因習村に舞い降りた汎神
●女神は舞い降りる
とある、村がある。
「どうか救いを!」
高齢化の進む、とある村だ。
「我らにどうか救いを!」
彼らは土着の神を信仰し、高齢化の進み、もはや先行きのないこの村を案じてただ祈っていた。
失伝し、姿も既に忘れ去られた神。
故に。
「よかろう。妾の『仔』となるべき汝らに、祝福を与えよう」
そう言って舞い降りた異|世界《√》の神を、彼らは己の信奉する神であると、認識し、ついに祈りが届いたのだと喜んだ。
「おぉ、女神様! どうか我らに救いを!」
●因習村に舞い降りた汎神
「大変、大変だよー」
そう言って、√能力者達に語りかけるのは、星詠みの一人、ヨーキィ・バージニア(|ワルツを踊るマチルダ《ワルチング・マチルダ》・h01869)だ。
「また、ゾディアック・サインから導きを得たの」
星詠みは、ゾディアック・サインから予知を受け取る力がある。此度もまた、何かしらの事件の予兆を掴んだようだ。
「√EDENに、√汎神解剖機関から怪異が侵入してきてるみたいなんだよ!」
√EDENは豊富なインビジブルを持つ。それを狙って他の√から√能力者が侵入してくることは多い。
「怪異の名前は『仔産みの女神『クヴァリフ』』。√汎神解剖機関で怪異を忘却させる『クヴァリフ器官』の名の由来になった、強力な怪異だよ」
その怪異が、√EDENに現れているという。
「それどころか、もう土着の神と習合されて定着しかけちゃってるの!!」
ヨーキィの語るところによると、人口が減る続けている高齢化の進んだとある村で、土着の神を信仰する人々の前に姿を現し、その土着の神『うねうね様』と勘違いされて信仰されてしまっている状況らしい。勿論、『クヴァリフ』は意図的に誤認させている。
「『クヴァリフ』は村人を少しずつ仔にして村を侵食してるんだけど、√EDENの人達は忘れる力が強すぎてそれを認識できないみたい」
このままでは、村一つが滅び、そのまま周辺地域へ侵食が進んでいくことになるだろう。
「信者達は『クヴァリフ』をこっそりと秘密の祭壇に隠してるの。だから、まずは村に行って、その隠れ場所を暴いて欲しいの」
方法は任せるが、直接的に聞いたりしても、判明はしないだろう。とはいえ、信者達は日常的に『クヴァリフ』に接触しているはずで、どこかにその痕跡は残るはずだ。
「『クヴァリフ』は信者達を戦力化してる。探し方が乱暴だと、信者達に襲われることになるだろうね」
勿論、信者達を叩きのめして情報を吐かせるのも悪い手とは言えない。
「信者達を回避して『クヴァリフ』に接触する場合、√EDENで『クヴァリフ』が雇った実働部隊との戦闘になるよ」
どっちにせよ戦闘になるわけだが、前者の方が地の利を活かしての戦闘を仕掛けてくるため、相対的に難易度が上がる可能性が高い。
「どっちの場合でも、最後は『クヴァリフ』との戦闘。撃破して、√EDENからおかえり願っちゃって!」
そう言って、ヨーキィはウィンクした。
「√EDENは絶えず他√からの侵攻に晒されている。これが最後の一回ではきっとないと思う。でも、√EDENを守り続けるは、戦い続けるしかない」
みんな、頑張ろうね。そう言って、ヨーキィは話を締め括った。
第1章 冒険 『因習村|体験《調査》ツアー!』

土着信仰『うねうね様』が根付く村。そこに何人かの√能力者が訪れる。
「因習とか土着信仰とか、何と魅力的な響きじゃ……! これで名探偵とか居ったら最高なんじゃが……!」
サブカル好きとしては、この状況だけで興奮してしまうんじゃが……! と呟きながら、最初に村に到着したのは、少女の姿をした人間災厄「|穢れに満ちた金杯《マザーハーロット》」、西院・由良(趣味人・h02099)だ。
「ひとつ訪ねたい。因習とは、何だ」
その言葉に反応したのは未知の√より採取された細胞から造られたデザインソルジャー故にやや世間知らずはイ・ヨハン(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h00988)だ。
由良の告げた「因習」という言葉が気になった様子だ。
「ん? んー、古くから伝わりのことじゃな、中でも弊害を生むしきたりのことじゃな」
しばし悩んでから、由良は応える。ほぼ辞書通りの文字通りの因習の意味である。
「なるほど。だが、文化圏や風土で独自の習わしが生まれるのはよくあることだろう?」
なぜわざわざ、因習、などと言うのだ、とヨハンは問いを重ねる。
「それは逆じゃろう。よくあることだからこそ、名前がつくのではないか?」
と言う由良の回答にヨハンはそう言うものか、と頷く。
「とりあえず村の中を歩いて回るか」
ヨハンは気を取り直して、歩き始める。
「いのっただけで救ってくれる神様なんて絶対にせものでしょ? うちの√じゃ見たことないし!」
そこにそう言いながら、現れる|十《・》|三《・》|人《・》|の《・》|少《・》|女《・》は川西・エミリー(|晴空に響き渡る歌劇《フォーミダブル・レヴュー》・h04862)とそのバックアップ素体達。√ウォーゾーン出身の|二式飛行艇《H8K》の性能を具現化した|少女人形《レプリノイド》だ。
「よし、全員、手分けして村の降臨した神について情報収集しましょう!」
エミリー本体がそう言うと、エミリーのバックアップ素体達が頷き、村に散っていく。
「そ、そんなに大勢で押しかけて大丈夫でございましょうか?」
その様子に思わずそう声をかけるのは古くから続く『怪異』を滅する暗殺稼業の家系、赫月家の娘、赫月・いろ葉(赫い宵告げ鳥・h05305)だ。
