リサショ夏休みスペシャル~爆熱死闘編~
「店に来ませんか? 鍋がありますよ」
『リサイクルショップ・メガちゃん』の『メガちゃん』の部分こと『店長』こと、オメガ・毒島はある日、訪れた常連たちにチラシを手渡し、ひっそりと裏取引めいたことを耳打ちした。
真夏にね、冷房を、冷房をガンガンに冷やしてアツアツの鍋をするんですよ……──なんで急に羅生門のババアみたいな言い方になったのか定かではないが、法に触れていない個人的嗜好の範囲内でも、どこかやましいことがあると得てして人はそのような怪しい声でボソボソと打ち明けるのが世の常である。だって嫌じゃないですか|持続可能な開発目標《SDGs》の「169の達成基準」が169と半端なのはこの店のせいとか名指しで言われたら。
「という訳で、お暇でしたらいかがでしょう──?」
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某日、リサイクルショップ店内。椅子やテーブルが並んだ一角にて『真夏の鍋パーティ』が開催されていた──外は灼熱、炎天下だが、店内は電気代など気にしない強冷房。その癖、鍋と言えば炬燵でしょうと言わんばかりにぐつぐつと煮えた複数の土鍋が置かれているのはこれまた複数の炬燵の上。この家具と食器ね、全部店の売り物。
でもそんなこと、店内で鍋パをする|自由《無法》に比べたらどうってことないさ。いえ、後できちんと店内消毒と清掃はしますからね? 本日『臨時休業』の張り紙も貼りましたし……。
「……しかし、真夏に涼しい部屋で熱々の鍋を楽しむこの贅沢!」
「本当ね、こんな季節に『ナベパーティ?』なんて思ったけど、たまにはこういうのもいいじゃん」
鍋を楽しむオメガの言葉に続けて、チェスター・ストックウェルは箸を器用に使いながら牛肉に舌鼓を打つ。通常は『幽霊』として必要に迫られない限り実体を持たない彼だが、今日だけは別。手首の痛みを我慢してまで実体化したその理由はたった一つ──美味しいご飯。特に肉!
「うむ。季節を逆手に取るとは、なかなか洒落ておるが……時にチェスター。肉ばかりでなく野菜も食べぬと大きくなれぬぞ」
同じく箸を動かしながら、和紋・蜚廉はチェスターの企みを見透かした風に述べる。口うるさく思われようとも、若者を正しく指導することも年長者の務め──いや、通常時ならともかく今日の和紋はそこまでは考えてはいない。何故ならばこの場は既に弱肉強食の|理《ことわり》に支配された、食うか食われるかの|戦場ヶ原《バトルフィールド》。食とはまさに命を懸けた戦い。故に、久しぶりに聞いたその『お馴染みの|言葉《フレーズ》』に、チェスターがやや怯んだ隙に、和紋はちゃっかりと、そして気付かれぬ玄人の巧みな腕前でひときわデカい肉をさらりと掠め取った。すまぬなチェスター、だが、油断する方が悪いのだ。
そんなこともつゆ知らず、萬・シェプファと櫃石・湖武丸は和紋に同意する。
「そうだねえ、好き嫌いはいけないよっ! ほらもっとキノコとか人参を食べよう! そんなんじゃワタシみたいに大きくなれないよっ!」
「白米も食べよう。俺は、それでこんなに立派に大きく育った」
「ホウ! おふたりのその体格にはそんな秘密が隠されていたとは! これはもう食べるしかない!」
「いや、俺もう死んで……というかそんな食えないって!」
モリモリと椀へ野菜、そして白米を盛っていくふたりを眺めながら四百目・百足が大げさに感嘆する。それにかき消されるように呟いた、チェスターのブラックジョーク通り越して地雷めいたその、どう反応すれば正解なのか分からぬ言葉もこの現在人間、否ツッコミがゼロな空間には気にする者も特におらず──なにより。
「わからん、大きくなれるやも しれんよ。ふふん、可能性は無限大……」
そんな、適当なことを言いながら同じく幽霊である五香屋・彧慧はお餅の袋を開けた。幽霊ね いろんなひとがいるので ありえないとも言い切れないです。維久はそこんとこ よう知らんけど。
「ね、ヨシマサちゃ。そっちのお鍋 あいてるなら、維久慧 これ いれたい」
