぁんだ良かった……『まだ』?」
「まあそれは後にしてですね」
「後にはあるんですか!?」
「とりあえずあいつらからです」
杖の先でルナリアが指し示した先には、先ほど跡形も影も形もなくびったんびったんに叩き潰されたはずのデザイアモンスターの第二陣が再び迫りくる光景が繰り広げられていたではないか。
「魔法少女とかなっちゃったからにはもう……ネ! この通り平穏なんてありはしませんよ! 私だってそうです、平穏に生きたくても運命がそれを許してくれない、哀しい宿命です」
「運命がプラカード持って『人のせいにするな!』って抗議してきそうですが」
「なんか言いましたか?」
「いえまったく」
「とにかくね、戦い方は知っておいた方がお得じゃないですか? という訳で楽しく実戦していきましょう!」
おもむろにルナリアは大杖を天空高く振りかざす。その先端にほのかな煌めきが宿り、次第に鮮やかな輝きを増していくではないか。ルナリアの魔力が集中していることを示すそれは輝きだ。ルナリアと言えども、いつも殴って殴って殴り抜いているだけではない!
「|呪いの魔法《ガンド》!!!」
「ガンド」! その恐るべき魔法の効果は!
「相手の魂をまとめて汚染し!」
汚染し!
「後は殴ってネギトロにしてやる!!!」
やっぱり殴って殴って殴り抜くのだった!!
モンスターたちは呪いの効果であたかも泥濘に腰まで飲み込まれ、どろりと粘液質となった空気に纏わりつかれでもしているがごとく、もはやまともに動くこともできぬ。そこを狙ってルナリアの大杖が思う存分振り下ろされた――!
戦闘というよりも一方的な殴打が終わった後、ルナリアはさわやかな笑顔と額に輝く汗を宿しながらキラキラとした空気を纏い二人の少女の元へと戻ってきた。
「あ、ありがとうございます……」
謝意を示すふたりに、にっこり笑ってルナリアは告げる。
「じゃあひかりちゃんのおしおきタイムですね」
「それ伏線だったんですか!?」
「後でやるって言ったでしょう。とはいえ、私がやるのも筋違いなので、夜空ちゃんがぺチンとどうぞ」
「わ、私がひかりを!?」
「儀式みたいなものです。これで二人の間の貸し借りはなくなるわけで、めでたしめでたしですよ」
「で、でも……」
戸惑う夜空に、しかしひかりのほうが意を決した様子で後ろを向いた。
「夜空ちゃん、確かに、お互いにもやもやが残るより、ぺチン、って一発された方がすっきりするかもしれない」
うんうん、とルナリアは満足げに頷く。
「よくぞその境地にたどり着きました。殴ることは悟ることなのです」
「わ、分かりました……」
夜空は後ろを向いたひかりにおずおずと手を挙げ、次の瞬間。
ぺちん!
と、そのお尻をひっぱたいた!
「いい叩きっぷりです。これでお二人も……」
言いかけたルナリアだったが、しかし。
「あ……なんか……変な気分……」
「私も……何かしら……」
叩かれたひかりも叩いた夜空も、お互いに頬を染め、陶然とした表情を浮かべていることに気づく。あたかも、……なんか青少年の教育によくないヤベエ扉を開けてしまったかのごとくに。
「………あー。そっちいっちゃいましたかー……」
あーじゃないんだが。
どうするのルナリア。せきにん。
「わたしじゃありません。
あの二人がやりました。
しりません。
すんだことです。――じゃ、そゆことで!!」
「もう……しつこいね」
『仲直りもだけど……その前に片づけなきゃ』
|星河・あくあ 《ほしかわ アクア》(零を上書き歩む【始発点】/ 零で塗り潰し辿る【終着点】・h05769)と、その番である『あるま』の二人の声が鈴のように美しく風を渡った。
彼女たちの澄んだ瞳が見つめる先には、先ほど掃討した異形なる怪物、デザイアモンスターたちの第二陣が再び亜空の彼方より蠢きよろめきながら悍ましく這いずり出てきた光景があったのだ。
「……!!」
思わず息を飲み、声も出せない二人の少女をあくあとあるまは背に庇う。彼女たちは『|魔法少女現象《プエラマギカフェノメノン》』なる不可思議な運命の転変に巻き込まれ、新たな姿、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドとなったはずの乙女たちだった。
だが、今の彼女たちの姿は「魔法少女」ではない。一般人のままの姿――ひかりと夜空でしかないのだ。魔法少女として多少は一般人より身体能力が高かった先ほどよりも、さらに危険性が高まっていることになる……!
「うわっと」
『あぶな』
その瞬間大気が悲鳴を上げた。怪物の振るったのたうつ触腕が二人に向かい豪雨のごとくに降り注いだのだ! 光と夜空が貫かれんとした刹那、あくあとあるまは二人をそれぞれ抱えて跳躍していた。
「やっぱりこの子たち、まだ狙われてるね、あるまちゃん」
『そうね、あくあちゃん。だから』
「うん、だから」
迫撃砲の乱射のごとく弧を描いて天空より叩きつけられる怪物の攻撃を、空を舞い踊るような優雅な動きで回避していきながら、あくあとあるまは声をそろえた。
「『とってもいいことだよね』」
え、と、抱えられたままのひかりと夜空は目を丸くする。怪物どもに執念深く付け狙われ、生きた心地もしない、その現状が何故「いいこと」だというのか。
「どうして――」
抱えられたまま問おうとしたひかりの唇に、疾駆しながらあくあの指が当てられる。
「ね、ちょっと「呼吸」を整えてみて?」
「え?」
一方、同じように夜空を抱えて次々と跳躍を続けていくあるまも、風を切りながら彼女に語り掛けていた。
『二人がね、二人を大事な事はわかるけど、言葉の前に心を整えなきゃ。そうすればいろんなものが見えてくる――こんなふうに』
と、あるまは軌道を変えて真下から襲撃してきたモンスターの触腕を空に舞う薄絹のごとき挙措で華麗に回避すると、すれ違いざま、その触腕にそっと手を触れた。
『|創鍵・無彩色之【零】《ノーリ・ニュートラル・キャリブレーション》――!』
鋭い叫びとしてではなく、むしろそっとささやくようなその声と同時――。
怪物の触腕は|世界に喰われていた《・・・・・・・・・》。
そう、その存在の痕跡すら皆無に。
あれほどの威力の剛腕が凄まじい勢いで振るわれたというにも拘らず――それが巻き起こしたそよ風すら残っていなかったのだ。
何故ならば。……そんなものは「なかった」のだから。
「なかった」ものの痕跡など残っているはずはない。
それこそは触れた能力を消し去る恐るべき「零」の概念、「無」にして「絶」そのものを押し付ける力、条理そのものを想いの力で上書きする一閃!
