⑧自死へいざなう災厄は
●自死へいざなう災厄は
「先輩、ありがとうございます。ここから先は、私一人で大丈夫です……」
秋葉原ダイビル――それは、此度の『|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》』のほぼ中心地。戦いの音が聞こえてくるその地に、√汎神解剖機関の人間災厄『リンゼイ・ガーランド』は出現した。
ふう、と陰鬱なため息を零し、リンゼイはゆっくりとダイビル周辺を歩き始める。そこへ偶然居合わせた――恐らく駅前の乱戦に追加投入されるところだった戦闘機械群が、彼女に気付き銃を構える。
「無駄ですよ。私に近付く者はみんな死んでしまいますから」
赤い眼鏡の奥の瞳で簒奪者を見つめ、言葉を紡ぐ。すると彼女の言う通り、戦闘機械群は突然暴れ出し、自身のコアを撃ち抜き倒れた。
「私の√能力、『ヴァージン・スーサイズ』……。私が好きな人以外は、自殺の衝動から逃れられません」
淡々と告げた人間災厄の女性は、自死した戦闘機械群には構わず再び歩き出す。
「私はこの√能力を止められません……せめて、どうか安らかに……」
●自死への衝動
「大変危険な災厄が現れました。急行していただけますか」
ふわりと一礼、挨拶も手短に。アリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)は集う√能力者達に、急ぎの案件ですと繰り返す。
「|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》の中心地、秋葉原にある秋葉原ダイビルに、√汎神解剖機関の人間災厄が出現しました。名は『リンゼイ・ガーランド』……ええ、予兆をご覧の方も多いかと思いますが」
ぐるり周囲を見回して、胸の前でぎゅっと両手を握り締める。それから星詠みは、真剣な顔で唇を開く。
「彼女の任務は、『王劍戦争の全勢力の妨害』です。彼女に近付く者は、簒奪者でも、√能力者でも――そして民間人でも、彼女の√能力によって、問答無用に『自殺』してしまうんです」
アリスは語る、リンゼイ・ガーランドの√能力は極めて危険であると。それなのに、リンゼイ自身はこの力を制御することもできない。だからこそ、√汎神解剖機関の合衆国は『封印指定人間災厄』としてこの女性を管理していた。戦闘へ投入されれば絶大な威力を誇るだろうが、このままでは民間人にも被害が及ぶ危険性が極めて高い。
「彼女の能力による自死への誘導は、様々なケースがあるようです。突然希死念慮が膨れ上がって自分へ刃を突き立てしまう人がいれば、幻影を見せられ追い詰められるように自らの命を断つ人も。……恐らく、その人が一番『自死しやすい』状況が自然と選ばれているかと」
危険な敵であるが、対応策がないわけではない。アリスは告げる、この√能力は、リンゼイが好きな者には効かないのだと。
「一瞬でも、彼女の気を引ければ効果は弱まります。そのためには、死へ抗い、リンゼイへ死にたくない想い、生きていたい想いをぶつけてください。その熱意に彼女が惹かれれば――その瞬間は、攻撃が可能になるはずです」
後は全力で攻撃し、再び自死の衝動に囚われる前に撤退するか、その前に彼女を撃破するかしてほしい。そう語ったアリスは――√能力者達の顔を見て、小さく苦笑した。
「……ええと、みなさんは、すでに死んだことはあるでしょうか?」
まるで、どこそこへ遊びに行ったことはあるか、みたいな軽い口ぶりだった。一部の者は驚いたかもしれないが、その軽さを何とも思わない者もいる。√能力者は、死んだところで死後蘇生が可能だから。すでに、死が軽いものになってしまっている者もいるだろう。
「自死しても、どうせいずれは蘇生する。だから構わず相討ちを狙う、なんて作戦も可能と言えば可能です。私にそれを止める権利はありませんが……経験のない方には、これだけはお伝えしておかないと」
――蘇生できるとしても、死は死である。痛みは身体にも心にも深く刻まれるし、命が消えていく感覚など何度体験したっていい気のするものではない。
そう、はっきり告げたこの星詠みは――恐らく、蘇生を『知っている』方なのだろう。
「目標は、リンゼイ・ガーランドの撃破です。……くれぐれも、お気を付けて」
深々と頭を下げた魔法宝石使いの星詠みは、|菫青石《アイオライト》の瞳を一点に向け、彼らへの道を指し示す。
願わくば、自死の衝動があなたを壊しませんように――。
マスターより
真魚こんにちは、真魚(まな)と申します。
心情寄りも死後蘇生ロールも、お好きなようにどうぞ!
●お願い
プレイングの受付につきましては、マスターページの「お知らせ」ならびにX(旧Twitter)にて都度ご案内します。
期間外に届いたプレイングは不採用とさせていただきますので、お知らせをご確認の上ご参加ください。
●ご参加について
基本的に★0.5での参加を想定していますが、心情を深掘りしたい方は★1〜で連撃の方がおすすめです。
グループでの参加は2名様まででお願いします。★0.5〜で大丈夫です。
●戦闘について
自死の衝動は必ず発生します。何らかの反応をプレイングに書いてください。ただただ希死念慮が沸き起こるかもしれません。死にたくなる幻覚を見るかもしれません。お好きなように設定ください。
衝動には必ずしも打ち克つ必要はありませんが、リンゼイに攻撃しない場合は判定が厳しくなります。最終的に死んでおきたい場合も相打ち狙いがおすすめです。
敵攻撃は、皆様の使う√能力に対応したPSWのものを使いますが、今回は自死への対策さえあればなんとかなります。
また非√能力者なAnkerについては自死への抵抗判定が厳しくなりますのでお気をつけください。
●プレイングボーナス
このシナリオフレームには、下記の特別な「プレイングボーナス」があります。これに基づく行動をすると有利になります。今回は死に抗う想いをリンゼイに伝えれば達成可能と判定します。
プレイングボーナス:自分の自殺を防ぐ(一瞬好かれるだけでも効果あり)。
●その他
・ペアやグループでのご参加の場合は、プレイングの冒頭に【お相手のお名前とID】か【グループ名】をお書き下さい。記載なき場合は迷子になる恐れがあります。プレイング送信日を同日で揃えていただけると助かります。
・許容量を超えた場合は早めに締め切る、または不採用とさせていただく場合があります。
それでは、皆様のご参加、お待ちしております。
63
第1章 ボス戦 『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』
POW
|希死念慮《タナトス》
