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今日の残花も昨日は蕾

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 ――だから、瞬きの間に過ぎてしまう春を少しでも留めておきたいと願うのは、傲慢なことだろうか。

●春雨
「ハァ、ここまで来れば大丈夫だよな……?」
 裏路地に飛び込んだ青年は用心深く辺りを見回し、物陰に人影がないことを確認する。詰めていた息をようやく吐くと、微かに血の味が滲んだ。
 ふと頭上を見上げれば、犇めき合う建物の隙間に僅か顔を覗かせる空から雨がさあさあと幽かな音を立てて地面を濡らしていた。白い糸のように細やかな雨粒。けれど春の花はこんな雨にだってすぐ散らされてしまうのだろう。それも最下層の、殊更弱い花達であれば。
 雨が顔を濡らすのも構わず、青年は空を仰ぐ。服の上からぎゅっと握りしめた筒だけが、ただしく彼にとっての一縷の望みだった。
 一体どこから噂が流れてきたのだか。さる高名な仙人が遺した秘伝の書物。そこには「常世の春を保つ術」が書かれているのだという。そしてそれを有する富裕層の重鎮が、とある大規模な花の宴に参加するのだと。
 目を閉じれば今も瞼裏に残る嫋やかな花の色。天女の羽衣もきっと同じ色をしているのだろう、透かした花弁から漂う馨しい香り。目的を持って忍び込んだ彼ですらつい惹かれてしまうような美酒や茶の数々に豪勢な食事。
 常世の春とはああも華やかなものなのだろうか。最下層の住人は乾いた土を食うばかり。ひとつの花すら満足に咲かせることが出来ないというのに。
「でもこれを持ち帰れば、俺だって……」
 青年は拳を握り締める。高名な仙人が書いた秘術と言うなら、さぞかし強力な術が眠っているに違いない。宴に乗じて書を盗み出せたのは幸運だった。狙いの人物は余程酒に酔っていたのか、今のところは誰にも見つかっていない。このまま降り切って住処まで逃げ切ることが出来れば。書を読み解くことが出来れば。
「そうすれば、皆のことも守れるはずだ」
 武強主義。この地に根付く思想は弱者を決して守ってくれやしない。咲けない花は散らされるだけ。過ぎ行く春をただ見送るのは、もう耐えられなかった。
 青年は再び走り出す。けれど追手は影に紛れて、すぐそこまで来ていた。

●春を惜しまずに
「最近行けるようになった積層都市、もう行ってみた?」
 見かけたあなたに笑いかけながら、花牟礼・まほろ(春とまぼろし・h01075)は朗らかに話し始める。
「たくさん階層があるんだよね。その東京Ⅴ層でお花見があるんだって!」
 杏に梨。桜はもちろん桃の花。牡丹に沈丁花、菜の花まで。上に下に、その宴会では様々な種類の春の花が咲き誇り、その様はまるでこの世の物とは思えない美しさを誇るのだという。花咲く地に直接敷物を広げて花見酒を楽しむのも良し、近場の茶寮のテラスで下の賑わいを眺めながら、優雅に茶を啜るのも良し。
 桜の花びらを共に浮かせた湯圓は、中にも桜餡が入って春の味わい。杏仁豆腐は口の中で蕩けるほどに柔らかく、一口入ると共に上品に杏が香る。
 酒の肴に春餅と呼ばれる軽食の餅も良いだろう。薄いクレープ生地に肉味噌を乗せ、春野菜を口いっぱいに頬張ればこの先も健康に過ごせるのだという。伝統の点心もさまざまな色や形で客を楽しませてくれるだろう。箸で割れば熱いスープが湯気と共にたっぷりと零れだす。
「まほろのオススメはお湯を注ぐと花が咲く工芸茶かな? そこに咲いている花を摘み取って作ったお茶なんだって。絶対きれいだよね!」
 しかし、華やかな宴会の裏ではひとつ、小さなトラブルがあるのだという。
「そのお花見に来るお客さんが持ってる秘伝の書を盗んじゃう人がいるんだって。犯人は決して悪い人じゃなくて、最下層にいる家族を守りたくて、なんとか強い仙術を手に入れたい! ってだけみたいなんだけど……」
 少女は眉を下げる。
「実はその巻物、強い仙術が書いてある訳じゃないみたい。常世の春を保つ術は、その呼び名の通り、ただ花を長く咲かせるだけの魔法なんだよね」
 その仙術の成果はご覧の通り。けれど、書物に縋る犯人の青年がそれを簡単に信じるのは難しいだろうと少女は語る。
「だからちょっと危険なんだけど……あえて盗むところまではやらせてあげて、追手が来て危ないところを颯爽とみんなが助けるのがいいと思う。そうしたら、話は聞いてくれるかも」
 望んだものでなかったとしても、懸ける思いがあるのかもしれない。書物をそのまま青年に譲るか、それとも返してもらうかは集まった人々で判断しても大丈夫そうだと少女は頷く。
「みんなで納得のいく形で春を迎えて、それから見送っていければいいよね。春が過ぎるのはあっという間だけど、残らないものがないわけじゃないから」
 少女はそう締めくくると、殊更明るい笑顔を浮かべた。
「ともかく、まずはみんなも春を楽しんで。いってらっしゃい!」
これまでのお話