「大丈夫大丈夫。ふつうの√EDENの人なら、『何だ君達』『近くでキャンプにきた13つ子です!』『よし通れ!』ってなるはず!」
√EDENの人間が持つ忘れようとする力を過信したようなエミリーの言葉に、そうでございますか、といろ葉が頷く。
「とはいえ、みな『忘れようとする力』で異常であることを認識できないのは事実。怪異はそんな人々を喰らい力を増幅させる。
そんな怪異をエネルギー源として奪わんと侵略してくる者。それが『簒奪者』なんでございますね」
そう呟くいろ葉。
「代々わたくしの家系は怪異だけが脅威とし狩って参りましたが……真の敵こそが『簒奪者』。ええ、分かってますご先祖様方。わたしくは当代の赫月家当主としてお勤めを果たしてゆきます」
覚悟を決めて、いろ葉も歩き出す。
(知らない内に隣人や大切な人が消えていく。それを認識できないのは悲しいけど)
その様子を見て、√EDENの忘れようとする力について考えるのは√ウォーゾーンの兵士養成学園に所属している学徒動員兵、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)。
「知らない方が良いことも、あるのかもしれないね」
彼はそう呟く。√ウォーゾーンの過酷な環境で家族を失い天涯孤独の身であり、希望を欠落したクラウスにとってはこのような評価になった。
「俺は信者や村の人とは接触せずに祭壇を探すことにするよ」
そう周囲の√能力者に告げ、クラウスは目立たない服で木の上へと登り始める。
「あ、それなら、わたしのバックアップ素体を一人つけましょう。そうしたら連携が取りやすいはずです」
そんなクラウスにエミリーが提案する。
かくして、クラウスはエミリーのバックアップ素体と共に、木の上に身を隠し、『使い古したゴーグル』などを用いて、周囲を警戒することとなった。
「偏見だけど、神への接触や何かの儀式をするなら夜ってイメージがあるし、夜に村の周囲に潜んで村人の動きを観察してみよう」
「了解です」
そう言って、昼は様子見程度に止め、本番は夜のつもりでクラウスは待機する。エミリーのバックアップ素体もそれに頷く。
「うん? あれは……」
そこで、一人妙な動きをしている√能力者がいる事に気付く。
「なーんか激カワな星詠みが、ヤバい奴がこの土地の神サマとどーのこーのって言ってたが……詳しいことは忘れた!」
そう呟きながら村をぶらぶら歩いているのは人間の「祠は壊すもの」という意思が集合して完成してしまった人間厄災「祠クラッシャー」たる青年、陰地・道祖土(俺に|守れない《壊せない》祠はない!・h04222)だ。
「とりあえず、この土地の『うねうね様』のことを詳しく調べて、信者のこととかどこに祀られてるか今どうなっているか確認しないとな」
そう言いながらひたすら村をぶらぶら歩く。特に目的地はない。
だが、彼の性質がそうさせるのだろうか、彼は気がつけばある場所に辿り着いていた。
「――はっ、あそこに祠があるじゃねえか!」
そう、祠である。
「とりあえずお参りして……なむなむ」
見る人が見れば主に神を祀るものである祠に仏教式のお参りをして良いのか、疑問を覚えそうなお参りをしながら、道祖土は考える。
「もしかしたらこの祠が元々の『うねうね様』をお祀りしているやつか? だったら|守ら《壊さ》ないとな!」
そう言って、取り出されるは彼の愛用武器、卒塔婆|格闘者《エアガイツ》の本領、『卒塔婆』である。
「あっ、なんか悪霊が祠に憑り付いてるな、これはよくない」
そして、その祠の周囲には邪悪なインビジブルが漂っていた。邪悪なインビジブルは簒奪者に力を与えてしまうとされる。事前に排除しておくに越したことはない。
「『禍祓大しばき』で悪霊を……」
鋭い『卒塔婆』の一撃が邪悪なインビジブルに……命中せず、1.5倍ダメージを与え損なうばかりか、外れた時の効果により、周囲一帯が載霊無法地帯へと変化する。
そして、祠の周囲にそれを発動したと言うことは。
「……って、祠が砕けたァー!!??」
と言う道祖土の言葉が響き渡った。
「あぁすみません、そこの御方。この村のお人ですか? おっと、怪しいものではございません」
その頃、地道に声をかけて回っているのが珍しい「絡新婦」の男形、八雲・綴(遊糸・h03212)だ。
「実はボク、しがない物書きなのですが、偶然ここの土着神のお話を聞いたもので。ええ、出来れば話の題材にさせてもらおうかと思っておりまして……」
嘘である。
「良ければ村の案内等、お願いできます?」
そう言って優しい微笑みを浮かべる綴に向かって、村人に声をかけるが。
「怪しい余所者め、『うねうね様』について話すことなど何もない」
「え、怪しい? 酷いなあ。ボクはこんなにも優しいのに」
あまりに取り付く島もなく、うまくいってはいない。
「なかなか難しいねぇ。それにしても、いやあ、嘘をつくのは心が痛む気がしなくもないけれど、平和の為には仕方ないね」
そう言って、優しく、と言うよりは怪しく、綴は笑う。
「いえ、そうやって率先して話しかけて言っていただけると助かります」
自分はこういう捜索は得意な方ではないので、と雑な丁寧語で綴を励ますのは複数の異世界同位体を持つ人間厄災「万理喰い」、神咲・七十(本日も迷子?の狂食姫・h00549)だ。
すぐ慣れるとはいえ、初対面の人間にはメッセージボードを必要とするほどの人見知りである七十にとってはこの手の捜索は苦手とするところだったのである。
「なら、なんでこうやってついてきてるんですか? クラウスさんとかと一緒に様子見することも出来たのに」
と、綴と七十についてきていたエミリーのバックアップ素体が問いかける。
「ちょっと考えがありましてね」