60秒間【誰にも拘束・監視されない自由な時間】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【突発的感染性自殺衝動】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
60秒間【誰にも拘束・監視されない自由な時間】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【突発的感染性自殺衝動】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
SPD
怪異「|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》」
【|自殺少女隊《ヴァージン・スーサイズ》】と完全融合し、【自殺衝動の超増幅】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
【|自殺少女隊《ヴァージン・スーサイズ》】と完全融合し、【自殺衝動の超増幅】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
WIZ
|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》
【様々な自殺方法の紹介】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【ヴァージン・スーサイズによる自殺衝動】に対する抵抗力を10分の1にする。
【様々な自殺方法の紹介】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【ヴァージン・スーサイズによる自殺衝動】に対する抵抗力を10分の1にする。
アリス・グラブズ「……あ、来た。逆流……っ」
リンゼイを見た瞬間、情報が反転して“壊れろ”って命令が制御器官に食い込む。
ユニットの形が保てなくて、胸の奥がぱん、と膨らんだ。
「ねぇ……ワタシ、もうすぐ破けるよ? |死んで《再構成》、きれいに還れって……言われてるみたいっ」
粘液が擬態皮の下で泡立ち、ひらく前の裂け目がプツリと脈打つ。
でも――その衝動ごと、彼女に向けて歩き出す。
「壊れるなら……キミと一緒がいいなっ?」
《共棲噴出子》が開き、破裂寸前の圧が体中に流れ込む。
爆ぜる一歩手前で、リンゼイへ“届く距離”まで『ワタシ』は踏み込む。
――少し離れた物陰から滲み出たワタシは、遠くの破裂音を耳に観測を開始した。
秋葉原ダイビルには、すでに簒奪者達の死体が積み上がっていた。自死の衝動を振り撒きながら、周辺を歩くリンゼイ・ガーランド――|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(兼 ディスアーク下級怪人)・h03259)はその災厄の姿を見た瞬間、陶然とした表情を浮かべる。
「……あ、来た。逆流……っ」
アリスは感じる、自身の中で情報が反転していくのを。『壊れろ』、ただそれだけのシンプルな命令が彼女の制御器官に乱暴に食い込んでくる。ユニットの形が保てない。無垢なエプロンドレスの中に隠した胸の奥がぱん、と膨らんだら、アリス自身にももう止められないから。
「ねぇ……ワタシ、もうすぐ破けるよ? |死んで《再構成》、きれいに還れって……言われてるみたいっ」
死ぬ。アリスの口はそう紡ぐけれど、そこに恐怖などない。幼い少女の擬態皮の下では粘液が泡立ち、ひらく前の裂け目がプツリと脈打っている。
――その状態で、にっこりと笑顔すら浮かべて。衝動ごと全部を持ったまま、アリスはリンゼイの元へと歩いていく。
「壊れるなら……キミと一緒がいいなっ?」
「っ……!?」
何の計算もなく急接近したアリスに、リンゼイは眼鏡の奥の瞳を見張ることしかできない。彼女はその√能力が強力であるが故に、体術などの戦闘経験には乏しい。高速で踏み込めば容易く懐に潜り込むことができて、アリスは無邪気な笑みを浮かべながら《共棲噴出子》を開いた。
「この子ね、さっきできたばっかなんだ~っ♪ だから最初のゴハン、アナタがいいんだって!?」
「えっ……!?」
自死の災厄が狼狽えている間にも、アリスの体内には圧がかかり破裂寸前にまで追い詰められている。だから慌てるリンゼイににっこりと笑いかけて――ついにアリスは、侵蝕性粘液を噴射した。彼女の中で育った、ナニカ。それはリンゼイの身体を覆って、その身に『悪いもの』を流し込んでいく。
「くっ……!」
リンゼイが焦ってその粘液を叩き落した後には、アリスの姿はもうない。膨れて、破けて、裂けて。破裂音残して消えてしまったアリスは――別の物陰から滲み出し、また、観測を開始するのだった。
🔵🔵🔵 大成功
イングリッド・アスコット【羅紗の遊技場】
あのリンゼイって女のせいで…不愉快だわ。
あいつのせいで√能力者だからって気軽に死んでも蘇られるとか、そんなふざけた考えを持つ奴が出てくる…!
大体、私はあいつの√能力に関係なくいつも自死の衝動に苛まれているのよ!
私はシチリアン・ゴースト・モンスターに騎乗し、他のゴースト達もインビジブル制御で指示し、セシル先輩の援護を受けながらリンゼイに近づくわ。
自殺衝動?そんなの私が日ごろから感じている自殺衝動と悪夢に比べたら大したことが無いわ。
私の衝動はあんたの√能力の衝動よりも深いのよ!
恐怖を与える威圧でリンゼイに近づき、体の何処でも良いから鷲掴み、解呪の魔術文字を叩きつけるわ。
セシリア・ナインボール【羅紗の遊技場】
っ…!イングリッド、どうしてこの戦場に…。
貴女には彼女、リンゼイさんとは戦ってほしくなかったのですが。
来てしまった以上は仕方ありませんか…。
私もイングリッドも絶対死領域での、戦いを経験しています。
だからこそ、例え領域外では生き返れるとは言え、好き好んで死のうとは思いません。
例えイングリッドに過保護と言われようと、それだけは絶対にしてはいけないんです。
呪詛を込めた魔術文字収束撞球を弾道計算で乱れ撃ちの誘導弾を打ちながら、焦りは禁物を使いリンゼイさんを視界に捉え続けます。
イングリッドが視界に入る時は目を瞑り効果を解除します。
…ああ、イングリッド、やはり貴女はまだ自死の衝動を…。
セシリア・ナインボール(羅紗のビリヤードプレイヤー・h08849)が秋葉原ダイビルに辿り着いた時、そこにはすでに先客がいた。
「っ……! イングリッド、どうしてこの戦場に……」
遠くに見えるリンゼイを、此方で睨み付けている。イングリッド・アスコット(アンフォーチュン・ソーサラー・h08850)のその瞳に篭もる感情を見れば、問いの答えは明らかだった。