「おっ、どうぞどうそ。しかしお餅ですか~喉にひっかけて|幽霊にならない《インビジブル化》ように気を付けないと……でも、こうなるとデザートにアイスも欲しいっすね~」
「フフフ、私がそこに気付かないとお思いですか……」
この場でただひとりの『人間』ヨシマサ・リヴィングストンの、これまた生命の認識がややずれた呑気かつブラックな発言に、オメガがオメガ・メガネをメガッと光らせて「見なよ、博士の発明品を──」そんなドヤ顔で指したのは冷蔵庫β。
「後で真人たちも合流するはずですし、まだ具材はたくさんありますからね。遠慮せずどんどん食べてください」
「はーい。じゃあそっちの鍋に肉追加しましょうか~」
「ていうか皆、ヨシマサにこそどんどん食べさせた方がよくない?」
「俺に矛先向けたって駄目っすよ~。その野菜はきちんと食べないと」
ここまでは楽しい楽しい、鍋パーティだった。
そう、|あんなこと《・・・・・》が起きなければ──。
●
「いやあしかし、体があたたまってきて汗をかくこの感覚も懐かし……なんかちょっと熱すぎない? 『生身』の身体ってこんなもんだっけ?」
『異変』は唐突に訪れた。
あらかた鍋を食べ終えたチェスターが一息ついて手でパタパタと顔を仰ぎながら、ふと気付く。
あつい。あつすぎる。
「いやワタシの気のせいだと思ったけど、体がポカポカっていうか……これ明らかに温風が来てない? 気のせいじゃないんじゃない??」
「うむ、外は真夏でも中は快適……ではなかったのだろうか。これは温風というよりも最早熱風では」
食後の体温上昇にしては熱い──というより室内が暑い。
もしや冷房が何かの拍子で暖房設定になっているのか? そう誰もがうっすら思ったタイミングで、エアコンからさながらイキった田舎のヤンキーの単車のエンジン音の様な、室内に急に数百匹の蝉が飛び込んで暴れまくったような、掃除機でうっかりデカめのビニール袋を吸い込んでしまった時の様な……もうともかく、絶対やばいやつじゃんという異音が起こりはじめ、同時に室内へものすごい勢いで熱風が流れ込み、鍋パの面々に直撃した。アッツ!!!!
「熱ッ!!!! そういえばさっき博士がエアコンを弄っていたような……そのせい!? ッヅ!!」
「一体エアコンの何をどう弄ったらこんなことになるんだろうねえ!? ちょっと、マズイマズイ!」
「故障ですか? うーん、ただのエアコンならいいんですけど……修理できるかなぁ? いやあっつ」
この状況の中、√ウォーゾン出身、そして戦線工兵という超機械特化なヨシマサは箸をおいて立ち上がり、けれどもどこか心細い言葉でエアコンへ向かった。そして、これまた『警視庁公安部総務課特殊犯罪対策センター 技術担当』という、なんだかよく分からんがめちゃめちゃに心強い肩書のシェプファも後に続き、ふたりでショップ内の工具を屈指してああでもないこうでもないとエアコン修理に取り掛かり始めた。
「……えっ!? これどうなってるの!? ワタシこんな配線見たことないんだけど! なんかテンション上がってきちゃったんだけどアッヅ!!」
「いや~これ相当|改造《やっ》てますねぇ? わっ、急に飛び出してきて誰かと思ったら二年前に木っ端みじんになった|戦友《ともだち》じゃないっすか~! ねえ店長、飛び入り参加OKですよね~?」
「ヨシマサ君ヤバイヤバイ、眼の焦点が合あってない店長お水持ってきてぇ!!」
「え~お水より今はあつあつのハンペンとか……あれ~シェプファさんイメチェンしました? 前からそんな四角い虹色でしたっけ?」
「一体今のヨシマサ君にはワタシがどう見えてるの!? 怖いよぉ!! 聞きたいけど聞けないよぉ!!」
ただのエアコンならともかく、なんせ|あの《・・》毒島・博士の魔改造である。それに停止も電源ボタンも効かず、修理している今この時も熱風がガンガン飛び込んでくる地獄の状況。手を動かしながらも幻覚が見え始めたヨシマサに戸惑いながら若干|中身《あたま》がいろんな意味で煮沸しはじめたシェプファ──けれども機械に疎い面々はただふたりを信じ、見守り、水を補給しながら応援するしかない。
二人の技術がリサショを救うと信じて──!!