そう言って、七十は笑う。
実は、七十は√能力を使っていた。√能力『万花変生』。未知の植物が住む、体内にある異界から目には見えない胞子を撒き散らす植物を想像し、植え付けていたのだ。
「胞子の分布を見れば、絶対とは言えないですがある程度場所は絞れるはずです」
そう言って七十は自分の考えを告げた。
「結構ばら撒きましたし、ふにゅ……あとは少し待ってみますか。……待っている間は暇ですしお菓子を食べてましょうか」
そう言ってお菓子を取り出す。
「あ、わたしも食べたい」
とエミリーのバックアップ素体が言い出し、二人はお菓子を食べながら、待つ事にした。
「ふみゃ~、美味しいです♪」
「ふむ、ならボクは√能力を使用してインビジブルに聞き込みをしようか」
その様子を見た綴は√能力『|ネタ探し《ナニカナイカナ》』を発動、視界内のインビジブルの輪郭を糸でなぞる事で、インビジブルを糸人形のような姿に変え、知性を獲得する。
「やあ、少し話を聞いても?」
糸人形の姿をしたインビジブルに綴は『うねうね様』やこの村について尋ねる。
得られた情報は多くなかった。恐らく、『仔産みの女神『クヴァリフ』』の被害者は『クヴァリフ』に取り込まれているため、インビジブルになっていないのだろう。
「私はここにたまたま訪れたバックパッカーなのですが、妙なタコのような海産物を食べさせられて、そして死んでしまったんです。そして、彼らは言っていました。『適応しなかったか』、と」
タコのような海産物。この山奥に? と綴は首を傾げる。
それはもしかして、『クヴァリフ』の持つと言う触手の一部ではないだろうか。それがこの村で手に入るなら、それを手掛かりに居場所を突き止められるかもしれない。
その頃、エミリーの本体といろ葉は狂気にかられた人間に声をかける事にした。
狂気に駆られていると言うことは怪異に触れている可能性が高いと言うこと。
つまり、有益な情報を得られる可能性が高いと言うことだ。
「来る! 『うねうね様』が来る!!」
「うーん、何処に行って何をした時に、何を見て、されて狂気に陥ったのか聞きたいですけど、会話が成立しそうにないですね」
その様子にエミリーが肩をすくめる。
「えぇ、こういう方は怪異にふれ正気を失ってしまっている可能性がございます。接触は危険なのは承知」
エミリーの言葉にいろ葉が頷く。
「一か八かですが……」
そう言って、いろ葉が√能力を発動する。周囲の人々の忘れようとする力が増幅される。
「あ、あ……」
狂人の宙を彷徨う目線が僅かに二人に向く。
「どうですか? 何か話せそうですか?」
「あ、あぁ。ワシは何を怯えていたんだろう」
「完全に忘れる前に何か見たことを教えてください」
エミリーといろ葉が意識を僅かに取り戻したらしい狂人に声をかける。
「そ、そうだ。ワシは、ワシの妻が、『うねうね様』に……!」
「! それ、それどこですか?」
「どこかの洞窟じゃ、もうどこかは思い出せんが……」
「忘れようとする力が効きすぎましたか……」
「じゃが、一つだけ覚えておる。祠の裏にスイッチがあって、それを押すと洞窟の入り口が現れるんじゃ」
「!」
それは重要な情報だ。
「他には? 他にはないですか?」
「ん? 何がじゃ?」
そこにいたのはもう狂人ではなかった。狂う要員を忘れた一人の男だった。
「すまんが、一人にしてくれんか。妻を失った喪に服したいんじゃ」
これ以上の情報は得られなさそうだ。
その頃。
メキリ、と言う音がなって扉が破壊される。
「こんにちは。俺は仕事でこの村の責任者を探している」
そういって家に押し入るのはヨハンだ。
「村長は私だが……、あ、あんた、扉を……」
「扉? 壊していない。開けようとしたら壊れただけだ」
「そ、そうか。壊れかけてたのかな」
違和感と忘れようとする力がせめぎ合う様子の村長。
「そんなことより、ここには『うねうね様』と言う神様がいると聞いたのじゃ。儂も信仰したいしもっと信仰心深めたいのじゃ! 一緒に『うねうね様』に身を捧げよう!」
念のため昏き光を放って洗脳に対する抵抗力を減衰させながら、由良が話しかける。
「ほう、『うねうね様』を信仰したいとは。感心な若者ですな」
それが効いたのか、綴に対する対応と違い、村長は由良の言葉を信じた。
(若者ではないが黙っておこうかの)
「まぁ、そう言うことでしたら、食事でもしながら、どうですか」
出されたのはタコのような海産物。
「これ、さっき綴さんが聞き出したやつです」
同行していたエミリーのバックアップ素体が言う。
(情報収集のためなら彼らの風習にはなるべく応えよう。例えば食えと言われれば生肉であろうと食う。やれと言われれば出来ることはやる。問題ない)
そう考え、早速ヨハンが口に含む。こっそりと後で何かに使えるように部位の一部を採取しながら。
(これで、最低限の仕事はしたか。なら)
「ところで、仕事とは関係ないが疑問がある」
ヨハンが食事しながら口を開く。
「村に不満があるなら出ていけばいいだろう。それに、『うねうね様』とやらをお前たちは今までに見たことがあったのか? 不明な存在に縋ってまでひとところに留まるほど、この村は魅力があるようには見えないが」
「なんじゃと! ここに住んでもおらぬお前達に何が分かる! ワシらにはここしかないんじゃ。ここを離れるなどとんでもない!」
「分からないな。何をそんなに怒る?」
ヨハンの言葉に村長の怒りのボルテージが上がるが、そこに一人の男が入ってくる。
「すみませーん、北にある祠壊しちゃったんですけどー」
道祖土である。
「お前! あの祠壊したんかーーーーー!!」