第2章 集団戦 『玩偶服団』


甘い土の匂いがして、見上げてみればさあさあと囁くような雨が降っていた。
火照った頬を冷やすには丁度良い雨だ。
青年は堪えていた息を吐き出し、辺りを慎重にうかがった。懐の感触を確かめる。細く固い芯の感触。たしかに、奪い取った"希望"は此処に在った。

花宴の歓声は程遠く、暗い空から降る雨で視界は煙る。
けれどすべて、青年にとっては都合がよかった。
こうして闇に紛れてしまえば、追手も来ないだろう。

──こうして簡単に奪えてしまえる"希望"なら、最初から。

青年はキッと前方の闇を睨み、再び下層へと駆け出す。
しかし、青年の見立ては甘かった。
運命は、或いはこの都市の上層を担う意志はそう簡単に革命なぞ許さない。

青年の背後には、既に数多の影が迫っていた。
見た目に騙されてはならない。
彼らもまた、武侠主義をうたうこの積層都市で、生き抜いてきているのだから。
張・鷹飛
荘・夢羽

「おい、そこで止まれ」
 縄はしなり、影より伸びる手を刃が縫い留める。追手の動きにいち早く反応してみせたのが、張・鷹飛(天に焦がれる鷹・h12318)であった。
「……何事だッ!?」
 襲撃する側が襲撃されるとは思っていなかったのだろう。慌てて影の中から姿を現した追手を見て、鷹飛の隣にふわりと足をついた荘・夢羽(夢蝶・h12319)は、口許に笑みを浮かべる。
「へえ、どんな追手かと思ったけど、意外とかわいらしいね」
「油断すると噛まれるぞ。……ほら、夢羽は下がってろ」
「……へえ」
 鷹飛からしてみれば、己が前に立つのは当然で、夢羽に対してもただの声掛けだったのかもしれない。けれどその素っ気なくも夢羽本人を気遣うその言葉に少女の表情が更に綻んだ。
「うん、うん、もちろん下がってるよ〜。僕はか弱いもん♪」
「……何でそんな嬉しそうな顔してんだ」
「え〜、だって鷹飛くんが守ってくれるんだもん♪」
 鷹飛の呆れ顔も、夢羽にはどこ吹く風。これから戦場になると言うのに、相変わらず飄々とした態度を崩さない少女に小さく溜め息を吐きながら、鷹飛は諦めて青年に視線をやった。
「坊主も下がってろ。……すぐに片を付ける」
「うん、警戒しなくてもいいよ。この鏢師さんは優しくて強いから」
「優しいは余計だ」
 まるで夫婦漫才の様な軽口を挟んだやりとりと突然の襲撃に、青年はポカンと口を開けていたがハッとして我に帰る。
「……あっ、ああ! 何だかよく分からないけど……すまない。頼んだ!」
「ああ」
「逃がすか、盗人!」
 駆け出そうとする青年に追い縋ろうと追手が強引に鏢を引き抜く。血の代わりに溢れたのは黒い靄だ。生命体ではなく、仙力によって動く人形の類なのだろう。
「逃がすかは此方の台詞だよ」
 拘束は鏢師の十八番だ。一本で足りないならと複数縄を飛ばして動きを封じる。
「おい、卑怯だぞ! 俺に変身させろ!」
「はっ、名乗りも変身も待ってくれるのはテレビのなかだけだぜ?」
 名乗りを上げて武勲を唄うなら、その前にやってしまえばいい。遠慮も加減もない鷹飛の踵による追撃に、追手はたまらず悲鳴をあげた。
「悪を取締まる鏢師として恥ずかしくないのか!」
「はいはーい、文句は水に流しちゃいましょ〜」
 そこに流れ込む花と水流に、文字通り追手は言葉を失くした。その勢いは余って追手の生命まで流し尽くしてしまうもので、手遊びの様に敵を葬る夢羽の仙力の高さに、改めて鷹飛は肩を竦めた。
「お前の方が強いんだから、きちんと働いとけよ」
「それより、さっきのは夢がないんじゃない? 名乗りも変身もヒーローだったら許される!くらいにしといてあげよう?」
「何でもいいだろ。どうせ許されないんだから」
 どこまでも素っ気ない鷹飛の態度に折れることなく、夢羽は悪戯っぽく微笑んだ。
「ま、いっか。それよりはい! 頑張ったよー。鷹飛くん、褒めて〜」
「はいはい、よく頑張ったえらい、えらい」
 まるで幼子相手の、それも棒読みの褒め言葉。それでも夢羽は無邪気に笑みを浮かべてみせるのだから、鷹飛は再び肩を竦めてみせるしかなかった。

