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癒水のフロアに、たぬき出ます
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光を受けてきらめく水面が、壁にも揺らめく模様を映している。
ぱちゃん、ぴちゃんと響く水音のリズムは、耳に心地よい。
そっと足を浸せば、ほのかに温かい場所もあれば、ひんやりと冷たい場所もある。流れる水の感触を楽しめる場所もあった。
ここは癒水のダンジョン。初心者でも気軽に訪れやすい場所として知られ、特に名の由来にもなった『癒水のフロア』は人気が高い。
足湯のようにくつろげる温水や冷水の床。
ぷかぷかと浮かんで遊べる場所。
寝転んで、寝湯のようにのんびりできる場所。
忙しない日々で疲れた心や体を、ゆっくり癒やすにはぴったりのフロアだ。
「ぽーん」
――そんな穏やかな場所に、今日はちょっとだけ変わったお客さんがいるらしい。
誰もいない水のフロアで、かわいいたぬきが、寂しそうにぽんと鳴いていた。
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「サンドイッチと水のリラクゼーション、興味ないかな。あと、かわいいたぬきも」
猫宮・弥月は、さきほど詠んだ星の巡りについて話し出す。
√ドラゴンファンタジーの|癒水《ゆすい》と呼ばれるダンジョンに、『かわいいたぬき』が現れるらしい。
「大した害はないんだけどね。ちょうどダンジョンが空いてるタイミングみたいでさ。だーれもいない水のフロアで、ぽーんって寂しく鳴いてる」
放っておいても大事にはならなそうだ。
けれど、なんとなく夢見ならぬ星見が悪い。なのでよければ構いに行ってあげてほしい、というお願いだ。
「癒水のフロアでまったりしていると、たぬき出てくるから。ダンジョン前のサンドイッチストリートで、お弁当確保しがてら遊びに行ってほしいな」
ダンジョン前には、様々な具材やパンを揃えたサンドイッチの店がずらりと並んでいる。野菜に肉に魚、果物にスイーツ、いろんなサンドイッチを作ることができるのだ。
自分で作ってもいいし、お店の人のおすすめを聞いてもいい。ガッツリいくもよし、手軽に楽しむもよし、である。
「ピクニック気分で、気軽に行ってみてくれるとうれしいな。ついでにたぬきもかまってあげてよ」
見た目はかわいいいたぬきだが、インビジブルの一種で野生動物ではないので、触れ合うのにも問題はない。
サンドイッチ補充のついでに、たぬき用に何か買っていってもいいだろう。どうやら食べられるものなら、だいたい何でも興味を示すようだ。
「どうか、よろしくね」
弥月は軽く頭を下げるのだった。
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ダンジョンの前には、様々なサンドイッチの店が並んでいる。
白くふわふわのブレッド、硬めのバゲット。薄く軽いピタパン。
パリッとした葉野菜、シャキシャキのきゅうりや玉ねぎ。
ホクホクのじゃがいもに、甘いにんじんやコーン。
ジューシーな肉や魚。
カツやハンバーグ、つくねといった食べ応えのある具材もある。
みずみずしい果物に、甘いクリーム。
カステラやチョコレートのような、デザートめいた組み合わせだって可能だ。
それだけではない。
固形燃料やグリス、陰膳のように捧げた品など、機械や特殊な種族向けの“具材”まで並んでいる。
どんなサンドイッチにしようか。
何を選ぼうか。
店を見て回るだけでも楽しいし、誰かと相談して決めるのもきっと悪くない。
店主におすすめを聞いてもいいし、たぬき向けに選んでもいい。
モンスター素材や不思議植物など、普段選ばないような、ちょっと冒険した具材を探すのもいいだろう。
味見として、つまみ食いしておくのも重要かもしれない。
第1章 日常 『サンドウィッチ・フェスタ!』
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「へー。いい感じのところっぽいね」