そして同時にあくあも同じくすべてを消し去る一撃をもって怪物の四肢を断ち放っている。
右手がほのかに輝くその煌めきのみが、かつてそこに「何か」があったことを示す墓標に過ぎなかった。
あくあが何をしたのか、ずっと彼女に抱えられたままだったひかりすら認識はできない。あくあに触れられた瞬間に怪物の四肢は「なかったことになった」。最初から。世界が始まったその瞬間から、そんなものは「なかった」。
ゆえに、ひかりはあくあが何をしたのかわからない。魔法少女と言えどもだ。
理解が追いつかないひかりの耳に、あくあとあるまの声が届く。
「わたしたちが、「よかった」って言ったのはね。あの怪物が『自動的に狙う』ものを知っているから」
『そう、怪物があなたたちを狙っているってことは――あなたたちにはまだ「希望」があるってこと』
呆然としていたひかりと夜空は、あくあとあるまのその言葉にはっと目を見開く。
そんな二人を抱えて、あくあとあるまはくるりと宙で転回し、再び合流した。
「お友達と一緒にいる為には、互いが互いの為になる様に想わないとだよ」
『そしてね、|自我《E.G.O》と強い感情をぶつけるのは……相手が違うから』
くすりと微笑み、あくあの右手が輝きを増し、そこにそっとあるまの手が添えられる。
舞踏会で披露される華麗な輪舞のごとくに、あくあとあるまは双身一対の流麗なる閃光と化して――辛うじてよろよろと蠢くモンスターの残滓に終焉の幕を下ろしたのだった。
「きらきらできる方が良い筈だよね」
『そして、多分二人一緒の方がもっと……きらきらだと思うな』
「なにもなかった」その場に立つあくあとあるまの微笑みは、日に照らされてまさに煌めくようにふたりの魔法少女には見えたのだった。
英雄は最後にやってくる。
そして英雄は高いところから現れる!
「はーっははははは!」
「ええっ、どこからともなく高い所から笑い声が!?」
「この辺に高い所はないのに!?」
ふたりの少女、ひかりと夜空は振り仰いで驚愕する。おお、その頼り甲斐に溢れた笑い声こそは誰あろう、眩く煌めく鉄壁の志、高貴なる決意と燃える正義の魂に剣を捧げしもの。エーファ・コシュタ(突撃|飛頭騎士《デュラハン》・h01928)そのひとだ!
そしてエーファが現れたその場所こそは!
「はーっははは……あわわ、あぶな!」
『ああっ気を付けてくださいワタシ!』『ワタシがワタシからまろび墜ちそうですよ!』
「くっ、とおっ!!!」
転落しそうになってしかし、すかさず身を翻し鮮やかなナイト空中三回転を決めてビシッと着地したエーファ!
「|頭《ワタシ》に乗って|騎士《ワタシ》のエントリーです! こういう時にどこからともなく参上するのって何か騎士っぽくないですか!?」
そう、エーファが乗っていたのは。何段にも積み重なった、無数の自分のアタマの上であったのだ! それこそはエーファがいくつもの頭を持つデュラハンである証。
そしてそのアタマがタイヤ代わりに高速回転し、いわば自走式ロ―リングトーテムポールとして地の果てから疾走してきたのである! てっぺんにエーファをのっけたままで!
「もうどこから何を聞いていいのかわからないんですが!?」
「はっはっは、あなたたちのお聞きになりたいことはわかっています! お答えしましょう、それは!」
「そ、それは!?」
「親しみを込めてファーストネームで呼んでくれて一向に構いませんよ!」
「わあいやったー。いやそんなことじゃないですよ!?」
「えっ?」
エーファは何か思てたんと違う? 的な表情で首をかしげたが、すぐ凛とした常の佇まいを取り戻す。そう、彼女がこの場所へ現れたのは危機に陥った無辜の少女の危機を救うため! 人の心を苛む怪物を打ち倒すためなのだ。正義の騎士として! なのでそれ以外のことはとりあえず後回しとする!
「とにかくも、その怪物を退治しましょう!」
ビシッと指さした先には、悍ましく蠢く異形なる怪物、デザイアモンスターが!
……なんかぐったりしていた!
「あれっ?」
『ワタシ……これブレーキ効かないんですね……』
きょとんとしたエーファに、デザイアモンスターと一緒に転がっていたエーファの頭の一つが目をぐるぐるにしながら声を出す。
そう、ローリングトーテムポールとしてエーファを乗っけて転がってきたエーファのアタマたちは、エーファが飛び降りた後も勢いを止められず、そのまま怪物の一体に正面衝突! 全員がピヨリ状態のダブルノックダウンとなっていたのだ!
「くっ、ワタシたちを全員倒すとはなかなかやりますねモンスターさん! ですがワタシたち、この仇は必ず取りますよ!」
いやピヨってるだけだよっていうかそれモンスターのせいかなあ。
「ワタシ1人で厳しいなら……騎士であるワタシがもっと居ればいいんです! 行きますよ……『|もう1人の守護騎士《モウヒトリイル》』!!!」
仲間たちを失った悲しみを乗り越え、今エーファの力が発動する!
「騎士エネルギー照射! カモンワタシ!!」
騎士エネルギー! それはエーファの魂に燃える正義の焔をバーニングしてファイヤーし、なんかその辺のなんかを強引にもう一人の騎士とする力だ!
そして、今回騎士となったのは、その辺にたまたまいたもの……つまり!
『GUOHAAA……えっこれは一体!?』
そう、デザイアモンスターのうちの一体、そのものであった! アタマ軍団と衝突しピヨっていたことで、エーファだましいを植え付けることができたのだ!
「行きますよ新たなワタシ! モンスターさんたちを倒すのです!」
『モンスターってワタシなんですけどまあいっか……てりゃあああ!!!』
かくして二人のエーファは二人の力を一つに合わせ凄絶なる戦いに打って出た!
敵の攻撃を二つの盾が弾き返し、双条の長槍を振るいダブルのビームを撃ち放ち、当たるを幸い薙ぎ払いつつ怪物どもを掃討していく。
「やりますねワタシ!」「ワタシこそ!」
戦いながら視線を交わす二人の唇が微笑む。1+1は2ではない! 200だ! 10倍だぞ10倍!