野分・風音
立本・しおり

 追手の襲撃は1匹では止まらなかった。妖魔であることを良いことに、持ち主は何匹も追手を放ったらしい。
「そこの盗人、止まれー!」
「嫌、だ……!」
 影から追手が尖った角で頭突きしようと勢いよく飛び出してくる。よろけながらも何とか青年が避けようとした瞬間、それは横からの衝撃で余りにも軽く吹き飛んだ。
「待て待てー! そこのお兄さんはやらせないよ!」
「グワー! 一体何なんだ!」
 軽く吹き飛ばされて瓦礫の中、妖魔がよろよろと身を起こす。それを見て再び構えたのは、野分・風音(暴風少女・h00543)と立本・しおり(蹴撃格闘少女《エアガイツ》・h02809)の格闘少女達だ。闘志に燃える瞳がキッと追手を睨み上げる。
「盗みを肯定するわけじゃないけどさ、このままお兄さんがリンチされるの分かってて見過ごすのはもっと嫌なんだよね」
 悪いことは悪いこと。それは確かに裁かれるべきだが、汲むべき事情も知らないまま、一方的に蹂躙されてしまうのはいかがなものか。ぷくっと頬を膨らませ、風音は腰に手を当てる。
「という訳で、そこのパンダ? ドラゴン? にはお帰りいただこうね、しおりちゃん!」
「そうだね風音ちゃん! さ、そこの追手さん。おとなしくしてないとお姉さんたちが蹴っ飛ばしちゃうよ!」
 先ほど追手が吹き飛んだのは少女の苛烈な蹴りが原因だったようだ。またも降り注いだ手助けに目を丸くしながらも、青年はそれを理解し、再び駆け出す。
「ありがとう、……頼んだ!」
「うん、でもお兄さんも後でしっかりお話聞かせてもらうからね!」
 ちゃんと釘を刺して、青年を見送るのは一瞬。風音はふっと息を短く吐くと、敵に向かって素早く踏み込む。路地裏の荒れた環境は、彼女にしてみれば都合の良い足場に溢れている。少女は追手の身体を掴み、軽やかに拳を突き出した。
「ぐっ、お前達も逆らうつもりか!」
「こっちも行くよ。しおりの足技についていけるかな?」
 ぴょんぴょんとステップを踏み、身体を温め魔力を脚部に込めたしおりも敵へ向かって駆けていく。自慢の足技を連続で繰り出せば、追手は隙を見せない少女達の攻撃に防戦一方だ。
「ムッ……ならば、より固くなれば良いこと。重ね着した俺に死角はない!」
 鋭い叫びと共に、どこからか追手がもこもこの厚みを増す。するりと少女達の猛撃を抜け、より強力な頭突きを食らわせようとロケットの勢いで飛び込んでくる。
「アタシ達だって死角はないもん。しおりちゃんはやらせないよ!」
 しかしそこは互いに連携を心掛けていた風音としおりだ。風音が構えを変え、しおりの正面に立つことで追手の攻撃を受け止める。追手の身体は少女より幾分か小さいくらいなのに、頭突きの重みはトラックにでも突っ込まれたような勢いがある。それを身体ひとつで何とか受け止めながら、風音は気合のひと声を上げた。
「重い……! でもしおりちゃん、今がチャンス!」
「うん、風音ちゃんありがとうっ。いくよ!」
 しおりは一際高く飛び上がると、長い黒髪を踊らせながら、もう一度振り上げた踵を追手へと落とす。
「ぐわー!」
 堪らず追手は地面に臥す。二人は笑顔でハイタッチすると、再び青年の元へ駆けだす。まだ雨は止まない。襲撃もまた来るはずだ。少女達の猛撃もまた、止まることはなかった。