雅楽川・菫 (動いて、世界・h12403)は星詠みの話を聞いて、癒水のダンジョンに行ってみることにした。
のんびりできるのもいいし、何より水場だというところがいい。プールや温泉などの水が多くある場所なら、菫の発する魔性の香気が香りにくく、魅入られた人が変に絡んで来ることもないからだ。
うきうきとダンジョン前に来てみれば、ずらりとずらりと並んだ店の数々。
店頭に飾られたショーケースの中では、みずみずしい野菜や美味しく調理された肉や魚、ソースやパンが待っている。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ。 好きに選んで詰めていってください〜」
店の人に声をかけ、菫は早速具材を見繕いながら、菫はふと気になったことを口にした。
「持ってくのがサンドイッチって面白いね。携帯食料とかじゃないんだ」
「最初はそういうお店もあったんですよ。でもダンジョンはのどかですし、この近辺に花畑や散策にちょうどいい林、景色のきれいな丘なんかもありまして〜。野菜や小麦、パンの有名な街も近くて、いつの間にやらサンドイッチの店がずらずらと」
需要と供給の結果だったらしい。
「あ、水分はある?」
「ジュースもお茶もありますよ。癒水のフロアまでいけば、安全に飲める湧き水もあります」
大事な水分のことも聞けば、どれにします、とメニューが出てきた。気になる品を選んで、菫はサンドイッチ作りに戻っていく。
まずは、現れるというたぬき用。普通のサンドイッチをあげても平気かな、と少し悩んだものの、ネギ類を抜いて、焼き鳥っぽい肉の焼き物を挟んだ物を作る。
自分用にはたっぷりのたまごサンド。
しゃきっとしたレタスと塩味と旨味のハムのサンド。
たぬきとおそろいの、焼き鳥にレタスとマヨネーズを合わせたサンドイッチ。
そして、断面もきれいなホイップクリームとイチゴのデザートサンド。
(食べ過ぎかな? たまにはいいよね!)
カロリーからは目をそらし、楽しみに注目する。自分で選んで、好きなように挟んで。ちょっと飛び出てもご愛嬌、上手くできれば、ちょっとした達成感まである。 そうして作っていく時間は、なかなか楽しいものだった。
けれど長くは留まれない、そろそろ移動したほうがいいだろう。
(癒水かぁ、プールかな、温泉かな? どっちにしろ楽しみ!)
サンドイッチを抱え、菫は足取り軽く癒水のフロアへ向かったのだった。
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真白・璃亜(風花の冒険者・h09056)の足取りは、うきうきと弾んでいた。大好きな八海・雨月(とこしえは・h00257)との初めてのお出かけなのだから、それも当然だろう。
そんな璃亜の様子を見ていると、彼女の楽しいという気持ちが伝わってくるようで、雨月の頬にも自然と笑みが浮かんだ。
「それにしても、サンドイッチを携えてたぬきと遊びに行く、なんとも呑気な話ねぇ……」
「そうだねー、ゆっくりできそうな話だね!」
「ええ、そういうのは大歓迎」
「うん!」
危険よりも癒やしが主役のダンジョンへ向かう準備として、二人はサンドイッチストリートを歩いていく。
並ぶ店々のショーケースには、完成品や見本のサンドイッチがずらり。たっぷり具の詰まったもの、断面の綺麗なもの、意外な組み合わせのものまであって、つい目移りしてしまう。
「わーい! 見て見て、雨月さん! 美味しそうなサンドイッチがいっぱいだねぇ!」
「そうね、色々並んでるわねぇ。中々の品揃えだわぁ」
「すごいねー、あれもおいしそうだし、こっちも気になる!」
「ふふ、これは確かに迷っちゃうわねぇ。見てるだけでも楽しいわぁ」
並んだ食材を前に、璃亜はあちこちへ視線を走らせる。あれも気になる、これも美味しそう。そんなふうにころころ表情を変える様子を、雨月は隣で楽しげに眺めて微笑んで、並ぶ品を眺めていた。
「自分で作ったりも出来るみたいだよー。ね、良かったらお互いのサンドイッチを作り合いっこしてみない?」
「お互いのを作るなんて面白い考えねぇ。良いわぁ、作りましょ」
「うん!」