「……四百目兄、これではさぼりどころではない。俺は暑さには多少強いつもりではあったが、限度がある」
「確かに、俺は本来多足類ゆえ湿気が大好きなので意外と平気でございますですが……周りはそれどころじゃない|雰囲気《ふいんき》! ←なぜか変換できない。なんて、そんな冗談言っている場合では無さそうでございます!」
「兄、『|雰囲気《ふいんき》』は『|雰囲気《ふんいき》』で変換できる」
「マジレスktkr! いや失礼しましたジョークですよジョーク。インターネットジョーク!!」
そんな光景を眺め、たらりと流れた汗を拭う湖武丸にカラッといつもの調子な四百目はコッソリと並び、相談する。皆には悪いが、一度引き上げて……そうですね! そろそろ戻らないと流石に? ところで兄『ktkr』と今どうやって発音した……そんなこの二人(とチェスター)、実は|警視庁異能捜査官《カミガリ》……なのだが、本日正々堂々サボっている次第。しかしカミガリというよりは若干汚職警官めいた会話の中、四百目だけは何やら元気な様子で。
「まあでもしかしこの温度。流石の俺も蒸し蒸しになります! 蟲だけに!」
「蟲だけに、むしむし……ほう……」
「そう! 蟲だけに!!」
この騒動に動じず、なんなら皆が箸を置いて騒然とし始めている中で黙々とひとり鍋を堪能していた和紋は急に何故かそこで反応した。皆が食べぬならこうして食材をいただくまで。そして、締めを雑炊にするかうどんにするか、その二択がまた悩ましい。いや鍋が複数あるならばふたつ──そんな思考に飛び込んで来た、むしむし。むしだけに。フッ、蟲だけにか……フフッ…──それにしてもなんで蟲が|ふたり《にたい》いるんだろうなこの店は。
と、そんな中、事態の呑み込めていない彧慧がふと何を思ったのか、入れるタイミングを逃したスライス餅をこっそり、熱い熱いと騒ぐオメガの頭部に乗せた。いやまさかさそんな彧慧さん? 確かに店長の表面はいい具合に熱されているし、通常の切り餅より薄いからって流石にそれは? 彧慧さん? もしもし?
その行動に皆が、エアコン修理組ですら暑さも忘れて見守る中、餅は少しおいて静かに膨らみ──焼けた。|自然《ねつ》の力ってすげ~。
「ちょっと……なんだか私の頭部から香ばしい匂いがするんですけど……まさか内部回路に異常事態が!?」
オメガが慌てて手を伸ばしそうになるより先に、彧慧はバレないように箸で餅を取りのぞくと、何かを察した和紋が無言で腕を差し出した。あれ? 焼餅なんてありました? うむ、不思議な力で今出来た──と、ごまかしている最中、湖武丸はオメガの後頭部を気付かれぬように、清酒を染み込ませた布巾でそっと、しかし丹念に丁寧に玄人めいた所作で綺麗にし、おもむろにおにぎりを押し付けた。
なんだか焼きおにぎりが、食べたかったから。|科学《ねつ》の力ってすげ~。
「やっぱり香ばしい匂いがするんですけど!!」
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家具コーナーで『鍋パ』が開催されている頃、そのほぼ反対側の一角で八手・真人ら、従業員は仕事に精を出していた。本来ならば本日は営業日。故に仕事はたくさんあるもので、後から鍋パに合流とは言え中々多忙である。というよりも──。
「この作業が終われば……デッデモ、 いくら常連さんとは言え、人がたくさんいるのはチョット怖いカモ……やっぱりもう少し、キリのいいとこまで作業してからッ……」
そんなアンビバレンスな人見知りの心で真人が合流を先延ばしにし、黙々と検品作業を進めていると、ふと気付く。なんだか……店内自体が暑い?