小明見・結

 さあさあと雨が降る闇の中、どこかユーモラスな着ぐるみ姿が姿を現す。
「あの人たちが──人よね? 追手かしら」
 追手達はもう襲撃を隠すつもりがないようだ。彼らは路地の影から、建物の合間から、青年を追い込もうとふわふわの腕を伸ばし、どれもがどこからか飛び込んできた護衛たちによって阻まれている。その様子を眺めながら、小明見・結(もう一度その手を掴むまで・h00177)は青い瞳を眇めた。
 ──秘伝書は彼らのものなのだから、それを取り戻そうとするのは当然のこと。それでも少女達がこうして阻むのは、青年の無事を案じてのことだ。せめて、話を聞き、事情を知る時間が欲しい。
「申し訳ないけれど、あの人を追わせるわけにはいかないわね」
 戦場となりつつある路地の気配に結はわずかに眉を下げつつ、小さく拳を握った。どちらにも事情がありそうな戦いである上、誰かを傷つけるのは少女の本意ではない。けれど出来ることは、出来る限りをしてみせよう。
「精霊さん、風を起こしてくれる? なるべく強く、追手さん達の視界を遮るくらいに」
 結の想いに応えふわりと姿を現した精霊が、こくんと頷きを返す。
 風に溶けるように彼が姿を隠せば、一際強い暴風が路地を吹き抜けた。
「うわっ、なんだ、風!?」
「雨つよい! あれっ、盗人はどこに行った!?」
 追手たちの慌てふためく声がこちらにまで聞こえてくる。この動揺を好機と見て、青年は下層に向かって駆けていった。そのすべてを瞳に映しながら、結はふうと詰まっていた息を吐いた。
「少しは時間稼ぎに……なるといいけれど」
 精霊に感謝を告げながら、結は空を見上げる。雨はまだ止みそうにない。この雨が上がった時、青年にどう声を掛けようか考えながら、少女は一歩を踏み出した。

廻里・りり
夕星・ツィリ

「だれかを守りたいってきもちは、すてきなことですよね」
 ここを通りがかるだろう青年を待ちながら、廻里・りり(綴・h01760)は路地の暗いところを見つめていた。
「つよくなりたいって盗んでしまうのも、ひつようだからなのでしょう。でも、ひとから盗んだちからで守ったとして……こころから、うれしいって思えるんでしょうか」
 憂いを帯びた少女の呟きを聞きながら、隣に並んだ夕星・ツィリ(星想・h08667)も「そうだね」と静かに頷きを返す。
「武強主義を私は肯定も否定もできないし、盗みも決してよいことではないけれど……」
 まだ彼のことを何も知らないし、そうだとしても、一方的に散らされていい命なんてないのだから。ツィリは手元の魔術書をしっかりと握り直す。
「いっしょにがんばりましょうっ、ツィリさん」
「うん、りりちゃん。茶寮で会ったのも、何かのご縁だもんね」
「えへへ……あっ、ツィリさん。きましたよ!」
 夜の闇にうごめく着ぐるみ姿を見つけ、りりはガラスペンの切っ先を向けた。格闘に自信がありそうな彼らに真正面から戦うのは少し難しい。なら、距離を取って遠くから囲って倒してしまおうというのが、少女達の作戦だ。
「まかせて!」
 雨で隠れた夜の闇の中も、星を振らせれば少女のよく知る宙の色に変わる。ツィリは頁を捲ると、描かれた文字を白い指先でなぞる。星のかたちを結んだら、一度呼吸を整えた。
「さぁ、聞いて頂戴――星が紡ぐ物語を」
 とつとつと紡げば、周囲はツィリのよく知る星々に染まる。降る流星群が敵を囲い、撃ち抜いていった。まさか自分の方が死角から攻撃されるとは思わず、追手たちは動揺の声を上げる。
「わぁ……っ! とってもきれいな夜空……!」
 きらきら瞬くツィリの星空に、思わずりりも拍手と共に歓声を上げた。
「よーし、イヴちゃん、わたしたちもいっしょにいきましょうっ」
 少女の声に応え、すっと影から姿を現すのは夕暮れのあわいを映した両腕。
「敵さんをつかまえて、流れ星をあてますよ!」
 |★《イヴ》と呼ばれた腕は少女の命によし来たと勢いよく闇に飛び込むと、次々と闇から姿を現そうとする追手たちの足を引っ張って影に縫い留めようとする。
「おおっ、イヴちゃんも頼もしい……! どうぞよろしくね!」
「はいっ、こちらはおまかせください!」
 夜空は美しいけれど、すべてを覆うことは出来ず、中心に居続けなければならないのが難点だ。星語りを続けながら、指先をおどらせて眷属のCor Stellatumを呼びだすツィリの夜空から飛び出してしまった分は、りりの描いた魔法が矢となって撃ち抜いていく。
「でもすごいです、ツィリさんがとってもたよりになる……って」
 安心安全の夜空に一瞬気が緩んだのも束の間。大きなチンチラ耳が、ぴこんと天を向いた。
「あぁっ、敵が……!」
「──わ、あぶな……っ!」
 死角からの攻撃に対応できず、少女が眷属を呼び寄せるには少し遅すぎた。友人のピンチに、りりの筆先がすばやく宙を踊る。
「ツィリさん! ──えーい、とどけー!」
 急いで描いた矢は勢いあまって特大サイズ。もはや槍の様な勢いで敵を貫けば、追手は堪らず倒れて空へと消えた。
「よかった、あたった!」
「わっ、ありがとう! 助かりました……!」
「えへへ、お役にたててよかったですっ」
 ピンチも二人で補い合って乗り越えていく。少女達は花のようにころりと微笑み合うと、再び武器を構え直した。
 こうやってお互いに出来ることで守り合えば、怖いものなんて決してないのだ。少女達は再び困難に向かって、果敢に挑んでいく。