(「あのリンゼイって女のせいで……不愉快だわ。あいつのせいで√能力者だからって気軽に死んでも蘇られるとか、そんなふざけた考えを持つ奴が出てくる……!」)
そう考えるイングリッド、そこに燃えるは怒りの感情で。だから、セシリアはため息をついて後輩の隣へと並び立つ。
「貴女には彼女、リンゼイさんとは戦ってほしくなかったのですが。来てしまった以上は仕方ありませんか……」
ため息と共に――セシリアの翠色の瞳が真剣な光を灯す。羅紗の力篭めたビリヤードキューを手に、|魔術文字収束撞球《ビリヤードボール》を空中に放り投げて――セシリアは、ふわり浮いた球目掛けてキューを突き、高速のショットを繰り出した。
軽快な音を響かせて、球が奔る。それを追うように、イングリッドもシチリアン・ゴースト・モンスターに飛び乗りリンゼイ目掛けて駆け始めた。
――瞬間、二人の胸の裡にぞわりと湧き起こる思考がある。死への渇望、強迫観念。頭の中のどこかが、今すぐ自らの命を摘み取れと命じているようで。
しかし、イングリッドはその衝動に囚われることなく、そのままリンゼイの懐へと飛び込んでいく。
「なっ……!? 貴女は、なぜ」
「なぜ自殺衝動に呑まれないか? こんなの、私が日ごろから感じている自殺衝動と悪夢に比べたら、大したことが無いわ」
言葉紡ぐ、その手には羅紗のグローブ。そしてイングリッドは右手を突き出して、リンゼイの√能力を無効化した。
「こ、これは……」
「私の衝動はあんたの√能力の衝動よりも深いのよ!」
力強い、イングリッドの声。それを聞きながら、セシリアもまた言葉を紡ぐ。
「私もイングリッドも、絶対死領域での戦いを経験しています」
絶対死領域――それは、√能力者であれ死後蘇生のできない『完全なる死』があり得る戦場だ。あの時、セシリアとイングリッドは死を覚悟し戦いへ身を投じ、そしてどうにか生きたまま帰ってきた。その経験があるからこそ、例え領域外では生き返れるとは言っても、好き好んで死のうとは思わない。
「例えイングリッドに過保護と言われようと、それだけは絶対にしてはいけないんです」
真剣な瞳で語れば、成す術の無いリンゼイは呆然と二人を見ている。それを好機と受け取って、セシリアは小さく言葉を零した。
「|焦りは禁物《トランキーロ》」
すると、発動する√能力。それはリンゼイの身体を麻痺させ自由を奪うから、セシリアはもう一度ビリヤードキューで球を放った。
(「……ああ、イングリッド、やはり貴女はまだ自死の衝動を……」)
心に想うは、生き急ぐような後輩の姿。伝えたい言葉もあるけれど――それは、リンゼイを追い払ってからの話だと、セシリアは気持ち切り替えて自死の災厄へと球をいくつも撃ち出していった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
静寂・恭兵アドリブ歓迎
死を前提にした戦い方、か…。
俺には身代わり傀儡人形がいるが…昔は彼女を壊してでも戦えと言われた。
いわゆるそれも死を前提にした戦い方の一つだった。
けれど俺は彼女を生かしたいがためにそれに抗い続けた身だ…生きて帰るのでこそ俺の信条…それに今は夢や幻だろうと俺が死ぬのは嫌だと言う相棒もいるその為にも。
湧き上がる希死念慮に刀を握った手が震える。
首を、腹を切りたい衝動を抑えて。
何とか足の甲に刃を向けた。
痛みに一瞬クリアになった思考でそのまま
√能力『花閃葬』で【居合】一閃。
俺には帰りたい場所があるんだ。
辿り着いた秋葉原ダイビルには、死の匂いが漂う。煙草を咥えていてもわかるその匂いに眉を顰めながら、|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)は簒奪者の死体の横をすり抜け此度の敵を探す。
「死を前提にした戦い方、か……」
ぽつり、零す独り言。思い出すのは昔のこと。恭兵には、家のものに宛がわれた身代わり傀儡人形がいる。白く清らかで、美しい娘の人形だ。なのにかつて周囲の人々には彼女を壊してでも戦えと言われ、彼はその言葉に苦しめられた。――所謂それも、死を前提にした戦い方の一つだったのだろう。
(「けれど俺は彼女を生かしたいがためにそれに抗い続けた身だ……」)
恭兵には、胸に抱く信条がある。生きて帰る。蘇生できるとて死ぬわけにはいかない。
それに今は、夢や幻だろうと恭兵が死ぬのは嫌だと言う相棒もいる。白椿の愛しき彼女と、竜胆の相棒。『花』を愛し守る恭兵は、彼との約束も守ると決めていた。
――一歩、踏み出しただけだった。しかし瞬間、恭兵の足元からぶわりと禍々しい感情が湧き上がってくる。
驚き、青い瞳で周囲へ視線を走らせる。すると柱の向こうから人間災厄『リンゼイ・ガーランド』が現れて、彼は彼女の支配領域に入ったのだと理解する。
理解、したが。その衝動は予想以上に強力だった。恭兵の頭の中に、ありとあらゆる自死の方法が映像付きで流れ込んでくる。舌を噛み切る、自らの首を絞める、そんな提案をしてくる頭の中の『|希死念慮《何者か》』は、恭兵が握る宝刀|曼荼羅《まんだら》に目を付けた。
――その刀で己を切ればいい。喉を掻き切るか、心臓を一突きするか、腹に突き立て内臓まで切り刻むか――。
恭兵の手が震える、曼荼羅が小さく金属音を立てる。衝動に従い動く手に、理性で抗って。
「っ……!」
ぐ、と息を詰めた恭兵は、ついに刃閃かせるのを止められずに――無理矢理に軌道だけ変えて、その刃を足の甲へと突き立てた。
「なんて無茶を……!」
一部始終を見守っていたリンゼイが、驚嘆に声を上げる。瞬間、恭兵は体が自由に動くのを自覚する。痛みに一瞬クリアになった思考、今ならこの災厄に刃が届く。
「あの花の傍へ、帰る為に」
静かに紡ぎ出す言葉が、死の気配を払う。それと同時に、纏うは己が認めた死霊の邪気だ。とん、と地を蹴れば光にも負けぬ速度でリンゼイの懐まで飛び込んで、恭兵は居合の絶技を繰り出した。
「……あ……!」
一瞬の閃き。腹を切られたとリンゼイが気付くのは少しの後。苦悶の声上げる人間災厄へ、刀の血を払った青年は静かに言葉を残した。
「俺には帰りたい場所があるんだ」
🔵🔵🔵 大成功
神咲・七十アドリブ・連携お任せ
う〜ん、ここに来るまでに貴女に対抗するために死に抗う思い、生への渇望を考えてぶつけろと言われたのですが…あんまりないんですよね、私。
始まりから人間厄災の様な存在で、当たり前の様に死んで、そして生き返ってましたから
EDEN側に来るまでに3桁は死んでますから
(√能力で再生力と攻撃に隷属化の力を持たせて攻撃し隷属化しようとする)
まぁ、でもこちら側に来てからは死なないようにしてますよ?