やはり貴様ら信用ならん! と村長が叫ぶと同時、周囲に斧槍を持った黒いフードの男達が飛び出す。
「………怪異」
その頃、自慢の嗅覚を生かして一人怪異を探している人間災厄がいた。
首輪から見えるほどの火傷の跡と口につけたマスクが特徴的な彼はコウガミ・ルカ(人間災厄「麻薬犬」・h03932)。
(俺の世界の敵だ。いつも通りに、殺せばいいのかな)
そんなことを考えながら嗅覚で怪異を探す。
そんな中、そより、と怪異の匂いがする。鍵ぎ馴れた怪異『狂信者達』の匂いだ。
「………グルルル」
ルカが駆け出す。見ればある家で四人の√能力者(一人はバックアップ素体だが)が『狂信者達』に包囲されている。
言霊の使用許可がおり、マスクの拘束が緩まる。
(普通の人間には使いたくないけど、この人間は敵、だから少しぐらい壊しても大丈夫)
「動くな……!」
家に飛び込み、言霊を放つ。
村長と『狂信者達』が動きを止める。
「あんた達の神が、何処にいるか、教えろ」
再び言霊を放つ。
すぐには口を割らず、「息を止めろ」と体術での拷問を交えた末、村長は言った。
「北にある、洞窟の奥だ……」
村長はまだ余裕そうな表情をしている。
「洞窟の隠し方についての情報は本体が得ています。北へ行きましょう」
そうエミリーのバックアップ素体が言う。
村長は驚いた顔をしているが、もう遅い。
そんなことをしている間に時間は夜。
クラウスは怪しげな動きをしている村人達に気付いた。
「あの建物に集まっている? 何かを隠しているな」
ワイヤーを使い建物の上に飛び移ってクラウスが部屋の中を探る。
「武器が隠されていたのか」
「あの斧槍、村長の元に現れた狂信者が持っていたのと同じものです」
エミリーのバックアップ素体が告げる。
「なら、この建物は閉鎖してしまおう。敵の増援を多少阻めるはずだ」
そう言って、クラウスとエミリーのバックアップ素体は工作を始める。
その頃、七十もある情報を得ていた。
「洞窟の中にいる村人の配置的に、中身は複雑なようです」
胞子の分布を探ることで洞窟の中を出入りした村人の軌跡がわかったのだ。
「ですが、大きな部屋は奥の一部屋だけ。一直線にここを目指しましょう」
洞窟の構造も目的地も分かった。
敵の地の利はそのかなりが失われたと見ていいだろう。
そして、√能力者は北の洞窟に集う。
「あ、回路が剥き出しになってる」
道祖土が壊した祠がスイッチのある祠だったらしい。
√能力者達は祠の回路をいじって通電させ、洞窟の入り口を露出させる。
いよいよ、『クヴァリフ』の待つ洞窟に突入だ。
中には『狂信者達』がひしめいているだろうが、全て排除するまでのこと。
第2章 集団戦 『狂信者達』

つい√能力者達は洞窟に突入した。
この奥の祭壇に『仔産みの女神『クヴァリフ』』は待つ。
洞窟は複雑な構造をしているようだが、その構造は√能力者達の活躍により既に判明している。
あとは、この洞窟を駆け抜け、進むだけだ。
『狂信者達』は全滅させる必要はない。道を塞ぐものだけを排除し、『クヴァリフ』の待つ祭壇へ急ごう。
洞窟を進む√能力者達。
その先陣を切るのはコウガミ・ルカ(人間災厄「麻薬犬」・h03932)だ。
優れた嗅覚を持つ「麻薬犬」の人間災厄である彼は、√能力者達の活躍により存在の情報を入手し、実際に手に入れることに成功した『仔産みの女神『クヴァリフ』』の一部と思われる触手の匂いを辿って奥への道を進む事が出来た。
「さてさて、此処までは順調じゃな。重畳、重畳」
順調に進めているのを嬉しそうに西院・由良(趣味人・h02099)が頷く。
「祠の先にまた祠……は流石にねえか。しっかしめちゃヤバな奴らがいっぱいいるな」
陰地・道祖土(俺に|守れない《壊せない》祠はない!・h04222)がそう呟くと同時、道を塞ぐように黒いフードの何者かが立ち塞がる。『クヴァリフ』により怪異と化した村人達、『狂信者達』だ。
「――隠された洞窟の奥に居る敵に迫るなど、探偵小説そのものになってきたのぉ」
その様子に由良は楽しそうに笑う。
「しかし、儂は主役に向かんし。なんなら頑張ってる者を傍から眺めたり状況を楽しむ為にも主人公や名探偵役は他に譲って、優秀な助手役にまわろうかの。寧ろ、サブキャラの方が人気が出たりしてスピンオフになったりするのが、昨今の流行りじゃしな!」
そう言って笑う由良は敵地のど真ん中にいるとはまるで思えない様子だ。
「先に伝えておこう。道を塞いだ者は殺す」
そう言って、目前の『狂信者達』に警告を発するのはイ・ヨハン(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h00988)だ。本当は警告など飛ばす必要はなく、さっさと視界に映った者から排除していきたいつもりであるが、まぁ威嚇で退いてくれれば儲けものだろう、と言う程度のつもりだ。
当然、既に怪異となり、『クヴァリフ』の傀儡に等しき彼らに警告など意味を為すはずもない。
『狂信者達』は無言で、武器を構える。
「ふにゅ……感じ的に強行突破、ですかね? では、行きましょうか……この後も考えてそこそこに頑張って」
そう言って、黒に赤の意匠の入った大鎌『浸食大鎌『エルデ』』を構えるのは神咲・七十(本日も迷子?の狂食姫・h00549)だ。
「この奥に祭壇があるんだっけ? で、その道を塞いでるのが彼ら、と」
そんな状況であえて物腰柔らかに、そう状況を確認するのは八雲・綴(遊糸・h03212)だ。
「道を開けてくれなんて言っても聞いてくれないようだし、仕方ないけど無理やりにでも道を開けさせてもらおうか」
そう言って、綴は全て蜘蛛糸製の本『奇書『蜘蛛の|絲《イト》』』を構える。