璃亜は、雨月が好きだと言っていた鯖を主役に選ぶ。
サクサクの鯖フライに、みずみずしいレタスとトマト。ケチャップとマスタードを少しだけ混ぜたスパイシーなソースで風味を引き立て、柔らかめのバゲットで挟めば、璃亜特製のお弁当サンドの完成だ。
雨月に美味しいって喜んで欲しい。そんな気持ちが、具を並べる手つきを少しだけ丁寧にしていた。鯖も野菜も、こぼれないようにきゅっと収まりよく整えて、見た目も食べやすさもばっちりだ。
一方の雨月は、璃亜も魚好きだと言っていたのを思い出し、サーモンをメインにしたサンドイッチを仕立てていく。
たっぷりのスモークサーモンに、ツナ入りクリームチーズ。王道のケイパーとディルで味を引き締め、紫玉ねぎとレタスで彩りも添える。しっかりしたバゲットに挟めば、食べ応えのあるカスクートのできあがりだ。
作るのであれば、やはり喜んでほしい。璃亜の喜ぶ様子を楽しみに、雨月も具をたっぷり詰めていく。味だけでなく見た目も華やかになるように整えたのは、きっと璃亜が「わあ」と目を輝かせるだろうと思ったから。
「あら、璃亜のサンドイッチおいしそうねぇ。食べるのが楽しみだわぁ」
「えへへ、雨月さんのもおいしそうだよー!」
互いの出来栄えを見てにこにこしてから、二人はサンドイッチをワックスペーパーで丁寧に包んでいった。
今すぐかぶりつきたくなるくらい美味しそうだけれど、ここは少しだけ我慢。後での楽しみに、包み終えたサンドイッチを見て満足そうに笑いあう。
「そうだ、きっとたぬきちゃんもお腹空いてるよね!」
「ああ、確かにたぬきにお土産も必要かしらぁ」
寂しそうに鳴いているというたぬきを思い浮かべながら、二人はお土産も見繕っていく。
「キャロットラペにレタス、チキンにパンも買っておこうかな?」
「なら、これおいしそうよぉ。オレンジ風味のラペですって」
「ちょっと多めに買って行って、私達も食べよっか!」
そのままでも、あとで挟んでも良さそうな具材を少し多めに包んでもらって。
「これだけあれば十分でしょ。喜んで貰えると良いわねぇ」
「ねー、喜んでくれたらいいな!」
穏やかな水辺での一緒のお弁当タイムと、たぬきの喜ぶ姿を楽しみに。
二人はまた並んで、癒水のダンジョンへと向かうのだった。
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「わ~いリラクゼーション系ダンジョンや!」
水の音も流れも心地よく、ゆっくりするのに向いた場所と聞いて、濱城・茂音 (HATAKEの伝承者・h00056)は喜んでダンジョンに向かうことにする。 たまの骨休めの一時だ、素敵な時間にしたいとうきうき気分になるのも悪くない。
お昼ご飯も準備していこうと、サンドイッチストリートで、茂音は具材を選んでいく。
「これ何肉やろか?」
「鶏肉だよ。こっちのは味付けは塩コショウだけだから、どんなソースにも合うよ」
「ほなこれにしよ! サンドイッチにも合うで!」
レタスはたっぷり、お肉は大きくとびきりジューシーなひと切れをそのままで。
そこにマスタードとソースを合わせて、柔らかいブレッドで挟めば、若者のお腹も喜ぶガッツリ系サンドイッチが出来上がる。
「で、たぬきにもサンドイッチ買うてったろ!」
続いて作るのは、たぬきの分だ。
「たぬき雑食やし、肉も野菜も食べるんとちゃうかな。調味料はちょっと悪影響かもしれへんなぁ」
インビジブルだとしても、刺激物は悪影響があるかもしれない。
なのでソースやマスタードなどは抜きにした、素焼きの鶏肉とレタスのサンドイッチにする。
揃った二つのサンドイッチの出来栄えに、ふふんと胸を張った茂音だが、自分の分が一個では少し物足りない気もしてきた。
畑仕事のためにも、しっかり食べるのは大事なこと。育ち盛りでもある茂音は、普段から結構がっつり食べる方だ。
「調味料余っとるし、うちの分もう一個作ろか~♪」
同じものをもう一つ作って、自分用に二つ、たぬき用に一つ。
大事そうにサンドイッチを抱え、茂音はにこにこと次の目的地へ向かう。
「たぬきさん、待っとってな~。一緒にのんびり、お昼にしよな!」