『ありがとうオリジナルワタシ。ワタシのおかげで、ひと時だけでも正義の尊さを知ることができました……』
「ワタシ……! ワタシのことは忘れません……」
だがすべてのモンスターを打ち倒した時、それは√能力の効果が消える時でもあった。
清らかな輝きに包まれ、コピーエーファは静かに消えていく。オリジナルエーファの手をしっかりと握りしめたまま、微笑んで。
それは、モンスターであった時には得られなかった充実感と幸福、そしてまぎれもない友情であったに違いない……。
エーファたちを見守るひかりと夜空に、涙をぬぐってエーファは笑みを向ける。
「お二人とも大事な方が居るのですね……今のように、一人では出来ない事も二人の力を合わせればどんな事でも可能に出来ます! それは、とても美しいことだとワタシは思うのです」
こくんと頷く二人の肩を、エーファは力強くポンと叩く。
「お二人がお互いを本当に大切にしているのなら、共に手を取る事も、また立派な選択です!! ……いなくなってしまってからでは、手を取ることもできないのですから」
第3章 ボス戦 『『闇の支配人』マリス・ローズ』
「ごめんね、夜空ちゃん。あたしが悪かったんだ。許してくれるなら……これからも一緒にいてくれる?」
「ひかりの気持ちを考えなかった私も馬鹿だったわ。もう決してあなたを一人になんかしない」
二人は今、お互いにしっかりと手を取り合い、まっすぐに見つめ合う。その絆は以前よりもさらに強固に結び合わされ、二度と離れることはないに違いない。
おお、その時!
「なんだか、力が……湧いてくる!」
「私も……自分でわかるわ!」
頷きあったひかりと夜空の唇が揃って同じ言葉を叫んだ!
『デュアルメタモルフォース!』
瞬転! 二人の体が強く強く光り輝き、鮮やかに放たれる力の奔流に包まれていく――!
「心を照らす白き輝き――ピュアリィシャイン!」
「心を癒す黒き煌めき――ピュアリィシェイド!」
「「魔法少女ピュアリィデュアル!!」」
今こそ真なる力の覚醒の時!
ピュアリィシャインとピュアリィシェイドは、巻き込まれてではなく、自らの意志、そして二人の絆の力で再び魔法少女へと変身したのだ!
だが。
「ああ、素晴らしい友情だ。思った通り、君たちなら僕のいいお友達になってくれそうだよ」
揺れる陽炎のように、深い闇の中から華麗な姿を現したものがある。くすくす、と笑いながら、魔法少女二人を興味深げに眺めるものこそ――。
「こんにちは、魔法少女。僕が君たちの新しい友達だよ」
彼女こそ、デザイアモンスターたちを使嗾し操って今回の事件を起こしたもの、闇の支配人マリス・ローズであった!
「本当に強くて清らかで可愛らしいね、僕のお友達はそうじゃないと。たまたま手に入ったこのおかしな怪物どもは上手く役に立ってくれたね。おっと、そこの君たちもなかなかいい感じのお友達になりそうだ。さあ、一緒に友情を育もうよ」
ローズは自分の「友達」――すなわち手駒、あるいは道具を増やすために暗躍していたのだ。
無論ローズのいう「友達」とは、魔法少女たちの尊い友情とは根本的に異なる、ただの支配欲であり自己愛の延長手段に過ぎぬ。
さあ最終決戦のときだ!
今の魔法少女たちは真なる力に目覚めており、自分の身は自分で守ることができるため、これまでのように庇いながら戦う必要はない。思い切って戦ってよい!
いや、それだけではない。
『ピュアリィバース!』
二人が叫ぶと同時、周囲が光溢れ輝く華やかで美しい世界に描き変わったではないか! これが覚醒した魔法少女の真なる力、自分と味方の身体能力を大幅に向上させ、体力を回復させるフィールドの展開だ。
さらにこの領域の中では魔法少女たちはいくつかの力を使うことができる。必要ならば魔法少女たちに支援を要請してもよい。
〇ピュアリィシャイン
「スターライトシャイン」:威力は弱いが超広範囲のレーザーシャワー
「シャインウォール」:形状を自在に変化できる光のバリア
〇ピュアリィシェイド
「シェイドバインド」:影を操り敵の動きを封じる
「シェイドブレード」:この世で最も薄い「影」を刃とした鋭利な剣
第4話『いつまでも! ふたりで魔法少女!!』
「んにゅ……仲直りされたみたいで、良かったのです……」
鬼灯・睡蓮(人間災厄「白昼夢」の護霊「カダス」・h07498)は、とろんとしたまなざしで、それでも嬉しそうに二人の少女を眺めやった。ひかりと夜空――いや、今は自らの力に覚醒し、真の「魔法少女」と呼ばれるにふさわしい姿となったピュアリィシャインとピュアリィシェイドの強い絆に結ばれた様子を。
が、睡蓮はすぐに鋭い瞳を回す。楽し気に聞こえてくるぱちぱちという音のする方向へ。
それは拍手、それは喝采、純粋無垢にして一切の表裏のない、そして――それゆえに何よりも邪悪で悍ましい歓びの声に。
「うんうん、ほんとによかったよねえ、やっぱり友情っていいものだなあ。さ、それじゃ……僕とも『トモダチ』になろうよ、君たち!」
くすくす、と笑みを漏らすその声の主は、漆黒のゴシックドレスに身を包んだ、一見可憐な少女。されどその瞳にはどす黒い暗黒の陥穽を宿した「闇の支配人」、その名を――マリス・ローズ!
「むにゅ……まさか、この僕がこんなことを言うことになるとは思わなかったですが……ふみゅ」
睡蓮はふわりふわりとシーツをたなびかせ、あくまでも柔和に、けれど断固たる口調で、告げた。
「……寝言は寝てから言ってくださいなのですよ」
それは夢を操り現と幻の間に遊ぶ睡蓮ならではの、あまりにも痛烈に斬り捨てた一言だ!
だがマリスは白い頬を嗜虐的に歪めて笑う。
「あれあれー、そーんな冷たいこと言うなんて僕は悲しいなあ。ただトモダチになろうって言ってるだけなのにさ。そう――この彼のようにね」
ゆらりと闇が崩れ影が溶け落ちて、マリスの背後から巨大な痛みが姿を現す。
そう、それはまさに「痛み」と評するほかはない。
全身から不規則に無数の茨の棘を生やし……いや「生やされ」、その凄まじい苦しみに鮮血を吹き零しながら呻吟し苦悶し阿鼻叫喚するものは。冒涜的なまでに人に近く、それでいてもう既に決して人ではない、そのものは。
「あははは! 紹介するね。ほら、これが僕の自慢の『トモダチ』だよ! 僕のいうことをどんなことでもしっかり聞いてくれて、僕のために最後の力まで全部振り絞って戦ってくれる感動的なトモダチさ! 素晴らしいだろう!?」
マリスの哄笑が響き渡る、そう、それは――彼女の能力により、その傀儡とされその玩具とされその道具とされた、犠牲者の慣れの果ての姿!