こちら側に来るきっかけだった私のAnker……死んだ事がバレると物凄く怒るんですよ……泣きそうな顔で……あの顔を見るのものすごく嫌ですので……どうでもよくてもちょっと頑張って生き残るようにしてるんです
緊迫した表情のリンゼイを前にしても、七十は落ち着いた様子で続ける。
「う〜ん、ここに来るまでに貴女に対抗するために死に抗う思い、生への渇望を考えてぶつけろと言われたのですが……あんまりないんですよね、私」
「ない? 自殺の衝動に抗うつもりもないってことですか?」
眼鏡の奥の瞳を瞬かせるリンゼイを見ると、七十は頷く。
――七十は、始まりから人間災厄のような存在をしていて、当たり前のように死んで、そして生き返ってきたのだ。
「私、EDEN側に来るまでに3桁は死んでますから」
死と蘇生。それは七十の日常だった。慣れ切ったそれをもはや怖いなどと思えないし、自死の衝動だってやり過ごせる。――やり過ごせる、はずだった。それなのに、自身の裡に別の感情があることを自覚して、七十は苦笑してしまう。
「まぁ、でもこちら側に来てからは死なないようにしてますよ?」
――EDEN側に来る前はたくさん死んできたけれど。今の七十は、|EDEN《こちら》側にいるから。そのきっかけを思い出せば、彼女の表情は柔らかくなる。
「こちら側に来るきっかけだった私のAnker……死んだ事がバレると物凄く怒るんですよ……泣きそうな顔で……あの顔を見るのものすごく嫌ですので……どうでもよくてもちょっと頑張って生き残るようにしてるんです」
七十が紡ぐ言葉は淡々と、うまく感情を掴ませない。けれどその顔見ればAnkerへの想いが確かにそこにあって、それを見抜いたリンゼイはそっと目を伏せた。
「あなたには、『死んでほしくない』と思ってくれる人がいるんですね」
――同じ、人間災厄なのに。恨み言のように呟かれた言葉と同時に、リンゼイが動き出す。更に√能力を重ね、自死の衝動を強く起こそうとする彼女だけれど――その前に、七十が√能力を発動する。
「ふふふ、今日の気分でこれです♪」
体内の異界から創造した力でもって、リンゼイの動きを封じる。毎秒負傷を回復もする√能力だけれど、それより多くのダメージを与えれば問題ない。七十はにこりと微笑むと――敵の人間災厄目掛け、武器を揮うのだった。
🔵🔵🔵 大成功
和紋・蜚廉死への抗い、望むところ。
我が本能は、どの様な衝動であれ、生きて、生き抜く。
近づいて致命を受けようと、我の奔躯は死すら置き去ってゆく。
……ああ、そうだ。生き延びる。
それこそが、我が誇りなれば。
このような衝動にまみれてさえも、消えることは無い。
痛みも苦しみも、全て飲み込んで喰らい尽くす。
その先に……ああ、そうか。
交わした約束が、あるのだ。
生の証を示すためでは無い。
ただ、傍に居たいと…帰るべき者がいる所へ。
繋いだ手の温もりが教えてくれた。
我は、「頑張って」いるそうだ。
不思議なものだな。
たった一声、それだけで。
我が孤独な生は報われた。
報われる…等と、そんな事を考えて生きてきたはずも無いのに。
汝も、そうなのだろう。
嫌悪するべき力を、望みのために振るっている。
ああ。
分かるぞ。
汝も「頑張って」いるのだな。
ならばこれは、生と死の対峙では無い。
どちらの譲れぬものが強いか、という話だ。
…100年生きて、初めて得た感情なのだ。
譲りはせぬ、負けはせぬ。
自死の衝動を生き抜いて、会いたい者に会いに行くのだ。
戦場となった秋葉原ダイビルに辿り着いた|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)は、その光景に懐かしささえ覚える。倒れた簒奪者達、あれは弱者だ。世は常に生き残りし者が強者となる。
そんな世界で生き抜いてきた彼だから――。
「死への抗い、望むところ。我が本能は、どの様な衝動であれ、生きて、生き抜く」
言葉を紡ぎながら、彼は『リンゼイ・ガーランド』を見つけようと周囲に視線を走らせた。
例え自死齎す人間災厄に近付き致命を受けようと、蜚廉の奔躯は死すら置き去ってゆく。そういう、覚悟がある。
(「……ああ、そうだ。生き延びる。それこそが、我が誇りなれば」)
胸に灯る確かな想いを感じた時、彼の目がリンゼイを捉えた。瞬間、自死の衝動が彼を襲う。彼の誇りとは真逆のその衝動は蜚廉を飲み込み、その命も誇りも踏みにじろうとする。だから彼は必死に足掻き、痛みも苦しみも、全て飲み込んで喰らい尽くそうとするけれど――そんな中、胸の裡で消えることが無いのは本能とは別のものだった。
(「……ああ、そうか」)
自分の中にある、唯一のやわらかなもの。それは、交わした約束だ。
生の証を示すためではない。ただ、傍に居たい――|Anker《帰るべき者》がいる場所へ。強く強く願えば、本能よりずっと強い抵抗力を齎した。
「……どうして。どうして、傷付いても死なないんですか」
立ち続ける蜚廉へ、リンゼイが問いかけた。彼は確かに自身の傷付けていたけれど、そのどれもが急所を外していた。初めは彼の本能が、そして途中からは彼の願いが、致命傷を避けた結果だった。その強さは一体何なのかと――人間災厄はそう問いかけているのだ。
痛みを気にすることもなく、蜚廉はリンゼイへ向き直ると答える。
「繋いだ手の温もりが教えてくれた。我は、『頑張って』いるそうだ」
その言葉をくれた、彼女のことを思い浮かべる。それは陽だまりのようにあたたかで、一筋の光のように明るい声だった。
「不思議なものだな。たった一声、それだけで。我が孤独な生は報われた。報われる……等と、そんな事を考えて生きてきたはずも無いのに」
「報われた……」
言葉を繰り返し、リンゼイが唇を噛んだ。蜚廉は、その小さな動きを見逃さない。
「汝も、そうなのだろう。嫌悪するべき力を、望みのために振るっている」
「……! 私、は」
眼鏡の奥の瞳が、揺れた。周囲から疎まれる力持ちながら、それでも生きている『リンゼイ・ガーランド』。彼女の歪さが、蜚廉にはいくらか理解できた。だから、彼はこんな戦場でも、穏やかな声で彼女に語り掛ける。
「ああ。分かるぞ。汝も『頑張って』いるのだな」
「……あ……」
その言葉を聞いた、瞬間。リンゼイの頬には、一筋涙が伝った。かつて蜚廉が受け取ったその感情と、類するものをリンゼイにも渡せただろうか。すぐに全てを変える、そんな強い言葉ではない。ゆっくりと染み込むあたたかなそれを、いつかのリンゼイが受け取ってくれればそれでいい。