「……これ、またメガくんと博士が何かしたのでは?」
「えっ何なに? どうしたの~? ところで八手クン、作業どんな感じ?」
訝しむ真人の前に、丁度いいタイミングでひょっこりと物部・武正が顔を覗かせた。その腕には巨大なテディベア──物部・リサちゃんがいやいやと暴れながらもガッチリホールドされている。
「アッ、物部さんとリサちゃんさん……俺はもうちょっと作業してから行こうと思うんで……鍋に行くならおっ、お先にどうぞ……!」
「あ~確かにそろそろ鍋パ合流かも☆ 八手クンがそういうなら先に行っちゃおうかな~☆」
「どうぞどうぞ……俺にはお構いなく……それにしても、なんだか暑くないですか店内……」
「確かに~ちょっと暑いかも? なんでだろう~不思議だぜ~☆」
真人の指摘に、内心焦りながら武正は、しかし流石に言えなかった。
武正は外星体チヤラヲである。正体を隠し、フリーターとして呑気に地球で気ままな生活を送っていた。しかし、人間の常識には敏感であった。だから──言えないぜ! エアコンが壊れたのはリサちゃんがめちゃめちゃ暴れたせいっぽいだなんて!
そんな内心焦っている武正の腕の中で、リサちゃんまだ、もだもだと抵抗をしている。
リサちゃんは獣妖である。そして、自分の大切なものたちと、なによりも快適な生活を脅かすものに対しては人一倍敏感であった。
だから、今日も検品と称して超ご長寿漫画『あちら亀パチスロ前景品交換所』を1巻から25巻の大阪遠征東西抗争編まで読み進めたその時──丁度鍋パ組がエアコンの修理に四苦八苦し始めた時と同じくして、ふと異変に気が付いた
「アツイ……?」
ふと、近くのエアコンを見ると、ゴウゴウと変な音を立てて熱風が吹き込んでいる。『犯人』をミツケタ……『天誅』……スル……。見た目によらず、血気盛んなリサちゃんは果敢にエアコンに向かい、届かないと見るや近場の商品をポコポコと投げつける。しかしエアコンはまるであざ笑うかの様に、否、ますます勢いを増して熱風を送り続けている。その行為、まさに『宣戦布告』と見た──。
「ちょっちょっちょ! リサちゃんそれは駄目だぜ!」
「アツイ……『許せない』……」
「リサちゃん、ヤバいって! なんだか音がヤバいって!!」
そんなリサちゃん確保に至った流れを武正は脳裏に浮かべつつ──これ、もしや全体的に店内のエアコンがヤバい感じ? バレたらリサちゃんの連帯責任で怒られて責任とらされる系? じゃあここは……ごまかすっきゃないぜ!