「さあ、トモダチ! そこにいるみんなも君と同じ、僕のトモダチにしておくれ! それが友情ってものさ!」
マリスの「|友情《命令》」に従い、トモダチは鮮血を涙のように流しながら睡蓮たちに打って掛かった!
空間がひしゃげ歪むほどの剛腕が唸り、まともに睡蓮に叩きつけられんとした時、しかし。春の霞のごとく睡蓮の姿は揺らいで消え、トモダチの拳はあらぬ場所の大地に深くクレーターを作り出したのみだった。
ふらりと朧めいて睡蓮の姿はやや離れた場所に再び現れる。一体、いや二体、三体と! あたかもそう、夢幻のごとくに!
何人もの睡蓮の声が多重に共鳴し戦場を包み込む。
「それはオーラに映し出した僕の幻影なのですよ……ではカダス、今度はこちらの番と行きましょう」
睡蓮の護霊カダスが風を駆けると同時、睡蓮も無数の幻像と共に虚空を疾駆する。周り灯篭のごとくに周辺を乱舞し飛翔する何体もの睡蓮の姿を、『トモダチ』はおろかマリスでさえ捉えきれぬ!
「うろちょろと! トモダチ、何やってるんだ! そいつらまとめて潰しちゃえよ!」
苛立ったマリスの声にトモダチは大地を叩き割り巨大な岩盤を持ちあげる。どれが本体の睡蓮か判別できぬなら、まとめて面制圧で叩き潰そうというのだ!
しかしそのとき。
「スターライトシャイン!!」
「シェイドバインド!!」
響いた声と共に天空から流星雨のような光のシャワーがトモダチに降り注ぎ、その巨体を揺らめかせバランスを崩させる、そこへ伸びたのは漆黒の、いや影の鎖! 十重二十重にトモダチに絡みつき、その動きを封じ込めた! それこそは魔法少女たちの援護攻撃だ!
「こちらは大丈夫!」「押さえつけるくらいなら私たちでもできます!」
魔法少女たちの声を背中に受けて、睡蓮は虚空を走りマリスに肉薄した!
「僕にしては珍しく、接近戦なのです……唸れ夢の剣、『|幽夢刃《ユウムジン》』……!」
抜き放った手の跡も見せず、睡蓮は鮮烈なる刃を奔らせマリスに斬りつけた! それは現実と夢の間に生まれし超幻の剣、白朧の刃!
歯噛みしつつ何とかこれを受け止めようとしたマリスだが、無数の睡蓮の幻像は多重ストロボのごとくに数え切れぬ刃と化してマリスを襲い続ける無間地獄を現出させた!
マリスが白熱する剣を辛うじて弾いた次の刹那、しかし終わらぬ! 精神に直接食い込むような斬撃、身を竦ませるがごとき剣斬、空間もろとも圧殺するような剛剣! 尽きせぬ暴風のような連撃が一瞬のうちに叩き込まれたのだ!
「そ、そんな馬鹿なっ!?」
「あなたには悪夢さえもったいないのです……あなたに相応しいのはただ一つ……」
相手の漆黒のドレスを深々と斬り裂きながら、睡蓮は自らの身を包む純白のシーツをふわりと翻す。
「……完全な消滅、『虚夢』なのですよ」
断末魔さえ残すこともなく塵と化すマリスと共に、そのトモダチもまた無に帰していた。
魔法少女たちが笑顔を浮かべ駆けよってくる姿に手を振り、睡蓮は顔をほころばせつつ、小さくあくびをかみ殺す。
「終わりましたね、……むにゅ、一緒にお昼寝したいですね……」
「解散は取り消しか。そいつは重畳だ」
|周防・灯真 《すおう・ひさな》(アウトロー(自称)・h12314)は口元に微かな、しかし柔らかな笑みを浮かべて、二人の少女の姿をちらりと見つめた。魔法少女ピュアリィシャインとピュアリィシェイドは、灯真をはじめとしたEDENたちの後押しもあり、すれ違いかけたその心を再び強い絆で結びあうことができたのだ。
「あ、ありがとうございました、その、御迷惑をおかけして……」
礼を言いかけた二人を軽く片手を上げて制すると、灯真は踵を返し、そこにいたもう一人に鋭い視線を投げかけながらつぶやく。
「ま、それは後からにしよう。これからが本番だからな」
「あはははは! 今度は僕と友達になってくれるんだよね! いやあ嬉しいなあ、楽しみだなあ! きっと僕たち素敵な友情で結ばれるのは間違いないね!」
響いた哄笑はあくまでも銀鈴を振るような可憐な声、しかしその音色の中に隠しようもない淀んだ悪意と歪んだ邪念を潜ませるもの。漆黒のドレスに包んだ美しい体の中から悍ましき腐った魂の匂いを感じさせるもの――その名を「闇の支配人」マリス・ローズ!
冷ややかにマリスに向けて身構えながら、灯真は言葉を吐き捨てた。
「友達とか友情とかお前が口に出すな。それだけでもその言葉が汚れる」
「おっと、酷いなあ。でも、そんな冷たい言葉もツンデレってやつだよね、僕は知ってるよ」
「まともな話は通じないか……」
灯真は軽く首を振ると、魔法少女たちを振り返り、声をはげました。
「あのいかにもな悪の女幹部をぶっとばすぞ! 雨降って地固まるってやつを見せてくれよ!」
同時、大地を蹴りたて俊敏に灯真は疾駆する! その手元が僅かに空気を歪ませる、フラッシュハイダーとサイレンサーにより閃光も爆音も封じたニンジャならではの九二式拳銃によるサイレントの一撃! しかしマリスは微かな振動を感じ取ったか、細い身体を捻って跳躍し銃撃を回避した。恐るべき魔女の直感!
だが――それすらも熟練の忍びにとっては撒き餌に過ぎぬのだ! マリスが飛び退ったその地点に、風を切って抜き放った灯真のニンジャソードが音をも置き去りに叩きつけられていた! 銃撃を囮に相手の動きを完全に誘導した灯真の驚嘆すべきタクティクス!
「くっ!」
マリスはそれでも瞬時に薔薇の蔦を生やし、眼前に迫った刃を何とか受け止める。勢いに押され大きく後ずさりつつ、魔女は忌々し気に舌を打つ。
「僕の友情を拒むなんてことがあるはずはない。君には僕の真心が伝わっていないだけなんだよね。……なら、少し強引でも友情を育もうじゃあないか! 愛の鞭だよ、文字通りにね!」
マリスの怒気を孕んだ声と同時、彼女の展開した薔薇の蔦が竜のようにうねり、その恐るべき咆哮のごとくに、豪と何ものかを吐き出した! 咄嗟に飛びのいた灯真の前に突き刺さっていたのは、無数の針! 薔薇の蔦から打ちされる棘の矢の豪雨だ!