水音の聞こえる癒やしの場所で食べるお昼は、きっといつもよりずっと美味しい。
そんな期待を胸に、茂音は軽やかな足取りでダンジョンへ、たぬきのもとへと向かったのだった。
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「イスカくん、ピクニックに行きませんか?」
「ピクニック?」
「はい。水辺でサンドイッチを見ながらタヌキを食べます」
「待って、情報量多くない?」
うきうきしたアイン・スフィア(いるかいないか、いないかいるか・h00834)の誘いに、弥鳥・唯朱花(禍鳥封月・h01089)は表情こそ変えないものの、内心では疑問符をいくつも浮かべていた。
「ピクニックと、水辺でサンドイッチまではわかるんだけど。……サンドイッチ見るの? たぬき?? 食べる??」
「……間違えました! たぬきは食べないです!」
「あ、たぬきは食べないんだ?」
唯朱花が首を緩く傾げるのに、パタパタと顔の羽を羽ばたかせてアインは同意する。
「ゆっくりできるダンジョンの水辺で、たぬきの姿のインビジブルが、ぽーん、て鳴いてるそうです」
「ぽんぽこぽーんのぽーん? 可愛いね」
「誰もいないと寂しそうだから、ピクニックがてら遊びに行ってほしいという依頼です。ダンジョン前にはサンドイッチのお店もあるので、お弁当に買っていくのはどうでしょう」
羽をそわそわさせるアインに、唯朱花はこくりと頷いた。
「ふーん、いいよ、行こっか」
「わーい、行きましょう~!」
ぱっと羽を広げて喜ぶアインに、唯朱花の目も優しく緩む。そうして二人は、件のダンジョンへ向かうことにした。
「あ、たぬきの肉は本当に美味しくないそうですよ」
「うん、たぬき食べるほど困ってないからね、俺」
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到着したサンドイッチストリートで品物を眺めながら、アインは唯朱花に問いかける。
「サンドイッチ。イスカくんはどういったものがお好みですか? やはり王道を征く卵サンドでしょうか。エビアボカドとか……」
「俺はちょっと和風の好きだよ」
「和風ですか?」
唯朱花の答えに、アインは不思議そうに首を傾げる。サンドイッチと和風がうまく結びつかなかったらしい。
「そう。パンでしょ、海苔でしょ、カニカマサラダでしょ、錦糸卵たっぷりで海苔でパンっていうやつ」
海苔には少し醤油を垂らすのもいい。マヨネーズの効いたカニカマサラダに、きゅうりやレタスも合う。そこへ金色の錦糸卵がたっぷり入ると、見た目も味も良い。
「なんと、そういったものもあるんですねぇ」
「あとね、カツサンドもすき」
さっくりしたカツに、しゃきしゃきのキャベツ。ソースがじゅわっと染みたやつがいい。チーズ入りのミルフィーユカツなんかもおいしい。
「サンドイッチ、奥が深い……」
「アインは?」
顔の翼を震わせて感心するアインに、唯朱花は逆に問い返した。
「わたくしですか? わたくしは、味覚的な好みというものはあまり無くてですね……」
「ああ。味覚っていうか、お前口とかないもんね……」
そう言いながら、唯朱花はついアインの顔部をじっと見る。
以前見た、食べ物がそこへすっと吸い込まれていく光景を思い出したのだ。
「えへへ、そうなんです。わたくしは食材や調味料の味ではなく、籠っている情念を味わっているので……」
「ああ、そういう?」
なるほど、と唯朱花は小さく頷く。
それなら、ここで買うより——と、自然に次の言葉が出た。
「じゃあ、帰ったら俺が作ったげる」
「本当ですか!」
「うん」
唯朱花の提案に、アインは羽を軽やかにぱたぱたと揺らした。
たくさんの人に向けられた気持ちが籠もる店の品も悪くない。けれど、唯朱花が自分のためだけに作ってくれるものは、アインにとって特別だ。
「わぁ、うれしいです! 楽しみですねぇ」
「何食べたい?」
「何がいいでしょうか……悩ましいです」
「決めらんない?」
「はい……」
そわそわと翼を震わせるアインに、唯朱花は少し楽しげに笑ってみせた。
「作るのはなんでもいいけど、帰るまでに決めときなよね」