――だって、今はどのみち、彼女を斃さねばならないのだから。
蜚廉は√能力を発動する。己の体を変形させて、手数と速度を上昇させる。そうして彼は地を蹴ると、一気にリンゼイへと肉薄した。
「これは、生と死の対峙では無い。どちらの譲れぬものが強いか、という話だ」
口だけは言葉を続けながら、蜚廉は拳を握り込む。そして、彼はリンゼイへと容赦なく連続の突きを繰り出した。
「あっ……!」
受け身をとることすら知らなくて、まともに拳を受けたリンゼイはそのまま倒れ込む。そんな人間災厄を見た蜚廉は、生への達成感を確かに抱いていた。
「……百年生きて、初めて得た感情なのだ」
ぽつり、なんとか起き上がろうとしているリンゼイへ向けて、蜚廉は言葉を紡ぐ。
譲りはしない、負けはしない。その先に、願いがあるから。
「自死の衝動を生き抜いて、会いたい者に会いに行くのだ」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
薄野・実死んだ事なら何度か
とあるヒーローと交戦して敗北した時とかね
"人間"を取り戻してからは、一回だけ自分で試したけど…
僕は常に胸に『罪悪感』…即ち希死念慮の爆弾をずっと抱いてる
必死に日常で覆い隠し、抑え込んで、一線越えてないだけ
だから彼女の能力とは相性が最悪
錬成剣をナイフの様に、手首の動脈滑らせる
血が溢れ、それで死ねるなら楽なのだけど
リンゼイさん、厄介だよね――制御出来ない力って
切った手首を中心に無意識に異形化した腕を見せて僕は乾いた笑み浮かべる
僕の身体は僕の意思に反して死なせてくれない
それを忘れてついリスカに走った僕もまだ人間みたいだね
ピアスをタップしリミッターオフ――変身、ファルドに身を変える
心が人間に戻っても身体は怪人のまま、不安定な制御で人間の形を保っているだけ
私は人間として死ねない
私は人間として蘇生が出来ない
死ねば人間の身体に戻れるかと思ったのに、蘇生してもこの姿です
この姿は贖罪
虚構の宝石で全ての技能を底上げした上で陽光の朱雀を
ブレス放ちつつ体当たり
力使い切れば、人の姿で死ねる…よね
秋葉原ダイビルへとやってきた|薄野・実《すすきの・みのる》(金朱雀・h05136)は、戦場に転がる簒奪者の死体を見て思わず顔を顰めた。
「死んだ事なら何度か。とあるヒーローと交戦して敗北した時とかね」
――そう、ちょうど今目の前にある、怪人の死体と同じように。怪人である実は、敗北による死を味わってきている。
しかし、それもかつて悪の組織に迎え入れられ、戦わされていた頃の話だ。|悪役《ヴィラン》から|正義の側《ヒーロー》へと変わった今、彼に討たれる理由なんてないはずである。
「"人間"を取り戻してからは、一回だけ自分で試したけど……」
――ぽつり、と。実が零した声は、彼の胸にずっと抱えられた『罪悪感』によるもの。
討たれる理由はなくなったけれど、死んだ方がいい理由はある。あるのだ。
思考に沈んでいれば、そんな実の足元からひたひたと希死念慮の想いが這いあがってくる。普段は必死に日常で覆い隠し、抑え込んで、一線を越えていなかっただけ。けれど確かにそこにあったと自覚していたその感情は、今『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』の√能力によって大きく膨れ上がっていた。
「っ……!」
焦燥に駆られ、実は|宝石錬成剣《クリスタル・アルケミスト・ソード》を手にする。そしてナイフのように扱うそれを、彼は迷いなく自身の手首に当てて動脈を切り裂いた。一度、二度、三度と。刃が当てられた後はぽたりぽたりと、赤い血が地面に落ちてゆく。
「やはりあなたもですか……。私はこの√能力を止められません……せめて、どうか安らかに……」
実の自傷を見て、リンゼイは失意と諦めの気持ち篭めて呟いた。――しかし。
「リンゼイさん、厄介だよね――制御出来ない力って」
手首を掻き切っていたはずの実は、おもむろにそう語ると自身の腕をリンゼイへ見せた。服の袖で隠していた実の腕。それは今も、人間のものではなかった。
「!? その腕は――」
驚いたリンゼイが後退ると同時、実は乾いた笑みを浮かべる。
「僕の身体は僕の意思に反して死なせてくれない」
どんなに衝動に囚われようが、傷付けることはできても死に至るまではいかない。それを忘れて衝動のまま手首や腕を切ってしまった自分を振り返ると、『僕もまだ人間みたいだね』と零して。
――そして実は、リンゼイの前に立ちはだかると、左耳のピアスへとその指を伸ばした。
ピアスをタップし、リミッターオフ。すると、金色の光が発生しその奔流に実の身体を包み込む。やがて光は炎と融けて、彼の身体を怪人態へと再構成していく。
激しい炎が収束した時、そこに立っているのは『|金朱雀《ヘリオフェニクス》ファルド』。切れ長の瞳の鳥型怪人は、しかし今はその目に憂いの光を帯びていた。
(「心が人間に戻っても身体は怪人のまま、不安定な制御で人間の形を保っているだけ」)
リミッターをオフにすれば、このように人ならざる者の姿へ変わってしまう。だから、実としての彼の望みは叶わないのだ。
「私は人間として死ねない。私は人間として蘇生が出来ない。死ねば人間の身体に戻れるかと思ったのに、蘇生してもこの姿です」
彼は思う、この姿は贖罪なのだと。だから――怪人は、√能力を発動して熱を操り、宝石生み出して自身の力を高める。そして。
「今の|私《僕》の全力にて焼き払ってみせる」
ぴん、と指先で虚飾の宝石を弾いたら、怪人の姿がさらに変わっていく。黄金に輝く身体、美しい尾羽。不死鳥・朱雀へと変身した彼は、白き灼熱のブレスを放ちながら、そのままリンゼイへと体当たりした。
「あっ……!?」
その攻撃に、リンゼイは体勢を崩す。そこへ追い打ちのブレスを吹きかけ、力の限りに戦いながらも実は心の中に未だ昏い想いを抱えているのだった。
(「力使い切れば、人の姿で死ねる……よね」)
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
一・唯一生死に拘りはないんやけどなぁ
どうせ碌な死に方はせんやろ
怪異の呪いかもしれん
あんだけ腹掻っ捌いたんやし、同じ目に合うやろか
それとも孤独の中でひとり泣き喚いて死ぬ?
……はは、そやね、それかもしれへん
だって誰もボクを連れて行ってくれんのやし
過るのは自身を捨てた両親
みんなどこかに居場所があって、みんな誰かの傍に指定席がある
じゃあ、ボクは?