「あはは! 避けないでよ、それは『僕の味方』を強くしてくれるんだよ?」
そう、マリスのその能力は「味方全員を怪人化し強化する」効果を持つもの。だがこれはいかなることか、その棘がなぜ灯真に向かったというのか。灯真はマリスの「味方」ではあるまいに。
――否。
そう、否!
「味方」かどうかの判断基準はマリスにある! 即ち、魔女が「オトモダチ」だと|本心から固く信じているもの《・・・・・・・・・・・・・》に対してならば効果の対象に取られてしまうのだ! それはマリスが心の底より――壊れている証!
「ここまでイカレてるとはな……やれやれ」
灯真は呆れつつ、黒い竜巻のごとくうねり聳え立つ薔薇の蔦に対して意識を集中する。その瞳が爛と輝いた時、奇跡の瞬間が訪れる!
「俺の研究成果、とくと味わえ!『|錬金忍法・傀儡舞《レンキンニンポウ・クグツマイ》』!!」
輝く光が迸り、世界の定めが描き変えられる! それは条理を再定義し法則を読み変える錬金術の奥義たる煌めきだ!
見よ、灯真に向かって放たれたはずの薔薇の棘は全て勢いを失い大地に落下した。いや、そればかりではない、巨大な薔薇の蔦そのものが、マリス本人に向かって唸りを上げて急襲したではないか! それは力を注いだ対象を制御し、灯真の意志のままに操る錬金術だ!
だが、薔薇の棘が刺さった相手は怪人化され強化されてしまうはずだ。むざむざマリスを強くさせるだけではないのか?
否、再び否!
薔薇の蔦はマリスの体ではなく、そのドレスを引き裂いてしっかりと大地に縫い止めてしまったのだ! マリスの白い肌が黒いドレスの合間から艶めかしく覗き、そしてその美しい顔を醜い憤怒の形相と化さしめる! だがいかにもがき暴れようとも、薔薇に拘束されたマリスはもはや動けぬ!
「はしたないな、服がボロボロじゃないか。良い子の見る魔法少女アニメだったらふさわしくないかもしれないな」
肩を竦めながら灯真は二人の魔法少女に声を飛ばした。
「だがこれはアニメでも漫画でもゲームでもない。これが戦いの現実だ。さあ、せっかくだから派手に決めてくれよ!」
それは灯真の最後のアドバイス、ふたりの魔法少女がこれからも戦い続けるための覚悟と決意を与えるための!
シャインとシェイドは顔を見合わせ、すぐに強く頷く。戦士としてのそれは一歩!
「わかりました……いっけええっ、スターライトシャイン!!!」
「行くわよ、シェイドブレード!」
シャインの声と同時に天空から無数の光の雨が降り注ぎ、マリスを蜂の巣に撃ち抜く。紙屑のように宙に跳ね上がったマリスを、一瞬で間合いを詰めたシェイドの影の刃が真一文字に斬り裂いていた――!
「ぐはあああっ!!!」
悲鳴を上げ消えていくマリスなどもはや視界の隅にも置かず、灯真は静かに微笑んでいた。
「見事だ。二人の力が化合してより強大な力を生み出す。……ふふ、友情も一種の錬金術かもな」
「今はもう、誰かが誰かを一方的に庇う時ではありません」
|神隠祇・境華《かみおぎ きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)の黄金に煌めく澄んだまなざしは、もはやその瞳に映る二人――魔法少女ピュアリィシャインとピュアリィシェイドを庇護対象として捉えてはいなかった。彼女の隣にあるのは既に一人前となった仲間の姿。
「物語は|起《はじ》まり、|承《うけつ》ぎ、転じ、そして結ばれるもの。この戦いの物語を終わらせるために、三人で並び、ともに敵を退ける時です。いざ参りましょう!」
凛とした境華の声に、シャインとシェイドはしっかりと頷き、強い決意を秘めた面持ちで共に前を見据える。
そこに立つものこそは、可憐な肢体を優美なゴシックドレスに身を包んでいながらも、溢れ出る邪悪にしてねじ曲がった悍ましさを隠しきれず隠すつもりもない魔女! 「闇の支配人」マリス・ローズと呼ばれるものだ!
「いいなーいいなー、三人仲良しでいいなあ。ね。僕も混ぜてよ、いや混ぜてもらうね、もう決まった、決めちゃった!」
ニタリと汚泥の蕩け滴るような笑顔を浮かべて、マリスは白い手に鮮やかなマスクを取り出した。薔薇の意匠で飾り付けられたその仮面で、魔女は無造作にその美しい顔を覆い隠す。
おお、見よ! 次の瞬間、無数の薔薇の蔦がその身を覆い、血のような真紅の薔薇の花と死体のような真っ白い薔薇の花を何輪も咲き乱れさせた異形なる姿が顕現したではないか。これこそがマリスの秘められていた真なる姿に他ならぬ!
「あははは! バラバラにして繋ぎ合わせて僕のトモダチに作り直してあげるよ!」
狂笑を響かせながらマリスはその手に構えた巨大なる死神の鎌を振り上げ、猛然と境華たちに向かって疾駆してきた! その恐るべき大鎌の刃が振り下ろされるところ、大地すら無窮の深淵に至るまで切り裂かれるであろうことは想像に難くない!
「シャインウォールッ!!」
だが閃光が煌めいた刹那、一歩前に出たピュアリィシャインの眼前に煌めいた光の壁が、しっかりとマリスの鎌を受け止めていた。光を操るシャインのシールドだ!
「なんだって!? 覚醒したとはいえ、なりたての君が僕の鎌を止められるなんて……!」
「もちろんあたしだけじゃ無理。でも、――あたしには仲間がいるから!」
シャインは激しく押し立てる鎌に対して頑健にシールドを維持しながら、横を見て微笑む。それは境華、彼女の唇。境華の艶めいた唇から静かに漏れゆき世界に流れ出す美しき調べ!
「物語は我が声に──歌よ、世界の理を揺らし、人々の歩みに光を添えたまえ……『|御伽「カレワラの詩人《ワイナミョイネン》!!」
境華は歌う、世界の果てなる海に揺蕩い永遠の詩を伝える賢者たる吟遊詩人の力をもって!
「有り得るならばそれは有る」――それこそが境華の唄の威力。蓋然性を確定事象に書き変える再定義の力! その力が僅かな可能性を押し上げ、シャインのシールドを持ってマリスの兇刃を阻止せしめたのだ!