雨夜・氷月
物部・真宵

 路地の暗がりから姿を現し始めた追手の姿を見つけ、物部・真宵(憂宵・h02423)は鮮やかな青い瞳をぱちりと瞬かせた。
「まぁ、なんて可愛らしい……ぱんだ?」
 想像していた恐ろしい追手の姿と違って拍子抜けなもこもこ、あるいは溺愛するこぱんだにも似た着ぐるみ姿に、思わず気が緩む。罪人を闇から駆り立てる妖魔が、まさかあんなに可愛らしいものだったとは。
「ふわふわ飛んでいるような……?」
「んっふふ、物部、ぽやぽやしすぎじゃない?」
 しかし、弛みは油断大敵──というより、絶好の悪戯チャンスを欠かさないのが雨夜・氷月(壊月・h00493)だ。機嫌よく喉を鳴らしながら男が取り出したのは、真っ赤な飴玉である。
「ホントにいつかパクっと食われても知らないよ、全く。ほらあーん」
「へ? あ、あーん」
 あーんと呼ばれたから口を開けただけ。真宵の視線は殆ど追手に向いていた。小さな唇に放り込まれた飴玉がどんな彩をしていたか、この男がタダで甘い飴玉をくれるような男じゃないことは──真宵とてよーく分かっていた筈なのに。
「ちょっ、なんです、か……これっ!」
 舐めた途端、口の中に広がる激辛に思わず噎せる。吐き出す訳にもいかず咳込み、|安全な空気《逃げ場》を探して無意識に狼狽える真宵の姿を見て、氷月はけらけらと勝利の笑い声をあげた。
「目は醒めたかな、オジョーサン。その飴以上の痛い目を見る前に気をつけなよ?」
「もぉぉ、雨夜さん……!」
 怒りを堪えきれず睨んでも、涙が滲んでいたら可愛らしいもの。悪戯なひと笑いと共に包み紙を差し出されれば、それ以上文句も言えず真宵はぷいとそっぽを向いた。
「おかげですっかり酔いは醒めましたありがとうございますっ」
「どういたしまして」
 一通り揶揄い終えて満足した氷月は、懐から装飾じみた小刀を取り出す。
「さて、さくっと追手を蹴散らすよ。アンタは男の保護と援護ヨロシク」
「はい、任されました。雨夜さんもお気をつけて」
 そう、こんなやりとりの内に、青年と追手は既に近くに来ていたのである。流石に何度か庇われて何事か分からないなりに事情を把握しつつあった青年の戸惑いの表情を見上げ、真宵は先ほどまでの様子とは一転した、淑やかな微笑みを浮かべてみせる。
「さぁ、あなたはこちらで隠れていてください」
「あ、ああ。でも、いいのか?」
「もちろんです、その為に来たんですから。危ないから、歓歓も一緒にかくれんぼしましょうね?」
 女の声に連れられて、男とこぱんだが安全圏まで下がるのを尻目に、氷月は音なく追手達へと駆け出す。
「ほら、そっちの男より――俺と遊ぼう?」
 冴え冴えとした月光を刃に纏えば、怜悧な切っ先は無慈悲に追手の内側を捌いていく。
「何なんだ、お前は!」
「さあ、何でしょう?」
 戸惑いながらも氷月を切り抜けようとする追手達を逃がす程、男は容赦も隙もない。向こう側へと渡ろうとする追手は幻で惑わせ、飛び込んでくる敵に影の鞭を飛ばして自らの縄張りへ引っ張り込んでいく。
 それでも数で押し切ればと強引に迫る追手は──後方から弾丸で撃ち抜かれた。
「鬼さんはお帰りくださいね」
 真宵の嫋やかな指先が引き金を引く度に雨が降る。敵の動きを重たくさせるべく降らせた雨は、味方にとっては文字通りの慈雨だ。綿が水分を吸い上げ、愚鈍になっていく敵の動きと反比例する様に、氷月の舞はより冴え渡り、切っ先は鮮やかな銀の軌跡を残していく。
「――あ、“目”が合ったね?」
「う、ああ……!」
 若月の瞳で縫い留めた敵の首をさくりと落として、月は冷たく嗤った。
「此処は武侠主義。俺に見つかっちゃったアンタ達の負けだよ。──ま、言うまでもないかな?」
 軽く追手を蹴散らし、周りを警戒する氷月を見ながら真宵は小さく息を吐いた。無慈悲に蹴散らされてしまっても、武侠主義と言われてしまえば文句も言えないのだから。
「こんな可愛らしい子たちなのに」
「あ、また油断だ」
「油断してないですって……もう」
 いつの間にか傍まで来ていた氷月に無遠慮に突かれ、真宵はぷくりと頬を膨らませた。これも武侠主義の内に入るのだろうか、なんて少し考えながら。