「悪いね、構っている暇は無いんだ」
『小型拳銃』を抜きながらそう宣言するのはクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)だ。
「目標が居る場所が判っている以上、必要以上に信者を相手にする必要は無い。一気に駆け抜けよう」
と言うクラウスの言葉に否と告げるものなどいない。
一斉に√能力者達が駆け出す。
先陣を切ったのはヨハン。
当然、『狂信者達』による攻撃の対象に晒される。
「脅威排除」
小さく呟くとヨハンは腕のスナップで腕に仕込まれたカランビットナイフ『ハブMW176』を手元に引き寄せ、その射程まで一気に跳躍、その首筋に突き立てる。
その完了と同時にボイドを纏って姿を隠す。
√能力『サージカルプロトコル』だ。
隠密状態になったヨハンはそのまま奥へと進む。
それより、一気に距離を詰められ、味方がやられた上、奥へと進まれたらしいことに『狂信者達』の間に動揺が生まれる。
「……グルルル」
その隙を逃さず、一気にルカが『狂信者達』に向けて肉薄する。
(洞窟だから、俺の怪力で崩れるのは避けないと。あまり大きく動き過ぎると仲間が危ないかも)
そう考え、ナイフを持って最小限の動きで『狂信者達』へと攻撃を仕掛ける。
やや遅れて、七十も『浸食大鎌『エルデ』』を持って『狂信者達』に向けて振るう。
当然突出した二人は無数の『狂信者達』からの攻撃に晒されてしまう。
が、どちらもそれに対して対策として、それぞれ√能力も発動していた。
(痛覚は無いけど、腕とか足が使い物にならないのは避けたいし、身体の修復はしておいた方が良いな)
ルカの√能力は『自己修復』。攻撃されてから三秒以内にカウンターを仕掛け命中させる事で、ダメージを全回復させるものだ。
「んぅ……私もやりましょうか」
七十の√能力は『|我隷我喰《ガレイガガ》』。未知の植物を操り幾つかの能力を得るものだ。そのうち一つが瞬間再生能力。
こうして、二人の√能力者は実質的にダメージを負う事なく確実に敵の数を減らし、突破口を作っていく。
だが、敵はまだ数を増やしている。
「獣を見た」
その裏で、由良が何かを語り始めていた。
それを危険と判断した『狂信者達』が一斉に、由良に向かって駆け出す。
「させないよ」
当然、それを黙って許す理由はない。
クラウスが『小型拳銃』を構え、√能力を起動する。
銃を構え、冷静に狙いを定め、放たれるは雷属性の弾丸。
周囲の敵を感電させ、その接近を阻む。
「その獣は、昔はいたが、今はおらず、」
と、同時、√能力者達の背後から新たな『狂信者達』が飛び出してくる。
川西・エミリー(|晴空に響き渡る歌劇《フォーミダブル・レヴュー》・h04862)が『三式空六号無線電信機・改』で敵の接近を検知し、『九九式二〇粍三号機銃』で迎撃するが、敵の数が多く殲滅するには至らない。
「援軍に来たよ」
だが、そこに新たに姿を現した√能力者が己のメイン武器である物凄いでかいガンブレード『月霊刃銃』を構え、√能力を発動する。
「立ちふさがるんだから排除される可能性まで見てるってことだよね。僕はそう思ってるよ。……じゃあ、そこ、通してね!」
放たれるのはクラウスのそれと同じ雷属性の弾丸。
だが少しだけ結果が違う。感電ではなく爆発によるダメージが『狂信者達』を吹き飛ばす。
そうして、吹き飛んだ『狂信者達』の間から現れたのはゴスロリ系軍服を身に纏った可愛らしい男の子、十六夜・宵(思うがままに生きる・h00457)だ。
「そして、やがて底知れぬ所から上ってきて、ついには滅びに至るものである」
由良の語りが終わる。
同時、√能力『|黙示録「七つの頭と十本の角持つ獣」 《セプテム・モンテス》』が発動し、周囲一帯が終末空間へと変わっていく。
「さぁ、助手役のお出ましじゃ」
終末空間の内部では攻撃が必ず命中する。
あえて由良は手足を狙い、『狂信者達』の隙を作り出していく。
「無事に使えてよかったわい。というか、おぬし、さっきは十三つ子じゃなかったか?」
そこでふと、由良は気になったことをエミリーに問いかける。
「分隊は帰投させました、ハッキリ言ってこの闘いにはついてこれそうもない」
キリッとした顔で、エミリーが答える。
「そ、そうか」
それが少年漫画のパロディであることを理解した由良は苦笑する。
「ブッ飛ばすのがオレのスタイル! オレの卒塔婆は霊力攻撃! 当たれば痛いし怖いぞ?」
手足を奪われ隙だらけの敵に向かい、道祖土が『卒塔婆』を手に、一気に飛び出す。
発動するのは卒塔婆|格闘者《エアガイツ》たる彼の本領発揮。卒塔婆による近接攻撃を仕掛ける√能力『禍祓大しばき』だ。
先ほどは外して祠を破壊した一撃だが、祠もないのであれば失敗する理由はない。
卒塔婆による薙ぎ払いが隙だらけの進路を塞ぐ『狂信者達』に命中し、一気に薙ぎ払われていく。
「あぁ、最高じゃ」
その様子にご満悦と言った表情を浮かべる由良。
「……この奥に向かって突き進めばいいんだね。大丈夫駆け抜けるのは得意だよ。……行こう」
「あぁ、早くクヴァリフの元に辿り着いてお帰りいただこう。狂わされた村人達のためにも、ね」
そう言って、ルカと七十が先導するの従い、宵とクラウスが駆け出す。由良と道祖土もそれに続く。
こうして√能力者は奥へと進み始めた。
「問題ない、全員死んだぞ」
奥への道でブッシュしていた『狂信者達』は隠密状態になっていたヨハンが既に排除している。後は本当に進むだけだ。
だが、後方から『狂信者達』が迫ってきている。
「ここはわたしにまかせて先に行け!」