席はある、と思う
許されていると思う
けれどそれは空席で、指定席ではない
にいさんもおとうとも、ぱぱも、ままも、むすめも出来た
大好きと言い合える友達もいる
せやけど誰の傍に当たり前に居てええのか、未だに判らへん
死んだら|初恋の人《巽》は悲しんでくれるだろうか
|愛しい友人《小鳥》は泣いてくれるだろうか
なあ、あんたは好きな奴おる? 恋とか愛て、どんなもんなん? 教えて
其れが解るまでは逝かれへんから、とりあえず一緒に黄泉の散歩しよか
嗚呼、血に濡れるんが最高の仕舞やろね
【青空手術】で纏う黒い羽根はまるで死神のようにリンゼイと自分を迷わず貫いて裂いて切り刻む
「生死に拘りはないんやけどなぁ。どうせ碌な死に方はせんやろ」
そんな言葉を軽い調子で紡ぎながら、戦場である秋葉原ダイビルに現れたのは|一・唯一《にのまえ・ありあ》(狂酔・h00345)だった。彼女は思う、自身が死ぬのであれは、それは怪異の呪いかもしれないと。
(「あんだけ腹掻っ捌いたんやし、同じ目に合うやろか。それとも孤独の中でひとり泣き喚いて死ぬ?」)
白い髪を風に靡かせながら、唯一は考える。孤独な死。その想像は、嫌なほどしっくりきてしまった。
「……はは、そやね、それかもしれへん。だって誰もボクを連れて行ってくれんのやし」
――言葉を零した瞬間。彼女の脳裏に過ぎったのは、自身を捨てた両親の後ろ姿だった。
唯一は知っている。みんなどこかに居場所があって、みんな誰かの傍に指定席がある。
(「じゃあ、ボクは?」)
自身に問いかける。自分の席もある、と思う。そのくらいは許されているだろう。
けれどそれは空席で、指定席ではないのだ。自身の傍に座る誰かを、唯一は想像できない。
にいさんもおとうとも、ぱぱも、ままも、むすめも出来た。大好きと言い合える友達もいる。それでも――未だ、空席は変わらない。
(「誰の傍に当たり前に居てええのか、未だに判らへん」)
それは、常日頃であれば小さな迷いで済んだ感情だ。けれど、今彼女は『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』の支配領域に入り込んでいた。その小さな心の沁みは、リンゼイの√能力で膨れ上がって、彼女を普段なら採らない選択へといざなう。
(「死んだら|初恋の人《巽》は悲しんでくれるだろうか。|愛しい友人《小鳥》は泣いてくれるだろうか」)
試し行為としての死。そんな命を軽んじるような欲がでてきて、唯一はうっすらと笑った。そして、そのまま彼女はリンゼイの前まで進み出る。
「なあ、あんたは好きな奴おる? 恋とか愛て、どんなもんなん? 教えて」
「えっ、それは……!」
突然の問い掛けに、リンゼイの顔が明らかに変わった。うっすらと頬を染めた彼女は、一瞬だけ乙女の顔をした。それを見逃さなかった唯一は、さっとリンゼイの手を取る。
「ボクは其れが解るまでは逝かれへんから、とりあえず一緒に黄泉の散歩しよか」
言葉紡いだかと思うと、彼女の手には黒曜石を加工した刃物が握られている。唯一は、この刃物を纏うべく√能力を発動した。
「嗚呼、血に濡れるんが最高の仕舞やろね」
蕩けるように微笑みながら、纏う黒曜石は黒い羽根へと変わる。それはまるで死神のように、リンゼイと唯一を迷わず貫き、裂いて、切り刻んだ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
斎川・維月(現れた幻影。家の居間で祖母、父、母が死んでいる。悍ましい怪異の自分を家族として迎え愛してくれた、大好きな家族。死なせたのは自分)
……
(祖父の急死の悲しみで、災厄の力を暴走させて自殺させた。死にたい理由としては御馴染みの、けれど決して褪せない出来事)
あは
(けれど笑う。あの日と同じ様に。外出から帰って来る兄だけは死なせまいと、必死に己の心をねじ伏せたあの時と、同じに)
ボクは鈍感です。無神経です。楽観的です。無責任です。愉快です。幸せです。楽しいです。
(悲しめば嘆けば苦しめば罪悪感を持てば辛いと思えばまた暴走して皆を死なせてしまうから)
ボク|は幸せなのが義務な《に不幸である権利なんて無い》んです。
だから死にませんよ。
それじゃまるでボクが不幸見たいじゃないですか!
こんなに!
幸せいっぱいなラッキーガールなのに!
(ニッパーと笑って抗う。何時も通りに)
そんな顔しないで下さいよリンゼイさん。
貴女は貴女。ボクはボク。比較は無意味です。
そんな事より友達になりましょー!
それはそれとして! 攻撃もしますけど!
踏み出した先は秋葉原ダイビルだったはずなのに――|斎川・維月《さいかわ・いつき》(幸せなのが義務なんです・h00529)が気付いた時には、そこは『あの日』の家の居間だった。
まだ、事態が飲み込めていない。紫の瞳を床に落とせば、そこには三人の死体が転がっている。祖母、父、母。悍ましい怪異の自分を、そうと知らずに家族として迎えたくさんの愛を注いでくれた。大好きな家族、なのに。彼らを死なせたのは、維月の力だった。
「…………」
少女の姿した怪異は、小さく息を呑む。事の起こりは、祖父の急死だった。それ自体は事故だったはずだ、維月になんの関係もない。けれどその悲しみが彼女の心に荒れ狂い、災厄の力が暴走した。結果三人の家族も祖父の後を追うように次々と自殺したのだ――そう、こちらは明確に、維月のせいで。
――頭の中ではわかっている。これは、|リンゼイ・ガーランド《同類》が見せる幻影だ。死にたい理由としてはお馴染みの、けれど決して褪せない出来事を今、維月は見せられ動揺を誘われている。わかっているから――。
「あは」
維月は笑った。口をぱかりと愉快に開いて、楽しそうな笑い声を零して。あの日と同じように。外出から帰ってくる兄だけは死なせまいと、必死の己の心をねじ伏せたあの時と、全く同じように。
そうしてにこにこと笑顔を浮かべたまま、少女姿の災厄はひとりきりの居間で言葉を紡ぐ。
「ボクは鈍感です。無神経です。楽観的です。無責任です。愉快です。幸せです。楽しいです」
自身に言い聞かせるよう――否、それが真実だから、彼女は呟く。
だって、悲しみも嘆きも苦しむも罪悪感も辛い気持ちも――全てのネガティブな感情は、彼女には不要だから。また暴走して皆を死なせてしまうなんて、そんなのは見たくないから。
「ボク|は幸せなのが義務な《に不幸である権利なんて無い》んです。だから死にませんよ」
ただ、『事実』を言葉にして。維月は迷いなく歩き出す。居間を突き抜けるように進めば幻影は霧のように解けていき、その先には『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』が立っていた。
「それじゃまるでボクが不幸見たいじゃないですか! こんなに! 幸せいっぱいなラッキーガールなのに!」
にぱあっと、全てを晴らす全開の笑顔を浮かべ、両手広げて維月が声高に訴える。そんな彼女の『いつも通り』の姿に、同じ人間災厄であるリンゼイは思わず眉を寄せていた。
「あなたは……そうですか。私に似ていますが、好きな人にもその力は及んでしまうのですね」