「なんでしょう……エアコンが不調なのかな……」
「……わかんないけど~とりあえず八手クンも無理せず休憩取った方がいいぜ! 俺たちだけ先に上がるのは悪いしみんなで鍋いこうぜ~!」
「た、確かに水分補給もしたいし……じゃ、じゃあちょっとダケ……」
この場にひとり残れば、真人がエアコンの異常に気付くのは必至。故に武正はこの場から真人を引き離すことにしたのであった。
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リサイクルショップ内、警備室──警備員として仕事に就いていたフォー・フルードは、ふと異変を感じ本を置く。そして監視カメラの一つを確認すると、そこにはオメガがまるでゾンビ映画でショッピングモールから必死の脱出を試みる一般市民が如き形相でガラスを叩いていた。
(一体、何をしているのでしょうか……しかしその行動は『死亡フラグ』というものでは)
『学習した』知識を反芻しながら、ともかく異常があるのならば対処せねばならない。そこで現場へ向かおうとドアを開けたその時、フォーの身体はとんでもなく異常な熱気を感知した──毒島博士、やったか……?
「──という訳で、自分に状況説明をお願いいたします」
「フォーさん! いいところに!! カクカクジカジカという訳で何故かドアも窓も開かない事が判明したんですよ! なんで超強化ガラスなんですかここ!!」
「成程、把握しました……しかし、強化ガラスに改築したのは周囲への爆発被害を抑えるためでは?」
ツッコミながら冷静に店内を見渡した冷静なフォーと、身も心もアツアツのオメガ。急激な室温上昇にオメガの高機能な排熱処理も間に合わず、アイスを齧っても焼け石に水とはこのこと。冷蔵庫βも熱暴走気味でいつ中の食材やアイスが駄目になるか分かったものではない。
「ふむ、状況を整理すると第一に、鍋へ食材を追加しても良いという事。そして第二に、現在ここは密室か……オメガ、鍋のためにここまで手間をかけるとは、熱意があるな」
「いやもう褒められて恐縮ですが、全然私はそんなつもりないんですけど!?」
冷蔵庫βから白菜と豚肉を取り出すと、和紋は同じく店内を『|感知《み》』る。強化ガラス製の窓もそうだが、何より『臨時休業』が仇となったのか、入口に降りたシャッター、それが熱されて室内の温度上昇に貢献。そして熱を持ったシャッターはうかつに触れず、外へ出られない……という地獄の悪循環を産み出していた。
「エッ、出、出れないってこ、困ります……兄ちゃんが家で待ってるのに……! 熱゛ッッッ!!」
「嘘そんな大袈裟な……アッヅ!! 私の表面がとうとうヤバいですよ!!」
「真人さんは大げさだなぁ。それより和紋さん~俺の友達って√WZ出身なんすよ~。だから自然の生き物が珍しいって言うんで和紋さんが大丈夫ならちょっと触ってみたいってうわあツヤツヤだ~」
「ヨシマサ、それは我ではないシェプファだ」
「えっ待って重ね重ね聞くけど、ワタシの顔今どうなってるの!?」
「エット……理科の実験、みたいな……?」
心配し、クラリときたせいでオメガに触れ、ひとり騒ぐ真人の傍で、修理に奔走していたヨシマサはとうとう人間の限界を迎えていた。お願いヨシマサ! シェプファももうやばいくらいに沸騰してるし、ここであんたたちが倒れたらリサショのみんなはどうなっちゃうの!? そんな皆の心配を察すると、腕で額の汗を拭い、ヨシマサはいつものように笑う。
「あはは~、大丈夫ですよ店長。このぐらいの故障ならそれはもう平気へっちゃらもうすぐ直しますから~」
「それ私じゃありませんよ! αで……α? α!?」
その時、ピロリロと音を立てて店内を右往左往していたアルファは、急に方向性を変えてヨシマサの乗っていた脚立に猛スピードで突っ込んだ。その衝撃に脚立はぐらりと揺れ、バランスを崩し──。
「あれ視界がぐらって目が回……グエー!!」
「「「ヨシマサー!!!!」」」