とエミリーが『九九式二〇粍三号機銃』で制圧射撃し、敵の接近を阻みながら、堂々と宣言する。
「それ、言いたいだけじゃろ!」
サブカル界で有名なセリフであることを知る由良からツッコミを受けるが、誰かしらが足止めする必要があるのも事実。
「ふみゅ……突破した後のアフターケア? も必要ですかね? んぅ……間食もして繋ぎもしましょうか」
七十がそこで√能力に秘められた力を発動する。
先ほどまでの間に撃破した『狂信者達』の血肉を食らい、隷属培養能力を発動、隷属者を生み出して、背後から迫る『狂信者達』に差し向ける。
「足止めなら任せて。終わらぬ夜をキミに語ろう」
エミリーと隷属者達が戦闘している間に、綴が幾千夜の物語を語る。
出入り口のない応接間へと周囲の風景が変わる。
√能力『|千夜八千夜物語《ニゲバナシ》』だ。ルビの意味が「逃げ話」なのか「逃げ場無し」なのかは語り手のみぞ知る。
「皆サンはお先にどうぞ。すぐ後に続くから、ボクらのことはお気になさらず」
綴は『奇書『蜘蛛の|絲《イト》』』の頁の糸を刃として使い、必中攻撃を繰り出し、エミリーや隷属者と共に足止めを開始する。
(まあ、倒しきれると嬉しいけれど、それは二の次かな。そんなことより奥の女神サマをどうにかしたいしね)
敵の数は多い。簡単に殲滅することは叶わないだろう。
「村長から許可が降りた。『信仰の炎』でこの部屋を焼き払い、脱出する」
おそらくは『クヴァリフ』の力だろうか、どこからともなく魔力砲『信仰の炎』が転送されてくる。
「させない!」
エミリーが特攻するような勢いで一気に『信仰の炎』に向けて突撃する。
だが、させないのは『狂信者達』も同じこと。エミリーの進路を塞ごうと立ち塞がる。
「待たせたな! やったろうじゃないの!」
三桁ツギタシしたとさえ噂されるほど数多の戦場でツギタシされてきたデッドマン、継萩・サルトゥーラ(|Chemical《ケ ミ カ ル》| Eater《イーター》・h01201)がそこに飛び込んでくる。
「やらせるかってんだよッ! アバドン展開!」
改造小型無人ドローン兵器「アバドン」が展開され、アバドンミサイルと体当たりにより、エミリーの進路を塞ぐ『狂信者達』を散らしていく。
エミリーはその隙を逃さず一気に『信仰の炎』の側まで突入。レインメーカーの本領を発揮した√能力『決戦気象兵器「レイン」』の効果で、周囲一帯にレーザー光線を放ち、『信仰の炎』運用要員を減らしていく。
「まずい、『信仰の炎』に合流しないと」
「焦んなや、楽しいのはこれからだ」
サルトゥーラは取り回しの良い『ソードオフショットガン』を振り回し、『信仰の炎』から離れていた『狂信者達』に攻撃を叩き込んでいく。
「やっぱりバケモノ相手にはコレが一番だぜ」
「元人間とは言っても、もう今は怪異で戻す方法もないからね」
「今の誰だ? まぁいいか」
サルトゥーラは一人でそんなやりとりをしながら、足止め部隊の支援を続けた。
そして、間も無く先発部隊が『クヴァリフ』の元に到達する。
足止めも間も無く必要なくなることだろう。
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

√能力者達が最奥の部屋に突入する。
「あら、もう来ちゃったのね。我が仔のことながら不甲斐ない」
『仔産みの女神『クヴァリフ』』が祭壇の奥から姿を現す。無数の眼球をぎょろぎょろさせながら、√能力者達を睥睨する。
「まぁ、√能力者相手では分が悪いのは仕方ないのかしらね」
そう言って『クヴァリフ』は妖艶に笑う。
「いいわ。貴方達全員に私の仔になってもらいましょう。きっと優秀な手駒になるでしょう。失った我が仔の補充には十分でしょうね」
そう言って楽しげに『クヴァリフ』は√能力を発動する体制を取る。
最終決戦の始まりだ。
√能力者達が最奥の部屋に突入する。
「ふにゅ、ここが最奥ですか……」
他とは違う明らかに広々とした空間に神咲・七十(本日も迷子?の狂食姫・h00549)が呟く。
「……グルルルル。いるぞ。祭壇の奥」
優れた嗅覚を持ち、『仔産みの女神『クヴァリフ』』の匂いを既に把握しているコウガミ・ルカ(人間災厄「麻薬犬」・h03932)が短く警告を発する。
「あら、もう来ちゃったのね。我が仔のことながら不甲斐ない」
『クヴァリフ』が祭壇の奥から姿を現す。無数の眼球をぎょろぎょろさせながら、√能力者達を睥睨する。
「うっわ、でけぇ……」
その様子に思わずそう呟くのは陰地・道祖土(俺に|守れない《壊せない》祠はない!・h04222)だ。
「まぁ、√能力者相手では分が悪いのは仕方ないのかしらね」
そう言って、『クヴァリフ』の視線が√能力者達がやってきた通路の奥へ移る。
「少しおくれたけどもうたおしちゃったかな?」
そう言って合流してくるのは足止め組を務めていた一人、川西・エミリー(|晴空に響き渡る歌劇《フォーミダブル・レヴュー》・h04862)だ。
「まだみたいだね。うん、ようやく女神サマとのご対面だね」
さらに足止め組を務めていたもう一人、八雲・綴(遊糸・h03212)も合流してくる。
「いいわ。汝ら全員に妾の『仔』になってもらいましょう。きっと優秀な手駒になるでしょう。失った我が『仔』の補充には十分でしょうね」
そう言って、『クヴァリフ』が楽しげに嗤う。
「仔、とは信徒のことか。たとえばこれからお前が勝利し、俺を死の淵に追い詰めたとして……できると思うか?」
イ・ヨハン(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h00988)が応じる。