赤い眼鏡の奥で、彼女の瞳が揺れている。同情、共感、憐憫。そんな感情をありありと浮かべた同類の姿にも、維月は笑って応えた。リンゼイのような感情は、自分は抱けないから。
「そんな顔しないで下さいよリンゼイさん。貴女は貴女。ボクはボク。比較は無意味です」
言葉はきっぱりと断絶を伝えるのに、その声は歌うように朗らかだ。そうして無邪気にリンゼイへと近付いた維月は、彼女の目の前で|道化師の槌《マロットマレット》を振り上げた。
「そんな事より友達になりましょー! それはそれとして! 攻撃もしますけど!」
「っ……!?」
感情に制限のある維月は、敵意すら見せない。だから、戦闘経験もろくにないリンゼイは反応が遅れた。
「はい! それじゃー行きまーすよ! ドッカーン!!」
明るい声を響かせて、揮う槌には自らの災厄の力が篭められている。自死の衝動振り撒く災厄へ、同じく自死の力を。叩きつければリンゼイは呻き声を上げ――それでもなお、維月へと複雑な眼差しを向けていた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
ノイル・リースロス元々は此処に来る積もりはなかった。死にたいなんて思ってないからね。
けれど、彼女の〝在り方〟に興味を持ってしまったから。
問い掛けたくなった。
彼女に近づく度に、髪先が指先が爪先がちりちりと|解けて《ほどけて》いきそうな感覚がする。
人の身体を形作るのを放棄する感覚。成程、此が私の自死衝動か。まあ大丈夫、まだ耐えられる。
彼女を前にして私は問い掛ける。
「君自身は、死にたいと思ったことはあるのかな?」
私はあるよ。長く生きてるし。
まあ私は人に災厄が載ってるんじゃなくて、災厄が人の形をとってるだけだから、「死にたい」というより「消えたい」が正しいかな。
「君は何を思ってる? 眼の前で命が潰れていくのを見て。君、感情はあるんだろう?」
能力にそんな制約がある位だから。
身体が解ける、力が抜ける感覚に耐えながら、【喰われた月の夢】で彼女の精神干渉に対する抵抗力を下げる。
彼女の眼を見て催眠と魅了を仕掛け、再度問う。
『君自身は、死にたいと思ったことはある?』
聞かせてほしい、君の話を。最期まで全部、聞いてあげるから。
辿り着いた戦場、秋葉原ダイビル。ノイル・リースロス(|闇に揺蕩い影に詠う《ニュイ・エ・ノワール》・h08142)がゆっくりと周囲見回せば、傷付きながら立ち続ける『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』の姿が見つかる。
――もう、この戦いの勝敗は見えていた。√能力者があと数回攻撃すれば、それだけでリンゼイは斃れることだろう。遅れて此処へやってきたのは、元々は来るつもりがなかったから。だって、ノイルは死にたいなんて思っていない。
けれど、黒の落とし仔はリンゼイの『在り方』に興味を持った。彼女に投げかける問いが浮かんだ。ただそれだけが、ノイルがここに来た理由だった。
黒い災厄は、死の災厄へとゆっくりと近付いていく。一歩、一歩踏み出す度に、髪先が指先が爪先がちりちりと|解けて《ほどけて》いきそうな感覚がある。それが人の身体を形作るのを放棄する感覚だとわかるから、ノイルは小さく微笑みを浮かべた。
(「成程、此が私の自死衝動か」)
でもまあ大丈夫、まだ耐えられる。
髪の毛の毛先、白い部分が何処かへ持っていかれる感覚を抱きつつ、それでも進んで。リンゼイの前に立ったノイルは、穏やかな声で問いかけた。
「君自身は、死にたいと思ったことはあるのかな?」
「え……」
「私はあるよ。長く生きてるし」
それは、当たり前のことであるように。ノイルが紡ぐ言葉には気兼ねがなくて、リンゼイは面食らいながらも、彼女と自分は|人間災厄《同類》なのだと理解する。
「まあ私は人に災厄が載ってるんじゃなくて、災厄が人の形をとってるだけだから、『死にたい』というより『消えたい』が正しいかな」
「なるほど……」
思わず相槌を打ったリンゼイの眼鏡の奥の瞳が、ノイルの髪を見つめる。美しい黒髪の部分は無事だけれど、毛先の色が抜けていたところにはもう何もなかった。確かに『消えて』いっているのだ。人間災厄相手であろうと、リンゼイの√能力は自死を齎す。その事実を目の当たりにして死の災厄はそっと瞳を伏せたけれど――その瞬間、ノイルが一歩大きく踏み込んだ。
「君は何を思ってる? 眼の前で命が潰れていくのを見て。君、感情はあるんだろう?」
「っ……、それは」
跳ねるように顔を上げ、リンゼイはノイルの顔を見つめる。瞬間、身体が解けていく感覚が弱まったのを感じ取って、ノイルはさらに言葉を重ねた。
「能力にそんな制約がある位だから」
――好きになった相手には、自死の衝動が起きない。それが、彼女の願いでなくて何だというのだ。
そう、だからこそ興味を持った。この災厄の力は恐ろしいものだけれど、たった一つの弱点がひどく人間らしいから。
ノイルは、そっとリンゼイの手を取る。躊躇う彼女の瞳に視線を絡めて、赤い唇から囁きを零す。
「――ほら、私の眼を見て。」
黒い瞳から放たれるのは、不可視の昏き月の光。精神干渉に対する抵抗力を下げる√能力、使うなら今しかない。先にリンゼイの気を引けたからよかった、そうでなければ自身の抵抗力をも下げた瞬間、ノイルは完全に解けて消えていたことだろう。
ゆるり、妖しく微笑うノイルのその表情は、催眠と魅了を仕掛けるもの。自身の手にも負えぬ力持つリンゼイは、その実、力を無効化してしまえばどこにでもいる娘のようで――あっさり、術に嵌ってとろり瞳を微睡みに融かした。
ノイルは再度問う。リンゼイの心へ直接呼びかけるように。その心の声を、掬い上げるように。
『君自身は、死にたいと思ったことはある?』
――聞かせてほしい、君の話を。最期まで全部、聞いてあげるから。
瞬間、リンゼイが息を呑んだのがはっきりと聞こえた。そして、彼女は静かに語り始める。
「そんなこと一度もない……なんて言って、信じられますか? もちろんあります、何度も、何度でも思いました」
生きているだけで不幸を振り撒く自分。それを肯定できていたなら、その力が効かぬ相手なんていなかっただろう。事実、リンゼイは何度でも死んだのだ。今、この秋葉原ダイビルでも――彼女は何度も√能力者達に斃され、そして蘇生している。
「願っても、無駄なんです。周囲の人は死んでしまうのに、私は死ねませんから」
「……そうか。話してくれてありがとう」
彼女の瞳が揺れているのを見て、ノイルは『対話』を打ち切った。リンゼイの抱く想いは、悲嘆だろうか、諦観だろうか。どちらにもとれたけれど、そのどちらだとしてもいいとノイルは思ったのだろう。
抵抗見せないリンゼイに向けて、ノイルは静かに刀を取り出す。すらりと抜いた黒い刃を、悲しき災厄へと閃かせて。
「……ああ。そうだ君、今の話を他に人にしたことは?」
「さあ、どうだったでしょう。少なくとも先輩には話したことがないような」
――だって、こんな暗い女の子は嫌われちゃうでしょう?