「はい、決めておきます」
今は唯朱花の分のサンドイッチを買っていこう。もしアインが気になるものがあれば、それも一緒に。それからダンジョンに向かえばいい。
そんなふうに話しながら、二人はサンドイッチストリートを歩いていくのだった。
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「おれー、たぬきって絵本とかでしか見たことないんすよねー」
「……人里で見ることはほぼ無いしな、たぬき。俺も初めてになるな」
日常でそうそうお目にかかれない相手だ。
だからこそ、花倉・月笠(童話の魔女にはなれないが・h00281)の足取りは、海の中を漂う海月のように、ふわりと軽い。紫雲・明良(|無銘の悪魔《デモノイド》・h01797)は、そんな浮き立つ歩調に自分のにテンポを合わせて歩いていた。
「たぬきちゃんに会うの楽しみだなー」
「……厳密にはインビジブルらしいが」
「どんなたぬきちゃんなんすかねー」
「少なくとも寂しがりではあるようだ」
「あと食いしん坊さんかな?」
寂しそうにぽーんと鳴いていて、食べ物にも釣られやすいらしい。
会ってみれば、想像通りか、それとも全然違うのか——それを確かめるのも、きっと楽しい。
「でもその前にー、サンドイッチっすー!」
「そうだな」
お昼の準備も大事だと、月笠はサンドイッチストリートのショーケースを覗き込むなり、ぱっと顔を輝かせたる。明良も同意し、一緒に覗き込んでいた。
並ぶ品々はどれも魅力的で、見ているだけでも胸が躍る。何を食べようかつい迷いそうになる。
「俺、好き嫌いないしー、どれもこれも美味しそうだけどー。アキラさんはー、何にするっすー?」
「サンドイッチとくれば定番がある」
「定番?」
「たまごサラダにBLT……ベーコン・レタス・トマトだな」
たまごサンドなら、ふわふわのパンと卵のまろやかさにマヨネーズのコクが合わさった美味しさで。
BLTなら、ベーコンの塩気、しゃきしゃきのレタスとトマトの瑞々しさが一度に味わえる。
聞いているだけでも、いかにもサンドイッチらしい王道の顔ぶれだ。
「たぬきの好みは分からないが、無難どころだし、どっちかくらいは当たるだろう。たぶん」
「おおー、まさにサンドイッチってかんじのやつー! おいしそうー……!」
「月笠はどうする?」
「おれはお魚ちゃんが好きなのでー、まずはバゲットにお魚ちゃんのフライを挟んだやつ買おー!」
「魚のフライはちょっと珍しいな」
さっくりフライには魚の旨味がぎゅっと詰まっていて、野菜のみずみずしさがぴったりな組み合わせだ。ソースを少し濃いめにしてもよく馴染む。
なるほど相性は悪くなさそうで、明良は小さく首を傾げる。
「組み合わせて悪そうではないし、食べたら普通に美味そうだが……」
「美味しいっすよー、一口味見します?」
「あとで貰おう」
「いいっすよ。たぬきちゃんの分も買ってこっと。お魚好きだといいなー。あとはー、やっぱり他では食べられなさそうなやつが食べてみたいのでー」
月笠は並んだメニューの一つを元気よく、ぴしっと指差した。
「モンスター素材を使ったサンドイッチ! おすすめのやつ、くーださい!」
「あいよっ、ならレインボーフィッシュサンドなんてどうだい? 齧るごとに七つの味に変わっていく魚に塩を振って焼いたやつを、玉ねぎやトマトと挟んだサンドイッチだ」
「んじゃそれ!」
「……ちょっと待った」
景気良く返事した店の親父に、ぱっと顔を輝かせた月笠に、明良は質問したいと手を上げる。
月笠が楽しそうなので止める気はない。ないのだが、一応確認したいところなのだ。
「なんだモンスター素材のって。それは……本当に食べて大丈夫か?」
「大丈夫だ、この辺りじゃよく食べられてるモンスター魚なんでね。一口目はマグロ、二口目はサーモン、次にはサメ、それからサバ、タラ、イワシ、タコの味に変わっていくんだ。八口目からはまたマグロって感じにな」
「おおー面白そうっす!」
「……胃薬とか売ってたりはしないのか、念の為」
「はっはっは、もちろんそういう人用に売ってるよ!」
念には念を、と明良は胃薬をひとつ買い足す。