「いいえ、信徒なんて言葉では軽すぎるほどに強い結びつきを持った存在のことよ。勿論、汝を死の淵に追い込んだなら、汝はたちまち妾に取り込まれ、忘我のうちに我が『仔』になるでしょう。例外はないわ」
「俺に家族は“無い”。ましてやお前の仔となるつもりも皆無だ」
「ふふ、すぐにその気にさせてあげるわ」
ヨハンの言葉に『クヴァリフ』は笑顔を崩さない。
「残念だけど、これ以上アナタの言う仔は増やさせないよ。全く、人間は人間のままが1番素敵だっていうのに。…まぁ、所詮怪異。そんなアナタには分からない感覚か」
「えぇ、衝動のままに悪徳と殺戮の限りを尽くすそのあり方を捨てた汝らの事、妾は理解できないわね」
「そうかい。兎に角、これ以上の好き勝手はさせないよ。だから此処からご退場願おうか、女神サマ?」
「可能かしらね? その前に汝らみんな、妾の『仔』にしてあげる」
綴の言葉にも『クヴァリフ』は笑顔のままだ。
その直後。
「お断りだよ」
その言葉と同時、『小型拳銃』を恐るべし早撃ちで『クヴァリフ』の持つ無数の眼球、その一つを狙い撃つのはクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)だ。
「お前……!」
あまりの早撃ちに対処し損ねた『クヴァリフ』が怒りを露わにして、触手をクラウスに向けて叩きつける。
「遅いッ!」
だが、それより早くクラウスは一気に自身の『バトルアックス』の射程まで一気に跳躍し、一太刀浴びせてから、そのまま光学迷彩で姿を隠す。√能力『先手必勝』だ。
「なっ……、ふざけた奴ね……!」
こちらの攻撃は一切当たらず、いいように二撃ももらった『クヴァリフ』は怒り心頭で、一つの目で他の√能力者を睨みながら、もう一つの目でクラウスを探す。
その様子に大きな声で笑って見せるのは西院・由良(趣味人・h02099)だ。
「いや、良かった。実に愉しんだのじゃ。お主も、もう満足じゃろ? 何と言うても。最奥に居る親玉が儂等を前に、その慢心した台詞。そしてその後即座に足元を救われる素早いフラグ回収。もうこれは、『悪は滅びました。めでたし、めでたし』ほれ、|結末《エンディング》が見えたじゃろ?」
「あの程度のたった二撃で、何が……、見えたというのです!」
「みなまで言わせるでない。恥ずかしい……」
と頬を染めてみせる由良。
「この……どこまでもふざけた連中ね!」
無数の触手が一斉に周囲の√能力者に襲いかかる。
「さて、では人違い……いえ、神違いさんには私のお腹の中にお帰り願いましょうか」
七十が『クヴァリフ』の怒り狂った様子を見て、戦闘開始するチャンスと踏む。
「させませんよ!」
エミリーが『九九式二〇粍三号機銃』を発砲し、触手に対し牽制を仕掛ける。
それを制止しようと、無数の眼球がエミリーの方を向き、牽制の睨みが飛ぶ。
(眼球の牽制、邪魔だな……。潰した方が仲間のためにもなるかな)
「……目、潰す」
ルカが素早く高い跳躍力で飛び上がり、目に向かって切り掛かる。
「ふふ、素直に近づいてきて、感心ね。抱きしめてあげましょう」
だがそのルカを『クヴァリフ』は両手を広げて受け入れようとする。
「獣を見た。その獣は、昔はいたが、今はおらず、そして、やがて底知れぬ所から上ってきて、ついには滅びに至るものである」
「終わらぬ夜をキミに語ろう」
だが、その頃には二人の√能力者による語りが終わろうとしていた。
周囲一帯が出入り口のない応接間と荒れ果てた大地へと変化していく。先ほども前者は攻撃的に、後者は防御的に使われた√能力。由良の『|黙示録「七つの頭と十本の角持つ獣」《セプテム・モンテス》』と綴の『|千夜八千夜物語《ニゲバナシ》』だ。
今回、それはどちらも防御的に使われた。
ルカに接近する両腕のそれぞれに対し、綴の『奇書『蜘蛛の|絲《イト》』』の頁の糸と、由良の影から出現した獣が、ぶつかり、その動きを止める。
その隙にルカは目に鋭いナイフの一撃を仕掛ける。
「まだまだ!」
意識がルカに向いている間にエミリーの機関砲による追撃が入り、『クヴァリフ』はたまらず目を閉じる。
「おのれおのれ! 大人しく妾の『仔』になればいいものを!」
目を閉じていれば精密に敵を狙うなど出来っこない。
『クヴァリフ』は無造作に周囲を破壊し続ける。
「黙って聞いてれば、勝手に『仔』にする『仔』にするて、……あんまりいい気分はしませんなあ。自分は自分の父にも母にも……まあ、一族にもきちんと誇りがある。そういう事を言われるのは気分はよくない」
先ほどまで黙っていた朔月・彩陽(月の一族の統領・h00243)が口を開く。
「何を……! 妾の『仔』になることこそ最も栄誉なことですよ」
「俺はそうは思わん。せやから、さっさと倒させていただこう。……ケホ」
咳を一つ。
「……我が名に応えよ。我が命に応えよ。その名に刻まれし使命を果たせ」
その言葉に応じて、朔月の御霊の式神が召喚される。
「悪霊と共にこの世からいね」
朔月の御霊の式神は素早く『クヴァリフ』に融合しようとするが、出鱈目に放たれる触手の一撃に容易に近づけない。今の所、由良と綴が的確に防御しているため、√能力者側に損害はないが、それ以上に近づく為の隙はまだ存在しない。
「あの触手に絡まれたら吸盤の跡ヤバそうだな……」
その様子にそう呟くのは道祖土だ。「いや待てよ、あの触手が祠で『クヴァリフ』本人が御神体と考えればあれは祠!」
唐突に珍妙な自説を提唱し始める。だがそれは言わば必要な自己暗示。祠クラッシャーの人間災厄である彼にとって相手が祠であることは重要なのである。
「祠なら|守ら《壊さ》ないといけないよなァ?」
かくして、道祖土は一気にその戦意を上昇させた。