アンジュ・ペティーユ
鴛海・ラズリ

「雨だ……」
 花曇りだった空から、雨粒が垂れる。零れ落ちるようなアンジュ・ペティーユ(ないものねだり・h07189)の囁き声と滴り落ちた雫でぴんと立った耳を揺らし、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)はアンジュと顔を見合わせた。
「……降ってきちゃったね、アンジュ」
「うん。でも心配しないで!」
 月も星も見えない夜の中でも、アンジュの夜明けの瞳から輝きは失われない。
「雨が全てを隠してしまうなら、その雨を晴らしてしまえばいいんだ!」
「そっか。そうだね」
 少女の明るい笑みに励まされるように、ラズリも表情を緩めた。
「ラズリの武器に未来の力を! キミの歩む道が、確かな物でありますように」
青年が駆け抜ける後ろを守るよう二人並び立つ。ラズリの手に握られた剣は使い慣れた道具にも似た針のかたち。サプライズ・フューチャー、アンジュが持つ未来の力がラズリの剣に更なる輝きと鋭さを与えた。先端に星色を宿せば、影から姿を現そうとする追手達が良く見える。
「あら、随分と可愛らしいパンダさんのような……」
 どこかまんまるとした輪郭に、ラズリは小さく首をかしげた。
「ちょっとむくれたお顔がまた愛らし──」
「ラズリー……! 見た目に騙されたらダメだよ!」
 かわいいパンダだけど、油断は禁物! ぴぴーっとアンジュが指笛を鳴らせば、うっかりほだされ体勢に入りかけたラズリがハッと耳を立てた。
「うん、油断は禁物だよね……!」
「そうだよ、気を付けて!」
 こくこくと頷き合うと、ラズリは改めて、強化された針のつるぎをついと指揮棒の様に振るった。
「あめあめふれふれ、あそびましょ」
 歌うような声と共に、霧雨の中に呼ばれたのは瑠璃の氷華。雨雫に混じって氷の雨粒が追手達の足を凍てつかせ、留める。
「一体ずつ確実にいこう、アンジュっ」
「うん、アンジュさんに任せて! ほら、こっちだよー」
 シリンジシューターから牽制を込めて惹きつけるように弾丸を放つ。敵の注視が向いても、ラズリの花が違わず撃ち抜くことで護ってくれるから恐ろしくはない。
 こうして、1体1体を確実に仕留めていきながら、少女達は雨の中のワルツを踊り続けたのであった。