一方の月笠は、きらきらした目のまま、レインボーフィッシュサンドを受け取ったのだった。
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たぬきがひとりぼっちで、鳴いているらしい。
秋常・賢葉(若き脳筋魔術師・h07171)の誘いに、ルナリア・ストームクロウ(ぷにぷにもちもちおはだ・h07593)はその光景を思い浮かべて、少し胸がしゅんとした。
「たぬき、ひとりぼっち?」
「うん。だから会いに行かない? お弁当にサンドイッチ持っていこう」
「いくー。1人だと寂しーよねー、分かるよー」
そうして二人で、件のダンジョンへと向かっていく。
賢葉のあとを歩くルナリアは、あまり訪れることのない街の様子に、興味津々であたりを見回していた。
賢葉はそんなルナリアがはぐれないように気を配りつつ、あれやこれやに視線を向ける姿を微笑ましく見守っている。
「ぼーけんー」
「冒険、というよりはピクニックみたいなものだね。のんびりと楽しめればいいけど、その前に買い出し買い出し。バスケットいっぱいにサンドイッチを買っていこう!」
「うんー。いっぱい食べるー」
「ルナリアは何が好き?」
「お肉とか木の実がいーなー……じゅわっとするのも、かりかりなのも好き」
「わかった。お肉がたくさん入ったのや、木の実いっぱいなやつを買っていこう」
普段は生肉や果物、ナッツ類を好んで食べるルナリアにとって、調理された品はまだ馴染みが薄い。
それでも、美味しそうな匂いには素直に惹かれる。
見繕っていた賢葉の隣で、ルナリアはふと肉系の具材の並んだ場所に興味を示した。
「くんくん……美味しそーな匂い………」
「ベーコンかな? ああ、他のお肉もあるね」
ジューシーな生ハム、炙った香りも香ばしいベーコン、グリルチキン。ローストポークやローストビーフ、カツもある。
食欲をそそる香りに、ルナリアは口の中がじゅわっとした。
「賢葉、あれ欲しいー……お金足りるかな……?」
ルナリアがくい、と賢葉の腕を引き、先日稼いだ金貨を取り出して見せれば、賢葉はにっこり笑って頷いた。
「大丈夫、充分足りるよ」
「足りるの? やったー! じゃー、お肉とか沢山欲しー」
「うん、いっぱい入れてもらおうね」
子供のようにはしゃぐルナリアが満足するサンドイッチを作ってもらおうと、賢葉は店員に声をかける。
「すみません、このベーコンと生ハム、あとローストビーフを使ったサンドイッチお願いします。お肉多めで」
「かしこまりました」
「できたら、クルミなどのナッツを砕いて入れてください」
「できますよ、お入れしますね」
賢葉の注文通り、パンの間に生ハム、ローストビーフ、ベーコンがたっぷりと重ねられていく。
間にはクルミやマカダミアナッツを砕いたソースもかかり、食感と香りのアクセントになる。
その様子を、ルナリアはきらきらした目でじっと見つめていた。
「あと、フルーツサンドもお願いします」
「木の実いっぱい……」
崩れないように支えになるクリームの上に、たくさんの鮮やかなフルーツが並んでいく。見た目も楽しいサンドイッチに、ルナリアの瞳も輝くばかり。
「たぬき、これ食べるかなー……?」
「そうだね、フルーツサンドならいいと思う」
「ならたぬきの分も買ってこー?」
「うん」
少しフルーツを多めにしたものを更に買い、賢葉とルナリアは歩き出す。
「ルナリア、次はあっちいってみる? 試食があるよ」
「ししょく?」
「味見できるサンドイッチだね。気に入ったら買っていこう」
「わー……食べていいのー?」
「うん。食べ過ぎは注意、だけどね」
「うんー」
こくこく頷くルナリアの手を引いて、賢葉は次のお店を目指す。
サンドイッチを詰めるバスケットにはまだ余裕があるし、歩いているうちにお腹も空いていく。
ルナリア好みのサンドイッチも、賢葉が気に入ったサンドイッチもまだまだ買うことができるのだから。
それに、ルナリアは時折バスケットを覗き込みながら、たぬきの分を気にするように大事そうにしていた。
もっとたっぷりサンドイッチを詰めたバスケットを持って、たぬきに会いに行くべく、二人の足取りはいっそう楽しげなものになっていた。