最後にそう、告げる彼女は小さく微笑み浮かべていて。ノイルもまた微笑って頷くと、そのままリンゼイへと斬りつけた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
八卜・邏傳自分の力な筈なんに、思うように止められねのは……しんどいよなぁ
あのメガネなネェちゃんとは比べものにゃあならねけどさ、俺も自分が自分で無いような感じなって制御できなぁときあって。それが結構苦しくもあるでさ
何にも聴こえない筈なんに、俺の中だけではっきりと聴こえてくる声がある
優しく包み込んでくれるよな、大好きな育ての親にそっくりな声
「可愛い私の|竜の子《ラディちゃん》よ。私と共に逝こう」て。
瞬間に、衝動的に、俺は俺の首を掻っ捌きくなって
痛いの嫌なんに、そなのどうでも良くなるよな誘う声にスイッチが入るような感じで
でもね
俺は俺に誓ったことがあるんよ
大事な誰かを置いていくことがあっても、置いてったままにはしないってぇね☆
置いてかれたままは寂しくて悲しの、俺はよく知っちょるから。何がなんでも戻ってくるんだ
何度でも、ね
リンゼイちゃん、だっけ?
全っ然!平気じゃねけども俺は何が何でも絶対帰ると決めちょる。だからだぁいじょうぶ!
近づいても、い?
……一瞬痛いかもしれね、ごめんね。でもひとときの安らぎを、キミに。
|八卜・邏傳《やつうら らでん》(ハトでなし・h00142)が秋葉原ダイビルに着いた時、周囲は予想外に静かになっていた。
彼は理解する、この戦場はもう終わりの時が近いのだと。エメラルドのように煌めく瞳でぐるり眺めれば、すでに血濡れの『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』が見つかった。
「自分の力な筈なんに、思うように止められねのは……しんどいよなぁ」
彼女の憔悴を見て取って、青年は呟く。その表情に、自身の記憶を呼び起こされるようで。
「あのメガネなネェちゃんとは比べものにゃあならねけどさ、俺も自分が自分で無いような感じなって制御できなぁときあって。それが結構苦しくもあるでさ」
語り口は穏やかに、けれど懐かしむほどあたたかなものでもない。
――そう、記憶に思考を向けた瞬間。彼の中だけにはっきりと聴こえてくる、声があった。
『可愛い私の|竜の子《ラディちゃん》よ。私と共に逝こう』
優しく包み込んでくれるような、その声は大好きな育ての親にそっくりで。
それはリンゼイの√能力が作り出した自死を誘う声だったのだが――知ってか知らずか、邏傳はその声に反応した。瞬間的に、衝動的に、彼は自分の首を掻っ捌くために刃を取り出す。
痛いのは嫌なのに。そんなのどうでもよくなってしまうような、そんな力があの声にはあった。
「…………」
しばしの沈黙。刃は、喉元に突き付けられたその状態で止まってしまった。邏傳が思考の先に自分の想いをちゃんと見つけたからだ。
「……でもね。俺は俺に誓ったことがあるんよ」
言葉で声を跳ね除けながら、刃持つ手を反対の手で押さえつける。そのまま手を払って得物を捨てれば、彼を見守っていたリンゼイが目を見張った。
「な、なんで武器を捨てられるんですか……!?」
「誓ったから。大事な誰かを置いていくことがあっても、置いてったままにはしないってぇね☆」
邏傳はよく知っている。置いていかれたままは寂しくて悲しいのだ。その想いを、ひとにもさせるわけにはいかない。
(「何がなんでも戻ってくるんだ。何度でも、ね」)
決意を胸に強く抱けば、自死の衝動は掻き消える。そのまま邏傳はとん、と地を蹴り駆け出すと、一瞬の内にリンゼイの目の前まで接近した。
「リンゼイちゃん、だっけ? 全っ然! 平気じゃねけども俺は何が何でも絶対帰ると決めちょる。だからだぁいじょうぶ!」
両手を広げて、語る邏傳は笑っていた。死の災厄を受けても打ち勝つ強さ、その犯人であるリンゼイへ向ける笑顔。
それは、彼女の知らない優しさだった。だから、彼女は次の邏傳の言葉に頷いたのだ。
「近づいても、い?」
「……はい……」
躊躇いながらも頷くリンゼイに笑顔向けたら、青年は今度こそ彼女の懐に飛び込む。眼鏡の奥の瞳と、目が合った。わかってしまった、彼女は此度の生を諦めている。それでも、彼女はまた死後蘇生して戦いに投入されてしまうのだろうけれど――。
「……一瞬痛いかもしれね、ごめんね。でも」
――ひとときの安らぎを、キミに。願いを篭める邏傳は、その身を竜の鱗で覆っていく。自身の力を高める竜の恩恵に、素早く攻撃を繰り出して。
「咲いて裂いて散って、またね」
最期の時まで、優しく語り掛け。彼の刺傷体術《|咲裂散彲《サクサクチルチ》》が一撃繰り出せば、リンゼイの身体がゆっくりと崩れ落ちていく。――そんな彼女もまた、笑っていた。
「ふふ、またね、ですか」
そんな友達のような声掛け、してもらったことがあっただろうか。一時的にせよ命終わる時だというのに何だか可笑しくて、リンゼイは瞳を穏やかに細めながら邏傳に返した。
「ありがとうございました。……あなた達が死ななくてよかった」
けれどどこかで――また会いましょう、と。死を齎す人間災厄は、√能力者達にそう告げてひと時の眠りにつくのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