一瞬の動揺がマリスの動きを微かに止める、それと同時に。
「シェイドブレード!!」
躍り出たピュアリィシェイドの刃がマリスの大鎌を跳ね上げていた! 漆黒の影で織り為された闇の剣は、さらに境華の「カレワラの詩人」で強化され、恐るべき魔女の鎌に対してさえも互角に渡り合う!
「友達の僕に対して盾で遮る! 剣で払いのける! あんまりな仕打ちじゃないか! トモダチに! トモダチの僕にぃぃぃぃぃ!!!!」
仮面の奥から狂猛に叫喚するマリスの表情はマスクに覆われつつも容易く伝わる、明らかに怒り狂い、常軌を逸して醜く歪み果てているであろうと!
もはや本能のままに荒れ狂うケダモノのごとく、マリスは再び大鎌をデタラメに振り回し滅茶苦茶に斬りつける。だがシャインのシールドとシェイドのブレードはそれらをことごとく拒絶し退けていく、大いなる詩人の唄が響き渡る限り!
「お二人の盾も刃も、形は違えど「守る」ための力です。ですが、あなたの鎌は――「刈る」ためだけのもの。その時点であなたの魂に友情などありはしません……!」
静かに宣告した境華の手に清廉な光が跳ねる。鞘鳴りと共にすらりと抜き放つは御伽霊刀、その清澄な刃は境華の決然とした表情を鮮やかに映し出し、もう片刃は魔女の悍ましき姿を照らし出す。
「その偽りの友情ごと、ここで断ち切ります!」
裂帛の気勢と共に大きく踏み込んだ一刀は風を切る膺懲の一閃となってマリスに叩きつけられる! 苦し紛れに高く掲げたマリスの大鎌を、霊刀の聖なる刃は過たずその柄ごと斬り断って、――まっすぐ一文字に悍ましき魔女の姿を両断していた。
剪断されたマスクが二つに割れ、からりと音を立て大地に落ちる。その仮面の奥の、絶望に満ちたマリスの顔を憐れむように見つめながら、境華はつぶやいていた。
「私の能力は可能性が僅かにでもあればそれを実現します。つまり。あなたと友達になれる可能性など、最初から皆無だった。……あなた自身が本当の意味での「友」の存在を望まなかったから」
存在しないものを掴み取ろうとしていた愚かな魔女が崩れるように大地に倒れ伏すと同時、静かに霊刀を鞘に納め、境華は流れる射干玉の髪をかき上げた。
彼女の黄金に澄んだ瞳が、労り笑みあう二人の魔法少女を改めて映し出す。その微笑ましい光景に、境華も表情を和らげ、胸に手を当てて、そっと自らの心に沁み込んだ「物語」を確かめていた。
「素敵な結末でした。やはり最後はめでたしめでたし、ですね」
「お二人ともご無事に変身できてよかったです……♪」
アリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)の花のように無垢な笑顔が咲き零れた。二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドの身に起きたすれ違い。しかしアリスたちEDENの優しさと励ましによって、彼女たちは再び絆を結び直すことができたのだ。
「ありがとうございます、アリスさん、メアリアンさん」
感謝に堪えぬように手を組み合わせ頭を下げるシャインとシェイドに、アリスと、彼女の自我持つ分身ともいうべき護霊メアリアンはやや照れたように顔を見合わせ微笑みあう。アリスもメアリアンも、共に二人の友情を取り戻すために尽力した、その甲斐はあったというものだ。
……だが。
「いやーほんとよかったよねえ。泣ける! 友情は泣けるねえ! じゃあ今度はこの僕、マリス・ローズの番だ。さあ、僕ともトモダチになっておくれよ」
聞いたものの背筋を凍らせるような悍ましい含み笑いと共に聞こえてきたその声に、アリスたちは振り返る。漆黒のゴシックドレスに身を包み、可憐な容姿でありつつも明確に漏れ出る邪悪な魂の香りを隠そうともしないその相手の方へと。彼女こそはデザイアモンスターたちを魔法少女に差し向けた張本人、「闇の支配人」マリス・ローズと呼ばれる魔女だ!
「貴女が……マリスさん……? お友達になりたいのですか……? マリスさん……本当は良い方……?』
きょとんと小鳥のように首を傾げ、とことことマリスの側に駆け寄ろうとしたアリスの腰に、あわててがしっと抱き着いてメアリアンは急制動を掛ける! さらにそのメアリアンの腰にピュアリィシャインがしがみつき、そしてそのシャインの腰をシェイドがひっぱり、あたかも大きなカブ状態!
『そんなワケないでしょ!? こいつの言ってる事は、そんな意味じゃないわよ!?』
「そうですよ、お、落ち着いてくださいアリスさーん!!」
くすくすと昏く笑って、マリスはそんなアリスたちの姿を眺めた。
「あれぇ、何か誤解があるのかな? 僕は本当にトモダチになってほしいんだよ、僕のいうことを何でも聞いてくれる、何でも思うままになってくれる最高のトモダチにね!」
その陰惨な言葉に、アリスも可憐な目を見開いて思わず一歩後ずさった。
「……それは……『お友達』ではありません。あなたは……本当のお友達というものの素晴らしさを知らないひとです……!」
「知っているとも! トモダチというのは僕のために喜んで命を捧げてくれる相手のことさ! だから君も僕のために死んでくれるね! トモダチなんだから!」
地獄の深淵が開いたかのように紅の唇を開き、高笑いを響かせながらマリスは猛然とアリスたちに襲い掛かった! その手に閃くは巨大なる禍つ刃、死と邪悪が形を成した凶器、幻奏魔鎌カオティックローズ! かすりでもすればたちどころに八つ裂きを免れぬ恐るべき武装だ!
だが魔鎌が大きく弧を描いて唸ったその時に、犠牲になったのは風ばかりだった。
アリスたちは既に天空高くその姿を舞い上がらせていたのだ。
その姿は先程までアリスが纏っていた幻想霊装、魔法少女ワンダーキュアリスであろうか……と見えて。
――いや、違う!
ワンダーキュアリスは今、更なる進化を遂げたのだ。
天空を覆って銀河の星屑のように流れたのは羅紗。無数の羅紗が風にそよぎ幻惑的で幻想的な異界を現出させる。その幻耀の前に、さしもの魔女マリスでさえも思わずたじろぎ後ずさらざるを得ぬほどに。
見よ、今こそ艶やかに華やかに、翻るは花弁のごとく重なりし流麗なる薄絹。舞い踊るは星の輝き、煌めくは月のまなざし。
アリスとメアリアンが纏いし天衣こそは――!
「『|羅紗解放・月詠輝夜皇神姫十二単《レリーズタペストグリフ・ツクヨミカグヤモカラギヌ》』!!」
古からの伝承か神代からの神秘か。その姿はまさに今の世に蘇りし、蒼月の果てより来たった輝夜の姫!