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ダンジョンにたぬきが出るらしい。
「たぬき! たぬきだってエノくん」
「たぬきだな、時雨殿!」
トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)と野分・時雨(初嵐・h00536)は、わくわくと盛り上がっていた。
街中ではなかなかお目にかかれない存在、それがたぬきだ。EDENである二人にとっても、そうそう見かけるものではない。
ここのたぬきはインビジブルだが、やはり化けるのだろうか。
「化ける狸というのは妖怪っぽさもあるよなぁ」
「エノくんたぬき好き? ぼくは普通」
「そうだなぁ。あまり見た事がないので今後の参考にしようかと〜」
「今後の参考……? なんの……?」
たぬきに参考にするポイントはあるのだろうか。
毛並みとか可愛さとかだろうか。
偶蹄の友である時雨でも、とんと検討がつかない。
そんな友人の疑問に、トゥルエノは少年の見た目にそぐわない、大人びた笑みを浮かべてみせた。
「その答えは、たぬきに会ったときの楽しみにしておいてもらおうか。その前に腹拵えのサンドイッチ選びだな!」
「だね、まずはお弁当の確保! しっかり食べよう!」
ダンジョンの前、並ぶサンドイッチの店。ショーケースの中の品々に、いつでも食べ盛りの二人はじっと視線を定める。
「具材たくさ~ん。何にする?」
「どれも美味しそうだな。時雨殿の所で沢山ホットサンド見たのも懐かしく」
あの時は、自分の手でキノコバターサンドやピザ風ホットサンドを焼いたものだった。持ち帰った品を見た主のことも思い出し、少し懐かしくトゥルエノは微笑んだ。
そんな自分より小柄な友人に、時雨はいっぱい食べて健やかに育って欲しいと思ったのだ。
「エノくんもりもり食べて身長伸ばしなよ」
「……わたしの身長も伸ばした方が良いだろうか?」
今は少年らしい背丈だが、実年齢はもっと経ているトゥルエノである。大人びた姿をするならば、と少し眉を寄せて悩み。
「本性2mの主を越えない位の……180とか有ったら
良さげだろうか」
「良いじゃん、主さん越えよう」
背丈の話はさて置いて、二人はサンドイッチ選びに戻ることにする。
「野菜とかもたくさん食べなよ。お魚派? お肉派?」
「どちらも良いな。ジューシーな肉や魚の具材も美味しそうだ。フレッシュ野菜も瑞々しいが」
「ぼく、つくねいれます。珍し。あとお野菜もりもり」
「つやっとして綺麗だなぁ」
刻んだ人参や玉ねぎ、ごぼうが入っているふっくらしたつくねは、照りのいいタレが絡んでおいしそう。たっぷりのレタスとキャベツと挟めば、シャキシャキの食感とジューシーなつくねが味わえるに違いない。
「わたしはフルーツサンドと云うのが気になって」
「フルーツも良いね~! 食べたい」
「うむ、花咲くような見目だなぁ」
店先の完成品を見てみれば、まさにパンの間で花が咲いたような品々が並んでいる。
赤いいちごやベリー、オレンジの柑橘、メロンやキウイの緑にパイナップルの黄色。白いクリームや淡いカスタード、チョコクリームの中で、ぱっと鮮やかな顔を見せてくれる。
選んだサンドイッチの断面を見て、トゥルエノはふわりと微笑んだ。
「うむ、春らしくも美味しそうだ」
「ぼく、クリームは控えめがいいな。代わりにフルーツもりもりにするの」
「それもいいなぁ」
時雨は少しクリームを控えめにして、空いた隙間にはいっそうフルーツを敷き詰めてみた。しっかり並んだフルーツがジューシーな顔を見せてきて、かぶりつくときが楽しみだ。
「たぬき用にお野菜サンドも作ろっか。葉っぱとお芋と〜」
「雑食らしいタヌキは何でも喜びそうではないか……?」
「お肉も入れます?」
「フルーツもいいかもしれん」
「じゃあ、ちょっとずつ色々作っていこうか」
トゥルエノと時雨は、楽しくサンドイッチを選ぶ。
自分たちのお腹を満たすため、出会うたぬきに贈るため。
おいしい品をたっぷり選んだなら、あとはダンジョンへ向かうだけだ。