チェスター・ストックウェル

「Hi, そこの君だよ、君!」
 暗がりから囁く悪戯まじりの軽やかな呼び掛けに、青年は夜道を走りながら、辺りを見回した。──また追手、或いは先ほどから謎に沸いてくる味方か、どちらか。警戒と疲労を滲ませた表情をどこでもない暗がりに向ければ、くすくすと笑い声が響く。
「──誰だ?」
「そっちはハズレ。そんなに急いでどこに行くのさ?」
「……! うわあっ、いつの間に!」
 笑いと共にチェスター・ストックウェル(幽明・h07379)が青年のすぐ隣で実体化すれば、青年は叫び声と共に大いにのけぞってみせるのだから、幽霊心も十分に満たされるというものだ。無害をアピールする様に両手を挙げてみせる。
「俺はあのお茶会の帰り。どうもお上品な空間は落ち着かなくて――君もそのクチじゃないの?」
「何の話だ」
「そう身構えないでよ。俺は君の味方さ――多分」
「多分? ……ウワッ、何だ!?」
 ぱちりと指を鳴らせば、少年の念動力によって訝し気な青年の身体がふわりと浮き上がる。
「化生の類か? お前は一体何なんだ!」
「うーんギリギリ赤点回避ってところかな。じゃ、お先どうぞ」
 つんと指で空気を突けば、青年は長い悲鳴の余韻を残しながらずっと先の闇の中へと消えた。安全バー無しのジェットコースターは、チェスターの気が向く限りは無事にゴールまで送られることだろう。
 それはそれとして、少年は青年とは正反対を向いた。
「さて、じゃあ君達の番だね」
「お前は一体何なんだ!」
「さあ、何でしょう」
「我々の邪魔をするなら、容赦しないぞ!」
 こちらを敵と見做したらしい着ぐるみ達が頭突きを構えて角を立てるのを眺めながら、少年は金色の目をすっと細めた。幽かな指先が、今度は彼らの地面を指す。
「この辺りは足場が悪いみたい。慎重に動いた方がいいかもよ?」
「さっきから何を言ってるんだ、──わわわ!」
 チェスターの予報通りにぐらりと地面が揺れた。一斉に追手達の体勢が崩れる。
 割れた地面に呑まれる味方を足場に地割れを飛び越えた追手が飛び込んでくるが、それもチェスターにしてみれば見え透いた動きだった。
「俺の本当の姿を見せてやろう!」
 高らかな叫びと共に着ぐるみを脱ぐ。宣言なんてしてるものだから、飛び込んだ先が空虚な闇で、少年はとっくに空中に逃れたことにも気付かない。やれやれとちょっとばかし追手に憐れみを向けながら、チェスターはガラクタの一つをぶつけてやる。
「こっちじゃないだとー!?」
「ほら、言わんこっちゃない」
 慎重にって言ったのに。からかうような幽霊の戯れ交じりの攻撃に、追手は最期まで翻弄され続けるのであった。

クラウス・イーザリー
システィア・エレノイア

「あの人、秘伝の書を奪ったって話だったかな」
 路地を駆ける青年をクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は影から見つめていた。
「泥棒はよくないけど、切羽詰まってやってしまったのならあまり責められないね」
 先程の茶寮のひと時を思い出しながら息を吐く。あの夢見るような優美さは下々から吸い上げてきた心の余裕そのものでもあり、下層の状況はそうしなければならない程に逼迫しているのだろう。自分の世界でもよくあることだ。青年の呟きにシスティア・エレノイア(幻月・h10223)は静かに頷く。
「うん。家族の為って聞いたけど……一体どういうことだろう」
 とにかく追手を追い払わなければ、落ち付いて話も聞けない。話さえ聞ければ、何か手助けできることがあるかもしれない。二人は一度頷き合い視線を交わすと、雨に濡れた地面を力強く蹴った。