「この姿は……古の月詠の神姫……?」
「|輝夜《カグヤ》スタイル……とでもいうべきかしら☆」
アリスとメアリアンたちは光に満ちた自分自身の姿に己でさえも驚く。これこそは二人の心が極限にまで響き合い高め合って、魂の深奥から汲み上げた新たなる覚醒なのだ!
『いいじゃない、行くわよアリス☆』
「一緒に行きましょう、護霊ちゃん!!」
二人の姫は手を合わせ螺旋を描いて飛翔し、裳裾を翻して雲を巻きマリスに立ち向かう!
「ズルい……ズルいじゃないか! 君たちも、そこの魔法少女たちも、なんでそれぞれトモダチがいるんだ! パートナーがいるんだよ! 僕にはいないのに! ズルいじゃないかあああ!!!」
マリスは半狂乱に叫びながら大鎌をでたらめに振り回そうとする、だがその魔手はすでに動かぬ!
「シェイドバインド!」「あーんどメアリバインド☆」
マリスの背後から伸びた影がその体をしかと絡めとっていたのだ。それはピュアリィシェイドの、そしてその力をコピーしたメアリアンの技の二重奏!
だが武器を封じられてもマリスは己の牙を持って狂乱しながら歯向かおうとする。その姿はまさに深く壊れ果てた魔女の末路。
その蹌踉たる姿に睫を伏せ、魔法少女たちはせめてもの弔いの歌を歌う。
「もう眠ってください……スターライトシャイン!」
「あなたは許せませんが……でも、哀しい人なのですね。……ムーンライトシャイン……!」
詠唱の響き渡るところ、ピュアリィシャインと、その力をコピーしたアリスの二人が放った星と月の光の雨が滝のように流れ落ち、マリスの体を千々に穿ち切り裂いていたのだった……。
「ありがとうございます、お二人とも」「それにとっても素敵です、その新しい衣装!」
地上に降り立ったアリスとメアリアンにシャインとシェイドは口々に声を掛ける。その言葉に微笑みあって、アリスとメアリアンはそっと手を繋いだ。
「お二人を見てると、やっぱり仲良しが一番だって思います。ね、護霊ちゃん」
『ま、アリスにはあたしがついてないと心配で仕方ないものね☆』
(よかった……)
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の瞳は静かな安堵の色に染まっていた。そのまなざしが映していたのは二人の魔法少女、ピュアリィシャインとピュアリィシェイドがそっと確かに寄り添う姿、咲き誇る友情という名の美しい華であったから。
ほんの僅かなすれ違いから心に冷たい風を吹かせてしまった二人だったが、クラウスたちの後押しのおかげで無事に再び互いの手を取ることができたのだ。きっと二人はもう二度とその手を離すことはないだろう。
「だが――彼女たちに比べて、君の言う『友情』はろくなものじゃないだろうね」
ゆっくりと踵を返し、一転して冷たく澄んだ視線を向けながらクラウスは吐き捨てる。
赤い唇を引きつらせるような歪んだ微笑を浮かべる、漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女に。その可憐な面立ちとは相反するような腐り淀んだ瞳の奥に悍ましき悪意を蠢かせるもの、それこそは魔法少女たちに怪物どもをけしかけてきた黒幕たる恐るべき魔女、「闇の支配人」マリス・ローズだ!
「あははは! なんだかずいぶん酷いことを言われてるような気がするけどもちろん僕は許してあげるよ。だって君たちは僕のトモダチになるんだものね!」
狂気の哄笑を響かせながらマリスはゴシックドレスを靡かせ、風のように疾駆する。笑いながら翻した片手には巨大にして凶悪な大鎌を唸らせ、もう片手には壊れた果てた美しさの廃墟ともいうべき仮面を取って!
「そう、トモダチにしてあげるよ! バラバラにした後に全部作り変えてあげるから安心してよね!! 僕のいうことを何でも聞く素晴らしいトモダチにね!」
天さえも斬り裂くかと思われた大鎌の一閃、だがその兇刃をまともに食らったはずのクラウスの眼前で、鎌の刃は止まっていた。
――クラウスの抜き放った煌めく刃に阻まれたことで。
冷たく輝き冴えて煌々と光る魔力兵装が、魔女の刃をしかと受け止めていたのだ。
「君の言うのは魔法少女たちのそれとは違う、ただの支配欲だ。それを、同じ『友情』という言葉で表現しないでほしいね」
その言葉そのものがまるで刃のように魔女の魂を斬り裂いたかのようだった。一転狂気の怒りをその目に宿したマリスは、手に持っていた仮面を己の顔に押し当てる! 瞬時、無数の薔薇の蔦が伸び、マリスの身を覆い尽くすと人にして人ならざる異形のシルエットを形作っていく。その身に何輪も咲き誇る薔薇の美しさをもってしてさえ庇いきれぬ、悍ましき人外の魔性へと!
「ふざけるなよ、僕の友情は絶対だ! 僕のトモダチが正しいんだ! それを教えてあげるよ!!」
魔人は獣のような凶暴さで大鎌を振るい乱れ斬り薙ぎ払う! 周囲に草一本さえ残さぬほどの凄絶な猛襲がクラウスを襲うが、しかし。
「……大振りは隙を生むだけだよ」
静かにつぶやきつつ、クラウスは髪の毛一筋ほすらないほどの神技的な見切りで大鎌の連撃を開始していく。それは冬の湖水のように清廉に澄み渡ったクラウスの心の静けさあるからこその奇跡。そしてそれを生み出すのは、彼の極限まで研ぎ澄まされた集中力だ。それこそはクラウスの秘技「月下氷雪」!
「シャイン、シェイド、自由に動いて。それでいい。俺のことは心配しないで」
「は、はい!!」
そしてその超集中をもってすれば当然、魔法少女たちの乱舞による同士討ちも起こり得ようはずはない!
「スターライトシャイン!」
ピュアリィシャインの放った無限レーザーの雨も、おお、信じがたいことに、クラウスは視線を泳がせることすらもなく全て回避し、ことごとくがマリス一人に叩きつけられる!
「クアアアアアッ!??」
致命は程遠いもののさすがに悲鳴を上げ、よろめき後ずさるマリスの隙をつき、シェイドの声が響く。
「シャドウバインド――こういう使い方もありますよね!」
彼女の放った漆黒の影は敵に絡みつくのではなく、なんと無数に編み上げられ、クラウスの足場となる立体構造を構築したのだ!