ああ店内に、落下音と合わせて皆の慟哭がこだまする──次回、「ヨシマサ死す!」
「死す!」じゃねえんだわ。
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己の不甲斐なさにオメガは渡せなかったペットボトルを握り、決意する。もう二度と犠牲者を出さない……そして、顔を上げた瞬間。フォーから煙が出ていたのを見たと同時にオメガは自動的に動いていた。
「フォーさん危ない! 水! 水ですよ!!」
熱した表面にかけられた水が一瞬で蒸発し、蒸気があがる。令和のことわざは「ベルセルクマシンに水」これね。いやそれはどうでもいいのだが、その光景を見ると四百目は目を輝かせ、フォーへとずいと近寄る。
「ややっ! これはもしやロウリュチャンスでは!? あわよくば爆発に次ぐ店の企画にできませんですかね!? なんだかテンション上がって来た! 俺、熱波師となります!」
そう言うや否や四百目は四つの腕をまくり、|謎《オメガ》ハンカチを取り出し、|オーディエンス《生存者》へ問いかけた。
「はい、皆様盛り上がってますですかァ!! このままフロアを沸かしていきましょう文字通り!!」
「熱波師? ロウリュ……?」
「なるほど、本場のサウナでは熱した石に水をかけて|ロウリュ《熱蒸気》を発生させる──つまり、百足君はフォー君を使ってその再現を……ナンデ!? この状況でサウナナンデ!?」
頭の回らぬ皆の返事を聞く前に、四百目はハイッ!! という元気いっぱいな掛け声とともに仰ぐ。刹那、各停しか止まらぬ駅に超特急列車が飛び込んできたレベルの轟音と速度で、ヤバすぎる熱波が皆を、店内を吹き荒れて襲い掛かる。腕四本の力ってすげ~!
「……四百目兄、それは逆効果なのでは。すごいのは分かるが、暑さが増している」
「ふむ、これが噂の熱波か……いや、これは拷問かもしれんな。のう、このままでは我ら、しゃぶしゃぶからすき焼きに変わるかもしれんぞ」
「そ、そんな……あばば……フロアを沸かすにもほどがある……!」
エアコンと室内気温のやべえレベルの上昇により、ほどよい熱燗になった日本酒を瓶ごと煽り、湯葉をつまむと、和紋は冗談めかして言葉をかける。だが幽霊故に暑さ無効ななりに危機感を覚えた彧慧は、その言葉に鍋食ってる場合じゃねえ! とやけにスタイリッシュに机を飛び越え、外へと向かい……わからん! 室外機とかまったくわからん! 大人しく戻り、そして冷やすもの、冷やすものとブツブツ呟いて回る。
その「冷やすもの」という言葉に、湖武丸がハッと思い至った。
「フォーに水をかけたら蒸発してこんなことになった。つまり、もっと強力で、即冷却してしまえるような……つまり……氷!」
「はっ! ナイスアイディア湖武丸ちゃん。ならば維久も いまこそ、永久凍土ふきんで ためこんできた冷気を放つとき!」
湖武丸は頭の冴えを取り戻し、刀に手をかける。その隣で、彧慧は大きく上を向いて深呼吸し、強く両拳を握りしめて全身に力を籠める。そう、ここで俺と五香屋の√能力で周囲を氷結させれば……皆を救えると信じて──!
一瞬、周囲に涼しい風が吹き荒れる。湖武丸の放つ、針のように尖った雹と彧慧の放つ永久凍土の冷気──通常では恐るべき攻撃、しかし今この状況では恵みとなるべきそれらは、皆へと届く前に蒸気となり、室温を上げた。あっ、まさか秒で溶けるとは。
刀を納めると湖武丸は大人しく正座する。拳を膝の上に置き、そして静かに、覚悟を決めて呟いた。
「最早為す術なし、座して死を待つしかあるまい」
「諦めがはやい、はやすぎる! あとシェプファちゃ なんか、中身 減っとる」
「ええ……確かにさっきから頭がボーッとするけど……もう蓋開けちゃお……」
「やや! 皆様方! 諦めたらそこで試合終了ですよ!!」
もうどうにでもなーれの境地に達した面々を見ながら、この事態を引き起こした四百目は完全に他人事で言った。俺は全然この状況、平気なので!! そーれもう一発!!