 クラウスの銃から放たれる魔力を込めた弾丸に貫かれれば、システィアの身体は冷えた雨すら感じない温もりに充ちる。
「ありがとう、クラウス」
「うん、ティア。一緒に行こう」
 クラウスの信頼に満ちた声に身体も軽くなる。システィアは詠唱錬成剣を戦斧の姿へと変じさせると、敵の群れへとひと息に飛び込み、大袈裟に振るった。
「此処からは一歩も前に行かせない!」
彼の魔力のおかげで動きも冴え渡る。熱い斬撃で敵を両断し、燃える炎にも似た雷撃が追手を丸ごと焦がした。吹き荒れる嵐の様な攻撃の中、クラウスの眼差しは冷静だった。
 ──大仰な攻撃を繰り返すティアの意図は言葉にせずとも分かる。敵を引きつける為の囮だ。
 クラウスは砲台を構える。
「ティア、──行くよ、雨には気を付けて!」
「うん、大丈夫だ!」
 一歩下がると同時に、クラウスは一斉に砲を放った。雨よりも苛烈な銃撃が降り注ぎ、追手達は堪らず体勢を崩す。
「これで──終わりだ!」
 鋭い叫びと共に、システィアが貯めた魔力で重い一撃を放つ。後に残るのは、言葉を失くした追手達だけだ。
 二人は成果を確認した後、軽く手を合わせ、また闇夜へと駆けていく。まだ雨は上がっていない。彼らの戦場も、まだ続いていた。

エオストレ・イースター
咲樂・祝光

「あ! 祝光……なんか来るよ!」
 イースターバニーの耳をぴこんと揺らし、エオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)は桜宵の眸を路地の影に向けた。
「む……追手か? 卯桜、気を付けろ」
 エオストレの声に咲樂・祝光(曙光・h07945)も視線を向ける。二人の神の子のまなざしが注がれる中、何も知らない追手達がぽこんと暗がりから姿を現した。
 その姿に、エオストレがパッと表情を輝かせる。
「これは……パンダイースター!」
「パンダか? 随分とかわいらしい……」
「なんだお前たち、お前たちも敵か!?」
 キイキイと喚く追手のまあるい輪郭に、油断しかけたのは一瞬のこと。
「ん? なんか……違うな?」
じーっと眉をひそめて追手を観察していたエオストレがパッと祝光を向く。
「祝光、祝光。中になんか”違う“のが入ってるっぽい!」
「……成る程。よく気付いたな」
 エオストレの言葉に祝光も気を引き締めた。えらいえらいとついでに褒められて、エオストレは得意げに胸を張る。──しかし、ならば油断してはならない。青年はむんと敵を睨んだ。
「だって祝光は可愛いのが好きだから、万が一にでもパンダに魅了される可能性がある!」
「は?! いや俺は魅了されてなんかない!」
 突拍子のない発言に戸惑い否定しながらも、視線はうっかり追手の方へ。喚き声はうるさいが、ふかふか柔らかそうな曲線を帯びたボディは確かに──
「まぁ、可愛いけど……戦えなくなることは無い! そこは弁えているからな」
「僕のが可愛いに決まってるだろ!!」
 顔をぐいと動かされ、祝光は小さく悲鳴を上げた。
「ね、祝光! イースターラビットの僕のが可愛いよねー! 超可愛いイースターラビット達もいるしさ!!」
「って、何で君が可愛い話になる!? いやパンダが……それどころじゃないだろ!」
「パンダより僕を見ろ! パンダはちょっと見てて僕は今ね祝光を問い詰めてるから!」
「お前達、妨害しに来たんじゃないのかー!?」
 パンダの言うことは正しい。祝光は呑まれかけたイースターのペースから慌てて正気を取り戻すと、護符を構えた。
「そうだ、俺の邪魔をするな卯桜。俺はパンダを倒すんだ」
「じゃあもうアイツがいなくなればいいってことだよね!?」
 即断即決、即行動。
 鮮やかな桜リボンが宙を舞えば、追手は悲鳴を上げる前に拘束され、次の瞬間には爆破された。
 放置された挙句出オチなんて酷すぎる。そんな悲鳴も、今のエオストレには聞こえていない。
「可愛いは強い!」
「ああもう何言って……こら、引っ付くな卯桜!」
「やだ!可愛いっていうまで離れないから! 祝光が可愛いっていうのは僕だけでいいの!」
「分かった分かった。可愛い、可愛いよ!」
 ──最近何だってそんな事に拘っているんだ!? 悲鳴を上げながらも何とかエオストレを引き剥がした祝光は、何とかエオストレを宥め、青年の護衛に戻ることができたのだった。