「いいね、そうやって能力の引き出しを増やしていくのは大したものだよ」
「は、はい!」
称賛しつつ、クラウスはシャドウバインドの足場を伝い舞うように宙空へ身を翻らせた。
鮮やかなパルクールのように一幅の芸術のように、その身は意識の間隙を突いて幻のごとく虚空に閃き――。
「……え?」
ぽつりと声を零したマリスが現実に引き戻された時、彼女の胸には深々とクラウスの鋭刃が突き立っていたのだった。
「……『一閃』」
ただその一言で十分だった。魔女マリス・ローズに己の最期を悟らせるには。
「そ、そんな……!? ぼ、僕のトモダチにしてあげるはずだったのに……大事な、僕の……」
わなわなと震えるマリスの仮面がことりと音を立てて大地に落ちる。その虚無に満ちた瞳に、クラウスの静かな表情が写っていた。
「君と友達にはならないよ。彼女たちも、俺もね」
音もなく刃をマリスの体から抜き、血振るいをしながらクラウスは崩れ去っていく魔女の姿を顧みることもなく歩を進めていく。
「……ああ、友達は大事さ。俺はそれを知ってる。だから思う」
微かに目を伏せ、古い思い出に身を委ねながら、クラウスは魂を僅かに揺らした。
「……君が最初に道を誤った時に止めてくれる誰かがいれば、そして君がそれを受け入れていれば……それこそが本当の友だったはずなのにね……」
「尻置いてけー!!!!」
「そこは首じゃないのかい!?」
おお、なんと恐るべきことであろうか、最初のセリフが正義のヒロイン! そして常識的な次のツッコミが敵のラスボスであろうとは!
だが仕方がない、だってそれはルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)なのだから。ルナリアの相手となってしまった悍ましき魔女、「闇の支配人」マリス・ローズもそういう運命だと思って尻を置いていってほしい。
「地の文まで訳が分からなくなったんだけど!?」
「とにかく尻置いてけですよ!」
「どうやってだよ! なんでだよ!」
可哀そうに、マリスも大概イカれたぶっ壊れキャラのはずなのだが、ルナリアに比べればおとなしく見えてしまう。しょせんマリスは本物のアレには及ばないファッションアレだったということなのだろうか。
「ファッションアレってなんだよ!? っていうかそもそもなんでお尻なんだよ!?」
「え、だって」
ルナリアは何変なこと言ってんですか控えめに優しく言って頭だいじょうぶ? だいじょうぶじゃないですね? というような顔つきになってきょとんと相手の顔を覗き込む。
「お友達になりたいって言ってたでしょ。つまりお尻を叩き叩かれる仲になりたいって事でしょう?」
「どこの誰だよそんなアホなこと言いだしたのは!」
おお、慈愛に満ちた読者諸氏は、どうか魔法少女ピュアリィシャインとピュアリィシェイドから目を逸らしてあげてほしい! 二人とも耳まで真っ赤になって顔を覆ってしまっているのだから!
「まあ実際、ひかりちゃんと夜空ちゃんは怪しい扉を開いてだめになっちゃいましたが」
「だ、ダメって言わないでください!」
涙目になって抗弁するピュアリィシャインだったが、その隣のシェイドはなぜか陶然とした顔で友を見つめ……
「涙目で「ダメ」っていうひかり……なんか……なんか……ハア……ハア……」
あっほんとに駄目な奴だった。
「……私のせいじゃないですからね」
MSだってこの子たちをこんな風にするつもりはなかったのに!
「知りませんよ。とにかく、こっちはもうあきらめるとして、マリスちゃんのほうは責任持ってブッこ正してあげねばですね!」
「『ブッこ』って言った!?ねえ今『ブッこ』何とか、って言わなかった!?」
「うるさいですねとりあえず尻を出すんですよ! オラァ! 尻をひとつにしてやんよ!」
「お尻四つにされるよりなんか怖い方向!? くっ、僕のお尻は僕が守ってみせるよ! 召喚、『Spoopy Dominators Ivy』!!」
かくしてマリスはラスボスのくせに限りなく正当防衛に近い形で√能力を発動! それこそは悍ましい化け物じみた『トモダチ』を呼び出して戦わせる力だ! その怪物がどろりと溶けた触腕を無造作に振り回し、自分に襲い掛かろうとするのをじろりと見ると、ルナリアは。
「ええい、邪魔ですよ! ……ねえねえ、ひかりちゃん、夜空ちゃーん」
と振り返って二人の魔法少女に声を掛けたではないか。続いて放たれた言葉は!
「この怪物がひかりちゃんのお尻を狙ってるらしいですよ」
何を言い出すのかとぽかんとしていた魔女マリスであったが、おお、その言葉を聞いた魔法少女たちは!!
「なんですって! ひかりのお尻は私だけのものよ!」
「なんですって! あたしのお尻は夜空ちゃんだけのものだもん!」
「「ぶっ潰す!!」」
目をギラつかせて怪物に躍りかかっていったではないか! そのまま凄まじい勢いで怪物をフルボッコにしている魔法少女たちの姿に、マリスも思わず口をあんぐり地面まで空けざるを得ない!
それを眺めるルナリアはやれやれオーマイガーですね、と言った態で手を広げ肩を竦めた。
「美しい絆? 的な何かでなんやかんや何とかしてますね。いいんですかあれ。イメ損じゃない?」
「君が唆したんじゃないか!?」
「仕方ない、マリスちゃんの事は私が面倒見ますね! 逃げられると思うな!」
恐怖せよ! あーっはっは! と地獄の底から湧き上がるような狂気じみた哄笑を響かせ、悪夢めいた巨大な凶器を振り上げて猛然と敵に迫るルナリアに! ちなみにこんな感じの一文はこれまではだいたいマリスの方の描写に使われてきた系だ!
「うわああああ!!?? 戻れSpoopy!! 僕を守れー!!!」
絶叫するマリスであったが、彼女の頼みの綱である召喚獣トモダチは!
「尻泥棒潰すべし!!!」「慈悲はないわ!!!!」
魔法少女たちにボコされていた。尻泥棒ってなんだよ。まあとにかく、もうマリスはどうしようもないってことだ!
ルナリアの振り上げた大杖が逃げようとしたマリスの背後から追いつき――。
思いっきり――尻ぃ!!!
「いったあああああ!!!???」
「あはははははははは!!!!|シンプルな暴力《ボクサツ》!!死ぬまで叩けば大体死ぬんですよぉ! おっきい杖で縦! 横! 縦! 横! 途切れる事のない全力ブッ叩きです!」
「いやああああ!!! やめてえええ! 僕のお尻なくなっちゃううううう!!!」
なくなった。
ホラーオチ。
「死ぬまでお尻を蹂躙するって!!楽しい!!!」
……次にお尻を狙われるのはあなたかもしれません。ほら後ろに……!