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「みるみる暑いぜ〜☆ |実家《宇宙》みたいだぜ〜!」
エアコン故障は自分たちのせいじゃなかったと、内心安堵しながら、武正はこの事態を眺めていた。
外星体的にはまだ全然いける温度ではあるが、リサちゃんと皆が心配ではある。けれども片隅でラップをかけたホットケーキがごとくしんなりとしていたリサちゃんは、おもむろに立ち上がり、決意に満ちた眼差しで言葉を発した。
「『皆』をタスケル……『涼しく』スル……」
「リサちゃん……!! そういうことならタケちゃんも手伝っちゃうぜ☆」
この絶望的な状況でも諦めぬ希望たち……リサちゃんはふとエアコンの前にせっせと可愛らしく私物を並べはじめた。それを手伝うように、武正も得意の重力操作で店内に潜む特定のアイテムを引き寄せる。これね、全部呪物。
そして呪物を並べ結界めいた何かを張るとふたりはその中央に立ち、エアコンの熱を迎え撃つ──よりも早く、四百目の起こした熱波~シェプファの|中身《気体》を添えて~が急速に襲い掛かり、呪いが室内へと拡散した。あれ? お|呪《まいじな》いが不発ってことは…これ、ヤバい感じだぜ? よく分からんぜ~☆『リサチャン』は……ワルクナイ……。
●
「どうしようどうしよう……俺にもできるコト……アッ、ブンタコちゃまにお願いすれば……!」
混乱に陥った店内の隅にて真人は『なんでもお願いを叶えてくれる』|分家の蛸神様《ブンタコちゃま》を藁にも縋る思いで召喚した。困った時のタコ頼み。ブンタコちゃまお願いです、この状況から脱出させてください……が、キラキラと召喚されたブンタコちゃまは、無慈悲にも精一杯短い触腕でバツをつくる。ダメでーす。エエッ、ナッなんで……!?
「えっなにそれ。かわいい」
「アッ……あのッ俺の分家の神様で……」
「真人ちゃのおうちのカミサマ……? かわいいね」
「かわいいねえ、中身はどうなってるのかなっ!」
「やや! ミニタコですか! 俺も手足の数は負けませんよ!」
だが、落胆した真人のから横から覗き込んできた来た皆の言葉に、ブンタコちゃまは明らかに──照れた。てれてれもじもじ。しかしもう時間なので帰りまーす。そんなジェスチャーで天に昇ろうとしたその時──たこすけの触腕が伸び、ひょいっパクッ。ブンタコちゃまが、消えた。
「ギャーッ!! ブンタコちゃまーーーッ!!」
間一髪。咄嗟に真人はブンタコちゃまの足を掴んで引っ張り、己の背後から伸びる|触腕《たこすけ》と綱引きを始める。ここに熱波関係なしに、新たなカオスが形成された。
そして引っ張られてギッチギチに伸びきっているブンタコちゃまに真人はもう一度声をかける。お願……い……!それはダメでーす。ど、どうしてッ……!
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チェスターは思う。ヨシマサ、お前の犠牲は忘れない……そんなしんみりした傍から、視界をインビジブル化したヨシマサがスイーと横切り、まあ、元気に泳いでるからいいか……元気に、死んで……? そういえば俺って、幽霊だったよね?
今更気付いたチェスターは|バングル《追惜》を外すと、途端に身体が軽くなり、暑さが消え、|いつもの《・・・・》感覚が戻って来る。は~、快適、快適。皆にはちょっと悪いけど、『体』を持ってるとこういう時大変だね。彧慧もこうして高みの見物に回ればいいのに……と、完全に文字通り、高みの見物に回ったチェスターだったが、ふと気付いてしまった。
それは、店内をピロピロと音を立てながら走り回るお掃除ロボットα。
店長たちが熱暴走の危機なのだから、比較的簡単な構造のαはそれはもう熱が籠っているに違いない……α、くそ! 今助けてやる!