「よし、ここはオレが引きつけつつぶちかます! My whole life was "unlimited STUPA works"」
√能力『|見渡す限り卒塔婆の墓地《アンリミテッドストゥーパワークス》』が発動する。
周囲に出現するは百基もの卒塔婆。由良はその光景にサブカル知識からある言葉を投げかけかけたが、戦闘中はカッコよく決めたかったので、無言を貫いた。
「通販で買い込んでおいてよかったぜ!」
百基のうち何基かの卒塔婆が『クヴァリフ』に向けて飛翔し、その触手の群れを蹴散らしていく。
命中率が大幅に下がっている道祖土であったが、大量に蠢く触手には外す方が難しい。
「目を封じたままでは戦えない……。我が『仔』よ、ここに……」
『クヴァリフ』はそう言って、自身の『仔』を産み落とす。
「さぁ、妾と融合しましょう」
産み落とした『仔』に触れようと、『クヴァリフ』が手を差し出す。
「させません!」
そこにエミリーの機関砲が飛び、『クヴァリフ』は回避のために手を引っ込めることを余儀なくされる。
(即不利になりそうだから、仔と融合されるのは避けたいな。……壊そう)
「……グルルル」
その隙に一気に仔に接近するのはルカだ。
「動くな」
抵抗しようとする『仔』に対し、ルカは言霊を発動し、その動きを抑止する。
体術による牽制の一撃を当てた、次の瞬間、その持ち前の怪力により、ナイフが一気に『仔』にねじ込まれる。
「ふふふ、今日の気分でこれです♪」
そして、そこに七十の√能力が発動する。
七十の隷属化した隷属者達が『仔』に殺到し、融合を完全に阻止してしまう。
「ふむ……この狭さだとこの『仔』をどうにかしないとクヴァリフに行けないですかね? ……いえ、逆にこの狭さなら…行けるかもしれません」
何かを閃いた、というように、七十がそう呟くと、大量の植物の蔓が異界から呼び出され、『仔』も『クヴァリフ』も巻き込まんと殺到する。
「そう簡単に呑まれませんよ」
だが、『クヴァリフ』もまた触手を展開してそれを阻止する。
とはいえ、触手が防御的に使われたならば。
「十分や、今度こそいね」
彩陽の言葉に呼応し、朔月の御霊の式神が『クヴァリフ』に強制的に融合する。
「くっ……、『仔』以外と融合するつもりは……」
それは『クヴァリフ』の行動力を低下させ、眼球も触手も目に見えて鈍る。
「ターゲット捕捉」
その隙を逃さず、ヨハンが飛びだす。
他の武装やアタッチメントとの連結・合体機能を有するハンドメイドピストル『トガリネズミAQ1』に最適な武器やアタッチメントを連結させ、対『クヴァリフ』に特化した武器を作り出す。√能力『スレイヤープロトコル』だ。
「させません!」
「触れさせんぞ」
「好き勝手はさせないと言ったでしょう?」
「オラオラ、当たれ当たれ!」
僅かな触手がヨハンに迫るが、エミリー、由良、綴、道祖土の攻撃が触手による攻撃を許さない。
「くっ……、あの武器は……まずい」
『クヴァリフ』がヨハンの武器を警戒し、触手で防御姿勢を取る。
「無駄だ」
だが、触手による防御の内側に光学迷彩を利用して潜んでいたクラウスが素早く『光刃剣』のトリガーを引き、刃を出現させて居合の一撃を加える。
その傷口を思いっきりこじ開ける。
「ここだ!」
「もらった!」
その傷口に『トガリネズミAQ1』がねじ込まれ、崩壊弾が叩き込まれる。
「己の内に意識を向け、そして感じろ。自身が崩れていく感覚をな」
「な、なんだこれは……妾の体の安定が……」
体が崩壊していく感覚に困惑する『クヴァリフ』。
「今がチャンス! また白い花が咲いたなら、一番美しい歌をあなたにささげましょう、何度でも……」
その隙を見逃さず、エミリーが√能力を発動。上方から複数の眩い光が差し込み、エミリーの『|極超《ウルトラスーパー》ジュラルミンアーマー』を纏った『レプリノイドウェア』が光を受けて煌びやかに輝く美しい舞台衣裳へと変化する。
明確に軽装になったそれは受けるダメージを二倍にするが、しかし、移動速度と攻撃回数を四倍にする。
踊るように『クヴァリフ』に接近したエミリーはそのまま強烈な肉薄攻撃を仕掛ける。
「……このっ!」
『クヴァリフ』は力を振り絞りエミリーに向けて攻撃を仕掛けるが。
「悪あがきはやめよと言うのに」
「今度こそ、ご退場の時だよ、女神サマ」
「まだまだ卒塔婆は残ってるぜ!」
由良、綴、道祖土による攻撃が完全にそれらを迎撃してしまう。
「これで|終幕《フィナーレ》です!」
エミリーの更なる一撃を受けて、ついに『クヴァリフ』は行動力の限界を迎え、朔月の御霊の式神と共に消失を始める。
「な?言うたじゃろ?――めでたし、めでたし」
どちらが悪役か分からない笑みを浮かべ、由良が消えゆく『クヴァリフ』に告げる。
「この……!」
悔しげな顔で、『クヴァリフ』は触手を持ち上げ、√能力者を全員巻き込む攻撃を繰り出そうとする。
「本当に諦めが悪いのう。無駄じゃ」
だが、それは由良の影から飛び出した獣によって完全に止められる。
「覚えていなさい。いつか必ずあなた方全員を……」
その言葉が言い終わることはなかった。『クヴァリフ』が完全に消滅してしまったからだ。
そう、勝ったのだ。
「村はきっと以前のように戻るのだろうな」
そう言うのはヨハン。
「けど、元々の原因だった高齢化は……」
「そうだな。だが、時には抗えぬ変化が訪れるのも、この世界の在るべき姿だ」
他の√から見れば、√EDENは楽園なのかもしれない。けれど、避けられない変化もある。それは痛みを伴うかもしれない。
簒奪者から√EDENを守ることは成し遂げた。後のことは、全てを忘れた村の人々が考えることだろう。