幽体を活かし、チェスターは上空から猛スピードで降下する。
熱と蒸気を突破し、おかしな様子の皆を越え、泳いでいるヨシマサを避けて、メンダコ綱引きの下をくぐり抜け……チェスターの気配に気付いたのか、αはふと停止しこちらへ寄って来る。
感動の再開。まるで犬のように、胸に飛び込んでくるα──ん? なんか身体が引っ張られ……いやいやいや、待て待て待てα!! 何で俺を吸い込もうとしてるの!? 確かに俺は冷気を纏ってひんやりしてるけど──。
抵抗むなしく、チェスターを吸い込んだαは再び店内をピロピロと音を立てながら走り回る。
ああ、第二の犠牲者が出てしまった──。
●
サウナストーンと化し、片隅で機能を停止したがフォーの『意識』はいまだ内部に存在していた。
それは一種のインビジブル化現象、あるいはこの空間から逃げられると思うなよという天の采配──ともかく眼前の状況を認識することが可能であった。
故に、フォーは限られた視界の中で観察を行う。
阿鼻叫喚の室内──右往左往する者、沸騰する者、座して死を待つ者、逆にテンション上がってきちゃった者、最後まで希望を捨てずに抗おうとする者、呪術に頼ろうとする者、吸い込まれた者、タコ綱引き、締めの雑炊四杯目──様々な光景、人間模様が目の前で繰り広げられていた。
成程、事実は小説より奇なり。
そんな|諺《フレーズ》の意味を実感する──しかし、人間模様交差点にしては些か渋滞しすぎている気がしますし、黄昏の流星群にしてもメテオの勢いで降り注いでいますね。
そんな、もう完全に100%他人事で、フォーはある意味の特等席で生のドラマを見ている様な感動、もとい現実逃避を味わっていた。そして、漂う者──|ヨシマサだったもの《インビジブル》がフォーの眼前を泳ぐように通過した。その白くヒラヒラとしたヒレを持つ魚を眺めて思う。
でもまあいいんじゃないでしょうか。どうせ生き返りますし。
ところどころ、店内で小規模な爆発が起こり始める。店内に潜む爆発物の不意打ちにグワーーッ! とどこか余裕のある悲鳴をあげて四百目が吹っ飛び、湖武丸は綺麗な正座を崩さぬまま、最期まで武士が如き生き様を貫いて爆炎に消えた。吹き飛んできたシェプファの頭が目の前に転がり、ふと『頭』と『視線』が合った気がしたが、定かではない。彧慧は、ただ右往左往するのみで、オメガは店長としてまだ爆発を食い止めようとαを避けながら店内を走り回っている──。
そして何か小さいものを引っ張り合う真人が触腕と共に吹っ飛んで、態勢を立て直した和紋が煤を払いながらフォーの隣に座し、言葉をかけた。
「なあ、フォーよ。この余興、宴の締めとしてはやや大げさだが、記憶には残るな。
尤も、追加料金がかかったら困るが」
全てを受け入れて苦笑する和紋へ「ええ、全くです」とフォーが心の中で返事をしようとした瞬間。
武正の「あ、ヤッベ☆」という言葉と共にひと際大きい爆発音が聞こえ、一面が白く染まり『意識』が、途絶えた──。
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────本日午後昼過ぎ、■■市のリサイクルショップにて大規模な爆発事故が発生しました。
調べによると自称発明家の経営者(71)は「これも夏休みの研究だ」と発言しており、警察は業務上過失の容疑も視野に入れて引き続き詳しい現場検証と事故原因を追究する模様です。ガス漏れの可能性もあり一時、近隣住民数百世帯が避難しましたが周辺被害はなく、また、当時店は臨時休業中でしたが「店内で人影を見た」との情報から跡地の捜索が続いています────。
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